ようこそ実力至上主義の教室へ 2

〇たったひとつの解決策

 学校までの並木道。そこから差し込む真夏の太陽はまぶしくて暑い。

 一歩進むごとに身体からだは悲鳴を上げ、汗が吹き出しそうになる。オレのわきを、元気な学生が駆け抜けていく。実に元気でよろしい。もしくはただ頭がおかしいのか。オレは今、背後から世界のわりが近づいていても走らないかも知れない。

 木漏れ日の先、一人の女子生徒が手すりに腰を預けながらこちらを見ていた。

 どうしてこう、美少女ってのは風景と同化するのが得意なのだろう。

 オレは思わず自分の見ている映像を一枚の写真に切り取りたいと思ってしまった。けど残念なことに、オレには撮影をするような度胸は無い。

「おはようあやの小路こうじくん」

「こんなところで誰かと待ち合わせか? ほりきた

「ええ。あなたを待っていたの」

「好きな人に言われたら最高の一言なんだろうな、きっと」

 バカなの? と軽く毒づかれ、朝から余計に暑くなった。

「今日ですべてが決まるわ」

「そうだな」

「もしかしたら、私は選択を間違ってしまったんじゃないか……そんな風に考えたわ」

「妥協しておけば良かったと?」

 考えたくはないけれど、とほりきたは前置きして続ける。

「これでどうくんに重い処罰が下されたら、私の責任よ」

「おまえがそんな風に弱音吐くこともあるんだな」

けに出たのは事実だから。それがどう出るかは多少不安ね。そっちは大丈夫?」

昨日きのう説明された作戦だな。いちもいるし何とかなるだろう」

 ポンと軽く堀北の肩をたたいて歩き出した。

「ねえ───」

「ん?」

「……いえ。この件が無事片付いてからにするわ」

 何かを言いかけた堀北だったが、そう答え口を閉じた。


    1


 変化に気が付いたのは、教室に足を踏み入れた瞬間だった。

 いつもギリギリに登校してくるはずのくらが席についていたのだ。

 たまたま目が早く覚めたから、というような寝坊助とは思えない。

 何か目的があって早く通学したのか?

 堀北も佐倉の存在には少し驚いた様子だ。そして佐倉自身はというと……。

 いつもと変わらないように見えたが、気持ち背筋を伸ばしているようにも感じられた。

 変化と言えないほどの微妙な違い。オレの勘違いだと言われれば、そうかもと答えてしまうほどの、風が吹けば飛ぶほどの差。

 オレたちが席に着こうと佐倉の席の前を通りすぎようかというタイミングで、佐倉が顔を上げオレたちの存在に気が付いた。

 ほんの少し手をあげ、あいさつ代わりにする。それくらいが佐倉にも丁度いいだろう。

 そう思ったのだが───。

「えと……おはよう。あやの小路こうじくん。……堀北さん」

「お、おはよう……」

 初めて佐倉の方から朝の挨拶をされた。予想外の出来事にオレは驚き言葉に詰まってしまう。目と目が合うことはなかったが、それでも顔を上げて必死に絞り出した言葉だった。

「彼女どうしたのかしら……?」

「昨日の出来事で、一つ大人の階段を上ったってことかも知れないぞ」

 普段人前で話すことがほとんどないくらが、張りつめたあの空気の中で堂々たる証言をした。それは自分自身を見つめ直す場にもなっただろう。

「人はそう簡単には変わらないわ。変わろうとしているのなら、相当無理しているわね」

 感動的な想像は、現実的な一言でぶち壊される。

 夢は無いけどほりきたの言ってることはおおむね正しいだろう。

 昨日きのうまでの佐倉と今日の佐倉には大差はない。けど同じじゃないことも確かだ。

 彼女なりに何か、変化をもたらそうと思っての行動なのは伝わってくる。

 変わりたいと思っている。それは間違いない。

「無理しなければいいけれど」

「無理?」

「身の丈に合ってない行動をすれば転びかねないということよ」

 まるで経験談かと思うような不思議な説得力があった。

「お前はどくをこよなく愛する孤独少女だからな。説得力あるな」

「いっぺん死んでみる?」

 それは孤独じゃなくて地獄の方だ……。

 オレは佐倉の様子を遠目に観察する。他の生徒たちに声をかける様子は見られない。

 さすがにいきなり全員に声をかけだすことはしないようだ。無理しなければいい、か。確かにその通りだな。普段誰とも話さないような子が、自分からあいさつをする。

 他人から見ればさいなことでも佐倉にとってはすごく心身に負担のかかる行為のはずだ。

 その反動が何もないというのは、考えづらい。

 あるいは強引に自分を変えようとして、どこかでほころびが生じるかも知れない。

 例の作戦決行前に、少し気にかけておいた方が良さそうだな。


    2


 話し合いが始まるおよそ30分前。オレはある場所で待ち人を待つため教室を後にしようと立ち上がる。おっとそうだ、その前に佐倉に一声かけておこう。

「佐倉。今から帰りか?」

 帰り支度をする佐倉に声をかける。

あやの小路こうじくん……。今から話し合い、だよね」

「今日は不参加だ」

 オレは裏でちょこちょこと細かい仕事があることを告げる。

「そう、なんだ……」

 何か思うことがあるのか、佐倉は目を伏せて小さくつぶやいた。少し様子がおかしい。

 そわそわと落ち着きがないと言うか、どこか緊張している様子だ。

「どうした?」

「え?」

「別に今日はくらが証言するわけじゃないし、何も気負う必要はないんだぞ?」

 心なしか佐倉は少し汗をかいているようにも思えた。

「……皆が頑張ってるから。私も頑張ろうと思って」

 オレにと言うよりは、自分に言い聞かせるようにそう言葉にする佐倉。

「何を考えてるんだ?」

「私が前に進むために、必要なことがあるから……それをするの」

 問いかけても明確な答えを佐倉はオレに返さなかった。その姿に不安を覚えたオレは問いただそうとしたが、ポケットの中の携帯が振動し時間を告げる。もう時間が無い。

「またね、あやの小路こうじくん」

 佐倉らしからぬセリフと明るいがおが、嫌に頭に残る。

「なあ佐倉、後で時間あるか? 少し話したいことがある」

 つなぎ止めるように言葉を絞り出したが、佐倉は小さく首を左右に振った。

「今日はこれから用事があるから、明日でもいいかな?」

 そう言われてしまっては、絶対に今日がいいと強くお願いするわけにもいかない。

 だけど今は行かざるを得ない。佐倉に背を向けるようにして特別棟へと向かった。


 時刻は3時40分過ぎ。放課後を迎えた特別棟はいつにも増して蒸し暑い。

 はず通りに事が進んでいれば、もうすぐ待ち人がやってくるはずだ。

 そして程なくして3人組の男子が暑い暑いと不満を漏らしながらもやって来た。おのおのの表情にはどこからつかんうれしそうな様子がうかがえた。

 それも無理のない話だ。ならその3人がやってきたのは、我がクラスのアイドル的存在くしからのお誘いメールを受け取ったからだ。デートの誘いかあるいはまさかの告白か。そんなことを夢見ていたのかも知れない。

 その幻想は、オレの存在を見つけたことによって打ち砕かれることになる。

「……どういうことだ。なんでお前がここにいる」

 生徒会室で会ったことはさすがに覚えていたようだった。リーダー格のいしざきが一歩踏み出し、威圧するように問い詰める。誰も見ていないところでは随分と強気だ。

「櫛田はここに来ないぞ。アレはうそだ。オレが彼女に頼んで無理やりメールさせた」

 露骨に不機嫌そうな顔を見せ、更に石崎が距離を詰めてくる。

「ふざけやがって。何のだ、あ?」

「こうでもしないとお前らは無視するだろ? 話し合いがしたかったんだよ」

「話し合い? そんなものがオレたちに必要なのか? 暑さに頭でもやられたか?」

 いしざきは心底暑そうに胸元のシャツをつかみ、パタパタとあおいだ。

「どういたって真実は隠せねーんだよ。俺たちはどうに呼び出されなぐられた。それが答えだ。それ相応の報いを大人しく受けろ」

「別にそんな議論をするつもりはないさ。それは時間の無駄だ。DクラスもCクラスも絶対に主張を曲げないことは昨日きのう散々語りつくしてわかってるからな」

「だったらなんだよ。今から俺たちをって会議に不参加でもさせるか? あるいは大勢で囲んで暴力で脅してみるか? 須藤ン時みたいによう」

 おー。それはそれで面白いアイデアだが、その場しのぎにしかならないだろう。

 こいつらにそのたぐいの脅しは通用しない。むしろ歓迎と言った様子だ。

 襲われた事実が新たに出来れば、状況が有利に好転すると確信している。

「大人しくあきらめろ。じゃあな」

 くしがいないと分かり引き返そうとする3人だが、もう一人の存在がそれを邪魔する。

「観念した方が良いと思うよ、君たち」

 役者がそろうのを待っていたいちが、軽い足取りでこの場に姿を現す。

「い、一之瀬!? どうしておまえがここに!?」

 驚くのは当然Cクラスの連中だ。関係のないBクラスの人間が現れれば無理もない。

「どうしてって? 私もこの件に一枚んでるから、とでも言っておこうかな?」

「有名人だな一之瀬」

「あははは。Cクラスとは何度か色々あってね」

 こちらのあずかり知らないところで、バチバチ火花を散らし合ってるようだ。

 明らかにCクラスの連中は取り乱している。

「今回Bクラスは何の関係もないだろうが。引っ込んでろよ……」

 オレの時とは違い、明らかに弱々しかったが、必死に退けようとする。

「確かに関係はないけどさ。うそで大勢を巻き込むのはどうかと思わない?」

「……俺たちは嘘を言ってない。被害者なんだよ俺たちはっ。ここに呼び出されて須藤に殴られた。それが事実だ」

「えーい、悪党は最後までしぶといっ。そろそろ年貢の納め時だよ!」

 一之瀬はバッと右手を広げ、高らかに宣言する。

「今回の事件、君たちが嘘をついたこと。最初に暴力を振るったこと、全部お見通しなんだよね。それを明るみにされたくなかったら今すぐ訴えを取り下げるべし」

 オレがいちいち説明しなくても、一之瀬に任せておけば大丈夫な気がしてきた。

「は? 訴えを取り下げろ? 笑わせんなよ。何寝ぼけたこと言ってんだ。お前らの証言なんて当てになんねえんだよ。あれは須藤がけんを仕掛けてきたんだ。なあ?」

 いしざきは二人に同意を求める。二人も当然、そうだそうだとすぐに同意して答える。

「この学校が、日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは知ってるよね?」

「当たり前だろ。俺らはそれがねらいで入学したんだからよ」

「だったらもう少し頭使わないと。君たちの狙いなんて、最初からバレバレなんだよ?」

 いちはこの状況を楽しむように、どんどんじようぜつかつ楽しそうにがおを見せる。

 真犯人を暴いていく名探偵のごとく3人の周囲をゆっくりと歩きながら話す。

「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしいと感じなかった?」

「あ?」

「君たちが学校側に訴えた時、どうしてどうくんがすぐに処罰されなかったのか。数日間の期間を与えて、ばんかいするチャンスを与えたのか。その理由は何だと思う?」

「そりゃあいつが、うそをついて学校側に泣きついたからだろ。建前上猶予を与えないと訴えた者勝ちになってしまうからな」

「本当にそうかな? 本当は別の狙い、目的があったんじゃないかな」

 窓を閉め切った廊下は、まだまだの高い太陽に照らされ蒸し暑くなっていく。

「わけわかんねぇ。あーくそ暑ぃ」

 思考力、すなわち集中力は暑さと共に低下していく。論理的、創造的思考は快適な環境下でなければ十分に発揮することは出来ない。

 頭に詰め込む内容が多ければ多いほど、脳には当然多くの負荷がかかる。

「もう行こうぜ。こんなところにいたらであがっちまう」

「いいのかな? もし君たちがここを離れたら、多分一生後悔するよ?」

「さっきから何なんだよ一之瀬っ」

 足並みがそろい、一之瀬が立ち止まる。

「分からないの? 学校側は、君たちCクラスが嘘をついてることを知ってるってことだよ。それも最初からね」

 恐らく、Cクラスの誰もが想像していなかったであろう、意表をく話。

 数秒間石崎たちは理解できなかったようで顔を見合わせていた。

「笑わせんなよ。俺たちが嘘をついてる? それを学校側が知ってるだと?」

 当然、信じられるわけがないと鼻で笑う。

「あはははは。おかしいよね、君たちはずっと手の平で踊らされてるんだから」

「一之瀬を抱き込んだのはすげぇけどな。通用しねえよ、そんな嘘はよ!」

「確実な証拠があるんだよね」

 石崎のどうかつにもひるまず、一之瀬は続けた。

「はっ。だったら見せてくれよ、その証拠とやらをよ───」

 Cクラスの連中は、当然証拠なんてあるはずがないと思っている。だから一之瀬の話に耳を傾けても動揺することはない。だが、話に食いついた時点で敗北は決まっている。

「この学校の至るところに監視カメラがあるのは知ってるよね? 教室や食堂、コンビニなんかにも設置されてあるの、何となく見たことあるでしょ? 私たちの普段の行いをチェックすることで不正を見逃さないようにしてる措置なんだよ」

「それがどうした」

 監視カメラがあることくらいは流石さすがに知っているようだ。いしざきたちに焦りはない。

「だったらさ。アレ、見えないかな?」

 いちは、この廊下の少し先にある天井付近に視線を向ける。

 遅れて石崎たちも、その視線を追いかけた。

「え───?」

 間抜けな空気の抜けたような声が漏れる。

 特別棟の廊下を、隅から隅へと監視するように、時折左右に首を振るカメラ。

「ダメじゃない。誰かをわなにハメるならカメラのないところでやらなきゃ」

「ば、な、何でカメラなんか!? ウソだろ!? だって、他の廊下にはカメラなんてなかったよな!? ここだけ設置されてるなんておかしな話だろうが。なあ!」

 仲間に同意を求めるように、石崎は後ろを振り返る。

 二人は確かに確認したはずだと、汗をぬぐいながら答える。

「俺たちをハメようったってそうはいかないぜ。アレはお前らが取り付けたんだ!」

「確かに校舎の廊下には基本的にカメラは設置されてないみたいだね。だけど、例外的に取り付けられてる廊下が数か所あるんだよ? それは職員室と理科室の前だよ。職員室は言わずもがな、貴重品もたくさんあるでしょ? そして理科室は薬品関係が沢山置いてある。この階層には理科室があるから、カメラが設置されてるのは当然ってこと」

 初めて石崎たちの言葉がのどの奥に引っ込む。そのひるみを一之瀬は見逃さない。

「後ろ見てみたら? カメラ、一台だけじゃないよ?」

 石崎たちは誘導されるように、カメラの反対側の廊下を振り返る。

 もちろん、反対側の廊下もカバーするように、監視カメラが動作している。

「もし私たちが取り付けたんだとして、あっち側まで用意するかな? と言うか、そもそも監視カメラなんて学校から出られない状況でどうやって用意するの?」

 逃げ道を一つずつ、確実に封じ込めていく。

「そ、そんな馬鹿な……そんな、俺たちはあの時確認した……はず……」

「ここは3階だけど、チェックしたのはホントに3階だった? もしかして2階や4階じゃなかった? 事実ここにカメラが仕掛けられてるんだよ?」

 尋常じゃないほど多量の汗をかきながら、3人は半ば頭を抱えるようにしてふらつく。

「それに君たち、自分自身でボロを出してるって分かってる? 監視カメラがあるかないかなんて普通の人は気にしないし確認なんてしないよ? それを口にしてるってことは、すなわち自分たちが犯人だって安易に認めてるようなものなんだから」

 いちは最後の仕上げにと、フィニッシュブローをたたんだ。

「じゃ、じゃあ……あの時のも、まさか……」

「あの手の監視カメラじゃ音声までは記録できてないだろうけど、君たちが先になぐり掛かった決定的瞬間は間違いなく映ってるよね」

 汗をぬぐう制服のそで口はびっしょりとれている。ここでバトンをタッチされるように一之瀬に手を叩かれた。ま、確かに少しオレから話しておいた方がいいだろう。

「本当は、学校も待ってるんじゃないか? お前らが本当のことを話してくれるのを。だから猶予を与えた上で、生徒会長自らうそが無いかを確認してきたんだ。あの時の話し合いを思い返せば、すべて見抜かれていたと思わないか?」

 今3人は必死に昨日きのうの生徒会室でのことを思い返しているはずだ。

 もちろんCクラスが嘘をついているとは見抜かれていなかっただろう。

 けど、生徒会側からすれば嘘をついているどちらかを疑っているのは事実。

 それが自分たちに向けられていたと解釈すれば、一気に現実味を帯びてくる。

「そんな……こんな、聞いてねえよ……! もうおしまいだ!」

 みやが壁にもたれかかり、ぐったりとひざを折った。こんどうも頭を抱え込む。

 これでさすがにすべてを認める。そう思ったがいしざきだけは違った。

「ま、待てよ。やっぱり納得いかねえ。もし監視カメラに映像が残ってたんだとしたら、お前らは何もしなくても無実を証明できるってことじゃねえか。わざわざ俺たちに教えなくても話し合いで分かったはずだ。やっぱりお前らが仕掛けたんじゃねえのかっ」

「無実? それは何をもって無実というかによるだろ。この事件は起こった時点で、双方が痛みを負うことが確定している。どちらが先に仕掛けたにしても、結局は罰を受けるんだ。事情がどうあれどうはお前たち3人を殴った。それは変えられない。もちろん、カメラの映像によって須藤が先に仕掛けたものじゃないと証明されれば、処罰も最大限軽くなるだろうけどな。それじゃ困るんだよ。悪いうわさが一つでも残ればレギュラーの座は危ない。大会にだって簡単には出られないだろう」

 石崎の額から滝のように流れ落ちる汗。オレたちも暑いが、追い詰められ体温が上昇しっぱなしの3人に比べれば随分とマシだ。

「何だよ。へ、じゃあお前らだってカメラの映像は困るんじゃねえか。だったら俺たちはそのままき進むだけだぜ。須藤を一日でも停学に出来さえすればいいんだからよ」

「そんなことしたら君たち退学だよ? それでいいわけ?」

 思考が回りきらず、自分たちの窮地に気が付いていない様子だった。

「お前たちがもし監視カメラの映像を確認することになれば、3人がかりで嘘をついたことまで露呈される。そうなれば十中八九退学。誰だってわかることだ」

「な───!」

「じゃ、じゃあ、どうして学校は……俺たちがうそをついたって言ってこないんだよ」

 弱々しい声でこんどうが、救いを求めるように聞いて来た。

「学校側は試してるんだよ。私たち生徒間で問題を解決できるのか、どんな結論を導き出すのかを試してる。そう考えれば今回の件すべてのつじつまが合うと思わない?」

「……なんで、こんな……俺、退学なんて絶対嫌だぜ……!」

「な、なあいしざき。今からでも遅くない、嘘だったって言いに行こうぜ! 俺たちから言えば、学校側も許してくれるかもしんねえ!」

「クソが……ふざけんな……。自分から嘘を認めろってのか? それで処罰されるくらいなら、最悪玉砕覚悟で挑んでやるよ……! どうもおしまいだ!」

 石崎は既に引くつもりはないのか、き進む覚悟を決める。

「結論を出すのは早いぞ。お前らに最後のチャンスを与えてやる。CクラスもDクラスも救われる唯一の方法だ」

「あるわけないだろうが、そんな方法!」

 事件が存在している以上、そんな方法はない。なら、事件が存在しなければいい。

「今回の事件を解決する方法はたったひとつだ。訴えそのものを取り下げたいと学校側に伝えることだ。そうすれば学校側も無理にカメラの映像を持ち出してジャッジを下すことはないだろう。訴えが無くなれば誰も処罰を受けることはない。仮に映像を持ち出されそうになったらDクラスも援護する。さっきも言ったように映像を論点とされたら須藤も停学処分を受けるからだ。つまりCクラスとDクラスは結託して学校側に対抗することが出来る。映像だけじゃ見えてこない嘘を、学校側も追及しきれないだろ?」

 オレたちは3人との距離を詰めていく。

「はぁ、はあ……。一本、電話をさせてくれ……」

 石崎は心を折りかけながら携帯を取り出す。しかし、いちはノーを突きつける。

 ここで考える時間は与えない。短期で勝負を決着させる。

「聞き分け無いみたいだし、私たちも覚悟するしかないね。今すぐ学校側に映像の確認をしてもらって君たちを退学にしてもらうよ」

 オレもそれに同調し、うなずく。それを見たこんどうみやが石崎の腕をつかむ。

「一之瀬のていあんを受け入れよう石崎!」

「ま、待てよ。あの人に確認しねえと……やべえだろっ」

「もう俺たちの負けだって! 退学は嫌だろ! 頼むよ、石崎っ」

「……くっ……! わかった……取り下げる……取り下げれば、いいんだろ……!」

 崩れるように石崎はひざをついた。

「じゃあ今すぐ生徒会室に向かおうか。私たちも一緒に行くからさ」

 3人を挟むようにして、オレたちは生徒会室のある階までついていく。

 一瞬でも目を離せば誰かに連絡を取り、アドバイスを求める可能性があったからだ。

 そして生徒会室の前までたどり着くと3人を中へとほうり込んだ。

 あとはほりきたく取りまとめてくれるだろう。


    3


「いやーすっきりすっきり! ありがと、大役譲ってくれて。気持ち良かった~」

「譲ったっていうか、いちが勝手に仕切っただけだけどな」

「あははは、そうかな。でもこれで一件落着だね」

 ほんと、何とかな。

昨日きのうポイントを貸してくれって言われたときはどうするのかと思ったよ」

 オレたちは蒸し暑い特別棟に戻り、脚立を組み立てていた。

「それがまさか、監視カメラを設置する目的だったとはね」

 そう、この監視カメラはもちろん、学校側が設置していたものなんかじゃない。

 一之瀬たちが購入し、博士はかせと共に今日の昼間に取り付けておいたものだ。

 学校側は、当然訴えの取り下げを言いだしたCクラスを怪しむだろう。いしざきたちは映像を持ち出されることを恐れていたが、このカメラが偽物である以上それも無い。

 最初は学校にこんなカメラが売ってることにびっくりしたが、何も防犯関係だけじゃなく計測や記録にも用いることが出来る。つまり勉強に活かすことも出来るものだ。

 監視カメラと言うよりはネットワークカメラと言い換えた方が分かりやすいだろうか。

 暑さで思考が低下し、かつ時間がなくひつぱくした状況。更に心理的に追い詰められた状態の連中にこれが今日個人で仕掛けられたものだと100%見抜く方法はない。

 どれだけ疑っていても事実を確かめるだけの時間も無い。

あやの小路こうじくんたちがCクラスに上がる日が来たら、手ごわいライバルになりそうだね」

「そんな日がもしも来たら、な」

 けど、恐らくその時、一之瀬たちはAクラスにいるんじゃないだろうか。

「堀北さんがBクラスだったら、私たちすぐにAクラスだったかも」

「かもな」

 オレは取り外したカメラを、下で支えてくれている一之瀬に手渡した。

「借りたポイントはクラスで何とかして必ず返す。時期はちょっと相談させてくれ」

「うん。卒業までに返してくれたらそれでいいよ。どうする? 生徒会室の前で待つ?」

「そうだな……」

 ふと、オレはさっきのくらの姿を思い出した。

 今日はこれから用事があると言っていたが、一体なんの用事だ?

 以前電話を受けた時、そして放課後の玄関先で彼女はオレになんて言おうとしていた? 覚悟を決めたような、そんな表情じゃなかったか?

 勇気を出すこと。その意味。それはなんだ?

 頭の奥がしびれるような感覚に襲われ、思考を張り巡らせる。

「そうだ。ひとつあやの小路こうじくんの耳に入れておきたいことがあるんだけどね?」

 一つの結論に至る前に、オレは駆けだしていた。

 隣でいちが何か言いかけていた気がしたが、今は後回しだ。

「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」

 何事か分からないまま、一之瀬もか追いかけて来た。

 オレは走りながら携帯を取り出す。位置情報サービスの閲覧が許可されていれば、ともだちの位置を調べることが出来る。こんな場面でいけの悪知恵が役立つとは皮肉なものだ。すぐに携帯の現在地を調べ佐倉がどこにいるのかを検索した。

 階段を素早く無駄なく駆け下り、そのまま一階の玄関口へ。

 そして素早く靴に履きかえる。一之瀬を待つつもりはなかったが、彼女もまたオレから遅れること2、3秒でスタンバイをえる。

「中学生の時陸上部だったから。足と持久力にはそこそこ自信あるんだよね」

 そう言って楽しそうに笑う。

「悪いけど、途中で待つつもりはないぞ。急いでる」

「あははは、大丈夫だよ」

 佐倉の位置がさっきから動かない。それが不安で仕方なかった。


    4


 携帯の位置情報が示したのは、家電量販店の搬入口がある場所だった。

 一之瀬は宣言通りオレにぴったり付いて走って来た。

 オレは乱れた呼吸を整えるように、その場所へと息を殺しながら目的地へ近づいた。

 念のため隣の一之瀬にも、静かにするように合図を送って。

「もう、私に連絡してくるのはやめてください……!」

「どうしてそんなこと言うんだい? 僕は君のことが本当に大切なんだ……。雑誌で君を初めて見た時から好きだった。ここで再会した時には運命だと感じたよ。好きなんだ……君をおもう気持ちは止められない!」

「やめて……やめてください!」

 くらは叫ぶと、かばんから何かの束を取り出す。それは手紙。何十……百に届きそうなほどの手紙。そのどれもが、目の前の男が差し出したものなのだろうか。

「どうして私の知ってるんですか! どうしてこんなもの、送ってくるんですか!」

「……決まってるじゃないか。僕たちは心でつながってるからなんだよ」

 佐倉は入学直後から、ずっと苦しんでいたのかも知れない。ファンに正体を知られ、毎日のように我慢してきた。それを自分の意志で、勇気で打ちやぶり、今ここで決別することを決めたのだ。その覚悟が伝わってくる。

「もうやめてください……迷惑なんです!」

 男の一方的な愛情を拒絶するように、手紙の束を地面へとたたきつけた。

「どうして……どうしてこんなことするんだよ……! 君を思って書いたのに!」

「こ、来ないで……!」

 男は距離を詰め、今にも襲い掛かりそうな勢いで歩みだす。

 そして佐倉の腕をつかむと倉庫のシャッターに叩きつけるように押し付けた。

「今から僕の本当の愛を教えてあげるよ……そうすれば佐倉も、わかってくれる」

「いや、離してください!」

 いちがオレのそでを引く。どうやらこれ以上ほうっておくわけにはいかないようだ。

 もう少し決定的な場面を押さえたかったが、仕方がない。

 オレは一之瀬の腕を引き、不良カップルのように堂々と出ていく。

 携帯でパシャパシャと写真を連続で撮りながら。

「あー見ちゃったッスよ~。なんか偉いことしてんなあオッサン」

「へっ!?」

 佐倉はオレの慣れないヤンキー調の口調にぜんとする。非常に恥ずかしいが、我慢だ。

「大人が女子高生に乱暴。明日はテレビで大々的にニュースっすね~」

「ちょ、ち、違う。これは違うっ!」

「全然違わなくなくな~い? って感じぃ? みたいなあ?」

 一之瀬もオレに合わせてくれているようだが、口調はひどいものだった。

 男は慌てて佐倉から手を離すが、その瞬間にもカメラのシャッターを切る。

「違う? 違わないと思うッスけど。うわー何この手紙、キモ。ストーカー?」

 他人の靴下を掴み上げるように、鼻をまみながら手紙の角を人差し指と親指だけで挟み持ち上げる。

「違うんだ。ただ、そう。この子がデジカメの使い方を教えて欲しいっていうから、個別に教えてたって言うか。それだけなんだよ~」

「ふぅ~ん」

 オレは男との距離を詰めていき、プレッシャーだけでシャッター側へと押し付ける。

「オレと彼女、ばっちり現場みたんで。ついでに写真も撮ったし。次にその子の前に現れたり嫌がらせの手紙送りつけたりしたら、ソッコーでバラしちゃうよ?」

「は、ははは。何のことかな。いや、ほんと。僕全然知らないんで……」

「知らないだ? 抜かしてんじゃねえぞオッサン。アイドルに鼻の下伸ばすだけならともかく、手まで伸ばしたらおしまいだろ。ぶっ殺すぞ?」

「ひっ!!」

 完全に戦意喪失したところで、オレは逃げられるだけの空間をわざと作った。

「さ、さよなら! もう二度としません!」

 だつごとく店員は逃げ出し、店の中へと戻って行った。

 恐怖が去ったことでくらは気が抜けたのか、腰を抜かし地面に座り込みそうになったので、慌てて腕をつか身体からだを支える。

「よく頑張ったな」

 色々と説教することもあったが、今は不必要だろう。

 佐倉は自分で悩んでいた気持ちに一人で立ち向かい清算しようとしていた。

 その気持ちをんでやらなければいけない。

あやの小路こうじ、くん……どうしてここに……」

「おまえと連絡先を交換しておいて良かったよ」

 携帯を取り出し、佐倉の位置情報がわかる画面を表示して見せた。

「私全然ダメだね……。結局一人じゃ、何もできなかった」

「そんなことはないぞ。手紙をたたきつけたところなんてかつ良かったぞ」

 乱雑に散らかった色とりどりの手紙。

「ねえねえ、さっきの怪しげな人なに? アイドルって?」

 いちは気持ち悪そうに手紙を拾い上げて首をかしげる。

「それは───」

 一之瀬に隠し事をしたかったわけじゃないが、佐倉に許可なく話すことは躊躇ためらわれた。

 でも、佐倉はオレの目を見て小さくうなずく。

「ここにいる佐倉は中学の時アイドルだったんだよ。しずくって名前のアイドル」

「ええっ!? アイドル!? すごっ! 芸能人だね! 握手して握手!」

 子供のように驚き、佐倉にか握手を求める。

「テレビとかは出てないですけど……」

「それでもすごいよ! アイドルなんてなろうと思ってなれるものじゃないし」

 一之瀬も十分張り合えるだけの顔とボディ……いや、素質はあると思うけどな。

「いつから気づいてたの……? 綾小路くん」

「ついちょっと前だ。悪い、オレの他にもクラスで何人か気づいてる」

 遅かれ早かれわかることなので、正直に伝えておく。

「もしかしたら、それで良かったのかも……。自分を偽り続けるって大変だから……」

 今回の件がくらの偽りの仮面を外すキッカケになってくれればいいんだが。

「それにしても勇気の出しすぎだ。何かあったらどうするつもりだったんだ」

「あはは……そうだね……怖かったな」

 昨日きのうは人前で泣きじゃくった子が、かおかしそうに笑った。

 目の端に涙を浮かべながらも、笑った。

あやの小路こうじくんは……私のこと、やっぱり変な目で見ないんだね……」

「変な目?」

「……ううん。何でもない」

 問いかけには答えず、佐倉はちょっとうれしそうに微笑ほほえんだ。

「明日からメガネと髪型変えて行ったら、皆気づくかな……?」

「気づくどころか学校中パニックになる可能性があるぞ……それでもいいなら」

 突如出現した美少女に、見物客が押し寄せるところまで余裕で見えた。

 性格も大人しくてちょっと天然な辺り男子が食いつく要素は満載だ。

「うわあ……ものすご可愛かわいい……! メガネとかで印象全然違う!」

 どうやらいちは携帯でしずくのことを調べたらしい。

 表示された写真を見てひとり興奮していた。

 どうの事件はクラスの危うさや団結力のなさを露呈した気がしていたけど、その反面佐倉の成長のきっかけにつながった。これが一番の成果かも知れない。

「……らしくないな」

 本当にオレらしくない考え方をしてる。

 というか、そもそもオレという存在が何なのかもよく分かっていないわけだが。

 そう言う意味では、これが本当のオレなのか? ……ちょっと混乱した。

「ごめんね。ずっと黙ってて」

「別に謝ることじゃない。話さなきゃいけないことでもない。だけど、これからはもっと相談し合える関係にはなったんじゃないかと思ってる。悩むことや迷うことがあったら相談してくれ。……ほりきたくしが相談に乗ってくれるはずだ」

 ズコッと後ろで一之瀬がわざとこけるようなリアクションを取った。

「そこはオレが相談に乗るよ、っていうところじゃないのかな?」

 そんなイケメンのようなことは言えない。

「……うん。わかった」

「あ、私も協力するからね」

 ろくに名前も知らないはずなのに、一之瀬は佐倉にがおを向けて言った。

「私はBクラスのいち。よろしくねくらさん」

 べて来た手を、佐倉は少しだけ迷ったが握ってこたえた。

「そういえば、さっき特別棟で何か言いかけてなかったか?」

 一之瀬との会話の途中でここに向かったことを思い出した。

「あーそうだよ。それ、大事な話しようと思ってたのに」

 一之瀬は息を整えてから、真剣な表情で話しはじめた。

「今こんなことを言うべきじゃないかも知れないけど……今回の事件には黒幕がいるの」

「……黒幕?」

 一之瀬がそう口にするからには、それが直観だけとは思えない。

「実は以前、BクラスもCクラスの生徒とめたことがある。その時はこんな風に学校を巻き込んだものじゃなかったんだけどね。その時裏で糸を引いてたのがりゆうえんくん」

「龍園……? 聞き覚えのない名前だな」

「彼自身は目立った行動を取ってないからね。知らなくても無理はないよ」

 いつも明るい一之瀬の表情が重く険しい。

「私が1年生の中で最も警戒してる生徒の一人だよ。どうくんをうそつきに仕立て上げたことも、Bクラスと揉め事を起こしたのも全部彼の仕業だと思う。自分の利益のためなら他人をおとしいれ傷つけることを迷わない人物。……相当ごわいよ」

「Cクラスと揉めた時は、無事解決したのか?」

「何とかね。だけど勝負としてみれば勝ったって言えるのかどうか……。とにかく、今回大っぴらに仕掛けて来たってことは、学校の仕組みを理解し始めたからかも知れない。だから気を付けて」

 その龍園という生徒が何者なのかは知らないが、相当な危険人物であることは間違いない。一歩間違えば退学になるような作戦を容赦なく展開できる存在。

「何かあればいつでも協力するから。その時は相談してね」

「ああ、覚えておく」


    5


 私と須藤くんは、審議の時間10分前に生徒会室に着いていた。

 まだ室内にはたちばなさんしかおらず、先生たちも兄さんの姿もない。

「やべえ、緊張してきた。ほりきたはどうだ?」

「別に普通よ」

 今日で今回の事件に決着が着く。完全無罪と言い切った私も、それが容易たやすいことじゃないのは分かっている。作戦が失敗すればすべてが水泡に帰す。

 10か0か。その戦いをするだけの価値はあると思って臨んだ延長戦だ。

 もし作戦が失敗すれば、近距離で互いをののしり合う言葉のなぐり合いになるかも知れない。

 結果、前回の話し合いで出た妥協案よりも悪い結果になれば、どうくんは私を恨むだろう。恨むのはお門違いだと言うつもりだけれど、文句は聞いてあげようと思う。それが勝手に完全無罪を訴えた私の責任だから。

 あるいは須藤くん自身が望めば、途中の和解という可能性も残されてはいる。

 向こうも極力停学の処分は短くしたいと考えているはずだから、そこを焦点に争えば須藤くん自身の処分も軽くなるよう取り計らってはもらえるだろう。

 ……和解という名の敗北。本人が望むのならそれはそれで、仕方がない。

 程なくして生徒会室の扉が開く。それと同時に私の鼓動も二倍近い速度で動き出す。

 兄さん……。私の言葉は胸の中から上に上がることはなかった。

 分かっているはずなのに、動揺し、緊張し、眩暈めまいのような症状が襲ってくる。

 それでも昨日きのうの失態を繰り返すわけにはいかない。情けないと思われてもいい。私は兄さんから目をらした。今戦うべき、向き合うべき相手は他にいる。

「おや。昨日の男子はいないようですね」

 次にやってきたのは、Cクラス担任のさかがみ先生、そしてちやばしら先生だった。

あやの小路こうじはどうした、ほりきた

「彼は不参加です」

「不参加?」

 げんそうに、空席を見つめる茶柱先生。

 彼女は綾小路くんを無意味に買っているようだから、不在が気になるようだった。

 いいえ、無意味にじゃないわね……。もう、私も薄々気づいている。気づかされてる。

 茶柱先生が見ている綾小路くんの影に。

「いてもいなくても同じですから」

 それを認めたくない自分が、そう言って影を振り払うように発言する。

「まあいい。決めるのはお前たちだからな」

 それぞれの先生が席に着く。後はCクラスの生徒たちが着けば、審議の始まりだ。

 もしもの時どうやって戦うか。それは単純な話。相手の言い分にすべて反論する。

 相手のうそを、偽りをき、こちらが真実を話しているのだと訴える。それだけ。

 それはきっと相手も同じことだ。嘘をつき通し、真実へと変えてくるだろう。

 これは嘘と誠の戦い。それをぶつけ合うことが、たった一つの解決策。

 そして、ついにCクラスの生徒たちがやってくる。急いでいたのか全員汗だくだ。

「ギリギリだったな」

 少しホッとしたように坂上先生が生徒たちに声をかける。

「ではこれより昨日きのうに引き続き審議の方を執り行いたいと思います。着席してください」

 たちばなさんがCクラスの生徒に座るよう促した。

 ところが、3人は一歩も動くことなく、さかがみ先生の前で立ちすくんでいる。

「座ってもらえますか?」

 再度伝えられる。けれど、やはり3人は動かなかった。

「あの……坂上先生」

「どうした」

 明らかに様子がおかしいことは、他人の私にも理解できた。

「……この話し合い、無かったことにしていただけませんか?」

「君たちは何を……一体どういうことですか」

 教え子からの思わぬ言葉に、坂上先生も立ち上がった。

「それは和解したい、あるいはしたということか?」

 兄さんが鋭い視線をCクラスの生徒たちに向ける。

 けど、3人はほぼ同時に首を左右に振り、和解を否定する。

「今回の件、どちらが悪いとか、そう言うことではなかったと気づいたんです。この訴えそのものが間違いだったと気が付きました。だから僕たちは訴えを取り下げます」

「訴えを取り下げる、か」

 ちやばしら先生は何がおかしいのか、うつすらと笑みを浮かべて笑い出した。

「何がおかしいのですか、茶柱先生」

 その態度が気に入らなかったのか、坂上先生はいらつ様子でにらみつける。

「いや失礼。想像していなかったことに驚いただけです。私は今日の話し合いはどちらかがつぶれるまで言い合うか、あるいは究極和解ていあんをすると読んでいましたので。ところが、まさか訴えそのものを取り下げたいとは」

「先生方、生徒会の人たちには、お時間を取らせて申し訳ないと思っています。でも、それが僕たちの考えて出した結論なんです」

 意志は固いのか、3人は強く訴える。

 どうやらあやの小路こうじくんといちさんはく運んでくれたようね。

 私はあんしたい気持ちをおくびにも出さず、努めて冷静に振る舞う。

「認められるわけがないでしょう。君たちは何も悪くない。すべてはどうくんの一方的などうかつや暴力が原因です。泣き寝入りするつもりですか?」

 坂上先生は何かに気づいたように、私や須藤くんへと怒りの目を向けてくる。

「何をしたんです。訴えを取り下げなければ暴力を振るうとでも脅しましたか?」

「は? ふざけんなよ。俺は何もしてねえよ」

「そうでなければ、この子たちが訴えを取り下げるなどと言うはずがありません。今ここで真実を話しなさい。そうすれば先生が何とかしましょう」

さかがみ先生……僕たちは、何を言われても訴えを取り下げます。考えは変わりません」

 理解できないと、坂上先生はふらふら頭を押さえながらに腰を落とした。

「訴えを取り下げると言うならそれは受理しよう。確かに話し合いの最中において、審議を取り消すことになるケースはまれだが起こりうることだ」

 生徒会長である兄さんはこの事態にも冷静にことを進めようとしている。

「待てよ。勝手に訴えといて、勝手に取り下げるなんてわけわかん───」

 私はどうくんの腕をつかみ、反論の言葉を封じる。

ほりきた?」

「黙って」

 説明している時間が惜しいと感じた私は、強く腕を引っ張り立ち上がりかけた須藤くんを座らせる。そして改めて黙っているよう伝える。

「訴えを取り下げると言うならこちらは戦う意思はありません。受け入れるつもりです」

 うそで訴えられた須藤君からすれば不服なのは理解できるけれど、訴えそのものがなくなれば、そこには勝者も敗者も存在しない。この作戦の肝だ。

「しかし規定にのっとり、審議取り下げにはある程度諸経費としてポイントを収めてもらう必要があるが、それに異論はないか?」

 初耳だとCクラスの生徒たちは動揺するが、結論はすぐに出たようだった。

「分かりました……お支払いします」

「では話し合いはわりだ。これで審議を終わりにさせて貰おう」

 こんなにもあつない幕切れが待っていると、審議前に誰が予想できただろう。

 そんな中、ちやばしら先生の不敵な笑みが私に向けられていた。

「須藤くん。これであなたは停学処分はなくなった。学校側も問題児としてはあつかわないはずよ。今日から部活動にも参加だって出来ますよね?」

 私は茶柱先生にそう確認を取る。

「もちろんだ。当然Cクラスの生徒たちもな。青春に励むといい。ただし次にお前たちが問題を起こせば、今回の件が引き合いに出されることは忘れるな?」

 双方に強く念を押す。須藤くんも不満はあるようだったが、静かにうなずいた。バスケットが出来るという喜びが、不満にまさったんだろう。くしさんやひらくんたちの努力もこれで報われるわね。坂上先生はCクラスの生徒と共に足早に生徒会室を後にした。扉が閉まると同時に坂上先生からの追及が始まったようだったけれど、どうでもいい。

 一度取り下げてからまた訴えるような間抜けなことは、流石さすがにないでしょうし。

「良かったな須藤」

 茶柱先生からの、ねぎらいの言葉。

「へへ、当然だぜ」

「私個人的には、おまえは罰せられるべきだったと思っているけどな」

 喜ぶどうくんを断罪するように、ちやばしら先生は厳しい言葉を向けた。

「今回の事件は、そもそもおまえの日頃の行いが招いたことだ。事件の真実やうそなんてさいなことで、大切なのは事件そのものを起こさせないことだ。おまえだって本当は分かっているんだろう?」

「う……」

「だが自分の非を認めるのはかつ悪い。だから態度だけは偉そうにしている。強がっている。それもいいだろう。しかしそれでは本当の仲間など出来るはずもない。いずれほりきたもおまえに見切りをつけて、離れていくだろう」

「……それは……」

 もう既にほとんど離れてますけど。

「自分の過ちを認めるのも強さだぞ、須藤」

 私は初めて茶柱先生が、担任の先生として教え子に接していると感じた。

 それを無意識のうちに須藤くんも理解していたんじゃないだろうか。

 うな垂れるようにに座り込む。

「分かってんよ……。そもそも俺がしっかりしてれば、俺が相手をなぐりさえしなきゃ、こんな大ごとになることはなかった。どっかではわかってたんだ」

 それでも、彼は強がり、自己の主張だけを続けて来た。

 最初に嘘をついたのはCクラス側だと、それだけを言い続けて来た。

「バスケもけんも、自分が満足するためだけにっ走ってきた。けど、今はもうそれだけじゃないんだよな……。俺はDクラスの生徒で、俺一人の行動がクラス全体に影響を与える。それを身をもって体験したぜ……」

 見えないところで、須藤くんは大きな不安とストレスを抱えていたのかも知れない。

「もう、俺は二度と問題を起こさねえよ先生。堀北」

 須藤くんの口から出た初めてのざんのようだった。

 その言葉を受け、果たして茶柱先生の心に響くのだろうか。そんなはずはない。

 確かに理解はしたかも知れないけれど、須藤くんは須藤くんだ。

 人は一日で変わったりする生き物ではないのだから。

「安易な口約束はやめた方が良い。お前はまたすぐに問題を起こす」

「っ……!」

 そんなことは百も承知の先生が、須藤くんを否定する。

「お前はどう思う堀北。須藤は問題を起こさない生徒になると思うか?」

「いいえ、思いません」

 先生と同意見の私は、かんはついれず答えた。だけど続けるべき言葉はある。

「でも───今日、確かにどうくんは進歩しました。自分がしてしまった間違いに一つ気が付いたんです。だからきっと明日のあなたは、今日よりも成長しているはずよ」

「お、おう……」

「良かったな須藤。ほりきたはまだおまえを見放していないらしい」

「いいえ、もう見放してます。これ以上放すところがないだけですから」

「な、なんだよそれ!」

 須藤くんは頭をきむしった後、重いものを振り切ったようながおを作った。

「んじゃ、俺部活行くからよ。またな堀北」

 そう言い、須藤くんは駆け足で廊下を去って行った。あれは反省していないわね。

 きっと近いうちまた彼はトラブルを持ってくる。厄介な存在だわ。

「退室してもよろしいでしょうか、ちやばしら先生」

「まあ待て。少し堀北に話がある。お前たちは先に出ていろ」

 茶柱先生は兄さんとたちばなさんに出るよう促す。

「それで、どんな手を使ったんだ? 堀北」

 茶柱先生は興味深そうに、テーブルで腕を組んで問いかけて来た。

「何のことでしょうか」

すな。理由なくあいつらが訴えを取り下げるわけないだろう」

「ではご想像にお任せします」

 私たちがやったことはうそのでっち上げ。追及されると困るのはこちら側だ。

「秘密というわけか。では質問を変えよう。Cクラスを退けた作戦、誰が考えた?」

「……どうしてそんなことが気になるんです?」

「この場にいないあやの小路こうじが少々気がかりでな」

 茶柱先生は入学直後から、綾小路くんのことを気にかけていた。

 今の私にはその理由も何となく理解できる。

「認めたくはありませんが、綾小路くんは……彼は優秀かも知れません」

 敗北とも取れる発言に驚いたのは自分自身だった。

 今回の事件、彼が居なければこんな形での決着はなかったから。

「そうか、おまえが認めたか」

「……驚くことではないのでは? 茶柱先生は最初に彼と私を引き合わせた。綾小路くんの持つポテンシャルの高さを見抜いていての行動だったんですよね?」

「ポテンシャルの高さか……」

「自分の力を隠してバカなフリをするなんて、なぞの行動を取っていますが」

 そう、本当に理解不能だ。そんなものに意味があるとは思えない。

 ただトンチが効くだけだと解釈する方が現実的だ。

「色々と思うことはあるだろうが、おまえがAクラスに上がろうと思っているのなら、私から一つだけアドバイスを送っておいてやろう」

「アドバイス、ですか」

「Dクラスの生徒たちには、大なり小なり欠点、この学校の言葉を借りるなら不良品の要素を持った人間たちが集まる場所だ。もう、それは十分に理解しているな?」

「自分の欠点を認めるつもりはありませんが。理解はしたつもりです」

「ならあやの小路こうじの欠点は何だと思う?」

 綾小路くんの欠点……。そう聞いて、脳裏にすぐ浮かぶものがあった。

「それは既に判明しています。彼は自分で欠点を理解しているようでしたし」

「ほう? つまり?」

「事なかれ主義です、彼は」

 私は自信を持ってそう答えたつもりだった。

 でも、自分で口にしておきながら、か不思議と納得の出来ない違和感が生じた。

「事なかれ主義か。普段の綾小路を見てそう感じたのか?」

「いえ……。彼が自分自身で、そう言っていましたから」

 先生は小さく鼻で笑ってから、固い口調でこう言った。

「ならほりきた。今のうちに綾小路という人間を出来るだけ把握しておけ。さもなければ手遅れになる。お前は既に綾小路の術中にはまっているようなものだ」

「どういう意味でしょうか」

 私が彼の術中に嵌っている? それこそ意味不明ね。

「何故、綾小路が入試テストすべての結果を50点にしたと思う。何故綾小路が、おまえたちの手助けをしていると思う。何故優秀なのにその力を表に出していないと思う。本当に綾小路きよたかという人間は『事なかれ主義』なのか?」

「それは───」

 もし、本当に平穏無事であることを優先する人物だったなら、全教科50点なんて逆に目立つことを行うだろうか? 今回の事件に首をっ込みたがるだろうか?

 多くの生徒のように、静観していてしかるべきじゃないだろうか。ちやばしら先生の言うように、彼の行動そのものは『事なかれ主義』として既に成立していない。

 私が口にした時に感じた違和感の正体だ。

「これは私個人の見解だが、Dクラスで最も不良品たる生徒は綾小路だ」

「彼が、一番の不良品、ですか……」

「機能が高い製品ほどあつかいが難しい。扱い方を一つ間違えば、あつなくクラスは全滅する、ということだ」

「……先生は、彼の本当の不良品とされる部分を理解していると?」

「おまえはあやの小路こうじという人間を知れ。あいつが何を考え、何を軸に行動しているのか。どんな厄介な欠点を持っているのか。そこには必ず一つの答えがある」

 どうしてちやばしら先生は、そんなことを私に話して聞かせるのだろうか。

 この人は担任としての自覚が薄く、クラスがどうなろうと関係ない。そう考えている人だと思っていたけれど……。

 それ以上茶柱先生が何かを話すことはなかった。


    6


 生徒会室での話し合いがわるのを、オレは生徒会室の入り口で待っていた。

 Cクラスとさかがみ先生が出て行ってから少しして、どうが出てきた。その顔は明るい。

く行ったみたいだな」

「何が何だかわかんねぇけど、ほりきたが何かしてくれたんだよな?」

 オレは問いかけに小さくうなずいて答えた。

「やっぱりな。あいつは俺のためにやってくれると思ってたぜ。へへへ」

 すごうれしそうだ。

「んじゃ俺部活行くからよ。また今夜にでも祝勝会やろうぜ」

「ああ」

 次に出てきたのは、生徒会長とその書記だった。

「お疲れです」

 軽くあいさつ程度しておけばと思ったが、生徒会長は立ち止まった。

「Cクラス側からの申し出により訴えを取り下げることを認めた」

「そうですか。不思議なこともあるもんですね」

 堀北の兄は立ち止まったまま、何を考えているか分からない目でオレを見た。

「これがお前の言ったくらうそつきではないと証明する方法か。Cクラスが訴えを取り下げたとなれば自然とその話は広まる。そうなれば必然うわさも立つだろう。嘘をついていたのは須藤でも佐倉でもなく、Cクラスだったんだ、と」

「あんたの妹が上手く運んだんだ。オレは何もしちゃいない」

「答えを聞いてみれば単純な話ではありますが、感心しました」

 パチパチと可愛かわいたちばな書記は手をたたいた。

「橘。まだ書記の席が一つ空いていたな?」

「はい。先日申し込みのあったAクラスの1年生は1次面接で落としましたので」

「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」

 オレも驚いたが、そばで話を聞いていたたちばな書記がものすごく驚く。

「せ、生徒会長……本気ですか?」

「不服か?」

「い、いえ。生徒会長がおつしやるなら私に異存はありませんが……」

「オレは面倒事が嫌いなんだ。生徒会なんて冗談じゃない。普通の学生生活を送るさ」

 その言葉に、更に更に橘書記が驚く。

「えええっ? 生徒会長からのお誘いを断るんですか!?」

「断るもなにも、興味ないからな……」

 やりたくもないものはやりたくない。

 そもそも、オレが誘われるような理由は何一つないはずだ。

「行くぞ橘」

「は、はいっ」

 断ったオレには興味が尽きたのか、二人は去って行った。

 それから少しして、ほりきたちやばしら先生が姿を現した。

 先生の方は軽くオレを見ただけで、特に言葉をかけることもなく去っていく。

「よう」

 軽く手を上げると今まで見たこともない顔で強烈ににらまれた。

 けどすぐに落ち着いた表情を取り戻す。

「結果はどうだった?」

「言わなくても分かってるでしょう?」

「それは良かった。おまえの作戦がくいったってことだな」

「ねえあやの小路こうじくん。あなた、私を手のひらで転がしたでしょう?」

「転がした? 何のことだよ」

「最初に教室で監視カメラの話を振ったのは綾小路くんだった。次に特別棟に私を連れて行ってカメラが無いことに気づかせたのもあなた。そして極めつけは、うそもまた真実と言って偽の証拠を作るように誘導させた……。今にして思えばそうとしか考えられない」

「それは考え過ぎだ。偶然だぞ」

「……あなた、何者なの?」

「何者って、ただの事なかれ主義者だが?」

 今回、オレは少し動き過ぎだったと自覚している。大きな反省点だ。

 鋭い堀北には、オレの考え方がある程度知られてしまっている。

 それは薄めていかなければならない。オレは、平穏な日々を送りたいだけだ。

「事なかれ主義……それだって───」

 堀北が何かを言いかけた時、一人の男子生徒がこっちに向かって歩いてきていた。

 聞かせるような話じゃないと互いに黙り込む。

 ただ通り過ぎるのを待っていたオレたちだったが、その生徒はオレたちの目の前で立ち止まった。たまたまなわけがない。黒髪だが癖のあるやや長めのヘアースタイル。

 身長はオレとほぼ同じくらいか少し上。横顔からのぞかせる唇はニヤリと不気味に笑っていた。

「カメラを仕掛けるなんて、面白いことやってくれるじゃねえか」

 男はこちらに顔を向けることもなくそう言った。

「あなたは?」

 得体の知れない生徒に対して、ほりきたは動じずそう問いかける。

「今度は俺が相手してやるから、楽しみにしてな」

 質問に答えず、男子生徒は歩き出した。オレたちは男の姿が見えなくなるまで、ただその背中を黙って見送るしか出来なかった。


「じゃあ、オレは先に帰るな」

 今は一緒に居ない方がいいと感じ、オレは背を向ける。

「待って。まだ話はわってないわ、あやの小路こうじくん」

「オレの中では終わったよ」

 振り返ることなく、立ち止まることなくオレは歩き出す。

「あなたは約束したわよね? Aクラスに上がるために協力するって」

「半ば強制的にだけどな。だから今回もどうの事件に協力しただろ?」

「私が言いたいのはそんなことじゃない。あなたが何を考えているのか知りたいの」

「面倒だな、とか。やる気出ないな、とか。そういうことなら考えてる。今からでも堀北が取り消してくれれば、オレはAなんて目指さずに大人しく学校生活を送るつもりだ」

 それである程度満足してくれたらと願ったが、堀北は聞き入れなかった。

「本当に嫌ならあなたは協力しないはずよ。それが事なかれ主義だもの。だけどあなたはのらりくらりとしながらも協力している。それはどうして?」

 今までとは違う堀北の返しに、オレはちやばしら先生が裏で糸を引いたんだろうと察する。

 彼女がオレの過去を知っているのなら、驚くことじゃない。

「初めて出来たともだちを助けたいって思ったんだろうな。多分」

 これ以上ここで話していると余計なことを言ってしまいそうだ。歩みを速める。

 そう、この時無意識ながら一つの結論に至っていた。

 もし堀北がAクラスを目指すのなら、今の状態では到底不可能。

 りゆうえんと思われる男からの宣戦布告。こうかつで大胆、容赦のない攻撃の始まりと受け取れる。今後油断ならない敵として立ちふさがるだろう。

 そしてBクラスのいちかんざき。あの二人がキレ者であることは少しの間接しただけでも十分に理解できた。何より一之瀬は、想像以上の手を打ち着々と上を目指している。

 どうやってあの状態に持って行ったのか、その方法や手順は理解不能だ。

 そのねらいも全く分からないが、いずれ大きな妨げになることは間違いないだろう。

 接触のないAクラスには、一之瀬をもりようする生徒がいても不思議ではない。

 つまり3年間でAクラスに上がることは、ほぼ絶望的と言っていい。

 そんな状況に正面から立ち向かっていくとなれば……。

「は───」

 思わずかすかに声が漏れた。

 ……バカだな、オレは。

 何を熱くなり始めてるんだか。勝手にDクラスを分析して、論じて。

 それが嫌で、この学校を選んだんじゃなかったのか?

 上を目指すのはほりきたたちであってオレじゃない。

 オレはただ平凡な、何事もない日常を求めているだけ。

 そうでなければ───いけない。

 オレは、誰よりもオレのことを知っている。

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