ようこそ実力至上主義の教室へ 10

〇兄と妹



 追加試験が発表されて3日目の朝。

 明後日あさつての土曜日には投票が行われることになる。

 あまりにも短すぎる期間で、仲間を1人退学させなければならない。

 部屋の扉を開けると、冷えた空気が身に染みた。

 廊下に出て一階ロビーに降りてくると、階段側からどうが出てくるところだった。

「階段使ってるんだな」

「まぁな。ちょっとでも筋トレになればと思ってよ」

 部活に勉強に、ひょっとしたら須藤は今一番学生らしい生活を送っているのかもな。

 そのまま2人並んで通学する流れに。

「俺はバカだし短気だけどよ、今すげぇ充実してんだ。だから絶対に退学したくねぇ」

 オレに振った話というよりは、半ば独り言のようにも感じられた。

「自分がこの学校に残るためなら誰かにうらまれたっていい。間違ってると思うか?」

「いや、正しいんじゃないか。残りたいと強く願ったヤツがこの試験を勝ち抜ける」

「だよな」

 通学してきたオレは、教室に入るなり違和感を覚えることになった。

 須藤は何も気づくことなく自分の席に向かう。

 空気の変化。

 オレは悪く言っても鈍感な方じゃない。

 Cクラスに足を踏み入れた時点で、それが昨日までとどこかが違うと感じる。

 目の前では当たり前の光景。

 日常が広がっている。

 そう、当たり前のように友達と雑談し、談笑している様子が広がっている。

 これこそが『違和感』の正体だ。

 昨日まであんなに警戒し、けんせいし合っていたはずのクラスメイトたち。

 なのに妙な一体感が生まれている。

「おはようあやの小路こうじくん」

 声をかけてきたのはひらだった。

「おはよう」

 短く返し平田の様子をうかがう。

「ん? どうかした?」

 何も気がついていないのか、それとも気がついていないフリをしているのか。

 平田はいつもと変わらない表情でオレの目を見てくる。

「いや何でもない」

「そう? 今日もよろしくね」

 ひらは挨拶を済ませ、呼ばれた女子たちの下へ向かった。

 ただ、オレの感じた違和感は生徒が増え時間がつと共に薄れていく。

 そこから導き出される結論。

 それはこの試験に挑む大グループの存在を暗に示していると見ていいだろう。

 そして誰を守るかではなく、誰を蹴落とすかで一致し始めている。

 教室に存在する生徒はまだ11人。仮に平田を除いて10人として、この10人全員がけつたくしてはん票を誰かに投じればそれだけでターゲットは危険領域だ。

 メンバーはいけやまうちを始めとした男連中。

 そしてそんな池たちとも少しつながりを持っている女子たち。

 ここにいる存在は大グループとして結託している可能性がある。

 だが奇妙なのは、けいを中心としたグループのメンバーもいることだ。

 それらしい報告は、まだ恵から上がってきていない。

「おはよう」

 程なくしてほりきたも登校してくる。

 いつもと変わらない態度だったが、そんな堀北が周囲に一度目をやる。

「……何かあった?」

「おまえも感じたか」

「ええ。ちょっとした嫌な感じね。気になるなら本人たちに聞いてくれば?」

「遠慮しておく。触らぬ神にたたりなしってな」

 少なくとも不用意に確認するべきことじゃない。

『何か変わったことはなかったか?』

 オレは早くから通学していたけいせいに対してそんなメッセージを送る。

『分からない。ただ、何となく昨日までと違う気がする』

 違いまでは分かっていないようだったが、啓誠もその臭いを嗅ぎつけた。

『大きなグループが出来たのかも知れない。クラスメイトが妙に落ち着いてる』

 その違いを気づかせるために送ったメッセージ。

 それを受け取った啓誠は周囲を見て、そしてオレを見た。

『確かにそうだ。明らかに暗かった雰囲気が変わってる。よく気がついたな』

『友達が少ないと周囲の変化に敏感なんだ』

『もし10人以上のグループが出来てるとしたら、誰を落とすかで話し合ってる可能性はあるよな?』

『狙われてる生徒は相当なピンチだ』

『誰が作ったグループだろうな……。俺たちは大丈夫か?』

 不安そうな啓誠の気持ちがメッセージを通じ伝わってくる。

 グループは人数が増えるほど、当然人数合わせのためにそれほど親しくない生徒もグループに入ることになる。それを統率するのは容易なことじゃない。

 人数が増えてきたため、いったんメッセージを打ち切った。

 この続きは昼休みや放課後にでも行えばいい。


    1


 昼休み。オレはあやの小路こうじグループ内で雑談していた。

 雑談と言っても、追加試験に関することが大半だ。

 そして最初の話題は当然、朝の空気の変化。

 けいせいが早めに登校し大グループが出来た気配があることを伝えたところから始まる。

「……なるほどね。確かに、今日は昨日よりも明るい感じしたかも」

「けど、まだおくそく……の段階なんだよね?」

「そうだな。大きなグループが出来た証拠もないし、誰か1人に絞られたとも限らない」

 あくまでも今朝の状況から、そう感じられるというだけ。

「とりあえず誰かに探り入れてみるか?」

「どうだろうな。人選をミスったら、嗅ぎまわってることがグループのリーダーにも行くはずだ。そうなったらターゲットがこのグループの誰かに向く恐れもある」

 それだけは避けたいと啓誠は言う。

「誘われてないのには、誘われてないだけの理由があるだろうしね」

 もし大きなグループがあるのなら、究極の話ターゲット以外には声をかけてもいい。

 39人で1人を囲んで追い込むことが理想の展開だ。

 だが実際には中々そうはならない。

「私たちの中の誰かに、そのターゲットと仲の良い生徒がいる……とか?」

 静かにグループを見渡し推理する

「……あるいは……この中の誰かがターゲットにされてるとか」

「や、やめてよ波瑠加ちゃん……!」

 怖がるあいだが、あながち冗談では済まされない話だ。

「多分グループを作る動きは初日からあった。そして信頼できる仲間を増やしていって、今日3日目でその気配がていしてしまったってところだろう」

 その啓誠の推理も合っているだろう。1日で増えたにしては数が多そうだった。追加試験が発表された日から動いていたとみていい。

「まだ仲間を集めるつもりなら、今日の内に俺たちの中の誰かに接触があるかも」

「もしそれが、俺たちの中の誰かをターゲットにするって話だったら? 協力しないとおまえを退学にさせるっておどして来たら……どうする?」

 何気なく、だが大きな課題をあきはオレたちへと振る。

「そんなの当然、このグループを優先するに決まってるじゃない」

「たとえばその結果、が狙われることになってもか?」

「それは……でも、仲間を裏切ってまで学校に残りたいと私は思わない。もしそんな話をしてきたら、文句言ってやるから」

 ややひるみながらもあきにそう返す波瑠加。

「私も同じ。絶対に裏切ったりしないよっ」

 不安そうにしながらも、力強くうなずあい

「おまえは? けいせい

 沈黙した啓誠は、少し遅れて正直な気持ちを口にする。

「……俺も基本的には波瑠加や愛里の意見に賛成だ。けど、実際はそんなに甘くない。本当に狙われるとなったら、この試験でそれを回避することはまずできない。仲間をかばって退学って言えば聞こえはいいが……きっとつらいものになる」

「それは……きよぽんは、どう思う?」

 全員の視線が集まる。

 ここは考えを統一させるためにも、ある程度誘導しておくべきだな。

「波瑠加のように、文句を言うようなやり方には反対だ」

「それ、仲間を裏切って大グループにつけってこと?」

「いや、相手のグループに協力して仲間を蹴落とすのは論外だ。ただ、表面上従うフリをする方がいい。下手に協力しないとたんを切るこうは得策じゃない」

 感情だけを先行させることだけは避けさせなければならない。

「相手に協力すると見せかけて、今どれくらいの人数がはん票を入れようとしているのか、これから誰を誘うつもりなのか。その辺の情報を引き出す必要がある。違うか?」

「……確かに」

 熱くなっていた波瑠加が、落ち着きを取り戻す。

 勢いで相手を突っぱねてしまえば、降りてくる情報はそこまで。

 その時点で、向こうが誰を狙うのかも分からなくなってしまう。

「仲間のフリをしても、とくめいである以上、当日誰が誰に批判票を入れたかは分からない」

 つまり実際のところがどうであったかをぼかすことが出来る。

「そうすることが一番仲間のためになる、ってことね」

 オレは頷いて見せる。

「それに、初日から静かにグループを広げて、3日目にしてそれなりの人数を抱え込んでいるのなら、大グループを束ねるしゆぼうしやはそれなりに頭のキレる可能性がある。慎重かつ大胆に事を運んでいて、しかも退学にさせられる人物が誰かを特定させてない。ひらほりきたも大グループの存在には気がついてなかったみたいだしな」

 堀北はっすらと、平田に関しては全く気づく様子がなかった。

 れてもおかしくない情報を、瀬戸際で封じ込めている。

「平田を抱え込んでないのは、あいつが誰に対しても中立の立場だからだろうな。下手に協力を求めたら反対されて、大グループを解体させようとするかも」

「とにかく、そういうことに頭が回る人間ってことね」

すごいよきよたかくん、そんなことまでわかっちゃうなんて!」

 パチパチと自分のことのように喜んで、拍手するあい

「確かにな。今朝の異変に気がついたのも俺じゃなくて清隆だった」

「言っただろ。一人の時間が長いと、ついつい余計なものまで見えてくるんだ。それに大グループの存在は公になったわけじゃない、まだ仮説の段階だ」

 本当に実在しているかどうかの裏が一切ないまま、話を進めているだけだ。

「警戒するに越したことはないってことね」

「しっかし、辛気臭い話ばっかりになるよな。少しは明るい話題ないのか?」

 あきが携帯をいじりながらため息を含めて言った。

 全員、首を左右に振る。

「どこもかしこも、それどころじゃないって感じ。もうすぐクラスメイトから誰かが欠けるなんて事実を突き付けられたら、楽しめるものも楽しめないしさ」

 仲間内でけつたくしていても、その不安は小さくくすぶり続ける。

「そう思ったら、私……やっぱり不安……」

「まだそんなこと言ってるの愛里。絶対大丈夫だって」

 不安にさせないよう、が頭をポンポンと優しくたたきながら言う。

「だけど……」

「どっちかって言うと女子に嫌われてる私の方が怪しいくらいなんだしさ」

「そうかもな」

 同調して明人がうなずくと、思い切りにらみつけた。

「なんだよ。おまえが自分で言ったんだろ」

「自分で言うのはいいけど、人に言われると嫌なことってあると思わない?」

「……思います」

 有無を言わせぬ正論の前に、明人が屈した。

 そんな様子を見ていて、ますます愛里は自信を失くしたようだった。

「波瑠加ちゃんは可愛かわいいし、ユーモアもあるし、頭も良いし……」

「いやいや……少なくとも1つ目に関しては、言っちゃダメでしょ」

 あきれながらもよしよしとなぐさめる。

「女子はそんなに心配する必要はないだろ。男子に目立つヤツが多すぎる」

 慰めるつもりでか、けいせいもフォローした。

「まーやばいのは男子だよな。今更真面目ぶっても意味ねーし」

「確かに女子より───ねえ、あれひらくんだよね?」

 やや疑問そうに波瑠加が言う。視線の先を全員で追った。

 そこには一人、なく歩いている平田の姿が確かにあった。

 いつも背筋を伸ばし、笑顔を絶やさない男。

 しかし、その顔つきはお世辞にも明るい印象は感じられない。

「やっぱり今回の試験のこと、気にしてるのかな」

「みたいね。別人みたい」

 心配そうにひらを見送る2人。

「自分が退学になる心配はないってのにな。背負い込み過ぎなんだよ」

「今回は誰かが退学者になる。それは避けられないのにな」

 どこか可哀かわいそうな目で、平田を見る。

 そんな話を聞き入っていたオレの元に1通のメールが届く。

 どうやら無視できる相手でもないらしい。

「悪い、ちょっと呼び出しだ」

「呼び出しって誰から?」

 興味を持ったが、面白そうに目を向けてくる。

 あいも不安げな目でオレを見てきた。

ほりきただ。今回の試験に関することかもな」

「あー、ね」

 何かを悟ったように、興味をなくす波瑠加。

 先日のりゆうえんへの絡みを思い出していたのかも知れない。

 見送られ、カフェを後にした。


    2


 呼び出し場所は、昼休み中には似つかわしくない通学路。

 その途中にある休憩所だ。

 春や秋ならともかく、この時期は誰も好んで外には出ない。

「呼び出してすまなかったな」

「別に。そっちこそ寒空の下待たせて悪かった」

「構わん」

 オレの待ち合わせ相手は堀北。

 ただし妹のすずではなく、兄のまなぶの方だが。

「……どうも」

 たちばなが小さく頭を下げた。

 生徒会をやめても、まだ橘は堀北のそばに付き添い続けている。

 それが上下関係以外のものを感じさせることは今更言うまでもない。

 以前の橘はもう少しオレに対しキツイ態度だったが、今日はやや控えめだった。

 ぐもわなにかかり、一度退学を受けたことを引きずっているのか。

「追加の特別試験が始まったそうだな」

「耳が早いな。ま、もうすぐそれも終わりだが」

「既に何人かの1年生は、3年生に相談を持ち込んでいる様だ。だが、具体的に協力できる3年は存在しないだろう」

「やっぱり、プライベートポイントを貸す先輩もいないのか?」

「難しいだろうな。特別試験は例年通り行われるモノもあるが、基本的には3年以上のローテーションが組まれている。在校生から試験の情報がれないようにだ」

 想像通り、当然の流れか。

「そして今回俺たち3年生に出された特別試験では、プライベートポイントの多さが勝敗を分けるものになるだろう。後輩に残してやれるポイントはない」

 なるほど。それでたちばなの顔色も優れないわけか。

 自らのミスで2000万ポイントという額をクラスに捻出させた。

 それが特別試験に必要な軍資金ということならことさらか。

「ごめんなさい。私がもっとしっかりしていたら……」

 せきの念にられ、橘はほりきた兄に頭を下げた。

「必要ないことをするな」

「あ、は、はい……」

 何度も謝っていたのだろう、堀北兄にたしなめられる。

「あんたの妹からは?」

すずが俺のところに来ることはない」

「今度の特別試験は、これまでにないものだ。堀北にアドバイスを送れる人間が必要だ」

 事実あいつはもがいている。その中でのりゆうえんとの接触でもあった。

 結果的には、跳ね返されてしまったが。

「ならおまえが、その役目をになえばいい」

「無理な相談だな。オレと堀北はタイプが違う」

「俺なら、鈴音と同じだとでも?」

「少なくともオレよりはな」

「…………」

 小さな沈黙。

「あいつは今、この先の戦い方で選択を迫られているはずだ。それを導けるのはあんたしかいない」

「仮にそうだとしても、それを選ぶのはあいつ自身だ」

 確かに。堀北兄が促すことじゃないな。

 本来は堀北鈴音が判断し決めることだ。

「それでオレを呼び出した用件は?」

 長い間、この寒空の下で話し込むのは全員にとって好ましいことじゃないからな。

 妹の話題がお好みでないのなら、進ませてもらおう。

ぐもに関してだ。そっちで変わった動きがないかどうか聞いておきたかった」

「わざわざ会って話すことでもない気がするんだが?」

「私がお願いしたんです」

 思わぬ形から、この場が設けられた理由を知ることになる。

「あなたが認められている理由を、知りたかったから」

 そんなたちばなの目には悔しさがにじんでいるように見えた。

 キッカケはどうあれ、それを受けてほりきた兄が受けたということは、それが橘の成長につながると踏んでのことなのかもな。

「認められてるのか? オレは多分、堀北兄に失礼なことしかしてないぞ」

「知ってます」

 そこまで即答かつハッキリ返されると、ちょっと心に刺さる。

「ですが……もう少し視野を広げてみることにしました。あなたには、私には見えない、認められるだけの力があるって」

「どうだ。改めてあやの小路こうじを見た感想は」

「正直、全く分からないです」

「だろうな」

 なんだその会話。

 ややかんした変な空気のためか、堀北兄も小さく笑った。

「綾小路の真価が分かるのは、残念ながら俺たちが卒業した後だろう」

「いや、卒業後も変わらないからな」

「私もそう思います」

 しかし、そんなことのためにわざわざ寒空の下呼び出したとは。

 まぁそれだけ、橘の抱えた傷が大きかったってことなんだろうが。

「南雲はあんたにごしゆうしんだからな。オレを相手にする気もないんじゃないか? どうせなら一度正面から相手をしてやればいい」

 もうすぐAクラスで卒業できそうな男に要求する話でもないが。

 ただどちらにせよ、南雲は必ず仕掛けてくるだろう。

 いや、もう動いているかも知れない。

「……南雲くんは最近3年Bクラスと密な連絡を取り合っています。合宿の時のように、全面的にバックアップしているんだと思います」

 堀北兄に勝つ。そのための目標にBクラスへ落とすことをかかげているのかもな。

「物騒な話が尽きないな。平穏に過ごしたいもんだ」

「1年が今後平穏に過ごすためにも、南雲の問題をこのまま放置するわけにはいかない」

 来年になれば、大変な事態が起こると堀北兄は確信している。

 倒すべき存在の堀北兄がいなくなれば、南雲は好き勝手暴れだす。

 その時に対策を打っていなければ大変な目にあうぞって話だ。

「やれることはやってるつもりだ」

 とりあえず、そう答えておいた。


    3


 その日の夜、シャワーを浴びて出てくると、携帯にはけいからの着信が数回あった。

 1分置きに電話をかけてきており、急ぎの用件であることがうかがえる。

 オレは髪を乾かすのもそこそこに恵へと折り返しの連絡をしようと携帯を手にしたが、直後に、恵から再度の着信があったので、そのまま出る。

「もしもし」

「あ、やっとつながった……!」

ずいぶんあせった様子だな」

「焦りもするって……。なんか、とんでもないことになってるわよきよたか

「とんでもないこと?」

「誰が主導してるのか知らないけど……あんた、皆に退学させられそうになってる」

「そうか」

「そ、そうかって知ってたの?」

「いや初耳だ。ただ誰かがターゲットになってるのは薄々分かってた」

 それがオレだというのは、本当に今知った。

「なんでそう冷静なわけ?」

「どれくらいが、オレに投票するつもりか分かるか?」

「どうだろ……。でも、体感でクラスの半分くらいは、もう賛同してると思う。清隆にこのことを話したら、今度はそいつがターゲットにされるっておどされてるみたい」

 誰かをめる以上、そういう脅しのひとつやふたつかけるだろうな。

 そうか、過半数は抑えられたか。

 あやの小路こうじグループからのしようさん票、恵に1票投じさせてもやきだな。

「いいのか? おまえが嵌められることになるぞ」

 もちろんオレが、恵から聞いたことをふいちようして回ったらの話だが。

 誰だか知らないがく立ち回ったな。特定の人物をターゲットにして退学に追い込む戦略そのものはシンプルだが、簡単に票をまとめることは出来ない。特定の人物を退学にしようと言い出した人間は基本的に『悪』と見なされるからだ。正義感の強い生徒、あるいはターゲットとして名指しされた生徒に親しい者が耳にすれば、逆にしゆぼうしやを退学に追い込む可能性だってある。仲間をさばくことに抵抗はあっても、悪を裁くことへの抵抗は薄い。だからこそ、あきのような比較的辛口な生徒たちでさえ、率先して誰かを排除しようとはオレたちに呼びかけていなかった。あくまでもグループの中の話し合いで候補者を出し合い、全員で足並みをそろえ投票していこうとしていた。

 オレをターゲットにしたしゆぼうしやは、自らが退学の対象になるリスクを恐れていない。

「何とかしてよね。って言うか、何とか出来るんでしょうね?」

「どうかな。仮に半数が敵に回ってるなら、厄介な展開だ」

 こっちが合計10票ほどのしようさん票を集めたところで、必ずしもピンチは脱しない。

 けつたくしているグループは当然、自分たちの仲間に賞賛票を入れる。

 十分に退学になるリスクを背負うことになる。

「知らせてくれて助かった」

「それはいいけどさ……マジでどうするのよ」

「どうするか、か。それは今から考えるさ」

「完璧なようであんたも抜けてるわよね、あたしがいなかったら、何も気づかずにあっさり退学させられてたかも知れないじゃん」

「こういう時のためにおまえがいるんだ」

「あ、なるほど……」

 オレじゃ届かない範囲の情報をキャッチできる人材を確保しているからこそ、こうして自分の退学危機を知ることが出来る。

「また追って連絡する」

「うん、分かった」

 オレはけいとの通話を終える。

 来週3月8日のことで少し話もしたかったが、今はよそう。

 まずはオレがターゲットになったのかを探る必要がある。

「さて───」

 携帯を握りしめ、頭をゆっくりと回転させ始める。

 誰に連絡するか、という部分でもこの先を大きく左右するな。

 オレを狙う首謀者、及びその取り巻きは除外しなければならない。

 かと言って、役に立たない人間に話を持ち掛けても、状況が好転することはない。

「……となると」

 オレは事前連絡せず、そのままアドレスから呼び出し電話をかける。

 まずは、やっておくべきことを終わらせておくか。

 しばらくして電話がつながる。

「なんだ」

 いつもと変わらない口調で電話に出たのは、ほりきたまなぶだ。

「今回の追加試験に関して、あんたに話がある。結構真面目な話だ」

「少し待て」

 水を流す音が聞こえ、10秒ほど待たされる。

「洗い物をしていた。スピーカーで聞く話じゃなさそうだったからな」

「悪いな」

「何か良くない動きがあったようだな」

 昼間、オレとほりきた兄は会っている。

 そこでこの話が出なかった点から気づいたんだろう。

「ウチのクラスで動きがあった。大グループを作って、特定の退学者を出そうとしてる」

「試験内容から、大きなグループが出来ることは必然だ。それで、誰が狙われている」

 恐らく堀北兄は妹の顔を思い浮かべたことだろう。

「オレだ」

「それは笑えない冗談だな」

「何も冗談なんて言ってない。今半数ほどが、オレへのはん票に同意してる」

「ほう?」

「大ピンチってヤツだ。だからあんたに相談しようと思ってな」

流石さすがのおまえにも、この試験はどうすることも出来ないと?」

「平たく言えばそういうことだ」

 正確には、今こうして手を打とうとしてるわけだが。

「俺に何を望む。試験に対する手助けは出来ないと思うがな」

「ああ。やって欲しいのは1つだけだ」

 オレは堀北兄に、ある相談を持ち掛ける。

 それを受けるか受けないかでも、残されたオレの対応も変わって来る。

「……なるほど。そういうことか」

「あんたにとっても悪い話じゃないはずだ。今回の件を理由にすればいい」

「確かに、そうでもしなければ受けられない相談だ」

「元生徒会長の権力なんて発揮する必要はない。直接オレに手助けをする話でもない」

 堀北兄ほどの生徒なら、こっちの狙いを話さずとも理解してくる。

「おまえはクラスの誰が狙われていたにせよ『その手』で戦うつもりだったわけだな」

「ああ。どの道あんたには連絡するつもりだった。昼間に伝えても良かったんだが……」

「あの場にはたちばながいたからだな?」

 もちろん彼女が他言するような生徒じゃないことは分かっているが、念のためだ。

「何が大ピンチだ。おまえはそもそも、ピンチに陥ってなどいない」

「それは明日次第だ。あんたの協力がなきゃ、強引に動かないといけなくなる。オレが表舞台に立つ、それが得策じゃないのは良く分かってるだろ?」

「……分かった。明日動こう」

「助かる。しゆぼうしやが割れたら連絡する」

 オレは堀北兄との通話を終え、携帯を充電コードに差した。

「まず1つ」

 元々この試験で、オレはある戦略を決行するつもりでいた。

 不要な生徒を排除する上での必要なこう

 だが、自分自身がターゲットにされているのなら、その戦略の『精度』を上げておく必要はあるだろう。次にオレはくしに電話することを決めた。

「こんばんはあやの小路こうじくん。もしかしたら今日、電話あるかもって思ってた」

「なら、状況は把握してるってことでいいな?」

「うん。今ピンチみたいだね」

 やはり櫛田の耳には、既にオレが退学候補であるという情報は入っているか。

「協力関係にあるから教えてほしかった、とは言わないよね? この話を外部にらしたら、今度は私がターゲットにされちゃうから……ね」

 もちろん、それが本当の理由じゃないだろう。

「誰から聞いたの? その話」

 櫛田の興味はオレが誰から退学させられそうになっている情報を仕入れたかにある。

とくめいだ」

「ふぅん。じゃあ1つ教えて。その匿名さんは何て言ってたの?」

 何て言ってたの、か。

 オレはその質問に答えられず沈黙した。

「綾小路くん頭いいからなぁ。かつには口にできないって思ってるでしょ」

「意図を図りそこねてたんだ。何が知りたい」

「たとえば、誰がしゆぼうしやって言ってたとか。何票くらい集まりそうだとか」

 つまりその辺りに櫛田の知りたい情報が散りばめられているのか。仮にけいに半数、別の生徒に3分の1票が集まりそうだと伝えていれば、それだけで相手を絞ることが出来る。

「おなかの中の読みあい、だね」

「まさか櫛田、おまえが首謀者なのか?」

「そんなことしないよ。私はクラスの中では完全な中立、平和のしようちようだよ?」

 だが首謀者じゃないにしても、それに近い位置にいるようだ。オレは話を続ける。

「そうだな。もし首謀者ならほりきたをターゲットにしていてもおかしくない」

「あはは、そうだね。私に相談することがリスクだと分かってても連絡してきたってことは、困ってることには違いないんだろうけど……。私にどうしてほしいのかな」

「首謀者が誰か知りたい」

「今更知っても、もうどうにもならないとしても?」

 櫛田は常に状況を見て臨機応変な対応を見せる。こちら側に引き込むことは難しくない。

「教えてくれ」

「素直だね綾小路くん。でも、私は友達を裏切れないから……。なんてね」

 くすりと小悪魔のように櫛田は電話の向こうで笑った。

「ううん正確には教えたくても教えられないというのが正しいかも」

「と言うと?」

「残念なお知らせだけど、そのしゆぼうしやの正体を知ってるのは私だけなんだよね」

「……そういうことか」

流石さすがあやの小路こうじくん、分かったみたいだね」

 クラスでオレを退学にすると決めた首謀者は、最初の相談相手をくしに選んだ。

 そしてその櫛田を使い、オレ寄りじゃない人間を選ばせ手を広げていったということだ。

 クラスメイトから信頼の厚い櫛田の頼みなら断りづらい部分もあるだろう。

「綾小路くんなら、遅かれ早かれ誰が首謀者か気づくことが出来るんじゃないかな? だから今教えなくても変わらないよね」

「いや、おまえから聞き出せないなら、多分オレは苦労する。相手サイドもそこの点は隠しておきたい部分だろうからな。だからこそ全てを櫛田にたくしたんだろ?」

「素直だね」

「櫛田なら、こっちの思惑はお見通しだろうからな」

 櫛田に首謀者を聞き出そうと思ったオレの戦略は当たり。

 しかし同時にハズレでもあったわけだ。

「よく引き受けたな。退学者を出すことに加担することになるのに」

「まあ、ね。私としても立ち回りの難しいところだったんだけど、断ったら断ったで、相手には助けてもらえなかったって思われるわけじゃない? 私に相談したけど、助けてくれなかったなんて言いふらされても困るし」

 確かに、そういったことは十分に考えられるケースだ。

「私もじゆうの決断ってことで動くことにしたんだ。綾小路くんにも退学してほしくないけど、助けてほしいと頼ってきた生徒の信頼も裏切れない、って具合にね。後はちょっと弱みを握られてる感じも演出しておいたかな。そしたら、裏切ったらその人がターゲットにされるなんて話も広まっちゃったみたいだけど」

 恐らく櫛田なら、それでも中立を貫くことは出来たんじゃないだろうか。

 なのに、あえて協力する形を取った点が気になる。

 その理由の一つには、恐らく自身を守ることもあったんじゃないだろうか。下手に断ればその首謀者が作るグループに入れてもらえない可能性もある。あるいはさかうらみされて、反撃を食らう可能性も思慮した。それなら多少の危険をおかしても中核になることでグループをコントロールする側にまわった。筋書きは成立する。

 櫛田という人間は、自尊心のかたまりだ。それでいて他人にすうはいされ、持ち上げられ、そして彼らを支配することを好む。下手に出て来る人間に対して、えつを感じるタイプ。

「分かってくれたかな? 私の置かれた状況。助けたくても助けられないの」

 首謀者が誰であるかが表に出れば、それは櫛田の失態であるとひもづけられる。

 い具合に櫛田を利用したな。

「なら、無理に聞き出すことは出来そうにないな。悪かったな夜中に電話して」

「へえ。あっさり引くんだね」

くしを困らせるわけにもいかない。今回の件じゃ協力を頼めそうにないしな」

「私に頼らないで、しゆぼうしや辿たどけると思う?」

「どうかな。自信はない」

 ここは下がる。下がって櫛田が前に出てくるのを誘う。

 もし誘いに乗って来なければ仕方がない。どの道オレの戦略上では、首謀者が誰かはそれほど関係がない。少し楽な展開に持っていきやすいというだけ。

「どうしようかな」

 だが、櫛田は下がらず立ち止まった。

 いや自分から前に出てきた。

あやの小路こうじくんとは、仲間だしね。いいよ教えてあげる」

 そういうことなら、ここでオレは足を止める。

「……どうして考えを変えたんだ?」

「綾小路くんがどうやって対応するのか見てみたいと思ったから、かな。だけど、その結果私が被害をこうむることがあれば、許さないからね?」

「敵に回していい人間と悪い人間の分別はついてるつもりだ」

 よかった、と櫛田は口にして小さく微笑ほほえんだ気がした。


やまうちくんだよ」


 ざんてい首謀者の名前が口にされる。

 あえて暫定としたのは、それが確実なことかどうか断定する材料がまだないからだ。

「そうか、山内か」

「驚かないんだね」

「退学候補の一人だしな。主導して動いてもおかしくない」

「……満足した?」

 こっちを試すような櫛田の言葉。

「首謀者の名前を聞いてに落ちない点が出来た。山内なんかに操られるほど、櫛田って生徒はバカじゃない。いくらでもく言葉を濁して断れたはずだ。わざわざ首謀者を隠して仲介役にてつするのはかなりリスキーだろ」

「じゃあ、どうして断らなかったんだろうね」

「本当の首謀者は山内じゃなく、その背後に立つ生徒だってことに気づいたから、とかな」

 これまで楽しそうだった櫛田が少しだけ、トーンを落とす。

「そこまで分かっちゃうんだ」

「前に山内のところにさかやなぎが来てたな。もしかしてそう言うことか?」

 学年末試験の前、山内を訪ねてきたことがCクラスでも話題になった。

 オレと坂柳の接点以外で、櫛田が納得できそうな材料を提示する。

「あの時はびっくりしたよね。うん、その通りだよ。どうもやまうちくんの後ろにはAクラスのさかやなぎさんがついてるみたいでさ。敵に回すのは避けたかったんだよね」

「どうして坂柳が後ろについてるって分かったんだ。山内がそう言ったのか?」

「ううん、山内くんはひた隠しにしてた。けど私の情報網の広さは知ってるよね? Aクラスにいる子が教えてくれたの。山内くんを操って、Cクラスに何かしようとしてるって」

 何ともれいすぎる展開だ。こうなると、山内がくしに声をかけたことも坂柳が指示したと見るべきだろう。Aクラスのはしもとはオレとけいのちょっとした関係に疑問を持っている。オレの耳に入れずにグループを作っていくなら、恵を外すように進言していてもおかしくない。

 ただ、それなら最後まで恵をグループに引き入れるべきじゃなかった。そうすれば、もう少し後まで、自分が狙われていることには気づかなかっただろう。

あやの小路こうじくんが坂柳さんに狙われたのは偶然? それとも意図的?」

「さあ。オレは坂柳とそれほど接点はないつもりだ。影の薄い生徒を狙わせたのかもな」

「そっか。そうだね。綾小路くんの場合、ほりきたさんやどうくん、とうさん、それからゆきむらくんたちグループメンバーを除けば、危険をおかしてまで教えてくれる人はいないだろうしね」

 しかし、しゆぼうしやが坂柳ってことなら話は変わる。

 坂柳はわざわざオレに、今回の試験を見送ってくれと言ってきたのか。

 約束をにしてまで、裏をかいてオレを潰しに来たか?

 ここでオレに仕掛けると言うことは、次の特別試験で相手にされないことを覚悟しなければならない。山内にオレへのはん票を集めさせることはまぎれもなく約束を破ることになるからだ。つまり、強引にこじつけるなら、オレと約束したことそのものがうそという形だ。

 勝負は次回に持ち越したと見せかけ、その実わなを仕掛けてきた。

 いや……オレが見る限り坂柳はそれで納得するタイプじゃない。

 なら今回の騒動をどう捉えればいい。

「助かったよ櫛田」

く立ち回って、退学にならないようにしてね」

 通話を終えて、携帯をベッドに放る。

「何をたくらんでるにせよ、オレがやることは変わらないってことだな」

 首謀者の存在が分かったのなら、あとはそれを堀北兄に伝え上手くやってもらうだけだ。

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