ようこそ実力至上主義の教室へ 4

〇それぞれの差

 試験最終日に突入した。無人島の時とは違い娯楽だらけの船内では時間の経過が早い。

 加えて一日2時間の貴重な話し合いは、大した中身もなく進行してしまっている。

 りゆうえんの共闘作戦や、かつらの籠城作戦が展開されながらも、Bクラスのいちなみはそれに対抗する手段を打たないまま時間を過ごしている。

「わああ! また引いちゃった! 私ってババ抜き弱すぎ!?」

 一之瀬は残ったトランプをらすようにズテーッと目の前に倒れこむ。

 5回目の話し合いを迎えても、一之瀬がまたも提示したのはトランプで遊ぶこと。その行動をとがめようにも、誰もAクラスを対話に持ち込めないのだから止めようがない。ただ時間を持て余すよりはマシだと判断した一部の人間が参加するだけ。

 なべたちのかるざわへの接触は少し気になったが、例の画像を送った効果は抜群だったようで、今は大人しくしている。軽井沢もそれを信じいつもの自分を演じていた。

 一方で非常階段付近の画像を受け取った真鍋にしてみれば、オレかゆきむらなぞのチャット人物に重ね合わせたくなる部分はあるだろう。画像を送りつけた際にはクラスメイトから入手した、と付け加えはしたが、あの場に居合わせたどちらかが密かに撮影していたと見るのが自然だからだ。あるいはそのチャット相手に面白半分で見せたとか、譲ったのかそういうこともイメージしているだろう。

 結局確信を持ってオレだと断定できない以上、真鍋たちに打てる手はない。あの写真を撮ったのは誰、なんて探し出したところで意味がないからだ。

「俺はこのままでいいのか……」

 隣でらくたんした様子でババ抜きを見つめている幸村はゆううつそうだ。

「暗いね幸村くん。ここは一緒に遊んでうつぷんを晴らすべきじゃないかな。再戦再戦っと」

「結構だ。そんな気分にはなれない。それよりいいのか一之瀬さん、このまま試験を終えて。俺は君がこのグループの手綱を握って全員との対話に持ち込むんだと思っていた」

 トランプを床でかき混ぜる一之瀬の手が一度止まる。

「それは都合が良すぎるんじゃないかなぁ幸村くん。もし本気で勝ちたいと思っているなら、誰かに頼るんじゃなく自分の力でまとめ上げるべきなんじゃない?」

「……そんなことは分かってる。分かってるさ」

 責任を押しつけられるわけがないのは、きっと幸村も分かっている。分かっていても、このどうにもならないかんした空気を変えたかったんだろう。

 学年でもトップレベルの成績を持つ幸村は、試験が学力を測るものであったならば、頼れる存在だっただろう。だが、学力が高いからといって人をまとめ上げられるわけじゃない。奇抜な発想を思いつけるわけじゃない。単語や方程式を暗記するだけではどうにもならないこともある。

 夏休みの2つの特別試験で、ほりきた同様嫌でも我が身の無力さを痛感しているだろう。

 何より、今のような膠着した状況でも動じないいちまちたちにいらちを感じているんじゃないだろうか。

 だが、その悔しさは、心が折れない限りはいずれ力になって返って来る。


    1


「次で試験も終わりね。あやの小路こうじくんの方はどうなの」

 オレは堀北と最後の打ち合わせに出向く。外の世界は既にやみに包まれている。チャットでのやり取りには記録が残る。それを避けての直接での接触だった。

「特に進展なしだ。このまま優待者の逃げ切りを許しそうだな。そっちは?」

 堀北にほぼほぼ期待は出来ないだろう、そう思っていたのだが……。

「勝つわ」

 堀北はそう短く答えた。

「抜かりはないってことか?」

「どこに耳がついているか分からないから今は詳細を伏せるけれど、信用してくれて構わない。万事く行っているわ」

 ひらから、竜グループの優待者がくしであったことは聞いている。当然りゆうえんかんざきたちは繰り返し探りを入れてきたと思うが、堀北が主導して、それを乗り切ったようだ。

 ここまで自信があるのなら、心配する必要はないだろう。後は50万ポイントが転がり込んでくるのを待てばよいだけだ。手堅い勝利と言えるだろう。

「相談でもしてほしかった?」

「その必要はない。おまえはおまえの好きに動けばいい」

 竜グループのことを聞いたところで、手助けが出来るわけでもない。

「それで私に話って何かしら。不用意な接触はあなたとしては避けたいところでしょ?」

 血眼に堀北とのつながりを持つ人物を探す龍園の存在を気にしてくれている……のか?

 態度から全く優しさは感じないが、急に堀北が優しい態度で接してきても困るしな。

「いつまでも龍園の視線におびえているわけにもいかないだろ」

「その口ぶりからすると、何か手立てでも出来たわけ?」

 対して期待せず聞いてきたのだろう、こちらがうなずくと少し驚いたみたいだった。

「平田をこっち側に引き込んだ。今後協力関係を築いていけると思う」

「私は別に求めていないわよ」

「それでいいさ。別におまえがひらからむ必要はない。こっちで勝手に平田と話を進めておくから適当に合わせてくれればいいし」

「……気に入らないわね。裏で勝手に動かれるのは嫌なのだけれど?」

 ほりきたならそう言うだろうと思っていた。

「だったら話し合いに顔だけ出せばいい。特に無理して発言しなくても、進行中の話についていければ問題ないだろ?」

「まあ……そうね」

 不服そうではあったが、堀北に参加不参加の主導権を与えていれば反論も出来ない。

 それに平田の存在がクラスにとって大きいことは、無人島でのとうそつ力を見ていたこともあり、今の堀北になら理解できているはずだ。

「平田も含めて、後で紹介したい人物がいる。試験結果前に時間を取ってくれ」

「やっぱり気にいらないわね。勝手に人を増やさないでくれる?」

「おまえが表に立つことを決めた代償とでも思ってくれ。でも役に立つはずだ」

「大体予想はつくけれど……いいわ。ひとまず試験が終わった後ここで会いましょう」

 そう約束を交わすと携帯で時刻を確認する。あと30分で最後のディスカッションだ。

「この試験、いくつのグループで裏切者による投票が行われるのかしら」

「さあな。牛グループの試験終了には驚いたが、そう繰り返し続くとも思えない。結局時間切れを待っての優待者逃げ切りが一番濃厚だろうな」

「そうね。私もそう思うわ」

 一瞬だけだが、堀北が目を伏せた。それは心配事がある時の人間の無意識のサイン。

「どうした」

「何も無いわ。ただ少し、この試験の展開でに落ちないものを感じただけ。けど落ち度は無かったはず。絶対に負けることはないはずだから」

 今まで抑えていた不安な気持ちが、少しだけ漏れだしたのかも知れないな。優しい言葉をかけたとしても、余計なお世話だと言われそうなので黙っておいた。


    2


 うさぎグループの面々は試験突破の光明をいだすこともなく6回目、最後の試験を迎えてしまった。オレは少し冷静に考えをまとめたかったこともあり、平田たちのいる自室を出てグループへと向かった。グループディスカッションの開始までまだ30分ほどあるため、当然誰もいないだろうと踏んでいた。

 ところが、そんな淡い期待は思わぬ人物の存在によって打ち消される。

「……先客、か」

 誰もいないはずの室内に、スヤスヤと床で眠る一人の少女の姿があったのだ。

 それにしても、スカートとはどうしてこう、男心をくすぐってしまうのだろうか。危ない、危ない。横になっているため、いちの肉付きのよい太ももがいつもよりはっきりと見える上、絶妙にその中が見えないスカートにどうしても視線を奪われてしまう。今の一之瀬を全く気にならない男がいるとしたら、それはもうゲイとかバイとか、そんなたぐいの人たちくらいなものだろう。健全な男子には避けられない運命だ。

 ダメだと思いつつも、太ももや足の先、そして顔から胸、また太ももへと視線が戻って行く。そんな年頃のぼんのうをもどかしく思いつつも、オレは一之瀬の後頭部から少し先にあるものに目を奪われた。

 眠る直前まで触っていたのだろう、一之瀬の携帯電話だ。

 支給されている携帯には、様々な情報が記録されている。今回の試験で重要な役割を果たしているだけじゃなく、各個人のポイントについても正確に詳細が確認出来る。

 もちろん確認には、個人のIDやパスワードも必要になるが、都度ログインの手間を惜しむ人間は省略の為に。そういった情報を携帯端末に保存している場合も多い。つまり、場合によっては、今一之瀬の携帯を盗み見れば、一之瀬の生活状況やポイントの保有量などを知ることが出来る可能性がある。

 以前一之瀬はIDとパスワードを省略するために保存していたのを確認している。

 状況が変わっていなければ情報が得られるだろう。恐る恐る一歩だけ近づいてみる。

「っ……」

「おっと……」

 距離が詰まると、空気の流れか人の気配を感じたのか、わずかにいちが動いた。だがすぐに再び一定のリズムで寝息をたてはじめる。起こさずにすんだようだ。もう一度だけ距離を詰めてみる。

「んぅ……」

 何をやってるんだろうな、オレは。情報を集める上では有効的な手段かも知れないが、誰がどう見ても変態的行為にしか見えない。もし背中を向けている最中に一之瀬が目を覚ましたら? まるで何かイケナイことをしていたと勘違いされないだろうか。30分後にはグループとしての試験が開始されるのだから早くに来ていても問題はない。それならば、堂々と室内で待っていてしかるべきじゃないのか? 後ろめたいことがなければ平然としていればいい。一歩、更に室内に足を踏み込む。

「っ……ぅん……むにゅむにゅ」

 ダメだ。こちらが動くたびに、一之瀬は覚醒のへんりんを見せてくる。試しにその場で足の踏み込みだけを前後させてみる。これで一之瀬が反応するようであれば、睡眠が浅く敏感な人物だと推測できる。

 睡眠に敏感な人物とは神経質な人物であることも多いが……。


 スイ、スイッ……(右足を踏み出し、右足を元の位置に戻す音)


 ……みじめだ。

 抜き足差し足みたいなを、しなければならないのか。しかも寝言もない。

 今のオレの様子を誰かが見れば、変質者の3文字以外は何も浮かばない状況だろう。

 自分の行動を間抜けと認識したことで、オレは携帯への接触を諦め距離を取った。そして一之瀬とはしっかりと距離を開けたところで腰を下ろした。ここなら太ももの奥に隠された秘密が見える可能性もないし、に接触しようとしたとも思われないだろう。

 それよりも、ずいぶんと早い。一之瀬は一体いつからここに来ていたんだろうか。

 試験開始まで20分となったところで、可愛かわいらしい音楽が室内に鳴った。それは一之瀬の携帯からだった。

「んー……」

 目を閉じたまま音のする後頭部に手を伸ばし携帯をつかむと、適当に画面を操作して音楽を止める。どうやらセットしていたアラームが作動したらしい。一之瀬は眠たそうにしながらも上半身を起こすと、程なくして部屋の異物、つまりオレの存在に気付く。

 嫌そうな顔をされたりしたらどうしようかと思ったが、全く心配がなかった。

「おーはよーあやの小路こうじくん。ごめん、アラームで驚かせちゃったかな」

「いや、別に。よく眠ってたみたいだな」

「あははは、ごめんね。グースカ寝ちゃってて。ずいぶん早いね、まだ20分あるよ?」

「そういうお前こそ、いつからここに?」

「1時間くらい前かな。ちょっと静かに過ごしたくって。自室だと友達が出入りして騒がしいし」

 昼寝をするには最適な場所ってことらしい。

「それに、色々と頭の整理もしたかったしね」

 その顔には眠ったことでスッキリしたというよりも、何かひらめきがあったように見えた。

「成果あり、か?」

「それなりにってとこかな」

 そう言って立ち上がると、いちかわざわざオレの隣までやってきて腰を下ろした。2人きりの室内。縮まる距離。この状況には緊張を隠せなかったが、こちらの戸惑いに一之瀬が気付いた様子はなかった。

「試験までまだ時間もあるし少し話でもしよっか。迷惑でなければだけど」

「別に迷惑ってことはないぞ。一之瀬が良ければ構わない」

「じゃあ決まり。実は綾小路くんにね、少し聞いてみたいことがあったの。クラスメイトの子にはさ、かんざきくんとか男子も含めて全員に聞いたことなんだけど、他クラスの子がどう考えているのかは聞いたことがないから、少しだけ気になってることがあって。綾小路くんは、Aクラスに上がりたいって思いは強い?」

 どんな質問をぶつけられるのかと思っていたが、案外普通なことを聞いて来た。

「そりゃもちろんそうだな。Aクラスに上がりたいと思ってる。いや……Aクラスを目指したいというより、Aクラスを目指さざるを得ない、が正しいかも知れないが」

「それはつまり……進学や就職先の保障されてるからってことだよね」

 この学校は、AからDのクラスで生徒を競わせているが、最大の特権である進学先、就職先の保証制度はAクラスしか対象にしていない。詐欺のようにも思えるだろうが、これがパンフレットを見直すとうまい具合にあいまいに濁されているから困ったものだ。

「今のご時世、進学や就職もままならないだろ。特に就職面で言えばな」

「そうだね。私もそう思う、だけど制度を過信しすぎるのは危ないよ? 99・9%の言葉には、目には見えない落とし穴がひそんでるって私は思う」

 もちろん、学校の『進学、就職率99・9%』の実現に、一之瀬の言う落とし穴はあるだろう。仮にオレがプロ野球選手になりたいと願ったところで野球経験のないオレをどうやってプロに押し上げられるというのか。コネクションで育成枠として入れるくらいが限度。レギュラーで試合に出られるはずもない。大学や大学院を卒業したからって、それで将来が約束されるわけじゃない。なりたいと思う職業にける人間なんて、本当に一握りの存在だけだ。ある統計値では、小学生の6人に1人は夢をかなえているという。一見確率が高そうにも思えるが、このデータはあいまいかつ基準もぼやけている。プロ野球選手になる、イコール一流選手になれるわけではない。プロ野球に所属する選手は、育成枠を含めていくと900人とか1000人ほど。一軍でレギュラーを獲得できて初めて本当の夢が叶うとするならば、全球団で100人ほどだろうか。やっとつかんだレギュラーの座も、常にライバルとの競争で勝ち残り続けなければならない。つまり夢のまた夢を目指すには、非常に薄い確率になってしまう。ともかく、本当の夢を叶えるとは非常に困難なものだ。多くの生徒はたいな生活を繰り返し、ただ何となく、漠然と夢を語ってとしを取っている。そんなオレたちが夢を叶えようと思ったら、もっと多くの努力と運が必要なのだ。

「それでも、この学校の……言いかえれば権力みたいなものが大きいのは事実じゃないか? アシストをもらうことで大成した人間も多いだろうしな。それともいちには興味がないか?」

「まさか。私だってあるよ、Aクラスで卒業して、そして叶えたい夢が」

 がおだったが、その瞳にはただならぬ強い思いが込められている気がした。

「学校の制度はうれしいものだけど、Aクラスで卒業できなかったら悲惨だよね。実力主義の学校だからこそ、実力で勝ち上がることが出来なかったってレッテルが張られてしまいそうで。何より、クラス単位でゆうれつを決めちゃうってことは、今ここにいる私とあやの小路こうじくん、どちらかしか夢を実現できないってことだよね。あ、二人とも叶えられないってケースもあるにはあるけど」

 こうして友人のように語り合っていても勝つのは1クラスのみ。3クラスは報われない。

「例外的な方法もあるって耳にしたが?」

「ん? それって個人で2000万ポイントをめるってやつ?」

「ああ。学校の歴史上達成した生徒はいないらしいが、そういうウルトラCもあるよな」

「うんうん、確かにね。それを加味すれば、私たち二人がAクラスで卒業することもできるね」

「とはいえ2000万ポイントを本当に貯められるかどうかは別問題だけどな。試験でくポイントを貯めていっても、2000万には届かないよう設定されてるだろうし」

 特別試験単体で見ていけば、活躍度合いで中々に大きな収入を得られそうに見えるが、試験はまだ2つしか行われていない。この先、獲得できるポイントが絞られることもあれば、大幅なペナルティを食らったりすることも十分に起こりうる。

「そうだよねえ。節約に節約を重ねて、その半分も貯まるかって言われたら疑問が残るし」

「だな。特にDクラスは財政状況が最悪だからな。ほりきたが頑張ってくれたとはいえ、無人島の試験で獲得したポイントが振り込まれるのはまだ先。いや、この試験でそのポイントを失うこともあるわけだしな」

いちは節約家か? ポイントのやりくりに苦労してる感じはしないが」

「うーん、どうかなぁ。他の子のことはわからないし。人並みには使うし、人並みには貯金するって感じかな。Bクラスだからってそんなに持ってないよ」

 こちらから振った話題に対して、一之瀬はごくごく自然なトーンで返す。横顔から様子をうかがう限りでは何か隠している気配はないが……。

あやの小路こうじくん」

「ん?」

 次の瞬間、ずいっと距離を詰めて一之瀬が前に回り込んだ。そしてオレの顔をのぞき込む。

「やっぱり見えちゃってたみたいだね、あの時」

 吸い込まれそうなほどれいな瞳がこちらを見て離さなかった。どうやら、こちらが思っている以上に一之瀬は頭が回る。オレのねらいも見抜かれてしまっていたか。

「……悪い。前にお前が携帯を操作してた時、無意識で画面を見てしまった。それでちょっと気になって聞きだすようなになってしまったかもしれない」

「あはは、別に責めてるわけじゃないよ。確かにちょっと大きなポイント、だったもんね」

 そう、一之瀬は1学期終了を待たずして巨額なポイントを所有していた。毎月1日に支給されるクラスポイントを1ポイントも使わずに節約したとしてもめきれないほどの。

「だけど……このことは詳しく話せないな。ごめんね」

「当然のこと、だな。謝ることじゃない」

「もちろんその情報は綾小路くんが得たものだから、ほりきたさんと共有してもらっても責めたりはしないよ? ただ、直接目で見ちゃった綾小路くん以外に問い詰められても、それをこうていして答えるかは別だけど」

「別に他のやつには話してない。見間違いだった可能性もあるしな。せんさくはしない」

 詮索したところで、満足な答えも手には出来ないしな。

「おまえは勝つための道筋みたいなものは見つけられたのか?」

「うーんそうだね。そのヒントは得たと思ってるよ」

 素直には答えてもらえないと思ったが、自信があるのか一之瀬は余裕を少し見せた。

 やはり一之瀬は、時間を無駄にせず自分の策を信じて行動していたらしい。

「ならこの勝負……Aが勝つかBが勝つかの勝負になりそうだな」

「それはふたを開けてみるまで分からないよ。私が狙う勝ち方は───」

 開始の時間が近づいてくると、続々とグループのメンバーが集まり始める。

 Aクラスの連中が最初に集まると、特にあいさつを交わすこともなく席に着く。

「なんだもう来ていたのか綾小路」

いち殿と二人きりで、怪しい密会でもしていたのではござらんか?」

 一方的にゆきむら博士はかせを嫌っているようで、何だかんだ一緒ににやって来た。

 特に焦っていたり落ち込んでいる様子は見受けられないが、既に勝ちは諦めているのかも知れない。その逆にBクラスの生徒はどこか余裕さえ感じられる。

「これで終わりですね。何かヒントはつかめましたか?」

 はまぐちは静かに最後の試験開始を待つオレにそう優しく声をかけてきた。

「正直、さっぱりだ。ほとんど会話らしい会話が成立していないしな」

 そう答えたオレだが、既にこの試験当初から実行すべくかくさくしていた作戦がある。

 それは携帯に届いた学校からのメールを利用した優待者のすり替え偽装だ。

 竜グループではくしが優待者だが、その櫛田の携帯とほりきたの携帯を互いに入れ替えて持つとどうなるか。携帯を見せたときに誰もが堀北が優待者だと錯覚する。

 そして事実を知った裏切り者が堀北の名前を送ることで判断ミスをさせて勝利する。

「こんばんわー。よろしくね」

 そう短く答えたあと、一之瀬はまいを正すといつものようにがおに。

 仕掛けるのは速攻。なら他の誰に、どんな策がひそんでいるか分からないからだ。

 それに全員が集中してしまえば、すり替えを実行するだけの時間が取れなくなる。

 一之瀬が言葉を発するのを待っていたオレは、次の発言をする前に割り込もうとした。

「あの、皆さんよろしいでしょうか───」

「ちょっと話したいことがある───」

 しくもオレと浜口とで同時に話を始めてしまう。

「失礼しました。お先にどうぞあやの小路こうじくん」

「いや……先に言ってくれ。オレは後で構わないから」

 まさかここで話すタイミングがかぶってしまうとは。嫌な偶然だ。立てているプランに問題はないが、こういう予期せぬトラブルが起こると効力が不安定になりかねない。

 先に浜口の話を聞いた上で、もう一度タイミングを図って話を切り出そう。そんな風に考えたこちらの思惑を、浜口は意外な形で壊すことになる。

「ではお言葉に甘えて。僕はこの3日間、どうすれば結果1を勝ち取ることが出来るのかをずっと考えていました」

 浜口は突如、自らの考えをうさぎグループの全員に話し始めた。

 しかもそれは、オレが立てた作戦と類似した内容のものだったから驚きだ。

「そして一つの結論が出ました。グループ全員で結果1をねらえる手段があったんです」

「本当なのか浜口」

 諦めていた幸村たちの目に、かすかにだが希望の光が灯った。

「はい。それは一之瀬さんやまちくん、ここにいるメンバーの話を聞いていたからこそ思いついた案です」

「信じられないな。話し合いで結果1に辿たどりつくことは絶対にない」

 夢のような提案に異議を差し込んだのはもちろんまちだ。

「まずは話を聞いてあげようよ。はまぐちくんは思いつきで語るような子じゃないよ」

 いちはそう浜口をフォローした上で話しやすい環境を作り出す。

「今から僕は自分の携帯を全員に見せます。当然そこには、学校から送られてきたメールがあります。これがどういうことだか誰でも理解できますね? メールを不正に改ざんしたりすることは禁止されているためしようがありません。だから単純な話メールさえ見せれば優待者かどうか、その真実が分かる仕組みです」

「バカなことを。誰がそんな話に乗るって言うんだ。見せた瞬間に裏切られるのが分かっていてメールを見せるヤツはいないだろ」

 誰でも思いつくが、誰もが成立しないと諦める案。当然ぼうかん者の町田もあきれる。

「確かに裏切られると分かっているから優待者は携帯を見せません。でも優待者じゃない人間にしてみれば、正体を知られることはリスキーじゃないはずです。試験ももう終わり、ここで動かなければ勝ちは拾えないでしょう。仮にクラス内で結託して優待者をかばおうとするならそのクラスは誰も携帯を見せないことになる。優待者の絞込みが可能です」

「もし優待者の正体やクラスの所在を知れたとしても、誰かが裏切って終わりだ。この問題が解決しない。それとも誰がいち早く裏切るかの勝負でもするか?」

 この戦略なら当然優待者をあぶすことには成功するかも知れない。しかしそれだけだ。結局全員が良い子ちゃんで答えをそろえるなんてことにはなりはしないだろう。

「ならば黙って見ていてください。町田くんが参加しなければ良いだけの話ですよ」

 浜口はそう言い周囲の拒絶気味な態度にも屈せず、自らに届いたメール文を公開した。

「浜口くんの意見に賛同だ。俺も見せる」

 それに続いたのは、もちろん同じBクラスのべつ

 どうやらこれは単なる暴挙ではないらしい。間違いなく一之瀬たちの戦略のようだ。

 しくもオレが考えたプランと全く同じ展開だ。

 だが、果たしてどこまで考えての行動なのかは分からない。

 ただ純粋に皆を信じて携帯を見せているのなら暴挙という他ないが……。

「意外と良い作戦だと思うけどね。私も携帯を見せることに抵抗はないよ」

 一之瀬もまた、浜口の案に乗っかるようにがおを作る。

 流れに沿うように携帯を取り出そうとスカートの右ポケットに手をっ込む一之瀬。

「私もずっと悩んでいたんだけど、浜口くんの言葉を聞いて分かったの。その、今まで黙っていたんだけどね……」

 そんな意味深な言葉をつぶやきながら携帯を取り出した一之瀬。

 オレはいちが作戦を実行する前に打って出ることにした。

「本気なんだな一之瀬。おまえたちがけに出るなら、オレもその作戦に乗ろうと思う」

 一之瀬がメールを開示する前に、オレは自らの携帯電話を差し出した。

 それはある人物と入れ替えたもので自分の携帯電話ではない。

あやの小路こうじくん……いいの?」

「ああ。はまぐちの話を聞いて正直それしかないと思った。話し合いが得意じゃないオレに出来るのは事実を見せること、見せてもらうことだけしかないしな」

「待て綾小路。俺は反対だぞ、こんなこつな作戦くいくはずがないだろっ」

 ゆきむらが止めようとするが、それを振り切りメール文を見せた。

 そして優待者ではないことを知らしめる。

 今見えないダムには既に多量の水がまっている。そこに1センチでも穴が開けば、いずれ崩壊しだくりゆうとして決壊する。その穴を開けるための開示だ。

「うん。確かに。綾小路くんも優待者じゃないみたいだね」

「私も賛成する」

 誰が後に続くのか。まだ浜口の作戦を鼻で笑う者が多い中、更に一人の少女が賛同を唱えた。それは誰もが予想しなかった人物、ぶきみおだった。

「正気? 私たちに得なんてなにもないよ!」

 当然リスクをおかすことに反対の意見を出すなべ

 しかし、ぶきから返ってくる言葉もまた、実に理にかなった一言だった。

「優待者じゃない人、優待者の所属しないクラスの人はこのままじゃ何も得られないわけでしょ。Bクラスだってそれを分かってる。それじゃいつまでも上のクラスには追いつけない。だから携帯まで見せてきた。それは私も同じ考え。それだけのこと」

「それは───」

「それともあんた、もしかして優待者なわけ?」

 伊吹は味方であるはずの真鍋に、敵意に似た強烈な瞳を向ける。

「ち、違うって……」

「だったら見せられるはずよね。携帯」

 ある意味おどしとも取れる仲間の言葉に、観念したように真鍋たちも携帯を開示した。

 じわじわと優待者のあぶしが始まる。

 かるざわもストラップの付いた携帯を取り出し、全員の前に差し出す。

あやの小路こうじだけじゃなくて、おまえもなのか軽井沢。この作戦に乗るつもりなのか?」

「あたしは自分のためにやるだけ。だってプライベートポイントが欲しいもん」

 学校から届いたメールには優待者ではないと書かれてある。軽井沢も白だ。

「……えと、拙者はどうすれば良いでござる?」

「自分で考えるんだそとむら。これは強制じゃなく自主的なものだからな」

「うう……長いものには巻かれろ、でござるな」

 多数の人間が公開したこの状況では、見せるしかないと博士はかせも携帯を見せようとした。だがその博士の行動を、ゆきむらが手をつかんで止めたのだ。

「……本当に見せることが正しいと思ってるのか?」

「あんたさっきから、何びくついてるわけ。もしかして優待者?」

 反対の意志を強く表明する幸村に、伊吹がっ込みを入れる。

 その瞬間幸村の表情が固くなったのは誰にでも分かっただろう。

「うわ、マジ?」

「いや、幸村は優待者じゃない。前に優待者じゃないと聞いているからな」

 オレはこつに慌ててそうフォローした。しかし一部からは失笑があがる。

「それを信じろって? こいつがうそついてるだけかも知れないでしょ」

 真鍋は当たり前のように疑いの目を幸村に向ける。

 確かにここで優待者であることを否定し続けるのはただ無意味に疑いを色濃くしてしまうだけだ。そんなことは分かっている。だが、身体からだを動かせない。

 なら幸村は───

「結論を出すのは早いよ。幸村くんにだって考えはあるんだから」

 一連の様子を見ていたいちは、改めて左ポケットから携帯を取り出した。

「ちょっと流れに乗り遅れちゃったけど、私も携帯を見せるよ」

 そう言い、自らも優待者ではないことを明らかにする。

「待て一之瀬。さっき言いかけたことはなんだったんだ。今まで黙っていたこととは?」

 まちはそのことを忘れておらずしっかりとっ込む。

「あれは、ただ私もずっと同じ考えを持ってたって言いたかっただけだよ?」

「……そんなことか」

「そんなことって言うけど、一応Bクラスじゃ委員長やってるからね。はまぐちくんに先を越されたのがちょっと悔しかっただけ」

 ともかく、これでAクラスとゆきむらを除き優待者ではないことが判明した。

「…………」

 幸村の長い沈黙の意味が分からないほど、ここにいる生徒たちは鈍感ではない。

 そしてAクラスの町田たちも、いつの間にか前のめりになって幸村をうかがっていた。

「……わかった。見せる。見せればいいんだろ」

 全員からのうらみを買い続けることは出来ないと、幸村は折れて携帯を手に取った。

「だがその前にひとつ、約束してほしい……」

「約束? どういうことかな、幸村くん」

「裏切らないで欲しいってことだ。この場にいる誰にも。特にAクラスは携帯を出して目の前に置いてくれ。いや全員だ。全員が携帯を見える位置に置いてくれ」

 代表する町田に声をかけるが、町田は鼻を鳴らし当たり前の言葉を返す。

「意味が分からないな。どういうことだ?」

「そのままの意味だ。それ以上もそれ以下もない」

「まあ、いいだろう。置くくらいならな」

 距離を取っているAクラスは余裕の様子で全員が携帯をテーブルに置く。

 それを確認した後、幸村は表情を曇らせながら手を動かした。

 幸村はポケットから携帯を取り出し画面に光をともす。

 そして求められた6けたのパスワードを入力してロックを解除。

 学校から送られてきたメールを開く直前まで持っていく。

「……うそをついてすまなかったあやの小路こうじ……」

 謝り、学校から送られてきたメールを開く。

 そこに記載されていた文章を見て驚いたのは、Dクラスのメンバーだっただろう。

「俺が優待者だ……」

 全員とは違う一文が書かれたメール。

「な……ゆ、幸村殿が優待者でござったか……!?」

 信じられないと博士はかせきようがくの目を向ける。この状況はすなわち、Dクラスに入ったであろう50万ポイントを放出してしまったことにもなるのだ。

 しかし、このゆきむらこそがオレと裏で携帯を交換していた人物だ。

「こんなことになると分かってたなら、最初から話しておくべきだった……」

 かるざわも心の底から驚いているようで表情に動揺が見て取れた。

 幸村が優待者であるはずがない、そんな風に思っていた二人にしてみれば無理はない。

 まちは立ち上がると、幸村の携帯をくいるようにのぞき込んできた。

「メールは本物、のようだな。個人メールも全部幸村のもので間違いなさそうだ」

 許可も取らず町田は幸村個人のメールまでチェックして真相を確かめた。

 疑いを向けていた町田にいちはこの状況を冷静に語る。

「偽物なわけないよ。学校側からルール説明を受けたでしょ。試験内容に関する学校から送られてきたメールは、コピーや転送を禁止されてる。学校からのアドレスで送られてきてる以上、偽の文章を作り上げた可能性も0だね」

 そう、この試験では偽りの情報を作り上げることが最初から固く禁止されている。

 やぶれば退学の罰が待っている以上、人前にさらすものはすべて真実でしかないのだ。

 もしこの場をうそで乗り切れたとしても、試験後に問題になれば同じこと。

「てことは幸村くんで決まりってことね」

 なべうなずく。ここで大切だったのは幸村のメールを見せるまでの過程だ。携帯電話を持つ人物がその携帯の持ち主である……とは限らない。つまり本人のものかそうじゃないかを判断するのは意外と難しい。特に試験で敏感になっている生徒たちなら、もしかしたら携帯を入れ替えているかも知れないと推測していてもおかしくないからだ。しかし目の前で6けたのパスワードを解除して見せれば話は別だろう。他人の携帯のパスワードを知るはずがない。無意識に本人の携帯だと認識させられる。これは理屈じゃなく長年の間に植え付けられた先入観だ。

「ごめんなさい幸村くん……。僕が最後の最後にこんな方法を思いついたから……」

「いや、これで良かったのかも知れない。何とかして嘘を貫き通そうとした。それが間違いだったんだ。あやの小路こうじそとむら、軽井沢にとってもこれで良かったんだと思う……」

 そう語れば、自分だけが安全にポイントを得ようとした人物として浮かび上がる。

「……これで全員が答えが俺だと分かっただろ。たどり着ける答えが出てきたはずだ」

 そう、全員でクリアすればこのグループは50万ポイントを得ることが出来る。

 達成不可能と思われた結果1に結びつくかも知れない。

 一之瀬は一度頷き、何より強くAクラスに願い出る。

「お願い。幸村くんの勇気を無駄にしないためにも協力して。裏切らないで欲しい」

「俺たちは元々かつらさんの指示で動いている。勝手なはしないさ」

 そうは答えるも、試験終了後は必ず解散しなければならない。試験終了後、空白の30分の間、自分たちの仲間ではなく別クラスの生徒を信頼しなければならないのだ。

「俺は信じたい……いや、全員を信じる……」

 願うゆきむら。それをしっかりと受け止めるそれぞれのクラス。

 この数日、同じ時間を過ごしてきた生徒たちとは少しの友情くらい芽生えただろうか。

 幸村の思いをみ、全員で勝利を分かち合ってくれるだろうか。

 いいや、そんなことは絶対にあり得ない。


 これで間違いなく誰かが裏切る。


 ───そして、携帯を入れ替えたオレたちDクラスの勝ちが確定する。


 そう幸村は確信しただろう。笑いを堪えるのに必死だったと思う。

 だが、喜びもつかの間、幸村が手にしていた携帯電話が室内に鳴り響く。

 誰よりもその着信に度肝を抜かれたのは幸村だ。

 慌ててテーブルから携帯を回収しようとしたが、くいかず手から落とす。

 偶然にも画面が表を向いたまま、オレたちの前に転がってくる。

 マナーモードのそれはテーブルを振動させながら小刻みに動いていた。

 発信者の名前は───『いち』。

 その本人は目の前で携帯を耳に当てながら、真剣なまなしで幸村、そしてオレを見る。

「何をしているんだ一之瀬。こんなときに幸村の携帯にかける意味はないだろ」

 まちげんそうな顔で一之瀬を見やる。

 オレと幸村以外には理解できない状況を作り出した一之瀬は、静かに通話を切った。

「学校は『メールの改変やコピーは禁止』って言ってたよね。だから私たちが目にするメールは絶対に本物。それは間違いない。だけど携帯そのものに細工することは禁止事項じゃない。これがどういうことかわかる?」

 一之瀬は携帯を拾い上げると、それを幸村ではなくオレへと差し出してきた。

「この優待者と書かれた携帯の持ち主は、本当はあやの小路こうじくんのだよね? だって、今私が電話をかけている相手は綾小路くんであって、幸村くんじゃないもん」

 以前オレは一之瀬と連絡先を交換していた。

 だからこいつは、オレの電話番号を知っている。

 いや仮に知らなかったとしても、念入りに調べていたかも知れない。

「で、でもおかしいじゃないか。幸村は目の前でパスワードを解除していた。それに個人メールや履歴だって念のために確認したじゃないか」

「それはフェイク。パスワードなんてあらかじあやの小路こうじくんに聞いておけば簡単に分かることだよ。それに発信履歴やメール。アプリだって、手間だけど入れ替えは可能だよ」

 それを聞き、まちは血相を変えてオレに差し出されていた携帯を手にした。

「それに人って簡単にうそはつけないんだよ。特にゴールが見えてきた最後の瞬間には油断や緊張、隙が生まれちゃう。ゆきむらくんは嘘をついているからか仕草、態度がどこかいつもと違って挙動不審だったもん」

 こちらのカモフラージュした手を、しっかりといちやぶってきた。

 既に幸村は顔面蒼白になりながら話を聞いている。いや、聞こえているかも怪しい。

「私たちも頭の片隅には置いていたんだよね、優待者が自分のクラスにいたら携帯を入れ替えるのもひとつの手だなって。パスワードで本人と誤認させるのも考えたりしてた」

 どうやら、オレの作戦は丸々一之瀬たちにも思い浮かべられたものだったらしい。

「だけどこの作戦には決定的な弱点がある。それは電話番号の存在だよ。履歴やアプリまで細工することまで思いついたとしても、電話番号だけはどうにも出来ない。私とはまぐちくんで一度SIMカードを入れ替えてみたんだけど、この携帯のSIMカードは端末ごとにロックされていて2台とも使えなくなった。つまり入れ替えると通話できないの。誰がどう携帯を入れ替えたとしても、電話を鳴らせば持ち主が分かるってわけ。そうじゃなきゃ携帯を見せ合うプランを提唱したりしないよ」

 つまりいちたちはうそを見抜く下準備をしていたからこそこの強引な手を繰り出した。

 はまぐちが話を切り出したのも、当然打ち合わせの中にあったことなんだろう。

 オレとゆきむらが携帯を入れ替えていたというまぎれもない事実がていした瞬間だ。

「携帯を入れ替えること、アプリや履歴を細工すること。そこまではかんぺきだったよ。でもSIMカードの端末ロックを利用して確認されることまでは想定していなかったかな?」

 ふーっと一之瀬が息を吐く。丁度1時間の終了五分前を告げるアナウンスが入った。

 5分以内にグループを解散させ、自室に戻るよう命じられる。

「くそっ!」

 その幸村の叫びは本物。嘘偽りのない真実だ。

「残念だったな幸村。意外といい線だったけどな」

 まちたちはニヤニヤと笑い、全てをやぶられた幸村を侮辱するようにそう言った。

 その作戦に加担していたと思われるオレに対しても一度視線を向ける。

 まだ動揺を隠せない幸村とDクラス。そして驚いたCクラスとAクラス。

 色々話し合いたいところだが、ルール上対話を続けることは許されていない。

「ともかくこれで優待者があやの小路こうじくんだって確定した。町田くん、全員で裏切らずに結果1を勝ち取るって約束して」

「ああもちろんだ。信用してくれ、行くぞ」

 仲間を引き連れAクラスの3人は誰よりも足早にを後にする。

「信じる者は救われる、だよ。私たちは絶対に裏切り者にはならないから。それからCクラスの人たちもお願い。30分我慢してくれるだけでいいから」

 なべたちはそれとなくうなずき退室していく。

 幸村はオレが持っていた携帯をつかうつむき加減にこう言った。

「作戦に乗っかった俺が間違ってた。最悪だっ」

 続々と退室者が続き、あっという間にオレと一之瀬だけが取り残された。

「あとは皆を信じるだけだね」

「ああ、そうだな」

「綾小路くんはずいぶんと落ち着いているんだね。不安はないの?」

「不安も何も……信じることしか出来ないからな。オレは部屋に戻ってる」

 これ以上ここに残っていても得るものはない。

「ねえ、ちょっと待って」

 一之瀬が、オレの肩に手を置いて呼び止める。


 その瞬間……二人きりの空間が張り詰めた気配に包まれていくのを感じた。


「この携帯の入れ替え作戦は誰が考えついたの?」

「もちろんほりきたに決まってるだろ」

「そう。じゃあ堀北さんに伝えてもらえないかな。作戦大成功だったよ、って」

「大成功? 大失敗の間違いじゃないのか。惨敗も惨敗だ、いちやぶられた」

「あははは。同じ作戦を思いついてたってのは想定外だったのかな」

「悪かったな、だますようなして。一応協定を結んでいるのに。怒ってるか?」

「まさか。私たちだって勝手に作戦決行しちゃったし、お互い様だね」

「そう言ってくれたら堀北も安心するだろ」

 そう答え、オレは携帯をつかんでを後にしようとした。

「わ、ちょっとちょっと。まだ肝心の話が済んでないよ」

「肝心の話?」

「もー、意外と人が悪いよあやの小路こうじくん。確かに携帯のSIMカードは端末ごとにロックされてる。だけどロックを解除する方法はあった……そうでしょ? だってほしみや先生に確認したら、ポイントを支払えばすぐにでもロックが解除出来るって言ってたから」

 チリ、と後頭部にかすかな電気が走るのを感じた。

「偽りの答えの後に出てきた答えを、人は真実だと錯覚してしまう。パスワードを解除する素振りまで見せていたゆきむらくんは優待者なんかじゃなかった。そのうそていした瞬間、綾小路くんが優待者だって事実が顔をのぞかせる。そして決め手のSIMカード。もう誰の目にも綾小路くん以外映らない。それこそがわな。私は入れ替え作戦は未完全だって言ったけど、あれは嘘。だって、この入れ替え作戦って非常に有効なんだもん。ただし『2重以上』に罠を仕掛ける必要はあるけどね。この手を打たれたら真実はやみの中。誰が本当の優待者かを100%見抜く方法はないもん」

 この一之瀬には、オレの作戦。その裏の裏までが見えていた。

 幸村にも伏せていた本当の真実に気づいていた。まず、大前提にオレは『優待者』ではない。だが幸村には優待者として接した。何よりの証拠として『優待者』の携帯を使って接触したからだ。だがその本当の所有者はかるざわ。彼女はく優待者としての身を隠していたが、ひらにだけは密かにそのことを話していた。平田も同じグループであるオレと幸村には最初。その事実を話せなかったんだろう。だから優待者のことを話したときに知らないフリをしていた。だが軽井沢と平田の過去を聞いた時、平田は軽井沢が優待者であることを教えてくれた。そしてオレはなべを使い軽井沢をいじめさせた後、状況を利用して携帯を入れ替えさせた。もちろん幸村と同じように履歴やメールなども含めて。その際には当然『SIMロックの解除』をポイントで行っておく。これ事態は違法性もなく、量販店では無料で行ってもらえるものだ。ここは船の上ではあるが、携帯を使った試験である以上壊れた際の修理やだいたい品など、必要最低限の用意がされていることは確信していた。これでかるざわの携帯を使っていながら、オレの電話番号を作り上げることが出来た。更にここから、その携帯とゆきむらの携帯を交換する。もちろん『オレの携帯』として話すことで幸村はそう信じ込む。偽装がバレれば動揺するし焦る。それが真実になる。

 単純な人間であれば素直にオレと幸村の入れ替えに気づかないで済むし、鋭い人間に指摘を受ければ、真相を暴かれたオレが優待者だと思い込む。しかしそこまで。本当の優待者が軽井沢である、と言う解答には絶対に辿たどりつけない。

 これがオレの考えた携帯を入れ替えるプラン。

「もしDクラスに優待者がいなかったらどうしたの?」

「おまえと同じだ。クラス内で優待者だと判明してる人間に携帯を借りてもう一台の優待者証明付き携帯を用意して持っておく。そして優待者だと名乗り出ればいい」

 その際に本当の優待者が慌てたりうそを指摘してくればあぶしが成功するし、単純にいちを優待者だと信じ込めば裏切り者のミスで試験が終わる。後者ではBクラスにポイントは入らないが、結果的にどこかのクラスと差を縮めるか開かせることが出来るからな。

「バレちゃってたか」

 一之瀬は左右のポケットから携帯を一台ずつ取り出した。片方はどこかのグループにいるBクラスの優待者の携帯、片方は非優待者である自分の携帯だろう。

「ちなみにこれは私の予想なんだけど。今日の会話の流れからいけば───」

 一之瀬は自らの携帯に、短くメッセージを書き込んだ。

「優待者の正体は、軽井沢けいさん。だったりして」

 そう言って画面に軽井沢の名前を記して見せてきた。

 それは学校に送るための裏切りメール。

 だが直後、オレと一之瀬の携帯が同時に鳴る。

うさぎグループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ち下さい』

「あーあ、やっぱり誰かが裏切っちゃったか。AクラスとCクラス、どっちだろうね」

「どうして軽井沢だと思った」

「幸村くんと同じ理由。いつもと違ったもん。普段気にかけないあやの小路こうじくんを何度も視線で追ったり、必要以上に表情を固くしたり。ただ、それは軽井沢さんが優待者じゃない可能性の場合もあるから、どの道送れなかっただろうけどねー」

 どうやらこちらが立てていた作戦、その全ては一之瀬に完全に看破されていたらしい。

「どうしてそのことを言わなかったんだ? 少なくとも嘘は暴けただろ」

 一之瀬が笑う。その笑みは今まで見たことがないほど、深淵なものだった。

「決まってるよ。AかC、どっちのクラスが間違えても私たちにとってはプラスだから。私は最初から全員でクリアする結果1も、そして裏切り行為の結果3をするつもりもなかった。優待者がBクラスにいないって分かった時点で、どこかのクラスに裏切らせることしか頭になかったもん。多分Aクラスが裏切ってくれるだろうけどね」

まちか」

「違う違う、もりしげくんだよ。彼はさかやなぎさんの派閥。かつらくん派には従いたくないだろうし。裏切ってポイントを得たほうが何かと得だって考えそうじゃない?」

 不適に笑い、いちはオレに背中を向けた。

「意外とあやの小路こうじくんってすごいよね。今の私との会話は即席のものでしょ?」

ほりきたを褒めてやってくれ。あいつは様々な想定をオレに聞かせてくれてただけだ」

 どうやら一之瀬なみの評価を改めないといけないな。

 徹底してリスクを回避し、その上で勝つ戦略を練っている。文句のつけようがない。

「それじゃ、私はこれで。禁止事項に触れちゃうと大変だからね」

 そう一之瀬が言いかけた時、オレたちの携帯が一斉に独特の音を奏でた。

 それも1度や2度じゃない。都合4度もの受信音が短期間に鳴り響いたのだ。

「これ、どういうこと……?」

 携帯を開いた一之瀬は心底驚き、その画面を静かにオレへと傾けてきた。


    3


 深いやみの海に浮かぶ船は、どこか寂し気な様子だった。

 しかし午後11時が近づくにつれ段々と人の気配が増えていく。気がつけば静まり返っていたカフェは大盛況を見せ次々と席が埋まっていく。

 早い段階で4人席を確保していたオレの元に、一人の少女が近づいてくる。

「……お待たせ」

 遠慮がちにやって来たのは、かるざわけい。その表情はどこか今までと違うようにみえた。

「遅い時間に呼び出して悪かったな」

「ううん、それはいい……」

 とくに会話を交わすこともないと思い無言で漆黒に染まるしきを眺めていたが、軽井沢がこちらの様子をうかがっていたようなので視線を向ける。

「あ、えっと……本当に、く行ったのかなって思って」

「大丈夫だ。間違いなくAクラスの人間がオレの名前を書いてメールを送っている」

 オレが打った保険は、軽井沢とゆきむらの携帯を入れ替えた以外にももう一つある。上手く相乗効果で働くように仕向けたため、心配はないだろう。

「どうしてそう言いきれるわけ?」

「それは僕に渡した紙に意味があったんだよね、綾小路くん」

 背後から近づいてきた存在に、軽井沢は肩を飛びねさせるように驚いた。それも仕方がない。かるざわが先日別れると怒鳴ってしまったひらだったのだから。

「試験お疲れ様二人とも。座ってもいいかな?」

「もちろんだ」

 軽井沢はどこか心地ごこちが悪そうに目を伏せたが、拒絶する姿勢は見せなかった。

 夜10時55分。あと5分で生徒に向けて一斉にメールが送られて来るはずだ。

「そろそろ時間だね。ほりきたさんはまだなのかな? 連絡してみたほうがいいんじゃ」

「あいつは意外とギリギリに来るヤツだからな。あと4分は待ったほうがいい」

「あ、きたみたい」

 どうやら今回に限って、こちらが思うよりも早くに堀北が到着したらしい。

「はぁ……目の前でこの集まりを見ると、ちょっとため息が出るわね」

「やっと来たか。っていうか、その後ろのはなんだ?」

「気にしたら負けよ。背後霊みたいなものだと思っているから無視して」

「そりゃ無いぜ堀北。試験中はピリピリしてるだろうって気を使って話しかけなかったんだぜ」

 ここ数日見かけることの無かったどうけんが、堀北に張り付くようにそばに立っていた。

「邪魔だから消えて」

「そ、そう言うなよ。俺なりに全力で試験に挑んだんだからよ」

「なら成果を残せた自信はあるのかしら?」

「……あと一歩まで行ったんだけどな。一足先に誰かがメールを送ったみたいでよ」

 そんなひねりのない言い訳を聞いて堀北は相手にすることをやめたようだ。いた残りの1席に腰を下ろす。須藤は慌てて隣テーブルのを確保しようとした。

「あなたは邪魔」

「別にいいだろ話を聞くくらい。つか仲間はずれにすんなよ」

 珍しいメンバーの集まりに不思議がりながらも、須藤は話に耳を傾けるつもりらしい。

「それよりも、さっきの立て続けのメールだけど……」

「うん、僕もそのことが引っかかっているんだ」

 今からさかのぼること2時間ほど前。いちとの別れぎわに起きた事件だった。

 4通ものメールがほぼ同時に送られてきた。その内容は、試験の終了を知らせる者。

 鼠、馬、鳥、猪のグループが裏切り者の登場によって終了した。

「馬グループは南くんが優待者だったわね」

「うん。つまり正体をやぶられてしまった可能性がある、ってことだね」

「他のグループも、私たちの中の誰かが送ったってことはあるんじゃない?」

 堀北の不安。もし優待者を見誤っていれば、受けるダメージは相当大きいだろう。

「それを危惧して、さっきまで各グループに連絡を取っていたんだ。男子から裏切り者としてメールを送ったって話はなかったよ」

 うそをついていなければという大前提はあるが、ある程度信用してもいいだろう。

やまうちは大丈夫だったのか」

 オレは、もしかしたら勝負に出ると踏んでいた男のことを聞いてみる。

「あ、えっと、それは大丈夫。山内くんは鳥グループだったんだけど、メールを送ろうとしてはいたみたい。ただ時間ギリギリまで悩んでたみたいで、その前に試験が終わっちゃったんだって」

「どこの誰だか知らないけれど、先に裏切ってくれたのはファインプレーね」

 山内が送っていたら、十中八九外していただろうとほりきたは予想する。多分その通りだ。試験終了時に即送らず迷っている時点で勝負に出るものじゃない。

「でも女子は分からないわね」

「それはあたしが確認した。誰も送ってないって」

 迷わず、そしてハッキリとした声でかるざわが答える。

 Dクラスの女子を統括するだけあって、必要な情報はひら同様すぐに集まる。

「……そう」

 この点の情報伝達、活動では手も足も出ない堀北は素直に納得するしかない。

「それにしても今回の試験、結局少人数で説明を行ったのはどうしてだったんだろうか」

 平田はその疑問が解けなかったようで、不思議そうにつぶやく。

「この試験は『シンキング』であり考えること。全ての疑問に答えがあるとは限らない……ってことじゃないかしら」

 意味のないブラフをも見抜いてこそ、そうとらえるのが自然かも知れないな。

 いくつもの疑問の中に、真実が隠されている。

「それよりも気になるのは4通のメールがほぼ同時に届いたことね。裏切れる最後の時間が30分しかないと言っても、1、2秒の間に集中するなんてことあるのかしら」

「ただの偶然じゃねーのか?」

 話を聞いていたどうからしてみれば、この現象は偶然の出来事に思えたようだが。

こうえんくんが裏切りのメールを送った時の学校からの連絡は、ほとんど時差がなかった。自動返信と思えるくらい早かったことを考えるとすれば……」

「示し合わせてまとめて送った可能性が高い、つまり1つのクラスが起こした裏切りかも知れないわね」

 その通りだ。オレもあのタイミングの4通にはそうとしか思えないものがあった。

「自分たちが送ったと誇示するためにタイミングを合わせたのかも知れないね」

「ええ。それ以外に考えられない。そしてそんなことをする人物は一人だけ……」

 堀北と平田の自然な言葉のパス回し。

 こっちが余計なことを話さずともつながっていくからありがたい。

 オレたちが何度も使うこのカフェで待ち合わせたのには意味がある。

「やっぱりここにいたのか」

 6人目の来訪者となる、その男を誘い出すためでもあった。

りゆうえん……!」

 存在に気づいたどうが威嚇するように立ち上がるが、龍園は見向きもしないでいたつかむと、強引にほりきたそばにドカッと椅子を落とし座り込んだ。

「おまえと結果を楽しもうと思ってな。分かりやすい場所にいてくれて助かったぜ」

「ええ。頭の悪いあなたがわかりやすいようにこの場所を選んであげたの。感謝して」

「それにしてもすず。おまえにしちゃずいぶんと大所帯だな。どういう心境の変化だ?」

 テーブルに集まった4人(須藤は計算外だが)を見て龍園がつぶやく。

「あなたにしつこく付きまとわれて困っている。その相談をしていたのよ」

「堀北につきまとってんじゃねえぞ!」

「須藤君、あなたは黙ってて」

「……ぉぅ……」

 速攻で堀北に止められ、須藤は大人しく椅子に座りなおした。意外と素直だ。

「友人らしい友人はいないと思っていたんだけどな。まぁいいさ」

 これこそが、オレが龍園に対して張る一つの防衛策。堀北が接触する人間を増やすことでダミーを仕掛ける。当然見張る目はそれだけ必要になりおろそかになる。

「もうすぐ結果発表だが手ごたえはあったのか?」

「それなりにね。あなたのほうも随分と余裕そうね」

「クク。そうでなきゃわざわざ出向いたりしないさ。ちょうど前回と同じ連中もいる」

「おうそうだぜ、この間の結果発表じゃ偉そうにしてた癖に間抜けな結果だったよな」

 思い出したように須藤が指を差して笑い飛ばす。

 それに合わせるようにして堀北も少しだけいやを込めて龍園を見下したように見る。

「やめとけ鈴音。今余計なことをすれば恥をかくのはおまえだぜ? 俺はグループの優待者が誰かわかっていたんだからな」

 そのうそか真かの言葉を聞かされても堀北は動じることはなかった。

 龍園に負けなかった確信があるからだ。

「それは良かったわね。結果が楽しみね」

「結果まで待たなくても、竜グループの優待者が誰だったか教えてやってもいいぜ?」

「申し訳ないけれど負け犬のとおえにしか聞こえないわ。既に試験は終了していて、私の竜グループでは裏切り者は出なかった。それが意味することはひとつなのよ」

 龍園はくしが優待者だと見抜くことなく試験を終えてしまっている。

 それはまぎれもない事実だ。

「俺の深さを知ることになれば、感激のあまり股をらすかも知れないな」

 下品な言葉を使い、りゆうえんは面白おかしく笑った。

「……だったら教えてもらおうかしら、竜グループの優待者が誰だったのか」

 その言葉を待っていたかのように龍園は笑い顔を手で押さえた。その隙間からのぞかせる視線はまるで獣。獲物ののど元に食らいつくためにさだめているようだった。

くしきよう

「え……?」

 今までどんな龍園の言葉にも反応を示さなかったほりきたが、小さな声と共に硬直する。

 絶対に見抜かれていない自信があったからこその予期せぬ答え。

 そして同じくして竜グループであるひらも動揺した。

「悪いが俺は2日目の時点から気づいてたぜ。櫛田が優待者だってことにな」

「冗談、でしょう……。それならあなたは裏切り者として試験を終わらせていたはずよ。でも結果的に試験は途中で終わらなかった。つまり、試験が終わってから何らかの方法で気がついたとしか思えない。違う?」

「おまえが優待者をやぶられていないと思い込み必死に作り話を並べ立てる姿、勝ちを確信したおまえのゆうしやくしやくの態度がめ回したくなるほどかわいかったからな。ついつい最後まで引っ張ってしまったってわけだ」

「どうやって、そのことに気づいたのかな」

 龍園の言葉に平田もまた、恐怖と興味を覚えそう聞いてしまっていた。それだけ櫛田の存在を守り通せた自信と、裏切り行為をしなかったなぞの行動が気になるのだろう。

「残念だがその答えは───すず、おまえにあるぜ」

「私に……?」

 堀北は今、必死に平静をよそおいながら頭の中で試験を振り返っているはずだ。

 いつ、どこで、どんな風に見抜かれてしまったのかを。

「おまえの目の動き、口の動き、呼吸、動作、口調まで体のありとあらゆるところから見抜いたのさ。コイツはうそをついているってな」

「冗談はよして───」

「冗談? なら俺が結果を知っている理由が他にあると?」

「それは……ついさっき、きっと誰かから聞いて……」

「認めたくない気持ちは分かるけどな。おまえはグループの中でも一番の無能だったってことだ。でも自分を責めるなよすず。相手が悪かったのさ。それに、今回の試験は荒れに荒れているはずだからな。特に顔面蒼白になるのはAクラスだ。安心しろ」

「何を……何をしたっていうの、あなたは」

「その答えはすぐに分かる」

 どうやらあの4通の裏切りメールにはこのりゆうえんが大きく絡んでいるようだ。

 午後11時を迎え、一斉に携帯に届くメール。

 オレたちは龍園に目もくれず結果を知るべく視線を落とした。


 子(鼠) ───裏切り者の正解により結果3とする

 丑(牛) ───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 寅(虎) ───優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 うさぎ) ───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 たつ(竜) ───試験終了後グループ全員の正解により結果1とする

 巳(蛇) ───優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 午(馬) ───裏切り者の正解により結果3とする

 未(羊) ───優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 申(猿) ───裏切り者の正解により結果3とする

 酉(鳥) ───裏切り者の正解により結果3とする

 戌(犬) ───優待者の存在が守り通されたため結果2とする

 亥(猪) ───裏切り者の正解により結果3とする


 以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。

 cl、prという単位がポイントの後ろについてあるが、これはそれぞれクラスポイントとプライベートポイントの略称でもあった。


 Aクラス……マイナス200cl プラス200万pr

 Bクラス……変動なし     プラス250万pr

 Cクラス……プラス150cl  プラス550万pr

 Dクラス……プラス50cl    プラス300万pr


「Cクラスが……トップ……」

 結果にがくぜんとするほりきたたち。

「良かったなすず。おまえの失策で漏れた竜グループは、まさかの結果1だ。これで全クラスが大金を手に入れることになったな」

 パンパンと乾いた拍手をゆっくりとして龍園は満足げに笑った。

「おまえが頭を下げて俺に頼むなら、答え合わせをしてやってもいいんだぜ?」

「誰が───」

 そう言いかけたほりきただったが、強くくちびるむ様に口を閉じた。

「いいな、その表情。なかなか色っぽいぜ」

 りゆうえんはポケットから携帯を取り出すと、それをこちらのテーブルへと滑らせた。

 画面に書かれてあるのは、龍園が手打ちしたと思われるリスト。

 鼠、鳥、猪にはAクラスの優待者と思われる人間の名前が書かれていた。

「俺はこの試験のげんせいなる調整、ってヤツの根幹に辿たどりついたのさ。そしてAクラスの連中だけをねらい打った。これがその証明だ」

 あえて龍園はDクラスとBクラスを狙わずにクリアした、そう言っている。

 そんな非効率なことをするはずがないが、事実をきつけられれば言葉も出ない。

「そして残念なお知らせがあるすず。次のターゲットはおまえだ。次の試験では徹底的におまえを狙い撃ちして、身も心もズタズタになるまで痛めつける」

 返す言葉を失った堀北は、ただただ試験結果のメールを繰り返し見ていた。

 他クラスへの圧倒的な勝利を収めたCクラスは、ここに来て大きなポイントを手に入れたことになる。結果から見るに、あの時ふざけた回答をしたかに見えたこうえんが的中させていたことはファインプレーだったと言える。そうでなければCクラスの一人勝ちになっていたからだ。逆に高円寺の所属していた他クラスの優待者は流れ弾に当たってしまったような不運だな。

「2学期を楽しみにしておけよ」

 無人島での借りをしっかりと返した龍園は、満足げに去って行った。

 祝杯ムードだったメンツは、勝ったとは思えないほど辛辣な表情ばかりだ。

「龍園くんが情報を集めてAクラスの優待者をやぶったまでは、理解できる。僕らにはない才能があるってことで納得もいくよね。だけど竜グループの結果は?」

 誰にも正解が思い浮かばないのか、ひらの疑問に言葉が続かない。

 だがこの点に関しては深く考える必要はないのだ。

「別に難しい問題じゃない。やろうと思えば比較的簡単なことだ」

「どういうこと……?」

「龍園がどこで優待者だと見破ったかはさておき、試験終了前に『くしが優待者』であることを吹き込んでいたとしたら? もちろん龍園の発言など誰も信じない。特に優秀な人材が集まるグループなら当然だ。だが、最後の解答時間だけは別。解答を間違えてもリスクが無い。なら防御に徹する葛城だってあるいはと思って投票するだろ? 櫛田が優待者である可能性が1%でもあれば、結果1の方が自分たちにとって都合がいいからだ」

 種を明かしてみれば至極単純。しかし通常では絶対に実行不可能なもの。

 誰か一人でも櫛田だと信じなければ成り立たない綱渡り。本当にそんなことが出来るのか、オレ自身考えてみても半信半疑だ。成功させられるとは思えない。どうやってDクラスを除く全員を信頼させ、結果1に導いたのか純粋に興味が絶えない。

 まさか『信じるに足る絶対な根拠』があった、ということか……?

ほりきた。もしかしたら───オレたちはこれから窮地に立たされるかも知れないな」

 それも一度や二度では済まない、場合によっては永久にDクラスなんてこともあり得る。

「……窮地ってりゆうえんくんに? 確かに彼がこの試験でく立ち回ったのは事実だわ。でも、それでこれから先も苦戦するとは限らない。事実あなたのグループは勝った。違う?」

「そうだな。オレの考えすぎだろう、気にしないでくれ」

 今はまだ予感でしかない。しかしこの予感が当たっていたとしたら?

 それは絶望への第一歩なのではないか、そんな風に考えずにはいられなかった。

 そしてそれと同時に『面白い』という未知なる感情が芽生え始めている気がした。

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