〇女難、災難の1日。天使のような悪魔の笑顔
「今日はおまえに協力してもらうぞ
「……朝っぱらからなんだ……
連打された
「邪魔するぜ!」
随分と元気だ。
「なんだ寝てたのかよ。もう夏休みも数日で終わりだってのにのんびりしてんなあ」
残り少ない休みだからこそのんびりしているんだけどな。
「俺にとって今日は特別な日にするって決めたんだよ。ってことで中に入れてくれ」
話についていけないオレは寝癖に触れながら玄関から山内を招き入れた。それから麦茶を一杯用意して置いてやる。
「で……その特別な一日にすることにオレが関係してるのか?」
「忘れたとは言わせないぜ綾小路。俺には
力強く叫び詰め寄られる。その眼は少しだが血走っていて本気さがうかがえた。
「なるほど……」
その件に関しては全面的にこちらが悪いため、都合が悪いからと聞き流すわけにもいかない。
以前、オレは
その借りは確かに返さなければならないだろう。
「連絡先を聞いて来いって話なら結構難しいと思うぞ……?」
「そうじゃない、それは諦めた」
そう言い、山内は手にしていたと思われる一通の白い手紙を取り出した。
「俺は佐倉への
「したためてきたって……これはラブレターってことか?」
「そうだ! ここにはどれだけ佐倉が好きかってことが書かれている! 読んでみ!」
そう言い、まだシールで止める前の手紙を取り出しこちらに見せてきた。
『拝啓、佐倉
「出だしの
そんな指摘に対して、自慢げな顔をしている山内。
「長い文章書けばいいってもんじゃないんだって」
それはそうかも知れないが、さすがにこれでは話の脈絡が無さすぎるのではないだろうか。受け取った方も困るのが目に見えている。しかも相手が佐倉なら余計にだ。
「なんで手書きじゃなくて印刷なんだ」
「いやぁ自慢じゃないけど字が
ちょっと
「それにほら、最近は履歴書も印刷するっていうじゃん」
「相手に気持ちを伝えるなら手書きの方がいいとも言うぞ。しかも
「なんていうかインパクトがあるじゃん? ずっとあなたを想っています的な」
「まぁそれらは百歩譲っていいとしよう……問題は最後のこれだ」
自分をアピールするために書かれた部分。
『僕と付き合ってくれたら毎月ポイントを全部差し出す覚悟です。貢ぎます!』
「これはダメだろ
「なんでだよ。
そりゃ愛の形として無しとは言わないが、これじゃ金のために付き合ってくれとも取れる文章だ。
「いいんだよこれで。金目当てでもいいから付き合ってほしいんだよ。……そんなにヤバイ?」
「……ひとつ確認するが、本気で告白するつもりなんだな?」
「ああ。俺は二学期から夢のような学校生活を送るんだ、これに
その目には
それを見てしまっては
「で……オレはどうすればいい? 手紙の内容をチェックするってことでいいのか?」
「それもだけどもう一個大事な役目があるぜ。それはズバリ、したためた手紙を佐倉の元に届けてもらいたいんだ」
「なに? 今なんて?」
一瞬聞き間違いかと思い聞き返してしまう。
「だから俺の代わりに手紙を届けてもらいたいんだよ。俺、もう朝から緊張しっぱなしでさ、こんなに緊張したのは国技館で決勝戦を戦って優勝した時以来っつーか。だから
国技館で何の決勝戦を戦ったのか、いつもの
「手紙の中身が問題だって言うなら、しっかりと書き直す。だから──頼む!」
パンと両手を合わせ、山内は頭を下げて頼み込んで来た。
「それに前のことも水に流す! いや、何か
「……どうしてもってことなら
「ほんとか!?」
「でも成功するか失敗するかは誰にもわからない。佐倉の気持ち次第だ。それは理解してるのか?」
「あぁ、俺だってバカじゃない。その確率が高くないことはわかってる」
自分の中にも大きな不安があるのか勝率が半分もないと理解している様だった。
実際佐倉は男性に対して一歩引いている節がある。そう考えれば絶望的とも言える確率だ。それでもこいつは、今この瞬間戦う決意をしてこの場に来ている。
「……わかった。おまえの
それならフェアもアンフェアもない。
「
差し出された手を握りしめると神でも
そうと決まれば、まずはこの手紙の内容を少し精査しないとな。受け取る相手が
山内は覚悟を決める。とはいえ本当ならまだ時期尚早だろう。お互いに連絡交換すら成立していない中での告白はただただリスキーだ。
成功率を求めるならもっと手堅く攻めていく必要がある。でも、山内の行動も間違いじゃないはず。
恋愛は突如始まるものだし、0から始まる形だって沢山世の中には
「まず出だしだが───」
恋愛経験は山内と同じ0だが、せめてそれらしい文章を考えてみよう。
「あ、そうだ。ひとつだけ注文つけさせてくれよ。告白の返事は校舎裏で聞きたいって」
「校舎裏? 第二体育館に続く?」
「そうそう。なんか
伝説の木の下みたいなものだろうか。噂ってのはどこからともなく
「なるほど演出の一環か」
「もちろん噂だけじゃないぜ。学生の告白と言えば校舎裏、これを王道と呼ばずしてなんと呼ぶっ」
告白と校舎裏を結びつけることは出来なかったが、どのようなシチュエーションを思い浮かべているかだけはよくわかった。
1
目標である佐倉との接触まで30分を切った。彼女は
一方のオレは、
「もしもし」
「ど、どうだ。もう佐倉は見えるか?」
「いや全然。さすがに10分前くらいにならないと現れないんじゃないか?」
「そ、そうか。くー、緊張する!」
存在がバレたくはないようだが様子は気になるので見ていたいってところだろう。
「なぁ山内、本当に渡す役はオレでいいのか? やっぱり自分で直接渡した方がいいと思うぞ」
「む、無理だって。俺は小さいときのトラウマで極度の緊張になると手が震えるんだから」
多分大抵の人間が極度の緊張下に置かれると身震いすると思うが……。
「失敗したくない気持ちは分かるけどもう少し考えたらどうだ? 間接的に渡すラブレターに本当の価値があると?」
「いやでもよくあるだろ?
「いくら手紙で分かるとは言っても、見えない相手から告白されるのは恐いと思うぞ」
「それは……」
まだ時間はある。もしかしたら考え直させることが出来るかもしれない。告白は基本一度きり。それを後悔の残る形には山内だってしたくないはずだ。
「まだ時間はある。考え直すべきだと思う。そのために手紙も直筆したんだろ?」
「そうだけど……うー、自分で告白するべきなんかな……」
ついに山内の中でも、ひとつの結論が導き出されようとしていた。
「……綾小路くん?」
背後から控えめな足音が聞こえたかと思った時、そう声をかけられた。
「佐倉だ! あとは任せた!」
勇気を振り絞りかけていた山内だったが、想定より早い佐倉の登場に慌てて通話を切る。
こっちとしても佐倉と遭遇してしまった以上、もはやどうすることもできないか。あとは山内に託された手紙を渡すだけだ。
「偶然、だよね?」
「あーいや、櫛田に呼び出されたんだよな?」
「う、うん。ちょっと話したいことがあるからって……大事なことだって言われたから」
辺りを見渡すが、当然オレ以外の姿はない。
「実は
厳密にはオレではないがここで混乱させても仕方がない。
「
ホッと胸を
そんな佐倉に素朴な疑問をぶつけてみることにした。
「それにしても
「その……先についてないと、不安で」
おろおろとしながら、そう説明する。
「けどそっか、綾小路くんだったんだね。私を呼んだの。ほんとにホッとしたぁ」
心底安心したのか胸を撫で下ろすと、先ほどまでの緊張はほどけたのか穏やかな顔つきに戻った。
「でもどうして? 私に用事があるなら直接呼んでくれたらよかったのに」
「あーいや、ちょっとな。複雑な事情があるんだ」
「複雑な事情って?」
何と説明したものか。これにはオレも少し頭を悩ませた。生物学的男女の違いは十分に学習しているが、こうして現実に当てはめた場合の対処法は全く学んでいない。
そこには性差の問題だけじゃなく佐倉個人の性格や感情も加味しなければならないのだ。知性を持った人間同士が形作る社会の複雑
「実はな……おまえにこれを渡したくて櫛田に呼び出してもらったんだ」
「これは……?」
「深くは聞かずに受け取って欲しい。中身を読んでもらえれば分かると思う」
差出人が誰かを伝えればある意味手紙であることの意味が薄れてしまうからな。それを伏せて渡す。
「う、うん」
オレはどこか罪悪感のようなものを感じ視線を
対する佐倉は、手紙とオレを交互に見て何事か事態の把握を図ろうとしている様だった。
「て、がみ……渡され……男の子……」
手紙を受け取った佐倉は、どこか遠くを見つめながら小さく何かを
おっと、しかしこの言い方じゃオレが書いた手紙だとも取られかねないな。それはまずい。
「誰かは伏せておくがあるヤツから託されたんだ。差出人は読めば分かるようになってる。字が
事故が無いようしっかりと補足しておく。
「あ、あわわ……こ、こんなことって……あわわわ!?」
男子からの告白の手紙ではないか、そんな予測は
ここで開封されて読まれても反応に困るので、ともかくこの場は早めに立ち去らせてもらおう。
「そういうわけで渡したから。あとはおまえがしっかりと決めて判断すればいい。それから直接伝えにくいと思ったらオレにチャットなり電話なりで教えてくれてもいいから」
佐倉の場合面と向かってイエスもノーもしきれない可能性があるからな。それくらいは
「こ、こここ、こここ!」
「
「ち、ちが、違うくて! これ、これって、ら、らぶ……」
「ああ、ラブレターだ」
「きゅう!?」
「おっと」
真後ろに倒れそうになったあぶない少女を慌てて支える。
「大丈夫か?」
手で背中に触れた限りでは相当体が火照っている様子だ。想定外だったんだろう。
それに誰から手紙を
「あ、あのあの!」
パチッと目を開けると
自分の足で立っていることを確認してから手を背中から離した。
「
「え? 堀北が?」
あいつが怒るような理由は何もないはずだ。オレが
少なくとも怒ったりするような話ではない。
一瞬オレが告白したと勘違いしたのかと思ったが、手紙を渡すときにはちゃんと『誰かは伏せておくが別のやつに託された』という
「う、うわあ……あわあ……」
でも
ただ手紙を受け取っただけで見せる反応には思えないのだ。
目の前にいる男が告白の手紙を渡してきた、そんなシチュエーションの最中にいるような……。そうであるなら、告白の可否にかかわらず佐倉が慌てるのも無理はない。オレだってそんな状況になったらパニックを起こしかねないしな。堀北の名前が出てきた理由もそれなら
「佐倉。念のためもう一度言うが……その手紙は別のやつに託された、それは大丈夫だな?」
そうもう一度伝えると、佐倉がびくっと肩を震わせた。
「え───あ、
「さっきも言っただろ。オレは渡すように頼まれただけだって」
「……そ、そうだよね。そんなわけない、よね……で、でで、でも、これどうしよう!?」
「どうしようもなにも読んで答えを聞かせてやればいい」
オレは邪魔だろうから立ち去ろうとするが、
「えぇー! 無理無理! 私そんなの……」
「今まで告白されたことはないのか?」
「ないよ!」
即答する
ただそれは今の佐倉を見ているからであって、以前の佐倉なら話は別かも知れない。
「この手紙……一緒に見て、くれないかな……」
一緒にって……そもそも中身はオレの指示した文章が書かれてあるからなぁ。
佐倉が一人で見るのに勇気が必要だと言うなら協力しなくもないが……。
そんな光景、シーンを
「ひとまず手紙だけは一人で読んでもらえないか。それが手紙を託されたオレの責任でもある。おまえには負担をかけることになるが理解してほしい」
「うん……」
佐倉が少しも
「好きな人からって可能性もあるぞ」
「その可能性はもうないもん……」
「え?」
「あ、や! その、私好きな人とかいないから! よ、読んでみるね!」
これから
「ど、どうだった!? 感触は!? 嬉しそうな顔してた!?」
佐倉が手紙を持って寮の中に帰って行ったのを遠目に確認し終えた山内が、
「まだ手紙は読んでない。これからその審判が下されると思う」
「し、審判って怖い言い方すんなよ。俺は絶対大丈夫だと信じてんだから!」
「一応聞くけどその根拠は?」
「そりゃ俺と話すときの仕草を見て、かな」
「仕草?」
「こうなんつーか、恥ずかしそうに視線を
いや……それは単純に佐倉が人と対面するのを苦手としているからだと思うが。
「それだけじゃないんだぜ。俺と話してるときとか、その後でちょっと重そうな
それは多分、テンション高く話しかけてくる山内の相手に疲れてのことだと思うが……。そんな当たり前のことさえ好きな子のことになると盲目になるのかも知れない。
2
明日の
『起きてる?』
控えめな短めの文章。佐倉からだった。
しばらく携帯には触れず画面を見つめていたが、続きの文章が送られて来る気配はない。恐らくオレが寝ていることを想定し
すると
『起こしちゃったかな……?』
『悪い、ちょっと洗いものしてた。大丈夫だ』
そう小さな
すると安心したのか次はちょっと長文が返ってきた。
『明日5時に
そんなメッセージだった。断ることもできたが、佐倉には他に頼る相手もいない。
『どこで会う予定なんだ?』
『学校の校舎裏』
知ってはいたが、その事実を確認したうえで佐倉と会う約束をした。
佐倉に手間をかけたくはないので、同じ校舎裏で待ち合わせることを取り付けた。
さて寝るか。テキパキとやることを済ませ電気を消して横になる。
と、また携帯が震えた。
『あの……ごめんね何度も。少し電話してもいいかな?』
メール文からも伝わって来る不安気な様子。このまま佐倉をおいて寝ない方がよさそうだな。こちらから電話をかけると佐倉から控えめな声がかかってきた。
「眠れないのか?」
「うん……明日のことを考えると緊張しちゃって……はぁっ」
「私───山内くんのこと何も知らないんだなって……それがなんだか怖くって……」
「そうか……」
「誰かを好きになったり、嫌いになったり。それって
今まで周囲と距離を置いて気にしないようにしてきた佐倉には刺激が強すぎるイベントだろう。
でも他人が踏み込んで助けてやれる範囲は限られている。
全てを決めるのは
「山内くんは何も悪くないのに、勝手にその……嫌だなって思っちゃって。でも私なんかのことを気にしてくれてることに申し訳なさとかも感じたりして……」
恋愛ってのはきっと難しいものなんだろうな、そう痛感させられる。
「……ずっと考えてると、どうしたらいいかわからなくなるんだよね……」
そうだろうな。電話越しでもずっと混乱していることは分かる。
「なんで私なの……って。どうしてこんな風に悩まなきゃいけないの、って考えちゃうから」
「
「何でも聞いてくれ。答えらえれることなら答えるぞ」
「えっと……今、誰かとお付き合いとか……されてるんですかっ?」
「いや全く。今現在はもちろんこれまでも出来たことはないぞ」
「ほ、ほんとに!?」
「嬉しそうにされるとちょっと
彼女も出来た事がない男のことで喜ばれると非常に傷つく。
「わ、ちが、別に悪口のつもりはないよ! 私と同じだから、嬉しかっただけでっ」
「からかっただけだ」
「もう……!」
ちょっとした軽いノリだったが、固かった佐倉の心がほぐれたようだ。
「じゃあその、誰かに告白されたこととか、したこととか、そういうのは?」
「おまえと一緒だ。告白経験0」
佐倉の場合は今回のことで記念すべき1回目になってしまったが。
「そうなんだっ!」
またも嬉しそうだった。そんな感じでオレと佐倉は
やがて訪れた佐倉の眠気を感じ電話を切る。ゆっくり眠れるといいな。
そんな風に思いながらオレも眠りにつくことにした。
3
約束の時間は午後4時だったが、その10分前につくと既に
頭の中で色々考えているんだろう、秒単位で様子が変わる。
沈んだ顔、緊張した顔、心配そうな顔。心の中は何を考えているのだろうか。
「待たせたか?」
「あっ」
声をかけると、佐倉はゆっくりと顔をあげ遠慮がちに近づいて来た。
声をかけることでちょっとでも佐倉の負担が楽になるのなら良いんだが。
「
「お礼を言われることでもないさ。それでどうした?」
「うん……その、昨日私にくれた手紙のことなんだけどね……」
「何かあったのか?」
少し話すことに抵抗があるのかスムーズに言葉が出てきていない様子。
「遠慮せずに───」
そう言ってこちらから切り出させてやろうと思った時、渡り廊下に向かってくる複数の生徒の姿が見えた。ジャージ姿であることを見ると部活動関連だろうか。
「悪いけど少し歩こうか」
「え? あ、うんっ」
今誰かに見られるのはあまり得策じゃない。人目を避けるように校舎裏の木々が生い茂る方へと歩いていく。普段立ち入ることのないその場所は人の目に触れる機会は少なそうだが、手入れは行き届いているようだった。
間違って早く待ち合わせ場所に来た山内に出くわしても面倒だ、早めに終わらせよう。そう思っていると、佐倉は不思議そうに首を
「どうした───」
そう聞き返した直後に佐倉の不可解な行動の理由を知る。
「雨、降って来たね」
空は晴れ晴れとしていたと思ったが、突如として雨が強く降り始めた。一時的なものではあるだろうが、その勢いは想像よりも
「くそ、いったん渡り廊下まで戻るぞ!」
「ついてないな……大丈夫か、佐倉」
「わ、私は平気。
「こっちも大丈夫だ」
どんどんと強まる雨を見ながらオレは少し
「これ、よかったら使って」
少し遠慮がちにハンカチを差し出してくる佐倉。そのハンカチには見覚えがあった。無人島の時に貸してもらったものと同じだ。
「オレはいいから自分で使ってくれ、
女の子が濡れているのに、先に
「私意外と丈夫だから」
そんなことを言って髪から
「…………」
オレは思わず無言で隣に立つ佐倉を盗み見た。何となくだが
雨が降るアクシデントがあったが、それもひとつのイベントのように思えるからだ。
突然振り出した雨。2人で慌てて屋根の下に逃げ込む。
互いに
そして視線が
山内が求めていたもの。それと類似したような感覚だったかも知れない。
「すぐ
「今携帯で調べてみたが、通り雨で間違いなさそうだな。少ししてれば止むはずだ」
「そっか……」
「って、悪いな。これから大事な用事があるのにずぶ濡れにさせてしまった」
「ううん平気。全然大事なんかじゃないから」
佐倉は大事じゃない、そんな風に言い切ってしまった。それはつまり───。
「私……どうしたらいいかな……」
「どうするもなにも、感じたままに返すだけだぞ。受け入れる、断る。あるいは友達からとかな」
歩き出し方は人それぞれだ。オレが余計なことを言うものじゃない。
「もちろん返事を保留にすることもできるし、恥ずかしいならオレが答えを
それを山内は望まないだろうが、
「……ううん、私の口から伝える……多分伝えなきゃいけないよね」
「そうだな。それが山内のためでもあるはずだ」
「うん。わかった……私、断る」
山内に聞かせる前に、オレにその答えを聞かせてきた。
「そうか」
今までの流れからそうなることはほぼ100%分かっていたことだったが。
佐倉が自分でそのことを口にしたことが大切だ。
「あー、うー、その。私に誰かのその、
「おまえが謝ることは何もない。基本的に告白する側の一方的な想いなんだ。それに答えられるのはその相手を好きだった場合だけのはずで、そうでないなら断るのは変なことじゃない。資格がないなんてことは絶対にないぞ」
そこだけは履き違えてほしくないと思い強く伝える。
雨はもうすぐ
「オレは帰った方がいいよな? とりあえず帰るわ」
まだ少々雨は強いが、帰ろうと一歩を踏みだした。
「だ、ダメっ!
また
「お願い……1人にしないで」
「おまえがそれを望むなら」
そう短く答え、オレは再び屋根の下に
やがて15分ほどして山内がやって来る。それでも十分に早かった。
その表情は今まで見た事がないほど固い。
「な……なんでおまえがここにいるんだよ綾小路」
「悪いな。佐倉が二人きりで会う勇気がないってことで立ち合いを頼まれた。オレのことは気にしないでくれ」
そう言われても
一瞬
「お、お待たせ。手紙、読んでくれたんだ」
「うん……あの……ひとつだけ聞かせて下さい……」
「何でも聞いてくれよっ……」
スカートをぎゅっと
「ど、どうして、私……なの? もっと
「俺は佐倉がいいんだ!」
そう、声を上ずらせながら叫んだ。びくっと佐倉の両肩が
「わ、悪い。大声出すつもりはなかったんだけど……そ、それで返事は?」
不器用な告白に、不器用な回答。
でも当人にとっては心臓が口から飛び出るほど緊張する出来事で、思考は
最善の選択を選ぶことがどうしてもできないのだ。
「ご……ごめんなさい!」
山内を前にした佐倉は、わずかに目を赤くしながらもそう言って深々と頭を下げた。
その瞬間山内の中でくすぶっていた最後の希望の光が砕けて散る。
「わ、わたし、あなたの気持ちに、その、答えて、あげられないです……」
その言葉を
仕方がなかったとはいえ、複雑な
「そっか……」
山内は理解し、必死に事態を
佐倉と同じように
「ありがとな、佐倉。わざわざ、その、直接言ってくれて」
「さ、さようなら……!」
この場の重い空気に耐えられなくなった佐倉は山内に深く頭を下げ、小走りに去ってしまった。
「あぁ……」
力なく伸ばした山内の腕は佐倉には届かなかった。
初めてみる恋愛の終局にオレはどうすることも出来ず無言で立ち尽くしていた。
お邪魔虫のように告白の場に居座っていたオレに罵声でも浴びせてくるだろうか。
それとも八つ当たりでもするだろうか。
とにかく不平不満をぶつけてくると読んでいた。
ところが───。
「は、恥ずいな。友達の前で女の子にフラれるってさ。なんか顔から火が出そうだ」
オレを責めることなく、そんな風に言った。
その顔にはフラれたショックも
「いやー、なんつーか、うん……すっきりした、かな」
どこか晴れ晴れとした様子の山内は、そう言って隣に立つオレを真っすぐ見つめた。
「なんていうか俺はバカだった。ただただ
ふと山内の肩を見ると、服が
つまり約束の時間のずっと前から外にいたことになる。
もしかしたらこの近くでずっと告白のことを考え緊張していたのかも知れない。
「思ったより落ち込んでないんだな」
「俺、ショックはショックなんだけど、そこまでじゃないっていうか。佐倉は
あえてオレは何も言わなかった。吐き出したい山内の言葉を全部静かに聞き届けた。
「だから───今日で適当な恋は卒業だ。本当に好きになれる女の子を探す、まずはそれからだな」
どうやら山内は、今回フラれて一回り大きくなったようだった。
「おまえには感謝してるよ
「いいさ。友達……だからな」
「昨日貸した携帯電話だけどさ、お礼のポイントはいらないわ」
「いいのか? ポイントを払う条件で貸してくれたんだろ?」
「特別だぜ。でもすぐに返してくれよな」
山内はそう言って、佐倉が去って行った方向に同じように
気が付くと雨雲の隙間から太陽の日差しが差し込み始めていた。