ようこそ実力至上主義の教室へ 2

〇真実と嘘

 運命を決める日。何よりもまず、くらが登校しているかどうかを確認したかった。

 教室に足を踏み入れるといつもと変わらない光景が広がっていた。雑多な生徒たちの会話にまぎれるようにして、一人静かに席に座っていた佐倉。

 その表情はいつにも増して暗かったが、にもかくにも学校には来ていたようだった。

「大丈夫か?」

「あ、うん。……平気だよ」

 緊張しているのか、少し落ち着きは無かったが冷静そうだ。

「こんな私でも、休んだら大変だと思って……」

 休んでしまうことでクラス全体が困ることになると分かっているからこそ、つらい中登校する決断を下した。そういうことだろう。

 どうたちのことを考えるなと言うのは到底無理な話か。

昨日きのう言ったこと、忘れるなよ。何よりも自分のために証言をするんだ」

「……うん。大丈夫」

 いけやまうちたちは、好奇の目を佐倉に向けていた。

 もちろん、それはその正体がアイドルだと知ったからに違いない。恐らく近いうち、ほうっておいても佐倉は敏感に感じ取るだろう。池たちが自分の正体に気づいたと。

 いや───。佐倉は薄く笑って『大丈夫だよ』と口を小さく動かした。

 もう既に佐倉は、オレたちがアイドルであることを知ったと気づいている。

 アイドルとしての経験からなのか、微妙な変化を敏感に察知したのだ。


    1


 放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、オレとほりきたは席を立った。

「心の準備はいい? 須藤くん」

「ああ……いいぜ。俺は最初から準備できてんだ」

 精神統一していたのか、目を閉じ腕を組んでジッとしていた須藤が目をゆっくり開く。

「お前には散々バカにされたが、俺は俺だ。言いたいことはハッキリ言うぜ」

「勝手にしなさい。ここで止めて聞くほど利口じゃないでしょう?」

「けっ、いつもいつも偉そうな女だ」

 こうしてみてると犬猿の仲にも見えるが、少なくとも須藤は堀北を嫌ってない。

 そうでなければ、たとえ有利になるとしても絶対同席なんて断ったはずだ。

「頑張ってねほりきたさん、どうくん」

 堀北は応えず、須藤は軽くガッツポーズを作って応えた。

「大丈夫かくら

 に座ったまま硬直する佐倉に声をかけると、かすかに唇を震わせながら席を立った。

「うん……大丈夫。ありがとう……」

 想定していたよりもずっと、佐倉の緊張度合が高い。まだ審議が始まってもいないのにこの心理状態では、満足な話すら出来ないかも知れない。

「行きましょう。遅れると印象が悪いわ」

 話し合いは4時から行われる。

 時刻は既に3時50分を回った。確かにゆっくりはしていられない。

 4人で職員室まで移動すると、手を振って迎え入れてくれる先生がいた。

「やっほ~。Dクラスの皆さんこんにちは~」

 軽いノリで声をかけてきたのは、Bクラスの担任ほしみや先生だった。

「なんだかすごいことになってるんだってね」

 ごと(実際にそうなんだが)のように、楽しそうに目を輝かせている。

「また何をやってるんだお前は」

「ありゃ、もう見つかっちゃったか」

 ちやばしら先生がにらみつけながら職員室から出てくる。

「おまえがコソコソ出ていくときは、大体私に後ろめたいことがある時だからな」

 ばれちゃった? と可愛かわいくウインクする星之宮先生。

「私も参加しちゃダメかな」

「ダメに決まっているだろう。部外者が参加できないのは知っての通りだ」

「残念。まあいいか、1時間もしたら結果出てるだろうしねえ」

 茶柱先生は職員室の中に強引に星之宮先生を押し込む。

「それじゃあ行こうか」

「職員室で行うわけじゃないんですね」

「もちろんだ。この学校には特殊なルールが複雑に存在するが、今回のようなケースでは問題のあったクラスの担任と、その当事者、そして生徒会との間で決着がつけられる」

 生徒会、という単語を聞いた瞬間堀北の足が止まった。茶柱先生は少しだけ振り返り鋭いひとみで堀北の顔をのぞき込む。

「やめておくなら今のうちだぞ、堀北」

 須藤は事情が分からず頭にはてなマークを浮かべていた。

 この先生は毎度毎度、ギリギリで色々と大事なことを告げてくれるもんだ。

「……行きます。大丈夫です」

 ちらっとオレを見たほりきた。余計な心配はしないで、ということだろう。

 職員室のある1階フロアから階段を3つ上がった4階に、そのはあった。

 教室の入り口には『生徒会室』のネームプレートが刺さっている。

 ちやばしら先生は生徒会室の扉をノックした後、その中へと足を踏み入れた。堀北はわずかにたじろいだものの、すぐにその後を追って中へ。

 生徒会室の中には長机が置かれており、ぐるりと長方形を作っていた。

 Cクラスの生徒3人は既に到着していて席についている。

 その横にはメガネをかけた30代後半と見られる男性教師も同席していた。

「遅くなりました」

「まだ予定時刻にはなっていません、気になさらず」

「面識は?」

 オレも堀北も、どうも全員知らない先生だった。

「Cクラスの担任、さかがみ先生だ。それから───」

 部屋の奥に座る、一人の男子生徒に注目を集める。

「彼がこの学校の生徒会長だ」

 堀北の兄は、妹に目を向けることもなく、机に置いた書類に目を通していた。

 しばらくの間堀北は兄に視線を送っていたようだが、自分が相手にされていないことを認識すると目を伏せ、Cクラスの生徒たちの前に腰を下ろした。

「ではこれより、先日に起こった暴力事件について、生徒会及び事件の関係者、担任の先生を交え審議を執り行いたいと思います。進行は、生徒会書記、たちばなが務めます」

 ショートカットの女性、橘書記が、そう言い軽く会釈した。

「まさかこの規模のごとに生徒会長が足を運ぶとは。珍しいこともあるのだな。いつもは橘だけのことが多いだろうに」

「日々多忙故、参加を見送らせていただく議題はありますが、原則私は立ち会うことを理想とし、生徒会の任を託されておりますので」

「あくまでも偶然、ということか」

 含みある笑みを浮かべた茶柱先生だったが、堀北の兄は全くブレることはなかった。

 逆に、堀北……妹堀北は、分かっていてもなお、動揺を隠せない様子だ。

 兄妹きようだいだから状況が有利に働くってことも全くなさそうだし。むしろ、堀北の普段のポテンシャルを発揮できないこの状況は不利と言わざるを得ない。

 この事態はオレにも堀北にとっても間違いなく想定外だ。目の前にいる生徒会長のことは生活していれば嫌でも耳に入ってくる。言うまでもないがAクラスに在籍していて、入学早々生徒会の書記に就任すると、1年の12月には生徒会選挙で圧倒的支持を得て生徒会長に就任。上級生からは当然不満の声も出ただろうが、それをすべてねじ伏せている現状が実力を物語っている。

 たちばな書記は事件の概要を双方に分かりやすく説明していく。今更説明するまでもない。

「───以上のような経緯を踏まえ、どちらの主張が真実であるかを見極めさせていただきたいと思います」

 説明をえた橘書記は、一度前置きをした後、オレたちDクラスへと視線を向ける。

みやくんたちバスケット部2名は、どうくんに呼び出され特別棟に行った。そこで一方的にけんを吹っかけられなぐられたと主張していますが、それは本当ですか?」

「そいつらの言ってることはうそだ。俺が呼び出されて特別棟に行ったんだよ」

 須藤はかんはついれず否定する。

「では須藤くんにお聞きします。事実を教えて頂けますか?」

「俺はあの日、部活の練習を終えた後小宮とこんどうに特別棟に呼び出された。うつとうしいとは思ったが、日頃からこいつらの態度にはムカついてたからな。出向いてやったんだよ」

 歯にきぬ着せない須藤の話しぶりに、普通ならあきれかえるところだが、ほりきたは聞こえているのかいないのか全く微動だにしなかった。Cクラスの担任さかがみ先生は目を丸くしている。

「それが嘘です。僕たちが須藤くんに呼び出されて特別棟に行ったんです」

「ふざけんなよ小宮。てめえが俺を呼び出したんだろうがっ」

「身に覚えがありません」

 須藤はいらちのあまり、思わず手が出てしまい机をたたく。一瞬訪れる静寂。

「少し落ち着いて下さい須藤くん。今は双方の話を聞いているだけですので。小宮くんも途中で口を挟む行為は慎んでください」

「ちっ、わーったよ……」

「双方共に呼び出されたと主張しており、食い違っています。ですが共通することもあるようですね。須藤くんと小宮くん、近藤くんの間にはごとがあったんですね?」

「揉め事というか、須藤くんがいつも僕たちにからんでくるんです」

「絡む、とは?」

「彼は僕らよりもバスケットがいので、その自慢をしてくるんです。僕らも負けないように懸命に練習していますが、それをバカにされるのは気持ちの良いものじゃなかったので、そう言う意味では度々ぶつかっていました」

 部活中の詳細は分からないが、須藤の青筋立てた顔を見れば作り話が混じっているのは明らかだった。次に橘書記は須藤にも話を聞く。

「小宮の話は何一つ本当じゃねえ。そいつらは俺の才能にしつしてやがったんだよ。こっちが黙々と練習してる時に、邪魔してくることも四六時中だ。そうだろうが」

 当然、どちらの意見も一致することなく、相手が悪いとしか主張しない。

「両方の言い分がこれでは、今ある証拠で判断していかざるを得ませんね」

「僕たちはどうくんにちやちやなぐられました。一方的にです」

 やはりCクラスはを話し合いの中心に持っていくつもりのようだ。

 3人の顔には殴られたと思われる青あざが出来ている。この部分はまぎれもない事実だ。

「それもうそだろうが。お前らが先に仕掛けて来たんだ。正当防衛だっつの」

「おいほりきた

 ジッとうつむき、発言できないでいる堀北に呼びかける。はっきり言ってこの状況は非常にまずい。須藤の暴走を止めるべく、早く行動を起こさないと手遅れになる。

 しかし反応を示さない。まるで心ここにあらずだ。堀北兄の存在がこれほど堀北に影響を与えるとは。前に二人が寮の裏手で話していた時の情景がフラッシュバックした。深い事情をオレが知ってるわけじゃないが、優秀な兄を追いかけて同じ進学先にまでやって来た堀北は、その実力を認めてもらいたいと思っている。

 けどその力も思いも、Aクラスで生徒会長を務める兄と、Dクラスに配属された妹とでは今はまだはるか遠く。思いが伝わることはない。

 それを証明するには同じ土俵にまで上がらなければならないのだ。

「Dクラス側からの新たな証言が無ければ、このまま進行しますがよろしいですか?」

 生徒会も、先生たちも、このまま沈黙の時間が過ぎれば容赦ない裁きを下すだろう。

 それをさせないためには、堀北の奮起が必要だ。

 だが、その肝心の堀北は兄貴を前にしてしゆく、縮こまってしまっている。

「どうやら議論するまでもなかったようだな」

 ここで初めて、沈黙を貫いていた生徒会長が口を開く。

 早くも、堀北の兄は結論を出そうとしていた。

「どちらが呼び出したにせよ、須藤が一方的に相手を殴ったという事実は、怪我の状態から見ても明らかだ。それを基準に答えを出すしかないだろう」

「ま、待てよ! そんなの納得いかねえ! あいつらがだっただけだろ!」

 弁明のつもりで発した須藤の一言に、一瞬さかがみ先生が微笑ほほえんだのがわかった。

「力の差がある相手に対して正当防衛を主張するのか?」

「な───。んなの、向こうは3人だぞ3人っ」

「だが、実際に怪我をしたのはCクラスの生徒だけだ」

 これ以上は本当にヤバい。オレは後で殺される覚悟を決めゆっくりとパイプから立ち上がり、堀北の背後へ。そして、りようわきばらに思い切り手を伸ばし、つかんだ。

「ひゃっ!?」

 普段は絶対に聞くことの出来ない堀北の女の子らしい声。

 でも、今はそんなことに物珍しさを感じている場合じゃない。まだ正気に戻らないならと、より強く、そしてくすぐるように脇腹を押さえる指先を動かした。

「ちょ、な、や、やめっ!?」

 どれだけ動揺してようが、放心状態だろうが、身体からだに強い刺激を与えられれば嫌でも意識がかくせいする。先生たちはあつにとられているようだったが、この際面目は気にしていられない。もう十分だと思うタイミングで、オレは手を離した。

 ほりきたは半泣きになりながらも、強烈にオレをにらみ見上げてくる。

 強引にだが、いつもの堀北に戻ってきたとみていいだろう。

「しっかりしろ堀北。おまえが戦わなきゃこのまま敗北だ」

「っ……」

 やっと事態がめたのか、堀北は一度Cクラス、教師、そして兄を見る。

 そして今、自分たちが置かれた絶体絶命のピンチを認識する。

「……失礼しました。私から、質問させていただいてもよろしいでしょうか」

「構いませんか? 会長」

「許可する。だが、次からはもっと早く答えるように」

 堀北はゆっくりとを引き立ち上がる。

「先ほど、あなたたちはどうくんに呼び出され特別棟に行ったと言いましたが、須藤くんは一体誰を、どのような理由で呼び出したんですか?」

 今更どうしてそんな質問を、とみやたちは顔を見合わせる。

「答えてください」

 堀北は追撃するように一言付け足した。たちばな書記もそれを認める。

「俺とこんどうを呼び出した理由は知りません。ただ、部活がわって着替えてる最中に、今から顔を貸せって言われて……。俺たちが気に入らないとか、そんな理由じゃないでしょうか。それがなんだって言うんですか」

「では、どうして特別棟にはいしざきくんもいたのでしょうか。彼はバスケット部員ではありませんし、無関係のはず。その場にいるのは不自然だと思いますが」

「それは……用心のためですよ。須藤くんが暴力的だというのはうわさになってましたから。体格だって俺たちより大きいですし。いけませんか」

「つまり暴力を振るわれるかも知れない、そう感じていたと?」

「そうです」

 まるでその質問をされることを想定しているかのような、スムーズな返答だった。

 CクラスはCクラスで、この会議への対策をしっかりと考えていた。

「なるほど。それで中学時代、けんが強かったという石崎くんを用心棒代わりとして連れて行ったんですね。いざという時は対抗できるように」

「自分の身を守るためですよ。それだけです。それに、石崎くんが喧嘩が強いことで有名なんて知りませんでした。ただ、頼りになるともだちなので連れて行っただけです」

 ほりきたもまた、個人で様々なシミュレーションをしていたのか、冷静に話を聞く。

 そしてすぐに次の一手を繰り出していく。

「多少ではありますが、私にも武道の心得があります。だからこそわかるのですが、複数の敵と相対した場合の戦いは乗数的に厳しく難しいものになります。けん慣れしているいしざきくんを含めあなたたちが、一方的にやられたことがに落ちません」

「それは、僕たちに喧嘩の意志が無かったからです」

「喧嘩が起こる要因は、自分と相手の『エネルギー』がぶつかり合い、その間合いを超えた時に発展すると客観的に見ています。相手に戦う意思がない場合や無抵抗な場合、3人がそこまでをする確率は非常に低いはずです」

 堀北の考え、ルール、根拠に基づいた、まさに客観的な意見だった。

 それに対し、みやたちは実際の証拠という武器で戦う。

「その一般的な考えが、どうくんには当てはまらないということです。彼は非常に暴力的で、無抵抗なことをいいことに、容赦ない暴力を振るってきました。それがこれです」

 ほおっていたガーゼをがすと、けた傷が露出する。

 どれだけ堀北がことわりを積み重ねても、その怪我という証拠は強力だった。

「以上でDクラスの主張はわりか?」

 堀北の理論を黙って聞いていた兄からの、冷たい一言。

 その程度の発言なら最初からしない方がマシだと言いたげな目をしていた。

「……須藤くんが相手をなぐり傷つけたことは事実です。しかし先に喧嘩を仕掛けてきたのはCクラスです。その証拠に、一部始終を目撃していた生徒もいます」

「では、Dクラスから報告のあった目撃者を入室させてください」

 不安げな、落ち着かない様子のくらが生徒会室に足を踏み入れた。視線は足元を見ていて、どこか危なっかしい。

「1-D、佐倉あいさんです」

「目撃者がいるというので何事かと思いましたが、Dクラスの生徒ですか」

 Cクラスの担任さかがみは、メガネをきながら失笑した。

「何か問題でもありますか、坂上先生」

「いえいえ、どうぞ進めてください」

 坂上先生とちやばしら先生は、互いに一度視線を交錯させる。

「では証言をお願いしてもよろしいでしょうか。佐倉さん」

「は、はい……。あの、私は……」

 言葉が止まる。

 そして、静寂の時が流れた。

 10秒、20秒。どんどんと佐倉の顔は下を向き、顔色は悪く青ざめていく。

くらさん……」

 ほりきたもたまらず声をかけるが、さっきの堀北のように声は届かない。

「どうやら、彼女は目撃者ではなかったようですね。これ以上は時間の無駄です」

「何を急いでいるんですかさかがみ先生」

「急ぎたくもなります。このような無駄なことで、私の生徒が苦しんでいるんですよ? 彼らはクラスのムードメーカーで、多くの仲間たちに心配かけたことを気にしています。それにバスケットにもひた向きに励んでいる。その貴重な時間が奪われているんです。担任として、それを見過ごすことはしたくないのでね」

「そうですね。そうかも知れません」

 ちやばしら先生は、当然Dクラスの味方をするかと思っていたが、そうではなかったようだ。

 坂上先生の言い分を聞き、納得したようにうなずいた。

「確かにこれ以上は時間の無駄、とするしかないでしょう。下がっていいぞ佐倉」

 興味がせた、というように茶柱先生は佐倉に退室を命じる。

 生徒会側の人間も、遅延は勘弁願いたいのか止めなかった。

 既に生徒会室の中は、Dクラスの敗戦、その色が充満していた。

 佐倉もまた、自分の弱さを悔いているように、耐えきれず強く目を閉じた。

 オレもどうも、そして堀北も、もう佐倉は無理だと感じ、あきらめかけた。

 その時だった。予期せぬ声が生徒会室に強く響き渡った。

「私は確かに見ました……!!!」

 それが佐倉の声だと認識するのに、数秒は要したと思う。

 それだけ意外な、振り切ったボリュームの声だったのだ。

「最初にCクラスの生徒が須藤くんになぐり掛かったんです。間違いありませんっ!」

 最初についたイメージの差からか、佐倉から発する言葉には重みがあった。

 彼女がここまで必死に言うのなら、本当なんじゃないか、そう考えさせられる重みだ。

 けど、それはわずかな間だけの魔法のような効果。

 冷静に対処されれば、看破することはそう難しくない。

「すまないが、私から発言させてもらってもいいだろうか」

 スッと手を挙げたのは、坂上先生だった。

「本来、極力教師は口を挟むべきではないと理解しているが、この状況はあまりに生徒がびんでならない。生徒会長、構わないかな?」

「許可します」

「佐倉くんと言ったね。私は君を疑っているわけではないんだが、それでも一つ聞かせてくれ。君は目撃者として名乗りを上げたのが随分遅かったようだが、それはどうしてかな? 本当に見たのなら、もっと早く名乗り出るべきだった」

 ちやばしら先生と同じく、さかがみ先生もその点において追及してきた。

「それは───その……巻き込まれ、たくなかったからです……」

「どうして巻き込まれたくないと?」

「……私は、人と話すのが、得意じゃありませんから……」

「なるほど。良く分かりました。ではもう一つ。人と話すのが得意ではないあなたが、週が明けた途端目撃者として名乗りを上げたのは不自然じゃありませんか? これではDクラスが口裏を合わせてあなたにうその目撃証言をさせようとしている風にしか見えない」

 Cクラスの生徒たちは、その言葉に合わせて、僕たちもそう思いますと答えた。

「そんな……私はただ、本当のことを……」

「幾ら話すのが苦手だとしても、私には君が自信を持って証言しているようには思えない。それは本当は嘘をついているから、罪悪感にさいなまれているからではないのかな?」

「ち、違います……」

「私は君を責めているわけではないよ。恐らくクラスのため、どうくんを救うため、嘘をつくことを強いられたんじゃないのかな? 今正直に告白すれば、君が罰せられることはないだろう」

 しつような心理攻撃がくらを次々と襲う。さすがに見かねたほりきたが手を挙げる。

「それは違います。佐倉さんは確かに対話をするのが得意な方ではありません。しかし、その事件を本当に目撃した生徒だからこそ、こうしてこの場に立ってくれているんです。そうでなければ、頼まれたとしてもここに立っていたかどうか。堂々と発言させるだけでよいのなら、他の代役だって立てられたと思いませんか?」

「思いませんね。Dクラスにも優秀な生徒はいる。それはほりきたさん、君のような生徒です。くらさんのような人物を立てることで、本当の目撃者であるとリアリティを持たせたかったのではないですか?」

 恐らく、さかがみ先生は本気でそんな風には思っていないだろう。ただ、どんなことでも理由を付けて言い返せば、それでこちらを封じられると確信しているのだ。

 当初オレの感じた通り、Dクラスの目撃者という存在はいかにも重みに欠けていた。

 どれだけ真実を述べようとも、かばっている、うそをついていると言われてしまう。

 身内の証言は、証言として受け入れてもらえないということだ。

 万策尽きたか……。坂上先生は不敵に微笑ほほえんでから腰を下ろそうとした。

「証拠なら……あります!」

 その佐倉の訴えに、坂上先生の腰が空中で止まる。

「もうこれ以上無理はよしたまえ。本当に証拠があるなら、もっと早い段階で───」

 バン、と佐倉は机に手のひらをたたきつけた。

 そこには、数枚の小さな長方形の紙のようなものが置かれたのがわかった。

「それは……?」

 言葉以外のものが出て来たことで、初めて坂上先生の表情が固まる。

「私が、あの日特別棟にいた証拠です……!」

 たちばな書記は佐倉のそばに歩み寄り、軽く断りを入れてから紙に手を伸ばした。

 いや、紙だと思っていたそれは、数枚の写真だった。

「……会長」

 写真を見た橘書記は、生徒会長にその写真を提出する。しばらくの間写真を見ていた堀北の兄は、それを机の上に並べオレたちにも見えるようにする。その写真に写っていたのは、今の佐倉とは似ても似つかない愛くるしい表情を浮かべる佐倉。アイドルのしずくだった。

「私は……あの日、自分を撮るために人のいない場所を探してました。その時に撮った証拠として日付も入っていますっ」

 日付は、確かに先々週の金曜日の夕方。どうたちの部活がわった直後と思われる時間帯だった。オレも堀北も初めて見る本物の証拠に、思わず息をむ。

 今までただの被害者をよそおっていたCクラスの3人にも、変化が現れ始める。

 明らかな動揺が見て取れた。

「これは何で撮影したものだね?」

「デジタル……カメラですけど……」

「確かデジカメは容易に日付の変更が出来たはずだ。パソコン上で日付のみ操作してプリントアウトすれば、事件当時の時間帯を再現できる。証拠としては不十分です」

「しかしさかがみ先生。この写真は違うと思いますが?」

 ほりきたの兄は下に重なっていて見えなかった1枚をスライドさせる。

「こ、これはっ……!?」

 まさに、これ以上ないタイミングを押さえた、けん騒動を表す1枚がそこにはあった。

 夕暮れに染まる校舎、その廊下。どういしざきなぐった直後と思われる現場の写真だった。

「これで……私がそこにいたことを、信じてもらえたと思います」

「ありがとう、くらさん」

 堀北もこの写真の登場には心底救われたはずだ。

 これで圧倒的に不利だった状況から脱することが……。

「なるほど。どうやらあなたが現場にいたという話は本当のようだ。その点は素直に認めるしかありません。ですが、この写真ではどちらが仕掛けたものかは分かりません。あなたが最初から一部始終を見ていた確証にもいたりませんし」

 確かに、これは既に喧嘩がわったタイミングのものだ。

 決着をつける決定的な証拠とは呼べない。

「……どうでしょうちやばしら先生。ここは落としどころを模索しませんか」

「落としどころ、ですか」

「今回私は、須藤くんがうそをついて証言したと確信しています」

「てめ───!」

 飛びかかろうと腰を浮かせた須藤を、オレは腕をつかんで押さえる。

「いつまで続けても話し合いは平行線でしょう。私たちは証言を変えませんし、あちら側も目撃者と口裏を合わせあきらめない。つまり、相手が嘘をついていると応酬してまない。この写真も決定的証拠として弱い。……そこで、落としどころです。私はCクラスの生徒にも幾ばくかの責任はあると思っています。3人いたことや、一人は喧嘩慣れしている過去を持っているそうなので、それは問題でしょう。そこで須藤くんに2週間の停学、Cクラスの生徒たちに1週間の停学。それで如何いかがでしょうか? 罰の重さの違いは、相手を傷つけたかどうか、その違いです」

 堀北の兄は黙って坂上先生の話を聞いていた。

 これは、Cクラスが半分譲歩を認めたことでもあった。

 恐らく佐倉の証言と証拠が無ければ、須藤は1か月以上の停学にされていたはず。

 それが半分以下となれば、かなりの譲歩と言える。

「ふざけんなゴラ! 冗談じゃねえぞ!」

「茶柱先生。あなたはどう思われますか?」

 さかがみ先生はどうを全く相手にせず、話を進めていく。

「結論は既に出たようなものでしょう、坂上先生のていあんを断る理由はありません」

 妥協点としては、申し分ない内容だった。ほりきたは一度天井を見上げ、ここまでのようだと静かに悟ったらしい。どれだけ抵抗しても、いても、証拠が100%でない以上無罪は勝ち取れない。堀北は最初からそれを分かっていた。落としどころだと判断する。オレは、Dクラスの生徒として堀北は立派だったと思う。

 ───だが、Aクラスを目指す生徒としてここであきらめるようなら落第だ。

 オレは最後まで発言するつもりはなかったが、かすかな手助けをすることを決める。

 それはくらが示した勇気に対しての敬意とでも言っておこうか。

「堀北。本当にもう手は無いのか?」

「…………」

 言葉は返ってこない。いや、返す言葉もないのか。

「頭の悪いオレには何一つ解決策は浮かばない。それどころか、坂上先生からの妥協案を受け入れるべきだと思った」

 そうでしょう、と薄く笑い坂上先生はメガネをあげる。

「須藤の無実を裏付ける絶対的な証拠なんてあるはずもない。いや、存在しないんだ。これが教室やコンビニで起こった出来事だったなら、もっと大勢の生徒が見ていて確実な証拠もあったかも知れないけどな。見ていたって記録がどこにもない。人も居ない設備もない特別棟じゃどうしようもないってことだ」

 オレはふーっと息を吐いて首を左右に振った。

 こっちを見ていた堀北の目を直視し、オレはこう言って締めくくった。

「話し合いをして分かっただろ。どれだけ訴えてもCクラスはうそだとは認めてくれない。須藤も嘘だとは認めない。こんなのはどこまで行っても平行線だ。話し合いなんて最初からしなければよかったくらいだ。そう思わないか?」

 一度目を伏せ、堀北は下を向いた。オレの言葉は堀北にどんな風に届いただろうか。

 ただ言葉通りの意味として受け取ったのなら、ここでもうわりだ。それもいい。

「もういいでしょう。ではDクラス代表の堀北さん。意見をお聞かせください」

 坂上先生は、オレの言葉を文字通り受け取った。つまり敗北宣言として。Cクラスからすれば須藤を無罪にさせなければ勝ちなのだ。勝負あったと余裕の表情を浮かべている。

「分かりました……」

 堀北は一度そう答え、ゆっくりと顔を上げた。

「堀北!」

 須藤の叫び。誰よりも敗北を認めたくない、認められない男のほうこう

 けど堀北は止まらない。下した結論を口にしていく。

「私は今回、この事件を引き起こしたどうくんには大きな問題があると思っています。なら、彼は日頃の自分の行いを、周囲への迷惑を全く考えていないからです。けんに明け暮れていた経歴。気に食わないことがあればすぐに声をあげ、手を上げる性格。そんな人が騒動を起こせば、こうなることは目に見えて明らかだったからです」

「て、テメェ……!」

「あなたのその態度が、すべての元凶だということを理解しなさい」

 須藤の気迫に覆いかぶせるように、ほりきたは更なる気迫をもって須藤をにらみつけた。

「だから私は、当初から須藤くんを救うことには消極的でした。無理に手をべ救ったところで、彼はまた同じことを平気で繰り返すことが分かっていたからです」

「よく正直に答えてくれました。これで決着がつきそうですね」

「ありがとうございました。着席してください」

 たちばな書記に促される堀北。一瞬訪れる静寂。そして須藤の明らかないらちのうなごえ

 だけど、5秒、10秒と待っても堀北がに座ることはなかった。

「着席されて大丈夫ですよ?」

 聞こえていなかっただろうか、と橘書記がもう一度告げる。

 それでも堀北は座らない。堀北は先生たちを凝視、見つめ続けていた。

「彼は反省すべきです。ですが、それは今回の事件に対してではありません。過去の自分を見つめ直すという意味での反省です。今話し合われている事件に関しては───私は須藤くんに何ら非はないと思っています。何故なら、この事件は偶然起きてしまった不幸な出来事ではなく、Cクラス側が仕組んだ意図的な事件だと確信しているからです。このまま泣き寝入りするつもりは毛頭ありません」

 長い沈黙をやぶり、やや威圧的とも取れる態度でそう答えた。

「それはつまり……どういうことだ?」

 堀北の兄が、そのひとみを初めて妹へと向ける。堀北はそのまなしから逃げなかった。

 恐らくはくらに勇気を見せられ、自分がひるんでいる場合ではないと感じたのか。

 あるいは自分の中で確固たる解決への道が見えたのか。

「理解いただけなかったのなら、改めてお答えします。私たちは須藤くんの完全無罪を主張します。よって、1日たりとも停学処分は受け入れられません」

「はは……何を言うかと思えば。意図的な事件? これはおかしなことを。どうやら生徒会長の妹は不出来と言わざるを得ませんね」

「目撃者の証言通り須藤くんは被害者です。どうぞ、間違いのない判断を」

「僕たちは被害者です生徒会長!」

 Cクラスの生徒も、ここぞとばかりに声を張り上げ主張する。

「ふざけんなよ! 被害者は俺だ!」

 それに感化されどうも主張する。異議ありの連続だ。

 それが何も解決を生み出さないことは、当然誰もが理解している。

「そこまでだ。これ以上この話し合いを続けても時間の無駄だろう」

 生徒会長、ほりきたまなぶはこの泥仕合のようなうその押し付け合いをいちべつする。

「今日の話し合いで分かったことは、互いの言い分は常に真逆。どちらかが非常に悪質な嘘をついているということだけだ」

 DかC、どちらかのクラスは嘘をつき続け学校を巻き込んでいる。

 もしも事実が明るみに出れば停学どころでは済まないにもかかわらずだ。

「Cクラスに聞く。今日の話に嘘偽りはない、そう言いきれるのだろうな?」

「も……もちろんです」

「ならはDクラスはどうだ」

「俺も嘘なんてついてねえ。全部本当のことだ」

「では、明日の4時にもう一度再審の席をもうけることにする。それまでに相手の明確な嘘、あるいは自分たちの非を認める申し出が無い場合、出そろっている証拠で判断を下す。もちろん、場合によっては退学という措置も視野に入れる必要がある。以上だ」

 結論を下し、堀北の兄はこの審議を閉めた。明日の4時ということは、残された猶予は丸1日しかないということになる。新たに確実な証拠を探すには非常に厳しい時間だ。

 それとも堀北は───オレからのパスを受け取れたのだろうか。

「審議までの期間をもう少し取って頂くわけにはいかないでしょうか」

 堀北も、その点では抗議せずにはおれず、挙手し申し出る。

「再審議までに時間を要する案件だったなら、生徒会長は最初から十分な猶予を与えたはずだ。つまり、この件にはもう十分な時間を与えたということだ。延長が特例なのだ」

 ちやばしら先生は腕を組みながら、生徒会長の意志をったかのように答える。

 速やかに退室するよう言われ、不満を抱えつつも全員生徒会室を後にした。

 今にも泣き出しそうなくらに近づいて来たさかがみ先生は、冷たい一言を言い放った。

「君の嘘が、大勢の生徒を巻き込む結果になったことは反省してもらいたい。それと、泣けば許されると思っているのなら君の策略は実に愚かしいことだよ。恥を知りなさい」

 そう言い残し、Cクラスの生徒たちと共に去っていく。

 わざと聞こえるように、嘘の目撃者なんてひどすぎるという文句を繰り返し言っていた。

 途端に静寂に包まれる生徒会室前で、佐倉は必死に声を押し殺しながら泣いた。

「思い切ってたんを切ったようだが勝算はあるのか? 堀北」

「私はあきらめず、最後まで主張を貫き通します」

「思いだけでどうにかなる問題ではないことは十分理解できているだろう。余計な傷口を広げる結果になるかも知れんぞ?」

「負けるつもりはありません。では、私はこれで失礼いたします」

 そう短く言い残し、ほりきたは帰っていく。どうもその後に続いた。

 オレはくらに寄り添うようにして生徒会室を後にする。

「ごめんね、あやの小路こうじくん……私が最初から名乗り出てたら全部大丈夫だったのに……。私に勇気がないから、こんなことになっちゃった……」

「同じことだ。お前が最初に名乗り出てたって。結局あいつらは目撃した人間がDクラスだったことを強く責め立てただけで結果は変わってない」

「でもっ……!」

 うそと疑われたこと、自分のせいで須藤を救えないかも知れないこと。様々な感情が佐倉を襲い、大粒の涙をこぼれさせた。

 ここにひらでもいれば、優しくハンカチを差し出したりしているところだろう。

 しくも堀北が兄貴と再会した時、崩れ落ちた堀北と少しだけ情景が重なった。

 つくづく因果なものだ。どうしてこの世界には勝者と敗者があふれかえっているのか。

 気が付けば身近で、様々な勝敗が決し、喜びと悲しみが連鎖している。

 佐倉は心に負った傷が深く、満足に歩けずにいた。

 それを見捨てるわけにもいかず、佐倉が動けるようになるまで待つことにした。

「まだいたのか」

 生徒会室から出て来た堀北の兄貴とたちばな書記。橘書記はかぎを手に戸締りを始めた。

「どうするつもりだ?」

「どうする、とは?」

 そんな短いやり取りが、オレとの間に交わされる。

「今日この場にすずと共に現れた時には、何か策を見せると思っていたが」

「オレはしよかつこうめいでもなければ、くろかんでもないですよ。策なんてありません」

「完全無罪と言い放ったのは、鈴音の暴走というわけか」

「絵空事ですね。そう思いませんか」

「そうだな」

 不思議と、堀北の兄貴とは短くだが会話が続く。

 初対面こそ印象は悪かったが、こうしてみると話しやすい相手だ。

 さすがに生徒会長にまで上り詰めただけあって人心掌握に優れているんだろうか。

「それから佐倉と言ったな」

 声を殺し泣いていた佐倉に、堀北の兄貴が声をかける。

「目撃証言と写真の証拠は、審議に出すだけの証拠能力は確かにあった。しかし覚えておくことだ。その証拠をどう評価しどこまで信用するかは証明力で決まる。それはお前がDクラスの生徒であることでどうしても下がってしまうものだ。どれだけ事件当時のことを克明に語っても、100%を受け入れることは出来ない。今回、お前の証言が『真実』として認識されることは無いだろう」

 それは、くらうそつきである、と言っているも同然だった。

「わ、私は……ただ、本当のことを……」

「証明しきれなければ、ただのたわごとだ」

 佐倉はうつむいたまま悔しさでまた涙をこぼす。

「オレは信じますよ。佐倉の証言を」

「Dクラスの生徒ならば、信じたいと思うのは当然のことだ」

「信じたいと思う、じゃない。佐倉を信じてるって言ったんだ。意味が違う」

「ならば証明できるのか? 佐倉が嘘をついていないと」

「それはオレじゃなくて、あんたの妹がやってくれるだろうさ。佐倉が嘘つきなんかじゃないと、誰もが納得してしまう方法を見つけ出してな」

 かすかにほりきたの兄が笑う。それは、出来るはずがないという笑みだろう。

 二人が帰った後、オレはいまだにその場から動けない佐倉に近づく。

「顔を上げろ佐倉。いつまでも泣いていてもしょうがない」

「だって……私のせいで……っ……」

「お前は何も悪くない。本当のことを言っただけだ。そうだろ?」

「……でも……っ……」

「もう一度言う。お前は何も悪くない」

 オレはしゃがみ込み、佐倉と同じ目線になる。

 泣きらした顔を見られるのが嫌で、佐倉はまた顔を伏せてしまった。

「オレはお前を信じる。今日こうして来てくれたことには大変感謝してる。お前のおかげで、どうやクラスメイトのみんなが救われる可能性が出て来たんだ」

「だけど……私……何の役にも立たなかったよ……?」

 どこまで自分に自信が持てないんだ、この女の子は。

「オレはお前を信じる。それがともだちというものだ」

 ちょっと強引に、オレは佐倉の肩をつかみこっちを向かせた。

 らそうとする目を、無理やり合わせる。

「だから、もし困ったことがあったらその時には力になる。覚えておけ」

 もう一度、力強く。オレはその言葉を───『オレ自身のために』言った。


    2


「恥ずかしいところ見せちゃったね……」

 隣を歩くくらはやっと泣きみ、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

「人前で泣くなんて随分久しぶり。ちょっとすっきりしちゃった」

「そりゃ良かった。オレも子供のころは人前でよく泣いたもんだけどな」

あやの小路こうじくんはそんなイメージ持ちにくいかな」

「泣いたぞ。10回も20回も、人前でな」

 悔しくて恥ずかしくて、だけど泣き止むことが出来なくて。

 けど泣くことで人は成長して、一歩前に進むことが出来るようになる。

 佐倉はつらいことをめ込むタイプのようだし、今回は彼女にとっても大切な出来事だったのかも知れない。

「……うれしかった。信じるって言ってくれたこと」

「オレだけじゃないぞ。ほりきたくしも、どうも。クラスメイトの皆は信じてるはずだ」

「うん……。だけど、綾小路くんはぐに伝えてくれたから。伝わってきたよ」

 残った涙で視界がにじんだのか、佐倉はもう一度目をぬぐった。

「勇気出して、良かった」

 小さながおでそう言う。それを見て、オレも正しかったのだとあんした。

 無理に引っ張り出して佐倉に不快な思いをさせただけなら、須藤が救われたとしてもかんぺきな解決とは言えなかったはずだ。

 それからは、二人の間に沈黙が流れた。どちらも話し上手じゃないから生まれた無言。

 だけど不思議と嫌な感じはしなかった。

「あ、あのね……こんなこと、今言うべきじゃないと思うんだけど……」

 玄関までそろそろという頃、何かを思ったのか佐倉が口を開いた。

「実は……私、今……」

「やっほ。随分遅かったね」

 結果が気になっていたのか、いちかんざきが、玄関でオレが出てくるのを待っていた。

「待っててくれたのか」

「どうなったかなって思って」

 オレはちょっと待ってくれと制して佐倉の方に顔を向ける。

「悪いな佐倉。続き聞かせてくれ」

 ばこを開け、中をジッと見ていた佐倉が、顔だけこちらに向けた。

「う、ううん。何でもないの。ただ、私、頑張ってみるね。勇気を出して」

 早口でそう答えた佐倉が、軽く頭を下げてから帰っていく。

「佐倉?」

 呼び止めてみるが、佐倉は立ち止まることなく駆け足で玄関を出て行った。

「ごめん。なんか悪いタイミングだったかな?」

「いや……」

 ともかく、オレは生徒会室であった一連の出来事を話して聞かせる。

「そっか。そのていあんっちゃったか。Dクラスはあくまでも無罪を主張するんだね」

「向こうにとっては、1日でもどうを停学にすれば勝ちみたいなものだからな」

 向こうの提案は、言い換えればわな。敗北へと誘う甘い罠だ。

 二人は納得がいかないようで、特にかんざきは選択を誤りだと断言した。

「相手をなぐったという事実は消しようがない。それよりもせつかく目撃者の裏付けと証拠が出て来て、相手に譲歩させたんだ。そのタイミングで受け入れ妥協すべきだった」

「けどあやの小路こうじくんの言うように、停学処分はDクラスの負けだよね。須藤くんは停学になるような生徒と判断、素行不良と取られてレギュラーが白紙になるかも」

「白紙になるとも限らないだろう。確かに心証は悪くなるかも知れないが、どちらにも責任があったと分かれば、学校側もそれを考慮した査定に変わるはずだ。しかし、明日須藤の責任割合が増えれば、それすらも危うくなる」

 どちらの意見も間違ってはいない。無罪主張も、受け入れも正解の一つだ。

「そうだな。オレもそう思う」

「そう思うなら、お前が止めるべきだったんじゃないか?」

「再度話し合いに持ち込まれたらこっちの負けは必至だ。神崎の言うように『完全無罪』を勝ち取ることは『実質不可能』だからな」

 どれだけ証言をしようと、熱く上に訴えようと、もうその点では勝てない。

 勝敗は決している。場は既に煮詰まりかえり急速に冷め始めているのだ。

「それでも戦うんだ? 新たな証拠も証言もないのに?」

「うちの大将がその判断を下した。どこまでも徹底抗戦するってな」

 ほりきたはバカじゃない。延長戦が喜ばしいことじゃないのは十分わかっているはず。

 それでも前に進む選択をしたのは、戦う意思の表れ。

 これからもDクラスは困難に立ち向かっていくんだという覚悟のあかし

「ふーっ。今から有力な手掛かりが手に入るとも思えないけど、もう一度ネットで情報を集め直してみるね」

 見捨てられてもおかしくない状況で、いちは笑いながら協力継続を申し出てくれた。

「俺も可能な限り証拠か目撃者が見つからないか当たってみよう」

 妥協派の神崎もが、協力は惜しまないといった態度を見せる。

「まだ協力してくれるのか?」

「乗りかかった船だしね。それに言ったでしょ。うそは許せないって」

 神崎もうなずく。こいつら本当にいいやつらだな。

「申し出はありがたいけれど、それは必要ないわ」

 帰ったと思っていたほりきたが、そこにいた。オレが戻ってくるのを待っていたのか。

「必要ないって……どういうこと? 堀北さん」

「話し合いの場では無罪は勝ち取れない。仮にCクラスやAクラスから新たな目撃者が現れたとしても、やっぱり無理ね。けどその代わりと言っちゃなんだけれど……あなたたちに用意してもらいたいあるものがあるの。唯一の解決策のために」

「あるものって?」

「それは───」

 堀北は欲しいものの名前を口にする。計画のために必要だというそれを。

 冷静だったいちは、少し硬い表情に変わって行った。

「え……参ったな。それは中々ハードなお願いだね」

 さすがにちやていあんだったのか、一之瀬も即承諾の返事はくれなかった。

 かんざきも考え込むような仕草を見せ黙り込んでしまう。

「私がお願いできるような立場じゃないことは理解しているわ。虫が良すぎるもの。あなたたちにかける負担も大きい。けれど───」

「あーいや、うん、私個人でも一応何とかなる範囲ではあるんだよね。Dクラスの事情は分かってるつもりだから。ただ聞いてあげたいのは山々なんだけど……理由も聞かずにってのはちょっと都合が良すぎるんじゃない?」

「確かにそうね……じゃあ、今から私が話すことに納得がいったなら協力してもらえる?」

 堀北は唯一の解決策だと言った詳細を、一之瀬と神崎、そしてオレに話して聞かせる。

 どうしてそれが必要なのか。何に使うのか。どんな目的があるのか。

 説明をえると、二人はしばらくの間言葉なく黙って考え込んでいるようだった。

「あなたならこの作戦のリスク、そして有用性を理解してくれるはず」

「それ……いつから考えてたの?」

「話し合いが終わる寸前よ。偶然の思い付き」

「や……すごい手だよ。現場に足を運んだ私自身そのことは全く意識してなかった。というよりもの外っていうか……想像のはんちゆうになかったから」

 一之瀬たちには、しっかりとねらいと効果が伝わったようだ。

 だが表情は硬いままで、まだ考え込んでいる様子。

「想定外の発想。効果も、多分見込めると思う。だけど、そんなのってあり?」

 ややドン引きした様子で神崎に意見を求める。

「おまえのルール、モラル的には反するかも知れないな、一之瀬」

「あはは、だよねぇ……。反則だよね。だけど……確かにたった一つの方法かも」

「そうだな、それは俺も彼女の話を聞いて思った。無かったはずの活路だ」

 あとはたった一つ、この二人が手を貸してくれるかどうか。

 この作戦にはどうしてもうそが付きまとう。

 嘘を嫌ういちたちには酷な要請をしていると言えるだろう。

「嘘から始まったこの事件に終止符を打てるのはやはり嘘だけ。私はそう思う」

「にゃるほど、ね。目には目を、嘘には嘘を、か。でもさ、それって実現可能なのかな? そんなものが簡単に手に入ると思えないんだけど」

「その点は心配ないわ。さっき確認してきたもの」

 生徒会室をすぐに出て行ったのは、実証可能かどうかを確かめに行ってたのか。

博士はかせに協力をお願いすれば、細かい部分もくいくはずだ。オレから頼んでみる」

 ほりきたは異存ないのか、小さくうなずいた。

「ねえかんざきくん……。私たち、Cクラスを引き離すために協力を始めたはずだよね?」

「ああ。そうだな」

「でもさ、ひょっとして今私たちがしようとしてることは、後々自分たちを追い込むことになるんじゃない? って、今考えてたんだけど」

「かも知れないな」

「参ったなぁ。Dクラスに君みたいな子がいるなんて、かんぺき計算外だよ」

 一之瀬は堀北に敬意を示してから、少しあきれながらも携帯を取り出す。

「これは貸しだからね。いつか返してもらうよ」

 そう言い、堀北に力を貸してくれることを約束した。

「ええ、約束するわ」

 ありがたい助っ人の力を、堀北は遠慮なく借りることにしたようだ。

「それからあやの小路こうじくん、あなたにもつだってもらいたいことがあるの」

「面倒なことでなければ手伝うぞ」

「基本的に手伝いは面倒で手間のかかるものよ」

 覚悟しろ、ということらしい。

 逃げ出すことなんて出来るはずもなく、オレは渋々堀北の手伝いをすることにした。

「じゃあ行ぐっ!?」

 不意に強烈な痛みと衝撃がわきばらを襲いオレは吹き飛ぶように廊下を転げた。

「あなたが私の脇を触った件、これで許してあげる。だけど次は倍返しよ」

「ちょ、え、あ……!」

 痛みによって声にならない声が漏れ、オレは反論することも許されなかった。

 次が倍返しということは、今のは等倍だったということ? けた違いだと思うんだが!

 一之瀬はその光景をぜんと見守り、どこか恐ろしいものを見る目で堀北を見ていた。

 よく覚えておくんだ一之瀬。この女は容赦しないやつだぞ……ガクリ。

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