ようこそ実力至上主義の教室へ 4.5

〇意外と伊吹澪は常識人である



 特別試験。普通その言葉から連想するのは筆記、あるいはスポーツ系の実技試験か何かだろう。だがオレの通う高度育成高等学校の特別試験はそんな甘っちょろいものじゃない。無人島でクラス対抗のサバイバル合宿をさせてきたり、船の上でうそと嘘をぶつけ合う知的思考ゲームをさせてきたりと、常識を覆すような試験が夏休みを通し連日続けられた。

 そんな1年生に訪れたつかの休息も今日を含め残すところ7日となった。それが終われば2学期が始まる。

 ちなみにオレの休日の過ごし方はシンプルだ。なら自分からは誰に声をかけることもなく一日一日が過ぎていくからだ。つまるところ自業自得孤独なのだ。

「別にいいけどな」

 自由ってことだけで満足しているんだ。余計な幸せは願うまい。

 というより、友人は多ければいいというものでもない。最近はそんな風に考え始めていた。多くの人とのつながりがあればあるほどしがらみは増える。それはそれで少々面倒だ。もし友人から電話がかかってきたとしてもオレは華麗にスルーしてしまうかもしれない。

 だが孤独でもやることはいくつかある。今そのうちの一つを終わらせようとしていた。携帯電話を操作し自分のポイント残高にアクセスする。そこに表示された額は10万6219ポイント。その内の10万ポイントを別の人物……クラスメイトであるどうけんへと振り込んだ。

 それから程なくして、その振込先である須藤から電話が掛かってくる。

「ようあやの小路こうじ、今何してたんだ?」

「特に何も。夕飯を何にするか考えてたくらいだ」

「そうか。俺はさっきササミ食ったぜ。味はシンプルで飽きやすいがその分工夫できるからな。焼いたり煮たり……って、そんなことはどうでもいいんだよ。俺が言いたいのは占いに関してだ」

 占い? それはまたずいぶんと須藤らしくない単語が飛び出してきたものだ。基本的に白黒ハッキリしていることを好む須藤はササミと一緒でシンプルなものを求める。そんな須藤の口から抽象的なイメージの強い占いの存在が話から出てくるとは。

「実はよ、めちゃくちゃ当たる占い師が夏休みの間だけ『ケヤキモール』に来てるらしい。上級生の間じゃその話題で持ちきりになっててな。部活中もその占い師の話ばっかで気になってんだ。『臨時収入』も入ったしパーッと遊びたい気分なんだよ。つーことで一緒に行こうぜ。もちろんおごってやるからよ」

 クラスメイトである須藤からの遊びの誘いだった。

 ケヤキモールと言えば、普段生徒たちが利用する複合施設の名前のことだ。

 この学校は敷地内での生活をなくされる分、充実した設備を学生のために整えている。だが、外の世界のように無限大の可能性があるわけじゃない。アイドルのコンサートも遊園地も動物園も存在しない。限られた敷地の限られた施設。裏を返せば狭い世界だ。そんな学校では新たなイベントが到来するたびにちょっとした話題で盛り上がるとは聞いていたが、まさか占いがるとはな。予想外だ。とはいえ比較的好意的に話を受け取る。

 オレはうれしさを抑えきれずに聞き返した。

「いつ行くんだ?」

「明日の朝だ。10時からやってるらしいんだが早めに並ばないと行列ができるらしいからな。9時30分には目的地に着きたいところだぜ」

 どうやら既に須藤の頭の中であらかたスケジュールは組みあがっているらしい。それなら話は早いな。

「こっちの予定は大丈夫なんだが部活はいいのか?」

「おう。明日は休みだ。例の大会がさっき終わったからその関係でよ。毎日クタクタになるまで練習漬けだったからな。少しくらい休ませてもらわねーと身体からだがもたないぜ」

 須藤は今日バスケットの大会に出場していた。本人も今日の試合のために日々黙々と練習を行ってきていただけに、オレもどうだったのか結果は気になっていたところだった。それともう一つ気にしていたことがある。

「特に『トラブル』はなかったか?」

 意味深にトラブルの部分を強調して聞いた。どうもすぐに意味を察する。

「ああ。かなり苦労したけどな。監督やらコーチやら、中学ン時とは比べものになんねーくらい監視役がいたからよ。試合中以外は他の学校の連中とは満足に口をくこともできねえし。便所まで俺らの学校の限定っつーか専用にしてんだからな。流石さすがに無理かと思ったぜ」

 やはり例外的に校外に出ることの出来る部活動とはいえ、学校側のチェックは厳しかったらしい。

「けどま、何とかなったぜ。腹いてーつってく抜け出せた」

「そうか。それは良かった、やまうちの方には?」

「データはちゃんと消して戻したから心配すんなって。俺もわかってっからよ」

 須藤としても自分の学校生活がかかっている。かつはしないだろう。それでも後日こちらから山内に接触してデータの消去が上手くいったかは確認しておいた方が良さそうだ。念には念をだ。

「ちなみに肝心の試合には出られたのか?」

「おう、それも一年で俺だけな。得点も挙げたぜ。とは言っても負け試合だったから自慢になんねーけど」

 詳しく事情を知るわけじゃないが一年生で出番があっただけでも相当なことなのだろう。須藤の言葉から悔しさよりも納得したようなニュアンスが感じられたからだ。バスケ部の中で着実に成果を残していると見るべきだろう。恐らく大会に向け懸命に練習に取り組んでいたはずだ。特に一年生は特別試験にり出されていて学校を留守にしていた分だけ、練習時間も他の学年より少なかったはずだしな。

「んでどうなんだよ。占い。行くのか行かないのか」

「まぁ特に予定があるわけじゃないから行こうか───」

 しようだくの言葉を発していると、須藤は食い気味にこう言ってきた。

「絶対にすずを誘えよ。絶対に。わかったな?」

「……なるほど」

 どうやら須藤はオレと占いに行きたいわけではなくほりきたと一緒に行きたいらしい。

 しかし自分で誘い出しても成功率が低いと感じ仕方なくオレを担ぎ出したってところか。

「ただなぁ……あいつが占いに興味を示すとは思えないけどな」

「それでも呼び出すんだよ。おまえに出来る唯一の特技だろ?」

 どんな特技だよ。オレを堀北呼び出しマシーンとして使うのはやめてほしい。

「一応声はかけてみる。けど期待しすぎないでくれ」

「一応じゃダメなんだよ」

「ダメなのか……」

 怒気を少しだけ込めたどうの言葉には同時に重みもあった。

 完全にほりきたがいる想定をして、明日の予定を立てているのだろう。

「これは絶対だからな。堀北を誘えなきゃ意味無いんだよ」

「そう言われても、あいつの明日の予定もわからないし、占いに興味があるかも不明だ。買い物とか映画鑑賞とかそっちの方が誘い出すハードルとしては低いんじゃないか?」

「心配ねーって。女は皆占いが好きだからよ」

 それは完全な決めつけだと思うが……。

 まぁ、どちらかと言えば女子は占いが好きなイメージはある。しかしこと堀北に限って言えばだが、普通の女の子のように喜んで占いに興味を持つ姿は想像できないわけだが。

「いいか? 誘えたかどうかちゃんとあとで連絡しろよ。絶対だからな」

 須藤はそう言い強引に通話を終わらせて切った。

 須藤がオレを占いに誘うなんて変だとは思ったが、やっぱりこういうことか。

 少しがっかりしながらも何とか気持ちを切り替える。

 堀北には連絡しておいてやった方がいいだろう。後日要望を無視したことを須藤に知られると対処が面倒だしな。忘れないうちにと、その場で堀北へと電話をかける。

 すると程なくして堀北が通話に出た。

「なあ堀北。おまえ占いは好きか?」

 女子はみんな占いが好き、なんて世間一般の女子に対するオレの印象論を破壊してくれるのはこの女しかいない。

「開口一番おかしなことを聞くわね」

 ごもっとも。だが、こっちとしても他にこの話の突破口が無いのだから仕方が無い。

「答えてくれると助かるんだがな」

「つまり私が答えないことで、あなたが助からない可能性があるの?」

 そんな言い返しをされることは想定していなかったが、確かに助からない可能性はあるな。須藤にヘッドロックをかけられている自分のイメージが脳裏に浮かんだ。

「で、助けてくれるのか?」

「あなたに一つ貸し、ということで構わないのなら」

 占いが好きか嫌いかを答えてもらうのに借りを作らなければならないのか……。

 携帯を握った右手の親指を少しだけ動かし通話を切ってしまいたい衝動にられたが、ここは我慢しなければ。須藤の怒れる顔を浮かべて思いとどまる。

「そういうことにしておいてくれていい」

 こちらがその答えに価値を持っていると悟った堀北は、少しだけ間をけて答えた。

「そうね……熱心な方ではないけれど嫌いと言えばうそになるわね」

 意外や意外、ほりきたからは占いをこうていするかのような返事が来た。

「実際に占ってもらったりとかしたことがあるのか?」

「さすがにそこまではないわ。毎朝、ニュースついでには見たりするくらいね」

 ニュースって、よく星座占いとか出てるアレのことだろうか。

 テレビの前でラッキーカラーが赤だの白だの言って着ていく服を変えたり、かばんにアクセサリーを付けたりする堀北……まるで想像できないな。

「もしかして占いにハマったの?」

「いや、そういうわけじゃないが。最近うわさになってるらしい占い師のことは知ってるか?」

「占い師……?」

 少し思い出すような沈黙が続いたが、やがて思い当たる節があったのだろう。堀北は納得したような口調で返す。

「確かになんとなく騒がれているみたいね。耳にはしてるわ」

「それで少し気になっただけだ。当たる当たると言われたら、実際どんなものなのかってな。けど、占いなんかが何かの当てになるとは正直思えないけどな」

 同意を得られると思って言ったが、電話の向こう側からは異なる意見が返ってきた。

「そうかしら? 本当に力のある人は当てられると思うけれど」

「いやいや、当てられるってエスパーか何かかよ」

 堀北がそんなものを信じているとは意外だ。人の顔や手相、生年月日から未来を予知できる。そんな非現実的なことをオレは信じない。

「そうじゃないわ。占い師に未来を透視する力なんてない。それは当たり前でしょう? ゆうれいが存在すると言ってる人間と同じくらいくだらないわ。ただしんれい系のそれと大きく違うのは、占い師は膨大な過去のデータ、つまり人間のパターンにもとづいて占いを行っているということよ。それに加えて目の前の相手を推察する、占い師個人の技量も高く問われる」

 単純に夢みる少女というわけではなく堀北なりに理論に基づいた答えを持っていてのことだった。

「つまり、要約すればコールドリーディングを利用した力、か」

「生意気にも知ってるのね」

 少し面白くなさそうに答えた堀北。

「私たちは自分自身を客観的に見ることが出来ない。だけど占いのエキスパートは短い会話の中から相手の情報を引き出し、占いを受けた本人自身すら気が付いていなかった部分を見つけ出すことにけている。結果的にそれが占いの結果として残る。そう考えることは出来るんじゃないかしら」

 コールドリーディング。要するに事前準備なしに相手の心を読み取ることだ。何気ない会話から本人の情報を引き出し、私はあなたよりもあなたのことをわかっていると思い込ませる話術のことだ。観察力や洞察力によって対象者の情報を得る。そしてそれを言葉巧みに伝えることで未来や過去を透視できると信じ込ませたりする。意味を説明するのは簡単だが、相手に不信感を与えず情報を引き出したり、信じ込ませることは非常に難しく、高い技術が要求される。

「ちょっと興味が出てきた」

「それは良かったわね。行ってみるといいわ」

「何ならお前も一緒にどうだ?」

「冗談でしょう?」

「割と本気だが」

「遠慮するわ」

 短い会話の中に誘いの言葉を挟んでみたが、見事にふんさいされた。

 しかしハイそうですかと諦めるわけにもいかない事情がオレにもある。

「オレは占いに関しては素人しろうとだし、ほりきたがいた方が多少なり理解しやすいかと思ってな」

「悪いけどパス。人ごみに好き好んで行くタイプじゃないのは分かってるでしょ?」

 ……確かにその通りだ。話題のちゆうにある占い師の周りは当然大勢の生徒たちでにぎわっているはずだ。場合によっては学生だけでなく、敷地内の大人だってやってくる可能性がある。確かに、堀北が人にあふれた施設の中で、占ってもらってる姿を想像できない。

 簡単に撤退せず再確認もしたし、これ以上粘っても向こうの心証を悪くするだけだろう。

 オレとしても堀北のげんを取ることが出来たからこれ以上粘る必要はない。どうも大きく問題にはしないだろう。多分。いさぎよく誘いを諦め通話を切ると、オレは手短に須藤へとチャットを送っておいた。もちろんすぐに既読が付くと不満気な文章が返ってきたが。

 そして『やっぱやめるわ』の文字。

 やはりオレは堀北を誘うための存在でしかなく、誘えなかった以上用なしってことか。

 ま、男二人で占いしてもらいに行くのも違和感はあったわけだが。

「にしても……占いか……」

 強い関心があったわけじゃないが、堀北との話で少し興味がわいてきた。

 ここはひとつ明日様子を見に行ってみよう。


    1


 誰だよ、ちょっと占い師を見に行こうなんて思ったのは。

「失敗したかもな……」

 わかっちゃいたことだが、猛暑が続く8月下旬の朝はしやくねつ地獄に襲われていた。

 街路樹の先に見えるコンクリートの地面からは、ゆらゆらと陽炎かげろうが見える。

 学校の寮は、やロビーは言うに及ばず廊下にまで冷暖房が完備されているため、あまり暑さを感じなかった。だが今は夏だ。直射日光を浴びると一瞬で汗が噴き出してくる。

 こうやって人間はダメになっていくんだろうな、なんてことを考えながら必死に日陰の道を探す。

 幸いなことに広々とした敷地面積をほこる学校には街路樹も多く植えられている。そのため歩道には、さえぎる影も少なくはなかった。まだ多くの生徒が活発に活動を始める前の9時30分。オレはうわさの占い師の場所を目指す。10時から営業が始まるようだが、長々と居座るつもりはない。サクッと占ってもらい、サクッと帰る。それが目標だ。だが目的地が近づくにつれ淡い期待が裏切られていくことに気付く。

 ほぼ誰もいないと踏んでいたケヤキモールの周辺には夏服に身を包んだ生徒たちの姿が数多く見受けられた。全員が全員オレと同じ目的ではないことを祈るが、どうも怪しい。とりあえずケヤキ内に入って灼熱地獄から逃げ切り、5階で行われているらしいので近場のエレベーターを探す。

「げ……」

 そんな声が思わず漏れた。ならエレベーター前は10人近い生徒でにぎわっていたからだ。

 コミュ症の人間なら理解してくれるだろうか。独りの時、乗り込んですぐに『閉』ボタンを連打するような人間の思考の持ち主であるところのオレは、同年代に近い人間多数とエレベーターではちわせるのが苦手だ。大勢の一団の中に乗り込んでいくのにも大きな勇気を要するのだ。

 ここは多少面倒でもかいして別のエレベーターから乗ることにしよう。反対側に位置するもう一基のエレベーターの方は、まだ利用する生徒もいないようで貸し切り状態だった。

「落ち着く……」

 手間をかけながらもこうして心穏やかに過ごせる方が助かるのだ。悲しいことに。

 それから5階に着くと占い師がいると思われるフロアを目指した。そこには先ほどよりも困惑してしまうような状況が広がっていた。

「カップルばっかりだな……」

 男女2人で1つのグループ、つまり恋人関係濃厚な生徒たちが大多数を占めていたのだ。もちろん中には男だけ、あるいは女子だけのグループもあったが、ほんのわずか。

 占いとは元々そんなものなんだろう。

 彼氏(彼女)とのあいしようを、未来を見てもらうこと自体は特別なことじゃない。

 ただ、思ったよりこの場の心地ごこちが悪いものなのだけは理解できた。一人で占いに来る人間は少ない。それがオレのような男子とあればなおさらだ。

 何はともあれ整列させられていた列があったためそこに並ぼうとする。すると最後尾で列を管理していた女性が辺りを見渡しながら声をかけてきた。

「おはようございます。お連れの方はあとで来られますか?」

「連れ? いえ、一人ですけど」

 そりゃ確かに周りはカップルだらけだが何とも斬新な聞き方だ。独り身のことも考えてほしい。

「あの……」

 まだ何かあるのか、申し訳なさそうに女性店員は続けた。

「先生の占いを受けるには二人一組である必要があるのですが……?」

「一人じゃ占ってもらえないと?」

 小さくうなずき前方を指差す。人の列でよく見えなかったが注意書きが確かにあった。

『お二人様一組としてご案内しております。あらかじめご了承ください』と。

 納得。オレのような単身者がどこにも存在しないはずだ。気恥ずかしさ以前に受け付けていないのだからいるはずもない。オレは今、一番こっぱずかしい状態にあるらしい。

 そしてどうしつようほりきたを誘いたがった理由がわかった。この占い形式なら必然堀北と2人で列に並べて話もできるし、占いが終わるまで長い時間を共有できる。

「つまりオレは最初から数に入ってなかったってことだな……」

 全てを知ると須藤の態度や言葉の意味が色々と違って聞こえてくる。

 ついでに呼ばれたわけですらなかったと。恐らくは理由を付けてオレを追い返すことまで視野に入れていたんじゃないだろうか。何とも悲しい話だ。

「ちなみに隣の列も同じ、ですかね?」

「……はい。こん先生も二人一組の占いをされておられるので……」

「分かりました」

 オレは店員に頭を下げて列からスッと離れた。もう後ろに並び始めていた生徒が一歩前に詰める。

 まさかこんな落とし穴があるとは。こっちのイメージとしては占いなんて路上の片隅でおばちゃん一人が小銭を集めて細々やってるような、そんなものだった。

 最近はこんなカップル推奨のような占いも存在するんだな。一度くらい占いを経験してみるのも悪くないかと思ったが、これじゃ仕方ないな。わざわざ堀北を誘ってまで改め直す価値があるとも思えないし。大人しく撤退しよう。

「は? 一人じゃ受けられないわけ」

 隣の列でも、オレと同じ独り身の被害者がいたのか、怒るような声が聞こえてきた。半ば同情心を抱きつつ視線を送ると、その独り身の存在と運悪く目が合ってしまう。

「あ」

 そう短く答えた相手は、こちらへの面識がある人物。

 見なかったことにして立ち去ろうとすると、か同じタイミングで歩き出し追いかけてきた。

 オレは少し足を速める。

「ちょっと」

 逃げていると思われたのか(実際逃げようとしたが)追いかけられて肩をつかまれる。

「何か用か?」

ほりきたはどこ」

 そう短く聞いてくると同時に周囲を見渡した少女。彼女はCクラスのぶきみおという生徒だ。こいつもどうと同じでオレを通して堀北を見ているようだが、伊吹に関してはこの行動で正解だ。ただ、出来ればオレを通さずに堀北だけを見てくれると助かるんだけどな。

「いつもあいつと行動してるわけじゃない。今日は一人だ」

「あ、そう」

 先の無人島試験で、この伊吹はDクラスにスパイとして侵入しDクラスを混乱におとしいれようとした。そして最終的には堀北とこぶしを交えるような勝負となり、それ以来伊吹は堀北を敵視している。もっと言えばライバル視していると言えるだろう。

 普段のツンケンした性格は変わらないが、なかなか清潔感ある私服で好感が持てる。ちょっと大人しくしていればモテてもおかしくなさそうだ。

「普通占いは1対1でやるもんでしょ。全くもつて想定外だった。あんたもそう思わない?」

「そうだな。そんなイメージは持ってた」

「で、あんたはほりきたを誘って出直さないわけ?」

 どうといいぶきといい、話題の中心はこの場にいない堀北だ。

「出直さない。そんなに堀北と話したいなら直接出向いてくれ。一緒に占いに行こうって誘ってみたらどうだ?」

「は? 絶対に嫌。別に話すことなんてないし」

 だったら都度都度、堀北の名前を出さないで欲しいものだ。

「オレは元々、占いにそんなに興味があるわけじゃないから未練はないけどな。そっちはいいのか?」

「未練が無いと言えばうそになるけど……」

 二人組の必要性を迫られ難しい問題だと悟る。首を左右に振って未練を捨てた。

「どうしようもないし諦めるしかないかな。あたしは話すのが苦手だから」

 それは答えになっているようでなっていないな。こいつは話すのが苦手だと言うが、伊吹はくらのように、話していて会話を重ねるのが難しいと感じるタイプには見えない。事実オレとも対等……なんなら上から目線で強気に話しかけてきている。

りゆうえんでも誘え」

 冗談交じりに言うと、堀北と同等かそれ以上にけん感丸出しでにらみつけてきた。

「休みの日まであいつの顔を見なきゃならないのは絶対に嫌。ふざけてんの?」

「船でもあいつと行動してただろ? 親しいと思うのが普通じゃないか?」

 数少ない事実をき付け、睨みつけられる筋合いは無いと逃げる。

「……Dクラスのリーダーを見抜けなかった責任はあるから」

 そう小さく答えた。それが正しい答えであるなら、伊吹はその責任を取って龍園と行動を共にしたということだろうか。それだけでは全容は見えてこないがCクラスにしか分からない理由があるのだろう。とはいえ、特別試験の前半戦、無人島のサバイバル試験で伊吹は堀北がリーダーであることをしっかりと見抜いていたし、それは間違ってはいなかった。オレが妨害しなければ間違いなくCクラスに大きなこうけんをしていたはずだ。

「あんたに聞きたいんだけど、サバイバル試験のDクラスのリーダーは誰だったわけ」

「さぁ」

「さぁって知らないわけないでしょ」

「仮に知ってても教えられないが、本当に知らないんだ。多分Dクラスの連中はほとんど知らないんじゃないか? 堀北が裏で動いて、何やらく調整したらしいとしか把握してないと思うぞ」

 ぶきはこちらの奥を見透かすように目を見てくる。

 だが、当然簡単な洞察で見抜かれるほどオレも間抜けじゃない。

「……ま、簡単に分かれば苦労しないか」

 伊吹は諦めたように肩をすくめる。

りゆうえんがダメなら同じクラスの女子でも誘えばいい。友達の一人や二人いるだろ」

「そんな相手がいれば苦労しない。クラスの女子なんて絶対に嫌」

 クラスメイトすら絶対に嫌なメンバーのはんちゆうに入るらしい。この分だと在校生全員、伊吹のけんの対象臭い。伊吹は堀北と同等……それ以上に人を毛嫌いしている節がある。

 そういう意味では似た者同士、ちょっとしたキッカケで仲良くなれそうなものだが。

「今オレと話しているみたいに、伊吹は誰とでも普通に話せたりするだろ。人付き合いが苦手って感じはしないけどな」

「そんなことないし。あたしと話してると感じるでしょ、とげとげしい感じ」

「まぁそれはな」

 伊吹と会話するごとに鋭利なスジ切り器でき刺されているような感覚はある。それはおそらく伊吹なりの他人に対する距離感の表現。他の生徒にもそれは如実に伝わるだろう。

「どうしてもこんな風になるから空気が常に悪いわけ。わかる?」

 つまり、話すのが苦手だから、クラスメイトを誘うこともできないってことか。表現として『苦手』が正しいかは怪しいが、クラスメイトですら全員敵視してるところがあるからだろうな。この伊吹は。

 占い師相手でも強気な姿勢で挑むイメージが少しだけ見えた気がする。

「人と話すのが苦手なのに、よく占いをしてもらおうと思ったな」

「それも悩みの種。猫は好きだけど猫アレルギーみたいな。そんな感じ」

 それは実にもどかしいだろうな。好きだが受け入れがたいものもある、ということか。

「そんなんでよくDクラスのスパイができたもんだ」

 元々ツンケンしたところはあったが、それでもスパイ活動中にいやな感じは、ほどしなかった。Dクラスの生徒たちだって疑いもせず伊吹を受け入れたくらいだからな。

「それとこれとは別問題。とにかく他人と話すってのは緊張する。緊張するから神経をとがらせる。あたしはそれが嫌。だから仕方ないでしょ。あたしだって好き好んでこんな自分になったんじゃない。って、なんであんたとこんな話してるんだか。勘違いされたらどうすんの」

 伊吹はそっぽを向いて話を打ち止めにした。

 ただそれはこっちのセリフでもある。気がつけば周囲の人は全部列に並んでしまいオレたちだけが離れた位置で二人きりだ。他の生徒から勘違いされかねない。

 しかし緊張するから神経をとがらせる、か。

 苦手の根本はそこにあるのか。だとすれば意外と対処法は分かりやすいかもな。

 過去の緊張してしまうようになったルーツを探らずとも、対処できるプランがある。

「おまえ、さっきスパイのときはまた別問題だって言ったよな」

「言った。事実その通りだから」

「ならその時といつもの違いはなんだ?」

 そう聞くとぶきは答えを詰まらせて一瞬黙り込んで、自分なりの答えを口にしてきた。

「そんなこと知らない。違うものは違う、それだけでしょ」

 答えというか違いを考えることをほうしているようだった。

「深くは考えたことがないみたいだな」

「当たり前でしょ。細かい違いなんか分かるはずもない。演技してたからじゃないの」

「いや、意外とシンプルだと思うぞ。他人と話すこととこの間の演技との違い、それは多分『認識』の違いだ」

「認識?」

 思いもしなかった言葉に、伊吹はわずかにだが興味を持ったのかこっちを向いてきた。

「人は誰だって相手を初対面だと思えば緊張する。だが、それは意識するから緊張するんであって、そこに演技や暗示があったか無かったかに違いは無い」

 異性の苦手な人間が『今から自分はリア充になるんだ』なんて暗示をして合コンに出かけたとしても、じようぜつに話せるわけでも緊張しないわけでもない。結局いつも以上の力は出せない。もしそれで巧みに話が出来たとしたら、それは最初からそれだけの能力を持っていたに過ぎないのだ。コミュニケーションと運動神経は同じと考えれば簡単だ。才能と培ってきた能力が試される。

 つまり伊吹は『話す能力はある』が『うまく使いこなせない』だけなのだ。

「おまえはこれまで様々な相手に対して勝手な妄想を広げて初対面だってことにとらわれた。それが緊張につながった。結果く話せなかったってことじゃないのか?」

「なにそれ、どういう意味? コミュニケ─ション能力が高いヤツならいざ知らず、普通初対面は誰だって緊張するでしょ」

「もちろんな。オレだってそうだ。けど、商売人にまで緊張するのは少し過剰すぎる気がする。例えばだが、おまえはコンビニの店員相手にも緊張するのか?」

「は?」

「大抵立ち寄ったコンビニで会う店員なんて初対面だ。ポイントカードはありますか? 温めますか? そんなことを口にする店員相手に緊張する、なんて思わないだろ」

「そりゃまぁ……」

 結局相手のことを考え意識するから緊張してしまう。相手にどう思われるんだろう、よく思われたい、良い人であってほしい。そんな風に考えることから緊張は始まっている。

 Dクラスに潜入した時のぶきにはそんなところまで考える余裕がなかったはずだ。ただ自分を被害者に見せることに精いっぱいで、そもそも他人と話をしたいという意識はなかった。だから何も考えずともくいったに過ぎない。

 ならいつも通りのはみ出し者感を出すことで、Cクラスとの対立をよそおえたのだから。

「言われてみれば、確かにね……」

「占い師とは面と向かって話す印象があるからな。それで緊張を覚えるのも無理はないが、深く考えないことが緊張をかんすることにつながるんじゃないか?」

「……なるほど。って、なんであんたにそんなことをレクチャーしてもらわなきゃいけないわけ」

 伊吹はハッとしたように気が付き、今にも飛びかかってきそうな勢いでにらんできた。

「独り身が長くなるとそんなしょうもない知識が身に着くんだよ。自分はどうして友達が出来ないのかを考えることから始まって、今言った緊張する相手としない相手の違いを考え、そして最終的に人はどこからやってきてどこへ行くのかを考えるようになる」

「怖っ……。あんたみたいなやつが将来大量殺人とかやりそう。……そんなキャラだっけ?」

「……まぁいろいろだ」

 ちょっと深く話し過ぎた分ノリでそうかと思ったら、かなり際どい方向になってしまった。おかげで変人のイメージを植え付けてしまったかも知れない。

「とりあえずオレは帰る。おまえは?」

「あたしも帰るかな。結局一人じゃ占ってもらえそうにないし。てんちゆうさつには興味あったんだけどね」

「天中殺……?」

 普段全く聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまった。

「そんなことも知らないでここに来てたわけ?」

 あきれられてためいきをつかれた。そんなことを言われてもこっちは正真正銘の素人しろうとだ。漠然と占ってもらおうとしてたって自由だろう。

「簡単に言えば、自分の悪い時期が見えるって占い」

 占いの世界は深いと聞くが、対象者をピンポイントに占うこともできるのか。ど素人のイメージなんかじゃ赤色を身につけなさいだとか、今月は忘れ物に気をつけなさいだとか、そんな程度だと思ってた。ところが伊吹の話じゃそんなものじゃないらしい。

「あたしはそれ目的だったんだけどね。まさかそれが色恋メインだったなんて」

 残念そうに言い長蛇の列を振り返る。

「学生からすれば恋愛に占いをそう利用することは不思議じゃないだろ。実際に天中殺? を目的に来てる占い好きだっているはずだ」

「だとしてもね。二人一組を強要させる時点でお察しって感じ」

 そして別れの言葉を残すこともなくぶきは立ち去って行った。


    2


 帰宅したオレはてんちゆうさつについて調べてみた。すると奥が深い奥が深い。

 1980年直前には世間がその話題で持ちきりになるほど、天中殺が注目を浴びたことがあったらしい。

 しかしブームになると同時に、そのしんぴようせいも問われることにもなった。ある有名占い師が天中殺を外してしまったことから引退に追い込まれ、それが大きなニュースにもなっている。

 占いそのものに価値がないとは言わないが、のめり込んだり、信じすぎることも問題だな。だが、占いというものがそれだけ多くの人の関心をきつける魅力的なコンテンツだとも言える。曲がりなりにも一世をふうし、今現代でも信じられていることから考えるとそれなりの的中率もあるんだろう。

 こうなるとぜん好奇心がいてくる。

 どれだけネット上の過去の記事が、真実を語っていたとしてもやはり信じられない。

 占いで未来を、人間を見通すことなど出来るはずがない。だからこそ一度占ってもらい、それがうそであること。コールドリーディングの延長であると結論付けたい自分がいる。

「今月いっぱいまでしかやってないのか」

 調べてみるとこの占い師たちは夏休みが終わると撤収し、次にいつやってくるかは不明らしい。場合によってはもう二度と占い関係の人間がこの学校を訪れることはないかもしれない。

「とはいってもな……」

 誘う相手がいない。この時点で今回は詰んでしまっている。

 ほりきたには一度断られているし、くしを誘う勇気はそもそもない。

 くらなら頼み事を聞いてくれそうな気もするが、カップルだらけの人混みに呼び出せば、不快な思いをさせてしまうかもしれない。

 あとはどういけやまうちなんかの男連中だが、貴重な残りの休みを割いてまで男だけで占いには行きたがらないだろう。

「……詰みか」

 シンプルな答えが出る。オレの限られた交友関係ではどれだけ頭をひねっても無理そうだ。

 そもそもカップル前提の占いというのが気に入らない。伊吹のような考えにも至るというもの。純粋に占いに興味がある人間に取っては大きなへいがいと言わざるを得ないだろう。

 そんな風に締めくくりネット検索を終了した。


    3


 そんな諦めた翌日、不思議と足が占い師の下へと向いてしまった。

 多分連日暇だったからだ。それ以外に理由はない。

「あ」

 そしてまたも奇妙なめぐりあわせ、ぶきと同じ時間同じ場所で再会してしまう。

「なんでまた来てんの……しかも一人で」

 伊吹は気持ち悪いと自分の身体からだを抱き寄せこつけん感を示す。

「それはこっちのセリフでもあるぞ。そっくりそのまま返す」

「占いが好きだって言ったでしょ。もしかしたら一人でも占ってもらえるかもって思っただけ」

 再度交渉というか状況が変化していないかを期待してやって来た感じか。それだけ伊吹は占いが好きってことなんだろうが。占いのどの部分を好きに思っているのか知りたくなった。

「素朴な疑問なんだが、伊吹は占いを信じている人間なのか?」

「あたしが信じてちゃいけないわけ?」

「いや、そうは言わないが……にわかには信じられるものじゃないだろ」

 占いがほりきたの言っていたコールドリーディングのような話術で成り立っている、という風に誰もが理解しているわけじゃない。そうするとその他大勢は摩訶不思議な力を信じていることになる。

「占いに興味を持った人間が最初に考えることだけど、その考えを捨てられないならあんたは占いに興味を持つのはやめといた方がいい」

「信じない者に占いを受ける資格はないってことか?」

「そうじゃないけど……。言っておくけどあたしだって無条件に占いを信じてるわけじゃない。だけど最初から疑ってばかりの人間に得られるものはなにもない」

 語るように伊吹は続ける。

「占いをバカにする人間は大抵が矛盾を抱えてる。多くの人は神や仏は存在しないと言い切る癖に、困った時は神頼みするじゃない」

 い表現だ。神なんていない、ゆうれいなんて存在しない。そんな風にたんを切る人間も大抵は神に祈る。正月なんかに初詣に行って、びようそくさい、商売繁盛、恋愛成就。神様どうかお願いしますと手を合わせる。それは占いに置き換えても同じことだ。何を信じ何を望むかはせんばんべつ。誰にも否定する権利はない。

 けど。と、そう心の中で付け加えて考える。確かにぶきの話は理解できたが、それでも占いは神や仏とは違う。実際に存在する同じ人間がすることだ。それに対して疑問を抱くのもおかしなことじゃない。

「理解できた?」

「ああ。わかりやすかった」

 疑問点は残るが、伊吹の言いたいこともよく理解できた。そこで1つ提案をしてみる。

「なあ、今やってる占いは二人一組といっても恋愛のあいしようだけを占うわけじゃないんだろ?」

「普通に考えればね」

「だったらこの際相手のことは無視して占ってみるってのはどうだ。オレもおまえも純粋に占いに興味があるだけだし。どっちにしても後腐れない関係なら問題も生じないと思う」

 そんな提案をしてみた。オレ自身伊吹にはフラットな気持ちしか持っていない。

 良いも悪いもなければいちげんさんみたいなもの。

「あたしは構わないけど……。占いはしてもらいたいし。でもあんたはいいわけ?」

ほりきたならただの友達だからな」

「そうじゃなくて。無人島でのことうらんでる生徒も少なくないでしょ」

 どうやら伊吹なりにはいりよしてくれているつもりらしい。一緒にいるところを見られれば、オレがクラスメイトに恨まれるんじゃないかと心配してくれているのだ。

「その心配はほぼないんじゃないか?」

 そう答えると、伊吹は不思議そうに首をひねった。

「どうしてそんな答えになるのかわからない」

「これが仲良しこよしの学校なら、おまえのしたことは大きなモラル違反かも知れない。でもこの学校は実力がすべてだとうたっているし、何よりクラス対抗の試験だった。場合によっちゃスパイ活動だってやるし妨害工作だってする。違うか?」

「理屈じゃない感情で納得できない部分だってあるんじゃないの。頭が柔軟なヤツばっかりじゃない」

「そういうヤツはそもそも、この学校に在籍してる資格もないと思うけどな」

 ハッキリと意見を伝えると伊吹は腕を組んで少しだけ考える仕草を見せた。

「意外と図太いのね」

「オレはオレで落第生だけどな。がることもとすことも興味がない。堀北のような他の生徒の努力で上に行ければラッキーくらいにしか考えてない」

 伊吹のように自分の力でどうにかしようとしている生徒からすれば、鼻で笑うような話。

 なのに伊吹は笑うこともバカにすることもなかった。

「珍しくはないんじゃない。そもそもこの学校に入学したのは皆卒業時の特権ねらい。それがこんな形で競わされるとは思ってなかったから、面食らってる連中が大半だし」

 どうやらCクラスの人間もそこまでDクラスと変わりないらしい。だとすれば、早い段階でりゆうえんに目を付けられスパイ活動を任されたぶきはCクラス内でも相当上の立場なのだろう。事実正体を周囲に悟られてからは、龍園のそばで行動していることも多い。こいつはミスしたから龍園と一緒にいると言ったが、やはりある程度龍園に信用されているからこそ共にいるはずだ。

 2人納得したところで列に並ぶ。昨日オレの応対をした店員が今日は2人で来ていることを確認すると整理券と思われるものを手渡してきた。どうやら8組待ちらしい。

「しばらく待つことになりそうだな」

 1列に対し占い師が1人であれば、一組10分だとしても1時間以上待たなければならない。長丁場になりそうだな。あとはどうやって1時間以上も二人で耐え続けるか。多分会話が長く続かない。

「あ、沈黙とか気にしないで。占いだけの関係だし無意味にしゃべる必要もないでしょ」

「そうだな……」

 こっちの考えはお見通しらしい。それなら手間が省けて助かる。


    4


「では次の方どうぞ」

 小さなたたずまいの仮施設の中から、そんな声が聞こえてきたのはお昼ただなか

「待たされたな」

 結局一組15分近くは使っていたようで、相当立ちっぱなしをいられてしまった。内心占いのことがどうでもよくなりかけてた頃、布をくぐり占い師の待つの中へ。

 するとそこにはテレビでよく見るような光景が広がっていた。暗めの照明は30ルクスほどだろうか。それに加えてどこの何かもわからない分厚めの本にハンマー投げの玉ほどの水晶玉。占い師とおぼしきろうはフードをかぶっていて表情をうかがわせない。雰囲気だけは一級品だ。

 今すぐにでも水晶玉が輝きだし、オレや伊吹の未来を映し出してきそうだ。

 背もたれのない丸が二つ占い師の前に置かれてある。ここに座れということだろう。二人で腰を下ろすと、占い師は薄く笑い右手を動かした。

「まずは───料金の支払いを」

 そう言い、机の下から小型カードリーダーをテーブルに置いた。

 占いの館らしい見事な雰囲気から、突如として現れた文明の利器に違和感を隠し切れない。無料だとは思っていなかったが、急に現実に引き戻された気分だ。

「何を占ってもらえるの?」

 学生証を出す前に、ぶきがそう言って質問した。

「学業、仕事、恋愛、好きなものを」

 ニヤリと不気味に笑う。この辺りは迫力を感じさせるが、印象としては占い師というより魔女だ。ただし、テーブルに置かれた料金表とは実にミスマッチだが。

 料金表は細かくいくつかに分類されていて、今占い師が口にした項目は『基本プラン』に含まれているらしい。そこにセットが幾つかあり、その1つにてんちゆうさつに関するものも。他には人生の最後までを見ることが出来る占いコースも記載されていた。あとはペアで占うことを前提としているため、恋愛に関するものが多い。勝手な想像だが占いであいしようが悪いと指摘されたりしたらどうするつもりなんだろうか。ただどのコースにしろ5000ポイント以上と中々高額だ。

「にしても……高いな」

 日々ポイントのやりくりに困っているDクラスの生徒としては手痛い出費だ。

 とはいえここまで来て天中殺を調べてもらわずに帰るのは無意味に等しい。伊吹の占い結果を聞いて帰るということもできるが、それでは実際どこまでしんぴようせいがあるかわかったものじゃないしな。オレは念のためと思い携帯で残高を確認する。画面に自分のプライベートポイントが表示される。残高は6000ポイントほどで、ギリギリなんとかなりそうだった。

「あたしは基本プランだけで」

 意外なことに占い好きを公言した割に、詳しく占ってもらうつもりはないらしい。

「あんたはどうする?」

「伊吹と同じプランで」

 もはや定食屋でご飯を頼んでいるかのような気分になりながら、そう告げて学生証をかざす。ピッ、という電車の改札口で使いそうなカードの音がして残高が引き落とされた。

「ではまず、そっちのお嬢さんから。名前は?」

「伊吹。伊吹みお

 そう短く答える。

「私の占いは相手の顔、手、そして心を見る。その中であなたが見られたくないものも見えることがあるが?」

「好きにして」

 信じているのかいないのか、伊吹は占い師の言葉に動揺することもなくそう答えた。占い師のフードのすきから見えるしわだらけの皮膚、その隙間からのぞかせる眼光は鋭かった。

 それから伊吹に両手を出すように指示し、ゆっくりと占った結果を話し始める。

「まずは手相。生命線は長く長生きするだろう。大病も今のところ見えていない……」

 何ともよく聞きそうな話が始まった。手のひらの線でそんなことまで分かるとは思えない。ダメだと思いつつも先入観などで占いを否定してしまいたくなる。占い師個人の経験にもとづく統計から判断しているのか。こっちには単純に健康体の客が多いことを利用して、相手の顔色などを伺いながら答えているようにしか思えなかった。

 それからも、学業や金運、恋愛などありきたりとしか思えない答えをツラツラと続けられていった。

 普通なら詐欺だと怒りそうなものだが、ぶきは満足気に占い師の言葉を聞いている。ほとんど悪いことも言われず、ただ明るい未来を啓示する。時折注意するよううながすことも言うが特別命の危険を伴うようなものではなかった。

「ありがとうございました」

 占いを終え伊吹は丁寧に頭を下げた。占いの何たるかを理解する間もなくオレの番がくる。

 占い師は先ほどの伊吹と同じような手順で占いを始める。

 オレの時の解答も伊吹とほぼ大差はなかった。状況などは異なるものの基本的には良いことを言い、時にはやくさいに気を付けること。その心得を伝えられる。

「……なるほど。お主は幼少期なかなかこくな生活を送っていたらしい」

 そんなアバウトに言われても。大抵の子供は幼少期に自身が過酷だと感じた事の一つや二つ経験している。それが男なら特にだ。出来ればもっと具体的に答えてほしい。

 それよりも未来を予見するはずの占いで過去を当てようとしているのかもなぞだ。

 しかし隣の伊吹はっ込むわけでも欠伸あくびをするわけでもなく真剣に聞き入っている。

 ひょっとして占いとはこんなものなんだろうか。

 あるいは必要な儀式として、まずは過去をさかのぼっているだけなのだろうか。

 ああ、占いはこんなものなのだろう。この段階まではそう思っていた。

 人間は都合の良い生き物だから。ここで言われた『幸運』を記憶のどこかに一度っておき、まったく占いの影響は関係ないにもかかわらず、幸運が訪れた時に引き出しを開けて勝手に解釈する。

『ああ、あの時の占いはこの時のことだったんだ』と。

 だが実際は違う。誰しも人生に、大なり小なり幸も不幸も訪れるのだから、当てはまるのは必然なのだ。

「これは……」

 改めて儀式のような事をしていた占い師の手が止まる。

「おまえは宿命てんちゆうさつの持ち主だ」

「うわ、マジで」

 その結果に驚いたのは、当の本人を置いておいて占い師とぶきだった。てんちゆうさつですら昨日まで知らなかった単語なのに、また新たに単語を増やされても混乱するだけだ。

「簡単に言えば、生まれてからずっと運の悪い人生を送ってるってこと」

「それはまた見事なもんだな……」

 偶然の産物だろうが当たってはいる。

 ただ、これに関してもあいまいであることには変わりがない。ちょっと自分を悲観的に見れば運の悪い人生を送っていると思っている人間も少なくはないだろう。

 しかし珍しい天中殺であるのなら、それを口にしたことは占い師にとってもリスキーだ。

「ちなみにその宿命天中殺ってのはこれからも続くのか?」

「今そこの小娘が運の悪い人生を送っていると言ったがそれは少し違う」

「小娘って……」

「宿命天中殺は確かにまれ。しかしだからと言って一生不運がさだめられているわけではない。確かに流れが悪く、家系、親の恩恵を受けられないなどのへいがいはあるが、あくまでも個性。何を成すか成せるかはこれからの自分自身が決めること」

 先ほどまでの険しい表情から、瞳の奥へとこもっていくようにも見えた。

「悲観する必要もなければ喜劇の主役のようにふるまう必要もない」

 興味深い話はいくつか聞けたが、所詮は占い。

 まなこになって耳を傾けるような話ではなかったな。

 から立ち上がり引き上げようとすると、占い師に呼び止められた。

「お主らにひとつ助言じゃ。遠回りせず真っすぐ帰るように。余計な道を通ると長い足止めを食らうやもしれぬぞ。もし足止めを食らっても慌てるな。冷静になり協力し合えば乗り越えられる」

 そんな予言めいた言葉を残した。


    5


「どうだった。初めての占い」

「そっちは?」

おおむね満足ね。あの占い師は世間でも結構有名だし、的中率も高いって話だから」

「そうだな……簡単な職業のように見えて難しいんだろうな」

「なにそれ」

 半分以上はテンプレート、よくある占いのイメージ通りの言葉がおどっていたが、中にはドキッとさせられることがあったのは事実。それはこちらの提供したキーワードだけでは辿たどきがたいものだ。

 長い人生や、占い経験があれば立てられる単純なおくそくだけとも思えない。

「これからはたかが占いと軽視しない。そんな感想だな」

「あ、そう」

 自分から聞いて来たくせに実に投げやりな返事だ。互いに近場のエレベーターまで来る。

「げ……また混んでる」

 行きも地獄帰りも地獄。エレベータ─前は生徒たちであふれかえっていた。

「悪いけどオレはかいして帰らせてもらうから」

「あたしも」

 どうやらぶきも、オレと似たような思考をしている様だ。

 二人で遠くのエレベーターに向かっていると先ほどの占い師の言葉を思い出す。

「そういやさっき……」

「占い師が言ってたっけ、迂回するなって」

 伊吹と一瞬目があう。偶然か必然か確かに今迂回しようとしているが……。

「まぁ面白いかもな。あの予言がどんなふうに当たるのか」

 あるいは全く何も起こらないまま帰り、やはり占いなんて、となるのか。

 結局何事もないまま遠くのエレベーター前までたどり着いた。行きと同じくこの辺りには誰もいない。使い放題のエレベーターを呼び乗り込む。

「1階でいいのか?」

「そのまま帰るし」

 互いに寄り道はしないようで、1階のボタンを押して扉を閉めた。

 ゆっくりと動き出すエレベーター。

 特にこれ以上話すこともないオレたちはエレベーターの中で沈黙を過ごす。ところが動き出したのも束の間、3階のマークが点灯した直後に重たい音を立てエレベーターが停止したのだ。

 誰かが3階で乗り込もうとしたというわけではなさそうだ。エレベーターは3階から下に降りようとしている途中で止まったように見えた。あれこれ考えている間に視界が一瞬くらやみになる。が、その直後非常灯がつくことで暗黒の事態は避けられる。

「もしかして停電?」

「ってことなんだろうな」

 エレベーターの故障場面など実際に遭遇する人間の方が少ない。これが占い師の言っていた思わぬ足止めなら、ある意味的中してしまったことになるだろう。

「とりあえず普通に非常電話でいいんじゃないか」

 ここは慌てる必要はない。エレベーターは故障のときのためにその手段を用意してあるのだ。エレベーター内には監視カメラもあるし、非常ボタン(防災センター等へつながるインターフォン)などが設備として整えられている。異存ないぶきは任せたというように後部で壁に背中を預けるようにしてもたれかかった。オレも他人との会話が得意なわけじゃないんだけどな……。ボタンを押して呼び出そうとする。

 ところが───

「全く応答がない」

 コールが鳴っているのかどうかは分からないが、防災センターへつながる気配がない。

「停電だから電話が繋がらないんじゃない?」

「いや、通常エレベーターには数時間はつバッテリーが常備されている。実際非常灯がついてるのがその証拠だ。となればもう内部的な故障以外には考えられないだろうな」

 試しに聴覚障がい者用ボタンを押してみるが、こちらも反応してくれない。要はボタンに当たる操作盤が死んでしまっているのではないだろうか。

 バッテリーは生きているし空調も動いている。この点は救いだが、どうしたものか。

「携帯で学校に連絡してくれないか。圏外じゃないはずだ」

「悪いけどそっちでやってくれる?」

「他人と話したくない気持ちは分かるが、それくらいやってくれてもいいだろ」

「ったく……」

 嫌そうに取り出した伊吹だが、画面を見るなりバツの悪そうな顔をした。画面をこちらに向けてくる。画面にはバッテリー不足を示すマークが映っていて、直後に電源が落ちる。

「携帯で連絡しあう相手もいないから、バッテリーが切れるまで気づかないこと多いのよね。あんたので掛けて」

「仕方ないな……」

 携帯を取り出す。そしてオレは画面を見るなり硬直した。

「早くかけてよ」

「どうやら思ったよりも事態は深刻なようだ」

 さっき伊吹がオレにしたように、今度はオレも自分の携帯を伊吹に見せる。画面に表示された残量バッテリーはわずか4%。今にも消えてしまいそうな風前のともしだった。

「あんたよく人の事バカにしたわね」

「おまえと似たようなもんだ。普段話す相手が少ないから持ってなくても困らないからな」

「いやいや、今実際困ってるし。使えない男ね」

「お互い同じような立場にいるのにずいぶんな言いようだな……。問題はどこに掛けるか、だな」

 警察や救急に掛けることも出来るが、何かが違う気がする。学校の敷地内であればもっと掛けるところはあるはずだ。そう思いエレベーターの緊急連絡先が乗っていないか探してみる。するとエレベーターのボタン操作の付近に10けたの番号が書かれていた。

 しかし───どこの誰がイタズラしたのか下4けたがマジックで塗りつぶされていたのだ。

「こんなイタズラダメだろ……」

「あんたの知り合いにかけて助けてもらえば?」

「知り合いね……」

 それしかないが、問題は誰に連絡するかだ。

「手堅く行くならほりきただな」

「却下」

「……言うと思った」

「もしそうなったらあいつに助けてもらうってことでしょ。冗談じゃないし」

 この状況で誰が助け出しても関係ないと思うが。それにぶきの失態というわけでもなく単純にエレベーターの故障なのだから気にすることはないんだけどな。

 ライバルに自分の弱みというか困っている姿を見せるのが気に入らないんだろう。

「騒ぎにはしたくないよな、そうすると」

 伊吹が小さくうなずく。極力騒ぎ立てずに救出してくれそうな人物か。そうすると3バカは最初から論外だな。こういうイベントじゃあちこちにふいちようして回ってもおかしくない。かと言って広める恐れのないくらに頼っても、解決も難しい。大人への連絡もオロオロしてしまうだろうし、向こうにも大きな迷惑をかけてしまう。同じようにくしかるざわもこの件には不向きだ。円滑に進め最小限で動いてくれる存在。そして頼りにできる───。

「そうすると……」

 こちらのアドレス帳に存在する中で頼れるのは、あの男しかいないだろう。

「おまえの意思はむけど、あとの人選はオレに任せてもらうからな」

「堀北じゃなければね」

 そこだけ再度念押しをされ、オレはすぐにある男に電話をかけ始めた。コールを鳴らすこと数秒、もくなその男が静かに通話に出る。そしてオレは今の状況を説明し助けを求めた。だが通話を始めてわずかな後、携帯が静かにブラックアウトした。

「バッテリー切れだ」

「うまく伝わった?」

「たぶんな」

 後は座して待つしかない。とは言え慌てることはない。この状況には遅かれ早かれ必ず別の誰かが気付く。ドラマや映画のようににエレベーターから脱出しようとしても危険を伴うだけだ。

 しかし事態は思わぬ方向に進んでしまう。機械の重低音が突如として室内に響き渡ったかと思うと、心地よい風を送っていたクーラーが停止してしまったのだ。

うそでしょ……」

 それまでごとのようだったぶきも初めてここで動揺を見せる。夏場の密閉された空間だ、急激に温度が上がっていくことは容易に想像できた。今は周囲の空気が少し生ぬるくなっただけだが、時間がてば嫌でも汗が噴き出してくるだろう。

「自力で出る方法は?」

「救出口はついてるみたいだけどな……」

 昨今減りつつあるという、エレベーターの天井に取り付けられている四角い出入り口。映画でもおみのこれだが、確か現実では───。

「あれってどうやって開けるわけ?」

 伊吹が上を見上げながら疑問を抱くのも無理はない。通常この救出口は内側から開かない。外から助けに来た人間が密閉されたエレベーターを開ける最終手段であり、通常点検時以外は外からロックされているはずだ。

「何もしないのが得策だと思うぞ。エレベーターの非常時は中で待つのが鉄則だ」

 それが一番確実であり安心な方法だ。

「この蒸し風呂に我慢できるのなら、ね」

 不毛な会話を繰り広げているうちに室内の温度が上がってきた。ここから出たくなる衝動は分かるが、な行動は避けたい。オレは上着を一枚脱ぎ、床に座る。

 こんな時は落ち着き体温を上げないことだ。

「おまえも座ったらどうだ? それに暑いなら脱ぐ手もある」

「……は? あんたまさかこの状況でゲスなこと考えてるんじゃない?」

 どうやらオレのセリフをそのまま受け取ってしまったようで、伊吹が警戒心を高めた。

「おまえがほりきたとやりあったのは聞いてるよ。そんなやつにオレが敵うわけないだろ」

「そりゃそうだけど……」

「もちろん服を脱ぐならオレは背中を向けてるから安心しろ」

「脱がないし」

 それは嫌だと言い伊吹はストンとその場に座り込んだ。


 ─────。


 それから30分ほど大人しく待つが一向に連絡が入ることはない。

「参ったな……」

 そばで伊吹の荒くなっていく息を聞きながら、そうつぶやく。

 額に浮き出た汗。頭部から染み出た汗が髪の毛先をつたってしたたり落ちる。

 シャツは既に滝のようにれ、想像よりはるかに危険な状態に襲われつつあった。

 よくよく考えれば、このエレベーターはケヤキモールの壁面に設置されている。普段は空調のお陰で影響を感じないが、非常に熱がこもりやすい条件下にある。夏場車内に子供が放置され死亡する事故が起こるが、それは大人にも同じことが当てはまる。いわば熱中症がオレたち二人を襲い始めていた。

「あーもう限界! 動け!」

 いらつようにぶきが立ち上がると、思い切りエレベーターの中をり飛ばした。蹴った箇所が思い切りへこむ。更にもう一発同じしよに蹴りを入れる。ぐわんと揺れるエレベーターだが動き出す気配はなかった。

「無駄に体力を使うぞ……と言いたいとこだが、流石さすがにジッとしてるのも安全とは言えなくなってきたな」

 仮にエレベーターが停止して5分で外部の人間が非常事態に気付いてくれていたとしても、救出隊がけつけるまでは大体30分ほどか。そろそろ助けが来ても良いころだ。

 その時間室内に居続ければ熱中症は避けられないし、場合によっては命の危険も出て来る。こうなると大人しく待っていることが正しい選択で無くなってくるか。

「やるしかないか……」

 エレベーターサウナで蒸し殺されるのはこっちとしてもご免だ。

「正面蹴やぶる? ねえ、蹴破る?」

 もう暑さで冷静さを失いつつある伊吹は暴走したくなる衝動を抑えるのに必死だった。

「とりあえず出る出ないは別として、上の救出口が開くか試すか……」

 今必要なのはこの密閉状態を脱却することだ。外に出ずとも開いてくれさえすればいい。

「高さは───2m以上あるな。2・2mか2・3mほど」

 オレが手を伸ばしても当然届かない。

「どいて」

 高さを計っていたオレを伊吹があつして下げさせると救出口の真下でジャンプした。

 見事な垂直飛び。そして右手の掌を広げ、思い切り上へと押し上げる。

 だが救出口はピクリとも動いた気配はなく、着地した伊吹の衝撃でエレベーターが大きく揺れた。

「……閉まってるっぽい」

「だろうな」

 ふたをしてあっただけなら、今ので十分に開きそうなものだ。

「あんた閉まってるって予測してたけど、もしその通りだとしたらじよう方法は?」

「どうかな。なんきんじようなんかで締められてるとは思うが……それがどうかしたのか」

 こればかりはオレにもわからない。

「蹴破る」

「いや待て。さすがに無理だろ」

 足技に自身があるのか知らないが、簡単にやぶれるようなものじゃない。

「あの扉は救出口ってやつなんでしょ。つまり外に開けるもの。だから救出する人間は上にふたを開くわけだから、こっちから見れば外開きの扉ってこと。必要な力も最低限で済む」

 言ってることは分からなくもないが、状況が状況だ。

 そもそも天井にある時点で、蹴りが入らないどころか足を当てることも難しい。

「やってみなきゃわかんないでしょ」

 ぶきは一刻も早くこの暑さから逃げ出したいのか、左右の壁を見やる。まさか三角飛びでもしてやろうと言うのか。こいつならもしかしてと思わせるがそれをさせるわけにはいかない。

「……よもや、ってことではあるけど占い師の予言は当たったわけだよな」

「は? それがなに」

「あのばあさんが言ってただろ。もし足止めを食らっても慌てるなって。協力し合えってな」

 オレはエレベーターのボタンが並んだところへと目を向ける。

「非常ボタン、コールは反応しなかったけど、その他はどうだろうな」

 1階のランプそのものは点いたままなことを考えるとバッテリーの一部は生きている。試しに2階のボタンを押してみる。すると2階のランプが点いた。

 ただ単に点灯のランプが生きているだけかも知れないが、試す価値はある。

 オレは手当たり次第にボタンを押していく。

「どうやら無駄みたいね」

 ほぼすべてのボタンを押し終えたオレに、伊吹が諭すように言った。

「蹴破るしかないんじゃない?」

「いや、まだ方法はある。エレベーターにはキャンセルコマンドみたいなものがあるだろ?」

 あまりエレベーターに詳しいわけじゃないが、それだけは何かで知識を得て知っていた。

 降りる階を間違えて押したときにそれを取り消す方法だ。メーカーによっても異なると思うが、確か取り消したい階層のボタンを押し続ける、とかだったはずだ。

 2階のボタンを押し込んだままにしていると、黄色く光っていたボタンが消灯した。

「確か特急モードになるコマンドもあるはずなんだがな……」

「特急?」

「例えばここが3階だとして、通常2階で乗りたい人間がボタンを押せば2階に止まる。けど特急コマンドを使えばその指示を無視して1階まで降りることが出来るってものだ」

 特急コマンドがこのエレベーターにも搭載されているものかはわからない。

「問題はその方法だな……」

「試す価値はあるわけ?」

「難しい天井やぶりをするよりはな」

 ただ、実際にそれでエレベーターが動くとまでは思っていない。オレは冷静さを失いかけているぶきに希望を持たせることで思考の方向を変えさせ時間をかせぎたかった。

「おまえも知恵を貸してくれ。こういうコマンドのたぐいは個人の思考が色濃く出る。色々工夫して見せても意外とかたよってしまうからな」

 オレは1階を連打してみたり、同時にすべての階のボタンを押してみたりとやって見せる。

 しかしどれもエレベーターが反応する様子は見せなかった。

「交代だ」

「……分かった」

 伊吹もそれに加わり、ボタンの前に立ち色々と操作を始める。

 もし本当に助けが来なかった時の手段を考えておく必要があるな。伊吹の案を採用する訳じゃないが正面の扉を破ることも視野に入れておく必要がある。扉を吹き飛ばすは出来ずとも、人間が出れるだけのすきを破壊することは不可能じゃない。

 エレベーターの構造に詳しいわけじゃないが、外に出られさえすればどうとでもなる。

 ただ出来ればそんな強硬手段に出ることなく脱出させてもらいたいものだ。

「あたしはキャンセルできること知らなかったけど、日常的に起こりうる組み合わせで簡単に特急とかにならないでしょ」

 常識的に考えれば確かにそうだ。ボタンを連打するとか、そういうことを子供はやりがちだ。だがそれでいちいち特急モードになっていては他の利用者が大迷惑するだろう。

 つまり普通はならない組み合わせである可能性が高い、という伊吹の推理だ。

「良い線かもな。……だとすれば複雑なコマンドの線も除外した方がいい」

 例えば1、6、5、5、4、2、4、と入力した後目的階を押す、とかになれば覚えることも大変だし、6階など必要な高い階層が求められてくる。

 3階までなど比較的小さなエレベーターでも使えるようになっていなければおかしい。

「非常系のボタンも使わないと見ていいだろうな」

 押すだけで通常反応することを思えばコマンドとして利用しにくい。

「てことは……1か2か3。閉と開の5つ?」

「その組み合わせで成り立ってると思うべきだな」

 それにそれ以上組み合わせが多くなるととてもじゃないが試し切れない。限られたパターンを適当に試していく伊吹。オレはそれを見ながら試した組み合わせを除外していく。

「あーもう暑い……!」

 ガン、と壁を手でなぐり暑さで募るいらちを発散させる。本当ならよくないと注意するところだが、今はそれで我慢しているのだから良しとしよう。

「……開かない。もう全部試したんじゃない?」

「ほとんどな。後残ってるとすれば……」

 可能性がありそうで、まだ試していないコマンド。

「目的階と閉ボタンを同時に押してみてくれないか」

「閉じるを? ……わかった」

 まさか、と言いながらも試していなかった組み合わせをぶきがやってみる。押した瞬間は反応せずダメかと思った瞬間、エレベーターがゆっくりと動き出した。互いに顔を見合わせる。

 エレベーターは数秒もしないうちに1階へとたどり着き、ゆっくりと扉が開いた。室内の涼しい風が吹き込んでくると同時に、血相を変えた大人が二名こちらを見ていた。

「君達大丈夫かい!? 怪我は!?」

「あ、いえ怪我は大丈夫です。暑かったくらいで」

 オレたちの汗かき具合を見れば暑さがどれほどのものだったかは分かるだろう。大人もそれを分かっていたのかすぐにスポーツドリンクを差し出してきた。

 それから念のため医務室で検査と処置を受けるように指示される。

「あの、ひとつ聞いてもいいですか。もしかしてエレベーターが動いたのって───」

「ああ。我々が直接ここからね」

 1階から特殊な遠隔操作が出来る様で、それを試したと言う。どうやら特急モードのおかげではなかったらしい。たまたま同じタイミングだっただけのようだ。

「……大変な目にあったな」

「ホント災難。もう当分占いはコリゴリ」

 伊吹がそう言いたくなる気持ちも分からなくはなかった。

 それからオレは大人たちへお礼を述べつつ、距離を置いたところで見守っていた男へと近づいた。

「大丈夫か? あやの小路こうじ

 大柄のその男は雰囲気に似つかない様子で心配そうに声をかけてくれた。

「助かった。く運んでくれたようだな」

 エレベーターが停止するトラブルだったが、目立った騒ぎにはなっていない。

 この男『かつら』が上手く手を回してくれたからだろう。

「電話でもらった情報で十分だったからな。これで良かったのだろう?」

 目立たず、的確な対処を求めたがかんぺきなやり方だった。

「オレはこれから医務室に行かなきゃならないんだ。このお礼は今度させてくれ」

「それは必要ない。俺の方こそおまえと、そしてどうには大きく助けられたからな。クラスが違う以上どこまで行っても越えられないラインはあるが親しくできるのなら歓迎すべきことだ」

く行ったみたいでよかった」

「ああ。どうは見事期待にこたえてくれた。感謝していると改めて伝えておいてくれ」

「わかった」

「それからあやの小路こうじ、おまえにも感謝している。確実な証拠を用意するためとはいえ俺の提案した作戦に協力するには少なからず抵抗もあったはずだ」

 申し訳なさそうに頭を下げて謝った。こっちは今同じように感謝したい気分なんだけどな。これ以上エレベーターの中に閉じ込められていたら頭がおかしくなりそうだったし。

「また何かあったら連絡をくれ。力になれることがあれば協力しよう。試験以外でな」

 そう薄く笑い、冗談を残して帰って行った。

 いつの間にかオレはクラスメイトである3バカと同等、あるいはそれ以上に目の前の男──かつらと親しくなり始めていた。オレがAクラスである葛城の連絡先を知っていて、そして親しくなっていたのか。


 ───それは今から少し前の話にさかのぼる。

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