以下、🍄の考え。加害者に心からの謝罪や改心を期待するのは無理です。被害者が共感力の高い真面目な性格だと、加害者にも人間としての善意を期待しがちですが、加害者に善意なんぞ基本はないと思ったほうがいいです。謝罪文は、ケジメやオトシマエの意味が大きいという認識です。それでも名誉毀損裁判には、多少は意味があると考えています。というのは人間が悪いことをしなくなる分水嶺には個性があって、大雑把に、以下のグラデーションがあります。1 最初からやらない1-a 悪いことをする欲すらない
1-b 欲はあるが、倫理観や共感力、論理性が高 く、自発的に行動を自制できる2 ルールの存在で回避可能2-a 罰則がなくてもルールを知れば
2-b 罰則があれば3 経験してはじめて学ぶ3-a 他人が経験してるのを見てはじめて
3-b 自分が経験してはじめて4 罰を受けても学べないルールの存在や行使が効くのは、2と3の人達で す。