ようこそ実力至上主義の教室へ 9

〇一之瀬帆波の独白



 私は、自分を善人や悪人だと思ったことはない。

 ただお母さんの願い通り、素直な自分でいられたと思う。


 小学校も中学校も、私の生活は順調そのものだった。

 男の子にも女の子にも、たくさんの友達がいた。

 スポーツはちょっと苦手だったけど、勉強と同じくらい頑張った。

 中学3年生に上がった際には、憧れだった生徒会長になることも出来た。

 私立の高校にも、特待生として入学できるとおすみきをもらっていた。


 楽しい学校生活。

 楽しい私生活。


 だけど……。そんな私は、一度のあやまちを犯した。

 けして許されることのない、やってはならない『過ち』。


 病にすお母さんの、あの時の怒った顔。あの時の涙。

 傷つき、からに閉じこもってしまった妹の悲痛な顔。

 忘れることなんて出来やしない。

 今でも時々、あの時のことを思い出す。

 ふるえた指先。

 震えた身体からだ

 黒く染まった心。

 私は中学3年生の半分を棒に振り、半年近く引きこもることになった。


 でも、それはある日終わりを告げた。

 この学校の存在を知った時、終わらせなきゃいけないと思った。

 もう一度───お母さんと妹の笑顔を取り戻すためにも。

 だから私は自らの『とが』から逃げたりはしない。

 正面から受け止めてみせる。


 そう、誓った。


 でも───。


 夢を抱いて入学したこの学校で、私は試練に直面していた。

 一枚の手紙を見つめ、ただただ硬直する。

 周囲では、私の同級生が興味本位の視線を向けてきている。

 手紙に書かれた一行を、何度も何度も読み返す。

 何度読んでも、その文字が変わることはない。


いちなみは犯罪者だ』


    1


 事件が起きる、ずっとずっと前。

 少女はひどく緊張していた。

 休みの日の生徒会室。

「1年Bクラス一之瀬帆波、か」

「はいっ」

 喉の奥から声を引っ張り出す。

 ぐも副会長と向き合う一之瀬帆波の表情は、やや固かった。

 1対1の特別面談。

「生徒会長からは、何て言われたんだ?」

「今はまだ、時期じゃないと……」

 生徒会入りを希望していた一之瀬は、入学早々に生徒会の門をたたいた。

 しかし、ほりきた生徒会長は一之瀬と面談し、生徒会入りを拒絶した。

 生徒会に入ることを強く希望していた一之瀬はそのことに落胆したが、その事実を知った副会長の南雲は、すぐに一之瀬へと声をかけた。

 理由は3つ。1つは彼女がAクラスではなく自分と同じBクラスであったこと。1つは学力が優秀だったこと。そして最後の1つは、南雲が異性に求める高いルックスのハードル。それを一之瀬が十分に満たしていたからだ。

 ただし前の2つはあくまでも付加価値にしか過ぎない。

 大切なのは私物として、そばに置く見栄え的価値があるかどうか。

「中学時代も生徒会、しかも生徒会長をやってたんだって?」

「はい。だからこの学校でも、同じように生徒会に入りたかったんです」

 一之瀬の真実。そしてうそでもあった。

「担任のほしみや先生に聞いた。入試も抜群の成績だったそうだな」

「ありがとうございます」

 褒められたことを素直に受け取る。

 ただ、ぐもの目を直視することは出来なかった。

「正直相当ないつざいだ」

「でも……ほりきた生徒会長には、認めてもらえませんでした……」

 苦笑いを浮かべた後、いちはそんな自分を恥じた。

 生徒会入りすることは出来る、そう思っていたからだ。

 それでも笑顔はギリギリ残した。

 ここで落ち込んだ顔を見せても、良い印象を与えられないと思ったからだ。

「堀北生徒会長は厳しい人だからな。恐らくAクラスに配属されなかった点から、一之瀬の採用を見送ったんだろう。あの人は肩書きを重視する」

「そう、ですか……」

 それは南雲のうそだった。

 堀北まなぶは一見、そういった肩書き、階級にこだわっているように見える。

 しかし本当のところは真逆。人間の本質を見ている。

 DクラスだろうとAクラスだろうと、優秀なら評価する人間。

 だがふるい落とされた一之瀬にしてみれば、南雲の言葉の方が真実に感じ取れた。

「生徒会に入るにはAクラスに上がるしかないんでしょうか」

「どうかな。仮にすぐAクラスに上がれたとしても、堀北生徒会長が認めるかどうか。要は一之瀬、この学校に入学した時点でおまえはサラブレッドとは思われてないってことだ。今からどれだけ努力しようと、Bクラスという判定をされた生徒を、堀北生徒会長は絶対に受け入れない」

 その残酷な通告に、一之瀬から残されたわずかな笑顔が消えていく。

「で、でも南雲先輩はBクラス出身ですよね? それで副会長になれているのは───」

 その僅かな希望を、南雲は即座に断ち切る。

「俺の場合は2つ理由がある。1つは、元々俺を生徒会に入れてくれたのは、堀北先輩が生徒会長になる前、つまり去年3年生だった生徒会長たちだ。ただし、そのとき副会長だった堀北先輩だけは、最後まで俺の生徒会入りに対してこうてい的じゃなかった」

 一之瀬の顔はくもっていく。それを見ていて、南雲は心がおどった。

 絶対に一之瀬を生徒会に入れる。そして私物として可愛かわいがろう、と。

「それともう一つ、俺は自分のポテンシャルの高さを自覚している。本来ならAクラスでしかるべき人間だったと自負している。だからこそ、生徒会入りを希望した時、真っ先にBクラスになったと思われる原因を全て告白した。包み隠さずな」

「告白、ですか……」

「ああ。実力ではけしてAクラスに負けてないと証明したのさ。それが今の俺につながっている」

「その原因の告白……南雲先輩のそれは何ですか」

 その言葉に、南雲は内心でほくそ笑んだ。

「悪いが答えるつもりはない。今、それを問われているのはおまえだいち

「私、ですか……」

「俺は納得がいってないのさ。普通に考えればおまえはAクラスに配属されるのがとうだ。成績優秀、コミュニケーション能力も申し分ない。そして生徒会長の実績も。なのにBクラス? それには何か理由があるはずだ」

 鋭いぐもの指摘に、一之瀬はどうようを隠せなかった。だがこれは、南雲があらかじめ一之瀬の担任であるほしみやから得ていた情報を元に推理したもの。

「思い当たる節を、今ここで話せ。そしておまえがAクラスに相応ふさわしい生徒だと俺を納得させることが出来たなら、責任を持っておまえを生徒会に入れてやる」

「そんなことが……可能なんですか?」

「確かにほりきた生徒会長の権力は絶対だ。だが、堀北先輩が卒業したあと生徒会はどうなる。一年が生徒会入りしなければ将来の生徒会役員を育てることが出来ない。それで困るのは次期生徒会長の俺だ、そうだろ?」

「……そうですね……」

「このチャンスをつかめない人間に生徒会入りする資格はない」

 一之瀬には、抱え悩む秘密があった。

 中学3年生の半分を、部屋の中で過ごした思い出がよみがえる。

「この場でのことは───」

「もちろん他言はしない。おまえの秘密は、俺とおまえだけの秘密だ」

 誰にも話さず、抱えて生きようと思った過去。

 でも、前を向かなければならない。

 人の信用を失ったからこそ、人を信用しなければならない。

「……私は……私は───」

 一之瀬は全てを口にした。


 自らの『あやまち』を。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ

    ようこそ実力至上主義の教室へ

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close