ようこそ実力至上主義の教室へ 4

〇千差万別の想い

 朝食の時間。生徒たちの間で人気のビュッフェを避け、船の甲板へと足を向けた。そこにあるカフェ『ブルーオーシャン』の早朝は、ほとんど生徒の姿がない。そのカフェの中でも日陰に当たる不人気な奥のテーブル席に座り待ち人を待つ。時刻は午前7時55分。

 約束の時刻の1分ほど前になると、その人物はいつものように感情の見えない無表情で現れた。

ずいぶんと早いのね」

 Dクラスのクラスメイトほりきたすず。オレの隣の席で、学校での数少ない友人の一人。そしてオレの裏事情を少し知る非常に有能かつ厄介な存在だ。彼女は前の席に腰を下ろす。

「1時間待ったぞ」

 ちょっとからかってみる。

「まだ約束の時間の前なのだから問題ないでしょう。あなたが10時間先に待っていようと私の知ったことじゃないわ」

 うん、からかってみるもんじゃないな。自分がむなしくなるだけだ。

「……何も頼まなくていいのか?」

「ええ。今は必要ないわ。それより昨日きのうの続きを話しましょう」

 チャットでのやり取りを好まない堀北は、昨日オレからの情報を受け取った後、自らの状況をこちらに報告することはなかった。唯一来た連絡は、ここで落ち合う提案だけ。

 オレを呼び出すためのさくりやくだとしたら中々大したものだ。

「それで、学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」

「あなたの言っていたことと全く同じね。12のグループ、4つの結果。そして朝8時に来るらしい学校からのメールで優待者を発表する話。違いを上げるなら説明担当の先生が違ったことくらいでしょうね」

「グループメンバーと人数は?」

 昨日ある程度のメンツは見かけていたが、あえて知っているとは言わなかった。

「見れば驚くわよ。偶然とは思えないほどのかたよりだから」

 そう言って堀北は少しゆううつそうに紙を差し出してきた。しっかりと他クラスのメンバーを記憶し、自らメモしていたようだ。それを受け取りグループリストに目を通す。グループ名はたつ、つまり竜。そこに載っていた面々を見て納得する。


 Aクラス・かつらこうへい 西にしかわりよう まとしん はる

 Bクラス・あんどう かんざきりゆう ひと

 Cクラス・たく すずひでとし そのまさ りゆうえんかける

 Dクラス・くしきよう ひらようすけ ほりきたすず


 まずDクラスから選ばれているのが、やはり平田と櫛田。クラスを代表する優等生二人だ。堀北もこうすぎる点を除けば、間違いなくこの二人に肩を並べるいつざいだし、正直今のDクラスが切れる最強の組み合わせカードだろう。もう一人くらい入り込むかと思ったが、そうじゃなかったらしい。潜在能力だけでいえば圧倒的なこうえんだが、ここに加わっても戦力にはならないだろうからな。

 あいつがどのグループなのかは知らないし、指定の時間に足を運んだのかも分からない。

「なるほどな……。これは必然的組み合わせと見た方がよさそうだ」

 オレが知る名前だけに限定しても、Aクラスはかつら。Bクラスからはかんざき。Cクラスは龍園。それぞれクラスを代表する生徒の名前が連なっている。

 サッカーのリーグ予選でいうところの、死のグループだ。

「でも少し不自然な点もあるよな」

 あまり多くの生徒を知っているわけじゃないが、Bクラスのいちが竜ではなくうさぎにいるのにはやや不自然さを覚える。

「あなたのグループの一之瀬さんのことね。けれど、彼女がどれだけ優秀かを本当に知っているのはBクラスだけなんじゃないかしら。リーダーの素質と優秀さは比例しないわ」

「それ、自分のことを言ってるのか?」

 ギロリとひとにらみされたので、視線をらして逃げておく。が、堀北の話も一理ある。

 オレたちは一之瀬の細かな能力を知っているわけじゃない。

 思いのほか学力が低かったりすることもあり得るからな。

「ここから察するに、12のグループにはある程度法則があると見るべきかしら? あやの小路こうじくんとかるざわさんとは似通った成績だったものね。……点数順にグループを分けているとか……あ、でもゆきむらくんは学力では高円寺くんに並んでトップだったわね……」

 中間、期末テストの成績を思い出しながら、堀北は推理を始める。

「オレと博士はかせ、堀北や平田にも多少の開きはあるだろ。不自然な点はぬぐい切れない」

 純粋に点数だけでグループ分けしたのなら高円寺が最上位に来るはずだし。もちろん成績が関係していることは事実だろうが、そこにプラスαの要素がからんでいると見るべきか。出来れば他のグループリストも見せてもらって法則性を知っておきたいところだ。

「なんにせよ大変だな。このグループをとうそつして出し抜くってのは」

 これだけ能力に定評のある人間が集まると、正統派である堀北たちはあまり有利だとは言えない。特に龍園とのあいしようは火と水、ぶつかり合うのは好ましくないが……。

 だが堀北にそれを言っても受け入れはしないだろうから、黙っておく。逆に葛城のような分かりやすいタイプとは、ほりきたは良い勝負が出来ると思うしな。

 単純に頭脳が勝った方が勝つシンプルなあいしようだ。

「そろそろ所定の時間ね。本当にメールは来るのかしら」

 時刻が午前8時を迎えると、一秒の誤差もなく互いの携帯が鳴った。すぐに届いたメールを確認する。ほぼ同時に内容を読み終えると、堀北は迷わず携帯を倒しこちらに液晶画面を向けてきた。オレも携帯を堀北に向け、お互いの画面を見比べながら詳細を確認する。

げんせいなる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』

 オレと堀北の文章は『ほぼ同じ』だ。

 グループが違うため当然一部分違うが、あとは同じ文章が並んでいる。

「同じ文章だ。要するに、優待者に選ばれてたら文面が『選ばれました』になってるんだろうな」

 携帯をいながらまいを正す。

「どうやら二人とも優待者には選ばれなかったようね。喜ぶべきか悲しむべきか」

「そうだな。優待者ならやり方次第で全ての選択が許されたからな」

 優待者が圧倒的に有利だったことは間違いない。

 ポーカーフェイスを貫きさえすれば50万ポイントを得る権利を得られるからな。

「それにしても気に入らない一文ね。私に優待者としての資格がないような言われようよ」

 死のグループに属しながらも自分が一番だと思っているのだろうか。さすがだな。

「この試験……優待者に選ばれたかどうかは大きな差よ。優待者以外の生徒は全員、優待者を見つけるためにほんそうしなければならない。それに学校側はデメリットがないって言っていたけれどそれはうそ。優待者が自分のクラスにいなければ、他のクラスと差が開く可能性は大きいもの」

 その通りだ。仮にDクラスが何も出来なくてもマイナスにはならないが、結果としてクラスポイントで大きな差をつけられることにはなってしまう。場合によっては無人島で縮めた差も再び開きかねない。

「リーダー格の連中は、もういくつか戦略を練ってきていると見るべきだ。この試験でどう立ち回るか早い段階でさだめておかないと取り返しがつかないことになるぞ」

「分かっているわ」

 堀北は言われるまでもないと、ややいらった目でこっちを見てきた。

 オレも、どう戦うかの方針を固める。

 自身のグループメンバー、そして試験の仕組みを考えればおのずとゴールは見えてくる。

「……あなたにはこの試験の結果が見えてる、とか?」

 こちらの表情を観察していたほりきたが、そう言って少しだけ遠慮がちに聞いてきた。

「名前も知らない生徒がどんな行動に出るか直接会ってみないと見えない点はあるけどな。勝ちにつながるための方法は思いついたつもりだ」

 ただ、当然やみくもに実行できる作戦ではない。

 そこに至るまでの積み重ねと、仕掛けるタイミングを見計らう必要はある。

「結果を楽しみにしておくわ」

「オレもな。おまえがどんな結果に導くのか期待しておく」

 それにしてもまた奇妙な違和感を覚える文章だな。げんせいなる調整、か。

 この独特の文章は偶然のたまものではないだろう。しま先生も同じ言葉を口にしていた。

 つまり調整によって優待者が選ばれたことになる。選ばれた者と選ばれなかった者には確実な違いがあるってことだ。

『調整』という言い回しに何かが引っかかるが、今分かっていることはグループに1人ずつ、つまり12人の優待者が絶対に存在すること。

「参考までに聞いておくけれど、あなたが今一番警戒しているのは誰? これまでの流れで各クラスの主力は大体判明したと思うから聞かせて」

 堀北は、この試験の本質とは少し違う部分に意識を奪われているようだった。一番厳しいグループに割り当てられたのだから無理もないが。

りゆうえんだな」

「……即答」

「それ以外には選択肢がない」

かつらくんは? 彼がいたからこそAクラスは無人島でも主要スポットをいち早く押さえられた。それも、あなたからすれば警戒するに値しない存在?」

「もちろん高校1年生と見れば優秀すぎるくらいだ。もし『優秀なのは誰』と聞かれたら葛城と答えただろうけどな。警戒しているのはダントツで龍園だ」

 無人島でのテストは、確かにDクラスが勝った。龍園に不足した点があったのも事実。

 アイツの思考はどこかオレに通じるものがある。だから龍園の手は読みやすい。

 しかしそれは、裏を返せば龍園もこちらの意図に気づく可能性が高いということ。

 堀北の活躍にオレがんでいると知られるのは避けたいところだ。

「優待者に関して気になることがあるの。今メールを見ても思ったけれど、学校側のメールに不自然な一文と取れるところがない? この厳正な───」

 話している途中の堀北に、オレはくちびる前に人差し指を立てて言葉をさえぎった。

 うわさをすれば影が差す。

「いい天気だなすず、今日も金魚のふんと朝飯か?」

 不敵な笑みを浮かべながらやって来た二人組。

 まさに話の渦中にいたCクラスのりゆうえん。そしてもう一人───。

「気安く名前を呼ばないでと忠告しなかったかしら、龍園くん。それから……猫をかぶっていたのがやぶられたら、ずいぶんとあっさり行動を共にするのね、ぶきさん」

 龍園の隣には、若干強気な目つきでこちらをにらみ付ける女子生徒、オレのうさぎグループでもある伊吹みおの姿があった。

「…………」

 軽く挑発された伊吹は不服そうにしていたが、み付こうともせず下くちびるを小さくめた。その様子を横目で見ていた龍園は満足そうに白い歯を見せた。無人島試験では、伊吹はDクラスにスパイとして入り込んでいた。最終的にはほりきた尻尾しつぽつかまれることになったが、直接こぶしを交えたと聞かされた。体調不良でなければ負けなかったと堀北は強く主張していたが、どちらが強いかは今は置いておこう。ともかく腕の立つ伊吹を黙らせているのは、目の前にいる龍園。ちようしようするような態度だ。

「メールが届いたと思うが結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたのか?」

「教えるわけないでしょう。それとも、聞けばあなたは教えてくれるのかしら?」

「お望みとあればな」

 龍園がいた二つののうち、一つの背もたれをまたいで座る。

「だがその前に聞かせてくれよ。どうやって無人島の試験であんな結果を残せた」

「何を聞かれてもあなたに教えることは何もないわ」

 揺さぶりに対して、堀北は全く動じることもなく落ち着いた様子であしらう。その動作には一部の偽りも感じられない。大した演技力だ。本人は演じているつもりもないだろうが。しかし、その隙のない対応にも龍園は納得する様子を見せなかった。

「どうにもしっくり来ないんだよな。こいつの報告からすれば、おまえに無人島であんな結果を残せるだけの動きをしていたけいせきはなかった」

「彼女に見抜かれるほど間抜けじゃないわ。熱を出していた私に苦戦していたくらいだし」

 そのこつな挑発に、伊吹はいらちを隠せず詰め寄った。

「だったら今、ここで再戦してやろうじゃない」

 冷静な堀北はその安い挑発にき動かされてきた伊吹に追い打ちをかける。

あいにくだけれど拒否するわ。なら暴力行為は試験違反だもの。もしなぐりかかってきたら私は遠慮なく学校側に訴える。それでもよければどうぞお好きに」

「くっ!」

 掴みかかる勢いで伊吹が堀北への距離を更に縮めるが、それでも直前で思いとどまる。

 ここで不用意に暴れまわる行為を取れば学校からの制裁は避けられない。

 何より龍園を前に、その下に位置する伊吹には好き勝手する権利がない。

 伊吹は龍園を嫌っていながらも高く才能を買っている。だからこそ、前回Dクラスにスパイとして潜入した際に、りゆうえんの判断に従い行動を起こせたのだろう。

せつかくだからコーヒーでもいただこうかしら。今ならしく飲めそうだし」

 珍しくほりきたが気を良くしたのか、店員にモーニングコーヒーを注文する。ついでにオレも同じものを頼んだ。龍園たちに立ち去る様子はなく、まだ話を続けたがっているようだ。

 黙って堀北を観察していた龍園だったが、コーヒーが運ばれてくると再び口を開いた。

昨日きのうの様子を見ると、葛城はずいぶんとお前を警戒している様子だったな」

「無理もないわ。彼はDクラスの私にそれだけの力があるとは思っていなかったから。それはあなたやぶきさんも同じでしょう? 警戒しているからこそ私の様子をうかがっている。違う?」

「クク。ま、否定はしない。確かにここに足を運んだのはお前の力を確かめるためだ」

 でしょうね、と堀北はコーヒーを一口飲む。なんとも様になっているから不思議だ。

「俺と葛城は考え方が違う。俺は他の誰かがんでいるとにらんでるんだがな」

「どう想像するのも勝手だけど、何か根拠でもあるのかしら」

「無人島での試験。その結果。そこまでの過程。種が分かってしまえば難しいものじゃない。だがその考えをあの状況で思いつき、確実に実行できる人種は限られている。おまえみたいな真面目まじめちゃんタイプが思いつく戦略じゃないのさ」

「どう考えるのも勝手だけど、私の立てた戦略がどんなものか分かっているのかしら。無人島での試験で伝えられたのは結果だけ。どんな風にポイントを得て、失ったか。詳細は不明だったはずよ」

 常に冷静に返すほりきたに対し、りゆうえんは面白おかしく白い歯を見せるだけだった。

かつらのやつは分かってないだろうな」

 その発言はつまり、龍園には分かっているということ。

「なら説明してもらってもいいかしら。正解していたら答えてあげてもいいわ」

 答えられるものなら、そう付け加えようとしていた堀北だが、龍園は不敵に笑った。

「試験終了時俺はお前の名前を書いたが結果は違っていた。その理由はただ一つ、試験終了前の段階でリーダーが別の誰かに変わっていたってことだ。これ以外にはない」

「それで看破したつもり? そんなことは少し考えれば誰にでもわかることよ。バカにしてる葛城くんでもね」

「ああ。だが、やつはすべてお前が計画をたくらんだものとして考えている。本当にそうか? 俺の読みじゃおまえがリーダーになったことも、リタイアしたことも想定外だったはずだ。そもそもこの作戦を展開するにはぶきのように他クラスの人間が入り込みリーダーを知るため、カードの存在を確認するって手間が必要だ。初手に打つ戦略じゃないんだよ」

「保険を打っただけとは考えられないの? 不測の事態に備えるのは基本中の基本よ。私は伊吹さんがDクラスと接触してきた段階でそのことも考慮に入れていた。それだけのこと。強気に解説した割にはかなりザルね。あなたの発言に驚くことはなにもないわ」

「肝心なのは、その入れ替えたリーダーが誰なのか、だ。俺の予想じゃそのリーダーこそが裏でおまえとからんでる人間だとにらんでるんだがな」

 そう龍園が言いきった。そして堀北を見つつもオレを静かに観察する。

 どこまで本気なのかはわからないが、ここで動揺を見せれば一気に攻め込まれる。

「よく理解できないわね。あいにくと私には満足な友達はいないわ。いて言うなら目の前にいるあやの小路こうじくんくらい。足を引っ張られてばかりで協力者とは言いがたいけれど。これも悲しい事実ね」

 あえて堀北はオレの存在感を強調することで、逆に無関係者をよそおう発言に出た。

「リーダーを変えたと仮定するならば、彼が一番濃厚じゃないかしら」

「なるほどな」

 龍園は軽くオレを目で見やったが、すぐに視線を外す。

「ま、さすがにこの金魚のふんってことはないだろうが……」

ずいぶんとあっさり認めるのね。何か根拠でもあるのかしら」

「俺の読みじゃ、おまえと組んでるヤツは相当頭がキレる。だが、こいつは大した成績を残しちゃいないからな。ひいでたものを持ってりゃ疑う余地もあるってもんだが」

「どうやらDクラスのことは相当調べているみたいね。ところで綾小路くん、相当バカにされているわよ、否定しなくていいの?」

「……否定する材料があったらしてるんだけどな」

 どうやらオレのたいな行いが功をそうしたらしい。どうやったかは知らないが、りゆうえんはオレの基本的な成績を把握しているような口ぶりだ。学力、身体能力、付け加えてコミュニケーション能力も中の中か中の下では引っ掛かりも得られない。

 成績とは客観的なもので確実なものだ。形として残っているからしがきかない。

「申し訳ないけれど、あなたの言う裏の人物の話はくだらないとしか言えないわ。だって、自分の考えた作戦を見抜かれたことが気に食わなかった子供の言い訳にしか聞こえないんだもの。女に手の内をやぶられたことが恥ずかしいんでしょう?」

「なるほど、確かにな。おまえに見破られるとは考えてもいなかった。俺の想定とは違う結末になったことは素直に認めようじゃないか。正直驚いたぜ」

 作戦通りに事が運ばなかったことに対し、龍園は恥じることもなく笑った。それどころか、オレたち二人が思いもよらないことを口にした。

「それだけに残念だ。俺が好む不意打ちやだまし討ちのたぐい、その戦略を取って来る意外性にしてやられたが、もつたいない。すずにしろ裏でからんでるヤツがいるにしろ、実に間抜けだな。頭角を現さず水面下で動いていたのに、もう動き出してしまった。戦略を見せるのが早すぎたってことだ。Dクラスは現状、クラス同士のポイント争いに一歩も二歩も出遅れてる。だったら仕掛けるべきポイントはもっと後。それも勝負どころまで待つべきだった。つまりサバイバル試験での行動は、後も先も見えない序盤で切り札を使ったようなもんなんだよ。同じような手が簡単に通じると思わないことだな。そう切り札に伝えておけ」

ずいぶんと親切な忠告」

深いんだよ、俺はな」

「あなたはどうしても、私以外に黒幕がいると思いたいようね」

 その問いに龍園が答えることはなかった。根拠も確証もないのに、まるでほりきたの言葉に疑問を持たない。なら、この龍園という男は誰よりも自分を信じている。端から他人の助言やしつなど毛ほども受け入れるつもりはないのだ。この接触での確認も、確認の意味を成してない。

 ただただ堀北と雑談し、面白おかしく過ごしたかっただけなんだろう。

 携帯を取り出した龍園は、許可も取らず堀北に背面を向ける。

 そしてレンズでとらえるとカシャリと音を鳴らし一枚撮影した。

「盗撮よ」

「そう言うなよ。おまえに一つ良いことを教えてやる」

 無断撮影した堀北の仏頂面写真を見せ、満足そうに携帯をう。

「Dクラスにはおまえ以外にも頭のキレるヤツがいる、間違いなくな」

「全然良いことじゃないわね、実にどうでもいいことよ。勝手に結論を出しているのなら、いちいち私に聞かなくても良かったんじゃない?」

「話をすることで見えてくることもあるんだよ。ともかくおまえと話せてよかったぜすず。これはゲームだ、すぐに裏で動いたやつをき止めてやる。この金魚のふんも含めて全員が対象だ」

「一つ聞かせて。私に出し抜かれて悔しい気持ちは分かるけれど、どうしてそんなに執着するの? 他にも気にする相手はいるでしょう? BクラスのいちさんやAクラスのかつらくん。うわさだけで言えばさかやなぎって人もね。Cクラスより上のクラスの人たちがいるはずじゃない? 良いことを教えてやるって言ったんだからそれくらい答えてもいいはずよね」

 明らかにDクラスにしつするりゆうえんに対して、ほりきたも当然の質問をぶつける。

「既に実力のほどは知れた。葛城に一之瀬、どっちも俺に言わせれば敵じゃない。つぶそうと思えばいつでも潰せるってことだ」

「だったら坂柳はどうなのさ」

 そう言ったのは、堀北ではなくぶきだった。

 どうやら伊吹自身もそのことを確認したかったようだ。今まで言葉を詰まらせることもなかった龍園が初めてわずかな沈黙を作る。

「あの女は最後のごそう、今食うにはもったいないってだけだ。いくぞ伊吹」

 龍園が立ち上がり、伊吹を引き連れて去って行く。

いちやく時の人だな、堀北は」

「……誰の責任かは言うまでもないでしょう?」

「なんだ不満なのか?」

「別に不満はないわ。あなたのいやな言い方が気に入らなかっただけ。元々私はAクラスを目指すうえで注目を浴びることは想定していたもの」

「それは良かった。ま、それはそれとして……ちょっとよろしい展開じゃなさそうだな。やっぱり龍園ってヤツは一筋縄ではいかない存在だ」

「そう? 私に出し抜かれた事実が気に入らなくて、適当にカマをかけているだけじゃないかしら。疑いの候補をあなたに絞っているとも思えない。それに正体を知られても困るのはあなただけだし」

 オレも疑われる一人であることは間違いないが、肝心なのはそこじゃない。龍園が何を考えていようと知ったことじゃないが、このタイミングで現れたことを危険視する。

「おまえ、行動を見張られてたのかもな。合流するにしてはタイミングが良すぎる」

「……それは、伊吹さんにってこと? でもの入り口を見張っていたとしたら、私は外に出る機会の方が少ないから気の遠くなるような話ね」

「ただ強引に見張っていただけか、あるいは偶然見られた。そうであってくれたのなら、むしろ助かるんだがな」

 ぶきには疲れた様子は見られなかった。他の誰かが見張ってた可能性もあるが、りゆうえんが連れ歩いていたことからしても伊吹がからんでいると見るべきだ。

 とするなら『ほりきたが今日の朝8時前にを出る』と山を張っていたことになる。

 そこから導き出される結論は、今回の新たな試験を利用して、龍園は早くも次の戦略を打ち始めていたってことだ。そして、堀北が真っ先に合流した相手がオレ。

 ヤツの中では少なからず容疑者の候補としてしっかりと認識されてしまっただろう。

「ミス、だな……」

 あいつが自分に似た者として頭がキレることは分かっていたつもりだったが、少々甘く考えていたようだ。今回の接触で想像以上に龍園に大きなヒントを与えてしまったかも知れない。試験内容を気にしすぎてしまった結果か。オレにコミュニケーション能力さえあれば、直接会うリスクも避けられたんだけどな……。

「考えすぎよ。誰もあなたが裏でかかわってるなんて思わないから。彼も言っていたけど、1学期の間にあなたが築いた凡人としての功績は、ちょっとやそっとじゃ揺らがないわ」

 褒められているんだかけなされているんだか分からないが、その部分は確かに大きい。

 どれだけオレのことを調べたとしても、突出したものは何ひとつ出てこないからな。

 通常、無意味に自分を下げてみせる人間はいないから、龍園の警戒の対象外ではあるはずだ。それでも堀北の一番近くにいる人物である点から、注視されることには違いないが。

 それに伊吹が同じグループである以上、少なからずマークされてしまうはずだ。非常に身動きが取りにくい。

 ちらほらと生徒たちがデッキに姿を見せ始めたのを確認してオレは立ち上がった。

「ひとまず話し合いは終わりだろ。まだ眠いから部屋に戻ることにする」

 何かアドバイスを求められるかもと一瞬だけ思ったが、堀北は強気にこう口にした。

「今のところ、話し合いをすることでしか進展はなさそうだし、個別に進めていくしかないわね。それじゃお疲れ様。進捗があったら報告をお願い」

 強力な陣営に囲まれながらも、堀北は戦っていく意思を示した。パートナーのあいしようはともかくとして、ひらくしならく堀北を制御してくれるだろう。

 いったん部屋に戻り、昼前まで寝るか。

 試験が始まったといっても、時間が来ていない今は特にすることもない。


    1


「お待たせでござる。ゲプゥ、ゲプッ。ランチにうな重3つも食べたら流石さすがに満腹でござるなあ。ダイエットしようと思っているのに、これは失敗したでござる」

 いつも以上にパンパンに膨れ上がったおなかたたきながらのっそりと博士はかせがやって来た。

 ダイエットに挑もうとしている人間のそれとは思えない態度だ。

 オレとゆきむらが同室なこともありの前で待ち合わせをしていたのだ。

「これから試験が始まるというのにのんだな。俺は逆にほとんど食べていない」

「それはそれで体力が出なくて困るフラグでござろう?」

「……前々から言いたかったんだが、その怪しい言葉遣いはやめてくれないか」

 確かに博士の口調を受け付けない人間からすれば、言葉の魔術をかけられているような気分だろう。慣れてみると意外と気にならないものだが。

 むしろたまに違うしやべり方になるのが面白くなったりする。だが今言うと幸村の反感を買いそうなので適当なところを見てスルーしておく。

「ポフゥ! ござる口調はお気に召さなかったでござるか。幸村殿は何がお好みで?」

 怒られても動じないどころか、望まれていない方向での改善を申し出る。

「好みなんてない。普通に話せといってるんだ」

「オーケー。今から俺は最弱最強の主人公だ。普段はやる気がないが、実は世界を破壊しうるだけの力を持ったぶっ壊れチートくんでいくぜ。今の流行を追う!」

 何を思ったか、博士はなぞの設定キャラになりきったつもりでいくらしい。もはや話している内容が理解できず、これがギャグ漫画なら幸村のメガネにヒビが入りそうなところだ。

 博士の口調を正すことを早々に諦めた幸村は、先頭を切って歩き出す。

 出遅れたオレたちは少しだけ足早にその後を追う。

あやの小路こうじ。おまえに聞きたいことがある、素直に答えろ」

 何かの主役にでもなっているつもりなのか、博士は声と表情だけは高倉けんのようだ。思わず健さんと呼びたいところを堪える。

「聞きたいことって?」

「好きな方言はどこのものかと思ってな。もちろん可愛かわいいヒロインが喋るとうれしい方言だ」

 かついいのは喋り方だけで、話している内容はいつもと変わらなかった。

「いや、好きな方言なんて言われてもな……特にないぞ」

 東京生まれの東京育ちには分かるはずもない。

「もしや方言えの属性を持っていない、と?」

 そんな属性を持った生徒が、いったいこの学校にどれくらいいるだろうか。だが、指定された部屋に着くまでの暇つぶしだ。ここは少し話を合わせておこう。

「じゃあ博士にはあるのか? 好きな方言」

「もちろんだ。何ならランキング形式で発表してやろう。第3位はせやかて工藤! でおみの関西弁! キツイ印象や汚い印象を持たれがちだが、やはり王道の方言。笑いと可愛さをあわせ持った欠かせない方言だと言える。第2位は雪国に美少女、北海道弁! なんもさー、など、独特の言い回しはひつ! 2次元界でそれほど広まっていないのもポイント高し!」

 やばい、とりあえず話を広げてあげたいところだがほとんど言っている意味が分からない。

 こちらが思考の整理を終わらせる前に、博士はかせは勝手に最後の発表に移ろうと口で『どぅるるるるるるる……』と採点中の効果音をくちびるを震わせて言う。

「第1位は幼女からお姉さんまで、万能なはかべん! 好きっちゃんねー、から、いとーと? などバリエーションも広いうえ、好きくさ、なんていうコア向けまで幅広く究極の方言だと言える! これが俺のベスト3だ!」

 悲しいことに話の中身は理解できなかったが、情熱だけは伝わってきた。それと時間つぶしにはなったようで、2階のうさぎと書かれたプレートがかけられたの前に辿たどく。同時刻に試験開始とあって廊下には生徒たちがあふれかえっている。それでも窮屈な思いをせず入れるのは船の規模が大きいからだろう。

「ふざけるのは昨日きのうで終わりだ。ここからは自分のためクラスのために戦う必要がある」

 主に博士に向かっての発言だと思うが、ゆきむらの言葉にオレもうなずいておいた。

「……はあ、やっぱり何度見ても最悪のチーム」

 入室したオレたちを見つけた女子の一人が、目を伏せるように視線をらした。もちろんDクラスの美少女(ちょっといやかるざわだ。室内にはその少女を含め11名が円のように並べられたに座っていた。いた椅子の数で、オレたちが最後の入室者だったとわかった。リストの名前からは分からなかったが、いちぶき以外にも見知った生徒が一人いた。無人島試験の際、偶然接触したオレに対してDクラスを裏切る提案をしてきたAクラスの男子だ。後の男女は殆ど覚えがない。

 昨日の今日までライバルとしてやってきていた中での突然結べと言われた協力関係。

 Dクラスだけじゃなく他のクラスも当然困惑していることだろう。立っているのも不自然なので、オレたちも空いた椅子に腰を下ろした。基本的には自然とクラス別に固まるようになっているが、軽井沢と伊吹は孤立するように輪から少し距離を置いている。

「どういうことだ……」

「どうしたあやの小路こうじ。気になることでも?」

「ああいや、なんでもない」

 オレはてっきり、軽井沢は伊吹を見かけた瞬間に詰め寄るものと思っていた。なら無人島の試験で軽井沢の下着を盗み出した犯人こそ、目の前にいる伊吹みおだからだ。

 すぐにそのほうふくに出ると思ったのだが……。オレが思う以上に軽井沢が大人だったのか、それとも既にみそぎは済んでいるのか。

 いや、どちらにせよ軽井沢の怒りが全く見えてこないのは不自然だな。

 そんな疑問に答えが出るわけもなく、程なくして試験開始の時刻を迎えると船内スピーカーの音がの中に響いた。

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 簡潔で短いアナウンス。それ以外は本当に好きにしろってことなんだろう。

 当然、状況も周りのメンバーもよくわからないグループ内では誰も率先して話そうとしない。いきなり静かで嫌な重たい空気が流れ出す。そんな様子をいちなみという少女は小さく微笑ほほえみながら見守っていた。

 そして誰も発言しないことをしっかりと確認した後で立ち上がる。

「はいちゅうもーく。大体の名前は分かっているけど、一応学校からの指示もあったことだし、自己紹介したほうがいいと思うな。初めて顔を合わせる人もいるかも知れないし」

 必要なリーダー、仕切る人間として早速名乗りを上げたようだ。誰もが憧れるものの率先してグループを引っ張るのは簡単なことじゃない。それが敵同士ならなお更だ。

 それを一之瀬は嫌がることもなく、むしろ楽しそうに始めた。Aクラスの生徒たちも驚きを隠しきれていないようで、反応にはやや戸惑いが感じられた。

「今更自己紹介の必要なんてあるのか? 学校側も本気で言ったとは思えない。自己紹介をしたいヤツだけがすればいいんじゃないか?」

まちくんがそうしたいなら、私には強制することは出来ないね。だけど、この部屋のどこかに音声を拾うマイクがセッティングされてあるかも知れないよ? そうなった時に不利になるのは自己紹介しなかった人だし、グループ全体の責任になるかも知れないよね」

 つまりどちらにせよ過失が生まれた場合、全員が困ることになる。

 そんな風に言われてしまっては町田と呼ばれたAクラスの生徒も折れざるを得ない。

 一之瀬の自己紹介を皮切りにぐるりと一周自己紹介が始まった。オレも入学式の日に自己紹介を失敗したことがあるだけにこの場ではと多少気合いを入れてみたが、結局はあの日と同じような単調なものになってしまった。

「やっほーあやの小路こうじくん。同じグループだね、よろしくっ」

 そんな慰め、ねぎらいともとれる優しい言葉を一之瀬に投げかけてもらい、オレは腰を下ろす。全員が短めの自己紹介を終えると、一之瀬は再び話を切り出した。

「さてと、これで学校からの言いつけは果たせたかな? それでこれからのことだけど、どうやって進めていこうか。私が進行役をするのが嫌なら言ってもらえる?」

 いつでも仕切り役を代わる用意があると、一之瀬は問いかける。

 そんな風に話を振られた上で名乗り出れば、当然これから全ての進行役を買って出なければならなくなる。一之瀬のやり方に不満を覚える生徒もいただろうが、それ以上に自ら率先して話すことで出るかもしれない隙を恐れたのか挙手はなかった。

「特に希望者がいないようなので私が進めるね。まず今回の試験を始めるにあたって、分からない点や疑問点、気になる部分があったら皆で話し合うべきだと思うの。そうじゃないといつまでもシーンとした状況が続いちゃいそうだし。誰か質問はある?」

 ありがたいことに質疑応答の時間を作ると提案したいち。しかし全員発言することそのものに抵抗があるのか、またも挙手や声が上がることはなかった。

 親しくない者たちが集まればこんな事態は常々起こるものだ。そこでおくせず動けるかどうかがリーダーとしての素質を問われる瞬間でもあるだろう。一之瀬は腰に手を当て、ぜんとした余裕の様子でがおを振りまいた。

「皆に聞きたいことがあるから質問させてもらうね。私としてはみんなが優待者ではない、というのを前提に聞かせてもらいたいことなんだけど、この試験を全員でクリアする、つまり結果1を追い求めるのが最善の策だと思ってるかどうか聞かせて欲しいの」

「なにそれ。そんなの当たり前のことじゃないわけ?」

 質問の意味を理解しているようで理解していないかるざわが疑問を口にする。たった1つのありふれたこの質問によって、このグループの中でのゆうれつが決まるとも気づかずに。せきを切ったように、ゆきむら、それからCクラスのなべという女子も続いた。軽井沢に同調するように、協力することは当たり前だと答える。

 誰もがかなうなら結果1でクリアしたい。そんな自然な発言。呼応するように、Bクラスの男子の一人もゆっくりと手をあげた。青くサラッとした髪が少し揺れる。線が細くやや中性的な顔立ちの少年だった。自己紹介で名乗った名前ははまぐちてつ

「僕はもちろんこうていです。グループとして組む以上協力するのは当然のことかと」

 それにしても最初にしては悪くない質問だ。一部の生徒は気づいてすらいないようだが、何気ない質問に聞こえるとすれば、その人物が優待者でないからだ。前向きに一致団結する気持ちを持っているのかを確認しつつ、優待者に対してはうそいることになる。

 くハマればこの段階でターゲットを絞り込むことも出来るかも知れない。

 もちろん、この質問だけで100%白か黒かを決め付けるのは危険だ。話を振った一之瀬、最初に肯定した軽井沢。それに続いた幸村や真鍋。Bクラスの浜口。この中に堂々と嘘をついてまぎれ込んでいる優待者がいてもおかしくはない。

 流れを断たないよう、しっかりと場の雰囲気を壊さぬようにオレが続く。

「同意見だ。せつかくグループになったわけだし、プライベートポイントも不足してる。出来れば協力していきたい。博士はかせは?」

 満腹で腹が苦しいようで、ずっと手ででていた博士の肩がねる。

「もちろん、俺もポイントが欲しいから協力するぜ」

 まだ博士のなぞキャラクター設定は続いていたのか、聞きなれない口調で博士は答えた。

 その様子を疑念の目で観察していたのは、男子のみで構成されたAクラス一行だった。

 グループの個々の面々の意見を様子見していたようで、落ち着いた物腰で注意をうながす。

「一之瀬、その質問はずるくないか? 『自分が優待者でない』なら利点があるグループほうしゆうを期待したくなるのは当然だろ。それに堂々と裏切りを宣言する人間も普通いない。これじゃまるで優待者と悪人のあぶしだ。とても適切な質問とは思えないな」

 ひときわ存在感を放つ男子、まちが険しい口調で言った。

 当たり前のようにいちの意見を聞き入れて答えたDクラスやCクラスとは明らかに違う。一之瀬の話に疑問を抱き、誘導尋問のような質問を批判する。

 それを聞いたはまぐちかんはついれず、されど落ち着いた様子で町田へ言い返す。

「試験としては妥当な質問じゃないですか? 正直に答えなきゃならないきようはくのようなことも一之瀬さんは言っていませんし。嫌なら答えなければいいだけです」

 浜口もまた、冷静な切り口で批判するAクラスの生徒をけん制する。

 どうやら早くも舌戦開戦のようだ。町田は町田で浜口の切り返しに動じない。

 むしろ、この展開は想定内だったかのようなことを口にした。

「そうか。確かにその通りだ、嫌なら答えなければいいだけだな。なら俺たちAクラスは全員沈黙させてもらうことにする」

 町田は腕を組んで拒否を示した。そしてAクラスの2人もまた同じ姿勢を貫く様子だった。釣られるように、まだ答えていなかった残りの面々も黙りを決め込む。

「ちょい責めすぎた質問だったかな?」

 思いがけない拒否反応に、一之瀬は少し困ったような苦笑いを浮かべた。

「いえ、一之瀬さんの質問は至極普通かと。ただ想像以上に彼らの警戒心が強かっただけです。でも町田くん、教えてもらえますか。適切な質問とはどんなものがありますか。好きな食べ物や趣味の話をしても試験につながることはないと思いますし。拒否する以上は話し合いをするためのだいたい案がなければこちらとしても納得しかねるのですが」

「話し合いのための代替案? そんなものはない」

 浜口の意見をいつしゆうし町田は間髪いれず答えた。

「一之瀬さんがどう考えて今の質問をしたのか、その本質は僕にも分かりません。ただ、この試験において、話し合うことが解決へと繋がる唯一の道と僕は考えます。このまま無言を貫き通した場合には、Aクラス抜きで僕たちだけで話し合いを持つことになるんじゃないでしょうか。せめてどんな議題の内容を話すかを一緒に考えて頂かないと」

 浜口の言う通りだ。人任せに黙り込んでいるだけでは優待者は絞り込めない。それは町田も分かっているはずだが、腕を組んで警戒したまま答えなかった。がっちりと閉ざされた城門を見て、一之瀬が突破のためのじようついを引っ張り出してくる。

「そうなると、不本意だけど場合によっては多数決で最終的なジャッジを決めることになるよね。質問に答えてくれない人たちを疑うことになるし、優待者を当てずっぽうで指名するかも。それで納得できる?」

 一之瀬は純真に正面からAクラスという城門へぶつかりにいく。ほりきたも似たような思考をしてはいるが決定的な違いは、周囲と手をつなぎ団結できることだ。周りの賛同を得つつ戦うため、このような状況では非常に強い力を発揮する。実際過半数が既にいち側についている以上、この場の主導権は一之瀬が握っている。簡単なようですごく難しい。この学校で同じやり方ができる人間はオレの知る限りいない。かつらりゆうえんたちにも同じことはできないだろう。仲間おもい過ぎるひらくしにも無理だ。

「……おどしか?」

「勘違いはしないでね。私たちは話し合いがしたいだけ。何を話すのも答えるのも自由だけど、この試験で求められる舞台への参加、つまり土俵には上がってもらいたいの」

 まちは理解できない様子で、不思議そうにつぶやく。

「この試験、本当に話し合いで解決することか? 話をしていくうちに優待者が安易に正体を認めるとでも? それともてつとうてつ頭を下げて頼めば教えてくれるのか?」

 なるほどな。どうやらAクラスの方針は既に固まっているらしい。口ぶりから察するに今考えたことだとも思えなかった。オレには町田の背後に、ある男の姿が見えた気がした。

「なら、他に方法はあるのかな?」

 十中八九ない。そう確信しているからこそ、一之瀬は聞く。

 しかしそれはAクラスにとって望んでいた質問でもあった。

「───ある。この試験を確実に、簡単に、そしてプラスでクリアする方法がな」

 悩んだり躊躇ためらったりすることなくAクラスの生徒は口を開いた。

 その言葉に一之瀬もはまぐちも驚きを隠せない。

「……聞かせてもらえるかな? その方法ってヤツ」

「もちろんだ。俺たちはグループだからな、貴重な情報は共有しよう」

 町田、いや……Aクラスが全体で考えたと思われる作戦を口にする。至極単純な攻略。

「俺たちが推奨する試験攻略法とは……最初から最後まで話し合いを持たないことだ」

 間隔を詰めて座っていたオレたちには十分すぎるほどの声量。

 かるざわ博士はかせにも簡単に分かる内容だった。

「なかなかユニークな話ですね。話し合いを持たないでどうやってこの試験を攻略すると? 誰かも分からない優待者に勝ち逃げを許すんですか?」

 突然の対話拒否宣言に、一之瀬より先に浜口が割って入った。

「そうだ。余計な話し合いをせず試験を終えることこそが勝利への近道だ」

にわかには信じられませんね。これじゃ、Aクラスに優待者がいると思われても仕方ありません。この段階で優待者の情報を共有し守ろうとしているのでは?」

 自分たちのクラスに優待者がいる。その事実が共有されているならば話し合いに応じる必要はない。浜口の意見は誰もが抱く疑念だろう。

「どこのクラスに優待者がいるのか、そんなことはどうでもいい。いや関係ない。話し合いを持たなければ絶対に勝てる。それがかつらさんの提唱するやり方だ」

「葛城くんの……? なるほど、ね」

 いちも葛城の名前を聞いた瞬間、ひとつの答えにたどり着いたようだった。理解していないゆきむらたちにまちは丁寧な説明を始めた。

「この試験には4つの結果しかない、説明を受けたのは記憶に新しい。そこで全員に考えてもらいたいことがある。この試験で絶対に避けたい結果は何だと思う」

 問いかけるように、町田は適当に指名するようにかるざわに向かって言葉を投げかけた。

「えーっと……優待者の正体を誰かがやぶって裏切ること?」

「その通りだ。裏切り者を生み出すことが敗北につながる。裏切り者が正解しようと失敗しようと、どちらにせよ敗北だ。では逆に、それ以外の答えの場合はどうなる」

 次に、町田は幸村に向かってその答えを求めてきた。

「……マイナス要素が存在しない、と言うことか?」

「そうだ。残りの2つの結果にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。そのうえ大量のプライベートポイントが手に入りうるおう。学校サイドしか負担を負わないということだ。なら、わざわざ優待者を見つける必要はない。話し合ってしまうことで、周囲の面々を優待者と疑い、過ちを犯してしまう方がよっぽど危険だと思う」

「ある程度の有用性は認めます。しかし優待者がどのクラスにいるかわからない以上、クラス同士のポイント差が広がる可能性はありますよね? もしも優待者の配分が極端にかたよっていて、どこかのクラスだけに優待者が固められていたら? 数百万ものポイントがそのクラスに流れ込むことになります。クラスポイントには影響がないでしょうが、プライベートポイントの重要性にみんなは気づいているはずですし。話し合いすらせずその結果を受ければ、皆がショックを隠し切れないでしょう」

 もしはまぐちが危惧する通りの展開になれば、それは大きな出来事になるだろう。

 この学校ではプライベートポイントにも様々な使い道がある。普段のお小遣いにもなることは当然として、テストの点数を買うことや、場合によっては生徒のクラス移動まで出来る万能の力を持っている。優待者の振り分けが分からない以上、そんな作戦を実行できるはずがないというのが浜口の主張だ。

 だが、それも同じくAクラスには通用しないだろう。葛城ならば、既に仕組まれている『からくり』には気づいているはずだ。そうでなければこの戦略を提案するわけがない。

「少し考えれば分かることだが、学校が不公平な振り分けを行うはずがない。試験開始前に公平性を嫌というほど、強調していた。『グループに優待者が一人だけ』いる事実は無視できないが、さほど重要じゃない。『全てのクラスに均等に優待者がいる』という事実こそが大切だ。もしも偏りを許せば、スタート時点で大きな不公平が生まれていることになる。あり得るか? いいや、あり得ない。前の無人島試験でも公平さは保たれていただろ? AクラスもDクラスも平等なスタートであることは疑う余地がない」

 かつらの提唱は、平等に優待者が振り分けられているからそれを探す必要はない。だから話し合いをせず全クラスが同じポイントを手に入れて試験を終えようという話だ。

 思わぬ提案にはまぐちの言葉が詰まった。

「確かに……公平性を強調していたのは事実です。それを信じるのであれば、確かに考え方は間違ってないと思いますがそれでも確実ではありませんよね」

 苦しいながらも、浜口はそう答えるのが精一杯だった。

 学校が不用意に一つのクラスに優待者をかたよらせるわけがない。その推察は簡単にできる。

「おまえも理解してるように思えるけどな。話し合いをして相手を疑いだましあう、つぶし合う方が、結果的にグループ関係はメチャクチャになるだろ。考えても見ろ、確かに優待者を見つけ出して全員で正解する、あるいは裏切り者が一人勝ち抜けをねらう作戦は見返りも大きい。しかし比べ物にならないリスクも抱えることになる。この不透明な試験で無理をする必要はどこにもない」

「そうだね。君たちの話は間違ってないと思うよ。学校だけが負担を負うなら悪くない話だしね」

 いちは葛城の考案した作戦をこうていして受け入れる。まちは当然と言いたげな顔をしたが、一之瀬はただ素直に認めたわけでもなさそうだった。

「でも、それを実行するには意外と大変。ううん、ひょっとしたら話し合う以上に大変なことかもしれないね。話し合いをしない、相手を疑わず裏切らない。それを一年生全員が守らなきゃいけない。それに優待者のとくめい性は学校に保証されているから、クラスメイト間の信頼も問われる。試験終了時に優待者が名乗り出てクラスでポイントを分け合えばいいけど、独り占めしちゃうことだってあるんじゃない?」

 自分のクラスで、一部の生徒だけが隠れ富豪になる。それは複雑な気分だろう。

「我々Aクラスは完全な信頼関係で結ばれている。その点は全く心配していない。内輪の問題は内輪で解決すればいい」

 守りにてつする葛城らしい、防壁を築きあげるような戦略だ。実行するための同意を得るのは大変で難易度はかなり高いが、確実な成果を得られるうえ、話し合わないだけという、誰にでも可能な単純な仕組みだ。学校の仕組みを逆手に取った『試験潰し』とも言える。

「いいんじゃないでござるか? どこにも問題はないように思えるでござるよ。試験が終わった後にでもクラスで話し合いを持ってポイントを分け合えば平和でござろう」

 博士はかせか素に戻っていた口調での発言を皮切りにその考え方はCクラスにも伝染していく。なべという女子が同意した。

「私も賛成かも。全員が答えをそろえるのが一番ポイントをもらえるけど、誰かが裏切ったりうそをついたら終わりだし。話し合いで優待者を見つけるなんて現実的じゃないからさ」

 ゆきむらも考える仕草は見せ続けていたが、特に反対する気配はなかった。いや、反対するだけの意見が出せなかったと言うべきか。それだけ話し合いと言う課題は難易度が高い。

 まちも手ごたえを感じたのか、少しだけ白い歯を見せて笑った。

「なるほど。確かに町田くんの言うとおり。試験終了後の問題は各クラスにあり、か」

 腕を組んだいちは、自分のクラスと、そしてDクラスCクラスを一度見渡す。

「きちんと全員の意見を聞かせてもらえる? まず賛成だと思う人、挙手をお願い」

 Dクラスの幸村と博士はかせ、そしてCクラスも少しだけ悩んだ後、バラバラと全員が手をあげた。しかしぶきは試験開始前から今現在まで腕を組んだまま動かない。発言しない。

「伊吹さんはどう? もし良かったら意見を聞かせてもらえるかな」

「別に。今は何もないから勝手に進めて」

 どうやら意思を示すつもりはないらしい。Cクラスの3人とは明らかに立ち位置が違う。

 なべたちが驚いたり不審がる様子がないことから、伊吹の普段からの態度なんだろう。

「わかった、それも個人の考えだからね。じゃあかるざわさんはどうかな?」

「あたしは……正直言えば不満もある。ポイントが手に入るって言っても、あたしの手に入るかは別だしね。だけど、話し合いをしてもポイントが手に入るとも限らないわけだし……無理にめるのは手間っていうか、こんな試験早く終わらせて遊びたいし」

 軽井沢なりに考えての言葉は、意外と他の生徒にも響いたように見えた。

はまぐちくんたちはどう?」

「僕らの方針は一之瀬さんにすべてお任せします」

 一之瀬への信頼はゆるぎないもののようで、Bクラスの2人がしっかりとうなずいた。

「ありがと。じゃあ残りの一人……あやの小路こうじくんはどう思う?」

 最後まで答えを保留していたオレに、一之瀬がそう聞いてきた。

「いいんじゃないか。既に過半数は納得したようだし、元々話し合いは苦手だしな」

 賛成意見で通るようにうながす。が……これで一之瀬が素直にかつら案を認めるわけがない。

 いや、ここですんなりと流されてしようだくするようなら、Bクラスの行く末は暗い。

 なら葛城の考えた戦略には、納得しがたい理由が隠されているからだ。

「決まりだな」

「待って。町田くんの……ううん、葛城くんの案は確かに悪くない作戦だよ。誰も疑わず、うそをつかず、傷つけあう必要がない。そして結果的には平等にポイントも手に入る。多くの人が納得する理由も分かるよ。でもよく考えてみてもらえないかな。この作戦ってデメリットがないように思えるけど、実はAクラスだからこそ提案できる作戦じゃないかなって思うんだよね。私たちには見えないデメリットがのしかかってる」

 海中に沈んでいた疑いの潜水艦が、海面へ白いしぶきをあげながら浮上してくる。

「見えないデメリット? 一体なんだそれは」

 考えが及んでいなかったゆきむらが、焦ったような声でいちに聞く。

「全クラスに均等に優待者がいる、ということを前提に話すと、確かにこの試験単体では、話し合いをしないことで優待者の逃げ切りを許して大量のポイントを平等に得られると思う。つまりメリットだけ。でも、下のクラスの人は限られたチャンスを1つ棒に振るってことなんじゃないかな?」

「それは───」

「卒業までに、特別試験が何回行われるかは分からないよね。Aクラスとの差も顕著だし。極端な話、各クラス足並みをそろえる作戦は無人島の時にだって出来たもの。要は試験のたびにこんな作戦を続けたら、最終的なクラスの位置もずっと変わらないってことだよ」

 そのことを指摘されると、幸村の顔が段々とこわばっていくのが目に見えて分かった。

 どうしてそんな単純なことに気がつかなかったのか、と。

 まちは巧みに言葉を誘導し皆が『損得』のみで判断するように議論を運んだ。

 だからこそ、幸村は後先のことを見ずにどっちが得なのかで考えてしまった。

「私は貴重なチャンスを簡単に棒には振れない。たとえ確実な成果が得られるとしても」

「どうやら一之瀬さんからは結論が出たようです。僕たちも同意見です」

「待て一之瀬。言いたいことは分かったが、それだと望める結果は結局1つしかないぞ。全員で正解したとしても、このグループ全員が均等に大金を手に入れるだけ。おまえの望む展開にはならない。それとも話し合って優待者を見つけ出し、Bクラスが一目散に裏切るつもりなのか? おまえは結果1を望むか全員に聞いたばかりだ。とても信用できたもんじゃないな」

「差が詰まることはないって言ったけど、それは間違いだよ。このグループの人数はDクラスとCクラスが4人。BクラスとAクラスが3人。つまり結果1でクリアすれば下のクラスは上位クラスとの差を確実に詰めることができるってことじゃない?」

「……確かにな。だがその上位クラスであるBクラスはそれを受け入れると? 自己犠牲を払って下のクラスを得にさせるメリットなんてないだろ」

「そうしないとAクラスに逃げ切りを許しちゃうかも知れないからね。特にAクラスに優待者がいた場合を考えると厄介極まりないし」

 Aクラスに優待者がいないと確定していれば、一之瀬も肉を切らせる必要はない。

 だが、その可能性がある以上話し合いの場を成立させなければならないのだ。

「僕も同意見です。Aクラスに逃げ切りを許す考え方にはなれませんね」

 かつら提唱の案を受けた時は驚いていた風だったが、今の一之瀬とはまぐちの口ぶりからすれば焦る素振りや考え込む仕草はブラフだったと見るべきだ。

 こうなった時の対応をあらかじめ打ち合わせしていないと出来ない流れ。

 Aクラスのことを知り尽くしているからこそ、返せた一言じゃないだろうか。

 一度は賛成に挙手した生徒も、これでまた大半が中立、あるいはいちたち寄りになったんじゃないだろうか。B以下のクラスは追う立場なのだから。

 場は一之瀬ひきいるBとまち率いるAとの一騎打ちのようだった。

 DとCは、この二つのどちらにつくか、を軸に話に聞き入っている。

 そしてその軸は確実にBクラス寄りになっていることだろう。

「なら反対というわけか。先に言っておくが、既にAクラスの方針は今話した方向で固まっている。なる理由があっても話し合いには応じないことを覚えておけ。おまえたちが結束して話し合うなら好きにすればいい」

 決別を行動で示すように、Aクラスの3人は立ち上がりの隅に移動した。

 残り時間は勝手にやってくれということらしい。

 おそらく全てのクラスで今、同じようにAクラスのメンバーが行動していることだろう。初日、最初の話し合いにしてかつらは究極の籠城作戦とも言える手を打った。

 こうすることでAクラスの中に優待者がいる場合、探すのは非常に困難になったわけだ。

「さーてと、どうしたものかなー」

 ほおを小さくかいて、一之瀬は残った3クラスの輪に座った。

「のけ者にするのは避けたいけど、クラスの方針じゃ仕方ないね。あ、でも話し合いに参加したくなったら言ってねー」

 優しく声をかけるが、既にAクラスは興味ないとばかりに返事をしなかった。

「Aクラス不参加で優待者を見つけるのは無理なんじゃないのか」

 状況の変化に焦ったゆきむらが、問い詰めるように一之瀬に文句を言う。

 さっきまで都合の良い方につこうとかくさくしていたとは思えない態度だ。

 幸村としても、勢いをつかみつつあるDクラスが割りを食うのは避けたいのだ。

「もしAクラスに優待者がいるなら、個人に絞るまでは簡単じゃないかもね。だけど、単純に確率でいえば4分の3で優待者はこっちにいることになるよ。それに『誰か』まで分からなくても『どこに』優待者がいるか分かれば、やりようはあるんじゃない?」

 一之瀬は一気に優待者を見つけるのではなく、まずはどのクラスにいるかを絞るだけで構わないと判断している。いや、正確にはAクラスにいるのかを知りたがっているようだ。

「彼らが話し合いを拒否したから隠さずに言うけど、もしこの3クラスの中に優待者がいるのなら、私は最悪隠し通してもいいと思ってる。だけどAクラスに優待者がいるのであれば、それをき止めた上でどうするべきかを考えていきたいと思ってる」

 葛城の作戦を受け、一之瀬は大胆に強く打って出た。3クラスで同盟を結び優待者の絞込みを行いたいと言ってきたのだ。

「……信用できないな」

 それを拒否したのは幸村。それからCクラスのなべにも拒絶の意思が見て取れた。

「もしAクラスの中に優待者がいたとしても、本当に特定できるの? 難しくない?」

「今はまだ、そこまで先のことを考える必要はないんじゃないかな。まずは優待者がどこにいるのかを絞り込んでいくことそのものが大切だと思うんだよね」

 優待者にしてみれば3クラス協力による絞り込みは恐怖だろう。しかし1名もしくは仲間のクラス以外の者は、優待者を探すために協力するのも手だと考えるはずだ。

「この話は、今私がこの場で考えたこと。対話を続けていればこれから先もっと良いアイデアだって出ると思うんだよね。だって試験は始まったばっかりなんだから。誰の案を採用するのかしないのか、ゆっくり決めていけばいいんじゃないかな」

 まちを否定することもいちを否定することも、本来誰にも出来ないことだ。

 それぞれが、それぞれの思惑を持って動いているのだから。はまぐちも言っていたが、だいたい案を持たないままで文句を言うのはフェアじゃない。

 ともかくオレは慌てず他の出方を見てから動くことにしよう。

 コミュニケーション能力の低い人間はどうしても、こういった状況では後手後手になってしまうのだ。それはそれで情けない話だが焦らずに行こう。

「ねえかるざわさんだっけ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 話し合いが難航しそうとみるや、Cクラスの女子であるなべが軽井沢に話しかけた。

 軽井沢は名指しされると思っていなかったようで、面食って携帯から視線を移した。

「なに」

「私の勘違いじゃなかったらなんだけど……もしかして夏休み前にリカとめた?」

「は? なにそれ、リカって誰よ」

「私たちと同じクラスの子でメガネかけてるんだけど。お団子頭の。覚えない?」

「知らない、別人でしょ」

 自分には無関係の話だと判断したのか、もう一度携帯に視線を落とす軽井沢。

 しかしその次の言葉で軽井沢の淡々とした様子に変化が生じる。

「おかしくない? 私たち確かに聞いたんだよね。Dクラスの軽井沢って子に意地悪されたって。カフェで順番待ちしてたら割り込まれてき飛ばされたって言ってたんだけど」

「……知らないし。っていうか何、なんかあたしに文句あるわけ?」

「別に確認してるだけ。その話が本当なら謝って欲しいの。リカって自分で全部抱えちゃうタイプだから私たちが何とかしてあげないといけないから」

 どうやら軽井沢は自分のクラスだけじゃなく、余所でもちょっとしたトラブルメーカーらしい。Cクラスも何かと面倒な相手だから目を付けられると厄介だ。軽井沢は無視を決め込んだが、それを見ていた真鍋はいらったように軽井沢に携帯のカメラを向ける。

「リカに確認してもらうけどいい? いいよね、軽井沢さんじゃないなら問題ないでしょ」

 そのとき、軽井沢は突如顔をあげて真鍋の持つ携帯を手で払いのけた。その勢いは思ったよりも強く、なべの携帯は吹き飛び床に落ちくるくると回転して滑って行った。

「なにすんのよ!」

「それはこっちのセリフ。勝手にあたしを撮らないで。別人だって言ってるでしょ」

 二人の主張は完全に食い違っている。言い争いはヒートアップしていく。いちはその様子をぼうかんするように見守っていた。どちらが善で悪か見極めようとしているのだろうか。

「携帯壊れたらどうすんのよ!」

「どうするって、学校に言って、別のもらえばいいだけでしょ」

「中には大切な写真とか入ってるんだから……」

 慌てて携帯を拾い上げた真鍋は、うらみを込めた目でかるざわにらみつける。一部始終を見ていたCクラスの生徒の二人が真鍋に加勢するように軽井沢へ前のめりに詰め寄った。

「なによ……あたしが悪いっていうの?」

「別人だっていうなら、そんなムキになって否定しなくていいじゃない。撮らせてよね」

「嫌だってば……」

 もっと強気に真鍋にぶつかっていくと思っていたが、軽井沢は意外と消極的だった。というよりも、強気の中に若干おびえが混ざっている気がするんだが気のせいだろうか。

「後ろめたいことがあるから否定してるんじゃないの?」

 真鍋は強引に写真を撮るつもりなのか、カメラのレンズで軽井沢をとらえようとする。それをCクラスの二人の女子は楽しそうに笑いながら見ている。しかし残りの1人であるぶきだけは態度が少し違った。真鍋たちを軽蔑するようなまなしを向けている。

「バカらしい」

「バカらしいってなによ、伊吹さんには関係ないでしょ。リカと友達じゃないんだから」

「そうね。確かに私には関係ない。だから他人として感想を言っただけ」

 伊吹はそう言い腕を組んで目を伏せた。真鍋はその態度が気に入らなかったようだが、直接伊吹に当たることなく軽井沢に対して声を荒げた。それは恐らく、Cクラスの中で伊吹に対して明確な上下関係が確立されているからだろう。

「とにかく撮らせてもらうから」

「嫌だってば! ねえ……この子に何か言ってあげてよ」

 何を思ったか、軽井沢はAクラスの生徒であるまちにすり寄って助けを求めた。

 救いを求めるように隣に座り真鍋に対して文句を漏らす。

「無断で写真撮るなんて許せないんだけど。町田くんはどう思う?」

「……そうだな。真鍋、軽井沢が嫌がってるんだからやめてやれ」

「ま、町田くんには関係ないでしょ」

「今の話を聞く限り、悪いのは真鍋のように思える。軽井沢が知らないと言ってるんだから強引に決めつけることはできないだろう。友達に再確認した方がいいだろうな」

 確かにこの状況で公平に判断するならまちが正しいだろう。真実を確かめるために写真を撮りたい気持ちはわかるが本人が撮影を拒否している以上無断で撮るのはマナー違反だ。

 そんなことはなべサイドも分かっているだろうから、正論を振りかざされると引き下がるしかない。それでも確信があるのか納得はしていない様子だった。

「変な言いがかりはやめてよね、まったく。ありがとう町田くん」

 どこか尊敬の念を込めた目で町田を上目遣いに見るかるざわ。試験ではグループのメンバーと距離を置くAクラスだがまんざらでもない様子だった。たけもとたちは少し面白くなさそうだったが。

「……当たり前のことをしただけだ」

 そう照れ臭そうに町田は答える。新たな恋の始まりの予感でもしただろうか。

 軽井沢にはひらって文句のつけようもない彼氏がいるんだがな。

 ただ、Cクラスの一部と軽井沢の関係は、この先問題のだねとなりそうな気がしてならなかった。


    2


 結局話にまとまりが生まれることはなく、最低限話し合うよう求められた1時間が経過した。自由にしてよいというアナウンスがされ解散可能な状態となる。

 すぐにAクラスの生徒は固まってを後にした。

「それじゃ、後は好きにやってくれ」

 彼らがバタバタと部屋を出て行くと、再び部屋は一度せいじやくに包まれる。

 かつらの提案を退けたいちではあったが、話し合いを進めるまでは至らなかった。

 まだ打つ手を隠しているのか、それとも何も考えていないのか。お手並み拝見だ。

「一応、話し合いの場はあと5回作れるし、ひとまず今回は解散にしようか」

 一之瀬はさっぱりとした声でそう言った。

 要は一度時間をけて、それぞれ話し合う時間を持ったほうがよいと判断したようだ。

 いきなり処理しきれない大量の情報をきつけられ、少なくともDクラスのメンバーは疲れ気味。Cクラスも同じ状況だろう。いったんの打ち切りは悪くない考えだ。

「じゃ、あたし戻るから。っと!?」

 疲れたと立ち上がる軽井沢だが、座っていた時に足がしびれたのか前のめりになる。

「痛っ!?」

 倒れるのを防ごうと慌てたため、テンテンと歩いた軽井沢は真鍋の足を思い切り踏んづけてしまう。当然、その激痛に真鍋は悲鳴をあげる。

「あーびっくりした。ごめんごめん、じゃ」

 軽く謝ったかるざわはそのままを出て行く。

「な、何あいつ!」

 痛みと軽井沢の態度に怒り心頭のなべが、残ったオレたちに矛先を向けながら退室していく。もちろん責任など取れるはずもなく目をらして逃げる。

「じゃあ、俺たちも戻ろう。ひらにも話を聞いておきたいところだしな」

 他クラスは想像以上に動き出していた。ゆきむらも急ぎ作戦会議を開きたい様子。正確には相談できるまともな相手が、自分のクラスにいないため苦渋の決断ともいえるが。

 博士はかせもそれに応えるようにのっそりと立ち上がった。

 結局部屋の中に最後まで残っていたのは、Bクラスの3人とぶきだった。

「おなかいてきたである。まだランチビュッフェやってるでござるかなぁ」

 いやいや、おまえは早すぎだ。一時間で消化が終わるなんてどんな体の構造だ。そもそもそんなに食べているから太るんだ。だがそんな心のアドバイスが届くことはないだろう。

「なあ幸村、軽井沢の様子が少しおかしくなかったか?」

 オレは一度目の試験を終え疑問に感じたことを口にしてみた。幸村はげんな顔をする。

「あいつの様子はいつもおかしい」

 ……端的だが実に的をてるな。でも、聞きたいのはそういうことじゃない。違和感程度のものだが、どこかおかしかったのだ。その正体はオレにも分からなかったが……。

 博士も特に気がついたことはなかったようで、一度このことは忘れることに。

 雑念が入らないよう入室前に切っていた携帯の電源を入れると、くらからのチャットが入っていた。中を見てみると、時間があれば会いたいとの連絡だった。

「丁度いいかもな」

 平田やほりきた以外から見た、この奇妙な試験の感想も聞いてみたいと思っていたところだし、佐倉が配属されたグループを知ることで見えてくるものもあるかも知れない。

「えーっと、どこで落ち合うかな……」

 とりあえず昨日きのうと同じ場所でいいか、分かりやすいし。

 そのむねを伝えると、佐倉からすぐに了解したとの連絡が入ってきた。今の時間からは生徒たちであふれかえるだろうが、人が多ければオレたちに注目するやつらもいない。ボッチは人ごみでも生きられるすべを自然と身につけるものだ。1回目のグループディスカッションを終えたばかりということもあり、エレベーター前は、もうれつみ合っていた。

 一度に10人ほどしか乗れないことを考えると、階段を使って戻ったほうが早いだろう。

 オレはそのまま階段を下り甲板へ向かう。途中で携帯に新しいチャットが入る。

『ちょっと人が多くなってきたから、船首のほうに回ってるね。ごめんね』

「おっと……佐倉には耐えられなかったか」

 それから船首のほうに向かう。豪勢な設備に溢れている船内だが、船首のほうには景観を眺めるための広いデッキがあるだけ。そのため、基本的には人が少ない。

 どうやら今は他に誰もいないようで、広いデッキをほぼ独占出来る状態だった。

 しかし、そんな独り占め可能なデッキでもくらは隅っこのほうで柱に隠れるようにしてオレを待っているようだった。大声で呼ぶのも変だと思い、ゆっくり近づいていく。

「……だと思うんだけど……ど、どうかな?」

 ん? 佐倉との距離を詰めていくに連れ、ぶつぶつとしやべっているのが聞こえてきた。

 風に声が運ばれてくるが、元々の声量が小さいためく聞き取れない。

「わ、私と、その……で、でで、デー……」

 誰かと話しているかとも思ったが、見晴らしの良いデッキにはほかに誰もいない。

 手にも携帯を持っていない様子でちょっと不気味だ。

「佐倉? どうした?」

 極力驚かせないように静かに声をかける。

「トぅをおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 びゃーっと飛び上がるように佐倉は驚く。その様子にオレも驚いた。

「い、いい、いつ、いつの間にそこにぃ!?」

「いつの間にも何も、今来たばっかりだ」

 やはり周囲には誰もいないし、小動物のようなものもいない。

 つまりくらが話していた相手は幽霊か妄想のお友達か、そのどちらかだろうか。

「聞いた!? 私の話聞いちゃった!?」

「飛び飛びでは。けど何て言ってたかはさすがに」

 佐倉は聞き取られていなかったことにあんしたようだった。

「それで、オレを呼び出した理由は?」

「えぇと、その、だから、あー……そ、そう! 今回の試験のことで悩んでて!」

 ものすごく落ち込んだ様子で出された紙のリスト。それを受け取って名前に目を通す。


 Aクラス・さわやす みずなお 西にしはる よしけん

 Bクラス・ばしゆめ にのみやゆい 渡辺わたなべのりひと

 Cクラス・ときとうひろ むらゆう しま

 Dクラス・いけかん 佐倉あい どうけん まつしたあき


 牛グループに配属されたDクラスは……おっと、これまた強烈だな。

 男子からは須藤と池、佐倉に同情せざるを得ないメンバーだ。

 この試験は、どうしてもグループのメンバーだけで過ごす時間が生じる。

 そばにいれば少しはフォローしてやれるが、今回はそれも敵わない。

 強制的にグループが集まる時間になれば離れ離れ、りつえんで戦う必要がある。

 こっそり携帯を通じて助けることも出来るが、試験中にそんな不自然な行動ばかり取っていればすぐに周囲も気づく。そして、その行動が試験では命取りになりかねない。

「もし他クラスに知ってるやつでもいればと思ったが……見事なまでに誰も知り合いがいない。友達の『と』の字も感じられないな……」

 考えてみても、いちかんざきくらいしか頼めそうな人物は浮かばなかったけどな。

 その一之瀬はオレのグループに来てしまったため、既に詰んでいる状態か。

 須藤と池じゃ佐倉は任せられないしな……。

「すまん……オレにちゃんとした友達がいないばかりに」

「あ、謝ることじゃないよっ。私のほうが全然友達いないしっ!」

 情けない話だが、二人してどちらが下かを競う始末。

 そんな互いの友達いない自慢を一通りしたところでオレは別の話に切り替えた。

「ところで、オレも佐倉に少し聞きたいことがあったんだがいいか?」

「え? 私に? なに?」

「ディスカッションが終わってから、やまうちに声をかけられたりしてないかと思ってな」

「山内くん……? ううん、特にはないよ。どうかしたの?」

「そうか」

 無人島での試験で、オレはほりきたを利用する際にくらをも間接的に利用した。やまうちを動かすために、山内が好意を抱いている佐倉のアドレスを教えると言ってしまったのだ。

 もちろん無断で山内にアドレスを教えるわけにもいかず、いまだにこの件について山内と話をしていない。その余波が佐倉に及んでいるのではと危惧していたが、大丈夫だったみたいだな。自らまいた種とはいえ、山内が色々動くようなら手を打たなければならない。

「とりあえず、思ったことがあったら連絡してくれ。基本的には出られるはずだから」

「……いいの?」

「ああ。オレにしてやれることはそれくらいだからな」

 そんな頼りになるのかならないのかもわからない発言に、佐倉は子供のように目を輝かせる。ちょっとしたやりとりがうれしいのかも知れない。

「必ず連絡するねっ!」

「お、おう」

 ちょっとイメージと違う佐倉の喜びようと、勢いのある言葉に少し後ずさり。

 なんだかんだ、ちょっとずつ積極的になってきてるって解釈でいいんだよな? 無人島から数日しか経過していないのに、佐倉は不思議と一回り成長しているように見えた。突拍子もない試験だったが、成長期の高校生には思わぬ影響を与えていたのかもな。立ち直ったわけじゃないだろうが、つらい状況でも前向きになろうとする意志が感じられた。


    3


「あぁああやあああああのおおおおおこおおおううううじいいいいいい……!」

 船内に戻るやいなや、背後から迫ってきた影に覆いかぶさられた。

 そして首へと腕を回され、締め上げられる。慌ててタップするも、しばらゆるめる気配はなく、ちょっと本気でヤりに来ているように思えた。振りほどくように逃げ振り返ると、そこには鬼ともしゆともとれるぎようそうをしたクラスメイト、山内はるの姿があった。

「ど、どうした」

 理由は分かっていたが、形式上そう返さずにはいられない。

「どうしたもこうしたも、佐倉のアドレス教えてくれるって話はどうなってんだよ! つか、今おまえ佐倉と何か話してたよな! やっぱり佐倉ねらってたのか!」

 どうやら、運悪く山内に目撃されてしまったらしい。が、モノは考えようか。

「別に狙ったつもりはない。ただ少し言いにくいんだが……一つうそをついてたんだ」

「嘘、ってなんだよ……」

「人見知りのオレが佐倉のアドレスなんか知ってると思うか?」

 あえて少しだけ回りくどく説明して、山内にその言葉の真相を理解させる。

「もしかして……今くらに聞こうとしてたのか? アドレスを……?」

 うなずいて見せるとやまうちがくぜんとした様子でその場にりようひざをついて崩れ落ちた。

「つまりあやの小路こうじ……おまえはアドレスを知らないのに、俺にうそをついて……?」

「そうなる……」

「それで、成果は? ちゃんと佐倉からアドレスは聞き出せたのか?」

「……悪い」

「悪い? 悪いって何だよ。……俺が求めてるのは謝罪じゃなくてアドレスだぜ?」

 感情のない静かなつぶやきが山内のらくたんぶりを表していた。

「よくも、よくもダマしてくれたなああああ!」

 確かにダマしたことは悪かったと思うが、許可もなく佐倉の連絡先を山内に教えるわけにはいかない。こつな下心は彼女からしてもお断りのはずだ。

「もう少し時間をくれないか」

「何が時間だ! 嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」

 Dクラスでも嘘つきの筆頭といわれている山内に言われるとは……ショックだ。

「なら強引に佐倉に聞くのか?」

「ああ、そうするさ」

 怒りが先行して前が見えていないんだろう、強引にでもアドレスを得る腹づもりらしい。

「佐倉が言ってたぞ、口だけの男は嫌いだってな」

「それはおまえじゃねーの綾小路」

「もちろんオレは嫌われてしまっている。連絡先を教えてくれないのも当然だ。だからこそ、同じてつを山内に踏んで欲しくないんだ。そうじゃないと強引に聞き出そうとして怒られた意味がない」

「んなの言い訳だろ。元々知らなかったんだろ、おまえは」

 目を伏せ山内に頭を下げる。

「ああ。それは謝らせてくれ。だけどこのままじゃ間違いなくおまえも嫌われるぞ」

「んなの、どうすりゃいいんだよ……」

「佐倉がデジカメを好きなことは知ってるよな? 実は、今持ってるヤツが不調らしいって話を聞いた。新しいカメラを買おうにもポイントがなくて諦めてるらしい。でも、もしそのデジカメを山内が用意できたとしたら? プレゼントしたらどうなる?」

「そりゃ、喜んでくれるだろうけど……俺ポイントなんてないぜ?」

「この特別試験で優待者のまま逃げ切ったり、裏切り者になったり、あるいは全員を導いてクリアすれば、デジカメを何台も買えるだけのポイントが手に入る。違うか?」

「俺が頑張れば佐倉と親しくなれるってことか」

 今沸々と山内の中にはひとつの答えが生まれたはずだ。

「男らしさを見せる意味でも、今はやまうちはるとしての実績が必要なはずだ。それでこそ、元アイドルであるくらと付き合うのにふさわしい男だとオレは思う」

 どんな気持ちであれ、山内が佐倉に好意を寄せていることは事実だ。そこに刺激を与えてやれば通常よりも高いポテンシャルを発揮する可能性はある。

「やる、やってやる、やってやるぞ! 俺は自力で佐倉を手に入れてみせる!!」

「そうだ山内。おまえならやれる、やれるんだっ」

「うおおおお! この試験、絶対に俺が勝ってみせる!!」

 何とか怒りの矛先をらし試験に参加する意味合いを教えることに成功する。結果空振りに終わればオレへのうらみが再燃するかも知れないが、一時しのぎにはなるだろう。

 それにもし大金星をあげればなおのこと良い。熱したところで山内から離れ野放しにする。

 ひとつ怖いことがあるとすれば、適当に優待者をねらい撃ちして外すことだが……。

「念のために言っておくが───」

 山内に慎重になるよう言いかけて思いとどまる。

「なんだよ」

「いや、頑張ってくれ。優待者を見つけたら他のクラスに抜け駆けされないようにな」

「当然だぜっ」

 山内が優待者を誤って外してしまったら、それはそれでいいかも知れない。

 目先の利よりも未来の利だ。


    4


 卒業時点でAクラスだけが『なる進学校、就職先をも約束される』ことが不変の事実である以上、試験で完全な協力態勢を敷くことは不可能だ。

 BクラスとDクラスが手を取り合えているのは、CクラスとAクラスを倒すため。

 CクラスとAクラスが手を組めるのも、DクラスとBクラスを倒すためだからだ。

 なら、そのクラスが全て一堂に会したらどうなる。肉食動物と草食動物を同じ檻に閉じ込めるような、危なげな状況になる。くまとまることなどほぼ不可能なのだ。

 もちろん、偶然による団結は起こりうるだろう。

 ひらいちのような人格者だけで構築されたグループだったならば、あるいは。

 それくらいの無理難題。

 Aクラスは2度目の集まりでも話し合いには一切参加しなかった。当然、1クラスが欠けた状態で腹を割った話など出来るはずもなく、時間だけがようしやなく過ぎ去っていく。

 各クラスの生徒たちがどう行動するのだろうと興味深く観察を始めていたが、早くもこの不安定な関係は息の詰まる場になりはじめていた。けして皆のやる気がないわけじゃない。警戒心が強いためかつな発言が出来ないだけだろう。

「とりあえず……こうして集まるのも2回目だし、そろそろ打ち解けあっていく必要があるんじゃないかな? 集まれる回数は限られているわけだしね」

 やはり、今回も最初に動いたのはいちだった。流石さすがは平和を望むBクラス。それははまぐちともう一人の生徒も全く同じだ。ブレることなく共同戦線を打ち出す。

 ひらもどきがゴロゴロ転がっている。だが、それはモドキであって本質的には違う。

 一之瀬たちはあくまでも、Bクラスの勝利に重きを置いているはずだ。

 前回の浮ついた、これから何が起こるのかわからない時と違い、この場の空気は嫌に重い。誰もが疑心暗鬼になりつつ、警戒心を強めている。

 そんな中Aクラスの3人は、この重たい空気から解放され好き好きに携帯をいじっている。別のグループと連絡を取ってはいけないという決まりはない。通話をすることすら自由。

 金持ちは金持ちに、貧乏人は貧乏人になんて言葉があるが、まさにその通りだ。

 クラス対抗において圧倒的優位にいるAクラスは、焦る必要が全くない。

 無人島で一矢報いたことで多少流れが変わるかと思ったが、かつらは想像以上に冷静にことを運ぼうとしている。改めて考えてみても非常に有効な作戦だ。

 とくにオレのような単独で動く人間には、この城壁を崩すことは容易ではない。

「打ち解けあう必要はないと思うが、話し合いが必要なことには賛同する。Aクラスは勝手に試験から降りたつもりかも知れないが、こっちとしては優待者をき止めたい」

 ゆきむらは一之瀬の発案に同意する形で重い空気を払おうと声を上げた。余所のクラスに優待者がいるとするなら、見す見す機会を逃すわけにはいかないと考えるのは当然だ。

 あるいは自分が優待者であるため、それを悟らせないためのカモフラージュか。

「でも話し合いなんかで答えが見えてくるわけ? あたしにはとてもそうは思えない。優待者がズルすぎるっていうか、この試験難しすぎるって」

「言いたいことはわかるよかるざわさん。でも、それは考え方次第じゃないかな。無人島の試験も今回の試験も、本質的には生徒へのサプライズだと置き換えればいいんだよ」

「サンライズ?」

「サンライズなら任せるでござるよ! 拙者の得意分野でござる! えあがーれー!」

 言い間違いにか敏感に反応する博士はかせ。いや、サンライズじゃなくサプライズだぞ。

「船の上での生活は、何も不自由がなくて楽しいでしょ? 1日2時間集まる決まりがあるって言ってもおしやべりや携帯を触ったりするのも自由。授業のような息苦しさもないし」

「それはまぁ……楽しいけどさ」

「でしょ? だからもっと気楽に話そ。友達同士話すみたいに。もしからに閉じこもっちゃったら苦しむと思うよ? まちくんたちの表情はずっと険しいしね」

 授業さえ抜きで考えれば、事実バカンスをまんきつできているのは確かだ。気持ちの問題でしかないが、ポジティブなほど試験は楽に感じられるだろう。そんな風に少しでも場を和ませようとしたいちの話を聞いていたまちが失笑する。

「おまえがどう楽しもうと自由だが、優待者を見つけるなんて出来るはずがないだろう。このグループの誰が優待者なのか知らないが、もし仲間と情報を共有していないのなら自分だけがポイントを得る算段をつけている。意地でも隠し通すだろうな。それに、もしかしたらBクラスの中に優待者がいるかも知れないぞ? その二人の話を信用できるのか?」

 ちょっとした心の揺さぶりを仕掛ける。

「それは町田くんたちにも言えるんじゃない? 仲間を信用できる?」

「……当然だ」

 一瞬町田の視線が泳いだ。いや、正確には隣にいる『もりしげ』という生徒に向けられた。

 しかしすぐに視線を輪に戻すと、改めてAクラスには不安要素など無いと説く。

「俺たちが優待者にこだわる理由はない。毎月10万以上の金が振り込まれるんだ、うそをついてまでたかだか50万にしつするヤツはいないだろ」

「そうかな? 転ばぬ先のつえ、1ポイントでも多くめておきたいのが心情じゃない? この学校じゃいくらポイントがあったって困らないしね」

「バカバカしい。幻想を抱くのは勝手だけどな。ま、精々無駄なきをすることだ」

 町田に笑みを向けていた一之瀬の横顔。それは確かな手応えを感じているように見えた。

 町田は話し合いには参加しないと言いながらも一之瀬に、せっつかれ受け答えしている。話をすれば情報は漏れる。ゆきむらかるざわを利用し、一之瀬は着実に情報を収集し始めていた。ただ問題は『どこまで気がついているか』だ。

 一方、軽井沢は時折深めのため息をついて携帯を触る。試験中携帯を触ってはいけないルールはないため違反ではないが、優待者を見つけるための前向きな態度とは言えないな。それとも、CIAやFBIばりに今もリアルタイムでひらと電話がつながっていて会話を聞かせている……とかなら尊敬するんだけどな。……ないだろうな。

 もちろん、普段真面目まじめな取り組みを見せない軽井沢を知っている者からすれば、この不真面目さも理解できる。ただ、何かがいつもと違う。奇妙な違和感が続く。

 それは特別試験が始まった時から感じているもの。

 いつもと違う軽井沢。ぶきとの再会。なべたちとのやり取り。

 そしてその正体に気づく。どれも軽井沢『らしく』ないのだ。Dクラスの中でもひときわ存在感があり、良くも悪くも平田と共にクラスをまとめ上げる人間という認識がある。ところがこの場では一人のモブでしかないのだ。今回の試験に参加出来るだけの能力があるかどうかは関係ない。強引に場を引っ張るだけのポテンシャルは持っているはずなのに、それを見せようともしない。

 時折話を振られてあいづちを打ったり答えたりはするものの、すぐにちんしていく。恐らくひらはどこにいても平田だし、くしも櫛田。だがかるざわにはそれがないのだ。

 むしろ格付け、カースト制度で表すならCクラスのなべたちよりも低い位置にいる。

 これこそが違和感の正体。そして疑問と疑念。ゆっくりとそれが膨れ上がっていく。

 Dクラスが上位に食い込むために必要なことは、今ポイントを増やすことじゃない。増やしていけるだけの体制を作ることが急務だ。AクラスやBクラスに比べれば、Dクラスの結束力は格段に低いと言える。そのために欠かせない存在となりそうなのが軽井沢けい、Dクラスの女子を統治する少女だ。オレはそう思っている。だからこそ今の態度が気がかりだ。もっと強気に場を支配しにかかると思っていた。使える人材なのか使えない人材なのかを見極める必要がある。試験の期間が短期であることを思えばゆっくりとしている暇は無い。多少強引にでもやぶをつついて見るべきかもしれないな。

 1時間が経過し試験が終了するとすぐにから出て行くAクラス。最初に決めたスタンスは崩さず、このまま残り4回の話し合いを静観で貫き通すつもりだろう。続々と退室していく他クラスの生徒たちをしりに、いちはちょっとだけ重いため息をつく。

「うーん……これは大変な試験になりそうだねえ。あやの小路こうじくんはどう? きつくない?」

 意外と食わせ物だな一之瀬なみって生徒は。Bクラスを統治する少女は、思っていた以上に冷静で、頭が切れ、そしてしっかりしている。ほとんど発言しなかったこちらを気遣っている様子でつい心を許しそうになる。

 多分同じクラスメイトだったら好きになってる気がする。それだけ魅力を持った存在。

 それだけにBクラスだけでなく、他クラスの男子も彼女を放っておかないだろう。櫛田と競って人気だろうな。

「正直、オレみたいな人間はこんな試験じゃ手も足もでない。ただぼうかんするだけだな」

「諦めるのは早いよ。少しでも良い方向に転ぶように一緒に頑張ろ」

 あらがうため、一之瀬は今懸命に立ち向かっているんだろう。

「まぁこのまま単純に話し合いを続けても、誰も素直には優待者とは認めないだろうねー。隠し通すメリットとバレた時のデメリットが大きすぎるんだもん。このまま平行線になるようなら、最悪Aクラスの思惑通りに動くのも手なのかもね」

 そんな弱気とも取れる発言とは裏腹に、一之瀬の目は全く死んでいなかった。

 沢山の考えがさくそうしながらも、彼女に臨戦態勢を解いた様子は全く見られない。

「とりあえず今日は終わりだね。二人ともお疲れ様」

「いえ、僕たちは何もしていませんよ。では引き上げますか」

 切り替えが早い。スイッチをオフにするようにBクラスの3人はリラックスするように肩の力を抜くようだ。今日一日観察して見えてきたもの。見えてこないもの。一之瀬たちの本当のねらいはまだ分からないが、着実に成果を積んでいると見るべきだろう。

 もちろん外部に聞かせるはずもない、何らかの作戦を検討しているのかもな。

 Cクラスのなべたちが腰をあげたところで、オレはその女子の背中を追いかけた。

 エレベーター前で追いつくと、オレは少し遠慮がちに声をかける。

「ちょっといいか?」

 オレの存在には気がついていたようだが、話しかけられるとは思っていなかったのか少し警戒した様子で真鍋が振り向く。

かるざわと話してた件あったよな。カフェでき飛ばしたとか突き飛ばしてないとか」

「それがどうかしたの」

 本来オレの会話なんかに興味はないだろうけど、その内容には絶対に興味を示すと思っていた。3人が3人とも、オレを試すように視線を向けてきた。

「100%じゃないけど、軽井沢が別のクラスの女子とめてるのを見たんだよ」

「それ……本当に?」

 真鍋が距離を詰めるようにこわった声で問い返してきた。ややしゆくしながら小さくうなずく。

「多分、な。その時の悪い空気っていうか、気まずい感じを覚えてたから一応伝えておこうと思って。それだけだから」

 一度はうやむやに終わった軽井沢とCクラスとのしつ事件をぶり返させたところで、オレはそそくさと元来た道を引き返す。実際にそんな現場を見たわけじゃないので、長い間話を続けているとうそていしてしまうからな。

 このだねで真鍋たちがアクションを起こしてくれることを期待しよう。それでなぜか大人しい軽井沢がどう反論するのか、そしてどう対応するのかを見たい。


    5


 一眠りして遅くに戻ったオレは、誰と会話することもなくベッドへと腰を下ろした。

 流石さすがに0時が近いこともあり全員寝る直前かと思ったが、ずいぶんと騒がしい。

 戻ってくるのが遅かったオレを心配そうに見ていたのはひらだった。室内に備え付けられたソファーにゆきむらと向かい合うように座っている。

「お疲れ様あやの小路こうじくん。随分遅かったね」

「ちょっとな。あぁそうだ、少し平田に聞きたいことがあるんだがいいか」

「疲れてると思うんだけど、もし良かったら少しだけ話をしない?」

 ほぼ同時に、オレと平田の言葉がかぶった。

「うん? 僕に聞きたいことって何かな」

「いや、先に平田の用件を聞こうか。オレの話は後でもいいやつだから」

 幸村からはピリピリとした空気が流れている。試験に関する話だろう。

 同室である以上に断るとムードが悪くなることは避けられそうにないな。

 軽くしようだくうなずきをしてから、ジャージに着替えた後二人のそばまで足を運ぶ。腰を浮かせたひらはスペースをけて座るようにうながしてきた。こちらの用件としては、人望の厚い平田ならさかやなぎに関する情報も持っていそうだと思ったが、後でも問題ない。

ゆきむらくんの方から相談があってね。試験の報告をし合おうってことになったんだよ」

「俺はあやの小路こうじを入れたって意味がないって言ったんだけどな」

「本当はこうえんくんも参加してくれるとうれしいんだけどね、断られてしまったんだ」

 まぁそうだろうな。高円寺がそんな無意味なことをするとは思えない。

「すまないね平田ボーイ。私は今肉体美の追求に忙しいのだよ」

 上半身裸の高円寺は、逆立ちした状態で腕立て伏せを繰り返している。大量の汗をふんしゆつさせながらも苦しそうな様子はない。普通の高校生においそれと出来る芸当じゃないな。全てにおいて規格外の人物だ。しかし高円寺は今回の試験に参加しているんだろうか。

 そんな心配を平田は見透かしたように答える。

「一応高円寺くんはグループの場には姿を見せているようだよ。禁止事項に試験への不参加は都度ポイントを差し引くと書かれてあるからね」

 ルールをしっかり読み込んでいる平田からしても、ひとまずは安心だろう。

「実は僕のところにクラスの2人から優待者になったって連絡をもらってるんだ」

「なんだって? 一体誰なんだ」

「それは───僕の口からは言えないよ。信頼して教えてもらっている話だし」

「俺たちが信用できないっていうのか平田。お前が知ってるなら俺にも知る権利がある。それに優待者が誰か分かれば試験攻略のヒントになるかも知れないだろ。そもそも話し合いをするのなら持っている情報を仲間内で共有するのは当たり前のことだ」

「……そうだね。僕も、相談をしたいとは思っていた……実は───」

 だからこそ、優待者の話を聞いたと口にしたんだろう。

「なあ平田、念のために携帯か何かに打ち込んだほうがいいんじゃないか? 盗聴されてるなんてことはないと思うけど用心に越したことは無い」

「それもそうだね。ちょっと待って」

 平田は携帯の画面をつけそこに2人の名前を打ち込んでいく。そしてこちらへと向けた。

『竜グループのくしさん。馬グループの南くん』

 そう書かれた文字をこちらに見せると、すぐにその文字を消去した。

「……なるほど」

 口にしないように幸村は気をつけながら、法則性を考える。

 しかし櫛田が優待者だったとは。一番激化しそうな竜グループにおいて非常に大きいアドバンテージだ。だが、この優待者の存在は逆に怖くもある。正体を知られたら避ける手立てがないことだ。他のクラスに優待者がいれば最悪被害はかぶらない。

「大丈夫だよ。く行っているから」

 こちらの心配を見透かしたように、ひらは自信ある顔つきでうなずいて答えた。

 竜グループの3人は選りすぐりの面々だ。かつに正体を知られるは絶対にしない。

うさぎグループでも議題に上がったことだが、優待者は恐らく各クラスに平等にいる。つまりDクラスには3人いるはずだ。あと1人その正体を黙ってる優待者がいる」

「うん、ゆきむらくんのその考えは正しいよ。もちろん僕に話していないだけで、誰かに相談している可能性はあるけど。人に話せばその分リスクも高くなるわけだからね」

 真面目まじめに話を詰める中、にはこうえんの鼻歌が響き始めた。しばらくの間我慢していた幸村だったが、いつまでも鳴りまない鼻歌にいらちを募らせたのかから立ち上がる。

「高円寺っ、そののんな鼻歌をやめてくれないか! それに、真面目にしろとは言わないが最後までちゃんと試験は出ろよ。無人島の時みたいなリタイアはごめんだぞ」

「仕方ないだろう? あの時私は体調を崩してしまったのだ、無理は出来ないさ」

「ぐっ……ただの仮病の癖にっ」

「しかしあと2日も試験が続くのは、ただ面倒なだけだねぇ」

 ぐっぐっと逆立ち腕立て伏せを続けていた高円寺は、ゆうに足を下ろし立ち上がった。

 そしてベッドにかけておいたタオルを首にかける。

「面倒なだけだと? 試験を考えようともしない癖に偉そうな」

「面白くもない試験を続けても意味がないだろう? うそつきを見つける簡単なクイズさ」

 携帯をつかんだ高円寺は、指をスライドさせ何かの操作を始めた。そして、程なくして操作を終えた直後、高円寺を含めたオレたち4人の携帯に一斉に学校からの通知が届いた。

「おい、何をしたんだ高円寺!?」

 予期しながらも、そう叫ばずにはいられなかった幸村。

 オレと平田は急いで携帯を取り出し、届いたメールに目を通す。

『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動して下さい』

「この猿って、おまえのグループだろ高円寺っ!」

「その通りだよ。これで私は晴れて自由の身になったわけだね。アデュー」

 携帯を放り投げバスルームへと姿を消す高円寺に、オレたちはただあつに取られた。

「ふ、ふざけるなよっ。俺たちが必死に考えているのに、またあいつはっ!」

「まだ分からないよ。彼には彼なりの考えがあったのかも知れないし……」

「考えが甘い! あいつはただ自分が楽できればそれでいいんだ! 最悪だ!」

 確かに高円寺が真剣に試験へ取り組んでいるとは思えない。だが、あいつの洞察力や観察力には目を見張るものがある。もしこの試験を『嘘つきを見つける簡単なクイズ』と言い切ったことが事実であれば、的中させているかも知れない。

 こうえんの突発的行動はすぐに全生徒に知れ渡り、ひらの携帯が引っ切り無しに鳴る。

 チャットでは何があったのかを知りたがるクラスメイトの声であふれていた。かつらりゆうえんいちたちも同様に驚いているに違いない。初日時点で裏切り者が出るとは誰も予想していなかっただろう。オレの携帯にもほりきたから連絡が届いた。

「ごめん、ちょっと混乱がひどいみたいだ。少し電話させてもらうよ」

「くそ……高円寺のせいで話し合いどころじゃなくなってしまったじゃないかっ」

「ちょっと出てくる」

 ゆきむらいらったままじゃゆっくりと眠れそうにない。

 話し合いが流れてしまったことを横目に確認し、一言残してを後にした。

 高円寺が試験を終了させてしまうハプニングこそあったが、今はその点にいつまでもとらわれているわけにはいかない。正直、今回の試験でオレが出来る限界がある程度見えてしまっている。オレがどれだけかくさくしたところで、残る全てのグループでDクラスに勝利をもたらすことは厳しい。いや、不可能と言ってしまってもいい。

 それぞれの生徒とつながりを持っていれば手のほどこしようもあるが、その繋がりがない。

 自身が持つ携帯からは、他グループの答えに介入することも出来ない。

 それ以外の方法に手を伸ばすには時間も足りないしリスクが高い。

 あるいは決定的な全てを覆すだけの情報でもあれば別だが……。鍵を握るのはDクラスでは平田、くしくらいだが。その二人を使って動けば───

「無理だな……」

 休みを含めてあと3日。とてもじゃないが無理なものは無理だ。

 たとえその二人の全面協力を得たとしても目と耳が圧倒的に足りない。

 各グループで行われる話し合いを把握できるような状態には持っていけない。

 もちろん堀北やくらの辺りであれば、まだ関与の余地も残されているだろうが……。

 やはりこの試験でやるべきは、今後のその目と耳を手に入れるための一手だな。


    6


 満天の星空が、視界いっぱいに広がっていた。

 行き場を求めて彷徨さまよっていたオレが辿たどりついたのは、船外のデッキだった。

「コレはすごいな……」

 本や映像で見るものとはけた違いの規模であり、美しい光景だった。大都会ではまず見ることの出来ない夜景だ。少数ではあるが男女の生徒が手を取り合ったり肩を組み合ったりして同じ星空を見上げているのが分かった。なんだか少しむなしい。明かりがほとんどないため顔まではうかがい知れないが、他人の恋愛事情などどうでもいいので興味はない。

 ただ、そんな二人組だらけの中にあって、一人だけで星空を見上げる生徒もいた。それもシルエットからして女の子だ。

「……いやいや」

 ここで声をかけにいって、一緒に星空でも見ませんか、なんてナンパなことが言えるはずも無い。途中で彼氏が合流してきてからまれても嫌だし。ただ、どんな子なのかという部分には興味を持った。少しだけ近づいてみる。

 こちらの気配を悟られてしまったのだろうか、その影が動き振り返る。

「あ、れ? あやの小路こうじ、くん?」

「その声は……くしか?」

 やみから浮かび上がってきたのは櫛田だった。驚いた顔でオレを見ている。

「一人……か?」

 もしかして彼氏と待ち合わせじゃ……そんな胸がキュッと締め付けられるおもいが過ぎる。

「うん、そうだよ。何となく眠れなくって」

「そ、そうか」

 彼氏との夜景デートじゃなかったことを知りホッとするオレ。それなら構わないだろうと櫛田のそばに寄る。お風呂から上がって間もないのか、ジャージ姿の櫛田からはなんとも言えない心地よい香りがした。

 客室に備え付けられている頭髪洗剤は同じはずなんだけどな。不思議なものだ。

「寒くないか?」

「大丈夫。それより綾小路くんは一人なの?」

 そうだとうなずくと、櫛田はちょっとうれしそうに笑った。

「二人とも独り身だね。ちょっと肩身が狭かったから嬉しいかも」

「…………」

 ここで気のいた一言でも言えればな。もちろん言えるはずもない。

 それどころかカップルだらけのこの場所に二人きりでいることで心拍数は上がっていく。

 櫛田は内心、嫌だと思っているに違いないが。

「えーと、とりあえずオレは先に戻るから」

「もう帰っちゃうの?」

「眠くなってきたしな」

 バリバリのうそだ。欠片かけらも眠たくなかったが仕方ない。

「そっか。それじゃまた明日。お休みなさい綾小路くん」

「お休み櫛田」

 別れの言葉を交わし、情けなく退散しようと背中を後ろに向けようとしたときだった。

「待って───!」

 少し大きめの声をあげ、何を思ったのかくしが胸元に飛び込んできた。寒空の下、ジャージ越しとはいえ人肌のぬくもりを感じる。

「くく、くし、櫛田? ど、どうしたっ」

 こんな不測の事態に、当然オレはパニックになり慌ててしまう。理解不能な展開だ。

「…………」

 しかし櫛田はすぐには答えなかった。しかし程なくして、こう小さく漏らす。

「ごめん。なんか急に、その……一人きりになるのが寂しくなっちゃったのかも」

 そんなことを胸元でささやかれてしまう。ボクサーのストレートをあごに一発もらったように、脳はクラクラだ。そこから更に数十秒、櫛田は無言でオレの胸元に顔を埋め続けた。しかし突然呪縛から解き放たれたかのように慌てて距離を取る。

「ご、ごめん。私、その、急にあやの小路こうじくんに抱きついたりして……お休みなさい!」

 暗がりで櫛田の顔色はうかがえなかったが、心なしか赤かった気がした。オレは駆け出していく櫛田を呼び止めることも出来ず、手と胸に残った温かみを感じその場に立ち尽くした。

 そんな出来事があったせいで、ますます眠れなくなったオレはそのままに戻ることはせず、少し船内を散策してから戻ることにする。

「あーびっくりした……冷静になると急にのどかわいてきたな」

 船内の1階に何箇所か自販機があったはず、そこを経由してから戻ろう。

 すると、自販機の近くのバーで奇妙な組み合わせの3人組の背中を見つけた。

 ちやばしら先生にBクラス担任のほしみや先生。そしてAクラスのしま先生だ。

 他にも何人か見たことのある先生がソファーなどでくつろぎながら静かに過ごしている。

 この区画は立ち入りが禁止されているわけじゃないが、学生には関係のない居酒屋やバーなどの施設ばかりのため、生徒は誰も寄り付かない。

 気分転換のつもりだったが、何か面白い情報を拾えるかも知れない。

 気配を殺し、ギリギリの位置まで近づく。

「なんかさー、久しぶりよね。この3人がこうしてゆっくり腰を下ろすなんてさ」

「因果なものだ。巡り巡って、結局俺たちは教師という道を選んだんだからな」

「よせ。そんな話をしてもなんの意味もない」

「あーそう言えば見たよ? この間デートしてたでしょ? 新しい彼女? 真嶋くんて意外と移り気なんだよね。朴念仁ぽいくせにさ」

「チエ、おまえこそ前の男はどうした」

「あはは。2週間で別れたー。私って関係深くなっちゃうと一気に冷めるタイプだから。やることやったらポイーね」

「普通それは男側が言うことなんだがな」

「あ、だからって真嶋くんにはさせてあげないからね? ベストフレンドだし、関係悪くしたくないでしょ?」

「安心しろ。それだけはない」

「うわー、なんかそれはそれでショック」

 星之宮先生はいたグラスに自分でウイスキーをそそぐ。ストレートでガブガブ飲むしゆごうぶりだ。対する茶柱先生は、カクテルのようなお酒をチビチビ飲んでいた。

「それより……どう言うつもりだ、チエ」

「わ、なによ急に。私がなにかした?」

「通例では竜グループにクラスの代表を集める方針だろう」

「私は別にふざけてなんかないわよー。確かに成績や生活態度だけ見れば、いちさんはクラスで一番だよ。でも、社会における本質は数値だけじゃ測りきれないもの。私は私の判断のもと超えるべき課題があると判断したってわけ。ほらそれにうさぎさんって可愛かわいいでしょ? ぴょんぴょんって感じで、一之瀬さんっぽくない?」

「……だといいんだがな」

「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」

「個人的うらみで判断を誤らないでもらいたいだけだ」

「やだ、まだ10年前のこと言ってるの? あんなのとっくに水に流したってー」

「どうだかな。おまえは常に私の前に居なければ我慢ならない口だ。一つ一つの行動に先回りしていなければ納得しない。だからいちうさぎグループにしたんだろう?」

「どう言う意味だ、ほしみや

「私は本当に一之瀬さんには学ぶべき点があると思ったから竜グループから外しただけ。そりゃあ? サエちゃんがあやの小路こうじくんを気にかけてる点は気になるけど。ただの偶然なんだから。偶然偶然。島の試験が終わった時、綾小路くんがリーダーだったことなんて、全然気になってないしー?」

「そういうことか」

 しま先生は納得したようにうなずいた。しかしすぐ、厳しい口調で星之宮先生をたしなめる。

「規則ではないがモラルは守ってくれ。同期の失態を上に報告するのは避けたいんでな」

「もー信用ないなぁ。それに私ばっかり責められてるけど、さかがみ先生だって問題じゃない? Cクラスも順当な評価をすれば他の子が来るべきなのにりゆうえんくんをぶつけてきたし」

「確かにな……。としは例年と違い、生徒の質が特殊なようだからな」

 この試験に関する情報はほとんど得られなかったが、そろそろ引き返そう。長時間ここにとどまると見つかって更なる面倒なことに巻き込まれかねない。

 一之瀬がオレの様子を探るために送り込まれたと分かっただけで収穫としては十分だ。

 これでますます、オレの動きは制限されてしまったことになるが。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ 4

    ようこそ実力至上主義の教室へ 4

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 6

    ようこそ実力至上主義の教室へ 6

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close