〇開幕
ついにその日がやって来た。長い一日になるであろう体育祭の幕開け。ジャージを身にまとった全校生徒一同が練習通り行進して入ってくる。行進とは言っても大半の生徒は普通に歩いているだけだ。規律を乱さない程度に
「いいとこ見せて
真後ろを歩く
開会式では3年A組の
一方学校の教師たちは笑顔ひとつなく生徒の様子を見守っていて、医療関係者と思われる大人の姿も見受けられた。また20人ほど入れるコテージが作られており室内にはクーラー、ウォーターサーバーなどが備え付けられていた。無人島同様万全の態勢ってことだろう。ちなみに競い合う赤組と白組はトラックを挟みあって向かい合うようにテントが設置されている。そのため競技中以外は接触出来ないような作りになっていた。
「それにしても用意周到ね。結果判定用のカメラまで設置されてる」
最初の100メートル走に備えてかゴール地点と
「誤審や
競馬のようにハナ差クビ差でも勝敗をつける腹づもりなのだろう。だからこそ応援合戦などの採点が難しい競技は一切、この体育祭には用意されていない。
1
「100メートル走、あなたは何組目だったかしら」
「7組目だ」
簡易的なプログラム表(競技の順番と時間が書かれた紙)を見ながら答える。
「強敵が来ないといいわね。クラスの
「精々最下位にならないように頑張るさ」
志の低い目標を口にしてから、オレたち1年男子はすぐに競技のためグラウンドへ。
100メートル走などの競技は
1組を走る
体育祭の結果には須藤の存在が大きく
「見たとこ大した
他の3クラスに学年の名だたる生徒は見られなかった。
「考え方によっちゃ逆に損とも言えるけどな」
理想論で言えば須藤の身体能力ならある程度足の速い奴が出てきてくれた方が良かった。
「けどこればっかりはしょうがないよな、運だし」
スタート位置でクラウチングスタートの体勢を取る須藤の横顔には絶対の自信を感じさせるものがあった。仮にレース途中で転んだとしても逆転できる、それだけの余裕を周囲に放っている。
そして合図が鳴ると同時に
周りは誰もついて来られない圧倒的大差でのゴール。それ以上語ることはなにもない。
全校生徒が見守る中、最初の競技、最初の走者として須藤は期待通り1位をもぎ取った。
同時に選出されていた
だが余韻に
1年男子が全員走り終えるまでに必要な時間は4分前後。それを3学年分男女で繰り返すため30分ほどで100メートル走が終わる計算だ。
「さすが須藤くんだね」
オレと同じ組である
「ああ。他クラスも
ただ1位を取っただけじゃなく、強いインパクトを与えたに違いない。
7組目のオレたちは須藤と博士のように役割がしっかりとしている。サッカー部であり足も速い平田には高順位を。そしてオレは1つでも上の順位を取る、言わば負けても仕方がない方。そして目立つ方と目立たない方だ。
注目すべき他クラスの生徒は何人かいるが、オレが知る中で存在感を放つ
「お、ハゲ……じゃなくて葛城が1コースじゃん」
その
葛城と神崎が戦うことになったか。
一方ある意味注目筆頭である男、Dクラスの
5コースへと割り当てられていた高円寺の姿がない。だが学校側は姿のない高円寺を探そうともせず、欠席
混戦と思われた3組目だが、走力は神崎が上回っていたようだ。葛城もけして遅くはないが一歩及ばないといった形で、大きく荒れることもなくレースが終わる。神崎が1位、葛城は3位という結果だった。着々とレースが進行していく中、
「
平田が気づいたのはコテージの方角。目を凝らすと室内で髪を整える高円寺が見えた。
既に走り終えた、ということではないだろう。それにしては引き上げが早すぎる。
「不参加みたいだな」
開会式までは素直に従っていたように見えたが、結局競技には参加しないようだ。
高円寺は恐らく、足が痛いとか体調が悪いと言い訳をつけて抜け出たのだろう。仮にすべての競技が不参加となると最下位でも
スムーズに競技は進行していく。
次々と組が消化されていき、あっという間にオレたち7組目の出番がやってくる。
4コースへと入ったオレと、その隣5コースの平田。その他のメンバーにはAクラスの
極端に走力に差がないためか、ほぼ団子状態で疾走する。そしてそのまま順位を変えることなく5位でフィニッシュした。対する平田は
「ふぅっ。お疲れ様」
一足先にゴールについた平田が軽く息をついて
「悪いな、足引っ張って」
「そんなことはないよ。皆速くていい勝負だったしね」
1年男子の100メートル走が終わると、席に戻った男子たちは食い入るように女子たちの走りに注目していた。
試合の結果もそうだが、女子の走る姿を見たくて仕方がないのだろう。
「
席に戻っているはずの須藤の姿が見えない。
「さぁ。トイレじゃねーの? それより揺れるおっぱい見ようぜおっぱい」
楽観的な
「……まさか」
オレはコテージの方を見る。嫌な予感が的中したようで
「よくない展開だね。急いで止めないと」
「だな」
ほぼ同時に気づいた
場は既に暖まっている様で、須藤は強く
「テメ、不参加とか
室内の扉を開けると同時に須藤の
窓ガラスに写った自分の姿に
だがその姿勢が須藤の怒りに油を注いでしまった。
「殴られなきゃわかんねぇみたいだな、高円寺」
「それはダメだよ須藤くん。もし先生に知られたら──」
当たり前のように平田が止めるが、その程度で思いとどまるような男ではない。
「っせぇよ。これはクラス内の問題だろ、別に殴ったって構わねえよ。こいつが泣きながら教師に泣きつかなきゃだけどな」
「君は相変わらずむさ苦しい男だねぇ。私は一人静かに過ごしたくてここに来たんだが。見ての通り今日は体調不良でね。迷惑をかけないために辞退しただけさ」
「
そう怒鳴りたくなるのも無理はない。どこをどう見ても高円寺は健康そのものだ。
「ダメだよ須藤くん!」
距離があった平田が慌てて詰め寄る前に、須藤は
一発殴って高円寺の目を覚まさせようとしたのだろう。
だが、想定外規格外の男である高円寺は突き出された強力な拳を手の平で受け止める。
パンという乾いた音がコテージ内に響き渡った。
高円寺は須藤の顔を見ることもなく言い放つ。
「やめたまえ。君では私には勝てない」
それを
「だったらかかってこいよ。その自慢の鼻をへし折ってやるからよ」
「全く。君といい彼女といい、私に頼らないといられないみたいだねぇ」
「彼女だあ? 誰のことだよ」
「君が熱を上げているクールガールのことさ。今日まで
「
どうやら堀北は高円寺が不参加になる可能性を初期から予見していたらしい。
まぁ無人島での初手リタイアを知っているから、それを
それにしてもオレの知らないところで高円寺に働きかけていたとは知らなかった。
「とにかく去りたまえ。私は気分がすぐれないのでね」
「テメェ──!」
二度はさせじと、
「少し落ち着いたほうがいい。高円寺くんの態度にも問題はあるけれど、体調不良だと言ってる以上休む権利はあるはずだ。それに誰が相手でも暴力はダメだよ」
「そんなもん
「根拠のない言いがかりだね。私は不調が態度に表れにくいのだよ」
「残りの競技も全部サボるつもりかよ。あぁ?」
「もちろん体調が回復すれば参加するよ。体調が回復すれば、だがね」
怒りの収まりきらない須藤だが、いつまでも高円寺に構っていられないのも事実。
「もうすぐ次の競技が始まるよ須藤くん。リーダーの君が不在だと士気にもかかわる」
平田は別の視点から須藤を説得するように切り替えたようだった。
「……わーったよ。戻ればいいんだろ、戻れば」
「ありがとう」
付き添うようにして平田は須藤と共にコテージを出て行った。オレもその後に続く。
Dクラス陣営のテントに戻ると
「
怒りは収まるはずもなく、沸々と込み上げてくる感情をまき散らす。
君子危うきに近寄らず、須藤からは次々と人が離れていく。
須藤は近づくものすべてに
だが女子のレースに夢中になっていた
「何やってたんだよ
パンと
「ぎゃ! 何すんだよ!」
「ストレス発散だ」
「いだいいだいいだい! ギブギブ!」
こればかりは不運、
ともあれ
「せめて
アレを見て癒されるのなら、癒されてもらおう。
そんな須藤を見物するオレの隣に息を切らせた
「はぁ、はぁ……く、苦しい……」
本人なりに精いっぱい走って来たのか、非常に苦しそうに呼吸を繰り返す。
「み、見てくれた?
メガネの奥から、そんな風に目をキラキラ輝かせながら見上げてきたのだ。残念ながら
「よく頑張ったな」
そう短くだが感情をこめて言った。今分かる事実から確かなこと、それは佐倉が自分なりに精いっぱい徒競走を終えたことだけだ。
「あ、ありがとう! 私初めてビリじゃなかったよっ」
そう
「
「う、うんっ!」
まだ荒い息で笑顔を作り、佐倉はオレの隣で女子の次のレースに視線をやった。
オレも
3コースに立つCクラスの生徒、
「伊吹ちゃんって運動神経いいのかな?」
「知るかよ。勝つのが堀北ってことだけは間違いねーけどな」
他の男子は知る
スタートの合図と同時に駆け出す7人の女子たち。注目の二人のうち好スタートを切ったのは伊吹の方だった。堀北は僅かに反応が遅れてしまい出遅れる。
だがすぐに加速し
そして終盤、伊吹の表情が
「やばいか……?」
そう
先にゴールテープを切ったのは堀北だった。ビデオ判定されてもおかしくないほどの大接戦に少しではあったがワッと周囲が盛り上がった。
息を切らせる堀北の傍で悔しそうに地面を
「それにしても2人が抜けた試合だったな」
走り終えた
1年の100メートル走を終えたところで、お互いが結果を報告しあう。
須藤や堀北、
「しっかりしろよおまえら。特におまえ足の速さだけが自慢だろ」
「そ、そんなこと言われたってさー。
「無理もないよ。柴田くんは僕より足が速いから」
事実、柴田は部活の練習中、平田よりも速いと思わせるシーンが
この場所にはノートも携帯もない。ある程度競技の結果を口頭で伝えあったとしても
オレは戻って来た堀北に近づき声をかける。
「危なかったな」
「……そうね。思ったよりも伊吹さんが速くて驚いたわ」
迫る伊吹にはしっかり気付いていたのか、堀北はどこか
「
「誰からそれを……? もっとも、意味のないことだったみたいだけれどね」
堀北はコテージで
「彼がサボる可能性は憂慮していたけれど、結局そうなってしまったわ」
「あいつはある意味誰よりもAクラスに興味がないようだしな」
退学にさえならなければ後は楽しく過ごす。そう決めている以上動かしようがない。
だが堀北にはどこか割り切れない気持ちが芽生え始めているようだった。
「私が
「どうかな。櫛田や平田の説得に応じるタイプでもないと思うけどな」
かと言って二人は高円寺を無理に説得したりはしない。
「おまえから櫛田のように、なんてセリフが出るなんてな」
「私は元々彼女を嫌っていたわけじゃないもの」
そう自然な流れで口にした後、堀北は少しだけ口が滑ったと
「今のは聞かなかったことにして」
そう言って話を終わらせてしまう。そして間もなく始まる3年生の競技に目を向けた。
こいつにとってはDクラスのことも心配の種だが、兄の存在も同じなのだろう。
もっとも生徒会長である兄の方は、妹の
2組目でスタートを切った
「イメージ通り速いな」
「兄さんは
自慢、というよりは本当に当たり前のことのように言った。
全学年で100メートル走が終了すると、その集計に入った。
次の競技が始まる前に赤組白組最初の点数が発表される。
赤組2011点、白組1891点。
競技は始まったばかりだが赤組が若干優勢だった。
2
2種目めの競技はハードル。100メートル走と同じく基本的には走力が純粋に反映されやすい種目だ。とはいえそれだけでもない。急ぎ過ぎず確実に越えなければ手痛いミスを受けることになる。この競技に関しては2つのルールがあり『ハードルを倒す』『ハードルに接触』の2つにタイムのペナルティが付けられる。ハードルを倒した場合は0・5秒。ハードルに接触した場合は0・3秒ゴールしたタイムに加算されてしまう。
そのため速く飛ばし過ぎるだけでは勝てない。確実に跳び越えなければならないのだ。
だからと言って遅く跳べば当然勝てないため、どれだけ練習の期間で感覚を
この種目では、
「オラおまえら最下位取ったらビンタするからな」
腕を組んで見守る須藤からの強烈なプレッシャーに運動が苦手な生徒が震えあがる。
「どんな
「えー
スタート位置にいる審判からそんな声が聞こえてきた。
「せ、拙者腹痛でござるよ……欠席してもいいでござるか?」
練習の時でも
「あぁ? 全部のハードル倒してもいいから意地でも完走しろ」
「こぷ!? い、いる、いるでございます!」
お互いの顔スレスレの位置で
「ったく使えねーな。日ごろから適当してっから太るんだよ」
だが博士は予想通りハードルを越えられず、結局手で倒しながら最下位で完走した。
「それにしても
各クラスの戦力を把握していく中で
まだ2種目目ではあるがハードル競争も難なく1位を取っていた。目下須藤のライバルか。しかも
「直接ぶつかったら俺が勝ってやる」
このまま進行すれば、それだけ須藤の目標である学年1位が遠のくかも知れない。
特に団体戦の結果はどう転ぶか分からない。不安要素だ。
「では次、4組目準備してください」
審判に呼ばれオレは先ほどと同じコースに入る。2コースには
「早速当たったようだな」
「……お手柔らかにな」
「一之瀬からは結構速いと聞いている」
どこでそんなことを一之瀬が思ったのか……思い返すと一度だけ思い当たることがあった。
それにプールで一之瀬と遊びに興じた時もやけに注視されていたからな。今までの試験や事件でマークされているのは仕方のないことか。
「それは誤報だ。さっきのオレの100メートル走の順位見たか? 5位だぞ」
「結果はそうだが、本気を出していたようには見えなかったがな」
「この体育祭で力を温存するメリットはないだろ。損するだけだ」
「確率は薄いが、戦略としては全く意味がないわけでもない」
どうやら一之瀬たちBクラスはしっかりと
オレのような存在ひとつとっても順位だけではなくそこに至る過程も把握している。
「それにお前は同学年の中でも相当冷静な男だ。そういう人間は
「まぁ好きに考えてくれ」
話の途中だったが、オレたちの間にCクラスの男子が入ったため中断する。4組目は神崎以外それほど大した
スタートと同時に先ほどと同じくらいの感覚で走って行く。やはり神崎がひとつ抜け出たが、オレより前を走る生徒は1人だけで、結果的に3位という好成績を取ることになった。組み合わせもあるが良くも悪くも目立たない位置で進んで行けそうだな。
「……はあ、全く……ついてない」
競技を終えて陣営に戻ってくると
「悪かったのか?」
「
ブービー賞連発ってヤツか。かなり苦しい状況に追い込まれている。
「考え方次第だ。
「赤点を取ることはない。けど俺の成績が下がることに違いは無い。それにこの結果がクラスや組に負担をかけることになる……」
人一倍Aクラスを目指す男は、人一倍責任を抱え込んでしまうらしい。普段強い口調で
これ以上何かを言うのは
オレは女子たちの競技を注視する。開幕は
「ちょっと良くない組み合わせになったね、堀北さん」
「そうなのか?」
他クラスを良く知った
「Cクラスで一番速いって言われてる陸上部の
「なるほど……」
最初の100メートル走こそ
「確かに勝つのは厳しそうだな」
食らいつくように駆け跳躍する堀北だが、Cクラスの二人がその前を行く。そして堀北にチャンスは訪れることなく3位という結果で競技は終了した。
平田はその結果を受けオレに顔を向ける。堀北が負けたことに対してのアイコンタクトじゃない。奇妙な違和感を覚える組み合わせのレースだったことを感じ取ったからだ。
3
次の競技内容は『棒倒し』。シンプルながらも荒々しく少々危険な競技である団体戦。
「おまえら絶対勝つぜ。
須藤が叫ぶ。目の前に集められたDクラスとAクラスの男子全員を鼓舞する。
一方、須藤たちに立ちはだかるのは
クラス
試合のルールは2本先取した組の勝ち。
Dクラスが先に攻撃側に回り、Aクラスが棒を守る役目を引き受ける形だ。もしこの攻守の形で先制を取ることに成功した場合は流れを優先し攻守を変えない予定になっている。
「まぁ心配すんなよ。俺が一人でも相手をぶっ倒してきてやるからよ」
「人じゃなくて棒を倒してくれよ……?」
「保証はできねーな。
襲い掛かる気なのか敵意むき出しだ。相手側に中指を立てる
「距離とっとこっと……」
そんな須藤に巻き込まれる恐れを感じ
試合開始を告げるホイッスルを今か今かと前のめりに待つ攻撃陣(主に須藤)。
一方で
「うー何か怖くなって来た。俺棒倒しとか初めてなんだよな……」
「中学の体育祭とか運動会じゃやって来なかったのか?」
「危ない競技って言われててなかったなー。
「いや……俺もやるのは初めてだが」
「なんだよ初めてなんじゃん」
気の抜けるような会話の最中、試合開始の合図が鳴る。そして我先にと須藤が突貫した。
それに続けとばかりに積極的なメンバーが突っ込んでいく。
「やべ、行くぞ綾小路! サボって須藤に殺されるのは勘弁だぜ!」
積極組の後ろを池やオレ、
対戦チームであるBC連合もこちらと同じく攻撃と守備でクラスが
DA連合よりも連携に難があるからな、当然の考えかも知れない。
1戦目、本陣の棒を守るのはBクラスのようだ。目の前にはBクラスの連中が待つ。
ちなみに攻撃陣と攻撃陣がぶつかり合うことは禁止されている。
あくまでも攻撃陣は防御陣へ攻めなければならないルールになっていた。
「殺されたいヤツからかかってこいや!」
とんでもなく物騒なことを言いながら、須藤が相手防御陣に突っ込んだ。高身長と高校1年生とは思えないパワーを前に次々と棒周辺に張り付く生徒が引きはがされる。
「止めろー! 須藤を止めろー!」
そんなBクラスからの叫びに合わせディフェンスの一部が須藤一人を取り囲む。
「おらお前ら早く続け! 切り開いてっからよ!」
真後ろから続く積極組に振り返らず叫びかける
段々と戦場のように入り混じった状況になりつつあり、周辺には砂煙があがった。
オレは役にも立たず邪魔もしない程度にBクラスの生徒に寄りかかりその場を
「くっそが、何人突っかかってくんだよ!」
須藤は3、4人の男子生徒に
一方で積極組も突破するまでには至らずギリギリの瀬戸際で防ぎ切られていた。
Dクラスの問題点は須藤という突き抜けた攻撃力を持ちながらも、それ以外のパワー自慢が
「やべえぞ
「あぁ!?」
その声に振り返ると、Aクラスの守る赤組の棒が少しだが斜めに傾き始めていた。
Cクラスは須藤のような暴力的……いや、武闘派のような生徒が多いようで、防御を楽々と突破しているように見えた。取っ組み合いをさせれば有利不利は明白だったということか。それに
何とかしなければならないが、肝心の須藤も4、5人に阻まれてはどうしようもない。完全に封じられた。もちろんそれだけの人数を相手にするだけでも相当
須藤が必死に棒へのアクションを
結局白組に楽に、1本目を先取されてしまった。
「あー
無残に倒れた棒を
「んなこと言われてもよ……あいつら結構強いぜ? いてて……擦りむいたし」
「かすり傷だろ!
気持ちは分かるがどれも反則の一発退場だ。
「一本取られてしまったものは仕方がないよ。今度は僕たちでしっかり守ろう」
優しく須藤の肩を
「ちっ……絶対に守り通すからな、おまえらいいな!?」
「わ、わーってるよー。やれる限りはやるってー」
「やれる限りじゃねえんだよ、絶対に死守すんだよ。1時間でも2時間でもよ!」
Dクラスの生徒たちが他に
オレも含めてだが一部の生徒以外には覇気らしいものが感じられない。
その点先ほど防御していたBクラスは全員連携もやる気も高く非常に強敵だった。
「
一応
どっしりと抑え込む須藤に目を付けられていては
「このままあっさり連取なんてふざけんじゃねぇぞ。俺は
そう言えばさっきの1本目、攻撃陣だった龍園はほぼ観戦していただけだった。
自分が加わるまでもなく優勢だったからだが、須藤はそれが気に入らないんだろう。
「Cが攻めて来い、Cが攻めてこいっ」
繰り返し
まだBクラスに攻められた方が守る方としては楽じゃないだろうか。
互いに態勢が整ったところで2本目の開始の時が近づく。果たして──。
「来た来た、来たぜっ!」
どうやらオレの期待通りにはいかず、須藤が望んだ展開になってしまったようだ。
威勢のいいCクラスの生徒たちが攻撃を開始すべく
そしてそのクラスをまとめるリーダー、龍園も後方で不敵に笑っていた。
まるで戦場を仕切る軍師のように、試合開始の合図と共に号令をかけ突撃を命じた。
恐らくはシンプルな指示。
『倒せ』という2文字のもと、
須藤に近い体格、運動部系の生徒で固められた大男たちが先頭で突っ込んでくる。
焦ることはないと押し寄せる壁のように棒へと迫って来た。
各地でDクラスの生徒から悲鳴が上がる。外壁を守る生徒はたちまち減っていく。
「起き上がれ! 足を
Cクラスは反則すれすれの
「ぐぉっ!?」
オレのすぐ斜め前で棒を支える須藤から
「誰だ腹を
どうやら混戦に
しかもそれは1度や2度じゃないようで苦しむ声と怒りの声が入り混じる。
だが棒を両手で押さえておく必要がある須藤にはどうする事も出来ない。
「てぇ、ってぇなこの野郎が!」
声だけで戦うも、Cクラスの動きに陰りは見えない。
苦しくなり
そんな
そして自らが王だと名乗りを挙げるように須藤の背中を全力で
「がっ!?」
もみくちゃな試合の中での、死角をついた凶悪な一撃。
それを繰り出したのは言うまでもなく、
「て、めぇ!! うぐっ!」
もう一度、まるで背中の骨でも折るかのような
その一撃で須藤が崩れ落ちると同時に支えが効かなくなり、一気に
地面に倒されたまま、須藤は踏み
「はあ、はぁっ、テメェ……反則だろうが!」
「なんだそこにいたのか、気づかなかったぜ」
そう言って悪びれる様子もなく引き上げていく。追いかけようとした須藤だが、背中の痛みが強かったのかすぐに立ち上がることは出来なかった。DA連合は大敗を喫した。
「背中、大丈夫か?」
「く……なんとかな……くそ、くそっ!」
痛みよりも理不尽に反則技を受けたことへの怒りが収まらないらしい。
「あのスカシ野郎、今度見かけたら
「また騒ぎになるぞ。あの時の問題を繰り返すつもりか?」
須藤とCクラスの
しかも須藤から仕掛けたとなれば今度こそ
「あいつは良くて俺はダメなのかよ! この背中の
「言いたいことは分かるが、それは競技中の自然な
龍園と須藤、互いにやろうとしていることは同じだがテクニックに圧倒的な差がある。
今回は砂煙が舞い、生徒が入り乱れる競技の中での行為。とにかくあいつは仕掛けるタイミングとやり方が
「あーイライラするぜ! 全勝するつもりだったのによぉ!」
龍園に対する
Aクラス側にもそれは聞こえているため、一部から睨み返されていた。言い返そうとする者もいたが
「役に立てず済まなかった……」
「こちらこそ。僕たちも上手く守れなかったから。次頑張ろう」
葛城と
4
休む間もなく次の競技である綱引きの準備に入る1年男子。その間も1年女子の玉入れ競争は着々と進んでいた。団体戦の体力を使う競技が続く。最初はそれほど気に
「今どれくらい差ぁ開いたと思う……」
「どうかな。まだ始まったばかりだし考えても仕方ないだろ」
「そうだけどよ……。負けは負けだ、あいつらが一歩リードしたよな」
負けることが我慢ならないのか貧乏ゆすりをしながら女子の試合を見守る
「せめて女子が勝ってくれりゃいいんだが……」
遠目に見ている分には玉入れの勝敗は分かりづらいためはっきりしない。
それだけ接戦なのだと思うが、かなり際どそうだ。
程なくして試合が終わり係の教師が玉を
「合計54個で、赤組の勝利です」
これで
アナウンスが流れてホッとしたのもつかの間、審判に呼ばれ綱引きの説明が始まる。
「っし行くぞ……!」
「背中は大丈夫かよ
「
心配されながらも須藤は力強く立ち上がった。
綱引きのルールは棒倒しと同じで至極単純。2本先取した方の勝ちだ。
「綱引きで巻き返せば団体戦は逆転するね。それに綱引きなら接触するプレイはないから向こうも純粋にパワーで勝負するしかない。
常に周囲と須藤を気遣う
「まぁな……。だからこそ負けられねえ」
純粋な力と力、知恵と知恵。果たしてどちらが優位にことを運べるか。
グラウンドの真ん中に集められた4つのクラスが2手に分かれると、それぞれ左右の陣営に別れる。
「打ち合わせた通りの戦略で一気に
「うん。分かってるよ。皆配置について」
DA連合は二人のリーダーの元、棒倒しのように作戦を考えている。平田が指示を飛ばすと同時にオレたちDクラスは散り散りになって配置につく。
作戦はシンプルで『身長差に合わせて並ぶ』ただそれだけだ。そうすることで縄にムラなく力がしっかりと加わる。相手にもそれは伝わるが、仮にBC連合が
しかし、それ以前にDA連合に問題が発生した。並び変わろうとするDクラスと違い、Aクラスの男子の半数近くが全く動こうとしなかったのだ。
「
そんな声がどこからともなく聞こえてきた。
「……どういう意味だ、
橋本と呼ばれた生徒が一歩前に出る。長めの髪を後頭部にまとめた、
「そのままの意味なんだけどね。あんたのせいでAクラスが今失速してるんじゃないか? ほんとにこの作戦で勝てるって言いきれるのかな?」
リーダーである葛城に直接異を唱える生徒が現れる。葛城も警戒心を強めたことから、この橋本という生徒はただの一兵卒とは思えない。
だが──タイミングが妙だ。
味方の目が葛城と橋本に集まる中、オレは陣営を振り返り
「どうなんだよ葛城くん。ホントにこの作戦で勝てるわけ?」
仲間の裏切りにも葛城は心を乱すことなく答えた。
「Dクラスの生徒も動揺している。冷静に競技を進めるべきだ」
「答えになってないなー」
沈静化を
「葛城さんがやれって言ってんだ、早くしろよ! みっともないとこ見せんなよ!」
そんな中、葛城派である
「俺の采配を疑う気持ちを否定する気はない。だがここで無意味にぶつかり合って負ければ、連携や技量以前に坂柳の責任が生まれるが構わないのか?」
「何にも見えてないねー葛城くんは」
橋本はクスリと笑う。審判役の教師がこちらの動きが遅いことに注意をしようと近づいて来たところで、橋本が所定位置に着くように縄を握った。
「さ、やろうか。言う通り向こうさんに連携不足と思われても
ひとまずAクラスの内紛は落ち着きを見せたようでオレたちも位置に着く。
「
「激しく不安だぜ。やっぱただのガリ勉集団かもな」
見ていただけの
ともあれ二つのクラスが入り混じった身長順で並ぶ。そして一番後ろにはパワーに絶対の自信を持つ須藤が控える。対するBC連合は連携を取っていないため、クラス単位で
「へっ
「いやそうとも言いきれない。綱を引く位置が高い方が有利だからな」
2クラス間での連携が出来ない以上、Bクラスは綱の位置だけでも優位に立つ
「だとしてもこっちが有利なのには変わりねえだろっ。行くぞお前ら!」
須藤が叫び、試合開始の合図と共に互いに綱を引きあう。
「オーエス! オーエス!」
定番と思われる叫びと共に基本的連携の取れたDA連合が勢いよく綱を引く。
最初こそ
「オラオラオラオラ! 余裕余裕!!」
程なくして、合図とともにDA連合が勝利したことが告げられる。
「っしゃー! 見たかオラぁ! ざまあねえな!」
繰り返し
「なー協力し合わないとヤバいぜー? 向こうつえーしさ」
クラスを代表して
「よしおまえら配置換えだ。チビから前に並べ」
龍園はバラバラだったCクラスの生徒に命じ先頭を一番背の低い生徒に、そして段々と身長が高くなるように調整し直した。ちょうど弓なりになる形だ。
Bクラスの意見など取り入れずあくまでも自分たちの好き勝手にやるつもりらしい。柴田は左右に首を振って
「
「そうとも言い切れん。全員気を抜くな。次はさっきのようにはいかないぞ」
「なんでだよ楽勝だったじゃん。俺たちみたいに背が低い順に並んでるわけでもないしさ」
へらへらと余裕そうにしながら綱を握り込む
葛城はまだ話を続けようとしたが、インターバルが終了し試合開始の準備が始まった。
そして始まる2回戦。
「オーエス! オーエス!」
一度目と同じように綱を引くDA連合。だが明らかに先ほどとは違う手ごたえに、少しずつ戸惑いが生まれる。引いても引いても位置は変わらず不安感だけが押し寄せてくる。
「おら、粘れよおまえら。簡単に負けたら死刑だぜー」
そんな
ただひとつの号令だけで力が
龍園が並び替えさせた弓なりの形には力の伝わり方を変えるものがあったということだ。
「ぐええ! 痛ぇ痛ぇ!」
後方から綱を握る
オレも手を抜かず引いているが、やはり先ほどとは全く違う手ごたえだ。
ほぼ互角の綱引き合戦。勝負の決着をもたらしたのは意識の違いだろうか。
じりじりと引き込まれていったDA連合は敗北を喫してしまう。1戦目を制しただけに、2戦目の敗因が自分たちにあったと思った生徒から怒声があがる。
「なんでさっきと違うんだよ! 誰か手ぇ抜いたんじゃないのか!?」
味方の中で犯人捜しをしようとする。その状況を見て
「落ち着け。向こうが正しい陣形のひとつを取ったことが敗北の原因だろう。もちろん、2戦目も勝てると慢心していた生徒がこちらにいたことは事実だろう。これで分かったはずだ。相手はチームワークはボロボロでも戦う力を有している。気を引き締め直すと共に、もう一度自分たちの立ち位置を確認してくれ。それからロープを引くときは斜め上に向かって引き上げるようにするといい」
葛城は的確なアドバイスと
「よーし、おまえらにしちゃよくやった。今と同じことをもう一度するだけでいい。勝てると思い込んでるカスどもに思い知らせてやれ」
具体的な綱引きのテクニックなど一切伝達していないにもかかわらず、それでも結果的に
双方準備が整うと最終決戦となる3本目の
「オーエス!! オーエス!! 引けえ!」
2戦目と同じですぐには決着がつかない。中心ラインから白旗は動かず揺らめいていた。
「粘れよおまえら! この綱引きは絶対勝つぞ!」
最後尾からの
「オーエス! オーエス!」
いくら向こうが強くとも、綱引きにおいては勝敗は単純な力だけでは決まらないのだろう。
「気を抜くなよ! もう一引き!! 引けええええ!」
際どい戦いをしていたはずなのに、急にあり得ないほどに手ごたえが軽くなり、グンと全員の
何が起こったか分からず、須藤を始め
「何やってんだよ、ふざけてんのか!」
この状況はBクラス側も想定外だったのか、一部の生徒が転んでしまっていた。
やがて怒りの矛先は一人も転んでいないクラス……
「勝てないと思ったから手を休めたんだよ」
最後のひと息の場面で龍園たちCクラスは一斉に手を綱から放したらしい。
「よかったなお前ら、ゴミ見たいな勝ちを拾えて。
勝負に負けながらも誰よりも試合を楽しんだ様子で龍園が笑った。
「テメェ!」
この状況だけを見ればどちらが勝者か分かったものじゃないな。
最後尾にいた須藤が立ち上がると、さっきの棒倒しの
「やめろ須藤。あれも龍園の作戦だ、こちらを怒らせて体力を
「けどよ!」
「確かに向こうのしたことはスポーツ精神には反するが、ルール違反ではない」
葛城は暴走気味の須藤を
「よし引き上げるぞお前ら」
Cクラスはさっさと引き上げてしまう。Bクラスも
「どうやら我々は運が良かったようだ。Cクラスと組まずに済んだのだからな」
葛城はどこか
「勝ったけどなんかスッキリしねえぜ、
ぼやきたい須藤の気持ちは理解できる。
綱引きが終了し、オレたちは自陣テントに戻る。
その途中
「さっきは済まなかった。クラスを
「それは全然気にしないでいいよ。僕らも二戦目は油断していたと思うし。ね?」
平田に同意を求められオレは
「Aクラスも意外と苦労しているんだね」
「……ああ」
あまり内情を話したくはないのか、葛城は否定しなかったが深く答えることもしなかった。苦しい立場を
一方で
「次は障害物競争だからな。ふがいない成績残したヤツらは全員しばき倒す」
「うげ。なんでしばかれなきゃいけないんだよ~」
「俺はリーダーだからな。下々の連中の
そんなリーダーは誰も求めていないと思うが須藤には強く反発できない。
「一応参考までに聞くけどさぁ……そのふがいない成績って何位までなんだ?」
「決まってんだろ、入賞以外は認めてねぇ」
「きつー!!」
5
「ぜぇ、ぜぇ……死ぬ気でやったのに6位だった! け、
「あいつ4位とかになんねーかな……」
そう願いたくなる気持ちも分からなくはない。もし須藤が入賞しなければ、
「おまえは何位だったんだよ
「ギリギリ3位だった」
「うげー。マジかよ組み合わせに救われやがってー」
いちいち須藤の茶番……もとい制裁を受けるのは面倒だからな。少しだけ頑張ってみた。
「須藤くんは
「ああ、だな」
須藤の近くには柴田が軽く準備体操をしながら待ち構えていた。強敵襲来だな。
「はあああ!? 健のヤツまた
しかし同様に須藤の対戦相手を見ていた池は柴田以外の相手を見て、そのラッキーな組み合わせに心底悔しがった。
確かにCクラスでも特に運動神経が悪いとされる2人と連続で当たるのはラッキーだ。それ以外のAクラスの生徒は可もなく不可もなくな生徒だったこともあり、これで
嘆きたくなる気持ちは分かるが
「どっちが勝つと思う?」
柴田をよく知る
「どうかな。柴田くんの足の速さは十分知ってるし簡単には負けないと思う。純粋な直線勝負なら柴田くんな気もするけど……須藤くんは練習の時も難なく障害物も乗り越えてたからね。
両者をよく知る平田にしてみても、どちらが勝つかは明言できないようだ。
当事者である須藤は
須藤と柴田がほぼ同時に好スタートを切り一番最初の障害である平均台へと向かう。高身長で体格も大きな須藤だが、細い平均台を誰よりも速く渡って行く。バランス感覚の高さをうかがわせる動きだ。2番手は柴田。
「今日一番の熱戦だな」
共に同率ポイントと思われる両者、そのどちらかに軍配が上がろうとしている。ここまでつかず離れずでついてきた柴田。その存在に気付いた須藤が初めて焦りを見せる。恐らくは背後を飛び跳ねる音も聞こえているだろう。しかし序盤に作ったリードもあり1メートルほどの差を残し1位のテープを切った。全力で戦った影響もあってか遠目にも須藤が肩で息をしているのがわかる。
須藤と柴田の走力はほぼ互角だった。いや、純粋な走力だけで言えば平田の発言通り柴田に分があったかも知れない。競技やタイミング次第では須藤も無敵とはいえないか。
ともあれ須藤はこれで堂々の3連続1位。間違いなく学年トップの一人だ。
堂々と戻って来た須藤が、縮こまっている
「オラ見てたぞ
「お、おまえだって今1位危なかったじゃんかよ! アイコだろ!」
全然アイコではない。余計なことを言ったことで
「1位取っただろうが。ま、
2連続1位だった柴田を2位に沈めたのは、学年トップを
6
オレたちはのんびりしている暇もなく二人三脚のための準備に入る。
一方で女子の障害物競争は、1組目から波乱の幕開けとなった。
先ほどの結果を
「さっきも見た展開だな」
「また
堀北は運動にとどまらず、勉強など様々なものに対して高いポテンシャルを持っているが、それでも何かに特化した人間に勝つのは容易じゃない。スタートすると木下が抜け出た。真っ先に平均台に足をかけてグイグイと後続を引き離していく。2番手は矢島。それを追うのが堀北という形のスタートとなった。純粋な走力体力を試される100メートル走やハードル走と違い、様々な不確定要素が盛り込まれた障害物のお陰か、差は思いのほか広がらない。平均台を終えるとほぼ横並びの状態にまで距離を縮めてきていた。
「チャンスありそうだな、今度は」
近くで須藤も堀北を応援しているようで、グッと手に力を込めながら様子を見守る。網をくぐり抜ける頃にはついに堀北が一歩前へと
1位の矢島の順位は揺るがないだろう。堀北は2位を奪うために全力で駆ける。最後のズタ袋に
最後の50メートルを堀北が全速力で駆け抜ける。ところが、後ろから迫る木下が気になるのかチラチラと何度も後ろを小刻みに振り返る。それが失速に
「うおっ!? 結構すげえことになったぞ!?」
どちらから接触したかは遠過ぎて分からなかったが、競った故のトラブルに見えた。2人は起き上がっている間に次々と抜かれていき、一気に下位に落ちる。すぐに起き上がることは出来ないのか、互いに土煙の中必死に立ち上がろうとしていた。何とか競技を続行できたものの、そのハプニングが最後まで響き堀北はまさかの7位に終わる。転んだもう1人の
「…………」
「どうしたんだい
「次も同じ『偶然』が起きるようなら『偶然』とは呼べないかも知れないな」
さっき
「やっぱり君もそう思う? 多分他の生徒もじわりじわり感じ始める頃だと思う。でもこうなったということは──状況は悪い方向に動いてるってことだよね」
残念ながらその読みは当たっている。
「もし気づく生徒が出たら、その時はケアを任せていいか?」
「もちろんだよ。それが僕の役目でもあるからね。だけど何か手はないのかな……」
「あればいいんだけどな」
嫌な顔一つせず引き受ける平田に安心感を覚え、オレは
障害物競争を終えて戻って来た
明らかに違和感を感じさせる歩き方と仕草を見れば状況は
「痛むか?」
「……ちょっとだけ。でも競技に影響が出るほどじゃないわ。少し休めば大丈夫」
そう強がってはいたが座るのにも難儀しているように見えた。
怒りを買う覚悟で軽く負傷した箇所と思われる場所に触れてみる。
「つっ!?」
「これで影響が出るほどじゃない、か」
「勝手に触らないで。それと私のことは
勝つことを義務付けられた立場はこういう時苦しいな。まして堀北のように結果を出せると自負している人間なら
「まぁリタイアすると点数そのものが入らないしな。頑張りたい気持ちは分かる」
痛みを誘発したオレを
「それよりも気に入らないのはあの女子の方。悪意がある接触に見えたわ」
「……というと?」
「私の後ろを走ってた彼女が、何度も走りながら私の名前を呼んだの」
それで競技中に時折振り返ったわけか。
「
確かに不意打ちした方が転倒させられる可能性は高い。
「全くついてないわ……まだ中盤だって言うのに……」
学校全体で見れば、分かる限り
2年生の1人が徒競走の途中で転倒し強く足を痛めたことでリタイアしているが、その上級生の場合は単独事故のため特に問題視される点はなさそうだった。
「私の心配よりあなたは自分の心配をするべきね。私以下の成績でしょう?」
1位と3位、そして接触事故で7位を取った堀北は30点。こっちは27点。
「精いっぱいやるさ。でも、そっちも無理はするなよ?」
「私は
そんな言葉を残した堀北に追い立てられ、オレは次の競技二人三脚の準備に移った。
「堀北さんの様子はどうだった?」
遠目に様子を確認していた
「結構深刻だな。次以降の競技にも影響しそうだ」
「苦しい展開だね」
程なくして1年男子の二人三脚が始まった。続々とスタートを切っていく。
この体育祭は学校の
二人三脚は必然的に2人1組となるため、一度に走る人数は4組と少ない。
オレたちの1つ前のスタート組である
須藤のパートナーは
「どわあああ!」
試合中の池から悲鳴が上がる。どうやら1歩目から須藤の技がさく
「状況が苦しいだけに、須藤くんは
パートナーに選ばれた池には
「確かに頼もしい。けど勝つためのピースとしては須藤だけじゃ不足してる」
あいつをコントロールすることが出来なければ自身を傷つける
「僕らも須藤くんに続こう」
その言葉と共に平田とスタートを切る。幸いにも同じ組を走る他の
これなら誰に文句を言われることもないだろう。
「きゃー!
しかし平田に向けられた女子からの歓声が耳に痛い……。
それから女子の二人三脚が始まり、2組目の
今こそ練習の成果を発揮する時だ。
互いに会話を交わすこともなく淡々と準備しているように見えた。
内情を知るオレからすると実に奇妙なペアだが、見ているDクラスの生徒たちからすれば安心安全の実力者ペアに見えていることだろう。
出だしは2位と好調。悪くないスタートに歓声が上がる。
「いけ
1位を取った
気がつけば1位を走るのはAクラスの女子。どことなく堀北と同じ雰囲気を持つ美女が
「少し様子が変だな」
「あ? 何がだよ」
応援する須藤は顔をこちらに向けることなくオレの独り言に突っ込んできた。
「いや……堀北の動きが固いと思ったんだ」
「……言われてみりゃ、確かに」
練習時には常に相手を無理やり引っ張っていた堀北だが、本番では櫛田に先導されているように見えた。やはり足の痛みが大きく影響しているようだ。
櫛田がペアだからというのも考えられたが、障害物競争で転んだ時に痛めた足のダメージはかなりのものらしい。
懸命にペースを上げようとしているように見えたが体がついてこない印象だ。
1位2位との差は縮まるどころか徐々に開いていき最下位のBクラスが迫って来る。
負けないように逃げ切るコース取りへと2人はシフトすることを決めたようだ。Bクラスの前に位置取ることで進路を妨害する
Bクラスも負けじと抜き去ろうと試みるが、ほぼ走力は同じため
激しい3位争いにギャラリーの声援も上がる。進路を
「うおおお、惜しい!」
懸命な走りだったが、結果は最下位。期待された勝利はまたも遠のいてしまった。
7
10分間の休憩時間になり、各々トイレや水分補給を行う。
オレは動かず、自陣内に残り他クラスの様子を
クラスに二人のリーダーを据えること自体はけしておかしなことじゃない。うちのクラスも
都度変化を繰り返しているわけだが、それでもある程度クラスは1つにまとまっている。内部でいがみ合うほど分裂してはいない。
しかしAクラスは
「よくも見事にここまで仲違い出来たもんだな」
やはり坂柳派の方が多い。
程なくして手洗いから戻ってきた平田が
「なあ。坂柳ってどんな生徒なんだ?」
「やっぱり
「仮にも葛城と対等以上にリーダーをしてるって聞いたら気にもなるかな」
分からないのは坂柳という少女の考え方、そのあり方だ。今回の体育祭に関して何一つ注文を付けることもなくただ沈黙を貫き通し、それでいて葛城に対する妨害工作のような
クラス支配のために敵対するのはもちろん可能性としてありうる。だが普通に考えれば敵の敵は味方。まずは他クラスに負けないよう連携を取るのが普通だろう。
「彼女は口調も丁寧だし、人当たりも良くて大人しい。だから僕は特に不思議には思っていなかったんだ。多分他のクラスの生徒も同じじゃないかな。でもAクラスでは違うみたいだね。攻撃的で冷酷なんて話を聞いたことがあるよ」
オレたちが知らない一面は当然あるんだろうが、敵対する人間のセリフを
それにこの体育祭は彼女にとっても手出し出来ない試験なのは間違いない。運動を許されない
「今回はAクラスを気に
「そうだな」
足の引っ張り合いをするメリットは
この体育祭でも他クラスを精神的に痛めつめるような戦いをしてダメージを負わせている。特に
そして最後、強敵であるAクラスと敵対し、裏切る可能性のあるCクラスと組まされたBクラスの様子はどうだろうか。常に明るく前向きに行動し、そして正々堂々と戦っている
8
程なく休憩時間が終ると競技の順番が一時的に逆転し、女子騎馬戦が幕を開ける。1年の女子たち全員がグラウンドの中央に集まる。当然ここでもDA連合BC連合の対決だ。
騎馬戦のルールは男女共に同じで時間制限方式。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた仲間騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。騎馬は4人1組。それぞれのクラスから4つの騎馬が選出され8対8の形になる(そのため一部余った生徒は補欠、予備の人材
問題は運動が苦手な生徒たちで構築された森の騎馬だろう。
試合の合図と共にCクラスとBクラスの騎馬が静かに距離を詰め始める。
中でもやる気に満ちていたのは、やはりCクラスの
「お、おいおい何だよあれ!?」
見守る
Cクラスはもう1つの敵であるAクラスを全く相手にせず、そしてDクラスの大将や他の騎馬に目もくれず
4つの騎馬が堀北に襲い掛かる。向こうの戦略は各個撃破か、あるいは堀北さえ倒さればいいと思っているのか。
多勢に無勢の状況で期待するのはAクラスの助っ人だが、
「露骨に堀北狙ってるよな、あれってさ」
「クソが……龍園の指示だろっ。あのボケカス!」
「まぁ仕方ないだろ。堀北はDクラスをまとめてる人間として周知されつつある」
頭を
その状況を見て真っ先に動いたのは、救援に駆けつけようとする
それも必然か、狙われつつある堀北を援護するには一早く片づけなければならない。
軽井沢を支える3人の女子たちは飛びぬけた運動神経を有していない。あくまでも仲の良い友達で構築された連係プレイを主体とした騎馬。対するのはBクラスでも指折りの実力者たちを騎馬に据えた
しかし一方で、直接攻撃可能な一之瀬の動きは
「すっげーいい勝負だな!」
場の興奮が高まりつつある中、硬直する2つの騎馬以外の状況に変化が表れ始める。
歓声が
ともかく過ぎ去ったものは仕方がない。堀北の敗北を皮切りに乱戦が始まった。1騎欠いたDクラスはBクラスにも追撃を加えられた結果、
一之瀬と
悔しさを
「気にすんな。今のは無理だ、つか他の
「……負けたことに違いはないわ。私も向こうの勢いに飲まれてしまった」
確かにCクラスからは意地でも堀北の騎馬を倒すという気迫が伝わってきた。
さっきも思ったが、アレではどの騎馬でも太刀打ちできなかっただろう。
「任せとけ。おまえの分まで俺が
そう言って須藤が格好つけるように言った。普段なら届かないような言葉も、今の弱った堀北には
「期待させてもらうわ」
そう短くだが、須藤に対して
「っしゃ行くぞお前ら!」
叫ぶ須藤。男子の騎馬戦が始まる。オレは騎馬役として右方を務める。須藤は真ん中でどっしりと構え、左方には
仮に仲間の騎馬がやられても勝てる可能性を持たせた一騎当千型だ。
「おい
「……例の作戦を使う、ってことだね?」
「棒倒しじゃ散々やられたからな。
表情は見えなかったが、
「だけど僕からも一つ提案させてもらえないかな。さっきの女子の試合を見ていて勝つための方法を一つ思いついたんだ。
試合開始の合図と共に、平田の指示の下、Dクラスの騎馬は
その様子を見てCクラスの大将を務める
細かな連携が取れないのなら、
「狙うはクソ龍園の首一つ! うらぁ! ぶっ飛べや!!」
「邪魔すんじゃねーよ!」
須藤は止まることもなく敵騎馬に
「うわぁ!?」
須藤に体格負けする向こうはなす
「どうだオラ!」
まるで野獣のように見下し、次の獲物へとシフトする。体当たりは反則とされることもあるようだが、この学校ではルール上問題ないことを学校に既に確認済みだ。
開幕の強烈な印象で相手チームが
しかしこの強攻策にも欠点はある。騎手を落としてもハチマキを奪った
「須藤くんっ、まずは周りの人たちから倒そう。龍園くんは最後にっ」
「あぁ? まどろっこしいこと言ってんじゃねーよ! 狙うは大将首だろうが!」
そう
「ここで感情に流されたら彼の思う
「ちっ──!」
オレたちの前にCクラスの2組の騎馬が襲い掛かる。
踏んづけられた
「わーったよ、まずはこいつらを
倒すためには神経を集中させる必要がある相手だ。
棒倒しでは圧倒的な力の前に敗れたが、今回は展開が違った。須藤がBクラスとCクラス合わせて3つを崩し圧倒的な力の差を見せつけた。その勢いに乗るように
残った敵は大将騎、龍園のみ。一方でこちらは平田、葛城の2騎を生存させながらDクラスは他にも1つの騎馬を残す絶好の状況を作り出した。
「オラオラ3対1だぜ? この勝負は
だが龍園は慌てない。動じない。むしろこの絶体絶命の状況を楽しんでいるようだった。
油断はないが負けもない。そんな空気の流れ。平田と葛城、同時にかかれば最悪1騎やられてもどちらかが龍園のハチマキを奪える。それで勝ちは確定するだろう。
そんな状況だからこそ、龍園は相手の心の
「名前は覚えたぜ須藤。さっき俺に踏まれて苦しそうだったな」
「言ってろ。今からおまえをぶっ倒してやるからよ」
「騎馬の足の分際で中々偉そうだな。馬を見下ろすのは中々気持ちがいいもんだ」
「へっ。馬の上に乗ってる方が偉いとは限らねーんだよ」
「へえ……だったらタイマンでもしなきゃ意味ねーな」
「あぁ?」
「いや、おまえが2対1じゃなきゃ俺に勝てないって言うなら仕方ない。だが『勝ち』ってのは基本的にタイマンで勝ってこそ意味がある。挟み撃ちで勝って気取る気か?」
「んだと……!」
「ダメだよ須藤くん。彼の挑発に乗るのは得策じゃない。葛城君と協力しよう」
「……わかってんよ」
「わかってねーのはおまえだ須藤。前にこいつらの面倒見てくれたようだが、その時も大方
龍園の
「ざけんな。
「証拠もねーのに強気だなオイ。もしそうじゃねーってならタイマンで来いよ。それで俺を倒すことが出来たら土下座でも何でもしてやるよ」
「……決まりだ。今の言葉忘れんなよ
「何を言っている、この機を逃すのは愚行だ。確実に挟み撃ちで倒すべきだろう」
「もし手ぇ出しやがったら、おまえの騎馬をぶっ倒すからな」
どうやら龍園の安い挑発に乗ってしまったらしい。既にタイマンしか頭にはないようだ。
元々
「どうしても1対1をするんだね、須藤くん。……やるなら勝とう」
須藤の性格と行動を
「当たり前だ。絶対にハチマキ取られんなよ平田ぁ!」
須藤の強引な合図で騎馬は前へ。葛城は苦々しい顔をしながらも戦局を見守ることを決める。手を出せば須藤が味方といえども攻撃してくると判断したからだ。
突撃した須藤の体当たり。だが相手の騎馬はそれに動じず踏ん張る。パワーは互角だ。
龍園を守る騎馬の中心は噂のハーフ
須藤の舌打ち。それは押し切れないことへの
「面白ぇな。ほらほら来いよ。ウチのアルベルトに力負けか?」
平田を挑発する龍園は先に仕掛けることもなく手招きした。
龍園はこれまでの試合、相手にも恵まれつつ個人競技は
平田が伸ばす手を
平田を支えながら龍園との攻防を見る限り実力はほぼ互角。どちらが勝ってもおかしくない。だが口調こそ攻撃的だが、龍園は無駄に仕掛けてくる様子はなかった。平田が3仕掛けるのに対し1の割合でスタミナを温存している。要はこのバトルは通過点であり、後に控える葛城たちに対しての余力を残している証拠だ。負ける気はサラサラないらしい。なら、その
「まだかよ平田ぁ!」
一人で相手の騎馬から受ける攻撃の
「もう少しっ──!」
フェイントを織り交ぜながら伸ばす腕。その腕がついになびく龍園のハチマキを
「っ!?」
確かにハチマキを掴んだ平田だったが、奪うまでには至らなかったのか手をするりとハチマキが抜ける。
「何やってんだよ
「ごめん……ちょっと手が滑って!」
息を荒くしながらも再度アタックを
「どうしたそんなもんか?」
「くっ……! ごめん須藤くん、一度下がって!」
叫ぶ平田に従い一度距離を取る。激しく動くこちらと、ほぼその場を動かない龍園側とでは体力の
「次が……ラストだぞ平田。絶対に奪えよ!」
「……わかった。やってみるよ」
平田も一度呼吸を落ち着け、龍園のハチマキを奪うことだけに集中する。
「食らえやああああ!!」
最後の力を振り絞って体当たりをかましたが騎馬が倒れるには至らず。またも騎手同士の戦いへと突入する。しかし平田は攻めてこないと踏み
そのリスクを負っただけの価値が生まれる。
「取った!」
ただ
「なんっ──!?」
その動揺を見逃さなかった龍園の手が無防備な体勢になった平田のハチマキを
高らかに掲げられる平田のハチマキ。ただちに陣内から出るように審判から警告が下る。
「くそっ!」
荒ぶる須藤が立ち上がりながら龍園を
だがジッとしているとどんな注意を受けるか分からない。須藤の背中を押し外へ向かう。
「惜しかったな」
そうあざ笑うように龍園は一言残した。
まだ敗北を受け入れるには早い。残されたAクラスの葛城、大将騎が龍園に果敢に挑む。騎馬の頭を務める葛城は、騎手である
しかし
最小限の動きながら、圧巻の強さを見せ付けた
試合終了の合図が鳴ると共に、自分のハチマキを外してそれを振り回し勝利をアピール。ああして
「あいつにだけは負けたくなかったのによ! しっかりしろよ平田!」
龍園にだけは負けられなかっただけに、
「ごめん須藤くん。ハチマキが変に
平田はそう言って手を見せてくる。オレがそれに指先で触れると、やや粘り気のある透明の液体が付着しているのが分かった。
「汗じゃないな」
「ってことはあの野郎……!」
自らも指先で触れ確かめた須藤は当然龍園の元へと詰め寄った。
「おい反則だろテメェ! ハチマキに何か塗り込みやがったな!」
「あ? しらねーよ。もしそうだとしたら髪のワックスだろ。負け犬が吠えるなよ」
ハチマキをした際に髪の毛から付着したのだろうと言い切る。
勝利と共に振り回した影響か、地面で
「須藤、ここじゃ騒ぎになる。とりあえずテントに戻った方がいいと思う」
「わかってんよ! つか
テントに戻ってからも須藤は冷静さを取り戻す気配はなかった。
いったん一人にして落ち着けようと距離を取る。
騎馬戦から戻って来たオレに声をかけてきたのは
「ねえ
「なにが? って何で下の名前なんだ」
「なんでって……
ならどうして呼び捨てになっているのか。単純に平田より下に見てるってことだろうか。
深く考えるまでもない……そういうことだろうな。
「それより
「そうだな」
堀北は競技で苦しめられ、団体戦だけじゃなく全体的にも順位を大きく落としている。その理由は明白だ。障害物競走で負傷したことによる右足の負傷だ。通常なら棄権を申し出たいところだろうが、そうなればDクラスはまたも大きく後退することになるだろう。
「ま、責めるつもりはないけどね。相手が悪すぎるし」
だがこれを偶然として片付けるにはあまりにも
「無理も無いな。完全に
「狙い撃ちって、やたら
「そうとしか考えられない。あいつの運動神経の良さはおまえも知ってるだろ」
堀北が悪いのではなく、競わされている相手が上なだけ。
しかし連続して下位を取らされている姿は敵味方問わず目だって仕方ないだろう。
特に堀北は注目され始めているから余計に。
騎馬戦でも真っ先に狙われているのは根底に狙い撃ちがあるからに他ならない。
そして恐らくそれを指示しているのは──。
向かい側の陣営で王様のように振舞う
あいつは現在進行形でCクラスを勝たせること以上に優先して堀北を
「嫌がらせって
「誰かが堀北さんに嫌がらせをしてる……? って、でもどうやって……」
「ちなみに堀北だけじゃなく全員が競技の何組目に出るのかを全部知られてる。運動の得意な
それも
「……クラスの情報が筒抜けだった……参加表のリストが
「そうだ。
「そんなことって……でも確かに、堀北さんの相手はいつも──
オレは小さく
「そんなこと……なんでわかってたわけ……? なんていうか、あんたが裏切者だったって言われた方が驚かないくらいなんだけど……違うんでしょ?」
「残念ながらな」
『誰が』という部分はさておき、クラスの情報が筒抜けになっているという事実が大切。
ヤツはその情報を元に2つのことを実行した。
1つは
そしてもう一つは
ヤツ自身が堀北を
事実メンツは丸潰れだ。Dクラス内でランク付けすれば堀北は下位に沈んでいる。
これらの作戦は如実に龍園
「助けてあげないわけ?」
「どうやって」
「それは……わかんないけど」
「この体育祭の参加表は既に確定してしまってる。どうすることも出来ない」
「このままDクラスが負けるかもってこと?」
「だろうな」
「何とかできない?」
「オレに相談せず平田に言うべき言葉だと思うぞ」
「それは、そうなんだけど……。なんかあんたなら、考えてる気がして……」
この体育祭は衆人環視体制だ。無人島のように沢山の死角があるわけじゃない。教師も生徒も大多数が見ている中で悟られず何かをするのは至難の業だ。
「おまえ堀北のことをどう思ってる」
「どうって……好きじゃないけど。お高く止まってて生意気」
「なのに心配するんだな」
「何となく自分とダブって見えてきたからかもね」
狙い撃ち、集中砲火を浴びて苦渋を
そこに昔の
「今って多分Dクラスが最下位よね……? 勝つ方法は残ってるわけ?」
「心配ない。ここまでは全部想定済みだ」
「やっぱ色々考えてんじゃん。で。どうやって勝つわけ?」
「勝つ? 別に勝つつもりはない。今回もっとも大切なのは何もしないことだ」
「え?」
オレからの回答に
「この体育祭、やられるだけやられればいい。そうすることが後の力になる」
「それってどういう──」
軽井沢の追及からどうやって逃れようかと思っていると、急に怒号が聞こえた。
「マジでボコボコにしてやる、あの野郎!」
鬼と化した
「須藤くんの言いたいことは分かるよ。でも少し冷静になる必要があるんじゃないかな。君が龍園くんに暴力を振るったらどうなるか結果は分かるはずだよ」
そんな須藤を止めるべく
「るせぇよ! ふざけてんのはあいつだろ! 反則ばっかりしやがって!」
「反則の可能性は高いと思う。だけどその証明は難しいんじゃないかな」
棒倒しの踏みつけや、綱引きの手抜きはマナー違反ではあるがグレーであるし、ワックスをつけていた騎馬戦だって証拠のない今では
「この体育祭じゃ俺がリーダーだ。従えよ平田、一緒に龍園に詰め寄るぞ」
「僕は君がリーダーであることを否定するつもりはないよ。この体育祭に限って言えば間違いなく君がリーダーだ。でも周りを見て欲しい。今の君のことをリーダーとして認めてる人がどれだけいるかな?」
須藤は周りを見渡す。怒られ
これが今のDクラスの現状、受け入れ改善しなければならない形だ。
「俺はクラスのために必死になってんだろうがっ……」
そう怒りの声を絞り出した須藤だったが、平田以外の生徒が声をあげた。
「本当にそうなのか? おまえ、クラスを勝たせたいって気持ちより自分が活躍したい、自分の
切り出したのは
「るせぇ……」
「僕も同じ気持ちだよ
「るせぇよ……」
「君なら出来るはずだよ須藤くん。だから──」
「うるせぇって言ってんだろ!」
ゴッ、と鈍い音がしたかと思うと隣に立っていた
次に誰かが余計なことを口走れば同様に
いや、今既に幸村にまで殴りかかろうとしている。
だが平田を殴ってしまったことで嫌でも注目を浴びることとなった須藤は、当然教師の目にも
「何事だ」
クラスを監視する役目でもある
「殴ったのか」
理由を聞くこともなく事実だけを聞き出そうとする茶柱先生。
「……だったら何だってんだ」
「違います先生、僕が勝手に転んだだけですから」
「とてもそうは見えないがな」
「違います。僕がそう言ってるんですから、問題はないはずですよね」
殴った事実と殴られた事実の両方を
少しだけ間をあけた茶柱先生だったが、すぐにジャッジを下す。
「確かにその通りだ。被害者が何もないというならひとまず問題はない。だが客観的に見ておまえたちの間に何らかのトラブルがあった可能性がある。今は互いに距離を取れ。それから上の方に報告だけは上げておく。再発防止のためだ」
「トラブルは一切ありませんが誤解は生みたくありません。分かりました」
平田の落ち着いた対応のお陰で事なきを得る。平田は須藤の視界から外れるように距離をおいた。対する
「やってられっか。勝手に負けてろよ
一瞬須藤は一部始終を見ていた
須藤は陣地を離れ寮の方へ向かって歩き出してしまった。
「大変なことになったな
「オレには関係ないですけどね」
「大丈夫か
「うん、ちょっといいのを
幸いにも口内が少し切れただけのようで目立った大きな
「けどどうしようか……
9
そんな波乱のDクラスを
結局騎馬戦が終わっても須藤は戻ってくることがなく、全員参加種目最後の200メートル走が始まってしまった。学校側は生徒が一人二人いなくなってもお構いなしに競技を進行していく。それがルール、それが決まり。オレたちの
「平田。須藤はどうした? 便所か?」
いない者はただ失格
龍園は遠目にDクラスを観察でもしていたのか、まるで
「ワケあって須藤くんは休憩してるんだ。すぐに戻ってくるよ」
「クク。根拠のないことは口にするもんじゃないと思うがな」
2レース目に名前を呼ばれた龍園がコースに入っていく。
「それよりも龍園くんは、個人競技で今まで全部1位だったんだってね」
その背中に、平田は静かなる闘志を燃やしながら声をかけた。
「それがどうした」
「今回もメンバー的に1位がとれそうだし、龍園くんは運がいいみたいだね」
「ツキはあるほうだからな」
「そのツキがいつまで続くかは分からないよ。流れはちょっとしたことで変わるからね」
「あぁ?」
「君の考えていることは分かってるということだよ」
「君がDクラスの参加表リストを入手していることも、Dクラスの生徒の身体能力の詳細を知っていることも。そしてそれを利用していることも分かっていたんだ。僕らだってバカじゃない。手の内は
「それがハッタリじゃなきゃ面白いんだがな。これまでのCクラスとDクラスの対決を見てれば嫌でも不可思議なことに気づく。真実を知らずともカマくらいかけれるからなぁ」
「うん。だからひとつ宣言するよ。今日という日が終わるまでに面白いものを見せるって」
「面白いものだと? なら楽しみにしておくぜ」
平田からの
「次の
2年や3年が行っている200メートル走と50分の昼休み休憩。それらが終わるまでに須藤が戻らなければチェックメイトだ。エース不在では後半の
あいつを突き動かせる存在は、このクラスには1人しかいない。
その1人は自分の役目と重要性をいい加減理解できただろうか? 200メートル走を3位で終えたオレは、
「堀北。須藤についての話の流れは理解してるな?」
「リーダーの資質を問われた彼が、自分の
「……まぁ、ざっくりと言えば」
「私のところに来た理由は? まさか須藤くんを連れ戻せなんて言わないでしょうね」
「分かってるなら聞くな。もうすぐ昼休みだ、おまえの力が必要なんじゃないか?」
「分からないわね、頼るべき人は他にいる。私に彼が連れ戻せるわけないでしょう?」
それ本気で言ってるのか? と思ったが本気だろうな。
こいつは須藤に異性として好意を向けられていることに全く気がついていない。
「そもそも今の私は他人を気遣っていられるような状態じゃないもの……」
競技で苦戦を
今は自分のことで精一杯だろう。そんな気持ちは分からなくはない。それに加えて他のクラスメイトも須藤の後を追う意志のある者は少ない。体育祭の結果に多大なる影響を与えると分かっていながら自分勝手な須藤を放置してしまっている。須藤が積み重ねてきた信頼の数値がここに来て具体的な形として見えていた。
もし飛び出したのが平田や
そういう意味では
「だったら率直に聞くがクラスメイトのケアも出来ない、自分の管理も出来ないおまえに何の価値があるんだ? ただの厄介者でしかない」
怒らせることを覚悟の上で、今までで一番深く切り込むように言い放った。
「
「不運か。おまえにとっちゃその怪我も、今のDクラスの現状も偶然の出来事にしか見えていないんだろうな。何も気づいてない証拠だ」
「バカにしないで。私だって異様さにはいい加減気付いたわ……。参加表リストの情報が
「他に気付いたことは?」
「他? ……詳しい方法は分からないけれど、龍園くんが
「そうだな。うちのクラスのキーである須藤のことを
須藤が戦力からいなくなった上、
「ええ。だから今の状況があるわけね」
「それ以外に気付いたことはないのか」
「あなたまさか……私に
外れだ。オレがその気になれば、意図的であることの『証拠』を提示することも出来る。
だが重要なのはそこじゃない。
「いつまで役立たずでいるつもりだ
そう言い切った。荒療治でなければ堀北
「……何をもって私を役立たずだというの?」
「役立たずだから役立たずと言ったんだ」
「不愉快ね……。筆記試験も運動能力も、そこらへんの下らない人たちよりは勝っている自信があるわ。そもそも情報が洩れていたのだから手遅れじゃない。私だけじゃなく他の誰にもどうすることもできない事態になっているのよ。根拠を示してもらえるかしら」
「おまえが何でもない一人の生徒でいるって言うならそれでいいさ。だがそうじゃないんだろ? Aクラスを目指し今の仲間を引き上げていくつもりなら、そろそろ全体を見渡せる目と頭を培う必要があるって言ってるんだ」
「だから根拠を示して!」
やや強い怒気で放つ
「『参加表の情報が
「それは───でも、だからってどうしたら───」
「おまえが1つでも上の順位を取りたい気持ちを優先して須藤を欠いた状態と、おまえが順位を落としても須藤を呼び戻してクラスを引っ張ってくれる状態。Dクラスのためになるのはどっちだ? そんなもの答えるまでもないだろ。今のお前は須藤の足元にも及ばない。全く役に立っていない生徒であることを自覚しろ。須藤はやり方こそ下手だったが、体育祭で誰よりも
ここまで言えば堀北にも理解できるはずだ。ムカつきながらも自覚するはずだ。
気づいて
「小学生にも分かる明白な答えだろ? その一手が、初めての反撃にも
龍園は戦略で須藤を
「おまえはおまえだけの武器を手に入れるチャンスを
「私だけの武器……?」
「これから先、上のクラスを目指すなら一人で戦うには限界がある。実際に今、おまえは一人では何も出来ない状況下に置かれている。ますますそんな試験は増えていくだろう。その時、須藤
オレが
「私は──」
「後はおまえが考えろ。オレが言ってやれるアドバイスは終わりだ」
そう、これ以上は何もない。龍園に勝つ策を授けることも、
今堀北に必要なことは敗北と再生だ。
10
最悪な状況のままオレたちDクラスの体育祭は午前の部が終わり、昼休憩となった。各自いつものように食堂で昼食をとるなり、所定のグラウンドで食べるなり、自由にして構わない通達がされる。特に連帯感を強く感じる体育祭では男女問わず上級生と食事する機会も普段よりは多いようだ。
いつもと違い教室は現在使用不可能なため、限られた場所で食べることを
体育祭の
種類こそ1つしかないが無料ということもありほぼすべての生徒が利用することだろう。
その一方で、一部生徒は弁当に手もつけずグラウンドを離れて行った。その一人が
そしてもう一人が
「ぐあー疲れた! 何で俺がこんな目にっ」
「負けたからだろ」
混雑をさけるため、ジャンケンで負けた
「腹ペコだぜ、早く食べようぜ」
それに今回は競技に参加しなかったからと言って強く追及されることはない。あくまでも個人のプライベートポイントを失うだけ。赤組としてはもちろん損失だが、それを差し引いても須藤の
女子の
体育祭のエースを欠いても変化が乏しいのは別の意味で不気味だ。
「とりあえず適当な場所でも取って食べようぜ」
オレたち3人が移動しようとしていると、クラスの男女数人を引き連れた平田が現れる。
「僕たちも一緒していいかな?」
そう言って池たちに声をかけたのだ。一瞬驚く池と山内。それもそうだろう、普段それほど仲良くない平田からの接触に戸惑いを覚えないはずがない。だが体育祭という場と女子が同席していることもあって二人に断るような理由は見当たらない。
「もちろんいいぜ」
そう答えると10人近い男女のグループが出来上がった。それから適当な場所を陣取りブルーシートを敷いて昼食が始まる。
「やっぱり
「それで裏切者は誰なわけ?
そう軽井沢は聞くが、平田はゆっくりと首を左右に振った。
「僕にもいくつか分からないことがあるんだ。その疑問を解消してもらえないかな」
「そうだな。だが裏切者が誰かという質問には答えられない」
「はあ? 意味わかんないんだけど、なんでよ」
「今ことを荒立てると、更にクラスが混乱するからだ。裏切者に対しては静かに冷静に対応しないと問題が起きる」
「……わかった。僕はその点については追及しないよ。でも裏切者が出ると分かっていたのに参加表をそのまま学校に提出したのはどうしてなんだい? 僕たちでこっそり参加表を調整することも出来たんじゃないかな? そうすればここまで苦戦することはなかったよね。それどころか裏の裏を読んでCクラスより有利に運べたかも……」
「そうだな」
スパイの存在を見抜き、対応するだけの力を他でもない
「
軽井沢は辺りを見渡す。この場の生徒数名すら容疑者に見えるらしい。
裏切り者は確かに厄介だが、場合によっては放置した方が好都合なこともある。
それに平田の言うような作戦を使ったとしても、龍園には通じなかっただろうからな。
とはいえこの理由を平田たちに話しても
「裏切者の道徳心がどれくらいかを測ってる。ってところか」
そう言って適当に
「道徳心?」
「こちらから追い詰めることなく改心してほしいって思ってたんだよ」
その話を聞いていた平田が、ジッとオレを見つめていた。
「この話は全部堀北さんの指示の下、ってことだよね?
既に疑いを持ちつつある平田からすれば信じてもらえない領域まで来ているかもしれないが、それでも表向きはそうだと思っていてもらう必要がある。
「ああ。全部堀北の指示だ」
それ以上平田は追及してくることなく、一度
「その
「あいつはあいつにしかできないことを今やってる。といいんだけどな」
「もしかして
勘のいい
「須藤抜きで後半戦を勝ち抜けるほど楽じゃないだろ」
「そうだね……僕たちにとっては須藤くんが頼りだ」
もしあいつにオレの言葉が届いていなければ須藤は戻らずゲームオーバーだ。