ようこそ実力至上主義の教室へ 7

〇真冬の足音

 12月も半ばを経過した。

 季節の移り変わりは早いもので、すっかり寒くなってしまった。マフラーや手袋、長い靴下をく生徒も当たり前のように増え、今日の空は今にも雪が降り出しそうなくもり空。

 思えば、オレは生まれてから一度も雪を見たことがない。

 もちろんテレビや本の世界では目にしたことがあるが、実際に手で触れ、肌で感じたことはない。今年この地域に雪が降るのかは定かじゃないが、体験してみたい気持ちはある。

 放課後のケヤキモール内の一角。生徒たちようたしの休憩スペースに集まったDクラスのメンバーはオレとくらあい、そしてゆきむらけいせいの4人。啓誠の本当の名前はてるひこだが、本人の希望もあってオレたちの間では啓誠と呼んでいる。この顔ぶれは、最近すっかりおみのメンバーになっていた。週に2、3度不定期に集まって何を目的とするでもなく話し込む。時間は日によってまちまちで2時間ほど話すこともあれば、30分ほどで解散することもある。途中で帰りたくなれば帰ってもいい。とにかく気負う必要のないメンバーたちだ。だが、そんなメンバーたちも金曜日の放課後だけは普段よりも長い時間を一緒に過ごすことが多い。

 その理由はこの場にいない5人目、最後のメンバー、三宅みやけあきの諸事情にあった。

「結局、どこのクラスからも退学者は出なかったんだな。そろそろCクラス辺りがやらかすんじゃないかと思ってたんだがな。こっちの作った問題は簡単じゃなかった」

 たまたま目の前をCクラスの女子生徒たちが通ったこともあり、啓誠がそう言った。

「Cクラスとか、私たち以上に勉強できなそうだもんね」

 携帯をいじりながら波瑠加が即答する。そして報告を入れてきた。

「もうすぐみやっち来るって。今部室出たみたい」

 どうやら待ち人とやり取りをしていたようだ。グループの中で唯一部活に所属している明人は、どうしても放課後すぐに集まることが出来ない。

「でも試験で勝てたから良かったんじゃないかな……? それに、別のクラスでも退学する人が出るのはうれしくないな」

 手荒なことを好まない愛里は、素直な気持ちを口にする。

「まー仲良くやれるに越したことはないけど。学校の仕組み上それも難しいんじゃない? 上のクラスを目指すってことは別のクラスをとすってことだしさ」

 厳しいようだが、波瑠加の発言は正しい。それを聞いた啓誠は素直に感心した。

「その通りだ。愛里の言いたいことも分かるが、蹴落とさなければ蹴落とされるだけだ。この学校で勝つこととは3クラスを犠牲にすることだ。俺たちが犠牲になる必要はない」

「そう、だね……」

 やや口調の荒くなったけいせいの言葉にしょんぼりするあい

「例えばさ、裏技的な方法はないの? 最後の試験でクラスポイントがすべて一緒になるとか。それでめでたく全部がAクラスで卒業。なんてことになったりして」

「それすごくいいと思うっ」

「残念だがそれは無理だと思うぜ」

 の奇抜なアイデアに対しそう答えながらあきが合流した。

「なんでそれが言い切れるわけ?」

「先輩たちが話してるのを聞いたことがある。最後の試験で同率になった場合は順位を決定付ける特別試験が追加で行われるらしいってな」

「どんな試験?」

「さあな。あくまでうわさだし、過去にクラスポイントが同率になったことはないらしい」

 聞きかじった程度のため明人にも詳細は不明か。

 だがひとつの有益な情報であることは間違いない。

「そうは問屋がおろさないってヤツね。面白いアイデアだと思ったのに」

「結局、Aクラスになれるのは1つのクラスだけってことだな」

「それでみやっち。今日の練習はどうだった?」

 明人に、波瑠加がそんな風に質問した。

「どうだったって何が」

「んー。弓の調子とか」

「別に普通だ。良くもなく悪くもなく。おまえ興味もないのに聞いてくるなよ」

「別にいいじゃない。友達同士の何気ない会話ってヤツ?」

「だったら弓道に関する知識くらいあるんだろうな?」

 疑いながらに腰を下ろす明人。

「知識もなにも、弓で的をねらう競技でしょ?」

「いや、大枠はそうだけどな……まあいい」

 細かく説明しようとした明人だったが、断念したらしい。

「なんていうかさ。産まれてから今日まで弓道に興味持ったことないからさ。何をどう間違ったらそっちの方向に進むことがあるのか気になったんだよね」

 波瑠加の中では弓道への道は間違った方向らしい。まあ派手な競技では無いと思うが、個人的には興味がある。だが一度も弓を触ったことがない生徒は多いんじゃないだろうか。

「確かにどうして弓道なんだ? 特にこの学校の花形ってわけでもないだろ」

 二人のやり取りを聞いていた啓誠からも質問が飛んでいった。

「中学の時に世話になった先輩が弓道部だった。だから俺もはじめてみようと思っただけだ。それくらいなもんで、特に深い理由はない」

「何かを始めるキッカケって、そういうものだよね」

 あいも、ちょっとだけ遠慮がちに話に入ってきた。ここ最近見られるようになった光景で、喜ばしいちようこうだ。そして愛里が会話に加わることに対して誰も驚いたり、からかったりしないからこそ、自然と割り込んでいけるのだろう。

「愛里はデジカメだっけ。今色々ってるもんね。私もそっちの方が理解できるかな」

「女子特有のインスタ趣味か。理解に苦しむな」

 けいせいにはしっくり来ないのか、やや否定的なことを口にした。

「あ、それ男女差別。今は男子だって結構やってる人多いみたいだけど?」

「……そうなのか。自ら個人情報を発信するのはどうかと思うがな」

「俺もちょっとわかんねーな。きよたかは? やったりしてるのか?」

「いや、オレもそっちの知識はからっきし」

 この学校では外部とのやり取りが禁止されているため、SNSなどメッセージ性の強いものは在校生たちだけでつながることになる。それで満足なら特に口出しすることはない。

「きよぽんは見るからにそういうのしなそうだもんね。これでインスタを使いこなしてたらむしろ引く感じ。アイス持って上目遣いしたり夜のプールでパリピしてたり。……ある?」

「ない」

 即座に否定しておいた。後々変なキャラ付けされても困るからだ。

「そう言うおまえはやってるのか? インスタ」

「全くやってない。面倒だし、さまに自分を見せる気もないし」

「全くもって同意だ」

 いつしゆうしたの言葉にうなずく啓誠。それを聞いて愛里がひそかにだが、グサッと一撃、クリティカルなダメージを受けているようだった。今は休止しているようだが、自撮りやSNSへのアップを、趣味としてやっていたからな。

「世間ではそういうのが流行ってるわけだし、おかしなことじゃないだろ」

 軽くフォローしておく。無意味に愛里が落ち込んでも仕方ないからな。本人は隠しているつもりだろうが、オレの発言を気にしているのははたに見ていてバレバレだ。

 そんなフォローにも愛里がいちいち表情で反応してしまうものだから、すぐに波瑠加たちも気づいてしまったようだ。

「私も自分が流行にうといことは理解してるからそれは反論できません。インスタとか好きな人たちごめんなさい」

 シュッと手を挙げて謝罪する波瑠加。

「自分が嫌いなものだからって、流行っていたり他人が好きなものを頭ごなしに否定するのは、確かにバカのやることかもな。考えが及んでなかった」

 そしてけいせいも謝った。主にあいに対して。

 愛里はホッとしたように胸をろしていた。

「話を変えるようで悪いんだが、少し気になることがあった」

 少し話題が落ち着いた頃、そんな風にあきが切り出した。

 その口調はわずかにいらちを含んでおり、周囲をにらみつけるようにしてこう口にした。

「最近Cクラスの様子がおかしくないか」

「Cクラスの様子? いつもおかしいけど、なに、どういうこと?」

 クリッとした大きなひとみが、不思議そうに首をかしげる。

 オレは明人の視線が何を差しているかを理解した。

 ここ数日、オレたちを付け回す連中のことだ。明人も気がついていたらしい。

 今も一人の男子が、気配を殺しながらこちらの様子を遠目にうかがっている。

 Cクラスの生徒でりゆうえんの取り巻きの一人でもある『みや』だ。

 ほぼ間違いなくオレたちグループの監視だろう。

 だが距離もそれなりにあり、問い詰めたところで見張っている証拠があるわけでもない。偶然が数回重なっただけだと言い張られたら、それ以上の追及は出来ない。

 むしろ、突っかかって行ったこっちが悪者にされるかも知れない危険性をはらんでいる。

 あえて明人がそのことを口にしなかったのは、まだ確証がないからだろう。

 それよりも問題なのは、このグループを見張っているのが『Cクラス以外』にもいることだ。明人もその存在には気づいていない。

「この間の勉強会の時、Cクラスのやつらが俺たちにからんできただろ」

 ペーパーシャッフルによる筆記試験、その対策のために勉強会を開いていた時のことだ。公共の場であるカフェにCクラスの生徒たちが現れ、突然こちらのグループに突っかかってきた。

 そして今日にいたるまで、その突っかかりは尾行という形でずっと続いている。

「龍園くんやしいさんたちだよね。もしかしてまた?」

「ああ。メンツは以前と少し違ってたけどな。今日弓道部にいしざきや小宮たちが顔を出してきやがった。見学ってことで先輩たちはこころよく認めてたけどよ、四六時中俺のほうを睨んでたせいでやりづらかったぜ」

 なるほどな。つまり明人の後を追ってここまで小宮が付け回してきたってことか。

 石崎がいないのは、大人数が尾行に適さないからだろう。

 明人は人一倍、龍園の監視によって迷惑をこうむっていたようだ。

「部活に興味持った、とかじゃないのかな?」

 龍園の考えなど知るよしもない愛里がそんなことを言う。

「だったらいいんだけどな。とてもそんな雰囲気じゃなかったぜ」

 あきは肩が凝ったことをアピールするようにぐるっと腕を回して見せた。

 連日りゆうえんによるプレッシャーを与える行動は繰り返され、その勢いを強めていた。

 直接話しかけられたわけじゃないが、龍園の不敵な笑い声が聞こえる気さえする。

 じわりじわりとおまえを追い詰めてやる。そんな龍園の強い意志が出ている。

「何かされたりとかはなかった? 飛ばされたりとか、矢を放つ瞬間にくしゃみされて妨害されたりとか。あるいは小石投げられたり」

流石さすがに顧問や上級生がいる前じゃ何も出来ないだろ。練習が終わる頃には帰ってた」

 あの日以来オレ個人に特別変わったことは起きていないが、当たりを付けられているのは明白だ。かるざわにも何かしらのマークがついていると見るべきだろう。

 既にヤツの中ではオレを含め数人にまで、ターゲットをしぼり込んできているはずだ。

 あと一つ決定的な何かをつかめば、オレまでたどり着くと思っている。

 そしてその決定的な何かを握っているのは『軽井沢けい』だ。

 だが、軽々に行動に移さないのは慎重に考えている証拠だろう。

 軽井沢にオレの存在を聞きだそうにも、正面からでは成功するはずもない。

 では龍園はどうやって最後のピースを埋めてくるのか。

 これまでのヤツの行動パターンを見れば、想像は難しくない。

 問題はそれが『いつ』なのかだ。

 オレがそのことを考えている間にも、明人たちの会話は進んでいた。

 けいせいはCクラスがちょっかいを出してくる理由をこう結論付ける。

「Dクラスの成長に関係があるんじゃないか? 入学早々クラスポイントが0ポイントになった俺たちが、気がつけばCクラスの背中をとらえるところまで来ている。今回のペーパーシャッフルの結果もあって、3学期からはついに俺たちがCクラスに上がるかも知れない。相当焦ってるはずだ」

 啓誠が冷静にCクラスの行動理由を推測する。

「そういえばそうだよね。あれだけ馬鹿にしてた私たちに追い抜かれそうだとねー」

「でも……本当なら追い抜けなかったんだよね?」

 あいがクラスポイント発表時のことを思い返しながら聞くと、啓誠が答えた。

「ああ。12月頭に発表されたクラスポイントはDクラスが262ポイント。Cクラスが542ポイント。その差はまだ280ポイントあった」

 ペーパーシャッフル試験でオレたちDクラスは、直接対決することになったCクラスとの戦いに勝利し、見事クラスポイントをだつしゆした。Cクラスの100ポイントがDクラスに移動し、合計200ポイントの差が詰まった。差はわずか80ポイント。

 だが、それでもこの段階ではCクラスがリードしていた。

 ところが───ここに来てCクラスに試験とは別のアクシデントが起こった。

「Cクラスに重大な違反行為があったみたいだな。その詳細は発表されていないが、マイナス100クラスポイントという大きな罰則が与えられた」

 つい先日、学校側からざっくりとした説明を受けたのを覚えている。

「何やらかしたらそんな大事になるんだか。Cクラスらしいっちゃらしいけどさ」

 あきれかえるだが、Dクラスは残念ながら他クラスを笑えない。

 試験だったとはいえ、入学当初に一月で1000クラスポイントを失っている。

「どんな理由にせよ自滅の影響は大きい。これからを何事もなく終えることが出来れば、冬休みをはさんで3学期からはCクラスへと昇格する可能性が高いだろうな」

 おごることなくけいせいが話を締めくくる。

「それが、みやっちにからみ始めた原因?」

「否定する材料は無いな」

 Cクラスを束ねるりゆうえんにしてみれば、普通に考えて降格は面白い話ではない。

 何とかして今の位置をキープしようとDクラスの弱点を探している。

 そう考えればつじつまが合う。この場に居るオレ以外の皆の考えは一緒になった。

「クラスの変動はこの学校にとって避けては通れない問題だが、そうひんぱんに起こるものでもないと思う。となれば、最初大きく転んだDクラスが成長してきたことはCクラスにとって焦る理由になるし、成長してきた理由を探ろうとしていると考えればうなずける」

「普段偉そうにしてるって言うか、リーダーだもんね龍園くん。メンツ丸つぶれかぁ」

「なるほどな。あいつらの必死さも分からなくはないか」

 プライドがズタズタに引き裂かれて悔しがる龍園の姿でも思い浮かべて、少しりゆういんを下げたのか、あきも同意した。

「でも、さ。私たち別に変わったことはしてないよね? 気がついたら差が詰まってきてるって言うか。なんで? やっぱりCクラスが勝手に転んでるから?」

 確かにクラス内の多くの生徒は水面下でのバトルを知らず、普通に試験に挑んできた。

 差が詰まっていることに理解が追いつかないのは無理も無い話だ。

「Dクラスだけにしぼって考えれば、無人島の試験では他クラスに勝利している。試験では龍園にしてやられたけど、先日のペーパーシャッフルでは俺たちが盛り返したからな。それに対してCクラスはクラスポイントを軽視してる節があるだろ?」

「無人島でも、早々に支給されたポイント全部使ってたらしいしな」

「つまり……Cクラスの自滅?」

「そういう見方も出来るな。今回の違反行為だって自滅なわけだし」

 夏休みの始めに実施された無人島特別試験。各クラスにはそれぞれ平等に試験専用の300ポイントが支給され、1週間をその与えられたポイントを使いクリアするというものだった。そして残ったポイントはすべて、試験終了時にクラスポイントへと還元される。Dクラスを含め、他クラスが1ポイントでも多く残そうと知恵をしぼっている中、の言うようにCクラスは早々に300ポイントを全て使い切った。

「だから、結果的に俺たちDクラスには大きく差を詰められたんだろ」

 オレたちDクラスはきよくせつありながらも、225ポイントを残すことに成功した。

「そうなんだけどさ。それに見合ってたのかなって思うことはあるわけよ。Cクラスは散財した分バカンスを楽しんだみたいだし。あの苦労を知らないで済んだのはちょっとだけうらやましいかも」

「バカバカしい。りゆうえんちやを……いや、人がしないような行動を取ることがかついいとかんちがいしている子供だ。それでクラスが負けてたんじゃ意味が無い」

 Aクラスに上がるためにクラスポイントを増やしていく。そういう強い意志のあるけいせいにしてみれば、クラスポイントをほうする行為などとうてい理解できない奇行に見えるだけのようだ。

 だが無人島の試験で、龍園もただ無意味に与えられたポイントをろうしたわけではないはずだ。事実龍園は全てのポイントを使ったが、使いまわせるトイレやテント、余った食糧などの全てをAクラスに引きがせていた。あの龍園がしようで提供したとは考えられない。つまり、クラスポイントを失った代わりに得たものは必ずあるはずなのだ。

 もちろん、信頼や友情といった目に見えないものを受け取ったはずもない。クラスポイントを失ってでも得られるもの。それはプライベートポイントに他ならないだろう。

 その事実を知っている生徒は少なく、啓誠には分かりようのない部分ではあるが。

「男子はいいよね、色々楽そうだし。そうは思わない? あい

「う、うん。そうだね。すごく困ってた子も何人かいたし。もう少し遅いタイミングだったら私も大変だったかなって……」

 そう言って愛里は顔を赤らめながらうつむいた。ある程度女子に対しては配慮のあった無人島試験だが、それでも男子よりはるかに大変だったことは事実だろう。

もう少し遅かったら大変だったんだ?」

 女子の事情を全く理解していなかった啓誠が不思議そうに愛里の顔をのぞむ。

「そ、それはっ」

 愛里はとても女の子の日が関係しているとは口に出来ず視線をらして逃げた。

 その状況を見ていた波瑠加が啓誠に対して辛辣なコメントを送る。

「なんていうかさ、ゆきむー。そういう天然っていうか、無知なところは意外と可愛かわいいポイントなんだけど、この件に関しちゃ空気読んで?って感じ」

「……どういうことだ」

 察しが悪いのか本当に知らないのかはさておき、あきが優しく啓誠の肩をたたいた。

「人には色々あるってことだ」

「さっぱり理解できない。色々とはなんだ」

 空気を読めないけいせいが女の子事情に更に踏み入ろうとしたので、あきが話題を変える。

ほりきたりゆうえんの捨て身作戦を見抜いたからこそDクラスは勝ったんだよな? もし誰も気がつかなかったら、Dクラスもリーダーを当てられてた可能性が高いんだろ?」

 オレのほうに確認をして来た明人に対して、素直にうなずいて答える。

「そうなってたら、今のこの状況はなかっただろうな」

ごうゆうするだけして、最後にしいところだけ取ろうとしたのよね? 全員リタイアしたと見せかけて。でもあれって島に残るのが龍園くんである必要ってあったの? Cクラスのリーダーだし、もっと目立たない人を残した方が確実だったんじゃない?」

 そのの推理も全く的を射ていないわけじゃない。

 しかし、それはすべてのクラスに当てはまることでもある。目立つ人間がリーダーであるとは最初に考えることだが、誰でもリーダーに指名できる以上疑ってかかるのは当然だ。

 そもそも島に残っている確信がなければ、龍園をリーダーだと指名できる生徒は存在しない。仮に残っていたことが判明しても、指名される危険性は高くはならなかっただろう。目立たないCクラスの生徒が他にせんぷくしている可能性も排除しきれなかった。指名するメリットより外すデメリットの方が大きい試験。結局決定的な証拠をつかまない限り、誰にも確信を持って指名することは不可能だ。

「なあきよたか。堀北から聞いている情報を俺たちにも教えてくれないか」

 啓誠が真剣な表情で訴えてきた。

「どういうことだ?」

「龍園が何を考えていて、どうしていくつもりなのかを知りたい。体育祭やペーパーシャッフルのことを考えれば、これからはもっとクラスで連携を取っていく必要がある」

「俺もいしざきたちに張り付かれて気味が悪いしな。それは賛成だ」

 どうやら、今まで以上に協力していくことが大切だと気づき始めたらしい。

 これまでクラス内の問題にあまり目を向けなかった明人や波瑠加も同意見らしい。

「オレも聞きかじった程度しか知らないからな……」

 堀北を呼ぶか提案する前に啓誠が言う。

「まずはそれで十分だ。教えてくれ」

 4人が一斉に視線を向けてきた。妙なプレッシャーを感じる。

「わかった。間違ってる箇所があっても責任は取れないからな」

 そう断りを入れた上で、オレは堀北と共有する無人島で起こったことを、改めて一からグループに説明していく。もちろん全てはオレ一人で動いたことだが、表向きそれは堀北一人で考え行動したことにしてあるからな。

 島にせんぷくしていたりゆうえんが無線機を使いスパイとやり取りをしていたこと。ぶき以外にも他クラスに潜入したスパイがいたと思われたこと。それから船上試験以降、龍園はほりきたしゆうちやくし始めたこと。船上では龍園が試験の攻略法を見つけ勝利したことなどを話した。

 体育祭で龍園が堀北つぶしを画策していたことやくしの裏切りは当然伏せる。

「大体こんなところか。けいせいたちが知ってるのとそれほど変わらないだろうけど」

 目新しい情報を得られなかった啓誠は深く考えるように腕を組んだ。

「疑問なのは、も言っていたがどうしてわざわざ龍園が島に残ってたかだな」

「堀北が言うには、龍園が誰も信用していないから、というのが本命らしい。他クラスからの情報を集めつつ推理するには他の生徒じゃ荷が重かったんだろうな」

 スパイの統率を取るための指揮、推理力。数日間最低限の装備で島に残る忍耐と体力、ここでは口にしないがつながりのあるAクラスと連携を取れる人物でもなければならない。

 そうなると、龍園以外に出来ない作戦といっても過言ではないだろう。

 もしリーダーの指名が生徒全員が集合してから行うものだったならば、この作戦を龍園も展開しなかっただろう。しかし無人島に配られたマニュアルには最終日の点呼直後に行われると明記されていた。つまり各クラス集合前に行われる。龍園はその部分に目を付けて作戦を立てたはずだ。

「さすが堀北だな……俺にはそこまで気づくことは出来なかった。最初から他クラスのリーダーを当てることはほうしていたも同然だし、状況を探ろうともしなかった」

 たんたんと反省をする啓誠たち。

「無理もないんじゃないか? 食糧問題や衛生面の問題に加えて、マニュアルが燃やされたり下着が盗まれたり、Dクラスもバタバタしてたしな。とてものクラスをていさつする余裕は無かった」

 無人島での出来事を思い出したあき。啓誠も嫌な感じで記憶を掘り起こす。

「ほんとに大変だったよね、思い返せば」

「でもすごいね堀北さん。あの試験でそこまで分かってたなんて」

 素直に感心した様子であいが堀北を称賛する。

「龍園くんの作戦を見抜いてた堀北さんがマークされるのもうなずけるよね」

「事実、今もちょっかいを出され続けてるみたいだ」

 ここは否定せず、ありのままを話しておく。

 そしてこう補足しておいた。

試験でも同じグループになってひともんちやくあったようだしな」

「無人島のことや船のことは何となくわかった。でも、最近龍園たちがDクラスの他の生徒にもしつようからんでくるようになったのはどうしてなんだろうな。わざわざ弓道部まで来て俺の様子をチェックするなんて普通じゃないだろ」

 ほりきたねらわれるのはわかっても、当然その疑問が出てくるよな。

「何かDクラスの弱点を探そうとしてる、とかかも知れない。堀北には付け入るすきみたいなのがないからな。周りから崩していく作戦とか」

「なるほど。そういう可能性もあるか……」

 これでりゆうえんの行動理由も何となくけいせいたちに伝わったんじゃないだろうか。

「きよぽんの彼女やるぅ」

 が感心しつつちやしてきた。

「勝手に彼女にするな」

「そ、そうだよ。きよたかくんに失礼だと思う、な」

「あはは。ごめんごめん」

 勝手に補足させてもらうが、堀北にも失礼だからな。オレなどとカップルにされたら。

 たとえ誤解とはいえどうが聞いたら怒り出しそうな話題だ。

「彼女じゃないとしても、好きだったりしないの? もしくは他に彼女がいるとか」

「好きだったりしないし彼女もいない」

「そっか。じゃあ私たち今年は全員ロンリー決定なわけだ」

「ロンリー?」

「周りを見てよ。もうすぐクリスマスでしょ」

 ケヤキモールの中にある飲食店前に置かれたベンチに腰掛けたまま、波瑠加がつぶやく。

 確かに言われた通り、学校内の施設とは思えないほどのクリスマス用の装飾準備が進められていた。時折男女のカップルらしい生徒たちも通る。

「別に特別な日でもないだろ。普通の一日だ」

「ゆきむーにとってはそうかも知れないけど、女子の間では意外と大変なんだって」

「う、うわさとか色々出るもんね……」

「そうそう。誰々と付き合ってるとか付き合ってないとか。一夜を共にしたとかしてないとか? 好んで独り身をやってるのに、妙に可哀かわいそうな目で見られたりね」

「……高校1年生だぞ俺たちは。学業が本分だ」

「ちょっと想像した? 顔赤いけど」

「うるさい」

「それにしても、このマンゴージュース甘すぎだろ。やる」

 あきがオエッと吐く素振りを見せて、オレへとカップを回してきた。

しいのに」

 波瑠加が信じられないと言った様子で驚いた。

「ちなみにだけど、Dクラスでも冬休みの間に色々あると思うけどね、私は」

「それは……誰かと誰かが付き合うってこと?」

 興味深そうにあいに聞く。

「多分ね。付き合う男女もいれば、破局する男女も出てくるわけ。クリスマスは色んなことが起こるから」

 これまでそんなカップルを沢山見てきたかのように、波瑠加は二度三度うなずく。

「付き合う連中はともかく、破局なんてあるか? 今のところDクラスで付き合ってるのは、ひらかるざわくらいなものだろ」

 まだのどにマンゴーの甘さが引っかかるのか、喉元を押さえ話すあき

 ちなみにオレも今飲んでるが、ものすごく甘い。

「そうとは限らないわけよ。みやっちの知らないところで、意外なカップルが出来てたり。恋愛はクラス内だけで成立するものじゃないしね。もし好きな子がいるなら、誰かにられちゃう前に行動しないと」

あいにくと俺の恋人は弓道だけで十分だ」

「臭っ。そこまで熱上げてるわけでもないのに言うね。かっくいー」

「……うるせえ」

 ちょっと恥ずかしかったのか、明人は照れたようで視線をそらした。

 そうか。もう世間ではクリスマスが近づいているのか。これまで全くみがなかった分、どうにも浮世離れした話に聞こえてならない。

「とにかく俺は部活だ。冬休み中も休みになるわけじゃないしな。彼女でもいれば話は違うんだろうが、今のところその予定もない」

「作りたい意志はある、と?」

 インタビュー風に、手でマイクを握るような仕草をして波瑠加は明人の口元に寄せる。

いけたちのように声を挙げるつもりはないが、男子も女子も似たようなもんだろ」

 恋愛そのものに興味が無いヤツなんてそうそういない、ってことを言いたいようだ。

「……ま、理想の男子がいれば否定はしないかな。ゆきむーは割と恋愛そのものが否定派っぽいけど、ゆきむーを好きっていう子が現れたらどうする?」

「どうするって……俺とその相手との関係によるだろ。そんなの」

「あ、可愛かわいいから無条件で付き合うわけじゃないと。ふむふむ、真面目まじめくんですな」

「うるさい」

 からかう波瑠加に振り回される男二人。

きよたかくんは、ク、クリスマスの予定とかあるの?」

 隣に座る愛里が唐突にオレにそんなことを聞いてきた。

「うわ愛里それってきよぽんを誘ってるわけ? だいた~ん」

「ち、違う、そういうのじゃなくて! 違うからね!?」

「だってそれ以外なくない? きよぽんはさっき彼女はいないって言ったばっかりだし」

「そうじゃなくってえ、ほら、その、どんなことするのかなって。一人でクリスマスを過ごす時、何をしてるのか気になったからっ」

 確かに。恋人同士ならデートの1つや2つするだろう。

 でも一人の場合はどんな過ごし方をするのかは興味のあるところだ。

「なるほど確かに。みやっちは部活だろうけど、ゆきむーはどうするの?」

「俺は勉強してるかな。3学期、予定通りCクラスに上がったら、追うだけじゃなくて追われる立場にもなるからな。クラスに学力の低い生徒が多い以上、筆記試験だけでもけんいんできるようにしておきたい」

 適材適所、自分が一番輝ける部分でクラスにこうけんしていく考えのようだ。

 あきに勉強を教えたことで自信がついたように見える。

「そこまで勉強する努力は俺にはできそうにないな。任せたぜけいせい

「任せるのはいいが、もしAクラスで卒業できて任意の希望先に進めても、地力が高くなければ自滅する未来しかないぞ」

 啓誠は、単純にAクラスに上がることだけを考えていたらダメだとさとす。

「確かにそうだよねー。身の丈にあってないとすぐに崩壊しそう」

「けどそれじゃ、Aクラスで卒業する意味って薄くなるよな」

 理解はしつつも明人にしてみれば、少し不満もあるようだった。

 Aクラスで卒業する頃には、全員がそれに相応ふさわしい能力を身に着けている。

 という筋書きを学校側は立てているんだろうか。

 今のところは何とも言えないが。

「そんであいが気にしてるきよぽんは? クリスマスはやっぱり一人?」

「そうだな。特別なことは何も。部屋で大人しくしてるんじゃないか?」

「クリスマスも普通の休日ってヤツね」

 12月22日が終業式。すぐにクリスマスもやって来るだろう。

「ふ……ふふっ」

 そんなやり取りを見ていた愛里は、何を思ったか小さく笑い出した。必死に笑いをこらえようとしているようではあるが、堪えきれないらしい。

「なんかおかしかった?」

「ご、ごめんね。ううん、私その、楽しくって……そしたらなんか笑えてきたの」

「楽しくて、笑える?」

 よく分からないと首をかしげる波瑠加たち。

 気がつけば愛里は少しだけ目の端に涙を浮かべているようにも見えた。

「今までこんな、楽しい時間過ごしたことなかったから。私、今すごく楽しいの」

 愛里は素直な胸に秘めていた思いを、そう自然と言葉にした。

「下らない雑談ばっかりだけどね」

「それでいいの。こういう話を皆としたかったから」

「なんかよくわかんないけど、それなら良かったじゃない。私も楽しいし」

 そうは締めくくった。

 そして話題は次に移行する。

せつかく集まったんだし、皆で晩御飯食べて帰らない?」

 特に反対意見が出ることもなく、オレたちはグループとして移動する流れになった。

 そこでオレは皆に声をかける。

「ちょっとトイレ行って来る。先に行っててくれないか?」

「じゃあここで待ってるぜ」

「いや、そろそろ時間的にも混み出す頃だし、並んでた方が効率的かも。席よろしくな」

 全員納得したようで、ケヤキモールのレストランへと向かって行った。あいがオレ抜きでもある程度行動できるようになったからこそ成り立つ状況だ。

 みやはオレがトイレに向かうと判断し、あきたちを追って行った。

 グループの背中と小宮を見送った後トイレとは真逆の方向へと歩き出した。

 そして、オレたちが談笑していた休憩場所に座り込む一人の女子に近づく。

「ちょっといいか」

 一人掛け用のに座る女子に声をかけた。Aクラスのむろだ。彼女は携帯を操作していて、あたかもこちらに気づいていないように身を硬直させ動かなかった。

「そこのお前に言ってるんだけどな」

 改めて声をかける。

「……私? 何」

 わずかに視線を上げ、初めてオレに気づいたというような仕草を見せる。

 オレはそのまま数歩足を進め、神室の隣にある別の一人掛け用の椅子に腰を下ろした。

 ピリリとした空気が二人の間だけに流れる。

「ここ最近オレを付け回してるようだけど、何か用か?」

「はあ? 何言ってんの?」

「昨日の放課後の帰り道。2日前のケヤキモール。4日前のケヤキモール。6日前の帰り道。7日前の帰り道。ずいぶんと偶然が続くもんだな」

 オレは携帯の画面を女子に向け、素早く写真をスライドさせる。

「それ、いつの間に……」

 付けねらっている姿をひそかに撮影したものだ。

「尾行してる側としては、オレに視線を向けられそうなときはこちらを見れない。その間にこっちが携帯で撮影しても気づかないのは無理もないだろうな」

「後を付け回してたらなんだって言うわけ? 問題ある?」

「別に。オレは直接被害をこうむってるわけでもないし、特にめろというつもりはない」

「でしょうね。偶然だし」

「ただ、ボスがこの状況を知ったらどう思うかな」

「ボス? なにそれ、映画のすぎなんじゃない?」

「ならさかやなぎに報告するとしようか。あんたの尾行じゃ話にならないって」

「……ちょっと待って」

 ひじけに手を置き立ち上がろうとするオレをむろが呼び止める。

 その態度だけで、今の状況を好ましく思っていないことがよく分かった。

ずいぶんとごしゆうしんなんだな、坂柳に。毎日毎日長時間尾行させられてもきちんと仕事をする。よっぽど仲がいいんだろう」

「ふざけないで。あんなヤツに従いたいと思ってるわけないでしょ」

「そんなところまでうそをつく必要はないだろ。事実、学生の貴重な時間を使って退屈な尾行をしてるんだ。坂柳のことを信頼し尊敬しているから出来ることだ」

「それは絶対にない。今すぐにでも縁を切りたいくらいよ」

 強烈に吐き出すように、神室はいらちを見せた。

「なら、どうして坂柳の指示に従う」

「別に何でもいいでしょ」

「もし善意じゃないなら、弱みの一つでも握られてるんだろうな」

「……何が言いたいの」

「おまえの尾行のお粗末さを坂柳に報告する。そうなれば、おまえがアイツの手足として動くことに対する能力不足がていする。その握られた弱みが後々影響してくるかもな」

おどそうってわけ。あんたも私を」

『も』か。坂柳は神室を使う上で何かしらの弱みを握っているようだ。

 ただのカマ掛けだったが、こうも見事にかかってくれるとは。

「あんたもなんなわけ。坂柳にねらわれてるなんておかしいでしょ」

「さあ。それはオレにもさっぱり」

 坂柳の真意は神室にも分からないようだったが、ひとつだけ答えを得たようだ。

りゆうえんが探してるDクラスの生徒ってあんたでしょ。それ以外考えられない」

「だったらどうする?」

 オレはあえて否定しない。

 そもそも、坂柳がオレの過去を知っているならどれだけつくろっても意味が無い。

「あたしを脅してるようだけど、こっちだってその気になれば龍園に進言できる」

「脅そうと思ったら、脅し返されたか。ならこうしよう」

 オレはひとつの提案をむろに持ちかける。

「今後も好きに尾行すればいい。一切口出ししない。それにさかやなぎへの告げ口もめよう。代わりといっちゃなんだがオレのことは坂柳以外には伏せてもらいたい」

「交換条件ってわけ」

「悪い話だとは思わないけどな」

「……確かにね。りゆうえんのヤツに興味はないし」

 神室はしようだくしたようで、うなずくと立ち上がった。

「今日のところは帰る。疲れたし」

 そう言って、神室はぐにケヤキモールの出口に向かって行った。

「面倒な弱みを握られてるようだな、あいつも」

 だがこれで、かつよこやりはなくなるだろう。

 ひとまずはこれで良しとしておくべきか。

 思わぬところから龍園に正体が漏れる。そんなしていた点は問題なさそうだ。

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