ようこそ実力至上主義の教室へ 8

〇新たなる特別試験─混合合宿─



 3学期が始まって間もない木曜日の朝、高速道路を複数のバスがつらなって走行する。バスには1年生だけではなく、2年生や3年生も乗車している。つまり全校生徒の大移動だ。オレたち1年Cクラス全員が乗車したバスも丁度トンネルの中に入った直後で、耳の中が少し詰まった感覚に襲われた。この学校に入学して2度目のバス移動。オレたちがこれからどこに向かい何をするのか、その一切の説明は受けていない。今の段階で分かっていることは、全員がジャージを着用するよう指示されていること、また、出発前には予備のジャージや替えの下着も複数用意することを強く推奨されたことだけだ。しかし、少なくとも旅行と言うわけではないだろう。

 移動時間は約3時間と比較的長旅なこともあってか、生徒たちは許可された範囲で各々好きな物を持ち込んでいる。携帯は言うに及ばず、本やトランプ、あるいはスナック菓子やジュース。中にはゲーム機を持ち込んでいる生徒もいるようだ。

 バスの席は名前順で割り振られており、オレの隣には『いけかん』が座っていた。入学直後は仲良くしていたつもりだったが、気がつけば『それなりのクラスメイト』で落ち着いてしまっており、最近はからむ機会もめっきり減ってしまった。

 今も隣に座っているオレではなく、腰を下ろす場所にひざを立て、後ろを振り返り離れた席のどうやまうちたちと大きな声で会話している。時折女子からそのうるさい声を注意する言葉も聞こえてくるが、気にした様子は見受けられない。車内はかなり騒がしく、遠慮しないのもうなずける。少し寂しい気もするが仕方が無い。不幸中の幸い、試験を通じてけいせいあきといった生徒と仲良くなることも出来た。

 あいあいとしたバスの中だが、これが単なる遠足にならないことは分かりきっている。

 冬休みの最中であれば単なるレジャーである望みも捨てずにすんだかも知れないが、既に3学期は開幕してしまった。

 となれば無人島の時のような特別試験を想定しておいたほうが、そうであった時に心の平穏を保てる。ただ、もちろんいけたちだって成長していないわけじゃないだろう。多分。

 そんな好き勝手する生徒たちを、ちやばしらはどこか興味深そうに見ていた。

 オレの席のそば、運転席近くに立ち、ただ生徒達をジッと見ている。

 万一にも視線が合うと面倒なのでオレは窓の外を見ることにした。

 ずいぶんと長いトンネルだ。トンネルに入ってからもうかれこれ2、3分は走っている。

 そんなことを思い出した辺りで、ゆっくりと視界が明るくなっていくのを感じた。

 トンネルを抜けたのだ。それを待っていたかのように、茶柱が動いた。

 それと同時に耳の痛みが増してくる。

「盛り上がっている最中に悪いが、静かにしろ」

 ハンド形のマイクを手にした茶柱がクラスメイト達に向かいそう声をかけた。

「このバスがどこに向かっていて、これから何をするのかを、そろそろ知りたい頃だと思ってな」

「そりゃ気になりますよ。まさかまた無人島じゃないですよね?」

 池からの突っ込みを受け、茶柱が答える。

「無人島での出来事は、おまえたちに忘れがたい記憶を植えつけたようだな。だが安心してくれて構わない。あの手の規模の大きな特別試験はそうひんぱんに行うものじゃない。夏に終えたばかりのおまえたちにいるほど我々も鬼ではないということだ。しかし、既に推察できているように、これから新たなる特別試験を行うことになっている。無人島に比べれば生活そのものは極めてイージーなものだ」

 そうは言うが、とても信用できるものじゃない。無人島以外にも、一般の生徒にしてみれば難題な特別試験はこれまでも行われてきている。何より、生徒は特別試験に潜むであろう退学という落とし穴と向き合い戦わなければならないからだ。

「これからおまえたちDクラスの生徒に行ってもらう特別試験は───」

 そこまで言いかけたところで、茶柱の言葉が止まる。

 その瞬間クラスメイトはちょっと誇らしげな笑みを浮かべた。

 直後、ちやばしらは敬意を表するように頭を下げて謝罪した。

「すまない。既に『Cクラス』の生徒だったな。では、新ためて昇級を果たしたおまえたちに特別試験の概要を説明する」

 いくつかの特別試験を抜け、晴れて3学期にCクラスへと昇級した生徒たちは、努めて冷静に今の状況を受け入れているように見えた。バスの中で特別試験の概要を説明する、ということはこの時点からある程度対策を立てておける、あるいは立てるチャンスがあるということだ。移動中のため不用意に席を立つことは許されないが、バスの中なら声は全員に通るし、携帯を使えば特定の人物とだけ話すことも可能だ。

 いつもは騒ぎ立てるはずのいけたちも、即座に茶柱から発せられる言葉に耳を傾ける。

 これだけでもいくばくかの成長を見ることが出来た。

「これからおまえたちをとある山中の林間学校へと案内する。恐らくあと1時間もしないうちに目的地に辿たどくだろう。説明に割く時間が短いほど、おまえたちに与えられる『ゆう』も大きいことになる」

 特別試験開始まで約1時間、ということか。

 仮に説明を聞き終えるのに20分使ったとして40分、特別試験に関する作戦を立てる時間が残されるということ。それが『猶予』という表現なのだろう。

「林間学校って、普通夏にやるんじゃないんですか」

 高速道路から見える山岳地帯には、今もまだ白い雪が積もっている。元々ボーイスカウトをしていて山に詳しい池からの質問が飛ぶ。

「大人しく話を聞いておけないのか? 今しがた猶予の話をしたばかりだがな」

 怒る、というよりはやや愉快そうに言った茶柱。池がスンマセンと頭をいて謝った。

 ちょっとした笑いが起きる。

 林間学校。その単語を聞きなれないオレは携帯でその意味を調べる。


『主として夏頃、天候の良い日を選び山など緑の多い場所で開かれることが多い。生徒の健康促進などを目的とした集団行動。及びその教育施設を指す』


 なるほど。池の言うように夏季にり行われることが多いようだ。

 とはいえ必ずしもその時期に行わなければならないものでもない。

「普段の学校生活では上級生と触れ合う機会……特に部活をしていない生徒は接触が少ないだろうが、今回の林間学校では学年を超えての集団行動を7泊8日で行ってもらう。体育祭の更にその上のようなものだ。行われる特別試験の名称は『混合合宿』。口頭だけの説明では不安が残るだろうから、これから資料を配っていく」

 茶柱が自ら歩きだし、席の先頭に資料を束にして渡す。それを1冊取り、残りを後ろへとまわした。資料は比較的厚く、20ページほどにも及んだ。特に先行して見ていけない指示もなかったので、パラパラとめくってみる。資料には合宿地と思われる場所の写真もしっかりと掲載されていた。

 生徒たちが寝泊りする部屋や、大浴場、食堂などが載っている。

 これだけを見ている分には楽しそうというか、旅行のしおりを見ているような気分にさせてくれるのだが……。要所要所で出てくる特別試験に関するワードが気分を重くしてくることは事実として避けられない。特別試験とは言え、口頭での説明に加えてそこそこの厚さを持った冊子だ。少し前に行われたペーパーシャッフルは口頭の説明だけだったことを考えても、今回の試験は少々面倒くさい方向性のもののようだ。

 程なくして全員の下に資料が行き渡ったようだ。

 それを確認し終えたちやばしらが話を再開する。

「先に読み進めるのは自由だが、混合合宿について説明を始める。資料はバスを降りる前に回収するので、ルールはしっかりとあくするように。質問は最後に受け付けるので黙って聞いておくこと。もう理解できているな?」

 そう言って、再び茶柱はいけを見た。池は二度三度うなずき口をチャックする。

「今回の特別試験は、精神面での成長を主な目的とした合宿となる。そのため、社会で生きていく上でのイロハを始め、普段かかわりあうことのない人間とも円滑に関係を築いていけるかを確認し、そして各自、それを学んでいくこととなる」

 それが上級生と集団行動することの理由につながってくるのか。茶柱も言っていたが、部活をしている生徒たちには上級生や下級生との関係性が生まれるが、それでも大抵は部活の範囲内にとどまる。

 それ以外の生徒は、上級生と全く関わりのない者も少なくない。

 本来なら試験や部活を介することなく、自主的に交流を持って欲しいところだろうが、そう簡単にはいかないのが現実だ。しかし、どうやって具体的に上級生たちを関わらせていくつもりなのか。接触の必要性が余程高くない限り、体育祭の時のように生徒同士がお互いの距離を詰めることはないだろう。

 まぁ、そうはさせないための『合宿』とめいった山中への移動なのだろうが……。

 ともあれ特別試験がくルール化されていないとほころびが生まれやすい。1年生と2年生とでは肉体的にも精神的にも大きな成長の差がある。十代にとっての1年間は非常に大きい。とてもじゃないが対等な勝負は実現しないだろう。

「まず、おまえたちには目的地に辿たどき次第、男女別に分かれてもらう。そして学年全体で話し合いを持ち、そこで6つのグループを作ってもらうことになっている」

「男女別で、それぞれ6つのグループ……」

 覚えようと隣の池がつぶやくように自分に言い聞かせる。説明は始まったばかりだ、茶柱は止めることなく続ける。

「1つのグループには人数の下限と上限が決められている。手元にある資料5ページに書かれてある人数パターンにしっかりと目を通しておけ」

 一斉に資料の5ページへと目を落とす生徒たち。そこには合宿のグループにおけるルールが書かれているようだった。


『1つのグループを形成する上で、その人数には下限と上限が定められている。その人数は学年及び男女を分けた総人数より算出される。仮に同一学年の男子生徒が60人以上であれば8人から13人。70人以上であれば9人から14人。80人以上であれば10人から15人が1グループにおける下限と上限の人数となる。ただし、60人を下回る場合には別途参照』


 このように書かれてあった。一クラスの生徒の数と男女比が学年ごとに差がないなら、基本的には1クラス40人、男女の比率は5:5なので、1年の男子の数は合計80人。

 10人~15人で1つのグループを作り、合計6つのグループに分かれることになる。生徒の総人数に言及があるのは、学年全体の退学者の数に応じて必要人数が変わってくるということだろう。

「もう分かっていると思うが、男女別で6つということは、他クラスの生徒が混合した中でグループを作るということだ。そして、林間学校の間はそのグループで特別試験を乗り越えてもらうことになる。いちれんたくしようと言うわけだ」

「他のクラスの連中と一緒にグループを作るって、そんなちやな。敵じゃないですか」

 黙って聞いていられないのか、またいけちやばしらにも聞こえるようにつぶやく。

 だが、すぐに名案が浮かんだのか頭の上に電球マークが点いたように声を上げた。

「そうか、別に気にしなきゃいいのか。単純に俺たちCクラスで2つのグループを作ってしまえばいいんだ。そういうことだよな? あやの小路こうじ

 池が小声で聞いてくる。確かに下限10人のグループをCクラスで2つ作ってしまえば、解決する問題ではある。しかし池のそんな名案は、残念ながら通用しない。

「もっともな話だが、そう単純にはいかない。1つのクラスだけでグループの形成をすることは『ルール上』認められていない。グループは人数の範囲内であれば、どのクラスのだれと組んでも自由だが、最低でも2クラス以上の混合でなければならない。何より、グループ結成は話し合いにより満場一致の、反対者のいないものでなければならない」

 茶柱の発言は、しっかりと人数分けの項目の下に書かれてある。


『グループ内には最低でも2クラス以上の生徒が存在することが条件である』


「強制的に敵と組んで試験するってことかよっ」

 質問とは言わないが、いけから思わず漏れ出る言葉。

 それをちやばしらはややあきれるようにしながら拾い上げた。

「そういうことになる。もちろん、極限まで自分たちのクラスの生徒だけで構成したグループを作ることも不可能ではないだろう。他クラスの生徒を1人でも入れれば成立するんだからな」

 要は下限が10人のグループを2つ作り、その内9人ずつをCクラスで作る。そうすれば『ほぼCクラス』のグループが出来上がる。

 しかし、そんなグループが話し合いで学年の全員に認められるとは思えない。他クラスの面々で染めあげられたグループに快く入ってくれる生徒は少数だろう。

 そして人数が多いほうが良いのか、少ないほうが良いのか、はたまた変わらないのか。

 これが人数の差によって有利不利の生まれる試験であるなら少人数のグループはリスクだ。だが、試験の条件が見えてこないことには人数の優劣についてジャッジの下しようがない。吉とでるのか凶とでるのかは、この試験の本質的な内容次第だろう。

「グループの人数は多いほうがいいのか、少ないほうがいいのか。それはこれから説明する『結果』の項目に大きく影響を与えてくるものだ」

 そう言って、茶柱は薄く笑った。

 全員の思考が一定方向を向いているため、分かりやすいのだろう。

「ルールの説明を続けていただいてよろしいですか。結果も気になりますが、まずはグループでどのようなことをするかも知りたいので」

 不穏なものを感じ取ったひらが、そう言い茶柱に話を進めるよううながす。

「そうだな。池の疑問を毎回拾っていては一向に話も進みそうに無い」

 池は申し訳無さそうに一度頭をいた。

「グループは、言わば林間学校だけの臨時クラスのようなものだ。ただし、臨時とは言えその内容は濃い。グループのメンバーたちで一緒に授業を受けることを始めとして、炊事や洗濯、入浴から就寝まで、様々な日常生活を共にすることになるだろう」

 や寝る場所も一緒であることを知り、男女ともに悲鳴が上がる。

のクラスの連中と共同生活なんて出来る気しねー……」

 そう池がぼやきたくなるのも分かる。体育祭で初めて他クラスと協力関係になったものの、あれは競技中だけの一時的なもの。苦楽を共にしたとはとても言えないものだ。

 ところがここに来て、ついにクラスのかきを越えた試験へと突入しようとしている。

 場合によっては4クラスが入り乱れたグループが出来るかも知れない。

「特別試験の結果をどのように求めるかだが、それは林間学校の最終日に行われる総合テストによって決められる。大まかなテスト内容は資料7ページに記載してある。一読しておけ」

 そう言われたら、必然全員が同時にチェックする。


『道徳』『精神たんれん』『規律』『主体性』


 普段の学校ではほとんど学習することのない項目が並んでいた。

 要は英語や数学のような学力とは切り離した試験と考えるべきか。

 厄介なのは、この手の試験には『明確な答え』が無いであろうことだ。資料には、それぞれの項目について書かれているが、どれも抽象的だ。

 具体的にどんな試験を行うか、ということには一切触れていない。

 更に例として書き出されたスケジュールを見ていく。

 起床したあと朝の課題をこなす、それから道場で座禅を組み作務(清掃など)を行い朝食。それから教室で様々な心得を学ぶ。その後昼食、午後の課題を受け再び座禅。そして夕食と入浴を行い就寝と、これまでの生活とは一線を画すものだ。ちなみに普段の休みと異なり、土曜日は午前中のみ授業が行われる。休みは日曜日だけとなるようだ。

「更に詳しいスケジュールについては、林間学校に着き次第発表される。最終日にどんな特別試験をどのような順番で行うかも、今の段階では教えることは出来ない」

 特別試験中は、臨機応変に対応していくしかないということだ。もしかすると『座禅』といった項目も試験に入るのかもしれない。姿勢や動作のひとつひとつが試験のテストに反映されると思っておいたほうがいい。その他、不穏な気配のするものとしては『スピーチ』や『製作』といった単語も躍っている。

「このグループ決めは非常に重要だ。6つのグループは一心同体で、1週間の合宿を乗り切らなければならない。なる理由があろうとも、途中でグループの脱退及びメンバーを入れ替えることは出来ない。生徒が病気やで離脱することになれば、その穴埋めをグループ内で『生徒が存在するものとして』対応しなければならないだろう」

 つまりなかたがいしたり敵対しあっていては前に進めないということか。ますますグループを作る上で他クラスをはいじよする方向に進んでしまいそうだ。

 本格的な授業は明日金曜日の朝からスタートし、翌週水曜日までが林間学校の授業になっているようだ。そして8日目となる木曜日に全学年一斉に試験が行われ、採点されることになる。

「1年生の中で6つのグループを作り終えた後は、時を同じくしてグループを作っている2年生3年生と合流することになる。つまり、最終的に1年生から3年生を合わせた約30人から45人で構成された6つのグループが出来上がるということだ」

 同学年でグループを作ることも困難な状況に、更に別学年が加わる。

 その事実が告げられた途端、車内は異様な空気に包まれた。

「分かりやすく言えば、同学年で作るグループを小グループ、全学年で作るグループを大グループと考えてもらうといいだろう」


 同学年で作る6つのグループの1つ1つは『小グループ』。

 小グループは2年3年の小グループと合流し、最終的に6つの『大グループ』となる。


「肝心の結果だが、それは6つに分けられた大グループのメンバー全員の試験結果の『平均点』で評価される。他学年のしも大きく影響すると言うことだ」

 つまり40人前後からり立つ大グループ全員で平均点を割り出すことになる。

 気になるのは人数の差だ。平均点なら不平等は生まれにくいものの、小グループの集まり方次第では、大グループになった際にかなりの人数差が生まれるだろう。

 もっとも大切なのは『大グループの作り方』だ。

 これが学力を競うだけの試験だったならば、優秀な生徒のみをそろえた大グループが勝つことは明白。逆に言えば、優秀じゃないと判断された生徒は上位グループから必然的に弾かれ、下位グループが作られる。

 しかし、今回の特別試験は学力の高い生徒だけを集めて勝てるわけじゃない。

「ある程度概要は伝わっただろう。それでは最後に一番重要なことを説明する。それはこの特別試験の結果がもたらすものだ」

 何を得て何を失うリスクがあるのか。

 またクラス単位ではなくグループ別にする意味が、ここに隠されているのだろう。

「平均点が1位から3位の大グループには生徒全員にプライベートポイントを支給すると共に、クラスポイントが与えられる。4位から最下位の大グループになった場合には減点されると思ってくれればいい」

 結果に関する詳細は当然、資料にも載っていた。


『基本ほうしゆう


 1位・プライベートポイントを1万ポイント。クラスポイントを3ポイント

 2位・プライベートポイントを5000ポイント。クラスポイントを1ポイント

 3位・プライベートポイントを3000ポイント


 以上の報酬を、生徒1人1人に配布する。


 もし10人の少数グループで9人が同じクラスなら、1位を取ることでクラスポイントを27ポイント得ることが出来るということだ。あくまで理想論だが、極力同一クラスの生徒を集めて1位を取ることがベストだ。しかし、人数が多くなればなるほど負けた時のダメージも大きい。しかも人数が増えるほどグループの統制は難しくなる。


 ちなみに、するマイナス要素は若干プラスよりも重い。


 4位・プライベートポイントを5000ポイント

 5位・プライベートポイントを1万ポイント。クラスポイントを3ポイント

 6位・プライベートポイントを2万ポイント。クラスポイントを5ポイント


 以上のポイントを1人1人が失うものとする。


 プライベートポイント、クラスポイント共に0以下にはならないようだが、累積赤字として残るようで、今後試験等でほうしゆうを得たときに精算されていく仕組みだった。

 これまでにはなかった要素と言えるだろう。

 1位から3位までの成功報酬が少なそうに感じるのには、大きなカラクリがあるようだ。報酬の項目にはこんな一文もあった。それをちやばしらが先に読み上げる。

「小グループ内でのクラス数に応じて報酬が倍に増えていく仕組みだ。更に小グループを構成する総人数が多いと、更にその後倍率が増加する。これらは1位から3位までに適用されるルールであり、4位以下のマイナスには適用されないので安心しろ」

 小グループを構成する生徒のクラス数が2クラスであれば、1位から3位は先に見た報酬のままだが、3クラス構成になると両ポイント共に2倍。4クラス構成であれば3倍に上がる。そして更に総人数でも倍率が変わるようで、10人を1倍として、15人の1・5倍が最大。特例だが、もし9人で構成されたグループが出来た場合は0・9倍となる。

 計算上の1位の最高報酬は、生徒が4クラス構成で報酬が3倍、更に小グループの最大人数が15人で1・5倍が掛けられ(小数点以下は四捨五入される)、一人当たりプライベートポイントは45000、クラスポイントは14も得られる計算となった。

 ここまでは特別試験の良い部分であり、厄介だが面白い部分でもある。

 だが大切なのはこの後の方だとも言えるだろう。

「それから───最下位になった大グループには、大きなペナルティがある」

「ペナルティ……ってまさか」

「そうだ。『退学』だ」

 もはやそれ自体に驚くことが少なくなくなってきたペナルティの部分がていする。

「とは言え、最下位の大グループ全員を退学にするわけじゃない。そんなことをすれば一気に40人ほどの生徒が退学になってしまうからな。退学となるかの基準は、学校側の用意した平均点のボーダーラインを小グループの平均点が下回ってしまった場合に限る」

 やや面倒な仕組みだが、総合順位は大グループの平均点を元に算出されるが、退学を決める際には小グループの平均点が参考にされるということだ。

「ボーダーを下回った時には、小グループの『責任者』に退学してもらうことになる」

「その責任者はどのように決められるのですか」

あらかじめ小グループ内で話し合ってもらい、選任しておく。それだけだ」

「んなの、退学するかも知れないのに、だれが好き好んで責任者なんてするんだよ」

 進んでやらせてくれと申し出る生徒がどれだけいるだろうか。

「大きなメリットもある。責任者と同じクラスの生徒はほうしゆうが2倍となる仕組みだ」

「……2倍、ですか」

 これまで沈黙していたほりきたが驚いたようにつぶやいた。

「そうだ。今回の特別試験の最高報酬は、グループ内をCクラスの生徒12人で固める。そして残り3人をA、B、Dから1人ずつ引き入れる。その上で責任者をCクラスの誰かが務め上げ1位を取ることが出来たなら……」

「ど、どうなるんですかっ」

 計算出来ないやまうちが興奮したように鼻息を鳴らす。

「プライベートポイントを108万。クラスポイントは336ポイント得ることになる」

「さ、さんびゃくさんじゅうろく!?」

 もしそうなれば、一発でクラスが大きく入れ替わる。

 他のグループの点数にもよるが、この試験でAクラスに上がることも不可能じゃない。

 リスクを負えば負うほど、得られる報酬は破格というわけだ。

 しかも、最高報酬を得る確率はけして低くない。

「責任者は小グループ決定後、そのグループ内で話し合いを持ってもらい明日の朝までに決めてもらう。もしグループ内で責任者を決めることが出来なかった場合、その小グループは即失格。つまり全員強制退学してもらうことになるだろう。もちろん、過去責任者を決めることが出来ず退学になった間抜けなグループなど存在しないがな」

 学校側が決めるわけでもなく、あくまで生徒同士で決めろということだ。

 当然、責任者決めはめるだろう。しかし最終的に立候補者がいなければ、くじ引きやじゃんけんでもして決めるしかない。全員が退学になることを思えば必然的だ。

 だがくまとまらずそのような展開になる時点で、グループとしての結束力は既に怪しいものになっている可能性が高い。

「また責任者が退学することになってしまった場合、グループ内の1人に連帯責任として退学を命じることが出来る。道連れとも言えるな」

「は、はぁ!? なんスかそれ、めちゃくちゃだ! 適当なヤツを責任者にしておいて、他クラスのリーダー格をつぶせるってことですか!?」

 そんなことが簡単に成立するとは思えない。責任者になるからには、当然ある程度の選別選抜はされてしかるべきだ。明らかな捨てごまと思われる生徒を簡単に責任者にしたりはしないだろう。そんなかつなことを許したとしたら、それはもはやグループの責任だ。

 そもそも、仲間のために自爆して他クラスの生徒を一人道連れに出来る生徒など、まずいない。それこそ万年Dクラスに閉じ込められていて、明日にでも退学しようと思っている生徒がいれば話は別だが、める気配のある生徒の情報も出回りそうなもの。

「安心しろ。もちろんだれでも好き勝手連帯責任に出来るわけじゃない。ボーダーを下回った原因の『一因』だと学校側に認められた生徒しかその対象にすることは出来ない。わざと赤点を取ったり、試験をボイコットしなければ問題は起きないということだ」

 確かにそれなら、責任者もグループメンバーも保護されていると言える。

 しかし今回の試験、どうにもこの『責任者』のあり方に疑問を抱かずにはいられない。

 これまでの特別試験とは、雲行きが変わってきている。

 考えるべきは、この特別試験の課題は全学年共通であること。

 今同時刻、他のバスでも同じように説明がなされているであろうということ。

 この瞬間この時、様々な戦略が張り巡らされていると思っておかなければならない。

 1年だけではなく、2年には2年の、3年には3年の戦いが繰り広げられる。

 オレは浮かんだ疑問を解消するため、ある男にメッセージを送っておいた。

 この特別試験の裏に『生徒会』が一枚んでいるのかどうかが知りたかったからだ。

「そしてもうひとつ大切なことだが、退学者を出してしまったクラスにはそれ相応のペナルティが課せられることになっている。ペナルティの内容は試験に応じて常に変化しているが、今回の特別試験で退学者が出た場合、一人につきクラスポイントは100ポイント減少する。クラスポイントが不足している場合は、以降加算されたタイミングで精算される。精算が終わるまでは当然いつまでも0のままだ」

 得られる効果の大きさはさっきの通りだが、マイナスもかなりの減点だな。

 今回の試験のひとつの肝。責任者になれば得られるポイントが2倍になる点は魅力的だが、その反面退学というリスクも抱えることになる。大丈夫だと自信を持てる小グループに割り当てられない限り、挙手する者はいないだろう。

 だがみすみすしいチャンスを他クラスには渡せない。

 しかも連帯責任もついて回る。袋小路のようなルールが敷かれているな。

「以上で説明を終わる。質問があれば受け付けよう」

 即座にひらが手をげる。

「もし退学者が出てしまったとして……救済の方法はあるんですか」

「退学は退学なんだからどうにもなんねーだろ」

 どうからそんな言葉が飛ぶが、ひらはそれを否定する。

「そんなことはないはずだよ。現に須藤くんは一度、ちやばしら先生に退学を言い渡された。だけどほりきたさんの機転で救い出せたように、何か手は残されていないとおかしい」

 その平田の読みは当たっている。茶柱は笑みを浮かべながら答えた。

「正解だ。残された最終手段として『退学の取り消し』をプライベートポイントで買うことも出来るが、当然その対価は高いぞ? 退学の取り消し……つまり『救済』は原則として、どの学年でも一律に要求されるものだ。一人の救済者に対して、プライベートポイントは2000万。そしてクラスポイントも追加で300支払わなければならない。これはあくまで救済措置であり、退学時に受けるべきペナルティは消失しない。もちろん、支払うだけのポイントがどちらかでも不足していれば、行使することは不可能だ」

 莫大なプライベートポイントが必要な救済は、到底払えるようなものじゃないな。今回の試験で言えば、実質救済のためにはクラスポイントが最低『400』は必要になる。

 退学処分になった生徒は、救済などまずされないだろう。

 一人を救うために、クラス全体が巨額のマイナスを背負うことになるからだ。

「その2000万ポイントと言うのは、クラス全体で補填しても構わないんですよね?」

 しかし平田は、その救済を行使するかも知れない未来を考え、確認を怠らない。

「そういうことだな。しかし持ち合わせの少ないお前たちにはまだ無縁の話だろう」

 茶柱は資料を閉じる。

「目的地まで残り時間はそう多くないが、この時間をどう使うかはおまえたちの勝手だ。資料は到着後に回収する。それから携帯は1週間使用禁止だ。後ほど回収させてもらう。その他個別に持ち込んだ日用品や遊び道具は基本的に持ち込み自由だが、食料品は持ち込めない。なまものなど長期保存のきかないものはゴミ袋に入れ下車する際に捨てるか、到着までに食べるなりしてもらおう。以上だ」

 特別試験の説明には、大して反応を見せなかった生徒たちも、その一言に再び悲鳴を上げる。無人島で経験済みとは言え、1週間携帯を没収されるのはさぞ辛いことだろう。

「俺からも質問がありますっ!」

 元気よく手をげたのはいけ。茶柱も苦笑いを浮かべる。

「男女別々ってことですけど、具体的にはどれくらいバラバラなんですか?」

「林間学校は2棟立っている。本棟の方を男子が使い、もう1つの分棟を女子が使う。二つの建物は隣同士になっているが、基本的に1週間バラバラで生活をしてもらう。休み時間や放課後に許可なく外へ出ることも禁止だ」

「ってことは話も出来ないってことですか」

「いや、一日一時間だけ本棟の食堂で、男女同時に食事を取る。その時だけは学校側からの指示はない。つまり好きにしていいということだ。分かったか?」

「うす!」

 女子と話せることがそんなにうれしいのか、いけは喜んだ。

 何となくオレは、腰を浮かせて比較的近くに座るしのはらの方に視線を向けてみた。

 するとちょっとあきれながらも池の言葉にどこか浮かれているようにも見えた。

 もしかしたらクリスマスの食事はくいったのかもしれない。

「他に質問がなければ終わるぞ」

 くだらない質問しか出てこないと判断したのか、ちやばしらはすぐに切り上げた。

「先生。マイクをお借りしてもよろしいでしょうか」

 話を切り上げようとした茶柱を呼び止めたのはひらだった。

「もちろんだ。好きにしろ」

 茶柱はそう言うとマイクから手を放し席に着いた。入れ替わるように平田がゆっくりと前に出てきて、そのマイクを手に取る。

「先生の話じゃそれほど時間はないみたいだけど、ひとまずみんなの意見を聞かせて欲しい。今回の試験をどう乗り切るか。どんなグループ分けを目指すべきか」

「そんなの極力クラスメイトで固まる方がいいんじゃねーのか。りすぐって12人の小グループをひとつ作って、あとは1人ずつ他のクラスから入れればかんぺきだぜ」

 どうからの言葉が平田に飛ぶ。

「理想はそうだけど、僕らが作ったその12人の小グループに各クラスの生徒が3人合流してくれるかな。当然警戒するはずだよ」

 露骨に勝ちをねらうグループだ。都合よく各クラスの生徒が一人ずつ入ってくれるとは思えない。それにそのグループが1位になれないときのダメージも大きいだろう。

「でもよー。頭の良いヤツでグループ組んだら、俺たちに勝ち目なくなるじゃん」

 そんな風にやまうちが漏らした。今回が学力勝負でないことをまだ理解していないらしい。

「俺らもプライベートポイント手に入れるチャンス欲しいんだよなー」

 山内のボヤキも理解は出来る。以前、船上試験でも話題になったことだ。上位を取った大グループはプライベートポイントを得られるが、下位の生徒にはうまみがない。それどころかプライベートポイントを失う。

 となれば、多くの生徒は当然勝ち馬に乗れる大グループに配属されたいと願うものだ。

「それに関しては、皆の同意が得られるなら均等に配分する方法を取りたいと思う。どの大グループが上位になるかは分からない。試験終了後に、プライベートポイントがクラス全体で増えていることが確認できたなら、その後できっちりクラスで分けるんだ。ポイントの譲渡は許されているから問題ないはずだよ」

 マイナスが出た場合も、全員で負担しあえばリスクも下がる。

「おーそうか、その手があったか」

 もちろん優秀な生徒からは不満が出やすいが、この特別試験なら話も通りやすい。

 何が勝負の決め手になるのか、いまいち不明だからだ。

「フフ……」

 そんなひらの提案を聞いていたちやばしらが、背を向けたまま笑った。

「これまでおまえたちから質問を受けることがなかったため答えられなかったが、Cクラスに昇級したほうしゆうとして、ひとつだけ良いアドバイスを送ってやろう」

「アドバイス、ですか」

 素直にそれを報酬と受け取らず、平田が警戒心を見せた。

「ルールで制限されていない時、プライベートポイントの譲渡は確かに自由だ。試験中だろうと日常の中だろうと違法性の無い範囲で好きに移動させればいい。ただ、プライベートポイントは単なる小遣いとは違う。そのことは理解しておけ」

「それは2000万ポイントをめることで好きなクラスに移動できる権利のことを言っているんでしょうか。あるいは救済のことでしょうか」

「そうじゃない。プライベートポイントの使い道は様々。1ポイントでも多く所有していれば、きゆうの際に助かることもある、ということだ。仲良く分け合い、支えあうだけが正しいとは限らないぞ? たとえば、いけがあるミスをおかしてきゆうきよ100万ポイントを支払わなければ退学になってしまう、という事態に陥ったとしよう。しかし譲渡を認めず、その時その瞬間にプライベートポイントを100万持っていなければ退学、ということになっていたらどうだ? 均等に分ける戦略を取り続けたばかりに、取り返しのつかないことになることもある」

 名指しで例題にされた池が、隣で唾を飲み込むのが聞こえてきた。

「それに他の生徒がその時、必ず助けてくれる保証はない。その次に窮地に陥るのは自分かもしれないわけだからな。自分の身を守れるのは自分だけだ」

 まるで均等に分け合う作戦がミスとでも言うように、茶柱はアドバイスを送ってきた。

 ありがたい助言なのかも知れないが、これでクラスがまとまるのは難しくなる。

「頑張った人間が成功報酬を得る。それは社会では当たり前のことだ。社会に出て給料やボーナスを仲間内で分け合ったりする奇特なヤツは、レアケースもレアケースだろうな」

 それを知った上で、どうするかは自由だ、そう茶柱は笑った。

 茶柱の言っていることは恐らく当たっている。

 事例がないことであおったりする行為をこの学校の教師がするとは思えない。

 日々完全なマニュアルにのつとって話をしているからだ。

 しかし、この話には裏がある。

 個人の保有するプライベートポイントがモノを言う事例は確かにあるんだろう。

 だが逆にクラスメイトがポイントを多数保有していることで救われることだってある。

 なら、過去オレやほりきたは退学になりそうなどうに対して第三者の立場としてプライベートポイントをねんしゆつし、認めてもらう前例を体験している。

 結局のところ均等に持たせておくことも不測の事態への防止策につながる。個人に大金を持たせれば使い込むリスクもあるし、裏切ることだってあるからだ。

 自らのクラスに対して、ちやばしらはかき乱すような言葉を放ってきた。

 もちろん、それが学校の方針である可能性も否定しきれないが……。

「一度多数決を取ってみようか。あくまでもそれで決めるわけじゃなく、今の話を聞いてみんながどう思うか聞かせて欲しい。今後、こういった特別試験のほうしゆうを均等に分け合う方がいいと思う人は挙手してくれないかな。もちろん後日意見が変わっても構わないから」

 ひらは自ら手をげ、最初の一人となった。

 悩む生徒が大半だったが、ポツポツとしか手が上がらない。

 クラスとして一丸となって助け合うことは大切だが、いざという時、処罰されないための保険を用意しておくこともまた、極めて重要だ。

 まだ生徒の大半は数万から数十万ポイントしかプライベートポイントを保持していないと思われる。となれば、1位になることで何かあってもポイントで対応できる安全圏まで保持ポイントをもって行きたいと思う生徒だって多いだろう。

 自分に自信のない生徒ほど、均等に分け合うことを希望していた。思ったよりは多かったが、最終的にクラスの中で手が挙がった数は半数には届かなかった。

「ありがとう」

 ポイントを均等に分けることをクラスの大多数が望んでいるわけではないという結果。だがこうなると、均等派の平田もそう簡単にはその方向に持っていけなくなっただろう。

「余計なアドバイスだったか? 平田」

「いえ、感謝しています。今の段階でそれを知れたのは僕たちにとって貴重な情報です」

 携帯が一度震える。あいつからの返信と思いポケットから取り出すも、堀北『妹』からのチャットだった。分かりきっているが、この特別試験に関してだ。

『何か考えはないの?』

 なんとも人任せのような一文だ。

『何もない』

 それだけ返す。が、オレはちょっと思い直しもう一言送ることにした。

『今回は男女が別々の試験だ。オレに手伝えることは何も無い、頑張ってくれ』

 エールだけはしておいた。堀北としては色々オレに言いたいところだろうが、この場ではそうもいかない。堀北とのチャットを早々に終わらせ、進行しているもうひとつのチャットグループを一度確認する。あやの小路こうじグループ(自分で言うのもなんだが)の方だ。

 けいせいあき、それにあいが思い思いにこの試験について話し合っている。

 既読したものの、特にコメントせず閉じた。そしてひらたちの会話に耳を傾ける。

「作戦を立てようにも時間が足りない。それに男子と女子が別々の場所でグループを組むことになったら、助言を送ることだって難しいだろうね」

「そんなぁ……」

 女子からしてみれば、常になる時も頼れる男としてクラスを引っ張ってきた平田に救いを求めることが出来なくなる。不安に駆られるのも無理のない話だ。

「僕ら男子が手を貸せない状況になる以上、女子から明確なリーダーを一人決めておくべきだと思うんだ。引き受けてもらえないかな、ほりきたさん」

 平田はこの試験の説明を受けていたときから考えていたことなのだろう。

 一人の少女、堀北に白羽の矢を立てた。

 当然、このクラスでその役目を担えるのは堀北くらいなものだろう。

「いいわ。困ったことがあれば随時私に相談してくれて構わないから」

 嫌がる様子も見せず堀北はそう答える。

 しかし、堀北が少しずつクラスメイトにとって頼れる存在になってきつつあるとは言え、まだまだその信頼は平田に遠く及ばない。

 だがそれは今の堀北なら、自分自身で理解していることだろう。

「ただ、私一人では頼りないと感じる女子も少なくないはず。自分で言うことではないのだけれど、私は相談するには難しい性格をしていると思うから」

 本当に自分で言うことじゃないな。

「だからサブリーダー役にくしさんに手を貸してもらいたいの。どうかしら」

 そう言って、堀北は前方の方に座る櫛田に言葉を投げかけた。

「わ、私なんかで役に立てるかな」

「もちろんよ。あなたはこのクラスのだれよりも信頼されている」

「えと……うん。私なんかで良ければ協力させてもらうよっ」

「ありがとう。これで他の人も格段に相談しやすくなったんじゃないかしら。私に直接言いにくい場合には櫛田さんを経由してくれて構わない。どんなさいなことでも相談に乗るわ」

 櫛田に対して信頼がどの程度おけるかは別として、今取れる作戦としてベストであることは間違いない。今回の試験のルール上、男子と女子では干渉し合うことがかなり難しい。女子サイドで繰り広げられる戦いに男子が参入することはまず不可能だ。受ける授業も試験も、同じ施設内とは言え別の場所で行われる。接触できる機会は夕食の1時間だけ。常時連絡を取れる携帯まで没収されれば、なおのことだ。

 それでも極力情報を収集しておくことが必要不可欠だろう。

 となれば、女子の情報を集めるために働き手を集めなければならない。

 クラス内で言えばくしの動向も少々気がかりだ。

 動かせるのはほりきたけいの2人しかいないが、前者は今色々と面倒な状況にある。それに、オレの意図を深読みしたり無駄な行動を取ることも考えなければならない。

 何より他の女子からの相談を受けるとなれば別のことをする余力も無いだろう。

 となると使えるのはやはり恵だけになってくるか。

 しかしグループ全体を見通すほどのことを、恵一人にいることは出来ない。

 必要最低限の事項を、恵の携帯へと送り届ける。

 メールはすぐ恵に届いて確認されたようで、空のメールが送り返されてきた。

 男女が長期間分かれて戦う、特殊な特別試験が始まると知って、オレから連絡が来ることはすぐ想定できたようだな。恵自身アドバイスを求めたいところでもあるだろう。

 責任者と連帯責任の制度から見ても、恵が犠牲となることだってありえない話じゃない。授業態度やテストの点数は、お世辞にも恵も良いとは言えないからな。

 そこでオレは身を守るためのすべいくつか教えておく。

 生徒全員が使えるような代物ではないが、少しでもリスクを避ける方法だ。

 オレにとって、これから行われる特別試験のことなど本当はどうでもいい。勝つための戦略を打つつもりはないし、無難にやり過ごすだけだ。

 とは言え、恵にアドバイスを送るように全く手を出さないわけじゃない。

 特別試験の最悪の事態は、Cクラスから多数の退学者が出てしまうことだ。

 そしてオレ一人ではクラス全体の保護をかんぺきにすることはまず無理だろう。

 守るべき対象は絞っておく必要がある。

 つまり自分自身を除き、有力なすけとなる恵、ひら辺りは保護したい。

 あとは、生徒会がらみも考え堀北には残ってもらう必要がある。

 それから友人としてけいせいあきあいの4人か。

 ただこの4人に関しては残って欲しいと思いつつ、保護の対象外だ。

 あくまでも友人の一人として、退学にならないことを願う。

 全学年が集結する機会はそうないことを踏まえても、オレはぐもの動向を気にかけておくだけでいいだろう。周辺で繰り広げられる小競り合いには興味が無い。


    1


 バスは高速を降りて、ある程度舗装された山道をゆるやかに上っていく。この学校から出るときは海やら山やら、自然に囲まれた場所へと移動する習わしでもあるのだろうか。

 ともかく、到着次第新たな特別試験が始まる。携帯が没収されることから見ても、情報を集めるためには自らの足や人脈を使う必要がある厄介な試験だ。だが、安易に動けばそれだけ情報が外に漏れることにもつながるため、細心の注意を払った行動が要求される。

「向いてないな……」

 素直に漏れる言葉。何度特別試験をやってきても、一切むことはない。

 自分の人生の中では、他人と協力することの方がまれだった。

「間もなく目的地に到着する。その後はすぐに屋内でグループ作りを始めてもらう。その後部屋の割り振りが終わり次第昼食、午後は各自自由行動を認めている」

「ってことは……やったぜ、今日は勉強なしってことだよな!」

 うれしそうにこちらを向いて、一度いけは笑った。

 確かにそういうことになるんだろう。しかし今日は夏休みと違って平日。移動時間があったとは言え、ちょっと破格の対応じゃないだろうか。遠足となんら変わらない。

 バスが目的地に着くと、徐行して駐車場へと移動し停車した。

「呼び上げた生徒から順番に携帯を提出し、バスを降りてもらう。あやの小路こうじ、池───」

 ちやばしらは五十音順に男子の点呼を取りながら生徒の下車を始めさせた。オレは携帯の電源を切り、教師のそばに置かれてあるプラスチックの箱に携帯を入れる。

 降りるなり普段接点のなさそうな、見慣れぬ教師が近づいて来た。そしてバスから少し離れたところで待つよう指示される。

「あーさみぃ!」

 バスから降りてくる池が、自らの身体からだを抱き寄せながら叫んだ。山岳地帯だからだろうか。学校を出発した時よりも寒い。だが、その寒さを一瞬忘れるような光景が目の前に広がっていた。

「うお……なんだここ。林間学校って規模じゃないな……」

 降り立った先にはグラウンドらしき広い場所、そしてその奥には古めかしい校舎が2つ。全学年を収容するだけあって、大きさは中々のものだ。

 ここでこれから1週間過ごすらしい。

 無人島の時もそうだったが、こういった自然の中での生活はほとんど未経験だ。

 それらにまつわる試験が想定されることを思えば、ボーイスカウトをしていた池などは役に立つかも知れない。それに体力面から考えてどうの存在も頼もしそうだ。

 女子も次々と下車し、ほりきたは降りるなりオレへと接触したかったようだが、あいにくと既に整列が始まっていてそれは無理だった。

 男女が分かれて、それぞれの校舎に向かう。男子は本棟と呼ばれる大きい校舎だ。

 建物の中に足を踏み入れると、どこか懐かしいような木材の香りがこうをくすぐった。

「昔ながらの木造校舎だね。築年数は古そうだけど、管理も行き届いてるのかすごれいな状態だ」

 そうひらが口にしたが、周囲の意見も同じらしい。通りがけに見えた教室と思われる場所にエアコンの設備は無く、中央にストーブが置かれているだけだ。

 恐らく明日からこういった教室で授業が行われる。

 通されたのは体育館のような場所。

 既にAクラスとBクラスの男子は到着していたようで、こちらを見る。

 この後Dクラスが入ってきて、2年3年と続くのだろう。オレたちは立ったまま整列をさせられ待機を命じられる。

 AクラスもBクラスも雑談することなく、落ち着いた様子だ。

 バスの中である程度の作戦、方針が決まったと見るべきか。


    2


 全学年の男子生徒が、体育館の中に集められた。肩身の狭い1年はすぐに集まり、騒ぐこともなく指示を待つ。程なくして他学年の教師と思われる男性が壇上に立つと、マイクを持って生徒たちに声をかけた。

「バスの中の事前説明で、各自、試験の内容は理解できていると判断させてもらう。よって、この場で改めての説明は行わない。ではこれより、小グループを作るための場、時間を設けさせてもらう。各学年、話し合いのもと6つの小グループを作るように。また、大グループを作成する場は、本日の午後8時から設けてある、以上だ。補足だが、大小問わずグループ決めに関して学校側は一切関知しない。仲裁役として入ることも一切しない」

 男子全員にその場で好きに進行するよう指示が通達される。大グループを作る前に、まずは小グループを作るところから始まる。さて、他クラスはどんな作戦、ねらいでいくだろうか。バスの中で、ある程度戦略を固めてきているはずだが、果たして。

 それぞれ学年別に距離を取られ、体育館内でのグループ決めが始まった。

 他学年の様子も多少気になるが距離もありこの位置からでは細かい動きはわからない。

 オレがそんな風に何気なく上級生たちを観察していた時だった。

 グループ決めが開始して、まだ数秒もっていない中で1年のクラスに動きがあった。

 しばらくは腹の探りあいが続くと思っていたが、Aクラスが露骨に1つの大きなグループを作り始めたのだ。膠着した状況での目立つ行動。必然、周囲の注目を集める。やがてAクラスは14人からなる1つのグループを形成して見せた。そしてBクラス以下オレたちに対してこう言い放つ。

「僕たちAクラスは、見ての通りこのメンバーで1つのグループを構成するつもりです。現在のグループの人数は14人で、あと1名が参加していただければ必要な人数がそろいます。それでは参加してくださる方を募集します」

 そう言ったのはまとと名乗ったAクラスの生徒だった。

 集まったグループの14人の中にはかつらの姿もあったが、仕切っているのは的場という男。葛城はグループの責任者ではないのだろうか。ともかく、Aクラスは初手で、グループを極力自分たちのクラスで固める提案をして来たのだ。

「おいおい、何勝手ぬかしてんだよ。おまえらだけずるいだろうが」

 どうが怒りながら的場をにらみつける。

「勝手と言うほど勝手でしょうか。こちらの提案では一グループを構成する人間が、最大で2クラスの生徒までにしかなりません。1位を取った時の倍率も低い。Aクラスにだけメリットのある強欲な提案だとは思いません」

「い、いやでも14人ってのはずるいだろ」

「そんなことはありませんよ。むしろ、平等です。残り3クラスで15人の枠を3つ使えるんですから、僕たちと同じように各クラスで似たようなグループを作ればいいじゃないですか」

「そう、なのか?」

 的場の言っている内容がパッと分からなかった須藤は、振り返りひらを見る。

「そういうことになるね」

「分かっていただけたなら話は早そうですね。ちなみにAクラスで残った6人は、あなたがたのどのグループに、どんな配置でも喜んで参加する方針です」

 どうでしょうか? と平田を見て微笑ほほえむ的場。

 Bクラスのかんざきしばたちに対してもそんな視線を向けた。

「えー……そうだなぁ、悪い話じゃない気はするけどなぁ。どう思う神崎」

「すまないが、即答はできない」

「だよなー。残ったAクラスの6人がわざと他のグループの足を引っ張る、とまでは思えないけど。やっぱ警戒するよなぁ」

 速攻でグループを決めようとしてきたAクラス。だが、神崎はすぐには決断せず、提案を保留にしようとする。

 しかし、それに対して的場は強い口調で話を切り出した。

「では5分差し上げます。その間に決めてください」

「時間設定か。グループ決めは始まったばかりだ。これはAクラスだけの意見で、一方的に決めて良い話ではない。5分しかゆうを与えないというのは論外だと思うが?」

 どのクラスもAクラスのように14人を自分たちのクラスで固める戦略が取れる提案とは言え、それが全クラスにとって平等な提案だというのはフェイクだ。勝った時のポイント倍率が低くても構わないと考えられるのは、ポイントをリードし、今1位にいるAクラスくらいだ。

「そうですね。確かに僕たちだけで決めていい話ではないかも知れません。しかし、勘違いなさらないでください。僕たちが言いたいのは5分間だけしか交渉しないということではないんです。あくまでも5分間に限り特別枠を設けるということです」

「特別枠?」

 まとはあくまで自らが主導して話を進めていく。まだ他クラスの生徒たちの意見が固まらず、動き出す前だからこそ、好き勝手提案できているという状況だ。まさしく先制攻撃に近い。

「僕たちAクラスの14人で1つのグループを作り、他クラスから一人だけ迎え入れる。これが最善の手であるかどうかは別として、我がままを押し通そうとしていることは事実です。従って、迎え入れる1人、つまり特別枠の方に対して今ならサービスを付けさせていただきます」

 バスの中であらかじめ決めていたであろう作戦を的場はスムーズに伝えていく。

「僕らのグループに入ってくれるのなら、その生徒には一切のリスクを負わせません。このグループはかつらくんが責任者を務めますが、万が一最下位を取ったとしても責任を負うのは葛城くんのみ。連帯責任として道連れにしないことを確約します。あぁもちろん、意図的に悪い点数を取ったり、仲間を傷つけたりしない場合に限り、ですが。純粋に試験の成績が悪いことは、すべて許容します」

 それが特別枠、ということか。

「マジかよ……」

 一部の生徒は、特別枠の提案に一定の価値をいだす。クラスのために勝利した時のポイントが高倍率なグループを作ったり、勝つためのメンバー集めをすることも必要な行為だが、それらを考えるのは基本的にクラスの中枢を担う人物たち。退学を恐れるその他一般の生徒にしてみれば、この試験を100%安全にクリア出来る『特別枠』という制度は悪くない提案だ。

 葛城が責任者になったのに、場を仕切っているのは的場と言う男子。その口調や話の運び方から、それなりに出来る生徒であることは理解できた。Aクラスにはまだ表に出てきていない優秀な人材が眠っているということだろう。

 しかし葛城が前に出てこないのはだ。クラス内での立場を失い、負けた時の責任を取らされそうになっているのか?

「僕たちはこの14人で1位を取りに行くつもりですので、その1人はプライベートポイントのおんけいを受けられる可能性も高い。それぞれのクラスには今回の特別試験に対し、自信のない人もいるのではないでしょうか?」

 そう言って、ぐるりと一年の全生徒を見渡す。

 まとの言葉は、今まさに特別枠に食いつきたいと思っている生徒たちに響くものだ。

「しかし5分以内に決めきれない場合、この特別枠は無くなります。万が一僕たちのクラスがペナルティを受ける時は、ようしやなく道連れにします」

「面白い提案だとは思うが、それなら5分を過ぎた時点で入る価値は激減することになる。道連れにされる可能性の高い枠に入りたがる生徒はいないだろう」

 言うまでもないだろうが、とかんざきは付け加えて言った。

「そうだぜ。んなことされるのが分かってるグループにだれが好んで入るかよ」

 一瞬特別枠にかれた生徒たちも、そう言い放つ。

「どう考えてくださっても構いませんが、僕たちは絶対に折れませんよ」

 そう言い、的場はグループを引き連れ一歩後退した。

 話し合いに加わるつもりはない、ということの意思表示だ。

「無視する方向でいいだろう。5分を過ぎれば誰もあのグループに参加したがる生徒は現れない。時間がくればいずれ、向こうから話し合いに戻ってくる」

「だな」

 神崎としばは、そう言っていつたん距離を取る方針で落ち着いたようだ。Dクラスのかねたちにも変わった動きは見られない。

 しかし、Aクラスからの提案を受けたひらだけは考えが少し異なるようだった。オレやけいせいあきへと近づいてくると、意見をうかがうように小声で話しかけてきた。

「……君たちはどう思う?」

「Aクラスの作戦をか?」

 啓誠が率先して平田と話す。

「うん。僕は彼の提案は意外と悪くないと思ってるんだ。Cクラス全員が無事にこの特別試験を終えることが、今回の試験の絶対条件。Cクラスに上がったところだからね。このいいムードを壊したくないし、僕は同じクラスの生徒が退学になるのを望まない。ただ、最下位のグループには退学のリスクが付きまとう。Aクラスのグループに、試験に自信のない生徒を守ってもらえれば、ひとまず安心できるんじゃないかなって」

 確かに、守りに入るならAクラスの提案はメリットとも言える。

「ただAクラスが今回の特別枠の約束を最後まで守る保証があるのかどうかだね。もし最下位を取ってしまった場合、強引に連帯責任を負わせてくる可能性だってある。口約束だといってにするかもしれない」

 そんな平田の不安はもっともだ。

 口約束にも本来は法的拘束力はある。だが、それを唱えても水掛け論になるだけだ。

 Aクラスが知らぬ存ぜぬを貫き通せば話はややこしくなるし、何より道連れにしないのは『意図的』にグループの妨害をしなかった場合だ。仮に生徒の試験の点数が低かったとして、故意かそうでないかというのを判別するのはとても難しい。

 かといって、ペンも紙もないこの場では書面にも残せない。

 教師を頼ろうにも、グループ決めには一切関与しないことを公言されている。この口約束を覚えておいてくれと言っても無意味だろう。

 とは言えまとの特別枠の話は1年全員が耳にしている。これを無視して道連れ対応をとることは向こうにとっても大きなデメリットだ。基本的には信じてもいいだろう。

「……一人、守ってもらうのはありかも知れないな」

 けいせいひらの話に乗っかる様子を見せた。

「そうだね。あとは僕らが動くことでBクラスやDクラスがどう判断するかだね」

 特別枠に乗っかれば、強引な方法を取ったAクラスの肩を持つことにもなりかねない。

 わずかな時間とは言え、平田はギリギリまで粘って考えたいようだった。

 突然の提案から3分ほどが過ぎた。りちに1秒1秒カウントしているかは知らないが、的場たちは悠々とした様子で構えている。だれかが手をげると踏んでいるのか、それとも別の作戦でも考えているのだろうか。

 こちらが残りの2分ほど静観して、的場たちが動き出すその時を待つのかどうか。それはBクラス以下のリーダーたちにかかっている。

かんざき氏。提案があるのですがよろしいでしょうか」

 Bクラスの神崎の下へ、Dクラスのかねが近づいてきた。耳打ちするような小声ではなく、周囲に聞こえる堂々とした接触だった。金田は平田にも来るよう呼びかけ、それに答えるように平田も向かう。

「これはチャンスととらえるべき状況だと判断しました。Aクラスが固まってくれたおかげで、彼らのグループは試験に勝利したとしても2クラス分の倍率の点数しか得られません。しかも条件を飲めば残ったAクラスの生徒は好きに配置できる権利をもらえる。つまり、こちらは残りのグループすべてを4クラスに出来るということです。これは上位を取れば取るほどAクラスとの差を詰めるチャンスということじゃないでしょうか」

「それはAクラスのグループに勝つことが出来れば、の話だ」

 詳しい点数は知らないが、ペーパーシャッフルでAクラスはBクラスを破っている。

 もし、試験が学力勝負であれば、分が悪いと読んでいるようだ。

「確かにリスクはあります。ですが、これは単なる学力勝負ではありません。どうでしょう。ここは打倒Aクラスに動くというのがベストかと。悪くない提案だと思いますが」

 金田はそう持ちかけた。AクラスをB、C、D、の3クラスが協力して包囲する、というねらい。

「まぁ3クラスが協力し合うためには、Aクラス14人のグループを認めることが必要になりますけどね。けれど4クラスの点数倍率のおんけいを思えば安いものではないでしょうか。しかも特別枠まで用意してくださるんですから、願ったりかなったりです」

「そうだね。僕はかねくんの作戦は良いと思う」

 ひらが同調を見せる。かんざきはより慎重なのか、まだ即決する様子はなかったが、4クラスによるメリットはしっかりと考えているようだ。

「しかし、だれをあのグループに入れる。Aクラスで構成されたグループに入りたいと志願する生徒は、少なくともBクラスにはいないと思う。俺も含めてな」

 特別枠で守ってもらえるとは言っても、その1人は1週間Aクラスと同じグループで過ごすことになる。居心地が良いものでないことだけは確かだろう。

「BクラスとDクラスに聞きたいんだけど、希望者はいるかな?」

 平田からの言葉に、2つのクラスの生徒たちは顔を見合わせる。

 しかし挙手は中々あがってこない。

「じゃあ、Cクラスのみんなにも聞きたいんだけど、希望者はいる?」

 今度は自分のクラスに。

 だが反応はBクラスやDクラスと変わらなかった。中には特別枠なら、と考えている生徒もいるだろうが、周囲の視線や居心地の悪さをねんしてか立候補者は現れない。

「これは僕の勝手な推測だけど、Aクラスは約束を守ってくれるんじゃないかと、個人的には思ってるんだ」

「なんでそんなことが言えるんだよ」

「彼らがAクラスだから、かな。道連れにはしないと公言しているのに、僕たち下位のクラスの生徒を強引に巻き込んだりしたら、今後こんな取引は一切通じなくなる。まだ1年生の3学期なのに、今後のことを考えると駆け引きの信頼を失うのは大きなマイナスだと思うんだ」

 そんな風に話す平田の意見は、筋が通っていた。

 これが最後の勝敗を決する戦いなら、Aクラスもなりふり構わないだろう。

 だが、まだ2年以上も時間は残されている。ここである程度約束を守ることを見せれば、別の試験でも同じような手が使えることになる。

 時期的に、いきなりそんなちやはしてこないんじゃないか、というのが平田の考えだ。

「敵をめたくはないけど、彼らはAクラス。僕らよりも単純に成績が良い。つまり、最下位になったり平均点を大きく下げるようなことはないと思ってるんだ。だから、けして負けグループに配属されるわけじゃないってことを、認識して欲しい」

 平田の言っている意味は、いけたちにも良く分かるだろう。

「幸いにもBクラスとDクラスには希望者がいないようだし、僕は一人、Aグループに入ってくれる人をCクラスから選びたい。彼らが勝っても僕たちのクラスにおんけいが入るし、万が一の退学も避けられる。どうかな?」

 そう言いきり、具体的にいけやまうちたちを見た。

 自分の能力に不安を抱える生徒たちを、1人でも守りたいのだろう。

 最後のダメ押しをひらがする。

「特別枠の生徒が試験でグループの平均点を下回る点数を取っても、責めたりはしないと約束してもらえるのかな」

 平田がまとにそれを確認する。

「もちろんです。僕たちは最初から期待していませんよ。最初に言った条件さえ守っていただけるのなら、保証します」

「……俺、いこうかな」

 つぶやいたのは池。それを聞いて山内も同じようなことを言う。

「拙者も行きたい、かも」

 次いで博士はかせも立候補した。計3人が名乗りをあげる。

「じゃあ公平にジャンケンして、勝った1人をグループに入れてもらおうか」

 平田の誘導もあり、こうして3人はじゃんけんをした。

 結果、勝った山内がAクラスのグループに1人入ることになる。

 こうして瞬く間にAクラスが主導となった1つ目のグループが完成し、Aクラスの生徒6人を残ししま先生へと報告に向かった。わずか数分間の出来事だ。

「これで残った我々が好きにグループを作れるわけですが、どうしましょうか。一応Aクラスが取った作戦のように14人を占めたグループを3つ作ることもできます。Aクラスがしたように残る1人を道連れの対象にしない戦略をちようだいして、く協力し合うのも手でしょう。しかしこちらとしては、先ほども申し上げたように4クラス複合を提案したいところです」

「そうだな。Aクラスの提案をんだからには、4クラス複合にするべきだろうな」

「異論はないということで。Cクラスは如何いかがでしょうか?」

 かんざきかねは、あくまで高倍率をねらう作戦を提示してきた。

「勝ちを狙いに行くなら必要なことだね。それには反対しないよ」

「待てよ平田。そんな簡単にしようだくしていいのかよ。俺はいしざきとかと同じグループでやってける気はしねえぞ」

 どうが話に割り込む。それは須藤だけではなくけいせいなど多くのCクラス生徒も同様だった。そして、BクラスやDクラス内の一部からも不平不満が漏れ聞こえてくる。

 4クラス複合は倍率の上でメリットは大きいが、その分トラブルも生みやすい。

 犬猿の仲である生徒同士が組めば、成績にも影響してくる。

「分かってるよ。すぐにまとまる話だとは僕も思ってない。Aクラスは何かを基準に14人を選んで1つのグループに割り当てたみたいだけど、こっちはそう簡単にはいかないだろうからね」

 Aクラスの生徒たちの納得具合から見ても、ほうしゆうはクラスメイト全員で均等に分け合うのだろう。あるいはグループに加わらなかった負担の大きな6人には、それ以上の報酬を約束しているかもしれない。Aクラスという安全な位置にいるからこそ取りやすい作戦でもある。

「一度それぞれの主張を受け入れつつ、仮のグループを作ってみるのはどうかな。問題があれば即解散すればいいし」

「そうだな。俺もその意見には賛成だ。ここで探りあいをしていても平行線になって、貴重な時間を空費するだけだ。既にAクラスの生徒たちはグループ問題を解決して、次のステップに進もうとしている」

 互いに、言い争うだけでは前に進めないと判断したようだ。

 他の生徒たちもひとまずはリーダー格に任せるつもりなのか、異論はほとんど出ない。

「こちらも反対はありません」

 かねもすんなりと受ける。ごく当たり前のように進行しているグループ分け。

 だが、その様子を見ている生徒たちは異論こそ唱えないものの、げんそうな顔を見せる。本来Dクラスのリーダーを務める存在は、金田ではなくりゆうえんであることを、当然ながら周囲は理解している。しかしそのリーダーと思われる龍園は話の輪に加わらないどころか、全員から距離を置いた場所におり、様子をうかがう気配すらない。

 既に3学期が始まり、龍園が一線を退いたことは知れ渡った。もちろん、具体的な内情を知らない生徒たちの中には、それがフェイクだと疑う者も少なくない。

「一応聞きたいんだけどさ、それって龍園の指示なのか?」

 ひらかんざきすら問いただすには抵抗のあることを、単刀直入にしばが口にした。金田は一度メガネを外し、レンズに付着していたと思われるほこりを息で飛ばす。

「いえ、これは僕個人が考えたことです。彼の意向は関係ありません。仮に裏でつながっていたとしても、今こうして話しているのは僕自身です。何か問題がありますか?」

 やや表情が険しくなった金田に、柴田は近づきながら謝った。

「一応確認したかっただけだって。気を悪くさせたならごめんな」

「いえ。それよりも話を進めましょう。グループ分けの問題は下手するとかなりの時間がかかります。雑談で寄り道をしている暇はないかと」

 グループ分けは確かに難題だ。そして各員はグループのために行動しつつも、当人が退学しないように立ち回り、クラスが報酬を得られるように動かなければならない。それは簡単なようでとてつもなく難しいことだ。そしてグループ作りは有力者を引き入れるというよりも、ババをつかまされないようにするための戦いでもある。に足を引っ張る生徒をのグループに押し付けあうか、という点が焦点になるだろう。

 グループ作りを前に進めるため、Cクラスからはひら、Bクラスからはかんざき、Dクラスはかね。それぞれが15人グループの1人目として声を上げる。残る少数グループに関してはひとまず置いておくようだ。

 クラス内から適任と思われる11人を選んでいく作業が始まる。

 即座にグループ入りを立候補した生徒たち数人が、平田の下へ寄る。自分たちのグループが主導であれば道連れは避けられる上に気心も知れている。他クラスの介入も最小限で済む。当然のように集まってくる。Bクラスも似た傾向で、想像よりも早く定員に達しそうだった。そして残るDクラスはゆっくりながらもグループを作り始める。

 Dクラスの様子を注目していたのは、オレだけじゃないだろう。神崎やしばなどの主要な生徒はもちろん、多くの生徒が観察していた。りゆうえんかけるが現時点でDクラスにとってどういう存在なのか、それを知りたかったからだ。

 BクラスからもCクラスからも、Dクラスはいまだ全く信用されていない。

 龍園という存在が、これまでいくとなくわなを仕掛けてきていたからだ。無理もない。

きよたかはどうするつもりだ?」

 けいせいあきが、そんな確認をしに来てくれた。

「2人は?」

 オレは悩んでいる様子を見せながら、聞き返してみる。

「俺は啓誠に合わせようと思ってる。頭を使って考えるのは得意じゃないしな」

「……Cクラスの固まるグループは魅力的だ。ただ、正直平田のやり方には不満がある」

「と言うと?」

 分からない明人が聞き返す。

「平田は勝つことよりも、仲間を守ることを優先している。それが悪いことだとは言わないが、結局勝つ確率も下げることになる。事実、いけおにづかそとむらは平田のグループ入りを希望している。役に立つ立たないはもちろん試験の内容による。俺より点数が取れるかもしれない。でも、想定される試験内容じゃ取れない可能性の方が高い」

「まあ、それはそうか……」

「Aクラスはごうの集まりじゃないからな。やまうちが足を引っ張ったとしても、平田グループが勝てるかは懐疑的なものがある。避けられるのは道連れだけだ。それなら俺はあえて少数のグループに入って、少数精鋭で勝ちを拾いに行くべきだと思う」

「平均点の勝負になるなら、それが手堅い方法だってことか」


 1年全体で、男子は80人。

 それぞれのクラスに20人ずつ。それをく分けていくとこうなる。


 Aグループ(14人A、1人C)=15人

 Bグループ(12人B、1人A、1人C、1人D)=15人

 Cグループ(12人C、1人A、1人B、1人D)=15人

 Dグループ(12人D、1人A、1人C、1人B)=15人


 残った20人(Aクラス3人、Bクラス6人、Cクラス5人、Dクラス6人)。

 この20人で2つのグループを作ることになるだろう。

 だが、ほぼすべての生徒が各クラスの代表格の思惑通りにチームを結成する中、そうはいかない生徒も存在した。

 その代表格は、間違いなくDクラスのりゆうえんかけるだろう。この試験に最初から参加する気などないかのように、だれともからもうとせず、一人時間が過ぎるのを待っている。

 だが、単なるボッチというわけじゃない。誰にも相手にされず、寂しくこの時をすごしているわけではなく、堂々と孤高を貫いているといった様子だった。

 しかし、グループがすべて決まらないことには、事態は前に進むことは無い。

 必然少数グループのどちらかが、必ず龍園を拾わなければならないのだ。

 同じクラスのいしざきたちすら声をかけない状況で、動ける生徒がいるとすればオレは一人しか思い当たらない。

「龍園くん。良かったら僕たちのチームに入らないかな?」

 そう声をかけにいったのは、もちろんオレのクラスメイトのひらだ。既にクラス戦を半ばリタイアしている龍園にしてみれば、強制的な参加をいられる試験に対し、うっとうしいと思っているに違いないが、一方で下手に反抗することもしないだろう。

「待てよ平田! 龍園を仲間にとか冗談じゃないぜ!」

 平田グループに入ろうとしている生徒たち全員が反対する。

 誰が好き好んで、一番の爆弾を抱え込みたがるのか。Aクラスに上がるための戦略に、龍園翔はもっとも不要な存在だ。

 この学校のAクラスの座を争う戦い自体には、生徒たちも一定の理解が出来る。

 ただ、それと同時にき上がってくる疑問もある。

 それは『Aクラス以外』で卒業した場合だ。

 もちろん、どこへなりと進学、就職させてくれるという夢のような制度は受けられないが、そうでない場合にどれほどの評価を得ることが出来るのか、ということだ。

 その疑問は入学を果たした生徒たちの間で尽きない。

 良い情報と悪い情報が同時にこうさくしているような印象だ。

 デメリットとしては『勝ち上がれなかった生徒』というレッテルをられるケース。進学先や就職先がそう判断し採用を見送ることがあるんじゃないかと言うこと。

 しかし一方で、高度育成高等学校出身者を買っている層も少なくないだろうという意見もある。実力主義の中で3年間まれ貴重な経験をしている点、政府主導の学校という点も高く評価されているはずだ。つまり、高望みをしなければ卒業する価値、つまりメリットは十分にあると判断できる。

 つまりDクラスであろうとCクラスであろうと、Aクラスに上がれないといって悲観しすぎることはない。

 2年は既にぐもが圧倒的強さと支持をもってAクラスに君臨し、Bクラス以下を大きく引き離している。まだ1年ゆうがあり逆転の余地があるとはいえ、下位クラスは厳しい。そして3年生も似たような状況だ。2年ほど圧倒的ではないにしろ、ほりきた兄が所属するAクラスが一度もトップを譲ることなく、ひた走っていると聞いた。

 少なくとも現在Dクラスに沈んでいる2年、3年のクラスは、逆転の目はほぼ無いに等しい。ウルトラC……クイズ番組の最終問題でこれまでの点数がひっくり返るような仕掛けでもない限りは無理だろう。

 まだ全体像がつかめていない1年生はさておき、退学になっても構わないと考える生徒はまずいないと思われる。

 戦いに敗れて退学した生徒を、進学先や就職先が歓迎してくれるとは思えない。

 責任者による連帯責任の制度などは、あくまでも抑止力のためのもの。

 強引な方法で退学者を出させないために作られたルールだ。が、それでも警戒心を持つことは大切だ。退学しても構わないと思う生徒が存在する可能性もあるし、万が一責任者が退学することになったなら、ようしやなくだれかを道連れにするだろう。

 つまり責任者以外の生徒は1点でも多く良い成績を収め、道連れの対象外になっておく必要がある。そして責任者のうらみを買わないことも大切だ。

「俺を抱え込もうなんて大したもんだぜひら。だが、話がまとまることはないようだな」

 そう、このグループ決めは反対者が出る限りグループは絶対1つにはならない。

 平田が説得したところで、どうたちは絶対に首を縦に振らないだろう。

「なあけいせい。少数精鋭も相当リスキーじゃないか?」

 残ったメンツを見てあきつぶやく。

「……思った以上にな」

 それは啓誠も感じているようで、あきれたようにため息をつく。

 Cクラスで残った5人は、オレと啓誠に明人、博士はかせおにづか、そしてこうえんだ。

 博士と鬼塚は平田グループに入りたそうだったが、単純に人数オーバーであふれた形。高円寺に関しては万年マイペースというか、話に参加している素振りすらない。

 この5人で固まりたいと主張することも出来るが、残る10人グループは2つ。つまり他クラスも同じような手を打つことは出来ない。

 しかも積極的に責任者の役割を務めようとする生徒はほとんど残っていないため、時が止まったように生徒たちの動きが硬直化する。

「俺はりゆうえんとさえ同じグループでないならいいぜ」

 Bクラスの生徒の一人が、そう言って一歩主張をしてきた。

「俺も龍園は避けたい」

 隣にいるけいせいも同意見のようで、だれもが龍園と組むことだけは避けたいようだった。何をされるか分かったものじゃないということだろう。

 唯一、グループを組める可能性のあったいしざきたちも、今や龍園が遠ざけている状況だ。屋上での騒動に直接かかわっておらず、龍園に悪い印象をあまり抱いていない可能性のあるしいひよりは、女子のためこの場に影響を与えることは出来ない。

「簡単には決まりそうにありませんね」

「Dクラスのグループに入れてもらうことが、一番の最善策だ」

「そう出来ると良いんですが、今はどうにも難しい状況でして」

「……なかたがいした、といううわさは聞いた。だが、それを安易に信じられる材料は少ない」

 かんざきが、いや、この場のほぼすべての生徒がそう疑うのは無理もない話だ。Dクラスは龍園を意図的に遠ざけ何かをさせるつもりである、という状況に見えているだろう。

「神崎くん。僕は本当に龍園くんが困っているなら何とかしてあげるべきだと思う」

「何とかする、というのはBクラスやCクラスで龍園を助ける、ということか?」

「うん」

「Dクラスが救われても、それは2つのクラスを犠牲にするということでもある。結局のところリスクをてんびんにかければ、招き入れるのは得策じゃないだろう」

 神崎が正しい。どこかが龍園を受け入れることでリスクを負うのなら、それは本来所属するクラスが負うべきものだ。自ら必要のない苦労を背負う必要はない。たとえかねや石崎たちが嫌がっても、他クラスに押し付けるほうが無理難題なのだから。

 もしこれがペアの勝負であれば、恐らくひらは迷わず龍園と組んだだろう。だが、今回グループは10人以上の生徒から形成される。1人の善意だけですべて決められるものじゃない。

 それから不意に訪れた沈黙は、このグループ決めが思いのほか長引きそうなことを暗示していた。龍園をはいじよし、結果的にすぐに作ることが出来た3つのグループ内からも疑心暗鬼のようなものが生まれてきたようだった。


    3


「ひとつ提案させて欲しい。今問題になってるのは龍園の存在で、龍園がどこに入るかでグループの結成がめているんだろう? だったら、りゆうえんを引き受ける代わりに俺がそのグループの責任者になってもいい」

 そう発言したのは、そばで状況を静観していたあきだった。言葉を続ける。

 ただ、だれも受け入れたがらない龍園を受け入れると表明するも、不審がられる。

「何を企んでんだよ」

「簡単な話だ。見返りに1位を取った時の成功ほうしゆうも多くもらいたい」

 反発の声がなかったわけではないと思うが、龍園を抱えることの方が危険度が高いことは全員分かっている。ただ明人の場合報酬目当ての行動とは思えなかった。誰も龍園を引き受ける生徒がいない以上、何かしら引き取る理由を付けただけのように見えた。

「どういう提案だ。もし責任を取らされることになったとき、誰か道連れにする気なんじゃないのか」

「露骨に足を引っ張らなきゃ、そんなことはしない。そもそも出来ないルールだろ」

 明人のハッキリとした物言いに、仮グループのメンバーは黙り込んだ。

 こうしてきよくせつあったが、ついに1年男子が6つのグループに分かれることになる。

 そしてオレのグループも同様に決定する。


 Cクラスからは『こうえん』『けいせい』『オレ』の3人。

 Bクラスからは『すみ』『もりやま』『ときとう』の3人。

 Aクラスからは『ひこ』と『はしもと』の2人が。

 そしてDクラスは『いしざき』『アルベルト』の2人。合計10人のグループ。


 同じクラスの生徒で大半を固める4グループとは明らかに異質だ。

 とは言え、それは明人が率いることになったもう一つのグループも同じか。

 しかし、オレの入ったこのグループにはこのグループで問題が残っている。

 それは唯一責任者が決まっていないことにあった。積極的に責任者を望むような、リーダーシップを発揮するタイプの生徒は誰一人としてこのグループ内にはいないように見える。

 率先して話をまとめる人間も不在のため、グループ内には何とも言えない空気が充満していた。ともかく、今はグループ結成の報告を学校側に報告するのが先だ。責任者の選定はその後でもいい。6番目のグループとして、オレたち10人は報告へと向かう。

「龍園は避けられたものの、ちゃんとした平均点を取れるかは怪しいグループだ」

 啓誠の不安そうな言葉。Cクラス以外の生徒は正直、優劣が良く分からない。オレとしては石崎やアルベルトと同じグループになることは避けたかったが、この際仕方がない。

 石崎は露骨にオレを避けるように視線を向けてこないが、それで第三者が何かに気づくということはないだろう。単に眼中にない、という印象しか受けない。

こうえんも問題児だしよ」

 真面目にやれば学力も身体能力も申し分ないが『真面目にやれば』という限定付き。

「いくら高円寺でもマイナスを取るはしないんじゃないか? 道連れにされたらおしまいだからな」

 のらりくらりと平均以上には点を取ってくれそうな気がするが。計算を立てさせてくれるような存在ではないことだけは確かだ。

 高円寺がやる気を見せないようであれば、どうなるかは予測がつかない。

 報告を終えたところで、先に外へ出たはずのAクラスを中心としたグループが残っていたことに気づいた。最初は残り5グループの編成がどうなったかを探るためかと思ったが、どうやらそうではないらしい。2年生や3年生の生徒の姿もあったからだ。何より、2年の中では圧倒的存在感を放っている、生徒会長ぐもみやびの姿もあった。

 1年全員がグループを早々に作り終えたのを確認し、声をかけてきた。

「もう少し時間がかかると思ったが、意外に早かったな」

 2年や3年も、ほぼすべての小グループを結成し終えたようだ。

「おまえたち1年に提案がある。これからすぐに大グループを作らないか?」

「南雲先輩。それは今日の夜に決めることじゃないんですか?」

「それはすぐに小グループがまとまると思っていなかった学校側のはいりよ。偶然にも全学年が小グループを作り終えたんだ、このまま移行してしまったほうが得だろ?」

 教師サイドにしても、こうなることは想定範囲外ではあったようだ。

 大グループを作る動きが出たことを察知した教師たちが慌しく動き始めた。

 生徒会長直々にそう提案されて、他の生徒たちに断れるはずもない。

「構いませんよね、ほりきた先輩」

「ああ。こちらもそのほうが都合がいい」

 そんな短いやり取りが行われた後、南雲を中心に話が展開されていく。

「どうスかね。ドラフト制度みたいなので決めるのも面白くありませんか。1年の小グループの中から代表者6人がじゃんけんして、指名順を決める。勝った順に2年と3年の小グループを指名していけば、大グループの完成です。公平かつ短時間で決まりますよ」

「1年の持つ情報量は少ない。公平性に欠けていると思われる」

「公平に決めることなんて不可能です。結局持っている情報に差はあるんですから」

 南雲と堀北兄との短いが重要なやり取り。1年に口を挟めるはずもない。

「1年はどうだ? このやり方に不満があるなら言ってくれ」

 言い返せないと分かっていながら、南雲はそう聞いてきた。

「僕らとしては異論はありません」

 Aクラスのまとが、1年を代表するように答えた。

「そうか。だったらすぐにでも始めようか」

 ぐもは一度笑みを見せると、自らの作り上げたであろう小グループに合流する。そして2年生と3年生は分かりやすく6つのグループに分かれて見せた。

 1年の中で5つの小グループからは責任者がそのまま話合いの場に出てくる。

 そんな様子を見て、南雲は子供でも見つめるかのように穏やかな顔をしていた。

「あとそこのグループだけだ」

 オレたちの小グループだけ責任者が決まっていないため動きがなく、率先してじゃんけんに加わろうとする生徒はいない。オレはさとられない程度に、けいせいの背中を軽く押す。一瞬げんそうな顔をしたが、啓誠が仕方無さそうに手をげた。

 小グループの代表者6人が集まり、円を描くようにしてじゃんけんを始める。

 結果啓誠は4番目に上級生のグループを指名することになった。

 指名1番目はAクラスの的場中心のグループ。2番目はCクラス中心のひらのグループ、3番目はかねを代表とするDクラスを中心としたグループだ。

「どのグループを選ぶか、相談しあってもいいからな」

 指名の目玉と言えるべきグループは、2年Aクラスのリーダーにして生徒会長南雲の滞在する南雲グループ、3年のほりきた兄を中心としたグループの2つか。ただ、平田のように学年を超えて知り合いや友人の多い人間なら、パッと見は分からない隠れた優秀なグループも見抜けるかも知れない。

 1番であるまとは迷わず3年生、ほりきたまなぶが属する小グループを選んだ。それを受け、2番手のひらはジッと11あるグループを一つずつ観察して行く。

 そして出した結論は、もう一つの目玉グループではなかった。

 オレの知っている人間が皆無の3年生グループ。

「おい平田、本当にそれでいいのかよ。生徒会長とかのグループがいいんじゃねえの?」

 そういけが口を挟むのも無理はない。

「うん。これでいいんじゃないかな。優秀な人たちは魅力的だけど、その分抱える問題は必然的に大きくなるし。それに僕が選んだグループの先輩たちも負けてないよ」

 そう言って自信有りげにうなずいて見せた。

 平田がそう判断したのなら、と池も深くは食い下がらない。これまで培ってきた信頼の大きさだろう。次いでDクラスのグループ。かねはクラスメイトに相談、というよりどのグループを選ぶかの希望を伝える。反論が出なかったようなので、すぐに指名に入った。

「こちらは2年生のごう先輩のグループでお願いします」

 またもぐものグループは選ばれず、違うグループを指名した。

「どうして南雲を避けたんだろうな」

 素朴な疑問をオレがつぶやくと、そばにいたあきが補足してきた。

「そりゃ、南雲先輩以外のメンツが微妙だからだろ」

「そうなのか」

「まぁ全員微妙ってわけじゃないが、CクラスとDクラスが多いな。2年のAクラスが多いグループは金田が指名した」

 つまり金田も無意味に南雲を避けたわけじゃないということか。それどころか、手堅く強力な仲間を選んだということになる。

 ただ、気にかかるのはどうして南雲がAクラス中心のグループを形成していないかだ。もちろん南雲が2年全体を掌握しているのは知っているが、それでも自身のクラスで固めておく方が試験は手堅いはずだ。そして4番目、けいせいの出番がやってくる。

「俺が決めていいのか?」

 啓誠がグループに対して素朴な疑問を投げかける。

「俺は別にどこでもいい。どうせわかんねーしな」

 いしざき以下Dクラスは啓誠に任せるようだ。Aクラスも特に意見を出さない。意見を言っていなかったBクラスだったが、考えた末に結論を出す。

「南雲先輩のグループを選んでくれ」

 メンバーこそCクラス、Dクラスが多いらしいが、生徒会長である部分を高く評価したのだろう。その意見を受けけいせいぐもの率いるグループを選択した。その後も話し合いは続き、2順の選択が終わる。やがて6つの大グループ分けが完了した。

ほりきた先輩。偶然にも別々の大グループになったことですし、一つ勝負をしませんか」

 そんな南雲の提案に、堀北は鋭い視線を向けた。

 一方で3年生周辺からは、ややあきれたため息のようなものが漏れ聞こえてきた。特別試験を前に、苦言を呈する形で3年生のふじまきが一歩前に歩みを進めた。以前、体育祭の時にも仕切っていたことからそれなりの発言力を持った生徒であることが分かる。

「南雲。これで何度目だ、いい加減にしろ」

「何度目とはどういうことでしょうか? 藤巻先輩」

「おまえがそうやって堀北に対して勝負を挑むことに、これまで口出しすることはしてこなかった。だが今回は1年を含めた規模の大きな特別試験だ。おまえ個人のオモチャにするような行為を認めるわけにはいかない」

「どうしてッスかね。この学校では1年も3年もありませんよ、だれが誰に対して宣戦布告することもおかしな話じゃないでしょ。特別試験のルールブックにも禁止とは書いてなかった」

 たいの大きな藤巻相手にもひるまず、それどころか南雲は挑発行為を続ける。

「基本的なモラルの話をしている。書かれていなくともやっていいことと悪いことがある、当然のことだ」

「俺はそうは思いませんけどね。むしろ同じ学年の争いだけを望んでいる先輩たちこそ、在校生の伸びしろを阻害する邪魔者じゃないスか?」

「生徒会長になったからといって、何でも許されるわけじゃない。おまえこそ越権行為だと自覚しろ」

「そう思うなら自覚させてくださいよ。なんなら藤巻先輩も相手にしましょうか? 一応3年Aクラスのナンバー2ッスよね」

 ついで、という扱いを露骨に見せながら南雲は横柄な態度でポケットに手を入れる。

 安い挑発ではあったが、一部の3年生にとってはくつじよくに映ったようだ。数人の生徒が前に出ようとしてくる。しかしその動きを堀北が制止する。

「俺はこれまでおまえの要望を断ってきた。それがだか分かるか?」

「そうッスねぇ。友人たちは俺に負けるのが怖いからじゃないか?と言うんですが、流石さすがにそれはないでしょう。堀北先輩は俺が見てきた人間の中でも最も優れた人だ。負けることを恐れたりしないし、そもそも負けるなんて思っちゃいない」

 南雲の言葉に耳を傾ける2年には、どこか南雲を崇拝するような様子さえ見られた。

 友人、恩人、そんな視点だけじゃない。ライバルでもあり嫌いな相手でもあり、そして尊敬する相手でもある。とにかく様々な感情が南雲に向けられている。

 学校に入ってからの2年間で、この男は常人には出来ない方法で多くのことをげたのだろう。それがどれほどのものであるかを3年生すら理解できていない。1年には、更にわかりようがない。

「単純にふじまき先輩と同じ。無益な争いを望まないからッスよね」

「おまえの好む争いは他人を巻き込みすぎる」

「それがこの学校のやり方であり、だいだと思うんですが……。まぁ見解の相違ですね。何にせよ、俺は体育祭のリレーでなら、逃げ場のない勝負が先輩と出来ると思ったんですが、惜しくも実現しませんでした。こっちは欲求不満のままなんですよ」

「2年と3年で勝負することに意味のある試験だとは思わない」

「そうでしょうね。先輩はそういう人だ。だけど俺は、あくまでも元生徒会長と現生徒会長の個人的な戦いを希望しているだけです。あなたはもうすぐ卒業していなくなってしまう。その前にあなたを超えることが出来たのかどうか、それを試したいんスよ」

 かつぼうまないらしく、ぐもの要求はとどまることを知らない。

「何をもって勝負とするつもりだ」

 一瞬3年生が驚いたような気配を見せた。ほりきた兄が南雲からの挑戦を受けそうな流れだったからだ。

「どちらがより多くの生徒を退学させられるか、というのはどうですか?」

 南雲の一言に、1年と3年からどよめきが起きた。

「冗談はよせ」

「面白いと思うんですけど、今回はやめておきましょう。真面目に提案させてもらうなら、どちらのグループがより高い平均点を取れるか。シンプルですが分かりやすいかと」

「なるほど。それならば受けても構わない」

「ありがとうございます。先輩なら引き受けてくれると思ってましたよ」

「ただし、あくまでも俺とおまえの個人的な戦いだ。他を巻き込むな」

「巻き込むな、ですか。しかし特別試験の方法からしても、相手グループの足を引っ張るよう仕向けるのはひとつの作戦だと思うんですが」

「それは試験の本質とは程遠い。あくまでもグループでの結束力を問われるもの。間違っても相手のグループのすきを突き、かき乱していくものではない」

「……つまり、どういうことなんだ?」

 いしざきが、なんとなくけいせいに聞いてきた。

「正々堂々と実力勝負する以外には認めないってことだろう。分かりやすく言えば、りゆうえんみたいな、相手をとす戦略はなしにしろってことだと思う」

「……なるほど」

 2人の小さな会話をに、堀北兄と南雲の会話は続く。

「俺の言った条件がめないのなら、この話を受ける気はない」

 ほりきた兄が否定するのは相手をおとしいれる行為。

 恐らくぐもが得意とする工作を封じようというねらいだ。

「勝つために堀北先輩のこまを攻撃する方法はなし、ということですね。それでいいスよ」

 悩むかと思われたが、南雲は意外にもすんなりと応じた。

 しかし堀北兄は更に言葉をつなげる。

「こちらのグループに限らずだ。他の生徒を転がすようなやり方は認めない。おまえが何かしらに関与したと判明した時点でこの勝負は無効とする」

「さすが先輩。見逃してはもらえませんね。堀北先輩のグループ以外に協力を求めて、攻撃を仕掛けさせる、という手も考えていたんですが……」

 そう言い、不敵に笑う。

「分かりました。勝負を熱望しているのは俺だけのようですし、ある程度の条件は呑みます。あくまでも正々堂々、どちらがよりグループの結束力とやらで高い点数を取るか。その勝負をしましょう。先に言っておきますが、勝った負けたにペナルティを設ける必要はありませんよね? あくまでもプライドだけをけた戦いということで」

 その点に関して、堀北兄は肯定も否定もしなかった。

 恐らくプライドすら賭けるつもりはない、ということだろう。


    4


 長い前座が終わり、オレたちの小グループは南雲に呼び止められる。

「先輩たちはいなくなったが、少し時間をもらおうか。おまえたちは責任者が決まってなかったみたいだからな」

 南雲の指摘に、けいせいが少し慌てたように応対する。

「え、どうして分かったんですか」

「じゃんけんをするように言った時、明らかに動きがおかしかったからな。もしグループが出来た段階で責任者が決まってたのなら、そいつがすぐに出てきたはずだ。ところが、あの時おまえらともう一つのグループだけが反応が遅かった。もうひとつ言うなら、責任者の決まってないグループは3クラスか4クラス混合のバランスグループだろう」

 1年の一人一人までは知らないであろう南雲だが、推理によってグループがどのように分けられているかを言い当てる。

 それほど難しい推理ではないとは言っても、だれもが気づけることじゃない。本当にわずかに遅れただけのこと。事実オレは、啓誠の背中を押してすぐにじゃんけんに参加させた。話し合いを持てば責任者不在がバレる。そういう弱みになりうる要素を自らていする必要はないと思ったからだ。そんな試みも無駄に終わってしまったが。

「責任者は後で決めても構わないそうなんですが」

「そうだな。だが1年の責任者がだれか俺たちもあくしておきたい。それに責任者には、少しでも早く果たすべき役割に気づいてもらいたいんだよ。後になればなるほど、責任者としての自覚が遅れる上に、押し付けられた不安がのしかかってくる」

 どこまで的を射ているかは微妙なところだが、ぐもがこの場で責任者を決めさせたいのは間違い無さそうだ。

「……どうする?」

 オレを除き、大して仲良くもないグループに声を投げかけるけいせい。啓誠自身も、こうした進行を務めるようなことはしたくないだろう。

「決め方は何でもいい。この場で責任者を決めてくれ」

 生徒会長直々の指示とあれば、不良を気取るいしざきやアルベルトにも反論の余地はない。

「立候補なんて誰もしないだろ。これもじゃんけんでいいんじゃないか」

 石崎がやっつけで言い、握りこぶしを出す。その流れに乗るようにオレも出した。

 9人、9つの拳が円を作るように並べられる。

 あと一人、足りない。じゃんけんの手を出そうとしていない生徒がいる。

「おいこうえん

 やや離れた位置で窓の外を見つめる高円寺に声をかける啓誠。

 しかし高円寺はこちらを見ようともしない。

「そこの金髪、早くしろ」

 2年の中から、ちょっとした怒気を含んだ声が飛ぶ。

 それで高円寺もやっと自分が呼ばれていることに気が付き振り向いた。

「フフフ。私の髪は目立つ美しさだろう?」

「なに?」

 じゃんけんに関する言葉じゃなく、あくまでも髪に反応しただけ。

「高円寺、真面目にやれよ」

「真面目とはなんだね。じゃんけんに参加することが真面目なのかな?」

「1年……高円寺、って呼ばれてたな。おまえ、俺たち上級生をめてるのか?」

 当然、目を付けられる。そんなことは最初から分かりきっていたことだ。

「舐める? いいや、私は何も舐めてなどいないさ。私は最初から君たちには何の興味もないよ。安心したまえ」

 他人を舐める行為はしていない、そう答えたつもりだろうが完全に逆効果だ。

「私はじゃんけんには参加しない。責任者とやらに興味がないのでね」

「興味がないのは俺も、他のヤツも同じだ。ただ、そうするしかないだろ」

 あきれながらけいせいがそう説得するが、こうえんは全く応じる様子がない。

「おかしなことを言うねボーイ。興味がないのなら、参加する理由は無いだろう?」

「いや、そういうルールなんだよ」

「それはグループ内のだれかが責任者にならなければならない、というルールだ。なら私以外の誰かがなればいい」

「ふざけんなよオイ。この場でそんな勝手が通るかよ」

 一度りゆうえんまじえ、高円寺とめたことのあるいしざきが突っかかるように詰め寄る。

「フフフ。なら私を勝手にグループの責任者にでもしておけばいいんじゃないかな?」

 そう言い高円寺は前髪をかき上げた。

 その思わぬ提案に、石崎の動きも止まった。

「じゃあおまえにやってもらうからな。いいんだな」

「責任者を私に押し付けるのは自由だ。いちいちそれに反論するつもりもないさ。不在のままであればグループが罰を受けるのだろう? それが怖いのならそうすればいい」

 だがこの後高円寺に続けられる言葉に、この場の全員が呆れることになる。

「私はやると決めたことはやる。しかし、やらないと決めたことは絶対にやらない。つまり誰がじかだんぱんしてこようともその意思が揺らぐことはない、ということだよ。当然責任者としての責務も果たさない。試験すらボイコットするかも知れないねぇ。結果平均点を下回ることになっても、誰を道連れにしてしまうことになっても、だ。オーケー?」

「……それは……んなことすれば、テメェも退学だろうが!」

「フッフッフ。そうなるねえ」

 まるで退学を恐れていない。そんな態度を見せる。

「しかし、本来このような話は愚問なはずなのだがね。仮に私がすべての試験で0点を取ったとしても、君たちがふんとうすれば平均点がボーダーを下回ることはまずない。堂々としていればいいのだよ」

 そう言って高円寺は髪をかきあげた。だがボーダーを下回らない保証はなく、話には一切の根拠が無い。それほど厳しい試験じゃないという高円寺の勝手な読み。あるいは参加したくないがための出任せに過ぎない。が、高円寺の異質さは十分に伝わっただろう。

「なんつーヤツだよ。こいつ頭おかしいんじゃねえか」

 そう石崎が一歩引きながらつぶやくのもうなずける。

 しかし、オレはこの高円寺の会話に一つの矛盾点を見つけた。とは言え、この場にいる石崎たちには、絶対にその矛盾点に気づくことは出来ないだろう。なら高円寺の態度そのものにうそはないからだ。

 もし高円寺が意図的にその矛盾を作り出しているのだとしたら……。

 それを確かめるには試験当日を迎えなければならない大きなリスクがあるが。

「どうせ0点なんて取る勇気ありはしねえよ、押し付けちまおうぜ」

 出来ることなら面倒かつリスキーな責任者を、強引にこうえんに押し付けたいだろう。もちろん、他クラスにしてみれば2倍のポイントを得るチャンスを失うことになり、道連れを食らう可能性もあるため複雑なところだろうが……。しかし高円寺が本当に0点を取る行動を取れば、その時は悲惨な末路が待っている。

めとけいしざき。そんなことすればおまえが道連れを食らうぞ」

 敵に塩を送るような形で、はしもとが石崎を抑える。

「けどな……くそ、ゴネ得が許されるなら、俺だって絶対やらねーからな」

「ま、そうなるわな」

 あきれながらも橋本は納得するようにうなずいた。

 このグループが一位になれるとは、だれも思っていない。だから責任者を自らやりたがる生徒など、基本的には現れない。

 もしかしたら、オレたちのグループは想像以上に苦しい状況に置かれるかも知れない。このまま最後まで高円寺が高円寺のままであれば、かなりの点数が失われる。得られるはずの『最低点』すら入ってこないのは2年や3年にとっても大きな計算外の事態だろう。

 だがこの高円寺の異常な態度に、割って入る存在が現れる。

「おまえのうわさは俺の耳にも届いてるぜ、高円寺」

 意外も意外な人物……高円寺と接点のなさそうなぐもが、興味深いものを見つけたように近づいてきた。普段かかわり合うことのない2人。

「私も君のことは知っているよ。新しく生徒会長に就任した人物だろう?」

 生徒会長相手にもおくすることなく、いつもの高円寺が応対する。

「ふざけた態度をとるのはおまえの勝手だけどな、本当に退学しても構わないと思ってるのか?」

 弱みを見せない高円寺に対して南雲はそう問いかけた。

 そして言葉を続ける。

「この学校は厄介な制度がある。にもかかわらずおまえは今日までのらりくらりとそんな態度でやり過ごしてきた。それは学校を卒業するためだ。なのに、ここで責任者を押し付けられるリスクを平然と背負い、しかも試験をボイコットする? うそだ。おまえは単にAクラスに上がる努力をしたくないだけで、この学校をめるつもりなんてないのさ」

「フフフ。中々面白いことを言うねぇ。どうして嘘だと言い切れるのかな?」

 恐らく正解だ。高円寺は入学して間もない頃、Aクラスを目指す意志があるのかをクラスから問われた時に答えたことがある。興味ない、と。ただ学校を卒業するだけだと。

 退学にはなりたくないが、上を目指す必要はない。オレがこの学校に求めているものと酷似している。つまり試験に対して適度に手を抜いても問題ないスタンス。だから強気。

「おまえの顔にそう書いてあるのさ」

 ぐもがからかうように言うと、こうえんは愉快そうに笑った。

「ブラボーブラボー」

 パン、パンと拍手する。そして南雲の適当な理由に対して素直に答える。

「責任者になりたくなくてついうそを言ってしまった。訂正させてもらおうかな。私はAクラスを目指すつもりはないが、退学になるつもりもない。つまり、このままのらりくらりさせてもらえるのが一番だと思っているのさ」

 白状するかのように、高円寺はそう答えた。

 それに全員が納得するかのように思えたが、南雲はそうではなかった。

「Aクラスに興味がない、か。それも嘘だな?」

「おやおや、私は既にライアーな存在にされてしまったかな?」

「嘘でないなら、ちょっとした不明点が出てくるぜ高円寺。おまえは現時点で、Aクラスで卒業するための確実な方法を手に入れているんじゃないのか?」

 にわかには信じられないようなことを、南雲が言った。いしざきやオレたち1年が驚いただけじゃなく、2年や3年にも同様の驚きが走った。

「ほう? なかなか興味深いことを言うねえ君は。良ければそのロジックを聞かせてもらえないかな」

「いいのか? 俺がここでそのロジックを説明すれば、おまえのその『確実な方法』は使えなくなる。いや、使えなくするぜ?」

「フフフ。構わないさ、私は君が私の考えを読んでいるのかどうか、それが知りたくなったのさ」

 南雲からの追及に高円寺はひるむどころか、うれしそうに笑った。

「2000万ポイントを使いAクラスへと昇級する。だれもがそれを一度は作戦として考え、そして実行しようとする。実際にはそれだけのポイントは簡単にはめられないようになってるんだが、それでもけして不可能な話じゃない。おまえは入学早々、3年生が卒業時に残ったポイントがどう精算されるのか、まずそれを探ったのさ」

「続けたまえ」

「卒業時、プライベートポイントは学校の外でも使えるよう『現金化』される。その価値は当然ポイント時よりも落ちるが、破格の制度であることに変わりは無い。おまえはその現金化される価値よりも高くプライベートポイントを買い取るつもりだったんだろ?」

 南雲の説明を受け、当然周囲は動揺、驚きを隠せない。

 指摘を受けた高円寺は満足そうにうなずき口を開いた。的確な言葉に高円寺も答える。

「その通りだよ。私は入学直後にその結末を知り、真理に辿たどいた。在学中どれだけ地に落ちようとも、最終的、かつ合法な手段でプライベートポイントを手に入れれば、あつなくAクラスで卒業できるとね。そしてあまりに簡単に攻略法を思いついてしまったものだから、急激に学校が退屈になったものだよ」

 金持ちだからこそ出来る、ミラクルな一手、ということか。

 Aクラス行きをあきらめた生徒、あるいは既に勝利が確定した生徒、そして卒業が近づいた生徒からプライベートポイントを高く買い取る。学校卒業後にポイントを買い取る保証があれば、多くの生徒が譲渡したとしてもおかしくはない。

 しかし通常であればその点が極めて難しい。

 仮に現金と同じ価値で買い取るとなれば2000万円。高校生の一存で用意できるものでもなければ、払うといっても信用してもらえるような話では到底無い。

「幸いにも私は、この学校に入る前に企業のホームページで、次期社長として顔写真やプロフィールを載せていたからねえ。数千万動かすだけの力は簡単に持っているのさ。信用してもらうのは比較的簡単だったのだよ」

「ああ。実際2年の中には、おまえにポイントを売る予定だった生徒が何人もいた。3年生の中にもかなりの数がまぎれてるだろ。口止めしてたようだが、2年の中には俺に対して全幅の信頼を置いてくれている生徒も少なくない。おまえの口車に乗ってもいいのか相談してくれた生徒もいたのさ。もちろん、俺はひとつの案として賛成しておいた。リスクがないわけじゃないが、おまえは相当な金持ちらしいからな。だがそれも今日までだ」

 そう言ってぐもは2年、そして3年へと視線を向ける。

「実際に金持ちだろうと、見ての通りこうえんは信用できる男じゃない。必要とあれば平気でうそをつく生徒だ。間違ってもプライベートポイントを売買しないほうがいい」

 そう言って、更に一言付け加える。

「念のため、このことは俺から学校側に上げておく。プライベートポイントを卒業前に買い取るなんていうのは、恐らく本来認められるべきことじゃないからな」

「構わないさ。私はあくまでもAクラスに上がるための準備をしていただけで、実際にそれを実行するかどうかは決断していなかったからね」

 あくまでも高円寺は、一つの作戦として想定していただけに過ぎないらしい。

 しかしとんでもない話だ。まぁ、現実に2000万なんて大金を用意することが出来なければ、高円寺以外の何者にも実現出来ない唯一無二の戦略だしな。

「……変なヤツだとは思ってたが、領域外からの一手か。お見事だな」

 はしもとが感心するような、あきれるようなつぶやき。

「その一手を自ら放棄するようなをして、高円寺はどういうつもりだ?」

 複数の視線が高円寺と同じクラスメイトであるオレやけいせいに向けられるがそんなこと分かるはずもない。いや、正確にはひとつだけ思い当たる節がある。

 それは高円寺にはAクラスで卒業する理由が無いこと。『学校を卒業すること』しか求めていないこうえんにしてみれば、仲間と協力し合うことの無意味さを感じているはずだ。

 攻略法を見つけたものの、無理して行使する必要はない。

 だからバレても問題なかった、ということか。あるいはまた別の攻略法を見つけることに楽しみをいだしたか。ぐもの高円寺に対する洞察力、情報は中々のものだった。

「高円寺が言いくるめられるところ初めて見たな」

 そんなけいせいつぶやきに、オレも同意しようと思った。

 だが……。

「しかし生徒会長。これで私はじゃんけんに参加する理由が明確になくなった。すべてをさらした上で、責任者を受けるつもりがないとだけ言っておくよ」

「……なるほどな」

 確かに高円寺にはある種の算段があったかも知れない。しかしスタンスは変わらない。

 むしろ算段という唯一の付け入るすきを自らていさせ放棄した。

 これで高円寺に、責任者を強引に押し付ける方法はなくなったとも言える。

 高円寺は超のつく金持ちで、万が一退学になっても先が暗くなるわけじゃない。そんな人間が退学を恐れるとは到底思えないわけだ。

 もちろん強硬策に打って出て高円寺を責任者にえることも出来るが、そんな勇気のある生徒はこのグループ内にはいないだろう。高円寺の道連れにされたらたまったものではないからだ。

「もうなんか、俺が引き受けた方がいいのかもな……」

 あきらめるように啓誠が挙手した。

 それを皮切りに、一度は他クラスの生徒も反応を示したが、グループの抱える生徒が高円寺、いしざき、アルベルトと一くせも二癖もある生徒であること、そしてその他のグループと比べて勝てる見込みが薄いことを理由に、競るように立候補してくる生徒はいなかった。

「決まりだな」

 南雲は責任者の決定を見届け、この集まりの解散を指示する。

 その後オレたちは学校側の指示に従いこの体育館を離れることになった。


    5


「これは……思ったよりもずっと古い感じだな」

 小グループ別に、寝泊りする部屋へと連れて来られた。部屋の中はそれぞれ、木製の2段ベッドが設置されているようで、人数に合わせてそのベッドの数が増減するのだろう。すぐに石崎が部屋の奥の2段ベッドへと歩いていき、上段に登るための梯子はしごを使って上へと上がった。

「俺はここにする」

「何勝手なこと言ってんだ。おまえだけズルいだろ」

 いしざきの先行した行動にひこがやや怒りを含ませながら言った。

「こう言うのは早い者勝ちなんだよ」

 石崎は鼻で笑い飛ばしながら横になろうとした。弥彦を見下ろしながら。

だれがどこを使うかは話し合いで決めるべきだ」

 勝手な行動をさせまいと、責任者になったけいせいも注意する。弥彦と同じように、石崎は聞く耳を持たないつもりだったのだろうが、啓誠の隣にいるオレと一瞬だが目が合った。極力視線を合わせないように無視していたんだろうが、どうしても同じグループ内だと避けきれない部分はある。

「っ……」

 一瞬の慌てるようなおびえるような石崎の変化。慌ててベッドから飛び降りる。

「話し合いって……具体的にどうやって決めんだよ」

 石崎の突然の心変わりに、啓誠が不思議そうに首をかしげた。

 どうやら啓誠からの注意を、オレからの注意ととらえたのかも知れない。だとしたらそれは、行き過ぎた被害妄想だ。ベッドの占有を早い者勝ちで決める、というのもおかしい方法ではないとオレは思ったからだ。もちろん、話し合った上でスムーズに決まるのなら、それに越したことはないが。

「フフフ。その場所が不要なら、私が遠慮なく頂くことにしようか」

 そう言ってこうえんが石崎の占有していたベッドの上に、跳躍して飛び乗った。

「おい何勝手やってんだ!」

 石崎が我に返り、上段でくつろぐ高円寺にえる。

 しかし相手は常識の通用しない高円寺。全く聞く耳を持たず、ものの数秒で既に自分の部屋のように快適に過ごしていた。

「ちくしょう、話し合いなんてやってられるか」

 高円寺を皮切りに一部の生徒がベッドを占有していく。石崎も高円寺と争うのをやめ、再び別のベッドの上段を取った。どの生徒にも共通することだが、優先的に上段から希望していく。唯一体格が大きく上段に上がることに苦労しそうなアルベルトは、文句も言わず石崎の下を確保して重い腰を下ろしていた。

 もはや話し合いで決めるなんて雰囲気ではなくなっていた。

「俺がいくしかない、か」

 そう言って啓誠は誰も取りたくないと思われる高円寺の下を確保する。周囲は気づきにくいが、誰もやりたくないことをやってくれる仲間がいるというのは意外と大きなことだ。ちなみに、結果オレも下段ベッドを使うことになった。上段は、Aクラスのはしもとだ。

「よろしくな。えーっと……」

 上段から手を伸ばし、あいさつを求めてきたが、こちらの名前が分からないらしい。

あやの小路こうじだ。よろしく」

はしもとだ」

 仲良くやっていこうという約束みたいなものを軽く握手で交わす。

 この日は、これ以降完全な自由時間となっている。そのため、グループとしての機能は果たさず、それぞれが好き勝手を始める。ひらのようなリーダーシップを持った生徒がいれば、ここから親密になるための一手を進めるのかも知れないが……。

 オレとしては他クラスの生徒と仲良くなる機会がなく残念なような、ちょっと面倒なやり取りがなくて楽なような、複雑なところだった。

「なー、素朴な疑問なんだけどさ。アルベルトって日本語しやべれるのか? 日本語は通じてるんだよな?」

 上段ベッドの橋本が、そんな風にいしざきとアルベルト本人に対して疑問を投げかける。

「当たり前だろ。なぁアルベルト」

 石崎が橋本に答えるようにして、上段から身を乗り出し下のアルベルトを見下ろす。

 しかしアルベルトは何も答えずじっと正面を見続けていた。

「……もしかして通じてねえのか?」

「同じクラスメイトだろ?」

 笑いながら橋本が言うと、石崎はちょっとムッとしたように付け加える。

「仕方ないだろ。普段はりゆうえんさんが指示してたんだからよ」

「龍園さん、か」

 石崎の何気ない『さん』付け呼び。しかし、今となってはおかしな矛盾を生み出す。

「おまえらとけんしてリーダーを降ろされたって話、本当なのか?」

「っせぇな本当だよ。今のは……つい前のくせが出ただけだ」

 グループの結束力を強めていくどころか、早くも腹の探り合いが始まりそうだな。龍園が一線を退いたという話は、だれもがそのしんぴようせいを疑っている。

 そんな早くも始まった争いを横目に、オレは建物の中を歩いてみることにした。


    6


 初日の食事、つまり朝バスを降りてから初めて女子たちと接触できる時間が来た。

 広い食堂は相当な人数を収容することが可能なようで、階段を上がれば1階を見下ろすことも出来る作りになっていた。目を通した資料では約500人を収容できる場所らしく、かなりの数の生徒でごった返している。

「携帯もないんじゃ、だれかと合流するのも楽じゃないな」

 恐らくほりきたけいはオレを探しているだろうが、オレはあえて動かない。この場合両者がオレを見つけてもその反応は真逆になるだろう。堀北は遠慮なくオレに声をかけてくるが、恵は見送る。こちらから探している素振りがない、つまり今は接触する必要がない、ということを理解しているからだ。

 初日は特に様々な生徒との接触が予想される。オレに多数のマークがついているとは思わないが、さかやなぎぐもといった生徒は目を光らせている可能性も高い。ひらたちが同伴していたとは言え、オレと恵が一緒だったところも南雲はあくしている。

 下手な接触は避けておきたいところだ。

 オレは単独で、他の連中が誰と接触しているかをある程度観察させてもらおう。

 ただ、その前にまずは食事だ。1時間という限られた時間は貴重だからな。

 食事のトレーを持って、一人腰を下ろす。

 通常の学校生活であれば学年別である程度エリア分けされそうなものだが、グループ分けされている今回に限ってはあらゆる学年の生徒が混じり合い、食事を取っている。グループで固まることが多いが、情報収集のために動いている生徒も少なくない。

 唯一女子と接触できる場というのも大きい。

 単純にカップル同士が仲良くできる限られた時間でもある。

「はあふううううう」

 近くで、ドーッと疲れたような、されど可愛かわいらしい声が聞こえてきた。

 1年Bクラスのリーダーを務める、いちなみだ。

 彼女の周りには男女問わず多くの生徒が詰め掛けている。

 オレは空いていた近くの席に腰を下ろし会話を聞かせてもらうことにした。

 こんな時、オレは比較的周囲には気づかれない自信がある。

「……自分で気配が薄いと自慢するのも情けない話だが」

 ともかく、近くに座っても一之瀬たちが反応することはなかった。

 まぁ、食堂には500人近い生徒がいる、いちいち周辺の生徒が誰かまでは気にしていないだろう。

「お疲れ様帆波ちゃん。大変だった?」

「にゃはは。大変じゃなかったかと聞かれると大変だったかなぁ。もっとすんなりグループが決まると思ったんだけどねー。める時は揉めるんだねえ」

「仕方がないよ。他のクラスは敵同士なんだし」

「でもさっきかんざきくんに聞いた話じゃ、男子の方は早々に決まったらしいよ」

「えぇ~ほんと~? 私たちなんてお昼過ぎまでかかったのにね」

 男子もけしてすんなり決まったわけじゃないが、女子の方は更に揉めたようだ。初日に授業がなかったのも教師がそれを予見していたためか。

「ねえ。もしかして今回の試験って、だれか退学になったりするのかな……?」

「絶対大丈夫、とは言えないよね。私たち1年生は今のところ退学者は出てないけど、油断しちゃダメだと思う」

 しっかりと危機感を持って、この特別試験に挑むことは出来ているようだ。

「もし道連れにされちゃったりしたら、どうしよう……」

「大丈夫だよちゃん。真面目に取り組んでさえいれば、そんなことにはならないから」

「そう、かなあ……」

「それに、もしもの時にはみんなで助け合えばいいだけなんだから」

 そう言っていちは落ち込む麻子をなぐさめる。

 メンバーの中では一之瀬が一番疲れていそうな様子だったが、気丈に振舞っていた。

「疲れたぁ」

 ぐてっとテーブルに上半身を倒す一之瀬。

 それが災いしてか、少し離れたところに座っていたオレに気がついたようだった。

あやの小路こうじくーん、やほー」

 一之瀬か、気がつかなかったな。なんて答えるのは逆に不自然さを生む。

 距離からしても十分に声が聞こえてきたことを踏まえると、素直に話したほうが良さそうだ。

「盛り上がってたな」

「女子はおしやべりすることが、パワーの源だったりしたりしなかったりするかも」

 よく分からないことを言いながら、いちは再びぺたっとテーブルに倒れる。

 普段気の抜けた態度を見せることがないため、ちょっと意外な光景だ。

「あ、こうしてちゃダメかな?」

 そう言って上半身を起こそうとするので、止める。

「疲れたときはそうやっているのが普通だ」

「ごめんねー。ちょっと不快にさせちゃって」

 全然不快じゃない。言葉には出来なかったので、心の中で言っておいた。

「よっぽど大変なグループになったんだな」

「今のグループになるまでが大変だった、と言うべきかな。女子は好き嫌いがハッキリしてるって言うか、あの子とは嫌って面と向かって言う子も少なくないから。その点男子はそういう個人的な感情はちょっと濁しがちな人が多いんじゃないかな」

りゆうえんは露骨に嫌われてたけどな」

「笑っちゃダメだけど、それはさすがに仕方がないよね。だけど龍園君もつらかったんじゃない? だれからも煙たがられるって体力使うはずだし」

 その考えは間違ってないが、龍園には当てはまらないだろう。背負うものがなくなったことでのんびりすごしているように見えたからだ。

「気負いすぎずにな」

 長居は無用だと判断し、オレは席を立った。

「大丈夫大丈夫。私元気だけが取り柄だからさ。またねあやの小路こうじくん」

 一之瀬はひらっと手を振りながら見送ってくれた。一日一時間、女子と接触する機会を設けている今回のルール。男女は互いに直接手出し出来ないが、明らかに情報共有を目的とした時間であることは想像出来る。

 恐らくこの場で情報を集め、指示をし、戦っていくことをねらいとしている。

 コミュニケーション能力にけ、そして信頼されている生徒が強いフィールド。

「全くの不向きだ」

 無人島の時と同じく、基本的な部分ではオレに出来ることはない。

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