ようこそ実力至上主義の教室へ 10

〇他クラスの考え



 Dクラスは、試験が始まってから終始、表面上は普段と変わらなかった。

 この追加試験が発表されて以来、クラスの約9割の感情は一致していたからだ。

 試験前日の金曜日になっても、それは同じだった。


りゆうえんかける』を退学させる。


 口にすることもなく、示し合わせるわけでもなく、多くの生徒がそう決意していた。

 これまで龍園はその独裁めいた主導方針でクラスを導いてきた。しかし、お世辞にも結果が良かったとは言えない。現にCクラスから転落し最下位をひた走っている。

 何より多くの生徒が暴力やどうかつによる支配に苦しめられてきた。弱い心に付け込み、言い返せない状況を作り出した。諸悪の根源。龍園がいなければ、Bクラスには上がれていなかったとしても、Dクラスに落ちることはなかった。そう思っている生徒は多い。

 試験が3日目になる頃には、Dクラスの生徒たちの多くは口裏を合わせていた。はん票に必ず龍園の名前を書くこと。残った2票は散らして1人に集中しないようにすること。それだけで確実に龍園は退学になる。

 りゆうえんの退学を本心では望んでいないいしざきだが、難しいことに表面上では龍園を蹴落とした立役者として祭り上げられている部分があった。そのためグループの中心として、はん票を集める役目をになっている。

 石崎の苦悩と、クラスの感情の方向性を、龍園は試験内容を知ると同時に理解した。

 そして決める。この試験で学校を去ることに対して無抵抗でいることを。

 だからこそ、追加試験が終わるまでの、残りわずかな時間を楽しむつもりでいた。

 学校を去った後どこで何をするのか。それを考える必要もあったからだ。

 そのため教室に残ることほど時間の無駄はない。

 すぐに龍園は教室を後にした。

 そんな背中を見送ったぶきは、放課後どう無駄に過ごすか静かに考える。

 これまでは龍園に誘われることが多かったが、今ではそれもない。

 そんな伊吹の前に影が差す。

「暗い顔よね。そんなに龍園が退学するのが嫌?」

「はあ……またあんた? そんなに私に絡むのが好き?」

「別にぃ。心配して話しかけてるだけじゃない。龍園くんがいなくなってから、ますますクラス内で影が薄くなってるみたいだし?」

 そう言って伊吹を挑発したのは、クラスメイトのなべ。女子の中心的人物だった。

 入学当初から伊吹とはウマが合わずぶつかり合うことも少なくなかった彼女だったが、伊吹が龍園にすいきよされたことで、満足に文句も言えなくなっていた。

 そのことを、真鍋は内心ひどく不愉快に感じていた。

 そのうっ憤を晴らすかのような、挑発こうだ。

「伊吹さんは、やっぱり私に批判票入れる?」

「さあ」

「入れなさいよ。私は入れるんだし、お互い様ってことでさ」

「……あ、そ」

 気のない返事に、真鍋はややいらちを覚えた。

 もっと怒ったり困ったりする伊吹が見たかったからだ。

「別に伊吹さんは退学しないから安心なだけ? 何人かが龍園くんにしようさん票入れたとしても、30票以上の批判票が残るみたいだしねー」

 龍園がいないからと強気な姿勢の真鍋だが、それは他、多数の生徒も同様だ。

 石崎は席を立った。

 明日には追加試験が始まる。

 始まってしまえば、どうすることも出来ない。

「ちょっと付き合えよ伊吹」

 そんなにらみあう2人の前に石崎が姿を見せる。

「……別にいいけど」

 ぶきゆううつそうにしながらも、いしざきの言葉に従い共に教室を後にする。

 なべから離れられるなら、マシと考えてのことだった。

「余裕ぶるのもいいけどさ。りゆうえんくん退学したら、次はあんただから」

 まるでクラスの支配者のように、真鍋は強気な発言を伊吹に送った。

「それで、どこに行くわけ?」

 廊下に出て真鍋を視界から消した伊吹が聞く。

「別に。ただちょっと話がしたかっただけだ。龍園さんの持ってるプライベートポイントのことだよ。どうなった」

「どうなったもなにも、あいつが持ってる」

「まだ回収してないのか。試験は明日だぜ? 退学したら、全部なくなっちまうのによ」

「回収しないって最初息まいてたのはどこの誰よ」

「それは……そん時はプライベートポイントなんて、って思ったんだよ……」

「そんなに拾いたいなら、あんたが直接頭下げて回収すれば?」

「俺は動けねえよ」

 それがわかっているからこそ、伊吹も意地悪めいたことを口にした。

「あんたはクラスにとって龍園殺しのキーマンだしね。下手に龍園と接触したことがバレたら怪しまれる。もしかして裏切るんじゃないか、なんてね」

 龍園退学をしたい石崎にしてみれば、その展開は望むところだ。

 だが、そんなことをすれば今度は石崎が退学のリスクを負う。何より龍園失脚の理由として石崎が奮い立ったという事実が成り立たなくなってしまうのだ。出来るはずもない。

 龍園を救いたい気持ちと、自分は助かりたいという気持ち。

 相反する状況に苦しんでいた。

「俺は……クソ、何やってんだかな……」

「龍園が退学になるのが、一番いいんじゃないの。あんただってわかってるでしょ」

「それで本当にいいのか? 龍園さん抜きで、この先勝てると思ってんのかよ」

「ろくな結果も出してないのに、よくそこまで持ち上げられるもんね。あいつの行動は理解不能なだけで、全く明るいものじゃないでしょ」

「確かにギャンブルだ。けどよ、あの人抜きじゃAクラスなんて夢もまた夢なんだよ」

 総合力が高く、龍園も警戒するさかやなぎのAクラス。

 結束力の高さと安定した成績を保有するいちのBクラス。

 そして龍園をも圧倒する腕力と、底知れない知略を兼ね備えたあやの小路こうじのCクラス。

 クラスとしての力の差は歴然。

 石崎の中には確固たるイメージがあった。

 そんな化け物たちと渡り合うには、同じように化け物がいなければならない。

 龍園かけるは、こんなところで消えるべき存在じゃないと。

「ま、龍園が普通じゃないってのは認めるけどね」

 ぶきの中にも思うことはある。

 あやの小路こうじに敗れながらも、りゆうえんの評価が自分の中で不思議と落ちていない。

 さかやなぎいちには無くて、龍園だけが持つもの。

 それは、あの綾小路にすら届くほどのものじゃないか。

 そんな風に考えている自分がいる。

「クソっ……」

 いらいしざき

 そんな石崎を横目に見ながら、伊吹は考える。

 この試験で自分にできることは何かあるのだろうかと。

 石崎は暑苦しい男だが、それでも懸命にこの試験にこうとしている。

 なのに自分は龍園を見殺しにして、助かろうと思っているだけ。

 そう。伊吹は石崎ほど余裕がない。

 クラス内でも、間違いなく嫌われている側の人間だと自覚している。

 現に龍園が消えれば、次にターゲットにされるのは伊吹だ。

 あのなべの発言は、単なる嫌がらせではない。

 だがそれでも、大人しくしていれば今回は助かる。

 あるいはこの先に、何か違う道が見えてくるかも知れない。

 それが、伊吹をしばる一番の要因だった。

『あの男』の言葉を思い出す。


『ただ助けたいと口にして誰かを助けられるほど、これは生易しい試験じゃない』


 伊吹の心、考え方など『あの男』には分かっていたのだ。

 だからまともに相手にしようともしなかった。

「あのさ石崎」

「なんだよ……」

「あんたは龍園を退学させたくはなかった。それ本心よね?」

「……ああ。うそ偽りねえよ」

「そう」

 龍園より多くのはん票を他の誰かに集めることは、絶対に不可能だ。

「認めたくはなかったけど、あんたと気持ちは一緒。それだけは覚えといて。この先、龍園の次に私が消えるとしてもね」

 龍園が消えれば、次は伊吹。

 その現実が改めて見えた。

「今夜龍園に会ってプライベートポイントを回収してくる。多分私にしか出来ない」

 そしてそれを残し、生かしていくことがDクラスの為になる。

 りゆうえんの無念を引き継ぎ糧にすることが出来る。

「やっぱり、それしか道はないのかよ……」

「私たちにできる精いっぱいのことは、それくらいでしょ」

 ぶきは決意した。

 龍園かけるから、残されたプライベートポイントのすべてを回収する。

 それがDクラスの為になるのなら、引き上げておかなければならない『財産』だ。


    1


 夜中。伊吹は許可も取らず龍園の部屋を訪ねた。

 乾いたノックが冷たい廊下に小さく響く。

 しばらく待たされた後、扉が開いた。

「おまえか」

「……あんた、何してんの」

 上半身裸、そして下半身はトランクス一枚だった。

「下品なことだつったら引くか?」

「今すぐタマ蹴り飛ばして部屋に帰る」

「クク。単なる風呂上がりだ、上がれ」

 確かに髪はまだれており、湯上りは事実だった。

 言葉遊びに警戒しながらも、伊吹は龍園の部屋に入った。

 1年間で初めてのこと。

 思ったよりも、色んな小物が置かれていて、あの男の部屋とは印象が違った。

「退学前に、俺と一夜を共にしたくて訪ねてきた、ってわけじゃないんだろ?」

 長々と言葉遊びに付き合うつもりのない伊吹は本命を切り出す。

「あんたの持ってるプライベートポイント。私に全部頂戴」

「あ? てめぇは一度いらないって突っぱねたんじゃなかったのか?」

 バスタオルで髪を拭きながら、龍園は冷蔵庫からペットボトルを取り出す。

 それを伊吹に出すわけでもなくキャップを開け自らの喉に流し込んだ。

「今回の試験、あんたにはもう活路がない。つまり死に金になるってことでしょ」

「そうだな。俺がこのまま金を抱いて死ねば、全て消え去る」

 Aクラスとの内密な契約も切れ、Dクラスにうまは1つも残らない。

「だからもらって生かしてあげるわよ」

ずうずうしい話だな」

「あんただって本望でしょ。もし渡す気がないなら、最後に散財してたっておかしくない。でもその気配はなかった。だから拾ってやるって言ってんの」

 龍園のここ数日間は大人しいものだった。

 精々数百、数千ポイントしか使っていないのは明らか。

「クク、なかなか言うじゃねえか。いいぜもってけよ、どうせ不要な金だ」

 ぶきの目の前でりゆうえんは笑った。

 そして携帯を手に取り操作を始める。

 作業はわずかなもの。伊吹の携帯に龍園が持っていた全財産が移行される。

「確認できた。これであんたは用済みよ龍園」

 そう言って携帯をおうとする伊吹の腕を龍園はつかむ。

 そして壁に伊吹を押しやった。

「ちょ、何すんのよ!」

 とつに蹴りを繰り出す伊吹だが、それを龍園は片腕で掴み軽々と止める。

「おまえの好戦的な性格は嫌いじゃなかったぜ」

「はあ!?」

 何かをされるかと敵意を見せる伊吹だが、龍園は笑ってすぐに手を放した。

 龍園なりの、最後の別れの挨拶。

「おまえは強いが、俺に言わせればすきも多い。それじゃすずには勝てねえぜ」

「余計なお世話よ」

「じゃあな伊吹」

 龍園は、もはや興味をなくしたのか伊吹から視線を外す。

 そして追い出すように玄関へとやった。

 靴を履く間、僅かな沈黙が流れる。

「あんたこの学校にいて楽しかった?」

 伊吹は背中を向けたまま、そんなことを龍園に聞く。

「あ?」

「何でもない」

 普段の龍園を見ていれば、そんなことはわかる。

 龍園は満足なんてしてない、と。

 そして満足出来ないまま、この学校を静かに去ろうとしている。

 立ち上がり、扉を開くと冷たい風が吹き込んできた。

「サヨナラ」

 伊吹は別れの言葉を残し扉を閉めた。

 誰もいない真夜中の廊下。

 携帯の画面に映し出された巨額のプライベートポイント。

 むなしい気持ちになるだけだと、表示画面を閉じた。

 伊吹は廊下を歩き出すなり、電話をかける。

 相手が寝ていたとしても知らない。

 その場合は留守電を残して切るつもりだった。

 だが、相手は2コールもしないうちに電話に出た。

「私だけど。りゆうえんのプライベートポイントは全部回収した」

 報告しておくべき人間に報告して、役目は終わりだ。

 電話越しに、あの男から直接会って話がしたいと言われる。

「いいけど、ね……」

 どうせ外に出たついでた。

 ぶきはそれをしようだくし、あの男の部屋に向かうことを決めた。


    2


 同じくして追加試験前日の金曜日。

 Bクラスの生徒たちは放課後も教室に残っていた。

 誰一人欠けることなく、全員。

 きようだんに立つのは担任のほしみやではなく、いちなみ

「みんな。今日までいつもと同じように過ごしてくれてありがとう。私の勝手なお願いを聞き届けてくれたことを素直に感謝してる」

 一之瀬は追加試験が発表された後、クラスメイトに1つのことを伝達した。


『試験前日の放課後まで仲良く、普通に生活してほしい』


 ただそれだけ。

 それだけを伝え、詳しい戦略を話すことはしなかった。

 ギスギスしあっていても、得られるものは何もない。

 この試験が退学者必須のものであることは、明確だったからだ。

 不安になってもおかしくないが、Bクラスの生徒たちは忠実にそれを守った。

 一之瀬の言葉に従った。

 それがBクラスのためになることを、彼ら彼女らは1年間で学んでいたからだ。

 一人の教師として、担任として一之瀬の話を聞いていた星之宮は、いちまつの不安を感じ取る。この特別試験が理不尽なものであると感じる教師の一人として、苦難を強いているBクラスに申し訳ないと思う気持ちが強くあった。退学者を出さず一致団結できるクラスだからこそ強く、そして輝いている今。ここで退学者が出ることになれば、クラスに影を差す。

「沢山心配させたと思う。だけど安心して欲しい。私たちの中から退学者は出させないよ」

 誰もが瞳の奥に不安を抱える中、一之瀬はそう言い切った。

 それは朗報と同時に、疑問をも生むことになる。

「大丈夫なのか一之瀬。ハッキリと言い切って」

 もしクラスメイトを思ってのうそなら、この場ではやめたほうがいいのではないか。

 かんざきからのはいりよだった。

「いいんだぜいち。俺たち覚悟できてるからさ」

 無策でも責めない、そんな姿勢をしばが見せる。

 しかし一之瀬は再び繰り返す。

「大丈夫だよ。神崎くん、私に教えてくれたことがあったよね。力を持っているのに、それを使わないのはおろか者のすることだって。だから私、自分なりに考えたの」

 ここにいる全員が退学することはない。確信を持っていた。

「……なら聞かせてくれ。どうやって退学者を防ぐ」

 だが示す根拠がなければ、それは一之瀬の妄想でしかない。

「この追加試験、全員が生き残る方法はたったひとつだよね?」

「ああ、2000万ポイントで退学を無効にすることだけだ」

「だから、クラスメイト全員の、今持ってるプライベートポイントを私にたくしてほしい。4月までポイントを失うことになるけど、それで全員を助けられる」

「でもさ、確か2000万ポイントには届かないんじゃないか?」

 クラスメイトの柴田が、全員を見渡しながら言う。

 何度も相談しあったが無いそでは振れない。

 届かない数百万のポイント、その壁が厚い。

「いいじゃない。なみちゃんがそういうんだから。送るね」

 詳しく聞かずとも、女子たちはすぐに一之瀬にポイントを送り始めた。

 毎月送金しているため、その手順は慣れたもの。

「ま、それもそうだな」

 柴田もすぐに納得し、操作を始める。

 クラスメイトからの信頼が厚い一之瀬は、すぐに全員から、その持てるプライベートポイントのすべてを託される。

 携帯に表示された合計金額は、1600万ポイントを少し下回るくらいだった。

「うん、やっぱり計算通り大体400万ポイント不足してるね」

「どうやって足りないポイントを補うつもりだ。それだけの大金、他クラスや他学年が出すとは思えない」

 冷静な神崎はポイントを送りながらも、回答を要求する。

 一之瀬はぐもからプライベートポイントを借り受ける時、他言しないことを約束した。

 だが、ここまで来て仲間にそれを伏せておくことは出来ない。

 だからこそ前日の今、一之瀬は南雲から許可をもらい交際条件以外の部分を話しても構わないということで合意していた。

「南雲生徒会長だよ。この話を相談したら、不足分を助けてくれるって言ってくれたの」

「生徒会長が? そんな大金を出せるのか」

「うん。実際に持ってるポイントも見せてもらえた」

 確実に保有していることの証明も、いちは受けた後だった。

「もちろん後で返すことにはなるよ」

「返済プランとぐも生徒会長に支払う利息は?」

「その有無が結果に影響するのかな?」

「いや、それはない。どれだけ高い利子でも仲間には代えられないと思っている」

 その点はかんざきも一之瀬に同意している。

 だが詳細を把握しておくことは、この先に必要なことだと判断した。

 他の生徒が聞けないことを聞く役目をになっている。

 それを一之瀬も大きく感謝している。

 生徒たちの気持ちを代弁して聞いてくれる、大切なパートナーだ。

「返済期間は3ヵ月で、利子は無いよ」

「借りた額そのままでいいということか……」

 この苦しい状況であれば、何割か要求されてもおかしくない。

 それを無利子で貸し付ける南雲生徒会長は、Bクラスにとって救いの存在に見えた。

「皆にはしばらく不便を強いることになると思うけど……それでもいいかな?」

「すご……さすが一之瀬さん! 超大賛成だよ!」

 クラスメイトたちは、誰一人不満な様子を見せなかった。

 だからこそ、絶対に退学者を出してはいけない。

 これは一之瀬なみの、仲間を守りたいという覚悟だった。


    3


 その日の夜。一之瀬は南雲に1本の電話をかけた。

 明日の試験に向けての最終確認のためだった。

「南雲先輩。一之瀬です」

「帆波か。俺に電話をかけてきたってことは、例の件だな?」

「はい。今日Bクラスの皆に話しました。それで、先輩にもう一度だけ、改めて今回のことで確認をしておこうと思いまして」

「俺が出した条件は変わらないぜ。クラスメイト全員から、1ポイント残らず回収して、可能な限りプライベートポイントをかき集めておくこと。全員で苦しみ痛みを共有しないで救われるなんてことは許されないからな」

「そうですね。私もそう思います」

 自分たちのお小遣いを残したままポイントを借り受け、楽に助かるのは認めない。

 それが南雲の出した条件の1つだった。

 南雲は膨大な一千万近くのプライベートポイントを保有している。

 だが、その額全てを貸せるわけでないことは明らかだ。1ポイントでも借りる額を少なくすることは、言われずとも率先してすべき、いちの当然の役目だ。

「不足したポイントはいくつだった?」

「404万3019ポイントです」

「そうか。それくらいなら俺も最低限の負担で済む。それでもこれから先の試験で、かなりのハンデを負うことは避けられないけどな」

「はい……」

 ぐもが背負う負担は大きい。

 仮に次の試験で南雲のクラスに退学者が出れば、てんする動きも出るだろう。

 その時に貸した400万ポイントに足元をすくわれる可能性もある。

 どれだけありがたい申し出であるか、一之瀬は痛いほど理解していた。

「本当にすみません、私のわがままなお願いです」

「いいさ。誰も見捨てない、そんなおまえらしい作戦だ。ただもう1つ。ポイントを貸す上での条件は覚えてるよな?」

「……はい。私と、その、南雲先輩がお付き合いする、ということですよね……?」

「ああ。その条件を飲むなら今すぐにでもプライベートポイントを振り込む用意がある」

「……今日の夜中12時が、タイムリミットでしたね」

「まだ迷ってるのか。クラスからせい者が出るのは一番避けたいところだろ?」

「もちろんです。ただ、少し不安にも感じています」

「不安?」

 一之瀬は言葉にしづらいことをぐっとこらえ、絞り出す。

「先輩は、その……わ、私のことが好きなんでしょうか?」

「なに?」

「あ、いえっ。すみません、こんな失礼なこと聞いて……だけど、付き合うというのは、そういった感情があるから成り立つものだと、思うんです……」

「おまえのことが嫌いなら、俺はこんな条件をつけたりはしないぜ」

 迷わず答える南雲。

 一之瀬はその言葉をうれしく思いながらも、それでも不安を隠せないでいた。

「納得がいったなら、今からポイントを送る」

「待ってください。私……ギリギリまで頑張りたいんです」

「それがこの数日間じゃなかったのか?」

 刻一刻と、南雲との期限が近づいてきている。

「2年や3年から借りることは出来なかったろ? 敵である1年ならなおさらだ」

 400万を超えるプライベートポイントを貸せる存在は南雲の他にいない。

 それを南雲もよくわかっている。

 しかし南雲は深く一之瀬を追及しなかった。

 どうせ時間がくれば、いちが頼ってくることは明白だったからだ。

「気をつけろよ。俺は時間にはうるさい男だからな」

「はい。後で必ず連絡します」

 通話を終え一之瀬は大きく息を吐いた。

 そして壁にもたれかかる。

 クラスメイトを守る。それは一之瀬にとって何よりも優先すべきことだ。

 ぐもが助けてくれるというのなら、その条件は受け入れるべき。

 ただ、一之瀬には恋愛経験がない。

 こんな形で誰かと付き合うことが自然なことだとは、到底思えなかった。

 何より……それは間違いだと心が告げる。

 誰かと誰かが付き合うのは、互いに好きでなければ意味がない。

 片方からの気持ちだけでは無意味なのだと。

 だが一度付き合ってしまえば、自分から別れるなどとは言い出せない。

「はあっ……覚悟、決めたはずなのにな……」

 時刻は夜の9時を回る。

 あと3時間以内に、一之瀬は答えを出さなければならない。

 重たいため息が出る。

 それでも、自分が我慢すればクラスメイトを助けられる。

 それが最善の、唯一の方法なら……。

 それでも最後の最後まで、心にブレーキがかかってしまった。

 この条件をんでしまったら、自分が自分でなくなってしまうような。

 そんな悲しい予感。

「ダメ。ダメだよ私」

 どうしてここにきて、再三考えを改めようとしてしまうのか。

 ここで南雲との交渉を成立させなければ、Bクラスから退学者が出る。

「……よしっ」

 パン、と一度自分の両頬を軽くたたく。

「私は───皆を守るんだ」

 覚悟を決めた一之瀬は、一人静かに笑った。


    4


 一之瀬が南雲との条件を呑む決意をするより数日前。

 追加試験が発表されたその日にさかのぼる。

 Aクラスにとって、他クラスとは違いこの追加試験は歓迎すべきものだった。

 どのクラスよりも早く、確実な結論を導き出していたからだ。

「後はおまえたちが話し合い、試験当日で結論を出すことだな」

 担任のしまが試験の説明を終える。

 残された時間を生徒たちに割り振ると、さかやなぎは立ち上がることもなく話し始めた。

「今回の試験。かつらくんに退場していただきたいと思っています」

 迷わず坂柳は名指しした。

 葛城は目を閉じ腕を組んだまま、ジッと動かない。

「な、なんだよそれ、そんなのきようだろ!」

 唯一抵抗を見せたのは、葛城をしたつかひこ

「やめろ弥彦」

 しかしその戸塚を葛城がいつしゆうする。

「で、でも葛城さん!」

「俺は受け入れるつもりだ」

「異議はないようですね。というより異議を申し立てるすきなどありませんよね」

 既にAクラスの大半は坂柳のばつに入っている。一部快く思っていない生徒がいることも確かだが、それは反旗をひるがえすほどのものではない。

 自分が安心で安全に卒業するために、坂柳の味方に付き続ける。

 唯一、戸塚だけは葛城をもうしんするが故にあらがおうとする。

 それが無意味なことは、葛城が一番理解していた。

「では挙手で決を採ります。今回の追加試験でせいになっていただく退学者が葛城くんで構わない方は、どうぞ挙手をお願いします」

 クラスメイトが一斉に手を挙げる。

 戸塚と葛城、そして坂柳を除く37名全ての賛同。

 真嶋はこうなることを予見していたように、静かに目をらした。

「これで今回の試験に関する話は終わりですね」

「いいんですか、こんなんで!」

「いいんだ弥彦」

 最後まで抵抗する戸塚だったが、葛城は坂柳に反論をしようともしない。

いまだに俺が結んだ契約は生きている。そのせいで、Aクラスから無用なプライベートポイントがDクラスのりゆうえんに流れてしまっているからな。責任は取る」

「で、でもそれでクラスポイントを得たじゃないですか! 俺たちが損してるわけじゃないですよ! それにDクラスからも退学者が出るなら龍園が選ばれるかも! そうすれば葛城さんが退学しなくても、契約は無効になるはずです!」

 必死に論を組み立てる戸塚。

「このクラスのリーダーだからって、何でもやっていいと思うなよ!」

「いい加減にしろ弥彦」

 一人ヒートアップする戸塚を、葛城は再び制する。

 先ほどよりも強い口調で。

かつらさん……!」

 当人が一番苦しいはずの状況でも、努めて冷静を装っていた。

 その姿に胸を打たれつつ、つかはうな垂れるように席に座り直した。

「私としては続けて頂いても構わないのですが? 面白い演説でしたし」

「結構だ。俺が退学する方針に異論はない」

「そうですか。では、葛城くんの意向をんで、そのように致しましょう」

 5分にもならない話し合いで、Aクラスは追加試験の結論を導き出した。

 まるで追加試験などなかったかのように、Aクラスにはいつもの時間が流れ出す。

 葛城は席を立ち、一人になるため廊下へと足を向けた。

 それを追い、当然のように戸塚がけ寄って来る。

「葛城さん、本当に退学に異論はないんですか!」

「……仕方のないことだ。この試験はクラスに権力のある生徒が圧倒的に優位。俺がもがいたところで、さかやなぎ派のはん票には打ち勝つことは出来ない」

「で、でも、坂柳に不満を抱いてる生徒だっているはずですよ。そいつらを集めて───」

「おまえにはこれまで、いくとなく助けてもらった。感謝している」

「葛城さん……」

「だが俺が退学した後は、おまえは坂柳についていけ。下手に逆らえば、次に狙われるのはおまえだ、ひこ

 それが分かっているからこそ、坂柳と戸塚の衝突を避けさせたかった葛城。

「それが俺からの、最後の指示だ」

「……う、くっ……!」

 悔しさで顔をゆがませる戸塚は、必死に首を縦に振ることしか出来なかった。


    5


 その日の放課後。

「帰りましょうすみさん」

「……そうね」

 坂柳はむろに声をかけ席を立った。

「ケヤキモールのカフェで新しい飲み物が出たそうなんです。飲んで帰りましょう?」

 週末にはクラスメイトから退学する生徒が出る。

 しかも自分が名指しした生徒だというのに、いつもと様子は変わらない。

「あんたさ」

「なんです?」

「……なんでもない」

 聞くだけ無駄だと思い直したむろ

 さかやなぎれいてつな判断には血が通っていない。

 神室も似たような人間だからこそ、それを指摘するのはおこがましいと思った。

 2人の間に流れる沈黙を割いたのは1本の電話だった。

 坂柳がポケットから携帯を取り出す。

 っすらと笑い、うれしそうに電話に出る坂柳。

「御機嫌ようやまうちくん。そろそろ連絡頂ける頃だと思っていました」

「物好きね……」

 こうして山内と話し込む坂柳の姿は、最近は珍しくなかった。

 連日のように互いに電話をし合いあいもない雑談に華を咲かせている。

「今日ですか? ええ構いませんよ。お会いしましょう。しかし今からは少々約束があって都合が悪いので、後で合流しましょうか」

 電話の内容が山内からのラブコールであることは、すぐに分かった。

「今移動中ですので、後でご連絡しますね」

 そう言ってものの数秒で、電話を一度終える坂柳。

「というわけで、夜に山内くんとお会いすることになりました」

「あんた、山内と頻繁に連絡取り合ってるみたいだけど、どういうつもり?」

「彼が気になる存在だからですよ」

「気になるって、好きってこと?」

「私が彼を好きになってはおかしいですか?」

 むろやまうちの姿を思い浮かべ、首を左右に振った。

「冗談でしょ?」

「ええ。冗談です」

「あのね……」

「Cクラスのスパイとして利用できないかと、調教中です」

「調教中って……そんな簡単にいくわけないでしょ」

「彼の場合はそれがそうでもありません。面白い試験が告知されたことですし、実験体として動いていただいていますよ」

 神室に対して、さかやなぎは半分真実、そして半分うそを教える。

 側近とはいえ完璧に信用できる相手ではない以上、隠すべきことは隠しながら語る。

「まずは今日、彼にお会いしましょう。少しは私の狙いが分かるはずです」

 これからのことを思い描き、坂柳はうれしそうに笑った。


    6


 夜。

 坂柳と神室はケヤキモールで山内と合流していた。

 その様子を人に見られないため、カラオケの部屋を集合場所にして。

「今日も、その……神室ちゃんがいるんだね」

「すみません。まだ2人きりのデートは恥ずかしくて……」

「い、いやいいんだよ全然! こうやってデートできるだけで幸せだしっ!」

 嫌われたくない思いの強い山内が必死に笑顔を作る。

 本当なら坂柳と2人きりになって、告白。

 その後正式な恋人になりたいと思っているが、ぐっと我慢してこらえる。

「山内くん。今度の追加試験、大丈夫ですか?」

「えっ?」

「いえ。大丈夫ならいいんです、ただ……」

 少しだけ意図的に間を作る。

「もしも山内くんが退学してしまったら、このように会うことも出来なくなります。私、それだけは嫌なんです」

 そんなぶりっ子のような態度に神室は吐き気を覚えたが、顔には出さない。

 これはあくまでも坂柳の遊びだ。

 それをいちいち真面目に受け取っていたら身が持たない。

「お、俺だって嫌だ!」

「気持ちは一緒、ということですね」

 ホッと胸をでおろすさかやなぎ

「もし何か困っていることがあれば、私が相談に乗ります」

「でも───」

「確かに私とやまうちくんは敵同士、しかし今回の試験は別です。他クラスと争う要素はどこにもありませんよね?」

「それは確かに……」

「ですが、逆に協力することは出来るかもしれません」

「協力、って……?」

 山内の頭の中にも、よぎるもの。

「たとえばのお話ですが……私の持つしようさん票を山内くんに入れるとか」

 それを聞いて、山内はつばむ。

 他クラスからの賞賛票は、1票でも多く欲しい。

 それは退学のピンチである生徒にとっては喉から手が出るほど必要なものだ。

「ま、マジで相談に乗ってくれる?」

「お困りでしたら、ご協力します」

 優しい言葉に山内は、心底喜びながらも表面上は落ち着きを装う。

 女の子とこうして親身に話すようなことは、彼の生活では一度もなかったが、恋愛未経験であることを悟られるのは恥ずかしかったからだ。

「俺……実はクラスの中でしつされてるみたいでさ。その、そういうヤツらがはん票を入れるんじゃないかって心配なんだ」

「嫉妬、ですか」

「こうして坂柳ちゃんと会えるのも俺だけだしさ」

「そうですね。他の男子には全く興味がありません」

 成績が悪く退学の候補にされていることは、口が裂けても言えなかった。

 山内は自分を大きく見せ、坂柳に好意を持ってもらいたかったからだ。

「分かりました。では山内くんが助かるための秘策を伝授いたします」

「ひ、秘策?」

「はい。クラスの約半数、あなたが仲間を見つけて勧誘してください。そして1人にターゲットを絞って退学に追い込むんです」

「や……でも、そんなことしたら俺が狙われるかも……!」

「そうですね。誰もが主導者になることを恐れています。不用意に仲間を傷つけるようなをすれば、逆に批判票を集めてしまうかも知れないからです」

 山内がうなずく。

「だから私が協力するんです」

「ど、どうやって?」

「私のことをしたってくれるAクラスの仲間が20名ほどおります。その仲間全員のしようさん票を全て、やまうちくんに投票するよう呼びかけさせて頂きます」

「え!?」

「山内くんに賞賛票を入れてくれるクラスメイトも少なからずいますよね? その方達も合わせれば、仮にはん票が30票以上集まってもほぼそうさいできます。あなたが退学になることはまずありません」

「ま、マジで言ってる?」

「もちろんです。しかし20票集まっても絶対に安心とは言えません。だからこそ、あなたに主導者として一人の生徒を追い込んでもらいたいんです」

「だ、誰を?」

「そうですね……もちろんCクラスにとって役立つ生徒を排除するわけにはいきませんし。すみさん、手ごろな方はいませんか?」

「……あやの小路こうじなんてどう?」

「綾小路、くんですか。名前は聞いたことがありますが……」

「あーえと、影が薄いヤツで。なんて説明すればいいかな……」

「詳細は結構です。どうやら丁度いい相手かも知れません。特に親しいわけではないんですよね?」

「そりゃ、全然! ただのクラスメイト!」

「ではその方にせいになっていただきましょう」

「けど……」

 自分の助かりたい気持ちと、クラスメイトをいけにえに出来ない気持ちがぶつかり合う。

 だが、自分を守る感情がはるかに強いことは確認するまでもない。

「どんな関係であれクラスメイトを切るのは心が痛むと思います。ですから深く考えないようにしましょう。私たちが適当に決めた生徒、それに従うだけだと考えるんです」

 そうすれば心は痛くないでしょう?と微笑ほほえみかける。

「試験が終わった後、来週の月曜日。今度は私と2人きりで会ってくれますか? その時山内くんにお伝えしたいことがあるんです。とても大切なお話です」

「っ!」

 これが山内ろうらくのトドメの一撃になった。

 勝手に妄想をふくらませ、さかやなぎからの愛の告白だと受け止める。

 それを実現するために山内は、なんとしても退学をしなければならない。

 何より坂柳から提示された作戦をすいこうしなければ、嫌われるかも知れない。

 そんな思いをり立てられる。

「ではまず、綾小路くんの仲間に付きそうな人物の洗い出しから始めましょう。彼の耳に入ることなく静かに退学していただくのが、ベストですから」

「わ、分かった」

「ただ先に忠告があります、やまうちくん」

「忠告……?」

「私たちが山内くんにしようさん票を入れる話は、他の誰にもしないでください。あんに口にすればあなたはクラスメイトからうらまれる危険性があります」

「それは確かに……」

 山内だけがセーフゾーンにいるとなれば、しつや反感を買うのは目に見えている。

「わかったよ。約束する」

「ありがとうございます」

「ただ……あ、あのさ」

「なんでしょう?」

「その、疑うわけじゃ全然ないんだけど……俺に本当に賞賛票入れてくれるのかな」

「それは、書面のようなものが欲しいということですね?」

「どうしても、心配でさ……」

 口約束では確信が持てない山内が不安になることなど想定内のことだった。

「私が山内くんを裏切ると? そんなことをしてもメリットはありません。ですがどうしても信じて頂けないと言うなら……この話はなかったことにしましょう。約束1つ信じてもらえない方であれば、来週お会いすることも考え直さなければなりませんね」

「ま、待って! 信じる信じるよ!」

 引き下がろうとするさかやなぎを、懸命に山内が引き留める。

「ごめん、疑うして……」

「いいんです。不安になる気持ちは分かりますから」

 優しく微笑ほほえんだ坂柳は、最後の忠告を山内に告げる。

「それから……もし山内くんが、今後私に対して盗聴盗撮のたぐいを行えば、その瞬間関係は決裂。私と山内くんは敵同士です」

「だ、大丈夫。そんなこと絶対しないから!」

「よろしいです。ではすみさん、ボディーチェックをお願いします」

「え、私?」

「お願いします」

「……分かったわよ」

 渋々と言った様子で、山内くんのボディーチェックを行うむろ

「面白くなってきましたね」

 これはただの遊び。

 坂柳の中で結果は最初から決まっている。

 山内が帰った後、坂柳は神室とカラオケルームに残り続けていた。

「まだ帰らないの?」

 時刻は8時を回るところだった。

 学生が立ち入れるのは9時までになっているため、退店も近づいている。

「今回の私の作戦、すみさんはどう思われましたか?」

「どうって……」

あやの小路こうじくんはただものじゃない。それは伝わりましたよね?」

「ま、あんたの綾小路への関心はすごいしね」

「それだけではありませんよね? 真澄さんも彼を近くで見て、感じ取ったはずです」

 詳細は分からずとも、謎めいた嫌なものを持つ生徒。

 それが真澄の抱いた綾小路への印象。

「彼は強いですよ?」

「……そんなに?」

かつらくんやりゆうえんくん、いちさんなど相手になりません」

「へえ、それじゃ、あんたは?」

「さあ。どうでしょうか」

「……マジみたいね。あんたがそんな風に言うなんて」

 即、勝てると口にすると思っていただけにむろは驚いた。

「もちろん勝てます。しかし彼の底が見えないのも事実。いえ……少し違いますね。多分私は、綾小路くんが自分のかなわないと思えるような相手であって欲しいと、そう願う部分もあるのかも知れません」

 自分も気づくことのなかった、不思議な感情。

「私の手で退学になってしまう前に見れるといいですね。彼の本気が」

 それを、さかやなぎは心から願った。


    7


 それが火曜日の出来事。それから翌日からも引き続き、坂柳はやまうちの報告を受けた。

 親身にどう立ち回るべきか、どうしのぐべきかを伝授していく。

 自室に置かれたチェスの駒を進めながら。

「そうですか。以上が綾小路くんにはん票を入れる人たちですね?」

 全部で21人。思ったよりも賛同者が多く坂柳は感心する。

 山内単独では、恐らくここまで好都合な展開にはならなかっただろう。

「山内くん」

「な、なに?」

「やはりくしさんに仲介役を頼んで正解だったようですね」

 彼女はクラスメイトのためを思い行動するタイプ。

「まぁ、ね。坂柳ちゃんの言う通りだった」

 山内に頼まれれば、あんに断ることは出来ないと考えた上での判断だった。

 何よりくしに関しては、さかやなぎいくつか気になる情報を握っている。

「協力をお願いする際には、泣き落としでもしましたか?」

「そ、そんな格好悪いことはしてないって!」

 泣き落としをしたようだと、坂柳とむろは視線で会話する。

「では交渉術が、完璧だったようですね」

「まあね……」

「では明日、誰を引き込むかは私から連絡いたします」

「分かった」

 肝心なのは明日木曜日。

 ここからどう手を広げてクラスメイトをやまうち陣営に引き込むかにあると坂柳は判断した。

 通話を終えると、神室が言う。

「あの櫛田が誰かを落とすことに協力するなんてね」

「泣き落としされれば、助けないわけにもいかないでしょう。とはいえ、ここまで多くの生徒を引き込むにはそれなりの話術も必要になってくる。櫛田さんという生徒は、相当にお口が達者なようで」

 クイーンの駒を握り、坂柳は神室を見る。

「この先どうなると思いますか?」

「そのままいけばあやの小路こうじはん票が集まって退学……だけど、あんたの言うように強敵だっていうなら、何か手を打ってくるんじゃない?」

「彼自身がターゲットにされていると、知らなくてもですか?」

「方法は分かんないけどね」

「彼は常に警戒しています。今は自分が狙われていると知らなくても、この試験の本質を考えれば、何かを機に批判票が集まって来る可能性は排除しきれない。となれば、先手を打って対策を考えておくものです」

「……その対策って?」

「クラスにとって邪魔な生徒がいることを、全員の前で証明することですよ。理由は何でも構いませんが、無能であればあるほど効果は覿てきめんです」

 少し先の未来。Cクラスで行われるかも知れない風景を坂柳は思い浮かべる。

「たとえば山内くん。彼は私と協力し仲間である綾小路くんを除外しようと動いている。こんなことが明るみに出れば、それこそ理想的な存在になることでしょう」

「あんたにしてみれば綾小路でも山内でも、どっちでもいいってわけね」

 坂柳は空いたもう片方の手でキングを取る。

「いいえ。キングには最後まで残っていただかなければ」

 終局まで、すべての手を坂柳はコントロールしている。


    8


 試験前日、金曜日の夜。試験を翌日に控えたさかやなぎはカラオケルームにいた。

「状況はどうなわけ?」

 メンバーはむろはしもと。それにとうの4名。

「今日全てバレたそうです。ほりきたさんが嗅ぎつけ、私がやまうちくんと協力していることをばくしたみたいで。一体どこから情報がれたんでしょうね」

 ポテトを1本手にし、それを口元に運ぶ坂柳。

 その様子を見ながらひとりの生徒が進言する。

「坂柳、その情報源はかるざわだ。俺は言ったよな。確実にあやの小路こうじを落とすためには、軽井沢は山内のグループに引き入れないほうがいいって」

 橋本まさよし。坂柳の側近の一人で、綾小路を独断でマークしていた生徒。

 その中で軽井沢と密にする綾小路を見て、今回の戦略に助言をしていた。

 一度はそれを快諾し軽井沢を引き込まなかった坂柳だが、木曜日になり方針転換。

 その結果が今日の事態を招いていた。

「今回の作戦を完璧にすいこうするには、試験終了時まで綾小路自身が狙われてるかどうかを分からないようにすることじゃなかったのか?」

「ええ。あなたのご忠告はしっかり覚えていますよ。綾小路くんと軽井沢さんは、ただならぬ関係である可能性があること。つまり彼女が知れば必然綾小路くんの耳に入る可能性が高いんでしたね」

 だからこそ坂柳は、りちに軽井沢を引き入れるのを後にした。

 火曜水曜を飛ばし、あえて木曜日にした。

 そしてその翌日の流れ。軽井沢が綾小路に漏らした可能性の高さがうかがえる。

「下手打ったんじゃないの、坂柳」

 話を聞いていた神室からも、そんな言葉が飛ぶ。

 橋本は、坂柳がそんな下手を打ったか分析をする。

「女子の中心である軽井沢を引き込めれば、一気に綾小路へのはん票を集中させられる。20票の目標を超えて30票近くも可能だった。ちょっと欲をかいたな」

「彼らがクラス裁判を行うことは分かっていました。遅かれ早かれの問題ですよ」

「けど、明るみに出なきゃ山内にも逃げ道は残されてたかも」

 それぞれの意見が聞け、坂柳は楽しくて仕方がなかった。

「自分がじきになると分かれば、草食動物も最後の抵抗を見せる。しかし、だからこそ面白いと私は考えます。残された時間で彼が何をするのか、どうくのか見たいじゃありませんか」

「それが見たいから、あえて軽井沢に情報を流したと?」

「あなたの助言が正解だったかを確かめることも出来たことですしね」

「けどあやの小路こうじほりきたに相談して、その流れでクラスメイトにもばくした。これで状況は分からなくなった。やまうちは俺たちのしようさん票を受けるから退学しないとしても、綾小路の退学にも絶対はなくなったぜ。もう誰が退学するか想像もできない」

「綾小路に対するはん票の約束を、口約束に限定させたのもミスなんじゃない? 今日の暴露を知って何人が綾小路から撤退するか……」

 綾小路への批判票が激減し、山内への批判票が増える。

 だが山内はAクラスから20票を受け取り、窮地からは脱する。

 そうなれば、誰が最後に多くの批判票を握らされているかは見えなくなる。

 そんなはしもとむろの分析を聞きさかやなぎが笑う。

 既に坂柳には見えている結果。

 まだ神室や橋本、山内たちには見えていない結果。

 それを頭に浮かべた。

 坂柳は電源を落としてある携帯を取り出す。

 電源を入れれば、山内からの執拗な着信とメールが届いているからだ。

 Aクラスが持つ多くの賞賛票の行方。

 本当に山内に投票されるのか、それが不安で仕方がないのだろう。

「皆さんにお伝えし忘れていたことがあります。山内くんに関するとても重要なお話です」

 坂柳はそう言って、悪びれることもなく伝え忘れていたことを語った。

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