ようこそ実力至上主義の教室へ 7.5

〇それぞれの過ごし方



 24日、イヴになった。

 今日と明日、カップルたちは忙しくも幸せな時間を過ごすことだろう。

 一方で、大半の生徒には関係のない一日かもしれない。

 だが、彼らにも等しくイヴの日は訪れているわけで、過ごし方には少し興味がある。

 オレは早朝、朝7時前という時間に部屋を出た。

 今日は不思議なことに、男と会う約束が2件もあった。1つはオレが声をかけ、もう1つは向こうからの誘いだったが、何とも奇妙なものだ。

 りようから外に出ると、あたり一面は真っ白になっており、本格的な冬を思わせる。

「こんな風に積もるものなんだな」

 自然の力っていうのは本当にすごい。

 空からは、まだしんしんと雪が降り落ちていたが、予報では7時にはむとされていたため、間もなくだろう。

 視覚的にも寒さを訴えかけてくるせいか、昨日と気温はほとんど変わらないはずなのに妙に冷えて感じた。そろそろ手袋やマフラーも視野に入れるべきだな。

 当然ながら、冬休みの朝7時前だとほとんどの生徒が寝静まっていることだろう。

「寒い」

 ケヤキモールから程近いベンチのそばには、当然人影は全くない。

 オレはベンチの雪を一通り払いのけてから、そこに腰を下ろした。

 降り続けていた雪がぱったりとんだ頃、その男は現れた。

「こんな朝っぱらから人を呼び出してんじゃねえよ」

 そう毒づいたのは、Cクラスのリーダーりゆうえんかける。いや、元リーダーか。

 鋭い目つきでこちらをにらんでくる。

「こんな誰もいない時間でもなければ、呼び出せないだろ」

「それはおまえの都合だ。俺には関係ない」

 龍園がそう毒づくのも当然だ。

 確かに龍園と2人で会うことを見られて困るのは、どちらかと言えばオレ。

 あらぬうわさ……ではないにしろ、余計な噂が立つことは避けられない。

「それで、この俺に何の用だ」

「世間話でもしようと思って。そう言ったらどうする」

「ハ。くそねむい朝にしちゃ面白い冗談だ」

 早朝とはいえ、こっちがリスクを負っていることを龍園は承知している。

 その話に意味がないとは最初から思ってもいないだろう。

「そういえば昨日おまえを見かけた。それに別のところでいしざきたちもな」

 龍園が宣言通りリーダーをめた証拠でもあった。

 フェイク、なんてことも不可能じゃないが石崎たちを見るにあり得ないだろう。

 そもそもオレに対してその姿を見せるメリットはない。

「おまえの狙い通りオレの退学をできたことがうれしかったか?」

「感心してたんだ。一人になったからって、部屋に引きこもってるわけじゃないんだな」

「俺がどこで何をしていようと俺の自由だ。それとも、俺を見るたび不安に駆られるか? いつどのタイミングで、リベンジを決意するか分からないからな」

「そしてその時に後悔する、か? おまえを退学にしなかったことを」

 龍園はオレが座るベンチのひとつ横のベンチに、足を乗せ雪を大胆に払う。

 それからどっかりと腰を下ろす。

「出来ればそれは遠慮願いたい。平穏な学校生活のためでもあるが、おまえを相手にするのは厄介だからな」

 龍園のやり口に付き合わされると必要以上に体力をしようもうする。

 根負けして、龍園の傘下に下っていった連中の様子が想像できる。

「だったら呼び出したりすんな。こうして出向いてやった奇跡を無駄にするなよ」

 余計な話はこれくらいにして、本題を切り出すことにしよう。

 下手にタイミングを見誤ればりゆうえんようしやなくこの場を後にする。

 それどころか、本当に屋上の続きが始まりかねない。

「先日の屋上の件で、話を少し補足しておこうと思ってな」

「補足だと?」

 何をいまさら、と龍園は思うだろう。

 特に敗戦の分析などされても気分の良いものではない。

 ただ、事実を伝えそこねていたことを報告しておくことは重要だ。

「あの場では英断だったな龍園。恐らくおまえ一人なら、まだ屋上で粘ってオレと戦うことも出来た」

 だがあの場にはぶきいしざき、アルベルトも同時にいた。そのことが龍園の決断を急がせる要因になったことも事実だろう。事態が悪化すればするほど、危険性が増す。

 最悪の場合、龍園ひとりの責任問題ではすまなくなる可能性もあった。

 その瞬間だけじゃなく、先まで見た上でのサレンダー。価値のある一手だ。

 もちろんそう仕向けたのもオレではあるが、期待に応えられるという意味では、やはり龍園のポテンシャルは高い。

「心底ふざけた野郎だな、どこまでも他人を見下す姿勢には恐れ入るぜ。俺の専売特許だと思っていたが、おまえにやられちゃ廃業だな」

「事実を伝えただけだ」

「そんなことを伝えるメリットは考えるまでもないな。いしざきたちを利用してまで俺の退学を止めた理由が関係している、そういうことだろ?」

 く流れを持っていければと期待したが、望み薄だったようだ。

「小手先のやり口で、まだ俺が動くと思ってるのか?」

「動く? どういうことだ」

「とぼけるな。俺を他クラスにぶつけようって話だ。そうでなきゃ俺をこの学校に残す意味がない」

 利用しないとなれば、りゆうえんの存在は邪魔にしかならない。

 自ら退学を選んだのだから放置しておけばよかった、と考えるのは容易か。

「やる気は戻らないのか? おまえは交戦そのものを楽しむ男だろ」

「たとえ俺がBクラスやAクラスをつぶしても、おまえが残ってたんじゃ意味がない」

 意味がない、とはずいぶんと言い切ったものだ。

「なんだ。一度の敗戦でそこまで心が折れたのか?」

 そう言うと、龍園は瞳にわずかながら怒りのような感情をともした。

「今ここで暴れてやろうか? お望みならな」

「ちょっと言い過ぎた。許してくれ」

 もしもぶきや石崎たちのことがなければ、オレは既に殴り飛ばされているだろう。

 この男は恐怖を知らなかった。

 そして恐怖を知った。

 だが、龍園はそれでもこの場で平然と立ち向かってくるだろう。

 恐れながらも前に進むだけのポテンシャルは十分に持っている。

 もちろんそれは、退学せず前に進み成長することを覚えるならの話だが。

「オレたちの間で一度決着はついた。今後屋上の一件は持ち出さない。今日この時が最後だと約束する。その上で話をしよう」

 もちろん口約束など龍園は信じない。

 あくまでも形式上、気休め程度の言葉。

「怪しいもんだ。これ以上話を続けても無駄だな。俺にとって有益な話が出るとは思えない、帰らせてもらうぜ」

 不快指数が上がったのか、切り上げようとする。

「そうとは限らない」

 立ち上がろうとする龍園を呼び止める。

 帰ろうとする素振りも、龍園にしてみればこちらの言葉を引き出す駆け引きのひとつかもしれない。

 何かあると思ったからこそ、朝早くにりようを出てきた。

 手ぶらで帰るつもりなど最初からないはずだ。

 りゆうえんは視線をこっちに向けることもなく座りなおした。

「今からする話をどうとらえるのもおまえの自由だ。ただ、この先シンプルな戦いが延々と続くのも面白くないと思わないか?」

 謎かけのような問いを続けるオレに龍園はいらった様子だったが、すぐ切り返してくる。

「シンプルな戦いだと?」

「DクラスがCクラスを倒し、Bクラスを倒し最後にAクラスを倒す。そしてめでたくほりきたたちはAクラスになる。物語の筋書きとしては王道でポピュラーなものだが、そんな様式美にこだわる必要性はないってことだ」

 これが王道のぼうけんかつげきなら、順当に弱い順にたたいて行くのかも知れない。

 だが、これはリアルだ。戦い方に順序なんてものは存在しない。

 Aから叩くのもBから叩くのも自由だ。敵であるCと組むこともありえなくはない。

「面白いことに、3学期からはAクラスはBクラスに仕掛けて出るらしい。相手の目がBクラスに集中している間に背後を取って、一気にAクラスを崩すことも出来る」

 そしてそれは龍園にとっても無意味な話じゃない。

「どこまで信用できる情報だそれは」

「さあ。五五分ってところか」

 さかやなぎがブラフをましている可能性も考慮はしておかなければならない。

 性格的な部分から読み取っていけば、九分九りん実行するだろうけどな。

「その情報が確かなら、かつこうのチャンスとも言えるわけだ。だがおまえらDクラスとBクラスは敵対しない協定を結んでると思ってたんだがな。Aクラスを叩くのはいいが、その間にBクラスがつぶれる。いちじゃ坂柳には勝てねえぜ」

「勝ち負けはどうでもいい。オレは手を出すつもりはない」

「見殺しか」

「一之瀬を潰してくれるなら手間が省けていい。Dクラスは労せずAクラスまで上がれるかもしれないな。それに坂柳なら退学者を出してくれるかも知れない。退学者が出た時のペナルティがどんなものかはそろそろ知っておきたいところだしな」

「色々と気に入らねえな。おまえは上のクラスを目指す意思がない。目立ちたくない心情の下に動いてるんじゃなかったのか」

「それは事実だ。だが周りが勝手に動く分には不都合はない。自動的にAクラスに上がれるのなら悪い話じゃないしな」

 その周りとはもちろん、AクラスやBクラス、そして龍園のことだ。

「おまえは何もせずに静観か?」

「片付けなきゃならない問題がある。ウチのクラスには厄介な存在が残ってるからな」

 その存在とはりゆうえんも良く知る人物。

 考えるまでもなく、その人物の名前が口から出てきた。

きようか。確かにおまえらにとっちゃ厄介だろうな。この学校の仕組み上、内側に敵がいるとそれだけで相当な制限を受ける」

 目の上のたんこぶは早めに処理したいのが、オレの素直な気持ちだ。

 Aクラスに上がることも、クラス内から退学者が出ることも今となってはそれほど気にめる必要は無いが、くしの場合は狙っている相手がほりきたなのが問題だ。

 こちらも屋上の一件でちやをした以上、元生徒会長堀北まなぶを敵には回せない。あいつの在学中に妹の堀北すずが退学するようなことがあれば、恐らくあの男はようしやはしない。

 オレの学校生活に黄色信号がともるのは避けたいところだ。

「先日も桔梗から俺のところに連絡があったぜ、いつ仕掛けるってな。あいにくと俺はおまえを追い詰めるのに夢中で相手にしてやらなかったが、テストで負けてからもたんたんと鈴音の退学を望んでまないらしい。クク、中々面白い女だ」

「櫛田をく利用すれば、ウチのクラスに打撃を与えることも出来るんじゃないか?」

「鈴音やクラスをたたくんだったら、この上ない好材料だがな。クラスのことに熱心じゃないおまえをつぶすには桔梗じゃ弱すぎる」

 オレに対して仕掛けるなら確かに櫛田じゃ力不足だ。

「どうするつもりだ? 薬で一時的に抑えることが出来ても、がんは切除しない限り完全になくなることはない。それどころか他の臓器にまで侵食して転移するぜ?」

 やがて臓器はくさて、死にいたる。

「その結論は既に出てる。議論の必要もない」

「ほう? 聞かせろよあやの小路こうじ。どうやって桔梗を完全に押さえ込む」

「答える必要があるのか?」

「おまえの望む展開になるかどうかは、その答え次第かもな」

 楽しむように龍園がわずかにだが笑った。

 だが口の中が痛んだのか、すぐに笑顔は消える。

 ちょっと寒くなってきた。この時期長い間外にいると身体からだが冷え切ってよくない。

「Dクラスは3学期にCクラスに上がる。だが、恐らくもう一度Dクラスに戻る──


なら───オレが櫛田桔梗を退学させるからだ」


「ク、クク。クハハハ!」

 痛みを無視して、りゆうえんが高らかに笑った。

「心底こえぇ男だなおまえは。肉を切らせてでも骨をつのか。使えないでも、この学校では切り捨てることが出来ない厄介なシステムが目白押し。それを分かっていながら退学させる気か」

 もちろん事はそう単純じゃない。

 退学にさせるだけの材料が現状ない以上、次回以降の試験内容にも左右される。

 それに気がかりな存在があるのも事実だ。

「いいぜ。やっぱりおまえはそうでないとなあやの小路こうじ

「納得できたか? 手を組まなくても協力し合えることはある。そう思わないか?」

「クク。きよう降ろしの話は楽しませてはもらった。だが俺がおまえの口車に乗って、ほいほいAクラスに攻撃を仕掛けるかは別の話だ」

「可能性はあると思ってるんだが」

「抜かせ。他の誰かとやり合うくらいならお前をる」

 わずかにこちらに向けられた視線には、活力が戻っているように見えた。

 恐怖を知り、それでもなお、龍園の目には光り輝くものがあった。

 互いの目と目がこうさくしあう。

「綾小路、おまえは強引にでも俺を利用するつもりらしいが、俺は戦うつもりはない」

「の、ようだな」

 意思は固そうだ。龍園は完全に表舞台から姿を消すらしい。

 あるいは水面下で動き続けるのか。

「龍園、ひとつアドバイスしておく。おまえの考えていたプライベートポイントにしつする作戦は悪くなかった。が、穴があるのも事実だ。1人2人勝ち抜けさせることは出来てもクラス全体を引き上げることは不可能だぞ」

ぶきのヤツがゲロったか」

「吐いたってほどじゃない。8億められるかどうか聞かれただけだ」

 それが龍園の実行しようとしていた作戦であることは、想像に難くない。その戦略に勝ち目が無いこと、それはこれまでの学校の歴史が物語っている。

 推定8億プライベートポイントを貯めることなど非現実的だ。

 オレは龍園一人が勝ち抜けるため、あるいは親しい者だけを引き上げるためにプライベートポイントを貯める作戦を遂行していると思っていた。

 屋上でプライベートポイントを手放そうとしたのは退学するからであって、在学を選択すれば水面下で再びプライベートポイントを集めに動き出すと踏んでいたのだ。

 しかし伊吹の様子から察するに、龍園はクラス全員を勝ち抜けさせる戦略として、プライベートポイントを集めていたと思われる。確かに暴君として存在するには、それ相応の見返りを用意しなければならないが、そんなものは最後の最後でにしてしまえばいい。明確にそうするなんて約束を、記録として残しているはずもないしな。

「それとも、8億をめると見せかけているだけか?」

 ぶきをもだましているなら、この話はこれで終わりだ。

「仮に、今おまえの手持ちポイントが尽きていても、Aクラスとの契約は残っている。1ヶ月80万ポイント入る計算で単純に考えても、残り25ヶ月。卒業までにギリギリ間に合う計算だ。毎月自分に入るプライベートポイントも加味すればもう少し短縮できる。それ以上欲張るな」

 それでりゆうえんかけるは晴れて制度にのっとり、Aクラスへと昇級。卒業できる。もちろんAクラスがたんしないことが大前提で、不必要な支出も避けなければならないが、難しい話じゃない。

あやの小路こうじ。お前は確かに頭がキレるし腕も立つ。だがそれでも完璧には程遠いようだな」

 冗談ではなく、龍園はあざ笑うように言った。だが虚勢を張る口調ではない。

 つまりそれは───8億を貯める方法がある、ということを意味する。

「お前にはクラス全員を引き上げる秘策があるとでも言うのか? 龍園」

「いいか。年間に動いているプライベートポイントはぼうだいだ。退学者を抜きに考えれば、各学年160人。3年全部を合わせれば480人。もし仮に1ヶ月10万ポイントを全員から搾取することが出来ればそれだけで4800万ポイント。月に20万ポイント以上なら1億にも届く」

 それを8ヶ月続ければ約8億。目標額に届くことも夢じゃないと?

 計算上は足りても、とても実行できるものではない。机上の空論にもほどがある。

 騙し騙されの戦略も、大量のポイントが動くとなれば学校からの監視も強まるだろう。もし奇策にハメて全生徒から一ヶ月搾取に成功しても、1億が関の山。やはり不可能だ。

 その1億すら不正の余地があれば直ちに回収されペナルティを受ける。

 知恵を振り絞り、正攻法で攻めたとしてどれだけ貯められるだろうか。

 無駄だと思いつつ、改めてソロバンをはじいてみる。

 クラス全員の協力は必然のモノとして、クラスポイントを高水準の1000ポイントで維持したと仮定。1年間で約5000万ポイント。

 特別試験等をく切り抜け順当に貯めていけば、そこに1000万ポイント前後を乗せられるかどうか。つまり年間で6000万ポイントほど。

 無駄に使わず試験を完璧にこなしても、この辺りが限界ライン。

 3年間で1億8000万。2億にも届かない。これが1クラスが貯められる最大限のプライベートポイントだが、実際には大きく目減りするはずだ。

 現実ラインとして1億5000万ポイントに届けばおんだろう。

 そう結論付けたがりゆうえんの言ったことは、どこか根拠がある話に思えてならなかった。

 その横顔を見ていて、オレののうにもよぎるもの。

「届くわけがない、とも限らないのか」

 龍園がえていた戦略。

 オレには見えていなかった戦略。

「俺とおまえはやり口が似ちゃいるが、根本的な思考は違うようだな」

「勝算の低い選択肢は、極力選ばない主義なんだ」

「だろうな。だがお前にも見えたんだろ? 俺の考えていた戦略が」

「ああ。元々勝算が0だと思っていたおまえの戦略だが、5%以上にはなった」

 だが成功させるためには、絶対に必要不可欠なものがいくつもある。

「そんなことよりあやの小路こうじ。……おまえ、なんで頭に雪かぶってんだ」

 そんな指摘を受け、オレは自分の身なりに視線を落とした。

「あぁいや、何となく。雪の感触が気持ちよかったからなんだが。変か?」

 雪が降りしきっていた間、面白くてついジッとしていたら積もっていた。

 頭から肩、腕やひざにかけて溶け残った雪が見て取れた。

 指摘はありがたかったが払いのけることはしなかった。

 どうせすぐに溶けて消える。

 それならこうして、雪と触れ合ってみるのも悪くない。

「ふざけた野郎だな」

「その話を聞いたら、ますます利害の一致にもつながるはずだけどな」

い話には当然、危ない臭いも立ちこめやがる。おまえは仲間でも必要とあれば平然と切り捨てる。互いに背中を刺そうと思ってる相手と組めるか?」

「それだけの度量があれば、ゆうりよする必要もない。裏をかかれるのが怖いなら、その更に裏をかけばいい。それだけのことだろりゆうえん

 仲良しこよしの協力関係なんて求めていない。

 両者の利害だけ一致させる。それが、ある種もっとも強い関係を生み出す。

「だったらこうだあやの小路こうじ。俺が最後に根回しをしてやる」

「根回し?」

「3学期の動向次第だが、Cクラス、いやDクラスになった俺のクラスは恐らくかねとひよりが回していくだろう。最終的にはあいつらが決めることだが、Aクラスを攻撃すること、そして今後Cクラスになったおまえらには一切手を出さないことが得策だと吹き込んでやる」

 あくまでもどうするかのジャッジは、龍園以外が決めるってことか。

「悪くはない話だな」

 龍園が退こうとも、金田たちがこっちを攻撃してくればその分手間は避けられない。

 特にいしざきぶきはオレに対して良いイメージは持っていない。クラスに働きかけてオレたちのクラスに戦いを挑むことだってあるだろう。

「だが、その根回しの条件にはさっきの件を含める。おまえらがAクラスに上がった時、要求を呑むなら聞いてやるよ」

「それで裏からしいたちを動かしてくれるのか?」

「あり得ないな。俺はもう降りたと言っただろうが」

「つまり、ただの根回しひとつで……なかなか吹っかけてくれるな」

 不可侵を条件にしても、こちらが圧倒的に不都合をこうむる話だ。

「俺を安く動かせると思うなよ綾小路」

 かつらと結んだ契約といい、龍園はく相手のふところに入り込んで来る。

「その提案、飲んでもいいが書面には出来ない。あくまでも口頭での約束だ」

「クク。裏で動くおまえにそんなもの求めやしねえよ。だがな、にすれば俺はようしやしない。どんな手を使ってでも後悔させてやる」

 なんなら破って見せろ、と言っているようにも聞こえた。

「余計なことだとは思うがひとつ聞かせてくれ。たとえここで密約を結んでも、龍園抜きで『作戦』がり立つとは思えないけどな」

 0%が5%に上がっても、そこから先は相当な手腕、運が必要になってくる。

 それを持ち合わせている人間がいるとすれば、このりゆうえんくらいなものだ。

「そこまでは知らねえよ。そのチャンスを生かすも殺すもかねたち次第だ」

 あくまでもおぜんてするだけ、ということらしい。

 それが旧Cクラスを暴力と恐怖で支配してきた男の責任の取り方。

 せめてもの償いってことだろう。

「交渉成立だ」

 オレは龍園の手を取ることにした。

 どちらにせよ龍園は簡単に制御できる存在じゃない。

 隠居させつつ、邪魔されないよう誘導出来るのなら得な買い物だろう。

 いや、この件だけではまだ油断ならない。

「これで話は終わりか? 元々の誘い文句じゃ、会わせたい人間がいるって話だったが。その価値のあるヤツが1年の中にいるとは思えないけどな」

「そうだな。1年の中にはいないかも知れない」

「何?」

「丁度良い頃合だ」

 予定の時間が差し迫っていたところで計ったように男が遠くから姿を見せる。

 その姿を見て、龍園も意外な来客に驚きを隠せないようだった。

 その男はこちらまで歩いてくると、丁度オレと龍園の間ほどで立ち止まる。

「……まさかコイツか? おまえが会わせたいって言ってたのは」

 オレは龍園からの問いかけを否定することなく、その男に視線を向ける。

「朝早くから悪かったな」

「構わん。密会するには良い時間だ。場所のチョイスも悪くない」

 限られた学校の敷地、そのリソースの中だからな。

 左右から来る人物が遠めにもすぐに分かる位置。

 万が一誰か来れば、この男は他人の振りをして歩き出すだろう。

「元生徒会長とずいぶんと親しいようだな。すずにも役立つことがあったか」

 この間の屋上の件も含めて、龍園は小さく笑った。既に生徒会長の妹であることは察しがついていたか、調べがついていたようだ。

あやの小路こうじ一人だと思っていたが、龍園も同席とはな」

 驚いた、というよりは念のために確認した、というべきか。

 一度オレの頭に積もった雪を見たあと、気にもせずほりきた兄は話を始める。

「なら、龍園かけるもおまえの協力者、という前提の下勝手に話を進めさせてもらおう。ゆうちようにしていると、誰の目に触れるか分からないからな」

「ちょっと待て。誰が協力者だと?」

「少なくとも外敵じゃないことだけは保証する」

 味方、協力者とはうそでも言えないためそんな風に答えておく。

あやの小路こうじ、以前俺に手助けを求めた際、約束したことは覚えているな?」

「ああ。ぐもみやびを止めるための手伝いのことだろう」

「南雲? 新任の生徒会長か」

 この場にりゆうえんを同席させたのは、ほりきた兄の考えを龍園にも知らせておきたかったからだ。もちろんオレが個別に話をすることも出来たが、堀北兄が直接語るほうがはるかに説得力が出る。

「南雲のやり方が気に入らないらしい」

「なるほど。それで綾小路を利用して南雲を止める算段か。2年がヤツに支配されているのは有名な話だからな。対処するには1年を使うしかないわけだ。ひとつ教えてくれよ堀北。いつから綾小路に目をつけていたんだ?」

 龍園は堀北兄に対して呼び捨てにする。それだけじゃなく態度は上からそのものだった。

 まぁ、オレも似たようなものなので人のことは言えないが。

「入学してすぐにだ。そっちはずいぶんと見つけるのに苦労したようだがな」

 やり返したわけじゃないだろうが、龍園に対して堀北兄は淡々とそう答える。

「クク。俺は過程をじっくり楽しむタイプだからな」

「それにしては随分なやられようだ」

 高圧的な態度を取る龍園に対しておきゆうえるように言い放つ。

 龍園もそれを感じ取ったのか視線を強める。

「俺の腕が大したことないと思ってるのなら、この場で試してやろうか?」

 手負いでも仕められる相手だ、というように挑発した。

「遠慮しておこう。そんなことに興味はない」

 堀北兄は冷静に返す。

「クク。乗ってこないと思ったぜ」

 龍園は鼻で薄ら笑うと、組んでいた足を地に着ける。

 その直後、前りをして雪を堀北兄の顔へと散り飛ばした。目つぶしの要領。

 雪で視界が一瞬失われ、動揺したであろう瞬間を狙い、龍園は右拳を堀北兄の腹部を目掛けて繰り出す。

 それを堀北兄は視界が悪いことなど感じさせず予測で完璧にガードする。

 後方に下がりながら、慌てることなく冷静に、わずかにズレたメガネのブリッジを中指であげて修正した。

「賢いだけのインテリ野郎かと思ったら、なかなかどうしてやるじゃねえか」

 不意打ちにもかかわらず、攻撃を防ぎきったほりきた兄にさんを飛ばす。

「遠慮すると言ったはずだがな」

「どうした。不服ならいつでも仕掛けて来いよ。それとも1年には反撃できないのか?」

ずいぶんと頼もしい友人を得たようだな、あやの小路こうじ

 パン、と服についた雪と土を払いのける堀北兄。

「オレもそう思ってるところだ」

 りゆうえんの誰にでもく姿勢は変わらない。

「まぁいいさ。それなりに出来る男って分かっただけ評価してやるよ。堀北『先輩』」

 いやのようにも取れなくはないが、龍園は敬称をつけた。

「こちらも同じだ。おまえは生徒会向きではないが、一定の評価はしているつもりだ」

「元生徒会長様にめられるとは。ありがたいことで」

 本気で受け取らず、龍園は受け流すように手をげて答えた。

 そんな2人のやり取りが終わったところで、堀北兄は本題に移る。

「綾小路にやってもらいたいことはこの学校のちつじよを守り、維持すること。そのための手段は問わない。生徒会長ぐもみやびをその座から退かせる、あるいは不用意な行動をしゆくさせる、もしくはする、やりやすい方法を選べばいい。3学期になれば、南雲の実権は強まり、本格的に行動を起こし始めるだろう」

「具体的にはどう変わっていくんだ? 生徒会にはそんな権力があると?」

「もちろん生徒会は万能ではない。しかし、他校のようなお飾りの生徒会とは違い一定の権限を与えられていることは事実だ。現に学校で問題が起きた時には生徒会が中心となって解決する。そのことは綾小路も龍園も理解しているはずだ」

 どう暴行事件の時にも、その審判をしたのは教員ではなく堀北兄率いる生徒会だった。

「そして生徒会には特別試験の一部を考え決定する権利も与えられている。今年は1年が無人島によるサバイバル試験を行ったが、あれは昔の生徒会が考えた案を軸にしている」

 つまり、南雲が特別試験でこれまでと違ったものを作り出す可能性はあるのか。

「テメェらの築きあげてきたくそつまらねえ学校生活を楽しくしようとしてるんだろ。歓迎してやれよ」

 鼻で笑い、龍園は一度足を組みなおした。

「それが正しい方法であればな。だが南雲はこれまで、いくにんもの生徒を退学に導く手段を用いてきた。事実、2年の生徒は今日までに17名の退学者が出ている。退学前の面談によれば、分かっているだけでもその半数以上に南雲が関与していた」

 17人。けして少なくない数であることは分かる。

「それだけの退学者を出せば、学年を支配することは難しくないだろうな」

 恐らくは南雲を止めようとした勢力もいたはずだ。

 だが返り討ちにあったとすれば、次第に勢力は弱まり吸収され軍門に下る。

 そうして、ぐもは2年全てを束ねることに成功したのだろう。

「生徒会長に就任した今、その手は1年、3年にも及んでくるだろう。来年になれば新しい1年生にも、その影響が色濃く出ることが予想される」

 放置すれば10人20人の退学者ではすまなくなるかも知れないな。

「合理的じゃねえか南雲は。その17人はただ無価値な人間だからつぶされただけだろ」

「ルールを破ったものは退学になる。それは当然のことだ。だが、誰一人欠けることなく卒業まで導く。それが理想の指導者というものだろう」

「だったらほりきた先輩様は、誰一人退学者を出してないとでも言うつもりか?」

「あくまでも理想の話だ。少なくとも、今の段階で1年の中には退学者が出ていない。その理想を追求することは悪いことではないだろう」

「だとよあやの小路こうじ。おまえはどう思ってんだ? この男の理想とやらを」

「理想としては理解できる。それをこころざす人間が居てもいい。ただ、少なくともオレやりゆうえんはその手の理想を追求するタイプじゃないことは言い切れるな」

「ククッ。その通りだ」

 今その資格があるとすれば、Bクラスのいちなみをおいて他にはいないだろう。

「もちろんそこまでをおまえに望むつもりはない。南雲の暴走を止められればそれでいい」

 簡単に言うが、そんなことが容易に出来るなら堀北兄も頼んではこない。

 生徒会にそれなりの実権があるなら、なおのこと止められるようなものじゃないだろう。

 不用意に退学者を出さないようにするなら、1年が試験内容やペナルティに振り回されないように尽力するくらいしか出来ないからだ。

「俺はここで帰らせてもらうぜ。秘密の共有者にも仕立て上げられたことだしな」

 生徒会のごたごたに龍園は興味がない、ということだろう。

「なかなか面白い話だったけどな、これ以上は時間の無駄だ。じゃあな」

 満足のいく交渉だったのか、龍園は迷うことなくりように足を向ける。

 そんな龍園の背中にオレは語りかけた。

「これから先、ずっと一人でいるつもりか?」

「ほっとけよ。元々俺はこっちの方がしようにあってんだよ」

 そう言い残して、龍園は雪の足跡と共に去っていった。

「綾小路。おまえが龍園にこの話を聞かせたのは、味方に引き入れるためなのか?」

「無きにしもあらずだが……どちらかというとオレ自身をヤツの興味対象から外す目的の方が強い」

 オレが確実に1年のクラス争いには参加しないことを、龍園にアピールする狙いがあった。

 これから生徒会対策に取り掛かると感じれば、再び牙をく可能性を下げられる。

 好戦的で相手になってくれるさかやなぎの方がまだりゆうえん的には楽しめるはずだ。

 もっとも、あいつはもう誰とも本気で戦う気がないようにも見えるが。

「何にせよ、今後はおまえにも理解ある友人が必要になってくるだろう。そういう意味では一戦をまじえた龍園は良き存在になるかもしれないな」

「友人、ね」

 まぁそんなことよりも、今は情報を取れるだけ取っておかないとな。

 ほりきた兄との接触は龍園と同じく、ひんぱんに行いたいものじゃない。一回一回の機会を大切にしたい。

「オレは上級生に関する情報をほとんど持ってない。その提供は頼めるのか?」

「もちろんだ。その準備は既に済ませてある」

 そう言って堀北兄は携帯を取り出す。オレの連絡先を伝えるとすぐにメッセージが飛んできた。そのメッセージに目を通しながら堀北兄の説明を受ける。

「生徒会のメンバーで、ぐも以外に抑えておくべき存在を教えておく。一人は副会長に就任した2年Bクラスの『きりやま』という男。書記の『みぞわき』。そしてもう一人、書記の『殿とのかわ』だ。この書記両名は南雲と最初から苦楽を共にしている元Bクラスの生徒たちで、数少ない南雲に意見出来る生徒だ。そして、残りのメンバーだ」

 ご丁寧に履歴書のような形で、顔写真つきのものが送られてくる。

 誰がどのクラスに所属しているかが一目で分かるものだった。

 副会長を始め、現在Aクラスに所属していない生徒も数名在籍しているところを見ると、南雲の支配力がに高いかを推測することができる。

 何にせよこの情報は貴重なものだ。他学年の生徒に接触するのは簡単じゃない。特に生徒会長周辺ともなれば、こちらはかつな行動を取れない。

 今もらった情報を集めるだけでも、本来なら相当時間を要するはずだ。

「南雲の行動や性格の詳細を知っているのは同学年の人間だけだろう。生徒会でつながっていたとは言え、俺も南雲の全てを知っているわけではないからな」

 本来、南雲を崩していくには更なる情報が必要不可欠だ。どのような性格で、どのような戦略を好むのか。それらをあくしていかなければならない。

「肝心の2年が南雲に掌握されてるんじゃ、それも難しそうだな」

「その通りだ……だが、2年の中に今も南雲を敵視している生徒は存在する」

 心当たりのある言い方だった。

「名前は?」

「残念だが、今の段階では教えることは出来ない。俺と繋がっていることが南雲に知られれば、その生徒の安全は保証できないからな」

「裏切り者として処分……退学させられる可能性があるってことか」

「俺が在学中なら守ることも出来るかもしれないが、卒業後は後ろ盾もなくなる」

 気にするべきは、この話をほりきた兄がしてきたか、だ。

「オレとその2年の生徒をつなげるために何かするつもりなんだな?」

「おまえがその気なら、1年の中で動ける生徒としておまえの名前を出したい」

 ってことなんだろうな。

 向こうから正体を明かせない以上、こっちが名乗りをげるしかないわけだ。

 ぐもを敵視するとはいっても2年。来年以降のことも考えれば、不用意にオレのことが知れ渡るのは出来れば避けたいところだ。

「どうするかはお前次第だ」

 普通なら断るのが得策だろう。ただ、これはオレが誰にも自分のスペックをさとられていない場合に限る。あるいは口外しないと言い切れる生徒だけに限る。

 しかし現状、既にさかやなぎりゆうえんといったメンバーにオレのことは筒抜けになっている。

 特に坂柳に関してはホワイトルームの背景まで知っている生徒だ。

 秘密として守れば守るほど、坂柳にとってはひとつの武器を与えてしまうことになるだろう。ここで提案を断っても実入りは少ないか。

「分かった。2年にはオレのことを伝えてくれても構わない」

「思い切った判断だが、正しい判断だ」

「後はあんたの言葉に重みがあるかどうかだな」

 頼れる生徒がいる、といっても向こうからしてみれば1年。年下を頼りにして大丈夫か不安になるはずだ。

「俺の発言を信じないのであれば、南雲降ろしなど到底出来ることじゃない」

「まぁ任せるさ」

「出会った頃からは想像しづらいけんきよさだな」

「あんたには借りを作ったからな」

 もちろんこれは、素直に堀北兄に従って行動するならの話だ。

 平穏な日々を目指す身として、生徒会に関与することは当然ながら避けたい。堀北兄が卒業するまでの間の辛抱とはいえ、気になる点もある。

 自身の卒業後、オレが約束をりちに守って南雲つぶしを手伝うと思っているのだろうか。

 そんなはずはないだろう。

「あんたにオレの考えていることが何か分かるか?」

「俺が卒業した後のこと、といったところか」

 お見事。

「自分から切り出すとは思わなかったな。伏せておいた方がいい問題だと思うが?」

「あんたの腹の底が見えなくて、ちょっと不気味に感じたからな」

「結果的に、おまえの協力は俺が卒業するまでの間でも構わん。それまでに在校生の意識が変わることがなければ、それはこの学校がそれまでだった、ということになる」

「それ以前の問題かも知れないぞ。オレがぐもに歯が立たなかったら?」

「出来ないと思う人間に大切な案件を任せたりはしない」

 ほりきた兄はオレになら南雲を止められると踏んでいるのか。

 あるいは豚もおだてれば木に登るように、とりあえずめているだけか。

 どちらにせよまだ、この男の底は見えないな。

「手は考えてみるが、あんたの卒業までに成果を残せる保証は無いぞ」

「そんなことは分かっている」

 、この男は未知の存在であるオレにここまでして頼み込んでくるのか。高度育成高等学校の伝統を守りたいのなら、もっと熱意のある人間に依頼すべきだ。

 元生徒会長として、学校に誇りを持っているとしても異常すぎるくらいだ。

 そもそも、堀北兄は南雲の異常性のようなものに気づきつつも静観していた。

 オレが現れたからと表現したが、それも少しばかり引っかかる。

「おまえが借りひとつで全て俺の希望通りに動くとは思っていない。お前も最初からそのつもりで南雲降ろしを引き受けたはずだ。違うか?」

 堀北兄もその辺りはしっかりと理解してくれているようだな。

「元生徒会長とはいえ、あんたには一定の権力……いや、影響力はあるからな。味方につけておけば利用できる場面もあると考えた。当然のことだろ?」

 直接的には、堀北兄は公平な立場を貫きこちらに肩入れはしないだろう。

 だが、要所要所で頼れば裏でつながっている以上協力を得られるケースは多い。この学校に在籍している限りは、少なからず様々なリスクと対面していくことになるだろう。

 そんな時利害関係や、パートナー関係を構築しておけば助かる場面も出てくる。

「俺を頼るのは勝手だが、過度な期待をしてもらっては困るぞ」

「そのつもりはない。あくまでも『最後の一押し』で役立ってもらえればそれでいい」

 もちろん、そんな『一押し』が必要ないに越したことはないんだが。

 ともかく大切なのはその『一押し』を有しているかどうか。

「いいだろう。南雲降ろしは簡単に出来ることじゃないだろうからな」

 堀北兄の卒業まで厄介ごとに付き合わされる反面、いざという時の切り札は得られた。

「ちなみに南雲への対策はこれからゆっくり立てる。けどそのまえに確かめておきたいことがある。あんたの妹のことだ」

すずを使おうと使うまいと、それはおまえの自由だ」

「そういうことじゃない。オレは1年近く堀北と同じクラスでやってきたが、あいつには一定の才能があると思ってる。長い間妹をそばで見てきたのに気づいていないのか?」

「才能か。何をもって才能とする。勉学のしか? 運動能力の有無か?」

 こちらの気にしている部分に、既に気が付いていたようだ。

「総合的な意味だ。ほりきたは不器用な面もあるが総じて能力は高い」

「不出来な妹だ。常に俺の影だけを追い、そこに追いつくことを目標にしている」

 浅はかだ、と吐き捨てる。

 しかし今の言い回しは……。

「もしかして……それは『終着駅』としての問題なのか?」

「どう解釈するかはおまえに任せる。このことで何かが変わるわけでもないだろう?」

「そうかもな」

 でもこれで、堀北兄が妹に厳しく当たるのか、その理由を知れた気がする。

「もし妹が生徒会に入ると言ったら、あんたは『一押し』してくれるんだろうな?」

「可能な限りは協力する」

 それが聞けただけでも、わずかながらぐも攻略の糸口も見えてくる。

「データはもらった。経緯も理解できた、あとはゆっくり待ってくれ」

「そうさせてもらおう。これからの学校生活は、お前にかかっていると言えるからな」

 過度なプレッシャーを与えつつ、堀北兄も去っていった。


    1


 そんなりゆうえんや堀北兄とのやり取りを終え、オレは時間をずらして一度りように戻った。

 昼過ぎまで部屋でのんびり過ごし、ネットをしたり本を読んだりして時間をつぶした。

 そして次の行動は、堀北にチャットを飛ばすこと。

 堀北兄からの推薦も約束されたことで、堀北に生徒会入りの打診が出来るようになった。

 基本が一人行動である堀北なんかは、オレのように部屋にこもっているかも知れない。何となく寒さに弱そうだし。それなら話は早いんだがな。

『少し話がある』

 そう切り出して送ったメッセージは、数分後に既読がついた。

『構わないけれど、電話がいいかしら? それとも直接?』

『直接かな。可能なら今からでもどうだ?』

『今カフェにいるわ。来てもらえるなら話を聞く』

 勝手なイメージとは裏腹に、その堀北は外出中らしい。

 少し面倒な気もしたが、面倒なことは早めに終わらせてしまったほうがいい。

『すぐに行く』

 とだけ返事を返し、オレはコートに身を包んだ。

 りようのロビーまで降りてくると、いけやまうち、それにどうの3人が集まっていた。

 エレベーターで降りて外に向かう途中らしく背後のオレには気づいていない。

 特に声をかけることもなく同じ方向へと歩き出すと会話が聞こえてきた。

「何だよけん。結局ほりきたにはクリスマスデート断られたのかよ」

「うるせえなはる。ほっとけ」

「俺たちは結局、今年は彼女もいないまま終了ってわけか。むなしいぜ」

「ちっ。俺はゆっくり行くんだよ。すずのヤツに彼氏がいるわけじゃねえ。ただなんつーか、まだ恋愛ってもんに興味を示してないだけなんだよ。これからは焦らずに行くぜ」

 どうやら須藤は堀北にアクションを起こしていたらしい。

 しかし見事にぎよくさいしたようだな。

 だがあきらめないどころか、地道に行くことを選択したようだ。

いちだなー。なあかん、今日カラオケでオールでもしねえ? 孤独なクリスマスソングをひたすら熱唱してやろうぜ」

「え、な、何がだよ」

「何だよ何がって。今日カラオケでオールしようって言ったんだよ」

「いやぁ、悪いな春樹。ちょっとそれは無理だ」

「は? 何だよ無理って。イヴにすることなんてないだろ? 右手だけが恋人なのに」

「……ちょっと色々あるんだよ。俺にだって」

 明らかに動揺する池だったが、カラオケに参加できない理由を答えようとしない。

「おいまさか寛治……!」

 その雰囲気の異様さに須藤も気づいたようで詰め寄る。

「べ、別に違うって」

 何かを問いただしたわけじゃないのに、池はそう言って否定した後理由を話す。

「ちょっと、友達と飯食うだけだって……」

 そう言った池は視線をそらし、小声だった。

 その『友達』が男ではないことは後ろで聞いていたオレにも分かった。

 そして先日の光景が頭をぎる。

「誰だよ! 誰と遊びに行くんだ! 吐け! 吐け!」

 冷静さを失った山内が、池の胸倉をつかみながら叫ぶ。

「ま、マジで大したことねえって。……し、しのはらだよ」

「しのはら……って、うちのクラスの、あの篠原か!?」

 白状した池が、小さくうなずく。

「なんで篠原なんだよ。おまえあいつとしょっちゅうけんばっかりしてるだろ」

 どうの素朴な疑問はやまうちも同感だったはずだ。意外な組み合わせ。

「だから飯に行くだけだって。俺があんな女で満足するわけないだろ? この間ちょっと面倒ごとがあってさ、それを俺が助けてやったらお礼がしたいって言われたんだよ!」

「いやいやいや、お礼がどうだかしんねーけどイヴだぞイヴ!?」

「なんもねーってマジで! あんなのと付き合うとか天変地異が起こってもねえから!」

「信じらんねー! 尾行しようぜけん。尾行尾行!」

「おま、ちょマジでやめろよ。しのはらみたいなブスとうわさ立ったら困るんだからさ!」

 そんな風に答えるいけだが、満更でもないように見えた。

 池と篠原か。意外とお似合いのカップルになるかも知れない。

 もちろんそうなる可能性は、今のところ未知数としか言いようがないが。


    2


 冬休み、ほとんどの生徒が毎日のようにお世話になるケヤキモール。

 目的地は混雑していた。8割以上の客が女子のため、すぐにはほりきたを見つけられない。

 店内をうろうろしながら見渡していると、やっとその後姿を見つける。

「来たぞ」

「早かったわね」

 そんな堀北とのやりとりの直後、そばにいたもう1人からも声をかけられた。

「おはようあやの小路こうじくん」

 何とも意外な組み合わせの2人とそうぐうしたものだ。

 いまだかつてあっただろうか。堀北とくしの2人だけなんて。第三者がいるとしか思えない。オレは視線だけで辺りを見渡した。

「他には誰もいないわよ」

 わざわざこちらの視線に答えるように、堀北が淡々と答える。

 あり得るとしたらひらが一枚んでるくらいだったが、それもないのか。

「基本的に邪魔するつもりはないんだが……どっちから誘ったんだ?」

 そんなオレの問いかけに、櫛田は優しく微笑ほほえんだ。

「私よ。私が櫛田さんを誘ったの」

 答えはそうじゃないと思っていた方で解決した。

 いや、不自然ではないのか。むしろ堀北は最近積極的に櫛田とのかくしつ問題を解決しようとしている。恐らくこの集まりも、その部分が起因しているんだろう。

 櫛田は堀北だけが相手なら遠慮しない物言いだが、こういった公共の場では仮面を被らなければならなくなる。く外に引きずり出したな。

「ところでほりきたさん、どうくんとは最近どうなのかな?」

「どう、とはどういう意味かしら?」

「クリスマスは一緒に過ごしたりしないのかなーって」

「するわけないでしょう」

 ぴしゃりと言い放つ。

「そうなの? 須藤くん誘ってこなかった?」

「今この場では関係のないことでしょう?」

 オレが登場したことで場の流れを変えようと試みたくしだが、堀北にされる。

 元々強気な態度の堀北は、テストで勝った優位性と人目につくカフェの2点を武器にようしやなく櫛田という鉄壁の城へ攻め込んでいく。

「それからあやの小路こうじくん。あなたはいつまで突っ立っているつもりかしら。話があるのなら切り出してもらえない?」

 今は櫛田との会話で忙しい、とでも言いたげだ。

 事実堀北にとってみれば貴重な場だろう。

「悪い。他に誰か居るとは思わなかったんだ。また今度にする」

 明らかにこの場に不要なオレは立ち去ることを決める。

 しかしこの瞬間に限っては、逆にオレの存在が生きると櫛田の方は判断した。

「いいじゃないほりきたさん。どうせならあやの小路こうじくんも一緒にお茶しよっ?」

 そう言ってきびすを返すことを封じてきた。

 だが堀北に無言の圧を食らって、平然と席につけるほどオレのきもわっていない。

「またの機会に」

 そう言って、そそくさと退散することにした。

「待って。ここで聞くわ」

「いや、全然関係ない話だからな」

 オレはくしに余計な話を聞かれることを嫌いそう逃れようとする。

 最近は様々な人間に事情を聞かせてきたが、今回に限っては全く聞かせるメリットが無い。それどころかデメリットのかたまりだ。

「もしかして、彼女に聞かせたくないような話なのかしら」

 鋭い堀北の指摘が飛んでくる。

「そうなの? 綾小路くん」

 悲しそうな目で櫛田がこちらを見てくる。

 もちろん、オレは即座に否定するつもりだった。

 しかしそれを封じるように堀北が回りこんでくる。

「悪いけれど彼女はクラスの一員よ。な隠し事は不要だわ」

「そうじゃない。これはクラスの話とは一切関係がない。あくまでもオレと堀北の個人間での問題だ」

「そう。だったら別に構わないわ。私に関することなのでしょう? ここで話して」

「遠慮しておく」

「なら今からあなたがしようとした話を、他の場では絶対に聞かないわよ」

 どうやら堀北の意思は相当に固いらしい。

 包み隠さず物事を話すことが、櫛田との関係改善の一歩と考えているんだろうか。

 櫛田の表情はいつもと変わらない優しさにあふれている。

 何度沼地に誘い込まれ死にそうになっても、その笑顔を見れば今度こそ、と信じたくもなるだろう。適当な話をでっち上げて、この場では納得させられるかも知れない。

 しかし警戒心を強めた堀北が後日、今から話す提案を受け入れるとは思えなかった。

「分かった。だったら率直に言う。いいんだな?」

「ええ。話して」

「生徒会に入るつもりはないか?」

 後悔先に立たず。堀北がどう受け取るかは知らない。オレは用件をそのまま伝えた。

「……ごめんなさい。ちょっと理解が追いついていないようね」

 どうしてそんな話が出てきたのか、と首をひねる。

みやくらくが無さ過ぎないかしら。どうしてそんなことを言い出したの?」

「その辺も踏まえて話がしたかったんだ」

「いいわ、続けて」

「あの、いいの? ほりきたさん」

 話をさえぎったのはくしだった。

「いい、とは?」

「生徒会って言うと、堀北さんのお兄さんも関係してくる話だと思うの。それを私が聞いちゃってもいいの?」

「あなたは中学時代から、私と兄さんのことを知っているもの。今更だわ」

 堀北が兄貴を証人にしたのも、櫛田が兄妹きようだいであることを知っていることが関係する。隠し立てすることでない以上有効に使うってことか。

 すぐに終わる話でもない。オレは覚悟を決め2人のそばの席に腰を下ろした。

「ある人間がおまえの生徒会入りを熱望している」

「ある人間?」

「……おまえの兄貴だよ」

 もちろん、厳密には堀北兄に頼まれているわけじゃない。堀北を利用するもしないも好きにしろと言われただけ。だが、堀北を動かすには兄貴を使うしかない。

「どうして兄さんが私に生徒会に入れと言うの? あり得ないわね」

 やや不服そうにしながら否定する堀北。

「本当の話だ」

「もし本当にそうなら兄さんは直接私に言うはずよ。どうしてあなたを通すの」

「あの兄貴が直接言うと思うか?」

「思わないわ。そもそも生徒会に入れなんてことを言い出すはずがないもの」

 つまり堀北はオレの話を最初から信じていないということだ。

 ここまで凝り固まった兄妹関係だと、うそは嘘としか取られないようだな。

 かといって、これ以上真実を含んだ踏み込みをするには櫛田の存在が余計だ。3学期になればりゆうえんの失脚を知り、オレの暗躍も確信にいたるかも知れない。

 そうなれば更に面倒なことが増えてくる。いずれそうなるにしろ、その時が今である必要は全くない。

「あなたの嘘に付き合うつもりはないの。一体何が言いたいのかしら」

「本当のことだ。嘘だと思うなら直接確かめてみればいいんじゃないか?」

 嘘で切り出した話を本当に変える。

ずいぶんと強気ね……」

「強気でもなんでも疑ってるんだろ? 連絡すればいい」

「じゃああなたは、その、兄さんの連絡先を知っているの?」

「オレは知らないが妹のおまえなら知ってて当然じゃないのか」

「知らないわよ」

「もし良かったら、たちばな先輩に連絡してみようか?」

「橘って、兄さんの書記をやっていた人?」

「うん。私、橘先輩とは何度か話したことがあって、連絡先聞いてるから」

 さすがくし、思わぬところにも友人を作っていたようだ。

「本当に確かめていいのねあやの小路こうじくん。うそだった時には責任は重いわよ」

「好きにしてくれ」

 どうせほりきた兄はオレの策略と知れば口裏を合わせてくれる。堀北が確かめるものは全て真実へと塗り替えられるのだ。

「ありがとうございます先輩。はいっ、失礼しますっ」

 直接電話していた櫛田が通話を終えると、すぐに携帯を操作した。直後堀北の携帯が短く鳴る。どうやら堀北兄の電話番号を無事聞き終え、堀北に転送したようだ。

「ありがとう櫛田さん」

「ううん、どういたしましてっ」

 人の目があるとはいえ、堀北に優しい対応を見せるのはつらいだろうな。それをおくびにも出さないのはさすがだが。堀北は携帯の画面に視線を落とす。

 それからすぐに電話をかけると思ったが、その手が動くことはなく、両手で携帯を握り締めたままだった。

「……ふーっ」

 深いため息、いや深呼吸。

 家族に電話するだけで、こんなに緊張することも普通はないだろう。

「もし全てが嘘だったら……覚悟してもらうわよ」

「念を押されるまでもない」

 これは堀北の駆け引き。

 自分の兄貴が生徒会入りしろなんて言ってくるはずがない。だがオレが自信にあふれていることが気にかかっている。ハッタリだと思いつつも、本当かもしれないと思っている。直接兄貴に電話せずに確かめられるならそれに越したことは無いが、それは無理な話だ。

 オレを信じきることの出来ない堀北は意を決して通話ボタンを押した。

 携帯を耳に当てること数秒。

 電話の相手が通話に出たのか、堀北がよりいっそう緊張するのが伝わってきた。

「あ、あのっ。わ、私です。堀北すずです」

 他人行儀な入り方をする堀北。

たちばな先輩に連絡先をお聞きして、その、兄さんにご連絡しました」

 それからほりきたは普段見ることの出来ないしどろもどろな様子をオレたちに見せながらも(本人は見せたくないだろうが)必要なことを聞き出した。

 そして、オレが持ちかけた生徒会入りの話が本当であることを聞かされたのだろう。

「はい。あ、ありがとうございました。失礼します」

 通話を終えると一息つき、そして強烈にオレをにらみつけてきた。

「本当だっただろ? なんで睨まれなきゃならない」

「どうしてあなたが橋渡しの役をしているのか、それが不可解だからよ」

 実に分かりやすい話だ。確かに誰の目から見ても不自然だよな。

「堀北さん生徒会に入るの?」

「……いいえ、入らないわ」

「ちょっと待て。おまえの兄貴に入るように言われたんだろ?」

「入ることが私のためになる、そう言ってくれたわ。でも……私は生徒会に入ることが自分のためになるとは思えない」

 絶対な存在である兄の希望とあっても、堀北は飲むつもりはないらしい。

 これ以上この場で粘っても良いことはないだろう。

 くしに余計な情報を与えるのはこの辺りで打ち止めにしておきたい。

「分かった。とりあえず、また今度話す機会を設けてくれ」

「どうかしらね。時間の無駄だと思うけれど?」

「かもな」

 こちらが切り上げる空気を出したことを堀北も察知したのか、引き止めるようなことはしなかった。今大切なのは次につなげることだ。

 櫛田がいては、これ以上踏み込んだ話も出来ないしな。

「またねあやの小路こうじくん」

 そう優しく声をかけてきた櫛田には、ただならぬ気配を感じた。


    3


 夜の10時を回った。

 イヴは刻一刻と過ぎていく。

 オレは男友達と騒ぐこともなく、一人テレビをていた。

 生中継で東京の街並みを映し、クリスマス一色のムードを伝えている。試しにチャンネルを切り替えてみても、やはりクリスマスに関連する番組ばかりだった。女性に贈るプレゼントのランキング(タイミング的に遅い気もするが)だったり、子供が喜ぶクリスマスプレゼントのランキングもあった(やはりタイミング的に遅い気がする)が、特に面白いと思えるような番組は見当たらない。

 テレビをることをめ、パソコンの電源を入れた。

 クリスマス以外の情報が何か見たいと思い、適当に上がっている記事に目を通す。事故や事件、海外のスポーツ選手の朗報など様々だ。クリスマスと言えど一日は一日なわけで、時間の流れは変わらず動いている。


 部屋のチャイムが鳴った。ロビーからではなく、玄関側からだ。

「はい」

 玄関に向かいながら返事をすると、尋ね人の正体が判明する。

「こ、ここ、こんばんわっ」

 聞きみのある、クラスメイトの声だった。

 オレは玄関のじようを解除して、扉を開ける。

「き、きよたかくん!」

「どうしたあい。こんな夜中に」

 時刻は既に夜の10時を過ぎているが、かつこうを見るに今戻ってきたようだった。

「今まで遊んでたのか。でも確か集まりは明日じゃなかったか?」

「うんっ。それとは別なの。ちゃんとお昼から2人で遊んでたんだ」

「そうか」

 昼前くらいから合流していたのだとしたら、ほぼ半日か。

「楽しかったか?」

「ちょっと疲れちゃったけど、でも楽しかったよ」

「それは良かった」

 もはやオレが、愛里の心配をする必要などないだろう。少なくともオレたちのグループ内においては、この状態が続いていく。明日も楽しく過ごすことだろう。

「波瑠加ちゃんから明日用事があって清隆くんが来られないって聞いたんだけど……」

 そうか。そう言えば波瑠加とそんな話をしたな。

 くやっておくといったのは、今日遊んだことも関係しているのかもな。

「ちょっと予定があるんだ。参加できなくて悪いな」

「ううん、それは全然いいのっ。えっとね、本当は明日渡そうと思ってたんだけどっ!」

 そう言って、愛里は両手をオレに向けて差し出した。

 シンプルながらも可愛かわいらしい赤いリボンが結ばれた包みを差し出される。

「これ……良かったらっ」

 どうやらクリスマスプレゼントを用意してくれていたらしい。

「いいのか? もらっても」

「うんっ! そ、その、他のみんなにも用意してるしっ」

 それならオレとしても受け取りやすい。ありがたく貰うことにしよう。

 差し出されたプレゼントを受け取る。

 こういう時、どうするのが良いんだろうか。

 この場で中身を確認したほうがいいのか、あいが帰った後で確認するほうがいいのか。

 どうしていいかわからず悩んでいると照れくさそうにしながら愛里が言った。

「あ、開けてみてもいいよ?」

 とのことだったので、オレはその言葉に遠慮なく従うことにした。小さめの袋を開けると、中から出てきたのは暖かそうな手袋だった。

きよたかくん、ちょっと前から手袋欲しそうにしてたから……。まだ持ってない、よね?」

「買おうと思って、結局買ってなかったんだ。ありがとう愛里」

「へへへ……良かった」

 つい買うのを先延ばしにしてしまっていた物、青色のシンプルな手袋だった。下手にイラストや模様があるよりもずっと使いやすい。

 早速手に付けてみる。人生初の手袋だが、その辺は申告しない。

 左手にはめ、右手にもはめる。それから二度三度グーとパーを繰り返してみる。その様子をあいうれしそうに見ていた。

「ど、どうかな?」

「サイズもぴったりだし、暖かい」

「良かったっ」

 好みについて話したことはなかったが、オレが自分で買いに行っても選んでいそうな手袋だった。

「それじゃ、その、夜遅くにごめんね。お休みなさいきよたかくんっ」

 長居することを悪いと思ったのだろう、愛里はそう言って背を向けた。こっちとしてはお茶くらい飲んでいってもらって構わなかったのだが、もう夜も遅いしな。

 しかもイヴの24日に女の子を部屋に上げるのは色々と問題だろう。そのままエレベーターに向かう愛里を見送っていると、視線に気づいてか気づかずか一度振り向いた。

 そして小さく手を振ってからエレベーターに乗って上階へと帰っていった。

 それを見届けてからオレは部屋に戻る。

「……お礼っていつ返せばいいんだろうな」

 バレンタインのお返しがホワイトデー、というのはさすがに知っているが、クリスマスのお礼はいつ返すものなんだろな。

 後で調べておこう。

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