ようこそ実力至上主義の教室へ 8

〇女子たちの戦い後半 堀北鈴音



 明日には試験本番が控えている。本来は今、生徒たちは夕食に舌鼓を打っている時間。

 私堀北鈴音は、共同部屋の中である人物と接触していた。

 この時間なら他の生徒は全員食堂にいるため、2人きりになるのは簡単だ。

「あのね堀北さん。正直に言って、堀北さんは現状が見えてないと思う」

 目の前で、くしさんが真剣なまなしを向けてくる。

 とは言え、ここは狭い林間学校の中。どこに目や耳があるかは分からない。あくまでも目の前にいるのは表の櫛田きようさんであることを、失念してはならない。

「現状が見えていない、とはどういうことかしら」

「私を監視する目的……あるいは仲間として認めてもらうために、強引に同じグループに入り込んだ。そうだよね?」

 常に人が来ることを想定し、櫛田さんは普段の態度に近い形で私に対応している。だけどその物言いには強いものがあった。携帯での録音など小細工できる状況じゃないのが確かだからだろう。それは私にとっても歓迎すべきことだ。本性を隠したままでは、話は一向に前に進まないものね。

「ええ。確かにそういった目的があったことは一部否定しないわ」

 一部、という部分をやや強調して伝えたつもりだけど、櫛田さんは気にもめない。

「個人的な感情で動いてるみたいだけど、それって戦略としてどうなのかなって。確かに私と堀北さんの仲は良くない。だけどグループの成績を……ううん、クラスのためを思うなら、私情は抜きにすべきだったんじゃない?」

 そう言い、櫛田さんはため息をつきながら腕を組んで自らの正しさを突きつける。

「優先すべきことが私だけになってるから、勝ちも負けも二の次になってる。違う?」

「そうね、それも否定しないわ」

「認めるんだ」

 事実否定できる材料はない。ペーパーシャッフルを行うことが決まってから、私はずっと櫛田さんのことだけを考えて行動している。冬休みに彼女をお茶へと誘い出したのだってそうだ。これまでの人生で、まずやらないようなことをしている。

「何をしたって無駄。いい加減それを理解して欲しいんだよね」

「残念だけど、無理な相談ね」

 櫛田さんとの問題を解決しない限り、私は前には進めない。

「私が言うことじゃないんだけどさ、強引に引っ張り出してきた生徒会長を前に誓いを立てさせたこともう忘れたの? 私の収まらない腹の虫はともかくとして、私は堀北さんに対して妨害行為をしないことを約束した。かつな行動をしないことくらい分かってくれてると思ってた。それとも、私がその約束をすぐにでも破るとでも思った?」

 その質問には、言葉では答えなかった。

 多分くしさんも私の気持ちは分かっているだろう。

 半々、というのが正解だ。櫛田さんは渋々ではあるが約束を護るような性質を持っていると期待しつつも、裏では私を退学にするために動いているかもしれないと、そんな二つの感情が混在している。

 もし櫛田さんを疑っていなければ、こうして四六時中彼女に張り付く必要もないからだ。

 それに、兄さんは他言なんてしないけれど、卒業してしまえば誓いも無いに等しいものにもなる。こちらからアクションを起こすなら、兄さんが卒業して、いなくなってしまうまでの間しかない。残された時間は、あとわずかなのだ。

「あなたに信頼されたい」

 私は直球勝負で行くことにした。

ずいぶんと素直だね」

 それを正面から受け入れつつ、櫛田さんは薄っすらと笑みを見せた。

 だけどこの笑みは肯定的な笑みではない。それを間違えてはいけない。

「何があっても、私はあなたの過去を他言しない。どうすればそれを信じてもらえる?」

「残念だけど、信じることはないかな」

 あっさりと櫛田さんはそう言いきった。

「他言するメリットが無いわ」

「確かに無いかもね。だれかに話したことを知れば私はようしやしないし、中学の時みたいにクラスを崩壊させることだって考えるかも知れない。Aクラスを目指すほりきたさんは、もちろんそんなデメリットしかないことはしない。そう考えるのは自然なこと」

 こちらの思いはそのまま、櫛田さんにも伝わっているように思えた。

 だけど、それでも彼女には折れることが出来ない理由があるのだろう。

「でもさ、私に言わせれば今の環境はきゆうくつなの」

「窮屈……?」

「たとえばさ、首筋にナイフをあてがわれて、傷つけないから協力してって頼まれて、他人に従える? 傷つけようとしても傷つけられない状況と、傷つけようと思えば傷つけられる状況じゃ、置かれてる立場が違うってこと。分かるよね?」

 櫛田さんは誰も信用していない。メリットとかデメリットとかで判断しているわけじゃなく、自分以外が有利になりうる情報を持っていることが気に入らない。

 だから私をはいじよしようとする。

 厄介なのは、そのナイフを私の手は手放すことが出来ないこと。

「でも、そのせいであなたは自分で自分の首を絞めているんじゃないかしら。事実、あなたのことを知る人は少しずつ増えていってる」

「そうだね。状況が苦しくなってるのは認めてあげる」

「あなたは賢い。学力や運動神経は人並み以上だし、コミュニケーション能力の高さは学年一……いいえ、場合によっては学校一と言えるかも知れない。こうしてあなたと話していても頭の回転の速さに感心させられる。クラスメイトとして協力してもらえれば、クラスの大きな助けになる。あなた自身も、もっと周囲から感謝されるようになるはずよ」

「その知ったような口調が、何より私をいらたせるってわかんないかな。私という本当の人格を知ってるからこそ、そんな提案が出てくる。それが気に入らないってこと。何も知らない人だったら、私に対してそんな物言いは絶対しない」

「それは……」

 過去を知る人物は絶対に受け入れない。その意思が激しく伝わってくる。

「私より頭いいんだからさ、この学校じゃなくたっていいじゃない。それに私の見たところ、ほりきたさんはお兄さんと同じ学校に行きたくてここに来たんでしょ? でも、もうすぐお兄さんは卒業しちゃうんだし、無理に残る必要もなくない? 違う学校で勉強して、進学なり就職なりくやればいいんだよ。もういいよね?」

 これ以上の無駄話は時間のろうだというように、くしさんは話を切り上げる素振りを見せた。私は引き止めることが出来ず、静かに息を吐いた。

「しばらくは大人しくしておく。でも、堀北さんを信用して協力するなんてことは絶対にない。私か、堀北さんか、どちらかがこの学校からいなくならない限り、この話はどこまで行っても平行線だってこと覚えておいた方がいいよ」

「……分かった。今日のところはここまでにしておくわ」

「今日だけじゃなく、これが最後にしてね」

 そう言い残し櫛田さんは廊下を歩いていく。

「無力ね、私は」

 頼れるべき仲間は少ない。

 こんな時もっとも頼れそうなのはあやの小路こうじくんだけど、彼とは距離が開いた。

 私が生徒会の話を強引に櫛田さんの前でさせたことが原因だろう。

 でも、私にも引けないことはある。

 彼女とのかくしつは、接触を繰り返すことでしか取り除けない。

 たとえ彼からの協力が得られなくなるとしても、私は櫛田さんを選ぶ。

 いいえ、選ばなければならない。

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