〇それぞれの過ごし方
24日、イヴになった。
今日と明日、カップルたちは忙しくも幸せな時間を過ごすことだろう。
一方で、大半の生徒には関係のない一日かもしれない。
だが、彼らにも等しくイヴの日は訪れているわけで、過ごし方には少し興味がある。
オレは早朝、朝7時前という時間に部屋を出た。
今日は不思議なことに、男と会う約束が2件もあった。1つはオレが声をかけ、もう1つは向こうからの誘いだったが、何とも奇妙なものだ。
「こんな風に積もるものなんだな」
自然の力っていうのは本当に
空からは、まだしんしんと雪が降り落ちていたが、予報では7時には
視覚的にも寒さを訴えかけてくるせいか、昨日と気温は
当然ながら、冬休みの朝7時前だと
「寒い」
ケヤキモールから程近いベンチの
オレはベンチの雪を一通り払いのけてから、そこに腰を下ろした。
降り続けていた雪がぱったりと
「こんな朝っぱらから人を呼び出してんじゃねえよ」
そう毒づいたのは、Cクラスのリーダー
鋭い目つきでこちらを
「こんな誰もいない時間でもなければ、呼び出せないだろ」
「それはおまえの都合だ。俺には関係ない」
龍園がそう毒づくのも当然だ。
確かに龍園と2人で会うことを見られて困るのは、どちらかと言えばオレ。
あらぬ
「それで、この俺に何の用だ」
「世間話でもしようと思って。そう言ったらどうする」
「ハ。
早朝とはいえ、こっちがリスクを負っていることを龍園は承知している。
その話に意味がないとは最初から思ってもいないだろう。
「そういえば昨日おまえを見かけた。それに別のところで
龍園が宣言通りリーダーを
フェイク、なんてことも不可能じゃないが石崎たちを見るにあり得ないだろう。
そもそもオレに対してその姿を見せるメリットはない。
「おまえの狙い通りオレの退学を
「感心してたんだ。一人になったからって、部屋に引きこもってるわけじゃないんだな」
「俺がどこで何をしていようと俺の自由だ。それとも、俺を見るたび不安に駆られるか? いつどのタイミングで、リベンジを決意するか分からないからな」
「そしてその時に後悔する、か? おまえを退学にしなかったことを」
龍園はオレが座るベンチのひとつ横のベンチに、足を乗せ雪を大胆に払う。
それからどっかりと腰を下ろす。
「出来ればそれは遠慮願いたい。平穏な学校生活のためでもあるが、おまえを相手にするのは厄介だからな」
龍園のやり口に付き合わされると必要以上に体力を
根負けして、龍園の傘下に下っていった連中の様子が想像できる。
「だったら呼び出したりすんな。こうして出向いてやった奇跡を無駄にするなよ」
余計な話はこれくらいにして、本題を切り出すことにしよう。
下手にタイミングを見誤れば
それどころか、本当に屋上の続きが始まりかねない。
「先日の屋上の件で、話を少し補足しておこうと思ってな」
「補足だと?」
何をいまさら、と龍園は思うだろう。
特に敗戦の分析などされても気分の良いものではない。
ただ、事実を伝え
「あの場では英断だったな龍園。恐らくおまえ一人なら、まだ屋上で粘ってオレと戦うことも出来た」
だがあの場には
最悪の場合、龍園ひとりの責任問題ではすまなくなる可能性もあった。
その瞬間だけじゃなく、先まで見た上でのサレンダー。価値のある一手だ。
もちろんそう仕向けたのもオレではあるが、期待に応えられるという意味では、やはり龍園のポテンシャルは高い。
「心底ふざけた野郎だな、どこまでも他人を見下す姿勢には恐れ入るぜ。俺の専売特許だと思っていたが、おまえにやられちゃ廃業だな」
「事実を伝えただけだ」
「そんなことを伝えるメリットは考えるまでもないな。
「小手先のやり口で、まだ俺が動くと思ってるのか?」
「動く? どういうことだ」
「とぼけるな。俺を他クラスにぶつけようって話だ。そうでなきゃ俺をこの学校に残す意味がない」
利用しないとなれば、
自ら退学を選んだのだから放置しておけばよかった、と考えるのは容易か。
「やる気は戻らないのか? おまえは交戦そのものを楽しむ男だろ」
「たとえ俺がBクラスやAクラスを
意味がない、とは
「なんだ。一度の敗戦でそこまで心が折れたのか?」
そう言うと、龍園は瞳に
「今ここで暴れてやろうか? お望みならな」
「ちょっと言い過ぎた。許してくれ」
もしも
この男は恐怖を知らなかった。
そして恐怖を知った。
だが、龍園はそれでもこの場で平然と立ち向かってくるだろう。
恐れながらも前に進むだけのポテンシャルは十分に持っている。
もちろんそれは、退学せず前に進み成長することを覚えるならの話だが。
「オレたちの間で一度決着はついた。今後屋上の一件は持ち出さない。今日この時が最後だと約束する。その上で話をしよう」
もちろん口約束など龍園は信じない。
あくまでも形式上、気休め程度の言葉。
「怪しいもんだ。これ以上話を続けても無駄だな。俺にとって有益な話が出るとは思えない、帰らせてもらうぜ」
不快指数が上がったのか、切り上げようとする。
「そうとは限らない」
立ち上がろうとする龍園を呼び止める。
帰ろうとする素振りも、龍園にしてみればこちらの言葉を引き出す駆け引きのひとつかもしれない。
何かあると思ったからこそ、朝早くに
手ぶらで帰るつもりなど最初からないはずだ。
「今からする話をどう
謎かけのような問いを続けるオレに龍園は
「シンプルな戦いだと?」
「DクラスがCクラスを倒し、Bクラスを倒し最後にAクラスを倒す。そしてめでたく
これが王道の
だが、これはリアルだ。戦い方に順序なんてものは存在しない。
Aから叩くのもBから叩くのも自由だ。敵であるCと組むこともありえなくはない。
「面白いことに、3学期からはAクラスはBクラスに仕掛けて出るらしい。相手の目がBクラスに集中している間に背後を取って、一気にAクラスを崩すことも出来る」
そしてそれは龍園にとっても無意味な話じゃない。
「どこまで信用できる情報だそれは」
「さあ。五
性格的な部分から読み取っていけば、九分九
「その情報が確かなら、
「勝ち負けはどうでもいい。オレは手を出すつもりはない」
「見殺しか」
「一之瀬を潰してくれるなら手間が省けていい。Dクラスは労せずAクラスまで上がれるかもしれないな。それに坂柳なら退学者を出してくれるかも知れない。退学者が出た時のペナルティがどんなものかはそろそろ知っておきたいところだしな」
「色々と気に入らねえな。おまえは上のクラスを目指す意思がない。目立ちたくない心情の下に動いてるんじゃなかったのか」
「それは事実だ。だが周りが勝手に動く分には不都合はない。自動的にAクラスに上がれるのなら悪い話じゃないしな」
その周りとはもちろん、AクラスやBクラス、そして龍園のことだ。
「おまえは何もせずに静観か?」
「片付けなきゃならない問題がある。ウチのクラスには厄介な存在が残ってるからな」
その存在とは
考えるまでもなく、その人物の名前が口から出てきた。
「
目の上のたんこぶは早めに処理したいのが、オレの素直な気持ちだ。
Aクラスに上がることも、クラス内から退学者が出ることも今となってはそれほど気に
こちらも屋上の一件で
オレの学校生活に黄色信号が
「先日も桔梗から俺のところに連絡があったぜ、いつ仕掛けるってな。
「櫛田を
「鈴音やクラスを
オレに対して仕掛けるなら確かに櫛田じゃ力不足だ。
「どうするつもりだ? 薬で一時的に抑えることが出来ても、
やがて臓器は
「その結論は既に出てる。議論の必要もない」
「ほう? 聞かせろよ
「答える必要があるのか?」
「おまえの望む展開になるかどうかは、その答え次第かもな」
楽しむように龍園が
だが口の中が痛んだのか、すぐに笑顔は消える。
ちょっと寒くなってきた。この時期長い間外にいると
「Dクラスは3学期にCクラスに上がる。だが、恐らくもう一度Dクラスに戻る──
「ク、クク。クハハハ!」
痛みを無視して、
「心底
もちろん事はそう単純じゃない。
退学にさせるだけの材料が現状ない以上、次回以降の試験内容にも左右される。
それに気がかりな存在があるのも事実だ。
「いいぜ。やっぱりおまえはそうでないとな
「納得できたか? 手を組まなくても協力し合えることはある。そう思わないか?」
「クク。
「可能性はあると思ってるんだが」
「抜かせ。他の誰かとやり合うくらいならお前を
恐怖を知り、それでも
互いの目と目が
「綾小路、おまえは強引にでも俺を利用するつもりらしいが、俺は戦うつもりはない」
「の、ようだな」
意思は固そうだ。龍園は完全に表舞台から姿を消すらしい。
あるいは水面下で動き続けるのか。
「龍園、ひとつアドバイスしておく。おまえの考えていたプライベートポイントに
「
「吐いたってほどじゃない。8億
それが龍園の実行しようとしていた作戦であることは、想像に難くない。その戦略に勝ち目が無いこと、それはこれまでの学校の歴史が物語っている。
推定8億プライベートポイントを貯めることなど非現実的だ。
オレは龍園一人が勝ち抜けるため、あるいは親しい者だけを引き上げるためにプライベートポイントを貯める作戦を遂行していると思っていた。
屋上でプライベートポイントを手放そうとしたのは退学するからであって、在学を選択すれば水面下で再びプライベートポイントを集めに動き出すと踏んでいたのだ。
しかし伊吹の様子から察するに、龍園はクラス全員を勝ち抜けさせる戦略として、プライベートポイントを集めていたと思われる。確かに暴君として存在するには、それ相応の見返りを用意しなければならないが、そんなものは最後の最後で
「それとも、8億を
「仮に、今おまえの手持ちポイントが尽きていても、Aクラスとの契約は残っている。1ヶ月80万ポイント入る計算で単純に考えても、残り25ヶ月。卒業までにギリギリ間に合う計算だ。毎月自分に入るプライベートポイントも加味すればもう少し短縮できる。それ以上欲張るな」
それで
「
冗談ではなく、龍園はあざ笑うように言った。だが虚勢を張る口調ではない。
つまりそれは───8億を貯める方法がある、ということを意味する。
「お前にはクラス全員を引き上げる秘策があるとでも言うのか? 龍園」
「いいか。年間に動いているプライベートポイントは
それを8ヶ月続ければ約8億。目標額に届くことも夢じゃないと?
計算上は足りても、とても実行できるものではない。机上の空論にもほどがある。
騙し騙されの戦略も、大量のポイントが動くとなれば学校からの監視も強まるだろう。もし奇策にハメて全生徒から一ヶ月搾取に成功しても、1億が関の山。やはり不可能だ。
その1億すら不正の余地があれば直ちに回収されペナルティを受ける。
知恵を振り絞り、正攻法で攻めたとしてどれだけ貯められるだろうか。
無駄だと思いつつ、改めてソロバンを
クラス全員の協力は必然のモノとして、クラスポイントを高水準の1000ポイントで維持したと仮定。1年間で約5000万ポイント。
特別試験等を
無駄に使わず試験を完璧にこなしても、この辺りが限界ライン。
3年間で1億8000万。2億にも届かない。これが1クラスが貯められる最大限のプライベートポイントだが、実際には大きく目減りするはずだ。
現実ラインとして1億5000万ポイントに届けば
そう結論付けたが
その横顔を見ていて、オレの
「届くわけがない、とも限らないのか」
龍園が
オレには見えていなかった戦略。
「俺とおまえはやり口が似ちゃいるが、根本的な思考は違うようだな」
「勝算の低い選択肢は、極力選ばない主義なんだ」
「だろうな。だがお前にも見えたんだろ? 俺の考えていた戦略が」
「ああ。元々勝算が0だと思っていたおまえの戦略だが、5%以上にはなった」
だが成功させるためには、絶対に必要不可欠なものがいくつもある。
「そんなことより
そんな指摘を受け、オレは自分の身なりに視線を落とした。
「あぁいや、何となく。雪の感触が気持ちよかったからなんだが。変か?」
雪が降りしきっていた間、面白くてついジッとしていたら積もっていた。
頭から肩、腕や
指摘はありがたかったが払いのけることはしなかった。
どうせすぐに溶けて消える。
それならこうして、雪と触れ合ってみるのも悪くない。
「ふざけた野郎だな」
「その話を聞いたら、ますます利害の一致にも
「
「それだけの度量があれば、
仲良しこよしの協力関係なんて求めていない。
両者の利害だけ一致させる。それが、ある種もっとも強い関係を生み出す。
「だったらこうだ
「根回し?」
「3学期の動向次第だが、Cクラス、いやDクラスになった俺のクラスは恐らく
あくまでもどうするかのジャッジは、龍園以外が決めるってことか。
「悪くはない話だな」
龍園が
特に
「だが、その根回しの条件にはさっきの件を含める。おまえらがAクラスに上がった時、要求を呑むなら聞いてやるよ」
「それで裏から
「あり得ないな。俺はもう降りたと言っただろうが」
「つまり、ただの根回しひとつで……なかなか吹っかけてくれるな」
不可侵を条件にしても、こちらが圧倒的に不都合を
「俺を安く動かせると思うなよ綾小路」
「その提案、飲んでもいいが書面には出来ない。あくまでも口頭での約束だ」
「クク。裏で動くおまえにそんなもの求めやしねえよ。だがな、
なんなら破って見せろ、と言っているようにも聞こえた。
「余計なことだとは思うがひとつ聞かせてくれ。たとえここで密約を結んでも、龍園抜きで『作戦』が
0%が5%に上がっても、そこから先は相当な手腕、運が必要になってくる。
それを持ち合わせている人間がいるとすれば、この
「そこまでは知らねえよ。そのチャンスを生かすも殺すも
あくまでもお
それが旧Cクラスを暴力と恐怖で支配してきた男の責任の取り方。
せめてもの償いってことだろう。
「交渉成立だ」
オレは龍園の手を取ることにした。
どちらにせよ龍園は簡単に制御できる存在じゃない。
隠居させつつ、邪魔されないよう誘導出来るのなら得な買い物だろう。
いや、この件だけではまだ油断ならない。
「これで話は終わりか? 元々の誘い文句じゃ、会わせたい人間がいるって話だったが。その価値のあるヤツが1年の中にいるとは思えないけどな」
「そうだな。1年の中にはいないかも知れない」
「何?」
「丁度良い頃合だ」
予定の時間が差し迫っていたところで計ったように男が遠くから姿を見せる。
その姿を見て、龍園も意外な来客に驚きを隠せないようだった。
その男はこちらまで歩いてくると、丁度オレと龍園の間ほどで立ち止まる。
「……まさかコイツか? おまえが会わせたいって言ってたのは」
オレは龍園からの問いかけを否定することなく、その男に視線を向ける。
「朝早くから悪かったな」
「構わん。密会するには良い時間だ。場所のチョイスも悪くない」
限られた学校の敷地、そのリソースの中だからな。
左右から来る人物が遠めにもすぐに分かる位置。
万が一誰か来れば、この男は他人の振りをして歩き出すだろう。
「元生徒会長と
この間の屋上の件も含めて、龍園は小さく笑った。既に生徒会長の妹であることは察しがついていたか、調べがついていたようだ。
「
驚いた、というよりは念のために確認した、というべきか。
一度オレの頭に積もった雪を見たあと、気にもせず
「なら、龍園
「ちょっと待て。誰が協力者だと?」
「少なくとも外敵じゃないことだけは保証する」
味方、協力者とは
「
「ああ。
「南雲? 新任の生徒会長か」
この場に
「南雲のやり方が気に入らないらしい」
「なるほど。それで綾小路を利用して南雲を止める算段か。2年がヤツに支配されているのは有名な話だからな。対処するには1年を使うしかないわけだ。ひとつ教えてくれよ堀北。いつから綾小路に目をつけていたんだ?」
龍園は堀北兄に対して呼び捨てにする。それだけじゃなく態度は上からそのものだった。
まぁ、オレも似たようなものなので人のことは言えないが。
「入学してすぐにだ。そっちは
やり返したわけじゃないだろうが、龍園に対して堀北兄は淡々とそう答える。
「クク。俺は過程をじっくり楽しむタイプだからな」
「それにしては随分なやられようだ」
高圧的な態度を取る龍園に対してお
龍園もそれを感じ取ったのか視線を強める。
「俺の腕が大したことないと思ってるのなら、この場で試してやろうか?」
手負いでも仕
「遠慮しておこう。そんなことに興味はない」
堀北兄は冷静に返す。
「クク。乗ってこないと思ったぜ」
龍園は鼻で薄ら笑うと、組んでいた足を地に着ける。
その直後、前
雪で視界が一瞬失われ、動揺したであろう瞬間を狙い、龍園は右拳を堀北兄の腹部を目掛けて繰り出す。
それを堀北兄は視界が悪いことなど感じさせず予測で完璧にガードする。
後方に下がりながら、慌てることなく冷静に、
「賢いだけのインテリ野郎かと思ったら、なかなかどうしてやるじゃねえか」
不意打ちにもかかわらず、攻撃を防ぎきった
「遠慮すると言ったはずだがな」
「どうした。不服ならいつでも仕掛けて来いよ。それとも1年には反撃できないのか?」
「
パン、と服についた雪と土を払いのける堀北兄。
「オレもそう思ってるところだ」
「まぁいいさ。それなりに出来る男って分かっただけ評価してやるよ。堀北『先輩』」
「こちらも同じだ。おまえは生徒会向きではないが、一定の評価はしているつもりだ」
「元生徒会長様に
本気で受け取らず、龍園は受け流すように手を
そんな2人のやり取りが終わったところで、堀北兄は本題に移る。
「綾小路にやってもらいたいことはこの学校の
「具体的にはどう変わっていくんだ? 生徒会にはそんな権力があると?」
「もちろん生徒会は万能ではない。しかし、他校のようなお飾りの生徒会とは違い一定の権限を与えられていることは事実だ。現に学校で問題が起きた時には生徒会が中心となって解決する。そのことは綾小路も龍園も理解しているはずだ」
「そして生徒会には特別試験の一部を考え決定する権利も与えられている。今年は1年が無人島によるサバイバル試験を行ったが、あれは昔の生徒会が考えた案を軸にしている」
つまり、南雲が特別試験でこれまでと違ったものを作り出す可能性はあるのか。
「テメェらの築きあげてきた
鼻で笑い、龍園は一度足を組みなおした。
「それが正しい方法であればな。だが南雲はこれまで、
17人。けして少なくない数であることは分かる。
「それだけの退学者を出せば、学年を支配することは難しくないだろうな」
恐らくは南雲を止めようとした勢力もいたはずだ。
だが返り討ちにあったとすれば、次第に勢力は弱まり吸収され軍門に下る。
そうして、
「生徒会長に就任した今、その手は1年、3年にも及んでくるだろう。来年になれば新しい1年生にも、その影響が色濃く出ることが予想される」
放置すれば10人20人の退学者ではすまなくなるかも知れないな。
「合理的じゃねえか南雲は。その17人はただ無価値な人間だから
「ルールを破ったものは退学になる。それは当然のことだ。だが、誰一人欠けることなく卒業まで導く。それが理想の指導者というものだろう」
「だったら
「あくまでも理想の話だ。少なくとも、今の段階で1年の中には退学者が出ていない。その理想を追求することは悪いことではないだろう」
「だとよ
「理想としては理解できる。それを
「ククッ。その通りだ」
今その資格があるとすれば、Bクラスの
「もちろんそこまでをおまえに望むつもりはない。南雲の暴走を止められればそれでいい」
簡単に言うが、そんなことが容易に出来るなら堀北兄も頼んではこない。
生徒会にそれなりの実権があるなら、
不用意に退学者を出さないようにするなら、1年が試験内容やペナルティに振り回されないように尽力するくらいしか出来ないからだ。
「俺はここで帰らせてもらうぜ。秘密の共有者にも仕立て上げられたことだしな」
生徒会のごたごたに龍園は興味がない、ということだろう。
「なかなか面白い話だったけどな、これ以上は時間の無駄だ。じゃあな」
満足のいく交渉だったのか、龍園は迷うことなく
そんな龍園の背中にオレは語りかけた。
「これから先、ずっと一人でいるつもりか?」
「ほっとけよ。元々俺はこっちの方が
そう言い残して、龍園は雪の足跡と共に去っていった。
「綾小路。おまえが龍園にこの話を聞かせたのは、味方に引き入れるためなのか?」
「無きにしもあらずだが……どちらかというとオレ自身をヤツの興味対象から外す目的の方が強い」
オレが確実に1年のクラス争いには参加しないことを、龍園にアピールする狙いがあった。
これから生徒会対策に取り掛かると感じれば、再び牙を
好戦的で相手になってくれる
もっとも、あいつはもう誰とも本気で戦う気がないようにも見えるが。
「何にせよ、今後はおまえにも理解ある友人が必要になってくるだろう。そういう意味では一戦を
「友人、ね」
まぁそんなことよりも、今は情報を取れるだけ取っておかないとな。
「オレは上級生に関する情報を
「もちろんだ。その準備は既に済ませてある」
そう言って堀北兄は携帯を取り出す。オレの連絡先を伝えるとすぐにメッセージが飛んできた。そのメッセージに目を通しながら堀北兄の説明を受ける。
「生徒会のメンバーで、
ご丁寧に履歴書のような形で、顔写真つきのものが送られてくる。
誰がどのクラスに所属しているかが一目で分かるものだった。
副会長を始め、現在Aクラスに所属していない生徒も数名在籍しているところを見ると、南雲の支配力が
何にせよこの情報は貴重なものだ。他学年の生徒に接触するのは簡単じゃない。特に生徒会長周辺ともなれば、こちらは
今
「南雲の行動や性格の詳細を知っているのは同学年の人間だけだろう。生徒会で
本来、南雲を崩していくには更なる情報が必要不可欠だ。どのような性格で、どのような戦略を好むのか。それらを
「肝心の2年が南雲に掌握されてるんじゃ、それも難しそうだな」
「その通りだ……だが、2年の中に今も南雲を敵視している生徒は存在する」
心当たりのある言い方だった。
「名前は?」
「残念だが、今の段階では教えることは出来ない。俺と繋がっていることが南雲に知られれば、その生徒の安全は保証できないからな」
「裏切り者として処分……退学させられる可能性があるってことか」
「俺が在学中なら守ることも出来るかもしれないが、卒業後は後ろ盾もなくなる」
気にするべきは、
「オレとその2年の生徒を
「おまえがその気なら、1年の中で動ける生徒としておまえの名前を出したい」
ってことなんだろうな。
向こうから正体を明かせない以上、こっちが名乗りを
「どうするかはお前次第だ」
普通なら断るのが得策だろう。ただ、これはオレが誰にも自分のスペックを
しかし現状、既に
特に坂柳に関してはホワイトルームの背景まで知っている生徒だ。
秘密として守れば守るほど、坂柳にとってはひとつの武器を与えてしまうことになるだろう。ここで提案を断っても実入りは少ないか。
「分かった。2年にはオレのことを伝えてくれても構わない」
「思い切った判断だが、正しい判断だ」
「後はあんたの言葉に重みがあるかどうかだな」
頼れる生徒がいる、といっても向こうからしてみれば1年。年下を頼りにして大丈夫か不安になるはずだ。
「俺の発言を信じないのであれば、南雲降ろしなど到底出来ることじゃない」
「まぁ任せるさ」
「出会った頃からは想像しづらい
「あんたには借りを作ったからな」
もちろんこれは、素直に堀北兄に従って行動するならの話だ。
平穏な日々を目指す身として、生徒会に関与することは当然ながら避けたい。堀北兄が卒業するまでの間の辛抱とはいえ、気になる点もある。
自身の卒業後、オレが約束を
そんなはずはないだろう。
「あんたにオレの考えていることが何か分かるか?」
「俺が卒業した後のこと、といったところか」
お見事。
「自分から切り出すとは思わなかったな。伏せておいた方がいい問題だと思うが?」
「あんたの腹の底が見えなくて、ちょっと不気味に感じたからな」
「結果的に、おまえの協力は俺が卒業するまでの間でも構わん。それまでに在校生の意識が変わることがなければ、それはこの学校がそれまでだった、ということになる」
「それ以前の問題かも知れないぞ。オレが
「出来ないと思う人間に大切な案件を任せたりはしない」
あるいは豚も
どちらにせよまだ、この男の底は見えないな。
「手は考えてみるが、あんたの卒業までに成果を残せる保証は無いぞ」
「そんなことは分かっている」
元生徒会長として、学校に誇りを持っているとしても異常すぎるくらいだ。
そもそも、堀北兄は南雲の異常性のようなものに気づきつつも静観していた。
オレが現れたからと表現したが、それも少しばかり引っかかる。
「おまえが借りひとつで全て俺の希望通りに動くとは思っていない。お前も最初からそのつもりで南雲降ろしを引き受けたはずだ。違うか?」
堀北兄もその辺りはしっかりと理解してくれているようだな。
「元生徒会長とはいえ、あんたには一定の権力……いや、影響力はあるからな。味方につけておけば利用できる場面もあると考えた。当然のことだろ?」
直接的には、堀北兄は公平な立場を貫きこちらに肩入れはしないだろう。
だが、要所要所で頼れば裏で
そんな時利害関係や、パートナー関係を構築しておけば助かる場面も出てくる。
「俺を頼るのは勝手だが、過度な期待をしてもらっては困るぞ」
「そのつもりはない。あくまでも『最後の一押し』で役立ってもらえればそれでいい」
もちろん、そんな『一押し』が必要ないに越したことはないんだが。
ともかく大切なのはその『一押し』を有しているかどうか。
「いいだろう。南雲降ろしは簡単に出来ることじゃないだろうからな」
堀北兄の卒業まで厄介ごとに付き合わされる反面、いざという時の切り札は得られた。
「ちなみに南雲への対策はこれからゆっくり立てる。けどそのまえに確かめておきたいことがある。あんたの妹のことだ」
「
「そういうことじゃない。オレは1年近く堀北と同じクラスでやってきたが、あいつには一定の才能があると思ってる。長い間妹を
「才能か。何をもって才能とする。勉学の
こちらの気にしている部分に、既に気が付いていたようだ。
「総合的な意味だ。
「不出来な妹だ。常に俺の影だけを追い、そこに追いつくことを目標にしている」
浅はかだ、と吐き捨てる。
しかし今の言い回しは……。
「もしかして……それは『終着駅』としての問題なのか?」
「どう解釈するかはおまえに任せる。このことで何かが変わるわけでもないだろう?」
「そうかもな」
でもこれで、堀北兄が
「もし妹が生徒会に入ると言ったら、あんたは『一押し』してくれるんだろうな?」
「可能な限りは協力する」
それが聞けただけでも、
「データは
「そうさせてもらおう。これからの学校生活は、お前にかかっていると言えるからな」
過度なプレッシャーを与えつつ、堀北兄も去っていった。
1
そんな
昼過ぎまで部屋でのんびり過ごし、ネットをしたり本を読んだりして時間を
そして次の行動は、堀北にチャットを飛ばすこと。
堀北兄からの推薦も約束されたことで、堀北に生徒会入りの打診が出来るようになった。
基本が一人行動である堀北なんかは、オレのように部屋に
『少し話がある』
そう切り出して送ったメッセージは、数分後に既読がついた。
『構わないけれど、電話がいいかしら? それとも直接?』
『直接かな。可能なら今からでもどうだ?』
『今カフェにいるわ。来てもらえるなら話を聞く』
勝手なイメージとは裏腹に、その堀北は外出中らしい。
少し面倒な気もしたが、面倒なことは早めに終わらせてしまったほうがいい。
『すぐに行く』
とだけ返事を返し、オレはコートに身を包んだ。
エレベーターで降りて外に向かう途中らしく背後のオレには気づいていない。
特に声をかけることもなく同じ方向へと歩き出すと会話が聞こえてきた。
「何だよ
「うるせえな
「俺たちは結局、今年は彼女もいないまま終了ってわけか。
「ちっ。俺はゆっくり行くんだよ。
どうやら須藤は堀北にアクションを起こしていたらしい。
しかし見事に
だが
「
「え、な、何がだよ」
「何だよ何がって。今日カラオケでオールしようって言ったんだよ」
「いやぁ、悪いな春樹。ちょっとそれは無理だ」
「は? 何だよ無理って。イヴにすることなんてないだろ? 右手だけが恋人なのに」
「……ちょっと色々あるんだよ。俺にだって」
明らかに動揺する池だったが、カラオケに参加できない理由を答えようとしない。
「おいまさか寛治……!」
その雰囲気の異様さに須藤も気づいたようで詰め寄る。
「べ、別に違うって」
何かを問いただしたわけじゃないのに、池はそう言って否定した後理由を話す。
「ちょっと、友達と飯食うだけだって……」
そう言った池は視線をそらし、小声だった。
その『友達』が男ではないことは後ろで聞いていたオレにも分かった。
そして先日の光景が頭を
「誰だよ! 誰と遊びに行くんだ! 吐け! 吐け!」
冷静さを失った山内が、池の胸倉を
「ま、マジで大したことねえって。……し、
「しのはら……って、うちのクラスの、あの篠原か!?」
白状した池が、小さく
「なんで篠原なんだよ。おまえあいつとしょっちゅう
「だから飯に行くだけだって。俺があんな女で満足するわけないだろ? この間ちょっと面倒ごとがあってさ、それを俺が助けてやったらお礼がしたいって言われたんだよ!」
「いやいやいや、お礼がどうだかしんねーけどイヴだぞイヴ!?」
「なんもねーってマジで! あんなのと付き合うとか天変地異が起こってもねえから!」
「信じらんねー! 尾行しようぜ
「おま、ちょマジでやめろよ。
そんな風に答える
池と篠原か。意外とお似合いのカップルになるかも知れない。
もちろんそうなる可能性は、今のところ未知数としか言いようがないが。
2
冬休み、
目的地は混雑していた。8割以上の客が女子のため、すぐには
店内をうろうろしながら見渡していると、やっとその後姿を見つける。
「来たぞ」
「早かったわね」
そんな堀北とのやりとりの直後、
「おはよう
何とも意外な組み合わせの2人と
「他には誰もいないわよ」
わざわざこちらの視線に答えるように、堀北が淡々と答える。
あり得るとしたら
「基本的に邪魔するつもりはないんだが……どっちから誘ったんだ?」
そんなオレの問いかけに、櫛田は優しく
「私よ。私が櫛田さんを誘ったの」
答えはそうじゃないと思っていた方で解決した。
いや、不自然ではないのか。むしろ堀北は最近積極的に櫛田との
櫛田は堀北だけが相手なら遠慮しない物言いだが、こういった公共の場では仮面を被らなければならなくなる。
「ところで
「どう、とはどういう意味かしら?」
「クリスマスは一緒に過ごしたりしないのかなーって」
「するわけないでしょう」
ぴしゃりと言い放つ。
「そうなの? 須藤くん誘ってこなかった?」
「今この場では関係のないことでしょう?」
オレが登場したことで場の流れを変えようと試みた
元々強気な態度の堀北は、テストで勝った優位性と人目につくカフェの2点を武器に
「それから
今は櫛田との会話で忙しい、とでも言いたげだ。
事実堀北にとってみれば貴重な場だろう。
「悪い。他に誰か居るとは思わなかったんだ。また今度にする」
明らかにこの場に不要なオレは立ち去ることを決める。
しかしこの瞬間に限っては、逆にオレの存在が生きると櫛田の方は判断した。
「いいじゃない
そう言って
だが堀北に無言の圧を食らって、平然と席につけるほどオレの
「またの機会に」
そう言って、そそくさと退散することにした。
「待って。ここで聞くわ」
「いや、全然関係ない話だからな」
オレは
最近は様々な人間に事情を聞かせてきたが、今回に限っては全く聞かせるメリットが無い。それどころかデメリットの
「もしかして、彼女に聞かせたくないような話なのかしら」
鋭い堀北の指摘が飛んでくる。
「そうなの? 綾小路くん」
悲しそうな目で櫛田がこちらを見てくる。
もちろん、オレは即座に否定するつもりだった。
しかしそれを封じるように堀北が回りこんでくる。
「悪いけれど彼女はクラスの一員よ。
「そうじゃない。これはクラスの話とは一切関係がない。あくまでもオレと堀北の個人間での問題だ」
「そう。だったら別に構わないわ。私に関することなのでしょう? ここで話して」
「遠慮しておく」
「なら今からあなたがしようとした話を、他の場では絶対に聞かないわよ」
どうやら堀北の意思は相当に固いらしい。
包み隠さず物事を話すことが、櫛田との関係改善の一歩と考えているんだろうか。
櫛田の表情はいつもと変わらない優しさに
何度沼地に誘い込まれ死にそうになっても、その笑顔を見れば今度こそ、と信じたくもなるだろう。適当な話をでっち上げて、この場では納得させられるかも知れない。
しかし警戒心を強めた堀北が後日、今から話す提案を受け入れるとは思えなかった。
「分かった。だったら率直に言う。いいんだな?」
「ええ。話して」
「生徒会に入るつもりはないか?」
後悔先に立たず。堀北がどう受け取るかは知らない。オレは用件をそのまま伝えた。
「……ごめんなさい。ちょっと理解が追いついていないようね」
どうしてそんな話が出てきたのか、と首を
「
「その辺も踏まえて話がしたかったんだ」
「いいわ、続けて」
「あの、いいの?
話を
「いい、とは?」
「生徒会って言うと、堀北さんのお兄さんも関係してくる話だと思うの。それを私が聞いちゃってもいいの?」
「あなたは中学時代から、私と兄さんのことを知っているもの。今更だわ」
堀北が兄貴を証人にしたのも、櫛田が
すぐに終わる話でもない。オレは覚悟を決め2人の
「ある人間がおまえの生徒会入りを熱望している」
「ある人間?」
「……おまえの兄貴だよ」
もちろん、厳密には堀北兄に頼まれているわけじゃない。堀北を利用するもしないも好きにしろと言われただけ。だが、堀北を動かすには兄貴を使うしかない。
「どうして兄さんが私に生徒会に入れと言うの? あり得ないわね」
やや不服そうにしながら否定する堀北。
「本当の話だ」
「もし本当にそうなら兄さんは直接私に言うはずよ。どうしてあなたを通すの」
「あの兄貴が直接言うと思うか?」
「思わないわ。そもそも生徒会に入れなんてことを言い出すはずがないもの」
つまり堀北はオレの話を最初から信じていないということだ。
ここまで凝り固まった兄妹関係だと、
かといって、これ以上真実を含んだ踏み込みをするには櫛田の存在が余計だ。3学期になれば
そうなれば更に面倒なことが増えてくる。いずれそうなるにしろ、その時が今である必要は全くない。
「あなたの嘘に付き合うつもりはないの。一体何が言いたいのかしら」
「本当のことだ。嘘だと思うなら直接確かめてみればいいんじゃないか?」
嘘で切り出した話を本当に変える。
「
「強気でもなんでも疑ってるんだろ? 連絡すればいい」
「じゃああなたは、その、兄さんの連絡先を知っているの?」
「オレは知らないが妹のおまえなら知ってて当然じゃないのか」
「知らないわよ」
「もし良かったら、
「橘って、兄さんの書記をやっていた人?」
「うん。私、橘先輩とは何度か話したことがあって、連絡先聞いてるから」
さすが
「本当に確かめていいのね
「好きにしてくれ」
どうせ
「ありがとうございます先輩。はいっ、失礼しますっ」
直接電話していた櫛田が通話を終えると、すぐに携帯を操作した。直後堀北の携帯が短く鳴る。どうやら堀北兄の電話番号を無事聞き終え、堀北に転送したようだ。
「ありがとう櫛田さん」
「ううん、どういたしましてっ」
人の目があるとはいえ、堀北に優しい対応を見せるのは
それからすぐに電話をかけると思ったが、その手が動くことはなく、両手で携帯を握り締めたままだった。
「……ふーっ」
深いため息、いや深呼吸。
家族に電話するだけで、こんなに緊張することも普通はないだろう。
「もし全てが嘘だったら……覚悟してもらうわよ」
「念を押されるまでもない」
これは堀北の駆け引き。
自分の兄貴が生徒会入りしろなんて言ってくるはずがない。だがオレが自信に
オレを信じきることの出来ない堀北は意を決して通話ボタンを押した。
携帯を耳に当てること数秒。
電話の相手が通話に出たのか、堀北がよりいっそう緊張するのが伝わってきた。
「あ、あのっ。わ、私です。堀北
他人行儀な入り方をする堀北。
「
それから
そして、オレが持ちかけた生徒会入りの話が本当であることを聞かされたのだろう。
「はい。あ、ありがとうございました。失礼します」
通話を終えると一息つき、そして強烈にオレを
「本当だっただろ? なんで睨まれなきゃならない」
「どうしてあなたが橋渡しの役をしているのか、それが不可解だからよ」
実に分かりやすい話だ。確かに誰の目から見ても不自然だよな。
「堀北さん生徒会に入るの?」
「……いいえ、入らないわ」
「ちょっと待て。おまえの兄貴に入るように言われたんだろ?」
「入ることが私のためになる、そう言ってくれたわ。でも……私は生徒会に入ることが自分のためになるとは思えない」
絶対な存在である兄の希望とあっても、堀北は飲むつもりはないらしい。
これ以上この場で粘っても良いことはないだろう。
「分かった。とりあえず、また今度話す機会を設けてくれ」
「どうかしらね。時間の無駄だと思うけれど?」
「かもな」
こちらが切り上げる空気を出したことを堀北も察知したのか、引き止めるようなことはしなかった。今大切なのは次に
櫛田がいては、これ以上踏み込んだ話も出来ないしな。
「またね
そう優しく声をかけてきた櫛田には、
3
夜の10時を回った。
イヴは刻一刻と過ぎていく。
オレは男友達と騒ぐこともなく、一人テレビを
生中継で東京の街並みを映し、クリスマス一色のムードを伝えている。試しにチャンネルを切り替えてみても、やはりクリスマスに関連する番組ばかりだった。女性に贈るプレゼントのランキング(タイミング的に遅い気もするが)だったり、子供が喜ぶクリスマスプレゼントのランキングもあった(やはりタイミング的に遅い気がする)が、特に面白いと思えるような番組は見当たらない。
テレビを
クリスマス以外の情報が何か見たいと思い、適当に上がっている記事に目を通す。事故や事件、海外のスポーツ選手の朗報など様々だ。クリスマスと言えど一日は一日なわけで、時間の流れは変わらず動いている。
部屋のチャイムが鳴った。ロビーからではなく、玄関側からだ。
「はい」
玄関に向かいながら返事をすると、尋ね人の正体が判明する。
「こ、ここ、こんばんわっ」
聞き
オレは玄関の
「き、
「どうした
時刻は既に夜の10時を過ぎているが、
「今まで遊んでたのか。でも確か集まりは明日じゃなかったか?」
「うんっ。それとは別なの。
「そうか」
昼前くらいから合流していたのだとしたら、ほぼ半日か。
「楽しかったか?」
「ちょっと疲れちゃったけど、でも楽しかったよ」
「それは良かった」
もはやオレが
「波瑠加ちゃんから明日用事があって清隆くんが来られないって聞いたんだけど……」
そうか。そう言えば波瑠加とそんな話をしたな。
「ちょっと予定があるんだ。参加できなくて悪いな」
「ううん、それは全然いいのっ。えっとね、本当は明日渡そうと思ってたんだけどっ!」
そう言って、愛里は両手をオレに向けて差し出した。
シンプルながらも
「これ……良かったらっ」
どうやらクリスマスプレゼントを用意してくれていたらしい。
「いいのか?
「うんっ! そ、その、他のみんなにも用意してるしっ」
それならオレとしても受け取りやすい。ありがたく貰うことにしよう。
差し出されたプレゼントを受け取る。
こういう時、どうするのが良いんだろうか。
この場で中身を確認したほうがいいのか、
どうしていいかわからず悩んでいると照れくさそうにしながら愛里が言った。
「あ、開けてみてもいいよ?」
とのことだったので、オレはその言葉に遠慮なく従うことにした。小さめの袋を開けると、中から出てきたのは暖かそうな手袋だった。
「
「買おうと思って、結局買ってなかったんだ。ありがとう愛里」
「へへへ……良かった」
つい買うのを先延ばしにしてしまっていた物、青色のシンプルな手袋だった。下手にイラストや模様があるよりもずっと使いやすい。
早速手に付けてみる。人生初の手袋だが、その辺は申告しない。
左手にはめ、右手にもはめる。それから二度三度グーとパーを繰り返してみる。その様子を
「ど、どうかな?」
「サイズもぴったりだし、暖かい」
「良かったっ」
好みについて話したことはなかったが、オレが自分で買いに行っても選んでいそうな手袋だった。
「それじゃ、その、夜遅くにごめんね。お休みなさい
長居することを悪いと思ったのだろう、愛里はそう言って背を向けた。こっちとしてはお茶くらい飲んでいって
しかもイヴの24日に女の子を部屋に上げるのは色々と問題だろう。そのままエレベーターに向かう愛里を見送っていると、視線に気づいてか気づかずか一度振り向いた。
そして小さく手を振ってからエレベーターに乗って上階へと帰っていった。
それを見届けてからオレは部屋に戻る。
「……お礼っていつ返せばいいんだろうな」
バレンタインのお返しがホワイトデー、というのはさすがに知っているが、クリスマスのお礼はいつ返すものなんだろな。
後で調べておこう。