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〇池寛治と山内春樹と須藤健の夏休み(番外編)



 性差的な話になるが、男としての最終目標はどこにあるのだろうか? 全世界の男性に意見を求めれば、そこには男の人生の真の目的が浮かび上がって来ることだろう。つまり愛する人と結ばれ、子孫を残し次の世代へとつないでいくこと。その結論に至るはずだ。近年は様々な娯楽であふれ返っている。遊園地や映画に始まりソーシャルゲームからヴァーチャルゲームなど人を楽しませるような娯楽は日進月歩している。だが長い人類の歴史から見ればまだまだ浅い。子孫繁栄ははるたいからほぼすべての生物が行い続けているものだ。しかしながら、高校生に上がったばかりの男子生徒には子孫繁栄なんて目的を見据えることなどできやしない。ただ目の前の快楽や性的興奮を求めていると言えるだろう。

「……これより、オペレーションデルタについて作戦会議を行いたいと思う」

 蒸れるほどの暑さが襲う中、Dクラスの池が似合わない正座をしたままひざの上で握りこぶしを作る。額に浮き出た玉のような汗を一度こぶしの甲でぬぐうと、ベットリと額がテカった。

「俺は今回のオペレーションデルタにこの夏の青春全てをけようと思っている。春樹、おまえはどうだ?」

「同じ気持ちだぜ寛治。作戦が成功するなら俺は死んだっていいっ!」

 自らの命を賭すこともいとわない覚悟に今まで静観していた須藤も同意した。

「正直に言やあ俺は反対だ。参加するかどうかは話を聞いてから決める」

 三者三様に思うこと考えることは違うが目指す目的は同じ。前向きに考えているようだ。

 全員が汗だくのせいか、室内の温度が更に蒸し暑くなるのを感じる。

「で、あやの小路こうじ……もちろんお前も参加するんだよな?」

「その前にエアコンのスイッチ入れてもいいか?」

 これ以上人のを汗臭くされたらかなわない。

「……だな。暑い」

 だったら最初からエアコンを入れさせてほしいものだ。雰囲気作りとかいう理由で冷房を入れることを拒否されていたのだが、部屋を提供したこちらが不快なだけだ。

「いつもいつも何でオレの部屋なんだ」

「前にも言わなかったか? お前の部屋が一番片付いててれいだからだよ。他のやつらの部屋はティッシュやら縮れ毛やらで汚すぎるんだよな。山内に至っちゃ足の踏み場もねーしな」

「須藤だって似たようなもんだろー? 服とか下着が散乱しまくってんじゃん」

 誰の部屋が散らかっていてもいいから、だったら片付けようって考えを持ってほしい。

「いつまでっても生活感のない部屋だよな。入学した時から何も変わってねーじゃんか。ポイントもこれからは入って来てるんだから何か買ったらどうだよ」

「あとはじゆうたんだな絨毯。ケツが痛いんだよ」

 どうは以前も言ったようなことを言い、床をたたいた。

「貴重なポイントを簡単には使えないからな」

 適当にあしらうと須藤はか食い下がってきた。

「無人島の試験はすずのおかげでポイントが手に入ったんだぜ。役に立ってないお前がポイントを節約するのは生意気だろ」

「確かに確かに。つかさ、ほりきたがいれば俺たちがCクラスに上がるのも時間の問題だったりしてな」

 5月の絶望的な状況から一転、オレたちは怒涛の勢いで上のクラスにポイントで詰め寄っている。

「ま、難しいことは二学期が始まってから考えようぜ。今はオペレーションデルタだ」

「本当にやる気なのか?」

「本当で本気さ。だって俺たちの青春はそこにあるんだぜ? それとも崇高な目的であるオペレーションデルタに不満があるのかよ!」

 今3バカはオレのに集まりオペレーションデルタについて熱く語ろうとしていた。

 それは前日の夜、携帯のチャットで話し合われたある計画に起因する。

「おまえがデルタとか作戦名を付けるのは勝手だが、つまるところのぞきだろ?」

 そう。このデルタという作戦は名前こそかしこまっているが、内容は覗き。女子の裸を見たい男子の欲望が生んだ実にくだらないものだった。だが詳細はいけ以外にまだ誰も知らない。

「女の子の裸を覗く……それの何が悪い! それが青春だ!」

 悪いも何も重罪だ、恐ろしいほどに。

 なのにこの男は堂々と開き直った。青春という言葉を利用して。

 もし覗きが見つかれば少年Aとして報道されたっておかしくない。

「女子にバレたらどうするつもりだ。怒られるだけじゃ済まないぞ」

 覗く方法は不明だがリスクを伴うのは間違いないはずだ。

 どうにかして思いとどまらせようとする。須藤もその点は引っかかるようで、無鉄砲にき進もうとする池とやまうちに対して似た疑問をぶつけた。

あやの小路こうじの言う通り危険だぜ。小学校ン時みたいに教室で体操服に着替えるわけでも、中学ン時の修学旅行の古びた旅館の風呂みたいに覗きポイントがあるわけでもないだろ」

「案ずるなって。このスーパーコンピュータと呼ばれた池かん様の考えに抜かりはない」

 立ち上がると、池は鼻高々に自信となる根拠を話し始めた。

「どこでどう覗くか、おまえらはそれが気になってるんだろ? 大丈夫だちゃんと考えてある。だからまずは落ち着いて俺の話を聞いてくれ。第一にターゲットは厳選する。一度きりのチャンスなのに中途半端なブスをのぞいたって仕方ないしな。そして当然Dクラスの子を選ぶ。身近な可愛かわいい子の裸を見るからこそ最高に興奮するわけだ」

「それは俺も賛成だけどさ、俺たちにムフフなフラグは立ってないぜ?」

「無ければ作ればいい。フラグは自分で立てなきゃダメなんだぜ」

 人差し指を振りながらいけは携帯を操作し、画面をオレたちに向けてきた。

「もう忘れたのか? 昨日からプール解放って大イベントが開催されてることを!」

「お、おぉ? 確かにそれなら覗ける! ……のか? 俺入ったことないしな、こっちのプール」

 携帯の文字に目を通すと確かにプールの解放について書かれていた。夏休みのラスト3日間だけ水泳部が使う特別水泳施設が使用可能であると。3日間の間午前9時から午後5時まで開放されるらしい。確かにその場なら、男女問わず当然泳ぐ者は皆一度裸になるだろうが……。

「着替えさせるためにプールに誘ったのは分かるけど、だからって覗けるとは思えない」

 オレは率直な意見を述べた。特別水泳施設に入ったことはないが監視カメラも当然設置されているはずだ。更衣室の中にまでカメラは当然ないだろうが、その手前の廊下になら設置されてあっても不思議じゃない。女子更衣室に近づく怪しげな男子が入れば即バレするのは避けられない。

 腕を組み余裕ぶった池の表情は崩れないが、やまうちの方が先に不安になったようだ。

「かーっ俺は悲しいぜ。俺がそんなことも考えてない間抜けに見えるのか? こっちは何日も前からこの日に備えて下準備をしてたんだって」

 こちらからの質問攻めに池は動じない。動じないどころか余裕の様子だ。

「下準備? じゃあ肝心の覗き方を教えてくれよ」

 もったいぶる池に我慢ならない山内が食い気味に問いかける。

「もうネタバレを希望か? いいぜ、これを見てくれ」

 池は徹底した下調べをしてきたのか、施設の見取り図を印刷して持ってきていた。その本格さに二人がかんたんの息を漏らした。

「おまえこんなもんまで用意したのかよ!」

 オレも驚きだ。何よりすごいのはその見取り図に細かな書き込みまでされていることだ。

 だがおかしい。そこに書き込まれた字は池本人のそれとは異なる気がしたのだ。

「見てくれ。この特別水泳施設って普段授業で使うプールの2倍以上広いんだ。部員以外立ち入れないし、お察しの通り監視カメラもついてる」

 男女合わせて6つの更衣室を兼ね備えた大型施設。恐らく大会などで使用されることもあるのだろう。男女は当然別の通路の先に更衣室があり、どちらの廊下にもカメラが設置されていることを記すマークが見取り図には手書きで書かれていた。

「こんなん絶対のぞけないって」

 男湯と女湯のように更衣室への道が分かれているため、一歩でも踏み入れば怪しまれる。まして夏休み最後のイベントともなれば大人数が予想される。到底不可能だろう。

「もちろん歩いてって更衣室を覗けるとは思ってないぜ。肝心なのはこの線。床に沿った通風孔のルートだ。実はこの通風孔、各男子更衣室と女子更衣室につながってるんだ。しかも更衣室は1年から3年まで別々の更衣室を使ってて、対となる更衣室は同じ学年に繋がってるって奇跡!」

 分かりやすく言うと、1年生男子の使う更衣室の通風孔から繋がっている反対側の更衣室もまた1年生女子が使用していると言うことだ。そしていけはその道を辿たどって覗きに行こうという腹。だが奇跡だと騒ぎ立てたくなる気持ちも分かる。更衣室は数がある分1つ1つはそれほど大きくないし、室内に障害物もない。仮にシミュレーション通りなら、通風孔からは着替える女子たちの姿をほぼ確認できるだろう。

 しかしいまどき人間が簡単に入れるような通風孔があるだろうか。

「この通風孔のサイズは縦15センチ、横幅40センチだ」

「どう考えても人間が通れる大きさじゃないな」

 それにギリギリ人間が通り、いずれるサイズだったとしても映画のようにく行くかどうか。身動きが自由に出来なければ最悪挟まって出れなくなることもある。

「クックック。それもすべて計算してるんだよ。こっちにはこれがある!」

 持ち込んでいたかばんからほこらしげに取り出したのは小型の車だった。

 そこにはアンテナのようなものが一本出ている。

「ラジコンか……!」

 ラジコン、つまりラジコンカー。遠隔操作することで自由自在に動かせるおもちゃだ。さらにラジコン本体にカメラが付いている。それはリモコンに搭載された小さなカメラとリンクしているようだ。電源を入れて池が操作するとモニターが映った。高画質とはいえないが、周囲を確認するには十分だろう。言葉通り本当に用意がいい。

「これなら通風孔に入る大きさだ。あとはラジコンに備えたカメラで確認しながら通風孔を進むだけさ。しかもラジコン本体のミニカードに映像も保存出来るのさ!」

 池の考えた作戦はやみが深く欲望にまみれたものだった。

 ……この男はなんて恐ろしいことを考えるのだろう。

 完全に犯罪行為です。ありがとうございました。これは流石さすがやまうちも反対するだろう──。

「おぉ! すげえ! これならかんぺきじゃん! なあけん!」

 賛同するんかーい……。もう軽すぎる心のノリでっ込むしか出来ない。

「だな……なんかドラマみたいな感じじゃねーか」

「どうだー! かんぺきだろお!」

 確かに、これなら気づかれず目的地にたどり着ける可能性はあるが……。

 それにしても用意周到だ。それ故にオレはひとつの仮説を立てる。

「もしかして今回ののぞき、博士はかせも一枚んでるのか?」

 いけ一人が考えた計画とは到底思えない。ラジコンだって簡単に買える金額でもないだろう。

「ど、どうしてそれをっ!?」

 どうしてもこうしても、用意周到に準備されたラジコンの存在からそのやり口まで池らしくない。それに監視カメラの位置や通風孔の道筋など知識がある人間が調べないと分からないことだ。

「くそ、バレたらしょうがない! そうだよ、博士に聞いたんだよ。ちぇっ、せつかく俺が全部考えたことにしたかったのによ」

「それで当日の具体的な作戦は?」

 やはり博士に知恵を借りたらしい。仕切りなおしとばかりに池が説明しだした。

「まず覗きたい女の子たちはプールに誘えた。そしたらほぼ同時に更衣室に入るだろ? 俺たちは入ったらすぐに奥にある通風孔の前を陣取る。もし使用者がいたらどう、おまえがおどしてでも退かせてくれ。それからすぐに3人は着替えるためにタオルを引っ張り出して通風孔付近を見られないように人間の壁を作るんだ。んで、俺が急いで通風孔の留め具を外してラジコンを投入。操作するからさ、その姿を見られないようにお前らが俺を隠してくれ。後はラジコンを操作して女子更衣室の前に止めて録画。着替え終わったと判断したところで引き上げるって寸法さ」

 話の流れは比較的シンプルなため簡単ではあった。だがやや行き当たりばったりなところはぬぐい切れない。

「俺が脅しで邪魔なやつを退かす。もしくは近づいてくる奴を近づけなきゃいいんだな?」

 須藤に適任な役目と言える。こわもてとして知れ渡っているため他の生徒はに近づいては来ないだろう。

「わかったか? このオペレーションデルタのすごさがっ」

「け、けどさかん。これって犯罪だよな……何か覗きよりも罪が重そうっていうか……」

「確かに犯罪さ。厳密にはな。けどお前ら自分の過去を振り返ってみろよ。きっと似たような犯罪をやってるはずなんだぜ?」

「あ? なんだよそれ。俺は犯罪なんてやってねーよ?」

「だったら聞くけどなけん。暴力で人を傷つけたら犯罪だろ? 大人が誰かをなぐればテレビでやってるニュースに取り上げられるだろ? お前暴力振るってるじゃん」

「それは……けんと暴力は別だろ」

「あいにくだけど、俺は暴力なんて振るったことはないぜ」

「ならはる、お前小学校のとき好きな女子の縦笛めたり体操着嗅いだり、そんなことは全くしなかったか?」

「うっ……」

 何が当てはまったかは知らないがやまうちは身に覚えがあるらしい。

「もし大人が同じことをしたら? 犯罪だろ!」

「た、確かに」

「つまりのぞきも盗撮も許されるのは未成年のうちまで。ここでやらなきゃいつやるんだ!」

 その熱意は間違いなく山内とどうの心を打った。犯罪行為に罪悪感を感じていた二人に決意を固めさせるだけの覚悟があったようだ。

「やるか春樹。なんとかなんだろ」

「そ、そうだな。よしいけの案に乗ってやるぜ」

「おまえらいいのか、本当に。犯罪だぞ」

 どれだけれい事を並べたって犯罪は犯罪だ。

「さっきから言ってるだろあやの小路こうじ。笛を舐めるのも犯罪だし直接着替えを覗くのも犯罪。だったら盗撮するのだって同じ犯罪だ。けどな、これは青春なんだよ。男子が女子の着替えを覗いたって注意されるだけで逮捕なんてされない。そういうことだろ! じゃん!」

「まぁ納得できなくもねーな。時代がハイテクになっただけで、実際世の男は大なり小なりそういうことは経験して大人になるわけだしな。小学生の万引きも高校生の万引きも罪の重さはおんなじだ」

 もはや女子の着替えが見たいがために、こいつは強引に正当化しようとしていた。

「百歩譲って、今のハイテク時代に合わせた覗きが盗撮だとしよう。けどな、もしそれがバレたとき、逮捕されることはなくても退学になることは十分にあるんだからな?」

「退学が怖くて覗けるか!」

 おー! と須藤と山内も腕を掲げる。

「あとはお前だけだぜ綾小路。ここまで聞いたんだ、もちろん協力してくれるよな?」

「……乗り気にはなれないな」

「だからおまえの協力がいるんだよ。3人が壁になってくれれば絶対に見つからないって」

 コイツの目は本気だ。ここでオレが抜けても絶対にやって見せると決めている様だ。

「わかった。オレも協力する。けど池ひとつだけ約束してくれ。この作戦には大きいリスクも伴ってる。見つかればタダじゃ済まないからだ。だから成功するにしろ失敗するにしろこれ一回きりにすると誓ってくれ。そうじゃなきゃオレは協力しないし、場合によっちゃ学校に報告する」

 厳しい言葉と甘い言葉を織り交ぜながら話す。そうすることで池からきよう案を引き出すねらいだ。

 一方的に反対だけすると、いけたちは黙って犯罪行為を犯す可能性がある。だから協力する条件として一度きりにしてくれと念を押しておく。間違いないのは、見つかればDクラスは崩壊するかも知れないってことだ。それはこの場にいる全員がわかっているはず。

「わかってるって。俺だって何度もこんなことしていいとは思ってないしさ」

「それならいいんだ。お前が学生の青春をけて挑もうとしてるのがわかったからな」

「オレから一つ提案させてくれ。9時にプールが開放されるならそのタイミングに合わせて行った方が確実だ。1番乗りが出来れば更衣室の一番奥を取るのも簡単だしな」

「なるほど! それは採用だな! 男子生徒の青春つったらのぞきだ! やってやろうぜ!」

 これがプール前日に行われていた話し合い、オペレーションデルタのぜんぼうだ。


    1


 そしてプール当日、一番乗りで更衣室に入ったオレたちは奥を陣取りタオルを広げていた。続々と入って来る男子たちは思い思いに雑談しておりこちらには意識を向けていない。

「早くしろよ池」

 どうがタオルを広げながら着替えるフリをしながら通風孔にしゃがみ込んでいる池を急かした。池はあらかじめバスタオルに包んでおいたラジコンとドライバーセットを取り出し、床下換気口に取り付けられた金具を取り外す。そして素早くラジコンを投入しラジコンを操作し始めた。

 ペンライトを搭載したマシンは小さなモニターに薄っすらと道筋を示しながら進んでいく。

「く、くそっ! 流石さすがに暗いな!」

 ペンライトで照らしただけでは、換気口は暗くモニターの視界が悪くなる。

 それでも少しずつ近づいてくる明るい先に向かいラジコンカーはき進んだ。行き過ぎてしまったとしても鉄格子が車を止めてくれるため落ちる心配は無い。それでも慎重に低速で車を進める。

「よし、もうすぐで視界が開けるぞ───!」

 モニター越しに更衣室が移り込んだ。そして画質は荒いがほりきたたちの姿がモニターに見えたのだ。

「う、うひょう!」

 池(博士はかせ)が考えた作戦は見事に成功したと言っていい。モニターにはDクラスの生徒やいちの姿がしっかりととらえられていたのだ。今ラジコンはしっかりと録画をしていることだろう。

 モニターを見ていれば、リアルタイムで着替えを拝見することも出来る。

「お、俺にも見せろよかんっ。よくみえねーだろっ」

「バカ野郎俺にもだっ」

 どうやまうちが不満そうにいけにモニターを見せるよう催促する。しかしそんなことを続けていれば他の男子連中に怪しまれるのは避けられない。オレはそれを利用することにした。

「録画は出来てるんだから、無理しない方がいいんじゃないか。そろそろ怪しまれる」

「く、そ、そうだな。とりあえず着替えた方がいいよな……」

 舌打ちした山内が悔しそうに顔をしかめる。

 そう、たとえモニター越しにのぞけなくとも、ラジコンに搭載されたミニカードには現在進行形で録画が行われている。早くラジコンをバックさせたい気持ちを押さえ池は耐える。

 ロッカーに荷物と一緒にコントローラーを押し込み、着替えに集中した。

「な、何分くらい待てばいいかな……」

「20分は置いておきたいよな。少なくともさ……」

 早く切り上げすぎて着替えのシーンを押さえられないのも、逆に放置しすぎて回収不能になることも避けなければならない。おまけに着替えに手間取りすぎるとトラブルのだねとなる。多分こいつらにとっては人生で一番長い20分になることだろう。

「オレは先に行ってるぞ」

「わ、ちょ待てよあやの小路こうじ! 裏切るのか!? 後で見せてと頼まれても見せないからな!」

「そうじゃない。20分もって男子が誰も出てきてなかったら他のやつが怪しむぞ」

「う、それもそうか……じゃあくやってくれよな」

「わかってる」

 ラジコンカーを回収する3人を置いてオレは一足先にプールへと向かったのだった。


    2


 一方、オレが男子更衣室を出た同時刻。女子更衣室では3バカの望む理想的な光景が繰り広げられようとしていた。いや、実際にカメラは音声と映像をしっかりととらえていた。

「なんか新鮮だよね、授業以外で学校のプールを利用するなんて」

 くしはロッカーの中にかばんを入れながらそんなことを口にする。

 隣で着替えるいちは早くも服に手をかけていた。

「そうだねー。なんか市民プールとかに遊びに来た気分」

「一之瀬さんってすごく素敵なプロポーションだよね……」

 れするようなためいきをついて、櫛田が言う。一之瀬はちょっと恥ずかしそうにしながらも、櫛田の体形を見て同じく納得の行く一言を口にした。



くしさんこそバランスの取れた身体からだ付きしてるし、私なんかに負けてないと思うな」

 事実胸のサイズこそいちに大きく軍配が上がるが、総合力では負けていない。

 一方、一之瀬と同等かそれ以上のバストを秘めたくらは、二人から距離を少しだけ置いて着替え始めていた。同性どうしでも気恥ずかしさが大きい。それにこの後プールサイドに行くことを思えば身体が重くなるのも無理は無かった。

 授業と違い救いなのは、上半身をすっぽり隠すことが出来るラッシュガードを着用できる点だろう。佐倉のような恥ずかしがり屋にとっては救世主のようなアイテムだ。

「一之瀬さん、ジロジロ見ないでもらえる?」

 一之瀬からの熱視線を受けほりきたけん感を抱く。着替えるのを中断し距離を置いた。

「や、ごめんごめん。なんて言うか堀北さんの肌がきれいで透き通るようだなって思ってたら魅入っちゃって。同じ女の子として、やっぱり可愛かわいい子には注目しちゃうよね。きようちゃんもそうは思わない?」

「うん、堀北さんはすごく可愛いから」

「…………」

 櫛田の一言にためいきをつきながら堀北が着替える。

「でも今日はよく来てくれたね。こういうイベントには顔を出さないって思ってた」

「好き好んで出るものじゃないのは確かね。けれど時には自分の意思に関係なく、甘んじて受け入れなければならないときがあるのよ」

「んーと? なかなか難しいことを言うね、堀北さんは」

 無論、詳細は誰にも話さない。水筒が腕にはまって抜けなくなったことは恥であり、墓場まで持っていくことだからだ。あやの小路こうじに知られたことすら激しく後悔している。あの時パニックになって電話をしてしまったのか、それを反省しっぱなしだ。

「私に話しかけてないで着替えたら?」

 堀北に軽くあしらわれた一之瀬は次のターゲットを見さだめる。それは後ろでコッソリ着替える佐倉の存在だった。『皆は一人のために一人は皆のために』を大事にする一之瀬としては満遍なく仲良くしたい気持ちが強い。明らかに一人だけ浮いた存在である佐倉とも仲良くなりたいと考えていた。Dクラスの内情を知らない一之瀬だが、佐倉が大切にあつかうべき生徒なのは分かりきっていた。深入りし過ぎるのは論外だが、全くの無視も出来ない。

 櫛田も堀北もむやみやたらと佐倉には話しかけない。一見すると引っ込み思案で大人しいタイプ。だが一之瀬が分析するに、佐倉は人見知りではあるが仲良くなった相手には心を開き口を開くように感じた。それなら自分にも彼女の友達になるチャンスはあるはずだと思っていた。

「佐倉さんとこうして会うのも久々だよね。クラスが違うとなかなか会えないねー」

「そ、そうですね……」

なみちゃんくらさんと知り合いだったんだ、ちょっと意外かも」

 2人の関係に疑問を感じたくしが、少し遠慮がちに聞いてきた。

「前にちょっとね。ねー?」

「は、はい……」

 想定以上に固い佐倉は目を泳がせながら言った。

 その恥ずかしがる仕草にいちはクラリとさせられたが、グッとこらえる。

「にしても……」

 失礼のない程度に、一之瀬は佐倉の身体からだを見る。可愛かわいい顔立ちに細身だが肉付きの良いボディ、何より大きな胸はまさに誌面の向こう側にいるアイドルそのものだ。

 まるで男の子のような視線で肉体を見てしまう。

 守ってあげたくなる系女子の佐倉は、もう少し明るくなれば学年随一の人気者になりそうだ。

「そう言えば帆波ちゃん、かんざきくんのことで相談があってね。そのことで少し聞いてもいいかな?」

「にゃ? 神崎くんがどうかしたの?」

 佐倉との距離感を計っていた一之瀬は、櫛田から話を振られて視線を移す。

 それを佐倉は逃げるすきと判断し一之瀬から少し距離を取った。

「クラスの女の子に神崎くんが気になってる子がいてさ。その辺り事情はどうなのかなって」

「わー意外とモテるねー神崎くん。ウチのクラスにも好きっぽい子いるし。あ、でも今のところ誰とも何もないんじゃないかな?」

「そっか、じゃあ声かけてみたらって話てみるね」

「うんうん。神崎くんもうれしいんじゃないかな。多分だけど」

「多分なんだ」

 ざっくりした回答に櫛田が笑う。

「彼って無口と言うか口数が少ないから。それがいいんだろうけど、主張がなさ過ぎてよくわかんないんだよね」

 それが同じクラスメイトとしての率直な感想だった。

「そうだねー。確かにわかりづらいかも」

 そうこう一部でトークが盛り上がっていると、周囲は既に着替えるべき水着に手を伸ばしていた。

「わっとと、着替えなきゃ」

 出遅れた一之瀬が手早く服を脱ぐ。男子の着替えをほう彿ふつとさせる素早い動きだ。

 ぶるんと胸が揺れる。関心を示さないようにしていたほりきたですら、一瞬目を奪われる。その破壊力抜群のプロポーションがあれば大半の男は一発KOだ。

 近年食生活が欧米寄りになったとは言え、同じ高校一年生の身体からだとは思えない。

「……あなた、その胸はいつから?」

「ふぇ? いつ、って大きくなりだしたの? 中学3年生になったあたりかな、どんどん育っちゃってさ。どうして?」

「いえ、理解出来たわ。あなたが持て余し気味にしている理由がね」

 必ずしもではないが、女の子は自分の変化に対応出来ないタイミングがある。特に胸の発育は本人にも読みきれないのだ。一年足らずで急成長を遂げたなら仕方がない。

「よし、着替え終わり!」

 最後尾から追い上げたいちは、そう声をあげた。

「お先いってるねー」

 いち早くプールに行きたい衝動を抑え切れないのだろう。ロッカーのキーをもって更衣室を後にした。

「台風みたいな人ね、彼女」

 良いも悪いもなく、純粋な気持ちをほりきたは口にした。誰かに聞かせたわけじゃなかった。

 けれどそれを少し遠くで聞いていたくしが拾い上げる。

「一之瀬さんと一緒にいると、ついつついがおになるんだよね」

 そう答えた。

 堀北は横眼だけ一度櫛田にやったが、その言葉に答えることはなかった。

 もちろん櫛田もそれで何かを思うことはない。

 ただ単純に櫛田は立て続けにこう言った。今度は堀北ではなく新たな来訪者にだ。

「あれかるざわさん? おはよー、二人も遊びに来たんだ」

 常に周囲の状況に敏感な櫛田が、更衣室にやって来た軽井沢と二人の女子に目を向ける。

「偶然。あたしらも泳ぎに来たんだ」

「へえ……」

 驚きを隠せない櫛田。軽井沢は普段授業では全く泳がないからだ。

 軽井沢たちは奥の方のロッカーへと向かっていく。櫛田はそれに少し違和感を覚えながらも着替えをつづけた。

「うわ……マジでやってるし。マジの最低変態ばっかり……」

 床下換気口に取り付けられた鉄格子にぴったり張り付くように停車しているラジコンを見つけた。キラリと光るレンズが女子更衣室を見事な角度でとらえている。

 普通なら、この鉄格子は誰にでも取り外せるが、取り外すには相応の手間と時間がかかる。プラスネジで四方を取り付けられていて、それを外さなければならないからだ。だが軽井沢は鉄格子に触れ、難なくそれを後ろに引くことで取り外す。

 彼女が特別怪力なわけでも、またドライバー技術にけているわけでもない。

 ただ単に昨日の段階でこの更衣室に足を踏み入れネジを外していたに過ぎない。鉄格子はネジがなくとも、簡易的に固定できるようになっているためだ。

 かるざわはラジコンを手で抑え、それをつかみ持ち上げる。モニターの横のランプは薄赤く光録画中になっていることがうかがえる。あらかじあやの小路こうじによって聞かされた手順でラジコンからミニカードを抜き取った。この時点で録画機能は停止し、再度録画の手順を踏まなければ録画ランプが付くことはない。

 そしてすぐに何もデータが入っていない新しいミニカードを挿入し、床下換気口に戻す。

「これでよし、と」

 後は勝手に時間がてば、ラジコンは戻っていくだろう。

「……あいつだけ、ちゃんとしてんだ……」

 男子連中のクズっぷりにあきれながらも、たった一人それを阻止するべく動いていた綾小路のことを考える。もし綾小路がのぞきに加担、あるいは見てみぬフリをしていたなら、クラスメイト内外の女子が知らぬ間に男子に裸を見られていたことになる。それもデータとして永久に残る形で。

けいちゃん、もう大丈夫?」

 そう軽井沢の背中から話しかけてきたのは、同じクラスメイトのその。それからいしくらも少し不安そうな様子で軽井沢を見ていた。

「あぁうん、ありがと。もう大丈夫」

 一年生の女子が入り乱れている更衣室の中で、一人で床下換気口を見ているとこつに怪しまれる。いけたちがバリケードを作ったように、軽井沢もまた親しい友人たちを利用して視界をさえぎらせた。

 もちろん換気口の近い奥、その周辺のロッカーは全て『使用済み』に見せかけるため、鍵をかけて使えないようにすることも忘れていない。軽井沢は他人の目を盗みながら、心拍数を上げることなく冷静にその鍵を一つずつ戻していく。

 友人である園田と石倉には詳細は説明していない。説明せずとも大人しく従い口外しない確信がある人間……気はけして強くなく、それでいて仲間ハズレを恐れている生徒を人選している。

 着替えを終えてDクラスの顔見知りが全員いなくなったのを確認して、軽井沢は二人に対してねぎらいの言葉をかけた。

「今日は協力してくれてありがと。あたしこの後も少し予定があるんだけど、二人は遊んでくわけ?」

「あ、うん。そうしようかなって。ね?」

 二人は互いにうなずきあう。軽井沢もその点をどうこういうつもりはないようだった。


    3


 くたくたになるまで遊んだプールから帰り、オレは自室の前に戻ってくる。

 するとの前には既に3人が興奮気味に待機していた。

「遅いぞあやの小路こうじ! 早く開けろよ!」

 待ちきれないどうがドアをる。隣の部屋に迷惑だし管理人に目を付けられるからやめてほしい。

「綾小路早くしろよ!!」

 興奮を抑えきれない男連中に背中を押されるように、オレは自分の部屋を開けさせられた。いけたちの手にはラジコンから回収したカードが握られている。そしてそこには、女子たちが着替える生々しい映像が記録されているに違いない。3人はそう思っている。

 家主よりも先に部屋に上がり込むと、勝手にパソコンの電源を立ち上げた。

「な、なぁすごいのが映ってたらあとでコピーしてくれよな……」

「おまえら待てよ。まずは俺が確認すんだよ、すずの裸を見る権利はねーんだからな」

「落ち着けって二人とも。ここは皆で仲良くみようぜ。ぐへへへへ」

 もはやオレのことなど眼中にないのか、パソコンが起動するのを今か今かと待っていた。色々と大変な一日だったオレはそのままベッドに座り込んだ。

「中身を確認したら帰ってくれると助かる」

「んだよ綾小路、おまえ一人だけ大人ぶりやがって。おまえだって見たいだろ?」

「引き返すなら今のうちだと思うけどな」

「あーそうかよ。いい子ぶるなら絶対見るんじゃないぞ。つか見せてやんないからなっ」

 池はパソコンの画面の前に立ちふさがるようにして両手を広げ視界をさえぎった。

「女の裸に興味ない野郎なんていねーぞ。素直になれよ」

 もう我が家のようにくつろぐ須藤からの言葉は一理あるが、そこまで必死になって裸を見ようとは思わない。少なくとも退学をけるだけの価値があるとは思えなかった。

「ぬわああ!? なんでなんで、なんで何も映ってないんだよ!!」

 博士はかせから借りてきたと思われるミニカード読み取り機にはデータが何も入っていなかった。つまりラジコンによる録画はそもそもく機能していなかったということだ。

「な、ない。データが……」

「そんなわけないだろ? だ、だってちゃんと録画出来てたよな? な?」

 3人は慌てふためいて何度もフォルダを開きなおすが、そこには何もない。

 当たり前だ。録画していたデータの入ったカードはかるざわが抜き取り空のカードと入れ替えた。どれだけ探そうとしても存在しないファイルが見つかることはない。

 一方で本物のデータは既に破壊してしまったため残っていないのだ。

「なんでないんだああああ!!」

 こうして3バカの野望は内側からの妨害工作により消滅したのだった。

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