ようこそ実力至上主義の教室へ 5

〇そこに至る関係には理由がある



 各クラスがていさつに動き出す中、Dクラスでも小さな動きはあった。

 誰々は何が得意だとか運動が出来るだとか。どこもその程度の情報だ。

 既に大勢が気付き始めているが、直接の偵察にはほどの意味はない。

 いくら他人の運動神経の良ししを把握できたところで、結局勝敗のかぎを握るのは競技での相手の組み合わせ。ただの情報に価値はあまりない。

 その本質である『出場表』の内容を知らなければ他クラスの攻略にはつながらないからだ。

 しかし裏を返せば、出場表の情報を得ることが出来れば大きな攻略の手助けになる。

 そして『出場表』と『情報』の2点を得ることが出来れば確率は飛躍的に上がるだろう。

 だが、普通に考えれば通常この『出場表』が他クラスに出回ることはない。それが流出すれば自分たちの首を絞めることになるため、てつていして情報管理が行われているはずだ。


 ただひとつ……内側に爆弾を抱え込むDクラスを除いて、だが。


 体育祭の2週間前。オレは放課後になるとすぐに行動を起こした。

 隣で荷物をまとめるほりきたに声をかける。

「今日これから少し付き合ってくれ」

「嫌と言ったら?」

「もちろんおまえの自由だが、Dクラスが窮地を迎えても責任は持たない」

 単刀直入かつ、いきなりおどしのようなことを言われ堀北の言葉が一瞬詰まった。

「……ずいぶんと聞き流せない話ね。いいわ、何が望み?」

「ついて来れば分かる」

 そう言い、答えを求める堀北の前を素通り。オレはもう1人のターゲットに声をかける。

くし、ちょっといいか?」

 クラスの女子と雑談していた櫛田の前に行き、そう声をかけた。

「ん? どうしたのあやの小路こうじくん」

 やや嫌そうな気配を出しながらも黙ってついてくる堀北にも、櫛田は一瞬目を向けた。

「明日って予定とかってあったりするのか?」

 土曜日、オレは休みである櫛田をあることに誘ってみることにした。

「今のところ特に予定は入れてないよ。部屋の掃除しようと思ってたくらいかな」

「もし良かったらなんだが、午前中だけでも時間もらえないか」

 そう切り出した。櫛田が嫌がる素振りを見せたらすぐに引き下がるつもりだ。

「いいよっ」

 だが、その不安を払しょくするようにくしがおじゆだくしてくれた。

「でも珍しいね、あやの小路こうじくんが私を誘ってくれるなんて」

「そうかもな。ちなみにほりきたも同席する予定だ」

「ちょっと」

 文句を言いかけた堀北を手で制する。

「うん、それは全然構わないけど……でも午前中だけってどういうこと?」

「他クラスの情報に詳しい櫛田を交えて、改めて敵のていさつをしたいと思ってな。堀北から誘われてたんだが、オレじゃ分からないことも多い」

 オレは考えていたことを櫛田に正直に伝えた。ただし堀北の部分だけは即興だが。

 同行を頼む以上真実を話さなければ成立しないし、櫛田の役割も理解してもらえないだろう。話し終えると、櫛田は納得したように何度か小刻みにうなずく。

「それは私が適任かも。うん、了解だよ。何時がいいかな? 早い方がいいよねー?」

「そうだな。出来れば10時くらい、とか。大丈夫か?」

「全然オッケー。それじゃあ明日の朝寮のロビーに集合、かな?」

「ああ。ありがとう」

 櫛田は友達と帰る約束でもしていたのか、廊下で待つ女子に手を振りながら出て行った。

 それに続くようにして帰ろうとするオレの背中を堀北が捕まえる。

「どういうつもり? 全く聞いていない話よ」

「そりゃ話してないからな。でも偵察は悪い話じゃないだろ」

「私を誘う理由が分からないわ。偵察ならあなたと櫛田さんで十分でしょう?」

「……本気で言ってるのか?」

「何よ。私は冗談でそんなことを言わないわ」

 どうやら、まだ堀北を帰すわけにはいかないらしい。

「ここじゃ目立つ。帰りながら話すぞ」

 堀北を置いていく勢いでオレは廊下へと足を向けた。追ってくる堀北が隣に並ぶ。

「船の上での試験、おまえのチームの結果を忘れたわけじゃないよな?」

「もちろんよ。Dクラスに存在する優待者の正体を満場一致で見破られた。屈辱的結果よ」

「そうだ。通常では成立しない『結果』になった。それには必ず理由がある」

「私だってそれは分かってる。でもどうしてかは分からない、どれだけ考えても答えが出ないのよ。りゆうえんくんが一枚んでいる、ということは推測できるけれど……」

 袋小路のような難問にぶつかってしまっているのもよくわかる。恐らく堀北の中ではいくつもの疑問が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返しているだろう。

「オレも確証があるわけじゃないが、そこに至った一つの仮説は既に完成している」

 そう言うと、ほりきたは心底驚いたようにオレを見る。

りゆうえんくんの策が、分かったっていうの?」

「ああ。だが正確には龍園だけじゃない。あの試験の結果にはもう1人大きくからんでいる」

 玄関までたどり着き、ばこから靴を取り出す。そして外に出て話を再開した。

「普通に考えれば優待者の正体がバレることはない。おまえもひらも、くしが優待者であることは絶対に他言したりしない。そうだろ?」

「もちろんよ」

「だが、櫛田本人はどうだ。もしもあいつが、意図的にその正体をバラしたとしたら?」

 一瞬オレが何を言っているのか堀北は理解できなかっただろう。普通なら考えもしない話だから当然だ。自分から優待者であることをバラす愚か者はいない。

「あり得ない、でしょう? そんなこと……櫛田さんにメリットなんてないわ」

「一概にメリットがないとは言い切れないだろ。例えば裏取引として、優待者であることを教える代わりに他クラスからプライベートポイントをもらう、とかな」

「そうだとしても……Dクラスを不利にするこうよ。そもそも誰か裏切者が出ればそれで終わりだもの、危険すぎるけだわ」

「それはタイミング次第だろ。信用させる方法はいくらでもある」

「彼女が一時のポイントを得るために味方を裏切ると?」

「そうかも知れないしそうじゃないかも知れない。理由は櫛田にしか分からないな」

 だからオレはその真実を確かめるべく、櫛田を誘い出した。

「私と櫛田さんを引き合わせるのは……その理由を確かめるため?」

 ここまで来て、ついに堀北にも櫛田の裏切りを思わせる理由が思い当たったらしい。

「おまえと櫛田にはただならぬ因縁みたいなものがありそうだからな。プライベートポイントよりも裏切るに値するだけの何かがあったとしたら、不思議でも何でもなくなる」

 どうなんだと視線で確認すると、堀北はばつが悪そうにらした。

「私と櫛田さんとの間に因縁なんてないわ」

「なら、おまえとのことでクラスを裏切ったりしないと100%言いきれるか?」

「それは──」

「何か思うことがあるのなら確かめるべきだ。いや、確かめなきゃ終わるぞ? おまえにも想像できるだろ。どの試験であろうと仲間から裏切り者が出ればクラスに勝ち目はない」

 前回、前々回の試験も、そして今回の体育祭も、裏切り一つでクラスを崩壊させることが容易なことはわかっている。

 あっという間に寮の前まで戻ってきて1階に待機していたエレベーターに乗る。

「明日来るのも来ないのも自由だが、クラスをひきいていくつもりならよく考えるんだな」

 自分の部屋がある4階で降りたオレは、そう言い堀北に別れを告げた。


    1


 土曜日の朝。

 オレは部屋に集まった3バカと一緒にくだらない話で盛り上がっていた。

 もちろんオレは大抵その話に耳を傾け、時折あいづちや一言を挟むだけ。

 バスケ部は体育館が使えないこともあり、今日はどうも休みを満喫している。

 基本的にはオレをほうっておいてドンドン3人で盛り上がっていた。

 あらかじめ買い込んだカップめんをそれぞれが持ち寄り、お湯を注ぎ3分間待つ。

あやの小路こうじ、おまえのヤツ何味だよ」

「激辛トムヤムクン、だな。よくわからないから買ってみた」

そうだな。俺の塩辛ラーメンと替えてくれよー」

 イカの塩辛のイラストが描かれたいかにもミスマッチなカップ麺をつきだしてくる。

「……嫌だ」

 そんなしくなさそうなラーメンをわざわざ買うのか。

「なあけん。おまえってほりきたに告る予定とかないの?」

「は? んだよ急に」

「いや気になるじゃん。そういうの。なあはる?」

「だ、だな」

 やまうちは少しだけ気まずそうにこちらを見た後作り笑いを浮かべた。夏休みにくらへと玉砕覚悟の告白をして、見事に玉砕した後だからな……。

「体育祭の結果次第ってとこだな。公認もらえたらそんとき言うかもな」

「おー。例の呼び捨て宣言だっけ」

 意地でも学年1位を取る気の須藤は、やる気を見せるように力こぶを作った。

「正直俺より運動神経がいいやつはいねーからな、1年で」

「唯一の対抗馬のこうえんも、本気ではやんねーだろうしなぁ」

 須藤にとっては高円寺のやる気のなさはうれしかったり悲しかったりだろう。

「ま、俺としちゃ、ある程度真面目まじめに参加すりゃ文句はねえ」

 そう言えば、とオレはいけたちに一つ気になってることを切り出すことにした。

「Aクラスのさかやなぎって生徒いただろ。足の不自由な子。覚えてるか?」

「あの美少女だろ。そりゃ覚えてるに決まってるし」

 得意げに鼻の下をこすりながら池が答えた。

「あの子のうわさとか聞いてないか?」

「噂って男とか? 何つーかあの子って影薄いっつーか、全く話題にならないんだよな」

 聞いていたやまうちも同感らしく、いけに付け足すようにこう答えた。

「一部じゃクラスのリーダーなんて言われてるけど大人しいもんだよなぁ」

 2人とも同じ意見のようでさかやなぎに関して目ぼしい情報は何も無さそうだった。話し込んでいるとオレの携帯からメールを受信する音が聞こえてきた。その中身を確認していると怪しむような池と山内の視線を感じた。

「おまえさ……ここ最近ちょっとメール多くね?」

「え? いや、どうかな。いつも通りだろ?」

 そう答えたものの、実際に増えていることもあり疑いの目はより一層色濃くなった。

「まさか彼女が出来たとかじゃないだろうな?」

「断じて違うから安心しろ。おまえらより先に出来るわけがないし。そうだろ?」

「まー、そりゃそうなんだけどさ……」

 ちょっとあおるように言うことで、2人はやんわりとした態度に戻った。

あやの小路こうじの非モテ話はどうでもいいからよ。それよりも俺とすずとの未来について語り合おうぜ」

「そういやけん、男女二人三脚はほりきたとやるんだよな?」

「ああ。あいつに勝利をプレゼントすると同時に親密度も一気に──」

 そんなどうでもいい話を展開しようとしていたどうだが、またオレの携帯が鳴る。

 ただし今度はメールではなくアラームだ。

「悪いけどこれからちょっと予定がある」

「んだよこれからだってのによ。まあいいやかんはるにたっぷりと聞かせてやる」

「げえー!」

 いや、そんなことよりもオレの部屋から帰ってもらいたいんだが……。そんな要望を聞き届けてもらえることもなく、自室に3人を残したまま出かけることになった。


    2


 くしと約束の朝10時前。その人物は先にロビーに到着していた。

「おはよう綾小路くん」

「お、おうおはよう櫛田」

 夏ももう終わりで、夏服の櫛田を見られるのもあと少しだろう。

 私服姿の櫛田にどこかドギマギしながらも合流する。

「昨日は急に変な頼みごとをして悪かったな」

「ううん全然。今日は特に予定も入れてなかったし。それにちょっとなつかしい感じがしてうれしかったんだ」

なつかしい?」

「ほら1学期の試験の時にさ、あやの小路こうじくんが上級生に過去問をゆずってもらいに行ったことがあったじゃない? なんかあの時にちょっと似てるって思ったんだよね」

「そう……か?」

「うんうん」

 オレは特別そうは思わなかったが、くしうれしそうにうなずいていたので良しとしよう。

 本当はかるざわくらを連れ歩く方が気持ち的には楽なんだが、もちは餅屋。

 適材適所を考えると櫛田に頼むのがベストであることは確定している。

 と、それよりもほりきただ。そろそろ10時になるが姿を見せない。もしかしたら櫛田との対面から逃げたか? そんな風に思い始めた頃、そいつはやって来た。

「……待たせたわね」

「おはよう堀北さんっ」

 変わらぬがおで堀北を迎える櫛田。一方の堀北はどこか不機嫌だ。必死にそれを隠そうとしているようだったが、オレから見ればバレバレだ。そして櫛田も気づいているだろう。それでもいつもと寸分違わぬ態度なのは櫛田のスゴイところだろうな。

 3人で寮を出て向かったのは学校のグラウンド方面だった。

 朝10時を過ぎたグラウンドは、既に多くの生徒たちでにぎわっていた。

「おーやってるねー」

 男子生徒がボン、とボールをる音が響く。ボールはゴールポストへとカーブを描いて向かっていく。れいな軌道ではあったが、それゆえに読みやすかったのかキーパーが鋭い反応を見せパンチングでボールをはじいた。

 試合中のひらの姿もある。チームは1年から3年まで混合なのか、知らない生徒もいた。

「部活をていさつして他クラスの生徒の情報をつかむ。なんだかちようほういんみたいでドキドキするね」

「そんな立派なものじゃないけどな。得られる情報はたかが知れてる」

「だけど堀北さんはそうは考えなかった。だね?」

「得ておくに越したことはないわ。何がカギになるか分からないものよ」

「そうかもねー。でも優しいよね綾小路くん。堀北さんのために協力してあげるなんて」

「後でうるさいから仕方なくだ」

「本人を前にしてよく言えるわね」

 その本人の怖い一言は無視して、グラウンドに注目した。

 サッカー部の連中はコーナーキックになったことでゆったりと歩きながら自分の立つべきポジションを競り合っている。まもなく試合が再開し激しい展開になるだろう。そしてオレたちの間でも静かに試合再開が迫っているのが肌で感じられた。櫛田はニコニコしながらもこの奇妙な3人の状態に違和感を覚えている。ぶたは意外にも櫛田から切られた。

「今日私を誘うって決めたのはあやの小路こうじくんだよね?」

「どうしてそう思う」

「だってほりきたさんが私を誘うとは思えないし」

 がおのままくしは堀北を少し見た後、またオレへと視線を戻した。

「堀北が誘うとは思えないって、それはどうして?」

「あはは、それはちょっと人が悪いよ綾小路くん。私と堀北さんの仲が良くないことは知ってるでしょ?」

 既にその点に関しては、オレが承知しているためか櫛田は隠すことなく言った。

 そして堀北も否定せずに黙って聞いている。

「正直いまだにそれが信じられないっていうか、半信半疑な面はあるんだけどな」

 コーナーからられたボールがゴールポスト付近に待つ味方に飛ぶ。

 く合わせたのはひらだった。だがシュートをねらうには厳しいマークを受けたため無理せず別の味方へとパスを出した。その相手はBクラスの見知った生徒だった。これ以上ないタイミングで蹴りだした一撃が見事にゴールに突き刺さる。

しばってサッカー部だったんだな」

「うん。平田くんがよく褒めてるよ、僕より上手いって。仲いいみたい」

 流石さすが事情通の櫛田はそういったことも聞き及んでいるらしい。仕切り直しで始まるとまたも柴田へとボールが集まり素早い動きで相手陣地をまわる。

「足の速さも相当だな」

 平田と同等……いや、速さだけならそれ以上に見える。平田のけんそんじゃなさそうだ。

「おーやってるやってる。今日も活気があって最高だなー!」

 観戦者であるオレたちのそばを通りながら、部のユニフォームに身を包んだ長身の男が姿を見せた。何かスポーツをやってるとは思っていたが、サッカーだったか。

ぐも先輩。おはようございます」

 隣に居た櫛田は顔見知りなのか声をかけた。一方の堀北は南雲という名前にわずかにだが反応を示した。次期生徒会長候補であり、堀北の兄と変わらぬ実力者らしいからな。

「お? 君は確かきようちゃんだっけ。休日に男の子とデートなんてやるなー」

「あはは、そういうのではないんですけど……ちょっと気になって見に来ました」

「ゆっくりしていきなよ。うちの部員は手を抜くことを知らないから戦力を測る上ではバッチリだと思うからサ」

 パチッとウインクを決め、南雲はそのままグラウンドのフィールドへと合流した。

 どうやらこちらの思惑などお見通しらしい。

 南雲の合流によって平田を始めサッカー部の空気ががらりと変わった。

「うちの学校って生徒会と部活の掛け持ちオッケーだったか?」

「禁止はされてないみたいだけど、もう今は退部してるみたい。でも辞めてても一番うまいから、ああやって練習に顔出したりして色々指導してるみたいだよ」

「そのままいけるか? ぐも

「ウッス。寝坊ついでにランニングしてきたんで体は温まってますよ」

 1人の生徒と南雲が入れ替わり試合が再開すると、途端にボールと人が南雲に集まりだした。それだけ頼れる味方であり、警戒すべき敵なのだろう。ひらしばとは逆のチームに入ったらしい。状況の変化同様、南雲のプレイには輝きがあった。平田がボールを奪うため南雲に勝負を仕掛ける。その動きは先ほどと同様キレはあるはずだが、まるで赤子をあやすかのように華麗にけられ抜かれてしまう。

 直後柴田も南雲へとチャージを仕掛けるが、南雲はいくつものフェイントを織り交ぜ幻惑し抜き去ってしまう。2人ともかなりの実力者だと思うが、南雲はけたが違った。

 更に1人抜き去ったところで、中距離からの強烈なシュートを放つ。恐ろしいほどのカーブを描いたボールはキーパーの予測を超え、あつなくゴールが決まる。

「次期生徒会長の異名はじゃないってことだな」

「……運動神経だけはね」

 ぜんぼうの見えない南雲を、ほりきたは素直に認める気にはならないらしい。

 そんなやり取りをしつつも、試合を見つめるくしの横顔を盗み見て表情をうかがう。いつものようににこやかにしていて、その下の姿はじんも顔をのぞかせない。

「そんな目で見つめられても困っちゃうなー」

 こちらの考えなどお見通しというようにくしは目を合わせてきて笑った。

「これ以上オレから聞かないことを約束するからひとつだけ教えてくれないか」

 当事者たちを前にして、オレはあえて踏み込んではいけない領域に足を踏み入れた。

「おまえとほりきたが仲が悪い原因はどっちにあるんだ?」

 更にもう一言付け加えた。

「ずるい言い方だよね。これ以上何も聞かないから教えてくれって」

 心理的な誘導だが、櫛田はそれすらも分かった上で質問を理解していた。

「本当にそれだけだからね?」

「ああ、約束する」

 相手を嫌う以上、相手に非があると答えるのが当然。だが──。

「私だよ」

 櫛田は再びサッカー部の試合に視線を戻しながら、そうあっさりと答えた。

 オレの予想を裏切る答えだった。

 自分が悪いと言いきりながら堀北を嫌う。それはある種の矛盾だ。

 人を観察することは比較的得意なつもりだったが、やっぱり櫛田のことは読み切れない。それに堀北のことも少しだけ分からなくなった。堀北は櫛田に嫌われていると当初から悟っていたが、そのことをオレに話そうとはしていなかった。今もそれは変わらない。だが櫛田の口ぶりだと堀北は、櫛田に嫌われている原因を分かっているかも知れない。だが堀北に聞いても櫛田のことは何も語ろうとしない。それはだ。

 どちらも詳細を話さないということは、基本的に他人に知られたくないことであるのは間違いない。

「やめだな。考えるだけ時間の無駄な気がしてきた」

「あははそうだよ。今はていさつして情報を集めるのが優先でしょ?」

「だな……」

「あ、ちなみに今ボールを持ったのがCクラスのそのくん。結構足速いね」

 やっぱりサッカー部に所属する生徒は素早い。クラス内で対抗できそうなのはどうひらくらいで、純粋な勝負では分が悪そうだ。

「でも堀北さんもちゃんとクラスのことを考えてくれてるんだよね……うれしいな」

「Aクラスに上がるために必要なことはするつもりだもの、仕方なくね」

「私ももっと頑張って皆にこうけんできるようにならなくっちゃ」

 謙虚さは微塵も感じられなかった。

 しばらく練習を眺めていると試合を終えた選手たちが各々休憩を始めた。それに合わせるようにぐもひらを呼び出して声をかける。そしてオレたちが観戦していたことを告げたのか、平田はこちらに近づいて来た。

「2人ともおはよう。こんなところに来るなんて珍しいね」

 遠目にオレたちのやり取りを見ていたしばも駆け寄ってきて奇妙な5人組が出来上がる。

きようちゃんおはよ。それから──確かあやの小路こうじほりきたちゃんだっけ。美女2人に囲まれてデートかー?」

「いや、そういうのじゃない」

 柴田とは面識があるが、まさかちゃんと名前をおぼえられているとは思わなかった。

 ちょっとうれしくなってしまいニヤケそうになる顔を必死に抑える。

「今日はどうしたの? 珍しい組み合わせだけど」

 変な勘ぐりをしない平田に感謝しつつ、堂々と本当のことを言っておくことにした。

ていさつだ。他のクラスでマークしておく生徒の目星をつけにきた」

「おっ。てことはこの快速柴田マンはバッチリマークしてくれたか?」

 その場で素早く足踏みして俊足をアピールする柴田。自らの実力を隠そうともしない明るさはいちひきいるBクラスだからなのか、持ち前のものなのか分からなかった。

「柴田くんってうわさどおり足速いよね。私も綾小路くんも驚いちゃって」

 可愛かわいい女の子に褒められ、柴田はちょっと嬉しそうに鼻の下を人差し指でこすった。

「要注意だよ柴田くんは。Bクラスで一番速いし。僕としても同じ組で走りたくないな」

「そんなこと言っても油断しないぜようすけ。おまえだって足速いんだからさ。綾小路は?」

「帰宅部の時点で察してくれ」

 それもそうだ、と柴田は腕を組んで笑った。

 サッカー部の練習を一通り見て観察したオレたちは、その場を離れた。

 そして他の部活動を見て回ることにする。とはいえこれはあくまでも建前上の話。

 本当に知りたいこと、本当に知るべきことは他にある。おぜんてはした。その上でこの2人がどう考えるかは任せようと決めていた。

くしさん。私はあなたのことに興味ないの」

「わ、いきなり厳しい言葉だね……」

「でも今はあなたに一つ尋ねなきゃいけないことがある」

「今日は綾小路くんと一緒で質問の日だね。なにかな」

「夏休みの船の試験。あなたがりゆうえんくんやかつらくんに優待者であることを知らせたの?」

 ある程度ストレートに聞くとは思っていたが、本当にど真ん中を撃ち抜いたな。驚き戸惑っている櫛田に対して、堀北はこう続けた。

「答えなくていいの。過ぎたことを掘り返しても意味がないから。だから一つだけ聞いておくわね。これから先あなたをクラスの仲間として信用していいのかしら」

「もちろんだよ。私はDクラスの皆と一緒にAクラスを目指したい。仲間に入れて欲しいって一番最初に言った通りだよ」

 その気持ちは全く変わっていないと、くしは言った。

「どうして私にそんなことを言ったのかはわからないけど、信じて欲しいな」

 櫛田はほりきたに笑みを向けながらも、真剣なまなしで訴えていた。

「それじゃ、オレは帰るわ。あとのていさつは2人に任せる」

「は? ちょっと何を言ってるのあやの小路こうじくん」

「この作戦を考えたのは元々堀北だし、櫛田の人脈と顔の広さがあれば事足りるだろ」

 そう言い、オレはこの場を去ることにした。


    3


 様々な練習を日々重ね、ついに体育祭まで1週間となった。今日のうちに参加表を提出しそれぞれの種目の出場者を確定させなければならない。ひらが教壇に立つと、櫛田は黒板に向かってチョークを立て準備を万端に整える。

「ではこれから、全種目全競技の最終組み合わせを決めていきたいと思います」

 毎日自分のクラスの記録を取り続けた結果が集約されたノートを元に、クラス全員で話し合った最高の組み合わせ、勝つ法則を盛り込んだ順番で話していく。

 そしてそれぞれが自分の役割に決まった競技と順番をメモしていった。これまでの功績から判断される結果に異論を唱える生徒は1人もいない。めることなく進行していく。

「──最後の1200メートルリレー、アンカーはどうくんで決まりだね」

「妥当なとこだろうな」

 それぞれの能力をはいりよ、そして個人の意思を尊重した組み合わせだと感心した。

 最後の花形であるリレーも、堀北など足が速い生徒で固められている。

 恐らくこれ以上理想的な組み合わせは他の生徒には作り出せないだろう。

 しかしオレの隣の席の住人は、か納得のいかない顔をして黒板を見つめ続けていた。

 順調な話し合いが終わった直後堀北はすぐに席を立った。

 どこに向かうのかと思ったら、須藤の席の前だった。気になり聞き耳を立てる。

「どうしたんだよ」

「ちょっと話があるの。来てもらえる?」

「お、おう」

 そんな風に声をかけられた須藤は急ぎ腰を浮かせる。

「それから平田くんも少しいいかしら」

 直後歩き出した堀北は何故か平田にも声をかけ、教室の奥へと呼びつけた。

 一瞬ドキッとしたであろうどうは早くもがっかりした表情。

「先ほど決めた参加表に関してひとつ相談があるの。体育祭の最後に行われる1200メートルリレー。私にアンカーをゆずってほしいの」

 意外な主張に須藤も一瞬戸惑いを見せる。

「いや、でもよ……。アンカーは普通一番速いヤツがやるもんだろ? それとも俺がアンカーじゃ不安なのかよ」

 男子と女子では基本的な身体能力が違う。ほりきたも女子の中では足が速いが、男子のグループに混ざるとひらにも勝つことは出来ない。その平田と同等以上の須藤がアンカーをやるのが自然だ。須藤も当然自分がやると思っていたしすぐには受け入れられないだろう。

「いいえそうじゃないわ。あなたの実力は練習の時からよくわかってる」

「だったら俺でいいじゃねえか。せめて5番走者ってことなら……」

「理由がないわけじゃないわ。あなたはスタートダッシュも得意でしょう須藤くん。であれば1番手で走って相手を突き放すのも戦略として成り立つと思ったのよ。先頭に出ることで内側をキープできるし有利に試合を運べるわ。個人の徒競走であればスタートのハンデを作ることでレーンを守らせることが出来るけれどリレーの場合だとそうはいかない。2番手からは先着順で好きなコースを取ることが許されるでしょう? そして抜き去る際には2番手以降は外側を使って抜くことがルールに明記されている」

 つまり堀北としては逃げ切りの戦略として須藤を一番手に据えたいのだろう。

「けどよ……」

 須藤はどうしても納得がいかないらしい。この点に関してはオレも同意だ。

 確かにスタートダッシュをく決めれば2番手から走り方が楽になるのは分かる。だが先頭を走ったからといって逃げ切りが確定する訳でもない。むしろ須藤を使い切った後じりじりと差を詰められる状態は後のランナーにとってプレッシャーにもなるだろう。

 逆に須藤をアンカーにしておけば最後の追い上げで普段以上の力を見せてくれる可能性もある。前に追う対象がいればそれだけ気合も入る。

「アンカーってのはチームで一番速いやつが受けるもんだろ」

「ここは実力主義の学校よ。思い込みや先入観だけで決めるのは良くないわ。他クラスだって色々な戦略を考えてくるはずだもの」

 どちらの言い分も分かる話だが、今回に関して言えば堀北がやや強引な気がした。精神的な問題は多々あれど、基本的に順番には大した差はない。スタートダッシュが極端に下手であったりバトンの受け渡しが苦手など、技術面以外では影響は薄いだろう。

 しかし堀北にしろ須藤にしろ、そのあたりは手堅くやれている印象だ。

 とすれば、堀北にはアンカーになりたい別の理由があるということだ。いけやまうちであれば単純に目立ちたいなんてこともあるだろうが、それは考えにくい。とすると──。

「必ず練習以上の成果を出して見せるから」

 最終的に、ほりきたは根拠のない根性論のようなものを持ち出して頼み込んだ。

「納得いかねぇな。らしくないぜ堀北」

 そうどうに突っ込まれてしまうくらい、この提案は不可思議なものだった。

「あの……ちょっといいかな?」

 話が気になっていたのか、くしが遠慮がちにその輪に加わって来た。

「あ、ごめんね。ちょっと話聞こえちゃってて。それで私思ったの。何か堀北さんにはアンカーをやりたい理由が他にあるんじゃないかって」

「それは──」

「もしそうなら話してくれないかな。僕も須藤くんも無意味に否定してるわけじゃないと思うんだ。だけどクラスみんなで決めた順番を変えるのならちゃんとした理由が欲しい」

ひらに同意だ。ちゃんと理由を教えてくれよ」

 堀北は難しい顔をしていた。だが真実を話すことがアンカーを手に入れる唯一のすべだと思ったのか、その理由を口にしたのだ。

「私の兄が……アンカーだと思うから……」

「お兄さん、って……やっぱり生徒会長って……」

「ええ。私の兄よ」

 誰もが存在を認知している生徒会長だが、堀北というみようからは結びつけていなかった。

 けして珍しい苗字ではないし、薄々想像しながらも追求していなかったのは堀北自身が言っていなかったことと、外見上それほど似ていないことによるだろう。

 3人ともその事実に驚き顔を見合わせる。

「お兄さんと一緒にアンカーになりたい、ってことなの?」

 理由を聞いた櫛田だが、それだけではどうにもに落ちないらしい。

 だが堀北はこれ以上深く自分から内情を話そうとはしない。

 オレは少しだけ助け舟を出すことにした。

「色々あってけん中らしい。仲直りするキッカケが欲しいんだろ」

 分かりやすく、本当でもうそでもなく我ながら絶妙なラインで一言付け足した。聞き耳を立てていたオレを堀北は一瞬にらむように見てきたが、すぐに須藤たちに向き直った。

「突然のことで何かと思ったけどよ、そういうことか……。俺としちゃアンカーやりたい気持ちは今でもあるが、そういうことならゆずってもいいぜ」

「私もいいと思う。クラスの皆も須藤くんが納得してるならいいと思うんじゃないかな?」

「そうだね。わかった、じゃあ堀北さんと須藤くんを入れ替えて提出する。それでいい?」

「ありがとう……」

 確かにこんな機会でもなければ堀北と兄貴が近い距離で並ぶことはないだろう。

 自ら接触する勇気はなくとも、競技であれば近づくことになる。

 しかしこのほりきたの決断が必ずしも報われるとは限らない。

 あの堅物の兄のそばに寄ったところで、何かが生まれるとは思えなかったからだ。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ

    ようこそ実力至上主義の教室へ

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close