ようこそ実力至上主義の教室へ 9

〇蔓延する噂



 週末が明け月曜日の朝。

 朝のシャワーを浴び、オレは頭をバスタオルで拭きながら、歯ブラシをくわえる。いつもよりゆっくりとした時間を過ごし、遅刻ちょっと手前まで部屋で過ごすプランだった。

 昨日の夜、携帯の電源を切って寝たことを思い出し、電源を入れる。

 携帯にメッセージが溜まっていたのか、画面がすぐに光った。

きよたかくん、朝ちょっと時間あるかな? 部屋にお邪魔してもいい?』

 シャワー室に入った直後に届いていたと思われるあいからのメッセージだった。

 他にもけいからの着信があったが、後で折り返すことにしよう。

『悪いシャワー浴びてて気づかなかった。もう時間がないから学校でいいか?』

 そう送ると1秒もたずに既読がついた。

 たまたまか、オレからの返事を待っていたか。

『いいの気にしないで。また声かけるね』

 急ぎの用件でもないのか、そう返事が戻ってきた。

 そういうことなら、とりあえず身だしなみを整えることに集中させてもらおう。

 のんびりしている暇もなく、仕度を済ませロビーへ降りようとエレベーターを呼ぶ。朝は通学者で混雑するためすぐには来ないが、ギリギリでもせわしないもんだな。

 その間に携帯を取り出し、オレは恵に一通メッセージを飛ばしておく。

『用件は? もし可能なら今日の夕方から夜に一度会って話がしたい』

 そう送ると、すぐに既読がついた。

『別に何となく電話しただけだから気にしないで。それより、会うのはいいけど早めでお願いできる? 夜、友達と遊ぶ予定あるから』

 そういうことなら、5時頃にしておくか。

『5時は? 6時前でもいいが』

『オッケー、じゃあ5時でお願い。用件は?』

『会った時に話す』

 そう送り返したところで、上の階からやって来たエレベーター。

 中にはひらだけが乗っていた。

「やぁ、おはようあやの小路こうじくん」

「珍しいな平田。結構ギリギリの時間だろ」

 平田は優等生のため、いつも余裕を持って通学していることがほとんどだ。

 後発組、しかもほぼ最終の時間に寮を出るのはレアケースじゃないだろうか。

「本当はもう少し、早く出る予定だったんだけど……」

 そう言って、やや複雑そうな苦笑いを浮かべる。

「けど?」

 言葉を濁すひらと共に1階に降りると、そこには数人の女子がいた。

 どこのクラスと言うわけでもなく、AクラスからDクラスまでまんべんない。何の集まりだろうと一瞬思ったが、すぐに事態を理解する。

「おはよう平田くんっ」

「うん、おはよう」

 爽やかな笑顔を見せたものの、やや困惑した様子。

「これ……バレンタイン!」

 そう言って、女子6人が一斉にチョコを手渡す。恐らくこんなことが何度も繰り返されたんだろう。部屋にチョコを持って戻っていたと推察した。

 オレは平田に別れを告げ、学校へと急ぐことにした。

 待つことは簡単だったが女子からの『邪魔』というプレッシャーに敗北した。

 そうか世間はバレンタインデーか。

「人生で一度もチョコレートなんてもらったことがないな……」

 ふとそんなことをつぶやいてしまっていた。

 彼女が欲しいとかの前に、チョコレートを貰ってみたい。

 そんな欲求が少しだけオレの中にあったことに驚いた。


    1


 バレンタインに色めき立っている男子は、何もオレだけじゃない。

 Cクラスにつくなり、異様な空気に包まれている教室。

 多くの男子が1しよに固まっていた。

 今日は、1年間の集大成。

 クリスマス同様、男女の恋愛イベントの見せ場ポイントだ。

「おう来たかあやの小路こうじ。おまえもちょっとこっちに来いよ」

 どうに呼ばれ、近づく。

「おまえチョコ貰ったのか?」

「え?」

 ややにらみつけるような、食いしばったような顔でオレに聞く須藤。

「直訳すると、ほりきたから貰ったのか?ってことらしいぜ」

 いけがニヤニヤしながら言う。

「バカおまえ余計なこと言うな。関係ねえよ」

 そう言いながらも目は笑っていない。

 どうなんだ?と鬼のような気迫を込めて聞いてくる。

「貰ってない。貰うはずもない」

「……本当だな?」

「ああ」

 一度、二度とうなずいたどう。それでオレは須藤のにらみから解放された。

「まぁけんが慌てるのも分かるけどなー。なんせあやの小路こうじのアレ、化け物だしよー」

 そう言っていけはペットボトルのような形を手で空中に描き出す。

「……テメェ綾小路、それで俺に勝ったつもりになんなよ?」

「いや、全くなってない……」

 合宿以来、たまにこんなツッコミを受けるようになってしまって迷惑だ。

「つかおまえはどうなんだよかんしのはらとはくいってんのか?」

「は、はあ? なんで篠原が出てくんだよ」

「もういい加減正直になれって。全員分かってんだからよ」

「わ、分かってるって……分かってる?」

 かその答えをオレに求めてきた。

 一応流れとしては理解できるので、軽く頷いておく。

「うげええ!」

 顔を赤くしうずくまる池。

「ほらな? 綾小路みたいなぼくねんじんにもバレてんだよ。で、もらったのか?」

 クラス内で人気が高いわけではないと思われる篠原のためか、池をねたむ声はそれほど聞こえてこない。悪友仲間のやまうちくらいはふんがいしそうなものだがその山内は姿が見えなかった。

「貰ってねえよ……」

「なんだおまえも俺と同じかよ」

 須藤は同情するように、池の肩に手を回した。

「べ、別にいいし。くしちゃんからは貰えたしさ」

 そう言って、池はピンク色のリボンがついたチョコレート箱を自慢げに誇る。

「んなこと言ったら男子は全員貰えるんじゃねえの? 俺も貰ったしよ」

「ありがたいけど、究極の義理チョコだよなぁ」

 まさか1年の男子全員に渡すってことはないと思うが、どうなんだろうな。

 櫛田ならそれくらいしてもおかしくない。

 ともかく男子の熱気だけは伝わってきた。こういう子供な行動が女子から距離を置かれている理由な気もしなくはないが、やむを得ないだろう。

 恋愛経験の少ないウチのクラスでは、どうしてもこうなってしまう。

 まあ、貰える貰えないは日ごろの行い次第。

 慌てて何かが変わるものでもないよな。

 あきにチョコを渡すBクラスの女子を見て、そう思った。


    2


「明日15日は予定通り全科目の仮テストを行うが、先ほども言ったように成績等には一切関係がない。あくまでも自分たちの現在の実力を試すため。そしてその先に待つ学年末テストの予習だ。全く同じ問題は出題されないが、今回の仮テストは学年末テストの内容にるいしている問題も多い。Cクラスに上がったからといって油断しないことだな」

 ちやばしらのありがたい説明が終わり、今日の授業が終わりを告げる。

 帰り支度を始めた隣人に、オレは一言だけ声をかけることにした。

「最近、くしとはどうなんだ?」

「どうとは?」

くいってるのかって話だ」

「どうかしら。関係改善をけんめいに図っているところよ。あなたも協力してくれるの?」

「聞いてみただけだ」

「櫛田さん。少しずつ変わってきたわ」

「変わってきた、と言うと?」

「今日、これからケヤキモールで彼女とお茶をするの。いつもなら迷わず断られていたことよ」

 どうやら思った以上に『表面上』だけは進展しているらしい。

「実ってきたってことか、おまえの希望が」

「話し合えば分かり合える、のかも知れないわ」

「それは良かった。じゃあな」

 オレはほりきたに短くそう答え席を立った。

「……なにそれ」

 冷やかしを受けて、ややべつを含んだ目で見られ視線をらした。

 程なくして堀北は席を立った。

「あ、すず。えーっと……勉強、いつ教わりにいけばいいんだ?」

「あなたにしてはずいぶんと積極的ねどうくん」

「そりゃ、まぁな。退学したくねーし」

 そう言いつつ、どこか落ち着かない様子の須藤。

 狙いはもちろん堀北からのバレンタインチョコ。

「俺としちゃ今日からでもいいんだぜ?」

 しかし───。

「まだ部活も休みに入っていないんでしょう? 仮テストの後でも遅くないわ」

 そう言って、須藤のもくは露と消えた。

 オレは教室を出た。

 あやの小路こうじグループから誘いはあったが、断ることにした。

 目下、対処しておかなければならない問題が残っている。

きよたかくんっ!」

 廊下に響く、叫び声。ただしひかえめな声量。

「どうしたあい

「今日、グループの集まりに来ないって本当?」

「そのつもりだったんだが」

「お、遅くてもいいから来られないかなぁ」

「そうだな……6時とか過ぎるかも知れないぞ?」

「うんっ。多分みんな、それくらいまでは一緒にいると思うから!」

「分かった。じゃあまた連絡するってことでいいか」

 その一言で、愛里は固かった表情が笑顔に変わった。そんな愛里にいったん別れを告げて移動する。Bクラスに着くと、妙に教室の中が静かだ。

 オレが話せる生徒はごく一部に限られているため、かんざきが一番好ましいが、合宿で一緒だったすみもりやまでも良かった。

 しかし間の悪いことに、既にその3人は教室に姿が無かった。

 誰か適当に捕まえられればいいんだが、そうもいかない。

 いったん引き返すことを決める。

 しかし、その途中でBクラスから出てきた女子の会話が聞こえてきた。

「ねえ……今日なみちゃんが休んでる理由って……」

「そんなわけないでしょ」

 そんな短い、小さな会話。

 いちは休みか。

 単なる偶然か、それとも今話されていたように、先日のことが関係しているのか。

 Bクラス前から離れつつ、オレは考える。

 そもそも、一之瀬がさかやなぎに秘密を握られたのかだ。

 確かにコールドリーディングやホットリーディングといった、相手の秘密を引き出すための話術は存在する。だが、万引きをした過去を一之瀬は表に出したいとは思っていない。今も否定しているのがその証拠だ。

 最大の敵であるAクラスの人間に、いくら誘導されたからと口にするだろうか。

 いけやまうちならともかく、一之瀬はそれなりに頭も回る。

「坂柳の口車に乗ったか……」

 あるいは、他にも一之瀬の秘密を知っていた者がいたか。

 だが、Bクラスでもっとも信頼を置いていたであろう神崎も知らない様子だった。

 仲の良い友人たちも、反応を見るに知っていたとは思えない。

 学校の教員、あるいは……一之瀬が所属する、生徒会。

ぐもが一之瀬を切り捨て、坂柳を選んだとしたらありうるな」

 ただこれは、あくまでもいくつかの仮説が正しかった場合に限る。

 そもそもむろの話したことが全て真実でなければ、立証とはならない。

 この大前提をくつがえせるのは唯一、いちなみ本人だけ。

 広いとは言っても、世間から見れば狭い学校の敷地内。

 誰かと顔を合わせ密談する時にはどうしても人目を気にしなければならない。

 早朝、あるいは深夜。大抵はその時間帯になるだろう。

 一之瀬帆波の部屋番号をオレは知らないが、その点の問題クリアは容易だ。寮の管理室に電話をし直接聞き出せば良い。学校側からすれば、生徒の部屋番号を秘密にする理由は無い。生徒同士連絡を取り合いたいと言えば、基本的に了承されるからだ。

 移動中に電話し確認すると、すぐに部屋番号が判明した。

 背後から距離を置いて、オレを見張っているはしもとの気配を感じつつ無視をする。

 ここ最近、昼と夕方には常に橋本の尾行が行われていた。

 橋本の距離感は悪くない。これまでも何人かの尾行経験があるんだろう。

 わざわざ見張られているタイミングで一之瀬のところを訪ねるメリットなんて一見ないように思える。だが逆。見張られているからこそ、見せる価値のある行動だ。

 早めに寮へと戻り一之瀬の様子を確認しておこうと思ったオレは、一之瀬のいるフロアへと足を運んだ。しかし間の悪いことに一之瀬の部屋の前には数人の女子の姿があった。

 一之瀬たちと特に仲良くしている女子だ。

 オレはすぐに背を向けエレベーターに乗り込み直した。

 今日のところはやめておくか。


    3


 5時。オレはけいを寮から少し離れた場所へと呼び出した。

 人気は少ないが、とは言え全く人が来ない場所でもない。

「あー寒っ。なんでこんなところで待ち合わせなわけ? もっとあるでしょ」

「ロビーってワケにはいかないんじゃないか? 堂々と接してると変なうわさが立ちかねない。それはおまえが困るだろ?」

「まあ、ね……。でも隠れて会うには微妙に目立たない? 下手に見られたら噂立ちそうなんだけど……」

「心配ない」

「なーんか、用心してるんだかしてないんだか。いいけどさ」

 これでいい。オレをつけまわす男にとっても長時間はこたえるだろうからな。

「にしても、寒すぎ。早く夏になればいいのに」

「夏になったら早く冬になれって言うんじゃないのか?」

 言われて少し考え込む。

「乙女ってそういうものなのよ」

 そう言ってかるざわは鼻を鳴らした。

「そういえばさ、今月は特別試験ないのかな」

「合宿も終わったばかりだしな、無くても不思議じゃない」

「じゃあ余裕って感じ?」

「学年末試験は大丈夫なのか? 多分相当難しいぞ」

 そう言ったところで、けいの動きが硬直するのが分かった。

「え……マジ?」

 これまで、何とかくぐけてきた恵だが、学力的には油断は出来ない。

「勉強教えてよ」

ひらに頼め───なくはないだろうが、難しいか」

 別れた直後でずうずうしく頼み込むことも恵なら出来るだろうが、本人はあまり乗り気じゃないらしい。ジッとこっちを見る。

 一番楽なのは、けいせいに面倒を見させることだが、それは現実的じゃない。

 いきなりオレのグループに放り込めば、間違いなく問題が起こる。

「夜中になるが、それでもいいのか?」

「退学になるよりマシでしょ」

 おつしやるとおり。

「じゃあ、予定は組んでおく」

「よろしく」

 ただ、学年末試験を越えても、新たな問題はすぐにやってくるだろう。

 次の3月。恐らくはその始めに大きな特別試験が待ち構えていると予想できる。

 それを無事に終えられて、初めて1年度の課程が終了する流れとなるだろう。

 最後の最後まで気を抜けない戦いが続く。

「でさ、あたしに用件はなに?」

 かそわそわした様子で、そう聞いてくる。

「どうした」

「べっつに。どうしても今日あたしに会いたかったんじゃないかと思ってさ」

「今日じゃなくても良かったんだが、早めに確認しておきたいことが出来た」

「ふうん」

 何かを疑うようなまなし。

 オレは気にせず本題を切り出すことにした。

「この番号に心当たりは?」

 先日オレの元にかかってきた、登録のない番号を見せる。

「えー誰だろ。なに、知らない人からの電話?」

「そんなところだ」

 けいは電話マークをクリックし手動でキーパッドにその番号を打ち込んでいく。

 登録者であれば、入力が終わったところでアドレス帳から名前が出るはずだ。

「出ないみたいだな」

「普通の子たちよりは連絡先は多いけどさ、あたし上級生とかほとんど知らないから」

 もしヒットすれば、そんな思いで確認してみたが、やはり望みは薄いか。

「かけ直してみたらいいんじゃないの?」

「何度か試したんだが、電源が落ちてる」

「ふぅん……? 重要なことなら調べておこっか?」

「ああ。今日の用件はそのためでもあった。ただし、不用意にかけるなよ」

 了解、と恵はうなずいて番号をメモする。

「それだけ?」

「ああ。またな」

 早めに切り上げようとすると、慌てたように恵が引き止めてきた。

「あ、ところで、さ。ちょっと話があるんだけど。問題出していい?」

 別れ際、恵が近づいてくると奇妙な問題を出してきた。

「今日は何の日? はい、5、4、3───」

「……想像以上に簡単すぎて、逆にそれが不正解なんじゃないかと思うんだが」

ひねくれずにストレートに答えなさいよね」

「バレン───」

「はい正解」

 バフッと頭に当たる軽い箱の感触。

「くれるのか?」

「元々はようすけくんのために用意してたんだけど、必要なくなったから」

ひらのために、か」

「何よ不服?」

「いや、ずいぶんと前からバレンタインの準備をするもんだなと思ってな」

 恵が平田と別れると決めたのは、もう1ヶ月以上も前のことだ。

「あ、あたしは用意周到なの。別れると決めてても、必要になることだってあるかも知れないでしょ? ま、恋愛未経験のあんたにはわかんないでしょうけど」

 そう言われれば、そうかも知れないが。

「あたしからもらえるかもって思って今日を選んだのかと思ったのに」

「悪いな、それは全く考えてなかった」

 む、とちょっとだけ怒ったような顔をした恵だが、すぐに元に戻る。

「ちなみに他の子には貰った?」

 はぐらかすように、話題を少しだけらす恵。

「いや、全く」

 この場ではもらっている貰っていないに関係なく、そう答えておくべきと判断した。

「ざまあ。0お似合い男~」

 速攻でバカにされる。

「けどいいのか? オレに渡したら0じゃなくなるぞ」

「それはそれでみじめだろうしね。あたしからの救済ってヤツよ」

 実に上から目線。

「あ、お礼は1000倍にして返してくれてもいいから」

 それはまたごくちやな話だ。

「ところでさ───」

 再び話を変えようとしたけい

 その言葉はオレの目を見て喉の奥へと引っ込んだ。

 近距離、互いの目と目が合う。

 オレはゆっくりとその目をスライドさせ、寮の方へと向ける。

「それじゃ、あたし部屋に戻るから」

「ああ。またな」

 そう言って恵は、さっさと寮の中に戻ろうとする。

 オレはすぐにかばんの中にプレゼントをった。

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