ようこそ実力至上主義の教室へ 7

〇龍園が得るもの、失うもの

 その日の夜、俺は自分が幼き日のことを夢に見た。

 殺した一匹のへびのことを。

 もしかしたらあの時、あの蛇を殺す前にみ付かれ恐怖を覚えていたなら。

 俺は同じ選択を選んだだろうか。

「……くだらねえ」

 そんな考えに、何の意味もありはしない。

 人間はやり直し不可能な一発限りの人生を毎日送っている。

 そして、その毎日の中で勝敗は常に動いていて、勝つ日もあれば負ける日もある。

 昨日はたまたま、そういう日だっただけ。

 俺が負けた数は通算で、3けたは下らないだろう。

 あやの小路こうじだけに限っていっても、昨日が初めての負けってわけじゃない。

 なのにどうしてここまで違うものなのか。

 早朝8時、寮を出て学校を目指すために外へと足を踏み出した。

 冬休み初日だが、学校は部活のために問題なく開放はされている。

 校内に足を踏み入れる時は制服が原則だが、もう守る必要もない。

 部活をやってる連中の朝練は、大体7時前後から始まる。ケヤキモールは10時からのため、この時間学校方向に向かう生徒は俺くらいなものだろう。

「……っくし」

 学校へと続く並木道の途中、一人の生徒が寒そうに身体からだを震わせていた。

 無視して歩みを進めていたが、横を通り過ぎるところで声をかけてきやがった。

「やっと来た」

 そんな声を聞き流して過ぎ去っていく。

「ちょっと待ちなさいよ」

 慌てて追いかけてくると、すぐに俺の肩をつかんできた。

「あ? 何やってんだおまえ。気安く触ってんじゃねえよ」

「私だって触りたかない。携帯押し付けてきたでしょ。それを返したかっただけ」

 そう言って、鼻を赤くしたぶきは携帯を俺に突き返してきた。

「適当にしときゃいいのによ。いつから待ってやがった」

「さあ……?」

 覚えてないフリってことは、それなりに長い間だろう。

 どうしてこう無駄なところで、コイツは細かいんだ。

 受け取らずぶきの横を抜けようとすると、今度は腕をつかまれる。

「あんた本当にめるわけ?」

「携帯を返すだけじゃなかったのか?」

 短く答えると、伊吹は怒ったようににらみ付けてきた。

「入学当初、いしざきやアルベルトたちとめた時あんた言ったよね? 何度負けても最後に勝ってたヤツが一番強いって。事実あんたは、アルベルトたちに対してもそうだった」

「だからなんだ」

あやの小路こうじに一度負けたからって、それで終わりにさせるわけ?」

「こっちの読み違いで先の手を封じたのさ。それに、もうどうでもよくなったんだよ」

「なにそれ。すげーダサいんだけど」

 もうどうでもいい。

 そう思わせたって意味では、本当に大したヤツだぜあいつは。

「かもな」

 だから伊吹の問い掛けに対しても、そうあっけらかんと返した。

「かもなじゃなくって」

 伊吹は俺の腕を掴む手を放さない。

「俺に辞めて欲しかったんだろ。だったら丁度いいはずだぜ?」

「Aクラスに引き上げるって話があったから、私は協力した。なのにこのザマ?」

 日頃、適度にガス抜きしてるつもりだったが、伊吹のヤツはすぐまりやがる。

 まだまだ言い足りないことがあるようで、言葉がむ様子は無かった。

「これまでの横暴な態度も、行動も、全部見逃してきた。最終目標だけは一緒だったから我慢してついてきた。先日Cクラスがペナルティを受けたときも、私たちに何の詳しい説明もしなかった。それでも周囲から不満が出なかったのは、最後にはAクラスに上がれると信じてたから。なのにあんたがここで退学? ダサすぎ」

 そして一呼吸おき、もうひとつ付け加えた。

「こんな情けない話がある?」

「いつまでも都合の良い解釈してんじゃねえよ伊吹」

 俺は一度足を止めた。

 全身痛ぇんだから、余計なことをさせて欲しくないもんだぜ。

「確かに俺はおまえら共に言った。ついてくれば楽にAクラスに引き上げてやるってな。暴力で支配して恐怖を植えつけながらあめを与えただけなんだよ。俺が交わしたAクラスとの契約は知ってるだろ。アレをおまえらに還元するつもりは全く無かった」

「一人でAクラスに上がるつもりだったってこと?」

「最後にはそうするつもりだった。俺がクラスメイトの面倒を本気で見るわけないだろ」

 こう言えばぶきも納得する他ない。

「もういいだろ。じゃあな」

「8億ポイント」

「……あ?」

「昨日携帯を渡された後、マジで一瞬ポイントを移すべきかどうか悩んだ。それで、どうせならと思って色々携帯の中を見させてもらった」

 俺の携帯を起動し、画面を向けてくる。

 それは俺が立てていた3年間の作戦とポイントの推移だ。

「ひとりが勝ちあがるだけだったら、2000万ポイントだけでいい。なのにどうしてこんな計画立ててたわけ? 8億ってCクラス全員がAクラスに行くために必要なポイントでしょ。まあ、とても貯まる額とは思えないけど」

「夢見てんなよ。ただの遊びで書いたメモだ」

 携帯を伊吹から強引にうばい取る。

「今後のことはひよりとかねが率いるだろ。あやの小路こうじが動かなきゃ可能性はある」

「そういうこと言ってんじゃない」

 伊吹め、プライベートポイントは全く動かしてやがらない。

 完全な死に金だ。

 面倒くせぇ。

「さっきから何を言わせたい」

「もしめるって言うなら、私と勝負しろ」

 また突拍子もないことを提案してきやがって。

 馬鹿は使いやすいが、時々こうやって変に暴走しやがる。

「昨日やられた傷に加えて、寒さでまともに体も動いてないだろ」

 そでつかむ腕にも、ろくに力が入っていないことはすぐに分かった。

 強引に歩き出しその袖を掴む手を払うと、次の瞬間俺は殴り飛ばされていた。

 石畳に身体からだを打ちつける。

「……ってぇな。ろくに受身も取れやしねえ」

 綾小路の野郎徹底的に身体を壊していきやがって。

「あー……これでスッキリした。辞めるならさっさと辞めろ」

 伊吹は寮に向け歩き出す。

 一体何時間、ここで待っていやがったんだか。


    1


さかがみ。話がある。用件は昨日伝えたよな」

 学校に一人やって来た俺は担任教師の下をたずねた。

 事前に寮の固定電話から、この時間を指定しておいたわけだ。

 あえて一日間を置いたのは、騒動直後の退学は何かと面倒を残すからだ。

 監視カメラへの細工も踏まえれば問題になりやすい。

 元生徒会長がこの事態を知っているなら、なおのこと。

 それを切り離すねらいだ。

「分かっている。ここでの立ち話は避けたい。進路相談室まで付き合ってもらおうか」

「ああ」

「だがその前に一つ問題がある」

「問題だと?」

「ちょっと来てくれ」

 そう言って坂上は職員室の中に声をかけ、生徒を呼び出した。

 程なくして姿を見せる2人。

りゆうえんさん……」

「あ?」

 いしざきにアルベルトだ。

 なんでぶきのバカに続いて、この二人までここにいる。

「おまえが訪ねてきていないかと朝からずっと待ち続けていた。直接連絡をしろと言っても聞かなくて困っていたところだ。まずはこの二人をどうにかしなさい」

「何やってんだおまえら、さっさとせろ殺すぞ」

「俺たち───」

 余計なことを言おうとするいしざきたちを一にらみし遠ざける。

「うっ……」

 そんな俺のどうかつを聞いていたさかがみは眼鏡を触りながら言った。

「昨日の監視カメラが壊されていた件。石崎たちも関係があるのか?」

「それは俺個人がやったことだ。さっさと行くぞ」

 ここでの不用意な接触は、コイツら自身の首をめることになるだけだ。

 振り払い、坂上を無視して俺は進路指導室に歩き出す。

 坂上は石崎たちを怪しみながらも、帰るよううながし俺についてきた。

「おまえから電話で説明を受け理解しているつもりだが、一つずつ解決させようりゆうえん。まず監視カメラをスプレーで汚損した件は認めるな?」

「ああ。俺が一人でやったことだ」

「そしてもう一つ。いしざきとアルベルト、ぶきめた事実は?」

「認める。全部俺の責任だ。一方的に殴ろうとしたのさ。結果返り討ちにあったがな」

 こんな負け戦に、こいつらをからめる必要はない。

「理解しているのなら話は早い」

「待ってくださいよ龍園さん! 俺たちだって無関係じゃ───」

 帰らず追ってくる石崎に対し、俺は正面からりをたたんだ。

 今更一度や二度暴力を重ねたところで、退学する人間には関係の無いことだ。

「何をしている龍園!」

「何度言わせるつもりだ。昨日俺から殴られただけじゃ飽き足りないってのか?」

 苦しそうにうずくまる石崎から視線を外す。

「今のも俺のペナルティに加えとけ」

「……どんな事情にせよ次に問題を起こせばおまえだけでは済まないぞ」

「うるせぇよ。どうせこれで終わりだ」

 進路相談室の中に通された俺は、すぐ本題を切り出した。

「さっさとしろよ坂上。退学処理を進めてくれ」

「どうやらかんちがいしているようだから訂正しておく」

 坂上は、ゆっくりと口を動かす。

「おまえの発言には矛盾が確認された」

「あ? ちょっと待て。矛盾だと?」

「こちらがあくしている限りでは、Dクラスとの間に問題があったようだが?」

 まさかあやの小路こうじが最後の最後でやってくれたか。

 俺の提案を無視してかるざわの件を含め学校に報告したとすれば、俺だけじゃなく伊吹や石崎も相当な罰を受ける。

 プライベートポイントを失うだけじゃ終わらないだろう。

「俺たちに対して訴えでも起こしたかよ」

「訴え? こちらが聞いた話では、監視カメラの破壊にはお前だけじゃなくDクラスの生徒の一人もかかわった、と聞かされている」

「なんだと……?」

 一瞬言葉の意味が理解できず、混乱する。

「Dクラス側には既に修理費としてプライベートポイントを払ってもらっている。私が確認したかったのは、過失の割合が均等でよかったのかどうか、その部分だ」

「ふざけたことを……」

 そんなことをして、俺がめないと思ったら大間違いだぜ綾小路。

「俺は退学する」

「……何の問題もない。にもかかわらずか?」

 さかがみもバカじゃない。

 昨日屋上で面倒なことが起こったことくらい、状況から察しているはずだ。

「そうだ。この学校に残る意味をいだせなくなったんだよ」

 生徒個人の主張を尊重しないわけにはいかない。

「そうか。おまえの意志が固いようなら、止められることではないな」

 そう言って坂上は、引き出しから紙を取り出した。

「ここに名前、学籍番号、退学理由を書くように」

「少し待ってろ」

 ペンを手に取ったところで、坂上はもう2枚紙を取り出した。

「おまえの退学処理が済んだ後で、この2枚を石崎とやまにも届けよう」

「……なんだと? あいつらは無関係だろうが」

「確かに無関係だ。だが、二人はそれを望まなかった。もしもりゆうえんが退学を選んだ時には自分たちも辞めると口にして聞かなかったからな」

 あやの小路こうじのヤツめ……。あのバカ共に無用の入れ知恵をしやがったな?

 いしざきとアルベルトを人質にすることで俺の退学をしにきやがった。

 俺がここでめる選択をとれば共倒れ、退学することの意味が無くなる。本末転倒だ。

「クソが……」

「私としてもクラスから退学者を出すのはしい。そう思っている」

 さかがみは俺の手元にある退学届けに視線を落とした。

「今ならただの器物破損だけで決着がつく。最初で最後のチャンスだろう」

「俺を残すことに何のメリットがあるんだかな」

 これ以上、さかやなぎたちとひともんちやく起こす気がないことくらい分かっているはずだ。

「退学はめだ」

 紙とペンを突き返し、俺は席を立った。


    2


 程なくして、1年生の間には妙なうわさが立つことになる。

 龍園かけるはCクラスのリーダーであることをほうしたらしい、と。

 石崎たちを連れ歩くこともやめ、誰に対して発言することもなくなった。

 まるで入学当初のオレを見ているかのように。

 一人孤独な時間を繰り返す龍園。

 これから先何かを見つける日が来るのだろうか。

 オレには分からない。

 ただ確かなことは……あいつとオレは似ている、ということ。


 そして、まだ利用価値がある、ということ。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ

    ようこそ実力至上主義の教室へ

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close