ようこそ実力至上主義の教室へ 6

〇ペーパーシャッフル



 某日。クラス内は重い空気に包まれていた。

 ただ、その空気はけして悲観するものではなく、程よい緊張感に包まれたものだ。

 それを真っ先に感じ取ったのはクラスの担任であるちやばしら先生だろう。

「席に着け───ずいぶんと事前準備が出来ているようだな」

 彼女が教室にやってくるなりその見えない空気は更に重たくなり急速に冷え固まる。

 本来のあるべき姿。当たり前のクラス風景。その常識的な雰囲気に茶柱先生は驚きを隠さなかった。

そろいも揃って真剣な顔つきだ。とてもあのDクラスとは思えないな」

「だって今日は、中間テスト結果発表の日っすよね?」

 やや緊張した面持ちでいけが言う。それを見て茶柱先生はニヤリと笑った。

「その通りだ。中間、期末テストで赤点を取れば即退学。以前おまえたちに伝えたことは記憶にも新しいだろう。緊張や不安を抱くのは当然のことだな。だが、おまえたちは今までその当然の気構えすら出来ていなかった。成長した姿を見られたことは喜ばしく思う」

 今まで見ることの出来なかった生徒の新しい一面に感心した茶柱先生だが、それでテストの点数が良くなるわけでもない。あくまでも心構えが出来たに過ぎない。

 その当然のことをちやばしら先生はあえて口にする。

「しかし結果は結果、赤点を取った場合には覚悟を決めてもらうぞ。ではこれから中間テストの結果を貼り出す。自分の名前と点数を間違えないように確認しろ」

 その警告が本物だからこそ、念を押す。もし結果を受け入れず暴れれば、学校側は強硬手段もさないだろう。教室内に張り巡らされた鋭い監視のレンズが常にクラスメイトを見張っているのだから。

「やっぱりテストの点数は全部見られるんですかっ」

「もちろんだ。この学校のルールだからな」

 個人情報を守りたい生徒の意思に関係なく黒板に貼りだされるDクラスの生徒全員分の成績。そこにはプライバシーなど一切ない。包み隠さず明らかにされていく結果。営業マンのノルマ達成表が会社内に貼り出されるがごとく、出来る人間と出来ない人間がていする。

 こんな時、目立つのは飛びぬけて成績の良い人間と悪い人間だ。多かれ少なかれ苦しむのは下の人間で、周囲からの勝手なプレッシャーとべつを受けることになる。

「全教科平均して合格点は40点以上が目安と思っておいて結構だ。それ未満の点数を取った者は必然的に退学処分となるだろう」

 これまでのテストとほぼ変わらない赤点ラインだが、状況は少し異なる。

「今から発表する点数には体育祭での結果も反映されている。活躍した者の中には結果として点数が100点を超えた者もいるが、等しく満点扱いだ」

 先に行われた体育祭で結果を残せなかった下位10名には、中間テストにおける10点の減点が取られることが決まっていた。Dクラスのそとむらは体育祭で学年ワーストの一人であり、他の生徒よりあらゆる教科で10点多く獲得しなければならない。

 とは言え、ペナルティを負っていないいけどうたちの表情もこわる。赤点を取れば即退学という制度は、それだけ生徒の心身に強い負荷をかけるからだ。

 ゆっくりと貼りだされていく試験結果を固唾かたずんで見守る生徒達。

 しかし、隣人のほりきたに焦りは全くなかった。

「お、おぉっ!? うそだろ!?」

 結果の並び順は、点数の悪かった者から記載されている。つまり1学期の中間テスト、期末テストで最下位を不動のモノにしていた須藤の名前が当然印字されていると多くの生徒が思っていた。しかしトップバッターにあった名前は『やまうちはる』と各科目の点数。次いで『池かん』。そこからがしらとう、外村と続いている。いつもはもう少し上にいる外村の順位が低いのは体育祭で受けたペナルティの影響と考えられた。

「危なっ! 俺が最下位とかマジかよ!」

 幸いどの教科も40点を超えているが、英語は43点とスレスレの低空飛行だ。平均点は50点にわずかに届かない。結果を受けてやまうちは一瞬生きた心地がしなかっただろう。相当な冷や汗をかいている。

 それよりも驚いたのはどうだ。今まで最下位が定位置だったのに、今回のテストでは下から12番目と大やくしんだ。体育祭で獲得した点数があるとはいえすごい結果だ。それは周囲の驚きが物語っている。平均点にして57点をマークしている。

「一気に自己記録大幅更新!!! 見たか!!! しかも平均60点まで後一歩だぜ!」

 自らの名前と点数を見つけるなり須藤は喜んで叫び立ち上がった。更におどりまでする。

「その点数程度で騒がない、あなたの場合は体育祭の貯金もあった。みっともないわよ」

「ぐっ、お、おうっ」

 ぴしゃりと放たれたほりきたの一言で、須藤は気落ちするも冷静に座りなおした。

 まるで忠犬だな。主人の命令には即座に反応しそれを遂行する。

「あの須藤が平均57点を取るなんてな。勉強会の効果は抜群だったようだな」

 苦手な英語も52点と立派な数字をたたき出している。

 この中間テストに向けて、堀北が須藤たち赤点組に勉強を教えていたことは耳にしていた。教え役として誘われることはなかったが、それも当然だろう。他の生徒からしてみればオレは頭が良い部類には見られていない。それに堀北自身もオレの学力にはかいてきなはずだ。

「確かに勉強会の効果は大きかったわ。もしぶっつけ本番で挑んでいたら、まず赤点だったでしょうし。けれど今回は他の要因が大きいかしら。中間テストそのものが比較的簡単な問題で構成されていたことも救いだったわ」

「そうかもな」

 今回の中間テストは普段の試験と比べると少し低いレベルだったことは間違いない。オレも学校側が間違えて載せてしまったんじゃないかと疑うような問題がいくつもあったからだ。そういったことも踏まえ、赤点組が確実に赤点ラインを超えていたことを確信していたからこそ、堀北には焦りが無かったということだろう。対して最下位の山内は結構な差で須藤に負けたことに悔しさを隠しきれない様子だった。赤点に不安を抱える生徒に勉強を教えたのは以前と同じだが、須藤は更に休み返上で堀北に1対1で勉強を教わっていた。恋のパワーとは恐るべきもので、少しずつだが学力を向上させ始めているようだ。

「あなたは平均64点。なんとも絶妙に普通なラインね。いい加減本気出したら?」

「あれで精一杯なんだよ」

 普段50点付近のオレがいきなり100点を取れば新たな面倒に巻き込まれるのは必至。

 こういう時は手堅く手堅くやっておけばいい、と勝手に思っている。

 とはいえ須藤の躍進を考えるともう少し取っても良かったか。

「道化を演じていると知ってから、あなたの発言を素直には聞き入れられなくなったわ」

「おまえがオレの発言を素直に聞き入れたことがあったかは定かじゃないけどな」

「それもそうね」

 そこは認めるんだな、素直に……。

 それにしても今回の中間テスト、問題が簡単だったとはいえ、上位陣はちらほら100点獲得者が出ている。これは他のクラスも中々に高い得点を出したに違いない。

「今回の中間テストによる退学者は見ての通り0だ。無難に試験を乗り越えたな」

 素直に生徒をめるちやばしら先生。流石さすがたたくところもないようで態度もひかえめだ。

「当たり前だ。おうおう、来月のプライベートポイントも楽しみにしてるぜ先生」

 調子に乗ったどうは机にひじをついて、堂々とそんなことを言った。

 そんな態度も茶柱先生は寛大に受け止め、笑顔を崩さない。

「そうだな。体育祭も特に問題は無かった。11月のプライベートポイントもある程度期待して良いだろう。それにしても、私がこの学校に着任してからの3年間、過去Dクラスからこの時期までに退学者が出なかったことは一度もなかった。良くやった」

 褒めるように茶柱先生がクラスの生徒を評価した。今までそんな姿を見せることがなかっただけに、珍しい姿に抵抗を感じる者も少なくないようだった。

「なんかムズムズするな、褒められるとさ」

 普段から褒められることが少ない者ほどテレ臭そうだ。

 ただ、ほりきたに気のゆるみは一切ない。もちろん赤点が無かったことは喜ばしいことだが、茶柱先生が褒めただけで話を終わらせるような人物ではないと理解しているからだ。

 態度が穏やかになればなるほどその不気味さは増していく。

 結んだポニーテールがあやしく揺れる。歩く足音が静かに移動し始めた。

 教室の中を一周するつもりなのか、机と机の間をゆっくりと抜けていく。

 途中いけの席の横に辿たどりつくと、茶柱先生は足を止めてこう言った。

「無事に一つの試験を乗り越えたが、改めてこの学校はどうだ? 評価を聞きたい」

「そりゃ……良い学校ですよ。くいけばお小遣いも沢山もらえるし。飯とかだってどこもいし、部屋もれいだし」

 それから、と指を折りながら追加していく。

「ゲームとかも売ってるし。映画とかカラオケもあるし、女の子も可愛かわいいし……」

 最後の一つだけはこの学校との関係性は怪しそうだ。

「あの……俺、なんか間違ったこと言いました?」

 無言で話を聞かれていることに耐え切れなくなったのか、池がお伺いを立てるように茶柱先生を見上げた。

「いや。生徒にしてみれば間違いなく素晴らしい環境だろう。教師の私から見ても、この学校はあまりに恵まれすぎている。常識では考えられない好待遇が与えられているからな」

 再び歩き出すと、一番後ろの席を通り越し今度はオレたちの方に歩いてくる。

 授業中に問題を当てられそうな時の気分だ。オレには話しかけてくれるなよ?

 その願いは幸いなことに通じたのか、ちやばしら先生が今度足を止めたのはひらの隣だった。

「平田、この学校には慣れたか?」

「はい。友達も沢山出来ましたし、充実した学校生活が送れています」

 平田は模範的かつ堅実でしっかりとした受け答えをする。

「一度のミスで退学になるかも知れないリスクを負っているのに不安は感じないか?」

「その都度、全員で乗り越えていくつもりです」

 常にクラスメイトのことを考えている平田に、迷いは見えなかった。

 教室内を一周し終えた茶柱先生が壇上に戻ってくる。

 彼女が何を確認したかったのか、それはよく分からなかった。

 勝手に推測するなら、クラス内の士気や雰囲気をもっと細かく知りたかったのかも知れない。これから訪れる試練に立ち向かえるかどうか、その見定めというべきか。

「おまえたちも分かっていると思うが、来週、2学期の期末テストに向けて8科目の問題が出題される小テストを実施する。既にテストに向けて勉強を始めている者もいると思うが、改めて伝えておく」

「げえっ! 中間テストが終わってホッとしたばっかなのに! またテスト!」

 寒い季節になり始め、勉強が苦手な生徒たちが苦しむ時期が立て続く。学生であり続ける限り逃れることの出来ないテストの嵐だ。特に2学期はテストの間隔が短い。

「つか小テストまであと1週間だったっけ! 聞いてないッスよ!」

 そう叫ぶいけだが、各教科の先生から、小テストが実施されることについては繰り返し告知されていた。その辺を学習しない池の言動に思わずため息が出そうになる。

「聞いていないは通用しない。そう言いたいところだが安心しろ池」

 救いの糸をらすように、茶柱先生は笑みを浮かべる。

 だがそれが単純に優しさによるものではないことをいい加減オレたちは学んでいる。

「マジっすか先生! 安心していいんスか!? やったぜ!」

 学んでいる……はずなんだがなぁ。茶柱先生は池から視線を外し言葉を続けた。

「まず第一に、小テストは全100問の100点満点となっているが、その内容は中学3年生レベルのものになっている。言わば基礎をきちんと覚えているかの再確認を兼ねたテストだということだ。更に1学期の小テスト同様に成績には一切影響しない。0点だろうと100点だろうと取って構わない。あくまでも現状の実力を見定めるためのものだ」

「お、おぉっ。マジっすか! やった!」

「だが───もちろん小テストの結果が無意味なわけでもないことを先に伝えておく。なら、この小テストの結果が次の期末試験に大きく影響を及ぼすからだ」

 やはりというか何というか。

 体育祭が終わって間もない中、次の課題が始まろうとしていた。

「何なんだよ、その影響ってのは。もっと分かりやすく言ってくれ」

 どうがそう突っ込みたくなる気持ちも分からなくはない。あえてちやばしら先生はクラス内の不安をあおるような言い方をして本題に触れるのを先延ばしにしている。

「おまえに分かりやすく説明してやれると良いんだがな須藤。次回行われる小テストの結果をもとに『クラス内の誰かと2人1組のペア』を作ってもらうことが決まっている」

「ペア、ですか」

 テストとは無縁そうな単語にひらが疑問で返す。

「そうだ。そしてそのペアはいちれんたくしようで期末テストに挑むことになる。行う試験科目は8科目各100点満点、各科目50問の合計400問。そして取ってはならない赤点が今回は2種類存在する。1つは今まで通りに近いが、全科目に最低ボーダーの60点が設けられており、60点未満の科目が1つでもあれば2人とも退学が決定する。この60点とはペア2人の点数を足した合計点のことを指す。例えばいけと平田がペアだとするならば、池が0点でも平田が60点を取ればセーフということだ」

 生徒から驚きの声が漏れる。優秀なパートナーを得られれば相当楽な試験になるな。

 しかし赤点が2種類あるとはどういうことだろうか。

 それを無視し茶柱先生は更にもう一つの赤点を説明しだした。

「そして今回新たに追加される退学基準は、総合点においても赤点の有無を判断されるという点だ。仮に8科目全てが60点以上であっても、ボーダーを下回れば不合格になる」

「それに関してもペアの総合点ということでしょうか」

「その通りだ。総合点はペアの合計で定められる。求められるボーダーはまだ正確な数字は出ていないが、例年の必要総合点は700点前後となっている」

 一蓮托生ということは、点数を共有するペアが両方脱落することになるのか。

 700点ということは、2人合わせて全16科目だから一科目あたり平均43・75点は最低取る必要がある。

 ほりきたゆきむらといった学力に定評のある生徒も、組む相手次第では相応のリスクを負う。

「ボーダーがまだ不明確とのことですが、それはどうしてでしょうか」

「そうくな平田。総合点のボーダーラインについては後でしっかり説明しよう。期末試験は1日4科目の2日間に分けて行われる。それぞれの科目の順番はおって通達する。万が一体調不良で欠席する場合には、学校側が欠席の正当性を問い、やむを得ない事情が確認できた場合には過去の試験から概算された見込み点が与えられるが、休むに該当しない理由であった場合には欠席したテストは全て0点扱いとなるので注意するように」

 絶対に避けては通れない試験ということだな。体調管理も実力の内、規定路線だ。

「それにしても、おまえたちも少しはこの学校の生徒らしくなってきたな。以前であれば試験内容を聞いた段階で悲鳴を上げていただろうに」

「……そりゃ、慣れもしますって。色々やってきたんですから」

 いけが驚き少なく応える。そこにはわずかながら自信も見える。

「頼もしい発言だな池。そして、恐らくこの中にも同じように考えている生徒は少なくないだろう。だから一つだけアドバイスをしておく。1年の1学期を終えただけでこの学校の全てをあくした気にならないほうがいい。この先おまえたちは今よりもずっと大変な試験を何度もクリアしていかなければならないからだ」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ先生」

 女子の一人がおびえたように言う。

「事実だから仕方がない。例えばだが、例年この特別試験……通称ペーパーシャッフルでは1組か2組の退学者を出している。そしてその脱落の大半はDクラスの生徒だ。けしておどしではなく本当の話だ」

 ここまでまだどこか楽観的だったクラスに、張り詰めた空気が流れた。

 新たな特別試験の来訪。だが、ペーパーシャッフルとはどういう意味なのか。

「ボーダーを下回ったペアは例外なく退学だ。私の発言がただの脅しだと思うなら上級生たちに聞いてみるといい。おまえたちもいい加減コネクションが出来始めただろうからな」

 しかしこれだけこくそうな試験内容にもかかわらず、例年1組か2組の退学者で済んでいるのか。それはそれで少し奇妙な気もする。組み合わせ次第じゃ壊滅的な結果になりかねない。

 つまりは『そういうこと』なんだろう。

「最後に、本番中のペナルティについてだ。当たり前のことだがテスト中のカンニングは禁止とする。カンニングした者は即失格とみなし、パートナー共々退学してもらう。これは今回の試験に限らず全ての中間、期末試験に該当することだがな」

 カンニングイコール退学というのは、一見すると重い処罰だろう。普通の高校なら全科目0点や厳重注意、停学が関の山だ。しかし赤点を取ったら即退学である以上、必然的にカンニングが退学扱いになるのは避けられない運命か。ここでわざわざ警告する意味は焦って先走ったミスをする生徒を防ぐ、ちやばしら先生なりのアドバイスと受け取っておこう。

 しかし問題はペア制度のテストということだ。

「肝心のペアの決定方法は小テストの結果が出た後伝える」

 その言葉を聞いた直後、オレは静かにペンを握った。ほぼ同じタイミングで隣の席の住人もペンを握り、黒板にり出された紙と向き合いながら何かを書き始める。

 その様子を横目に見て握ったペンを机に置きなおす。

 自分の行動の不必要さを実感した。

「小テストの後って、んだよそれ。最下位と一緒になったら大迷惑じゃねえか」

「うげ、けんくつじよく受けた! 絶対勉強して逆転してやる!」

「無理すんなよ。口だけだろおまえは。俺はまだまだ勉強するぜ」

 悔しさをにじませたやまうちもだえるように机に突っ伏した。どうも口は悪いものの、ほりきたさえいれば本当にコツコツと勉強を続けていきそうなだけに多少の説得力があった。

 まぁ大切なのはそこじゃない。学校側は現時点ではペアの決定方法を教えないという部分だ。すなわち、教えることでペアの相手を変えることが出来る、という事実を内包している可能性が極めて高い。これまでの特別試験や筆記試験に挑んできた生徒のうち、何人かは気づいているだろう。隣でペンを走らせる堀北も含めて。

「それからもう一つ、期末試験では別の側面からも課題に挑んでもらう」

「もう一つ、まだ何かあるんですか」

 クラスがわずかに動揺する中、取りまとめるようにひらが応対する。

「そうだ。まず、期末テストで出題される問題をお前たち自身に考え作成してもらう。そしてその問題は所属するクラス以外の3クラスの1つへと割り当てられる。他のクラスに対して『攻撃』を仕掛けるということだ。迎え撃つクラスは『防衛』する形となる。自分たちのクラスの総合点と、相手のクラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスからポイントを得る。クラスポイントにして50ポイントだ」

 学校が用意する赤点のライン各教科60点以上をペアで維持しつつ、例年700点前後とされる総合点のボーダーラインを超える。更に、クラス全体の総合点で相手クラスの総合点を上回る必要がある、ということか。

「組み合わせによってはポイントに開きが出る可能性がありませんか? AクラスがBクラスを攻め、DクラスがAクラスを攻める。そしてAクラスが攻撃に成功したと仮定し、防衛にも成功したとすれば合計100ポイントを得ます。ですがAクラスがDクラスを攻めDクラスがAクラスを攻めた場合は決着は一度でついてしまいますよね?」

「その点に関しては明白なルールがある。直接対決になった場合にはクラスポイントは一度に100ポイント変動することになっているから心配するな。めつにないことだが、総合点が同じだった場合には引き分けでポイントの変動は行われない」

「僕たちが問題を考え、他クラスの生徒に出題する……聞いたことがない話です。ですがそれは成立するんでしょうか。生徒が答えられないような問題を作れば、相当難易度の高いテストになってしまうと思いますが……」

「そうだそうだ。習ってないところとか、ちやちやな引っかけとか! 無理無理!」

 お手上げだといけたちがばんざいする。

「当然、生徒たちだけに任せたらそうなるだろう。そのため、作り上げた問題は私たち教師が厳正かつ公平にチェックする。指導領域を超えていたり、出題内容から解答できない問題がある場合には都度修正してもらうことになるだろう。そのチェックを繰り返し、問題文とその解答を作成し完成させていく。今しているような事態にはならないだろう。いけ、しっかりと理解できたか?」

「うぅーん、何とか……」

 あっさりと言いくるめられるが、そう簡単な話ではない。

「問題を400問作成、ですか……結構タイトなスケジュールになりそうですね」

 テストまで残り期間は1ヶ月ほど。1人で問題を作れば1日10問から15問作る必要がある。人数を増やせば増やすほど楽になるが、問題のクオリティにバラつきは出るだろう。問題を作り上げるゆうとしてはそれなりに用意されていると見るべきだが、学校に提出後修正、変更があると見ればもっと早いペースで作っていく必要がありそうだ。更にDクラスが抱えている『欠点』を考えれば作成は相当ギリギリになる。ひらもそれが分かっているからか戸惑いを見せている。

「万が一問題文と解答が完成しなかった場合、救済も残している。期限終了後、あらかじめ学校側が作っている問題に全て差し替えることになる。だが気をつけておけ、学校側が用意しているテストの難易度は低めになると思ったほうがいい」

 救済措置とは聞こえがいいが、実質敗北みたいなものだ。

 何が何でも問題文を完成させる必要がある。クラスを率いる実力者は自らの勉強に加えて他クラスへ出題する問題を考え作成しなければならない。非常にハードな試験になりそうだ。

「問題を作る際、クラス内だけで決めようと教師に相談しようと、他クラス他学年の生徒に相談しようと、あるいはインターネットを活用しようとソレは自由だ。特に制限は無い。学校側が容認できる問題であれば簡単だろうと難しかろうと、内容は問わない」

「僕たちが挑む期末テストも、当然他クラスが考えた問題になるということですよね?」

「その通りだ。気になるであろうところは、肝心のクラスがどこなのか───だが、それに関しては単純明快だ。希望するクラスを生徒側が1つ指名し私が上に報告する。その際に別のクラスと希望が被っていた場合には、代表者を呼び出してクジ引きを行う。逆に被っていなかった場合には、そのまま確定となりそのクラスに問題を出題することになる。どのクラスを指名するかは来週行う小テストの前日に聞き取る。それまでに慎重に考えておくことだ」

 学校側と向き合うはずのテストだが、今回は実質どこかのクラスと1対1で闘うことになるのか。

 こうなるとペアの総合点が何点求められるかの疑問に加えて、複雑な仕組みがからみ合うことになる。

「以上が小テスト、期末テストの事前説明になる。あとはお前たちで考えることだ」

 そうちやばしら先生は締めくくり、今日の授業は全て終了となった。


    1


「作戦会議よ、あやの小路こうじくん。ひらくんに声をかけてもらえるかしら」

 次なる特別試験が発表されるなり、ほりきたは立ち上がりそう言った。

「了解」

 短く答えたオレは、平田に声をかけに行く。その間に堀北はどうの下へ歩み寄っていた。今、オレたちDクラスは様々なクラスから注目を浴びつつある。

 それは、オレ自身にも大きな変化をもたらし始めていた。

 今までひる行灯あんどんのような存在だったのが、体育祭のリレーで見せた走り一つで一気に知名度を上げてしまったのだ。無理もない。まず間違いなく、りゆうえんいちからは堀北の裏にいる存在として、強く警戒されている。

 なら、普通はどうするか?

 堀北から距離を置く? いきなり距離を置けば怪しまれるのは目に見えている。

 だったらいつも通り近くでやり過ごすか? 堀北のそばにいれば疑われるのは避けられない。

 言いたいことは、何をしたところで状況は変わらないということ。

 相手はオレの真意そっちのけで、こちらの動きを勝手に深読みするだろう。

 なら、オレはオレとして自分の立ち位置の原点回帰を目指す。

 これまで堀北は友達の少なさから、隣人であるオレと接する機会が必然的に多かったが、これからは違う。須藤を始め平田やかるざわたちと接点も増えていくだろう。

 なら、そのぶんオレは距離を置かせてもらう。

 別にいたくないわけじゃないが、茶柱先生のいいなりになるつもりはない。

 堀北たちが自分で自らの道を歩き出すようになれば、自ずと負担は軽くなる。

 茶柱先生はDクラスを引き上げる上で、特段オレにこだわる必要は最初からない、とオレは見ている。上のクラスに引き上げてくれる生徒さえ手に入ればいいはずだ。

 オレをおどしてまでAクラスを目指すのか、茶柱先生の本意など興味はない。

 もっとも、まだ堀北から手を放す時期でないことも確かだ。

 今ここでづなを放せば、Dクラスはコントロールを失い、最悪倒れてしまうことは目に見えている。まずは堀北の周りに人を集め、静かにフェードアウトしていく。

 大切なのは手順、そして準備、結果だ。

「すぐ来るそうだ」

 クラスメイトと話していた平田に声をかけ戻ってくる。

「こっちも似たようなものよ」

 どうはトイレにでも行ったのか、一度教室を出て行く姿が見えた。

「それでどう見ればいいかしら、今度の試験」

 ほりきたは人がそろう前に、フライング気味にそう問いかけてきた。

ちやばしら先生の言葉通りに受け止めるだけだろ。比較的難易度の高い試験になるだろうな。各科目の赤点ラインは低めだが、他クラスに勝とうとすれば必要総合点はそれなりに高くなるだろうし、ペアってシステムも厄介だ。オマケに他クラスが問題を作るとなれば二回りほど難易度が上がることも予想できる。特に厄介なのは、問題を作る人間がひねくれているほど難しくなることだ。同じ答えの問題でも問題文次第で正答率は大きく変わる」

「そうね……今回は勉強対策だけじゃなく、問題文を作る能力も試されるし」

 前回のように赤点が不安な生徒に問題を教えるだけでは済まない。他クラスの得意不得意まであくすることが理想的だが、そう簡単に手の内をさらしはしないだろう。

 しかしやることは今までの中間、期末試験と変わらない部分も多い。

 そういう意味では無人島や船上よりも難易度は低いとも取れそうだ。体育祭のように積み上げてきた体力、今回は積み上げた学力が試される試験と言える。

「打てる手は打つべきだ。そのヒントはあったしな」

「ええ。気づいているわ」

 そう静かに答えた堀北は続ける。

「あなたは普段、相手の言動に注視している。学校側はそのヒントを言葉のずいしよに内包しているから。茶柱先生の言い回し、その中で拾い上げるべきワードは、小テストの結果が成績には一切影響しないこと、総合点のボーダーラインがまだ確定していないこと、そしてペアの決定理由を小テストの後に話すということの3点」

 そのかんぺきかつ軽快な言葉のりに、オレは思わず心の中で笑みをこぼした。

 程なくして呼び出していたひらが合流する。

「お待たせ。期末試験に向けての対策だね?」

 かるざわにも声をかけていたようで、面倒くさそうにこちらをにらみつけながらも、要請を受けて堀北へと近づいてきた。

「悪いわね。すぐに打ち合わせるべきだと思ったの」

 入学当初であれば、堀北からの招集に誰もが驚いただろう。今は堀北がクラス内の参謀的立場になっていることもありクラスメイトたちは自然にそれを受け入れていた。

「問題なければすぐにでも始めたいのだけれど」

「えーそれってここで? あたしはんたーい。どうせならパレットに行こうよ、ねっようすけくん?」

 平田の腕に抱きついた軽井沢が、グッと引くようにして自分の存在を強くアピールする。出会った当初からやっていたかるざわのおねだり方法だ。ちなみにパレットとは学校の中にあるカフェで、昼休みと放課後、女子生徒を中心に活気にあふれるところだ。軽井沢の様子を見ていると一瞬目があった。オレは特に何かを指示したような覚えは無かったが、スッとひらの腕から離れ軽井沢の落ち着きが無くなる。

「どこに敵の目があるか分からないけれど───まあいいわ」

 ここで反論して軽井沢の反感を買うよりも、移動した方が楽と判断したのだろう。この辺りもほりきた本人に自覚は無いが確実に成長している部分と言える。

「あのっ、私も参加していいかな?」

 そう話に入ってきたのはクラスメイトのくしきようだった。

「迷惑……かな?」

「僕は賛成だよ。櫛田さんはクラスのことを良く理解しているし。それに期末テストのことも考えれば、多くの人の意見を聞いておきたいところだしね」

 軽井沢はどっちでも良いといったスタンスで何も答えない。さて、堀北はどうするか。

「もちろんよ櫛田さん。遅かれ早かれあなたには声をかけるつもりだったから」

 声をかける手間が省けたというように、堀北は即時に賛同した。

「3人は先に行っててもらえるかしら。少し私用を済ませてから行くわ」

 3人とも同意し、特に異を唱えることもなくしようだくして先に向かった。

「良かったのか? 櫛田を引き入れて」

 櫛田桔梗はDクラスにとっては貴重な戦力だが、堀北とは犬猿の関係だ。詳しいことは当事者たちにしか分からないが、邪魔してこないとも言い切れない。

 しかも体育祭では櫛田の裏切りによって、Dクラスはピンチにおちいった。

「あの場で拒否するのもおかしな話でしょう?」

 それは確かにそうだ。堀北が素直に受け入れたのも、それを見据えてのことか。

「おう待たせたなすず

「大丈夫よ。打ち合わせ場所も変わったし。平田くんたちともパレットで合流予定よ」

「おうそうか。悪ぃんだけどよ、ちょっと部活に顔出してきてもいいか? 先輩に呼ばれてたのを思い出したんだよ。2、30分で終わると思うんだけどよ」

「構わないわ、用事が終わり次第合流して」

 どうはニカッと笑うとかばんを持って駆け足気味に教室を出て行った。

 少し遅れて堀北も鞄を持つ。それに合わせてこっちも動くことにした。

「じゃあオレは帰る。精々頑張ってくれ」

「ちょっと待って。あなたにも参加してもらうわよ。平田くんと軽井沢さんの橋渡しにあなたは必要不可欠だもの。今の私じゃまだ彼らに対する影響力は高くない」

「……やっぱりそうなるのか。影響力は高くないって言うが、今のおまえならある程度くクラスをコントロールできると思うんだけどな。それに期末試験は予習の積み重ねだ。おまえは中間試験でオレの協力無しに、勉強会をやりげただろ」

 事実、打ち合わせの取りつけや場所の設定までは一人で出来ている。あと一歩だ。

「その点だけを見ればそうかも知れない。だけど、くしさんがいるとなると話は別、例外よ。あなたには話しておかなければならないこともあるし、少なくとも今日の場には参加してもらうわ。それとも彼女の行動に興味がかない?」

 なんともズルい言い方だ。ここは素直に答えておいたほうが得策か。

「興味がないと言えばうそになるな」

 クラスの誰とでもへだてなく接する彼女が、ああもほりきたにだけ敵意を見せるのか。

 それはオレにとっても全く不可解な話だ。その部分には多少なり興味が湧いている。

「教えるわ。私が知っていることでよければね」

 堀北はそう言いきった。このタイミングで話す決意をしたのには理由がありそうだ。

「正直、彼女の過去をふいちようして回る行為はしたくないけれど、あなたには伝えておく必要があると思うから話させてもらうわ。それが結果的に私のためになるだろうと感じているから」

「おまえは櫛田に関することをオレに話す気がないと思ってた」

「それはどういう根拠からそう思ったのかしら」

「今まで櫛田のことを積極的に話そうとしなかっただろ。というよりも、おまえたちが敵対し合う関係におちいった経緯が全く想像できない。いつ櫛田とめたっていうんだ」

 横目で確認した堀北の顔は想像よりも硬かった。

「ここでは話せないわ。わかるでしょう?」

 誰もオレたちの会話に注目していないとはいえ、教室の中には無数の目と耳がある。

「……分かった。付き合えばいいんだろ」

 出向くだけの価値がある話を期待しよう。

 廊下に出て、人がはけて来たところで堀北は小声で話し始めた。

「あなたにはどこから話すのが正しいのかしら」

「一番最初からだ。オレは2人の仲が悪いという今のことしか知らないからな」

 あとは櫛田が抱える闇の顔。それが知りたい。だがそれにはあえて触れない。堀北がどんなことを知っていて、何を話そうとしているかがまだ分からないからだ。

「先に断っておくけれど、私は櫛田きようという人物を深く知っているわけじゃない。あなたと櫛田さんの最初の出会いはどこだったかしら」

 それは確認事項のようなものだろうか。一応真面目に答える。

「バスの中、だな」

「そう。私もあなたも、櫛田さんを最初に見たのは入学当日のバスの中だったわね」

 それは今でも覚えている。席にきが無く立つことをなくされていたろうがいて、くしはその老婆に手を差し伸べ席に座らせようとしていた。それ自体はい行い。誰もとがめることのない善に値するものだ。ただ残念なことに、席をゆずる人間がすぐに現れず櫛田が苦労していたのを覚えている。オレも譲ろうとしなかった一人だから印象も深い。

「おまえに嫌われる要素があったとしたら、あの時しかないが……。けどそれなら直接席を譲って欲しいと申し出た時に断ったこうえんはもちろん、席を譲ろうとしなかったオレも強く嫌われるはずだよな」

 オレが好かれているというつもりはない。だが櫛田の敵意はほりきたに対してだけ異様に強く向けられている。

「私はあの時点で櫛田さんのことは知らなかった。いえ、正確には覚えていなかったの」

「その言い方はつまり、堀北と櫛田にこの学校で会う以前から接点があったってことか」

「ええ。私と彼女は同じ中学だった。こことは都道府県が違うし、非常に特殊な学校だけど。だから、彼女も同じ中学の出身者がいるとは夢にも思っていなかったんでしょうね」

「なるほど、な」

 この話を受けて大きな謎がひとつ解ける。オレが2人に出会う前から、堀北と櫛田の因縁は始まっていたのだ。

 だとすれば納得がいく。オレが理解できないのも必然の流れというわけか。

「そのことを思い出したのは1学期の勉強会以降よ。私の中学校は全校生徒が1000人を超えるマンモス校だったし、櫛田さんとは一度も同じクラスになったことがないから覚えていないのも無理ないでしょう?」

 堀北が中学時代も今みたいな性格だったと仮定するなら、何の驚きも無い。

 友達を作ることもなく日々たんたんと、勉強だけに明け暮れていたはずだ。

「それで中学時代の櫛田は? どんな生徒だった」

 オレたちは一直線にパレットへと向かわなかった。多少話が長引くだろうと判断し、寄り道をしていくかのように、ぐるりと校内を一周していく。カフェから遠ざかるほど、人気が減って好都合だ。

「さぁ。さっきも言ったように私とは接点が無かったから。ただ、櫛田さんが今この学校で得ている評価と同じか、あるいはそれ以上の評価を受けていたことだけは間違いないわ。思い返せば様々な行事で、同級生たちの中心にいる彼女の姿を見かけていたもの。誰にでも優しく人当たりが良くて人気者だった。生徒会なんかには入っていなかったみたいだけれど、求心力は相当あったはずよ」

 目立つ役職をやっていれば、堀北も同級生だと覚えていた可能性があるしな。確かにオレの知っている櫛田も、役職に付くようなことは一切していない。

 恐らく堀北の証言通り、中学から変わらない櫛田の人当たりの良さが発揮されていたのだろう。

 接点があるようでない2人。こんなにもほりきたくしに嫌われることになったのかの謎は解けない。恐らくこの話の続きにその秘密が隠されているのだろう。

「おまえと友達になれなかったから嫌いになった、ってわけでもなさそうだな」

 友達100人出来るかなじゃないが、さすがの櫛田も在校生全員と友達になれるわけもない。

「ええ。肝心なのはここから話す内容よ。だけどあくまでうわさで聞いたはんちゆうでしかないことを覚えておいて。本当のことは櫛田さん自身にしか分からないことだから」

 そう改めて前置きした上で、堀北はしゆくしゆくと話し出した。

「私が卒業を間近にひかえた中学3年生の2月も終わりかけのある日、1つのクラスが集団で欠席する出来事があったの」

「インフルエンザがまんえんした、ってわけでもないよな?」

「ええ。情報は私の耳にもすぐ回ってきたわ。ある女子生徒が引き金となって、クラスが崩壊するほどの事件が起きた、と。そしてそのクラスは卒業するまでの間、原状回復することはなかった」

「その女子生徒ってのは、この場合考えるまでもないんだよな?」

「櫛田さんよ。でもどうして学級崩壊にまで追い込まれたのか、その詳細は分からない。おそらく学校側が徹底して情報を伏せたんじゃないかしら。明るみに出た場合、学校の信頼度が落ちて、多くの生徒の進学や就職にも大きな影響を与えかねないし。それでも臭いものにふたは出来ない。生徒間では色んなおくそくも踏まえて噂がたっていたわ」

「断片的にでも聞こえてきたことはないのか?」

 どんな事件だったかの概要が知りたい。堀北は当時を思い返すように話し出した。

「事件が明るみになった直後に、その話をしている同じクラスの生徒がいたわ。何でも教室はちやちやにされて、黒板や机はぼうちゆうしようの落書きだらけだったとか」

「誹謗中傷の落書きだらけ。櫛田がいじめられていた線も考えられるか?」

「どうかしら。本当にいくつも噂が飛び交っていたから。クラス内の誰かが虐められたとか、逆に虐めたとか。ひどい暴力行為を振るったなんて話もあったかしら。でもあいまいだわ」

 とにかく無数の噂話が流れたようだ。

「でも、そんな噂も瞬く間に聞かなくなった。誰もそのことについて話をしなくなったの。クラスが一つ崩壊に追い込まれたのに最初から、全て無かったかのようにされてしまった」

 どこかで圧力がかかった、ということだろうか。

「何にせよ情報統制されていたのなら、櫛田がクラス崩壊の原因だとおまえが知らなくても無理ないわけか。誰がどうなろうと当時の堀北は興味もなかっただろうしな」

「その通り。そして進学先に関しても受験する学校は元々ここに決めていたし、学力や試験には自信があったから、それほど気にも留めなかったわ」

 こいつのことだ、学校の評判が落ちようと受かる自信があったんだろうな。

 くしが引き起こしたと思われる事件が引き金で崩壊したクラス。その事件は進学や就職にも影響を与えかねない大きなものだったと考えられる。今の櫛田からは想像も出来ないような話だ。これなら、その事実を知る者を許せないのも納得だ。もし明るみに出れば今の櫛田の立場はほぼ間違いなく終わることになる。

「話を整理すると、櫛田が起こした事件があって、おまえはその事件のことを詳しくは知らない。だが、櫛田本人はおまえが知らないとは思っていない。同じ中学出身である以上、ある程度その内容を知っていると考えた。そういうことだな」

「実際、櫛田さんが事件を起こしたことは知っているわけだから間違いではないわね」

 ため息をつく。これでほりきたがどういう状況下に置かれているのかが見えてきた。

 ようは櫛田の一方的な勘違いと敵対心が原因だ。それだけ過去の事件は櫛田にとって大きなものであり、絶対に隠し通したいものであるとも言える。

 堀北が事件のことを知らないと言っても信じないだろう。中身をどこまであくしているかは櫛田にとってはさいなことなのかも知れない。本来の意味では矛盾になるが『事件』に関連する話をした時点で、自分の過去を知られたも同然なんだろう。非常に厄介だな。

「それにしても───分からないな」

「事件の内容?」

「ああ。謎だらけで気持ち悪いくらいだ。問題のなかったクラスに突然、学級崩壊なんて簡単に起こると思うか?」

 首を左右に振る堀北。

「櫛田が引き金ということは、あいつが一人で学級を崩壊させた可能性もある。どれだけ大きなことをすれば、一人の生徒がそんなことを起こせるんだろうな」

 誰かがいじめたり、虐められたり程度ではまず成立しない規模の事件だ。その程度では精々一人か二人、クラスから消えるだけ。

「そう思うわ。どうやればそんなことになるのか、正直想像もつかない」

 仮にオレが今のDクラスを崩壊させようと思ってもそうそう出来ることではない。

「強力な武器が必要だろうな。クラスを崩壊させるには」

「そうね……」

 ここで指す武器とは、物理的な意味合いだけではない。様々な方法を含んでいる。

「あなたが学級崩壊させるとしたら、どんな手を使う?」

「質問に質問で返して悪いが、そこに正義があるかどうかは別として、この世で最も強い武器が何か分かるか。櫛田にも扱えるものに限っての話で考えてくれ」

「以前、あなたに言ったことがあると思うけれど『暴力』こそが、人間の持つ最も強い武器だと思う。正直に言って『暴力』は唯一無二の強さを持っているわ。どれだけ頭の良い学者も、地位の高い政治家も、結局目の前の強力な暴力には勝つことが出来ない。条件さえ満たせればクラスを崩壊させることだって不可能じゃないでしょう? 全員を病院送りにすればいいのだから」

 物騒な話だが、ほりきたの例えも事実だ。それも学級崩壊として成立する。

「そうだな。オレも暴力は最強の武器の一つだって話に異論は無い。とはいえくしが暴力で全員を追い込んだってのは無理がある。それこそとんでもない大事件だ」

 もし櫛田がチェーンソーで暴れ回りでもしたら、学校側の口封じで抑えきれるような事件にはなっていないだろう。テレビでも連日騒がれるような事態になっていたはずだ。

「その唯一無二の強さを持つ暴力に負けない、対抗できるものが他にもあるとしたら?」

「あなたには思いついているの? 彼女がどうやって学級を崩壊させたか」

「オレが実行するなら、って前提で浮かんだものだけどな。それは───」

「待って」

 こちらの言葉をさえぎり、改めて考えた後、堀北が言う。

「『権力』と言いたいところだけれど、学校生活で行使するのは難しいわね……」

 思いついたものの自信は無かったようだ。

「振るうことさえ出来るなら、権力ってヤツは相当強いが、今回の件では除外だ。この学校の生徒会長でも無理な話だろうな。権力で学級を崩壊させるのは」

「なら何なの? 誰にでも扱えて学級崩壊をさせるほどの可能性を秘めた武器って」

「櫛田だけに限らず、どんな人間にも扱えて強力な武器───それは『うそ』だ。人は生まれながらにして嘘つきな生き物だからな。誰でも扱える。ただ、『嘘』は時と場合によって暴力すら飲み込むほどの力を持っている」

 人間は1日に2回か3回の嘘をつくというのが統計上、明らかになっている。一見そんなわけがないと思うかも知れないが、嘘の定義は大きく広い。『寝不足なんだ』『風邪を引いてた』『メールに気づかなかった』『大丈夫』なんて様々な一言にも嘘が込められている。

「嘘……そうね、そうかも知れないわね」

 それほどまでに嘘は強い。嘘ひとつで人間を死に追いやることも出来るものだ。

「なら、ここで仕上げだ。例えば、最強の武器『暴力』と『嘘』の2つを全力で駆使したとして、今のDクラスを崩壊させることがお前に出来るか? 真剣に考えてみてくれ」

「絶対にできないとは言わない。でも、できるとも断言できないわ。仮想してみた場合、暴力で戦っても倒すのが難しそうな人は数人いるもの。素手で正面からどうくんとこうえんくんを倒せるとは正直思えない。それにあなたのような実力が未知数な人もいるものね。仮に鈍器のような武器を用意して、闇討ちしていくにしても全員となると話は別。やはり不可能に近いわ」

 想像以上に真剣に考えてくれているようで、ほりきた自身が自分に取り得る最大の方法をひねり出す。

「その結論で正しい。暴力は誰にでも使えるが、条件はかなり複雑だ」

「かといってうそをつくにしても、私には扱いきれない。それに暴力以上に嘘が上手な生徒がクラスに多いから無理でしょうね。戦い方も私向きではないし」

 いくつかシミュレーションしてみるが、堀北には答えられなかったようだ。

「どちらかに限定するのであれば、くしさんに暴力を振るうだけの力があるとは思えない。つまり『嘘』を使って学級崩壊させたと考えるのが自然じゃないかしら」

「そうだな……」

「けれど───できるの? そんなことが」

「どうかな。不可能ではないだろうが、少なくともオレにも無理だ」

 一人の人間を追い詰めるだけならばそう難しいことじゃない。しかしクラス全体となると別だ。

「オレたちの想像も及ばない暴力や嘘を櫛田には扱えるのか、それとも───」

 そのどちらにも属さない強力な武器を、櫛田が有しているのか。

 どれほど大掛かりな武器を用いたのか分からないが、いずれにせよ本当に櫛田は自身のクラスを崩壊させた可能性が高い。櫛田も学級崩壊の被害者であったなら、ここまで堀北を敵視しないだろう。

「私は櫛田さんに面と向かって言われたわ。過去を知る人間はどんな手を使ってでも追い出すと。彼女は必要になればかつらくんやさかやなぎさん、いちさんたちとも手を組んで私を追い込むでしょうね。事実りゆうえんくんと手を組んで私をおとしいれようとした。Dクラスがきゆうに追い込まれても、きっと彼女は私への攻撃の手をゆるめない。私がこの学校に存在し続ける限り」

「厄介だな。自分の過去を隠すためならクラスを崩壊させる覚悟も持ってるってことか」

「そういうことで間違いないでしょうね」

 既にそこまで堀北に宣言していたとは。中途半端なおどしと思わない方がいいだろう。

 そして宣戦布告をした状況で、櫛田は堀北やひらの打ち合わせに出たいと進言してきた。クラスでの自分の立ち位置を保つためでもあるだろうが、敵対行動……スパイの線も濃い。ただ、スパイの可能性があってもオレたちは櫛田を排除することが出来ない。櫛田はこれまでDクラスで信頼を築き上げてきた。急にものにすれば周囲は不信感を募らせる。

「一つだけ確認させてくれ堀北。櫛田に対する対応はどうするつもりだ」

「どうするつもり、とは? 私に取れる選択肢はごくわずかよ。櫛田さんに『内容を詳しく知らない』ことと『事件のことを絶対に他言しない』こと。この2つを粘り強く話して納得してもらうことしかできない」

「それは簡単なことじゃないだろ。くしはずっと疑念を抱き続けるだろうし、そもそも学級崩壊させたという事実を知っているだけでも許せない可能性だってある」

 こうしてほりきたがオレに相談していることも、櫛田は十分考慮しているはずだ。

 そう考えていくと退学させたい対象にはオレも含まれてしまうわけだが……。

 それはこの際置いておくとしよう。

「彼女と対話を重ねていく以外に方法はないわ。違う?」

「それは認める。この件は根回しだとか誰かに協力を依頼するとかどうこう以前の問題だ。おまえの言うように心から納得させることが唯一の解決策だろうな」

 仮に外から櫛田を強引に押さえつけても、いずれ大きく反発して跳ね返ってくるだろう。

「なら考える必要は無いじゃない」

「オレは今の話を聞いていて、勝手だが結論を出した。櫛田の説得を諦めて強行手段に出るというのも、Aクラスに上がるためには必要な行動かも知れない」

 そう伝えると、堀北は怒ったような表情でオレをにらみつけてきた。

「それは───櫛田さんを退学させる、ということ?」

 否定せず、オレは静かにうなずいた。やられる前にやる。戦術の基本だ。

 しかし堀北はオレの提案に同意するどころか、露骨に強い嫌悪感を見せた。

「あなたから誰かを退学にしろなんて言われるとは思わなかったわ。以前私がどうくんを切り捨てようとした時、そうしないようさとしたのはあなたよ? そして私は理解したの。誰かを切り捨てるような戦いをしてはダメだと。事実あの時須藤くんを見捨てていたら、私は前に進めなかった。体育祭だってもっとさんな結果が待っていたかも知れない。今回の中間テストで向上する須藤くんを見ることも出来なかった。違う?」

 あれほど孤独を好み、友人を不要としてきた堀北がここまで変わるとは。自らのからに閉じこもることで成長が止まっていた堀北の、急激な変わりように驚かされる。しかし前向きなのは結構だが、対応としては現実的じゃない。元々対話を苦手としている堀北に、櫛田を説き伏せることが出来るかは疑問だ。須藤を仲間に引き入れたことは素直にめたいところだが状況は大きく違う。

「勉強を教えて退学を未然に防ぐのとはワケが違う。正直櫛田の目的がここまで一方的な感情によるものだとは思ってなかった。おまえにもいたらない点があって、それを改善していけばどうにかなると思って聞いていた。でもそうじゃなかった。櫛田はおまえがこの学校にいる限り邪魔を続けるだろう。ただそれでは一丸となって協力し合うDクラス、そして学校の制度そのものがたんする。早めに手を打たないと後で後悔することになるんじゃないか?」

 そんな諭しに対して、堀北は全く同意しようとはしなかった。

 それどころか更に意志が固くなったように見えた。まゆが強く釣りあがる。

「彼女は優秀よ。周囲を味方につける能力の高さは言うに及ばず、人を観察する力にけているし、味方になってくれればDクラスにとって、確実に大きな戦力になる」

 その点を否定するつもりはない。くしが確実な味方となれば確かに頼もしいだろう。

 とは言え、本当にそんなことは可能なのだろうか。

「彼女との件は、今まで向き合うことをして来なかった私の責任でもある。見捨てるわけにはいかないわ。私は対話を重ねていく。そして必ず彼女に理解してもらう」

 自ら苦しいルートを選ぶ、か。ほりきたは本気でクラスのため櫛田と向き合っていくつもりらしい。これ以上オレがとやかく言っても、何も変わらないだろう。

「分かった。おまえがそう言うならオレは見守ることにする」

 こんな強い意志の瞳を見せられたら、その可能性を少しは信じてみたくもなる。

 どうを信頼できる仲間にできたように、櫛田も味方に出来るんじゃないかと。

「あなたにこの件で手を貸して欲しいとは言わない。それで解決する問題でもないから」

「そうだな。完全に蚊帳の外の問題だな」

 長話も進み、広い校内もそろそろ一周だ。あと少しでパレットにたどり着くだろう。

「櫛田さんのことを話したのは、あなたなら誰にも他言しないと思ったから。そして理解してくれると思ったからよ」

「悪かったな。望む答えを返してやれなくて」

 率直な意見を述べただけだが、全く同意は得られなかった。

「貴重な情報を提供したのだから私の質問にも少しくらい答えてもらってもいいかしら」

「何をだよ」

 立ち止まった堀北は先ほどと変わらない強い瞳で見上げてきた。どうやら櫛田の話と並行して、もう一つ別の話があったらしい。

「体育祭で───あなたはりゆうえんくんに何をしたの?」

「何をした、か」

 その質問をオレにぶつけたということは、やはり堀北は龍園の術中にはまっていたということだ。オレは龍園の体育祭での詳細な行動までは知らない。

 頭の中で組み立てていた通りに物語が進んだと解釈するなら、答えは一つだろう。

「着地点だけ決めていた。最終的に龍園の考えていた計画をつぶすということだけな」

「その手段が、龍園くんたちCクラスの作戦を録音していたこと?」

 肯定として軽くうなずく。

「作戦会議の録音データなんて、普通手に入れられるものじゃないわ。そんなものどうやって手に入れたの? 龍園くんはスパイがいると言っていたけれど、Cクラスの内情をばくしてくれるような人物との深いつながりをあなたは持っていないでしょう?」

 船上でのかるざわとCクラスのなべたちのいざこざを堀北は知らないから当然だな。

「色々と手は打ってある。録音データがあるってことはそういうことだ」

「それともう一つ。私を勝手にフォローしたこと、腹も立ったわ。当然よね、私が失敗すること前提であなたは動いていたわけだもの。だけど実際その通りの結果になったから反論も出来ない。しかも、私はあなたに深くせんさくすることを禁じられているから強く答えを求めることも出来ない。厄介な状況よ。……だけど、あなたがいなければ私は今頃……ありがとう」

ものすごく回りくどい礼だな」

 責め立てられていると思ったらまさか最後にお礼の言葉が出てくるとは。

「一応ある程度は協力する約束をしてたからな、それくらいはしておくさ」

「余計なお節介だと思うけれど、目立つ行動を取って大丈夫なの? 今回の件でりゆうえんくんはDクラスの誰かが裏で動いていることに確信を持ったはずよ。あやの小路こうじくんもその候補に入っているはず。あなたが望んでいるであろう平穏な日々がおびやかされる事態だと思うけれど」

 ほりきたの言うことはもっともで、今の状況は本来のオレが望んでいることではない。

 しかしその望みも今となっては怪しい。あの男の影をチラつかせるちやばしら先生に、過去のオレを知るというさかやなぎの存在。結局のところ、最終的にどう転ぶかは誰にも分からない。後々になれば、堀北の存在が切り札となっているかも知れない。

 とにかく何をすることが平穏につながるのか、今必死に探している。

 堀北は、どうなの?という表情でこちらからの返答を待っていた。

「そうだな……保留」

「長考の末の保留ね。あなたという人間が良くわからなくなるわ」

「最初から分かってないだろ」

「それもそうね」

 見せた覚えもなければ詮索させた覚えもない。

 いずれにせよ、堀北はオレや龍園にかまけている暇は無い。

 Dクラスの内側に潜むくしという毒をどうにかしなければ、スタートラインにも立てないのだ。


    2


「あーもう何やってたわけ? 遅すぎるんですけど。謝罪くらいないわけー?」

 パレットに到着するなり、かるざわは堀北をにらみ付けて立て続けに文句をらした。

「すぐに始めるわ。ひらくんは部活もあるでしょうし」

「うわ無視。流石さすが……って感じ」

 かるざわの求めた謝罪をばっさりと無視して席に着くほりきた

「全然謝罪しないし」

 これでこの場にはオレと堀北を始め、ひらに軽井沢、そしてくしどうが集結した。

 確かに部活動の開始までそれほどゆうはなかった。

 もう15時50分になる。この学校では部活の開始は16時30分からだ。一番焦るべきなのはサッカー部に所属している平田なのだが、落ち着き払っており終始笑顔を見せている。この会議の場を心待ちにしていたのか、まるで少年のような瞳がさんぜんと輝いていた。

 席に着いた堀北は購入した飲み物には手もつけず、すぐに話を切り出した。

「それじゃあ、次回行われる小テストのことから話始めましょうか」

「あまり気にしなくてもいいんじゃないかな? 中間テストから立て続けの勉強会は皆にとっても負担が大きいよ。幸い成績には一切反映されないことも保証されているようだしね」

 中間テスト、小テスト、期末テスト。息つく暇もない勉強の嵐はそれを不得意とする生徒たちには耐え難いストレスとなっているだろう。

「そうね。私も無理に勉強をさせようとは考えていないわ。けれど、単純に生徒の実力を見るためだけに学校側が実施するとも思えない。直前で中間テストをやっているわけだし」

「中間テストが優しい問題だったからじゃないの?」

「だから小テストで難しい問題を出す? それじゃ効率が悪いだけよ」

 小テストの意義を出すために、中間テストの意義をなくすのは本末転倒だ。

「小テストそのものに意味があるってことだね? 学力を見る以外の狙いがあるのかな」

「何々、どういうことようすけくんっ」

 堀北の発言にはあまり興味を示さないのに、平田となると軽井沢はテンションを上げた。

「小テストを行う理由が僕たちの学力を確かめるためでないなら、意味することは一つ。小テストの結果が期末試験でのペア選定に影響を与えてくる。そういうことなんじゃないかな」

 平田と堀北の話し合いに耳を傾けている須藤の顔が険しい。

「理解できてるか? 須藤」

「……ギリな」

 どうやら現時点でかなり怪しいらしい。そんなことにはお構いなしで話は進行する。

「期末試験の鍵を握るペアの選定には必ず法則がある。つまり法則を見つけ出せば、期末テストに向けた有利な一手が打てるということよ」

「どういうことだよ、あやの小路こうじ

 ボソッと耳打ちしてくる須藤。直接堀北に聞かないのは話の腰を折らないためだろう。

「小テストを制することが期末試験クリアのための最低条件ってことだ」

「だろうな、そう思ってたぜ」

 どうの目が立派に泳いでいた。これ以上ないくらい見事に分かりやすくうそをついている。

 ほりきたの読みは間違いなくあっている。小テストの結果をもとにペアを決めると考えて間違いない。そしてそれには必ず見抜くことの出来る法則がある。

 後日生徒に説明すると約束しているのだから、複雑怪奇な決め方には絶対にしない。

 どこまで理解できているのか、堀北のお手並み拝見といこう。

「点数が近い者同士とか、そういうこと?」

 きちんと話を理解して聞いていたかるざわが、何となく法則を述べる。

「正解や不正解が似てるとかもあるんじゃねえの」

 それを聞いて須藤も必死に知恵を振り絞って考えた法則を口にした。

「どちらの可能性も、否定できないわね」

 そんな堀北に対して、ひらはやや疑問を感じたのか笑みが消え真剣な顔つきに変わる。

おおむね理解できたんだけど、僕は少し法則性に対してかいてきな部分があるんだ」

「何かしら。どんな意見でももらえるだけありがたいわ」

 平田からの進言に、堀北は歓迎する様子で視線を向けた。

「今言ったような法則があったとしたら、上級生に確認すればすぐに答えが出そうな気がするんだ。例年同じ試験をやっているのなら、その法則が同じである可能性も高いよね。わざわざ先生が隠すようなことなのかな?」

 これまで静かに話を聞いていたくしも、その話を聞いて同調した部分があったようだ。

「私もそれは少し疑問かも。仲の良い先輩なら教えてくれそうかなって」

 簡単な法則なら最初から教えてしまっても差し支えないはず。だから法則は存在しないか、あるいは複雑なものである可能性をはらんでいる。そう言いたいようだ。

「さっすがようすけくん。その通りだよねー」

 平田を賞賛する軽井沢を横目に、堀北は考え込むように腕を組んだ。

「確かに平田くんの言うことも分からなくはないわ。でも学校側は法則を見つけ出すことに否定的ではないんじゃないかしら。むしろ見つけられることが前提だと思ってる」

「どういう意味だよすず。分かりやすく説明してくれ」

 考えすぎて頭から煙が出そうになったのか、こらえきれず聞いてしまう須藤。

「つまり法則を見抜くことがゴールじゃなく、法則性を知ることから試験が始まると? だけどそれじゃ、万が一法則を見抜けなかったときは壊滅的な結果を招いてしまう恐れもあるよね」

 平田はクラスの半数が退学してしまう最悪のシナリオを想像したのだろうか。

「それこそが今回の試験の核なんじゃないかしら。これは仮定の話だけれど、今平田くんが言ったようにもし私たちが小テストによるペアの選定、その法則性を見抜けなかったとして、安直に壊滅的な結果につながるかしら? おが含まれているにせよちやばしら先生は言ったわ。ここまで退学者を出さなかったDクラスは初めてだと。例年でも1組か2組のペアしか退学者が出ていないのよ? 何かがおかしいと思わない?」

「ダメだ全然わかんねえ」

 ギブアップしたどうがテーブルに額を打ち付ける。

「話が見えてきたよ。ほりきたさんが言いたいのは『法則性を見抜けなかったとしても、期末試験への深刻な被害は出ないようになっている』ということだね?」

「正解よ」

「一応、根拠聞いてもいい?」

 その自信を含んだ堀北の態度にかるざわが問いかける。

「期末試験はペアで挑むこと、平均点が今までで一番高いこと、生徒が問題を作る難易度の高さを踏まえた上で、仮に法則性に気が付かなかったら……。法則性を見抜けず試験に挑めばさんな結果が待っているとしか思えないでしょう?」

「そうだね。赤点に近い生徒2人がペアになったとしたら、かなり苦しいと思う」

「それが怖いからペア決定の法則性を見つけ出すんだよね? あれ?」

「そう。法則性は絶対に知っておきたい。そしてひらくんの言うように赤点に近い生徒たちがペアを組む最悪の状況だけは絶対に避けたいと考える。けれど茶柱先生は、例年1組か2組の退学者が出ていると言った。1組か2組の退学者というのは少なすぎないんじゃないかしら? 仮にうちのクラスで成績の悪い生徒たちが不幸にもペアを組まされれば、それだけで10人近い生徒が脱落することになるわ」

「……なるほど。そういうこと、だね」

「ねえようすけくんどういうことなの? ちょっとよく分からなくなったんだけど」

「えっと、そうだね。どう説明したらいいかな。じゃあ一度頭を空っぽにするために、法則を見抜く見抜かないの話は一度置いておこう。もし仮に、僕たちが『法則の存在を知らず』に試験に挑んだことを想定してみて欲しいんだ。どうなると思う?」

「えっ。ヤバイんじゃない? 頭の悪い生徒で偏ったらすごい退学人数になるかも」

「そう思うよね。でも例年退学者が出るのはDクラスのみで、しかも1組か2組」

「おかしくねーかそれ」

 須藤もその点に気が付いたようだ。

「この話で大切なことは『ペアの組み合わせは必然的に、バランスの取れた組み合わせになるように出来ている』ってことなんだ。そしてそれがすなわち『法則存在の証明』でもあるってことだよ」

 この話を詰めていくことで『法則の証明』が成された。

「全ての過程と結果を踏まえて導き出される答え。それは『高得点を得た者と低得点を得た者がペアを組む』という法則。これ以外には考えられない。仮に私が100点、どうくんが0点であれば最大点と最小点の差が最もある2人が組む。こうすることでもっともバランスの取れたテスト結果がはじき出される」

 納得のいったかるざわだが、新たな問題が浮上してくる。

「なるほどねー。でもさ、それって平均点くらいの生徒が一番危ないんじゃない?」

「そうね。点数が中央に寄るほど様々な危険性が高まるわ」

 点数の低い生徒は高い生徒と組めるが、中間層は同じ中間層と組む可能性が高くなる。

 しかし裏を返せば、小テストの問題のレベルはある程度高いものだと予想される。

 学力を正しく測るための問題が待ち構えているのではないだろうか。

 それに事前の打ち合わせや対策である程度避けることも出来るだろう。

「上級生に法則の確認をして同じ答えが返ってきたのなら、法則性の問題はそれで解決。私たちは次のステップに進むことができるということよ。ひらくんとくしさん、上級生への確認をお願いしても良いかしら」

「もちろんだよっ」

「サッカー部の先輩たちに聞いてみるよ」

 二人がこころよく引き受ける。これでまず、小テストの対抗策が見えて来た。

「あともう一つ聞きたいんだけど」

「どうぞ」

 軽井沢からの疑問に対しても、ほりきたは嫌な顔ひとつせずうながす。

「ペアを組むって言うけどさ、クラスの人数が奇数だったらどうなるんだろ」

「気になるところではあるけれど、現状その心配は不要よ。AクラスからDクラスまで入学時には全クラスが偶数の人数。退学者が出ていないから影響を与えることはないわ。ただ、勝手な推測だけれど……退学者が出ていた場合は苦しい戦いをいられていたんじゃないかしら」

「そうなのかなぁ。一人欠けてるだけで損するなんて可哀かわいそうじゃない?」

 櫛田としては学校側の優しいフォローがあるんじゃないかと思うようだ。

「元々入学時に必ず人数を偶数でそろえているということは、不測の事態で退学したり休学した場合も、それはクラスの責任として負わせるんじゃないかしら」

 無人島の時も体育祭の時も、学校側は不参加の人間にようしやないペナルティを科した。確かにその可能性は高い印象を受ける。退学者を1人でも出せば、今後の試験でも大きな不利を受ける可能性が高い。堀北も須藤を救ったことの大きさに気づいているだろう。

「解決したかしら?」

「ん、まぁね。考えるだけ無駄ってことだけは分かったかな」

 軽井沢の小さな疑問がふつしよくされ、次の議題へと移る。

「小テストの法則、その裏が取れ次第次のステップに進むとして、気になるのはもう一つの方……どのクラスを指名して戦うか。私の答えはシンプル。狙うべきはCクラスただ一つ」

 他の誰かの意見を聞く前に、ほりきたはまず自分の意見を述べた。そして根拠も続ける。

「理由は話すまでもなく総合的な学力の問題。CクラスはAクラスとBクラスに学力で劣る、それだけのこと。それはこれまでのクラスポイントを見ていれば歴然でしょう?」

 基本的な考えとしては間違っていないだろう。わざわざ学力の高いクラスに挑む意味はほとんど無い。だが、ひらもそれを理解しつつ少しだけ補足した。

「賛成だよ堀北さん。だけど、AクラスとBクラスだって当然そこを突いてくる。Cクラスが学力で劣っていると仮定するなら、十分被る可能性もあるんじゃないかな。考えられる悪いパターンだと───」

 平田はノートに組み合わせをイメージして書き表した。


 AクラスがDクラスを指名→どことも被らずDクラスに確定

 BクラスがCクラスを指名→くじ引きに勝利→Cクラスに確定

 CクラスがBクラスを指名→どことも被らずBクラスに確定

 DクラスがCクラスを指名→くじ引きに敗北→Aクラスに強制確定


「悪いケースだけど、こんな形になることだって十分にあるんじゃないかな」

「うわ、こんなのになったら最悪じゃん。頭が良いAクラスに問題文作られるし、Aクラス相手の問題文を作んなきゃいけないんでしょ? 勝てる気がしないんだけど」

「そうね。Cクラスを別のクラスが狙わない理由はないでしょうね。だけど恐れて避ける理由もない。勝てる可能性を下げる必要はないでしょう?」

 くじ引きのリスクを負ってでもCクラスを狙っていくべきと主張する堀北。

「AクラスとBクラスには明確な学力の差はないのか? Cクラスとどれだけ違うとかも気になるんだが」

 素朴な疑問をオレはぶつけてみた。

「少なからずAクラスのほうが上なのは間違いないね。だけど、露骨に違うってほどじゃないと思う。BクラスとCクラスの総合学力には結構な開きがあるんじゃないかなぁ……。そのあたりにはしっかり探りを入れてみるよ」

 オレたちはDクラスの平均学力は理解しているが、他クラスについては深く知らない。

 思い返せば学校側もそれを告知していない。唯一分かっているのはクラスポイントの差くらいなものだ。そこから学力だけを明確に推察できるわけじゃない。その点を見てもこういったテストを見据えてのことだったのかもな。クラスポイントのが単純な学力の差でもない。もしBクラスの方がAクラスより学力で上だった場合には、手痛い結果を見ることにもつながりかねないだろう。

 それにしても───オレはほりきたの隣に座る男にそっと視線を向けた。

 ほぼ時を同じくして堀北も不思議そうにその男に声をかける。

ずいぶんと静かねどうくん。大抵こういう時、あなたは口やかましいはずだけれど?」

「俺が分かるレベルの話じゃねぇし、うるさかったら邪魔になんだろ?」

 そんな当たり前のことを口にする須藤に、オレたちは全員息をむように黙り込んだ。

「んだよ、変なこと言ったかよ」

「当たり前のことを口にしたから驚いたのよ……この気分をなんて例えればいいかしら」

 絶対に途中で口をはさんできて、話が混乱させられると思っていたんだろう。

 意外な須藤の大人しさに例えようの無い衝撃が走ったらしい。

「まぁ一個言えんのは、俺らは1つ1つ相手をたたいてくってことだろ? 一気にAクラスになれるわけじゃねえんだから、一番差の詰まったCを叩く方が分かりやすいぜ」

「なるほど。Cクラスを狙うのには、確かにそういう側面もあるかも知れないね。総合点で僕らが勝てばCクラスとのポイント差は一気に縮まる」

「納得はいくんだけどさ、それならAクラスがCクラスを攻めた方がうれしいよね? 総合点じゃ間違いなくAクラスが勝つだろうし。そしたらCクラスのポイントが無くなってラッキーじゃない?」

「この試験でどこまでの結果を狙うかによるわね。でもやはり総合的に狙うべきはCに変わりないわ。私たちとどこかが被って、その上で他クラスがCを叩いてくれる、それに期待しましょう」

 Cクラスのポイントを減らすためだけなら、確かに総合点が高くなるであろうAクラスやBクラスに攻撃を仕掛けてもらうのが良いかもしれない。だがDクラスも勝ちを拾ってポイントを得たい。可能性を高めるには相手が弱い方が好都合だ。Cクラスを避けるということは強敵を倒さねばならないということ。結局のところ堀北のCクラス攻撃案、要は弱いところを叩く作戦が一番手堅い。

「色々と勘案した上で、みんなも堀北さんの案で賛成みたいだね。なら僕も従うよ」

 ひらは事を荒立てることを嫌うからこそ、様々な可能性を周囲に提示しただけだろう。

「ありがとう。これで次の段階に進むことが出来そうだわ」

 ある程度打ち合わせで引っかかるところは出たものの、方向性はまとまった。

 16時を過ぎたところで解散となり、平田や須藤は部活へと向かって行く。かるざわも平田についてグラウンドの方へ。残ったのはオレと堀北、そしてくし

「じゃあ、私も先輩たちに試験のことを聞いたら報告するね」

「よろしく」

 ここでは特に、例の話に触れることも無く櫛田は去って行った。当然か。

「あなたはどうするつもりなの、あやの小路こうじくん」

「どうするも何も、おまえとひらに任せておけば問題ないだろ。正直ここまでの流れはほぼ100点だ。文句の付けようもない。おまえも今回の予測には自信があるだろ?」

「ここまではね。でも期末テストに挑むには正面から実力をつける必要がある」

「だな。とにかくクラス全体で学力を向上させなきゃ話にならない。だが言い方を変えればある程度学力を高めれば簡単にクリアできる課題でもある。必要ならおまえの希望通り点数を調整して適当なヤツと組んでもいい」

「その頭数に入れてもいいのね?」

「それくらいならな。必要なら勉強会に参加してもいい。だけど指導役はなしだ」

「あくまでもあなたは出来ない生徒を演じるわけね」

「事実を事実のままにしておくだけだ」

 オレがほりきたにしてやれる落としどころとしてはとうな線じゃないだろうか。そう思ったがこの女は一筋縄ではいかないようだった。

「考えさせてもらうわ。あなたもDクラスの一人だもの、適した役割を与えたい。全員で勝ち抜くために」

「……考えとく」

 オレはそう答えてはぐらかしておくのが精一杯だった。

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