ようこそ実力至上主義の教室へ 6

〇変わっていくDクラス



 体育祭も終わり、肌寒くなってきた10月中旬。

 次期の生徒会をになうメンバーを決める総選挙が行われ、早くも新旧生徒会の交代式がやってきた。全校生徒を体育館に集めた大々的なイベントだが、大半の1年生にはどうでもいい時間でもあった。眠たそうにしながらも、教師をはじめ上級生に目を付けられないよう息を殺している。

「それでは、ほりきた生徒会長より最後のお言葉をたまわりたいと思います」

 司会の言葉と共に堀北まなぶが、ゆっくりとステージに用意されたマイクへと歩みを進めた。

 以前の堀北……妹の方だが、であれば、兄の登場だけでしゆくしていたかもしれない。

 しかし、今は兄の勇退を見守るように、しっかりとしたまなしで見つめていた。

「約2年、生徒会を率いて来られたことを誇りに思うと同時に感謝します。ありがとうございました」

 あまりにも短いあいさつが終わり、堀北兄は静かに後退し元の位置に戻った。

 感動的な文言は一切無く、しゆくしゆくと義務のように行った挨拶だったと言える。

 しかし、どうやら引退セレモニーはこれで終わりじゃないらしい。

 壇上の生徒会役員たちは固い姿勢を崩すことなく構えている。

ほりきた生徒会長、今までお疲れ様でした。それではここで、新しく生徒会長に就任する2年A組ぐもみやびくんより、お言葉を頂戴いたします」

 そう呼ばれ、新たな生徒会長に就任した南雲が歩みを進めマイクの前に立つ。

 その姿を壇上で温かく見守る生徒会メンバーの中には、1年のいちの姿もある。

「2年Aクラスの南雲です。堀北生徒会長、本日まで厳しくも温かいご指導のほど、誠にありがとうございました。歴代でも屈指のリーダーシップを発揮した最高の生徒会長にお供できたことを光栄に思うと共に、敬意を表したいと思います」

 そう言い堀北兄の方に深々と頭を下げた。それから再び在校生に向き直る。

「改めまして自己紹介させて頂きます。南雲雅です。このたび、高度育成高等学校の生徒会長に就任させて頂くことになりました。どうぞこれからよろしくお願いいたします」

 体育祭でかいせた態度とは打って変わって、南雲は礼儀正しかった。体育祭で見せた表情、態度はなりを潜めている。そう感じたのもつかのことだった。

 穏やかな空気から一変するように南雲は薄く小さく笑った。

「早速ではありますが、まず始めに、私は生徒会の任期と任命、総選挙のあり方を変更することを公約します。堀北前生徒会長が、例年12月に行われていた総選挙を10月に変えられたことは一つの試みだったと思います。早い段階で次の世代に移れるようにした配慮は一定の効果を生み出しました。そこで新しい生徒会は新たなステップへと踏み出す時期と判断し、生徒会長及び生徒会役員はその任期を在学中無期限とし、卒業まで継続できるように変えていきます。同時に総選挙の制度と規定人数の制限をてつぱいし、生徒会役員を常に受け入れられる体制を作り上げて参ります。つまり優秀かつ必要な人材はいつでも、そして何人でも生徒会のメンバーとして活動できるようにしていきます。万一任期中不適格だと判断された人材がいれば、会議にて多数決を行い、それをもって除名する規約も作ります。これを手始めとし、ここに集まっている生徒、先生方、そして前生徒会長の率いた生徒会の皆さんに宣言させていただきます。私はこれからの学校作りとして……まずは歴代の生徒会が守ってきた、こうあるべきという学校の姿を全て壊していくつもりです」

 そう強く言い放つ。背後に立つ前生徒会の功績を全て否定するかのような発言だ。

「本来なら、今すぐにでも私の考える新体制として動き出したいところなんですが、残念ながらそうもいきません。新米生徒会長には色々としがらみも多いもので」

 南雲は堀北前生徒会長を見た。だがすぐに在校生たちへと振り返る。

「近々大革命を起こすことを約束します。実力のある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に。この学校を真の実力主義の学校に変えていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 その宣言に、一瞬体育館は静まり返った。だが直後、2年生のほぼ全員がかんの悲鳴を上げて盛り立てた。オレたち1年生は知らない上級生同士の戦いが、2年生と3年生の間にあったのかも知れない。そう感じさせるような出来事だった。


    1


 そんな1つのイベントが終わりを告げ、2学期も半ばに差し掛かったある日の昼休み。

 オレの周囲では少しずつだが小さな変化が起こり始めていた。無人島、体育祭と大きなイベントを越えて来たDクラスは、スローペースではあるがクラスとしてのまとまりを持ち始めていたのだ。小さかった友人同士の輪は徐々に広がり、当初は打ち解けないと思っていた者同士も仲良くなり始める。

 授業に対する取り組みも格段にマシになった。その大きな要因は、遅刻に居眠り、私語に暴力と様々な不安要素をもたらしていた問題児のどうが、変化を見せたことだろう。

 体育祭以降、まだ日は浅いものの、その態度のほとんどに改善が見られていた。たまに眠たそうに授業を受けていることもあるが、それはバスケ部での激しい練習の影響だろう。授業中はたとえ眠くても必ずノートを取っている。後日まとめてほりきたがチェックするという監視体制も影響しているかも知れない。

 いけやまうちたち友人に対しても、手荒い暴力は鳴りを潜め接し方が優しくなった。

 自分が好き勝手に暴れ回ることのみっともなさ、意中の人間である堀北の評価を下げたくない、そんなところだろうか。人が変わる動機なんてものは大抵そんなもの。

 ともかく須藤は着実に成長し周囲の評価を上げ始めていた。

 一方、そんな変化は須藤だけじゃなくオレ自身にも訪れていた。

 これを良いことと捉えるか悪いことと捉えるかは非常に際どいラインだが。

「一人?」

 近況を整理していると、真横から声をかけられる。

「一人で悪いか」

 クスリと笑ったような気がした隣人である堀北を少しだけにらみ付けた。

「大切なお友達の池くんと山内くん。あなたを誘うことが極端に減ったわね」

「……そうか?」

 いちいち『極端』と付けるところが意地の悪い性格を表している。

「あら、私の勘違いかしら。最近はお昼も放課後も一人のようだし」

 池と山内は博士を連れて教室を出て行く。ケヤキモールにでも向かうのだろうか。

 しやのように冷静でいたつもりだったが、堀北は全て見抜いていたらしい。

 そう。その点がオレの変化した部分の一つだろう。体育祭以降、一番友達に近い位置にいた二人からあまり誘いを受けなくなった。いや、全く相手にされなくなった。

「仕方ないわよね。全員同じ穴のむじな、ダメな生徒の集まりで結束していたと思っていたはずなのに、実はあなたが高い身体能力を隠し持っていたんだもの」

「何が高い身体能力だ。たかが足が少し速いだけだろ」

「されど足の速さ。特に学生にとってはね。それに、改めて今までのことを振り返ったんじゃない? 握力測定の数値だって平均より高かったことに着目しただろうし。それにあなたも分かっていたはずでしょう? 人は秀でた他人を基本的に嫌うけいこうにある。ましてあなたの場合は秀でた部分をこれまで隠していたのだから」

 そんなことは言われるまでもなく分かっている。が、明確に理解していなかったと認めなくてはいけない。『たかが足の速さ』という意識を持っていたのは事実だ。

「それじゃ、ゆっくりとシングルライフを楽しんでね」

 いやを言い残したほりきたは、どこへ行くのか長い髪をなびかせ教室を後にした。

 いつも一人の癖に、堂々としたその立ち振る舞いはちょっとだけ尊敬に値した。

 その後姿を見送っていると、まだ教室に残っていたかるざわが妙な視線をこちらに送ってきた。だが視線がこうさくしたかと思うと、別にこちらを見ていたつもりはないかのように自然と視線が外れる。明らかに意図のある目に見えたが、特に何かを訴えることもなく堀北から少し遅れて教室を出て行く。ひらりと舞ったスカートの丈の短さが気になる。他の生徒たちよりも少し短い。1センチ2センチなんて誤差の世界を全力で生きているようだ。

「なんだアイツ……まぁいいけどな」

「ねえ、あやの小路こうじくん」

 どうしようか思案していると、オレのところに思わぬ来客があった。

 軽井沢と同タイプのギャル系女子とうだった。下の名前は知らない。いけやまうちたちとも仲の良い女子でオレもグループチャットには参加しているが、接点はほとんど無い。

 クラスメイトでありながら、ほとんど話したこともない相手だ。

 男子と親しくしてくれる女子のためくしのように人気が出そうなものだが、異性としての人気はそれほどない。

 池いわく、軽そうな外見で間違いなく男慣れしている。そんなビッチはお断り、らしい。なんとも複雑な男の心情だ。

 来訪のタイミングから考えるにオレが一人になるのを待っていたのかも知れない。

 どこか落ち着かない様子で佐藤はあたりを見回している。

「何か用か?」

 珍しい状況にそう聞き返さずにはいられなかった。

「うん、まぁ。色々とね」

 歯切れが悪い。だが残念なことにその話の内容を推測することは出来なかった。

 佐藤という生徒に関して情報がなさ過ぎる。

「あのさー。なんていうかちょっと顔貸してくんない? 話があってさ」

 それはまた珍しい。少しだけ警戒心を強めたが、誘いを断れるほどオレのきもは据わっていない。断る勇気より受ける勇気の方が楽だ。

「ここじゃ何だから、いいかな」

 こちらが返事をする前に、とうはオレが断らないと踏んだのか場所を変えることを希望してきた。それに従うようにしてオレは後を追う。

「あ……」

 教室を出る際にくらが何か言いたげに声を出したが、結局その後声をかけてくることも後を追ってくることもなかった。

 廊下に出て体育館へと続く渡り廊下までやって来た。昼食後の残り時間となると体育館を使用して遊んだり練習したりする生徒が移動で使うためごった返すが、皆が昼食を食べているだろう今、ここは学校内でも屈指の人気のなさだ。話をするには打ってつけかもしれないな。

 特に他の誰かと合流するようなこともなく、佐藤は立ち止まると振り返った。

「ちょっと変なこと聞くけどさ……あやの小路こうじくんって誰か付き合ってる人とかいるわけ?」

「えっと、それってどういう意味だ?」

「そのままの意味に決まってるじゃん。彼女はいるのかってこと。……どうなの?」

 いるかいないかの2択で問われれば、いない以外の選択肢は存在していない。

 モテなさをアピールするようで嫌だがうそをついても仕方が無いので素直に答える。

「いないけど……」

「ふぅん、そうなんだ……。じゃあさ、今彼女は募集中ってことでいいわけ?」

 バカにするわけでも、あわれむわけでもなく佐藤は少しうれしそうに口元をゆるめた。

 ここまで来ると、オレにも話の流れがどういうものか理解でき始めた。

 オレをハメるためのわなか? 一応周囲を警戒するが、こちらが慌てふためくのを隠れて見ているような人の気配は無い。当然教室を出てから尾行されることもなかった。

 なら、佐藤自身かその近しい友人にオレを彼氏にしても良いと思う生徒がいるということになる。このタイミングで、急に。

 これもほりきたの言う『されど足の速さ』ということなのだろうか。

「友達からでいいからさ───その、電話番号交換してよ」

 どうやら佐藤の友人、というわけではなく佐藤本人がその希望者のようだった。

 まさか女子にこんな提案を受ける日がくるとは思っていなかった。

 これは───半ば告白手前のようなものだ。

「とりあえず分かった」

 連絡先を交換するのを拒否する理由は特に見当たらない。

 付き合うだの付き合わないだのはもっと飛躍した先の話だ。今オレは電話番号の交換を希望されただけに過ぎない。

「うん。これで完了、だね」

 登録完了の文字が携帯に出る。やはりうれしいものだ、女子の連絡先が増えるのは。

 とうとの短いやり取りの後、だか妙な静けさと空気が流れる。

なこと聞くけどさ、どうして急に連絡先を聞いてきたんだ?」

 佐藤は少しだけほおを赤らめ視線をらした。

「どうして、って……体育祭のさ、リレー。あやの小路こうじくんすごかつ良かったって言うか。今までこんな近くにいたのに全然ノーマークだったって言うか。クラスじゃさ、ひらくんが一番かなって思ってたけどかるざわさんの彼氏だからどうしようもないじゃない?」

 そういった後、佐藤はオレのほうを見上げ、慌てて言葉を付け足す。

「あ、だからって綾小路くんが平田くん以下なんてもう思ってないって言うか。正直、良く見ると平田くんより格好いい気がするし、大人しくて優しそうだし……と、とにかくそういうわけだかっ!」

 本人の中でしゆうしんのようなものが膨れ上がったのか、最後の『ら』はよく聞こえなかった。風のように去って行った佐藤との出来事に思考がついていかず、立ち尽くすオレ。

 思いも寄らぬ場所、思いも寄らぬタイミング、思いも寄らぬ相手に告白を受けてしまった。人生一寸先は闇というが、とんでもないことが起こってしまった。そもそも、オレはこの事態をどうすればいいのだろうか。とうに関しては良いも悪いも無く純粋にフラットにクラスメイトとしてしか受け止めていなかった。なら、告白を断るのが正解か?

 いや、そもそも付き合ってとも好きだとも言われていない。ただ彼女がいるかを問われて連絡先を聞かれただけ。もう一つ付け加えるなら友達から始めて、連絡先を交換したいとお願いされただけだ。かつに断ったりしたら、何勘違いしてんのと突っ込まれるかもしれない。それは非常にかつ悪い。

 告白するもされるも傍観者として見ている分には良いが、いざ当事者になってみると対処に困る。くらが以前やまうちに告白を受けた時の気持ちが今ならよく分かる。

 なんとも複雑な心境で校内へと戻ると、その途中Aクラスのかつらひこに遭遇した。

 特に声をかける必要もないと思ったが、葛城は足を止めて弥彦に声をかけた。

「すまないが先に行っててくれ。少しあやの小路こうじに話がある」

 弥彦は一瞬警戒心を強めたが、葛城の指示ということもありすぐにうなずいた。

ほりきたは一緒じゃないようだな」

「いつも2人ってワケじゃない」

 なんというか、女子に比べると男子って話しやすいな。

 そう考えると友達を作るのに苦労していた自分がバカらしくなってくる。

「それもそうだな。それよりも先日の体育祭、最後のリレーでは正直驚いた。恐らく他のクラスの誰も予想できていなかった事態だっただろう」

 当然その手の話にもなるだろうな。こちらは驚くこともなくたんたんと口にする。

「Dクラスもやられっぱなしじゃないってことだ」

「なるほど。だがDクラスの生徒も、その大半が驚いていたように見える。誰も彼もが千両役者というわけでないなら、おまえの足の速さを知っていた者は相当限られそうだ」

 さすが葛城とでも評しておこうか。あの騒ぎの中、周囲をよく観察していたな。

 普通は走者のオレや堀北兄に注目するくらいなものだが、自分たちを含め全てのクラスを良く見ている。

「何を想像しても自由だが、オレは何も話せないぞ」

「構わん。おまえから無理に聞き出そうと思っているわけじゃない」

「敵対するクラスなら少しでも情報が欲しいと思うんじゃないのか? それとも、結局Aクラスから見れば、Dクラスなんて相手にもしていないっていう余裕の表れなのか」

 少しだけ困った顔をした葛城は数歩足を進めると、窓際から外を見渡した。

「俺は今、色々と厄介な案件に追われている。他クラスに目を向ける余裕がないだけだ」

「堀北に言ってたな。りゆうえんには気をつけろと」

 直接知った情報だけを葛城に投げかける。

「ヤツは勝つためならなりふり構わず仕掛けてくる。時にはきようかつや暴力行為というように手段を問わずな」

 だが実際のところかつらが警戒しているのはりゆうえんだけではないだろう。むしろAクラスに潜むさかやなぎにこそ警戒心を強めているはずだ。とは言えその話にはあえて触れない。

 坂柳ありはオレの過去を知る謎多き生徒だ。かつやぶつつけば蛇にまれるだろう。

「恐喝や暴力か。学校に知られれば危なそうなものだけどな」

「それをたくみにやる男、ということだ。ほりきたには引き続きヤツをあなどらないよう忠告をしてくれ。敵に塩を送るのようで警戒するかも知れないが、龍園はAクラスやBクラス、そしてDクラスにとっても共通の敵だ」

 全てのクラスを敵に回してCクラスは戦っているのだから、事実そういうことなんだろう。しかし、葛城は一度龍園と手を組んでいた形跡がある。一概に信じていいかどうか。

 そのことを考えていると、葛城はこちらの不信感を感じ取ったようだった。

「信じられないか?」

 その問いかけに少しだけ踏み込むことにする。

「正直に言えば、信じられない部分もある。あんたの話をそのまま堀北に伝えるかどうか微妙なところだ。情報源は言えないが、葛城と龍園が手を組んでたってうわさがあるんだけどな。それはデマか?」

「……それをどこで知った。いや、深くせんさくするまでもないか」

 すぐにある答えにたどり着いたのか、葛城は取り乱すこともなく言葉を続けた。

「今は後悔している。一時気持ちに余裕が無かったとは言え、ヤツと関わり合うべきではなかった。だからこその忠告と思ってもらいたい。ヤツに触れれば呪いを受けるぞ」

 どんなメリットデメリットがあったのかは知らないが、葛城もその身をもって体験したということだろうか。話のしんぴようせいのほどは定かじゃないものの妙に説得力がある。

「最初から分かっていたはずなのだがな。ヤツと組むことの危険性は」

「それだけの提案があったってことだろ? 組む上で」

 ちようするように葛城は小さく笑った。

 余計なお世話だと思ったが、葛城の顔には全く余裕が無い。焦りや不安はないのだろうか。もう一度少しだけ踏み込んで聞いてみることにした。

「龍園を警戒するのは分かるけど問題はAクラスとBクラスの方じゃないのか? 10月に公開されたクラスポイント表を見たぞ」

 葛城の唇が強く結ばれる。そのことを気にしていないわけではなさそうだ。

 Aクラスは、無人島終了時点で1124クラスポイントにまで増やし快調さを見せていたが、船上特別試験、体育祭と大きくポイントを落とし874ポイントにまで後退した。対する追い上げのBクラスは753ポイント。その差は横並びだったスタート時を除いて一番詰まっている。

 補足だが、Cクラスは542ポイント。そしてオレたちDクラスは262ポイントだ。

「確かに良い状態じゃないことは認める他無いな。学校の仕組みに振り回されている。クラスポイントの構造をかんぺきあくできていないのも一つの要因だ」

 やはり不用意にさかやなぎの話題には触れないか。

 とはいえかつらの言うように、この学校のポイントシステムに問題があるのも事実だ。

 シンプルなようで、意外と分かりづらくめいりようなところも多い。

 振り返ってみると気づきやすいが、入学直後は遅刻欠席、授業態度に厳しい査定をしていた。事実オレたちDクラスがその影響を強く受け、一度全てのクラスポイントを吐き出してしまったのは記憶に新しい。

 ところが、現在その授業態度等がクラスポイントに反映されている気配は無い。

 もちろん真面目に取り組んではいるが、マイナスが全く無くなったとは思えない。

 今にして思えば、それが最初の『特別試験』だったのかも知れないな。

「俺は元々地方の中学出身だが、想像していた高校生活とはまるで違う場所だ、ここは」

 そう話したところで葛城は少しだけ不満そうに腕を組んだ。

「分かってはいたことだが、この学校は理解に苦しむ不可思議な仕組みを持った場所だ。それをここ最近改めて感じている。本来同学年の生徒同士なら仲良くしてしかるべきもの。けっして敵対しあうものではない」

 普通の学校生活と違うということだけは間違いない。生徒同士、あいあいとすることが難しい仕組みが作り上げられている。競い合うルールが築かれているとも言える。場合によっては相手を蹴落とすほどの憎しみ合いが発生する。そういう学校だ。

 ただその分、身内……自分のクラス内の結束は基本的に高まる。

 まあ、そのクラスの結束も、Bクラス以外はどうにも怪しいものだけどな。

 まとまりを欠く個人プレイが多いDクラスに、独裁政権のCクラス。そして権力争いで二分されたAクラスと、どうにも微妙な状況だ。

「おまえは戸惑ったりしなかったのか? あやの小路こうじ

「正直全く。考え方の違いなだけで、この学校が良いか悪いかという判断には影響しない。Aクラスを目指さなきゃいけない、そんな枠組みを取っ払えば感動的なほど魅力的な学校だ。ある程度頑張ってさえいれば衣食住に困らないどころか、支給されるポイントで娯楽に費やすお金も得られる。学校内のどの施設を取ってもいたれり尽くせりで文句のつけようがない」

 その点はこの学校に住まう全ての人間が共通して思っている事柄だろう。仙人のように極端な山暮らしが好きなへんくつでもない限り、今の環境を歓迎しない者はいない。葛城も反論できない。

「同意だ。不満をぶつけることがあるとすれば、環境がかんぺきすぎることだろう。高校一年生が受けて良い待遇とは思えない。特別難しい試験を乗り越えてきたわけでもないのだからな。……無駄話が過ぎた。とにかくりゆうえんのことはほりきたにしっかりと伝達しておいてくれ」

 もくな男のアドバイスを受け、オレは堀北に伝えることを約束した。

 事実龍園は着実にDクラスに攻撃を仕掛け、そしてたたつぶそうとしている。

「穏やかに過ごしたいだけなんだよな、あんたも。苦労が絶えないな……お互いに」

 そうつぶやかずにはいられなかった。


    2


 その日の夜、部屋でくつろいでいるとかるざわから電話がかかってきた。連絡先は交換していたものの初めて受ける着信に少し驚きつつ応対する。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 通話タブを操作して携帯を耳に当てるやいなや、軽井沢がそんな風に言った。

「答えてやれるようなことがあると良いんだが」

「あんた、とうさんに告られたでしょ」

 思いがけない質問に言葉が詰まる。そんなことを知っているのか。

「先に言っとくけど、クラスの女子数人は既に知ってるから」

「どんだけ伝達が早い情報網が存在するんだ。ネットより早いぞ。情報源は誰だ」

「誰も何も、佐藤さん本人。今日告白するってことは事前に知ってたし」

 インサイダー取引みたいなもんか。……いや、なんか違うな。

「それで昼にオレのほうを見てたのか」

「……やっぱ気づいてた?」

「誰が誰に告白するのかはどうでもいいけど、なんでそれを報告しあうんだよ」

「女子ってそういうものだから。後で取り合いになっても面倒でしょ」

 所有物に名前を書いておきたいみたいなことだろうか。

 男子でも似たような現象はあるから、不思議でもないのかも知れないが……。

 それでもに落ちない点はある。

「取り合いも何も、意中の相手が同じなら宣言してもしなくても似たようなものだろ」

「全然違うの。いきなり付き合ってますなんて宣言したら、それこそだいひんしゆくを買うこともあるし。って別にそんなことはどうでもいいの。あたしが聞きたいのはその返事よ」

 いや、そんなことを言われても困る。

「オレの返事がどうだろうとおまえには関係ないだろ」

「そりゃ関係ないけど……。でも無関係じゃないって言うか。あんたはあたしにおどしかけて色々させてんだからどうしても引っかかるのよ。女子はネットワークが広い分余計なうわさが出回ったら困るわけ。こっちが面倒ごとに巻き込まれるリスクも増える。分かる?」

 つまりオレがとうと付き合うことで、かるざわに関する余計な情報を話したりする危険性がある。あるいは佐藤を気にかけるばかりに軽井沢を守ることがおろそかになる。そんなことを考えての電話ってことだ。どう考えても明らかに考えすぎだ。

 筋が通っているようでそれほど通っていない。軽井沢は外見や言動に似合わず論理的な思考をする方だが、今回はちょっとすぎるな。

「何にせよ心配は要らない」

「告白受ける気なんだ」

「そうは言ってないだろ」

「そう言ってるようなもんでしょ。ここで断るって言い切らないんだから。あーあ、あんたの底が見えたって感じ? どうせ告白してきたのを良いことに、エッチなこと考えてたりするんじゃないの? 男子ってそんな生き物だしさ」

 ものすごい発想の飛躍だ。運動会で一着を取った子供に将来はオリンピック選手になれるぞと持ち上げる両親くらい飛躍しすぎている。

「男がそんな生き物だとしても、少なくとも今のオレにそんな感情はない」

「だったら証明してよ。断る理由」

「証明も何も、オレは告白されてない。ただ友達から始めて欲しいと言われて連絡先を交換しただけだ」

「……なるほど。そういう感じだったわけね」

 何でこんなことを軽井沢に話さなきゃいけないのか。恥もいいところだ。

「これに告白を受けるも受けないもないだろ。連絡先を交換して終わりだ」

「ふぅん……。ま、とりあえず今日のところはそういうことにしておく」

 なんとも上から目線な軽井沢の態度だった。

 もらった電話ついでに確認しておくべきことを済ませておくか。

「ひとつ聞いておきたいんだが、Cクラスのなべたちからはあれから何もされてないのか?」

「……うん。それは今のところ大丈夫」

 声のトーンが1、2段階下がる。軽井沢に取ってみれば触れられたくない案件だ。

「対策はしてるつもりだが、万一にも何かあればすぐに知らせてくれ。仮に他言無用とするような強烈なおどしだったとしても、オレに言えば必ず解決する」

 電話の向こうで軽井沢が息をむのが伝わってきた。少し強い表現を使いすぎたか?

「……分かってる。というか、役に立ってもらわないと困るし……」

 この学校で生き抜くため、軽井沢はどうしても今の地位を守っていく必要がある。

 そのためには真実を知る人物を完全に封じ込めておかなければならない。

 もっとも、なべたち程度の生徒には真実の何たるかが理解すら出来ていないだろうが。問題はそのバックについているりゆうえんだろう。状況次第では、そこをたたかなければならない。

 いや、恐らくその時は刻一刻と近づいている。

「それで話がズレちゃったけど、とうさんの件どうするわけ? 連絡先を交換したってことはその次に進む可能性だってあるわけよね?」

「保留中、だな。少なくともオレは佐藤のことを何も知らない。これから先向こうから連絡してくるとも限らないしな」

「じゃあ佐藤さんからこれ以上食いついて来なきゃ、振るんだ?」

「振るも何も、ただ連絡先を交換しただけだし。自分から行くことはないだろうな」

 堂々とデートに誘うような度胸は、まして告白する方向に持って行く自信はオレにはない。

「そう。分かった、じゃあね」

 何かに納得したようなかるざわは通話を切ろうとする。

「軽井沢」

「なに」

 間に合わないかもと思ったが、呼び止めると通話が途切れることはなかった。

「オレに対する携帯の発着信履歴は消しておいてくれ」

「それ、もうやってる。メールもね」

流石さすがだな」

 指示せずとも、軽井沢はくやっているようだった。

「それだけなら切るけど?」

「ああ」

 そんなやり取りを最後に付け加えて、通話を終える。

 本当はもう一つ言うべきか悩んだがやめておいた。

 今の段階で、先の想定を話しても、軽井沢の重荷になると判断したからだ。

 その時が来ても、軽井沢なら最低限の対応はするだろう。

 それに───『物理的』な対応が求められることは避けられない。

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