〇天国と地獄の境界線
「うおおお! 最高だあああああああああああああああ!!」
豪華客船のデッキから高らかに両手を挙げ、クラスメイト
いつもならどこからか
「
船内から姿を見せた
「ほんと、凄い
そのグループに居た女子の一人、
苦難多き中間、期末テストを乗り越え夏休みを迎えたオレたちを待っていたのは、高度育成高等学校が用意していた2週間の豪華旅行。豪華客船によるクルージングの旅だった。
「退学にならなくて良かったよな、
クラスメイトの
「俺様の実力にかかったら余裕だぜ。ギリでクリアするのも主役の見せどころっつの?」
直前までの苦しみも、どうやらこの旅行が
確かに普段の面倒なことや大変なことも、全てこの青い海が洗い流してくれるようだ。
「高校生でこんな豪華旅行が出来るなんて夢にも思ってなかったぜ。それも2週間だぜ2週間。母ちゃんや父ちゃんが聞いたらびびってチビるだろうな」
須藤の言うように、一般人からすれば規格外の旅行だろう。国が支援しているこの学校では、学費や雑費を払う必要性が全くない。当然この旅行さえも。破格の待遇だ。
しかもオレたちが乗り込んだ客船は外観はいうに及ばず、施設も非常に充実。一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されている。
もし個人で旅行しようと思ったなら、オフシーズンでもウン十万円は必要だろう。
そんな
しかもありがたいことに、この船ではどの施設も無料で利用することができる。
常日頃ポイント不足で悩んでいるオレたちにとっては、渡りに船だった。
ふと
「あれ? そう言えば
「さあ。オレはあいつのお守りじゃないからな……」
船内での朝食以降、姿を見た覚えはない。
「旅行を満喫するような人間じゃなさそうだし、
「そうかも」
「お昼は、島のプライベートビーチで自由に泳げるんだったよね。楽しみだなあ」
この学校は、南に小さな島を一つ所有しているようで、今そこに向かっている。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。
突如そんな『奇妙』なアナウンスが船で流される。櫛田たちは気にした様子もなく楽しみにしているようだった。続々と生徒が集まりだすと、数分後その島は姿を現した。
生徒たちがそれに気づき、一斉にデッキへと集まり始めた。群集が押し寄せると、それまでベストポジションを取っていたオレたちを押しのける横暴な男子生徒たちが現れた。
「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」
威圧しながら男子の一人が見せしめの
「テメェ何しやがる!」
「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」
追い出されるように船首から離れるDクラス。須藤は不満そうだったが、それでも
「やあみんな、ここにいたんだね。……あれ、どうかしたの?」
集まって来た生徒の一人に、オレに声をかけてきた男子が居た。不穏なものを感じ取った様子だったが、余計な心配はかけまいと聞き流しておいた。その男子の名前は
「なあ平田。おまえ
軽井沢の
「
他の女子の目が平田に向くのを嫌がったのか、そんな風に
「僕らには僕らのペースがあるから。ごめん、
携帯が鳴ったのか、平田は操作しながら船内に戻っていく。忙しいのが人気者の宿命だ。
「何だあいつ。旅行先でもクラスメイトの心配ばっかりかよ」
「でも軽井沢は軽井沢で、最近あんまりベタベタしないよな平田とさ。……もしかして二人が別れたとか? だとしたら最悪だぞ……
確かに、付き合ってると知った当初のようなベタつきが全くない。でも、
「決めたぜ
「ま、まじかよ。フラれたらすげぇ気まずいじゃん。いいのかよ」
「これは俺の勝手な推理なんだけどさ。櫛田ちゃんはとにかく
「そうか……おまえ、覚悟決めたんだな」
「おうよ!」
それに対し、いつもなら
デッキをキョロキョロと見渡して何かを探している様子だった。
「どうしたんだよ」
「あ、いや。別に……」
そう言い上の空のように聞き流し、結局山内が櫛田のことに触れることはなかった。
「ねえねえ櫛田ちゃん。ちょっといいかな……」
「んっ? なにかな?」
近くで海を眺めている櫛田に、早速接近する池。明らかに不審な動きだ。
「そのさ、なんつーか、俺たち出会って4ヶ月くらい
「そう言えば、山内くんたちとはいつの間にか名前で呼び合ってるね」
「だ……ダメかな? き、
そんな伺いを立てる
「もちろんオッケーだよ。私は
「うおおおおおお!! 桔梗ちゃあああああん!」
池は映画プラトーンのパッケージを
その姿がおかしかったのか、くすくすと櫛田が笑う。
「下の名前か……そういや
「
「富子か……かわいい名前だな。俺の予想通りだぜ。フィーリングばっちりだな」
「あーいや、間違えた。
「てめ、間違うんじゃねえよ。……鈴音か。富子の100倍フィーリング感じるぜ」
結局堀北の名前が貞子だろうとサムだろうと、勝手にフィーリングを感じることだろう。
「っし、この夏休みの間に俺も下の名前で呼ぶぞ。鈴音、鈴音っ」
どうやら、男子たちはこのバカンスで女子たちとの距離を詰めていく腹づもりらしい。
その一方で、オレは男子の誰からも下の名前で呼ばれないし、呼べていない。
「そうだ、なあ試しに練習させてくれよ
「練習って何だ、練習って……。普通ないぞそんなもの」
名前を呼ぶ練習なんて本人を前にしてする以外無理だと思うんだが。単細胞の須藤はオレを仮想堀北に仕立て上げるつもりなのか、真剣な
異性と思い込んでいるせいか、その視線がやけに気持ち悪い。心なしか吐息も熱い。
「なあ堀北、ちょっといいか? 少し話があるんだけどよ……」
「オレは堀北じゃない」
すぐに気持ち悪くなったので否定して顔を
「バカ野郎! 練習だっつの。俺だってやりたかねーよ、けど練習は必要だろ? バスケだって練習しなきゃ
そんな誰ウマ話聞きたくもないんだが……。仕方ないので我慢して付き合う。
「堀北。いつまでも他人行儀って変じゃねえか? 俺らも知り合ってだいぶ
「…………」
思わず須藤の頭を
「なんか言えよ。練習になんねーだろうが」
「いやいや……何かってなんだよ。オレに何を言えと?」
「堀北が答えそうなことをだよ。付き合いの長いおまえならわかるだろ?」
4カ月程度の付き合いで、そんなことがわかるはずもない。それでも
「一歩大人になった俺が堀北の代わりやってやろうか? 遠慮せず練習しろよ」
代わりに
「堀北……そろそろ下の名前で呼びたいんだがいいか?」
「えー、須藤くんってあんまりイケメンじゃないしぃ? お金もなさそうっていうかぁ、私のタイプじゃない、みたいな? ってことでゴメンネゴメンネー。ハブバッ!?」
全く似ていないどころか別人女子高生ギャルを演じた池は、須藤にチョークスリーパーを決められてデッキでもだえ苦しみだした。
いつも元気だなこいつら。見ているだけで疲れが溜まりそうだ。楽しそうではあるけど。
しばらくして、周囲がワッと騒がしくなった。
島がはっきりと肉眼で確認できると、
どうやら客船は一周回って島の全体を見せてくれるらしい。
島を周回する船は速度を変えず、高々と水しぶきを上げながら不自然な高速航行をする。
「
「お、おう。そうだな」
オレは、そんな無人島に目を輝かせる
やっぱり櫛田は
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の
そんなアナウンスが流れた。どうやらプライベートビーチへの上陸が近いらしい。
池たちは揚々と着替えに戻るようで、オレもグループ部屋に戻るべく足を向けた。
それから体育の授業なんかでも使うジャージに身を包み、デッキへ戻り船が島につくのを待った。島が眼前に迫るに連れ、1年生のテンションは最高潮だ。
「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島への携帯の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」
拡声器を持った教師の声で、生徒たちが順番に客船の階段を降りていく。
「あちー。早くしてくれよー。薄着でも汗かいてしょうがないっつーの」
停泊した船の
Dクラスが暑さに耐えながら下船待機しているとようやく
少し寒そうに腕を無意識にさすって島に上陸するのを待っている。
「今まで何してたんだ?」
「
おいおい、アーネスト・ヘミングウェーの代表作かよ。文句のない名作なんだよな。
前々から思っていたが、堀北のヤツ本の趣味は最高だな……。ただ、こんな豪華な旅行にもかかわらず、読書の方が優先なのはちょっとどうかと思うが。
まあ、今回の場合本当に読書するために部屋に籠っていたのかは怪しいところだ。
本人が何も言わない以上こちらから
「続きが気になっているけれど、私物の持ち込みが禁止されているなら仕方ないわね」
残念そうにそう
下船は思ったよりも時間がかかっていた。それは降りる際生徒の両脇を先生たちが固め、荷物の検査を行っていたことが原因のようだった。
「ねえ。妙に慎重というか警戒してない? 携帯を没収するなんてテストの時にだってやってないことだわ。余計な私物の持ち込みを禁止することだってそうだし」
「確かにな。ただ海で遊ぶだけなら、ここまでする必要はなさそうな気もする」
そう言えば船尾の方にはヘリが一機置かれてたな。あれも不自然といえば不自然だ。
まぁ、多少引っかかることは事実だが、考え過ぎかも知れない。
海に携帯を持っていけば、誰か一人は
急病になればヘリの出動もあり得ない話じゃない、か。
やがてオレたちの番がやって来て、厳重な検査を受けた後タラップを降りる。
ここが天国と地獄の境目であったことに、この時はまだ気が付いていなかった。
1
ダラダラと談笑しながら降りてきたオレたちに、ウチの担任から厳しい言葉が飛ぶ。
「今からDクラスの点呼を行う。名前を呼ばれた者はしっかりと返事をするように」
同時に整列するよう指示され、ボード片手に全クラス一斉に出席の確認を始めた。
「あーもう、早く自由時間にしてほしいぜ。目の前に海が広がってるんだからさっ」
真後ろの
「
「いるんだよなあ、病気で旅行に参加できない
先生たちには聞こえない程度に池が小声で言った。でも確かにその通りだ。
中途半端な旅行ならまだしも、これだけ豪勢なものなら話は別だ。あとで友達に聞いて悔しがるだろう。多少の体調不良であったなら無理してでも参加すればよかったと。
それにしても、旅行という割に先生たちの表情はとにかく険しい。生徒たちにとっては休みと言えど、監督責任者は仕事としか
いや───どうやらそういうことだけでもないらしい。
真嶋先生が無言で生徒たちを見つめる中、作業着に身を包んだ大人たちが、少し遠くで特設テントの設置を始めているのが見えた。長机にパソコンなども見える。
海のさざ波とは合わない都会的な音に、生徒たちも困惑の色を浮かべはじめる。空気が変わることを待っていたかのように、
「ではこれより───本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
「え? 特別試験って? どういうこと?」
その当たり前の疑問は後ろの
今の今まで、いや、今現在もただの旅行だと思っている生徒たちに襲い掛かる不意打ち。
学校側の善意による夏休みのバカンス。そんなものはやはり幻想だったってことだ。
緊張と緩和の差が激しすぎる。
「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了となる。君たちはこれからの1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを最初に言っておく」
「無人島で生活って……船じゃなくて、この島で寝泊まりするってことですか?」
BかCクラス辺りから、当たり前の疑問が真嶋先生にぶつけられる。
「そうだ。試験中の乗船は正当な理由無く認められていない。この島での生活は眠る場所から食事の用意まで、その全てを君たち自身で考える必要がある。スタート時点で、クラス
以上ということは、それ以外のものは一切配布されないということか。
「はああ!? もしかしてガチの無人島サバイバルとか、そんな感じ!? そんな
全員に聞こえるほど大きな声で池が騒ぎ立てた。無人島で自給自足の生活を行う展開。野生の動物を狩り川で体を洗い、木々で寝床を作る。確かに映画や小説ではよく聞く話だ。まさかそれが学校の試験になる日が来ると誰が予想できただろう。
でも真嶋先生から冗談だと訂正されることはなかった。
いや、それどころか池の言葉に対して心底
「君はあり得ないと言ったが、それは短く浅い人生を送ってきたからに過ぎない。事実、無人島での研修を行っている企業は存在する。それも誰もが知っている大手企業が試みとして行っているものだ」
「う───そ、それは、その、特別なんじゃないですかね。……無人島は飛躍しすぎっていうか。絶対ないっしょ! 非現実っすよ!」
「これ以上はみっともないからやめろ。今真嶋先生が言ったものはほんの一部だ。世の中には様々な企業が存在する。変わった研修だけでなく、オフィスに
「つまり現実と非現実の区別をつけられていないのは、おまえの方だということだ」
それでも、多くの生徒たちは納得がいかないのか不満げな様子だった。
「今君たちはこう思っているんだろう。こんな試験にどんな意味があるのか、と。あるいはまだ実在する研修なのかを疑っている者もいるかも知れない。だが、その程度の考えで
オレたちは確かに、話の断片だけを聞いて
だけど
自分の理解出来る
「しかし先生。今は夏休みのはずです。そして我々は旅行という名目で連れて来られました。企業研修ではこのような騙し討ちのような
不服を覚えたらしいどこかのクラスの生徒が、そんな風にたてついた。
「なるほど。その点に関しては間違った認識ではない。不平不満が出るのも納得だ」
池とは違い、正論で反論した生徒に対して真嶋先生は一部認めるような発言をした。現状に不満を漏らす生徒と、ここに至るまでの過程に不服を覚えた生徒では着眼点が違う。
「だが安心していい。これが過酷な生活を強いるものであったなら批判が出るのも無理のない話だが、特別試験と言ってもそれほど深く考える必要はない。今からの1週間、君たちは海で泳ぐのもバーベキューをするのもいいだろう。時にはキャンプファイヤーでもして友人同士語り合うのも悪くない。この特別試験のテーマは『自由』だ」
「え? え? 自由がテーマってことは……? バーベキューも出来るって……んんんっ? それって試験って言えんの? 頭混乱してきた……」
試験なのに遊ぶのは自由。相反するモノが混在し生徒は疑問点ばかりが増えていく。
「この無人島における特別試験では大前提として、まず各クラスに試験専用のポイントを300支給することが決まっている。このポイントを
真嶋先生は別の教師から数十ページほどの厚みを持った冊子を受け取った。
「このマニュアルには、ポイントで入手できるモノのリストが
段々と生徒たちの険しかった表情が穏やかなものに変わっていく。
「つまり───その300ポイントで欲しいものが何でも
「そうだ。あらゆるものをポイントで揃えることが可能になっている。無論計画的に使う必要はあるが、堅実なプランを立てれば無理なく1週間を過ごせるよう設定されている」
もし本当にポイントだけで1週間を生活できるなら、それは試験というよりもバカンス、純粋な夏休みに近い形になるのかも知れない。
「で、でも先生。やっぱり試験って言うんだから難しい何かがあるんでしょ?」
「いいや、難しいものは何も。2学期以降への悪影響もない。保証しよう」
「じゃあ本当に、1週間遊ぶだけでもいいってことですか」
「そうだ。
とすれば、本当にノンリスクということなのか? もしそうであるなら、これを試験と
単純に夏休みを利用した、旅行を通じての学年交流のための一環、ということか?
あれこれと考えてみたところで学校の真意などわかるはずもなかったが、次の
「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てをクラスポイントに加算した上で、夏休み明けに反映する」
言葉と共に一陣の風が真夏のビーチを吹き抜け、
真嶋先生の発した一言は、間違いなく
筆記試験のような学力だけを基に算出される今までの試験では、基礎学力の高い生徒が集まる上位クラスが必然有利だった。その度にDクラスはクラスポイントを離され苦しい立場に追い込まれた。だが今回のルールは丸っきり毛色が違う。A~Dクラスの間にあるハンディキャップをあまり感じさせない仕組みだった。
「1週間我慢したら……来月から俺たちの小遣いも大幅に増えるってことだよな!?」
そう、これは学力ではなく『我慢』を競う戦い。身近にある欲求を拒絶しながら耐え忍べば、上位クラスに近づけるかも知れないということだ。
「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。紛失などの際には再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。また、今回の旅行を欠席した者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりになっている。そのためAクラスは270ポイントからのスタートとする」
Aクラスであろうとも、容赦のないペナルティを
「来月から3万、来月から3万、来月から3万……やるぞお!」
クラスポイントを大量に増やすことはDクラスにとっての悲願だ。
「今からお前たち全員に腕時計を配布する。これは1週間後の試験終了まで外すことなく身につけておくように。許可なく腕時計を外した場合にはペナルティが課せられる。この腕時計は時刻の確認だけでなく、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備えている。また万が一に備え学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載してある。緊急時には迷わずそのボタンを押せ」
業者の人間が茶柱先生の
「非常時って、クマとか出たりしませんよね?」
「仮にもこれは試験だ。結果を左右する可能性のある質問には答えられない」
「う……そんな風に言われると怖いじゃないっすか」
「危険な動物は
客船で見たヘリは、そう言った非常時に飛ばすものなのかも知れない。
腕時計が各自に行き渡り、それぞれ右手か左手好きな方にはめていく。
「でも、身に着けたまま海とか入って大丈夫なんスか?」
「問題ない。完全防水だ。それに万が一故障した場合には、ただちに試験管理者がやって来て代替品と交換するようになっている」
この特別試験は何も学校が
「茶柱先生。僕たちは今からこの島で1週間生活するとのことですが、ポイントを使わない限り
「そうだ。学校は一切関与しない。食料も水も、お前たちで用意してもらう。足りないテントにしてもそうだ、解決方法を考えるのも試験。私の知ったことじゃない」
男子よりも女子の方が戸惑いの色を見せる。寝床が確約されていないのは不安だろう。
「大丈夫だって。魚でも適当に捕まえてさ、森で
300ポイントを温存する気満々の
一人だけの生活ならまだしも、クラスは30人以上で構成されている。
必要なものを全員分、手に入れると言ってもそうそう
「残念だが池、おまえの
「最後のページにマイナス査定の項目が載っている、まずそこを読んでみろ。それはこの特別試験を象徴する非常に重要な情報になる。生かすも殺すもお前たち次第だ」
最終ページには『以下に該当するものは、定められたペナルティを科す』とあった。
『著しく体調を崩したり、
「お前が無茶をするのは勝手だが、もし10人の生徒が体調不良に陥ったなら、それで我慢と努力は
我慢で乗り切る手を早くも封じられ、それを想定していた一部の生徒が困惑する。
1ポイントも使わないという戦略はこれで半ば無理になってしまったが、他クラスが全力でサバイバルに挑む可能性もほぼ消せたといえるだろう。それと同時に、この試験は遊びでも運任せでも、我慢だけでもないことが浮き彫りになって来たんじゃないだろうか。
あるいは───。とにかく、文字通り『特別試験』の形が少しずつ見えてくる。
「つまりさ、ある程度のポイント使用は仕方が無いってことなんじゃない?」
話の流れを聞いていた
「最初から妥協する戦い方は反対だぜ。やれるとこまで我慢してやるべきだ」
「気持ちはわかるけど、体調を崩したら大変だよ」
「
ルールを知れば知るほど、それぞれ思うところは違うだろう。意見が分かれていく。
それにしても、マニュアルに載っている購入できるアイテムの幅がとにかく広い。
テントや調理器具などのサバイバルに必要不可欠な道具、デジタルカメラや無線機などの機器、パラソル、浮輪、バーベキューセット、花火などの娯楽品。生きていく上で欠かせない食料から水。ありとあらゆるものをポイントで用意できるように設定してあった。ポイントを使用したい場合は都度担任に申し出ることで、誰でも申請可能らしい。
「
一通り説明を受けていた
「その場合、リタイアする人間が増えるだけだ。ポイントは0から変動しない」
「つまりこの試験でマイナスに陥ることはない、ということですね?」
茶柱先生が肯定する。
「支給テントは1つが8人用の大きなものになる。重量は15キロ近いから運ぶ際は気を付けるように。また、支給品の破損や紛失に関して学校側は一切手助けをしない。新しいテントが必要な場合にはポイントを消費することを覚えておけ」
「僕からもよろしいですか先生。この点呼というのはどこで行うのですか?」
「担任は各クラスと共に試験終了まで行動を共にする決まりになっている。お前たちでベースキャンプを決めたら報告しろ。私はそこに拠点を構え、点呼はそこで行う決まりだ。それから一度ベースキャンプを決めた後、正当な理由無くベースキャンプの変更はできないからよく考えるように。これらは他クラスも同様の条件となる。例外はない」
監督責任も含めて、茶柱先生がDクラスと一緒に1週間過ごすということか。もちろん、手助けは一切してくれないだろう。
「なあ先生。話の途中悪いんだけどよ、さっきジュース飲んだせいかトイレに行きたいんだよ。トイレはどこなんだ?」
「トイレか。今からその説明をしようと思っていたところだ。トイレの際はこれを使え」
積み上げられたものの中から、1つの段ボール箱を
「あ? なんだよそれ」
「簡易トイレだ。クラスに1つずつ支給されるものだ。大切に扱うように」
その説明に一番戸惑ったのは、
「もしかして、私たちもそれを使うんですか!?」
特に声を大にして驚いたのは、
軽井沢のグループというより、彼女は彼女で一定の支持を集める存在感のある女の子だ。
「男女共有だ。だが安心しろ。着替えにも使えるワンタッチテントがついている。誰かに見られるようなこともないだろう」
「そう言う問題じゃなくて! だ、段ボールになんて! 絶対無理です!」
「段ボールと言うが、これは良くできた優れもので、災害時にも用いられるものだ。今から使い方を見せるからちゃんと覚えておくように」
女子からのブーイングを聞き流し、
そして青いビニール袋をセットし白いシートのようなものをその中に入れる。
「このシートは給水ポリマーシートと言って、汚物をカバーし固めるものだ。これで汚物を見えなくすると同時に
その説明に、女子たちは言葉を失い聞き入っていた。これが災害時であったなら文句も言えない。男がどうの、女がどうの、段ボールがどうのなんて言っていられないからだ。
でも今、ここを被災地だと思い込んで行動しろと言うのはかなり難しいだろう。
「無理に決まってます! 絶対無理!」
篠原を始め、ほぼすべての女子が一斉に拒否する。
その様子を黙って見守っていた
「トイレくらいそれで我慢しようぜ。
「ふざけないで。男子には関係ないでしょ。段ボールのトイレなんて絶対無理」
「決めるのはお前たちだ。私が話すことはなにもない。だが、海や川はもちろん、森の中で適当に用を足すことは認められていない。それは忘れないようにな」
それだけ忠告すると、先生は淡々と次に話を進めようとする。
「だ、段ボールとか絶対無理だし! それに男子も近くにいるんでしょ? きもいし!」
納得がいかない篠原は男子、特に池に向かって怒りをぶちまけ始めた。
「んだよそれ。俺たちが変態みたいな扱いされるの納得いかねーんだけど」
「事実でしょ。あんたなんてめっちゃ変態そうだし」
「はあ? うわ、それ傷つくわー。俺超紳士だし」
「笑わせないでよね。紳士って、どんだけ。ぶっちぎりの変態候補よ」
バチバチと池と篠原が火花を散らし合う。
「とにかく私、無理ですから」
理屈じゃないと、徹底して
「だったらどうすんだよ。1週間トイレ我慢するのかよ、絶対無理だろ」
「それは……」
そんな
「やっほ~」
そんな気の抜けた声がオレたちの背後から聞こえて来た。
その声の主は目的の人物を
「……何してる」
「何って、スキンシップ? どうしてるかなーって思ったから」
Bクラスの担任、
「サエちゃんの髪っていつ触ってもサラサラよねー」
「お前は学校のルールをちゃんと理解しているのか? 他クラスの情報を盗み聞きするのは言語道断だ」
「私だって教師の端くれよ。仮に何か情報を耳にしたって絶対に教えたりしないわよ。だけど、運命みたいなものを感じちゃったって言うか。私たち二人
運命?
「うるさい。お前はさっさとBクラスに戻れ」
「あっ。
星之宮先生は普段、保健医をしているため授業で顔を合わせる他の先生と違い、あまり出会う機会が無い。オレは軽く会釈して答えた。
「夏は恋の季節。好きな子に告白するなら、こういう
「海は綺麗でも、クラスにそんな余裕はないんで」
軽く答え流しておく。つか、皆がじろじろ見てるから
「もっと気楽にやらなきゃ」
「おい。これ以上は問題行動として上に報告するぞ? それに、もう時間が無い」
「う、そんなに
悲しげな顔をして茶柱先生から離れる。ちょうど星之宮先生がBクラスの陣に戻った頃、茶柱先生は頃合いとばかりに話を切り出した。
「ではこれより追加ルールを説明する」
「つ、追加ルール? まだ何かあるのかよぉ……」
「まもなくお前たちにはこの島を自由に移動する許可が与えられるが、島の各所にはスポットとされる箇所が幾つか設けられている。それらには占有権と呼ばれるものが存在し、占有したクラスのみ使用できる権利が与えられる。どう活用するかは権利を得たクラスの自由だ。ただし占有権は効力上8時間しか意味を持たず、自動的に権利が取り消されることになる。その都度別のクラスに取得する権利が発生するということだ。そして、スポットを1度占有するごとに1ポイントのボーナスを得ることが出来る。ただしこの1ポイントは暫定的なものであり、試験中に使用することは出来ない。なので、試験終了時にのみ精算され、加算される仕組みになっている。学校側は常に監視をしているため、このルールにおける不正の余地はない。その点には注意するように」
「え、え、じゃあ、それすっげえ大事じゃないすか! ポイントまで付いてくるなんて
すぐにでも探しに行こうぜと、
マニュアルにもそのことが事細かに書かれており、スポットの近くには必ず占有権を示す装置が用意されているようだ。島に幾つのスポットがあるのかは不明だが、大きな
「焦る気持ちは分かるが、このルールには大きなリスクがある。そのリスクを考慮した上で利用するかを検討することだな。そのリスクも含め、
茶柱先生の言うように、マニュアルには特殊ルールを明白にするためか、箇条書きで追加ルールのことが書き記されてあった。
一 スポットを占有するには専用のキーカードが必要である
一 1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる
一 他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受ける
一 キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される
一 正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない
大まかなルールは以上と言ったところだ。あとは
仮にスポットを3箇所、8時間
ここまでのルールであれば、ただの早い者勝ち。強引に繰り返しスポットを占拠してしまえばいい仕組みに見える。でもそれは不可能だ。その理由は最後に書かれたルールにある。
7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。その際、見事他クラスのリーダーを的中させることが出来たなら、的中させたクラス1つに付き50ポイントを得る。そして逆に言い当てられたクラスは代償として50ポイントを支払わなければならない。安易にスポット獲得に動けばリーダーを見
だが、この権利も気軽に行使できるものではないようで、もしも見当違いの人間をリーダーとして学校側に報告した場合、判断を誤ったとしてマイナス50ポイントされてしまう。これに付け加えてリーダーを見破られたクラスは、それまでに
「例外なくリーダーは必ず一人決めて
つまりカードを盗み見られただけでも、リーダーの正体が白日のもと浮き彫りにされてしまうということか。これで茶柱先生からの説明は以上なのか、
「リーダーを誰にするかは時間もあるし後で考えよう。まずはベースキャンプをどこにするかだね。このまま浜辺に陣取るのか、森の中に入って行くのか……スポットのことはその後で考えるべきじゃないかな」
マニュアルには、シンプルな島の地図が付属されていた。島のサイズや形だけが書かれたもので、森の面積や傾斜など一切不明。というよりも白紙だ。
「自分たちで必要な部分を埋めろ、という風にも見えるね」
おあつらえ向きにボールペンが用意されていることも、それを裏付けている。
「先生たちもいっぱいいる船の
「いや、そうとも限らないよ。スポットの存在もそうだけど、ここには何もないからね」
水もなければ食料もない。ここに拠点を築くとそういった資源を得る場所から最も遠い位置になってしまいかねない。おまけに日中は日差しが強く厳しい環境だ。かといって、森の中に入り込みすぎるのにもリスクはあるだろうな。
「つかよ、それよりまずはトイレだ。俺もう我慢できねえ」
ワンタッチテントを組み立て、少し離れたところに設置して中に入って行った。
茶柱先生は一歩後退する。もう関与しないから好きにしろということだろう。
「ねえ
近いうち他の生徒も含めトイレは必ず必要になってくる。女子の意見ももっともだ。
「決めるっつーけどさ、あれで我慢するしかないんじゃねーの?」
「いや、方法が無いわけじゃないよ」
マニュアルに視線を落としていた平田が、そう言って顔を上げる。
「マニュアルの中に、仮設トイレもポイントで購入し設置可能だと書かれてるからね」
その言葉に篠原たちが一斉に集まり、マニュアルを
仮設トイレの機能は申し分なさそうで、参考写真を見るに家庭にあるトイレとほぼそん色なく水も流せる。これなら女子も十分納得するだろう。だが問題は、仮設トイレ1基につき20ポイント必要というところか。高いか安いかは判断の難しいところだな。
「それ絶対いる! っていうか、ほんとはそれも嫌だけど……それじゃないと無理!」
篠原の発言を引き金に、多くの女子がそれに賛同する。女子にとってはトイレの存在は食料や水にも勝るのかも知れない。そこだけは引かないという意思が伝わってくる。
「ちょ、ちょっと待てよお前ら! 20ポイントだぜ!? たかがトイレに!」
敏感に反応し、反対したのはポイントを節約したくてたまらない
「トイレくらいいいじゃん。一個は
「あんたが決めないでよね。意見をまとめてるのは平田くんなんだから。ね、平田くん」
「そうだね……少なくとも女子にはちゃんとしたトイレがあったほうが……」
「意見をお前が取りまとめるのは自由だけどよ、何でも勝手に決めていいわけじゃない」
トイレ購入に賛同しようとした平田を見て慌てて止める。
「あーもううっさい。
同意を求めるように、女子の代表格である軽井沢に声をかける篠原。
「そう? や、そりゃきついけどさ。クラスポイントは欲しいし。我慢しようかな」
思いがけないことに、真っ先に文句を言いそうな軽井沢が簡易トイレの使用に賛同した。
「最低限の必要なものは学校が用意してくれるんだしさ。あたし我慢する。お風呂だって川があるんだから、ここを利用したら何とかなるんじゃない?」
「そんな……軽井沢さんっ!」
軽井沢がそう言ってしまったら、我の強い篠原でも正面から逆らう
多数の女子が軽井沢についている以上、発言力はどうしても限られるからだ。
そんな池と篠原の戦いに、突如として
「女子が仮設トイレを欲しがる気持ちは分からないでもない。しかし、だからって僕ら男子のポイントでもあるものを勝手に使おうとするのは納得がいかないな。もし仮設トイレが欲しいなら最低でも過半数の票を集めてから言ってもらいたい」
メガネをくいっと上にあげ、篠原に対し厳しい口調をぶつける。
「私は……女の子の当然の要求をしてるだけよ。男子には関係ないでしょ」
「当然の要求? 男子には関係ない? 理解不能だ。それはただの差別じゃないか」
「差別って……あー頭痛くなってきた。平田くん、こんなのほっといて、ね?」
どうしてもトイレに関しては譲ることが出来ないのか、篠原は一人必死に
「この試験は他クラスとのポイント差を埋める千載一遇のチャンスなんだぞ。仮設トイレなんかに貴重なポイントは使えない。僕はいつまでもDクラスに居るつもりはないからな。篠原さんのような個人の好き勝手を聞き入れていたら話にならないだろ。だから今ここでしっかりと方針を決めて
「は? それって私が何も考えてないって言いたいわけ?」
「本能のまま動くだけなら猿にでもできる。女は感情論で動くから嫌いだ」
「……はあ? 別に全部ポイントを使いたいって言ってるわけじゃないでしょ。最低限必要なものはあるって言ってんのよ。理論的に話してるつもりだけど?」
「二人とも落ち着いて。幸村くんの言いたいことも分かるけど、そんな
「冷静? だったら、間違っても勝手にポイントは使わないってことだよな?」
「それは……」
ボルテージの上がった2人に板ばさみにされた
「統率力のないDクラスじゃ、先が思いやられるわね。それに平和主義の彼、平田くんには何一つまともに決められないんじゃない?」
少し距離を置いたところで状況を見守るオレの横で、一向に進展しそうにない状況を悟った
「今回の試験。思ったよりもずっと複雑で難解な課題と言えそうね……」
珍しく、堀北は戸惑っているというか、困惑するような様子を見せた。
「大きくポイントを得られるチャンスだし、堀北は我慢するのも平気じゃないのか?」
横顔から見せる堀北の表情は、複雑というか少しだけ悔しそうだった。
「どうかしら。この段階で簡単だと言えるほど楽観的じゃないわ。私だって他の人たちと同じ。こんな場所で生活なんてしたことがないから何も計算しきれない。一見単純そうに見えた試験も、立ち位置一つで大きく変わるのを実感してるところよ。全員が共通してポイントを節約したい気持ちはあるのに
ポイントを使う派、ポイントを使わない派。そして要所要所で使う派。
シンプルに分けるだけでも3つに分類される。そしてさらに、そこからも細々とした違いが現れる。つまり実質、生徒の数だけ思い描く戦略パターンがあるということだ。
30人以上からなるクラスで、その事実と向き合っていくのは容易じゃないだろう。
厚手のマニュアルは、そのページの分だけ自由が効くと同時に、クラスが一丸となる難しさを表しているように見えた。少し遠くから男女の対立を
「堀北はどうしたいと思ってるんだ?」
「私としても、
「概ね同意見だ。全てが未知数すぎる」
「ねえ見て。AクラスとBクラス、ひょっとして話がまとまったんじゃない?」
焦る女子の声に、オレたちはいっせいに振り返った。
ものの数分しか経過していないにもかかわらず、それぞれのクラスから数人の生徒たちが固まって森の中へと入って行くのが見えた。
恐らくはスポットや、最適なベースキャンプ地を探すためだろう。
優劣を象徴するかのように、オレたちDとCクラスはまだまとまりを欠いている様子。
満足にスタートを切ることすらできないでいた。
「……あー、くそ、悠長にトイレの話し合いなんてやってる場合じゃないって! 俺はポイントを守るために何でもやるつもりだぜ。キャンプ地とスポットを探しに行く。それから
「わかってる。そのつもりだ」
「ちょっと待って池くん。計画もなく森に入るのは危ないよ」
「ここで悩んでて全部解決すんのかよ。しないだろ」
行きたい気持ちと止めたい気持ちがぶつかり合う。
しかし、
「利用できそうなスポットとか拠点を見つけたらすぐに戻ってくるからさ。その後全員でそこに移動してから話し合いをすればいいじゃん。簡単な話だろ?」
「
須藤と目が合い声をかけてくる。オレは軽く首を左右に振って断った。
「……3人とも、絶対に一人で行動しないようにして欲しい。迷うと大変だよ」
「わかってるって。んじゃ、色々見つけてくんぜ!」
それにしても、さすがに日光を
長い間こんなところで話し合いをしていたら干上がってしまいそうだ。
「少なくとも、ここに拠点を築くのは厳しそうだね……」
クラスメイトが暑さに悲鳴を上げ始めたこともあり、平田も浜辺を拠点にする難しさを感じ取ったようだった。もし、これが純粋なキャンプなんかだったなら、パラソルなりターフテントなりを設営して、海で泳いで遊んだりと太陽から身を守る手段は幾らでもあるが、今の状況ではそれも難しい。
「ひとまず日陰に入れる場所まで移動しようか。移動しながらでも話は出来るしね」
率先して平田はテントを運ぶために準備を始めた。男子もそれに続く。
「ところで……あのトイレ、須藤くんちゃんと片づけたのかな……?」
女子の一人が少し不安げな様子でトイレを指す。
確か須藤が用を足して出てきた時は手ぶらだった。少なくともあの中は───。
照りつける太陽、そのままにされたトイレ。テントの中はさぞ蒸し風呂であろう。
2
浜辺から歩き巨大な森が目の前に迫った時、男子の一人がビビったように森林を見上げる。
「こんな森、入って大丈夫かよ……めっちゃ迷いそう……全然奥見えないし」
だからこそルールに点呼が組み込まれていて、腕時計に非常用ボタンが備わっている。
しっかりと連携を取り協力し合わなければ湯水の
「
「ふふん、当然よ。他の男子も情けないっていうか、全部平田くん任せよね」
前を歩く軽井沢グループは、懸命にテントを運ぶ平田を尊敬のまなざしで見つめる。
ちなみにオレも荷物持ちを
一方女子の中でも好んで孤立する
規則正しく歩く一方で、時折立ち止まるような仕草を見せ、そしてまたすぐ元に戻る。
オレは少しだけ歩くペースを落とし、堀北の隣に並んで歩き出した。
「気が乗らないか?」
「正直に言えば
まぁ協調性なんかが問われる団体行動と堀北は、縁遠い存在だからな。改善するためにクラスメイトに溶け込む努力をすればいいのにと思ったが、言っても無駄なので止める。
「あなたが私に言っていたことが、少しだけ現実になったかも知れないわね」
そう言って、堀北はちょっと面白くなさそうな顔をした。
「学力以外で能力を問われるかも知れない、そんな話よ。私が足手まといだと決めつけていた
「かもな。それよりおまえ、大丈夫か?」
「なにが?」
少し
そんな堀北と話をしていると、背中に少し視線を感じた。
振り返ると、一番後方を歩いていた
オレが振り返っていることに気づくと、慌てて目を
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
気にし過ぎだろうと思い、オレは前を向き直す。
「他のクラスはどうするかしら。ちょっと動向が気になるわね。AクラスやBクラスが徹底してポイントを抑えるつもりなら、こちらも覚悟しなければいけないし。こんな試験で差を広げられるわけにはいかないわ」
その点には並々ならぬ決意があるのか、前を見る
生活態度で大差をつけられ、学力テストでも離されていく一方の現状、唯一対抗できそうなこの試験は、Aクラスを目指す上で絶対に落とせない戦いなんだろう。
「上のクラスを目指すって大変だな……」
「
茶柱先生が、指導室でオレと堀北を鉢合わせさせた時のことを言っているんだろうか。
「別に不思議がることじゃないだろう。
「この学校に入る人たちは、その特権を活かすために入学したと思ってたのに」
不満そうというよりは、不思議そうにそう
「あなたは何のためにこの学校を選んだの?」
「それ、自分にも同じことが言えるのか? 堂々と特権を活かすためだって」
「……なるほどね」
今度は露骨に不満そうに呟き、鋭い横目でオレを見上げて来た。
オレは堀北が兄と同じ学校に行くために入学したと思っているし、そう理解している。
Aクラスに上がるのは自分のためじゃなく、兄に認めてもらうためであることも。それはつまり、本来の学校の目的とは異なるのだ。
「人の過去を勝手に
少し遠めに
こいつはオレの過去、というか人間を徹底的に分析、分解して知ろうとしている。
それはオレにとって喜ばしいことじゃない。早いうちに何とかしたいところだ。
「1つだけあなたに言っておくと、勝手に情報をリークしたのは茶柱先生よ。その点だけは勘違いしないでもらえる? それにまだあなたを認めたわけじゃない。忘れないで」
「大丈夫だ。認めてもらおうとは思ってないから」
程なくして平田たち一行は立ち止まる。
「ここなら日差しも
平田たちは森から少し入ったところで足を止め、話の続きを再開した。
男子の一部は団結したように集まり、移動中に考えていたであろう意見をぶつけ始めた。
「池たちだけじゃなくて、俺たちも動くべきじゃないか。主要なスポットを別のクラスに押さえられたら、その分必然的にポイント差が広がってしまうだろ」
「うん、そうだね。すぐに動かなきゃいけない。だけど問題を放置して散り散りになってしまうのは良くないよ。まずはトイレ問題の解決からじゃないかな」
「だからそれは支給されたトイレで対応すればいいだけの話だろう」
言うと、
「移動してる間に考えていたんだけど、まずは1つトイレを設置するべきだと思う」
少しだけ強い口調で
「勝手に決めないでくれ。
「トイレの設置は最低限の必要経費じゃないかな。そもそも、30人以上いるクラスで不慣れな簡易トイレ1つ。本当にトラブルなく回しきれるだろうか」
「それは───うまく使って……」
「一口に言うけど現実的じゃないよ。最悪のケースを考えないと。一人3分でも全員が終わる頃には90分以上かかる。それで本当に成立するのかな?」
「意味の無い想定だ。全員が一度にトイレを使うことはそうそうないだろ。学校側も現実的だと判断したから一つしか支給しなかったんだ。
「僕にはそうは思えない。簡易トイレ一つは最初から無理があるよ。そこから推理すると、ポイントは無意味に我慢するものじゃなく、逆にある程度使う方が効率が良いってことを教えるためのヒントなんじゃないかな? 幸村くんならわかるはずだ。恐らく他のクラスだって同じ考えに至り、仮設トイレを設置するんじゃないかってことが」
確かにこの試験、どの部分にポイントを使うかが勝負の分かれ目だと感じた。そもそも支給品が
「全部おまえの憶測だ……。それに他クラスがトイレを設置するって言うなら、我慢すればその20ポイント分差が詰まるんだ。それこそ使うべきじゃない」
「そうだね。でも、トイレを我慢することがプラスに
時間が空いて冷静になったことで、平田はしっかりとした結論に至ったようだ。
それが男子の反論を買う行為ではなく、最終的には同意を得られると確信して。
「女の子たちだって安心してこの試験に挑むことが出来るだろうしね」
特に破たんすることもなく突き付けた話を、幸村も即座に否定できなかった。
ポイントを節約したい気持ちは分かるが、簡易トイレ1つで
「……わかった。だったらトイレ、設置すればいいだろ」
「先生。仮設トイレを希望した場合、設置場所は事細かに決められるんですか?」
「地形上無理がなければどこでも可能だ。設置してから再移動も可能だが、その場合ある程度時間がかかると思ってくれ。重量は100キロ以上ある。ちょっとした手間だ」
1つ問題が解決したことに
「次は……さっきも意見が出ていたけど、ベースキャンプを決めるために僕らも探索するべきだと思う。どこに腰を据えるかでポイントの消耗にも大きく
焦りというよりは、クラスメイトの反発を防ぐためにも平田はそう答えた。
それからすぐに志願者を募るが、男子2人だけで思ったように人数は集まらない。
こんな自然の森に足を踏み入れた人間はそう多くないだろう。無理も無いな。
「この中にサバイバルに精通した人とか……いないかな?」
ベタな漫画なんかじゃ、こういう時一人くらい頼れる人間が居そうだけど。
振り返りクラスメイトに確認するが、誰も名乗り出る素振りを見せない。
すると、今まで沈黙を守っていた
「拙者、幼い頃より父親にサバイバル技術を
瞬時にバッシングを受けた博士は慌てて謝ったが、総スカンを食らった。
「あの、私でよかったら行くよっ」
誰も参加したがらない状況を打開するべく、自ら志願したのは
俺も俺もと志願し、渋っていた男子が参加を表明。櫛田への好意が動機の生徒もいれば、女の子に率先させてしまったことを恥ずかしいと感じた生徒もいただろう。
遅れてオレが手を挙げると、それとほぼ同じくして平田が人数を数え始めた。
「11人かな。あと一人参加してくれれば、4チーム作れそうなんだけど」
「おまえも行くか?」
「私は遠慮しておく。でもあなたが積極的に志願するなんて珍しいこともあるものね」
「何かしら役割は持ってないと、クラスで浮くからな」
と……
「ありがとう
そして各自が好きにチームを組んでいく。ここでも
「よ、よろしくね
同様に余ったのは、誰にも呼ばれなかった
「実に
幸いにも自由人と大人しい女の子。この2人なら支障なく行動が取れそうだ。
3
青々と生い茂った緑は、森の中へ足を踏み入れるたび色濃くなっていく。
直射日光を避けられる分浜辺よりはマシだが、ジメジメした暑さは苦痛で、クールネックの首周りを
暑い暑いと考えていると余計に暑い。ここは誰かと話でもして気を紛らわせるか。
「高円寺───」
「ああ、美しい。大自然の中に悠然と
ダメだ……。あいつは満足に会話が成立しない。話しかけられるのは実質一人だった。
「偉いんだな」
「……えっ!?」
声をかけられると思っていなかったのか、少し後ろを歩く佐倉の体がびくっと跳ねた。
「あと一人欲しいって言われて挙手しただろ。中々出来ることじゃない」
「そんな、私は別に偉くなんてないよ。ほんと全然……。今もまだ、どうしてこんなことになっちゃったんだろうって、少し混乱してるの」
佐倉は大人しい性格というか人と話すのが苦手な引っ込み思案な生徒だ。
集団で行動する旅行には、消極的だったのかも知れない。
離れて話すのを失礼だと思ったのか、佐倉は遠慮がちに隣に並んで歩き出す。
浜辺から森の方、つまり島の奥へと進むに連れて急激に体力を奪われる。
それは単純に足場が悪く不安定なだけじゃなく、少し坂になっているようだった。
「なら、どうして面倒な森の探索に手を挙げたりしたんだ?」
「それは……大勢の中にいると
「その気持ちはわからなくもないが、少数だから楽ってこともないだろ」
今みたいに誰かと話さなきゃいけなくなったり、気まずい思いをすることにもなる。
「だって……綾小路くんが、その、手を挙げたから……」
佐倉はハッとしたように顔を上げると、慌てて身振り手振りを交えて声を張り上げた。
「ちが、違うんだよ!? 話せる人がいないから、だからその、ってことで!?」
そんなに否定したかったのか、小走りに前に飛び出し否定する
「あ、おいっ危な───」
「わきゃ!?」
後ろを向きながら歩いていたため、大木の根っこに気が付かず足を引っかけて後ろに倒れ込む。慌てて手を伸ばしたが間に合わずこけてしまう。
「大丈夫か?」
「うう、痛ぃ……」
幸い手とお
「森の中で適当に歩いてると
「……あ、ありがとう」
佐倉はオレに申し訳なさそうに手を伸ばしてきたが、自分の手が汚れていることに気が付いて少しひっこめた。その手を気にせず掴み、優しく引き起こす。
「ご……ごめんね」
「謝るようなことじゃないぞ」
ついでと思い佐倉の手についた土を払う。
それにしても、こんな森らしい森には人生で初めて足を踏み入れるな。
最初はある程度方角を頭に
こんな状態が数分も続けば、もう今自分がどちらの方角を向いているのかさえ忘れそうになる。先頭をどんどん突き進む
しかし佐倉は歩き出さず、ボーっと自分の右の手のひらを見つめていた。
「佐倉、ちょっと急ぐぞ」
「え!? あ、う、うんっ」
声に呼ばれ慌てて駆け出す佐倉。またこけたりしそうだな……。
「あ、歩くの速いね、高円寺くん」
女の子の歩幅のことを何一つ考えていない高円寺は、どんどんと森の奥へ進んでいく。
不慣れな道をモノともしない
「それにしても、あいつまさか……」
「どうしたの?」
「いや───」
一体どういうことだ。これは偶然か? いや、高円寺の足取りには迷いが一切ない。
仮にもベースキャンプの場所を見つくろうためのチームなのだから、通常脇目も振らずに歩くことはしない。高円寺にはまるで別の目的があるかのように直線的だ。
何よりも驚いたのはその進行ルートだ。
もしかしたら
『オレの理想とする道筋』を迷うことなく進んでいく。
ただ問題は、
「高円寺。あまり速いペースで進むのはまずいんじゃないか? 迷うぞ」
高円寺、佐倉両方を気遣って声をかけるが、高円寺は後姿を向けたまま髪をかき上げた。
「私は
「ところで凡人の君たちに聞きたいのだが、実に美しいとは思わないかね?」
白い歯を
「まあ……自然の森は神秘的というか、
一応思ったことをそのまま伝えてみる。だが高円寺はそんな答えを期待していたわけではなかったのか、がっかりしたようにため息をついた。
「何を言っているんだい君は。私が聞いたのはそんなことじゃない。完璧な肉体美を持つこの私そのものが、この場で美しく輝いているということだよ。わからないかな?」
自称完璧な肉体美を持つ自分自身を褒めてくれということか。なるほど、わからん。
「暑さのせいで頭がおかしくなってるんだろうな……気にしないほうがいいぞ佐倉」
「う、うん。高円寺くんがおかしいのは最初から知ってるから平気だよ」
お、おう。それは事実ではあるが、意外とキツイこと言うなこの子。
高円寺は自分の美しさを改めて実感して満足したのか、止めていた足を踏み出した。こちらからの忠告や希望などおかまいなしなのだろう。
「心配はいらないさ。この森ならば多少のことが起こってもノープロブレムだ」
「高円寺、それはどういう意味だ?」
「ここは自然の森とは呼べない。少なくとも日中、
意味深な言葉を残した高円寺は、オレたちから興味を失ったのか先ほどよりも足取り速く歩き出す。佐倉がついていけるようなペースじゃない。
「おい───」
「あ、あの。私は大丈夫だから。頑張ってついていくよっ」
汗をかきながら、グッと小さくガッツポーズを作って見せる佐倉。
気持ちは
最悪高円寺とはぐれる覚悟を持った方がいいかも知れない。
しかし佐倉は、それから思いのほか頑張り高円寺のペースについてきた。
時折こけそうになる姿は危なっかしいが、自分なりに頑張る決意を固めたんだろう。
そんな涙ぐましい努力など気にも留めず、
森を抜けるまで止まることはないと思っていたが、突如目の前で立ち止まる。
そしてこちらを振り返ると、またも髪をかきあげながら不敵に笑った。
「凡人たちに質問があるんだがいいかな?」
こちらが返事をする前に、高円寺は続ける。
「君たちにはこの場所がどんなふうに見えているのかを聞かせてもらえないだろうか」
「え……? ど、どういう意味かな?
高円寺の鋭い瞳に、さっと背中に隠れた
この場所がどんなふうに見えているか? 周囲を見渡してみる。それを見て佐倉も同じようにキョロキョロと辺りを見る。しかしどこにも変わったところはない。ただの森だ。
わざわざオレたちに確認を取ることとは一体なんなのか。
「グゥッド。わかったよ、気にしないでくれたまえ。やはり凡人は凡人ということだね」
望む回答が戻ってこなかったことを悟ると、高円寺は再び足早に森を歩み始めた。
「何か……変わったこと、あったかな?」
「いや……」
高円寺の発言を真に受けていたらキリがない。いくらでも狂言を言う男だ。
しかし、この場所にはオレたちに見えていない何かがある可能性も否定できない。どちらにせよゆっくりと探索している時間はない。高円寺が再び歩き出してしまったからだ。
「佐倉、ハンカチ持ってないか?」
「あ、うん。あるよ?」
さすが女の子、この手の準備はしっかりとしていたようだ。
「もしよかったら貸してもらえないか? ちょっと汚れるかも知れないが」
「それは全然大丈夫だけど……」
そう言って、佐倉は嫌がることもなくハンカチを貸してくれた。
オレはそれをありがたく借りると、
こうしておけば、後でこの場所に戻ってきた時に目印にすることも出来る。
「あ、高円寺くん見失っちゃう……。いそご、綾小路くん」
慌てる佐倉だが、疲労が
やはり佐倉の体力はもう限界に近いな。無理してもついていけないだろう。
「悪い、ちょっと体力的にきつい。少しゆっくり歩きたいんだけど構わないか?」
そう言って、オレは自分から歩くペースを遅くした。これなら、佐倉が悪いわけじゃないという名目が立つ。見透かされたかも知れないが別に構わない。真実を確かめる方法などありはしないのだから。オレの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、程なくして高円寺の姿は見えなくなってしまう。前方からは時々草をかき分けるような、大地を踏みしめるような音が聞こえてくるだけになった。
「多彩な才能の持ち主だな。アレは」
もしも
「…………」
さっきから無言でこちらの様子を
結局佐倉は何もオレに言ってはこず、二人で森の中を探索して歩く。
「飲み水が確保できたら大きいんだけどな。あるいは雨風を
間が持たないので軽く話しかけてみる。分かりやすくポイントを節約できる可能性があるスポットを確保できたなら、非常に楽な展開になるだろう。
「そう、だね。テント2つじゃ足りないだろうし……。だけど、何も見つからないね」
どれだけ歩いても見渡しても、人工物らしきものはひとつも見当たらない。
ま、歩き回っていると言っても島の1%にも
小規模の探索であっさりと見つけられるような甘い学校じゃないだろう。
それから数分道なき道を進んでいると、途中開けた場所に出た。
「ここって……道、なのかな?」
「そうみたいだな」
無人島にある森の中から、人が切り開いたと思われる道が出て来た。もちろん舗装されているわけじゃないが、大木を切り倒し整備し踏みならした跡がある。これが学校側の作った道なんだとしたら、この先にスポットがあるのかも知れない。
佐倉と歩みを進めて切り開かれた道を歩く。
「うわ……
程なくして
「もしかしてアレ……スポット、なのかな?」
「さて、どうだろうな」
洞窟は古来より人の住居として立派な機能を果たしている。ここがスポットに指定された場所ならば、どこかにそれを記す証拠があるはずだ。
確かめるべく洞窟に近づこうとしたところで、穴の奥から一人の男子が出てくるのが見えた。オレは即座に佐倉の腕を引き、物陰へと引き込み隠れる。佐倉には悪いが、状況が分からない今は姿を見られるのは勘弁願いたい。その男は入り口で立ち止まると、ジッと動かず南西の方角を向いて静かに
無駄が無く素早いスポットの確保だ。迷わず一直線に
しかしそんなことより問題なのは、男の手にカードのようなものが握られていたことだ。
やがて内部から男に向けられた声が聞こえてきた。オレは慌てて顔を引っ込める。
「この大きさの洞窟があればテントは2つで十分ですね
耳を澄まし、聞こえてくる
「運? お前は今まで何を見ていた。ここに洞窟があることは上陸前から目星が付いていたぞ。見つかるのは必然だったということだ。それと言動には気をつけろ。どこで誰が聞き耳を立てているか分からないんだ。俺にはリーダーとしての監督責任がある。
「……す、すみません。でも上陸前から、ってどういう意味ですか……?」
「船は桟橋につける前、
「で、でもただの観光というか、
「観光で回るにしては旋回が速すぎた。それにアナウンスの内容も妙だったからな」
「俺にはその、ぜんぜん感じられなかったですけど……葛城さんは学校の意図を見抜いてた。それでここに洞窟があることが分かったんですね……
「次に行くぞ、
「は、はいっ! でもこれで結果を残せば『
「内側ばかりに目を向けていると足元をすくわれるぞ」
「そうは言いますけど、警戒するとしたらBクラスくらいですよ? 特にDクラスなんて不良品の集まりじゃないですか。ポイント差を考えても無視でいいかと」
船の上でも似たような話だったが、Aクラスから見ればDクラスはアウトオブ眼中。道端の片隅に落ちている石ころのように扱われていた。
「お
そんな二人の声と足音が聞こえなくなるのを待ち、念のため更に2分ほど待った。
「行ったか……」
顔を
一息ついたところで手にかかる
慌てて抱き寄せてからそのまま押さえつけてしまっていた。
「悪い
「きゅうっ……!?」
そこには、
「だ、大丈夫か?」
「だだだ、だい、だいじょうぶ、ぶぶ……」
体から湯気が立ち上りそうなほど顔を
思ったよりもずっと強い力で押さえつけていたのかも知れない。
「はふ、はう、はふっ……し、死ぬかと思った……。心臓が止まるかとっ」
それは
「さっきの二人組。話の内容からしてAクラスみたいだったな」
だが気にかかるのはこの場所を放棄して離れていったことだ。誰かに見張らせておかなければスポットを横取りされる可能性もある。佐倉の体力が戻るのを待った後、改めて
洞窟の内部には、壁に埋め込むようにしてモニター付きの端末装置が設置されていた。画面にはAクラスの文字があり、7時間55分を切ったカウントダウンが表示されていた。
つまりこれが、スポットを所有していることを証明するものか。
このカウントが0になるまで、オレたちは一切の手出しが出来ない。強引にこの場所を使うことも不可能。だから安心してAクラスの二人はこの場を離れられたのだ。いや、問題はそれだけじゃない。他のクラスに占有権を奪われず更新し続ける限り、Aクラスは8時間
病欠で30ポイント失ったものの、半分以上の帳消しが確定だ。
それに
もしも食料や水なんかのスポットであれば、他クラスは更に差をつけられるわけか。
「島に上陸する前から、頭の片隅に入れておいたって言ってたな……」
記憶していた島の地形を利用してスポットを探し出すためのヒントに用いた。その考え方はお見事。Aクラスにいるだけあって最低限見えている世界が違うということだ。
だが、そうであるなら
「ね、ねえ
そう───この出来事は致命的なミスを犯した証明。洞窟を確実に押さえるためとはいえ、Aクラスは占有権を得るためキーカードを通してしまった。自分がリーダーであることをオレたちに明確に知られてしまったことになる。もちろん、他クラスの誰かに見られているとは思わなかったんだろうが……。明らかに不用意だ。
念のため洞窟を奥まで調べてみるが、やはり人が隠れている様子はない。
「どど、どうしよう。
Aクラスに大打撃を与える情報を耳にしてしまい興奮気味、焦るように佐倉が言う。
「後でオレの方から
4
状況が動きだしたのは、成果なく
随分と高揚した様子の
「川だよ川! 物
先行して探索に出かけた結果、池たちはスポットを見つけることが出来たらしい。
そして他のクラスに奪われないよう見張っているようだ。
「それは大手柄だね。水源が確保できたら僕たちの状況は大きく好転するかも知れない」
どうやら見つけて来たスポットをもとに、ベースキャンプ地が決まりそうだった。
もちろん地形や環境によってだとは思うが、初めて前進の一歩になりそうだ。
「だけどまだ2チームが戻ってないから、誰かがここに残ってないと困るだろうね」
時計は3時を少し回っている。予定の時刻に戻れていないということは、この森のどこかで迷っている可能性は十分にあるな。
「悪い平田、
「ああ、高円寺くんならさっき一人で戻ってきて海に泳ぎに行ったよ」
どうやら迷うことなく森を抜け出したらしい。さすが自由人。
「はぐれるなんて、ちゃんと統率とって行かなかったわけ?」
全員で川を目指して移動していると、そう
「アレはオレが制御できるような人間じゃないぞ……分かってるだろ」
こいつ絶対わざと
「なるほど。性格以外文句の付けようがない能力の持ち主ね、彼は」
「お前と一緒だな」
「何か言った?」
「い、言ってません」
このクラスにはオレを含め性格に問題のある生徒が多すぎる。平田も大変だ。
「なに?」
ふと堀北は後ろを振り返り、鋭い瞳で佐倉を見据えた。
「えっ!?」
「今私を見ていたでしょう?」
「みみみ、見てないよ!?」
「怖がらせるなよ。って、元々
「勝手に突っ込んで勝手に納得しないでもらえる?」
「ここだ! 俺たちが見つけたスポット!
「うん。きれいな水に、日光を
「へへへ、だろ!」
静かに流れる川は幅10メートルほどの立派なものだった。川の周囲は深い森と砂利道に囲まれているが、この場所は整備されたように開けていた。
これが偶然出来た立地とは思えない。意図して学校がこの空間を作ったんだろう。
「この川がオレたちのモノだって証明をどうやってするんだろうな」
川は幅広く、下流は随分先まで続いているように見える。一見する限りではオレたちが立っている平らな場所以外は高低差が激しそうだ。この場所くらいの好立地はないかも知れないが、当然中には入り込む余地もありそうだ。知らず知らず川を利用することも可能だろう。あるいは、単純にこのスペースだけが特権として与えられたということなのか。
オレは少し様子が気になり、川辺を歩きながら森の方へ。
「学校側もその辺りは把握してそうね。川を利用できるのは私たちだけみたい」
道中、川へ降りて利用できそうな場所には木の立て看板が刺さっていた。
川がスポットに指定されたものであり、許可のない利用を禁ずる、と書かれてある。
軽く見て回ったオレたちは、平田たちのもとへと戻った。
「ここをベースキャンプにするのは確定として、問題は占有するかどうかだね」
「そんなのするに決まってんだろ! しないなんて選択肢があるのかよ」
「あるよ。ここを占有するメリットは当然、川を独占できることにある。それと占有権で入ってくるポイントの収入だね。でも、それには8時間に一度更新する必要がある。操作を許されているのはリーダーと定められた人だけだから、その姿を見られたら大変なことになる。どこで誰が目を光らせているかは把握しきれないよ」
川を挟んでいても360度森だ。茂みから目を光らせていたら存在にも気づけない。
「んなの、こう、隠して守ればいいじゃん。囲むようにしてさ」
リスクが付きまとうのは事実だが、ここは池の意見が正しいだろう。この地をベースキャンプにするのなら押さえない手はない。万が一他クラスの生徒に占有されれば川を使用することが出来なくなる。男女問わず池に賛同する様子を見せた。元々平田もそのつもりだったとは思うが、中立的立場を貫いて多数の意見を拾い集めた。
確かに占有権を得ることは損得表裏一体。だが、Aクラスが
「うん。じゃあ後は、誰がリーダーをするかだ。肝心なのはそこだからね」
占有するかどうかより、リーダーを誰に据えるかが大きな鍵となる。ここでのミスは命取りになりかねない。誰もがその重役を避けたいと思う中、
「私も色々考えてみたんだけど、
櫛田からの推挙があるとは思っていなかった様子の堀北だが、表情を変えた様子はない。常にAクラスを目指して行動している彼女は誰がリーダーを務めることがもっともリスクが少ないか。肝心なのはそこだと考えているだろう。冷静に周りの反応を
「櫛田さんの意見に賛成だよ。というより、僕もリーダーは堀北さんが良いと思っていたから。後は堀北さんさえ良ければ引き受けてもらいたい。どうだろうか」
視線が集まるも、本人は特に拒否する様子は無かった。
「嫌がってるんじゃねえか? 無理強いさせるなよ。代わりに俺がやってもいいぜ」
堀北が引き受けたくないと判断したのか、
「わかったわ。私が引き受ける」
多少面倒でも、須藤や
「よーしこれで風呂と飲み水の問題は解決したよな! な!」
「はあ? 川の水飲むとか、あんた正気?」
どうやら、池はこの川を飲み水と風呂の両方で活用するつもりらしい。一方
「そりゃさ、泳いだりする分には良さそうだけど……飲むのは、ねえ?」
「なんだよ、全然いいじゃんか。
「そう、だね……。確かに飲めそうだけど……」
節約を訴えて
「ねえ平田くん……。本当に大丈夫? 川の水飲むなんて普通じゃないよ」
更に数人の女子が集まり、不安そうに平田に相談を持ち掛けて来た。
穏やかに流れる川の水を見て、女子たちは首を左右に振って無理だと抗議する。
「飲めるとはとても思えなくて……」
こそこそと相談しあう様子を見て池は
「そうかあ? 水は
濁っていたりすることはなかったが、女子だけじゃなく男子の一部もどこか一歩引いた位置で川を眺めている。
「何だよ皆。何が不満なんだよ。
「じゃああんたが試しに飲んでみてよ」
「は? ……別にいいけどさ……」
半ば強制的に女子に催促され、池は手ですくって川の水を飲んだ。
「かー! キンキンに冷えてて気持ちいいぜ! うめぇ!」
「うわマジドン引き。無理無理、そんなの飲むなんて。気持ち悪い」
「はあ!? お前が飲めって言ったんだろ篠原!」
「やだやだ。私が一番嫌いなタイプね、あんたみたいな野蛮人」
「なんだと!」
二人はまたも互いに
「
「それは……当てはまらなそうだな」
トイレ問題の次は飲料水の問題か。川が見つかれば万事解決ともならなかったようだ。
「とりあえず水の問題は後で考えることにしようか。喧嘩してても辛いだけだからね」
今の状況を打破したい平田はそうみんなに伝える。
事態の先延ばしは問題も多そうだが、それが平田の意向なら特に反論もでないだろう。そんな風に思っていたが、意外なところから話の流れに待ったをかける男がいた。
「篠原。おまえ文句言ってんなよ。全員で協力しなきゃならない試験だろ、これって」
クラス一の問題児、
「ちょ、やだ笑わせないで。全員で協力って、それ須藤くんが言う?」
お
それは須藤自身が一番分かっているようで、それでも態度を変えることなく続けた。
「俺がクラスに迷惑をかけたことはわかってんだよ。だからこそ言ってんだ。つまんねーことで反感買ってたら、いずれそれが自分に跳ね返ってくるってよ」
「……なにそれ。どうせ
「誰もそんなこと言ってないだろ。
「沸騰って……化学の実験じゃないんだから。思いつきで適当発言やめてよね」
またしても火種が増えた
「一度解散にしよう。まだ時間はあるし、慌てて決める必要はないよ」
その言葉で少しだけ冷静になれたのか、篠原は押し黙って引き下がった。それから程なくして、平田は
「くっそ、なんなんだよ篠原の
池は不満げに小石を拾いあげると、それを川に向かって水切りのように投げた。
5回6回と石は
「もしかして、意外とアウトドア的なこと得意なのか?」
「ん? あーいや、別にそう言うわけじゃないんだけどさ。小さい頃よく家族と一緒にキャンプしてたからさ。川の水飲んだりするのに抵抗ないんだよな。水源が綺麗で衛生的なことくらい見ればわかるし」
誇らしげというよりは、本当に当然のことのように話す。
「だったら最初に、キャンプ経験あるって名乗り出た方が良かったんじゃないか? それで信頼を得てたらもう少し上手く運べたと思うぞ」
説明もなしに自分勝手に行動するだけじゃ、能力があっても認めてはもらえない。
ましてテストの点数なんかと違い、目に見えてわかりやすいものでもないからな。
「ボーイスカウトやってたとかなら自慢出来るかもしんないけどさ。ただキャンプ経験があるってだけじゃ自慢にもなんないし。つか、俺が言ってもどうせ無駄だし」
どうやら、散々女子たちから非難されたことで気落ちしてしまっているようだ。
普段女の子にモテることだけを考えてる池からすれば、それに不満を抱くのは当然か。
ただ、少しやり方を変えていれば、本当に状況は違った気がする。池と平田が協力してクラスを引っ張って行く形がうっすらと見えるだけに惜しいと思った。
でも……と池は少し言葉を濁してこう付け足した。
「全員、初めてみたいなもんなんだな、こういうキャンプ生活。誰だって少しくらい経験あると思ってたぜ。そう考えたら、ちょっと無理言ったかもしんないな」
それは
「悪い。なんか
そう言い、池は立ち上がるとオレに背中を向けた。ひとまずそれがいいだろう。
暑さで頭も
「
「は? どうして」
「彼の知識が役に立つ可能性がある。つまりこのDクラスに必要な存在かも知れない。アウトドアの知識に加えてある程度森の歩き方も知ってる。
「自分で説得しようって思わないのか?」
そんなことを言われると思っていなかったのか、心外そうに言う。
「私が? 彼を? 説得? 出来ると思う?」
ドヤ顔で出来ないことをアピールされても困る……それがたとえ事実でもだ。
こいつはほんと、人間関係を構築する点では凡人以下の能力しか持ち合わせてない。
「無理だと分かりきっているから頼んでいるのよ。あなたが頼りなの」
「そりゃそうだろうな。オレしか頼む相手がいないんだから」
たとえ期待値が最低の1だとしても、他が
「普段頼られることの少ない綾小路くんからしてみれば、内心
偉そうに腕を組んで堂々と頼みごとが出来るのはこいつの
「わかった。それとなく声をかけておく。でもタイミングはオレに一任してくれ」
「……いいわ。確かに今声をかけることがベストかどうかはわからないから」
オレが承諾したことで納得が行ったのか、特にそれ以上話すことなく身を引いた。
この一週間、堀北は一人でいることの難しさを嫌ってほど痛感していくことだろう。
あいつ自身は優秀な人間だと思うが、それはあくまで個人に限っての話だ。
自分の成績だけを追い求めるような状況なら、誰に頼ることもなく黙々と上位を走り続けるだろうけど、今回の試験が良い例であるように個人ではどうにもならないこともある。
恐らく堀北は今初めて、自分が無力であることを痛感しているんじゃないだろうか。
そうでなければ、こんなにも早い段階でオレに頼ってくるはずがない。
友達がいなければ誰も寄ってこないし、話しかけることも出来ない。コミュニケーションが取れなければ協力し合うことも信頼してもらうことも出来ない。
学内では
「……学校側もその辺りを計算しつくしてのことだろうな」
もっとも、そこが堀北
5
少し遠くに、2つの出来上がったテントが並んでいる。
話し合いは
つまり男子は今、完全に野宿を強いられる状態になっているということだ。
クラスメイトの大半が、今まで生きてきて野宿なんてしたことがないだろう。
幸いにも夏だから
時々手足を
足元の草むらには、得体の知れない昆虫たちが飛んだり跳ねたりしていて不気味だ。
都会っ子のオレにはかなり抵抗があって、土のベッドで1週間過ごすなんて無理だ。
だが
女子テントの設営を終えた
「あの、
そんな風に低姿勢、申し訳なさそうな様子で声をかけてきた。
「懐中電灯だけで夜を迎えるのは怖いし、ポイントを使う使わないは別として明かりの確保は必要だと思うんだ。ただ、綾小路くんに無理強いは出来ないけど」
確かに、夜何も明かりがないのは避けたい。トイレに行くのも一苦労しそうだし。何をすればいいのか聞くと、平田は少し考えた後こう答えた。
「この辺りで
数多くいる男子の中、
「じゃあ、適当に拾ってくる」
「ありがとう。あ、でも一人は危ないから、誰か誘ってもらった方がいいな」
その通りだと判断しパートナーを探そうとすると、その場に
「普段、非協力的なあなたが、彼のお願いには随分と甘いみたいね」
「おまえの頼みだって聞いたばっかりだろ。それに平田には何かと助けられてるからな。内容も大した仕事じゃないし。ただの枝拾いだ」
一部の生徒は自発的に行動しクラスのためにと働いている。
こういう時に動けるかどうかで、クラスにおけるカースト制度の位置が変わるのだ。
「彼もクラスの中心の割に、あなたに頼るしかないなんて情けないわね」
「良くも悪くもDクラスは、
隣の
一石を投じられそうなのは
「平田の補佐くらいしてやったらどうだ? クラスのためってより、自分のために」
「私が彼の補佐? 冗談じゃないわね。それならマングースと芸をやる方がマシよ」
「マングースと芸て……」
それは幾ら何でも平田に失礼じゃないだろうか。いや、失礼すぎる。
「冗談よ。彼とマングースがどれだけ違うかはまた別問題として、今回私が力になれることは何もない。明確な敵やゴールがあるのなら考えようもあるけれどね。何より私自身、ポイントを使わないべきなのか、ある程度利用するべきなのかまだ答えが出ないから」
それだけ話すと静かに離れていく。そして設営されたばかりのテントに入っていった。
っと、とりあえずオレと一緒に出かけてくれる優しいパートナーを探さないとな。
残っている男子を探していると、川辺で横になって空を見上げる
きっと困ってる友達を助けるべく重たそうな腰を上げてくれるだろう。
「なあ須藤、これから
「あ? なんだそれ、面倒な仕事ならパス」
腰を上げる素振りすら見せず断られた。他に誘う相手も見当たらないので粘ってみる。
「面倒というかその辺をぐるっと回って拾い集めるだけなんだが」
「それを面倒な仕事っつーんだよ。悪いな。ちょっと海で泳いでくるわ」
体を起こすと、そばに置いていた
「まあ……そうなるよな」
オレはダメ元で、テント近くで女子と話し込んでいた
「これから焚火用の枝を拾いに行くんだけど、付き合ってくれないか」
「ええ、面倒臭そうだな……。ほら、俺は
「そうか……そうだな」
そう言われてしまってはオレも強くは言えない。さて困ったぞ。
こうなるとオレが話せる相手はもう限りなく0に近い。堀北には今こちらから頼みごとを持っていける『状態』じゃないし、櫛田は女子チームでどこかに出払っている。
「……結局一人か」
女子と楽しそうに談笑する
一人で森に向かう決意を固めた時、様子を
「あの……私……一緒についていって、いい、かな?」
近くで話を聞いていたのか事情はわかっているようだった。
「え? オレはありがたいけど。いいのか? 疲れてるだろ、休んでていいんだぞ」
佐倉はさっき一緒に森の探索をしてくれた。相当疲れているはずで無理強いは出来ない。
「私なら大丈夫。ここに残っても、その、ちょっと……
そう言って、クラスメイトの女子たちに背を向けた。
オレと似たような状況の佐倉からすれば集団生活は苦痛でしかないらしい。
「じゃあ行こうか」
「なあ!」
二人で森へ向かおうと思った時、後ろから山内の呼び止める声が聞こえた。
そしてすぐオレたちのところへと駆け寄ってくる。
「やっぱり俺も
寸前に断りを入れてきた山内だが、
「え……いいのか?」
「まあほら、困ってるときは友達を助けるもんだし。な、佐倉」
「ぁ……は、はい……」
山内とは
6
ベースキャンプから遠く離れないよう、あくまでも周辺で枝を集めることにした。
キャンプ地からそれほど遠くない場所で3人広がるようにして枝を拾っていく。
「な、なあ
と、枝を少し手にした山内が近づいてくると、首に手を回して耳打ちしてきた。
「俺……佐倉
「え?」
「いや、
「この際って、今まで何一つ佐倉に
「いやさ、見る目がなかったって反省してんだよ、それはさ。地味だから目に留まってなかったけど、すげぇ
ぐへへ、と手で
本命だった
願わくば
「だから応援してくれよ。例えば今から俺と佐倉を二人きりにするとかさ」
「それは応援とは言わないだろ……」
「何だよ。おまえ、もしかして佐倉
どうしてこう短絡的に物事を見る
オレは別に山内の
「今は諦めてくれ。もう少し佐倉と仲良くなったら協力するから。それに、早いうちに戻ってちゃんと
がっくりと山内は肩を落としたが、すぐに気を持ち直した。
「ったく固いよな。まあいいか。
いつからオレのもとに堀北がいることになっているのか。
「ほら枝しっかり集めろよ。俺も向こうでちゃんと拾うからさ」
そう言って自分が集めていた枝をオレに押し付けてきた。手から
結局佐倉はオレや山内を警戒してか、
「もうこれくらいでいいんじゃね?
確かに、今日一日で言えば十分すぎる量が集まった。山内の一言で枝集めの作業を終えて3人でキャンプ地へ戻りはじめる。
「なあなあ佐倉。持つの手伝ってやろうか? 女の子だと大変だろ。
最初からそう切り出すつもりだったのか、手にはオレの半分ほどしか枝がなかった。優しく気配りの出来る男を演出するつもりらしい。対照的にオレが手伝わないことで、山内の優しさが際立つ
「だ、大丈夫です……
「くぅ~~~!
そう言って最初に押し付けた量の半分くらいを
大木に背中を預けるようにして座り込んだ一人の少女が居た。Dクラスの生徒じゃない。
こちらの存在に気がつくと、一度目を向けた後興味なさそうに視線を外した。
他クラスなのだから
「なんだよ」
「あ、いや……悪い。何でもない」
今オレが言おうとしたことは余計なことだと、ギリギリのところで自制する。
「なあ。どうしたんだよ、大丈夫か?」
山内は傷ついた女の子を放っておくことが出来ず、率先して声をかける。
「……ほっといてよ。何でもないから」
「何でもないって……全然そうは見えないし。誰にやられたんだ? 先生呼ぼうか?」
「クラスの中で
「……どうする?
ここは学校の敷地内とはわけが違う。360度森に囲まれたジャングルだ。
あと1、2時間すれば
「俺たちDクラスの生徒なんだけどさ。良かったらベースキャンプに来なよ」
山内に軽く同意を求められたので、オレと
「は? 何言ってんの。そんなことできるわけないでしょ」
「困ったときは助け合いって言うか、当然っていうか。な?」
そんな言葉にも耳を貸すつもりはないのか、そっぽを向いて黙り込んだ。放っておけば楽なのは間違いないが、よっぽどの事情がなければ女子一人でこんな場所にはいない。
「私はCクラスだ。つまりおまえらの敵ってこと、それくらいわかるでしょ?」
助けてもらう筋合いは無いということだろう。
「けどさ……こんなところに一人で置いとけないって。だよな?」
オレも佐倉も頷き同意する。それでも少女は重い腰を上げようとはしなかった。
同じ学校の生徒なんだから、普通なら助け合って当然だ。でも特別試験においてそれが正しいかどうかは別問題でもある。打算的に判断するなら、だが。
「女の子を残して戻れないって。君が動くまで俺らもここに居るから」
山内はこの場に居座り続ける覚悟を決める。ならオレたちは合わせて待機するだけだ。
もっとも、少女はそんなオレたちを一時的な気の迷いと判断したのか、すぐに立ち去ると踏んだようで相手にしなかった。こちらに見向きもしない。
「それにしてもさ、森の中はジメジメして嫌な蒸し暑さだよな。佐倉暑くない?」
「私は、その、別に……大丈夫です」
待つだけなんて退屈なものだが、山内にしてみれば願ったり
それからも山内は都度佐倉と少女に質問をぶつけたりして有意義な時間を過ごしていた。10分ほどして、少女は粘り負けしたのか、仕方ないといった様子で立ち上がった。
「……バカだなおまえら。相当なお人よし。うちのクラスじゃ考えられない」
「困ってる女の子を放っておけないだけさ」
山内が格好つけて親指を立てる。佐倉の山内に対する好感度は上がっている……のか?
肝心の
「でもいいわけ? おまえらのキャンプ場所教えても。しかも案内までするとか」
「え? なんか不都合あんの?」
山内は少女の言葉の意味が分からなかったのか、こちらを向いて確認してきた。
「信じられないようなバカって実際にいるんだな。マジで信じらんない」
思っても口にしないようなことを、少女は迷い無く言葉にした。山内も
「大丈夫だ。別に何も問題ないと思うぞ」
「だよな? 問題なしってことで。俺は山内
「まぁ良い
「私は……
聞き取りやすい声で伊吹と名乗った少女は、痛むのか赤く
それよりも気になるのは、少量だが伊吹の手の爪の間に土が挟まっていたことだ。直前まで伊吹が腰を下ろしていた場所には、一度土を掘り起こしたような跡も見られる。
「うへ、最近の女の子同士って、ビンタし合うような
「ほっとけよ。
そう言われても、相当痛そうな様子を見ていると
我慢はしているようだったが、時折表情を苦痛に染めて頬を撫でる。
伊吹が邪魔臭そうに
「なあ、せめて鞄くらい持ってやるよ。な? な?」
佐倉の前で男らしいところをどうしても見せたい山内が、オレに枝を押し付けてから手を差し出した。実に紳士的だ。
「……いい。ちょ、いいって。やめろよ」
鞄くらい預けてもよさそうなものだが、伊吹はオレたちを信用していないのか、あるいは頼りたくないのか強く拒否した。鞄を逃がした弾みで、鞄が木にぶつかってしまう。ゴン、という鈍い音と共に。気まずい雰囲気が流れ慌てて山内が謝罪する。
「わ、悪い。別に悪気は無いんだよ。ごめんな」
「わかってる。ただ、私はまだおまえらを信用してない。わかるだろ?」
それ以上は何も話したくないようで、
7
枝をかき集めてキャンプ地に戻って来たオレたち。伊吹は他クラスに迷惑はかけたくないといい、離れたところに腰を下ろしていた。すぐに溶け込めというのは無理な話だし、決定権の無いオレたちとしてもありがたい。目の届く範囲にいてくれれば、不測の事態に巻き込まれることもないだろうしな。
ひとまずオレと山内、
いざ夜を迎えて満足に焚火もできませんでした、だとみっともないからだ。
「俺に任せてくれよ。良いとこ見せるからさ」
先生からマッチを受け取って来た山内は、軽く積み上げた枝の前でしゃがみこむ。
そしてマッチ
チッという擦れる音は度々聞こえてきたが、マッチ棒には中々火がつかない。
「くそ、結構難しいな……」
「っとと! っしゃ!」
やっと火がつき、慌てて積み上げた枝に落とし込む。
が……
「あれ……?」
「もっとじっくり枝に火をつけるんじゃないか? 今のだとさすがに無理そうだったし」
「おし、次はじっくりやってみるな。……あーもう、また失敗だ。不良品じゃねえの?」
一本のマッチに火をつけるのにも一苦労では、焚火ができるのは当分先の話だな。
段々と
そのたびに、1本2本と未使用で終わってしまったマッチ棒が
「あまり失敗してるとまずいぞ」
山内の足元に3本目の
「大丈夫大丈夫。へーきだって。まだこんなにあるし」
じゃらっと箱から取り出して見せる。軽く見ただけでも20本以上はありそうだが……。
このペースで使い続けたら1週間持たない可能性もある。
「おっしゃついた! 今度こそ!」
やっとの思いで火をつけたマッチを、今度はじっくりと枝に押し当てる。
火は確かに枝に密着し燃え焦がそうと頑張っている様子だったが、望む展開にはならない。木が焼ける煙を
「なんでだよ! 俺どこも間違ってないよな? ちょっと先生に聞いてくる!」
もっと当たり前のことを当たり前に考えなきゃいけないってことだろうな。
オレはしゃがみ込み、火をつけようとしている枝を手にした。
「どうして火がつかないんだろうね?」
すると隣に、同じようにしゃがみ込んで来た佐倉が不思議そうに焦げ跡を残す枝を見た。
「木ならすぐに燃えると思ってたけど、火は想像よりずっと弱いものなのかもな」
言葉の意味が理解できなかったのか、ちょっと首を
「ドラマとか映画に出てくる
枝分かれしていた、細い枝を1本折って見せる。
「これくらいの細い枝から順番につける感じにな。それに湿ってる枝も多い」
「ちょっと手間だけど、もう一度森に行って乾いた細い枝や、燃えやすそうな葉───」
「あれ、おまえらそんなところで何やってんの?」
色々と試行錯誤していると、ひと泳ぎしてきたと思われる
「今ちょっと焚火の予行演習中だ。
「焚火の? ……って、こんな太い枝に火なんかつくわけないだろ~。最初はもっと細い枝が必要だぜ? 持ってきてる枝、どれも太いじゃん。それに湿ってるのもあるし。全然ダメダメだぞ。だっせー」
「あ、でも今
フォローしようとしてくれた佐倉の言葉をオレは
「そうなのか。もし良かったら教えてくれないか、どうしたらいいのか」
「ったく仕方ねーなー。俺が軽くレクチャーしてやる。ちょっと待ってろよ、手ごろなのその辺で拾ってくるから」
そう言って池は水着の入ったカバンを置くと
細い枝から中くらいの太さの枝まで、数段階に分けて拾ってきたようだ。
それに、枯れ葉の束を持って帰って来ていた。
「手ごろな枝持ってきた。これで何とかなると思うぜ」
そう言って、
「とまぁこんなもんだ」
「
「基礎中の基礎だからな。焚火のやり方は。一回覚えたら誰だって出来るさ」
でもこのDクラスには、その経験のある生徒が
「あーくそ、先生何にも教えてくれな───うわ! なんで焚火できてんだよ!」
戻って来た山内が、立派に完成した焚火を見て
オレは焚火の件を
「ね、ねえ
「正解だって確証はなかったし、それを言ったって意味ないからな。それよりも
ちょっと臭いセリフだったが、思ったことをそのまま口にした。
「悪い。ちょっと疲れたから休むよ。佐倉もありがとう」
逃げるように、オレはキャンプ場から少し距離を取った。
付近で個人用のテントを用意していた
8
腕時計の時刻が5時を回った頃、
「これ……食べられるかな? ちょっと
自信が無い様子で他の生徒に意見を仰いでいるようだった。
どれも見たことがない形状のものばかりで、食べるには勇気がいりそうだ。
「それにしても
「私も
夕方になり、生徒たちからそんな声が出始めるが無理もない。オレだってその一人だ。
夕食の時間が近づくに連れ食べ物と水の問題が浮き彫りになっていく。
「お、これクロマメノキじゃん。
騒ぎを聞きつけ、
「
「ああ。クロマメノキって木の実だよ。昔山でキャンプしたとき食べたことあるよ。見た目通りブルーベリーっぽい味がするんだ。こっちはアケビだな。これも甘くて
別に格好つけようとしたわけじゃないだろう。懐かしい果実を見つけ子供のような笑みを
「あれ……なんか、思ったよりいい感じだな」
火種は無数にくすぶっているものの、ちょっとしたことでクラスが
「無事に焚火はできたみたいだね。ありがとう
「オレじゃなくて池に言ってくれ」
煙は絶えず
「煙を見れば、森で迷ってもキャンプ地に戻ってこれるだろ?」
「あ、それで私たちもすぐ戻れたんだよね。寛治くんのお陰だったんだ!」
その分、別のクラスに見つかるリスクも抱えることになるが仕方ない部分だろう。
「……なあ篠原。今日一日考えてみたんだけどさ。こんな何もない島で、トイレのない生活なんてキツイよな。ポイントを守るためだからって言い過ぎた。悪かったよ」
「な、なんで急にそんな謝んのよ」
「思い出したんだよ。俺が初めてキャンプした時のこと。その時は酷いトイレでさ、虫が這ってるのは当たり前、汚れ放題だった。だから用を足すのが嫌で嫌で、親に帰ろうって文句言ってた自分を思い出した。まして女子なんだから尚更だよな……」
池は自分で状況を把握して冷静になることが出来る、優れた人間だった。特別目立ったことをしないオレなんかよりよっぽど出来た存在。もちろん、今の一言を振り絞るには勇気が必要だっただろう。だけど、その勇気と謝罪はゆっくりとだが感染していく。やがて篠原もバツが悪そうにこう続いた。
「私も……さっきはごめん。川の水は飲めないとか言って……感情的になり過ぎてたと思う。少しは自分たちで何かやらないとポイントは残せないよね」
どちらも相手の目を
だからこそ
「皆にどうしても話しておきたいことがあるんだ。この特別試験は僕たちにとって初めてのことばかり。だから戸惑う気持ちも分かる。人それぞれ価値観が違うんだから
そうはっきりとした口調で言い、落ち着いた聞き取りやすい声で話し始めた。
「誰だって1ポイントでも多く残したいよね? だから僕なりに現実味があって、目安になる数字を導き出してみた。それは試験終了時、120ポイント以上残せているかどうか。それがDクラスにとっての戦いだと感じてるんだ」
「つまり180ポイントも使うつもりか? 簡単には納得しないぞ平田」
半分以上使ってしまう計算をした発言が許せない
平田は周囲に見えるよう、地面にマニュアルを置いて結論に至った理由を説明し始めた。
「まずは最後まで聞いて欲しい。仮に
食料や飲料水はクラス単位で1食6ポイントするが、セットにすると1食10ポイントで済む。日に2食を食べるとして20ポイント。
ひとつの根拠を持った説明をする平田の話を全員が黙って聞く。
「残りが120ポイントって聞くと、途端に少なく感じてしまうと思う。でも、それは一過性というか、300というポイントを意識しすぎているだけだと考えて欲しい。その理由は中間テストと期末テストの結果から見れば分かりやすいかな」
オレたちは夏休みを迎える前の筆記試験で、クラスポイントの変動を受けた。その際、もっとも優秀だったAクラスですら、ポイントの変動は100に届かなかったのだ。この状況から見るに、120ポイントと言う数字はけして小さいものじゃないことが分かる。付け加えて試験終了時には、占有した回数に応じたボーナスポイントも入るから、実際は更に多く残せるはずだ。
「それに、これは僕の考える下限ポイントの話だ。もし、一日分の食料と水を見つけて乗り切ることが出来れば、それだけで20ポイントも温存できる計算になるからね。1週間飲み水に困らないってことにでもなれば、50ポイント近く変わってくる」
近くに流れる川を見て
「そっか……私たちが我慢すれば、それだけでそんなに変わるんだ……」
同じような内容を話すとしても、その論調や手順で受ける印象は大きく違う。平田の言葉運びはほぼ
「それでいいんじゃないか平田。最低120ポイントは
一番の対立候補と思われた
「あぁそうだ平田、ちょっと確認したいことが───」
山内が
「人気者の宿命だな……もう少し時間を置いてからにするか」
遠くから様子を眺める伊吹に近づき、軽く声をかけておくことにした。
「悪いな。もう少し待ってくれ、おまえのことを相談してみるから」
「別に無理しなくていいって。邪魔することになって悪いと思ってるし」
自分自身への
「どうせ私はすぐにここを追い出される。違う?」
「わからないぞ。平田ってヤツは人一倍お人よしだからな」
伊吹の事情を知れば、追い出す真似をするとは思えなかった。
「さっきは自己紹介してなかったからな。オレは
「私ももう一度した方がいいの?」
「いや、それは大丈夫だ。Cクラスの伊吹。ちゃんと覚えた」
改めて自己紹介を終えて顔を突き合わせるが、やはり伊吹は目を合わせなかった。
「参考までに、この中で川の水飲んでも良いって
伊吹とDクラスを
今度の池は強制するわけではなく意見を
「わ、私だって頑張りたいけど……ちょっと怖い、かな」
「さっき
それなら、と少数だが賛同する生徒が追加される。タイミングが違うだけで、一度は拒否された案件がすんなり通ってしまった。
「ちゃんと飲めるか分からないけど……チャレンジしてみる」
「私も賛成かな。最初の一口が飲めたら、きっと大丈夫だと思うんだ」
視線が集まりだしたので、面倒で手を挙げなかったオレたちも軽く手を挙げて答えた。
ただし、全員がいきなり川の水を飲むことは難しい。そこで安全な水を用意するためだけではなく、ペットボトルを有効活用しようという提案で、水の購入を決定する。
「僕からのお願いだよ
「ま、まぁどうしてもって言うなら協力くらいするけどさ」
「ありがとう!」
ぶっきら
「とりあえず
「身近なところって何よ。櫛田さんたちが見つけた
「ああ。この川だよ。魚を捕まえて食べたらいいんだって。パッと見ただけでもかなり川魚はいそうだったし。ある程度はポイントの支出を抑えられると思う。魚捕ってさ、焚火で焼き魚にして食べたら絶対
「
「そりゃ、こう潜って? やったことないけどさ」
池が泳ぐジェスチャーをするが、素潜りで魚を捕まえるのは簡単じゃないだろう。
「素手で捕まえるというのは無理にしても、魚を捕るのは十分現実的だね」
平田はそう言ってマニュアルに記載されたある項目を指さす。そこには
「エサ釣り用の釣り竿なら1ポイント、ルアーのもので2ポイントだね」
ということは、案外元を取るのは難しくなさそうだ。場合によっては1ポイントだけで1日~2日ほどの食事量を得られる大金星になるかも。逆に全く釣れなかった場合でも最低限の支出のため大きな痛手にはなりにくい。反対意見は出ず、池は
「じゃあ決まりだな。釣り竿ゲットして釣りまくろうぜ。もちろん安い方な」
これで、明日から森での食料調達と釣りによる魚の確保が目標として定まった。魚を釣り上げることに成功するか野菜などを手に入れることが出来た場合には、追加で5ポイントで調理器具セット購入をすることが話し合いで決まる。
そして20ポイントを支払いシャワー室を1つ設置することも話し合いで決まる。強い反対意見が出ることも予想されたが、冷たい水だけでは体調を崩す可能性が高いこと、夜中に限定して男子にも使う権利が与えられたこと、そして女子全員が川の水を飲む努力をしたいと前向きな表明をしたことで、反対派を納得させ可決されることになった。
「ところでさ……あの子、Cクラスの
佐藤という女子生徒が遠くで静かに座り込んでいる伊吹を怪しむような目で見る。こちらから切り出す前に気づいてくれたようでオレが切り出す必要が無くなった。
「えっと、なんかクラスでトラブルがあったみたいでさ……」
クラスメイトから孤立しているらしいことを、少し慌てながら
「なるほど、それは正しい判断だね。
「でも
「あ、そうか……そういう可能性もあるのか……!」
山内は今気づいた、と頭を抱えた。出来ればそれは最初の段階で気づいて欲しかった。
「今からそれを確かめてくるよ。山内くんと
伊吹と面識のある二人を呼び平田は伊吹の元へ向かう。
「少し時間いいかな、伊吹さん? 詳しく話を聞きたいんだけど」
「邪魔だろ私は。世話になったな」
本人は勝手に結論を下したようで、足早に立ち去ろうと立ち上がった。
「ちょっと待って。何があったのか聞かせてもらいたい。……力になりたいんだ」
語尾を強めて呼び止める。
「待ったって変わらないこともあるだろ。そっちの時間をこれ以上無駄にさせたくない」
「これは試験だから、君を疑う生徒がいるのは仕方がない。だけど
「話してどうにかなる問題じゃないつーか。それに、今さっきお前らの話し合いも聞こえてた。これ以上作戦が筒抜けになるのは嫌だろ?」
そっぽを向き伊吹は歩き出してしまう。それを平田は少し強引に回り込み制止する。
「本当に君がスパイだったら、自分から追い出されるようなことは言わない。違う?」
「もういいって。私はどこか眠れそうな場所探すだけだから」
やはりCクラスには戻らないということだ。もうすぐ太陽が沈み、夜がやってくる。
「この森の中で女の子一人が野宿するなんて
「無茶でもそうするしかないんだよ。私を助けても、おまえらに得なんかないだろ」
「損とか得とかは関係ない。困ってる人を
女子がコロッと落ちる爽やかフェイス。それを惜しげなくオレたちにも振りまいた。そんな風に言われてしまえば
「クラスのある男と
「ひどいな……女の子に手をあげるなんて」
オレも想定外だった。てっきり女子同士の
「これ以上詳しく話すつもりはない。
「待って。君が本当に困ってることは分かったし、事情も理解した。少し時間を
そう言ってオレを残し二人は輪の中に戻っていく。オレを信用して残したのか、
「マジでお人よしだな、アイツ」
「多かれ少なかれ人なんてそんなものだろ。そっちも似たようなもんじゃないのか?」
「全然……。Cクラスにはそんなお人よしなんて
そう言って伊吹は再び地面に腰を下ろすと、三角座りして顔を伏せた。
そして話し合いの結果、平田の説得もあり伊吹をDクラスで面倒を見ることが決定した。中には反対を強く表明した生徒もいたが、Cクラスは点呼のたびにポイントを吐き出す。それをチャンスと考え最終的に納得したようだった。平田にはそんな意思は全くないようだったが、他の生徒たちはそうじゃない。実利があるからこそ受け入れることを認めたのだろう。だがこの場所の占有権問題は非常にデリケートだ。伊吹にはきちんと説明をし、不用意に装置へ近づかないことを約束させた。
それから
「はい伊吹さん。これ食べて」
一人距離を置いたところで静かにしていた伊吹のもとに、
そして栄養食とペットボトルの水を1本差し出した。
「なにこれ……なんで私に?」
「お
「確か食料ってクラス単位の支給だろ。予備なんてないはず」
「うん。でも大丈夫。私たちはグループで分け合うことにしたから」
少し遠くから
「バカじゃないの。どいつもこいつも、お人よしすぎ」
「遠慮せずに食べてね。それと、後でお話ししようね。テントで待ってるから」
櫛田はそう告げて班のところへ戻っていく。
自分たちの食べる分を減らしてまで他のクラスの子を助けるのは、簡単なようで難しい。
全員の幸せを願っている櫛田だからこそ出来る慈善行為だろう。
「なあ、こうしてみると顕著だよな。女子連中もさ」
食事していた
「
男子は比較的全員固まって食べているが、女子はそれぞれチームが距離を取っている。
明らかにそこには壁というか隔たりがあるようで、まるで他クラスのグループのようだ。
例外があるとすれば櫛田チームは中立というか
「佐倉
「それはやめたほうがいいんじゃないか? たぶん怖がられるぞ」
「くそー。仲良くなりたいけど、引っ込み思案過ぎるのも問題だな……」
佐倉の性格上、山内のような強引なタイプでは接しにくいと感じることもあるだろう。
忠告したものの山内は悩んでいるようで、行きたくてウズウズしている様子。
「何だよ
奇妙な動きを繰り返す山内の視線を見た
「やっぱいつ見ても佐倉の胸はヤバいよな。高校1年生の大きさじゃないってアレ。服がパンパンじゃん。エロすぎ。それだけは
池は
「おい、何すんだよ!」
「勝手にエロい目で佐倉を見んなよな。おまえは櫛田ちゃん
「そりゃそうだけどさ。別にいいじゃん、アイドルはみんなのもんだろ? ……春樹、おまえもしかして佐倉のこと───」
「べ、別にそんなんじゃねえって。ほら早く食おうぜ」
どうやら山内としては、佐倉狙いに切り替えたことは秘密にしておきたいらしい。
このキャンプ中の夜は時間がとにかく余って仕方が無い。こういった恋愛話で盛り上がったりするのは自然の流れか。食料を手分けして配っていた
「あれ? そう言えば
全員集まっていると思ったが、唯一高円寺の姿だけが見当たらなかった。
「高円寺ならば、体調不良を訴え船に戻ったぞ。もちろん体調を崩したということで、既にお前たちは30ポイント差し引かれたことになる。これはルール上どうしようもない。高円寺はリタイアとなり1週間船内での治療と待機が義務付けられた」
「えええええええ!?!?!?」
一斉に衝撃の悲鳴が上がる。
「ふざけるなよ高円寺のヤツ! 何考えてるんだ!」
普段は冷静な
どこまでも自由な男だとは思ってたけど、まさか勝手にリタイアするとは。あいつは自分がAクラスに上がる必要性を感じていない。楽をするためにクラスが30ポイントを失ったところで痛くも
「畜生! 30ポイントも失った! 最悪だ!」
男子も女子も高円寺の行動には怒り心頭のようだったが、本人がいないんじゃそれをぶつけることも出来ない。高円寺の高らかな笑い声がみんなの頭の中に響き渡った。