〇千差万別の想い
 朝食の時間。生徒たちの間で人気のビュッフェを避け、船の甲板へと足を向けた。そこにあるカフェ『ブルーオーシャン』の早朝は、
約束の時刻の1分ほど前になると、その人物はいつものように感情の見えない無表情で現れた。
「
 Dクラスのクラスメイト
「1時間待ったぞ」
ちょっとからかってみる。
「まだ約束の時間の前なのだから問題ないでしょう。あなたが10時間先に待っていようと私の知ったことじゃないわ」
 うん、からかってみるもんじゃないな。自分が
「……何も頼まなくていいのか?」
「ええ。今は必要ないわ。それより
チャットでのやり取りを好まない堀北は、昨日オレからの情報を受け取った後、自らの状況をこちらに報告することはなかった。唯一来た連絡は、ここで落ち合う提案だけ。
 オレを呼び出すための
「それで、学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」
「あなたの言っていたことと全く同じね。12のグループ、4つの結果。そして朝8時に来るらしい学校からのメールで優待者を発表する話。違いを上げるなら説明担当の先生が違ったことくらいでしょうね」
「グループメンバーと人数は?」
昨日ある程度のメンツは見かけていたが、あえて知っているとは言わなかった。
「見れば驚くわよ。偶然とは思えないほどの
 そう言って堀北は少し
 Aクラス・
 Bクラス・
 Cクラス・
 Dクラス・
 まずDクラスから選ばれているのが、やはり平田と櫛田。クラスを代表する優等生二人だ。堀北も
あいつがどのグループなのかは知らないし、指定の時間に足を運んだのかも分からない。
「なるほどな……。これは必然的組み合わせと見た方がよさそうだ」
 オレが知る名前だけに限定しても、Aクラスは
サッカーのリーグ予選でいうところの、死のグループだ。
「でも少し不自然な点もあるよな」
 あまり多くの生徒を知っているわけじゃないが、Bクラスの
「あなたのグループの一之瀬さんのことね。けれど、彼女がどれだけ優秀かを本当に知っているのはBクラスだけなんじゃないかしら。リーダーの素質と優秀さは比例しないわ」
「それ、自分のことを言ってるのか?」
 ギロリと
オレたちは一之瀬の細かな能力を知っているわけじゃない。
思いのほか学力が低かったりすることもあり得るからな。
「ここから察するに、12のグループにはある程度法則があると見るべきかしら? 
中間、期末テストの成績を思い出しながら、堀北は推理を始める。
「オレと
 純粋に点数だけでグループ分けしたのなら高円寺が最上位に来るはずだし。もちろん成績が関係していることは事実だろうが、そこにプラスαの要素が
「なんにせよ大変だな。このグループを
 これだけ能力に定評のある人間が集まると、正統派である堀北たちはあまり有利だとは言えない。特に龍園との
 だが堀北にそれを言っても受け入れはしないだろうから、黙っておく。逆に葛城のような分かりやすいタイプとは、
 単純に頭脳が勝った方が勝つシンプルな
「そろそろ所定の時間ね。本当にメールは来るのかしら」
時刻が午前8時を迎えると、一秒の誤差もなく互いの携帯が鳴った。すぐに届いたメールを確認する。ほぼ同時に内容を読み終えると、堀北は迷わず携帯を倒しこちらに液晶画面を向けてきた。オレも携帯を堀北に向け、お互いの画面を見比べながら詳細を確認する。
『
オレと堀北の文章は『ほぼ同じ』だ。
グループが違うため当然一部分違うが、あとは同じ文章が並んでいる。
「同じ文章だ。要するに、優待者に選ばれてたら文面が『選ばれました』になってるんだろうな」
 携帯を
「どうやら二人とも優待者には選ばれなかったようね。喜ぶべきか悲しむべきか」
「そうだな。優待者ならやり方次第で全ての選択が許されたからな」
優待者が圧倒的に有利だったことは間違いない。
ポーカーフェイスを貫きさえすれば50万ポイントを得る権利を得られるからな。
「それにしても気に入らない一文ね。私に優待者としての資格がないような言われようよ」
死のグループに属しながらも自分が一番だと思っているのだろうか。さすがだな。
「この試験……優待者に選ばれたかどうかは大きな差よ。優待者以外の生徒は全員、優待者を見つけるために
その通りだ。仮にDクラスが何も出来なくてもマイナスにはならないが、結果としてクラスポイントで大きな差をつけられることにはなってしまう。場合によっては無人島で縮めた差も再び開きかねない。
「リーダー格の連中は、もう
「分かっているわ」
 堀北は言われるまでもないと、やや
オレも、どう戦うかの方針を固める。
 自身のグループメンバー、そして試験の仕組みを考えれば
「……あなたにはこの試験の結果が見えてる、とか?」
 こちらの表情を観察していた
「名前も知らない生徒がどんな行動に出るか直接会ってみないと見えない点はあるけどな。勝ちに
 ただ、当然
そこに至るまでの積み重ねと、仕掛けるタイミングを見計らう必要はある。
「結果を楽しみにしておくわ」
「オレもな。おまえがどんな結果に導くのか期待しておく」
 それにしてもまた奇妙な違和感を覚える文章だな。
 この独特の文章は偶然の
つまり調整によって優待者が選ばれたことになる。選ばれた者と選ばれなかった者には確実な違いがあるってことだ。
『調整』という言い回しに何かが引っかかるが、今分かっていることはグループに1人ずつ、つまり12人の優待者が絶対に存在すること。
「参考までに聞いておくけれど、あなたが今一番警戒しているのは誰? これまでの流れで各クラスの主力は大体判明したと思うから聞かせて」
堀北は、この試験の本質とは少し違う部分に意識を奪われているようだった。一番厳しいグループに割り当てられたのだから無理もないが。
「
「……即答」
「それ以外には選択肢がない」
「
「もちろん高校1年生と見れば優秀すぎるくらいだ。もし『優秀なのは誰』と聞かれたら葛城と答えただろうけどな。警戒しているのはダントツで龍園だ」
無人島でのテストは、確かにDクラスが勝った。龍園に不足した点があったのも事実。
アイツの思考はどこかオレに通じるものがある。だから龍園の手は読みやすい。
しかしそれは、裏を返せば龍園もこちらの意図に気づく可能性が高いということ。
 堀北の活躍にオレが
「優待者に関して気になることがあるの。今メールを見ても思ったけれど、学校側のメールに不自然な一文と取れるところがない? この厳正な───」
 話している途中の堀北に、オレは
 
「いい天気だな
不敵な笑みを浮かべながらやって来た二人組。
 まさに話の渦中にいたCクラスの
「気安く名前を呼ばないでと忠告しなかったかしら、龍園くん。それから……猫を
 龍園の隣には、若干強気な目つきでこちらを
「…………」
 軽く挑発された伊吹は不服そうにしていたが、
「メールが届いたと思うが結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたのか?」
「教えるわけないでしょう。それとも、聞けばあなたは教えてくれるのかしら?」
「お望みとあればな」
 龍園が
「だがその前に聞かせてくれよ。どうやって無人島の試験であんな結果を残せた」
「何を聞かれてもあなたに教えることは何もないわ」
揺さぶりに対して、堀北は全く動じることもなく落ち着いた様子であしらう。その動作には一部の偽りも感じられない。大した演技力だ。本人は演じているつもりもないだろうが。しかし、その隙のない対応にも龍園は納得する様子を見せなかった。
「どうにもしっくり来ないんだよな。こいつの報告からすれば、おまえに無人島であんな結果を残せるだけの動きをしていた
「彼女に見抜かれるほど間抜けじゃないわ。熱を出していた私に苦戦していたくらいだし」
 その
「だったら今、ここで再戦してやろうじゃない」
 冷静な堀北はその安い挑発に
「
「くっ!」
掴みかかる勢いで伊吹が堀北への距離を更に縮めるが、それでも直前で思いとどまる。
ここで不用意に暴れまわる行為を取れば学校からの制裁は避けられない。
何より龍園を前に、その下に位置する伊吹には好き勝手する権利がない。
 伊吹は龍園を嫌っていながらも高く才能を買っている。だからこそ、前回Dクラスにスパイとして潜入した際に、
「
 珍しく
黙って堀北を観察していた龍園だったが、コーヒーが運ばれてくると再び口を開いた。
「
「無理もないわ。彼はDクラスの私にそれだけの力があるとは思っていなかったから。それはあなたや
「クク。ま、否定はしない。確かにここに足を運んだのはお前の力を確かめるためだ」
でしょうね、と堀北はコーヒーを一口飲む。なんとも様になっているから不思議だ。
「俺と葛城は考え方が違う。俺は他の誰かが
「どう想像するのも勝手だけど、何か根拠でもあるのかしら」
「無人島での試験。その結果。そこまでの過程。種が分かってしまえば難しいものじゃない。だがその考えをあの状況で思いつき、確実に実行できる人種は限られている。おまえみたいな
「どう考えるのも勝手だけど、私の立てた戦略がどんなものか分かっているのかしら。無人島での試験で伝えられたのは結果だけ。どんな風にポイントを得て、失ったか。詳細は不明だったはずよ」
 常に冷静に返す
「
その発言はつまり、龍園には分かっているということ。
「なら説明してもらってもいいかしら。正解していたら答えてあげてもいいわ」
答えられるものなら、そう付け加えようとしていた堀北だが、龍園は不敵に笑った。
「試験終了時俺はお前の名前を書いたが結果は違っていた。その理由はただ一つ、試験終了前の段階でリーダーが別の誰かに変わっていたってことだ。これ以外にはない」
「それで看破したつもり? そんなことは少し考えれば誰にでもわかることよ。バカにしてる葛城くんでもね」
「ああ。だが、
「保険を打っただけとは考えられないの? 不測の事態に備えるのは基本中の基本よ。私は伊吹さんがDクラスと接触してきた段階でそのことも考慮に入れていた。それだけのこと。強気に解説した割にはかなりザルね。あなたの発言に驚くことはなにもないわ」
「肝心なのは、その入れ替えたリーダーが誰なのか、だ。俺の予想じゃそのリーダーこそが裏でおまえと
そう龍園が言いきった。そして堀北を見つつもオレを静かに観察する。
どこまで本気なのかはわからないが、ここで動揺を見せれば一気に攻め込まれる。
「よく理解できないわね。
 あえて堀北はオレの存在感を強調することで、逆に無関係者を
「リーダーを変えたと仮定するならば、彼が一番濃厚じゃないかしら」
「なるほどな」
龍園は軽くオレを目で見やったが、すぐに視線を外す。
「ま、さすがにこの金魚の
「
「俺の読みじゃ、おまえと組んでるヤツは相当頭がキレる。だが、こいつは大した成績を残しちゃいないからな。
「どうやらDクラスのことは相当調べているみたいね。ところで綾小路くん、相当バカにされているわよ、否定しなくていいの?」
「……否定する材料があったらしてるんだけどな」
 どうやらオレの
 成績とは客観的なもので確実なものだ。形として残っているから
「申し訳ないけれど、あなたの言う裏の人物の話はくだらないとしか言えないわ。だって、自分の考えた作戦を見抜かれたことが気に食わなかった子供の言い訳にしか聞こえないんだもの。女に手の内を
「なるほど、確かにな。おまえに見破られるとは考えてもいなかった。俺の想定とは違う結末になったことは素直に認めようじゃないか。正直驚いたぜ」
作戦通りに事が運ばなかったことに対し、龍園は恥じることもなく笑った。それどころか、オレたち二人が思いもよらないことを口にした。
「それだけに残念だ。俺が好む不意打ちやだまし討ちの
「
「
「あなたはどうしても、私以外に黒幕がいると思いたいようね」
 その問いに龍園が答えることはなかった。根拠も確証もないのに、まるで
ただただ堀北と雑談し、面白おかしく過ごしたかっただけなんだろう。
携帯を取り出した龍園は、許可も取らず堀北に背面を向ける。
 そしてレンズで
「盗撮よ」
「そう言うなよ。おまえに一つ良いことを教えてやる」
 無断撮影した堀北の仏頂面写真を見せ、満足そうに携帯を
「Dクラスにはおまえ以外にも頭のキレるヤツがいる、間違いなくな」
「全然良いことじゃないわね、実にどうでもいいことよ。勝手に結論を出しているのなら、いちいち私に聞かなくても良かったんじゃない?」
「話をすることで見えてくることもあるんだよ。ともかくおまえと話せてよかったぜ
「一つ聞かせて。私に出し抜かれて悔しい気持ちは分かるけれど、どうしてそんなに執着するの? 他にも気にする相手はいるでしょう? Bクラスの
 明らかにDクラスに
「既に実力のほどは知れた。葛城に一之瀬、どっちも俺に言わせれば敵じゃない。
「だったら坂柳はどうなのさ」
 そう言ったのは、堀北ではなく
 どうやら伊吹自身もそのことを確認したかったようだ。今まで言葉を詰まらせることもなかった龍園が初めて
「あの女は最後のご
龍園が立ち上がり、伊吹を引き連れて去って行く。
「
「……誰の責任かは言うまでもないでしょう?」
「なんだ不満なのか?」
「別に不満はないわ。あなたの
「それは良かった。ま、それはそれとして……ちょっとよろしい展開じゃなさそうだな。やっぱり龍園ってヤツは一筋縄ではいかない存在だ」
「そう? 私に出し抜かれた事実が気に入らなくて、適当にカマをかけているだけじゃないかしら。疑いの候補をあなたに絞っているとも思えない。それに正体を知られても困るのはあなただけだし」
オレも疑われる一人であることは間違いないが、肝心なのはそこじゃない。龍園が何を考えていようと知ったことじゃないが、このタイミングで現れたことを危険視する。
「おまえ、行動を見張られてたのかもな。合流するにしてはタイミングが良すぎる」
「……それは、伊吹さんにってこと? でも
「ただ強引に見張っていただけか、あるいは偶然見られた。そうであってくれたのなら、むしろ助かるんだがな」
 
 とするなら『
そこから導き出される結論は、今回の新たな試験を利用して、龍園は早くも次の戦略を打ち始めていたってことだ。そして、堀北が真っ先に合流した相手がオレ。
ヤツの中では少なからず容疑者の候補としてしっかりと認識されてしまっただろう。
「ミス、だな……」
あいつが自分に似た者として頭がキレることは分かっていたつもりだったが、少々甘く考えていたようだ。今回の接触で想像以上に龍園に大きなヒントを与えてしまったかも知れない。試験内容を気にしすぎてしまった結果か。オレにコミュニケーション能力さえあれば、直接会うリスクも避けられたんだけどな……。
「考えすぎよ。誰もあなたが裏で
褒められているんだかけなされているんだか分からないが、その部分は確かに大きい。
どれだけオレのことを調べたとしても、突出したものは何ひとつ出てこないからな。
通常、無意味に自分を下げてみせる人間はいないから、龍園の警戒の対象外ではあるはずだ。それでも堀北の一番近くにいる人物である点から、注視されることには違いないが。
それに伊吹が同じグループである以上、少なからずマークされてしまうはずだ。非常に身動きが取りにくい。
ちらほらと生徒たちがデッキに姿を見せ始めたのを確認してオレは立ち上がった。
「ひとまず話し合いは終わりだろ。まだ眠いから部屋に戻ることにする」
何かアドバイスを求められるかもと一瞬だけ思ったが、堀北は強気にこう口にした。
「今のところ、話し合いをすることでしか進展はなさそうだし、個別に進めていくしかないわね。それじゃお疲れ様。進捗があったら報告をお願い」
 強力な陣営に囲まれながらも、堀北は戦っていく意思を示した。パートナーの
いったん部屋に戻り、昼前まで寝るか。
試験が始まったといっても、時間が来ていない今は特にすることもない。
1
「お待たせでござる。ゲプゥ、ゲプッ。ランチにうな重3つも食べたら
 いつも以上にパンパンに膨れ上がったお
ダイエットに挑もうとしている人間のそれとは思えない態度だ。
 オレと
「これから試験が始まるというのに
「それはそれで体力が出なくて困るフラグでござろう?」
「……前々から言いたかったんだが、その怪しい言葉遣いはやめてくれないか」
確かに博士の口調を受け付けない人間からすれば、言葉の魔術をかけられているような気分だろう。慣れてみると意外と気にならないものだが。
 むしろたまに違う
「ポフゥ! ござる口調はお気に召さなかったでござるか。幸村殿は何がお好みで?」
怒られても動じないどころか、望まれていない方向での改善を申し出る。
「好みなんてない。普通に話せといってるんだ」
「オーケー。今から俺は最弱最強の主人公だ。普段はやる気がないが、実は世界を破壊しうるだけの力を持ったぶっ壊れチートくんでいくぜ。今の流行を追う!」
 何を思ったか、博士は
博士の口調を正すことを早々に諦めた幸村は、先頭を切って歩き出す。
出遅れたオレたちは少しだけ足早にその後を追う。
「
 何かの主役にでもなっているつもりなのか、博士は声と表情だけは高倉
「聞きたいことって?」
「好きな方言はどこのものかと思ってな。もちろん
 
「いや、好きな方言なんて言われてもな……特にないぞ」
東京生まれの東京育ちには分かるはずもない。
「もしや方言
そんな属性を持った生徒が、いったいこの学校にどれくらいいるだろうか。だが、指定された部屋に着くまでの暇つぶしだ。ここは少し話を合わせておこう。
「じゃあ博士にはあるのか? 好きな方言」
「もちろんだ。何ならランキング形式で発表してやろう。第3位はせやかて工藤! でお
 やばい、とりあえず話を広げてあげたいところだが
 こちらが思考の整理を終わらせる前に、
「第1位は幼女からお姉さんまで、万能な
 悲しいことに話の中身は理解できなかったが、情熱だけは伝わってきた。それと時間つぶしにはなったようで、2階の
「ふざけるのは
 主に博士に向かっての発言だと思うが、
「……はあ、やっぱり何度見ても最悪のチーム」
 入室したオレたちを見つけた女子の一人が、目を伏せるように視線を
昨日の今日までライバルとしてやってきていた中での突然結べと言われた協力関係。
Dクラスだけじゃなく他のクラスも当然困惑していることだろう。立っているのも不自然なので、オレたちも空いた椅子に腰を下ろした。基本的には自然とクラス別に固まるようになっているが、軽井沢と伊吹は孤立するように輪から少し距離を置いている。
「どういうことだ……」
「どうした
「ああいや、なんでもない」
 オレはてっきり、軽井沢は伊吹を見かけた瞬間に詰め寄るものと思っていた。
 すぐにその
いや、どちらにせよ軽井沢の怒りが全く見えてこないのは不自然だな。
 そんな疑問に答えが出るわけもなく、程なくして試験開始の時刻を迎えると船内スピーカーの音が
『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』
簡潔で短いアナウンス。それ以外は本当に好きにしろってことなんだろう。
 当然、状況も周りのメンバーもよくわからないグループ内では誰も率先して話そうとしない。いきなり静かで嫌な重たい空気が流れ出す。そんな様子を
そして誰も発言しないことをしっかりと確認した後で立ち上がる。
「はいちゅうもーく。大体の名前は分かっているけど、一応学校からの指示もあったことだし、自己紹介したほうがいいと思うな。初めて顔を合わせる人もいるかも知れないし」
必要なリーダー、仕切る人間として早速名乗りを上げたようだ。誰もが憧れるものの率先してグループを引っ張るのは簡単なことじゃない。それが敵同士ならなお更だ。
それを一之瀬は嫌がることもなく、むしろ楽しそうに始めた。Aクラスの生徒たちも驚きを隠しきれていないようで、反応にはやや戸惑いが感じられた。
「今更自己紹介の必要なんてあるのか? 学校側も本気で言ったとは思えない。自己紹介をしたいヤツだけがすればいいんじゃないか?」
「
つまりどちらにせよ過失が生まれた場合、全員が困ることになる。
そんな風に言われてしまっては町田と呼ばれたAクラスの生徒も折れざるを得ない。
一之瀬の自己紹介を皮切りにぐるりと一周自己紹介が始まった。オレも入学式の日に自己紹介を失敗したことがあるだけにこの場ではと多少気合いを入れてみたが、結局はあの日と同じような単調なものになってしまった。
「やっほー
 そんな慰め、
「さてと、これで学校からの言いつけは果たせたかな? それでこれからのことだけど、どうやって進めていこうか。私が進行役をするのが嫌なら言ってもらえる?」
いつでも仕切り役を代わる用意があると、一之瀬は問いかける。
そんな風に話を振られた上で名乗り出れば、当然これから全ての進行役を買って出なければならなくなる。一之瀬のやり方に不満を覚える生徒もいただろうが、それ以上に自ら率先して話すことで出るかもしれない隙を恐れたのか挙手はなかった。
「特に希望者がいないようなので私が進めるね。まず今回の試験を始めるにあたって、分からない点や疑問点、気になる部分があったら皆で話し合うべきだと思うの。そうじゃないといつまでもシーンとした状況が続いちゃいそうだし。誰か質問はある?」
 ありがたいことに質疑応答の時間を作ると提案した
 親しくない者たちが集まればこんな事態は常々起こるものだ。そこで
「皆に聞きたいことがあるから質問させてもらうね。私としてはみんなが優待者ではない、というのを前提に聞かせてもらいたいことなんだけど、この試験を全員でクリアする、つまり結果1を追い求めるのが最善の策だと思ってるかどうか聞かせて欲しいの」
「なにそれ。そんなの当たり前のことじゃないわけ?」
 質問の意味を理解しているようで理解していない
 誰もが
「僕はもちろん
 それにしても最初にしては悪くない質問だ。一部の生徒は気づいてすらいないようだが、何気ない質問に聞こえるとすれば、その人物が優待者でないからだ。前向きに一致団結する気持ちを持っているのかを確認しつつ、優待者に対しては
 
 もちろん、この質問だけで100%白か黒かを決め付けるのは危険だ。話を振った一之瀬、最初に肯定した軽井沢。それに続いた幸村や真鍋。Bクラスの浜口。この中に堂々と嘘をついて
流れを断たないよう、しっかりと場の雰囲気を壊さぬようにオレが続く。
「同意見だ。
 満腹で腹が苦しいようで、ずっと手で
「もちろん、俺もポイントが欲しいから協力するぜ」
 まだ博士の
その様子を疑念の目で観察していたのは、男子のみで構成されたAクラス一行だった。
 グループの個々の面々の意見を様子見していたようで、落ち着いた物腰で注意を
「一之瀬、その質問はずるくないか? 『自分が優待者でない』なら利点があるグループ
 
 当たり前のように
 それを聞いた
「試験としては妥当な質問じゃないですか? 正直に答えなきゃならない
浜口もまた、冷静な切り口で批判するAクラスの生徒をけん制する。
どうやら早くも舌戦開戦のようだ。町田は町田で浜口の切り返しに動じない。
むしろ、この展開は想定内だったかのようなことを口にした。
「そうか。確かにその通りだ、嫌なら答えなければいいだけだな。なら俺たちAクラスは全員沈黙させてもらうことにする」
町田は腕を組んで拒否を示した。そしてAクラスの2人もまた同じ姿勢を貫く様子だった。釣られるように、まだ答えていなかった残りの面々も黙りを決め込む。
「ちょい責めすぎた質問だったかな?」
思いがけない拒否反応に、一之瀬は少し困ったような苦笑いを浮かべた。
「いえ、一之瀬さんの質問は至極普通かと。ただ想像以上に彼らの警戒心が強かっただけです。でも町田くん、教えてもらえますか。適切な質問とはどんなものがありますか。好きな食べ物や趣味の話をしても試験に
「話し合いのための代替案? そんなものはない」
 浜口の意見を
「一之瀬さんがどう考えて今の質問をしたのか、その本質は僕にも分かりません。ただ、この試験において、話し合うことが解決へと繋がる唯一の道と僕は考えます。このまま無言を貫き通した場合には、Aクラス抜きで僕たちだけで話し合いを持つことになるんじゃないでしょうか。せめてどんな議題の内容を話すかを一緒に考えて頂かないと」
 浜口の言う通りだ。人任せに黙り込んでいるだけでは優待者は絞り込めない。それは町田も分かっているはずだが、腕を組んで警戒したまま答えなかった。がっちりと閉ざされた城門を見て、一之瀬が突破のための
「そうなると、不本意だけど場合によっては多数決で最終的なジャッジを決めることになるよね。質問に答えてくれない人たちを疑うことになるし、優待者を当てずっぽうで指名するかも。それで納得できる?」
 一之瀬は純真に正面からAクラスという城門へぶつかりにいく。
「……
「勘違いはしないでね。私たちは話し合いがしたいだけ。何を話すのも答えるのも自由だけど、この試験で求められる舞台への参加、つまり土俵には上がってもらいたいの」
 
「この試験、本当に話し合いで解決することか? 話をしていくうちに優待者が安易に正体を認めるとでも? それとも
なるほどな。どうやらAクラスの方針は既に固まっているらしい。口ぶりから察するに今考えたことだとも思えなかった。オレには町田の背後に、ある男の姿が見えた気がした。
「なら、他に方法はあるのかな?」
十中八九ない。そう確信しているからこそ、一之瀬は聞く。
しかしそれはAクラスにとって望んでいた質問でもあった。
「───ある。この試験を確実に、簡単に、そしてプラスでクリアする方法がな」
 悩んだり
 その言葉に一之瀬も
「……聞かせてもらえるかな? その方法ってヤツ」
「もちろんだ。俺たちはグループだからな、貴重な情報は共有しよう」
町田、いや……Aクラスが全体で考えたと思われる作戦を口にする。至極単純な攻略。
「俺たちが推奨する試験攻略法とは……最初から最後まで話し合いを持たないことだ」
間隔を詰めて座っていたオレたちには十分すぎるほどの声量。
 
「なかなかユニークな話ですね。話し合いを持たないでどうやってこの試験を攻略すると? 誰かも分からない優待者に勝ち逃げを許すんですか?」
突然の対話拒否宣言に、一之瀬より先に浜口が割って入った。
「そうだ。余計な話し合いをせず試験を終えることこそが勝利への近道だ」
「
自分たちのクラスに優待者がいる。その事実が共有されているならば話し合いに応じる必要はない。浜口の意見は誰もが抱く疑念だろう。
「どこのクラスに優待者がいるのか、そんなことはどうでもいい。いや関係ない。話し合いを持たなければ絶対に勝てる。それが
「葛城くんの……? なるほど、ね」
 
「この試験には4つの結果しかない、説明を受けたのは記憶に新しい。そこで全員に考えてもらいたいことがある。この試験で絶対に避けたい結果は何だと思う」
 問いかけるように、町田は適当に指名するように
「えーっと……優待者の正体を誰かが
「その通りだ。裏切り者を生み出すことが敗北に
次に、町田は幸村に向かってその答えを求めてきた。
「……マイナス要素が存在しない、と言うことか?」
「そうだ。残りの2つの結果にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。そのうえ大量のプライベートポイントが手に入り
「ある程度の有用性は認めます。しかし優待者がどのクラスにいるかわからない以上、クラス同士のポイント差が広がる可能性はありますよね? もしも優待者の配分が極端に
 もし
この学校ではプライベートポイントにも様々な使い道がある。普段のお小遣いにもなることは当然として、テストの点数を買うことや、場合によっては生徒のクラス移動まで出来る万能の力を持っている。優待者の振り分けが分からない以上、そんな作戦を実行できるはずがないというのが浜口の主張だ。
だが、それも同じくAクラスには通用しないだろう。葛城ならば、既に仕組まれている『からくり』には気づいているはずだ。そうでなければこの戦略を提案するわけがない。
「少し考えれば分かることだが、学校が不公平な振り分けを行うはずがない。試験開始前に公平性を嫌というほど、強調していた。『グループに優待者が一人だけ』いる事実は無視できないが、さほど重要じゃない。『全てのクラスに均等に優待者がいる』という事実こそが大切だ。もしも偏りを許せば、スタート時点で大きな不公平が生まれていることになる。あり得るか? いいや、あり得ない。前の無人島試験でも公平さは保たれていただろ? AクラスもDクラスも平等なスタートであることは疑う余地がない」
 
 思わぬ提案に
「確かに……公平性を強調していたのは事実です。それを信じるのであれば、確かに考え方は間違ってないと思いますがそれでも確実ではありませんよね」
苦しいながらも、浜口はそう答えるのが精一杯だった。
 学校が不用意に一つのクラスに優待者を
「おまえも理解してるように思えるけどな。話し合いをして相手を疑い
「そうだね。君たちの話は間違ってないと思うよ。学校だけが負担を負うなら悪くない話だしね」
 
「でも、それを実行するには意外と大変。ううん、ひょっとしたら話し合う以上に大変なことかもしれないね。話し合いをしない、相手を疑わず裏切らない。それを一年生全員が守らなきゃいけない。それに優待者の
自分のクラスで、一部の生徒だけが隠れ富豪になる。それは複雑な気分だろう。
「我々Aクラスは完全な信頼関係で結ばれている。その点は全く心配していない。内輪の問題は内輪で解決すればいい」
 守りに
「いいんじゃないでござるか? どこにも問題はないように思えるでござるよ。試験が終わった後にでもクラスで話し合いを持ってポイントを分け合えば平和でござろう」
 
「私も賛成かも。全員が答えを
 
 
「なるほど。確かに町田くんの言うとおり。試験終了後の問題は各クラスにあり、か」
 腕を組んだ
「きちんと全員の意見を聞かせてもらえる? まず賛成だと思う人、挙手をお願い」
 Dクラスの幸村と
「伊吹さんはどう? もし良かったら意見を聞かせてもらえるかな」
「別に。今は何もないから勝手に進めて」
どうやら意思を示すつもりはないらしい。Cクラスの3人とは明らかに立ち位置が違う。
 
「わかった、それも個人の考えだからね。じゃあ
「あたしは……正直言えば不満もある。ポイントが手に入るって言っても、あたしの手に入るかは別だしね。だけど、話し合いをしてもポイントが手に入るとも限らないわけだし……無理に
軽井沢なりに考えての言葉は、意外と他の生徒にも響いたように見えた。
「
「僕らの方針は一之瀬さんにすべてお任せします」
 一之瀬への信頼はゆるぎないもののようで、Bクラスの2人がしっかりと
「ありがと。じゃあ残りの一人……
最後まで答えを保留していたオレに、一之瀬がそう聞いてきた。
「いいんじゃないか。既に過半数は納得したようだし、元々話し合いは苦手だしな」
 賛成意見で通るように
 いや、ここですんなりと流されて
 
「決まりだな」
「待って。町田くんの……ううん、葛城くんの案は確かに悪くない作戦だよ。誰も疑わず、
海中に沈んでいた疑いの潜水艦が、海面へ白いしぶきをあげながら浮上してくる。
「見えないデメリット? 一体なんだそれは」
 考えが及んでいなかった
「全クラスに均等に優待者がいる、ということを前提に話すと、確かにこの試験単体では、話し合いをしないことで優待者の逃げ切りを許して大量のポイントを平等に得られると思う。つまりメリットだけ。でも、下のクラスの人は限られたチャンスを1つ棒に振るってことなんじゃないかな?」
「それは───」
「卒業までに、特別試験が何回行われるかは分からないよね。Aクラスとの差も顕著だし。極端な話、各クラス足並みを
そのことを指摘されると、幸村の顔が段々とこわばっていくのが目に見えて分かった。
どうしてそんな単純なことに気がつかなかったのか、と。
 
だからこそ、幸村は後先のことを見ずにどっちが得なのかで考えてしまった。
「私は貴重なチャンスを簡単に棒には振れない。たとえ確実な成果が得られるとしても」
「どうやら一之瀬さんからは結論が出たようです。僕たちも同意見です」
「待て一之瀬。言いたいことは分かったが、それだと望める結果は結局1つしかないぞ。全員で正解したとしても、このグループ全員が均等に大金を手に入れるだけ。おまえの望む展開にはならない。それとも話し合って優待者を見つけ出し、Bクラスが一目散に裏切るつもりなのか? おまえは結果1を望むか全員に聞いたばかりだ。とても信用できたもんじゃないな」
「差が詰まることはないって言ったけど、それは間違いだよ。このグループの人数はDクラスとCクラスが4人。BクラスとAクラスが3人。つまり結果1でクリアすれば下のクラスは上位クラスとの差を確実に詰めることができるってことじゃない?」
「……確かにな。だがその上位クラスであるBクラスはそれを受け入れると? 自己犠牲を払って下のクラスを得にさせるメリットなんてないだろ」
「そうしないとAクラスに逃げ切りを許しちゃうかも知れないからね。特にAクラスに優待者がいた場合を考えると厄介極まりないし」
Aクラスに優待者がいないと確定していれば、一之瀬も肉を切らせる必要はない。
だが、その可能性がある以上話し合いの場を成立させなければならないのだ。
「僕も同意見です。Aクラスに逃げ切りを許す考え方にはなれませんね」
 
 こうなった時の対応を
Aクラスのことを知り尽くしているからこそ、返せた一言じゃないだろうか。
 一度は賛成に挙手した生徒も、これでまた大半が中立、あるいは
 場は一之瀬
DとCは、この二つのどちらにつくか、を軸に話に聞き入っている。
そしてその軸は確実にBクラス寄りになっていることだろう。
「なら反対というわけか。先に言っておくが、既にAクラスの方針は今話した方向で固まっている。
 決別を行動で示すように、Aクラスの3人は立ち上がり
残り時間は勝手にやってくれということらしい。
 おそらく全てのクラスで今、同じようにAクラスのメンバーが行動していることだろう。初日、最初の話し合いにして
こうすることでAクラスの中に優待者がいる場合、探すのは非常に困難になったわけだ。
「さーてと、どうしたものかなー」
 
「のけ者にするのは避けたいけど、クラスの方針じゃ仕方ないね。あ、でも話し合いに参加したくなったら言ってねー」
優しく声をかけるが、既にAクラスは興味ないとばかりに返事をしなかった。
「Aクラス不参加で優待者を見つけるのは無理なんじゃないのか」
 状況の変化に焦った
 さっきまで都合の良い方につこうと
 幸村としても、勢いを
「もしAクラスに優待者がいるなら、個人に絞るまでは簡単じゃないかもね。だけど、単純に確率でいえば4分の3で優待者はこっちにいることになるよ。それに『誰か』まで分からなくても『どこに』優待者がいるか分かれば、やりようはあるんじゃない?」
一之瀬は一気に優待者を見つけるのではなく、まずはどのクラスにいるかを絞るだけで構わないと判断している。いや、正確にはAクラスにいるのかを知りたがっているようだ。
「彼らが話し合いを拒否したから隠さずに言うけど、もしこの3クラスの中に優待者がいるのなら、私は最悪隠し通してもいいと思ってる。だけどAクラスに優待者がいるのであれば、それを
葛城の作戦を受け、一之瀬は大胆に強く打って出た。3クラスで同盟を結び優待者の絞込みを行いたいと言ってきたのだ。
「……信用できないな」
 それを拒否したのは幸村。それからCクラスの
「もしAクラスの中に優待者がいたとしても、本当に特定できるの? 難しくない?」
「今はまだ、そこまで先のことを考える必要はないんじゃないかな。まずは優待者がどこにいるのかを絞り込んでいくことそのものが大切だと思うんだよね」
優待者にしてみれば3クラス協力による絞り込みは恐怖だろう。しかし1名もしくは仲間のクラス以外の者は、優待者を探すために協力するのも手だと考えるはずだ。
「この話は、今私がこの場で考えたこと。対話を続けていればこれから先もっと良いアイデアだって出ると思うんだよね。だって試験は始まったばっかりなんだから。誰の案を採用するのかしないのか、ゆっくり決めていけばいいんじゃないかな」
 
 それぞれが、それぞれの思惑を持って動いているのだから。
ともかくオレは慌てず他の出方を見てから動くことにしよう。
コミュニケーション能力の低い人間はどうしても、こういった状況では後手後手になってしまうのだ。それはそれで情けない話だが焦らずに行こう。
「ねえ
 話し合いが難航しそうとみるや、Cクラスの女子である
軽井沢は名指しされると思っていなかったようで、面食って携帯から視線を移した。
「なに」
「私の勘違いじゃなかったらなんだけど……もしかして夏休み前にリカと
「は? なにそれ、リカって誰よ」
「私たちと同じクラスの子でメガネかけてるんだけど。お団子頭の。覚えない?」
「知らない、別人でしょ」
自分には無関係の話だと判断したのか、もう一度携帯に視線を落とす軽井沢。
しかしその次の言葉で軽井沢の淡々とした様子に変化が生じる。
「おかしくない? 私たち確かに聞いたんだよね。Dクラスの軽井沢って子に意地悪されたって。カフェで順番待ちしてたら割り込まれて
「……知らないし。っていうか何、なんかあたしに文句あるわけ?」
「別に確認してるだけ。その話が本当なら謝って欲しいの。リカって自分で全部抱えちゃうタイプだから私たちが何とかしてあげないといけないから」
 どうやら軽井沢は自分のクラスだけじゃなく、余所でもちょっとしたトラブルメーカーらしい。Cクラスも何かと面倒な相手だから目を付けられると厄介だ。軽井沢は無視を決め込んだが、それを見ていた真鍋は
「リカに確認してもらうけどいい? いいよね、軽井沢さんじゃないなら問題ないでしょ」
 そのとき、軽井沢は突如顔をあげて真鍋の持つ携帯を手で払いのけた。その勢いは思ったよりも強く、
「なにすんのよ!」
「それはこっちのセリフ。勝手にあたしを撮らないで。別人だって言ってるでしょ」
 二人の主張は完全に食い違っている。言い争いはヒートアップしていく。
「携帯壊れたらどうすんのよ!」
「どうするって、学校に言って、別の
「中には大切な写真とか入ってるんだから……」
 慌てて携帯を拾い上げた真鍋は、
「なによ……あたしが悪いっていうの?」
「別人だっていうなら、そんなムキになって否定しなくていいじゃない。撮らせてよね」
「嫌だってば……」
 もっと強気に真鍋にぶつかっていくと思っていたが、軽井沢は意外と消極的だった。というよりも、強気の中に若干
「後ろめたいことがあるから否定してるんじゃないの?」
 真鍋は強引に写真を撮るつもりなのか、カメラのレンズで軽井沢を
「バカらしい」
「バカらしいってなによ、伊吹さんには関係ないでしょ。リカと友達じゃないんだから」
「そうね。確かに私には関係ない。だから他人として感想を言っただけ」
伊吹はそう言い腕を組んで目を伏せた。真鍋はその態度が気に入らなかったようだが、直接伊吹に当たることなく軽井沢に対して声を荒げた。それは恐らく、Cクラスの中で伊吹に対して明確な上下関係が確立されているからだろう。
「とにかく撮らせてもらうから」
「嫌だってば! ねえ……この子に何か言ってあげてよ」
 何を思ったか、軽井沢はAクラスの生徒である
救いを求めるように隣に座り真鍋に対して文句を漏らす。
「無断で写真撮るなんて許せないんだけど。町田くんはどう思う?」
「……そうだな。真鍋、軽井沢が嫌がってるんだからやめてやれ」
「ま、町田くんには関係ないでしょ」
「今の話を聞く限り、悪いのは真鍋のように思える。軽井沢が知らないと言ってるんだから強引に決めつけることはできないだろう。友達に再確認した方がいいだろうな」
 確かにこの状況で公平に判断するなら
 そんなことは
「変な言いがかりはやめてよね、まったく。ありがとう町田くん」
 どこか尊敬の念を込めた目で町田を上目遣いに見る
「……当たり前のことをしただけだ」
そう照れ臭そうに町田は答える。新たな恋の始まりの予感でもしただろうか。
 軽井沢には
 ただ、Cクラスの一部と軽井沢の関係は、この先問題の
2
結局話にまとまりが生まれることはなく、最低限話し合うよう求められた1時間が経過した。自由にしてよいというアナウンスがされ解散可能な状態となる。
 すぐにAクラスの生徒は固まって
「それじゃ、後は好きにやってくれ」
 彼らがバタバタと部屋を出て行くと、再び部屋は一度
 
まだ打つ手を隠しているのか、それとも何も考えていないのか。お手並み拝見だ。
「一応、話し合いの場はあと5回作れるし、ひとまず今回は解散にしようか」
一之瀬はさっぱりとした声でそう言った。
 要は一度時間を
 いきなり処理しきれない大量の情報を
「じゃ、あたし戻るから。っと!?」
 疲れたと立ち上がる軽井沢だが、座っていた時に足が
「痛っ!?」
倒れるのを防ごうと慌てたため、テンテンと歩いた軽井沢は真鍋の足を思い切り踏んづけてしまう。当然、その激痛に真鍋は悲鳴をあげる。
「あーびっくりした。ごめんごめん、じゃ」
 軽く謝った
「な、何あいつ!」
 痛みと軽井沢の態度に怒り心頭の
「じゃあ、俺たちも戻ろう。
 他クラスは想像以上に動き出していた。
 
 結局部屋の中に最後まで残っていたのは、Bクラスの3人と
「お
いやいや、おまえは早すぎだ。一時間で消化が終わるなんてどんな体の構造だ。そもそもそんなに食べているから太るんだ。だがそんな心のアドバイスが届くことはないだろう。
「なあ幸村、軽井沢の様子が少しおかしくなかったか?」
 オレは一度目の試験を終え疑問に感じたことを口にしてみた。幸村は
「あいつの様子はいつもおかしい」
 ……端的だが実に的を
博士も特に気がついたことはなかったようで、一度このことは忘れることに。
 雑念が入らないよう入室前に切っていた携帯の電源を入れると、
「丁度いいかもな」
 平田や
「えーっと、どこで落ち合うかな……」
 とりあえず
 その
一度に10人ほどしか乗れないことを考えると、階段を使って戻ったほうが早いだろう。
オレはそのまま階段を下り甲板へ向かう。途中で携帯に新しいチャットが入る。
『ちょっと人が多くなってきたから、船首のほうに回ってるね。ごめんね』
「おっと……佐倉には耐えられなかったか」
それから船首のほうに向かう。豪勢な設備に溢れている船内だが、船首のほうには景観を眺めるための広いデッキがあるだけ。そのため、基本的には人が少ない。
どうやら今は他に誰もいないようで、広いデッキをほぼ独占出来る状態だった。
 しかし、そんな独り占め可能なデッキでも
「……だと思うんだけど……ど、どうかな?」
 ん? 佐倉との距離を詰めていくに連れ、ぶつぶつと
 風に声が運ばれてくるが、元々の声量が小さいため
「わ、私と、その……で、でで、デー……」
誰かと話しているかとも思ったが、見晴らしの良いデッキにはほかに誰もいない。
手にも携帯を持っていない様子でちょっと不気味だ。
「佐倉? どうした?」
極力驚かせないように静かに声をかける。
「トぅをおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
びゃーっと飛び上がるように佐倉は驚く。その様子にオレも驚いた。
「い、いい、いつ、いつの間にそこにぃ!?」
「いつの間にも何も、今来たばっかりだ」
やはり周囲には誰もいないし、小動物のようなものもいない。
 つまり
「聞いた!? 私の話聞いちゃった!?」
「飛び飛びでは。けど何て言ってたかはさすがに」
 佐倉は聞き取られていなかったことに
「それで、オレを呼び出した理由は?」
「えぇと、その、だから、あー……そ、そう! 今回の試験のことで悩んでて!」
 
 Aクラス・
 Bクラス・
 Cクラス・
 Dクラス・
牛グループに配属されたDクラスは……おっと、これまた強烈だな。
男子からは須藤と池、佐倉に同情せざるを得ないメンバーだ。
この試験は、どうしてもグループのメンバーだけで過ごす時間が生じる。
 
 強制的にグループが集まる時間になれば離れ離れ、
こっそり携帯を通じて助けることも出来るが、試験中にそんな不自然な行動ばかり取っていればすぐに周囲も気づく。そして、その行動が試験では命取りになりかねない。
「もし他クラスに知ってるやつでもいればと思ったが……見事なまでに誰も知り合いがいない。友達の『と』の字も感じられないな……」
 考えてみても、
その一之瀬はオレのグループに来てしまったため、既に詰んでいる状態か。
須藤と池じゃ佐倉は任せられないしな……。
「すまん……オレにちゃんとした友達がいないばかりに」
「あ、謝ることじゃないよっ。私のほうが全然友達いないしっ!」
情けない話だが、二人してどちらが下かを競う始末。
そんな互いの友達いない自慢を一通りしたところでオレは別の話に切り替えた。
「ところで、オレも佐倉に少し聞きたいことがあったんだがいいか?」
「え? 私に? なに?」
「ディスカッションが終わってから、
「山内くん……? ううん、特にはないよ。どうかしたの?」
「そうか」
 無人島での試験で、オレは
 もちろん無断で山内にアドレスを教えるわけにもいかず、
「とりあえず、思ったことがあったら連絡してくれ。基本的には出られるはずだから」
「……いいの?」
「ああ。オレにしてやれることはそれくらいだからな」
 そんな頼りになるのかならないのかもわからない発言に、佐倉は子供のように目を輝かせる。ちょっとしたやりとりが
「必ず連絡するねっ!」
「お、おう」
ちょっとイメージと違う佐倉の喜びようと、勢いのある言葉に少し後ずさり。
 なんだかんだ、ちょっとずつ積極的になってきてるって解釈でいいんだよな? 無人島から数日しか経過していないのに、佐倉は不思議と一回り成長しているように見えた。突拍子もない試験だったが、成長期の高校生には思わぬ影響を与えていたのかもな。立ち直ったわけじゃないだろうが、
3
「あぁああやあああああのおおおおおこおおおううううじいいいいいい……!」
 船内に戻るや
 そして首へと腕を回され、締め上げられる。慌ててタップするも、
「ど、どうした」
理由は分かっていたが、形式上そう返さずにはいられない。
「どうしたもこうしたも、佐倉のアドレス教えてくれるって話はどうなってんだよ! つか、今おまえ佐倉と何か話してたよな! やっぱり佐倉
どうやら、運悪く山内に目撃されてしまったらしい。が、モノは考えようか。
「別に狙ったつもりはない。ただ少し言いにくいんだが……一つ
「嘘、ってなんだよ……」
「人見知りのオレが佐倉のアドレスなんか知ってると思うか?」
あえて少しだけ回りくどく説明して、山内にその言葉の真相を理解させる。
「もしかして……今
 
「つまり
「そうなる……」
「それで、成果は? ちゃんと佐倉からアドレスは聞き出せたのか?」
「……悪い」
「悪い? 悪いって何だよ。……俺が求めてるのは謝罪じゃなくてアドレスだぜ?」
 感情のない静かな
「よくも、よくもダマしてくれたなああああ!」
 確かにダマしたことは悪かったと思うが、許可もなく佐倉の連絡先を山内に教えるわけにはいかない。
「もう少し時間をくれないか」
「何が時間だ! 嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」
Dクラスでも嘘つきの筆頭といわれている山内に言われるとは……ショックだ。
「なら強引に佐倉に聞くのか?」
「ああ、そうするさ」
怒りが先行して前が見えていないんだろう、強引にでもアドレスを得る腹づもりらしい。
「佐倉が言ってたぞ、口だけの男は嫌いだってな」
「それはおまえじゃねーの綾小路」
「もちろんオレは嫌われてしまっている。連絡先を教えてくれないのも当然だ。だからこそ、同じ
「んなの言い訳だろ。元々知らなかったんだろ、おまえは」
目を伏せ山内に頭を下げる。
「ああ。それは謝らせてくれ。だけどこのままじゃ間違いなくおまえも嫌われるぞ」
「んなの、どうすりゃいいんだよ……」
「佐倉がデジカメを好きなことは知ってるよな? 実は、今持ってるヤツが不調らしいって話を聞いた。新しいカメラを買おうにもポイントがなくて諦めてるらしい。でも、もしそのデジカメを山内が用意できたとしたら? プレゼントしたらどうなる?」
「そりゃ、喜んでくれるだろうけど……俺ポイントなんてないぜ?」
「この特別試験で優待者のまま逃げ切ったり、裏切り者になったり、あるいは全員を導いてクリアすれば、デジカメを何台も買えるだけのポイントが手に入る。違うか?」
「俺が頑張れば佐倉と親しくなれるってことか」
今沸々と山内の中にはひとつの答えが生まれたはずだ。
「男らしさを見せる意味でも、今は
どんな気持ちであれ、山内が佐倉に好意を寄せていることは事実だ。そこに刺激を与えてやれば通常よりも高いポテンシャルを発揮する可能性はある。
「やる、やってやる、やってやるぞ! 俺は自力で佐倉を手に入れてみせる!!」
「そうだ山内。おまえならやれる、やれるんだっ」
「うおおおお! この試験、絶対に俺が勝ってみせる!!」
 何とか怒りの矛先を
 それにもし大金星をあげれば
 ひとつ怖いことがあるとすれば、適当に優待者を
「念のために言っておくが───」
山内に慎重になるよう言いかけて思いとどまる。
「なんだよ」
「いや、頑張ってくれ。優待者を見つけたら他のクラスに抜け駆けされないようにな」
「当然だぜっ」
山内が優待者を誤って外してしまったら、それはそれでいいかも知れない。
目先の利よりも未来の利だ。
4
 卒業時点でAクラスだけが『
BクラスとDクラスが手を取り合えているのは、CクラスとAクラスを倒すため。
CクラスとAクラスが手を組めるのも、DクラスとBクラスを倒すためだからだ。
 なら、そのクラスが全て一堂に会したらどうなる。肉食動物と草食動物を同じ檻に閉じ込めるような、危なげな状況になる。
もちろん、偶然による団結は起こりうるだろう。
 
それくらいの無理難題。
 Aクラスは2度目の集まりでも話し合いには一切参加しなかった。当然、1クラスが欠けた状態で腹を割った話など出来るはずもなく、時間だけが
 各クラスの生徒たちがどう行動するのだろうと興味深く観察を始めていたが、早くもこの不安定な関係は息の詰まる場になりはじめていた。けして皆のやる気がないわけじゃない。警戒心が強いため
「とりあえず……こうして集まるのも2回目だし、そろそろ打ち解けあっていく必要があるんじゃないかな? 集まれる回数は限られているわけだしね」
 やはり、今回も最初に動いたのは
 
一之瀬たちはあくまでも、Bクラスの勝利に重きを置いているはずだ。
前回の浮ついた、これから何が起こるのかわからない時と違い、この場の空気は嫌に重い。誰もが疑心暗鬼になりつつ、警戒心を強めている。
 そんな中Aクラスの3人は、この重たい空気から解放され好き好きに携帯を
金持ちは金持ちに、貧乏人は貧乏人になんて言葉があるが、まさにその通りだ。
クラス対抗において圧倒的優位にいるAクラスは、焦る必要が全くない。
 無人島で一矢報いたことで多少流れが変わるかと思ったが、
とくにオレのような単独で動く人間には、この城壁を崩すことは容易ではない。
「打ち解けあう必要はないと思うが、話し合いが必要なことには賛同する。Aクラスは勝手に試験から降りたつもりかも知れないが、こっちとしては優待者を
 
あるいは自分が優待者であるため、それを悟らせないためのカモフラージュか。
「でも話し合いなんかで答えが見えてくるわけ? あたしにはとてもそうは思えない。優待者がズルすぎるっていうか、この試験難しすぎるって」
「言いたいことはわかるよ
「サンライズ?」
「サンライズなら任せるでござるよ! 拙者の得意分野でござる! 
 言い間違いに
「船の上での生活は、何も不自由がなくて楽しいでしょ? 1日2時間集まる決まりがあるって言ってもお
「それはまぁ……楽しいけどさ」
「でしょ? だからもっと気楽に話そ。友達同士話すみたいに。もし
 授業さえ抜きで考えれば、事実バカンスを
「おまえがどう楽しもうと自由だが、優待者を見つけるなんて出来るはずがないだろう。このグループの誰が優待者なのか知らないが、もし仲間と情報を共有していないのなら自分だけがポイントを得る算段をつけている。意地でも隠し通すだろうな。それに、もしかしたらBクラスの中に優待者がいるかも知れないぞ? その二人の話を信用できるのか?」
ちょっとした心の揺さぶりを仕掛ける。
「それは町田くんたちにも言えるんじゃない? 仲間を信用できる?」
「……当然だ」
 一瞬町田の視線が泳いだ。いや、正確には隣にいる『
しかしすぐに視線を輪に戻すと、改めてAクラスには不安要素など無いと説く。
「俺たちが優待者にこだわる理由はない。毎月10万以上の金が振り込まれるんだ、
「そうかな? 転ばぬ先の
「バカバカしい。幻想を抱くのは勝手だけどな。ま、精々無駄な
町田に笑みを向けていた一之瀬の横顔。それは確かな手応えを感じているように見えた。
 町田は話し合いには参加しないと言いながらも一之瀬に、せっつかれ受け答えしている。話をすれば情報は漏れる。
 一方、軽井沢は時折深めのため息をついて携帯を触る。試験中携帯を触ってはいけないルールはないため違反ではないが、優待者を見つけるための前向きな態度とは言えないな。それとも、CIAやFBIばりに今もリアルタイムで
 もちろん、普段
それは特別試験が始まった時から感じているもの。
 いつもと違う軽井沢。
 そしてその正体に気づく。どれも軽井沢『らしく』ないのだ。Dクラスの中でも
 時折話を振られて
 むしろ格付け、カースト制度で表すならCクラスの
これこそが違和感の正体。そして疑問と疑念。ゆっくりとそれが膨れ上がっていく。
 Dクラスが上位に食い込むために必要なことは、今ポイントを増やすことじゃない。増やしていけるだけの体制を作ることが急務だ。AクラスやBクラスに比べれば、Dクラスの結束力は格段に低いと言える。そのために欠かせない存在となりそうなのが軽井沢
 1時間が経過し試験が終了するとすぐに
「うーん……これは大変な試験になりそうだねえ。
 意外と食わせ物だな一之瀬
多分同じクラスメイトだったら好きになってる気がする。それだけ魅力を持った存在。
それだけにBクラスだけでなく、他クラスの男子も彼女を放っておかないだろう。櫛田と競って人気だろうな。
「正直、オレみたいな人間はこんな試験じゃ手も足もでない。ただ
「諦めるのは早いよ。少しでも良い方向に転ぶように一緒に頑張ろ」
 
「まぁこのまま単純に話し合いを続けても、誰も素直には優待者とは認めないだろうねー。隠し通すメリットとバレた時のデメリットが大きすぎるんだもん。このまま平行線になるようなら、最悪Aクラスの思惑通りに動くのも手なのかもね」
そんな弱気とも取れる発言とは裏腹に、一之瀬の目は全く死んでいなかった。
 沢山の考えが
「とりあえず今日は終わりだね。二人ともお疲れ様」
「いえ、僕たちは何もしていませんよ。では引き上げますか」
 切り替えが早い。スイッチをオフにするようにBクラスの3人はリラックスするように肩の力を抜くようだ。今日一日観察して見えてきたもの。見えてこないもの。一之瀬たちの本当の
もちろん外部に聞かせるはずもない、何らかの作戦を検討しているのかもな。
 Cクラスの
エレベーター前で追いつくと、オレは少し遠慮がちに声をかける。
「ちょっといいか?」
オレの存在には気がついていたようだが、話しかけられるとは思っていなかったのか少し警戒した様子で真鍋が振り向く。
「
「それがどうかしたの」
本来オレの会話なんかに興味はないだろうけど、その内容には絶対に興味を示すと思っていた。3人が3人とも、オレを試すように視線を向けてきた。
「100%じゃないけど、軽井沢が別のクラスの女子と
「それ……本当に?」
 真鍋が距離を詰めるように
「多分、な。その時の悪い空気っていうか、気まずい感じを覚えてたから一応伝えておこうと思って。それだけだから」
 一度はうやむやに終わった軽井沢とCクラスとの
 この
5
 一眠りして遅く
 
 戻ってくるのが遅かったオレを心配そうに見ていたのは
「お疲れ様
「ちょっとな。あぁそうだ、少し平田に聞きたいことがあるんだがいいか」
「疲れてると思うんだけど、もし良かったら少しだけ話をしない?」
 ほぼ同時に、オレと平田の言葉が
「うん? 僕に聞きたいことって何かな」
「いや、先に平田の用件を聞こうか。オレの話は後でもいいやつだから」
幸村からはピリピリとした空気が流れている。試験に関する話だろう。
 同室である以上
 軽く
「
「俺は
「本当は
まぁそうだろうな。高円寺がそんな無意味なことをするとは思えない。
「すまないね平田ボーイ。私は今肉体美の追求に忙しいのだよ」
 上半身裸の高円寺は、逆立ちした状態で腕立て伏せを繰り返している。大量の汗を
そんな心配を平田は見透かしたように答える。
「一応高円寺くんはグループの場には姿を見せているようだよ。禁止事項に試験への不参加は都度ポイントを差し引くと書かれてあるからね」
ルールをしっかり読み込んでいる平田からしても、ひとまずは安心だろう。
「実は僕のところにクラスの2人から優待者になったって連絡を
「なんだって? 一体誰なんだ」
「それは───僕の口からは言えないよ。信頼して教えてもらっている話だし」
「俺たちが信用できないっていうのか平田。お前が知ってるなら俺にも知る権利がある。それに優待者が誰か分かれば試験攻略のヒントになるかも知れないだろ。そもそも話し合いをするのなら持っている情報を仲間内で共有するのは当たり前のことだ」
「……そうだね。僕も、相談をしたいとは思っていた……実は───」
だからこそ、優待者の話を聞いたと口にしたんだろう。
「なあ平田、念のために携帯か何かに打ち込んだほうがいいんじゃないか? 盗聴されてるなんてことはないと思うけど用心に越したことは無い」
「それもそうだね。ちょっと待って」
平田は携帯の画面をつけそこに2人の名前を打ち込んでいく。そしてこちらへと向けた。
『竜グループの
そう書かれた文字をこちらに見せると、すぐにその文字を消去した。
「……なるほど」
口にしないように幸村は気をつけながら、法則性を考える。
 しかし櫛田が優待者だったとは。一番激化しそうな竜グループにおいて非常に大きいアドバンテージだ。だが、この優待者の存在は逆に怖くもある。正体を知られたら避ける手立てがないことだ。他のクラスに優待者がいれば最悪被害は
「大丈夫だよ。
 こちらの心配を見透かしたように、
 竜グループの3人は選りすぐりの面々だ。
「
「うん、
 
「高円寺っ、その
「仕方ないだろう? あの時私は体調を崩してしまったのだ、無理は出来ないさ」
「ぐっ……ただの仮病の癖にっ」
「しかしあと2日も試験が続くのは、ただ面倒なだけだねぇ」
 ぐっぐっと逆立ち腕立て伏せを続けていた高円寺は、
そしてベッドにかけておいたタオルを首にかける。
「面倒なだけだと? 試験を考えようともしない癖に偉そうな」
「面白くもない試験を続けても意味がないだろう? 
 携帯を
「おい、何をしたんだ高円寺!?」
予期しながらも、そう叫ばずにはいられなかった幸村。
オレと平田は急いで携帯を取り出し、届いたメールに目を通す。
『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動して下さい』
「この猿って、おまえのグループだろ高円寺っ!」
「その通りだよ。これで私は晴れて自由の身になったわけだね。アデュー」
 携帯を放り投げバスルームへと姿を消す高円寺に、オレたちはただ
「ふ、ふざけるなよっ。俺たちが必死に考えているのに、またあいつはっ!」
「まだ分からないよ。彼には彼なりの考えがあったのかも知れないし……」
「考えが甘い! あいつはただ自分が楽できればそれでいいんだ! 最悪だ!」
確かに高円寺が真剣に試験へ取り組んでいるとは思えない。だが、あいつの洞察力や観察力には目を見張るものがある。もしこの試験を『嘘つきを見つける簡単なクイズ』と言い切ったことが事実であれば、的中させているかも知れない。
 
 チャットでは何があったのかを知りたがるクラスメイトの声で
「ごめん、ちょっと混乱が
「くそ……高円寺のせいで話し合いどころじゃなくなってしまったじゃないかっ」
「ちょっと出てくる」
 
 話し合いが流れてしまったことを横目に確認し、一言残して
 高円寺が試験を終了させてしまうハプニングこそあったが、今はその点にいつまでもとらわれているわけにはいかない。正直、今回の試験でオレが出来る限界がある程度見えてしまっている。オレがどれだけ
 それぞれの生徒と
自身が持つ携帯からは、他グループの答えに介入することも出来ない。
それ以外の方法に手を伸ばすには時間も足りないしリスクが高い。
 あるいは決定的な全てを覆すだけの情報でもあれば別だが……。鍵を握るのはDクラスでは平田、
「無理だな……」
休みを含めてあと3日。とてもじゃないが無理なものは無理だ。
たとえその二人の全面協力を得たとしても目と耳が圧倒的に足りない。
各グループで行われる話し合いを把握できるような状態には持っていけない。
 もちろん堀北や
やはりこの試験でやるべきは、今後のその目と耳を手に入れるための一手だな。
6
満天の星空が、視界いっぱいに広がっていた。
 行き場を求めて
「コレは
 本や映像で見るものとは
ただ、そんな二人組だらけの中にあって、一人だけで星空を見上げる生徒もいた。それもシルエットからして女の子だ。
「……いやいや」
 ここで声をかけにいって、一緒に星空でも見ませんか、なんてナンパなことが言えるはずも無い。途中で彼氏が合流してきて
こちらの気配を悟られてしまったのだろうか、その影が動き振り返る。
「あ、れ? 
「その声は……
 
「一人……か?」
 もしかして彼氏と待ち合わせじゃ……そんな胸がキュッと締め付けられる
「うん、そうだよ。何となく眠れなくって」
「そ、そうか」
 彼氏との夜景デートじゃなかったことを知りホッとするオレ。それなら構わないだろうと櫛田の
客室に備え付けられている頭髪洗剤は同じはずなんだけどな。不思議なものだ。
「寒くないか?」
「大丈夫。それより綾小路くんは一人なの?」
 そうだと
「二人とも独り身だね。ちょっと肩身が狭かったから嬉しいかも」
「…………」
 ここで気の
それどころかカップルだらけのこの場所に二人きりでいることで心拍数は上がっていく。
櫛田は内心、嫌だと思っているに違いないが。
「えーと、とりあえずオレは先に戻るから」
「もう帰っちゃうの?」
「眠くなってきたしな」
 バリバリの
「そっか。それじゃまた明日。お休みなさい綾小路くん」
「お休み櫛田」
別れの言葉を交わし、情けなく退散しようと背中を後ろに向けようとしたときだった。
「待って───!」
 少し大きめの声をあげ、何を思ったのか
「くく、くし、櫛田? ど、どうしたっ」
こんな不測の事態に、当然オレはパニックになり慌ててしまう。理解不能な展開だ。
「…………」
しかし櫛田はすぐには答えなかった。しかし程なくして、こう小さく漏らす。
「ごめん。なんか急に、その……一人きりになるのが寂しくなっちゃったのかも」
 そんなことを胸元で
「ご、ごめん。私、その、急に
 暗がりで櫛田の顔色は
 そんな出来事があったせいで、ますます眠れなくなったオレはそのまま
「あーびっくりした……冷静になると急に
船内の1階に何箇所か自販機があったはず、そこを経由してから戻ろう。
すると、自販機の近くのバーで奇妙な組み合わせの3人組の背中を見つけた。
 
他にも何人か見たことのある先生がソファーなどでくつろぎながら静かに過ごしている。
この区画は立ち入りが禁止されているわけじゃないが、学生には関係のない居酒屋やバーなどの施設ばかりのため、生徒は誰も寄り付かない。
気分転換のつもりだったが、何か面白い情報を拾えるかも知れない。
気配を殺し、ギリギリの位置まで近づく。
「なんかさー、久しぶりよね。この3人がこうしてゆっくり腰を下ろすなんてさ」
「因果なものだ。巡り巡って、結局俺たちは教師という道を選んだんだからな」
「よせ。そんな話をしてもなんの意味もない」
「あーそう言えば見たよ? この間デートしてたでしょ? 新しい彼女? 真嶋くんて意外と移り気なんだよね。朴念仁ぽいくせにさ」
「チエ、おまえこそ前の男はどうした」
「あはは。2週間で別れたー。私って関係深くなっちゃうと一気に冷めるタイプだから。やることやったらポイーね」
「普通それは男側が言うことなんだがな」
「あ、だからって真嶋くんにはさせてあげないからね? ベストフレンドだし、関係悪くしたくないでしょ?」
「安心しろ。それだけはない」
「うわー、なんかそれはそれでショック」
 星之宮先生は
「それより……どう言うつもりだ、チエ」
「わ、なによ急に。私がなにかした?」
「通例では竜グループにクラスの代表を集める方針だろう」
「私は別にふざけてなんかないわよー。確かに成績や生活態度だけ見れば、
「……だといいんだがな」
「星之宮の発言はもっともだが、何か引っかかることでもあるのか?」
「個人的
「やだ、まだ10年前のこと言ってるの? あんなのとっくに水に流したってー」
「どうだかな。おまえは常に私の前に居なければ我慢ならない口だ。一つ一つの行動に先回りしていなければ納得しない。だから
「どう言う意味だ、
「私は本当に一之瀬さんには学ぶべき点があると思ったから竜グループから外しただけ。そりゃあ? サエちゃんが
「そういうことか」
 
「規則ではないがモラルは守ってくれ。同期の失態を上に報告するのは避けたいんでな」
「もー信用ないなぁ。それに私ばっかり責められてるけど、
「確かにな……。
 この試験に関する情報は
一之瀬がオレの様子を探るために送り込まれたと分かっただけで収穫としては十分だ。
これでますます、オレの動きは制限されてしまったことになるが。




