ようこそ実力至上主義の教室へ 5

〇体育祭開幕



の動物の順番と割り振られた生徒たちの名字が、優待者を探し出すかぎだったんだね」

 場所は混雑するカフェ『パレット』の一番奥のテーブル席。

 夏休み明け、オレはひらかるざわ、そしてほりきたという奇妙なメンバーで昼食のテーブルを囲んでいた。目的は夏休みの最中に行われた船上特別試験の復習。12の干支のグループに分けて行われた混合チームによる優待者探しの答え合わせが行われていた。

うさぎは干支で4番目。あやの小路こうじくん、いちさん、ぶきさん、そして軽井沢さんと続くよね」

「そっか。あいうえお順であたしは4番目。だから優待者だったってわけね」

 感心したように軽井沢がうなずく。それにしても、この場にいる女子2人は一見不釣り合いなはずだが、平田が存在することでか違和感をかき消してしまうから不思議だ。

「でもさ、その法則ってものすごくシンプルじゃん。誰でもわかるっていうかさ。堀北さんたちがいた竜グループは5番目のくしさんが優待者だったってことでしょ?」

 答えを聞いた軽井沢はパックにストローを挿し、牛乳を口に運んだ。

「そうね。確かに答えを知ってみればシンプルよ。けれど試験中にその答えに辿たどくのは容易じゃない。自分たちのクラスに存在する3人の優待者だけじゃ優待者の法則の確証は得られないわ」

 自分たちを含めもう1クラス分優待者3人の名前を知って、ようやく可能性が見えてくるといったところか。それに干支の順に対応する名字の順で優待者が定められていると気づいたとしても、最初の一回目の回答はリスキーであることに変わりはない。

 万一答えを外せば相当なダメージを受けるからだ。

 もちろん、そのけに勝てば一発ですべてをひっくり返すことも出来るが。

「引っかかるのはCクラスだね。りゆうえんくんは試験中に法則に辿り着いたと思うんだ」

 平田の推察は多分当たっている。そうでなければあれほどのことは出来ない。

「でもさ、変じゃない? だとしたら何でミスしてるわけ?」

「確かにその点は僕も引っかかるんだ。大きなリスクがあるとは言え、法則が分かっていたのなら結果的に全ての優待者を見抜いてもおかしくない。つまり間違うことなんてなかったはず」

 しかし、状況を整理してみればCクラスは答えを間違えている。

 堀北が少し違う観点から推理したことを口にした。

「Cクラスは龍園くん1人の独壇場に見えていても一枚岩じゃないってことが、考えられるんじゃないかしら。どくさい政権には不満をむ人間も少なくないから」

「確かにそうだね。答える権利は生徒全員にあったわけだから、龍園くんの方針に従わなかった生徒やとうそつしきれなかった生徒が失策した線は捨てきれないと思う。もし自分が正解すれば受け取るポイントは膨大なわけだしね」

 ほりきたひらの推察は悪くない線だ。ただ、そうだと言い切れないのもまた事実。なら裏切者がいた場合りゆうえんてつていしてその人物を探し出す。メールを削除してその場をしのいだとしても、あいつならプライベートポイントを確認するところにまで踏み込んでくるかも知れない。

「あなたはどう考えているのかしら、あやの小路こうじくん」

 そんな堀北の振りで、平田とかるざわも同時に視線をオレへと向けてくる。

 一極集中する視線に思わずむせ返りそうになった。

「さぁ。皆目見当もつかないな」

 そう言ってすと、一気に興味を失ったのか視線は散り散りになった。

 軽井沢だけがまだこちらを見ていたので少しだけ目を合わすと遅れて視線をらされた。

「何にせよ僕らはまず関係の構築が最優先じゃないかな。こうして堀北さんや綾小路くんと話し合いを持ててうれしいよ」

 今までは平田が望む話し合いを堀北が望んでこなかった。

 しかし2つの特別試験を終え、ついに堀北の考え方にも変化が現れ始めたということだろう。自分自身が追い込まれることで、1人では戦えないという事実を少しずつ理解し始めている。

「仕方ないでしょう。試験は一人じゃ絶対に攻略しきれない特別なものだった。今後もそれが予想されるとすればある程度つながりを持つことは必要になってくるもの」

 堀北が考えを変えさせられた最も大きな要因はそこらしい。だがその通りだ。孤独に戦い続けるのには限界がある。今後も独りでは戦えない社会の縮図的試験が多いと予想される。

「それにしても、あなたたちはく龍園くんの手から逃れられたものね」

 堀北のチームと違い、別グループの優待者だった軽井沢は、見事その正体を見破られることなく試験をやり遂げた。Dクラスにもたらした間接的おんけいはけして小さくない。

「まぁね。あたしポーカーフェイスって意外と得意だし。ねー? ようすけくんっ」

 平田の腕に抱きついた軽井沢が上目遣いに微笑ほほえむ。とても2人が一度ギクシャクした関係とは思えないほどだ。これが演技かそうでないかは興味の対象外だが。

「龍園が答える前に別のヤツが答えを間違えてくれたからな。そのお陰だ」

 しかしいつの間に平田を下の名前で呼ぶようになったのか。……洋介。少し呼んでみたいが無理だ。平田と軽井沢、2人の複雑な状態が作り出した新しい関係かも知れない。

 そんな平田は軽井沢にがおを返し、そして堀北に顔を向けた。

「ひとつ僕から提案があるんだけどいいかな」

 平田の提案に対して堀北は答えることなく無言を貫いた。話せ、という意思表示だ。

「まずはクラスを一丸とするために、くしさんを仲間に引き入れたいんだ。僕たち4人で補いきれない部分を彼女なら補ってくれると思う。いけくんややまうちくんを始め、男子の多くをまとめきれる人は限られているからね」

 確かにその辺りの生徒を制御する適任者は櫛田かも知れない。だが、それを簡単にほりきたが良しとするかは分からない。入学してから今日まで二人の関係は常に悪い。

「不要ね。コントロールという意味では否定しないけれど、私たちだけでもやれることだわ。そのためにあなたとかるざわさんに声をかけたのよ。二人が力を貸してくれれば問題は打破できる。どこかの誰かさんのようにひねくれていれば別かも知れないけれど」

 横目でオレを見てきた。実に失礼なヤツだ。

「確かにあやの小路こうじくんならあたしたちについてこないかもねー」

 ひら以外の2人は同意するようにうなずいた。

「オレをひねくれものだと思うのはお門違いだ。長いものには大人しく巻かれる群衆の一人。まさにおまえの言うコントロールできる人間。つまり小さい人間ってことだ」

「自分が小さい人間だと言える人間は小さくない。それが一つの答えよ」

「じゃあお前は小さな人間なのか?」

「私? 私が小さい人間なわけないでしょう? バカにしないでもらえる?」

「……お、おう」

 もはやコントとしか思えない流れだったが、堀北が冗談で言っているようには全く見えない。これはボケなのかどうなのか非常に判断が難しいが、間違いなく本気だろう。


    1


 午後の授業は2時間ホームルームになっている。

 Dクラスの担任であるちやばしら先生がやってくると淡々と説明を始めた。

「今日から改めて授業が始まったわけだが、2学期は9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育祭に向け体育の授業が増えることになる。新たな時間割を配るためしっかり保管しておけ。それから時間割表と共に体育祭に関する資料も配っていく。先頭の生徒はプリントを後ろに回していくように」

 体育祭という言葉を聞いた途端一部から悲鳴が上がった。その行事の到来を楽しみにしている生徒もいただろうが、やはり運動がメインの行事となると毛嫌いする生徒も多い。

「また学校のHPでもプリント同様に詳細が公開されている。必要なら参照するように」

「先生、これも特別試験の一つなんですか」

 クラスの代表として平田が挙手した後に質問をする。

 当然そうだと返って来る、と。誰もがそう思っていたのだが……。

「どう受け止めるのもおまえたちの自由だ。どちらにせよ各クラスに大きな影響を与えることに違いは無いがな」

 そう言ってこうていとも否定とも取れないあいまいな答え方をちやばしら先生はした。運動が苦手な生徒からは更に悲鳴があがる。これが普通の学校なら手を抜くなりサボるなり好きにできるが、クラスの命運を左右するイベントとあっては苦手でも避けて通ることは出来ない。

「っしゃ」

 対して運動に絶対の自信を持つどうたち一部の生徒はここぞとばかりにテンションを上げた。頭脳以外でクラスにこうけんできる初めての試験とも言えるだろう。

あやの小路こうじくん、これ──」

 まだ周囲が浮き足立っている最中、ひとり先へ先へと資料を読み進めていたほりきたが何かに気付きプリントを指差した。オレもページをめくりその場所を確認する。するとそこに書かれていたのは意外な試験方式だった。一瞬だが茶柱先生がこちらを見た気がした。

「既に目を通して気づいている者もいるだろうが、今回の体育祭は全学年を2つの組に分けて勝負する方式を採用している。おまえたちDクラスは赤組に配属が決まった。そしてAクラスも同様に赤組として戦うことになっている。この体育祭の間はAクラスが味方ということだ」

 BクラスとCクラスが白組となり、体育祭は赤組対白組で行うものとなっていた。

「うおマジかよ。そんなことってあるのか!」

 いけが驚くのも無理は無い。筆記試験にしろ特別試験にしろ、基本はクラス別での戦いだった。そのスタンスは崩れないと踏んでいたのだろう。ところが完全なチーム戦とは。前回の船上での特別試験とはまた違う協力態勢。しかも学年を超えての協力戦。

 隣の住人は平静をよそおっているが、内心パニックになっているんじゃないだろうか。

 3年のAクラスにはコイツの兄である堀北まなぶが属している。場合によっては話し合いを持つこともあるかもしれない。

「いよいよお前があいつと接触する機会が出来るってことか」

「……ここでその話をしないで」

 軽く触れただけで怒られた。どうやら失言だったようで堀北ににらみつけられる。

 手に握られた、先端の光るシャープペンシルが不気味だからやめてほしい。

「まずは体育祭がもたらす結果に目を通せ。何度も説明する気はないからな、一度でしっかり聞いておくように」

 茶柱先生はプリントをペシペシとたたきながら要チェックポイントを伝えていく。

 耳を傾けつつプリントへと視線を落とした。そこに書かれてあるのは以下の通り。


 ・体育祭におけるルール及び組分け

 全学年を赤組と白組の2組に分け行われる対戦方式の体育祭。

 内訳は赤組がAクラスとDクラス。白組がBクラスとCクラスで構成される。


 ・全員参加競技の点数配分(個人競技)

 結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられる。

 5位以下は1点ずつ下がって行く。団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。


 ・すいせん参加競技の点数配分

 結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられる。

 5位以下は2点ずつ下がって行く(最終競技のリレーは3倍の点数が与えられる)


 ・赤組対白組の結果が与える影響

 全学年の総合点で負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。


 ・学年別順位が与える影響

 各学年、総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

 総合点で2位を取ったクラスのクラスポイントは変動しない。

 総合点で3位を取ったクラスはクラスポイントが50引かれる。

 総合点で4位を取ったクラスはクラスポイントが100引かれる。


「簡単な話、気を抜かず全力で競技する必要があるということだ。負けた組が受けるペナルティはけして軽くないからな」

 確かにクラスポイントがマイナス100というのは大きいが、他にも気になる点がいくつかある。

「あの先生。勝った組は何ポイントもらえるんですか? 記載がないみたいですが」

 ひらからのぼくな疑問に対しちやばしら先生は非情な一言を浴びせる。

「何もない。マイナスというを受けないのみだ」

「うげ、まじかよー。全然おいしくないじゃん」

 きようかん、教室内が騒がしくなるのも無理はない。今までは大きなリスクと同時に計り知れない見返りが用意されていた。それが今回の体育祭はほとんど見当たらないのだ。

「クラス別のポイントもしっかりと計算されることになっているから注意するように。仮にAクラスが飛び抜けて活躍しておまえたちの属する赤組が勝ったとしても、Dクラスの総合点が最下位だった場合には100ポイントのペナルティを受けることになるからな」

 つまり楽して組が勝ったとしても、得するどころか損をするということか。この仕組みが意味するのは『全力で戦い手を抜かない事』に重きを置いているということだ。

 かと言ってDクラスだけが活躍してもダメだ。仮に学年別総合点で1位を取り50ポイントを得ても白組に負ければマイナス100ポイントとなり損をする。負けた上に総合点で4位を取ってしまったら、合わせてマイナス200ポイントのペナルティを受ける。赤組が勝つことを大前提にDクラスも強くこうけんしなければならないらしい。こう見ると他の試験よりも厳しいことが予想されるが、一応特別ボーナスのようなものも見受けられた。


 ・個人競技ほうしゆう(次回中間試験にて使用可能)

 各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントのぞうもしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)


 各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)


 各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)


 各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイント。

(所持するポイントが1000未満になった場合には筆記試験でマイナス1点を受ける)


 ・反則事項について

 各競技のルールを熟読の上じゆんしゆすること。違反した者は失格同様のあつかいを受ける。

 悪質な者については退場処分にする場合有。それまでの獲得点数のはくだつも検討される。


 ・最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与。


 ・学年別最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与。


 今までの試験にはおとりするものの、条件の厳しいものから手軽なものまで、幅広い特典はしっかりと用意されている。そして注目すべきは個人競技報酬のメリットとデメリットだ。今まで聞いたことのない項目が追加されている。

「せ、先生先生! この1位とか2位とかを取った時の特典! 筆記試験の点数を得るってなんスか!?」

 早速、いけが前のめりにちやばしら先生へと詳細の説明を求める。その様子がおかしかったのか茶柱先生が珍しく少し笑った。

「おまえの想像通りだ池。体育祭で入賞するごとに筆記試験にてんできる点数を得る。おまえは特に英語や数学が苦手だったな。得た点数は好きに使って構わないということだ。点数を持っているだけ、次回のテストで大いに役立ってくれるだろうな」

 浮足立つのも無理はないが、運動のみを得意とする生徒たちからも歓喜の悲鳴が上がった。体育祭で活躍し点数を得ていれば赤点を取ってしまった時に補える。つまり退学をまぬがれる可能性が上がると言うことだ。

 赤点付近の生徒にしてみれば待ってましたと言わんばかりの状況だ。ひらたちのような優等生には大したおんけいではないが、その分不要ならプライベートポイントを得てしまえばいい。詰まるところ、どちらにしろありがたいほうしゆうであることに違いは無い。

 3バカ以外にも学力に不安を覚えている生徒は少なくない。筆記試験に関しては退学という最大のペナルティが控えているため全く油断できない要素だ。

 ただしうまい話には当然裏もある。


 ・全競技終了後、学年内で点数の集計をし下位10名にペナルティを科す。

 ペナルティの詳細は学年ごとに異なる場合があるため担任教師に確認すること。


 という何とも厄介そうな文面もその下に書かれていた。

「先生、このペナルティってどんなものなんですかっ」

「おまえたち1年生に科せられるのは次回筆記試験におけるテストの減点だ。総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けるから注意するようにな。どのような方法で減点を適用するかは筆記試験が近づいた時に改めて説明するためここでは質問を受け付けない。また下位10名の発表も同様に、筆記試験説明の際に通告することになっている」

「げええええっ!?!? マジ!?」

 つまり仮に池が学年で最下位の成績を取れば、次の筆記試験では赤点ラインより10点多く取らなければならないことになる。相当苦しい試験を迎えることになるだろう。

 一通りの説明を受け終えると、次は体育祭の競技の詳細を確認していく。

 体育祭の種目を分類すると『全員参加』『すいせん参加』の2つに分けられる。全員参加とは文字通りクラス内全員の生徒が参加する種目。個別で戦う100メートル走もそうだし、綱引きなどの集団競技もこれに該当する。

 対する推薦参加とはクラスから選抜された一部の生徒が参加する競技。推薦と書かれてはいるがクラスで合意があれば自薦でも構わないし、1人が複数の推薦参加競技に出ても構わない。要は話し合いで決めるべき種目のようだ。内容は借り物競争や男女混合二人三脚、1200メートルリレーなどだ。指折りの実力者が参加されることが予想される。

 この体育祭、点数の増減などは純粋な結果にもとづいて行われるためルールは至極単純だが、チーム戦と個人戦の複合型である点は非常に厄介だ。敵となるBクラスやCクラスに注意を払うのは当たり前として、仲間であるAクラスにも気をつけなければならない。基本的には助け合うが、学年別の総合点で勝つためには、出来る限り自分たちのクラスで競技別の上位を占める必要がある。無人島といい船といい、シンプルにはやらせてもらえない作りになっているな。

「体育祭で行われる種目の詳細はすべてプリントに記載されている通りだ。変更は一切ない」

「うげげ、これめっちゃハードじゃん! 中学の頃の比じゃないって!」


 ・全員参加種目

 ①100メートル走

 ②ハードル競走

 ③棒倒し(男子限定)

 ④玉入れ(女子限定)

 ⑤男女別綱引き

 ⑥障害物競走

 ⑦二人三脚

 ⑧騎馬戦

 ⑨200メートル走


 ・すいせん参加種目

 ⑩借り物競争

 ⑪四方綱引き

 ⑫男女混合二人三脚

 ⑬3学年合同1200メートルリレー


 王道の競技が並ぶ全13種のラインナップ。番号は競技が行われる順番を示している。どうやら不満が出ているのは全員参加の種目数の多さらしい。

「普通3つとか4つですよ、1人がやるのって! ていうか一日で無理じゃないスか?」

「心配はありがたいが学校側も当然考えてある。応援合戦やダンス、組体操などの種目は一切存在しない。あくまでも体育祭は体力、運動神経を競い合うものだからな」

 運動が苦手な連中の抵抗もむなしく簡単にあしらわれてしまう。

「それから非常に重要なことだが、ここに参加表と呼ばれるものがある。参加表には全種目の詳細が記載されている。おまえたちはこの参加表に自分達で各種目にどの順番で参加するかを決めて記入し、担任である私に提出してもらう。このような形はどの中学校でも取っていないと思われるので、間違わないように注意してほしい」

「自分たちで参加する順番を決めるって、一体どこまでですか……?」

 当たり前のようなひらからの質問。当たり前が故にちやばしら先生からの回答は早かった。

すべてだ。体育祭当日に行われる競技の全て、何組目に誰が走るかまで全部おまえたちが話し合って決める。締め切り時間以降はなる理由があっても入れ替えることは許されない。それが体育祭の重要なルールだ。提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間。もしも提出期限を過ぎた場合はランダムで割り振られるので注意するように」

 自分たちで計画を立て、考えて勝ちに行く体育祭ということか。

 体育祭において参加表の存在はクラスの命綱とも言えるものになることは明白だ。

「私からも質問よろしいでしょうか。茶柱先生」

 と、今まで静かに聞いていたほりきたが、手を挙げた。

「好きに質問しろ。今のうちだしな」

 その様子を見て茶柱先生は薄く笑った。

 平田も堀北もこの学校の仕組みについてはある程度把握している。

 この段階で極力質問しておくことが後につながることは分かりきっているからな。特にポイントに影響を及ぼさない今だからこそ、いくらでも疑問は解消しておくべきだ。

 体育祭当日になってアレコレ質問したところで答えてもらえなかったり、既に手遅れだったりすることは目に見えている。

「決められた参加表は受理された時点で変更できなくなるとのことですが、当日欠席者が出た場合はどうなるのでしょうか。個人競技であれば記載通り欠席あつかいで済むと思いますが、団体戦……特に数名で行う騎馬戦や二人三脚といった競技では1人欠けると競技そのものが成立しません」

「『全員参加』の競技において必要最低限の人数を下回る形で欠員が出た場合は続行不能とみなし失格となる。おまえの言った騎馬戦であれば1つ騎馬を作ることが出来なくなる。よって1騎少ない状態で対決することになるだろう。二人三脚も同様だ。パートナーは健康で丈夫な生徒を選ぶのが賢いだろうな」

 いちれんたくしよう。運動神経が優れている生徒を選ぶことは重要だが、同じく健康でありをしない仲間と組むことも大切だということか。

「だが救済として特例もある。体育祭の花形でもある『すいせん競技』に関しては代役を立てることが許される。しかし好き勝手に代役を立てられるようであれば参加表の意味がなくなり、極端な話うそをついて替え玉を用意することもできてしまう。よって特別な条件を設けている。代償としてポイントを支払うことで代役を認める決まりだ」

 不正こうを許さないために代償を支払わせるということか。

「その話に付け加えてお聞きしますが、体調を崩したり深いを負っても、本人が希望すれば代役を立てず続けることは可能でしょうか。それともドクターストップがかかりますか」

「基本的には生徒の自主性に任せている。自己管理をすることも社会に出る上で必要不可欠なことだからな。重要な会議の日に熱を出したからと言って簡単に休めるものではない。死に物狂いで平静をよそおうことも必要になる」

 要は体調不良になっても自己責任のもと参加することは止めないらしい。

「とはいえぼうかんできない状況になれば、さすがに止めざるを得ないがな」

「分かりました。ではその代役に必要なポイントはいくらなのですか」

「各競技につきプライベートポイントが10万。高いと見るか安いと見るかは自由だ」

「……なるほど。ありがとうございます」

 出せない額ではないが、けして安くはない。しかし場合によっては代役が必要な場面におちいることも想定しなければならないだろう。

「他に質問者がいなければ話は打ち切るぞ」

 グルっと教室を見回す。幾人かの生徒はちょっとした疑問を感じていたのか顔を見合わせたり小声で話し合っているが、ちやばしら先生に確認しようとはしない。その疑問は持ち越すべきじゃないが、誰も指摘はせず質問タイムは終了してしまう。茶柱先生もわざわざ質問しても構わないとうながすようなはしない。

「次の時間は第一体育館に移動し、各クラス他学年との顔合わせとなる。以上だ」

 時計を確認する茶柱先生は、ホームルームの時間が残っていることに言及した。

「まだ20分ほど授業時間が残っている、残りの時間はお前たちが好きに使うといい。雑談するのも真面目まじめに話し合うのも自由だ」

 教師お墨付きの許可が出たことで、抑えられていた静けさが一気に爆発した。

 それぞれのグループが集まり好き勝手に体育祭について話し合い始める。

 ほりきたもとへはどう、そしていけやらやまうちやらが集まって来た。

「堀北。体育祭どうやって乗り切るか話し合おうぜ」

「賛成賛成。1位取れる方法とか考えてくれよっ」

 そんな群がる男たちの光景をごとのように見ていた堀北が深いため息をつく。

「どうして私のところにはこんな人たちしか来ないのかしら……」

「悲しい現実だよな」

 全くね、と堀北は言いつつも真面目に考える気はあるようでノートを開いた。

「いいわ。ひとまずあなたたちの意見を聞いてあげる」

「はいはい!」

 早速元気良く手を挙げたのはいけほりきたはペン先で指し、発言をうながした。

「楽して勝ちたい!」

「そういうのは意見として認められないわ。低レベルな発言はめてもらえる?」

 ばっさりと切り捨てる。まぁ、流石さすがに池の希望は切り捨てられても仕方がない。

「Dクラスが勝つための方法はあるぜ」

 自信満々に口を開いたのはどう

「期待はしていないけれど聞いてあげるわ」

「全員参加はわかんねーけどよ、俺が全部のすいせん競技に出る。そうすりゃ勝ちだ」

 誰よりも運動に自信のある須藤は、我先にとそれを主張した。

「発言そのものは池くんと同レベルではあるけれど、単純ながら確実な方法ね。あなたはクラス内でも飛び抜けて運動神経がいいもの。すべての推薦競技に参加するのは悪い話じゃないわ。同じ人物が複数に参加してもルール上問題はないから」

 オレも賛成だったが、池たちは不満があるようで批判を口にした。

「俺らだってチャンスは欲しいんだけどー。だって3位以内なら点数がもらえるしさ」

「それでクラスの勝つ可能性が下がるとしてもかしら?」

「いや、そうだけどさ……。チャンスはいっぱい欲しいって言うか……」

「推薦競技つったら普通、運動神経の良い連中が出てくんだぞ。おまえじゃ無理だかん

「わかんねーだろー。もしかしたら偶然にってこともあるしさ。公平にすべきだろー」

「この先、クラスの話し合いは必要不可欠でしょうね……」

 今ここで池だけをせることは出来るかもしれないが、堀北はクラス内で他にも池と同じように考える生徒が出ることを想定し、そう言った。

 だが今度はその発言が須藤に火をつけてしまったようだった。

「運動のできるやついくらでも参加する。それが一番だろ、甘いぜすず

 須藤の言いたいことはよくわかる。それは堀北も反対していない。単純に勉強のできる優等生からしても、須藤のような生徒が体育祭で活躍してくれる方が理想的なのだ。筆記試験で赤点の危険性を持つ須藤のような生徒がボーナスを多数得てくれれば文句はない。

 だがクラスの全員が賛同するかと言われればそうシンプルな話にはならない。入賞することで得られる特典は、学力が低い生徒ほど魅力的に感じるものだからだ。

 常に退学の危機にさらされている生徒たちにはのどから手が出るほど欲しいものだろう。

「私はあなたの全種目参加の意志はむつもりよ。けれど、だからと言って手放しで全部の競技に出るのを後押しするわけでもないわ」

「なんでだよ」

「体力はじんぞうじゃないもの。立て続けに出れば当然しようもうする。連勝は難しいわ」

「だとしても運動音痴に任せるよりいいだろ。疲れててもこいつらよりは働けるぜ」

 オレ含む男子たちをいちべつして鼻で笑う。悔しそうないけたちだが反論は出来なかった。

「今ここでこの話を続けても答えは出ないわ。次のホームルームで決めましょう」

 これ以上の進展はないと踏んだほりきたはそう言って早々に話を締めくくった。


    2


 2時間目のホームルームは全学年の顔合わせが行われる予定になっていた。

 体育館へと集められたのは、総勢400名以上にも及ぶ大勢の教師と生徒。

 1年生から3年生まで、赤組と白組に分かれた全校の生徒たちだ。

 堀北はどこか落ち着かない様子で周囲を見回している。

 この学校で生徒会長を務める兄、堀北まなぶを探しているのだろう。だが場が悪い。これだけ人数が多いとクラスが分かっていても簡単には視界に入ってこない。

 それに兄への迷惑を考えてか、控えめな視線で自重していることもあり視野は狭そうだ。

 そんなに兄貴が好きならもっと堂々としていればいいと思うけどな。

 堀北にとってはそれが何よりも難しく、とてもできないことなのだろう。思い返せばコイツからは一度も兄貴に会いに行っていない。すべて向こうからの接触だけだ。

 集められた生徒たちが床に座ると数名の生徒が前へと出てきた。全員の視線が集まる。

「俺は3年Aクラスのふじまきだ。今回赤組の総指揮をることになった」

 どうやら堀北の兄貴が仕切るわけではないらしい。

 生徒会長だから何でもかんでも仕切ると思っていたがそうでもないようだ。

 とすると逆に普段は何をやっているのか気になるところだが。

「一年生には先にひとつだけアドバイスをしておく。一部の連中は余計なことだというかも知れないが、体育祭は非常に重要なものだということをきもめいじておけ。体育祭での経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろう。だがそのどれもが学校での生き残りをけた重要な戦いになる」

 上級生からのありがたい、そして何ともあいまいなアドバイスだった。

「今はまだ実感もなければやる気もないかも知れない。だがやる以上は勝ちに行く、その気持ちを強く持て。それだけは全員が共通の認識として持っておけ」

 重い一言を放った藤巻は赤組一同を見渡して更に言った。

「全学年がかかわっての種目は最後の1200メートルリレーのみ。それ以外はすべて学年別種目ばかりだ。今から各学年で集まり方針について好きに話し合ってくれ」

 藤巻の言葉を皮切りにかつらひきいるAクラスたちがゾロゾロと集まって来る。

 Dクラスはややしゆくした様子だ。そのエリート集団に対して緊張感を持っているのだ。1学期のAクラスの成績は圧倒的で、他を寄せ付けない結果だった。

「奇妙な形で共闘することになったがよろしく頼む。出来れば仲間同士でごとを起こすことなく力を合わせられればと思っている」

「僕も同じ気持ちだよかつらくん。こちらこそよろしく」

 葛城とひらは近距離で互いに協力していくことを表明しあう。

 本来Aクラス側にしてみれば最下位のDクラスと組むメリットはない。しかし手を組んで戦わなければ仲間同士で足を引っ張ってしまうことになる。

 ここは兄弟のように信頼しあうというより揉めないよう協定を結ぶ場と言える。

「なああの子……」

 オレのそばでそう小さくつぶやいたいけ

 しかしそう呟いた気持ちは分からないではない。オレもそうだし、ほりきただってそうだろう。Aクラスの1人の生徒だけが、この場で浮いていたからだ。

 だが誰も口には出さない。今は出せる雰囲気ではなかったからだ。

「クラスの方針はそれぞれあると思うが──」

 そんなDクラスの不可思議な視線と感情に気付いているのかいないのか、淡々と葛城が話を進めようとしていると、体育館の中が騒がしくなった。

「話し合いするつもりはないってことかな?」

 少し離れたところから、少女の声が体育館に響いた。何事かと皆の視線が集まる。

 その声の主は1年Bクラスのいちなみだった。彼女の視線の先では一クラス分ほどの生徒たちが体育館を去ろうとしていた。その中の1人、両ポケットに手を突っ込んだ男子生徒が振り返る。Cクラスのリーダーりゆうえんかけるだ。

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところでお前らが信じるとは思えない。結局はなから腹の探り合いになるだけだろ? だったら時間の無駄だ」

「なるほどー。私たちのことを考えて手間を省こうとしてくれてるんだねー。なるほどー」

「そういうことだ。感謝するんだな」

 龍園は笑い、Cクラスの生徒全員をひきいて歩き出す。

 Cクラスのどくさい政権に乱れがないことを確認させられる光景だった。

「ねえ龍園くん。協力なしで今回の試験に勝てる自信があるの?」

 一之瀬はあくまで龍園とも協力するつもりなのか、まだ食い下がる。

 だが龍園は足を止めない。

「クク。さぁな」

 そう小さく笑い、龍園の指示の下Cクラスの生徒全員が引き上げて行く。それをただ遠くから見ていたDクラスだが、かるざわが一瞬だけ表情をくもらせる。それも無理はない。夏休み前に行われた船上特別試験において、彼女はCクラスの女子、なべたちと揉めた。

 それにより隠していた『いじめられていた過去』をあばかれてしまったのだ。

 だがそのあつれきを知る者は当人たちを含めてオレとゆきむらだけ。その幸村も過去にかるざわが虐められていたことまでは知らないため、特別気にめるようなことはしない。

 なべは一瞬だけDクラスのほうに視線を向け軽井沢を見た。だがほんの一瞬。すぐに視線をらすと何事もなかったかのようにりゆうえんについて行った。

「向こうは向こうで大変ね。Cクラスと組まされるなんて」

 Dクラスもとうそつが取れている方じゃないが、Cクラスに比べればマシか。クラスのすべての決定権を龍園が持っていることを改めて思い知らされた光景でもあった。

 それを見ていたかつらが、ほりきたにアドバイスを送る。

「今回おまえたちDクラスが味方だからこそ忠告しておく。龍園をあなどるな。ヤツは笑いながら近づいてきて、突然襲い掛かってくる。油断していると手痛いことになるぞ」

「忠告はありがたいけれど、その口ぶりは経験にもとづくものかしら」

「……忠告はしたぞ」

 深く語ろうとはせず、葛城は元の位置に戻る。

「早くも動き出したということでしょうか」

 こちらの陣営からBクラスとCクラスを見ていたひとりの生徒がつぶやく。

 先ほどから気になっていた、この場でもひときわ異彩を放つ小柄な少女だった。

 ただ一人に座り、静かに目を伏せる少女。その手には細いつえが握られている。

 誰の目にも、その少女が足に不安を抱えているのだと映っただろう。

「彼女はさかやなぎあり。体が不自由なために椅子を使用しているが理解してもらいたい」

 その説明をしたのは本人ではなくかつらだった。

「アレが坂柳……」

 Aクラスで葛城と勢力を二分するといううわさのもう1人のリーダーか。

 無人島旅行を欠席したのもうなずけそうなほどの細身で、足腰が不自由なためか特別に用意された椅子に座っている。その様子や杖を持つ姿に周囲の視線が集中するも、本人は全く気にめる素振りはない。

 短めの髪は染めてあるものなのか、銀色。強い特徴になっている。肌は色白。名前は有栖らしいが、本当に不思議の国からやって来たと思うような存在感だ。

「めっちゃ可愛かわいいじゃん……」

 Dクラスの男子がそう騒ぎ立てるのも無理はない。くしくらとはまた違う可愛さ、美しさ。そしてはかなげな様子は守ってあげたくなる雰囲気をかもし出している。

 だがいつものようにお茶らけた空気を出して、声をかけるようなが男子連中には出来なかった。はくながらも、か強い意思を感じさせるのはその大きなひとみの力強さのためだろうか。近寄ると何か悪いことが起こるような気さえしたのかも知れない。

 注目を浴びていることに気付いた坂柳が柔らかく微笑ほほえんだ。

「私に関しては残念ながら戦力としてお役に立てません。すべての競技で不戦敗となります」

 自らの体の弱さを謝罪する。

「自分のクラスにもDクラスにもご迷惑をおかけするでしょう。そのことについてはまず最初に謝らせて下さい」

「謝ることは無いと思うよ。誰だってその点を追及することはないから」

 ひらを始めどうもそのことについては少女に不満をらすことはなかった。

 どうにもならないことに関して責め立てるものは、一人としていない。

「学校もようしやないよな。最初から身体からだが不自由なら許してくれたっていいのによ」

「そうだよ気にしないで」

「お心づかいありがとうございます」

 坂柳は前評判とは大きくことなり、非常に礼儀正しく大人しかった。聞き及んでいた攻撃的だという印象は全く無い。一方、対となる葛城はそんな坂柳を横目に神妙なおもちを維持している。だが坂柳という生徒が強い存在感を放っているのは杖や椅子の存在のせいだけではない。何も知らないいけたちには、ただAクラスとDクラスで別れて座っているように見えているだろうが、オレから見ればいちもくりようぜん。明らかに葛城と坂柳の間で線引きするようにAクラスの生徒たちが分かれて座っていたのだ。Aクラス内にある派閥の象徴だ。当初は互角か優勢と思われていたかつら陣営だが、今は見る影もない。ひこを含め数名の男子と女子が葛城についているものの、残りの生徒はほぼすべさかやなぎ陣営についていたからだ。まるで自らの力を誇示するようにあえてその状態にしているようにすら思えた。

 坂柳自身は無人島試験にも船上での試験にも参加していない。明言はされていなかったが船上での特別試験も不参加によるペナルティを受けている可能性は十分にある。つまり個人としての結果を残せていないにもかかわらず味方が増えている状況を作り出している。

 外見の可愛かわいさがどうとか、そう言う話ではないだろう。恐らくオレたちの知らないところで坂柳は着々と実績を積み重ねて信頼を得ているということだ。

 それに、葛城自身の失策も少なからず影響しているだろう。

 他クラスの諸事情など知ったことじゃないが、葛城は基本的に手堅い戦略を打つ。安易なミスを繰り返すタイプには見えないが、失策にはこの少女が関係しているのだろうか。

 ともかく坂柳は自らの力不足を謝罪したのみで、以降口を挟む気配はない。

 まるで葛城やひらたちの行動、その出方を観察しているように見えた。

 考え過ぎ、だろうか。単純に体育祭では役に立てないことが分かっていることから、大人しくしているだけかも知れない。今分かるのは考えても答えなど出ないということだ。

 葛城はその視線を知ってか知らずか、平田と会話を続け、互いの方針を確認しあう。

「ところでおまえたちとの協力関係についてだが、互いに邪魔しあわないというレベルで問題ないと思っているのだが、それで構わないだろうか」

「つまり参加競技の詳細までは詰めないってことだね?」

「そうだ。下手に公表すると余計なだねにもなりかねない。もしCクラスやBクラスに情報がれればDクラスを疑うことになり必然的に連携は乱れてしまうだろう。それに味方であるはずのDクラスの戦力を分析して加味するのも苦労が増えるだけだしな。あくまで俺たちは対等に協力し合い対等に戦う。それが手堅いと判断した」

「……そうかも知れないね。信用関係を構築するには難しい学校であることは分かっているつもりだよ葛城くん。それに組としては味方だけど、競い合うことには変わりないしね」

 それで構わないだろうか、と平田はクラスメイトに確認を取る。反論する声はなかった。

 どちらのクラスもいきなり信用して全てをさらすことは出来ない。

 それなら適切に距離を取っておく方が無難というものだ。

 ほりきたもその点は納得の上なのか何も口出ししてくることはなかった。

「とはいえ団体競技の中にはあらかじめ打ち合わせを必要とするものがあるのも事実。それに関しては後日もう一度同じような場を設けたいと思うのだが構わないだろうか?」

「うん、それでいいと思う。皆とも相談しあってみるよ」

「よろしく頼む」

 2人の会話は無駄がなく的確で早い。スムーズにまとまりそうだな。

あやの小路こうじくん。この特別試験で勝つにはどんな方法があると思う?」

 一方でほりきたは体育祭について自分なりに指針を示そうとしていた。

「今回は体育祭だ。運動神経の有無だけが学校に問われている……とは思わないのか?」

「基本的にはもちろんその通り。能力で順位を競い合うものだと解釈しているわ。もし運動神経以外に結果に響くものがあるとすれば、それは運じゃないかしら」

「運か」

 らしからぬ発言のように見えるが、確かにその一面もあるかも知れない。

「勉強と違ってランダムに競い合う相手が選ばれるもの。要素としては大きい」

 事実、体育祭は組み合わせの運に結果が左右される面はあるだろう。通常なら8割の相手に勝てる堀北も、残り2割の強敵を引けば敗北することになる。逆に1割しか勝つ希望のない運動音痴も、それ以下の運動音痴に当たれば勝てるかも知れない。

「でも私が求めているのはそんな不確定な要素じゃない。確実な何かよ。運動神経の良さを根底に持ちながらも、運だけに任せない方法。無人島や船上の特別試験には無限の可能性があった。……今はそう感じている。だから今回もきっと──」

 今までの手痛いミス、失態からか、今の堀北には勝利へのしゆうねんがより色濃く見て取れた。

「なあ。今回、無人島や船上の試験と大きく違うのは何だと思う」

「……違い? 私には同じ特別試験に思えるわ」

「確かに似てることは否定しない。でも学校側は絶対に同じだとは認めないだろうな」

「言ってる意味が分からないわね。Aクラスと協力関係にあるから? でも船上でも各クラスとグループを作らされる不可解なチーム戦は行われたし……」

「そうじゃない。そもそも大前提が違う」

 小出しの言い方に堀北がいらちを見せたところで、オレは気づいたことを言う。

「この体育祭に関して学校側は『特別試験』だとは一言も言ってない。オレたち1年は勝手にそう口にしてる節があるが、ちやばしら先生を含め他の先生はすべて体育祭としか言ってないんだよ。3年のふじまきだってそうだ。渡されたプリントにも『特別試験』の文字はなかった」

 堀北は気がつかなかった、というよりピンと来ていないようだった。

「だとしても、それがなに? ポイントの増減や仕組みは特別試験とほぼ同じよ」

「確かにな。内容って意味じゃそうない。けど本質は違う。例えば定期的に行われる筆記試験は、点数を買ったり売ったりなんて裏技があるにせよ原則として実力が大いに試される。それと同じようにこの体育祭もまた基本的に体力やセンスを求めていると見るべきだ。下手な小細工を打ったところでたいせいに影響はない。いや、出ないように出来ている。純粋な気持ちで挑むクラスが真価を発揮できると思うけどな」

 もちろん、小細工が出来ないわけでも、する意味がないわけでもない。

 だが体育祭が始まってしまえば大局を動かすことは実質不可能だろう。

 筆記試験前か後なら打てる手はあっても、試験中に出来ることは限られているように。

「今回の体育祭のきもは本番前にしっかりと準備すること。そして本番で結果を残すこと、ただそれだけだ。シンプルイズベスト」

「私が言いたいのはその本番前の準備よ。確実にDクラスを勝たせたいの」

「違うな。おまえがしようとしてるのは準備じゃない。攻略や抜け穴探しだ」

「その違いが……私にはよくわからないわ」

「準備って言うのは、例えば誰がどの順番で競技に参加するか、他クラスの誰が運動神経が良くて悪いかを把握する。どんな順番で出て来るかを見極める。そして情報をらさないようにする。そのたぐいだ。攻略や抜け穴ってのは競技の前に誰かを欠席にさせたり、途中でリタイアさせるようなものを指す。要は強力な一手が欲しいってことだろ?」

 今まで正攻法で戦おうとし、敗北してきたほりきたがそう考えるようになるのは自然の流れ。

 この体育祭で相手に出し抜かれないように手を打ちたいと思うのは普通のことだ。

 とは言え、簡単に手を打てるのなら誰も苦労はしない。

「あくまでも正攻法で戦って勝つ必要がある、ということ?」

 堀北がこれから選ぶ答えがどちらにせよ、オレはこうていも否定もしないつもりだ。

 なら勝つための攻略は1つではなく、常に表裏一体で構成されているからだ。

 無人島だろうと船上だろうと、そして体育祭だろうと。

『正攻法』で勝つこともできるし『抜け穴』で勝つことも出来る。

 要はその人間に適した戦い方を選択することが大事だ。

 こいつはまだ表でも裏でもない。そのどちらかになろうとしている段階。

 かつらいちを表、オレやりゆうえんを裏とするなら、こいつはどちらを選ぶだろう。

 今のところ『裏』にやられている堀北がそっちに転びたくなる気持ちも分かるが。

 とは言え今回の体育祭では『裏』が非常に難しいものであるからこその忠告でもある。

「どう考えるかはおまえ次第だ。堀北、今Dクラスにあるアドバンテージは何だと思う?」

「……BクラスとCクラスがめてくれるお陰で私たちは有利に事を運べそう、かしら」

 オレは一瞬それを聞き流そうかとも思ったが、考えを改める。

 堀北すずは孤独に生きてきた分、視野が圧倒的に狭い。

「おまえは勝つために見識を広げようとしているが、まだまだ視野が狭いんじゃないか?」

「Bクラスとの協力を拒んだ龍園くんをけいしたことを言っているの? 彼がそのつながりを拒絶したのだから肯定的材料なのは間違いないと思うけれど」

「本当にそう思うのか?」

「……この後龍園くんと一之瀬さんが和解して協力し合う、そんなことも可能性としてはある。一之瀬さんも龍園くんを好んではいないでしょうけど、勝つためになら感情を捨てて協力するでしょうし。でも現時点で喜ぶことがいけないことかしら? 好材料の一つとして判断するくらいは悪くないでしょう?」

「それこそが視野が狭いってことなんだけどな」

「イラッとする言い方ね。ならあなたには何が見えていたというの?」

「おまえは今までりゆうえんの何を見てきた。あいつは勝つことに対して考えをほうしない。口では適当に言いながらも勝つための戦略を常に立てて行動してる。なのに現時点でいきなりBクラスの連携を拒絶したのはどうしてだ? 本当に考えもなく協力を放棄したと?」

「拒絶した理由……? 既にBクラスとCクラスが裏でつながっている、とか?」

 そういう風に考えておくことも必要だが、大切なのはもっと違うベクトルだ。

「今想像すべきことはBクラスとの関係がどうとかじゃない。あいつは既に勝つための戦略を思いついている可能性が高いってことだ。そうでなければ話し合いを放棄するメリットはない。うそをついてでもBクラスとの話し合いをする方が収穫もあるはずだからな」

「そんなの──可能性は低いと思うわ」

「地震や火事が起きる可能性が低いなら、万一に備えておく必要はないのか? 非常時に備えて準備しておくことが基本的で大事なことだってことを理解してないみたいだな」

「それは……」

 もしも、ということが起こらないのならそれに越したことはない。だが一番最初の時点からそれを放棄してしまったらいざという時に対処に遅れてしまう。

「少なくともオレは、龍園が現時点で勝つための策を1つ以上手にしていると思ってる」

「でも……だとしたら異常よ。まだ体育祭のことを知らされたばかり。勝つも何も……」

「だからその異常さを理解する必要があるんだろうな。正攻法とはどんなことなのか、抜け穴とはどんなことが考えられるのか。そして『未然に防ぐ』方法は何があるのか。それを必死になって絞り出してみたらどうだ? Aクラスに上がるためにはそういうことが必要になるはずだろ?」

 この時点で勝つ策を手に入れることが出来たのかを考えていけば、おのずと絞られてくる。

 もちろんそれは、どうけんの一件から船上での試験まで、龍園の戦略や思考を読みきって初めて見えてくるもの。今のほりきたにはまだ見えてこないか。

「まぁ色々いてみればいい。失態のしりぬぐいだけは出来るように準備しておくさ」

「勝手に失態を見せる前提にしないでもらえる?」

 果たして今の堀北にどこまで考えることが出来るのか少しだけ楽しみだ。


    3


 その日の授業を終えても、オレは一人教室に残り続けていた。

 窓の外からは部活動に励む生徒たちの声が聞こえてくる。体育祭が近いとは言っても、それぞれにはやることがあり日々のたんれんを惜しまない。

 携帯にイヤホンをつなぎ、先ほど届いたファイルを開いて状況を確認する。

「なるほどな……」

 これで大体の状況は把握できた。

 必要ならこれから2、3仕掛ける必要があると思っていたが、それは不要らしい。

 上々の首尾に納得したオレは寮に戻ることを決める。

「珍しい時間まで残ってるものだな、あやの小路こうじ

 正門へ通ずる道すがら、ホースで水をちやばしら先生に遭遇した。

「そうかも知れないですね。当番ですか」

「そのようなものだ。正確にはこの辺り一帯が私の持ち場になっているだけだがな」

 そう言ってれた様子で水撒きを進めていく。

「子供と違って社会人は色々と忙しい。特に体育祭が差し迫ったこの時期はな。それにしても今日はどうした、おまえが一人放課後うろつく姿を初めて見たぞ」

「それは少し大げさじゃないですかね」

「体育祭に向けた準備は万全なのか?」

「それは最近のホームルームで大体把握出来てると思いますけど。違いますかね」

 ひらほりきた、そしてどうを含め方針や作戦はすべて茶柱先生の耳にも入っている。

「おまえなら何か奇抜なアイデア、作戦でもたくらんでいるのではないかと思ったんだが?」

「何もありませんよ」

「何もない? 分かっていると思うが──」

 そう言ってあの話を持ち出そうとしたちやばしら先生だが、オレの目を見るなり思いとどまる。

 こんな場所で余計な話をしても得をする人間は誰もいない。

「前に先生から聞いた話は忘れてませんよ。でもどうするかはこっちの自由ですよね」

「確かにその通りだ。私から余計なよこやりを入れるべきではない。しかし悠長にしている場合でないことも事実だ。おまえをかばう理由がなくなれば私は見放す。ただの教師が圧力に耐えられるほど簡単な仕事でもないわけだからな。庇うに値するだけの成果を挙げてもらわなければ困る」

 そんな勝手な期待など知ったことじゃない。日々侵食されていく日常にいらちを覚えたオレはこの場から立ち去ることを決める。この教師から余計な話を持ち込まれなければ、面倒な事態には巻き込まれずに済んだはずだ。

 いや……もしかしたら遅かれ早かれ時間の問題だったかも知れないが。

「失礼します」

「ああ、気をつけて帰るんだぞ」

 わずか数百メートルの帰路を心配されながら、寮へと帰った。

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