ようこそ実力至上主義の教室へ 5

〇誰がために



 あやの小路こうじくんに打ちのめされた私はそうしつ感を抱きながら一人学校内の保健室に向かっていた。普段は大人しく無干渉な事なかれ主義を自称する彼が、あんな風にまくし立ててくるとは思ってもいなかった。それに驚いてほとんど満足に言い返すことが出来なかった。

「……違うわね」

 彼の言っていることが当たっていたから、図星を突かれたから言い返せなかった。

「つっ……」

 とにかく今すべきことは、この満足に動かない足をどうにかすること。どうくんを追いかけるために必要な処置をしなければいけない。グラウンドでは生徒の状態を見る応急処置所が設置されていたけれど、極力目立つことを避けたかった私はあえて校内の保健室を選んだ。

 しかし保健室を訪ねると先客がいたようで、3つ置かれたベッドのうち1つは、カーテンで覆われていて様子が見えない。どうやら誰かがベッドで休んでいるようだ。

「先生、どんな状態でしょうか」

 昼休み前の休憩中にテーピングの応急処置を受けたけれど、効果は薄かった。

 足の状態を観察していた先生が顔をあげる。

「そうね……さっきも言ったけれどやはりこれ以上競技を続けることは難しいわね」

 ねんと診断されてはいたけれど、良くも悪くもなっていないようだ。今のままでもかろうじて走ることは出来る。でもあくまで走れるだけ。競争で勝てるほどの力は出せない。

 必死に個人戦をやりぬいてきたけれど、すいせん競技はより一層難しいだろう。

 私が参加すれば確実に勝ちから遠のいてしまう。それだけは絶対に出来ない。

「あなたは推薦競技に出る予定はあるの?」

「はい。その予定でした。ですが参加は見送ろうと思います。この足で競技に出たところでクラスの足を引っ張ることは目に見えていますから」

「それがけんめいな判断ね」

 幸いにも私は前の試験で得た巨額のポイントがある。棄権しても代償を支払えば補うことが出来る。私が出る予定だった3つの競技すべてに代役を立てたとしても、合計30万ポイント。けして安くはないけれど、それでクラスが勝つ可能性が少しでも上がるのならと割り切るしかない。兄さんと共に走る夢はたれてしまうけれど……。

 そんな個人的なことはこの際気にしても意味がない。大切なのは誰が代役を務めるかだ。

「ありがとうございました」

 手当てを受けた私はお礼を言い保健室を後にした。グラウンドに戻ろうと玄関へ向かう。

 窓ガラスに足を引きずる自分の姿が映り、みじめに感じてくちびるめた。名前を呼んできたきのしたさんに不信感はあるけれど、転んでをした自分が悪い。そのことに変わりはない。極力誰にも悟られないよう冷静なフリをして歩き続けた。

 玄関から外に出ようとしていると、くしさんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「良かった、ほりきたさんを見つけられて。あのね、少し話があるんだけど……」

「……なにかしら。これから用事があるから手短にお願いしたいのだけれど」

「うん。ごめんね、でもここじゃちょっと。少し来てもらえないかな、大変なことになりそうなの」

「ここで説明してもらえる? 大変かどうかは聞いて判断するから」

 櫛田さんは辺りを見回した後、そっと私に耳打ちした。

「……あのね、堀北さんと接触して倒れた木下さん大怪我をしてたみたいなの。今は起き上がれないほどひどいみたいで、それで……その、木下さんが堀北さんを呼んで欲しいって言ってるみたいなんだ」

 その言葉を聞いて私は驚きを隠せなかった。

 確かに怪我をしていた様子はあったけれど、そんなことになっていたなんて……。

「彼女は今どこに?」

「こっち」

 そんなやり取りがなされ、櫛田さんは私を連れて保健室の方角に足を向けた。


    1


 保健室に再びたどり着くと室内にはちやばしら先生がいた。保健室の先生が口を開く。

「良かったわ、堀北さんとすれ違いになったことを話していたところなの」

「櫛田に呼びに行ってもらったんだが、すぐに見つかったようだな」

 そばに立つ櫛田さんはどこか落ち着かない様子で先生たちの話に耳を傾ける。

「一体どういうことなんです?」

 先ほど見たカーテンで仕切られたベッドからは女子のすすり泣くような声が聞こえている。少しだけカーテンを開いてくれた茶柱先生。その奥に見えたのはベッドの上で横になっていたCクラスの木下さんだった。すぐにカーテンを閉めると、一度私を廊下へと呼び出す。

「木下は午前の障害物競走の際、接触して転んだ。そのことは覚えているな?」

「もちろんです。私と接触して転びましたから」

 あの出来事から私の体育祭における歯車が狂ってしまった。

「そのことだが……木下が言うには堀北が意図的に転ばせたと言っている」

 一瞬何を言っているのか理解できなかった。

「そんなわけありません。偶然の事故です。もしくは──」

「もしくは?」

 私はあやの小路こうじくんに言われたように、りゆうえんくんの作戦だと言おうとしてやめた。

 それは当たっている気がしたけれど、あくまでもおくそく。証拠は何もないからだ。

「いえ……ただの偶然でしかありません」

「私もそう思いたいが状況はやや悪い。きのしたが言うには、まず走っている最中ほりきたは繰り返し自分を気にして振り返っていたと証言した。検証のためにビデオの確認をしてみたが、確かにおまえは2度木下の位置を確認している」

「それは彼女に繰り返し名前を呼ばれたからです。それで振り向きました」

「名前を呼ばれたか。……なるほど。しかし仮にそうだとしても問題は大きいぞ。強くおまえにすねられたと言っていてな。事実、後の競技はすべて欠席している。実際に木下のの状態を先生に診てもらったがひどい状態だったそうだ。それも作為的なものを感じるような傷のつき方だと考えられる」

「転んだ時に偶発的に深手を負ったとしても事実無根です。私は何もしていません」

「もちろん無実だと信じている。しかし日本は弱者救済の強い国だ。それはこの学校でも変わらない。意図的である可能性が排除しきれない以上、審議に入るのは当然のことだ」

「馬鹿げた話です」

「だが、それで終わらせられる話ではない。おまえが無視すれば問題は広がっていく。他の先生方の耳に入るのはもちろん、長引けば生徒会にもな。そうなれば後が大変だ。どうとCクラスがめたときのことを忘れたわけじゃないだろう?」

 事が長引けば必然的に兄さんもこの件を知る。愚かな妹のせいでと困らせるに違いない。

 けれど無実である以上私はそのことを訴えるしかない。龍園くんの作戦にしろ、偶然が呼んだ不幸にしろうそを認めるわけにはいかないのだから。

「私を呼んだのが事実の確認のためなら真実はお話ししました。繰り返しますが私は何もしていません。これから少し所用があるので失礼してもよろしいでしょうか」

 今は一刻も早く須藤くんを見つけ連れ戻さなければならない。引き返そうとする私に、ちやばしら先生が後ろから声をかける。

「現段階で考えるに偶然寄りの意図的、といったところで落ち着くだろう。木下が障害物競争以降、競技を欠席していることを踏まえてジャッジすれば、同様におまえの獲得した得点は無効としすいせん競技への参加は当然見送られることになるだろう。まぁその足では推薦競技の参加は元々無理だろうが……。ともかく、木下は運動神経の良い生徒だ。足の速さで言えばおまえと同等かそれ以上と思われる。実際に木下が大怪我をしているというのは偶然では発生しにくい」

 そんなことを言われても、私は無実なのだから仕方がない。無実を訴えるのは簡単だけれど時間がかかる。今はこんなことに時間を割いている場合じゃない。

すいせん競技への参加はどの道見送るつもりでした。障害物競争以降は順位もかんばしくありません。きのしたさんと共に欠席あつかいにされるのであれば受け入れても構いません。ただし転ばせてをさせたという事実はないということを強調させて頂きます」

 これでよろしいでしょうか? 私はちやばしら先生に確認を取る。けれど──。

「しかし、木下は学校側に訴えると言って聞かないそうだ。映像や証言を聞く限りでは取り下げさせることは出来そうにない。向こうにしてみれば泣き寝入りになるからな。Cクラスにとっても木下不在というのは手痛い事態だ。これがどういうことか分かるな?」

「……悪魔の証明、ですか」

 茶柱先生は否定せず静かに目を閉じて腕を組んだ。

 地球上にエイリアンがいる、と証明するには地球のどこかでエイリアンを1匹捕まえるだけでいいけれど、地球上にエイリアンがいないと証明するには地球上をくまなく探さなければならず、事実上不可能だ。それを悪魔の証明という。

 無実を証明することが出来なければ、不公平さを生まないようにを講じる必要があると茶柱先生は言いたいのね……。

「このことが茶柱先生の耳に入った経緯はなんですか。今は誰がごぞんなのでしょうか」

「私はくしから相談を受けた。大事にはしたくないがどうしたらいいか、と」

「ごめんねほりきたさん。どうしても先生に相談するって木下さんが聞かなくて……」

「そのはいりよはありがたいわ。もし他クラスの先生であれば大事になっていたでしょうから。けれど疑問もある。あなたはどこで木下さんから話を聞いたの?」

 櫛田さんは不安げな様子で保健室の入り口を見た。

「私木下さんとも仲が良いから……休憩の合間に様子を見に来たら、話を聞かされたの」

「そういうことね」

 交友関係の広い櫛田さんならおかしなことじゃない、か。ともかく今この話を知っているのは当事者の私と木下さん、そして櫛田さんと茶柱先生のみ。

 出来ればここで話を止めて解決したいけれど……。

「木下さんとは話せますか」

「どうかな。今は少しおびえている様子もあって情緒不安定だからな……」

「お願いします。私としても事を荒立てたくはありません」

 頭を下げると、櫛田さんも同じように頭を下げてきた。

「私からもお願いします先生」

「よし、少し話を聞いてみるとしよう」

 何とか茶柱先生に許諾をもらったところで、廊下の先から足音が聞こえてきた。その人物は一直線に保健室に向かって歩いてくる。両ポケットに手を入れて、我が物顔をしていた。

ずいぶんと大変なことになってるみたいだなぁ」

りゆうえんくん……」

 どうして彼が、今この場所に? 錯乱する頭を懸命にフル回転させ冷静をよそおう。でも、彼はそれを見透かしたようにあざ笑いながら私たちの前で一度立ち止まる。

きのしたから相談を受けて飛んできたところだ。まさかあの事故が意図的だったとはな」

 そう言い、横を通り抜け保健室に入って行く。私たちも慌ててその後を追った。保健室に入るなり龍園くんは保健室の先生が止めるのも聞かず木下さんが休んでいるベッドのカーテンを開いた。

「おう木下。大丈夫か? 随分とひどい目にあったそうだな」

 龍園くんの姿を見るなり木下さんはおびえに拍車がかかり、こつ身体からだを震わせた。

「足をしたんだって? ちょっと見せてみろ」

 そう言って彼はシーツの下に隠された木下さんの足を引っ張り出す。

「こりゃヒデェ。よくまぁこんなことが出来たもんだな……」

 龍園くんの手の下から出てきたのは、包帯で巻かれた木下さんの痛々しい左足だった。

「ごめん……。私頑張ろうとして次の競技にも出ようとしたんだけど……でも足が言うことを聞かなくって……それで……っ!」

「自分を責めるなよきのした。おまえが二人三脚に出ようとしていたのは知ってる」

「……偶然の接触よ。木下さん、私が転ばせたって話はどういうつもりかしら?」

「っ!」

 私がややにらむように問いただすと木下さんは視線をらした。その前にりゆうえんくんが立ちはだかる。

「木下が言うには、おまえは転ばす気満々だったらしいな。意図的にやったんだろ?」

「冗談はよして。私がそんなことをするとでも?」

「誰が何をするかなんて分かったもんじゃないだろ。それに現実を見ろ、お前より運動の出来る木下はおおをしてリタイア。しかもこの後のすいせん競技に全部出場予定だったからな。対するおまえは負傷したものの競技は続けられた。怪しむなってのが無理な話だ」

 1人丸々メンバーがいなくなることの大きさはこちらにもよくわかっている。

 でもずいぶんじようぜつに説明してくれることで、ますます彼の疑惑が膨れ上がっていく。

 やはり木下さんと私を接触させたのは彼のねらい? 私より運動能力が高い彼女をあえてぶつけたのも、怪しまれないための犠牲?

 けれど……疑問も生まれる。私よりも点数を稼ぐ可能性の高い木下さんをぶつけてまで得られるものって? しかも推薦競技すべてに出る予定だったということは、それだけでCクラスは40万ポイントを失うことになる。それらも全て、私を倒して優越感にひたるため?

 そんなことのためにクラスメイトを傷つけ、対価を支払い勝つ可能性を下げに来る?

 少なくとも私が生きてきた経験の中では、そんな非効率なことに意味はいだせない。

「黙り込んで何考えてんだ?」

 ポケットに手を突っ込んだまま、のぞむように上半身を前のめりにする龍園くん。

「ま、俺たちが言い合っててもらちは明かない。そうだろ木下?」

 半ば強引に、龍園くんは木下さんに口を開くよううながす。

ほりきたさん……倒れた私に言ったの……絶対に勝たせない、って……」

「私はそんなこと言っていないわ。あなた自分がうそをついている自覚はあるの?」

「堀北、おまえは木下との時だけ後ろを気にしてたな。その理由は?」

 ちやばしら先生が改めて同じ疑問を私に投げかける。

「振り返っていたのは認めます。ですがあれは後ろから彼女に何度も名前を呼ばれたからです。最初は無視していましたが、明らかに様子がおかしいので振り向きました」

「そうなのか木下」

 今度は私から木下さんへと質問を移す茶柱先生。

「私、一度も呼んでませんっ」

 茶柱先生の確認にも、木下さんは全く認めず否定した。

「本人は否定してるぜ先生。それに万が一木下がすずの名前を呼んだんだとしてそれがどうした。名前を呼んだって反則なんかにはなりはしない。それにそれは勝ちたいがためのけんめいさから出た必死の一声だろうさ。負けん気の強さは人一倍だからな、きのしたは。そんなもんにいちいち反応してたらキリがない」

 もはやどれだけ続けても水掛け論だろう。この二人は口裏を合わせているに違いない。

「あの……木下さん、りゆうえんくん。こんなことになっちゃったのは残念だけど、私はほりきたさんがわざと相手をさせる人だとは思えないの」

 双方の言い分を聞き終えたくしさんは私をかばうようにそう言った。

「でも私、堀北さんに絶対に勝たせないって……そう言われたのっ……!」

「それは多分、負けたくないって気持ちが先行しただけなんじゃないかな? 堀北さんだって転んで動転してたと思うし、必死だったんだと思う」

 私は言っていない。一言も木下さんに対して言葉を発していない。

 でもそれをのどの奥でグッとこらえる。だけど木下さんは続けた。

「でも──私許せない……。陸上の練習だって休まなきゃいけないしっ……」

「……あなた自分で恥ずかしいと思わないの? うそで塗り固めて人をおとしいれることが楽しい? それとも龍園くん、すべてあなたが仕組んだことなのかしら。都合よくあなたがこの場に現れるのも偶然とは思えないわ」

 泣いたからって、私は彼女の正当性を認めるわけにはいかない。嘘なのだから。だから一歩、強く踏み込んでいくことにした。この場に彼がいるのなら悪い方にではなく状況を有利にするために運ばなければならない。

「自分の悪行を棚に上げて怪我した木下と俺のせいか。中々悪い女だな」

「笑わせないで。あなたは以前もどうくんにちょっかいを出してきた、忘れたとは言わせないわ。今回も同じ手口を使おうとしているんでしょう?」

「その件に俺は関係ない。今回の件と結びつけるのはおかしな話だ」

 あくまでも認める様子は無い。

「誰の目にも明らかだろ。おまえが木下に自爆覚悟で接触事故を起こした。それで決まりだ。これ以上議論の余地はねーな。さっさと上の連中に話を通すとするか」

「それは──もう少し堀北さんと話をしてあげられない……かな?」

 懇願するように櫛田は龍園くんに頼み込んだ。余計なお世話といいたいところだけれど、私としても話を大きくするようなは極力したくない。

 今自分自身がクモの巣にかかった存在だと感じながらも必死にもがくしかない。

 龍園くんは少しだけ考える素振りを見せ、こんな提案をしてきた。

「悠長に話してる時間はないんだよ。こっちは昼休みが終われば次のすいせん競技が始まる。俺も出場するものがあるから早々に切り上げたい。上の連中に判断を仰ぐのが一番楽で助かるんだけどな」

 一度私を、くしさんを、そしてきのしたさんを見た後にりゆうえんくんが再び話す。

「手っ取り早く手打ちにしてやってもいいぜ」

「手打ち?」

「木下とCクラスが被る損害を肩代わりしてもらうって話だ」

「冗談じゃないわ、全く聞く耳の持つ必要がない話ね」

 そうなれば支払う対価は安くない。それに私が完全に悪い方向で話がまとまってしまう。

「だったら話は終わりだ。手打ちにはしないが上に話を持っていくなってのは都合が良すぎるだろすず。通らねえな」

「待って。具体的にはどうすればいいのかな……?」

 櫛田さんは私の前に割り込むようにして龍園くんからの提案に耳を貸す。

「おまえは物分かりがよさそうだな。そうだな……100万ポイント差し出すなら木下に訴えを取り下げさせる。これならすいせん競技の代役も用意できる上に、俺のお陰で得た臨時収入ってヤツを木下が手に入れられる。簡単だろ?」

「バカ言わないで。私は何もしていないもの、1ポイントも払う必要なんてないわ」

「だったら出るところに出て証明しろ鈴音。白黒はっきりつけようぜ。な?」

「あなたたちは余程自分に自信があるようね。うそがバレないと?」

「嘘なんてついてないことを証明するのさ。早く生徒会長様のジャッジを受けようぜ」

 龍園くんは私と生徒会長……つまり兄さんのことを把握しているような口ぶりで挑発する。私としては兄さんに迷惑をかける事態には絶対に出来ない。

 生徒会長の妹が意図的に妨害こうをしをさせた。そんなうわさが広まれば兄さんの受けるダメージは計り知れない。以前と同じような手口だけれど、その時にあったすきのようなものは一切ない。どうくんの時には『誰にも見られていない前提』で嘘の被害者をよそおった。でも今回は違う。『全校生徒を目撃者』にして被害者を装ったのだ。優位性は向こうにある。それに加えて、木下さんは私と同等かそれ以上の運動神経を持つ生徒だったこと。映像の証拠も私が振り返るという疑わしい点が見受けられること。木下さんが推薦競技すべてに参加を予定していたこと。そして続けられないほどの大怪我を負ってしまったこと。こちらがばんかいできる要素は何も用意されていない。

 何よりいと思ったのは仕掛けるタイミング。木下さんが怪我をした直後ではなく、じっくりと寝かせたことが逆に真実味を演出している。転んですぐに訴えず次の競技にも挑んでいたという。つまり我慢しようとした、耐えようとしたということの真実味が増す。

 でも結果的に痛みに耐えかね離脱した後、私に意図的に転ばされたとひそかに打ち明けることで更なるほうふくおびえているという形式も作りだせた。

 私はここに来てついに確信する。全ては私に対する完全包囲網が敷かれていたのだと。

 そして──この状況は既に覆せないところにまで来てしまっている。ただのんに体育祭を迎えた時点で決まっていたミスなんだと、いくつかのなぞを残したまま痛感していく。

「あの……私のポイントだけじゃダメ、かな……りゆうえんくん」

「あ?」

「私はほりきたさんが意図的にこんなことをする人だとは思ってない。だから大げさにはしたくないの。でも……きのしたさんがうそく人とも思えなくて……不幸な偶然、じゃないかなって……それでね……」

「麗しき友情ってやつか。だがダメだな。俺はCクラスの人間としてすずが悪意を持って仕掛けたことだと思ってる。木下のことを思えば鈴音から金を取らなきゃ意味ねーんだよ。もちろんおまえも払うって言うなら止めはしないけどな」

 ここであらがい続ければ事態は大きくなるばかり。だけど私は折れることが出来ない。

「決まりだ。今から教師、そして生徒会へ訴えを出すぞ木下」

 龍園くんは木下に起きるよう指示を出す。痛みに表情をゆがめながら木下さんは上半身を起こした。

「この状態を見れば学校も深刻なことだと分かるはずだからな。不良品の勝つためなら何でもやるって凶悪なスタンスを野放しにするわけにはいかない」

 私は選ばなければならない。

 真実を追及し龍園くんたちと争う道。もう一つはここできようしてしまう道。

 当然本来なら前者を選ばなければならない。でも、その真実を解き明かせるだけの材料はこの世に存在していない。つまりただ時間と信頼をろうするだけ。

 それなら──いっそここで彼の言う手打ちにしてしまった方が……。

 歩き出す二人を私は必死に声を絞り出して呼び止める。

「待って……」

 その言葉は、しっかりと龍園くんたちに届いた。歩みを止める。

「なんだ鈴音。話し合いに応じるつもりはないんだろ?」

「代償を支払えばこの話はなかったことにしてくれるのね……?」

「反則してまで勝とうとしたと認めるってことか?」

「それは認めないわ……。私は嘘をついていないもの」

「ならおかしな話だろ。おまえは一体何に代償を払おうとしている?」

「今回私はあなたの作戦に負けた。だからそれに対する代償を支払う、ということよ」

 屈辱的だけれど、そう言うことしか出来ない。

「聞いたか木下。あいつは自分が悪人だと一切思ってないぜ。許せるか?」

「……許せ、ない……」

「だとよ。おまえが自分の非を心から認めない場合はこっちは応じない」

「っ……」

「といいたいところだがおまえにもプライドはあるだろうからな。今更自分が悪いと教師や友人の前で言い出せないのは分かる。だから俺個人は広い心を持って応じてやってもいいぜ。だがきのしたが納得するかどうかは別だからな」

 私の心をもてあそぶように状況を1人で二転三転させながら悪魔の笑みを見せる。

 一刻も早くこの状況から解放されたかった。

「100万ポイント払えばなかったことにしてくれる、あなたが言ったことよ。そこにはそれ以外の条件はなかったでしょう?」

「確かにな。だがそれはさっきまでの話だ。おまえは1度拒否したんだろ? 今更同条件は無理だな、2度目の交渉となれば当然条件は変わってくる」

 どこまでもりゆうえんくんは私を挑発しながら責め立ててくる。

「そうだな。この場で土下座して頼み込んでみろよ。俺と木下の気持ちも変わるかもな」

「待て龍園。それ以上は度が過ぎるぞ」

 土下座を要求する龍園くんに対し、ぼうかんしていたちやばしら先生が口を挟んだ。

「教師は引っ込んでな。これは俺たち生徒間の問題だ」

 教師相手にも全くものじしない龍園くんは、畳み掛けるように言う。

「まぁ今すぐ結論を出せってのは勘弁してやる。教師の目もあるしな。だから体育祭が終わった後答えを聞かせてもらおうか。100万と土下座で和解するか、問題を掘り返して学校中で審議させるか。どっちを選ぶのか」

 そしてこうも付け加える。

「体育祭が終わったらそれで時効、解決だと思うなよ? いくらでも問題を掘り起こしててつてい的におまえと戦ってやるからな。放課後になったらおまえがすずを連れて来い」

 そうくしさんに言い、龍園くんは木下さんを置いて保健室を出て行った。

 後に残された私は、どこかそうしつ感を感じながら立ち尽くした。

「大丈夫? ほりきたさん……」

「大丈夫……。それよりも今何分かしら。先生、休憩時間はあとどれくらいですか?」

「あと20分ほどだな。昼食がまだだろう、早く済ませることだ」

 もうそんな時間なのね……。とてもじゃないけれど昼食を取っている暇はないわ。

 私は一刻も早くどうくんを見つけ連れ戻さなければならないのだから。

「失礼します」

 私は焦る気持ちを抱え、二人を置いて保健室を後にした。


    2


 すべては、私の怠慢によるもの。自分のことだけを考えて体育祭に挑んだ結果だった。

 りゆうえんくんが参加表を入手し手を打っていたこと、私を転ばせるようなねらいがあったことを予期することが出来なかった。心の準備が出来ていなかった。

 だから動揺し、解決策をいだせず混迷している。先ほどよりも足取りが重い。

「情けないわね……」

 そう、本当に自分が情けないと思った。

 玄関口に近づいた時、新しく校内に歩んでくる二人の存在が居た。それが普通の生徒であれば私は何ひとつ気にめなかっただろう。でも、そうはいかなかった。

「兄さん──」

 聞かれるか聞かれないかギリギリにれた小さな私のつぶやきはせいじやくと共に消えた。この学校の生徒会長であり私の兄。そして兄に仕える生徒会の女子生徒が一人。たちばな書記だ。

 橘書記は私に気づいたらしく視線を向けてきたものの、兄さんは見向きもしなかった。

 相手にしてもらえないことには慣れている。本当なら声をかけて話したい。でも、Dクラスでくすぶっている私にはその資格も権利もない。うつむき加減にやり過ごす。どうせ兄さんは私に足も止めたりはしない。

 そのはずなのに……。

「今回の体育祭、今Dクラスがどんな状況か理解しているのか?」

 それは橘書記に向けられた言葉なんかじゃなく、私を見て言った兄さんの言葉だった。

「……それを今痛感しているところです」

 素直にそう言った。参加表のリストが漏れているとは思わず、ただ漫然と日々を過ごした私のミス。個人競技の細部に至るまで、見事なまでにCクラスにやられてしまっている。

「でも安心して下さい。兄さんにご迷惑はおかけしませんから」

 そうだ、それだけは絶対に避けなければならない。この一件はすべて私のすきが招いたこと。

 幸いにも彼は100万ポイントと土下座で和解すると提案してきた。ちやばしら先生も証人になってくれたことを思えば、土壇場でにはして来ないだろう。

 なら結果として良かったのかもしれない。それで兄さんに迷惑をかけずに済むのだから。

 でもこんな形じゃなくて、ちゃんとした形で話がしたかった。その思いだけが心残りだ。

 願わくば当初の思いのまま、最後のリレーで。その夢は足の負傷と共に消えてしまったけれど。だけど苦しんでいる姿を見せたからと言って兄さんは私に同情したりはしない。

 だからせめて前向きにいよう。もうここまで打ちのめされたら失うものはほとんどない。それに、私にはこの体育祭でやれることが一つだけ残っていると分かったから。

「失礼します」

 そういい、私は飛び出すようにして玄関から外へと向かった。

 足の痛みをこらえながら、私は施設周辺をくまなく見て走る。どうくんを探すためだ。

 でも簡単には見つからない。広々とした敷地内は見て回るだけでも相当な時間を要する。

 残り時間が10分を切りそうなところで、私は一度グラウンドまで戻ってくる。

 すいせん競技が近づいたことで、焦ったどうくんが戻っている可能性はある。彼はずっと学年1位を取るために頑張っていたから。そう願いを込めて。

「やっぱり戻ってないわね……」

 まだ行ってない場所があるとすれば、ケヤキモールか、寮か。校内のどこかということも考えられる。とてもじゃないけれど探しきれない。

 そんな私の前に、彼……あやの小路こうじくんが姿を見せる。昼食を終えた後だろうか。

ずいぶんと息を切らしてるな」

「須藤くんを探しているの。一度もグラウンドには姿を見せてない?」

「ああ。今のところな。説得する気になったのか」

「彼はDクラスにとって貴重な戦力だから。それに嫌でも気づかされたから」

「というと?」

 私の心境の変化に興味があるようだったが、今はりゆうえんくんのことを話しても仕方ない。

 それに彼に話したところで事態が好転するわけでもない。

 私とくしさん、そしてちやばしら先生との間だけで完結させてしまうのがベストだ。

 既に昼休みの休憩は折り返した。でも須藤くんは誰にも姿を見せていない。

 このまま午後の推薦競技の間も雲隠れされるとDクラスは、須藤くんの不在が大きく響き、敗北は確定的になる。

「須藤の居場所に見当はついてるのか? もうほとんど時間は無いぞ」

「いえ、それはまだ。でも行ける範囲は限られているはずよ。もし人目を気にしているのなら寮に戻っている可能性は高いんじゃないかしら」

「足の方は大丈夫なのか?」

「痛まないと言えばうそになるけれど、走れないほどじゃないわ。あなたも来る?」

「オレは遠慮しておく。一緒に行動しても邪魔になるだけだからな」

「そう……」

 私としても、その方が好都合かも知れない。そう思い痛みに耐えながら歩き出した。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ

    ようこそ実力至上主義の教室へ

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close