〇ウィークポイント
嫌なことは続くもの。翌朝ホームルームを迎えたオレたちに
「今日はお前たちに報告がある。先日学校でちょっとしたトラブルが起きた。そこに座っている
ざわ、と教室の中が騒がしくなる。須藤とCクラスが
感情を全く表さない姿にはある種の美を感じられるほど、茶柱先生は淡々としている。
話す内容にはけして差別的なものはなく、あくまで学校側の中立的立場による説明だ。
「その……結論が出ていないのはどうしてなんですか?」
「訴えはCクラスからだ。一方的に
「俺は何も悪くねえ、正当防衛だ正当防衛」
悪びれた様子なく言い放つ
「だが証拠がない。違うか?」
「証拠って何だよ。そんなもんあるわけないだろ」
「つまり今のところ真実が分からない。だから結論が保留になっている。どちらが悪かったのかでその処遇も対応も大きく変わるからな」
「無実以外納得いかねーけどな。つかこっちが慰謝料
「本人はこう言っているが、今現在
淡々と話を進める
「残念だが須藤、このクラスには目撃者はいないようだな」
「……のようだな」
疑いの目を向ける茶柱先生に対し須藤はつまらなそうに目を伏せる。
「学校側としては目撃者を捜すために、今各担任の先生が詳細を話しているはずだ」
「は!? バラしたってことかよ!」
学校側としては仕方のないことかも知れない。須藤が
事件のことを隠したかった須藤にとってはよくない状況だ。
「くっ……!」
早くも須藤の希望していた内々に事件を解決するプランは水泡に帰した。
「とにかく話は以上だ。目撃者のいるいない、証拠があるない含め最終的な判断が来週の火曜日には下されるだろう。それではホームルームを終了する」
茶柱先生が教室を出る。それに続いて須藤もすぐさま教室を出て行った。この場に残っていれば、誰かの発言に逆切れしてしまうと悟ったのかも知れない。
「なあ、須藤の話最悪じゃね?」
最初に切り出したのは、
「須藤のせいでポイントがなくなったら、また今月0で過ごさなきゃならないんだろ?」
たちまち教室内は
ポイントが振り込まれない、少ないという不満のはけ口が、この場にいない須藤一人に集まろうとしている。その状況を見かねたのは当然
「ねえ皆。少し私の話を聞いてもらってもいいかな?」
櫛田はこの騒動をピンチではなくチャンスに変えるため立ち上がった。
「確かに先生の言うように須藤くんは喧嘩をしたかも知れない。でもね、須藤くんは巻き込まれただけなの」
「巻き込まれたって、
櫛田は
それでも全員が全員素直に信じるほど簡単な話でもない。普段の素行の悪さを考慮すれば信じて
「改めて聞くね。もしこのクラスに、
言ってることは
人と接することに
一瞬静寂に包まれる教室。その沈黙を
「なあ櫛田ちゃん。その須藤が言った話、俺信じられないよ。自分を正当化するために
その言葉を皮切りに次々と須藤への不満が噴出する。
「前に廊下でぶつかった他クラスの子の胸倉とか
「俺は食堂で無理やり割り込んで、注意されて逆切れしてるの見たことあるぜ」
須藤の無実を訴えた櫛田の言葉は届き切らなかった。
「僕は信じたい」
そんな櫛田を援護するように立ち上がったのは、もちろんこのクラスのヒーロー
「他クラスの人が疑うならまだ僕も理解できる。だけど同じクラスの仲間を最初に疑うような
「あたしもさんせー」
ヒーローの言葉に声を挙げたのは平田の彼女の
「もし
櫛田が柔の意味で女子の中心人物なら、軽井沢は剛。力あるリーダー的存在になりつつあった彼女の影響力は大きいのか、多くの女子が賛同の意を表明し始めた。
右へ
平田と櫛田、そして軽井沢。特にこの3名はクラスの人望をすっかり集めたようだ。
「私、
「じゃあ僕も仲の良いサッカー部の先輩たちに聞いてみるよ」
「あたしも色々聞いてみよっかな」
3人を中心に、
こりゃ、出番はなさそうだな。
ここはひっそりとフェードアウトしていく作戦にしよう。
1
「フェードアウト……の予定だったんだけどな……」
昼休み。オレは
メンバーはオレ、
仕方ないだろう。昼休みになるなり櫛田が『じゃあ行こっか』なんて
「あなたは次から次へとトラブルを持ってきてくれるわね、須藤くん」
堀北は
当然議題は、須藤の無実を
「ま、仕方ないから友達として助けてやるよ須藤」
最初に須藤を悪者
「それと堀北。また迷惑かけちまって悪い。でもよ、今回オレは無実だからよ。何とかしてCクラスの連中に一泡吹かせてやろうぜ」
まるで
「申し訳ないけれど、私は今回の件、協力する気にはなれないわね」
そんな須藤からの救いを求める声を、堀北は一刀両断に切り伏せた。
「Dクラスが浮上していくために最も大切なことは、失ったクラスポイントを一日でも早く取り戻してプラスに転じさせること。でも、あなたの一件で恐らくポイントはまた支給されることはなくなる。水を差したということよ」
「待てよ。そりゃそうかも知れないけどよ、マジで俺は悪くないんだって! あいつらが仕掛けてきたから返り討ちにしたんだよ! それのどこが悪い!」
「あなたは今どちらが先に仕掛けてきたかを焦点にしているようだけど、そんなことは
「些細ってなんだよ。全然ちげえよ、俺は悪くねーんだ!」
「そう。じゃあ、精々頑張ることね」
手付かずの食事をトレーごと持ち上げ、
「助けてくれねーのかよ! 仲間じゃねえのか!」
「笑わせないで。私はあなたを一度も仲間だと思ったことはないわ。何より自分の愚かさに気づいていない人と一緒にいると不愉快になるから。さよなら」
怒るというよりも、
「なんだよあいつ! くそっ!」
行き場のない
あ、今近くの生徒の
「俺たちだけでやるしかないな」
「おまえだけは分かってくれると思ったぜ
オレは山内のついでらしい。特に驚くことでもないので流しておく。
「協力しろというならするけど、オレは戦力にはならないぞ?」
都度、求められる度に自分を卑下するのも、
「
「いや、でも……それは確かに。綾小路が役に立つのかと言われたら微妙だよな。まぁいないよりはマシだ。多分」
池も当然、オレの役に立つ部分には思い当たるものがない。
オレは自慢げな顔をして
「ちょっと冷たいよな。テストの件で協力してから少しは仲良くなったと思ったのにさ」
池は残念そうというか、少しイラッとした様子で遠くに座る堀北を見やった。
「よくわかんないよな堀北って。どうなんだよ綾小路。あいつ今どんな状態?」
解説を求められても困る。オレはあいつの取扱説明書じゃない。
「でもおかしいよね。堀北さんはAクラスに上がりたいんでしょ? 須藤くんを助けた方がプラスになるのに、どうしてだろうね」
「須藤が嫌いだからじゃね? 仲間を思うって気持ちがないんかも」
別に堀北は須藤が嫌いだからって理由で手助けしないわけじゃない。
けどこの場にいる皆は私情で協力しないと勘違いを始めた。
「考えたくないけど、そうなのかも知れないね……」
「櫛田、堀北は────」
っと、無意識に言葉が口から漏れ出た。櫛田は興味深そうにオレを見る。
「堀北さんは?」
「あー……余計なお世話だけどオレから一つだけ。堀北は確かにキツイ言い方をしてると思う。でも、あいつの言ってることは間違いじゃない……と思うぞ」
「え? どういうこと?」
「あいつも意味なく協力しないって言ってるわけじゃないはずだ……と思うぞ」
「じゃあ、どういう意味なんだよ。思うぞ思うぞって、憶測ばっかりかよ」
堀北は恐らく、
この事件は起こるべくして起こった。そして、見えているエンディング……つまり結末にはハッピーエンドなどほぼ存在しないという事実。堀北はそのことに気が付いてしまったから、須藤に対して冷たく当たったんじゃないだろうか。
けど、だからってこの場でその話をしても皆のテンションを下げるだけだ。悪い要因にしかならない。結末が見えていないのが問題なんだが、それを伝えるのも
そんな水を差す
「や……まあ、須藤の言うように憶測だ」
「んだよ、根拠なしかよ」
「堀北は頭がいいだろ? だからきっと考えがあってのことだと感じたんだ」
「考えって何だよ。見捨てることが考えなのかよ」
「まあまあ、責めないでやろうぜ須藤。四六時中一緒にいる
それでまた須藤は
「目撃者が名乗り出てくれたらいいね。今日、先生たちが他のクラスでも事件の話をしてるはずだしさ。ちゃんと見つかればそれで一気に解決だね」
そう思いたくなる気持ちはわかるけど、果たしてそう
正直課題は山積みだ。堀北が
もしCクラス以外に目撃者がいたとしても、今度はどこまで見たのかが問題になる。
純粋に中立で最初から最後までを目撃した人物が出てくるなら話も別だけど……。
「あ、ごめん、私ちょっと席離れるね。仲の良い先輩見つけたから少し探ってみる」
そう言って、
「須藤なんかのためにも一生懸命だよな、櫛田ちゃん。
池は櫛田の背中に
「俺、マジで告ろうかな
「無理無理。
「おまえよりは成功率あるって」
五十歩百歩のオス同士が言葉によって言い争う。
「俺が櫛田ちゃんと付き合えたら……むふふ」
池は
「おい。何俺の櫛田ちゃんで勝手に妄想してんだよっ」
「いやぁ……(デレデレ)」
「ど、どんな妄想なんだよ! 言えよ!」
妄想でも好き勝手されているのが我慢ならないらしい。
「どんなって、そりゃ裸で俺の横にいる感じっていうか。抱き付いてるっていうか」
それだけの説明である程度情景が見えてくるのは、男子の妄想力たるところか。
「くそう俺だって負けてらんねえ! もう色々広げてやる!」
こらこら、それは倫理的にもよろしくないぞ。
「やめろって。お前の汚い手で俺の櫛田ちゃんに触んなよ」
なんかちょっと櫛田が
きっと夜な夜な男子たちの妄想にお呼ばれされているんだろうな。
「やっぱ高校生活の華は女子だと思うんだよ。そろそろ
「
大切なことなのか、二回言う
「つかさ、櫛田ちゃん
「それを言うなよ山内。けど、まだ男の気配はないぜ、大丈夫だ」
「知りたいか? 知りたいだろ二人とも」
「何だよ。なんか知ってんのかよ池。教えろよ」
仕方ないなぁと言った様子で、池は携帯を取り出した。
「学校からもらった携帯さ、実は
そう言って操作し、池は櫛田の現在地を割り出した。
するとすぐに正確な位置情報が表示され、食堂にマーカーが付く。
「俺こうやって都度都度確認してるから。休日とかも。そんで偶然を
腕を組んでドヤ顔で言うが、それはもうストーカー行為みたいなもんだぞ……。
もう半歩踏み込んだら警察が動き出すレベルだ。
「けど現実的に櫛田ちゃんは厳しいよな……俺たちが落とせるレベルじゃないし。もう1ランクくらい下げるのもやむなし、か……?」
「そだな……とりあえず彼女になってくれるなら、ブスじゃなきゃいいや」
「並んで歩くことを考えたら70点くらいは付けられる子じゃないとなあ」
池と山内は互いに彼女が欲しくて仕方ないようだ。
どんどんと妄想の幅を広げているようだが、高望みは捨てられないらしい。
「
「そりゃ、出来るなら」
欲しいと思って彼女が出来るくらいなら苦労しない。
「一応確認しておくけど、
話は一応聞いていたのか、
「ないない」
「本当だろうなっ?」
信じられないと言った様子で、
「……ならいいんだがよ。あんまベタベタしてっと勘違いされるぞ。堀北にも迷惑だろ」
別にベタベタした覚えはこれっぽっちもない。堀北も絶対思ってない。
「そんなに堀北がいいのかよ。まあ、可愛いけどさ……つまんなそうじゃん? 俺退屈なのは耐えられないからさ。絶対プールとか付き合ってくれそうにないし」
「分かってねーなお前ら。
「普通の
「なるほど……それを想像するとありな気がしてきた。
「けどその夢中になってる堀北は、須藤を見捨てたみたいだけどな」
「それは……まあ、そうだけどよ。クソ、もやもやしてきた」
「ま、櫛田ちゃん
「ちなみに堀北と何もないなら、
「誰って……」
特定の好きな人なんてまだいないというか、浮かばない。
ちょっとだけ真剣に考えてみる。強いてあげるなら櫛田……か? 学校では一番話してる相手だし必然かも。だけどその櫛田には好かれてないと分かりきってるから、今以上の進展を妄想することすら出来ない。
「いないな」
だからそう答えた。けど、池や山内は信じられなかったようで疑いの
「今時好きな子がいない男子なんていると思うか?」
「いないな。いないいない。隠すなよ綾小路」
「おまえたちと違ってそもそも出会いがないから、女子は堀北と櫛田以外知らないぞ」
「そう言えばそうだっけ。他の女子と話してる姿みないもんな」
悲しいかな、そんな事実で納得されてしまう。
「今度女
肩に腕を回してきた池が、自信ありげに言う。
「彼女もいないのに女友達紹介するとか、なんかそれはそれで情けなくね?」
「う……確かに……」
「確か
「俺も俺も! 最低でも彼女はゲットしてやる……そしてラブラブな高校生活を送るっ」
「……堀北にいつ告るか……」
それぞれが、思い思いのことを好き勝手に語る。
「この中で誰が一番最初に彼女作るか競争しようぜ。最初に彼女作ったヤツは全員に飯を
こういうことが堂々と出来るようになれば、真の
「なんだよ
「いや、何で最初に彼女作ったヤツが奢るんだろうなと思ってさ」
「そりゃそうだろ。
「彼女が出来たヤツは
盛り上がるのも結構だが、まずは
2
放課後手分けして聞き込みをすることで話し合いは決まったらしい。
とはいっても、実際に目撃者捜しの実行に移る人数は多くない。
自分たちの足で地道に調査を開始するつもりだろうか。
それはそれでありだけど、短い期間で結果を出すのは大変そうだ。
この学校には400人前後の在校生がいる。1-Dを除いたとしても数に大差はない。
休み時間、昼休みと放課後、朝を含めても相当難しい。
「じゃあ私は帰るから」
「本当に帰っちゃうの?
堀北は迷わずそうよと答えると、そのまま教室を後にした。
「さてと……」
堀北の戦術が正面から堂々と逃走なら、オレは陰。ひっそりと帰る。
「綾小路くん」
ひっそりとはいえ狭い教室。忍び足だったオレはすぐに見つかってしまい、少し不安そうな声の櫛田に呼び止められてしまった。
「なんだ? オレになにか?」
すまない櫛田。オレは鋼の心をもっておまえの誘いを断る。そして寮に帰りつくんだ。
「一緒に……
「もちろんだ」
だから言ってるだろう。上目遣い+お願い=致死だと。
思うように櫛田にコントロールされている気がするが仕方がない。
人はどれだけ眠らずに過ごそうと覚悟を決めても、24時間から48時間で眠ってしまう。たまに○日眠らず過ごしたと豪語する
つまり絶対に
一通り言い訳が
「私、やっぱり
「けどあいつ今帰ったぞ」
たった今足止めに失敗したばかりなのに、もうリベンジか。
「うん。追いかけてみたいの。堀北さんなら必ず戦力になると思うし」
「それは否定しない」
「時間をかけて説得すれば、チャンスはあるんじゃないかな?」
再度アタックしたいというなら、別に止める権利はオレにない。わかったと
「
「「オッケー」」
二人も堀北とはまだ仲良くなれたとは言えない。無理についてくる気はないようだ。
「行こっ」
オレは櫛田に腕を引かれ教室を後にする。なんだろうこの
玄関まで降りて来たものの既に堀北の姿はなく、学校を出た後と思われた。寄り道するようなタイプじゃないから
靴を履き帰宅する生徒の波をかきわけていく。そして学校と寮の丁度間(といっても距離はあまりないが)で堀北を見つける。
周囲の
「堀北さんっ」
オレでも
「……何かしら」
追いかけてくるとは思わなかったのか、少し驚いた様子で堀北が振り返る。
「
「その話なら断ったはずよ? それも数分前に」
相手をバカにするように肩を
「そうなんだけどね……。けど、Aクラスを目指すためには必要なことだと思うの」
「Aクラスを目指すために必要なこと、ね」
納得がいかない様子の堀北は、櫛田の言葉に耳を貸そうとはしなかった。
「あなたが須藤くんのために奔走するのは自由よ。それを止める権利は私にはない。人手が必要なら他を当たってもらえるかしら。私は忙しいから」
「忙しいって、遊ぶ相手はいないだろ」
思わず口から出た
「一人の時間を過ごすことも大切な日課だから。その時間を奪われるのは不愉快ね」
実に孤高の人らしい発言だ。単純に相手をするのが嫌な言い訳なんだろうけど。
「今無理に彼を助けたところで彼はまた繰り返すだけよ。それは悪循環じゃない? あなたは今回
「え……? 須藤くんは被害者、だよ……? だって、
「もし今回の事件、本当にCクラスの生徒から仕掛けたものだったとしても、結局は須藤くんも加害者なのよ」
「ま、待って。どうしてそうなるの? 須藤くんはただ巻き込まれただけなんだよ?」
やれやれと言った様子で堀北はオレに軽く視線をやった。
……いや、何も言わないぞオレは。試すような視線から逃れオレは目を
数秒沈黙が続いた後、堀北は
「どうして彼が今回事件に巻き込まれたのか。その根本を解決しない限りこれから永遠に付きまとう課題だってわかってる? 私はその問題が解決されない限り協力する気にはなれないわね。これでも納得できないなら、後は隣にいる彼にでも聞けば? 私の考えてることを理解してるくせに、理解してないフリしてるだけだろうから」
勝手に理解してる風に話すのはやめて
「
そしてやはり救いを求めるように、オレからのアドバイスを希望する櫛田。
堀北のあの前フリの後で、知らぬ存ぜぬを通しても後々もっと面倒なことになりそうだな……。それに、そんな
「堀北が言ったことはオレも少し感じてる。少なくとも今回の件は須藤も悪いんじゃないかってな。あいつは普段から人に恨まれても仕方がないようなスタンスを取ってるだろ? 気に入らなければ誰が相手でも暴言を吐いたり、あるいは横暴な態度だったり。今の段階でレギュラーに選ばれそうになるって話は驚いたし感心もした。バスケの才能は申し分なくあるみたいだけど、そのことを
周囲が抱いている須藤のイメージは最悪ってことだ。
「今回の事件は起こるべくして起こった。だから堀北は須藤を加害者だと言ったんだ」
「普段の行いや積み重ねが……こういう事態を招いた……ってことだね」
「ああ。周囲の反感を買う態度を続けていれば必然トラブルが起きる。そして証拠が無ければモノを言うのは日頃のイメージ。つまり心証だ。例えば殺人事件が起きたとして、容疑者は二人。一人は過去に殺人を犯した経歴がありもう一人は日々
これだけでジャッジしなければならないとしたら、ほぼ
「それは……もちろん日々真面目に生きてきた人、だね」
「真実はそうじゃないかも知れない。けど、判断材料が少なければ少ないほど、ある材料だけで判断を下さなければならないこともある。今回がまさにそうだ。須藤自身自分が悪いと自覚していないことが、堀北としては許せないんだろう」
身から出た
「そっか、そういうことなんだね……」
「堀北さんは、
「……まあ、そういうことだな。罰せられることで自覚を持って欲しいんだろ」
話は理解した櫛田だったが、それで納得することは無かった。
それどころか少し怒ったように
「懲らしめるために須藤くんを見捨てるって考え方納得いかないよ。もしそんな風に不満を抱いてるなら、せめて直接言ってあげなきゃダメだと思う。それが
堀北は須藤を友達だと思ってないからな……というのはともかくとして、優しく指南するような人間ではないだろう。そんな義理もないしな。
「櫛田は櫛田の考えを貫けばいい。須藤を助けたいって考え方そのものは間違ってないはずだからな」
「うんっ」
迷わず櫛田が頷く。友達のために何度でも救いの手を
「ただ須藤に問題点を指摘するかどうかは、もう少し熟考した方がいいかもな。上辺だけの反省には何の意味もないし、自分自身で気が付いて初めて得るものもあるから」
「……そっか。わかった、それは
自分の気持ちを切り替えるように、ぐーっと背伸びする櫛田。
「じゃあ行こっか。事件の目撃者を捜しにさ」
教室に戻ったオレは
「あれ、結局堀北の説得はダメだったん?」
「うんごめんね、失敗しちゃった」
「悪いのは櫛田ちゃんじゃないよ。それに俺たちがいれば戦力として十分っしょ」
「期待してるね、池くんも
目を輝かせてお願いする櫛田に、二人の目はメロメロハートだった。
「じゃあどっからいく?」
手当たり次第に目撃者を捜していくのは効率が悪すぎる。
何か方針を決めてから動き出した方がいいだろうな。
「もし皆が構わないなら、最初はBクラスに話を聞くのはどうだ?」
「どうしてBクラスなの?」
「一番目撃者がいてほしいと思うクラスだから、って理由くらいしかないけどな」
「ごめん、綾小路くんの言ってることがよくわかんない」
「Bクラスにとって、DとC、どっちのクラスが邪魔……つまり自分たちを脅かす可能性のあるクラスだ?」
「それはもちろんCだよね。だからCクラスは最後にするんだよね。でもさ、じゃあAクラスでもいいってことじゃないのかな?」
「Aクラスについては情報が無さすぎるのもあるが、
もちろんBクラスも信用できるかはまだわからない。
「早速Bクラスにレッツゴー!」
「ストップ」
思わずオレは
「にゃー!」
びっくりした櫛田が猫のような悲鳴を上げた。
「
とか言いつつも、オレもキュンキュンしてしまうわけだが。
「確かにこの一件、櫛田のコミュニケーション能力は欠かせない。けど、
「そうなのかな?」
オレたちDクラスを無償で助けようと思ってくれる目撃者、あるいはそれに近しい人物だったら悩む必要はない。けど打算的な人間であれば素直に協力してくれるかどうか。
わざわざDクラスのためになることをしてくれるかどうかは話してみなければ分からない。その点も考慮してのBクラスへの声かけではあるが……果たしてどうか。
「Bクラスに知り合いは?」
「いるよ。仲良くなったって言いきれるのはまだ数人だけど」
「まずはその子たちだけに絞って話を聞くことにしよう」
Dクラスのオレたちが
「いちいち手間じゃね? もうパッと聞いた方が楽だって絶対」
回りくどい作戦が気に入らなかったのか、追及する
「私も少し消極的過ぎるとは思うかな。Bクラスから聞くっていうのは良いと思ったけど、やっぱり聞けるときに多くの人に聞いた方がいいよ。そうじゃなきゃタイミングが合わなくて目撃した人に話がいかないかも」
「そうだな。そうかも知れない、櫛田たちが良いと思う方法でやってくれ」
「ごめんね
申し訳なさそうに手を合わせて謝る
教室の中には
特に変わったところはない、と思う。
少なくともオレには違和感の正体を見抜くことは出来なかった。
3
初めて訪れる他クラスはちょっと違った雰囲気を出していた。基本構造は同じなのに、場違いの場所に来てしまったような感覚。野球やサッカーのホーム、アウェーなんて
そんな中でも櫛田だけは全く動じない。それどころか
その姿を見て誰よりも
「く、くそう! 俺の櫛田ちゃんを
なんだよスギウチって……。どこの方言だ。
「慌てるな池。大丈夫。俺たちは櫛田ちゃんと同じクラスなんだ、一歩有利なんだ!」
悔しそうに、されど自慢するように二人は腕を組み合う。教室の中に残っていたのは10人余りだったが、櫛田は残った生徒たちに
それにしても、Bクラスの雰囲気はDクラスとそう変わらない。優等生だけの集まり、というわけではなさそうだ。
単純な話、人は見かけによらないってことだろうか。それとも、学力面以外の要素においてDクラスよりも
……ちょっとアレコレ考えていたら
今日は櫛田の付き添いで来ただけに過ぎないんだから任せておけばいい。
オレは池たちに気づかれないよう入り口から距離を置く。
「帰りたい……」
そんな口にしかかった独り言を聞かれたくなかったからだ。
窓の外から見えるグラウンドでは陸上部が汗を流しながらトラックを走っている。
空調の効いた校内にいると、とてもじゃないが外に出る気にはなれない。
「良く頑張るよなぁ、運動部の連中」
Bクラスの偵察をしていた
「俺さ、部活やるヤツはバカだと思ってんだよね」
「いきなり何だ。生徒の半数以上を余裕で敵に回す発言だぞそれ」
正確な割合は分からないが、この学校の部活率は6、7割は最低でもあるはずだ。
「運動が好きなら趣味でやればいいじゃん。厳しい練習やってまで得られるメリットなんてなくない?」
部活をメリットデメリットだけで見るのがそもそもおかしいと思うが。
それに、部活動そのものには数多くのメリットが存在する。人間関係を構築するコミュニケーション能力、失敗の経験や成功の経験。そういったものは勉学だけじゃ学べなかったりするものだ。と、部活をしたことのない帰宅部が能書きを垂れてみる。
「そうかもな」
それから数分間