ようこそ実力至上主義の教室へ 7

〇交錯する思い(1)

 りゆうえんの下にかるざわが出向く2時間ほど前。

 Dクラスではちやばしら先生から冬休みの注意事項が説明されていた。

「冬休み中、校内の一部は改修のために立ち入り禁止になる。その点を忘れないよう。それから今日は終業式で部活も休みだ。出来る限り早く帰宅するように」

 必要なことだけを説明し終えた先生。

 しかし、しばらく無言でクラス全体を見渡す。

 いつまで待っても終了を告げる合図は訪れず、しびれを切らしたいけが手を挙げた。

「先生どうしたんですかー?」

「既にあくしている生徒も多いと思うが、おまえたちのCクラス昇格はほぼ間違いないと見ていいだろう。よくやった」

「お、おぉ。先生が素直にめてくれたぞ。なかなか珍しいんじゃね?」

 池だけじゃなく、クラスメイト全員が同じ感想を抱いたことだろう。

「だが油断はしないことだ。冬休み中に大きな問題を起こせばクラスポイントに影響を与えることもある。長期休みでも学生としての本分を忘れないようにしろ」

 そう告げ、ちやばしら先生は2学期を締めくくった。

「本当に珍しいわね。茶柱先生が私たちに優しくくぎを刺すなんて」

「そうかもな」

 問題行動は起こすな、そのフォローを入れた形だったのは間違いない。

 オレは教科書をかばんいながら、視線だけをかるざわに向ける。

 すると軽井沢は、他の女子と会話しながらもこちらに目を向けてきた。

 朝、非常用に伝えていたオレのアドレスに軽井沢から送られてきた一通のメール。

 なべたちのいじめの件で話があると、今日の2時に屋上へと呼び出されていると。

 オレは驚きもしなかったし、返事もしなかった。

 ならそのメールを受け取る前にりゆうえんから連絡を受けていたからだ。

 ヤツは軽井沢がチクるチクらないなど気にもしていない。

 最初からオレをおびき寄せるためだけに行動している。

 だが軽井沢はオレがメールを見たことを視線で感じ取ったのか、満足したように友達と教室を出て行く。一度学校を出て、後で戻ってくるつもりだろうか。

 1時を過ぎる頃には、ほぼすべての生徒が校内からは姿を消しているだろうからな。

「ケヤキモールに寄って行こうって話になってるんだが、どうする」

 帰り支度を済ませたけいせいが近づいてきて、そう言った。

「ああ。今日は特に予定もないし付き合う。準備したらすぐに行く」

「廊下で待ってるぞ」

 一応教科書等は持って帰っておこう。何かしら使うことがあるかも知れない。

「あ……っと。ひょっとして今予定埋まっちゃった感じ?」

 申し訳なさそうに声をかけてきたのはとうだった。

「ああ。今ゆきむらたちと遊びに行く約束をしたんだが……」

「そ、そっか。ついてないなぁ」

 がっかりした様子で肩を落とす佐藤。

 もしかして、前回のように誘おうとしてくれたのだろうか。

「……今日は無理になったが、冬休み中でもいいか?」

「えっ?」

「いや。二度も断って悪いし、もし佐藤が良ければなんだが……」

「ほ、ほんとに!?」

「あ、ああ」

 グイッと前面に身体からだを押し出して感激する佐藤に少し気おされる。

「や、約束!」

 顔を真っ赤にし、佐藤はうれしそうに飛び跳ねた。

 一体オレの何にそんな興味を持ったんだか……。

 もちろん悪い気はしないが、まだ教室には人も残っているので恥ずかしい。

「とりあえず明日以降ならいつでもいいから。また詳細はメールで」

「わかった! またねあやの小路こうじくん!」

 ホクホク顔でとうしのはらたちと合流する。

 篠原たちは怪しむような顔でオレのほうを見た後、教室を出て行った。

 さて、けいせいたちに合流するとするか。

 廊下では既に全員そろっていたのか、雑談しながらオレの到着を待っていた。

 の不気味な笑みとあいの沈んだ表情ですぐに事態を悟る。

 歩き出してすぐ、波瑠加が切り出してきそうだったのでこちらから切り出す。

「別に深い意味は無いぞ」

「まだ何も聞いてないのにどうしたの?」

「どうしたもなにも、今まさに聞こうとしてただろ」

「だって、ねえ? あの佐藤さんの様子じゃ、ちょっと色々想像しちゃうし?」

「不純だなきよたかほりきたに佐藤、節操が無いぞ」

 か啓誠にまで怒られる。いや、しかし弁明はさせてもらいたい。

「ちょっと遊ぼうと誘われてるだけだ」

「女の子が男の子を誘うなんて、よっぽどだと思うんだけど?」

「さ、ささ、佐藤さん、清隆くんのこと、気になってるんじゃ、ないかなあ!?」

 前にもひともんちやくあったが、愛里が目をぐるぐる回しながら言う。

「……そんなことはオレに聞かれても困る」

「駆け込みゴールでラブラブクリスマス? いやいや、それすごい流れでしょ」

 波瑠加は波瑠加で、勝手な展開を想像する。

「それよりどこに行く? 今日は相当混むと思うぞ」

 明日から長期休みとなれば、今日は夜通し遊ぶ生徒も少なくないはずだ。

 何をするにも急いだ方が良いと啓誠は判断する。

「まぁ、何となくぶらぶらでいいんじゃない? 慌てなくてもさ」

 そんな話し合いの中、あきは硬い表情を崩さず無言で歩いていた。

 明人の意識はオレたちではなく、その後ろに集中していたからだろう。

 移動しながら、その背後からの気配の正体を探っていく。

「つけてくる様子は無いな……」

 小声でつぶやあんする明人。

 どうやらりゆうえんは、今日で決める腹づもりのようだ。

 もはや後を付け回す必要はないと判断したか。

「でもあれよね。ケヤキモールには何でもあるけど、やっぱり外にも出たいよね」

 そう言っては敷地のはるか遠く、正門の方を向いた。

「渋谷とか原宿とか行ってさー、表参道のイルミネーションとか見たいよねー」

「ケヤキモール内はともかく、通学路なんかは代わり映えしないだろうからな」

 特別変わった準備が進められることもなく、外はいつもと変わらない。

「私は今の環境に満足してるけどなあ。必要なものってほとんどそろうし。きよたかくんも皆と同じようなこと思ったりする? 外に出たいって」

 あいは波瑠加みたいにあちこち出歩いたりするタイプには見えないな。

 まあ、無理に話を合わせなくてもいいだろう。

「愛里のようにこの環境に満足はしてるけど、外に出たいって気持ちも分かるかな」

「規則を守るためなのか知らないけど、家族への連絡もダメとかやり過ぎだって。普通の家庭だったら子供のこととか気になって仕方ないんじゃない?」

 3年間自分の子供に会えないのは、確かに普通じゃないな。

 あきにはそれが深く響いたのか表情が硬くなる。

「ウチの母親は心配性だからな。確かにその辺り不安に感じてるかも知れないな」

「学校側もその辺りはケアしてるって話だ。生徒の成績表から何から、定期的に報告しているらしい」

「それは……もっと心配させてるかもな。もう少し勉強頑張るか……」

「男子よりも女子の方が、親御さんは心配するだろ」

「あーウチは大丈夫。それはないから」

 サラッと波瑠加は話を流した。

 何か触れて欲しくなさそうなものがありそうだったので、オレたちも追求しない。


    1


「じゃあ次はカラオケ行く? ちょっと混んでるかも知れないけどさ」

「まさか、また罰ゲームするんじゃないだろうな……?」

「もちろんするに決まってるじゃない。ゆきむーのリベンジのためにね」

 次にどこに行くか相談しあっている中、オレは足を止めた。

「どうしたの? 清隆くん」

「悪いな、これで帰ることにする」

「まだ2時前だぞ?」

 明人が携帯で時刻を確認しながら言う。

「実は昨日徹夜してて結構眠いんだ。また休み中にでも誘ってくれ」

 あいは残念そうだったが、今はもうオレが不在でも不都合は生じない。

 くフォローしてくれるだろうし、安心して任せることにしよう。

 グループに別れを告げ、オレは背を向けた。

 そして携帯を取り出し担任であるちやばしら先生へとコールを行う。

「私だ」

「どうも。少しお話があるんですけど、今から会えます?」

「どういうつもりだ。もう私とかかわるのはめたんじゃなかったのか」

「そうなんですけどね。清算しなきゃいけない問題が残ってることに気がつきまして。出来れば電話じゃなく直接会って話がしたいんですが。学校に行ってもいいですか」

「……教室で待っている」

「分かりました。数分で着きます」

 そんなやり取りを終えすぐにDクラスの教室に戻ってきた。

 既に他の生徒の姿はなく、オレの席の近くで窓の外を見る茶柱先生一人がいた。

「例年通りなら、今年もそれなりに雪が降るだろうな」

「雪が好きなんですか」

「好きだった。だが大人になると嫌いになっていくものだ」

 カーテンを閉じ、ゆっくり振り返る茶柱先生。

「それで私に話があるそうだが、どんな用件だ」

「答えを聞いてなかったなと思いまして。どうしてオレを利用してまでAクラスに上がろうとしていたんですか」

 余程強い思いがなければ、教師がうそをついてまで生徒を利用しない。

「この学校は生徒同様教師も競い合っている部分がある、ひとつでも上のクラスを目指すのは自らの査定を考えても当たり前のことだ」

「それが本当の動機とは思えませんね。もし最初からAクラスを目指す意志があったなら、Dクラスの生徒に不利になるような発言はしなかったはず」

 1学期最初の中間テストで、茶柱先生は意図的にDクラスだけが不利になるように情報を与えなかった。

「……それはもはや、学校のルールとは別の問題だな。私個人にかかわること。おまえに話すようなことは何もない」

「あの時点でひそかにAになるための準備を進めつつも、迷ってたんですよね? 本当にこのクラスがAクラスを目指す力があるのか。本当にAクラスを目指しても良いのか」

 この先生がどんな思いを秘めているのかは別にどうでもいい。

 大切なのはこちらが利用するに値する存在かどうかだ。

「どうやら無駄な時間だったな。私は仕事に戻るぞ」

 背を向け逃げ出そうとする教師に、再びオレは言葉をかける。

「答えないんだったら、少なくともオレを利用することはあきらめてくださいね」

「やはりそういう話か。念を押す必要はない。既におまえは私の手を離れた、違うか?」

「肝心な話はここからですよ。今日という日を無駄に過ごせば、DクラスはAクラスに上がれない。それどころかCクラスに上がれるかも怪しいことになるでしょうね」

「何を言っている」

 オレは教室にある時計を露骨に見る。

「2時を回りました。今頃屋上では、りゆうえんかるざわを呼び出して面白いショーを始めていることでしょうね」

「……龍園が軽井沢を?」

「先生でも知りませんか。軽井沢が過去壮絶ないじめを受けてきた生徒だってこと」

「初耳だ……」

 普段の軽井沢の様子からでは、虐められている姿は想像も出来ないだろうな。

「そして恐らくは明日以降、この話は学校中にまんえんする。そうなれば軽井沢は自らからに閉じこもり退学を選択するかも知れません。Cクラスが関与したことを証明できれば一矢むくいることも出来るでしょうけど、互いのダメージは計り知れないでしょうね」

 いまだクラスから退学者を出した罰は明かされてはいないが、相応のペナルティを受けるだろう。詳細を聞かずともちやばしら先生の顔色を見れば分かる。

 だがすぐに冷静さを取り戻すと、いつもの強い視線を向けてきた。

「なるほど、おまえの魂胆は読めた。今回の件を聞くにおまえだけで事態を収束させることは非常に難しい。だが、この学校の教師である私なら話は別だからな。問題解決どころかおまえの正体も悟られずに済む。これ以上ない手だろう」

「協力をお願いしたら受けてくれますか?」

「調子に乗るなよあやの小路こうじ。私はおまえに協力するつもりはない」

「ですよね」

「教師が生徒同士の問題に介入して解決する行為は、少なくともこの学校ではめられたものじゃない」

 それはそうだ。教師が単身屋上へ乗り込み、龍園に虐めをめさせるだけではなく、軽井沢の過去について口止めする。そんな甘い展開にはなりえない。

 茶柱先生が拒否するのも当たり前のことだ。

「でも、安易に断っていいんですか? この先オレがDクラスの妨害をしない保証はないですよね? 巧妙に立ち回って上のクラスに上げないようにすることも出来る」

「……まさか生徒が教師をおどすとはな。以前とは立場が逆と言うことか」

「先生が借りを返してオレとの関係を対等な教師と生徒に戻すというなら、少なくともこの先妨害行為はしない。それだけでも大きなメリットだと思うんですが?」

「この件を断ることでAクラスに上がれないのなら、それはこの先も同じことだ」

 かたくなに手助けすることを良しとせず、ちやばしら先生は拒否した。

「安心して下さい。最初からそんな手助けは先生に求めていませんよ」

「なに?」

 最初から教師に頼る作戦など、計算に入れていない。

「ちょっとからかっただけです。なんなら遠くで見届けますか? この一件の結末を」

 そう言ってオレは、茶柱先生に物語の見物客として誘いをかけた。


    2


 予定通りなら、かるざわが屋上に上がってから30分ほどが経過しただろうか。

 慌ただしくいしざきが一度降りてきたかと思えば、バケツに大量の水をんで戻って行った。

 床に落ちていた水滴から察するに、何度か往復しているようだ。

 恐らくは軽井沢に過去のいじめに関するフラッシュバックを起こさせ自白をねらったりゆうえんの仕掛けだろう。しかし、すぐに軽井沢は吐かなかったのか、それ以降Cクラスの連中も軽井沢本人も屋上から姿を見せる気配はない。

 オレの描いていた筋書きとは、少々異なる結果になってしまった可能性がある。

 だがそれは、本来想定することをめておいたプラスの方向にだ。

「どういうつもりだあやの小路こうじ。いつまでここに待機している」

 茶柱先生を連れ出し教室から移動したオレは、Cクラスの生徒、やまアルベルトが見張る階段から距離を取ったうえで息をひそめて状況を見張っていた。

 だがもう少し。

 ここまで来たのなら、慌てて行動を起こす必要はない。

 タイミングは遅ければ遅いほど、こちらの思惑通りに進む。

 もちろん、遅い分リスクもあるが、それはメリットを考えた上での必要経費だ。

「雑談しませんか」

「この状況で雑談だと?」

 疑問を抱く茶柱先生を無視してオレは話を振る。

「入学して早々の話になるんですが、どうが試験で1点足らずポイントを売って欲しいと願い出たことがありましたよね」

「……ああ覚えている。おまえとほりきたとで合わせて10万ポイントを支払った」

 あれから半年以上ったと思うと、ずいぶん早いものだ。

「プライベートポイントで買えないモノはない。そうおっしゃいましたよね」

「事実だ。どうの退学もなくなっただろう?」

「確かに、点数の購入は理屈にはしっかり当てはまりますが、常にそれが許されるような環境ならそもそも退学者はまず出ないと思いませんか。赤点を取るたびに誰かが同じようにてんすればいい。そうすれば退学だけはできる」

「だがプライベートポイントの確保は容易たやすくない。おまえたちDクラスは奇跡的に高ポイントを維持しているが、例年のDクラスは半分ほどのポイント水準だ。それに友達思いのクラスメイトばかりとは限らないだろう。クラスポイントを落としてでもプライベートポイントを守ろうとする生徒がいてもおかしくはない」

「確かに。でもやはりシステムとしては欠陥になってしまいませんか。ポイントによる救済が常にあれば、テストによる退学のハードルは極端に下がる」

「そうかも知れないな」

 否定しなかったが、ちやばしら先生は目を合わせなかった。

「問題点は、オレがポイントを売ってくれとお願いした時、茶柱先生が付けた値段のことです」

「今になって高すぎると言いたいのか?」

「そうじゃありません。1点10万ポイントと口にしたのは何となくだったのか、あるいは根拠があったのかということ。口ぶりではそつきようで決めたように思えましたが、あなたの独断裁量で点数の価格を決められるとは考えにくい」

「何が言いたい、あやの小路こうじ

「この学校は、徹底的にポイントに関する事柄が細かく明文化されているんですよね? 点数を買うに際してのマニュアルも当然用意されている。とすれば納得のいくことです」

「つまり私があの時つけた須藤の1点の値段は、学校があらかじめ用意していたものだと?」

「そうです。お答え願えますか」

 タイムラグが生まれる。

 これまですぐに返答していた茶柱先生が少しだけ言葉に詰まった。

「聞けば何でも答えるわけじゃない」

「それは答えられないと解釈してよろしいでしょうか」

「好きにしろ」

「ではこちらで勝手に判断します。学校はすべての事柄に関してのマニュアルを用意していて、点数の売買に関しても1点10万ポイントというのは予め決められていた。その前提で話を進めた時、新たな疑問が生まれます。毎回テストがあるたびに、10万ポイントで1点を売ってくれるのかどうか、という部分です」

「あれこれ考えるのは自由だが、この会話に何の意味がある。今はかるざわの───」

 オレはその言葉をさえぎり続ける。

「入学からの一定期間だけ1点につき10万ポイントという価格なのか、あるいは点数を買うたびに値上がりしていくのか。それとも次からは買うことすら出来ないのか。疑問は次々と浮かび上がってくる。どれが正解なのかお答え下さい」

「いい加減にしろ。そんな質問に私が答えると思うか? 仮に答えたとしても、それが真実かどうか確かめるすべはない」

「ありますよ。先生に直接問いかければいいんです」

 オレは先生がらす合わせてこない目を強引に捕まえる。

「今、次回の中間テストで1点を売ってもらうにはいくら必要ですか」

「…………」

 完全にちやばしら先生の言葉が止まる。

「答えないわけにはいかないでしょう、いち教師として。もし答えてもらえなければ、オレは当然別の教師に同じことをたずねます。そして答えが返ってきたならば、オレはDクラスの担任が差別しているとして学校側に訴えることも出来ることをお忘れなく」

 もっとも、茶柱先生だけでなく、他の教師ですら答えられないということもあるだろう。その場合複数のケースが考えられる。そもそも最初の1点だけしか点数を売れない決まりがある場合や、実際に赤点を取って点数が不足している時にしか答えられない仕組み、などなど。

 だが、答えてもらえないこともまたひとつの答えだ。

 点数が不足している時のマニュアルも用意されている、という答えになる。

「ルールに足を突っ込むつもりか」

「そうしている生徒は少なからずいるでしょう。ポイントをめこんでいるとうわさされるいちや、プライベートポイントにしつするりゆうえんを見れば明らかです」

 日々様々な試行錯誤を繰り返しながら、自分のクラスに有利な戦略を見つけようとしている。

「わかった。おまえの問いかけに答えよう。確かに、この学校の仕組みを攻略する糸口はプライベートポイントに関するルールの実態あくにある。当然歴代の生徒たちもおまえたち同様に、様々な観点からアプローチを行ってきた。不良品の集まりであるDクラスでも、それは例外じゃない。遅い早いの違いはあってもな。そして学校は細かく何千というルールを用意し、生徒の疑問に答えるようにしている。点数の売買、暴力のし、退学処置取り消しに必要なポイントなども規定されている。だが、直接教師が言及し教えてやれる範囲はごくわずかだ。ならそのほとんどは回答を許されていないからだ。いや、それどころか教師すら把握していない領域も多数あるだろう」

「ではオレの問いかけに対しては『答えられない』が正解ですか」

「そうだ」

 これで一つのなぞが解ける。プライベートポイントの特殊な用途に関するルールには、それを使用する条件を満たしていなければ答えてもらえないものが多数存在するということだ。

 次の中間テストで1点を買うときの値段は決められているが、教えることで対策を立てることが可能だ。しかし不明なままであれば、無謀なことは出来なくなる。1点に100万ポイントかかると言われれば、それだけで詰んでしまうからだ。

「……この話がこの件に関係するのか?」

「いえ。これはあくまでも雑談ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。もちろん、今回の件にも一切関係はないです」

 ちやばしら先生にはこちらの真意など読み取れない。

「さて……そろそろ頃合ですかね。かくれんぼはもう終わりにします」

 携帯で確認した時刻は2時40分を回った。

 オレは一通のメールをある人物に向けて送る。

 すぐにこの場所へ来るよう指示したものだ。

「私は詳しい事情を知らないが、かるざわがCクラスにひどい仕打ちを受けていることくらいは分かる。表舞台にかかわるつもりがないなら他の助けを呼ぶべきだろう」

「屋上にはオレが行きます」

 その言葉に茶柱先生は驚きを隠せなかった。

「……正気か? そうなれば学校中に知れ渡ることになる」

「今までの策。それをオレが立てたものだとりゆうえんが気づいたところで何の価値もありませんよ。それどころか、次からもオレがかかわってくると勝手に深読みして自滅してくれるかも知れません」

「そうなればおまえは一躍時の人だ。平穏な学校生活は失われる」

 恐らく茶柱先生の中にはある思いがくすぶっていたはずだ。

 オレが正体を見せない限りはDクラスに協力させる手立てもあるはずだと。

 しかし、どんな形にせよオレがCクラスに接触すれば龍園たちはオレがXだと確信する。いや、確信まで行かずとも第一容疑者になればそれで終わり。

 これまでノーマークで動いていたオレの存在が周知の事実となってしまう。

 言葉には出さず、茶柱先生は目をらした。

「私の思い違いだったのかも知れないな」

「思い違い?」

さかやなぎ理事長から、入学直前におまえについての話を聞かされた。非常に特殊な生徒であること。優秀であること。そして、守らなければならない生徒であること。およそ愛とは程遠い環境で育ってきたこと。すべてを考慮した結果、理事長と話し合いひとつの結論を出した。この学校に愛着を持たせ、居続けることを望むように仕向けたい、と。そして私はおまえに父親の話をし、退学させたがっていることを吹き込んだ。もっとも、そんな事実はなかったが、ついに現実のモノとなってしまったな」

「なるほど。確かに目標を持たせることで、人に対してしゆうちやく心を生みやすくなる考えは間違ってない。でもあいにくと、オレは心配されるような人間じゃないですよ。第三者が何を望もうとも、オレはこの学校に残り続ける選択をする。少なくともあの男の下に今戻ろうというつもりはないですから」

「私の失敗は、安易におまえを利用しようとしたことか。DクラスがAクラスを目指す。そんな夢物語を追ってしまったことが間違いだったか」

 ちやばしら先生は観念したかのように吐き出す。

 だが、あきらめるというにはあまりに早くこつけいな話ではないだろうか。

「夢物語ではないでしょう。事実今、DクラスはCクラスに上がろうとしています。近いうちほりきたは今のクラスをまとめあげていきますよ。きっとね」

「確かにその通りだ。過去になかったことを達成する。それだけでも価値あることだろう。しかし本気で言っているのか? 堀北がクラスをまとめていくと」

「担任から聞かされたくない言葉ですね。少なくともオレはDクラスを率いていくに十分な力を堀北は持っていると思いますけど」

 茶柱先生にとって、堀北はオレを利用するための手段でしかなかったようだが。

「結果的に堀北は成長し始めています。クラスメイトの多数もそうだ。あとはあんたが教師として導いてやれば、Cクラスを維持する……あるいは限りなくAクラスに近づけるかも知れない」

 実際に上がれるかどうかは、また少し違う能力も必要になってくるだろうが。

「おまえは、本当に降りるのか」

「今のところは、そう思ってますよ」

 生徒個人の感情を、教師の感情でげることは本来許されない。

 そんなことは茶柱先生もよく分かっているはずだ。

 この場に茶柱先生を連れてきたのは、単なる保険のためだけじゃない。

 オレが確実にクラス競争から離脱することを見せ付けるためでもあった。

「話を戻そう。堂々と姿をさらすのはおまえの勝手だ。だがそれで解決する問題か?」

「絶対の保証は出来ませんよ。あくまでもりゆうえんの性格や行動パターンから考えて対処するだけですから。さて、付き合ってくださってありがとうございました」

 目的の人物が姿を見せたことで、オレは茶柱先生にお礼を言った。

 もういつ立ち去ってもらっても支障は無い。

「待たせたなあやの小路こうじ

 そう声をかけてきた元生徒会長、ほりきたまなぶを見てちやばしら先生が驚く。

「どういうことだ……?」

「今回、りゆうえんとの決着をつけるに当たっての証人ですよ。向こうは手段を選ばない相手ですからね。やったやられたの押し問答だけは避けたいんで」

 教師の証人が最強のカードであることは分かっているが、実質利用は不可能。

 となれば、それに近い立場の人間を利用するのが賢い選択だ。

「先ほど私が言った手で、堀北に事態を収束させるつもりか?」

「元生徒会長が、そんなことしてくれる人に見えますか?」

 一度堀北兄を見た茶柱先生だが、すぐにあり得ないという結論にいたる。

 先生同様、堀北兄も余計な参加などするはずがない。

「屋上で起こったことを目撃した人間が居る。その事実さえあればいい」

 そのために、オレは堀北兄との契約を交わした。

 まあ、今そのことは関係ないが。

「オレが屋上に上がって数分ったら、屋上に続く階段の途中にとどまってもらう。屋上から降りて来る生徒に言葉をかける必要も罰する必要もない。ただ、屋上から出て来る人間すべてにあんたを認知させてくれればそれでいい」

 元生徒会長が屋上を出入りした生徒を目撃していた。

 それだけで龍園たちに対する効果はばつぐんだ。

「いいだろう。だがあやの小路こうじ、例の約束は忘れるな」

「もちろんです。どうせにすれば、今回のことだって記憶から消されかねないし」

「分かっているならいい。手短に済ませろ」

 堀北兄に見送られ、オレは屋上に続く廊下へと足を向ける。

「待て綾小路。堀北にきよだくを得られなかった場合どうするつもりだった」

「さあ、その場合はどうだったでしょうね」

 といいつつ、考えてはいた。恐らくオレのことを知るさかやなぎたちを利用しただろうな。

 それがダメなら───いや、既に不要になったプランを考えても仕方が無い。

「10分か20分か。それくらいで戻ってくる予定です」

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