■[情報偏食 ゆがむ認知]第6部 求められる規範<1>
能登半島地震を巡り、SNS上に投稿された偽情報の多くは、海外の10か国以上から発信されていた。偽情報でインプレッション(閲覧数)を稼ぎ、広告収益を得るためだ。第6部では、従来の法規制やルール、倫理観では健全性が確保できなくなったデジタル空間の現実を取材し、その対策を探る。
◇ パキスタンの首都イスラマバードから車で3時間余り離れた地方都市サルゴダ。緑の多いのどかな町の一角に男性(39)のレンガ造りの自宅はある。
1月1日。自宅にいた男性がいつものようにスマホでX(旧ツイッター)の投稿を眺めていると、現地語で<日本><地震>という言葉が目に入った。黒々とした濁流が船や車をのみ込んでいく動画もあった。
「日本で大変なことが起きている」と思った。同時に濁流の動画を添付した投稿の閲覧数に目を奪われた。数十万回に上るものもある。「金もうけのチャンスだ」――。すぐに同じ濁流の動画を投稿した。ネットで見つけた倒壊家屋や土砂崩れの画像も拡散した。能登地震に関係があるか。それはどうでもよかった。
◇ 男性は大学卒業後、18年間公務員を務めた。親族約10人で暮らし、生活は安定していたが、医師を目指す長男(16)のため、さらに稼ぐ必要があった。昨年10月、新たなビジネスを起こして一獲千金を狙うため、公務員をやめた。
<これからはXで生計が立てられるようになる>
Xオーナーのイーロン・マスク氏がそう語る記事を読んだのはその頃だ。Xは昨夏、〈1〉500人以上にフォローされている〈2〉過去3か月間の投稿が500万回以上閲覧されている――などの条件を満たす利用者に、広告収益の分配を始めた。早速、アカウントを開設し、1日5回の礼拝や食事の時間を除く6~7時間を投稿に費やすようになった。
当初は閲覧数が伸び悩んだ。だが、機械翻訳を駆使して能登地震に関わる投稿を始めると、すぐに360万回に達した。日本の1日あたりのX利用者は4000万人以上とされる。「友人から世界2位のXの市場と聞き、日本向けの発信を強めた」。やがて収益を受け取る権利を得た。
地震から1か月がたった2月1日。初めてXからお金が送られてきた。Xの決済システムはパキスタンでは使えないため、他国の銀行口座に振り込んでもらった。手にしたのは37ドル(約5600円)。パキスタンの平均年収は1600ドル程度だ。「もっと欲しい」と思った。
男性が拡散した濁流の動画は、2011年の東日本大震災時に撮影されたものだった。記者がそう追及すると「そんなことは知らない。私はインプレッションが欲しかっただけだ」と言い切った。「日本に申し訳ないことをしたと思う。しかし、これからも投稿を続け、お金をもうけたい」
◇ 「インプ稼ぎ」――。Xの仕様変更により、こう呼ばれる収益目的の投稿が増えている。発信する情報が真実か否かは度外視され、偽情報が量産される要因になっている。
読売新聞はXで、能登地震に関する偽情報を投稿していたアカウントのうち108件を収集した。63件のプロフィル欄には13か国の居住地が記されており、途上国(パキスタンやナイジェリア、バングラデシュなど5か国)からの投稿が7割を占めた。架空の救助要請や、被災者を装うなりすましも確認した。
能登地震の偽情報を調査した東京大の澁谷遊野(ゆや)准教授(社会情報学)は「途上国の貧困層にとって、Xからの収益はうまくいけば一家を養う金額になる。簡単に始められるため、インプ稼ぎの意欲が高まっているのではないか」と指摘する。
能登地震は、外国から大量の偽情報が送られた初の大規模災害と言われる。正確な情報よりも、人々の関心を集めることを重視する「アテンション・エコノミー」の弊害が加速している。真剣な対応が求められる。