ようこそ実力至上主義の教室へ 11

〇1年最後の戦い



 3月8日。

 今Cクラスでは、担任であるちやばしらが1年度最後の特別試験を開始しようとしていた。

 Cクラスに用意された椅子と机は、それぞれ39。

 つい先日までは当たり前のように40あったモノが、今では1つ欠けてしまっている。

 やまうちはるの退学。

 Cクラスだけじゃない。Dクラスからはなべ、Aクラスからはひこが退学した。

 この出来事が1年生全体に大きな衝撃を与えたものになったのは間違いない。

 心のどこかにあったであろう『救済があるのでは』という思いのふんさい

 その驚きや傷心がえないまま、日々は止まることなく進み続けている。

 ホームルームの開始を告げる鐘の音と共に、担任の茶柱が姿を見せた。

 余計な雑談などありはしない。

「───では、これより1年度の最終試験の発表を行う」

 茶柱は1年最後の特別試験、その説明を始めた。

 分かってはいたことだが、山内に関する言葉は何一つ聞こえてこない。

 一番の友人だったいけどうは、その現実を受け入れようとするので精一杯だろう。

「1年間をめくくる最後の特別試験は、これまで学んできた集大成を見せてもらうことになる。知力、体力、連携、あるいは運。ともかくおまえたちの持つ様々なポテンシャルを発揮する必要があるだろう」

 普段なら、即座に池辺りが茶柱に質問や疑問をぶつけたりする。

 だが、その池は静かに話を聞き入っていた。

 次の退学者は自分かも知れない、そんな危機感を抱いているのだろう。

「特別試験は、各クラスの総合力で競い合う『選抜種目試験』。ルールに従って対決クラスを決めて行われることになる。ペーパーシャッフルの時と同じようなものだ」

 選抜種目試験。茶柱から発表された年度末の特別試験は、どんな内容なのか。

「まず、おまえたちには説明の際に分かりやすくするため、10枚の白いカード、そしてクラスの人数に合わせた黄色のカードを用いて話をしていく」

 そう言って茶柱は、何も書かれていないカードを黒板に貼り付け並べていく。

 どのカードの大きさもほぼトランプと同じようだ。10枚の白いカードには何も書かれていないが、一方黄色いカードには1枚ずつに生徒の名前が書かれているようだ。

 全部で48枚のカードが、黒板に貼りだされる。

 生徒の数に対し黄色のカードが1枚足らない。何か意味があるのだろうか。

「まず、先に説明するのはこの白紙の10枚のカード。ここには、おまえたちが話し合いをし、好きに決めた『種目』を全部で10個、書き込んでもらうことになる」

 早速、いけが難しそうな顔を見せる。

 しかし余計な口を挟むまいとする姿を見て、ちやばしらがどこかしそうに言った。

「気になることがあるなら質問して構わんぞ?」

「い、いやでも……先生余計な口出しすると怒るじゃないですか」

 見透かされどうようを見せる池。

「どうにも、おまえの余計な茶々がないと落ち着かなくなってしまってな」

 これまで基本的に質問は最後に受け付ける茶柱だったが、途中での質問を容認した形だ。

 クラスメイトの多くから、視線を一点に向けられる池。

 どこか戸惑いながらも疑問に感じたことを口にする。

「じゃあ、あの……えと、種目? ってなんスか」

「筆記、将棋、トランプ、野球。おまえたちが勝てると思う種目を好きに書けばいい。そしてどのように決着を付けるかもおまえたちで考えてルールを制定する」

「え、何でも自由なんですか?」

 自由だと言われても、池や他の生徒には、まだピンと来ないようだ。

「ただし、自由とは言っても種目を決めるうえで決まり事はいくつか存在する。極端な話、大勢が知らないようなマイナー競技やゲームを種目にすれば、提案者以外誰にも勝ち目がないからな。それに種目のルールも公正かつ分かりやすいものでなければならない。そのため、種目提出後に学校側が適切かどうかを判断し、採用するかどうかジャッジを下す」

 確かに、あまりにマイナーなスポーツや、個人がやり込んだゲームなど、そういったマニアックな競技、特異なルールを選択されると、多くの者に勝ち目はなくなる。

 しかしルールまでこっちで全部決めるのか。

「それと、引き分けも起こらないよう調整が必要だ。たとえばであれば、地の数が同じになれば引き分けだが、それを避けるために白、つまり後手のコミとして半目を加え白の勝ちとする。将棋であれば一見引き分けはないように思えるが、あいにゆうぎよくと言って引き分け扱いになることもまれにある。その場合は、持将棋となり、盤上と持ち駒の数によって勝敗が決まる。など細かな勝敗のルールをあらかじめ決めてもらう。そういったものが決められない場合には種目として採用されることはない」

 絶対に勝敗がつく、マイナー過ぎることのない種目か。

 無数にあるとは言っても、学生の領域では選ばれる種目はある程度限られそうだ。

「では実際に、分かりやすく再現してみよう。池。おまえの得意なモノはなんだ。なんでもいいから言ってみろ」

「えっと……なんだろ……」

 すぐに得意な種目など思いつかないのか、考える池。

「じゃ、じゃんけんとか結構強いっスよ?」

 思考の結果、そんなふざけたような回答を聞いて、クラスメイトから失笑がれる。

 ところが茶柱はそれを真面目に受け止め、白紙のカードに『じゃんけん』と記入した。

「では仮にじゃんけんを種目として選んだとしよう」

 本気に取られると思わなかったいけ、そしてクラスメイトがあつにとられる。

「ルールはどうする」

「えっと……じゃあ、3本先取?」

 ちやばしらは池に従いじゃんけんのカードの下に、ルールも書き足す。

「大勢が知る種目、かつ単純明快なルール。学校側が不採用にする理由は1つもない」

「さ、採用されちゃったよ」

 適当な発言から生まれた種目だが、学校側にしてみれば問題はない。

「あとはこれを9回繰り返せば、10種目の完成だ」

 茶柱がチョークを手に取り、黒板に記していく。

「試験の日程だが、これも重要なポイントだ。大きく分けて3段階になる」


 特別試験


 3月8日・特別試験発表日。同日対決クラスの決定


 3月15日・10種目の確定。対決クラスの10種目及びそのルールの発表


 3月22日・選抜種目試験当日


「で、でも先生。20種目もやったら相当時間がかかるんじゃないですか?」

「それぞれのクラスは選抜種目試験の当日、10種目の中から更に5種目まで絞りそれを『本命』として提出する。つまり20種目ではなく最終的に10種目にまで絞られると言うことだ」

 そこまで聞き、ほりきたが口を開く。

「つまり10種目の内、5種目はブラフ……嘘の情報が相手に流されるということですね?」

「その役目もになうことになるだろう。こうして10種目に絞られた種目たちは、学校側の用意したシステムによって自動的に7種類をランダムに選びだされる。そういう流れだ」

 否定せず、茶柱は同意した。

 これまでの特別試験から見ても、長期間にわたるモノになりそうだ。

 7種目である理由は、必ず勝敗がつくようにはいりよされたものと考えられる。

 引き分けが存在しない以上、7種目のうち4種目を取った時点で勝敗は決するのか。

「7種目の途中で勝敗が決した場合でも、最後の1種目まで行われる。クラスポイントの変動にかかわってくるからだ。つまり負けが確定しても、勝ちが確定しても、最後まで競い合うことになる。10種目の申請は14日の日曜日いっぱいで受付終了する。種目が認定されるかどうかは学校のチェックが必要になるからな、早め早めに、1種目ずつでも確定させていく方が安全だろう」

「もし14日までに10種目を確定させられなかった場合、どうなりますか」

「その場合はこちらが代案で用意している種目を割り当てる。だがおまえたちのクラスに合った種目になるとは思わない方がいい。不利になることはあっても、有利になることはないだろう」

 何が何でも、10種目を確定させる作業はしておいたほうが良さそうだ。

「それと大切なことは、同一クラス内では種目が同じものは2つ登録できない点にある。仮に2点先取のサッカーを種目にしている場合、PKで勝敗を決めるルールのサッカーを別の種目として登録しようとしても、それは無効ということだ。注意するように」

「一度決定させた種目を取り消すことは出来ますか」

「それは無理だ」

「では……試験当日、7種目に出る生徒は誰でも、そして何回でも参加可能でしょうか?」

「この種目に関する決まりごとは口頭だけでは理解しがたい部分もあるだろう。そのため、学校側では詳細を記載したものを1部用意している。後でコピーするなり、自由にすればいい。ほりきた、おまえの望む解答もちゃんと書かれている」

 学校側が人数分用意していてもよさそうなものだが、逆にこれははいりよなのかも知れない。

 1部しかなければ、クラスメイトたちは一度集まってそれに目を通すことになる。

 そうすることで、クラス同士での話を誘発させやすくなりそうだ。

「黒板にも書いたが、各クラスが決定した10種目は15日に対決するクラスにもつうたつされる。相手がどんな種目、ルールを選んでいるか知らねば勝負としての成立は難しいからな」

 つまり1週間近く、勉強や練習などを行い対策を立てることが出来るということ。

 互いが当日にどの種目を選ぶかを読みあう戦いもありそうだ。

「そして、22日の試験が終われば、23日は休みだ。その後24日の卒業式、25日の終業式と行った上で、晴れておまえたちは春休みに突入する」

 勝って終わるのか、負けて終わるのかではモチベーションもかなり違うだろう。

 ともかくこれで選抜種目試験の流れは大体把握できた。

 しかし───

 ちやばしらの表情には、まだ何か大きな説明が残っていることが暗に表れていた。

「種目を決める以外にもう1つ重要な部分がある。それは、大人数を束ねるために、この特別試験では『司令塔』を1人用意しなければならないという部分だ。この司令塔は種目には直接参加することは出来ない点を覚えておくように」

「司令塔、ですか……」

 生徒のカードが38枚しかなかったのは、このためか。

りんおうへんな対応が求められる重要な役割だ。全部の種目に関与し補助をするライフラインと捉えればいい。生徒の交代や解けない問題を解くなど、スポーツに限らず、や将棋であっても、司令塔には介入できる余地が与えられることになるだろう」

 単なる生徒同士の基礎力対決だけじゃない、司令塔の介入か。

「司令塔が『関与』する方法も、おまえたちで決めることになる。そうだな。じゃんけんであれば……『任意のタイミングで司令塔が参加し一度だけじゃんけんすることが出来る』や『じゃんけんする生徒を入れ替えることが出来る』など。関与方法を設定できる」

 平等な関与であれば、大体認められる、そんなところだろう。

 野球やサッカーなどであれば、選手交代が出来るよう関与を設定すれば、実質監督のような役目をになうことになりそうだ。

 7種目とは言え、この『関与』の要素は大きなポイントになるだろう。

「司令塔は勝利した際、個別にプライベートポイントが与えられることになっているが、敗北時の責任も持つことになる。そう、クラスの敗北時には責任を取って退学してもらう」

 またも、強制的に敗者は退学をさせられることになるのか。

「この特別試験は司令塔の存在が必要不可欠。不在では試験の進行が認められない。もし話し合いで決まらず困ったなら相談しろ、私が適当に任命してやる」

 今回もまた、誰か1人を指名する形。

 こうなると、先日の試験で手に入れたプロテクトポイントが大きな焦点になりそうだ。

 多くの視線あるいは感情が、オレに向けられていたのが分かった。

 唯一退学を無効にすることが可能なプロテクトポイント。

 それを持っているオレならば、司令塔として敗北しても退学は避けられる。

 ただ───

 誰も退学にならないためにオレが司令塔の役を引き受けるのを良しとするのか。

 それともほりきたなどの優秀な生徒に司令塔をお願いし、1%でも勝てる可能性を高めるのか。クラスメイトの選択としてはどちらでもいいと判断するだろう。

 オレ以外に引き受ける生徒がいれば、恐らく大抵の生徒は反対しない。

 逆に誰もなりたがらない場合には、オレに対して期待を持つことになるだろう。

「対決するクラスはどのように決められるのですか」

「司令塔になった生徒には今日の放課後、多目的室に集まってもらうことになっている。恐らくはくじ引きで選択権を1人に与え、クラスを選んでもらうことになるだろう。くじに勝った時にどのクラスを選ぶのか、あらかじめ相談しあっておくことだな」

 勝ったクラスが好きなクラスを指名し、後は自動的に残りが対決する形か。

「そんなのDクラスがいいに決まってるじゃんか。勝てる可能性が高いんだからよ」

「確かに、総合力で劣っている点からDクラスに甘んじているクラスと戦えば、勝率を上げることができるだろう。だが、必ずしも格下と戦うことが利点ばかりではない」

 そうであるなら、必然的に3クラスがDクラスを指名する可能性が高くなるとちやばしらは言う。りゆうえんが失脚している今、確かにDクラスは対戦相手としては一番やりやすい。

「今回の試験で重要なのは相性。それぞれのクラスの持ち味を生かすことが最重要だ」

 対戦クラスがAクラスやBクラスになっても、絶望する必要はない。

 クラスにとって有利な種目を選べば、こちらにも十分勝機はあるということだ。

 だが、当然相手が上のクラスほど、ごわくもなってくるのは避けられない。

 ちやばしらの発言を聞いても、誰一人笑顔をこぼすことはなかった。

 ほりきたも頭の中で想像をふくらませる。

 今のCクラスで戦いを挑んで、AクラスやBクラスに勝てるかどうか。

「どうやらなぐさめにもならない発言だったな。ならあえて現実を突きつけよう。おまえたちが敗北し、かつDクラスが勝つことがあれば……再びおまえたちは最下位に転落するだろう」

 再びチョークを手にした茶柱は、現在のクラスポイントを書き記していく。


 3月1日時点のクラスポイント

 Aクラス・1001ポイント

 Bクラス・ 640ポイント

 Cクラス・ 377ポイント

 Dクラス・ 318ポイント


 CクラスとDクラスのクラスポイントはきつこうしている。1年かけてCクラスに上がってきたが、最後の最後で敗北すればDクラスに逆戻りするということ。

 つまり生徒たちにしてみれば、何としても勝ちをキープしたいところだ。

「それからクラスポイントの変動に関してだが……1種目につき30ポイントが増減する。7連勝なら210ポイント、5勝2敗なら90ポイントが『相手のクラス』から移される。そして勝利によって学校側からほうしゆうとして100ポイントが与えられる」

 最大で310ポイントを得ることも出来るということか。

 種目の勝敗で対戦相手のクラスポイントを奪えるというのも大きい。これまで減らしたくても減らせなかった上位陣のクラスポイントが、一気に下がる可能性がある。組み合わせと結果次第では、Bクラスに上がることもDクラスに落ちることも十分起こりうる。

「もし対戦相手のクラスポイントが不足していた場合は、その不足分を学校側が一時的に補う形でてんされる。つまり、クラスポイントがマイナスになってしまったクラスは、表面上は0ポイントのままだが、それ以降に学校に対し返済していく形を取ってもらう」

 見えない形で、クラスポイントが0以下にもなるということか。

 ただ、今回は全クラスが210ポイント以上持っているため、その心配はなさそうだ。


    1


 茶柱がいなくなった後、授業までのわずかな時間。

 生徒たちはきようだんに置かれた種目のルールが書かれた紙を手に取った。

「少しいいかしら」

 そこにほりきたが割り込み、携帯で先に全てを撮影する。

 自分の席で落ち着いて見られるように、先手を取って行動したんだろう。

 オレは自分の席に着いたまま、その様子を見守っていた。

「あなたにも見せてあげるわ。興味ないかも知れないけれど」

「ありがたいはいりよだな」

 すぐにチャットから、写真が2枚送られてくる。


 選抜種目試験、種目を決める際のルール。


 ・マイナーすぎる種目、複雑すぎる種目、及びそのようなルールの制限

  極めて細かなジャンルなどは不許可とする場合がある。

  筆記問題などを種目にする場合、学校側が問題作成を行い公平性を保つものとする。

  種目において、基本ルールをいつだつし改変するこうは禁止とする。


 ・使用できる施設に関して

  特別試験当日は、多目的室にて司令塔が種目進行を行う。また、体育館、グラウンド、音楽室や理科室など学校内の施設は基本的に使用可能であるが、一部例外も存在する。


 ・種目制限、時間制限に関して

  同じ内容と判断される種目は各クラス1つまでしか採用できない。また種目の消化にかかる時間が長すぎる場合や、時間制限のない種目などは採用が見送られるケースもある。


 ・出場人数に関して

  種目に必要な人数は、交代要員を除き申請する10種で全て違っていなければならない。

  最少人数は1人であり、最大人数は20人まで(交代も含め20人を超えてはならない)。

  1クラスの出場する人数が交代を含め10人を超える種目は最大2つしか登録が出来ない。


 ・参加条件に関して

  各生徒が出場できる種目は1つであり、2つ以上の種目に参加することは出来ない。ただしクラスメイト全員が種目に参加した場合に限り、2つ以上の参加を可能とする。


 ・司令塔の役割に関して

  司令塔は7種目すべてに関与する権利を持つ。どのように関与するかは種目を決めるクラスが定めること。学校側が承認して初めて関与の採用となる。


 大きく分けて6つのカテゴリになっていた。

 参加人数が種目につき1人から20人。20人必要な種目は相当限られているだろうが、それでもやり方次第では組み込むことも出来る。2つの種目で40人近くを使うようなことになれば、2度目、ケースによっては3度目の参加をする生徒も出てくるということだ。少数精鋭に絞ろうにも、種目別に必要人数を変えなければならないとなると途端に難しくなる。

「まったく、大変な特別試験を用意してくれたものね、学校も」

「そうだな。でも1年の集大成としては的を射た種目かも知れない」

 多くの生徒が参加し、力を合わせなければ勝つことが出来ない仕組みだ。

 体育祭の時にも似ているが、今回は体力面だけが優位というわけでもない。考え方次第では学力のみに特化させた戦い方や、器用さ、精神面などが輝く可能性もある。

 自分たちの強み弱みだけじゃなく、他クラスが得意不得意とするものを見極めることも、鍵になってくるだろう。この種目選定を考えると、学校が用意した特別試験の期間にもうなずけるものがある。相当数のヒアリングを重ねて厳選しないと、最大限の力は発揮できないな。

 それにウチのクラスには、種目そのものに参加するかも怪しい生徒もいる。全員が参加しなければ2周目に行けないのなら、そういった調整も強いられる。

 ほりきたは一通り説明を理解した後も少し不服そうな顔つきだ。

「この特別試験に不満がありそうだな」

「ええ、いくつもね。何より不満なのは、当日にどちらのクラスの種目が多く選ばれるかが、大きく勝敗の鍵を握っている点。対戦相手の用意した種目にかたよるだけで相当不利だわ」

 自分たちの用意する種目は絶対の自信を持って選ぶものだけ。

 当然、相手のクラスの種目よりも自分たちの種目で勝負をしたい。

「学校側が10種目を作って各クラスに伝達。当日7種目に絞ってもらう方が公平でしょう?」

 確かに公平かどうかの観点で見れば、堀北の言い分は正しい。

「その分下位のクラスが勝つ確率は下がりそうだけどな。運が良ければ下のクラスが上のクラスに勝つことも出来るありがたい試験とも取れるだろ」

 上のクラスほど、多くの面で優れていると考えるのが普通だ。

「それは……確かにそういう見方も出来るけれど……やっぱり気に入らない試験」

 それにしても───。

 生徒たちが話し合いながら、種目について把握している時間。

 ひらは微動だにすることなく顔をうつむかせ時間がつのを待っていた。

「先日までクラスの中心だったんだけどな」

「私のせいかしら」

「さあ、どうかな」

 ひら自身の問題だが、それを本人含め誰がどこまで理解しているかは不鮮明だ。

「なぁ。話し合う前に1つ、確認しておきたいんだけどよ」

 平田が動かぬまま、クラス内で話し合いが始まろうとしていた時にどうが発言する。

 そして一度オレの方を軽く見た後、クラス全体を見渡す。

「前回の結果に、大勢が納得いってねえんだよな。そうだろかん

「……まぁ、納得って言うか、ちょっとよく分かってないんだけどさ。なんでしようさん票の1位があやの小路こうじだったのか、全員気にしてんだよ。どうして42票も得たのかさ」

 視線の多くが、オレに向けられる。それは綾小路グループからも例外じゃなかった。

「他クラスから……沢山賞賛票を入れられてたってことだよね?」

 釈明や弁明をする時間もなかった2月末。

 この質問がぶつけられることは、既に予測できていたことだ。

 ただ、ここでオレがベラベラと話をするわけにはいかない。

 オレはこのクラスにおいてカーストの下位であり、堂々と何かを話せる立場にない。

「それについては、私から説明するわ」

 ほりきたが率先してそう言う。

「待てよ、俺たちは綾小路に説明して欲しいんだよ。ダチが……消えたんだぜ?」

「それは無理なんじゃないかしら」

 立ち上がり、堀北はオレをかばうように話し始めた。

「無理……ってなんでだよ」

「多分綾小路くん自身も、よく分かっていない出来事だったはずだから」

「……綾小路が分かってない?」

「ええ。簡単に説明するなら、全てはさかやなぎさんの仕組んだ作戦だったということよ。彼女がそんなことをしたのか、私なりに推理してみた。それも説明していくわ」

 順を追って話すように、堀北が分かりやすく答えていく。

「まずやまうちくんをターゲットにした彼女は、賞賛票を与えるから安心しろと彼に言った。事実、彼は最後そのことを口にしていたから間違いないこと。でも、その裏で彼女は別の生徒に賞賛票を与えるのを決めていたはずよ」

「そりゃ、そうだろうけどよ。それが何で綾小路なのかって話なんだ」

「そうね。あなたはどう思ってるのかしら? どうくん」

「それは───たとえば、実は綾小路がスゲェヤツってこともあるんじゃねえのか。だから賞賛に値すると判断した……とか」

「あなた彼がすごかったところを見たの? 私は足が速いだけの生徒という印象よ」

「それは……まぁ、俺もそうだけどよ」

「筆記試験も大して好成績は残していないし、足が速い以外にスポーツ面で、彼が目につくようなシーンは1つもない。むしろ足の速さの割に他がともなっていないところを見ると運動おんの可能性すらある。かと言って話術などが得意なイメージはもっとないわ」

 オレについて完全に周囲が理解している通りであり、否定できる材料はどこにもない。

「つまりあり得ない」

 すっぱり、迷わずほりきたは言い切る。

「たまたま選ばれただけってことかよ。なんか納得いかねーな」

「考えてもみて。仮にあやの小路こうじくんがすごい人なんだとしたら、そんな人物にわざわざプロテクトポイントを与えるようなをする? ごわいと思っている相手にしようさん票を入れることほどバカなことはないわ。投票する例外があるとすれば、最初から賞賛票を勝ち取るであろうことが予測できていたいちさんくらいじゃないかしら」

 事実一之瀬には、総数98票の賞賛票が投じられていた。誰か思わぬ生徒に賞賛票を与えるくらいなら、重ねてしまえという意思からの結果だ。

「確かに手強い相手にプロテクトポイント渡すなんて、絶対しないよねー」

「しないしない」

 堀北の説明に合わせ、けいくら、あるいは男子たち多くが納得する。

やまうちくんがさかやなぎさんのターゲットにされたのか、その理由は分からないけれど、彼女が山内くんの退学を望んでいた、と仮定すれば一連の流れ全ては納得できるのよ。彼女の思惑通り、私たちのクラスでは山内くんと綾小路くんの一騎打ちが濃厚だった。なら、綾小路くんに多数の賞賛票を集中させることで、山内くんだけに退学を絞ることが出来る」

「つまり……はるが退学したのは、坂柳の戦略だったってことかよ」

「そう。そして綾小路くんが選ばれた───利用されたのは単なる偶然。目立たず、かつAクラスのへいがいにならない人物。そうやって絞った結果じゃないかしら」

 この説明には基本的な理が詰まっている。

 堀北の説明から、変にオレを切り崩す方法は存在しない。

「山内くんを狙った理由、綾小路くんを守った理由、考えられるのはそれくらいよ」

 どういけも、そう聞かされれば納得するしかない。

 それでも須藤はみつかずにいられなかったのだろう。

「私が彼をようしたのが気に入らない?」

 堀北は須藤を見て、そう聞く。

 直接答えず、須藤は視線をらした。

「擁護したのは、山内くんが退学した一番の原因は、彼じゃなく私だと自覚があるからよ」

 クラス内で山内の戦略をばくし、追い込んだのは堀北自身。

「もし責める相手がいるとしたら私にならなければおかしいわ」

「それは……」

 須藤に、堀北を責められるはずがない。

 本当は分かっている。不要な生徒が切り捨てられるのは仕方がないことだと。

 ただ、どれだけ理があっても、全員が全てを納得できる話でもない。

 なら、現実にオレはプロテクトポイントを入手している。

 1人だけが安全けんから、この試験をぼうかんしているからだ。

「今回の特別試験……オレが司令塔に立候補してもいいか?」

 タイミングを見てオレはそう切り出す。

 さかやなぎから連絡は来ていないが、このケースならまず100%司令塔のはず。

 なら、こちらも司令塔でなければ勝負として成立しないだろう。

「前回のクラス内投票で、オレがクラスに不信感を持たせたのは事実だ。なら、この試験で人柱になることで、その疑念をふつしよくしたい」

あやの小路こうじ……」

 少し驚いた様子で、どうがオレを見る。

「それいいじゃん。これなら誰も退学しなくて済むし、綾小路も疑われなくなるし!」

 退学者を出さずに済むならと、いけがオレの司令塔に賛成を表明する。

「や、ちょっと待ってよ。いや綾小路くんが引き受けてくれるのはうれしいんだけどさ、私は綾小路くんが司令塔になるのはちょっと反対かも」

 この話に口を挟んだのは思わぬ生徒、しのはらだった。

「確かに綾小路くんにお願いしたら、負けてもプロテクトポイントがあるから誰も退学にはならない。でも、それって最初から勝負を捨てに行くような気がしない? 負けるための準備っていうかさ。ほりきたさんの言うように、綾小路くんは普通なんだし」

 オレが全ての指示を出す、という図式で勝利するビジョンが見えないということだ。

「AクラスやBクラスと対決なんてことになったら、坂柳さんやいちさんが出てくるんじゃないの? 司令塔って重要そうだし、綾小路くんじゃ勝ち目ないって。私たち負けたら、多分またDクラスに戻っちゃうって分かってる?」

 そんな篠原の意見に、一部の生徒も確かにとうなずく。

「一応、司令塔の立候補者を募った方がいいんじゃないかなって思ってさ」

 しかし、退学のリスクを負ったポジション。気軽に手を挙げる生徒はまずいない。

 もし平常時なら、ひらが頼りになったかも知れないが、今回はそうもいかない。

 今も話し合いに参加しようともせず、ただ1人うつむいている。

 この状況下で、唯一退学を恐れず司令塔に立候補する生徒がいるとすれば……。

 全員が一同に堀北を見る。

 ただ、今回のようなケースじゃ、恐らくは───。

「申し訳ないけれど、退学のリスクを負うのは私も避けたいわ。綾小路くんが立候補してくれるのなら、それにあやかりたいところね。篠原さんが言うように、AクラスやBクラスとの戦いになれば、正直今の段階で勝てる絶対の保証もないし」

「でもさー。堀北さんってさっきまで綾小路くんかばってたのに、司令塔にさせたいんだ?」

 話を聞いていたけいがそんな突っ込みを入れる。

「彼がやまうちくん退学に関して無関係であることの証明、その協力をしまなかったのは、お礼に司令塔になってくれるかも知れない、そう思ったからよ」

 ある意味、うまい具合にオレへの逃げ道をふさいできたほりきた

 こっちの思った通り、堀北はオレに司令塔を丸投げしたい狙いがありそうだ。

 コイツはオレの実力に対して他の生徒よりも高く見ている。

 ここで司令塔を任せることに対して、中途半端な生徒をたてるよりも手堅いと判断してのことだろう。負けても最悪プロテクトポイントでどうとでもなるしな。

「司令塔の立候補者は他にいるかしら?」

 もし反論が許されるとすれば、それは司令塔への立候補者だけ。

 しかし退学のリスクを負える生徒は、他に現れない。

「司令塔とは言っても、事前にこちらで念入りな打ち合わせは出来る。当日はその指示、パターンに従って行動してもらえば、誰が司令塔でもそれほどの差はないはずよ」

 それもそうか、と深く考えていない生徒からは納得の声が出る。

「何にせよすぐに授業よ。学校側が時間を設けてくれるわけじゃないし、どこかで時間を作って集まった方が良さそうね」

 ひらが率先して動かない今、堀北がクラスのまとめ役をになうことになりそうだ。

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