ようこそ実力至上主義の教室へ 5

〇開幕



 ついにその日がやって来た。長い一日になるであろう体育祭の幕開け。ジャージを身にまとった全校生徒一同が練習通り行進して入ってくる。行進とは言っても大半の生徒は普通に歩いているだけだ。規律を乱さない程度に真面目まじめさをアピールする。

「いいとこ見せてきようちゃんに猛アピールだぜ!」

 真後ろを歩くいけが思惑を興奮気味に言う。特別運動神経が良いわけでもない中でどうやってアピールするつもりだろうか。ほぼ間違いなく秘策などない気合いの空回りに見えた。

 開会式では3年A組のふじまきが開会宣言を行う。ちなみにグラウンド周辺には、多くはないが見物客の姿もチラホラ見られた。恐らくは敷地内で働く大人たちだろう。その辺り学校側も特に規制を敷いているわけではなさそうだ。時折がおや手を振る様子も見られた。

 一方学校の教師たちは笑顔ひとつなく生徒の様子を見守っていて、医療関係者と思われる大人の姿も見受けられた。また20人ほど入れるコテージが作られており室内にはクーラー、ウォーターサーバーなどが備え付けられていた。無人島同様万全の態勢ってことだろう。ちなみに競い合う赤組と白組はトラックを挟みあって向かい合うようにテントが設置されている。そのため競技中以外は接触出来ないような作りになっていた。

「それにしても用意周到ね。結果判定用のカメラまで設置されてる」

 最初の100メートル走に備えてかゴール地点とおぼしき場所にカメラが見受けられた。

「誤審やあいまいな結論は絶対に避けるってことだろうな」

 競馬のようにハナ差クビ差でも勝敗をつける腹づもりなのだろう。だからこそ応援合戦などの採点が難しい競技は一切、この体育祭には用意されていない。


    1


「100メートル走、あなたは何組目だったかしら」

「7組目だ」

 簡易的なプログラム表(競技の順番と時間が書かれた紙)を見ながら答える。

「強敵が来ないといいわね。クラスのために少しだけ応援してるわ」

「精々最下位にならないように頑張るさ」

 志の低い目標を口にしてから、オレたち1年男子はすぐに競技のためグラウンドへ。

 100メートル走などの競技はすべて1年生から順番に行う。1年の男子から始まり3年の女子まで走って1つの種目が終わる。途中休憩を挟んでからは1年の女子から始まり3年の男子で終わる逆パターンに切り替わる。各クラスが事前に提出したプリントを基に決められた組み合わせ通り競技がスタートしようとしていた。本番当日になって初めて、他クラスが誰をどの順番で走らせようとしていたのかが判明する。各クラスから2人ずつ選出された計8人が一直線に並ぶ。オレの出番はさっきほりきたにも言ったが7組目。1年男子は全部で10組だ。

 1組を走るどうの出番が来た。Dクラスの生徒一同が固唾かたずんで見守る。

 体育祭の結果には須藤の存在が大きくかかわってくる。まずは最初の種目、最初の須藤の出走で相手の出鼻をくじく。その勢いに全員が乗るもくだ。ここで須藤がない結果に終われば後にも響く可能性がある。

「見たとこ大したやつはいないっぽいよな。デブとガリが多いし。1位は須藤で確定だろー」

 他の3クラスに学年の名だたる生徒は見られなかった。いけの言う通り確定だろう。

「考え方によっちゃ逆に損とも言えるけどな」

 理想論で言えば須藤の身体能力ならある程度足の速い奴が出てきてくれた方が良かった。

「けどこればっかりはしょうがないよな、運だし」

 スタート位置でクラウチングスタートの体勢を取る須藤の横顔には絶対の自信を感じさせるものがあった。仮にレース途中で転んだとしても逆転できる、それだけの余裕を周囲に放っている。

 そして合図が鳴ると同時にかんぺきな立ち上がりを見せた須藤が飛び出す。出だしから身体からだ一つ抜け出した須藤は、そのまま突き放すようにすべての男子を置き去りにして駆け抜けた。

 周りは誰もついて来られない圧倒的大差でのゴール。それ以上語ることはなにもない。

 全校生徒が見守る中、最初の競技、最初の走者として須藤は期待通り1位をもぎ取った。

 同時に選出されていた博士はかせはこれも想像通りしっかりと最下位を獲得していたが……。

 だが余韻にひたるまでもなく次の組のスタート合図。合図は20秒間隔くらいで行われる。

 1年男子が全員走り終えるまでに必要な時間は4分前後。それを3学年分男女で繰り返すため30分ほどで100メートル走が終わる計算だ。

「さすが須藤くんだね」

 オレと同じ組であるひらが感心したように褒める。

「ああ。他クラスもぎもを抜かれた感じだな」

 ただ1位を取っただけじゃなく、強いインパクトを与えたに違いない。

 7組目のオレたちは須藤と博士のように役割がしっかりとしている。サッカー部であり足も速い平田には高順位を。そしてオレは1つでも上の順位を取る、言わば負けても仕方がない方。そして目立つ方と目立たない方だ。

 注目すべき他クラスの生徒は何人かいるが、オレが知る中で存在感を放つりゆうえんかつら、運動神経が良いかんざきしばは何組だろうか。3組目がぞろぞろとスタート地点に入る。

「お、ハゲ……じゃなくて葛城が1コースじゃん」

 いけが頭を指差す。太陽の日差しを浴びたスキンヘッドがまぶしく輝いていた。

 そのかつらの隣では見知った男が冷静な顔立ちでゴール地点を見つめていた。Bクラスのかんざきだ。

 葛城と神崎が戦うことになったか。

 一方ある意味注目筆頭である男、Dクラスのこうえんもまた3組目の一人だが……。

 5コースへと割り当てられていた高円寺の姿がない。だが学校側は姿のない高円寺を探そうともせず、欠席あつかいとしてすぐに試合を始めてしまった。

 混戦と思われた3組目だが、走力は神崎が上回っていたようだ。葛城もけして遅くはないが一歩及ばないといった形で、大きく荒れることもなくレースが終わる。神崎が1位、葛城は3位という結果だった。着々とレースが進行していく中、ひらがあることに気付く。

あやの小路こうじくん、あれ」

 平田が気づいたのはコテージの方角。目を凝らすと室内で髪を整える高円寺が見えた。

 既に走り終えた、ということではないだろう。それにしては引き上げが早すぎる。

「不参加みたいだな」

 開会式までは素直に従っていたように見えたが、結局競技には参加しないようだ。

 高円寺は恐らく、足が痛いとか体調が悪いと言い訳をつけて抜け出たのだろう。仮にすべての競技が不参加となると最下位でももらえるはずの点すら入らないため、クラス及び赤組にとっては負債として重くのしかかる。Aクラスは正当な理由とはいえ同じように全種目不参加のさかやなぎも抱えている。CクラスやBクラスに欠席者がいないとなると、赤組は単純に2人分の穴を埋めなければならない。かなりのハンディだな。

 スムーズに競技は進行していく。

 次々と組が消化されていき、あっという間にオレたち7組目の出番がやってくる。

 4コースへと入ったオレと、その隣5コースの平田。その他のメンバーにはAクラスのひこが居たが、あとはほとんど面識のない男子だ。人生初の体育祭。オレのスタートは早くもなく遅くもないスタートダッシュで始まった。隣を走る平田は少しずつだがオレより前に出て上位陣へと食い込む。一方のオレは視界に4人の背中をとらえた5位。

 極端に走力に差がないためか、ほぼ団子状態で疾走する。そしてそのまま順位を変えることなく5位でフィニッシュした。対する平田はきんで1位に輝く。

「ふぅっ。お疲れ様」

 一足先にゴールについた平田が軽く息をついてねぎらいの言葉をかけてきた。

「悪いな、足引っ張って」

「そんなことはないよ。皆速くていい勝負だったしね」

 ない結果のオレも、平田は責めることもせずがおで迎えた。急いでコースから出てテントへと戻る。後に続く組が次々とスタートするため邪魔になるからだ。

 1年男子の100メートル走が終わると、席に戻った男子たちは食い入るように女子たちの走りに注目していた。

 試合の結果もそうだが、女子の走る姿を見たくて仕方がないのだろう。

どうは?」

 席に戻っているはずの須藤の姿が見えない。

「さぁ。トイレじゃねーの? それより揺れるおっぱい見ようぜおっぱい」

 楽観的ないけだったが、オレは須藤の不在に対してすぐに嫌な予感がした。あいつならほりきたの応援でもしていそうなものだが、その姿が見えないというのはおかしい。

「……まさか」

 オレはコテージの方を見る。嫌な予感が的中したようでこうえんに詰め寄る須藤がいた。

「よくない展開だね。急いで止めないと」

「だな」

 ほぼ同時に気づいたひらと慌ててコテージへと向かった。

 場は既に暖まっている様で、須藤は強くこぶしを握り込み高円寺と向き合っている。

「テメ、不参加とかめてんじゃねーよ!」

 室内の扉を開けると同時に須藤のどうかつする声が聞こえてきた。今にもなぐりかかりそうな位置まで詰めている須藤だが高円寺の方はまるでその存在に気づいていないかのようだ。

 窓ガラスに写った自分の姿にれる強心臓ぶりを発揮している。

 だがその姿勢が須藤の怒りに油を注いでしまった。

「殴られなきゃわかんねぇみたいだな、高円寺」

「それはダメだよ須藤くん。もし先生に知られたら──」

 当たり前のように平田が止めるが、その程度で思いとどまるような男ではない。

「っせぇよ。これはクラス内の問題だろ、別に殴ったって構わねえよ。こいつが泣きながら教師に泣きつかなきゃだけどな」

「君は相変わらずむさ苦しい男だねぇ。私は一人静かに過ごしたくてここに来たんだが。見ての通り今日は体調不良でね。迷惑をかけないために辞退しただけさ」

うそつくんじゃねえよ! 練習だけならともかく、本番までサボりやがって!」

 そう怒鳴りたくなるのも無理はない。どこをどう見ても高円寺は健康そのものだ。

「ダメだよ須藤くん!」

 距離があった平田が慌てて詰め寄る前に、須藤はこらえきれず拳を振り上げた。

 一発殴って高円寺の目を覚まさせようとしたのだろう。

 だが、想定外規格外の男である高円寺は突き出された強力な拳を手の平で受け止める。

 パンという乾いた音がコテージ内に響き渡った。

 高円寺は須藤の顔を見ることもなく言い放つ。

「やめたまえ。君では私には勝てない」

 どうがクラスメイト相手に手を抜いたようには見えなかった。全力で振るったこぶし

 それをあつなく受け止められ、須藤自身も改めてこうえんの高いポテンシャルを肌で感じ取ったんじゃないだろうか。だが須藤もそれにひるむどころかやる気を増したようだった。

「だったらかかってこいよ。その自慢の鼻をへし折ってやるからよ」

「全く。君といい彼女といい、私に頼らないといられないみたいだねぇ」

「彼女だあ? 誰のことだよ」

「君が熱を上げているクールガールのことさ。今日までずいぶんと念を押されたのだよ、体育祭には真面目まじめに参加するようにと」

ほりきたやつが……?」

 どうやら堀北は高円寺が不参加になる可能性を初期から予見していたらしい。

 まぁ無人島での初手リタイアを知っているから、それをするのは自然の流れか。

 それにしてもオレの知らないところで高円寺に働きかけていたとは知らなかった。

「とにかく去りたまえ。私は気分がすぐれないのでね」

「テメェ──!」

 二度はさせじと、ひらが須藤と高円寺の間に割って入り仲裁を試みる。

「少し落ち着いたほうがいい。高円寺くんの態度にも問題はあるけれど、体調不良だと言ってる以上休む権利はあるはずだ。それに誰が相手でも暴力はダメだよ」

「そんなもんうそに決まってんだろ。無人島の時だってそうだったじゃねーか」

「根拠のない言いがかりだね。私は不調が態度に表れにくいのだよ」

「残りの競技も全部サボるつもりかよ。あぁ?」

「もちろん体調が回復すれば参加するよ。体調が回復すれば、だがね」

 怒りの収まりきらない須藤だが、いつまでも高円寺に構っていられないのも事実。

「もうすぐ次の競技が始まるよ須藤くん。リーダーの君が不在だと士気にもかかわる」

 平田は別の視点から須藤を説得するように切り替えたようだった。

「……わーったよ。戻ればいいんだろ、戻れば」

「ありがとう」

 付き添うようにして平田は須藤と共にコテージを出て行った。オレもその後に続く。

 Dクラス陣営のテントに戻るといらちながらも須藤はパイプに腰を下ろした。

くそが! あの野郎マジで今度ぶっ飛ばしてやる! 糞が!」

 怒りは収まるはずもなく、沸々と込み上げてくる感情をまき散らす。

 君子危うきに近寄らず、須藤からは次々と人が離れていく。

 須藤は近づくものすべてにみつく勢いで怒気を放っていた。

 だが女子のレースに夢中になっていたいけはそんな須藤の苛立ちに気が付かず陽気に近づいてくる。気がつけば女子の100メートル走も佳境に入ったのか、最終組がコースに入るところだった。

「何やってたんだよけん、やっと戻ってきたのか。おまえのお気に入りの試合が始まるぜ」

 パンとどうの背中をたたいた。その瞬間手をつかまれ思い切りヘッドロックされる。

「ぎゃ! 何すんだよ!」

「ストレス発散だ」

「いだいいだいいだい! ギブギブ!」

 こればかりは不運、可哀かわいそうだとしか言えないな。

 ともあれいけに怒りをぶつけたことと、ほりきたのレースが迫っていたことで須藤も少しだけ冷静さを取り戻したようだった。1年女子最後の出番を迎えた堀北がコースに入る。

「せめてすずでも見ていやされるか……」

 アレを見て癒されるのなら、癒されてもらおう。

 そんな須藤を見物するオレの隣に息を切らせたくらが戻って来た。

「はぁ、はぁ……く、苦しい……」

 本人なりに精いっぱい走って来たのか、非常に苦しそうに呼吸を繰り返す。

「み、見てくれた? あやの小路こうじくんっ」

 メガネの奥から、そんな風に目をキラキラ輝かせながら見上げてきたのだ。残念ながらどうを追ってコテージに入っている間にくらの競技は終わってしまったようで結果は知らない。だがここで見ていないと言えば佐倉は激しく落ち込むことだろう。

「よく頑張ったな」

 そう短くだが感情をこめて言った。今分かる事実から確かなこと、それは佐倉が自分なりに精いっぱい徒競走を終えたことだけだ。

「あ、ありがとう! 私初めてビリじゃなかったよっ」

 そうがおで言ったのだ。授業でも練習でもダントツで遅い佐倉だが、どうやら誰かに勝ったらしい。しかもこの様子だと相手が転んだなどのミスでもなさそうだ。

ちやはし過ぎないようにな。調子に乗ると転んでするから」

「う、うんっ!」

 まだ荒い息で笑顔を作り、佐倉はオレの隣で女子の次のレースに視線をやった。

 オレもほりきたと同じレースを走ることになっている他のある女子に注目した。

 3コースに立つCクラスの生徒、ぶきみおだ。堀北をライバル視する伊吹と同じ組とは。奇妙な偶然だ。堀北は目もくれていないが伊吹の方はバチバチ火花を散らしているようだ。堀北にだけは絶対に負けないという意志は離れていても見て取れた。

「伊吹ちゃんって運動神経いいのかな?」

「知るかよ。勝つのが堀北ってことだけは間違いねーけどな」

 他の男子は知るよしもないが、伊吹の運動能力は高い。わずかな情報しかないがどちらが勝つのかオレには断言することが出来なかった。

 スタートの合図と同時に駆け出す7人の女子たち。注目の二人のうち好スタートを切ったのは伊吹の方だった。堀北は僅かに反応が遅れてしまい出遅れる。

 だがすぐに加速しれいなフォームで伊吹に迫る。一方で飛び出しに成功した伊吹だが、そばを走る堀北が気になっているのか後ろに気を取られている様子だ。そのお陰か距離が詰まると、中盤はぴったりと張り付いたようにつかず離れずの位置をキープして進む。

 そして終盤、伊吹の表情がこわったのが分かった。横並びになるとかすかに堀北が前におどたのだ。自信をのぞかせていた堀北だけあってきんだが1位を奪う結果となった。

「やばいか……?」

 そうつぶやいた須藤の予感は的中する。リードしている堀北と本当に少しずつだが距離が詰まり始めたのだ。逃げ切ろうとする堀北に対し迫る伊吹。

 先にゴールテープを切ったのは堀北だった。ビデオ判定されてもおかしくないほどの大接戦に少しではあったがワッと周囲が盛り上がった。

 息を切らせる堀北の傍で悔しそうに地面をる伊吹。だが堀北を強く気にしなければ順位は入れ替わっていた気もする。意識の僅かな差が勝因となったようだった。

「それにしても2人が抜けた試合だったな」

 走り終えたほりきたを見ていたどうと同じ気持ちだ。ぶきとは互角の勝負を繰り広げたものの、Dクラスを除いた4人の女子のレベルは正直かなり低かった。

 1年の100メートル走を終えたところで、お互いが結果を報告しあう。

 須藤や堀北、ひらといった運動神経自慢は手堅く1位をキープ出来た。だが逆に勝つことを期待された中堅層が振るわない順位と好ましくないスタートだったことが分かる。

「しっかりしろよおまえら。特におまえ足の速さだけが自慢だろ」

「そ、そんなこと言われたってさー。しばのヤツはえーんだもん」

「無理もないよ。柴田くんは僕より足が速いから」

 事実、柴田は部活の練習中、平田よりも速いと思わせるシーンがいくつかあったしな。上々の立ち上がりではあるものの、これから先はどんどん計算も複雑になっていく。

 この場所にはノートも携帯もない。ある程度競技の結果を口頭で伝えあったとしてもすべてを把握するのは難しいだろう。他クラスの状況も詳しくはわからない。

 オレは戻って来た堀北に近づき声をかける。

「危なかったな」

「……そうね。思ったよりも伊吹さんが速くて驚いたわ」

 迫る伊吹にはしっかり気付いていたのか、堀北はどこかあんしたように息を吐いた。

こうえんに声をかけてたんだってな」

「誰からそれを……? もっとも、意味のないことだったみたいだけれどね」

 堀北はコテージでゆうな時間を過ごしている高円寺に一瞬だけ視線を向けた。

「彼がサボる可能性は憂慮していたけれど、結局そうなってしまったわ」

「あいつはある意味誰よりもAクラスに興味がないようだしな」

 退学にさえならなければ後は楽しく過ごす。そう決めている以上動かしようがない。

 だが堀北にはどこか割り切れない気持ちが芽生え始めているようだった。

「私がくしさんのようにクラスから好かれる人間だったなら、彼は動いたかしら」

「どうかな。櫛田や平田の説得に応じるタイプでもないと思うけどな」

 かと言って二人は高円寺を無理に説得したりはしない。なら自称とはいえ、体調不良を訴えている相手に、彼らはうそだと決めてかかったりしないからだ。

「おまえから櫛田のように、なんてセリフが出るなんてな」

「私は元々彼女を嫌っていたわけじゃないもの」

 そう自然な流れで口にした後、堀北は少しだけ口が滑ったとくちびるを固く結んだ。

「今のは聞かなかったことにして」

 そう言って話を終わらせてしまう。そして間もなく始まる3年生の競技に目を向けた。

 こいつにとってはDクラスのことも心配の種だが、兄の存在も同じなのだろう。

 もっとも生徒会長である兄の方は、妹のおもいなどに全く影響を受けない。

 2組目でスタートを切ったほりきたの兄は当たり前のように1位でゴールしていた。

「イメージ通り速いな」

「兄さんはかんぺきだから。何をやらせても1番だもの」

 自慢、というよりは本当に当たり前のことのように言った。

 全学年で100メートル走が終了すると、その集計に入った。

 次の競技が始まる前に赤組白組最初の点数が発表される。

 赤組2011点、白組1891点。

 競技は始まったばかりだが赤組が若干優勢だった。


    2


 2種目めの競技はハードル。100メートル走と同じく基本的には走力が純粋に反映されやすい種目だ。とはいえそれだけでもない。急ぎ過ぎず確実に越えなければ手痛いミスを受けることになる。この競技に関しては2つのルールがあり『ハードルを倒す』『ハードルに接触』の2つにタイムのペナルティが付けられる。ハードルを倒した場合は0・5秒。ハードルに接触した場合は0・3秒ゴールしたタイムに加算されてしまう。

 そのため速く飛ばし過ぎるだけでは勝てない。確実に跳び越えなければならないのだ。

 だからと言って遅く跳べば当然勝てないため、どれだけ練習の期間で感覚をつかんでいるかが大切だ。10メートル間隔に置かれたハードルは全部で10個。仮にすべて倒せばそれだけで5秒の加算だ。ほぼ絶望的な順位になるだろう。

 この種目では、どうは最後の組でスタートすることになっている。

「オラおまえら最下位取ったらビンタするからな」

 腕を組んで見守る須藤からの強烈なプレッシャーに運動が苦手な生徒が震えあがる。

「どんなきよう政治だよ!」

「えーそとむらくんいませんか? 不在の場合は失格になります」

 スタート位置にいる審判からそんな声が聞こえてきた。

「せ、拙者腹痛でござるよ……欠席してもいいでござるか?」

 練習の時でもほとんどハードルを跳べなかった博士はかせおびえたように逃げ出そうとする。

「あぁ? 全部のハードル倒してもいいから意地でも完走しろ」

「こぷ!? い、いる、いるでございます!」

 お互いの顔スレスレの位置でにらみつけられ博士がコースに入って行く。最下位と失格では雲泥の差がある。失格になれば1点も入らない以上参加は必須だ。

「ったく使えねーな。日ごろから適当してっから太るんだよ」

 だが博士は予想通りハードルを越えられず、結局手で倒しながら最下位で完走した。

「それにしてもしばのヤツやるな」

 各クラスの戦力を把握していく中でどうが警戒するようにそう言った。

 まだ2種目目ではあるがハードル競争も難なく1位を取っていた。目下須藤のライバルか。しかもいちのように周囲を盛り立てるリーダーシップも持っているようだ。

「直接ぶつかったら俺が勝ってやる」

 このまま進行すれば、それだけ須藤の目標である学年1位が遠のくかも知れない。

 特に団体戦の結果はどう転ぶか分からない。不安要素だ。

「では次、4組目準備してください」

 審判に呼ばれオレは先ほどと同じコースに入る。2コースにはかんざきの姿があった。

「早速当たったようだな」

「……お手柔らかにな」

「一之瀬からは結構速いと聞いている」

 どこでそんなことを一之瀬が思ったのか……思い返すと一度だけ思い当たることがあった。くらが事件に巻き込まれた時に走るところを見せたか。全速力で走ったわけじゃないが、フォーム等から運動能力を推測したとは十分考えられた。

 それにプールで一之瀬と遊びに興じた時もやけに注視されていたからな。今までの試験や事件でマークされているのは仕方のないことか。

「それは誤報だ。さっきのオレの100メートル走の順位見たか? 5位だぞ」

「結果はそうだが、本気を出していたようには見えなかったがな」

「この体育祭で力を温存するメリットはないだろ。損するだけだ」

「確率は薄いが、戦略としては全く意味がないわけでもない」

 どうやら一之瀬たちBクラスはしっかりとていさつし観察、そして推察していたようだ。

 オレのような存在ひとつとっても順位だけではなくそこに至る過程も把握している。

「それにお前は同学年の中でも相当冷静な男だ。そういう人間はこわいからな」

「まぁ好きに考えてくれ」

 話の途中だったが、オレたちの間にCクラスの男子が入ったため中断する。4組目は神崎以外それほど大した面子メンツはいないように見える。多少順位が上がっても誤差だろう。

 スタートと同時に先ほどと同じくらいの感覚で走って行く。やはり神崎がひとつ抜け出たが、オレより前を走る生徒は1人だけで、結果的に3位という好成績を取ることになった。組み合わせもあるが良くも悪くも目立たない位置で進んで行けそうだな。

「……はあ、全く……ついてない」

 競技を終えて陣営に戻ってくるとゆきむらうつむき気味にぶつぶつつぶやいていた。その様子から察するに2競技を終えて結果が振るっていないらしい。

「悪かったのか?」

あやの小路こうじか……。組み合わせをうらみたくなるな。7位と7位だ……」

 ブービー賞連発ってヤツか。かなり苦しい状況に追い込まれている。

「考え方次第だ。ゆきむらなら仮に下位に沈んでもテストで問題は出ないだろ」

「赤点を取ることはない。けど俺の成績が下がることに違いは無い。それにこの結果がクラスや組に負担をかけることになる……」

 人一倍Aクラスを目指す男は、人一倍責任を抱え込んでしまうらしい。普段強い口調でどうたち学力の低い生徒をとうするからこそ、弱みを見せたくない気持ちもあるのだろう。

 これ以上何かを言うのはだと思いその場から少し距離を置くことにした。

 オレは女子たちの競技を注視する。開幕はほりきたくらの良く知る二人だ。勝つことを期待されている堀北はプレッシャーを感じることもなくスタート位置に立つ。一方で言葉は悪いが期待度が0の佐倉はガチガチに緊張している様子だった。

「ちょっと良くない組み合わせになったね、堀北さん」

「そうなのか?」

 他クラスを良く知ったひらが組み合わせを見ながら言った。直後競技が始まる。

「Cクラスで一番速いって言われてる陸上部のじまさんときのしたさんがいるからね」

「なるほど……」

 最初の100メートル走こそぶきとの激戦を制した堀北だったが、試練は続くようだ。

「確かに勝つのは厳しそうだな」

 食らいつくように駆け跳躍する堀北だが、Cクラスの二人がその前を行く。そして堀北にチャンスは訪れることなく3位という結果で競技は終了した。

 平田はその結果を受けオレに顔を向ける。堀北が負けたことに対してのアイコンタクトじゃない。奇妙な違和感を覚える組み合わせのレースだったことを感じ取ったからだ。


    3


 次の競技内容は『棒倒し』。シンプルながらも荒々しく少々危険な競技である団体戦。

「おまえら絶対勝つぜ。こうえんのアホがいない分気合い入れろよ!」

 須藤が叫ぶ。目の前に集められたDクラスとAクラスの男子全員を鼓舞する。

 一方、須藤たちに立ちはだかるのはかんざきしばひきいるBクラスとりゆうえん率いるCクラスの男子だ。特にCクラスの方には未知数ながら屈強そうな注目を集める生徒が存在する。以前須藤と喧嘩騒動で揉めたさかざきみやを始め、やまという大柄な日本人と黒人のハーフの生徒がいるらしい。たまに学校で存在は見かけていたが、どれほどのものだろうか。

 クラスごとに生徒数が多かろうと少なかろうと現状の戦力で考え戦うしかない。

 試合のルールは2本先取した組の勝ち。かつらと平田は事前の話し合いで、オフェンスとディフェンスをクラス毎に交互にすることを取り決めていた。個別に攻守を分けるのはリスクが高いと踏んだのだろう。その方が分かりやすいし連携もとりやすい。

 Dクラスが先に攻撃側に回り、Aクラスが棒を守る役目を引き受ける形だ。もしこの攻守の形で先制を取ることに成功した場合は流れを優先し攻守を変えない予定になっている。

「まぁ心配すんなよ。俺が一人でも相手をぶっ倒してきてやるからよ」

「人じゃなくて棒を倒してくれよ……?」

 流石さすがに少し心配になったので一応声をかけておく。

「保証はできねーな。こうえんの件でいらってっからよ。がるるっ」

 襲い掛かる気なのか敵意むき出しだ。相手側に中指を立てるどう

「距離とっとこっと……」

 そんな須藤に巻き込まれる恐れを感じいけたちはゆっくり須藤から離れた。それがけんめいだ。

 試合開始を告げるホイッスルを今か今かと前のめりに待つ攻撃陣(主に須藤)。

 一方でかつらたち防御組は何度もフォーメーションを確認しながらけんじつな守備を築く。

 なぐるなどのこつな暴力は当然禁止事項だが、ある程度組み合いになることは学校側も容認しているだろう。つかみ合い、押し合いなども多数予想される。

「うー何か怖くなって来た。俺棒倒しとか初めてなんだよな……」

「中学の体育祭とか運動会じゃやって来なかったのか?」

「危ない競技って言われててなかったなー。あやの小路こうじのとこにはあったのかよ」

「いや……俺もやるのは初めてだが」

「なんだよ初めてなんじゃん」

 気の抜けるような会話の最中、試合開始の合図が鳴る。そして我先にと須藤が突貫した。

 それに続けとばかりに積極的なメンバーが突っ込んでいく。

「やべ、行くぞ綾小路! サボって須藤に殺されるのは勘弁だぜ!」

 積極組の後ろを池やオレ、ゆきむらなどの争いを好まない人間がゆるやかについていく。

 対戦チームであるBC連合もこちらと同じく攻撃と守備でクラスがれいに分かれていた。

 DA連合よりも連携に難があるからな、当然の考えかも知れない。

 1戦目、本陣の棒を守るのはBクラスのようだ。目の前にはBクラスの連中が待つ。

 ちなみに攻撃陣と攻撃陣がぶつかり合うことは禁止されている。

 あくまでも攻撃陣は防御陣へ攻めなければならないルールになっていた。

「殺されたいヤツからかかってこいや!」

 とんでもなく物騒なことを言いながら、須藤が相手防御陣に突っ込んだ。高身長と高校1年生とは思えないパワーを前に次々と棒周辺に張り付く生徒が引きはがされる。

「止めろー! 須藤を止めろー!」

 そんなBクラスからの叫びに合わせディフェンスの一部が須藤一人を取り囲む。

「おらお前ら早く続け! 切り開いてっからよ!」

 真後ろから続く積極組に振り返らず叫びかけるどう。しかしそう単純にはいかない。

 段々と戦場のように入り混じった状況になりつつあり、周辺には砂煙があがった。

 オレは役にも立たず邪魔もしない程度にBクラスの生徒に寄りかかりその場をしのぐ。

「くっそが、何人突っかかってくんだよ!」

 須藤は3、4人の男子生徒に身体からだを押し返されさすがのパワーもしのがれる。

 一方で積極組も突破するまでには至らずギリギリの瀬戸際で防ぎ切られていた。

 Dクラスの問題点は須藤という突き抜けた攻撃力を持ちながらも、それ以外のパワー自慢がほとんどいないことだ。一方でBクラスは平均よりやや上の力を持った生徒が多かった。特に非積極的なオレや博士はかせは戦力にならず攻め手に欠けてしまうのは必然か。

「やべえぞけん! Aクラスが! やま何とかってハーフがすげぇ暴れてるぞ!」

「あぁ!?」

 その声に振り返ると、Aクラスの守る赤組の棒が少しだが斜めに傾き始めていた。

 Cクラスは須藤のような暴力的……いや、武闘派のような生徒が多いようで、防御を楽々と突破しているように見えた。取っ組み合いをさせれば有利不利は明白だったということか。それにりゆうえんに攻めるよう命令されていれば死にもの狂いにもなるだろう。

 何とかしなければならないが、肝心の須藤も4、5人に阻まれてはどうしようもない。完全に封じられた。もちろんそれだけの人数を相手にするだけでも相当すごいわけだが。

 須藤が必死に棒へのアクションをねらう中、無情にもホイッスルが鳴ってしまう。

 結局白組に楽に、1本目を先取されてしまった。

「あーくそが! 何やってんだおまえら! 死ぬ気でいけよ!」

 無残に倒れた棒をにらみつけながら、攻めきれなかったDクラスに怒りをぶつける須藤。

「んなこと言われてもよ……あいつら結構強いぜ? いてて……擦りむいたし」

「かすり傷だろ! みつくなりひざり入れるなりして抵抗しろよ、使えねーな!」

 気持ちは分かるがどれも反則の一発退場だ。

「一本取られてしまったものは仕方がないよ。今度は僕たちでしっかり守ろう」

 優しく須藤の肩をたたき怒りを鎮めると、ひらが倒れた棒を起こしにかかる。

「ちっ……絶対に守り通すからな、おまえらいいな!?」

「わ、わーってるよー。やれる限りはやるってー」

「やれる限りじゃねえんだよ、絶対に死守すんだよ。1時間でも2時間でもよ!」

 Dクラスの生徒たちが他におとっている部分のうち顕著なのは、連携とやる気。この2つか。

 オレも含めてだが一部の生徒以外には覇気らしいものが感じられない。

 その点先ほど防御していたBクラスは全員連携もやる気も高く非常に強敵だった。

あやの小路こうじ、死んでも棒を倒させるなよ! 仮にもクラス2位なんだからな!」

 一応どうに次ぐ筋力持ちということで共に棒を直に守らされる。

 どっしりと抑え込む須藤に目を付けられていてはかつに手も抜けない。

「このままあっさり連取なんてふざけんじゃねぇぞ。俺はりゆうえんの野郎をぶっ飛ばすんだよ」

 そう言えばさっきの1本目、攻撃陣だった龍園はほぼ観戦していただけだった。

 自分が加わるまでもなく優勢だったからだが、須藤はそれが気に入らないんだろう。

「Cが攻めて来い、Cが攻めてこいっ」

 繰り返しつぶやく須藤だが、正直パワー系のCクラスが群れを成して襲ってくるのはキツイ。

 まだBクラスに攻められた方が守る方としては楽じゃないだろうか。

 互いに態勢が整ったところで2本目の開始の時が近づく。果たして──。

「来た来た、来たぜっ!」

 どうやらオレの期待通りにはいかず、須藤が望んだ展開になってしまったようだ。

 威勢のいいCクラスの生徒たちが攻撃を開始すべくにらみつけている。

 そしてそのクラスをまとめるリーダー、龍園も後方で不敵に笑っていた。

 まるで戦場を仕切る軍師のように、試合開始の合図と共に号令をかけ突撃を命じた。

 恐らくはシンプルな指示。

『倒せ』という2文字のもと、きよう政治におびえる兵士が襲い掛かって来た。

 須藤に近い体格、運動部系の生徒で固められた大男たちが先頭で突っ込んでくる。

 焦ることはないと押し寄せる壁のように棒へと迫って来た。

 各地でDクラスの生徒から悲鳴が上がる。外壁を守る生徒はたちまち減っていく。

「起き上がれ! 足をつかんで引きずり倒せ!」

 ちやな激励を飛ばす須藤の声は相手の怒号にかき消される。

 Cクラスは反則すれすれのひじ打ちなどを繰り返しながら、あっという間に本丸にり込んだ。Aクラスのかつら達も棒に触れそうな位置まで進軍していたが、間に合うだろうか。

「ぐぉっ!?」

 オレのすぐ斜め前で棒を支える須藤からもだえるような声が聞こえた。須藤の間近まで詰めて来ていたのはハーフのやまだった。体格は須藤以上。守るべき棒がわずかに傾く。

「誰だ腹をなぐりやがったのは!」

 どうやら混戦にまぎれて誰かが須藤を直接攻撃したらしい。

 しかもそれは1度や2度じゃないようで苦しむ声と怒りの声が入り混じる。

 だが棒を両手で押さえておく必要がある須藤にはどうする事も出来ない。

 かめのように丸くなりながら懸命にこらえるしか方法はないのだ。

「てぇ、ってぇなこの野郎が!」

 声だけで戦うも、Cクラスの動きに陰りは見えない。

 苦しくなりひざを地面につく須藤。それでも棒を守ろうとした闘志は褒めてやりたい。

 そんなどうの背中を、男の素足が踏みつける。

 そして自らが王だと名乗りを挙げるように須藤の背中を全力でつぶした。

「がっ!?」

 もみくちゃな試合の中での、死角をついた凶悪な一撃。

 それを繰り出したのは言うまでもなく、りゆうえんだ。

「て、めぇ!! うぐっ!」

 もう一度、まるで背中の骨でも折るかのような躊躇ためらいのない踏み込みを食らう。

 その一撃で須藤が崩れ落ちると同時に支えが効かなくなり、一気にじんをまきあげ棒が倒れ込んだ。あっという間に勝敗が決してしまう。

 地面に倒されたまま、須藤は踏みつぶしてきた相手である龍園をにらみつけた。

「はあ、はぁっ、テメェ……反則だろうが!」

「なんだそこにいたのか、気づかなかったぜ」

 そう言って悪びれる様子もなく引き上げていく。追いかけようとした須藤だが、背中の痛みが強かったのかすぐに立ち上がることは出来なかった。DA連合は大敗を喫した。

「背中、大丈夫か?」

「く……なんとかな……くそ、くそっ!」

 痛みよりも理不尽に反則技を受けたことへの怒りが収まらないらしい。

「あのスカシ野郎、今度見かけたらなぐたおしてやる……!」

「また騒ぎになるぞ。あの時の問題を繰り返すつもりか?」

 須藤とCクラスのけん騒動で一度処分を下されそうになったときのことだ。

 しかも須藤から仕掛けたとなれば今度こそしよばつされることになる。

「あいつは良くて俺はダメなのかよ! この背中のあとを見ろよ!」

「言いたいことは分かるが、それは競技中の自然なこうとみなされるだろうな」

 龍園と須藤、互いにやろうとしていることは同じだがテクニックに圧倒的な差がある。

 今回は砂煙が舞い、生徒が入り乱れる競技の中での行為。とにかくあいつは仕掛けるタイミングとやり方がい。

「あーイライラするぜ! 全勝するつもりだったのによぉ!」

 龍園に対するいらちから、ないDクラスAクラスに向かってこついやを言う。

 Aクラス側にもそれは聞こえているため、一部から睨み返されていた。言い返そうとする者もいたがかつらに制止されそこまでには至らない。

「役に立てず済まなかった……」

「こちらこそ。僕たちも上手く守れなかったから。次頑張ろう」

 葛城とひらだけは冷静に結果を受け止め、一度解散し陣営に戻ることとなった。


    4


 休む間もなく次の競技である綱引きの準備に入る1年男子。その間も1年女子の玉入れ競争は着々と進んでいた。団体戦の体力を使う競技が続く。最初はそれほど気にめていなかったが、なかなか骨が折れる順番だ。

「今どれくらい差ぁ開いたと思う……」

「どうかな。まだ始まったばかりだし考えても仕方ないだろ」

「そうだけどよ……。負けは負けだ、あいつらが一歩リードしたよな」

 負けることが我慢ならないのか貧乏ゆすりをしながら女子の試合を見守るどう

「せめて女子が勝ってくれりゃいいんだが……」

 遠目に見ている分には玉入れの勝敗は分かりづらいためはっきりしない。

 それだけ接戦なのだと思うが、かなり際どそうだ。

 程なくして試合が終わり係の教師が玉をほうり投げながら1つずつ得点をカウントしていく。

「合計54個で、赤組の勝利です」

 これでない男子の棒倒しの結果は女子たちのお陰で帳消しになった。

 アナウンスが流れてホッとしたのもつかの間、審判に呼ばれ綱引きの説明が始まる。

「っし行くぞ……!」

「背中は大丈夫かよけん?」

身体からだは人一倍丈夫だからよ。それに痛いつってどうにかなる問題でもねーだろ」

 心配されながらも須藤は力強く立ち上がった。

 綱引きのルールは棒倒しと同じで至極単純。2本先取した方の勝ちだ。

「綱引きで巻き返せば団体戦は逆転するね。それに綱引きなら接触するプレイはないから向こうも純粋にパワーで勝負するしかない。ちやな戦いにはならないはずだよ」

 常に周囲と須藤を気遣うひらがそう声をかけてきた。それに答えるように須藤がうなずく。

「まぁな……。だからこそ負けられねえ」

 純粋な力と力、知恵と知恵。果たしてどちらが優位にことを運べるか。

 グラウンドの真ん中に集められた4つのクラスが2手に分かれると、それぞれ左右の陣営に別れる。かつらが平田の元に寄るとひっそりと耳打ちをした。

「打ち合わせた通りの戦略で一気にたたく。いいな」

「うん。分かってるよ。皆配置について」

 DA連合は二人のリーダーの元、棒倒しのように作戦を考えている。平田が指示を飛ばすと同時にオレたちDクラスは散り散りになって配置につく。

 作戦はシンプルで『身長差に合わせて並ぶ』ただそれだけだ。そうすることで縄にムラなく力がしっかりと加わる。相手にもそれは伝わるが、仮にBC連合がをしようとしたところで、短時間で確実に身長順に並ぶことは出来ない。

 しかし、それ以前にDA連合に問題が発生した。並び変わろうとするDクラスと違い、Aクラスの男子の半数近くが全く動こうとしなかったのだ。

かつらくんさぁ。いつまでも偉そうに仕切らないでもらいたいもんだねー」

 そんな声がどこからともなく聞こえてきた。

「……どういう意味だ、はしもと

 橋本と呼ばれた生徒が一歩前に出る。長めの髪を後頭部にまとめた、ひようひようとした高身長の男だった。柔らかそうな表情だがどこか相手をバカにしたような目をしていた。

「そのままの意味なんだけどね。あんたのせいでAクラスが今失速してるんじゃないか? ほんとにこの作戦で勝てるって言いきれるのかな?」

 リーダーである葛城に直接異を唱える生徒が現れる。葛城も警戒心を強めたことから、この橋本という生徒はただの一兵卒とは思えない。

 だが──タイミングが妙だ。

 味方の目が葛城と橋本に集まる中、オレは陣営を振り返りさかやなぎを探した。最初から見学者として観戦している坂柳は、オレたちを見ながら楽し気な笑みをうつすらと浮かべていた。遠目にも男子がめているのは分かるはず。なのに笑っているとなれば考えられることは一つ。この状況を作り出しているのは橋本ではなく坂柳ということだ。何か仕掛けてくるとは思っていたが、他クラスにではなくAクラスにとは。あくまでも対立する葛城をつぶそうというのだろうか。しかしあまりに非効率的過ぎる。りゆうえんとは違った意味で不気味な行動だ。

「どうなんだよ葛城くん。ホントにこの作戦で勝てるわけ?」

 仲間の裏切りにも葛城は心を乱すことなく答えた。

「Dクラスの生徒も動揺している。冷静に競技を進めるべきだ」

「答えになってないなー」

 沈静化をはかろうとする葛城だが橋本以下半数の生徒は素直に従わない。

「葛城さんがやれって言ってんだ、早くしろよ! みっともないとこ見せんなよ!」

 そんな中、葛城派であるひこが声を荒らげ坂柳派の男子の一人に強引に綱を持たせた。

「俺の采配を疑う気持ちを否定する気はない。だがここで無意味にぶつかり合って負ければ、連携や技量以前に坂柳の責任が生まれるが構わないのか?」

「何にも見えてないねー葛城くんは」

 橋本はクスリと笑う。審判役の教師がこちらの動きが遅いことに注意をしようと近づいて来たところで、橋本が所定位置に着くように縄を握った。

「さ、やろうか。言う通り向こうさんに連携不足と思われてもしやくだしね」

 ひとまずAクラスの内紛は落ち着きを見せたようでオレたちも位置に着く。

ずいぶんと殺伐ってんな、Aクラスの連中」

「激しく不安だぜ。やっぱただのガリ勉集団かもな」

 見ていただけのどうからしてもAクラスの異常なまでの対立が浮き彫りになっていた。

 ともあれ二つのクラスが入り混じった身長順で並ぶ。そして一番後ろにはパワーに絶対の自信を持つ須藤が控える。対するBC連合は連携を取っていないため、クラス単位でれいに分かれてしまっている。綱前方を担当するのはBクラスだが、先頭から背の高い順に並べるというDA連合とは真逆の作戦を取っていた。しかしCクラスは適当に並んでいるため真ん中から途端にバラバラだ。最後尾にはそれなりに体格のいい生徒が縄を握っているが……。チグハグ感はぬぐえない。

「へっずうたいデカいのを前に持って来るとかBクラスはわかってねーな」

「いやそうとも言いきれない。綱を引く位置が高い方が有利だからな」

 2クラス間での連携が出来ない以上、Bクラスは綱の位置だけでも優位に立つねらいだ。

「だとしてもこっちが有利なのには変わりねえだろっ。行くぞお前ら!」

 須藤が叫び、試合開始の合図と共に互いに綱を引きあう。

「オーエス! オーエス!」

 定番と思われる叫びと共に基本的連携の取れたDA連合が勢いよく綱を引く。

 最初こそきんこうは取れていたかに見えたが、数秒後から一気にこちらへと流れが傾いた。

「オラオラオラオラ! 余裕余裕!!」

 程なくして、合図とともにDA連合が勝利したことが告げられる。

「っしゃー! 見たかオラぁ! ざまあねえな!」

 繰り返しえる須藤。勝敗の結果にBクラスはこつに不満そうな顔をCクラスに向ける。

「なー協力し合わないとヤバいぜー? 向こうつえーしさ」

 クラスを代表してしばりゆうえんの方に向かって声をかけるが龍園は全く相手にしない。

「よしおまえら配置換えだ。チビから前に並べ」

 龍園はバラバラだったCクラスの生徒に命じ先頭を一番背の低い生徒に、そして段々と身長が高くなるように調整し直した。ちょうど弓なりになる形だ。

 Bクラスの意見など取り入れずあくまでも自分たちの好き勝手にやるつもりらしい。柴田は左右に首を振ってあきれた後、Bクラスの仲間を激励し綱を握った。

もらったな。あんな配置で勝てるわけねえぜ」

「そうとも言い切れん。全員気を抜くな。次はさっきのようにはいかないぞ」

 かつらが須藤含め、周囲の生徒にそうアドバイスを送る。

「なんでだよ楽勝だったじゃん。俺たちみたいに背が低い順に並んでるわけでもないしさ」

 へらへらと余裕そうにしながら綱を握り込むいけ

 葛城はまだ話を続けようとしたが、インターバルが終了し試合開始の準備が始まった。

 そして始まる2回戦。

「オーエス! オーエス!」

 一度目と同じように綱を引くDA連合。だが明らかに先ほどとは違う手ごたえに、少しずつ戸惑いが生まれる。引いても引いても位置は変わらず不安感だけが押し寄せてくる。

「おら、粘れよおまえら。簡単に負けたら死刑だぜー」

 そんなりゆうえんのんな警告と共に強烈な力が綱にかかりこちら側が引きずり込まれていく。

 ただひとつの号令だけで力ががったわけではないだろう。

 龍園が並び替えさせた弓なりの形には力の伝わり方を変えるものがあったということだ。

「ぐええ! 痛ぇ痛ぇ!」

 後方から綱を握るいけたちの悲鳴が上がる。

 オレも手を抜かず引いているが、やはり先ほどとは全く違う手ごたえだ。

 ほぼ互角の綱引き合戦。勝負の決着をもたらしたのは意識の違いだろうか。

 じりじりと引き込まれていったDA連合は敗北を喫してしまう。1戦目を制しただけに、2戦目の敗因が自分たちにあったと思った生徒から怒声があがる。

「なんでさっきと違うんだよ! 誰か手ぇ抜いたんじゃないのか!?」

 味方の中で犯人捜しをしようとする。その状況を見てかつらはすぐさまフォローに入った。

「落ち着け。向こうが正しい陣形のひとつを取ったことが敗北の原因だろう。もちろん、2戦目も勝てると慢心していた生徒がこちらにいたことは事実だろう。これで分かったはずだ。相手はチームワークはボロボロでも戦う力を有している。気を引き締め直すと共に、もう一度自分たちの立ち位置を確認してくれ。それからロープを引くときは斜め上に向かって引き上げるようにするといい」

 葛城は的確なアドバイスとしつを送りながら改めて全員を整列させていく。少ない時間でできる最善の手を打っていた。一方で向こうのチームは2クラス間の連携こそ取れていないがクラス単位でのまとまりはある。確実に綱引きに集中するBクラスと、その後ろにスタンバイするCクラスは龍園が号令で確実に生徒を鼓舞する。

「よーし、おまえらにしちゃよくやった。今と同じことをもう一度するだけでいい。勝てると思い込んでるカスどもに思い知らせてやれ」

 具体的な綱引きのテクニックなど一切伝達していないにもかかわらず、それでも結果的にくクラスを回している辺りはさすがといったところか。

 双方準備が整うと最終決戦となる3本目のぶたが切られた。三度目の掛け声が行われる。

「オーエス!! オーエス!! 引けえ!」

 2戦目と同じですぐには決着がつかない。中心ラインから白旗は動かず揺らめいていた。

「粘れよおまえら! この綱引きは絶対勝つぞ!」

 最後尾からのどうの叫びに呼応するように全員で協力し綱を引く。

「オーエス! オーエス!」

 いくら向こうが強くとも、綱引きにおいては勝敗は単純な力だけでは決まらないのだろう。わずかにDA連合側へと白旗が寄り始めた。

「気を抜くなよ! もう一引き!! 引けええええ!」

 どうの気合を込めた最後の全力。それは思わぬ形で幕を下ろすことになった。

 際どい戦いをしていたはずなのに、急にあり得ないほどに手ごたえが軽くなり、グンと全員の身体からだが後方へ倒れ込んだ。勢いを止めきれず将棋倒しになる形で決着がつく。

 何が起こったか分からず、須藤を始めほとんどの生徒が転んだまま怒りをあらわにする。結果から見るに、明らかに相手のクラスが手を放した結果招き起こされた状況だ。

「何やってんだよ、ふざけてんのか!」

 この状況はBクラス側も想定外だったのか、一部の生徒が転んでしまっていた。

 やがて怒りの矛先は一人も転んでいないクラス……りゆうえんたちへと向けられる。

「勝てないと思ったから手を休めたんだよ」

 最後のひと息の場面で龍園たちCクラスは一斉に手を綱から放したらしい。

「よかったなお前ら、ゴミ見たいな勝ちを拾えて。いつくばる姿を見れて面白かったぜ」

 勝負に負けながらも誰よりも試合を楽しんだ様子で龍園が笑った。

「テメェ!」

 この状況だけを見ればどちらが勝者か分かったものじゃないな。

 最後尾にいた須藤が立ち上がると、さっきの棒倒しのいらちもあって駆けだそうとする。しかし手前に居たかつらが慌てて腕をつかんでそれを阻止する。

「やめろ須藤。あれも龍園の作戦だ、こちらを怒らせて体力をしようもうさせるねらいがある。それに暴力を起こさせ反則勝ちを狙っているかも知れない」

「けどよ!」

「確かに向こうのしたことはスポーツ精神には反するが、ルール違反ではない」

 葛城は暴走気味の須藤をくコントロールしている。にAクラスじゃないな。これ以上、挑発で成果は得られないと判断したのか龍園は背を向けた。

「よし引き上げるぞお前ら」

 Cクラスはさっさと引き上げてしまう。Bクラスもをこぼしたいことだろう。

「どうやら我々は運が良かったようだ。Cクラスと組まずに済んだのだからな」

 葛城はどこかあんするようにそう言い須藤の肩をたたいた。

「勝ったけどなんかスッキリしねえぜ、くそ

 ぼやきたい須藤の気持ちは理解できる。せつかくの団体戦の勝利なのだが、龍園の上手いやり方で水を差された形になった。勢いに乗りたいところだがモヤモヤしたものがうごめいている。負けるとしてもタダでは転ばないということか。

 綱引きが終了し、オレたちは自陣テントに戻る。

 その途中かつらひらの方へと歩み寄ると静かに謝罪を口にした。

「さっきは済まなかった。クラスをとうそつできていない俺のミスだ」

「それは全然気にしないでいいよ。僕らも二戦目は油断していたと思うし。ね?」

 平田に同意を求められオレはうなずいた。

「Aクラスも意外と苦労しているんだね」

「……ああ」

 あまり内情を話したくはないのか、葛城は否定しなかったが深く答えることもしなかった。苦しい立場をいられていることだけは確かなようだが。

 一方でどうたちは次の競技に考えをシフトする。

「次は障害物競争だからな。ふがいない成績残したヤツらは全員しばき倒す」

「うげ。なんでしばかれなきゃいけないんだよ~」

「俺はリーダーだからな。下々の連中のしりたたかなきゃなんねーのよ。大変だぜ」

 そんなリーダーは誰も求めていないと思うが須藤には強く反発できない。

「一応参考までに聞くけどさぁ……そのふがいない成績って何位までなんだ?」

「決まってんだろ、入賞以外は認めてねぇ」

「きつー!!」


    5


「ぜぇ、ぜぇ……死ぬ気でやったのに6位だった! け、けんはまだ競技前か。ふうー」

 ひざから崩れ落ちながら息を荒らげるいけ。須藤が戻って来るのが恐ろしいだろう。

「あいつ4位とかになんねーかな……」

 そう願いたくなる気持ちも分からなくはない。もし須藤が入賞しなければ、流石さすがに制裁はしないだろうからな。結果が気になる須藤の出番は障害物最終レースだ。

「おまえは何位だったんだよあやの小路こうじ。死刑確定か?」

「ギリギリ3位だった」

「うげー。マジかよ組み合わせに救われやがってー」

 いちいち須藤の茶番……もとい制裁を受けるのは面倒だからな。少しだけ頑張ってみた。

「須藤くんはしばくんと当たるみたいだね」

「ああ、だな」

 須藤の近くには柴田が軽く準備体操をしながら待ち構えていた。強敵襲来だな。

「はあああ!? 健のヤツまたむらすずじゃん! ズルっ!」

 しかし同様に須藤の対戦相手を見ていた池は柴田以外の相手を見て、そのラッキーな組み合わせに心底悔しがった。

 確かにCクラスでも特に運動神経が悪いとされる2人と連続で当たるのはラッキーだ。それ以外のAクラスの生徒は可もなく不可もなくな生徒だったこともあり、これでどうの入賞はほぼ確定か。

 嘆きたくなる気持ちは分かるがしばだけは別だ。Bクラス1の俊足とうわさされる柴田であれば、ほぼ間違いなく1位争いに食い込んでくるだろう。ここまでの2競技とも1位を取っている。

「どっちが勝つと思う?」

 柴田をよく知るひらに意見を求めてみる。

「どうかな。柴田くんの足の速さは十分知ってるし簡単には負けないと思う。純粋な直線勝負なら柴田くんな気もするけど……須藤くんは練習の時も難なく障害物も乗り越えてたからね。すごくいい勝負になりそうだよ」

 両者をよく知る平田にしてみても、どちらが勝つかは明言できないようだ。

 当事者である須藤はじんも負けると思っていない。その慢心に足元をすくわれなきゃいいが。オレの心配をに、当人は余裕そうにスタートの合図を待つ。前の走者たちが走り終えたことで最終レースが幕を開けた。

 須藤と柴田がほぼ同時に好スタートを切り一番最初の障害である平均台へと向かう。高身長で体格も大きな須藤だが、細い平均台を誰よりも速く渡って行く。バランス感覚の高さをうかがわせる動きだ。2番手は柴田。わずかに遅れるも危なげなく平均台を渡り終える。直後の短距離を駆け抜け、グラウンドに敷かれた網をくぐりにかかった。前だけを見て猛獣のように突き進む須藤に対して、それを楽しそうに追う柴田。最後の障害物であるぶくろ、今風に言えばズタ袋に両足を入れてねていく。ここも体格に似合わず器用にこなす須藤だったが、背後から迫る柴田が距離を縮めてくる。

「今日一番の熱戦だな」

 共に同率ポイントと思われる両者、そのどちらかに軍配が上がろうとしている。ここまでつかず離れずでついてきた柴田。その存在に気付いた須藤が初めて焦りを見せる。恐らくは背後を飛び跳ねる音も聞こえているだろう。しかし序盤に作ったリードもあり1メートルほどの差を残し1位のテープを切った。全力で戦った影響もあってか遠目にも須藤が肩で息をしているのがわかる。

 須藤と柴田の走力はほぼ互角だった。いや、純粋な走力だけで言えば平田の発言通り柴田に分があったかも知れない。競技やタイミング次第では須藤も無敵とはいえないか。

 ともあれ須藤はこれで堂々の3連続1位。間違いなく学年トップの一人だ。

 堂々と戻って来た須藤が、縮こまっているいけに対して強気に出る。

「オラ見てたぞかん、てめぇ6位だったろ!」

「お、おまえだって今1位危なかったじゃんかよ! アイコだろ!」

 全然アイコではない。余計なことを言ったことでいけが羽交い絞めにされる。

「1位取っただろうが。ま、しばのヤツもかなり速かったけどな。土はつけといたぜ」

 2連続1位だった柴田を2位に沈めたのは、学年トップをねらどうには良い展開だ。


    6


 オレたちはのんびりしている暇もなく二人三脚のための準備に入る。

 一方で女子の障害物競争は、1組目から波乱の幕開けとなった。

 先ほどの結果をばんかいすべく挑むほりきただったが、出だしからCクラスの二人に離される。

「さっきも見た展開だな」

「またじまさん、きのしたさんと同じ組みたいだね」

 堀北は運動にとどまらず、勉強など様々なものに対して高いポテンシャルを持っているが、それでも何かに特化した人間に勝つのは容易じゃない。スタートすると木下が抜け出た。真っ先に平均台に足をかけてグイグイと後続を引き離していく。2番手は矢島。それを追うのが堀北という形のスタートとなった。純粋な走力体力を試される100メートル走やハードル走と違い、様々な不確定要素が盛り込まれた障害物のお陰か、差は思いのほか広がらない。平均台を終えるとほぼ横並びの状態にまで距離を縮めてきていた。

「チャンスありそうだな、今度は」

 近くで須藤も堀北を応援しているようで、グッと手に力を込めながら様子を見守る。網をくぐり抜ける頃にはついに堀北が一歩前へとおどたのだ。しかし木下も速い。障害物の間にある短距離で距離を詰め寄てきた。そして再び2位に躍り出る。

 1位の矢島の順位は揺るがないだろう。堀北は2位を奪うために全力で駆ける。最後のズタ袋に辿たどく直前、わずかにバランスを崩した木下に距離を詰める堀北。そして抜き去ると全力で疾走し、それを脱ぎ捨てた。その差は1、2秒だろうか。

 最後の50メートルを堀北が全速力で駆け抜ける。ところが、後ろから迫る木下が気になるのかチラチラと何度も後ろを小刻みに振り返る。それが失速につながったのか、再度木下に並ばれる堀北。次の瞬間、抜き去るべく走っていた堀北と追いついた木下がからまるようにして共倒れする。

「うおっ!? 結構すげえことになったぞ!?」

 どちらから接触したかは遠過ぎて分からなかったが、競った故のトラブルに見えた。2人は起き上がっている間に次々と抜かれていき、一気に下位に落ちる。すぐに起き上がることは出来ないのか、互いに土煙の中必死に立ち上がろうとしていた。何とか競技を続行できたものの、そのハプニングが最後まで響き堀北はまさかの7位に終わる。転んだもう1人のきのしたはかなり足が痛むのか競技続行不能ということで最下位に終わった。1位を期待されているところから行くと不満が残る形になっただろう。これで1位、3位、7位か。今の試合に限っては不運な出来事だったと割り切るしかないが……。

「…………」

「どうしたんだいあやの小路こうじくん」

「次も同じ『偶然』が起きるようなら『偶然』とは呼べないかも知れないな」

 さっきひら相手に触れなかったことに触れていく。

「やっぱり君もそう思う? 多分他の生徒もじわりじわり感じ始める頃だと思う。でもこうなったということは──状況は悪い方向に動いてるってことだよね」

 残念ながらその読みは当たっている。

「もし気づく生徒が出たら、その時はケアを任せていいか?」

「もちろんだよ。それが僕の役目でもあるからね。だけど何か手はないのかな……」

「あればいいんだけどな」

 嫌な顔一つせず引き受ける平田に安心感を覚え、オレはまんそうな少女の元へ向かった。

 障害物競争を終えて戻って来たほりきたの表情は重い。

 明らかに違和感を感じさせる歩き方と仕草を見れば状況はいちもくりようぜんだった。

「痛むか?」

「……ちょっとだけ。でも競技に影響が出るほどじゃないわ。少し休めば大丈夫」

 そう強がってはいたが座るのにも難儀しているように見えた。

 怒りを買う覚悟で軽く負傷した箇所と思われる場所に触れてみる。

「つっ!?」

「これで影響が出るほどじゃない、か」

「勝手に触らないで。それと私のことはほうっておいて、我慢してやるだけよ」

 勝つことを義務付けられた立場はこういう時苦しいな。まして堀北のように結果を出せると自負している人間ならなおさらだ。

「まぁリタイアすると点数そのものが入らないしな。頑張りたい気持ちは分かる」

 痛みを誘発したオレをにらんでくるかと思ったが、堀北は全く別のことを口にした。

「それよりも気に入らないのはあの女子の方。悪意がある接触に見えたわ」

「……というと?」

「私の後ろを走ってた彼女が、何度も走りながら私の名前を呼んだの」

 それで競技中に時折振り返ったわけか。

流石さすがに変だと思ってたの。でも振り返った直後に身体からだがぶつかってきて、ご覧のあり様。抗議したい気持ちもあったけれど、普通ぶつかるなら名前なんて呼ばないはず」

 確かに不意打ちした方が転倒させられる可能性は高い。

「全くついてないわ……まだ中盤だって言うのに……」

 学校全体で見れば、分かる限りほりきたは3人目の負傷者ということになるだろうか。

 2年生の1人が徒競走の途中で転倒し強く足を痛めたことでリタイアしているが、その上級生の場合は単独事故のため特に問題視される点はなさそうだった。

「私の心配よりあなたは自分の心配をするべきね。私以下の成績でしょう?」

 1位と3位、そして接触事故で7位を取った堀北は30点。こっちは27点。きんと言えば僅差だが負けていることに変わりはない。

「精いっぱいやるさ。でも、そっちも無理はするなよ?」

「私はってでも競技に参加するつもりだから」

 そんな言葉を残した堀北に追い立てられ、オレは次の競技二人三脚の準備に移った。

「堀北さんの様子はどうだった?」

 遠目に様子を確認していたひらが、心配そうに声をかけてきた。

「結構深刻だな。次以降の競技にも影響しそうだ」

「苦しい展開だね」

 ひもを結び合いながら、そんな風に小さな会話を繰り返す。

 程なくして1年男子の二人三脚が始まった。続々とスタートを切っていく。

 この体育祭は学校のてつてい管理もあり無駄なく競技が進行していた。プログラム表の予定時刻とほぼ差異がない見事な手際だ。

 二人三脚は必然的に2人1組となるため、一度に走る人数は4組と少ない。

 オレたちの1つ前のスタート組であるどうが怒りのボルテージをめてスタートを切る。

 須藤のパートナーはいけ。普通に考えればチグハグでリスクが高そうに見えるが、ある方法を取ることで勝ちに転じる組み合わせとなる。

「どわあああ!」

 試合中の池から悲鳴が上がる。どうやら1歩目から須藤の技がさくれつしたらしい。ある意味究極の二人三脚、必勝法。須藤は池を半ば持ち上げた状態で力任せに爆走していく。ある種反則に近いが、一応見た目だけはギリギリ二人三脚を保っている。転ばないように池を強引に支えながら1位をもぎ取ることに成功した。

「状況が苦しいだけに、須藤くんはすごく頼もしいね」

 パートナーに選ばれた池には可哀かわいそうだが、1位が取れたことで満足出来るだろう。

「確かに頼もしい。けど勝つためのピースとしては須藤だけじゃ不足してる」

 あいつをコントロールすることが出来なければ自身を傷つけるもろつるぎのままだ。

「僕らも須藤くんに続こう」

 その言葉と共に平田とスタートを切る。幸いにも同じ組を走る他の面子メンツに目ぼしいヤツはいなかった。コンビは相性の良さも合って須藤と同じ1位という最高の成績で終わる。

 これなら誰に文句を言われることもないだろう。

「きゃー! ひらくんかっこいいー!!」

 しかし平田に向けられた女子からの歓声が耳に痛い……。

 それから女子の二人三脚が始まり、2組目のほりきたくしペアが準備を始めた。

 わずかにゆずることを覚えた堀北と、譲る気持ちを持った櫛田のペア。関係こそ最悪だが、利害関係は勝つことと一致しているため問題はないだろう。

 今こそ練習の成果を発揮する時だ。

 互いに会話を交わすこともなく淡々と準備しているように見えた。

 内情を知るオレからすると実に奇妙なペアだが、見ているDクラスの生徒たちからすれば安心安全の実力者ペアに見えていることだろう。

 出だしは2位と好調。悪くないスタートに歓声が上がる。

「いけすず!」

 1位を取ったどうは調子に乗って約束違反である下の名前で叫ぶが、声が堀北に届いているわけではないのでセーフだろう。しかしすぐ失速し順位を落としていく。

 気がつけば1位を走るのはAクラスの女子。どことなく堀北と同じ雰囲気を持つ美女がけんいんするペアだった。その後を2位のじま含むCクラスペアが追走する。

「少し様子が変だな」

「あ? 何がだよ」

 応援する須藤は顔をこちらに向けることなくオレの独り言に突っ込んできた。

「いや……堀北の動きが固いと思ったんだ」

「……言われてみりゃ、確かに」

 練習時には常に相手を無理やり引っ張っていた堀北だが、本番では櫛田に先導されているように見えた。やはり足の痛みが大きく影響しているようだ。

 櫛田がペアだからというのも考えられたが、障害物競争で転んだ時に痛めた足のダメージはかなりのものらしい。

 懸命にペースを上げようとしているように見えたが体がついてこない印象だ。

 1位2位との差は縮まるどころか徐々に開いていき最下位のBクラスが迫って来る。

 負けないように逃げ切るコース取りへと2人はシフトすることを決めたようだ。Bクラスの前に位置取ることで進路を妨害するねらいか。

 Bクラスも負けじと抜き去ろうと試みるが、ほぼ走力は同じためく行かない。

 激しい3位争いにギャラリーの声援も上がる。進路をふさぐことに気を取られていた堀北たちは、一瞬のすきを突かれてBクラスに逆転を許してしまう。

「うおおお、惜しい!」

 懸命な走りだったが、結果は最下位。期待された勝利はまたも遠のいてしまった。


    7


 10分間の休憩時間になり、各々トイレや水分補給を行う。ほりきたは保健室で湿布をもらうと言い残し校内へと向かった。焼け石に水とはいえ何もしないよりはましだろう。

 オレは動かず、自陣内に残り他クラスの様子をうかがうことにした。集団は遠目に観察するだけでも様々な情報を拾うことが可能だ。それが如実に現れていたのはやはりAクラス。

 かつらさかやなぎの関係のいびつさが浮き彫りだ。誰が見ても明らかな2つの派閥が肉眼で見て取れる。双方の仲間はれ合うつもりはないのか、ほとんど接触しあう気配がない。

 クラスに二人のリーダーを据えること自体はけしておかしなことじゃない。うちのクラスもひらを筆頭にしながらもかるざわくし、今回ではどうがクラスをけんいんしている。

 都度変化を繰り返しているわけだが、それでもある程度クラスは1つにまとまっている。内部でいがみ合うほど分裂してはいない。

 しかしAクラスはこつに敵対しあっているのが分かる。今までの試験では見えてこなかった、ポイントの増減だけでは判断し切れなかった事実。

「よくも見事にここまで仲違い出来たもんだな」

 やはり坂柳派の方が多い。

 程なくして手洗いから戻ってきた平田がそばに来たのでオレは声をかけることにした。

「なあ。坂柳ってどんな生徒なんだ?」

「やっぱりあやの小路こうじくんも彼女が気になるみたいだね」

「仮にも葛城と対等以上にリーダーをしてるって聞いたら気にもなるかな」

 分からないのは坂柳という少女の考え方、そのあり方だ。今回の体育祭に関して何一つ注文を付けることもなくただ沈黙を貫き通し、それでいて葛城に対する妨害工作のようなだけしている。他クラスとの争いではなくAクラス内のみの抗争で、葛城を落とすためならポイントを失っても良いとさえ思っていそうなほどだ。

 クラス支配のために敵対するのはもちろん可能性としてありうる。だが普通に考えれば敵の敵は味方。まずは他クラスに負けないよう連携を取るのが普通だろう。

「彼女は口調も丁寧だし、人当たりも良くて大人しい。だから僕は特に不思議には思っていなかったんだ。多分他のクラスの生徒も同じじゃないかな。でもAクラスでは違うみたいだね。攻撃的で冷酷なんて話を聞いたことがあるよ」

 オレたちが知らない一面は当然あるんだろうが、敵対する人間のセリフをみにすることも出来ない。まだ会話すら交わしたことがないのだから。

 それにこの体育祭は彼女にとっても手出し出来ない試験なのは間違いない。運動を許されない身体からだである以上、露骨に行動する気はないのかも知れない。

「今回はAクラスを気にめる必要はないんじゃないかな。仲間同士だしね」

「そうだな」

 足の引っ張り合いをするメリットはほとんどない。少なくともDクラスへの妨害工作などは行われないだろうし、行われていないと言い切れる。一方で妨害工作をしてもおかしくないCクラスはどうだろうか。向かいの陣営に目を向ける。そこではりゆうえんを中心に、まるで王様に付き従うように男子生徒たちが群がっていた。今現在、最も異質な戦略で戦う男。

 この体育祭でも他クラスを精神的に痛めつめるような戦いをしてダメージを負わせている。特にどうはその影響を色濃く受けているからな。それ以外にもいくつかさくりやくと思えるようなものも見え隠れしている。

 そして最後、強敵であるAクラスと敵対し、裏切る可能性のあるCクラスと組まされたBクラスの様子はどうだろうか。常に明るく前向きに行動し、そして正々堂々と戦っているいちたち。一見する限りその体制に狂いはないように感じられた。様々な生徒のがおや身振り手振りがえず、心底体育祭を楽しんでいるように見えたからだ。


    8


 程なく休憩時間が終ると競技の順番が一時的に逆転し、女子騎馬戦が幕を開ける。1年の女子たち全員がグラウンドの中央に集まる。当然ここでもDA連合BC連合の対決だ。

 騎馬戦のルールは男女共に同じで時間制限方式。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた仲間騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。騎馬は4人1組。それぞれのクラスから4つの騎馬が選出され8対8の形になる(そのため一部余った生徒は補欠、予備の人材あつかいだ)。1騎馬につき50点、クラスごとに1騎馬だけ大将騎が存在し大将は100点を保持している。これは生き残っても入る点数だし、相手のハチマキを奪うことでも同等の点数が手に入る。もしも一騎当千の力があれば一度に400点500点得ることも不可能ではない。ちなみにDクラスで騎手を務める一人はほりきた。下を支えるのはいしざきみやこんどう。機動力としては悪くない。他の騎手にはかるざわくしもりが選出されていた。

 問題は運動が苦手な生徒たちで構築された森の騎馬だろう。ねらわれれば真っ先に敗れる可能性が高い。あえてその弱い騎馬を大将とすることで戦いには参戦させず、それを守る形で3つの騎馬が囲む作戦を展開するようだ。攻めてきた相手を返り討ちにする狙いか。

 試合の合図と共にCクラスとBクラスの騎馬が静かに距離を詰め始める。

 中でもやる気に満ちていたのは、やはりCクラスのぶき。騎手役になった伊吹は迷わず指示を飛ばし堀北へと向かっていた。いや、伊吹だけじゃない。

「お、おいおい何だよあれ!?」

 見守るいけがそう叫び、隣で須藤が歯を食いしばる様子がすぐに伝わってきた。

 Cクラスはもう1つの敵であるAクラスを全く相手にせず、そしてDクラスの大将や他の騎馬に目もくれずほりきたの騎馬だけを取り囲んだ。あまりにもこつ過ぎるねらい。

 4つの騎馬が堀北に襲い掛かる。向こうの戦略は各個撃破か、あるいは堀北さえ倒さればいいと思っているのか。りゆうえんが指揮しているのならどちらもあり得る話だ。

 多勢に無勢の状況で期待するのはAクラスの助っ人だが、ぎよを狙うつもりなのかAクラスはけんせいするだけで露骨にその戦いに参戦する素振りは見せない。

「露骨に堀北狙ってるよな、あれってさ」

「クソが……龍園の指示だろっ。あのボケカス!」

「まぁ仕方ないだろ。堀北はDクラスをまとめてる人間として周知されつつある」

 頭をつぶす重要性は戦争でも競技でも同じことだ。龍園の手口はけして悪いものじゃない。

 その状況を見て真っ先に動いたのは、救援に駆けつけようとするかるざわひきいる騎馬軍。中央で軽井沢を支えるしのはらが駆けた。しかしそれを阻んだのはBクラスの大将騎馬、いちだった。Aクラスと違い、Bクラスは独断で行動するCクラスにしっかりとフォローに入る。ぶつかり合う軽井沢対一之瀬。先に仕掛けたのは軽井沢達だった。

 それも必然か、狙われつつある堀北を援護するには一早く片づけなければならない。

 軽井沢を支える3人の女子たちは飛びぬけた運動神経を有していない。あくまでも仲の良い友達で構築された連係プレイを主体とした騎馬。対するのはBクラスでも指折りの実力者たちを騎馬に据えたいち。攻めるかるざわにもものじせず、それをりようする軽快な動きで攻めをける。

 しかし一方で、直接攻撃可能な一之瀬の動きはほどキレがない。その攻めに対して軽井沢はなんとかく対応し応戦出来ていた。結束力VS機動力の勝負は、思いのほか長引くようそうを見せた。

「すっげーいい勝負だな!」

 場の興奮が高まりつつある中、硬直する2つの騎馬以外の状況に変化が表れ始める。

 歓声がく。オレが軽井沢たちの動きを見ている間に、1つの騎馬がハチマキを奪われたのだ。それはやはりほりきただった。4騎馬から同時に攻め立てられ、そのしつような攻撃を避けきれず撃沈したのだ。結構派手に落馬したのか、地べたに倒れこんでいて悔しそうに上半身を起こそうとしていた。しかし、今のような状態であればどうであったとしても勝ち目はなかっただろう。敗因は即座に救援に駆けつけなかったAクラスにある。

 ともかく過ぎ去ったものは仕方がない。堀北の敗北を皮切りに乱戦が始まった。1騎欠いたDクラスはBクラスにも追撃を加えられた結果、またたに連携が乱れ、落馬したりハチマキを奪われたりと軽井沢以外の2騎は抵抗するもむなしく脱落してしまう。

 一之瀬ときつこうしたバトルを繰り広げていた軽井沢は一瞬とはいえ8対1という場面へと持ち込まれると、最後の最後、落ちる寸前に自爆覚悟でBクラスの別の騎馬からハチマキを奪うことに成功し相打ちで勝負を決めることに成功する。1騎失ったものの、CクラスとBクラスは残ったAクラスに襲い掛かりAクラスは全滅。逆に相手チームは2騎の損害で済む大敗を喫してしまった。

 悔しさをころしながら陣地に戻ってきた堀北。須藤はすぐに声をかけに行く。

「気にすんな。今のは無理だ、つか他のやつらのカバーが遅かったのが悪いぜ」

「……負けたことに違いはないわ。私も向こうの勢いに飲まれてしまった」

 確かにCクラスからは意地でも堀北の騎馬を倒すという気迫が伝わってきた。

 さっきも思ったが、アレではどの騎馬でも太刀打ちできなかっただろう。

「任せとけ。おまえの分まで俺があばれて来てやるからよ」

 そう言って須藤が格好つけるように言った。普段なら届かないような言葉も、今の弱った堀北にはわずかながら響いたようだった。

「期待させてもらうわ」

 そう短くだが、須藤に対してこたえたのだ。

「っしゃ行くぞお前ら!」

 叫ぶ須藤。男子の騎馬戦が始まる。オレは騎馬役として右方を務める。須藤は真ん中でどっしりと構え、左方には三宅みやけ。騎手にひらとクラス内最強の騎馬が編成された。

 仮に仲間の騎馬がやられても勝てる可能性を持たせた一騎当千型だ。

「おいひら。おまえはハチマキを奪われないこと、そんで落ちないことだけに集中しろ」

「……例の作戦を使う、ってことだね?」

「棒倒しじゃ散々やられたからな。ようしやしねぇで勝ちに行く」

 表情は見えなかったが、どうがにやりと笑ったことだけは分かった。授業中何度も練習させられたあの手を使ってせんめつねらう算段だろう。

「だけど僕からも一つ提案させてもらえないかな。さっきの女子の試合を見ていて勝つための方法を一つ思いついたんだ。かつらくんにも伝達済みだよ。各個撃破されたんじゃ苦しいからね」

 試合開始の合図と共に、平田の指示の下、Dクラスの騎馬はすべてAクラスの騎馬隊に合流した。Aクラスにまぎれることで強制的に大きな塊を作り上げる。女子の試合では襲われるDクラスを見殺しにした節があったが、ただ負けることはAクラスも望んでいないだろう。

 その様子を見てCクラスの大将を務めるりゆうえんが不敵に笑う。

 細かな連携が取れないのなら、おおざつな命令で強引に足並みをそろえる。葛城の号令と共に8つのDA連合の騎馬が相手チームへと突撃していく。

「狙うはクソ龍園の首一つ! うらぁ! ぶっ飛べや!!」

 またたにフィールド全体で戦闘が始まる中、平田の騎馬である須藤が全力疾走で飛び出す。半ば暴走とも取れる行動にBクラスの騎馬が立ちふさがる。しかし……。

「邪魔すんじゃねーよ!」

 須藤は止まることもなく敵騎馬にこんしんの体当たりをかましバランスを崩させた。

「うわぁ!?」

 須藤に体格負けする向こうはなすすべもなく騎手ごと崩れ落ちる。

「どうだオラ!」

 まるで野獣のように見下し、次の獲物へとシフトする。体当たりは反則とされることもあるようだが、この学校ではルール上問題ないことを学校に既に確認済みだ。

 開幕の強烈な印象で相手チームがひるむ。体格と性格が伴わなければ実現できない案。

 しかしこの強攻策にも欠点はある。騎手を落としてもハチマキを奪ったあつかいにはならず自滅扱いになる。本来得るはずの50点が宙に浮いてしまったことになるのだ。それでも、ハチマキを奪いにかかれば相応のリスクも負う。須藤らしい作戦としてありだろう。だがまだ油断は出来ない。Bクラスにはかんざきしばを入れた機動力を活かした大将騎、Cクラスには龍園を騎手に置き下を腕っ節自慢で固めたパワータイプの大将騎が残っている。この2つを倒さない限りDA連合に勝機はない。龍園の考えも読みづらく不気味だ。

「須藤くんっ、まずは周りの人たちから倒そう。龍園くんは最後にっ」

「あぁ? まどろっこしいこと言ってんじゃねーよ! 狙うは大将首だろうが!」

 そうえる須藤の言うこともわからないではないが、龍園の前を阻む壁は厚い。

「ここで感情に流されたら彼の思うつぼだよ。最後に勝つために必要なことをしよう」

「ちっ──!」

 オレたちの前にCクラスの2組の騎馬が襲い掛かる。

 踏んづけられたうらみもありりゆうえんに襲い掛かりたいところをどうもグッとこらえる。

「わーったよ、まずはこいつらをらせばいいんだろ!」

 倒すためには神経を集中させる必要がある相手だ。ひらがコントロールする。

 棒倒しでは圧倒的な力の前に敗れたが、今回は展開が違った。須藤がBクラスとCクラス合わせて3つを崩し圧倒的な力の差を見せつけた。その勢いに乗るようにかつらたちAクラスの生徒は3騎失いながらもしばかんざきの騎馬を討ち取ることに成功する。

 残った敵は大将騎、龍園のみ。一方でこちらは平田、葛城の2騎を生存させながらDクラスは他にも1つの騎馬を残す絶好の状況を作り出した。

「オラオラ3対1だぜ? この勝負はもらったな!」

 くばせした葛城と平田、騎馬2つが龍園を包囲する。もう1騎も少し離れながら龍園をターゲットにとらえる。1つハチマキを奪っていることから龍園騎の強さはある程度はかれるが、それでも多勢に無勢だろう。

 だが龍園は慌てない。動じない。むしろこの絶体絶命の状況を楽しんでいるようだった。

 油断はないが負けもない。そんな空気の流れ。平田と葛城、同時にかかれば最悪1騎やられてもどちらかが龍園のハチマキを奪える。それで勝ちは確定するだろう。

 そんな状況だからこそ、龍園は相手の心のすきを突く。

「名前は覚えたぜ須藤。さっき俺に踏まれて苦しそうだったな」

「言ってろ。今からおまえをぶっ倒してやるからよ」

「騎馬の足の分際で中々偉そうだな。馬を見下ろすのは中々気持ちがいいもんだ」

「へっ。馬の上に乗ってる方が偉いとは限らねーんだよ」

「へえ……だったらタイマンでもしなきゃ意味ねーな」

「あぁ?」

「いや、おまえが2対1じゃなきゃ俺に勝てないって言うなら仕方ない。だが『勝ち』ってのは基本的にタイマンで勝ってこそ意味がある。挟み撃ちで勝って気取る気か?」

「んだと……!」

「ダメだよ須藤くん。彼の挑発に乗るのは得策じゃない。葛城君と協力しよう」

「……わかってんよ」

「わかってねーのはおまえだ須藤。前にこいつらの面倒見てくれたようだが、その時も大方きような手を使ったんだろ? 信頼する俺の仲間が正面からやられるわけないしな」

 龍園の身体からだを支える騎馬の一部は須藤と問題を起こしたバスケ部の連中でもある。

「ざけんな。けんの弱いカスだぜそいつら」

「証拠もねーのに強気だなオイ。もしそうじゃねーってならタイマンで来いよ。それで俺を倒すことが出来たら土下座でも何でもしてやるよ」

「……決まりだ。今の言葉忘れんなよりゆうえん! 聞いたろかつら、絶対手ぇ出すなよ!」

「何を言っている、この機を逃すのは愚行だ。確実に挟み撃ちで倒すべきだろう」

「もし手ぇ出しやがったら、おまえの騎馬をぶっ倒すからな」

 どうやら龍園の安い挑発に乗ってしまったらしい。既にタイマンしか頭にはないようだ。

 元々けんぱやく強気などうの性格をよく分かっている。

「どうしても1対1をするんだね、須藤くん。……やるなら勝とう」

 須藤の性格と行動をひらも熟知している。一度スイッチが入ったら中々オフにはならない。ここで不用意に説得を続けても得じゃないと判断したのかタイマンをこうていする。

「当たり前だ。絶対にハチマキ取られんなよ平田ぁ!」

 須藤の強引な合図で騎馬は前へ。葛城は苦々しい顔をしながらも戦局を見守ることを決める。手を出せば須藤が味方といえども攻撃してくると判断したからだ。

 突撃した須藤の体当たり。だが相手の騎馬はそれに動じず踏ん張る。パワーは互角だ。

 龍園を守る騎馬の中心は噂のハーフやまだ。その迫力が凄い。噂通りの屈強なパワーだ。

 須藤の舌打ち。それは押し切れないことへのいらちだろうか。平田を支える両翼のオレと三宅みやけでは須藤並の馬力を出すことは当然出来ない。須藤の馬力を10とするなら、オレたち2人は5。対する龍園の騎馬はハーフのやまが9か10。残りが7、8と強敵だ。

「面白ぇな。ほらほら来いよ。ウチのアルベルトに力負けか?」

 平田を挑発する龍園は先に仕掛けることもなく手招きした。

 龍園はこれまでの試合、相手にも恵まれつつ個人競技はすべて1位。運動神経は悪くない。

 平田が伸ばす手をく避けながら様子を見て来る。

 平田を支えながら龍園との攻防を見る限り実力はほぼ互角。どちらが勝ってもおかしくない。だが口調こそ攻撃的だが、龍園は無駄に仕掛けてくる様子はなかった。平田が3仕掛けるのに対し1の割合でスタミナを温存している。要はこのバトルは通過点であり、後に控える葛城たちに対しての余力を残している証拠だ。負ける気はサラサラないらしい。なら、そのすきを突く必要がある。繰り返し攻撃をしていれば平田にもチャンスは訪れる。

「まだかよ平田ぁ!」

 一人で相手の騎馬から受ける攻撃のほとんどを対処する須藤から苦しい声が飛ぶ。

「もう少しっ──!」

 フェイントを織り交ぜながら伸ばす腕。その腕がついになびく龍園のハチマキをつかんだのだ。ただし掴んだのは先の数センチ。懸命に手元に引き寄せる。

「っ!?」

 確かにハチマキを掴んだ平田だったが、奪うまでには至らなかったのか手をするりとハチマキが抜ける。

「何やってんだよひら! 取れよ! こっちは相当体力使ってんだぞ!」

「ごめん……ちょっと手が滑って!」

 息を荒くしながらも再度アタックをねらどう。それを不敵に待ち構えるりゆうえん

 いまだ攻撃らしい攻撃を仕掛けない龍園と違い、攻撃ばかりの平田の息が上がりはじめる。

「どうしたそんなもんか?」

「くっ……! ごめん須藤くん、一度下がって!」

 叫ぶ平田に従い一度距離を取る。激しく動くこちらと、ほぼその場を動かない龍園側とでは体力のしようもうが違う。龍園はオレたちを倒したあとのかつら戦まで見据えているのだろう。

 ひざが震えだす須藤は、息もえに体勢を立て直した。

「次が……ラストだぞ平田。絶対に奪えよ!」

「……わかった。やってみるよ」

 平田も一度呼吸を落ち着け、龍園のハチマキを奪うことだけに集中する。

「食らえやああああ!!」

 最後の力を振り絞って体当たりをかましたが騎馬が倒れるには至らず。またも騎手同士の戦いへと突入する。しかし平田は攻めてこないと踏みけに出て無防備に手を伸ばした。

 そのリスクを負っただけの価値が生まれる。

「取った!」

 ただぐ、堂々と伸ばした腕。その平田が再度ハチマキを握りこむことに成功した。だが、再びその手からハチマキがするりと抜け出てしまった。

「なんっ──!?」

 その動揺を見逃さなかった龍園の手が無防備な体勢になった平田のハチマキをつかんだ。カウンターの形で握りこんだその手の位置はハチマキの奥深く。そして力強い。引き抜くとあつないほどあっさりとハチマキは頭から外れる。須藤は負けたと感じたと同時にひざから崩れ平田が騎馬から落ちてしまった。

 高らかに掲げられる平田のハチマキ。ただちに陣内から出るように審判から警告が下る。

「くそっ!」

 荒ぶる須藤が立ち上がりながら龍園をにらみつける。

 だがジッとしているとどんな注意を受けるか分からない。須藤の背中を押し外へ向かう。

「惜しかったな」

 そうあざ笑うように龍園は一言残した。

 まだ敗北を受け入れるには早い。残されたAクラスの葛城、大将騎が龍園に果敢に挑む。騎馬の頭を務める葛城は、騎手であるひこに指示を飛ばしてつてい抗戦を見せる。須藤が撤退したことでDクラスの残り1騎も加わり2対1が実現する。

 しかしひらと同じくハチマキをつかんだかと思えば取りきれないという似た展開を繰り広げた末に、ひこ、そしてDクラスはハチマキを奪い取られてしまった。

 最小限の動きながら、圧巻の強さを見せ付けたりゆうえんが最後まで生き残った。

 試合終了の合図が鳴ると共に、自分のハチマキを外してそれを振り回し勝利をアピール。ああしててつていして挑発こうを繰り返すのも戦略の一つだろう。

「あいつにだけは負けたくなかったのによ! しっかりしろよ平田!」

 龍園にだけは負けられなかっただけに、どうのフラストレーションは本日最高レベル。

 あばれだして場をめちゃくちゃにしてもおかしくない状況になりつつあった。

「ごめん須藤くん。ハチマキが変にれてたせいで引っ張りきれなかったんだ。てっきり汗だと思っていたんだけど、ちょっと変な気がして……」

 平田はそう言って手を見せてくる。オレがそれに指先で触れると、やや粘り気のある透明の液体が付着しているのが分かった。

「汗じゃないな」

「ってことはあの野郎……!」

 自らも指先で触れ確かめた須藤は当然龍園の元へと詰め寄った。

「おい反則だろテメェ! ハチマキに何か塗り込みやがったな!」

 える須藤に対し、龍園は悪びれる様子もなく堂々と言った。

「あ? しらねーよ。もしそうだとしたら髪のワックスだろ。負け犬が吠えるなよ」

 ハチマキをした際に髪の毛から付着したのだろうと言い切る。

 勝利と共に振り回した影響か、地面でぬぐってしまったのか、龍園が手に持っていたハチマキはそれほど濡れておらず汚れているだけ。証拠は消し去られてしまったようだった。

「須藤、ここじゃ騒ぎになる。とりあえずテントに戻った方がいいと思う」

 こつに審判がこちらをにらんでいるのが分かった。騒ぎになっても龍園が塗りこんだ証拠は出てこないだろうし、事実髪のワックスを使ったんだろうと思う。そうでなければリスクのある反則を繰り出すことはしないだろう。

「わかってんよ! つかあやの小路こうじおまえも戦犯だからな! もっとしっかり支えてろよ!」

 テントに戻ってからも須藤は冷静さを取り戻す気配はなかった。

 いったん一人にして落ち着けようと距離を取る。

 騎馬戦から戻って来たオレに声をかけてきたのはかるざわだった。

「ねえきよたか。ヤバイんじゃない?」

「なにが? って何で下の名前なんだ」

「なんでって……ようすけくんって呼ぶようになったし、あんたも一応ね」

 ならどうして呼び捨てになっているのか。単純に平田より下に見てるってことだろうか。

 深く考えるまでもない……そういうことだろうな。

「それよりほりきたさん。さっきからかなり苦戦してない? 今やった騎馬戦だってボロボロだし。フォローしようにもあれじゃちやちやなんだけど」

「そうだな」

 堀北は競技で苦しめられ、団体戦だけじゃなく全体的にも順位を大きく落としている。その理由は明白だ。障害物競走で負傷したことによる右足の負傷だ。通常なら棄権を申し出たいところだろうが、そうなればDクラスはまたも大きく後退することになるだろう。

「ま、責めるつもりはないけどね。相手が悪すぎるし」

 かるざわの言うように堀北が悪いわけではない。ことごとく厳しい相手と当たっている。どの競技でも部活で指折りの生徒たちと試合をさせられては流石さすがに勝利は難しい。

 だがこれを偶然として片付けるにはあまりにもかたよりすぎている。

「無理も無いな。完全にねらちされてるんだから」

「狙い撃ちって、やたらすごい人たちとぶつかってるのが偶然じゃないってこと?」

「そうとしか考えられない。あいつの運動神経の良さはおまえも知ってるだろ」

 堀北が悪いのではなく、競わされている相手が上なだけ。

 しかし連続して下位を取らされている姿は敵味方問わず目だって仕方ないだろう。

 特に堀北は注目され始めているから余計に。

 騎馬戦でも真っ先に狙われているのは根底に狙い撃ちがあるからに他ならない。

 そして恐らくそれを指示しているのは──。

 向かい側の陣営で王様のように振舞うりゆうえんかける。あの男をいて他にいない。

 あいつは現在進行形でCクラスを勝たせること以上に優先して堀北をたたいている。

「嫌がらせってやつだ」

「誰かが堀北さんに嫌がらせをしてる……? って、でもどうやって……」

「ちなみに堀北だけじゃなく全員が競技の何組目に出るのかを全部知られてる。運動の得意などうでらには弱い相手をぶつけ、運動が苦手なそとむらゆきむらいけたちにはギリギリ勝てる生徒をぶつけてる。要はいいようにもてあそばれてるってことだ」

 それもすべて同じCクラスの生徒だ。

「……クラスの情報が筒抜けだった……参加表のリストがれてたと?」

「そうだ。あらかじめ取り決めたその全てが龍園に情報として伝わってる」

「そんなことって……でも確かに、堀北さんの相手はいつも──じまさんときのしたさん……あんたが前に言ってた誰かが裏切るって、これが関係してるってこと?」

 オレは小さくうなずき、この状況がにまずいかを悟らせる。

「そんなこと……なんでわかってたわけ……? なんていうか、あんたが裏切者だったって言われた方が驚かないくらいなんだけど……違うんでしょ?」

「残念ながらな」

『誰が』という部分はさておき、クラスの情報が筒抜けになっているという事実が大切。

 ひらを筆頭に取り決めた競技の順番、戦略、そのすべてがりゆうえんに知られている。

 ヤツはその情報を元に2つのことを実行した。

 1つはどうや平田など優秀な生徒に対して弱い生徒をぶつけること。そして確実に運動神経が上回っている生徒をいけやまうちなんかの運動音痴にぶつけて勝ちを拾っている。こちらも当然それを意識した組み合わせにしてはいるが、全てを知って後出しするCクラスのほうがより成果を挙げられることは間違いない。

 そしてもう一つはほりきたねらち。だがこれはクラスを勝たせるためとは直結しない。

 ヤツ自身が堀北をつぶすためだけに強力なこまをぶつけてたたき潰そうとしている。

 事実メンツは丸潰れだ。Dクラス内でランク付けすれば堀北は下位に沈んでいる。

 これらの作戦は如実に龍園かけるという男の特徴を見せつけるものだった。もし作戦をもっとバレないようにしたければ細かく生徒を入れ替えることもできたはず。だがあえてそれをしないのは作戦に気付かせて驚かせたい、ぎもを抜きたいという気持ちが透けているからだ。

「助けてあげないわけ?」

「どうやって」

「それは……わかんないけど」

「この体育祭の参加表は既に確定してしまってる。どうすることも出来ない」

「このままDクラスが負けるかもってこと?」

「だろうな」

「何とかできない?」

「オレに相談せず平田に言うべき言葉だと思うぞ」

「それは、そうなんだけど……。なんかあんたなら、考えてる気がして……」

 この体育祭は衆人環視体制だ。無人島のように沢山の死角があるわけじゃない。教師も生徒も大多数が見ている中で悟られず何かをするのは至難の業だ。いちかつらたちのように正面から戦って勝つか龍園のようにリスクをとりながらきような手を繰り返す以外に方法はないと言える。龍園の場合も、あの動きや口調を見るに念入りなリハーサル、練習を行った上で反則こうを行っていることがうかがえる。要は体育祭が行われる前の段階で結果のほとんどは決まってしまっているということだ。

「おまえ堀北のことをどう思ってる」

「どうって……好きじゃないけど。お高く止まってて生意気」

「なのに心配するんだな」

「何となく自分とダブって見えてきたからかもね」

 狙い撃ち、集中砲火を浴びて苦渋をめさせられる。

 そこに昔のいじめられていた自分を重ねてしまったということか。

「今って多分Dクラスが最下位よね……? 勝つ方法は残ってるわけ?」

「心配ない。ここまでは全部想定済みだ」

「やっぱ色々考えてんじゃん。で。どうやって勝つわけ?」

「勝つ? 別に勝つつもりはない。今回もっとも大切なのは何もしないことだ」

「え?」

 オレからの回答にかるざわは思わず口をポカンとあけた。

「この体育祭、やられるだけやられればいい。そうすることが後の力になる」

「それってどういう──」

 軽井沢の追及からどうやって逃れようかと思っていると、急に怒号が聞こえた。

「マジでボコボコにしてやる、あの野郎!」

 鬼と化したどうがCクラスに向かって力強く歩き出した。団体戦では繰り返し相手を挑発するこうを行い、ほりきたねらちしたかのようなりゆうえんの発言。

 すべては今、須藤を暴走させるためのせきだったとさえ思えてしまうほどの展開だ。

「須藤くんの言いたいことは分かるよ。でも少し冷静になる必要があるんじゃないかな。君が龍園くんに暴力を振るったらどうなるか結果は分かるはずだよ」

 そんな須藤を止めるべくひらが前に立ちふさがるが、その平田を力強く押しのけた。

「るせぇよ! ふざけてんのはあいつだろ! 反則ばっかりしやがって!」

「反則の可能性は高いと思う。だけどその証明は難しいんじゃないかな」

 棒倒しの踏みつけや、綱引きの手抜きはマナー違反ではあるがグレーであるし、ワックスをつけていた騎馬戦だって証拠のない今ではおくそくの話でしかない。少なくとも怒りに任せて詰め寄る須藤ではあしらわれるどころか逆手に取られてしまうだろう。こんな大衆の面前で他クラスに暴力を振るえば、須藤個人の失格だけでは済まされない可能性もある。

「この体育祭じゃ俺がリーダーだ。従えよ平田、一緒に龍園に詰め寄るぞ」

「僕は君がリーダーであることを否定するつもりはないよ。この体育祭に限って言えば間違いなく君がリーダーだ。でも周りを見て欲しい。今の君のことをリーダーとして認めてる人がどれだけいるかな?」

 須藤は周りを見渡す。怒られおびえているいけたちをはじめ、ほとんどの生徒はイラつく須藤のそばに近寄ろうともしない。誰も彼もがげきりんに触れないよう距離を置いている。堀北も同じで、須藤の言動や態度にあきれたような目を向けていた。

 これが今のDクラスの現状、受け入れ改善しなければならない形だ。

「俺はクラスのために必死になってんだろうがっ……」

 そう怒りの声を絞り出した須藤だったが、平田以外の生徒が声をあげた。

「本当にそうなのか? おまえ、クラスを勝たせたいって気持ちより自分が活躍したい、自分のすごさを見せ付けたいとしか思ってないんじゃないか? 少なくとも俺にはそう見える。ただ感情に任せて使える使えないを判断して、あおって、それでクラスが勝てるなら苦労しないだろ。リーダーとして振舞うなら冷静な判断と的確なアドバイスが必要だ」

 切り出したのはゆきむら。体育祭でも結果に苦しんでいるが真剣に取り組んでいる生徒だ。

「るせぇ……」

「僕も同じ気持ちだよどうくん。須藤くんを頼りにしているからこそ、もっと大局的に状況を見て欲しい。そして沢山の仲間の気持ちにこたえて欲しいんだ」

「るせぇよ……」

「君なら出来るはずだよ須藤くん。だから──」

「うるせぇって言ってんだろ!」

 ゴッ、と鈍い音がしたかと思うと隣に立っていたひらが後ろに吹き飛び地面へと倒れこんだ。須藤の目は血走っていて、自分がした過ちにすら気がついていないようだった。

 次に誰かが余計なことを口走れば同様になぐられるだろう。

 いや、今既に幸村にまで殴りかかろうとしている。

 だが平田を殴ってしまったことで嫌でも注目を浴びることとなった須藤は、当然教師の目にもまってしまう。クラス内のごとと言えど暴力となれば注意では済まない。

「何事だ」

 クラスを監視する役目でもあるちやばしら先生が倒れこんだ平田へと近づく。そして須藤の激高した姿と殴られ赤くなったほおを見れば何が起こったかを想像するのは簡単だ。

「殴ったのか」

 理由を聞くこともなく事実だけを聞き出そうとする茶柱先生。りゆういんの下がっていない須藤は否定することもせずいらちながら答えた。

「……だったら何だってんだ」

 こうていする須藤に対して、平田は起き上がりながら慌てて訂正する。

「違います先生、僕が勝手に転んだだけですから」

「とてもそうは見えないがな」

「違います。僕がそう言ってるんですから、問題はないはずですよね」

 殴った事実と殴られた事実の両方をそろえさせるわけには行かない。平田の判断は正しい。

 少しだけ間をあけた茶柱先生だったが、すぐにジャッジを下す。

「確かにその通りだ。被害者が何もないというならひとまず問題はない。だが客観的に見ておまえたちの間に何らかのトラブルがあった可能性がある。今は互いに距離を取れ。それから上の方に報告だけは上げておく。再発防止のためだ」

「トラブルは一切ありませんが誤解は生みたくありません。分かりました」

 平田の落ち着いた対応のお陰で事なきを得る。平田は須藤の視界から外れるように距離をおいた。対するどうは怒りを抑えきれないのかそばのパイプを思い切りばした。

 ちやばしら先生監視の下ではCクラスになぐりこむことも出来ない。

「やってられっか。勝手に負けてろよども。体育祭なんてクソ食らえだ」

 一瞬須藤は一部始終を見ていたほりきたを見たが、視線をらされてしまう。

 須藤は陣地を離れ寮の方へ向かって歩き出してしまった。

「大変なことになったなあやの小路こうじ

「オレには関係ないですけどね」

 こうえんは体調不良で欠場。そして今度は須藤が去ってしまった。劣勢だったDクラスの状況を決定付けるには申し分ないほどひどい状況だな。

「大丈夫かひら

「うん、ちょっといいのをもらっちゃったけどね」

 幸いにも口内が少し切れただけのようで目立った大きながいしようはなさそうだ。

「けどどうしようか……流石さすがにまずいね」


    9


 そんな波乱のDクラスをに2年、3年の騎馬戦は順調に進んでいった。堀北は結局須藤に声をかけることもなく、近づくことも出来ない兄の出番にばかり目を奪われていた。

 結局騎馬戦が終わっても須藤は戻ってくることがなく、全員参加種目最後の200メートル走が始まってしまった。学校側は生徒が一人二人いなくなってもお構いなしに競技を進行していく。それがルール、それが決まり。オレたちのもとりゆうえんが近づいてくる。

「平田。須藤はどうした? 便所か?」

 いない者はただ失格あつかいにされ得点が貰えないだけ。明確なルールのみを順守している。

 龍園は遠目にDクラスを観察でもしていたのか、まるですべて近くで見ていたかのような口ぶり。今度は平田の精神状態にでもちょっかいを出そうというのか。

「ワケあって須藤くんは休憩してるんだ。すぐに戻ってくるよ」

「クク。根拠のないことは口にするもんじゃないと思うがな」

 2レース目に名前を呼ばれた龍園がコースに入っていく。

「それよりも龍園くんは、個人競技で今まで全部1位だったんだってね」

 その背中に、平田は静かなる闘志を燃やしながら声をかけた。

「それがどうした」

「今回もメンバー的に1位がとれそうだし、龍園くんは運がいいみたいだね」

「ツキはあるほうだからな」

「そのツキがいつまで続くかは分からないよ。流れはちょっとしたことで変わるからね」

「あぁ?」

「君の考えていることは分かってるということだよ」

 りゆうえんは何のことだといった様子を見せ鼻で笑った。そこにひらが続ける。

「君がDクラスの参加表リストを入手していることも、Dクラスの生徒の身体能力の詳細を知っていることも。そしてそれを利用していることも分かっていたんだ。僕らだってバカじゃない。手の内はいくつか隠させてもらってる」

「それがハッタリじゃなきゃ面白いんだがな。これまでのCクラスとDクラスの対決を見てれば嫌でも不可思議なことに気づく。真実を知らずともカマくらいかけれるからなぁ」

「うん。だからひとつ宣言するよ。今日という日が終わるまでに面白いものを見せるって」

「面白いものだと? なら楽しみにしておくぜ」

 平田からのなぞめいた挑発も、あくまで龍園は話半分に聞いていた。内心動揺している可能性も、結局200メートル走で手堅く1位を奪取したところを見るとなかったようだ。

「次のどうの出番まで1時間と少しってところか……」

 2年や3年が行っている200メートル走と50分の昼休み休憩。それらが終わるまでに須藤が戻らなければチェックメイトだ。エース不在では後半のすいせん競技に勝ち目はない。

 あいつを突き動かせる存在は、このクラスには1人しかいない。

 その1人は自分の役目と重要性をいい加減理解できただろうか? 200メートル走を3位で終えたオレは、ほりきたが競技を終え戻って来るのを静かに待っていた。

「堀北。須藤についての話の流れは理解してるな?」

「リーダーの資質を問われた彼が、自分のなさに気づいて逃げ出した」

「……まぁ、ざっくりと言えば」

「私のところに来た理由は? まさか須藤くんを連れ戻せなんて言わないでしょうね」

「分かってるなら聞くな。もうすぐ昼休みだ、おまえの力が必要なんじゃないか?」

「分からないわね、頼るべき人は他にいる。私に彼が連れ戻せるわけないでしょう?」

 それ本気で言ってるのか? と思ったが本気だろうな。

 こいつは須藤に異性として好意を向けられていることに全く気がついていない。

「そもそも今の私は他人を気遣っていられるような状態じゃないもの……」

 競技で苦戦をいられている堀北はグッとクラスの点数を落としてしまっている。

 今は自分のことで精一杯だろう。そんな気持ちは分からなくはない。それに加えて他のクラスメイトも須藤の後を追う意志のある者は少ない。体育祭の結果に多大なる影響を与えると分かっていながら自分勝手な須藤を放置してしまっている。須藤が積み重ねてきた信頼の数値がここに来て具体的な形として見えていた。

 もし飛び出したのが平田やくしであったなら、クラス総出で探し回ったことだろう。

 そういう意味ではこうえんも似ている。事実堀北や須藤以外からは無視されている存在だ。誰も一人メンバーが欠けることの重大さを強く受け止めていない。

「だったら率直に聞くがクラスメイトのケアも出来ない、自分の管理も出来ないおまえに何の価値があるんだ? ただの厄介者でしかない」

 怒らせることを覚悟の上で、今までで一番深く切り込むように言い放った。

ずいぶんと言ってくれたわね……。をしたことは申し訳ないと思うけれど、不運に見舞われることだってある。どうにもならないことだってあるでしょう?」

「不運か。おまえにとっちゃその怪我も、今のDクラスの現状も偶然の出来事にしか見えていないんだろうな。何も気づいてない証拠だ」

「バカにしないで。私だって異様さにはいい加減気付いたわ……。参加表リストの情報がりゆうえんくんにれていていることにね。そしてそれがクラスの中から出た裏切者が原因だってことも。でも仕方ないでしょう。たとえ裏切る可能性がある人だったとしても、自らのクラスの首を絞めるこうをするとまでは思えなかったのだから。だから焦ってるんじゃない」

「他に気付いたことは?」

「他? ……詳しい方法は分からないけれど、龍園くんがどうくんをあおっていたこと?」

「そうだな。うちのクラスのキーである須藤のことをてつてい的につぶしにかかってきた。どれだけ情報をつかんでいても個人戦の須藤は常勝し団体戦でも強力な存在だ。だから精神的にイラつかせる行為を繰り返して競技外の部分で離脱させることに成功した」

 須藤が戦力からいなくなった上、あばれたせいでDクラスの士気は低下しきっている。

「ええ。だから今の状況があるわけね」

「それ以外に気付いたことはないのか」

「あなたまさか……私におくそくを話させたいわけ? 怪我をさせるために仕掛けてきたのが龍園くんだとでも? 確かに一度考えたわ。彼がきのしたさんをけしかけて私を転ばせた可能性を。でも、だからって公衆の面前でこつに怪我をさせるなんて現実的じゃない。よしんば転ばせることは出来ても、競技が満足に出来ないほどの怪我を意図的に負わせられるとは思えない」

 外れだ。オレがその気になれば、意図的であることの『証拠』を提示することも出来る。

 だが重要なのはそこじゃない。

「いつまで役立たずでいるつもりだほりきた

 そう言い切った。荒療治でなければ堀北すずという少女は目を覚まさない。

「……何をもって私を役立たずだというの?」

「役立たずだから役立たずと言ったんだ」

「不愉快ね……。筆記試験も運動能力も、そこらへんの下らない人たちよりは勝っている自信があるわ。そもそも情報が洩れていたのだから手遅れじゃない。私だけじゃなく他の誰にもどうすることもできない事態になっているのよ。根拠を示してもらえるかしら」

「おまえが何でもない一人の生徒でいるって言うならそれでいいさ。だがそうじゃないんだろ? Aクラスを目指し今の仲間を引き上げていくつもりなら、そろそろ全体を見渡せる目と頭を培う必要があるって言ってるんだ」

「だから根拠を示して!」

 やや強い怒気で放つほりきた。周囲にいたクラスメイトが何事かと一瞬振り返る。

「『参加表の情報がれたことに気付いた』『りゆうえんどうを挑発し退けた』『もしかしたらは意図的だったかも』。確かにおまえの言うようにどうすることも出来ない事態だ。なら何も手を打たなかったから。そして手を打たない限りそれは永遠に繰り返される。また次も龍園にくことを運ばれてからをこぼすつもりか? そうじゃないだろ」

「それは───でも、だからってどうしたら───」

「おまえが1つでも上の順位を取りたい気持ちを優先して須藤を欠いた状態と、おまえが順位を落としても須藤を呼び戻してクラスを引っ張ってくれる状態。Dクラスのためになるのはどっちだ? そんなもの答えるまでもないだろ。今のお前は須藤の足元にも及ばない。全く役に立っていない生徒であることを自覚しろ。須藤はやり方こそ下手だったが、体育祭で誰よりもこうけんしてくれていた。そして懸命に勝とうとしていた。それを他人を気遣う余裕がないからと野放しにしていいのか? 飛び出したまま放置しておく? それは自らの貴重な戦力を見殺しにするってことなんじゃないのか」

 ここまで言えば堀北にも理解できるはずだ。ムカつきながらも自覚するはずだ。

 気づいてもらいたかったのは『これから自分が何をすべきか』と言うこと。

「小学生にも分かる明白な答えだろ? その一手が、初めての反撃にもつながることに」

 龍園は戦略で須藤をつぶした。なら戦略で須藤を呼び戻せばいい。簡単な話だ。

「おまえはおまえだけの武器を手に入れるチャンスをほうしようとしてる」

「私だけの武器……?」

「これから先、上のクラスを目指すなら一人で戦うには限界がある。実際に今、おまえは一人では何も出来ない状況下に置かれている。ますますそんな試験は増えていくだろう。その時、須藤けんって男は必ず必要な戦力になれる。それをあつかっていくためにはおまえが今何を最優先にすべきなんだ? この場で足の怪我が治ることを祈ることか? 違うだろ」

 オレがひらかるざわを武器として使うように、堀北もまた自分だけの武器を手に入れる機会に恵まれている。なら、それを見す見す見逃すのは愚か者のすることだ。

「私は──」

「後はおまえが考えろ。オレが言ってやれるアドバイスは終わりだ」

 そう、これ以上は何もない。龍園に勝つ策を授けることも、しのぐ方法も教えない。

 今堀北に必要なことは敗北と再生だ。


    10


 最悪な状況のままオレたちDクラスの体育祭は午前の部が終わり、昼休憩となった。各自いつものように食堂で昼食をとるなり、所定のグラウンドで食べるなり、自由にして構わない通達がされる。特に連帯感を強く感じる体育祭では男女問わず上級生と食事する機会も普段よりは多いようだ。

 いつもと違い教室は現在使用不可能なため、限られた場所で食べることをいられる。

 体育祭のだいと言えば昼食もそのひとつだろう。グラウンドには沢山の仕出し弁当が山積みにされていた。どうやら今日は学校の食堂で作られたものではなく敷地外から取り寄せた高級弁当らしい。

 種類こそ1つしかないが無料ということもありほぼすべての生徒が利用することだろう。

 その一方で、一部生徒は弁当に手もつけずグラウンドを離れて行った。その一人がほりきただ。やっとオレの言葉が届いたのかどうを探しに向かった可能性が高い。

 そしてもう一人がくしだ。仲の良い女子に須藤を探してくると伝え、駆けて行った。

「ぐあー疲れた! 何で俺がこんな目にっ」

「負けたからだろ」

 混雑をさけるため、ジャンケンで負けたやまうちがみんなの分を受け取りに向かっていた。

「腹ペコだぜ、早く食べようぜ」

 いけや山内は須藤が離脱したことに大した興味を見せない。元々入学当初から須藤とつるんでいたため、須藤の性格は良く熟知している。

 それに今回は競技に参加しなかったからと言って強く追及されることはない。あくまでも個人のプライベートポイントを失うだけ。赤組としてはもちろん損失だが、それを差し引いても須藤のどうかつ政権が終わったことの方がありがたかったのかも知れない。

 女子のほとんどはひらなぐられたところを目撃してしまっている。そのため須藤の株(元々あったのかは置いておくとして)は暴落し、失墜したことだろう。

 体育祭のエースを欠いても変化が乏しいのは別の意味で不気味だ。

「とりあえず適当な場所でも取って食べようぜ」

 オレたち3人が移動しようとしていると、クラスの男女数人を引き連れた平田が現れる。

「僕たちも一緒していいかな?」

 そう言って池たちに声をかけたのだ。一瞬驚く池と山内。それもそうだろう、普段それほど仲良くない平田からの接触に戸惑いを覚えないはずがない。だが体育祭という場と女子が同席していることもあって二人に断るような理由は見当たらない。

「もちろんいいぜ」

 そう答えると10人近い男女のグループが出来上がった。それから適当な場所を陣取りブルーシートを敷いて昼食が始まる。しばらく食事に興じていたオレたちだったが、やがてポツポツと食べ終わる者たちが出始めたところでひらかるざわが寄って来る。クラスの仲間が集まっている場ではオレを交えた3人組が出来上がっても妙な不自然さは生まれない。

「やっぱりりゆうえんくんは動いて来たみたいだね」

 けんそうの中そう切り出す平田。軽井沢は待ってましたとばかりに食い気味で口を開いた。

「それで裏切者は誰なわけ? ようすけくんは知ってるんでしょ?」

 そう軽井沢は聞くが、平田はゆっくりと首を左右に振った。

「僕にもいくつか分からないことがあるんだ。その疑問を解消してもらえないかな」

「そうだな。だが裏切者が誰かという質問には答えられない」

「はあ? 意味わかんないんだけど、なんでよ」

「今ことを荒立てると、更にクラスが混乱するからだ。裏切者に対しては静かに冷静に対応しないと問題が起きる」

「……わかった。僕はその点については追及しないよ。でも裏切者が出ると分かっていたのに参加表をそのまま学校に提出したのはどうしてなんだい? 僕たちでこっそり参加表を調整することも出来たんじゃないかな? そうすればここまで苦戦することはなかったよね。それどころか裏の裏を読んでCクラスより有利に運べたかも……」

「そうだな」

 スパイの存在を見抜き、対応するだけの力を他でもないほりきたに気づいてもらいたかった。

ごとみたいだし。裏切ったヤツが近くにいるかもしれないんでしょ? もしかしたらこの中にいるかも知れないわけで……そんなのんでいいわけ?」

 軽井沢は辺りを見渡す。この場の生徒数名すら容疑者に見えるらしい。

 裏切り者は確かに厄介だが、場合によっては放置した方が好都合なこともある。

 それに平田の言うような作戦を使ったとしても、龍園には通じなかっただろうからな。

 とはいえこの理由を平田たちに話してもく理解してもらうのは難しい。

「裏切者の道徳心がどれくらいかを測ってる。ってところか」

 そう言って適当にした。

「道徳心?」

「こちらから追い詰めることなく改心してほしいって思ってたんだよ」

 その話を聞いていた平田が、ジッとオレを見つめていた。

「この話は全部堀北さんの指示の下、ってことだよね? あやの小路こうじくん」

 既に疑いを持ちつつある平田からすれば信じてもらえない領域まで来ているかもしれないが、それでも表向きはそうだと思っていてもらう必要がある。

「ああ。全部堀北の指示だ」

 それ以上平田は追及してくることなく、一度うなずいて納得してくれたようだ。

「そのほりきたさんは今どこで何してるわけ?」

「あいつはあいつにしかできないことを今やってる。といいんだけどな」

「もしかしてどうくんのことかな」

 勘のいいひらは辺りを見渡し、両者ともに姿が見えないことを改めて確認する。

「須藤抜きで後半戦を勝ち抜けるほど楽じゃないだろ」

「そうだね……僕たちにとっては須藤くんが頼りだ」

 かるざわは須藤が頼りになっている状況が少し不服なようだったが、事実であるとも分かっている。この体育祭の結果は堀北の行動次第だろう。

 もしあいつにオレの言葉が届いていなければ須藤は戻らずゲームオーバーだ。

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