ようこそ実力至上主義の教室へ 2

〇意外な目撃者

 翌日の朝。一部のクラスの人間は情報交換にせわしない様子だった。昨日きのう目撃者捜しを行った実行グループ、ひら班とくし班だ。いけたちは平田をモテ男として嫌ってるが、平田にくっついてくる女子には興奮を抑えきれない様子で、楽しそうに雑談に華を咲かせている。耳を傾けている分には平田たちも目ぼしい情報は得られなかったらしい。放課後一度の聞き込みで見つかるほど甘い話ではなかったらしい。直接話を聞いた相手の名前を記録しているらしく、時折携帯を操作してはメモを取っている。

 オレはというと、いつものように一人だ。櫛田には声をかけられたが大勢と接するのは不得意だし、あの場にいても発言することはないから後で教えてくれと言っておいた。

 一方、櫛田の誘いを断り続ける隣人は何食わぬ顔で今日も授業の準備を進めていた。

 事件の当事者であるどうはまだ登校していない。

「はー。本当にCクラスのやつらが悪いって証明なんて出来んのかな……」

「目撃した人さえ見つかればそれも不可能じゃないよ。頑張ろう池くん」

「頑張ろうってったってさ、そもそも本当に目撃者なんているのかよ。須藤が何となくいたと思ったってだけだろ? やっぱりうそなんじゃねえの? あいつって暴力的だしよく人を挑発するし」

「僕らが疑ってたら、そこから何も進展しない。違う?」

「そりゃ、そうだけどさあ……。もし須藤が悪いって結論になったらせつかく増えたポイントはまた全部没収されるよな? そしたら0だぜ0。こんなんじゃいつまでったって小遣い0。遊びまくるなんて夢のまた夢だぜ」

「その時はまた皆で1からめればいい。まだ入学して3か月さ」

 今日も我がクラスのヒーローはブレることなく立派なことを言う。女子はそんなぐな平田の言葉にほおを赤らめる。かるざわは自慢の彼氏を誇らしく感じているのか、得意げな顔をしていた。

「ポイントは大事だと思うんだよ俺は。それが皆のモチベーションにつながるじゃん? だから何としてでもクラスポイントを死守したいんだよ。87ポイントでもさ」

「気持ちはわかるよ。だけどポイントに固執し過ぎて本質を見失うのは危険だ。僕たちにとって一番大切なのはどこまでも仲間を大切にすることだよ」

 その善人過ぎる平田の発言に池はいぶかしげな態度を見せる。

「須藤が……悪かったとしてもかよ」

 自分が悪いわけではないのに罰せられるのは気分の良いものじゃない。当然だ。

 しかし迷わず平田はうなずく。自己犠牲などでもないと言いたげな、その真っ直ぐな意思にいけされたように下を向いた。

ひらくんの言うことはもっともだけどさ、やっぱあたしもポイントは欲しいかな。Aクラスの連中なんて毎月10万近くもらってるし。超うらやましいって感じ。オシャレな服とかアクセとかいっぱい買ってる子もいるし。それに比べてこっちはどん底じゃん?」

 机に座っていたかるざわは足をぶらぶらさせていた。同級生に圧倒的な差を見せつけられていることが苦痛で仕方ないらしい。

「何で俺、最初からAクラスじゃなかったんだろ。Aクラスだったら今頃すげえ楽しい学校生活送れてただろうな」

「あたしもAだったらなあ。ともだちと色んなとこ遊びにいけるのに」

 気が付けばどうを救うための場が無いものねだりする場に変わっていた。

 ほりきたは隣人のオレ以外に気づかれない程度だが、池や軽井沢の妄想に思わず失笑していた。お前たちがAクラスでスタートできたわけがない、と言いたいんだろう。

 すぐ雑音に惑わされないようにするためか、堀北は図書館で借りて来た本を取り出し読み始める。拝見するとドストエフスキーの『悪霊』だった。グッドチョイスだ。

「一瞬でAクラスになれるような裏技とかあったら最高なのにな。クラスポイントをめてくなんて難しすぎっしょ」

 Aクラスとの差は約1000ポイント。途方もない違いなのは言うまでもない。

「喜べ池、一瞬でAクラスに行く方法は一つだけ存在するぞ」

 教室の前方入り口からそんな声が聞こえて来た。まだ授業開始まで5分はあるタイミングでちやばしら先生がやってきたのだ。

「先生……今なんて?」

 思わずから転げ落ちそうになった池が、体勢を立て直して聞き返す。

「クラスポイントがなくてもAクラスに上がる方法があると言ったんだ」

 うそか誠か、本を読んでいた堀北も顔を上げた。

「またまた~。ちゃん先生、俺らをからかわないでくださいよ」

 いつもなら食いつく池もさすがにだまされないっすよ、と笑う。

「本当の話だ。この学校にはそういった特殊な方法も用意されている」

 けど言葉を返す茶柱先生にはふざけている様子は一切なかった。

「混乱を招き入れるための狂言……ではなさそうね」

 茶柱先生は与えるべき情報を与えてくれないことはあるが、嘘は言わないだろう。

 池のヘラヘラと笑っていた態度も徐々に変わり始める。

「せんせー、その、特殊な方法ってなんでございましょう……?」

 機嫌を損ねないようお伺いを立てるように池が聞く。

 既に教室に入っていた生徒たちも全員茶柱先生へと視線を向けていた。

 Aクラスになることに大きなメリットを感じていない生徒たちも、その方法を知っておいて悪いことはないと感じているんだろう。

「私は入学式の日に通達したはずだ。この学校にはポイントで買えないものはないと。つまり個人のポイントを使って強引にクラス替え出来るということだ」

 ほりきたとオレを一度軽く見るちやばしら先生。オレたちは学校側からテストの点数をポイントで買い取るという方法を実際に試している。それが真実の裏付けだった。

 クラスポイントとプライベートポイントはリンクしている。クラスポイントが無ければ、毎月振り込まれるプライベートポイントにもつながらない。されど、かんぺきなイコールとも違う。聞いておいて損のない話だった。譲渡などの方法がある以上、理論上はクラスポイントが0でもプライベートポイントを集めることが出来る。

「ま、マジすか!? 何ポイントめたら、そんなことが出来るんですか!?」

「2000万だ。頑張って貯めるんだな。そうすれば好きなクラスに上がれるぞ」

 途方もない数字を耳にしていけが、ずこっとから転げ落ちた。

「にせんまんぽいんとって……無理に決まってるじゃないすか!」

 各席からも同様にブーイングが起こる。期待させられた分落胆も大きい。

「確かに通常では無理だな。しかし無条件でAクラスに上がれるんだからそれくらい高くて当然だろう。仮にけたを一つ減らしたなら、3年の卒業間近にはAクラスは100人を超えるだろうな。そんなAクラスには何の価値もない」

 毎月支給される10万ポイントを維持すれば容易に達成できる数字ではあるもんな。

「じゃあ聞くっすけど……過去にクラス替えに成功した生徒はいるんですか?」

 当然の質問だった。高度育成高等学校が開校して約10年。千数百人という生徒がこの学校で戦い抜いて来たはずだ。その中に達成者がいればわずかだが話も現実味を帯びてくる。

「残念ながら過去にはいない。理由は火を見るより明らかだろう。入学時からのクラスポイントをきっちり維持しポイントを使用しなかったとしても、3年間で360万。Aクラスのように効率良くポイントを増やしたとしても400万に届くかどうかだ。普通にやっても絶対に足りないようになっている」

「そんなの、出来ないと一緒じゃないすか……」

「実質不可能に近い。だが不可能じゃない。この違いは大きいぞ池」

 しかし気が付けばクラスの半数はこの話から興味を失いかけていた。

 今や100、200のプライベートポイントを欲するDクラスにとって、2000万なんて高ポイントは夢のまた夢。想像範囲外だ。

「私からも一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか」

 挙手したのは静観していた堀北だ。Aクラスに上がる手段として、詳しく知っておくに越したことはないと判断したのだろうか。

「学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントをめた生徒がいるんですか? もし参考例があるようならお聞かせ願いたいです」

「なかなか良い質問だなほりきた。3年ほど前だが、あれは卒業間近のBクラスにいた生徒だったか。一人の生徒が1200万ほどポイントを貯めていたことが話題になったな」

「せ、1200万!? それもBクラスの生徒が!?」

「だがその生徒は結局2000万ポイントを貯めきることなく卒業前に退学になったんだが。退学理由は、その生徒がポイントを貯めるために大規模な詐欺行為を行ったからだ」

「詐欺?」

「入学したてで知識の浅い1年生を次から次へとだましポイントをかき集めた。2000万貯めてAクラスに移動するつもりだったんだろうが、学校側がそのような暴挙を許すわけもない。そうだろう? 着眼点は悪くなかったと思うが、ルールをやぶった者にはしっかりとした制裁を与えなければならない」

 参考になるどころか、達成がより不可能に近いことを思い知らされる話だった。

「犯罪みたいなしても1200万が限界ってことだよな、今の話って」

あきらめて大人しくクラスの総合ポイントで上を目指すしかないようね」

 わざわざ挙手したのがバカらしいというように堀北は読書を再開した。

 世の中、甘い話はそうそう転がっていないってことだな。

「そうか。お前たちの中にはまだ部活でポイントをもらっている生徒はいなかったな」

 ふと思い出したように、ちやばしら先生は意外なことを口にした。

「なんすかそれ」

「部活の活躍や貢献度に応じて個別にポイントが支給されるケースがある。例えば書道部の人間がコンクールで賞を取ればその賞相応のポイントが与えられるといった具合にな」

 クラスメイトたちは、初めて聞く報告に仰天する。

「ぶ、部活で活躍したらポイントが貰えるんですか!?」

「そうだ。恐らくこのクラス以外ではしっかり伝達が済んでいるはずだ」

「ちょ、ひどいっすよそれ! もっと早く教えてくれないと!」

「忘れていたものは仕方がないだろう。それに部活動はポイントを貰うためにやるものじゃない。この事実をいつ知ろうとも影響はないはずだ」

 悪びれることもなく、茶柱先生は言う。

「いやいやいや、そんなことないですって。その話知ってたら、俺───」

「部活に入っていたとでもいうつもりか? そんな軽い気持ちで入部して賞を取ったり試合で活躍するだけの結果を出せるとでも?」

「それは───そうかもしんないすけど……! 可能性はあるでしょ!」

 茶柱先生の言い分も、いけの言い分も分からないではない。元々部活をやりたいと思わない人間がポイントのために入部しても、そのほとんどは結果を出せずにわるだろう。それどころか中途半端に入部することで、真剣に部活に取り組む生徒の邪魔をすることもある。

 けど逆に、ポイントが目的で入部して、その才能を開花させることもあるだろう。

 何にせよ言えるのは、うちの担任は非常に意地が悪いということだ。

「でも今にして思えば、もっと早い段階から見抜けていたのかも知れないね」

「どういうこと? ひらくん」

「思い返してみれば体育のひがしやま先生がプールの時に言ってなかった? 初めての授業の時1位になった生徒に5000ポイント支給するって。あれはこういったことを読み切るための布石だった。そう考えれば十分現実味のある話じゃないかな」

 いけおぼえてるわけねーよ、と頭を抱えながらうな垂れる。

「ポイントもらえんなら書道でも手芸でもなんでもやってたかもしんねーのにぃ」

 池はプラス面ばかり見ているようだが、この話には当然裏もあると思う。

 部活に対ししんに取り組まずふざけていれば、マイナスの査定を食らうケースだってあるはずだ。安易な選択は身をほろぼすだけだろう。

 しかし、部活動での成績がポイントに反映されることが明確になったのは大きいな。

ほりきたどうを救う価値、出て来たんじゃないか?」

「彼が部活をしているから救えと?」

「須藤が1年でレギュラーに選ばれそうなのは先日耳にしただろ?」

 思い出したように、堀北は小さくうなずいた。

「本当の話だったのね……」

 どうやら今まで半信半疑だったらしい。

「プライベートポイントを多く持っておくに越したことはない。だろ? 自分の赤点を支えることも出来るし、オレたちみたいに誰かを救うことも出来る」

「彼が他人のために身銭を切るとは考えにくいけれど?」

「ポイントをめておくに越したことはないって話だ。わかるだろ?」

 クラスポイントだろうがプライベートポイントだろうが、多い方がいい。

 それは絶対にマイナス要因にはならないからだ。

 ましてポイントをかせすべは現段階では殆ど判明していない。須藤がクラスに居ることでポイントを得る機会が増えるなら、それは十分な貢献と言えるんじゃないだろうか。堀北も黙り込む。なら堀北にも今はポイントを生み出す力が無いからだ。

「協力しろと言うつもりはないけど、少しは須藤の存在も認めてやる必要があるかもな」

 堀北は厳しいことを言うが、利害関係はしっかりと把握し認める。

 事実は事実として、しっかり受け止めるはずだ。

 これ以上余計なことを言う必要もないと思い、オレは話を終えた。

 しばらくの間ほりきたは考え込む仕草を見せながら無言の時間を過ごしていた。


    1


 おとぎ話を聞かされ一時的に盛り上がったクラス一同だったが、すぐに現実に引き戻され、放課後は昨日きのうのように目撃者の聞き込みに回っていた。

 一方のオレはくしいけたちの、巧みというか自然な会話のやり取りに感心と驚き、敬意を示しつつ一人後ろから背後霊のようについて回るだけ。

 同じクラスの生徒とさえ満足に話せないオレに目撃者捜しなんて務まるわけないことは火を見るより明らかだ。初対面で旧友のように話せるこいつなんなの。化け物なの。

 ケースによっては名前だけじゃなく連絡先もゲットしていく。あるいは櫛田たちの人柄に感化されて向こう側から聞いてくることもあった。これも立派な才能だな……。

 櫛田たちは時間の許す限りと上級生である2年生の教室へと足を運んでは見たものの、有力な手掛かりは得られなかった。

 放課後は時間の経過とともに生徒の数が激減する。すれ違う生徒たちもいなくなった頃、オレたちは切り上げることを選択した。

「今日もダメだったね……」

 作戦を練り直すため戻ってきたのはオレの

 程なくしてやって来たどうを加えての話し合いが始まる。

「どうだったんだよ。なんか進展はあったのか?」

「全然ないっての。須藤、おまえほんとに目撃者はいたんだろうな?」

 疑いたくなる池の気持ちも分かる。学校からの通達に加えて聞き込みでも、目撃者はおろかその情報さえ手に入る気配がない。

「は? 誰もいたなんて言ってねえし。気配がしたって言ったんだよ俺は」

「え……そうなの?」

「確かに須藤くんは『見た』とは言ってないね。いた気がするって」

「そんなん須藤の幻覚じゃん。危ない薬とかやってるだろうしさ」

 いや、流石さすがにそれは言い過ぎだ……。須藤は池をヘッドロックして抑え込む。

「ぎゃー! ギブギブ!」

 じゃれ合ってる二人はともかくとして、櫛田とやまうちは首をひねり続けていた。

 10分ほどあれこれ話し合っていたところで、櫛田がひらめいたように口を開いた。

「少し方向を変えた方がいいかも知れないね。例えば、目撃者を目撃した人を捜すとか」

「目撃者を目撃した人を捜す? なんか、意味がわかんないんだけど」

「事件当日、特別棟に入って行く人を見ていないか捜すんだな?」

「うん。どうかな?」

 思い付きにしては悪くないアイデアだ。特別棟に入って行くような生徒はほとんどいないが、特別棟の入り口そのものは目の届く範囲にある。つまりその時間誰々が特別棟に入って行くのを見たって証言が出れば、目撃者にかなり近づくということだ。

「いいじゃんそれ。さっそく頼むわ」

 気が付けば事件当事者のどうは、携帯で最近ハマっているというバスケを題材にしたソーシャルゲームでスタミナ消化に励んでいた。キセキの世代がどうとからしいが、言ってることはよくわからない。試合に勝ったのかガッツポーズを作る。

 須藤に出来ることがないとはいえいけやまうちはその姿に不服そうだった。それでもこの場で不満を漏らさないのは須藤の反撃が怖いからだろう。見て見ぬフリというやつだ。

 明日はもう木曜日。土日になれば情報を聞いて回るのも容易じゃなくなる。

 実質残された時間はあとわずかと言っていいだろう。

 そんな時だった。玄関のチャイムが鳴り、来訪者が現れる。

 オレのを訪ねてくるごく少数の人間は既に全員この場にそろっている。

 もしやと思いつつ応対すると、本当にもしやの人物が顔を見せた。

「目撃者に関して進展はあったのかしら」

 見透かしたように上から目線でほりきたが聞く。

「いや……まだだけど」

「あなたにだから話すけれど、目撃者のことで少し───」

 何か言いかけたところで堀北は多数の靴が並べられてあることに気が付く。

 そしてきびすを返そうとしたので慌てて引き止めた。

 いつまでも戻らないのが気になったのか、くしが顔をのぞかせる。

「あ、堀北さんっ!」

 ぶんぶんとがおで手を振る櫛田。そんな姿を見て当然堀北はため息をつく。

「上がるしかなさそうだぞ?」

「そのようね……」

 仕方ないと言った様子で、渋々部屋に上がる堀北。

「お、おぉ堀北!」

 一番喜んだのはもちろん須藤だ。ソーシャルゲームを中断し起き上がる。

「協力してくれる気になったのか? マジ歓迎だぜ」

「別にそんなつもりはないわ。目撃者もまだ見つけていないそうね」

 櫛田はしょんぼりした様子でうなずく。

「協力しに来たわけじゃないなら何しに来たんだよ」

「どんなプランで行動しているのか気になっただけ」

「話だけでも聞いてくれるならうれしいよ。アドバイスも欲しいし」

 くしはさっき思いついた話を聞かせる。ほりきたの表情は終始硬かった。

「悪いプランだとは言わないわ。十分に時間があればいずれ実を結ぶ可能性もあるわね」

 確かに時間はネックだ。あと数日で結果を出せるかは怪しい。

「現状は確認できたし、私はこれで失礼するわ」

 長居したくないのか、結局堀北は腰を下ろすことなく帰ろうとした。

「何か思い当たることがあるんじゃないか? 目撃者に関する情報とか」

 さっき玄関で、明らかにそのことを話そうとしていた。

 意味もなくオレのを訪ねてくるほどコイツは友好的じゃない。

「……実りの薄い努力をしているあなたたちに一つだけアドバイスしてあげるわ。灯台もと暗し。どうくんの事件を目撃した人物は確かに存在していて、その人物は身近にいる」

 堀北が持ってきた情報は、想像していたよりもはるかに大きなものだった。

 オレたちは存在するかさえ怪しんでいる目撃者を、既に見つけた口ぶりだ。

「どういう意味だよ堀北。目撃者って、お前マジで言ってんのか?」

 喜びよりも驚きと疑念が先行した須藤。無理もない。

 オレを含めこの場の誰もが答えを聞くまでは信じられないことだろう。

くらさん」

 堀北から思いがけない人物の名前が浮上する。

「佐倉さんって、同じクラスの……?」

 やまうちと須藤が顔を見合わせる。佐倉って誰だっけ、という様子。仕方ないことかも知れない。実際、オレもすぐには頭に浮かばなかったくらいだ。

「今回の事件、その目撃者の正体は彼女よ」

「どうしてそんなことが言えるんだ?」

「櫛田さんが教室で事件の目撃者がいる話をしたとき、彼女、目を伏せたわ。多くの生徒が櫛田さんを見ていたか、あるいは興味なさそうにしていた中、たった一人だけね。自分に無関係なことならそんな表情は見せないもの」

 全く気が付かなかった。あの状況でクラスメイトの仕草を見逃さなかった堀北の観察力に素直に感心した。

「あなたも櫛田さんをジッと見てた一人だから無理もないわ」

 何となくいやな言い方をされる。

「つまり、その佐倉かくらだかが目撃者の可能性が高いってことか」

 今時若手芸人でもボケないようなことを須藤が言う。

「いいえ、佐倉さんが目撃者で間違いないわ。さっき直接確認したもの。認めはしなかったけれど彼女で間違いないでしょうね」

 オレたちの知らないところで、ほりきたは堀北なりに行動を起こしていたってことだ。

 何だかんだとクラスのために動いていた堀北に感動する一同。

「やっぱりお前、俺のためにっ……!」

 どうは別のところで感動しているようだが。

「勘違いしないで。私はこれ以上目撃者捜しなんていう無駄なことに時間を割いて、他クラスに醜態をさらしてほしくない。それだけよ」

「えーっと、それって要は助けてくれたってことだよね?」

「どう解釈するのも勝手だけど、違うとだけははっきり言っておくわ」

「またまた~。何だよツンデレじゃんよ堀北~」

 からかうようにいけは堀北の肩をたたこうとして、その腕をつかまれ床に倒された。

「いでで!」

「触らないで。次はないわ。もし次に触ったら卒業するまであなたをけいべつし続けるから」

「さ、触ってましぇん……触ろうとはしたけど……いだいいだい!」

 ヘッドロックされたり腕を決められたり、池も災難が続く。ごうとくだけど。

 それにしても今のは普通の女の子の動きじゃなかった。堀北の兄貴が空手や合気道をやってるって話から推測するに、こいつも何か習ってるな?

「うう……腕が……!」

「池くん」

 もだえ苦しみ床を転げる池に堀北が声をかけた。やり過ぎたと思ったんだろうか。

「卒業まで軽蔑するだけじゃ済まないわよ、に訂正させてもらえる?」

「ううう! もっとしどい!」

 言葉による追い打ちをかけられ、池が力尽きた。

 しかしくらか……。よりにもよってDクラスに目撃者がいたなんてな。

 これを吉報と呼べるかどうかは微妙なところだ。

「やったじゃん須藤。Dクラスの生徒なら絶対証言してくれるぜ!」

「おう。目撃者がいたのはうれしいけどよ、佐倉って誰だよ。知ってるか?」

 分かっていない様子の須藤に、やまうちはびっくりして答える。

「マジで言ってんのかよ。ほら須藤の後ろの席の子だよ」

「違うって。左斜め前だよな?」

「二人とも違うよ……須藤くんの右斜め前だよ」

 ちょっとだけ不機嫌そうにくしが訂正する。

「右斜め前……全然記憶にないな。誰かいるような気はすんだけどよ」

 それはそうだろう。右斜め前だけ空席だったら意味不明だ。

 佐倉って子は確かに影が薄い。それでも存在を知らないのは大問題だが。

「多分知ってんだよ。何となく聞き覚えある、ような気もしてきたし」

 ふわふわと地に足が着かない様子だ。

「何か特徴教えてくれ」

「じゃあアレだよ。クラスで一番胸の大きい子って言えばわかるか? やたら胸だけ大きい子いるじゃん」

 生き返ったいけくらの特徴を答えるが、それだけじゃ幾らなんでも分からないだろ。

「あー、あの地味メガネ女か」

 そこで引っ掛かるのかよ……。ちょっとドン引き。

「ダメだよ池くんそんな風に覚えたら。可哀かわいそうだよ」

「や、やや、違うんだってくしちゃん。これはあれだよ。けしてやましい気持ちで言ったんじゃなくって。ほら、背の高い男子とかってざっくりイメージで覚えたりするじゃん? 同じように身体的特徴を的確にとらえただけでさ……!」

 急激に失われていく櫛田からの信頼を慌ててカバーする池。でももう遅い気がする。

「くそう! 違うんだ、違うんだよぉ! あんな地味な子、全然好きじゃないし! 勘違いしないでくれぇ!」

 いや、そこは全然勘違いしてないと思う。

 泣き崩れる池をそのままに他の皆は佐倉の話へと移る。

「後は佐倉さんがどこまで知ってるかだね。その辺はどうかなあ?」

「さあどうかしら。それは本人に確かめるしかないわね」

「今から佐倉の行ったらいいんじゃね? 時間もないしさ」

 やまうちからのていあんが無難そうにも思えるが、相手の性格や考え方にもよるだろう。

 佐倉はクラスでも非常に大人しい性格の子だ。いきなり親しくもない人間に押しかけられたら困惑するのは想像にかたくない。

「じゃあ、ちょっと電話してみようか?」

 そう言えば櫛田はオレとほりきた含めクラスの全員の連絡先を知ってるんだっけか。

 20秒ほど携帯を耳にあてる櫛田だが、首を振りながら操作をえた。

「ダメ、出ないね。また後でかけてみるけどちょっと微妙かも」

「微妙ってのは?」

「連絡先は教えてもらえたんだけど、よく知らない私なんかに連絡されても迷惑に感じると思うの。実際話しかけても相手にされてないみたいだから」

 居留守を使われてる可能性もあるってことか。

「堀北みたいなタイプってこと?」

 本人を前にして、そう言う聞き方はどうかと思うぞ池。

 堀北は気にしてなさそうだが。というよりも池の発言になど興味なさそうだ。

「さよなら」

「あ、ほりきたさん!」

 すきくような形で、さっと立ち上がると堀北は玄関に向かってしまう。

 立ち上がって追いかけようとした頃には、バタンと扉を閉める音が聞こえて来た。

「ツンデレめ」

 どうはヘヘッと鼻先を人差し指でこすりながら少しうれしそうに笑う。

 ツンもデレもなく、あいつは無だと思うんだけどな……。無ツン、無デレだ。

 帰ってしまったものは仕方がないので堀北抜きで話を続ける。

くらさんは単純に人見知りとか、そんな感じかな。私の見たところ」

 ほとんど会話したことのない人物のことを知っている方がおかしな話か。

「地味だよな、何にしてもさ。ほんと宝の持ち腐れだよな、これが」

 そう言ってやまうちは、胸元に両手を持って行って、わさっと動作を見せる。

「そうそう。ほんとに乳だけはすげえデカいんだよ。あれで可愛かわいけりゃなあ!」

 さっきの発言に後悔していたいけはもう過去の反省を忘れたのか興奮した様子で話す。

 あ、またくしの苦笑いが。それに気づき、また池はやってしまったと後悔する。

 人は失敗を繰り返す生き物だというお手本のような生き方だ。

 ただ問題が一つあるとすれば、オレは何も発言してないのに、池や山内とひとくくりのあつかいをされてる気がしてならない。櫛田も『あんたもどうせ胸なんでしょ? このド変態野郎が』と言いたげな苦笑いに見える。もちろんこれは勝手なオレの被害妄想だ。

「あれ佐倉ってどんな顔だっけ? だめだ、全然顔が浮かばない」

 オレの方は佐倉の名前と顔がかろうじて一致する。前にけに参加させられた時に覚えたな。あれも胸つながりか。どうやらオレも同じ穴のむじなか……。

 佐倉はいつも一人で物静かにしていて、背中を丸めているイメージだ。

「そういや俺、佐倉が誰かと話してるところとか知らないや。山内は? って、あれ……? 確か山内、おまえ佐倉に告白されたって言ってたよな? だったらい具合に話聞き出すこと出来るんじゃねえの?」

 そう言えばそんなことを山内が言ってたな。池の言葉で思い出した。

「あ、あー。まあ、そんなこと言ったような言ってないよな」

 すっとぼける山内。

「やっぱりうそかよ……」

「ば、違うし。嘘じゃねえし。勘違いだし。佐倉じゃなくて隣のクラスの女子だったんだよ。佐倉っぽい根暗でブスな感じの。っと、悪い、メールだ」

 そう言ってす山内。携帯を取り出しわざとらしく操作する。

 確かに佐倉は地味だけどブスではないような。はっきり顔を直視したことがあるわけじゃないが、すごく整った顔立ちをしていたような。

 それでも確信を持ってそう言えないのは、やはりくらの持っている薄い印象のせいか。

「明日まずは私一人で聞いてみるね。大勢で話しかけても警戒すると思うし」

「それがいいだろうな」

 くしが落とせなければ、他の誰にも佐倉を攻略できないだろう。


    2


「……暑い」

 この学校には衣替えが存在せず、年間を通してブレザーを採用としている。その理由は簡単で、基本的にどこも冷暖房が完備されているからだ。登下校時の暑さだけが欠点だな。

 朝の通学。寮から学校までの数分間で、背中にうつすら汗をかき始めているのがわかった。

 逃げ込むように校舎へ入ると涼しげな空間がオレを迎え入れた。

 朝練のある生徒たちは地獄だな。教室では、まさに朝練に励んでいた男子女子がクーラーの元につどっている。はたに見ていると光に群れる虫のようだ。ちょっと例えが悪いか。

あやの小路こうじくんおはよう」

 声をかけてきたのはひらだった。今日もさわやかなフェイスをしている。かすかににおってきたフローラル系の甘い香り。女の子なら思わず『抱きしめて!』と懇願してしまうだろう。

昨日きのう櫛田さんから聞いたよ。目撃者が見つかったんだってね、佐倉さんだとか」

 まだ登校していない佐倉の席を見る平田。

「佐倉とは話したりするのか?」

「僕? いや……あいさつをする程度だよ。彼女はいつもクラスで一人だからどうにかしたいと思ってるんだけど、異性だと強引に誘うってわけにもいかないからね。かといってかるざわさんにお願いするのも、ちょっと問題が起きそうだし」

 超積極派の軽井沢と佐倉との会話。イメージするのはとても難しい。

「ひとまず僕らは櫛田さんからの報告を待とうと思う」

「それはいいけどオレに? いけやまうちに言った方がいいぞ」

 チーム? の末端の末端であるオレに話を通しても何の意味もない。

「特に理由は無いけど……強いて言うならほりきたさんともつながりがあるから、かな? 堀北さんは綾小路くん以外とは話もしないようだからね」

「なるほど」

 その点だけはあの二人よりオレの方が適任か。承諾すると、平田は可愛かわいがおを見せた。

 女の子だったら今のでキュンキュンポイントが100までまってキュンキュン胸が高鳴ったことだろう。

「そうだ。もしよかったら近いうち一緒に遊びに行こうよ。どうかな?」

 おいおい、コイツは女子じゃ飽きたらずオレの胸もキュンキュン鳴らせるつもりか?

 孤高を愛するオレがヒーローの誘いを安請け合いすると思ったら大間違いだ。

「まあ、別にいいけど」

 ああっ、心の反感とは真逆のことを言ってしまった。くそ、なんて悪い口だ。

 オレがひらからの遊びの誘いを待ってたとか、そんなことは全然ないぞ。

 そう、そうだ。これは日本人という民族が悪い。NOと言えない性分だから誘われたらついフラフラとついていってしまうのだ。

「ごめん、ノリ気じゃないかな?」

 オレが悩んでいるんじゃないかと察知した平田。

「行く、行く。全然行く」

 ちょっと気持ち悪いと思われそうな感じで答えるオレ。

 プライドの高い男を気取ってみたが、実際は行きたくて仕方ないのである。

「けど彼女はいいのか?」

「ん? ああ、かるざわさん? 大丈夫だよ」

 随分とあっさりとした反応だな。ま、カップルの在り方なんて千差万別だろうからな。

 お互いをみようで呼び合ってるあたり、まだ距離は縮まりきっていないのかも。

 名残惜しくも平田と別れ、オレは携帯を触りながらホームルーム開始を待つ。

 と、気が付いたらくらが席についていた。

 何をするわけでもなく、席に座って時間が過ぎるのを待っているように見えた。

 佐倉とは一体どんな生徒なんだろうか。

 このクラスで生活を始めて3か月、苗字以外の情報は何一つ持ち合わせていなかった。

 それはオレだけじゃなくこのクラスの誰も知らないことだろう。

 誰とでも打ち解ける積極的なくしや平田。どくを苦痛に感じないほりきた

 じゃあ佐倉は? 堀北と同じように一人が好きなのか。それともオレのように人との接し方が分からず苦悩しているのか。その疑問は櫛田がひもいてくれるだろう。


    3


 放課後、櫛田はホームルームがわると同時に席を立った。そして静かに帰る準備をしている佐倉の元へ。櫛田にしては珍しく緊張気味な様子だった。

 いけやまうち、そしてどうも話は気になっているのか、意識が櫛田たちに向けられる。

「佐倉さんっ」

「……な、なに……?」

 メガネをかけた猫背の少女はだるそうに顔を上げた。

 声をかけられるなんて思ってもいなかったのか、どこか慌てた様子だ。

「ちょっとくらさんに聞きたいことがあるんだけどいいかな? どうくんの件で……」

「ご、ごめんなさい、私……この後予定あるから……」

 明らかにバツの悪そうな顔をして佐倉は視線をらした。誰かと話すのが得意じゃない。あるいは好きじゃないといった空気を放出しまくっている。

「そんなに時間取らせないよ? 大切なことだから話をさせてほしいの。須藤くんが事件に巻き込まれた時、もしかしたら佐倉さん近くにいたんじゃないかって……」

「し、知らないです。ほりきたさんにも言われたけど、私全然知らなくて……」

 弱々しい言葉ではあったが、きっぱりと否定する佐倉。

 くしも嫌がる素振りを見せる佐倉に対し、強引に話を聞くはしたくないだろう。

 少し戸惑うような、困った顔を作るがすぐにがおに戻す。

 それでもここであっさり引き下がるわけにはいかないってことだろう。

 彼女が須藤の処遇を大きく左右する存在かも知れないからだ。

「もう……いいですか、帰っても……」

 しかしどこか様子がおかしい。単純に人との会話が不得意なだけじゃなく何かを隠しているように見える。それは彼女自身の行動からも見て取れた。

 き手を隠しながら、視線を合わせようともしない。目と目を合わせるのが苦手な場合でも、ある程度相手の方を向くものだが、くらくしの方に顔を向けようともしなかった。

 これがオレやいけ相手なら、まだ納得もいくんだが。彼女は形式上でも櫛田と連絡先を交換している。そんな相手に対しての挙動としては異質だ。ほりきたが感じた違和感は間違っていなかった。オレと同じように不審な点を幾つも見つけたんだろう。

「今から少し時間取れないかな?」

「ど、どうしてですか? 私、何も知らないのに……」

 櫛田に失敗があるとすれば、この場で話しかけてしまったことかも知れない。

 不自然な会話のやり取りが長引けば長引くほど、必然周囲の注目も集めてしまう。

 けどこれは櫛田からしても完全な誤算だったんじゃないだろうか。佐倉と面識があって連絡先も交換している櫛田からしてみれば、もっとスムーズに話せる予定だったんだろう。

 拒絶されると思っていなかったのならこの事態にも納得がいく。

 オレの隣で経緯を見守っている堀北が、ちょっとだけドヤ顔でオレを見て来た。

 おまえの洞察力が優れてるのは分かってるって……。

「……私、人付き合いが苦手なので……ごめんなさい」

 櫛田を全く寄せ付けようとしないのは不自然な話だ。

 以前話したことがある佐倉のことを、大人しいけど普通の子だと櫛田は言っていた。

 今の態度は明らかに普通じゃない。櫛田もそう感じているからか困惑を隠せないでいた。櫛田は人との距離を詰めるのがいはずなのに、上手くいかない。

 堀北もそれを知っているからこそ、やり取りを見ていて一つの結論に至る。

「厳しいわね。彼女が説得に失敗するようだと」

 堀北の言う通りだ。このクラスに櫛田以上に佐倉と会話を出来る人物はおそらく存在しないだろう。

 櫛田は人付き合いが苦手な人間とも、自然と話せてしまうような空間を作り上げる。

 人は誰しもパーソナルスペース、あるいはパーソナルエリアと呼ばれる『他人に近づかれると不快に感じる空間』を持っている。

 文化人類学者であるエドワード・ホールは、パーソナルスペースを更に4つに細かく分類した。その一つに密接距離と呼ばれるゾーンがある。近接相と呼ばれる相手を抱きしめられるほどの距離に他人が踏み込んだとき、当然人は強い拒絶感を示す。けど恋人や親友であればその距離を不快とは感じない。櫛田の場合関係の薄い相手の近接相に踏み込んでも、大抵の場合嫌がられないのだ。パーソナルスペースを発動させないとでも言おうか。

 しかし、佐倉はその櫛田に露骨に拒絶感を示した。

 いや……逃げようとしているように見えた。

 それを裏付けるように、彼女は最初に口にした『予定があるから』という言葉をもう使っていない。本当に予定のある人間なら、それを繰り返すはずだ。

 くしから距離を取るように荷物をまとめ立ち上がるくら

「さ、さよなら」

 く話を切り上げられないと判断したのか、逃げる選択を選んだようだ。

 机に置いてあった彼女の私物と思われるデジカメを握り締めて歩き出す。

 その時、携帯でともだちしやべりながら前を見ず歩いていたほんどうと肩がぶつかってしまう。

「あっ!」

 佐倉の手からこぼちたデジカメが床にたたきつけられ高い音を出す。本堂は携帯の方に意識を集中させたいのか、悪い悪いと軽く謝り教室を出て行った。

 佐倉は慌ててデジカメを拾い上げる。

うそ……映らない……」

 佐倉は口元に手を当て露骨にショックを受けていた。どうやら衝撃でデジカメが壊れてしまったらしい。何度も電源ボタンを押したり、バッテリーを入れ直したりするが主電源が入る気配はなかった。

「ご、ごめんね。私が急に話しかけたから……」

「違います……不注意だったのは、私ですから……さようなら」

 落胆する佐倉を呼び止めることが出来ず、櫛田は悔しそうに見送るしかなかった。

「何であんな根暗女が俺の目撃者なんだよ。ついてねえな。つか俺を救う気あんのかよ」

 足を組んで、にもたれるとどうは深いため息と共に吐き捨てた。

「きっと何か事情があるんだよ。それにまだ佐倉さんの口から見たって聞いたわけじゃないし。直接言っちゃだめだよ?」

「わーってるよ。言うつもりならさっき言ってる。大人だから自粛したんだ」

「須藤くん、かえって良かったかも知れないわよ。彼女が目撃者で」

「どういう意味だよそりゃ」

「彼女はきっとあなたの目撃者として証言はしてくれない。この事件はあなたが起こした身勝手なものとして処理される。結果Dクラスへの影響はまぬがれないけれど、幸いにして今でよかったのよ。暴力に嘘の証言。学校を巻き込んでの騒動が100や200のペナルティで効くとは思えないもの。今ある87ポイント失うだけで済むと思えば、ラッキーだったともいえるわ。あなたの無実の訴えも学校側は無視できないから退学にされることはないはずよ。責任の割合はCクラスより大きいでしょうけど」

 ほりきたは今まで言おうと胸に秘めていたのか、容赦なく一気にまくしたてた。

「冗談じゃねえぞ。俺は無実なんだよ無実。なぐったのも正当防衛だ」

「正当防衛はそれほど甘いものじゃないわ」

 あ、それ前にオレが言った。

「ねえあやの小路こうじくん」

 つんつんと肩をつつかれ振り向くと、ものすごく近くにくしの顔があった。間近で見る櫛田も可愛かわいい。パーソナルスペースへ侵入されて不快感を感じるどころかもっと近づいてほしいと思うくらいだ。

「綾小路くんはどうくんの味方だよね?」

「まあ……そうだけど。どうしたんだよ改めて」

「ほら、ちょっと険悪だし。皆が須藤くんを助けようって気持ちが薄れてる気がして」

 オレは、教室の中をぐるりと見渡す。

「そうだな。多分そうだと思う、仕方ないと言えば仕方ないけどな」

 肝心の目撃者も、くらが否定しているんじゃ進展のしようがない。

「もうかんぺきな解決策が見つかるとも思えないし。あきらめようぜ須藤」

 いけも、半分やる気をなくしたようにそうつぶやく。

「んだよお前ら、協力してくれんじゃねえのかよ」

「だって……なあ?」

 賛同を求めるように残ったクラスメイトたちに訴えかける。

「あなたのおともだちすら協力する気にはなれないそうよ。残念だったわね」

 クラスに残っていた生徒たちは池やほりきたの言葉を違うとは否定しなかった。

「何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ。使えねえ連中だな」

「面白いことを言うわね須藤くん。全部ブーメランになってるって気づいてる?」

「どう言う意味だよそりゃ」

 度々険悪になりつつあったクラスだが、今日は今まで以上だ。

 けど須藤は相手が堀北ということで精いっぱい我慢しようとしているように見えた。

 そこへ、思わぬところからやいばが飛んでくる。

「君は退学しておいた方が良かったんじゃないかな? 君の存在は美しくない。いや、醜いと言ってもいいだろう。レッドヘアーくん」

 その男は、毎日のように持ち歩いている手鏡を見て、髪型を整えていた。

 このクラスでもひときわ異彩を放つ男、こうえんろくすけだ。

「……何だと? もう一度言ってみろよオイ」

「何度も言うなんて非効率。ナンセンスだ。物分かりが悪いと自覚して言ったのであれば、特別にもう一度だけレクチャーしてあげても構わないが?」

 一度も須藤に視線を向けることもなく、まるで独り言のように答える高円寺。

 バゴッ、と強烈に机をり飛ばす音。まだどこからつかん的な雰囲気だった場は完全に凍り付いた。須藤は勢いよく立ち上がり、無言で高円寺の元へ歩き出す。

「そこまでだ。二人とも落ち着いて」

 この最悪の状況下で動ける唯一の男、それがひらだ。胸キュンだ。

どうくん。君も問題だけどこうえんくんも悪いよ」

「フッ。私は生まれてから一度も悪いと思うことはしたことないのでね。君の勘違いだ」

「上等だ。ボコボコにして顔面つぶしてから土下座させてやる」

「やめるんだ」

 須藤の腕をつかみ、平田が厳しく制止しようと試みるが、止まる気配はない。

 ほりきたからのバッシングも含めすべてのうつぷんを高円寺にたたむつもりなんだろう。

「もうやめようよ。私、ともだち同士でけんするところなんて見たくないよ……」

くしさんの言う通りだ。それに高円寺くんがどうあれ、僕は君の味方だよ須藤くん」

 かつ良すぎるぞ平田。もういっそのこと名前を平田じゃなくてヒーローに改名した方がいい。それがいい。

「この場は僕が収めておくから。須藤くんは大人しくしていた方がいい。今騒ぎを大きくすれば学校からの心証が悪くなる。そうだろう?」

「……ちっ」

 須藤は高円寺をにらみ付けた後、教室から出て行く。バン、と教室の扉が勢いよく閉められ、そして廊下で一度大きくえる声が聞こえた。

「高円寺くん。協力を強要するつもりはない。だけど彼を責めたてるのは間違ってるよ」

「残念だが私は間違ったことをしたこともないのだよ。生まれてから一度もね。おっと、そろそろデートの時間だ、僕はこれで失礼するよ」

 二人の珍しいからみを傍観しつつ、クラスのまとまりの無さを実感する。

「須藤くんは成長しないわね」

「堀北さんも、もうちょっと優しい言い方あったんじゃないかな……?」

「打っても響かない相手には容赦しないことにしてるの。彼は百害あって一利なしよ」

 打って響く相手にも容赦せず響かせ続ける癖に。

「なに?」

「うっ……」

 鋭いメス(視線)を入れられオレはしゆくしながらもちょっとだけ反論する。

「世の中には大器晩成って言葉があってだな。須藤は将来NBAでプレイする男かもしれないぞ? 世の中に大きく貢献する可能性は秘められている。若者の力は無限だ」

 テレビCMで使われそうなキャッチフレーズで語ってみる。

「10年後の可能性を全否定するつもりはないけれど、私が今求めているのは、Aクラスに上がるために必要な戦力よ。今育ってなければ何の価値もないわ」

「左様で……」

 堀北は一貫して立場を貫いてるからまだいいとして気になるのはいけたちだ。

 立ち位置がコロコロ変わっているせいで状況が安定しない。

どうとは仲がいいんだよな? 飯もよく一緒みたいだし」

「悪いとは思ってないぜ。けど、ちょっち足手まとい過ぎっしょ。今でも授業中一番サボってんのは須藤だし、ああやってけんすんのも須藤だし。その辺は線引きしないとな」

 なるほど。いけは池なりの考えを持っているらしい。

「私頑張ってくらさん説得するよ。そしたら、きっとこの悪い流れも変わるはずだし」

「そうかしら。この際だから言うけれど、佐倉さんが証言しても効果は薄いと思うわ。恐らく学校側もDクラスから突然いて出た目撃者の存在を疑うはずよ」

「疑うって……うその目撃者だと思うってこと?」

「当然ね。口裏を合わせて証言させてきたと考えるはずよ。絶対の証拠にはならない」

「そんな……どんな証拠なら確実なの?」

「奇跡を信じるのなら、他クラスか他学年で事件が起こる前から一部始終を見ていて、学校側からも信頼の厚い目撃者がいれば可能ね。だけどそんな人物は存在しないわ」

 ほりきたは確信を持ったように言う。オレも同じ考えだ。

「じゃあ……どんなに頑張っても須藤くんを無実にするのは……」

「今回の事件が教室の中で起こった喧嘩だったなら話は別だったんだけどな」

「どういうこと?」

「いや、だって教室には様子を観察するカメラが仕掛けられてるだろ? だから何が起ころうと証拠はばっちりだったんだけどな。Cクラスの連中の嘘も一発で暴けたんだが」

 オレは教室の隅、天井付近に仕掛けられた2か所のカメラを指さす。

 生徒たちの邪魔にならないよう小型、かつ設置場所に溶け込むようにしているが、監視カメラが設置されているのはまぎれもない事実だ。

「学校側は、あのカメラを授業中の私語や居眠りをチェックするのに利用してる。じゃなきゃ、毎月毎月的確な査定が出来るはずもないしな」

「……マジで? 俺、知らなかった……!」

 池が衝撃を受けた様子でマジマジとカメラを見つめる。

「私も初めて知ったよ……カメラなんてあったんだ」

「意外と気づかないものなのね。私も最初のポイント発表までは気が付かなかったから」

「まあ、普通の人間はカメラの位置なんか気にしないもんな。いつも立ち寄るコンビニだってカメラの位置なんて具体的には把握してないだろ?」

 してる人間がいるとしたら、やましい考えがあるかよっぽど神経質な人間か。あるいは偶然目にして覚えていたか。そのどれかだ。

 さて、目撃者を捜す必要性はなくなったことだし、オレは帰るとしようか。

 くしたちは新たな目撃者を捜すと言い出しかねない。それに巻き込まれると面倒だしな。

あやの小路こうじくん、一緒に帰らない?」

「…………」

 オレはほりきたからの誘いに思わず手のひらで堀北の額に触れた。堀北の額はひんやりと冷たいが、それでもひと肌のぬくもりはしっかり帯びていて柔らかかった。

「……熱は無いわよ? 少し相談したいこともあるし」

「あ、ああ。別にいいけど」

 堀北からの誘いなんて珍しいこともあるものだ。明日は雨かな、これは。

「やっぱりお前ら二人、デキてんじゃねえの? 昨日きのう俺なんて肩に触ろうとしただけで殺されそうになったのに……」

 いけはちょっと不服そうに、堀北の額に触れた手を見る。

 それに気が付いた堀北は特に表情を変えることもなくオレを見上げて言った。

「どけてもらえる? 手」

「っと、悪い悪い」

 か来なかった堀北の反撃にあんしつつ額から手を離す。完全に無意識だった。

 二人並んで廊下に出る。大体の予測はついてるが、堀北の話は何だろうか。

「そうだ。帰る前に一か所寄りたいんだが、いいか?」

「長くならないなら構わないわ」

「そうだな。多分10分くらいかな」


    4


 蒸し暑さの増してきた放課後、オレは事件現場である特別棟に足を運んだ。殺人事件が起こったわけでもないため立入禁止のテープがられているわけでもなく、特に普段と変わった様子は見受けられない。特別な授業、家庭科室や視聴覚室など、頻繁に利用しない施設がそろったこの校舎は、授業がわるとほとんど人の気配がなくなるため誰に見られることもない。どうを呼び出すのなら、学園の中でも理想的な場所の一つだ。

「あっついな……」

 ここの蒸し暑さは異常だ。本来夏場の学校なんてこんなものなのかも知れないが、校舎の中は基本的に快適なため暑さや寒さのイメージは薄れてしまっている。一日中冷房の効いた建物に居過ぎた影響だな。そのギャップ故に一層暑く感じるのだろう。

 この特別棟も授業中はクーラーが効いていたんだろうが、既にその名残りはない。

「悪いな、こんなところに付き合ってもらって」

 隣に立つ堀北は汗をかいているような様子もなく静かに廊下を見渡していた。

「あなたも変わってるわね。自分からこの件に首をっ込むなんて。目撃者は見つかったし、もう打つ手がないことも判明した。これ以上何をしようというの?」

どうは最初に出来たともだちだからな。多少の協力はするさ」

「ならあなたには、彼を無罪にする方法があると思ってる?」

「それはどうかな。まだ何とも言えないな。それにオレが一人で動くのは、ひらくしたちと大勢で行動するのはちょっと苦手というか、得意じゃないからだ。今日も皆で校舎や教室を色々回るかもと思ったから、逃げただけとも言う。事なかれ主義らしいだろう?」

「本当にね。それで友達だから協力するって、相変わらずの矛盾ね」

「人間なんてお互い、大なり小なり都合が良い生き物だからな」

 前にも似たような話をしたことがあるが、ほりきたはオレのこんな考えに割と寛容だ。

 普段から一人で行動するからこそ、堀北自身に害が無ければ好きにすればいいというスタンス。そんなところも一緒にいて苦痛に感じない部分だ。

「まああやの小路こうじくんの個人的な考えなんて私には関係ないし何をしても自由よ。それと、あの二人を苦手意識する姿勢は嫌いじゃないわ」

「それ、単純におまえが嫌いだからだろ」

「共通の敵を持つということはそれだけ協力し合えることでもあるもの」

「いや、苦手であって嫌いじゃないぞ。そこは一緒にしないでもらいたい」

 櫛田や平田とは、是非とも親しくしたいと思ってるし。

 でもどっちも似たようなものよ、と堀北なりの拡大解釈をされてしまう。

 オレは言葉を濁してから廊下の端まで歩いて、そして天井から壁の隅をくまなく見て回る。

 ふと堀北は、何かに気が付いたように辺りを見渡し始めた。そして考え込む。

「ここには無かったのね。残念だわ」

「え? なにが」

「教室にあるような監視カメラよ。もしカメラがあれば確実な証拠が手に入ったのに。この特別棟の廊下には見当たらない」

「ああそうか。監視カメラか。確かにそんなのがあれば一発解決だったな」

 天井付近にコンセントは設置されていたが、それが使われている形跡はなかった。

 廊下は遮蔽物が何もないから、もしその位置にカメラがあれば、一部始終記録が残っていた可能性は高い。

「そもそも、学校の廊下にはカメラは設置されてなかったよな?」

 特別棟じゃなくても、教室前の廊下なんかにはカメラは無かったはずだ。

「他に設置されてない場所と言ったら、トイレと更衣室くらいかしら?」

「だな。後は大体ついてる」

「……今更残念がることでもないわね。監視カメラがあるようなら、学校側は最初から今回の件を問題になんてしていないわけだし」

 一瞬でも期待した自分を恥じるように首を振る。

 それからしばらくの間うろうろしていたが、得るものなく時間だけが無駄に過ぎていく。

「それで、どう君を救う策でも浮かんだ?」

「浮かぶわけないだろ。策を講じるのはほりきたの役目だ。須藤を救ってくれとは言わないが、Dクラスにとって良い方向に転ぶ手助けをしてほしい」

 あきれるように堀北は肩をすくめた。物は言いようと思われていることだろう。だが、堀北はくらという目撃者を見つけてくれた。協力したくないと考えているわけじゃないはずだ。

「私を利用しようって話? ひょっとして、それで私をここに?」

「目撃者が佐倉ってことで状況は逆に悪化するかも知れないからな。何か手が無いか探っておいた方が良いだろ」

 堀北もそれがわかっているからこそ佐倉のことをくしたちに教えたはず。絶対に教えたくないと思っていたことなら、聞かれても答えないものだ。

 本人は涼しげというか考えを表に出さずにひようひようとしているが。

「須藤くん本人には気に食わない点は多々ある。だけど彼に科せられる責任の割合を軽くしたいとは思ってるわ。ポイントを残せるのならそれに越したことはないし。Dクラスの印象を悪くするのも損だしね」

 普通なら素直じゃないな、みたいなことを言うがこいつの場合は本心だろう。

 それは別に悪いことじゃない。ただ、人はそうどくに強くない。だから誰かを救ったり助けたりする偽善行為を行い群れて肌を寄せ合う。それが堀北には見られない。

 そして櫛田たちと決定的に違うのは、須藤を無実にすることを完全にあきらめていることだ。

「さっきも言ったけど、奇跡の目撃者が現れない限り須藤くんの無実を証明するのは不可能よ。Cクラスの生徒たちがうそをついたと認める、でも構わないけれど。あり得る?」

「あり得ないな。特にCクラスは絶対に嘘だとは認めない」

 向こうも証拠がないと確信しているからこそ、嘘を貫き通している。と思う。

 オレたちですら、須藤の発言以外に信じられるものはない。真相はやみの中なのだ。

「放課後のここは誰もいないな」

「この特別棟は部活でも使用しないもの、必然ね」

 須藤かCクラスの生徒、どちらかがこの特別棟に相手を呼び出した。そして日頃から因縁というか、いがみ合ってる者同士のけんぼつぱつ。結果須藤が相手を傷つけたことで訴えられてしまったというのが今回の事件の概要だ。

 誰かに呼び出されでもしない限り、こんな暑いところにわざわざ来たりしないよな。

 蒸し暑く息苦しさもある。ここに数分もとどまっていたら頭がどうにかなりそうだ。

「堀北はここ暑くないのか?」

 げんしよが容赦なくオレの身体からだむしばむ中、堀北は涼しげな顔で周囲を見渡していた。

「私、暑さや寒さには比較的強いから。あやの小路こうじくんは大丈夫……じゃなさそうね」

 暑さで少し頭がボーっとしてきた。オレは新鮮で涼しい空気を得ようと窓ぎわに近づく。そして助けを求めるように窓を開くが……尋常ならざる高速な動きで再び窓を閉めた。

「……危なかった」

 窓を開けた瞬間外の熱風が飛び込んできた。もし開け放っていたら更に大惨事だった。

 これから8月に向けてまだまだ暑くなると思うと、気がめいりそうだ。

 けど、今日はここに足を運んだ収穫もあった。不可能じゃないな───。

「今何を考えているの?」

「いや、別に何も。ただ暑いなと……。さすがに限界だ」

 これ以上今やれることはなさそうなので、二人で引き返し始める。

「あっ」

「おっと」

 廊下を曲がろうとした時、丁度同じように曲がってきた生徒とぶつかってしまう。

「悪い、大丈夫か?」

 それほど強い衝撃じゃなかったため、お互い転んだりすることはなかった。

「はいすみません、不注意でした」

「こっちこそ悪い。て、くらか」

 ぶつかってしまった女子生徒に謝ったところで、その人物が見知った人だと気づいた。

「……あ、えと……?」

 佐倉は反応に困っているというか、オレが誰だかわかっていないようだった。

 しかし数秒してオレの顔を改めて認識して、クラスメイトだと気付いたようだ。じっくり見られないと分かってもらえないというのはむなしいものだ。

 佐倉の手には携帯が握られていた。

「あ、えと。私は写真撮るのが趣味で、それで……」

 携帯の画面をオレに近づけてそう答える。別に深く聞くつもりはなかったんだけど。

 携帯を操作しながら歩いていたとしても、別に不自然なことじゃないのだから。

 下校したと思っていた佐倉が、特別棟に? 色々と勘繰りたくもなってしまう。

「趣味って、何撮ってるんだ?」

「廊下とか……窓から見えるしきとか、そういうの、かな」

 佐倉は軽く説明をえると、そばに立っていたほりきたの存在に気が付き目を伏せた。

「あ、えと……」

「少し聞いてもいいかしら佐倉さん」

 佐倉がこの場に現れた不自然さを、見逃すことのない堀北は一歩前に詰めて来た。

 おびえるように後退する佐倉。オレは軽く手で堀北を制止して、佐倉を追及しないようジェスチャーで伝える。

「さ、さよならっ」

くら

 オレは、そそくさと逃げ出そうとする佐倉の背中に声をかけた。

「無理しなくていいからな」

 別に声をかけなくても良かったんだが、オレは思わず声をかけてしまった。

 佐倉は立ち止まったが、こっちを振り返ろうとはしなかった。

「佐倉が目撃者だったとしても名乗り出る義務はない。それに無理に強いて証言してもらうことにきっと意味は無いはずだ。もし怖い誰かに強要されそうになったら相談してくれ。どこまで力になれるかは分からないが手を貸す」

「それ私のことかしら?」

 怖い鬼の存在は無視するとして、今は佐倉を逃がしてやろう。

「私、何も見てないから。人違いだよ……」

 あくまで自分は目撃者じゃないと答える。今のところほりきたの独断と偏見だけだからな。実際は目撃者とは違う可能性だって十分あるわけで、佐倉がそう言うならそうなんだろう。

「それならいいんだ。ただ、もしも他の誰かに詰め寄られたら教えてくれ」

 佐倉は小さく返事をしてから階段を下りていく。

「千載一遇のチャンスだったかも知れないわよ? 彼女、事件のことが気になって足を向けたんだろうし」

「本人が認めないんだから、そこは無理強いしても仕方ないんじゃないか? それに堀北も分かってるだろ。Dクラスの目撃者は証人として弱いって」

「まあ、そうね」

 彼女は彼女で何かを考え行動している。それが一体何なのかはまだ分からないけどな。

 だから今は追及するような場面じゃない。

「ねえ君たち、そこで何してるの?」

 突然の声に振り返ると、ストロベリーブロンドの美少女がこっちを向いて立っていた。

 その顔には覚えがある。直接会話をしたことはないが、いちというBクラスの生徒だ。そして優秀な生徒だってことだけはうわさで知っている。

「ごめんね急に呼び止めて。ちょっと時間いいかな? もしあまっぱいデート中だったらすぐに退散するけど」

「それはないわね」

 堀北は即否定した。こんな時だけ反応が早い。

「あはは、そうだよね。デートスポットにしちゃちょっと暑すぎるし」

 オレと一之瀬との間に接点などないはずだ。その証拠と言っちゃなんだが、彼女はオレの名前を知らない。向こうからすれば数多くいる生徒の一人でしかない。

 あるいはほりきたの知り合いかともだち……無いな。それはない。

 いきなり二人が『やだ、久しぶり~! 元気してた~?』『うん、元気元気~』とか言って抱き合ったら、オレはこの場で泡を吹いて卒倒する自信がある。

「私たちに何か用かしら」

 もちろんそんなことがあるはずもなく、堀北は突然現れたいちに警戒心をむき出しにした。こんな場所で声をかけられる状況を、堀北は偶然とはとらえていない。

「用って言うか……。ここで何してるのかなーって」

「別に。何となくうろうろしてただけだぞ」

 素直に答えても良かったが、隣の住人が視線でプレッシャーをかけてきたのです。

「何となく、かあ。君たちってDクラスの生徒だよね?」

「……知ってるのか?」

「君とは前に2回くらい会ったよね。直接話はしなかったけど。そっちの子も、図書館で一度見た覚えがあるんだよね」

 どうやら、オレのような影の者(ちょっとかついい響き)を覚えてくれていたようだ。

「物覚えは良い方だからね」

 それはつまり、物覚えが良くないと覚えていない程度の印象、という意味だろうか。

 少しうれしかった気分が、予期せぬ突風に吹き飛ばされてしまう。

「てっきりけん騒動がらみでここにいるんだと思ったんだけどな。私がいなかったタイミングで、昨日きのうBクラスに目撃者の情報探しに来てたみたいだしね。Dクラスの生徒が無実を証明しようとしてる、って後で聞いたんだよ」

「もし、私たちがその件にかかわる調査をしていたとして、あなたに関係が?」

「んー、関係は……あんまりないね。でも、概要を聞いてちょっと疑問に思ったから。それで一度様子を見ようと思ってここに来たの。よかったら事情聞かせてくれないかな?」

 それを単純な興味本位と捉えて大丈夫だろうか。

 オレたちが沈黙していると、一之瀬は少しバツが悪そうに言った。

「ダメかな? 他のクラスのことに興味持ったら」

「いや、そんなことはないが……」

「裏があるようにしか思えないわね」

 穏便に運ぼうとした思惑は堀北の一刀両断な一言によって切り捨てられる。

 一之瀬は堀北の言葉の意味を解釈し、首をかしげながら微笑ほほえんだ。

「裏って? 暗躍してCクラスやDクラスを妨害する、みたいな感じの?」

 心外だなあ、と言いたげな表情を見せる一之瀬。

「そこまで警戒しないでもいいんじゃないか? 本当に興味本位って感じだし」

「私は他人の興味本位に付き合うつもりはないから。勝手にして」

 少し距離を置くようにして、ほりきたは窓の外を見つめた。

「聞かせてよ。先生やともだちからはけんがあったくらいにしか聞かされてないんだよね」

 ちょっと迷ったが、どうせ黙っていてもどこかで分かることだ。そう思い説明する。Cクラスの3人がどうに呼び出されなぐられたこと。でも、事実は逆で須藤が呼び出され先に殴り掛かられたこと。それを撃退したら学校側にうその報告をされたこと。いちは終始真面目まじめな様子で話に聞き入っていた。

「そんなことがあったと。それでBクラスにまで足を運んでたってわけね。なるほどなるほど……。ねえ、これって結構大きな問題なんじゃない? どちらかが嘘をついてる暴力事件ってことでしょ? 真相をはっきりさせないとまずいんじゃない?」

「だから一応現場に来て調べてた。別に何もなかったけどな」

 殺人現場でもないし、露骨なヒントを得られるとは思っていなかったけど予想に反して収穫もあった。

「君たちはクラスメイトとして、須藤くん、だっけ、の方を信じてるんだよね。友達だろうし当然と言えば当然なんだけど。Dクラスにとって今回の騒動はえんざい事件なんだね」

 オレたちがクラスメイト、友人という理由で信じたとしても、一之瀬のような第三者は簡単には納得しないだろう。そんなことは説明するまでもない。

「もし須藤くんが嘘をついていたとしたら君たちはどうするの? 無実どころか、有罪確定の証拠が出てきたと仮定してね」

「正直に申告させるわ。その嘘は後々、必ず自分の首を絞める結果につながるから」

「うん、そうだね。私もそう思う」

 そんなことを聞いても一之瀬には何の影響もなさそうなものだが。

「もういいかしら。知りたい情報は知れたはずよ」

 一刻も早く追い返したいのか、わざとらしくため息交じりに話す。

「んー。あのさ、もしよかったら私も協力しようか? 目撃者捜しとか。人手が多いほど効率的でしょ?」

 もちろん人手はあればあるほどいい。そんなことはわかってる。けど、「そうなんだ聞いてくれよ、大変なことなんだよ」、なんて言って聞かせられるものじゃない。

「どうしてBクラスの生徒につだってもらう流れになるのかしら」

「BクラスもDクラスも関係ないんじゃないかな? こういう事件はいつ誰に起こるか分からないよね。この学校はクラス同士で競わせてるからこそ、トラブルの危険性をいつもはらんでいる。今回はその最初の事件のようだしさ。嘘をついた方が勝っちゃったら大問題だよ。それと話を聞いちゃった以上、個人的に見過ごせないってのもあるかな」

 一之瀬は本気なのか冗談なのか判断の難しいことを言ってくれる。

「私たちBクラスが協力して証人になることが出来れば、しんぴようせいはグッと高くなるんじゃない? ただ逆もしかりで、真相を追い求める過程でDクラスが被害を受けてしまうかも知れないけど……」

 つまりどううそをついていて、Cクラス側の主張が正しかった場合だ。そうなれば須藤は停学だけではすまなくなり、Dクラスも致命的なダメージを受ける可能性がある。

「どうかな? 私は悪いていあんじゃないと思ってるけど」

 オレは一度ほりきたの様子をうかがってみた。しかし、堀北はこちらに背を向けたまま窓の外を見つめて動かない。いちからの協力提案。どうしたもんか。

 悩むのは当然メリットがあると感じたからだ。実際Dクラスだけが動いて須藤の無実を証明しようとしたところで、100%無実だと言い切れるだけの証拠が出なければ信憑性は薄くなる。

 ここで部外者のBクラスが事件に参入、かかわることは大きな意味を持つだろう。

「偽善だと思われるかも知れないけど、そんなに重いものを背負うつもりもないしね」

 この申し出に対し、オレは失礼ながらしっかりとてんびんにかけさせてもらうことにした。一之瀬という少女を信用しきることは当然まだ出来ない。それは彼女がBクラスの生徒だからで、この件に関与して得られるメリットが通常は無いからだ。あるいはこうした善意ある行動を繰り返すことが、クラスや個人のポイント反映につながると解釈しているのなら、納得も出来る。そしてそれを安易に口にしないことも、上を目指すうえで大切な情報や可能性だと理解できるが……。直接確かめるわけにもいかない。

つだってもらいましょう、あやの小路こうじくん」

 先に決断を下したのは堀北だった。リスクよりもメリットを選んだということだ。

 そしてその決定を堀北が素早く出してくれたことに内心感謝する。

 オレには元来決定権などなく、決めるのは堀北の役目だからだ。

 堀北の承諾を受け一之瀬は白い歯を見せる。

「決まりね。えーっと」

「堀北よ」

 協力関係として認めたからなのか、堀北は素直に名乗った。

「よろしく堀北さん。それから綾小路くんだっけ。君もよろしくね」

 思わぬ形でBクラスの一之瀬と知り合い、協力関係となったが、それが吉と出るか凶と出るかは出たとこ勝負だ。どちらにせよ変化をもたらす要因には違いない。

「それから目撃者の件だけれど、それ自体はこちらで見つけられたわ。ただ、残念なことにその目撃者はDクラスの生徒だったけれどね」

 あちゃー、と一之瀬は頭を抱えるようにして残念そうに息をいた。

「まあ、ほら、それでも目撃者なことに代わりはないし。他に目撃者がいないとも言い切れないわけでしょ? 可能性は低くてもさ」

 紙のように薄い確率だけどな。それも可能性と言えば可能性だ。

「それにしても君のともだち。1年生でレギュラーになるかも知れないんでしょ? すごいじゃない。今は少し足を引っ張ってるかも知れないけど後々クラスの財産になるかもね。部活動や慈善活動なんかも学校側は評価してるでしょ? 大会に出て活躍すればどうくんにもポイントが支給されるし、クラスのポイントにもつながるんだからさ。って……もしかして知らなかったの? 先生から教えてもらわなかった?」

 オレたちが聞かされたのは、プライベートポイントの影響だけだ。

「クラスのポイントにも影響があるのは初耳ね……。後でちやばしら先生に抗議しておくわ」

 ちょっと不服そうにほりきたつぶやいた。

 どうやら、また茶柱先生は情報伝達の漏れがあったようだ。Bクラスは先生から教えてもらっていたのか……。

 相変わらず見せかけの平等すら与えてくれない先生だ。物凄い差別を感じる。

「なんか変だね、君たちの担任」

「元々やる気ないと言うか、生徒に無関心だからな。そんな教師もいるだろ」

 特別気にするような点じゃないと思ったが、いちは引っ掛かったようだった。

「この学校じゃ担任の先生の評価は卒業時のクラスで決まるって話、知ってる?」

「初耳ね。確かなの?」

 興味を示す、というよりも興味を示さざるを得ない。それは非常に重要なことだ。

「うちの担任のほしみや先生がさ、口癖のように言ってるんだよね。Aクラスの担任になれれば特別ボーナスが出るから頑張りたいって。結構違うみたいだよ」

「担任の先生に関してはうらやましいわね、そっちの環境が」

 こっちの先生は金にも関心が無いのか、向上心というものが感じられない。

 むしろ、落ちるところまで落ちればいいって考えてそうなくらいだ。

「一度しっかり話し合った方がいいかもね」

「敵に塩を送られるとは思わなかったわ」

「何て言うか、戦う以前の問題じゃない? 対等じゃないっていうか」

 別のクラスにまで同情される始末。

 それだけ、茶柱先生は自分の生徒に対する情熱が無いってことなんだろう。

「担任だけでもBクラスと交換してほしいくらいだわ」

「いや、それはそれでちょっと問題もあると思うぞ」

 オレは面識のある星之宮先生を思い出す。あの先生はあの先生で苦労しそうだ。

「あー、それにしても暑いね、ここ」

 うつすらと額に汗をかきはじめた一之瀬は、パンダのようなイラストが描かれた可愛かわいらしいハンカチを取り出した。厚着の制服では熱もこもる一方だ。

「誰もいない校舎にまで四六時中冷房を効かせてる地球にやさしくない学校は嫌だろ」

「あははは、確かにそうかも。君面白いこというね」

 別にボケたつもりはなかったけど、いちは笑った。

「今の会話のどこに笑う要素があったのかしら……」

「円滑に物事を進めるためにも二人の連絡先聞いていいかな?」

 ほりきたは視線だけでオレに指示を飛ばしてきた。私は嫌だからあなたよろしく、だ。

「オレで良かったら。連絡くれたら対応する」

「うん、わかった」

 連絡先を交換した後で思ったことだが、意外と女の子の連絡先が多いぞ、オレ。

 7月初頭にして、アドレス帳には既に7件(3人女子)の名前と電話番号が。

 ひょっとすると……オレは気づかぬうちに青春をおうしているのかも知れない。

 それと余談だが、一之瀬の下の名前はなみだった。


    5


 メールによれば、一之瀬は明日以降信頼できる仲間と作戦を練り、行動に移してくれるらしい。都度許可を求めた方がいいか聞かれたが任せておくことにした。こちらで制限をかけなければならないことは特にない。オレと堀北は寮に戻って、そのまま別れるものとばかり思っていたが、堀北はまだオレに話があるのかまでついて来た。

「お邪魔します」

 誰もいないのに、わざわざそう口にしてから堀北はオレの部屋に上がった。

 堀北相手でも二人きりの密室ってだけでちょっと緊張してしまうのはどうしてだろうか。

「あ、一応確認なんだが、おまえも持ってるのか? あいかぎ

「この部屋の? 確か以前いけくんたちに勧められたわね。でも断ったわ」

 流石さすがだ堀北。お前だけはしっかりとした常識の持ち主だったらしい。

「だって、私があやの小路こうじくんの部屋を訪ねるなんてことめつにないもの。あなたの部屋を訪ねること自体恥というか、汚点というか。わかるわよね?」

 って感じで返されることまで想定済みだし。傷ついてねーし。

 思ったよりキツイ言葉ですねとか思ってねーし。

「どうして壁に指で文字を書いているの?」

「ちょっと、心の動揺を隠すためというか、そんなもんだ」

 本人に悪意がないところが一番の恐ろしいところだ。

 きっと聞き返したら、事実を言っただけよ? と返されることだろう。

どうくんの件、あやの小路こうじくんはどう考えているのか改めて聞かせて。それにくしさんたちがどう動いているのかも少し気になるしね」

「状況が気になるなら最初から参加しておけばよかったんじゃないか?」

「それは出来ない相談ね。私は彼自身を認めていないもの。クラスのために仕方なく手を考えているだけ。遠慮なく言うなら、見放してもいいとさえ思ってる」

「中間テストでは須藤のために一肌脱いだのに?」

「それはそれ、これはこれよ。今回の件、奇跡的に無実を勝ち取れたとして、彼が成長すると思う? 救いを与えることは逆効果にもなり兼ねないのよ」

 何が言いたいかわかる? と挑戦的な目で訴えていた。

「無実を勝ち取るのはあきらめて、ある程度罰を与えた方が須藤のためだと?」

 ほりきたは少し不満そうな表情を見せたが、どこか納得したような顔をしていた。

「その様子じゃ、無実にするのが難しいことも、須藤くんの欠点が招いた事件だということも、あなたは最初から分かってたわね? そうでなければ、罰を与えた方が良いって考え方にはならないもの。彼を嫌ってる人を除いてね」

 堀北はオレが自分と同じ考えに達しているとどうしても言わせたいらしい。

 逃げられないよう、い具合に包囲されてしまってる気がする。ここで無理に否定しても、こいつは更なる追い打ちをかけてくるだけだろう。

「ま、少し考えれば誰にでもわかることじゃないか?」

「そうかしら。櫛田さんやいけくんたちは全く気が付いていなかったじゃない。須藤くんの訴えだけを信じ、彼のため、クラスのためにうそから救おうとしているだけ。どうしてこの事件が起こったのか、事態が切迫しているのか、その根本を全く理解していない」

 苦楽を共にするクラスメイトに向けた言葉とは思えない容赦のなさだ。

「少なくとも櫛田はもう理解した上で須藤を救おうとしてるぞ」

「理解した上で? それは彼女が自分自身で気が付いたの?」

「え? いやそれは……」

「あなたが話したのね?」

 尋問されるかのように、言葉でにじり寄ってくる。ちょっと怖い。

「過去問を入手したりポイントで点数を購入することを思いついたり。あなたは色々悪知恵が働くみたいだから驚きはしないけれど……不服ね」

 いつか本気出す、みたいな精神で生きてる人間は多少悪知恵を身に付けるものだ。

「くれぐれもオレを買いかぶらないように」

 最初からそんなつもりはないのか、堀北に失笑される。でもその失笑はすぐに消えた。

「正直に言うとあなたは未知数、不確定要素満載よ。クラスの中でも一番計算しがたい人物だわ。えんてんかつだつしよくうんすいじゆう。当てはまりそうで当てはまらないものばかり」

「どれも実に微妙な例えだな。人を褒めるたぐいで使うものじゃないぞ……」

 もっと良い例えがあるだろうに。と、ほりきたはジロッといぶかしむような目を向けてきた。

「そう言うところは、こうどうじんとも言えるし。一番気持ち悪い存在よあなたは」

 ……なるほど。今例で挙げてきた四文字熟語なんて意味すら知らないのが普通だったか。

 どうやら堀北のいたエサにまんまと食いついてしまったらしい。ちょっと失敗した。

「何にせよ一番気持ち悪いは言い過ぎだ。こうえんの方が相当未知数だろ」

 アレは間違いなく相当なきわものだ。それ以上というのはさすがに傷つく。

「彼は意外と分かりやすいもの。勉強運動共に成績優秀だし。性格に問題があるだけ。その問題だって、結局のところゆいどくそんの四文字熟語で説明がつくしね」

 実に分かりやすい説明だった。確かに高円寺は生き方そのものはシンプルだ。

「おまえは教師に向いてるかも知れないな」

 そのまま大人になれば……ちやばしら先生のようなタイプが出来上がりそうだ。


    6


 この学校の敷地内には全部で4つの寮が建てられている。そのうち3つは学生寮。1年から3年までがそれぞれ別の寮で生活を行っているという少し変わった仕組みだ。つまりとしオレたちが使っている寮は昨年の3年生が3年間使っていた建物ということになる。残る一つは教師たちと、ショッピングモール等で働く、住み込みの従業員が住んでいる寮だ。

 何が言いたいかというと、1年生全体が同じ寮で生活している以上、必然的に他クラスの生徒たちとも出会ったり関係を持つことになっていく、ということ。

 今までは視界に映らなかった赤の他人が、自然と目に留まるようになるということだ。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 寮の管理人にお礼を言い歩き出した少女は、オレの存在に気が付き声をかけてきた。

「やっほ、あやの小路こうじくん。おはよう。早いんだね」

 長くスラリと伸びたロングウェーブのれいな髪とクリッとした大きなひとみ。二つのボタンで留められたブレザーを押し出す大きな胸。ぐ伸びた姿勢は堂々とした性格にマッチしていて、可愛かわいいや綺麗の前に、かついいとれてしまう。そんな彼女は1年B組のいちなみだった。

「今日はちょっと早く目が覚めてな。管理人と何話してたんだ?」

「うちのクラスから何人か、寮に対する要望みたいなのがあって。それをまとめた意見を管理人さんに伝えてたところなの。水回りとか、騒音とかね」

「一之瀬がわざわざそんなことを?」

 普通、のトラブルなんて個々で対応するものだ。それをわざわざいちが取りまとめているというのは、どういう理由だろう。

「おはよう一之瀬委員長~」

 エレベーターから降りて来た二人の女子に声をかけられ、一之瀬もそれに答える。

「委員長? なんで委員長?」

 聞きなれない言葉だ。この学校には委員長と呼ばれるような役職は無いはず。

 ガリ勉っぽい感じには見えないけど。

「私学級委員やってるから。その関係かな」

「学級委員って……もしかしてDクラス以外にはあるのか?」

 そんなものがあるなんて初耳だ。普通なら驚くところだが、うちの担任ならそう言ったことを決めないで放置してる可能性はある。

「Bクラスが勝手に作っただけだよ。役割が決まってると色々楽じゃない?」

 言わんとすることは分かるが、だからって自分たちで学級委員は作ったりしない。

「もしかして、委員長以外にも役職があるのか?」

「一応ね。機能させるかどうかは別問題だけど、形式上は決めてあるよ。副委員長と書記をね。文化祭とか体育祭の時あった方が便利だし。その場その場で決めてもいいんだけどさ、それでトラブルになったら面倒だから」

 前に図書館で見かけた時、一之瀬は男女数人を引き連れて勉強会をしていた。

 その時から既に委員長としての役目みたいなものを果たしていたのかも知れない。

 通常、クラス委員なんてほとんどの人間がやりたがらない。面倒なことを押し付けられたり、学校によっては話し合いの場に顔を出す必要性にも迫られるからだ。

 だけど一之瀬が率先して委員長を引き受け行動するBクラスなら、押し付け合いにもならずスムーズに役職が決まったんじゃないだろうか。

「統率取れてそうだよな。Bクラスって」

 素直にそう感じたので、気が付くと言葉に出してしまっていた。

「別に変に意識したりはしてないよ? みんなで楽しくやってるだけだし。それに少なからずトラブルを起こす人もいるしね。苦労することも多いんだから」

 苦労することも多いと言う割に一之瀬は楽しそうに笑う。ついでに二人並んで通学する。

「いつもはもう少し遅いんだ? そう言えば見たことないもんね、この時間に」

 一之瀬からテンプレ通りの、当たりさわりのない質問が飛んできた。

 オレも似たようなことを聞こうと思っていただけにちょっとほっこりした。一之瀬みたいなヤツでもそう言う普通の話題から関係を構築していくんだな。

「早く行ってもすることないからな。大体あと20分は部屋にいるよ」

「そしたら結構ギリギリだね」

 オレといちが学校に近づいていくたび、生徒の数も増えてくる。

 すると、不思議なことに次々と女子たちがせんぼうまなしを向けて来た。誰しもが人生に三度やって来るというモテ期到来か? まだ一度も来ていないから、そろそろ来てくれてもいい時期ではあるが。

「おはよう一之瀬!」

「おはようございます一之瀬さん!」

 女子の視線も声も独占していたのは、隣を歩く一之瀬の方だった。

「人気者だな」

「委員長やってるから、他の子よりは目立つのかもね。それくらいだよ」

 けんそん、ではなく本心からそう思っているようだった。

 自分の求心力を自然な形で受け止めているように見える。

「あ、そうだ。あやの小路こうじくんは夏休みのこと聞いた?」

「夏休み? いや……夏休みは夏休みじゃないのか?」

「南の島でバカンスがあるってうわさ、耳にしてないんだ」

 そういえば、とちょっと脳裏によぎることがあった。

 いつだったか忘れたが、ちやばしら先生がバカンスという言葉を口にした覚えがある。

「信じてなかったんだが、本当にバカンスなんてあるのか?」

 修学旅行じゃあるまいし……。と周囲を見渡して、真剣に考えてみる。

 この学校はぜいの限りを尽くしてると言っても過言ではない。夏休みに南の島でバカンス、冬休みには温泉旅行なんてことも。

 ……ものすごく怪しいな。とてもじゃないがそんな優しい学校とは思えない。何か裏があるのではないかと疑ってしまう。一之瀬はどう考えているんだろうか。

 直接聞くまでもなく、一之瀬も疑っているようで苦笑いを浮かべる。

「怪しいよね、やっぱり。私はそこが一つのターニングポイントだとみてるんだよ」

「つまり、夏休みに大きくクラスポイントが変動する可能性があると?」

「そそ。中間テストや期末テストよりも、グッと影響力のある課題ってやつ? そうじゃないとAクラスとの差って中々埋まっていかないからさ。私たちもジワリジワリ離されていっちゃってるし」

 確かに。そろそろ大きなイベントがあっても不思議じゃないか……。

「今Aとの差ってどれくらいなんだ?」

「うちが660ちょっとだから、もう350近く離されてるね」

 入学当初からは当然下がっているが、しっかりと下げ止まりさせているのが凄い。

「中間テスト以外にクラスポイントを増やす方法が無かったから、どうしても少しずつ目減りしていくのは避けられないよね。Aクラスだって最初はそうだったし」

 それでも今回、中間テストの結果でプラス値を伸ばしてきた。

「慌ててないんだな」

「気にはしてるよ? でも巻き返すチャンスはこれからだと思うから。それに備えて気持ちだけは作ってるつもり」

 今じゃなく先を見据える考え方は、きっと正しい。

 でもそれはある程度地盤が固く整っているクラスだから出来ることだ。

 うちは良くて今月87ポイント。他クラスと張り合うレベルとは程遠い。

「どれくらい動くかだね、そのイベントで」

 10ポイントや20ポイントということはないだろう。

 だけど、500ポイントや1000ポイントなんて数字が動くとも考えにくい。

「ウチは逆にピンチだな。これ以上差が広がったら詰めようがなくなる」

「お互い頑張らないとだね」

 もっとも、頑張るのはオレじゃなくてほりきたひらくしたちなんだが。

「どのみち、ろくなことにはなりそうにないな」

 今からを言いたくはないけど、面倒そうな出来事が待ってそうで。

「でももし本当に南の島でバカンスだったら、それはそれですごく面白そうだよね」

「どうかな……」

「あれ、うれしくない?」

 休みを満喫できるのは、交友関係の深い人間ならではの考え方だ。

 特別親しい人間がいるわけじゃない場合、旅行ほど心地ごこちの悪いものはない。

 それが団体行動となればなおさらだ。想像するだけでも吐き気が込み上げてくる。

「もしかして、旅行嫌い?」

「嫌いじゃない。と思う……」

 ああだこうだ言いつつ、それらはすべて想像だ。ともだちと旅行なんてしたことが無い。

 旅行と言えば、幼い頃両親とニューヨークに行ったことがあるが、それだけだ。一ミリも楽しくなかった。苦い思い出がフラッシュバックして、げんなりする。

「どうしたの?」

「ちょっとトラウマがよみがえっただけだ」

 乾いた笑いが暑い並木道にむなしく響いた。

 いかんいかん。負のオーラをまき散らしたらいちにも迷惑だ。

 けど、そんなオレの心配は無用なのか、気にした様子もなく一之瀬が言った。

「あとさ、疑問に思ってることがあるんだけど聞いてくれる?」

 櫛田とは違った形で、一之瀬はまぶしい存在だと思った。

 どこまでも純真というか自分の思うままに行動しているというか。

 オレみたいな人間と話す時でさえ、全力投球って感じだ。

「最初に4つのクラスに分けられたじゃない? あれって本当に実力順なのかな」

「入試の結果とはイコールじゃないことは分かってる。うちにも成績だけならトップクラスの人間が何人かいるからな」

 ほりきたこうえんゆきむらの3人は間違いなく筆記試験の成績は学年でも上位に入るはずだ。

「総合力、とかじゃないか?」

 適当に答える。オレも何度か考えたが答えの出なかったものだ。

「私もね、最初はそうかもって思った。勉強は出来るけど運動が苦手だとか。運動は出来るけど勉強は苦手みたいな感じで。だけど、総合力の判断だと下位クラスは圧倒的に不利じゃない?」

「それが競争社会じゃないのか? 特別変な話じゃないと思うが」

 いちは納得がいかないのか腕を組んでうなる。

「個人戦ならそうだけど。これはクラス単位なんだよ? 純粋に優秀な人間をAに集めちゃったら、ほとんど勝ち目はないんじゃない?」

 だからこそ、今現状でクラスポイントが悲惨なほどに開いてるんじゃ?

 一之瀬の考えは違うらしく、こんな答えを口にした。

「現段階でAからDクラスに差があるのは事実だけど、それはさいなことで埋まっていくだけの何かが隠されてるんじゃないかな?」

「一応聞くと、根拠は?」

「あははは、あるわけないじゃない。何となくそう思うだけ。そうじゃないと厳しいって言った方が的確かも知れないけどね。勉強できる子、スポーツが得意な子がDクラスにもいるってことは、色んな対策も練れるし」

 確かにその辺は普通の制度とは大きく異なる部分か。

 学力だけでクラス分けされたなら、どういてもその点では他クラスに勝てない。

 色んな分野のエキスパートがそろっているのは大きな要素だ。

「……そう言うこと、他人に言わない方がいいんじゃないか?」

 オレは少し心配になり一之瀬に忠告する。

「ん? なにが?」

「今みたいな考え方だ。堀北も言ってたけど敵に塩を送る行為だぞ」

 それでオレがヒントを得て、活かしてしまう可能性だってある。

「私はそうは思わないけどなぁ。意見交換で得るものも多いし。それに今は協力関係にあるんだから全然問題なしなし」

 Bクラスの余裕……ではなく一之瀬の特徴だな。何となく彼女の性格や考え方が理解できた。とにかく良いヤツなんだ、こいつは。そして本当に表裏がない。

「意見交換出来るほど、オレの頭は良くないぞ。その点は申し訳ないとしか言えないが」

「私が勝手に思って勝手に話してることだから、気にしないで。活かせる情報だと思ったらどんどん活用してくれていいし」

 あ、といちは何かを思い出したように一度その場に立ち止まる。

 どうしたんだと思い横顔を見ると、真剣なまなしをオレに向けて来た。

「あのさ……参考までにあやの小路こうじくんに聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」

 さっきまでの明るい一之瀬からは想像も出来ない様子に、オレは少し身を固くする。

「答えられることなら答えるぞ」

 一億冊分の知識を詰め込んだオレの頭脳に、答えられないことはほぼない(大うそ)。

「女の子に告白ってされたことある?」

 あれぇ……それは読んだ一億冊には載ってなかったなぁ……。

「それはあれか? 今時告白されたことのない男子って、みたいな……?」

 キモイとか童貞とか、とにかくそういうバカにされてる系? オレ泣いちゃうぞ?

 まだ高校1年生なんだぞ? 全然そんなの早すぎるって。なあ、オイ。そう思わない?

 それに割合で言えば告白経験あるヤツの方が少ないだろうし。何の根拠もないが。

 人類が繁栄していた裏で、どくのまま死んでいった人間は数知れず。

「違う違う。ごめん、何でもないの」

 何でもないって顔はしていない。ただそれはオレをバカにしているというよりは、まさに悩める少女のように見えた。

「もしかして告白されたとか?」

「え? あーうん。そんな感じ」

 どうやらひらかるざわのカップル以外にも、日々成立目指して行動している生徒たちであふれているようだ。

「あのさ、良かったら今日の放課後少し時間もらえないかな? 告白のことでちょっと問題を抱えててね。事件のことで忙しいのは百も承知なんだけどさ」

「別に大丈夫だ。オレは特にやることないしな」

「やることがない?」

「今回、オレは証拠探しや目撃者探しってのは、あまり意味がないと考えてる。そこに時間を割いて得られるものは苦労だけだ」

「その割には、事件現場に足を運んでたよね?」

「アレはまた別のねらいというか。とにかく大丈夫だ」

「ありがとう」

 しかし一之瀬の告白とオレ、どう関係しているのか。

 もしや『これが私の彼氏なの』と言って嘘ですありがちなパターンか? 一瞬そう思ったが、それならもっとしようのあるイケメンを使うだろう。

「放課後……玄関で待ってるね」

「お、おう。わかった」

 絶対にないと分かっていつつも、そう言われると期待してしまうのが男のさがか。


    7


 学校の玄関前は帰宅する生徒の波であふれていた。

 どうやっていちと合流すればいいのか、ここに来るまで少し悩んでいたが、その悩みはすぐに解決することになる。これだけ大勢の生徒がいても彼女は目立った。

 可愛かわいいということも理由の一つかも知れないが、場を支配するような存在感があった。

 正直、何と形容していいのか分からない。ただ漠然と、柔らかくも力強いものを感じるとしか言い表せない。そして周囲の1年生たちの認知度の高さもうかがえた。

 くしと同等、あるいはそれ以上。男女問わず人気が高く、次々と声をかけられている。結果、オレは声をかけるタイミングを逸し続け、5分ほど無駄な時間を過ごしてしまった。

「あっ。あやの小路こうじくん、こっちこっち」

 最終的に一之瀬の方がオレに気づいて声をかけてくる。

 おう、と軽く手を挙げて今来たかのようによそおい合流する。

「それでこれからオレはどうすればいいんだ?」

「すぐにわらせるつもりだから。ついてきて」

 靴を履き、オレは一之瀬に導かれるまま学校の裏側へ向かう。

 やがてたどり着いたのは、体育館裏。告白にはうってつけと思われる場所だ。

「さてと……」

 呼吸を整え、一之瀬はくるりとオレを振り返った。これはまさか、一之瀬が俺に!?

「告白───」

 いや、そんなまさ───。

「私、ここで告白されるみたいなの」

「……え?」

 そう言って、一之瀬は手紙を取り出し見せてきた。ハートの可愛いシールがられた可愛らしいラブレターだった。中を見て良いということだったので、失礼ながら拝見する。手紙の外装にたがわず中もれいな字というか、男らしくない可愛らしい文字が躍っていた。

 入学してから気になっていたこと、最近おもいに気が付いたこと。

 金曜夕方4時に体育館裏で会いたいと書かれ締めくくられていた。あと10分ほどだ。

「これ、オレがいない方がいいんじゃないか?」

「私、恋愛にはうとくって……。どう接したら相手を傷つけずに済むのか。仲の良いともだちでいられるのかが分からないから……。それで助けて欲しかったの」

「それは告白経験のないオレに頼むことではないと思うんだが……Bクラスになら頼れるやつは幾らでもいるだろ」

「Bクラスの子なんだよね……告白相手」

 なるほど、そういうことか。何となくオレが連れ出されたことも理解できた。

「今日のことは出来る限り秘密にしたいの。そうじゃないとこれから先、気まずくなりそうだし。あやの小路こうじくんだったら、誰かに言いふらしたりもしなさそうだから」

「でもいちだったら告白され慣れてるんじゃないのか?」

「えっ!? や、全然。全然だって。私告白なんてされたことないもん」

 この場に助っ人として呼ばれていなかったら、絶対に信じなかっただろうな。

「だからもう、ほんとどうして、って感じ」

 どうしても何も一之瀬が可愛かわいいから仕方ない、としか思えないが。それに朝からの他の生徒の一之瀬への対応を見ていると、性格も良さそうだ。

「だから……彼氏のフリ、してもらってもいいかな?」

 うわ、マジでそういうベタなパターンか……!

「色々調べたら、付き合ってる人がいるのが一番相手を傷つけないで済むって……」

「相手を傷つけたくない気持ちはわかるけど、後でバレるうそはより傷つけるぞ?」

「すぐに別れたことにするとか。私がフラれたことにしてくれていいし」

 そういう問題じゃないと思うが……。

「1対1で話し合った方がいいぞ、絶対。それも正直に」

「でも───あっ!」

 何かに気づいた一之瀬が、ちょっとぎこちない感じで手を挙げる。

 どうやら思ったより早く告白相手が来たらしい。一体どんなビジュアル系男子なのか。

 ご尊顔を拝見するとボーイッシュな顔立ちの男のだった。ご丁寧にスカートまで。

 いやいや、どうみても女の子だ。

 手紙の文字を見てまさかとは思ったけど、本当に女の子だったとは。

 男が男に告白するのとは違って、ちょっと成立しても良さそうに見えるのはオレが男だからなんだろうか。

「あの一之瀬さん……その人は?」

 告白の場に現れた女の子は、見知らぬ男子生徒のオレに警戒感を示す。

「彼はDクラスの綾小路くん。ごめんねひろちゃん、知らない人連れてきちゃって」

「……もしかして、一之瀬さんの彼氏……とか?」

「あ……えと……」

 いちは、多分『そうだよ』と答えるつもりだったんだと思う。だけど自分がうそをついている後ろめたさ、罪悪感からその答えはのどの奥に引っ込んでしまったようだ。

「どうしてその、あやの小路こうじくんて人がいるんですかっ」

 ひろと呼ばれた女の子は、想定外の状況に混乱して涙目になっていた。

 彼氏なのか。彼氏じゃないならどうして他人がここにいるのか。理解できていない様子。

 それを見て一之瀬は更にあたふたと慌て、どうしていいか分からないと同じくパニック。

 頼りがいのありそうな子だと思っていたけど、意外な弱点があるもんだな。

「あの、どこか行ってもらえませんか。私これから一之瀬さんに大切な話があるんです」

「わ、ちょっと待って千尋さん。その、えっとね……? 実は綾小路くんは……」

 どうやら一之瀬は、先手を打って断りを入れるつもりのようだった。

 直接言葉で『好き』と言われてからだと苦労すると思ったのだろう。

「……なんですか」

「綾小路くんはね? その、私の───」

 この場でオレに出来ることは基本的にない。唯一あるとすれば……。

「ただのともだちだ」

 一之瀬が言葉を紡ぐ前に、オレはそう言い切った。

「一之瀬。人から告白されたことのないオレが言うのもどうかと思うが、オレをここに呼んだのは間違いだったと思うぞ」

 オレは、二人のためにハッキリとそう答えた。

「誰かに告白するってそんな生易しいものじゃないだろう。毎日のようにもんもんとした時間を過ごして何度も何度も頭の中でシミュレートして。それでも告白できなくて。いざ告白するって思ったときでも、喉元まで出かかった『好き』の言葉は中々出てこない。そういうもんだとオレは思う。その必死のおもいに、告白される側は答えなきゃならないんじゃないか? こんな状況を作って場を濁したら互いに後悔するだけだ」

「っ……」

 恐らく一之瀬は、誰かを本気で好きになったことがまだ無いんだろう。

 だからどうしていいかわからず、何が正しく何が間違いなのかが分からなかった。

 相手を傷つけたくないという思いが空回りしてしまったのだ。

 告白を断るということは、その相手を傷つけることを避けては通れない道なのだ。

 そりゃ、知恵を振り絞ってフレーズを引っ張り出せば多少はマシかも知れない。

 今は学業に集中したいとか、他に好きな人がいるとか。今回のように付き合ってる人がいるとか。だけどどう答えたところで相手は絶対に傷つく。

 ましてそれが嘘で塗り固められたものならなおさらだ。オレは一之瀬の返答を待たず、その場を後にする。それからオレは帰るでもなく寮へと続く並木道で立ち止まった。

 手すりに腰を預け、緑葉を見上げながら一息つく。

 5分ほどしただろうか。オレのそばを一人の少女が小走りで駆け抜けていった。

 目にはうつすらと涙を浮かべながら。

 それからも、オレはジッとその場から動かず時間をつぶし続けた。

 そろそろが傾こうかという頃、トボトボと歩いて戻ってくるいち

「あ……」

 そしてオレを見つけちょっと気まずそうにうつむいた。けどすぐに顔を上げる。

「私が間違ってた。ひろちゃんの気持ちを受け止めようとしないで、傷つけない方法だけを必死に考えて逃げようとしてた。それって間違いなんだね」

 恋愛って難しいんだね、とつぶやき一之瀬はオレの隣に並び手すりに腰掛けた。

「明日からはいつも通りにするからって言ってたけど……。元通りやっていけるかな」

「それは二人次第だ」

「うん……」

「今日はありがとう。変なことに付き合わせちゃって」

「いいさ。たまにはこんな日があっても」

「立場が逆になっちゃったね。手を貸すつもりで声をかけたのに私が頼っちゃった」

「オレこそ偉そうなこと言って悪かった」

 何がおかしいのか、一之瀬は目をパチパチさせてこっちを見た。

あやの小路こうじくんが謝る要素なんてないない。全然ない」

 ぐーっと両手を空に向けて伸ばし、一之瀬はぴょんと地面に降り立った。

「今度は私が協力する番。やれるだけのことはやってみるね」

 Bクラスの生徒一之瀬は解決困難なこの事件にどう立ち向かっていくつもりなのか。

 オレはその点に関し、少し楽しみだった。


    8


 夜、パソコンで通販サイトを閲覧していたオレの下に一本の電話が入った。ベッドそばのコンセントで充電していた携帯の画面が光っている。着信欄にはくしきようの名前が表示されていた。思わず二度見して確認してしまった。通話が切れたらかけ直す勇気もないので、のキャスターを滑らせ携帯をつかんでベッドにダイブした。

「ごめんね夜遅くに。まだ起きてた?」

「ん? ああ。もう少ししたら寝ようと思ってたけど。何か用か?」

くらさんのデジカメ壊れちゃったじゃない? 私が話しかけちゃったから慌てさせた部分もあると思うの。だからその責任を取りたくって……」

「少なくともくしが責任なんて感じる必要はないと思うけどな。それに修理に出すだけだろ? 大切なものならほうっておいても修理に行くんじゃないか?」

 ところが、話を聞いてみると話はそう単純じゃないらしい。くらはイメージ通り人と話したりするのが極度に苦手で、一人で店まで修理に出しに行く自信がないらしい。一人で飲食店に入るのにちょっとちゆうちよするのに、似ているかも知れない。

 にわかには信じられないことだが、世の中には様々な性格、特徴の人がいる。

 人と接するのが苦手な人がいても特別驚くことじゃないか。

「それで櫛田が申し出たわけだな?」

 佐倉との接点を持つためには、自分から積極的に行動を起こすしかない。

「うん。少し迷ったみたいだけど、明後日あさつてでいいならって。多分佐倉さんにとってデジカメはとても大切なモノなんだと思う」

 そして櫛田は、見事に佐倉と打ち解けるための第一歩を踏み出したわけだ。

「でもどうしてオレなんだ? 二人きりの方がスムーズに運ぶんじゃないか?」

「ただ修理に出すだけならね。だけど、今はもう一つ大切なことがあるから。あやの小路こうじくんにはそっちの方で協力してもらいたいの」

どうの事件を知っているのかどうか、ってことか」

ほりきたさんはそう確信してるし、私も佐倉さんと接した感じ、何か知ってると思った。だけど本人がそれを否定してる以上、何か理由があるはずだよ」

 本当なら堀北を連れて行くのが一番だが、休日に櫛田が堀北と外に出かけるビジョンは妄想でも見えない。多分消去法で、一番害の少ないオレに白羽の矢が立ったんだろう。いけやまうちを連れて行っても櫛田のことしか見ないだろうし。

 それに好都合だ。一度家電量販店に足を運びたいと思っていたところ。

 オレは体を起こしベッドに隣接した壁に背中を預けた。何となく横になったまま出かける約束をするのは失礼だと思ったからだ。

「ょし、わかった。行こう」

 普通に返事をするだけで良かったのに、ちょっと気負ってしまい声が裏返った。

 幸い櫛田は特に変にはとらえなかったのかそのことでっ込まれることはなかった。

 それからしばらく、オレと櫛田はあいもない話に花を咲かせた。

 もう日常的な会話をする上ではあまり緊張しないというか、気負うことは無い。

 それだけパーソナルスペースに踏み込まれても不快に感じなくなっている証拠だ。

 自分の中でともだちとして、しっかり認識している。

「そう言えば、こうえんくんと須藤くんがけんしそうになった時、怖かったな」

「あぁ。あれは一触即発というか、なぐり合い寸前だったかも」

 高円寺の方はマイペースだったが、須藤が殴り掛かってきたら反撃したはずだ。

 そうなれば大惨事だったかも知れない。

「私動けなくって……。ひらくんってすごいよね。尊敬しちゃった」

「だな」

 褒められた平田にちょっとだけしつしたオレ、自分に反省。

 あの場面で飛び出していける勇気と度胸を持ってるんだ、尊敬されて当然だ。

「Dクラスが何とか形を成してるのは、くしと平田のお陰だ。男子と女子でそれぞれ分かれてるのも大きいし」

 女子のことは女子でしか解決できないこともある。

「私は普通にしてるだけだよ。特別なことは何もしてないもん」

「きっと平田も同じように言うと思うぞ」

 特別な人間は、自分が特別だと思っていないケースの方が多い。

「特別って言えば、私なんかよりほりきたさんの方が全然特別じゃない? 勉強も出来るし運動も出来るから。どうしてDクラスに居るのって感じ」

 あれは特別ではなく、特殊な部類の人間だ。

 余計な悪口を言うと後でバレた時怖いので黙っておく。

「社交的じゃないから、その部分でDクラスにされたんじゃないか?」

「だけどあやの小路こうじくんとは普通に接してるよね?」

「あれが普通だと……?」

 オレの知ってる堀北を基準にしたら、その他のあつかいは悲惨なものになるが……。

 もんぜつするいけを思い出して小刻みに震える。

「まだまだ堀北とは壁を感じると言うか、その程度の関係だからな。念のため」

「ふぅ~ん?」

 少し疑うような、面白がるような声が聞こえて来た。櫛田に誤解されるのは嫌だな。

「あーそうだ、一つ聞きたいことがあるんだけどさ。櫛田のって9階?」

「えっ? あ、うんそうだよ? それがどうかしたの?」

「いや何でもない。ちょっと気になっただけだ」

 気が付くと櫛田は黙り込んでいた。前触れなく突然訪れる沈黙。

 さっきまで続いていた会話が、ピタッと止まってしまう。

 大体の場合すぐに櫛田が話をしてくれるんだが、それが途絶えてしまった。

 もしかして部屋が何階か聞いたのがかったか?

 そわそわして落ち着かなくなり、意味もなく部屋の隅々を見回してしまう。

 ああ、今だけコミュ力抜群のイケメン男子になりたい。そう思わずにはいられない。

 互いの呼吸音だけが聞こえてきそうなほど、静寂な時間。

「もう遅いし、そろそろ切ろうか?」

 沈黙に耐え切れず、オレはギブアップを宣言した。

 女の子との無言通話とか心に痛すぎるだろう。

「あのさ───」

「ん?」

 くしが沈黙をやぶった。だけどその後が続かない。珍しく発言にちゆうちよしているように感じた。いつも明るく会話を弾ませる櫛田らしくない。

「もし、もしね? 私が……私が───」

 また言葉が止まる。それから、再びの沈黙が訪れ、5秒、10秒と経過していく。

「……ううん、何でもない」

 それは何でもある時の反応だ……。

 けど、なんだよ~、言いかけたんだから言えよ~と軽く返す勇気はじんもないので軽く流すことにした。すまない櫛田。もし戦場に出るなら、オレは後方でこそこそ隠れて戦うげきしゆがいいと言ってしまうようなチキン野郎だ。許せ。

「じゃあ明後日あさつてはよろしくね、あやの小路こうじくん」

 そう言って、櫛田は通話を切った。

 最後に言いかけたことは何だったんだろうか。今日は寝つきの悪い夜になりそうだ。


    9


 日曜日のお昼前、オレは櫛田との約束を果たすためショッピングモールへとやって来ていた。土日は基本的に自室で過ごしがちなオレにとってちょっと緊張してしまう場所だ。

 二つ連なったベンチの片方には、一人先客が座っている。オレと同じように待ち合わせだろうか。休日となると、やっぱりほとんどの生徒が自由気ままに出歩いてるんだな。そんな当たり前のことを思いつつ、空いているもう片方のベンチに腰を下ろした。

 同じ寮に住んでいるんだから一緒に行けばいいと思うだろうが、櫛田にはちょっとしたこだわりがあるのか、現地で待ち合わせることに意味があるらしい。

「おはよー!」

 周囲のけんそうを裂く、満面の笑みを見せる櫛田が近づいて来た。

「お、おう。おはよう」

 思わずドキッとしたオレは、ちょっと言葉に詰まりながらも軽く手を上げる。

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

「いや、オレも着いたばかりだから」

 デートのテンプレのようなやり取りをしつつ、オレは思わず櫛田の上から下まで全身を見てしまう。可愛かわいい。可愛いぞ櫛田。初めて見る櫛田の私服姿に感動を抑えきれない。

「休日に会うの初めてだよね。新鮮な感じ」

 同じようなことを感じていたのかくしが笑う。なんだよその可愛かわいがお。反則だ。

 もしかしたら、いけたちも見たことないんじゃないだろうか。ひょっとして一番乗り?

 一人興奮を抑えきれないでいると、櫛田が思い出したように言う。

「先週の休みは忙しかったの? あやの小路こうじくんも来れば良かったのに」

 先週? 来れば良かったのに? 一体なんの話だ。

「池くんたちとカフェに行った話だよ~」

 初耳です。

 その隠れイベントの出現方法、オレは習った覚えがありません。

「もしかして……」

「あ、あー。そうか。そういえばそんな話も───聞いてません」

 オレは天を仰ぎ、自分のなさを嘆く。

 誘ってくれない池たちが悪いんじゃない。誘われない自分が悪いんだ。

「無理しようとしたんだね……。ごめん、余計なことだったかな……」

「気にしないでくれ。全然気にしてないから。……楽しかったのか?」

ものすごく気にしてることだけは分かったよ……」

 休日の櫛田を見るのは、一番乗りどころかしたら最下位だな。

 一瞬でも二人で過ごせてるだけ、自分はラッキーだと思うことにしよう。

 時折目の前を通り過ぎていく生徒たちは、櫛田の私服姿に目を奪われていた。カップルの場合、彼女が彼氏のほおを引っ張って不機嫌そうにねる様子も。

 彼女持ちでもれてしまうほど、可愛いということだ。

 ……なんか、オレ随分櫛田を持ち上げてるよな。

 言ってることは全部事実なんだが、ちょっとテレ臭くなってきた。

「どうしたの?」

 硬直し、直立不動になっていたことが不思議だったのか、少し前かがみになって下からのぞき込んできた。いちいち動作も可愛い。

「いい天気だよな、と思って」

 我ながらベタベタ過ぎるセリフです。

 ちょっと落ち着け。今日だけで何回可愛いって単語使ってるんだ。

 こんなペースで使いつづけてたら一日に100、200は繰り返すことになるぞ。

「あれだな。ちょっと不釣合いなかつこうかもって思った。悪いな」

 オレは動きやすい、シンプルな格好をしている。お世辞にも櫛田の隣に並んで良いような男じゃないことは確かだ。

「全然そんなことないよ。凄く合ってると思うよ」

「地味な格好が似合ってるっていう悪口と受け取っていいか?」

「うんそうだねっ」

 グサッと鋭いナイフが刺さるのがわかった。墓穴を掘ったわけじゃないが、なんだろうものすごくショックだ。

あやの小路こうじくんって意外と繊細? 何言われても気にしなそうなのに。全然悪口なんかじゃないよ。本当に似合ってると思ったから」

 どうやら、オレはからかわれたらしい。普通なら怒ってしまうようなことも、くしならおちやな一言で済んでしまうからずるい。

「それで、くらさんは?」

「まだみたいだ」

 丁度、約束の時間になるが、まだ佐倉の姿が見えない。

「けどオレで良かったのか? 誘う相手」

「綾小路くんも誘うようにお願いされたんだよね。佐倉さんと接点あったんだ?」

「佐倉から? いや……ほとんど話もしたことないぞ」

 佐倉と特別棟で鉢合わせした時のことを思い返す。接点と言えばあれくらいだ。

ひとれされてたりして?」

 にやにやと笑うが、流石さすがにそんなドラマな展開は期待できないだろう。

「とりあえず座って待つか」

「そうだね。って……ねえ、隣のベンチに座ってるのくらさんじゃない?」

 慌てて振り返ると、隣のベンチに座ったその人物は、申し訳なさそうに少し会釈した。

 まさかずっと隣のベンチに座っていたのが佐倉だったとは……。

 気配というか、雰囲気というか、他人オーラがすごすぎて全く気が付かなかった。

「ごめんね、影薄くて……おはよう……」

「いや、別に影が薄いとは思っていないぞ。存在は感じてたからな」

「それフォローになってないよあやの小路こうじくん」

 申し訳なさそうに頭を下げると、佐倉がゆっくりと立ち上がる。

 けどオレが気づけなかったことも許してほしい。佐倉は帽子をかぶって、マスクまでしているのだ。親しい人間ならかく、これで佐倉と認識するのは困難だ。でも引いたのだろうか。

「ちょっと、不審者っぽいですよね……」

「不審者っていうか、逆に目立つと思うぞ」

「そうですよね……ここじゃ特に、目立ちますよね」

 そう言い申し訳なさそうにマスクだけ外す。どうやら風邪ではなく、マスク女子だったらしい。どれだけ目立つのが嫌いなんだ。

「デジカメの修理って、ショッピングモールの電気屋さんでいいんだよね?」

「確か修理の受け付けもやってたはずだ」

「すみません……こんなことに付き合わせてしまって」

 佐倉は心底申し訳なさそうに頭を下げ謝る。なんだかこっちまで申し訳なくなってきた。


    10


 学校と提携しているのか、全国的にも非常に有名な量販店がもうけられている。利用客は学生だけということもありお店そのものの敷地面積はけして広くないが、日常で必要そうなもの、学生たちが利用する可能性のある電化製品は十分取りあつかわれているように思えた。

「えっと、確か修理の受け付けは向こうのカウンターでやってたよね」

 くしは何度か来たことがあるのか、思い出しながら店内の奥に向かう。その少し後を佐倉とオレがついていく。

「すぐ直るかな……」

 不安げな様子で、佐倉はデジカメを握り締める。

「よっぽど好きなんだな、カメラが」

「うん。……変、かな?」

「いや全然。むしろ良い趣味じゃないか? まあ、オレがカメラの何を知ってるんだって話ではあるんだが。早く直るといいな」

「うんっ」

「あったよ、修理受け付けてくれるところ」

 店内は商品が多いため視界が悪かったが、店の一番奥に修理の受付場所があった。

「あ……」

 かぴたりとくらの足が止まる。その横顔は、何か嫌なものを見つけたけん感を露骨に表したもののように感じた。

 けど、佐倉の視線の先をオレも追うが、特に変なものは見当たらない。

「どうしたの? 佐倉さん」

 くしも立ち止まった佐倉を変に思ったのか、声をかける。

「あ、えっと……その……」

 何か言いたげな様子だったが、結局首を左右に振り深呼吸する。

「何でもないから……」

 そう言って懸命にがおを浮かべ、修理受付の場所へ向かった。

 オレと櫛田は一度顔を見合わせたが、佐倉が何でもないと言うならと後を追う。

 店員に話しかけ、デジカメの修理を依頼する櫛田。

 その間もちなので、その辺で電化製品を眺めておく。

 しかし、櫛田の処世術は大したものだな。初対面の店員と、昔なじみのともだちのように話し込んでいる。修理に出す持ち主の佐倉は承諾や疑問点にのみ答えている。

 それにしても店員はやけにハイテンションだ。まくしたてる勢いで櫛田に積極的に話しかけている。かすかに聞こえて来たやり取りでは、どうやら櫛田をデートに誘っているらしく、シアタールームで上映されている女性アイドルのコンサートをに行こうと言っていた。相当なオタクのようで、選挙がどうのという会話から、雑誌のアイドルまで幅広いトークで言葉巧みにアプローチをかけている。

 櫛田が嫌がる素振りを見せないことから、く誘えているつもりなのかも知れないが、思い切り外しているというか、引かれていると思うぞ、それは。

 可愛かわいい子相手で気持ちが高ぶっているのか、やり取りが一向に進まない。

 さすがにまずいと感じた櫛田が話を進めるべく、佐倉にデジカメを出すよう促した。

 店員が中を開けて簡単に確認したところ、落ちた衝撃でパーツの一部が破損してしまったため、上手く電源が入らないとのことだった。幸いデジカメなどの個人的所有物はこの学校に入学してから買ったものであり、保証書をしっかり保管していたので、無償で修理を受けられるとのことだった。

 あとは必要事項を記入してわり。のはずだが、佐倉の手が用紙を前にして止まる。

くらさん?」

 不思議に思ったくしが、佐倉に声をかける。何か、躊躇ためらっている様子だった。

 オレは口出しするつもりはなかったが、どうにもあの態度が気にかかる。

 それに───。

 さっきまで櫛田との会話に夢中になっていた店員が、ジッと佐倉を見つめていた。

 佐倉も櫛田も用紙の方に視線を向けていて気が付いていないが、男でも少しゾッとするような不気味な目だ。

「ちょっといいか?」

「えっ?」

 オレは佐倉の隣に立つと、握っていたペンを渡すよう手を伸ばした。

 意味が分からない様子の佐倉だったが、不安げにペンを渡してくれたので受け取る。

「修理がわったらオレのところに連絡ください」

「ちょ、ちょっと君? このカメラの所有者は彼女だよね? それはちょっと……」

「メーカー保証は販売店も購入日も問題なく証明されてますし、法的な問題はどこにもないと思いますが。購入者と使用者が異なっても問題ありませんしね」

 オレは「分かりました」の言葉を聞く前に必要事項、自分の名前や寮の番号を記載していく。

「それとも、彼女じゃなければならない理由でもあるんですか?」

 オレは顔を上げずにそう付け足した。

「い、いえ。分かりました……大丈夫です」

 程なくして必要事項の記入も終わり、用紙と共にデジカメが無事預けられる。

 ホッと胸をろした佐倉ではあったが、修理されたデジカメが戻ってくるまでに2週間ほどかかるとのことで、その点には非常に落胆し肩を落としていた。

すごい店員さんだったね……物凄い勢いでまくしたてられたから焦っちゃった」

「……ちょっと、気持ち悪いよね……?」

「き、気持ち悪くはないけど。もしかして知ってたの? 店員さんのこと」

 佐倉は小さくうなずく。どうやらカメラを買いに来た時に知ったらしい。

 あやの小路こうじくんはどう思う? とオレにも聞いて来た。

「まあちょっと、近寄りがたい雰囲気はあるかもな。特に女の子は」

「前に話しかけられたことがあって……。それで、一人で修理に行くのが怖くて……」

 櫛田はハッとしたように気が付き、オレへと大きなひとみを向けて来た。

「もしかして、それで綾小路くんが?」

「女の子だからな。住所とか携帯番号を書くのに抵抗があるんじゃないかと思ったんだ」

 その点男のオレなら、バレて困る情報は何もない。

「あ、ありがとう……あやの小路こうじくん。すごく、助かった……」

「いや別に。ただ住所書いただけだし。修理の連絡が来たらくらに連絡するから」

 佐倉はうれしそうにうなずいた。あの程度のことで喜ばれると逆に申し訳ないくらいだ。

「よく見てるんだね。佐倉さんのこと」

「それは誤解を生む言い方だぞ。正確にはあの個性的な店員を見てただけだ。何て言うか女の子大好きそうな雰囲気が出てただろ?」

「あはは……それは確かに」

 くしですら参るほどだ。免疫のない佐倉には相当こたえただろうし。

「今日は櫛田さんも一緒だったから、全然話しかけられずに済んだよ。ありがとう」

 もし1対1であの店員と向き合っていたら、佐倉は逃げ出していたかも知れない。

「全然、こんなことで良ければいつでも協力するから。佐倉さん、カメラ好きなんだ?」

「うん……小さい頃はそうでもなかったんだけど。中学生になる前くらいかな、お父さんにカメラを買ってもらってから、どんどん好きになっちゃって。って言っても、撮るのが好きなだけで、全然詳しくないんだけどね」

「カメラに詳しいのと好きは別だよ。何かに夢中になれるって素敵だと思うな」

「佐倉は普段景色を撮ってるんだっけ? 人物とかは撮らないのか?」

「ふぇっ!?」

 ずざっと後ずさり、わたわたと慌てる。何かい質問でもしたか?

 多分ごくごく自然なことを聞いたつもりだったが。単純に景色というか、風景専門なんだろうか?

 口をパクパクさせ、体を硬直させている。

「……ひ、秘密」

 なるほど。オレのような相手には詳しく答えたくないと。

「あ、あのね、その、恥ずかしいから……」

 ほおを赤らめ、うつむきながら言う。恥ずかしいものを、撮ってるのか……?

 色々と想像が膨らむところだが、顔に出すと失礼だ。グッとこらえる。

「そうだ、ついでで悪いんだけどさ、ちょっと店内を見てってもいいか?」

「何か欲しいものあるの?」

 欲しいものというか、ちょっと気になるものというか。

「二人は適当にブラブラしててくれてもいいし」

「私たちも行くよ。ね?」

「う、うん。付き合ってもらって悪いし……。時間もあるから」

 望んだわけじゃなかったが、どうやら二人も後をついてくるらしい。

 櫛田と佐倉。並んで歩いてるところを見ると、一日で二人の距離はグッと詰まったらしい。その処世術、オレにも少し分けてほしい。

 二人は何やら女子トークを繰り広げているようなので、邪魔しないよう目的のものをチェックすることにしよう。オレは携帯のアドレス帳を呼び出す。

 いけを通じてたまに参加させられるけ事の流れから連絡先を交換していたのだ。

 まだまだ登録件数は少ないが、着実にともだちが増えていることは間違いない。

 その中で、さ行にある『そとむら博士はかせ)』の名前を選択し電話をかけた。

「博士、ちょっといいか?」

「む? あやの小路こうじ殿から電話がかかるとは珍しいでござるね。なんでござる?」

 電話の相手は外村。あだ名は博士。頭が良さそうなあだ名をしているが、実際はただのすごいオタクだ。日々情報を集め、美少女ゲームからアニメ、マンガまでを幅広く網羅している。

「博士が普段使ってるノートパソコンは、学校のポイントで買ったんだよな?」

「そうでござるよ。8万ポイントもしたでござる。でもそれがなにか?」

「学校で売ってる電化製品で探してるものがあるんだけどさ」

 オレは商品の概要を説明する。今店に足を運んでいて、幾つか目の前に類似品はあるもののどれを選んだらよいかわからないということも。

 店員に聞けば早いと思うだろうが、色々と事情がある。

「……綾小路殿。拙者がその分野に精通しているとでも?」

「分からないならいいんだ」

「待つでござる」

 電話を切ろうとしたオレを呼び止める。

「分かるでござるよ。拙者、実家には2台ほどその手のを持っていたでござるから」

「まさか、中学の時から悪さを?」

「勘違いせぬよう。語学のために実験していただけ故」

「じゃあ、もし必要になったらセッティングを頼んでもいいか?」

「ふふっ任せるでござる。拙者もいつか、お世話になるかも知れないですしおすし」

 適材適所。オレには分からない分野も、詳しい人間がいるものだ。

「待たせたな」

「もうわったの?」

「今日は下見だ。家電買うほどポイントも残ってないしな」

 ふと、くしくらの横顔を見つめながら、ボーっとしていた。

「あれ? ……佐倉さん、私とどこかで会ったことある?」

「え? い、いえ。無いと思います、けど」

「ごめんね。何となく佐倉さん見てたら、どこかで会ったことある気がして。あの、もしよかったらメガネ外してみてもらえないかな?」

「ええっ!? そ、それはちょっと……! 何も見えないくらい目が悪いから……」

 胸の前で手を左右に振りくしに拒否を申し入れる。

「ねえ今度一緒に遊ぼうよくらさん。私だけじゃなく、他のともだちと一緒にさ」

「……それは……」

 佐倉は何か言いかけたが最後まで言葉が続けられることはなかった。

 それを聞くと面倒なことになると櫛田も感じたからこそ、特に何も言わなかった。いや、聞けなかったと言うべきか。結局そのまま最初に合流した地点まで戻ってくる。

「あの……今日はありがとうございました。すごく助かりました」

「いいよいいよ。お礼言われるようなことじゃないし。それに佐倉さん、良かったら普通に話してくれないかな? 同級生なのに敬語なんて変だよ」

 確かに佐倉の言葉遣いは同級生、それもクラスメイトに向けるそれじゃない。

 けど佐倉には簡単なことじゃないようで、戸惑った様子を見せる。

「意識、してるつもりはないんですけど……変、ですか?」

「悪いわけじゃないよ? でも、私は敬語が無い方がうれしいな」

「あ……う、うん……わかり……わかった。頑張ってみるね」

 拒否されると思ったが、佐倉は櫛田のていあんこたえようと思ったのかそう声を絞り出した。

 人と人はこうやってちょっとずつ仲良くなっていくんだろうか。

 とっかかりなんてほとんどない相手である佐倉とも、着実に距離を縮めている。

「無理はしないでいいからねっ」

「だ、大丈夫。……私も……から……」

 うつむき加減な佐倉の言葉は途中で小さくなり耳に届かなかったが、不快感を感じているわけではなさそうだった。

 満足げに櫛田は微笑ほほえむと、それ以上強引に前に出ることはなかった。

 これこそが適切な距離感かも。

 人付き合いが苦手な人間からすれば、引っ張ってリードしてくれるのはありがたい反面うつとうしいというか、前に出過ぎて逆に引いてしまいそうになることがあるからな。

「それじゃあ、また学校でね」

 そう言って解散を切り出した櫛田。ところが思わぬことに佐倉はその場を動かない。

「あのっ……!」

 少し声を張り、佐倉がオレたちにぐ目を向けた。視線が交錯すると、すぐれてしまったけど。

どうくんのこと……今日のお礼って言うと、少し語弊があるけど……良かったら……」

 もう一度間を置いて、はっきりと口にした。

「……どうくんのこと、わ、私でも協力できるかも知れない……」

 くらは自ら目撃者であったことを口にした。

 オレとくしは一度顔を見合わせる。

「それって、佐倉さんが須藤くんたちのけんを見てたってことだよね?」

「うん……。私、全部見てた。本当に偶然なんだけど……信じられない、かな」

「そんなことないよ。だけどどうしてこのタイミングなの? すごうれしい話だけど、無理はしないでほしいな。恩を着せるために遊んだわけじゃないよ?」

 佐倉はく言葉が出ないようで小さく左右に首を振った。

 今このタイミングで話を切り出したのは、佐倉自身須藤の事件を誰よりも気にしていた証拠かもしれない。何かを足掛かりに協力を申し出たかったのだろうか。

「本当にいいの? 無理、してない?」

 オレと同じことを思っていたのか、櫛田が言いたいことを言ってくれた。

 その問いかけに、心配させていることを感じ取ったのか、小さく佐倉は申し訳なさそうにうなずいた。

「大丈夫……多分、黙ってたら後悔、すると思うから。私もね……クラスメイトを困らせたいわけじゃないの。だけど、目撃者として声をあげたら、どうしても目立ってしまうから……それが嫌で……ごめんなさい」

 何度か悔いるように謝りながら、佐倉は証言することを櫛田に約束する。

「ありがとう佐倉さん。きっと須藤くんも喜ぶよっ」

 佐倉の手を取る櫛田。がおを浮かべる櫛田を見つめる佐倉。

 今ここに、一つの友情が生まれた? のだろうか。

 何にせよ須藤たちが求めていた目撃者が、手に入った瞬間だった。


    11


 佐倉とデジカメを修理に出したその夜、オレは携帯を握り締めていた。

 携帯を持つ手は、冷房の効いた室内とは思えないほどの汗をかいていた。

「佐倉との距離は縮まった……って言っていいんだよな?」

昨日きのうまでよりは、ね。はー、まだまだだな、私。自分にげんなりしちゃう」

 櫛田本人の中ではもっともっと仲良くなるつもりだったんだろう。けど、佐倉は大きく高い壁を他人との間に置いている気がした。その壁を超えない限り、佐倉を目撃者として招集することは難しいだろう。

「そう言えば、なんで佐倉のメガネを外させようとしたんだ?」

「うーん。何でって言われると困るけど。何となく似合わない感じがしたんだよね。佐倉さんとメガネが結びつかないっていうか。自分でもよくわかんない。会ったことがあるって思ったのも、ただの勘違いだろうし」

「いや……もしかしたら、くしの気のせいじゃないかも知れないぞ。くらってオシャレとは程遠いかつこうしてるだろ? オレもそうだけど、極力目立たないような地味な色合いの服を選んだり」

「そう、だね。意識してオシャレしてるとは思えないかな。でもそれがどうかしたの?」

 デジカメを落として拾おうとした時、オレは佐倉の横からメガネを見た。

 その時に感じた違和感がずっと引っ掛かっていた。

「そんな子がメガネなんてかけるのは、ちょっと不自然だと感じたんだ」

「えっ? 佐倉さん、伊達メガネなの? だって目が悪いって……」

「メガネと伊達メガネは一見同じに見えるけど、決定的に違うところが一か所あるんだよ。レンズの向こうのゆがみだ。佐倉のレンズに歪みは無かった。オレはてっきりオシャレの一環として身に着けてると思ったけど、今日の佐倉の発言を聞いて不思議になってさ」

「メガネだけオシャレしてるとか? うーん、普通しないよね」

 装飾品にまでこだわるなら、服装やメイクだって手を入れているはずだ。

「あるいはコンプレックスを隠すためか。例えばメガネをかけると知的に見えるだろ?」

「それはあるね。メガネかけてると頭良さそうだもん」

「佐倉の場合は、の自分を見せたくないって思いからかけてるのかもな。いつも前かがみな姿勢だったり、人と目を合わせないところ。ただの人嫌いって風にも思えない」

 そこに何か、壁を超える手立てが隠されているような気がするのだ。

「やっぱりあやの小路こうじくんを連れて来て正解だったね。よく相手を観察してる気がする」

 ……ちょっとテレた。

 櫛田とのやりとりで楽なところは、く自然に会話をつなげてくれるところだ。

 オレのようにパスが苦手な人には距離を詰め、投げやすいところまで歩み寄ってくれる。

「それからね───」

 また、櫛田からの優しいリードを受けていると携帯にキャッチが入った。

 櫛田に悟られないように着信相手の名前を確認する。いけやまうちなら後回し、ほりきたなら……それはその時考えよう。そう思ってみたのだが……。

 表示された名前は『佐倉』だった。

「悪い櫛田、ちょっとかけ直してもいいか?」

「あ、うん。ごめんね長話して」

 名残り惜しくも通話をえると、オレは切れないうちに佐倉の電話に応対する。

 通話ボタンを押し、応答してから数秒、受話器は無言だった。

「あの……佐倉、です……」

あやの小路こうじだ」

 互いに連絡先を交換し合っておきながら妙な切り出しだと思った。

 儀式的に連絡先を交換したと言っても、十中八九オレには電話はかかってこないだろうと踏んでいた。連絡が必要な時があればくしにすればいいからだ。

「今日は、付き合ってくれてありがとう」

「いや……。別に大したことじゃないし。気にしなくていいぞ。何度もお礼言われるとこっちまで気を遣うしな」

「うん……」

 沈黙の時間が訪れる。これはくらのせいというより、オレも彼女に対していボールを投げ返せないことが原因だ。櫛田との会話でにリードされているかが身に染みる。それでも、この通話ではオレが頑張らなければならない気がした。

「どうした?」

「えっと……」

 また、無言が続く。こんな時どうすればよかとですか。ひらの兄ぃ教えてください。

「何か、思ったこと……なかった?」

 これはまた、実にアバウトかつめいりような言葉が飛んできた。

 思ったこと? 櫛田の私服が可愛かわいかったとか、佐倉が意外と面白い子だとか、そういうことを求められているわけではないだろう。

 流石さすがに糸口が少なすぎて、佐倉の期待している言葉が何か分からなかった。

「何かあったのか?」

 言葉の感情から不安げな色を感じ取ったオレは、何とか細い糸をたぐり寄せようと試みた。けれど、軽く引っ張った糸は水に溶けるようにあっさりと切れてしまう。

「ごめんね、何でもないの……おやすみなさい」

 待ってくれと止める暇もなく、佐倉からの電話が終了する。

 オレはすぐにかけ直そうかとも思ったが、結局先ほどの二の舞になると理解して出来なかった。少しゆっくり考えるため、立ち上がり洗面台で顔を洗う。

 櫛田と通話していた時間は10分ほどだったが、その間、櫛田の携帯にキャッチが入ったような気配はなかった。それ以前に佐倉から電話があったのであれば、櫛田の口から聞いていてもおかしくない。なら、オレにかけた後で櫛田にかけるつもりだった? ……それも考えにくいな。普通通話する時は、親しかったり目上の人間に最初にかける。つまり、今回の場合オレだけに通話してきたと見るのが順当なところだ。

 念のため、オレはチャットを飛ばし櫛田に佐倉から連絡があったか聞いてみる。

 数分して返ってきた返事は、やはり来ていないとのことだった。

『綾小路くんも誘うようにお願いされたんだよね。佐倉さんと接点あったんだ?』

 朝、くしと会ったときそんなことを言われたな。

 あの時は櫛田と二人きりになると緊張するから、適当に誰かを誘わせたんだと思っていた。けど……そうじゃなかったのか?

 櫛田が言ったひとれ~なんて絵空事はともかくとして、オレでなければならないことがあったのか? 今日一日、くらとのやり取りをしていて感じたことを思い返す。

 会話のほとんどは櫛田と佐倉二人で行われたものだったが、オレにも振られた話題があった。それは量販店の修理を受け付けていた店員の話だ。それ以外に浮かばない。

 もし、そのことで『思ったことがなかったか?』と聞かれていたんだとしたら?

 必死にかき集めたピースはあまりに小さく、そして不足し過ぎていた。

 幾つかの想像、妄想のたぐいは浮かんだが、どれもしんぴようせいに欠ける。

 それだ! と決め打つだけの判断材料にはなり得ない。

 学校で聞けばいいと普通なら考えるところだが、佐倉の場合簡単にはいかないだろう。

 誰とも会話しない佐倉にオレが親しげに話しかけに行ったら、それは嫌な意味で目立つ。

 この電話の心配事がゆうわってくれることを祈りつつオレは寝る準備を進めることにした。

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