ようこそ実力至上主義の教室へ 3

〇動き出すライバルたち

 朝の目覚めは思っていたよりもずっと早かった。

 蒸し暑さに寝返りを打とうとしたところで、それが出来ずに意識がかくせいする。

 背中に温かい感触がし、自分がテントの中で一夜を明かしたことを思い出す。それにしてもちょっと汗臭い。テントは使い方次第でメッシュ素材に代えることが出来るため、夜風を取り入れられたことは幸いだったが、夜が明けてかなり気温が上がっていた。

 オレは誰も起こさないようにテントを抜け出すと、山のように詰まれた荷物に近づく。

 男女それぞれ、テントの前にすべての荷物のかばんを固めて置いてある。

 テントを極力広く使うため、荷物を中に持ち込まないようにしたからだ。辺りを見渡し誰も居ないことを確認すると、オレは一つだけ色の違う荷物を見つけ近づいていった。

 それは昨日きのう、このクラスにやって来たぶきの鞄だ。鞄はクラスで色が違うから分かりやすい。迷わずそれに手を伸ばし鞄をつかむと、ゆっくりとチャックを開ける。

 こんなところを誰かに見られれば、またたく間に変態としての汚名が広がるな。

 中にはタオルや代えの服、下着など基本的に皆と同じものが入っている。しかし……。

「デジカメ、か……」

 昨日、やまうちとのやり取りで鞄が木にぶつかった時に聞こえてきた鈍い音の正体は、この無人島には似つかわしくないアイテムだ。カメラの底面には貸し出し用のシールが貼られてある。伊吹は何故こんなものを持っているんだ。理由を考える。もしオレが伊吹だったとして。そう仮定してイメージを描くと、幾つかの可能性が浮上してくる。

 オレはデジカメを取り出し、電源を入れて中身をチェックする。使用された形跡はなくデータは何も入っていなかった。一通り物色を終えた後、荷物を戻してからテントへ。

「おはようあやの小路こうじくん。トイレ?」

 寝ていたひらがいつの間にか目が覚めていて、振り返ってそう言った。

 オレの手が必要以上にれているのを見てそう思ったんだろう。

「ああ。もしかして起こしたか?」

「いや、流石さすがにこの環境だと熟睡ってわけにはいかなくて。ったた……腰が痛いよ。やっぱり下にマットか何かを敷いてないと体にくるね」

 確かにまくらもマットもない、密集した状態で眠るのは楽じゃなかったが、それでもオレたち以外の生徒はまだ寝息を立てている。色々動き回ったから疲れているんだろう。

「僕たちが昨日使ったポイントは、こうえんくんのリタイアも含めると全部で100ポイントほど。皆には最低120ポイント残せるって話したけど、実際のところどれだけ残せるかは疑問だね……。そんなことを考えてたら目がえちゃって」

 マニュアルを取り出し状況を確認するひらこうえんのリタイアはかなりの痛手だ。

「大変だな。クラスのまとめ役も」

 とてもじゃないが、オレにはになえないことだ。横からマニュアルをのぞむ。づらくないようにマニュアルの位置を調整する。こういう細かい気配りがありがたい。

「僕は好きでやってるだけだから。出来る限りクラスの皆が幸せでいてくれれば、それで満足なんだ。けど、それが意外と難しくて。特別試験のポイントをどれだけ残せるかは今後の学校生活を大きく左右する。無理して苦しい思いをするのも間違ってると思うしね」

 クラスの皆が幸せであれば、か。そんなことが可能ならそれは夢のような話だ。

 でも、それはほぼ不可能に近いだろう。この学校のシステムがそれを物語っている。

「Aクラスを目指したい生徒とDクラスのままでいたい生徒がいたら、どうするんだ?」

 聞いても意味がないと分かっていながら、オレはつい意地悪な質問をしてしまった。

 この善意の塊である平田の意見が聞いてみたいと思ったのだ。

「難しい問題だね。上のクラスを目指すということは、それだけ全員に無理を強いるってことだから。……ごめん、答えはすぐに出ないよ」

 何度も考えたことがあるのか、少し謝りながら平田は薄く笑った。

あやの小路こうじくんはAクラスを目指したい人? それとも学校生活が楽しければいい人?」

「どちらかと言えば、学校生活優先だな。Aクラスに上がれるとは現実的に考えてない」

「そっか。僕も簡単ではないと感じてる。仮にクラスが一丸となってAクラスを目指すんだとしても、僕たちが背負った最初の1ヶ月の失敗はとても大きいからね」

 平田は多くを口にしなかったが、他の生徒たちも含めてこう思っていることだろう。

 上位クラスであるAクラスが落ちてこないと、努力しても差は簡単には縮まらない。

 1000ポイント近くの差を埋めるのは、本当に大変なことだ。

 この試験で効率よく生活をこなして得られるポイントは、Dクラスの状況から見るに100から150。ひとつ上のCクラスに追いつき追い越すことすら夢のまた夢だ。

「焦る必要はないと思う。今はまず、Dクラスが一丸となって試験を乗り切ること。そうすれば、ゆっくりと次の目標が見えてくると思う」

 そのやり方を取るのは平田の自由だ。そして多くのクラスメイトも賛同するだろう。

 まずは目先のお小遣いを得るためにそこそこ努力して、クラスポイントをかせぐ。他クラスとの差にはとりあえず目をつぶれば悪い考え方じゃない。平田は軽く断りを入れ、誰も起こさないよう静かにテントを抜け出しトイレへ向かった。

 オレは平田が不在になり空いたスペースに寝転がり一度体を伸ばした。少なくともAクラスはどうくつを押さえているし、BクラスやCクラスも何かしらのスポットを押さえていると見るべきだ。川を押さえたと言ってもそれだけで優位性を得られたとは言い難い。

 オレは一度テント内を見渡し全員が寝ていることを確認してから、マニュアルの中にある5枚ほどの白紙ページ、その1枚をれいに切り取った。それからボールペンを拝借する。そして簡素な島の地図を模写してから、小さく折りたたんでポケットにしまった。

 程なくして、トイレから帰ってきたひらが出入り口から顔をのぞかせた。

「良かったら一緒に顔を洗いに行かない?」

 それには同意だ。が昇りテント内の温度もどんどん上昇している。近くの川へ向かうことにした。オレたちはビニールに包んだ自分の荷物からタオルを取り出す。平田はついでにマニュアルをかばんにしまっているようで少し時間がかかっていた。チャラチャラとプラスチックが擦れる音がする。平田の鞄にはアクセサリーが付けられていた。

「もしかしてそれ、かるざわからの贈り物とか?」

「よく分かったね。って、なんとなく分かるかな」

 ハートマークの入ったアクセサリーを見れば、流石さすがに想像は容易たやすかった。

 それから二人で川へ向かうと、思いがけない人物が居ることに気がついた。

「こんなところで何やってるんだ」

 Bクラスの生徒、かんざきがDクラスのベースの様子をうかがうようにこちらを見ていた。少し遠くには見知らぬ男子生徒がこちらを見ていたが、恐らくBクラスの生徒だろう。

 こんな早い時間にテントからオレたちが出てくると思っていなかったのか、少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。

「1日ってどうしたかと思ってな。少し様子を見に来てみた。良い場所を押さえたな」

 川辺に立つベースキャンプを見て素直に感心する。特に裏のある発言ではなさそうだ。

「確か君は……Bクラスの神崎くん、だよね?」

 平田は神崎に見覚えがあるようで、しっかりと名前もおぼえていた。

「驚かせてしまっただろうな。すまない、気を悪くしないでくれ」

 そう言って謝ると、神崎はオレたちに背を向けて歩き出した。

「神崎。Bクラスはどこにキャンプしているんだ?」

 教えてくれるのかは分からないが、試しに聞いて見る。すると神崎は嫌そうな顔一つせず振り返ってこう答えた。

「ここから道なりに浜辺に戻る途中に折れた大木があるだろう。そこから南西に森に入って進んだ先にBクラスが滞在するキャンプ地がある。大木から入れば迷うこともないだろう。必要なら来ても構わないと伝えておいてくれ」

 そう言い残し立ち去っていった。やり取りを見ていた平田は不思議そうにこちらを見る。

「友達だったんだね。でも伝えておいてくれって、どういう意味?」

「さあ、どういう意味だろうな」

 神崎、いちほりきたは前回のえんざい事件で一応協力関係にある。向こうはまだ仲間だと思ってくれているのかも知れないな。

「ポイントをどう消化したのか見るために、Dクラスの偵察に来ていたのかな?」

 少しバツの悪そうな顔をしていたところを見ても目的の一つだったことは間違いない。

 トイレやシャワー、テントなんかはその数を見ただけで確実な消費ポイントを確認できる。だが、かんざきたちが知りたかったのはそれだけじゃないだろう。クラスのリーダーが誰なのかを知りたかったはずだ。スポットの占有権は8時間置きに切れる。つまり逆算して更新のタイミングをねらうことも可能だ。だが、当然オレたちもそれは想定している。

 そのため昨日きのう2度目の更新をあえて遅らせることで、8時過ぎに占有権が切れるように調整してあった。こうすることで点呼直後大勢でカモフラージュしながら更新可能だ。

 偵察されていたことに対して不満は一切ないようで、川で顔を洗うひら

 どちらかというと不安の方が大きいらしい。タオルで拭きながらつぶやく。

「僕たちの作戦は間違ってないかな……。他のクラスには勝てなくても、せめて団結して試験をクリアしたいと思ってるんだ。だからリーダーの正体に気づかれたくない」

 水でれた髪がキラキラと輝いている。水もしたたる良い男は悩みが尽きないようだ。

「それほど気にしなくていいんじゃないか。おまえはもう少し気楽にやったほうがいい」

「ありがとう。そう言ってくれると素直にうれしいよ」

 顔を洗い終え、オレは手で川の水をすくいあげ口に運んだ。

 森のクソ暑い中にあっても、川の水は冷たくしかった。

 川の水は、地下水がき水として川に流れ込むし、温まりにくく冷めにくい性質があり、上流から流れてくるから水温が上がりにくい。

 拠点としてここを押さえられたことは、かなりのラッキーだったんじゃないだろうか。

「まずは、僕たちの寝床環境をしっかりと整える必要があると思うんだ。ここは地面が堅いからマットのようなクッション代わりになるものが無いと、1週間は大変だしね。みんなが起きたら意見を集めて行動を起こしてみるよ。協力して頑張らないとね」


    1


 朝の点呼を終えたオレたちは自由行動へと移った。もちろん平田は頼れるクラスメイトたちに指示を出し、ポイント節約のための作戦も開始する。一方でつだう気のあまりない生徒、オレやほりきたのような単独を好む人間はそれぞれ好き勝手を始める。

「何だよおまえら!」

 突如、いけの怒った声がキャンプ地に響き渡った。様子をうかがうように声の方角をのぞむ。するとそこには、二人の男子生徒がニヤニヤした笑みを浮かべて立っていた。

 苦々しい表情を一瞬見せたぶきは、身を潜めるようにしてテントの陰に隠れた。

みやこんどうか……」

 つぶやいたぶき同様、オレもその二人組には見覚えがあった。Cクラスの男子生徒だ。

「いやー随分と質素な生活してんだなDクラスは。さすが不良品クラス」

 二人は手にしていたスナック菓子のポテチをほおりながら、暑さをしのぐようにペットボトルをあおる。それもただの水ではなく、炭酸のジュースのようだった。

「随分と余裕の生活を送ってるみたいだな。Cクラスの連中は」

「……おまえりゆうえんって知ってる?」

「Cクラスの生徒だよな。色々とうわさは聞こえてるよ。結構ちやするやつなんだってな」

「結構なんてもんじゃない。やる事成す事めちゃくちゃなヤツよ」

 まるで親の敵の話をするかのように、伊吹はイライラした様子で話す。

「あの二人は、その龍園って奴の仲間。舎弟って言ってもいいけど」

 以前どうめに揉めた時もあの二人だったことを考えれば、偶然この場に現れたというよりは、その龍園が裏で動いている可能性があるってことか。

「朝は何ったんだ? 草か? それとも虫か? ほら、スナック菓子でも食えよ」

 そう言ってポテチを1枚取り出すと、それを詰め寄ってきたいけの足元にほうり落とした。

 あおるかのような行動を見て、切り詰めた食事を続けるDクラスがいらたないわけがない。

「龍園さんからの伝言だ。夏休みを満喫したかったら今すぐ浜辺に来いってよ。遠慮せず来たほうがいいぜ。このバカみたいな生活が嫌になる夢の時間を共有させてやるから」

 二人はすぐに帰るかと思ったがこの場にとどまり、嫌がらせのように間食を続ける。

 池は度々いているようだったが、意に介した様子は全くない。それどころか時折挑発的な行動を繰り返して反感を煽っているようだった。

 そんなCクラスの挑発は10分以上も続いたが、ひらたちが集まりだしたことで引き際だと判断したのか、自分たちのキャンプ地と思われる方角へと帰っていった。

「私を探しに来た、ってわけじゃなさそうだな」

「ああ。単純に嫌がらせ目的っぽかったな」

 奇怪な行動ではあったが、Cクラスがポイントを使用してお菓子やジュースなどの嗜好品に手を出していることだけは情報として得ることが出来た。

 1ポイントでも多く残したいはずのこの特別試験で、一体どういうつもりなのか。

「さっきあいつら、夢の時間を共有させてやるって言ってたが、心当たりはあるか?」

「……もしかしたら、私の想像する最悪のケースで動いてるのかもな」

 伊吹はそれ以上のことは何も言わず、昨日きのうと同じように少し離れた木のそばへ向かった。

 想像する最悪のケース、か。一応ほりきたの耳には入れておいたほうがよさそうだな。

「堀北、いるか?」

 朝食後、堀北はすぐにテントの中に戻ったため姿を見せていなかった。

 オレは女子テントの前で声をかける。

 しばらく返事は無かったものの、テントがかすかに揺れ布が擦れる音だけが聞こえてきた。

 そしてその音が止まると、中からゆっくりとほりきたが出てくる。

「さっきの声は聞こえてたか?」

「ええ。Cクラスが安っぽい挑発をしていたのなら耳にしてたわ」

「少し気になるから様子を見にいこうと思うんだが、一緒にどうだ」

「……あなたが自分から行動するなんて珍しいこともあるものね。体調は大丈夫?」

 それはそっくりそのまま返してやりたい台詞せりふだ。

「どうせ1週間暇だからな。今日きようも特にやることはないし、時間つぶしだ」

「私としてはあまり動きたくないわね。リーダーである以上、に目立つと誤射でやられてしまう可能性もあるもの」

「適当にリーダーを指名して、言い当てられるリスクってことだな」

 誰がリーダーか確信が持てずとも、怪しい生徒をリーダーとして報告すれば正解の可能性は十分にある。目立てば目立つほど、その怪しい人物のリストに名を連ねることになる。

「気持ちは分かるがもっても現状は変わらないだろ。お前はりゆうえんに目を付けられてるし、いちにだって注目されてる。生徒会長の妹って事実を知ってる連中だっているだろう。つまりどうしようとターゲットの一人になってるってことだ」

 どちらにせよ、当てても外しても50ポイントである限り、確定的な証拠が無い以上、ばくは打ちづらい。指名する時は、よっぽどの条件が必要になる。

「……そうね。考え込んだところでどちらが正しいとも言えるはずはないわね。いいわ、私も他クラスの様子は気になっていたし。行きましょう」

 気持ちとは反対に足取りの重い堀北と共に、Cクラスの待つ浜辺へと足を向けた。


    2


 森を抜ける直前の茂みから見えた浜辺には、Cクラスの大勢の生徒が見える。

 オレと堀北が見たCクラスの状況は想像のはるか斜め上を行っていた。

うそでしょ……。こんなことって……あり得る?」

 その光景を目にしながらも信じられないのか、堀北は何度もあり得ないと口にした。

 それはオレも一緒だった。全く想定していなかったパターンだったからだ。仮設トイレやシャワー室が設置されているのは当然として、日光対策のターフ、バーベキューセット、チェアーにパラソル。スナック菓子にドリンク。娯楽に必要なありとあらゆる設備がそろえられていた。肉を焦がす煙と笑い声。沖合いでは水上バイクが駆け抜け、海を満喫する生徒が悲鳴を上げながら楽しんでいる。

 目に見える範囲をざっと計算してみただけでも150ポイント以上は吐き出していた。

「どういうつもりなのCクラスは。ポイントを節約するつもりがないってこと?」

 これを見る限りじゃそう考えるしかないだろうな。散財というレベルを超えている。

「確かめに行きましょう。Cクラスがどういうつもりでこんなことをしているのか」

 茂みから二人で浜辺へと足を踏み入れ、砂を踏み締めていく。

 男子生徒が一人こちらに気づき、そばに居た男子に声をかける。相手はチェアーに体を預けているようでここから顔は良く見えない。

 すぐに男子はオレたちのほうに駆け寄ってくる。

「あの、りゆうえんさんが呼んでます……」

 覇気がないというか、どこかおびえた様子でそう声をかけてきた男子生徒。

「まるで王様ね。クラスメイトを使いにするなんて。私たちはその王様に歓迎されているようだけど。どうする?」

「それはほりきたが決めることだ」

「いいわ。どういうつもりなのか興味はあるし。行ってみましょう」

 オレたちは男子生徒の言葉に返事をし、ついていく。

 海に近づくと肉が焼ける香ばしくてしそうな匂いが鼻をついた。

「……とんでもないことをするものだわ」

 多少バカンスを楽しもうとかってレベルじゃないのを再度実感する。

 この豪遊を指示したと思われる男の傍へと近づいた。

「よう。こそこそ嗅ぎまわってると思ったらお前だったか。俺に何か用か?」

「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけど」

 水着姿でチェアーに寝そべり肌を焼く龍園が、白い歯をこぼした。

「見ての通りだ。俺たちは夏のバカンスってやつを楽しんでるのさ」

 そう言って手を広げ自慢げに浜辺に展開した充実した娯楽を披露する。

「これは試験なのよ。それがどういうことだかわかっているの? ルールそのものを理解していないんじゃないかとあきれているのだけれど……」

 一度は警戒した相手だけに、その無能ぶりに喜ぶどころか落胆した様子だった。

「ほう? ビックリだな。それは敵である俺に塩を送ってるということか?」

「トップが無能だとその下が苦労する。それがびんなだけよ」

 龍園はただ笑い、無線機の横に置いてあった水のペットボトルを手にした。

「どれだけ使ったの。これだけの娯楽をたんのうするのに」

「はっ。さあ幾らだろうなあ。ちまちま計算なんてしてねーよ」

 隠すことなく、龍園はそう答えた。

「ち。もうぬるくなってやがる。おいいしざき。キンキンに冷えた水を持って来い」

 そう言って、まるで挑発するように半分ほど残った水を砂へと零して捨てた。傍でバレーをしていたいしざきが慌ててテントの中へと水を取りに行く。

 テント内には食料と水と思われるダンボールが無造作に沢山積み上げられていた。箱の傍にあるクーラーボックスを覗き込む石崎。

「見ての通り俺たちは夏のバカンスを楽しんでいるだけさ。つまり、この試験中お前らの敵にはなりようがないってことだ。わかるだろ?」

 理解できない行動に、ほりきたは頭痛がするのか額を押さえけんにしわを寄せた。

「敵とか言う以前の問題ね。警戒してここに来た私がバカだったわ」

「バカなのはどっちだ? 本当に俺のほうか? それともお前らか?」

 りゆうえんは侮辱を受け取るどころか、それをそのまま堀北へと突き返す。

「こんなクソ暑い無人島でサバイバルだと? 冗談じゃないな。100だか200だかの小さなクラスポイントを拾うためにお前ら最底辺のDクラスは飢えに耐え、暑さとむなしさに耐える。想像するだけで笑えてくるな」

 砂浜を駆け、汗だくになりながら石崎が新しい水を持って戻ってきた。そして冷えていると思われるペットボトルを龍園に手渡す。しかし受け取った瞬間龍園はペットボトルを石崎の体に投げつけた。

「俺はキンキンに冷えたのを持って来いって言ったんだ。まだぬるいんだよ」

「うっ……で、でも」

「あ?」

 りゆうえんの鋭い瞳は、まるで蛇。いしざきは体を硬直させた後ペットボトルを拾い上げて再びテントに向かって走りだした。

「……今回は、耐え、工夫し、協力しあう試験よ。あなたには最初から無理そうね。満足な計画すら立てられないのだから」

 これだけ派手にポイントを使っていて1週間も持つはずが無い。いずれ地獄の生活が訪れる。ターフやパラソル、チェアーなんかはそのとき邪魔な存在にしかならないだろう。

「協力? 笑わせるなよ。人なんざ簡単に裏切る。うそをつく。信頼関係なんざはなから成り立つことはない。信じられるのは自分だけさ。偵察が済んだのなら帰りな。ま、おまえが望むなら歓迎してやってもいいぜ。肉をおうが水上スキーで楽しもうが好きに遊んで行けよ。それとも俺と別の遊びでもするか? 専用のテントくらい用意するぜ」

「以前、宣戦布告してきた人間とは思えない答えね」

「俺は努力が大嫌いなんだよ。我慢? 節約? 冗談じゃない」

 再び石崎が戻ってくると、今度こそはと水を差し出す。

 それを受け取った龍園はキャップを開けグッと水を飲み干した。

「これが俺のやり方だ。これ以上もこれ以下も存在しない」

「そう。なら後は好きにするのね。私たちからすれば好都合よ」

 ほりきたは頭の中でしっかりと切り替える。今回、Cクラスは敵から外して問題ないと。

「他クラスの状況を知るために汗水たらして動き回るとは、ご苦労なことだな」

 きびすを返そうとした堀北だが、一歩踏み出しかけたところで思いとどまった。

「用件がもう一つあったわ。あなたは、当然ぶきさんを知っているわね?」

「ああ。うちのクラスの人間だ、それがどうかしたか」

「彼女、顔をらしていたわ。あれはどういうこと? 誰がやったの?」

 ほぼ犯人と確信しつつも、あえて遠まわしに確認する堀北。

「はっ。威勢よく飛び出したと思ったら、なんだ、あいつは結局他のクラスの連中に助けを求めたのか? 情けない女だな」

 あきれたように鼻で笑い、龍園は再び横になった。

「世の中どうしようもないバカはいるもんだ。支配者の命令に背く手下はいらねえ。俺がクラスのポイントを好き勝手に使うと決めた以上、それは決定事項なのさ。それに反旗をひるがえしたところで無駄なんだよ」

「……つまり、伊吹さんはポイントの使い方についてあなたとぶつかり合ったのね」

「ま、平たく言えばそう言うことだ。だから軽く仕置きしてやったのさ」

 そう言って手でほおたたくような動作を見せる。やはり頬を叩いたのは龍園ということか。

「もう一人逆らった男がいたから、そいつ共々追い出してやったんだよ。死んだって報告は聞いてねえから、どこかで草や虫でもって生き延びてるんだろうさ」

 仲間に向けた発言とは思えなかった。しかしこれで一つ合点がいく。

 ぶきが点呼に不在でもCクラスに影響はなかったのだ。だからクラスメイトの心配もしないし、探そうともしない。わずかに遅れてそのことにほりきたも気づく。

「あなた……初日ですべてのポイントを使い切ったのね?」

 そう。この試験中は与えられた300ポイントを失ってもマイナスは存在しない。

 誰がどこで何をしていようが、影響は皆無ということだ。

「そう言うことだ。俺は全てのポイントを使った。伊吹がどうなろうとポイントを引かれる心配はないってことだ。それがどれだけ自由なことかわかるか?」

「……まさか0ポイントであることを逆手にとるなんてね」

 マイナスようを打ち消す0ポイント作戦。予想外の戦い方だが、それで高成績を残せるわけではない。ポイントが無ければ必然Cクラスの最下位は確定する。仮に全クラスのリーダーを的中させる離れ業を達成したとしても最大で150ポイントまでしか伸ばせない。

「伊吹がお前らのところにいるならさっさと追い出した方がいいぜ。な同情心で助ければ、一人分余計に水も食料も、寝床も用意しなきゃならなくなる。どうせ耐えられなくなればココに帰ってくる。土下座でもすれば許してやるさ。寛大な心で」

 一度逆らって出て行ってもいずれは自分の支配下に戻ってくる。そう確信を持っているようだった。実際に伊吹一人で一週間、無人島で生活をするのは困難だろう。

「短絡的な思考ね。今はポイントの恩恵を受けられているから幸せなだけ。豪遊しきった後はどうするつもり? その後で食料を集めようと思っても苦労するだけよ」

「ククク。さあ、どうするだろうな。結局凡人どもには単純な考えしか浮かばないのさ。与えられたポイントを守ろうと躍起になる。リーダーが誰かを探ったり、スポットとやらを必死に押さえ、汗だくで森を駆けまわる。心底くだらねえな」

 事実を突きつけられても、慌てた様子もなくりゆうえんはそう答え笑うだけだった。

「いいわ、戻りましょうあやの小路こうじくん。これ以上ここに居ても気分が悪くなるだけよ」

「またなすず

「どこで調べたのか知らないけれど、気安く人の名前を呼ばないでくれる?」

 ある程度調査済みなのか、龍園は堀北の名前をしっかりとおぼえていたらしい。

「お前みたいな強気な女は嫌いじゃないぜ。いずれ俺の前で屈服させてやるよ。そのときは最高な気分を味わえるだろうぜ」

 龍園はそう言って、右手を自らのかんに持っていき水着の上から触れて挑発した。

 ありったけの侮蔑を込めた目で龍園を見下した後、堀北は背を向けて歩き出す。

 オレは立ち去る寸前、桟橋に停泊した客船を一度見た。海で泳ぐ生徒たちと、浜辺でバレーやビーチフラッグ、バーベキューをおうする生徒たちを見た。

 そして、浜辺に立てられた、食料を備蓄してあるテントを見た。

 ……どうやらりゆうえんは徹底して学校のルールをあざ笑うつもりらしいな。

「論外ねCクラスは。かんぺきな自滅をしてくれたお陰で助かるわ」

「そうだな。あいつらがポイントをすべて使い切ったのは事実だろうし」

 仮に見えない部分で節約していたとしても、精々数十ポイント。

 ぶきやもう一人の生徒が点呼に参加しないだけで消し飛んでいくポイントだ。

「後で困ったときどうするかが見ものね」

「残念だが、この試験においてCクラスが困ることはないだろうな」

「困ることが無いって、どうして? ポイントなしで試験をしのぎきれるとは思えないわ」

「いいんだよ、元々龍園はそれがねらいだ。与えられた300ポイントって資金じゃ、1週間バカンスをエンジョイするのは到底不可能だ。どうしても食事を質素にしたり娯楽品をあきらめなきゃ成立しない。学校側はそういう風にルールを作っている」

 そんなことは分かっている、とほりきたうなずく。

「だから私たちは節約すべきところを節約して、1週間を乗り切るのよ」

「ああ。けど龍園は違うってことだ。あいつはハナから1週間なんて見ていない」

「1週間を、見ていない……?」

「もし試験が今日きようまでだとしたら? 完璧なバカンスが成立すると思わないか?」

「それは……そうだけど。肝心のその後は? 手持ちが0じゃ……」

「簡単な話、こうえんがしたようにするだけさ」

「え……?」

「体調が悪い、精神的に不安定だ。とにかく理由をつけてリタイアすればいい。そうすれば全員客船に戻って生活が出来る。何の苦労もなく夏休みを満喫できるってことだ」

 学校側も仮病だと突っぱねて追い返すは出来ないだろう。300ポイントを自由に使うことが許された1泊2日のバカンス。豪遊に豪遊を重ねてもお釣りが来る。

「じゃあ彼は本当に、最初から試験そのものを放棄しているってこと……?」

 ま、理屈じゃないのかもな。単純に龍園が面倒なことを嫌ったとか、精神的に磨耗するサバイバルを避けて体力を温存したかったとか。あるいは士気向上を狙ったとか。

「この試験は文字通り自由だ。龍園の考え方も正解の一つだ。Cクラスは伊吹ともう一人の生徒がほんを起こして不在ってことらしいし、一日に20ポイントずつ失うことになる。どれだけ節約してもポイントを失うくらいならと、思い切った戦略に出たのかもな」

 あいつがどのタイミングで全てのポイントを放出すると決めたか分からない以上、推測することしか出来ないが。

「諦めずに連れ戻すなりの方法を考えるべきよ。絶対に間違っている。理解不能よ」

 そうだな。確かに龍園が何を考えているのかはほとんど見えてこなかった。

 でも、そう言った意味で、やはりりゆうえんの策には一定の効果があったと見るべきか。

 この状況を見た誰もが、龍園の奇怪な策略に不安、恐怖のようなものを感じているはず。

 この印象はそう簡単には薄れないだろう。

 本当にそれらをすべねらってやっているとしたら、だが。

 砂浜を抜けた後、オレはもう一度浜辺を振り返り全体を見回した。

「0ポイント作戦か。なるほど、面白いな」

 クラスメイトの反対意見さえ封じることが出来たなら、なかなか興味深い方法だ。

 やはりこの試験、ただ内輪でポイントの節約をするだけのものじゃない。

 勝つための策略を巡らせている。そう感じさせる光景だった。


    3


 それからオレたちは持て余した時間を有効に使うべく、BクラスとAクラスの様子もうかがっていくことにした。かんざきに教えられた通り、折れた大木の根元から森の中に入り進んでいく。今にして思えば、自然に折れたものではなく学校側が目印に作ったものじゃないだろうか。この先にスポットがあるというヒントと受け取れる気がしてならない。

 深い森に足を踏み入れた瞬間ちょっとした変化に気づく。大勢の生徒が道を踏みならしたようなこんせきがあり歩きやすかったのだ。

 単純にこの跡を追っていけばBクラスのキャンプ地に辿たどくんじゃないだろうか。神崎が詳しく説明をしなかった理由としてもうなずける。邪魔くさいことがあるとすれば、時々すきを狙って腕や足に飛び乗ってきて血を吸おうとする蚊がうつとうしいくらいだ。

 程なくして、オレたちはBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

流石さすがはBクラスと言ったところかしら……」

 Bクラスのベースキャンプに着くと、Dクラスとはまるで違う生活観がそこにあった。スポットとして活用している井戸の周りは木が多く、8人用のテントを3つも4つも広げるスペースがない。その分をハンモックによって補い寝泊りするスペースを確保していた。同じようにスタートしたにもかかわらず、使っているアイテムはまるで違う。井戸のそばに置いてある見慣れない装置も気になるが、何より驚かされたのはBクラスが持つ独特の雰囲気だ。

「あれ? ほりきたさん? それにあやの小路こうじくん?」

 突然の来訪者の気配を感じ取ったのか、こちらを振り返り声をかけてきた。その人物はハンモックを取り付けようと木にひもを結び付けていた。

 ジャージ姿は、活発な印象のいちにはすごく似合っていた。少し遠くに神崎の姿もある。

「随分とクラスはく機能しているようね。拠点としては苦労も多そうだけれど」

「あはは。最初は苦労したよー。でも何とかね、色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやることも増えちゃって。まだまだ作業が山積みだよ」

 そう言って微笑ほほえみ、いちはきゅっとひもを結び終えた。

「だとするとお邪魔しているのは悪いわね」

「ごめんね。なんか追い返すみたいな言い方になっちゃったかも。でも少しくらいならいいよ? 聞きたいことがあるから訪ねてきたんだろうし」

 嫌がることなく一之瀬は受け入れ、せつかくだからとハンモックに座るよう催促されたがほりきたはその申し出を断り一之瀬が座ることに。

「一応、私たちは前回から協力関係にあると思っていていいのかしら」

「私は少なくともそう思ってるよ」

「じゃあ、今どれだけポイントを使ったか。どんなものにポイントを使ったのか。そしてその道具の評価も教えてもらえると助かるのだけれど。もちろんこちらも開示するわ」

 Dクラスの情報は朝、かんざきが見たものでほぼ計算できるだろう。直接教えたところで大した痛手にはならないと分かったうえでの交渉だった。

 一之瀬はにっこり笑うと、足元のかばんからマニュアルを取り出した。白紙のページには購入したものを書き込んでいるようでそれを見せながら読み上げる。

「ハンモックでしょ。調理器具でしょ。小型テントにランタンに仮設トイレ。つり竿ざおにウォーターシャワー……あと食料とかを合わせて、トータルでぴったり70ポイントだね」

 こうえんリタイアを除けば、Bクラスとほぼ同じ使用率だった。

「ウォーターシャワーって何なんだ? 気にはなっていたんだが」

 そのネーミングからして風呂に関係があると踏んでいたが、仮設シャワーと比べ格安の5ポイントであったことから、効果は薄いと判断し導入を見送ったのだ。

「それじゃ、一つずつ状況を教えていこっか。森の中には野菜や果物くだものがいろんな場所にあるから、探して調達しつつ、不足分をポイントで補ってるんだ。それから海に出て魚も釣ってるかな。そんな感じだねご飯は。水は井戸があるから困らないし」

 くしたちが果物を幾つか見つけたように、当然Bクラスもその辺りは入手済みか。野菜というワードから見ても、Dクラスよりも成果が出ていると見るべきか。

 それからいちは井戸の前まで案内し、滑車を動かして木の桶で水をくみ上げて見せた。

「最初は水質汚染の危険性もあったから飲み水にするかどうか悩んだんだけど、栽培された食べ物や周囲の環境から見て、この井戸も管理されてると判断したって感じ。念のために一人だけが昨日きのう試し飲みしたんだ。時間を空けてみたけどおなかは下さなかったから。からは全員で共有して井戸水を使ってるの」

 最初から井戸水に飛びつくわけではなく、しっかりと確かめた上で使っているのか。当然のこととはいえ、目先のポイント節約に釣られて飲んでしまいたくなりそうなものだ。

「それに水量が豊富なこともわかったからね。シャワーと併用しても十分機能するんだ。これがウォーターシャワーだよ」

 井戸の隣に置かれてあった大きな機械。やはりそれだった。

「ここのタンクに水を入れたら数秒でお湯が作れるの。便利だよね。熱源はガス缶から取れるから、今はそれを使ってる。切れたら追加で頼むつもりだよ」

 思いがけない道具の使い方を当たり前のように説明する一之瀬にほりきたい気味に聞く。

「あなたが知っていたの? そのウォーターシャワーのこと」

「ううん。初めて聞いたし、初めて使ったかな。学校のルールは結構怖いよね。マニュアルには詳細が載ってないからさ。先生に詳細な質問も出来ないし。クラスにアウトドアに詳しい子がいて助かったんだよ」

 そのウォーターシャワーのそばには、簡易トイレとセットで渡されたワンタッチ式テントが置かれてある。中には何も置かれていなかった。

「トイレ用に支給されたやつをね、シャワー室代わりにしてるの。シャワーを浴びる時に誰かに見られるのが嫌だって子が使えるようにね。生地も防水だし」

 だから空っぽなのか。テント内の地面がれているのにも納得がいく。

「テント……寝るときに地面が硬くて苦労しない?」

「あーうん。最初どうしようかと思ったけどね、しっかり対策はとったよ。見てみる?」

 サクサクと草を踏み鳴らし、いちはテントへ。テントの中で話し込んでいた女子に断りを入れてから一之瀬はテントの下を少しだけ持ち上げた。

 テントの下に分厚いビニールの束が敷かれていて、厚さは2センチほどだろうか。

「簡易トイレが支給されたとき、ビニールは無制限ってルールだったからね。ちょっと無理言って大量に用意してもらったの。もちろん資源の無駄遣いはしたくないから、1枚の中に未使用のビニールをたくさん詰めて使って、最後に返すつもり」

「そういえば暑さ対策は? なんだかこの辺りは特別涼しく感じるわね……」

「それは打ち水かな。井戸が近いから寝床周辺に水をいてね。飲んだペットボトルなんかに入れて運んで全員で撒くと結構あっという間だよ。土は水がしみ込みやすいし、時間をかけて蒸発するから効果が持続、気化熱を効率よく奪ってくれるからね」

 一之瀬たちはただ道具に頼るわけじゃなく、自分たちのを利用してキャンプ生活を楽しんでいる様子だった。

 ほりきたは一通りBクラスからの情報を得てから、自分たちの状況もきちんと説明した。

 その辺り手を抜かないというか、フェア精神を忘れない。

「なるほどぉ……。リタイアが出ちゃったのが痛そうだね」

「ええ。まだまだクラスとして不安材料は多いけれど、何とかしてみるわ」

「そうだ。私たちは協力関係の継続ってことでいいのかな? リーダーの正体を見やぶるって追加ルールで、お互いのクラスを除外しあうのも手だと思うんだけど。どう?」

「私もその話をしようと思っていたの。一クラスでも警戒対象から外れてくれるならありがたい。一之瀬さんが構わないのなら、その提案を受けさせてもらいたいわ」

「もちろんオッケーだよ」

 互いに情報交換と協力関係の再確認を終え一段落したが、堀北は辺りを見渡して感嘆の息を漏らす。それぞれの生徒が自分の役割を持って行動しているのか、一糸乱れぬ連帯感がある。それに付け加えて誰もが楽しそうに役割を全うしているのが分かる。普通、誰かしら嫌がっていたりサボったりしていそうなものだが。

「このクラス……想像以上に統率が取れているわね。やはりあなたが率いてるの?」

「うん。一応私がやってるよ」

 一之瀬は学校の内外でしっかりとクラスをまとめ上げているということだ。

「Dクラスにはまとめてくれる人はいるの? 堀北さん?」

「いや、ひらって男子だ。大体そいつがクラスをまとめてる」

「あー。あのサッカー部の。知ってる知ってる。女子にすごい人気なんだよね」

 平田の話題には興味ないのか、堀北はさらりとその話題を聞き流した。

「一之瀬さん。聞いてばかりで申し訳ないけれど、私たちはAクラスの状況を確認したいと思っているの。彼らのベースキャンプに関してつかんでいることはある? 場所だけでも分かるようなら助かるんだけれど」

「『恐らく』で良ければ場所が分かるよ。でも情報を得るのは難しいと思うけどね」

 流石さすがはBクラス。いやいちというべきか、既にAクラスもリサーチ済みか。

 一之瀬は嫌がる素振りもなく、方角を指差しつかんでいるキャンプ場所を教えてくれた。

「ここを抜けたところに開けた場所があって、右に曲がってぐ行くとどうくつが見えてくるんだよ。Aクラスはそこがベースキャンプ、っぽいかな。足を運んで調べたんだけどよく分からなくてさ。秘密主義って言うか、守りが徹底してるから」

「秘密主義? Aクラスはどんな対策をしているというの?」

「百聞は一見にしかず。見てみると理由は一発で分かると思うよ。今からAクラスに行くってことは、二人はCクラスの状況はもう把握してるのかな?」

「ええ。さっき行って来たわ。信じられないほど愚かなことをしていたわね」

「うん。本気で試験に取り組むつもりがないみたい。残り5日。試験終了前にポイントが不足するのは目に見えて明らかだもんね。ここから一気に節約モードに切り替えるとも思えないし。スポットを探してる様子もない。ちょっと理解に苦しむかな」

 一之瀬も正しい答えを導き出せていないようだった。

「この試験でズルは出来ない。りゆうえんくんは間違いなくほぼすべてのポイントを使い果たしてる。今は楽しいかも知れないけど、後で絶対に後悔するはずだよ」

 オレが話した離脱案を、あえてほりきたは一之瀬に言って聞かせなかった。それは隠したというよりも遅かれ早かれ一之瀬たちが自分で気づくと判断したからに思えた。

「お話中すいません。あの一之瀬さん。なか西にしくんはどこにいるかわかりますか」

 話し合いをしていると、一人の男子生徒が現れ遠慮がちにそう聞いてきた。

「中西くんはこの時間海のほうに出向いてるはずだよ? どうかしたの?」

「おつだいに行こうと思いまして。余計なことでしたか」

「ううんそんなことはないよ。かねくんの気持ちはすごくうれしい。じゃあ、向こうでひろちゃんたちのフォローに回ってもらえる? 私から言われたって話せば大丈夫だから」

「わかりました。ありがとうございます」

 そんな短いやり取りを見ていて、堀北は少し不思議そうに腕を組んだ。

「クラスメイトにしては随分としいわね」

「あ、彼は───」

「Cクラスの生徒、か」

 一之瀬が答える前にオレが言葉を挟むと、そうだよとうなずいた。

「知ってたんだ? 彼、Cクラスとめちゃったみたいでさ。一人で過ごすって言ってたんだけど流石にほうっておけなくって。事情は話したがらないから聞いてないけど」

 龍園に抵抗するように離反したもう一人の男子生徒。どうやらBクラスに拾われていたらしい。肩身が狭い状況を何とかしようと協力を申し出ていたってところか。

「私たちも昨日きのう一人拾ったのよ、Cクラスからあふれた生徒を」

 ほりきたはさっきりゆうえんに会い詳細を聞いたことを話す。好き放題暴れまわる龍園に対してほんを起こした二人の内の一人だということ。ぶきは殴られた経緯もあったこと。

 それを聞いた後、いちは守り通す決意を更に固めたのか、力強い瞳をしていた。

「そろそろ行きましょうあやの小路こうじくん。長居するとBクラスに悪いわ」

 堀北と意見を交わした一之瀬と別れ、Bクラスのキャンプ地を後にする。

「総じてDクラスの上位互換。そう言わずにはいられないわね」

 Bクラスを後にして人気がなくなった後、敗北宣言とも取れる堀北の言葉が聞こえてきた。感想としては堀北とほぼ同じだ。既にDとBには大きな差が生まれ始めている。

 それはポイントによる差ではない。

「まあ、仕方ないな。BクラスにはDクラスに不足した特殊な能力がある」

「徹底されたチームワークね。Bクラスはすごく統率が取れたクラスのようだから、何かを決めるときもめたり分裂したりすることがないんでしょうね」

 Dクラスには暴走するこうえんのような自分勝手な生徒がおり、またそれを止める力を持った生徒もいない。一方Bクラスは一之瀬がまとめ上げていてそこには一糸乱れぬ団結力があるように見えた。それが今、DクラスとBクラスにある一番の差かも知れないな。

 これは長期戦になればなるほど、その差が如実に現れてくることだろう。


    4


 深い山を切り抜くように、魔物の口のように開かれたどうくつが姿を見せた。入り口のそばには仮設トイレが2つ、シャワー室が1つ置かれてある。

「ここからじゃ中の様子はよく分からないわね……」

 物陰に隠れ距離を取りながら確認をするのは至難の業だろう。オレも堀北もAクラスに知り合いはいない。だから隠れてある程度情報を集めるつもりなんだろうが、こそこそしても、もう良いことは何もない。身を潜める堀北を追い越しオレは洞窟へつながる道を歩く。

「ちょ、ちょっと」

「行こうぜ。Aクラスだからっておびえてても仕方ないだろ」

 オレは堀北とAクラスのベースキャンプであると思われる洞窟へ向かう。

「どういうつもり。不用意に姿をさらしても得はないわ」

「隠れて様子をうかがって得があると? 施設はほとんど見えないし人の姿もない。洞窟の中に入らなきゃ見えてこないことはたくさんあると思うけどな」

「……冷静じゃない。何か思うところがあるの?」

「そんなに思うことはないから別に気にしないでくれ」

「よく分からない中途半端な答えね。まぁいいわ」

 物すごく冷めた怖い目でにらまれたが、気づかないフリ気づかないフリ。どうくつの入り口目の前までたどり着いたオレたちは当然その付近にいたAクラスの生徒に見つかる。

 洞窟内部を直接見られればある程度状況を確認できると思っていたんだが……。

 内部にはビニールをつなぎ合わせた巨大な目隠しが広げられていた。中が全く見えない。

「なんだお前ら。どこのクラスだ」

 こいつは確か……初日に洞窟をいち早く見つけた二人組のうちの一人、ひこだった。

 もう一人の頭の切れる方、かつらは不在のようだった。

「偵察に来たのよ。何か問題ある?」

 おぉ、一度頭を切り替えたからかほりきたは堂々と答えた。そして言葉を続ける。

「Aクラスを名乗るからにはさぞ賢い生活をしていると思ったけれど……」

 ビニールで覆われた洞窟の入り口を見て、わざとらしくため息をついて見せた。

「賢いというよりは、そく。臆病なやり口ね」

「なに?」

 分かりやすい挑発だが、弥彦はかんさわったようでいらった口調で返す。

「私はDクラスの堀北よ」

「は、どこの誰かと思えばDクラスかよ。頭の悪い連中の集まりだろ」

「頭の悪い、ね。それなら私たちにこの中を見せても特に影響はないでしょう? それとも中を見られるだけで窮地に立つのかしら?」

「そんなわけあるか!」

「だったら中を見せても問題ないでしょう? お邪魔するわね」

「ま、待て! おい! 待てって! 勝手なことすんな!」

 立ちふさがるように回り込む弥彦だが、そこに堀北の言葉のナイフが飛んでくる。

「私はただ中を見るだけ。それ自体はルール違反でもないでしょう?」

「ふざけんな、ここはAクラスが占有してるんだ。Dクラスに使用する許可はないだろ!」

「へえ。あなたたちはここを占有しているの。それは知らなかったわ。装置は中?」

「そ、そうだ。だから下がれっ」

「なら、間違いなく洞窟の中に立ち入ってはいけないルールなどないわ。確かに占有中は洞窟を利用することは出来ないでしょうけど、独占する権利とは違うもの。私たちにも内部を見る、あるいは装置を確認する権利くらいはあるはずだけれど? そうでなければすべてのスポットを無理やり独占することも出来てしまう。それじゃ試験にならない」

「う……!?」

 弥彦という生徒には間違いなく鋭い正論として突き刺さっただろう。

 ほりきたは髪をなびかせながら、ビニールで隠されたどうくつのヴェールをがそうとする。

 だが───

「何をしている。客人を呼んでいいと許可した覚えは無いぞ」

 オレの背後から、高身長の男が通り過ぎ堀北の前へと歩みを進めた。確か名前は……。

かつらさん! こいつら、俺たちの寝床を偵察に来たんですよ! 汚い連中です!」

「ビニールごときで大げさなことを言うわね。中を少し見せてもらうだけよ」

 振り返り、その男たちとたいする堀北は怖気づく様子がじんも無い。

「だったら遠慮せず中を見てみればいい。その代わり覚悟はしておくことだ。指一本でも触れた瞬間、俺は他クラスへの妨害行為として学校側に通達する。その結果Dクラスがどうなるかは保証しない」

 葛城の言葉は恐らくハッタリだろう。ビニールに触れたくらいで失格になる可能性は低い。それでも訴えると言われてしまった以上わずかばかりの危険性は含んでいる。

「彼にも説明したけれど、これは強引な独占行為よ。ルール上守られた権利じゃない」

「確かにそうだ。その点は否定しない。だが、これは暗黙のルールのようなものだと俺は考える。お前たちDクラスは川にあるスポットを。Bクラスは井戸を。半ば独占するように占有地を囲い生活している。そこに誰かが踏み込み強引な手法を取ったか?」

 葛城の冷静かつ重みのある言葉が阻むものなき堀北の足を止める。

「一つの占有スポットを一つのクラスが押さえた。そしてそれを試験終了まで守り通しポイントを得続ける。この暗黙のルールに踏み込めば大混乱が起きるぞ。当然、Aクラスも報復としてDクラスのベースキャンプに踏み込むことになる。面倒は避けるべきだ」

 無視しようと思えば出来る話だが、それは出来ないだろう。葛城の言うように一箇所を強引に押さえる形を無意識のうちに他のクラスも取っている。それを壊せば面倒が増えるだけ。堀北はきびすを返し洞窟の入り口から遠ざかると、葛城の横を通り過ぎる。

「まぁいいわ。Aクラスの実力がどの程度のものか、結果を楽しみにしておくから」

「随分と威勢がいいな。こちらこそ期待しておくとしよう。Dクラスの悪あがきに」

 短いやり取りを終え堀北は下がった。というより、強行しようとした出鼻を挫かれた。

 葛城がこの場に現れなければ、堀北はビニールのその向こう側に踏み込んでいただろう。

ひこ、安い挑発に乗るな。強引に中を盗み見るのが彼女のねらいだ。どちらが優位か、正しいかを突きつければ下がるのは相手側だ」

「す、すいません」

 退却以外の選択肢を瞬時に奪い去り堀北を退けてしまうとはな。お見事お見事。

「Aクラスに関しては放置しておくしかなさそうね。確かにアレは調べようが無いわ」

 洞窟という閉鎖的なスポットを押さえられた時点でいんぺい性においては鉄壁だったわけだ。

 しかし、どれだけ内部を隠そうとしても『得られるもの』は十分にあった。

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