ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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君は幸せを吸い取るのが得意なフレンズなんだね!

 屋敷の外には空色の車が止まっていた。トンクスがトランクにテキパキと荷物を詰める。俺は箒のブルーボトルを、燃やそうとするミカエラをかいくぐって手渡した。

 

「姿現しで行かないんですか?」

「出来ないこともないんだけど……この人数と荷物の量で姿現しは不安ね。下手するとバラけちゃうから」

「闇祓いの人でも姿現しって難しいんですね」

「……んー、私はまだ闇祓いの資格を取ってないから、厳密には候補生なのよ。この送迎も修行の一環」

 

 闇祓いって魔法省入ればなれるものでもないのか。 

 

 レインが後部座席にチョコミントを持って座ったので、俺は助手席に乗り込んだ。

 

「魔法使いでも運転出来るんですか?」

 

 トンクスが手間取りながらエンジンをかけ、ハンドルを握った。不敵に口角を吊り上げる。

 

「当たり前よ。ブーン! キキーッ! ってするだけじゃない」

「えぇ……」

 

 トンクスがアクセルを踏んだ。唸り声を上げて、車が弾丸の如く発進する。みるみる石垣が近づいていく。ちょっ、ぶつかる――!

 

 ――直前で車体がありえない角度で曲がった。体が窓に押し付けられる。チョコミントが抗議の鳴き声を上げた。

 

「唖唖唖人間唖唖しろ!」

 

 なんとなく怒っているのがわかる。ゆっくりな鳥語ならばリスニング出来る程度には、俺のスキルは上達していた。

 

 地面に轍を作りながら、車は急停止した。シートベルトが肩に食い込む。赤い髪のトンクスが深く息を吐いた。初めから赤い髪だっただろうか。

 

「魔法の車を貸してくれた魔法省に感謝ね」

「レイン大丈夫かー?」

 

 俺は後部座席に振り返る。足を組んで座っているミカエラの隣で、レインが鳥籠を抱きしめていた。

 

「……ダイジョウブデス」

「それならヨシ!」

 

 声に抑揚がなかったが、本人が大丈夫って言っているんだから大丈夫だろう! 多分!

 

「トンクス、俺、ゆっくりドライブしたい気分なんです」

「奇遇ね、私もそう思っていた所よ」

 

 それからは安全運転で快適なドライブを楽しんだ。俺の口笛に合わせて、トンクスが妖女シスターズの歌を歌ったりした。

 

 しかし、平穏を乱す事態が起こった。あおり運転だ。

 

 現場は他に走っている車の見えない道路。信号待ちをしていたところに、クリーム色の車が車間距離を侵し散らかしながら迫ってきたのだ。そこからは付かず離れずの距離を保っている。

 

 レインが訝しげに言った。

 

「トンクス、あれがシリウス・ブラックですか?」

「わからない。ただのバカなマグルかもしれないわ」

「そっちの方が楽ですね」

 

 あおり車は並走したかと思うと、突然至近距離に車体を寄せてきた。トンクスが咄嗟にハンドルを切る。

 

「危ないわねっ! 調子乗ってんじゃないわよ!」

 

 轟くクラクション。しかし相手が怯んだ様子はない。どうしたものかと悩んでいると、後部座席から手が伸びてきた。ミカエラだ。

 

「窓開けてコイツを外に見せろ」

 

 ミカエラが握っていたのはカエルチョコレートだ。そんなもので何ができるのかと思った、次の瞬間。チョコがゴツい銃に変身した。

 

「ああ、そういうことか」

 

 ドアの側面についているレバーを回し、窓を開ける。涼やかな風が車内に吹き込んだ。俺は身を乗り出して、いかにも車を蜂の巣にできそうな機関銃を見せつける。

 

 矢庭にクリーム色の車が、回転しながら急停止した。姿がどんどん小さくなっていく。

 

「流石ね! それはマグルに最も効果的な手だわ!」

 

 トンクスが爆笑しながらルームミラーを見ていた。俺は鏡越しにミカエラに微笑むと、銃だったチョコを口に含んだ。

 

 

 

 車はロンドンの市街地に入った。トンクスが時計塔を見る。

 

「このペースじゃ間に合わないわね。近道を使うわ」

 

 そう言ってトンクスがハンドルを切った先は狭い路地だ。どう見てもこの車が通れる幅ではない。

 

「ゑ? 車検入ってるんですか?」

 

 後部座席からミカエラが身を乗り出し、俺たちの座席に手をかけた。チョコレートの吐息が鼻孔をくすぐる。

 

「まァ見てろよ」

 

 どういう原理か、車は壁にこすれることもなく路地を走り抜けていった。魔法の力ってスゲー。

 

 

 

 キングズクロス駅に到着したのは発車十分前だった。大急ぎでカートに荷物を乗せ、人混みの中を駆け抜ける。俺たちが駆け込んだ直後、列車が出発した。

 

 ホームで手を振っているトンクスに、手を振り返す。いつの間にかトンクスの髪の毛は淡い緑色に変わっていた。特技は毛染めのようだ。

 

「ジューダス」

「はいよ」

「お姉ちゃんがいたらあんな感じだったんですかね」

「そうかもな……」

 

 レインさん? ここに、はとこのお兄ちゃんがいるんだけどなー? おかしいなー? お姉ちゃん必要ないんじゃないかなー?

 

「プッ、お前は兄貴じゃねえんだとよ。クハハハッ」

 

 隣で思いっきり煽ってくるミカエラ。とりあえず俺は、彼女に与えるカエルチョコレートの量を減らすことを決意した。 

 

 駅が見えなくなると、俺はコンパートメントの確保に向かった。しかしどこも埋まっていて、中々落ち着けない。諦めてトイレに籠城するか。

 

 その時、近くのコンパートメントの扉が開いた。

 

「やあドラコ! 久しぶり!」

「げ」

 

 噛み潰した苦虫でうがいした後のような表情のドラコ。俺は背後のコンパートメント内を覗き込む。クラッブとゴイルがお菓子を貪っていた。

 

「相席良いかな?」

「断る、このコンパートメントは三人用だ。……おい! 訊きながら身体を捩じ込むな!」

「照れんなよドラコー。こっちまで照れちゃうじゃん」

「だからその呼び方やめろ!」

 

 入口を三人がかりで固められてしまった。これでは相席できない。俺は渋々引き下がる。また友達探しか。

 

 ミカエラがマルフォイのオールバックを見ていた。細められている橙の瞳。

 

「どうしてあんなに拒絶されてんのに話しかけんだよ。お前バカかァ?」

「拒絶……? 何のこと……?」

「やっぱバカだわ」

 

 少なくとも、マルフォイの遠回しな友情表現を拒絶だと間違えるミカエラが言えた義理ではないと思う。

 

「ジューダス、こっちこっち」

 

 少し歩くと、ネビルが手招きしているのが目に入る。俺はスタスタと足を速めた。

 

「やあネビル。ここって何人用?」

「急にどうしたの? だいたい四人ぐらいで使うものだと思うけど……」

 

 ネビルのコンパートメントは、ネビル以外誰も使っていなかった。俺は笑みを浮かべてネビルの肩に手を置く。

 

「……孤独の一匹狼だね」

「やめて! せめて孤高って言ってよ!」

「じゃあ黄金の暴帝とか?」

「何だよそれぇ!」

 

 俺にもわからない。ただ、孤高という言葉に連想されて出てきたのだ。他意はない。

 

 何はともあれ、俺は安住の地を手に入れた。荷物を下ろし、甘い物を広げる。当然ミカエラ用だ。

 

「ジューダスって甘党だったっけ?」

「まあ似たようなものだよ」

「へー……」

 

 そう言って、思い出し玉を握るネビル。もちろん玉は赤赤と光る。いつものことだ。

 

「あれ?」

「忘れ物があるみたいだね」

「またばあちゃんにしばかれる……!」

 

 ネビルが半泣きで手荷物を検めだした。俺はカエルチョコのおまけの偉人カードを数える。かなりの枚数が集まっていた。

 

 ダンブルドア、ダンブルドア、マーリン、ダンブルドア、ハッフルパフ……

 

「なんかダンブルドア多くね」

 

 俺はミカエラに頷いた。アルバス祭だ。

 

 ホグワーツ特急が進むにつれて、天気は崩れていった。ネビルの失くし物の正体が、スペアの思い出し玉だと判明した頃には、分厚い雲が日光を遮り、風雨が窓に打ち付けていた。

 

 ネビルが俺の構える二枚のトランプの間で、指を右往左往させていた。煌煌と灯るランプに照らされ、俺のジョーカーが笑った。隣のクラブの5が引き抜かれる。

 

「やったー! 僕の勝ち!」

「持ってけ泥棒!」

 

 俺はハッフルパフの魔法使いカードを投げ渡した。賭けババ抜きに負けたのだ。

 

「これで創設者コンプリート……ん?」

 

 ネビルがカードを眺めて、顔を綻ばせていると、列車のランプが消えた。車内が闇に包まれる。

 

「何が起こったんだろう?」

「またヴォルデモート? こう毎年騒ぎを起こすとか、闇の帝王は結構暇なのかな」

「アイツの仕業だって断定してんじゃねえよ」

 

 ネビルが杖を手に立ち上がった。コンパートメントの外に、恐る恐る顔を出している。

 

「僕、様子見てくるよ」

「じゃあ俺も……」

 

 そこでローブの裾を弱々しく引っ張られる感触がした。振り向くと、オレンジ色の目が不安げに揺れている。

 

「ま、待てジューダス。行くな」

 

 ネビルのシルエットがへっぴり腰で外に出ている。

 

「ジュ、ジューダス? 来ないの?」

「えーっと……」

 

 俺は腰を浮かせかける。後ろから小さな声。

 

「あっ……」

 

 静かに元の位置に戻った。

 

「俺は残るよ。荷物の番が要るでしょ?」

「そ、それもそうだね。ひっ、一人で行ってくるよ……」

 

 手探りでネビルが去っていく。俺は杖を用意しながら、ミカエラに目を向けた。体操座りでうずくまっている。

 

「どうしたんだよミカエラ。らしくないよ」

「ヤツラが来る…… ヤツラが来る……」

「ゑ?」

 

 段々と室温が下がっていく。冷気がドアの隙間から這い寄ってきた。気持ちも沈んでいく。

 

 薄ら寒いものが迫ってきている感覚がする。俺はパニックになりそうな頭を必死に抑えつけた。

 

 魔法の言葉『ミカエラがいれば大丈夫』

 

「ああああああ…………」

 

 ミカエラの周囲を黒と橙の靄が渦巻いていた。バチバチと稲妻のような音が鳴っている。そこで俺はスッと自分が冷静になるのを感じた。

 

 このままでは良くない。ミカエラを苦しめている何者かが攻撃してくる前に、ミカエラ自身が魔力を解き放ってしまう予感がした。 

 

 落ち着かせなければ。俺はミカエラの方ににじり寄っていくと、背中から優しく抱きしめた。

 

「もちつけー。間違えた、おちつけー」

 

 こうしてみると、ミカエラが小さくなっていることに気づいた。……いや違う、俺が成長しているんだ。彼女は出会ったときから変わらないまま。

 

 去年、ミカエラがやってくれたように、俺はゆっくりと頭を撫でる。サラサラと黒髪が手を滑った。

 

「またオレのせいでみんな死ぬんだ…… みんな……」

「大丈夫、根拠ないけど大丈夫だから」

 

 小刻みに震える背中を優しくトントンと叩く。バタービールを吐く時にスネイプ先生に手伝ってもらったことを思い出した。

 

「はァっ、はァっ、はァっ」

 

 ますますミカエラの呼吸が乱れていく。過呼吸に近い。俺は一度ミカエラと呼吸を合わせ、浅くする。安心させるように、少しずつ深い呼吸にしていく。

 

 コンパートメントのドアが音もなく開く。スライド移動して入ってきた、かさぶただらけのお客さんに目を向けないようにしながら、俺は耳元で安心間違いなしの言葉を囁き続けた。

 

「カエルチョコレート、かぼちゃジュース、杏仁豆腐……」

 

 その時、まばゆい光がコンパートメントの暗闇を切り裂いた。かさぶたマン(ウーマンかもしれない)に銀色の光が直撃する。彼もしくは彼女は、たまらず逃げ出した。

 

「君、大丈夫かい?」

 

 くたびれたコートを羽織っている男性が、心配そうな目で俺を見ていた。俺は親友を撫で続けながら、口を開いた。

 

「大丈夫です」

「あー…… これは重症みたいだね……」

 

 男性の後ろから入ってきたネビルが言った。

 

「ルーピン先生、ジューダスはいつもこんな感じなので大丈夫ですよ」

「そ、そうなんだ。なんというか、個性的だね」

「先生、俺は没個性的ですよ」

「ずっとパントマイムしている人のセリフじゃないね」

 

 俺はピタリと硬直した。腕の中のミカエラが、不思議そうにこっちを見てくる。どんどんミカエラの顔が紅潮していく。

 

「いいいいつまでこうやってんだよ気色悪いなァ!」

 

 ロケットのようにミカエラが発射し、天井に張り付いて動かなくなった。耳が赤い。

 

 ルーピンが苦笑いしながら、茶色いものを差し出す。板チョコ?

 

「食べなさい。いくらか落ち着くよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 チョコを食べている間に、先生は先程の化け物の説明をしてくれた。ディメンターといって、アズカバンという監獄の看守をしている。今年からブラック捜索のためにホグワーツに配置されるらしい。

 

 ホグズミード駅に到着したので、ぞろぞろと汽車から降りる。さっきから目を合わせてくれないミカエラに、先生から貰ったチョコの半分を手渡した。

 

「……サンキュ」

 

 空飛ぶ馬車に乗り込み、ホグワーツ城へ。大広間のグリフィンドールのテーブル席につくと、シェーマスが肘でつついてきた。

 

「ジューダス、吸魂鬼も友達にできたよな?」

「あ、し忘れてた」

「畜生ーっ!」

 

 テーブルに突っ伏しながら、ガリオン金貨を転がすシェーマス。金貨をキャッチしたコリンが言った。

 

「僕たち、賭けてたんだ。師匠がディメンターを友達に出来るかどうかって」

「ジューダスならあの連中でもいけるって信じてたのにー」

「ごめんな期待に沿えなくて」

「なんで師匠が謝ってるの……」

 

 例によってイッチ年生がやってきて、組分け帽子が運ばれてきた。帽子が歌い出すと、ミカエラも口を開いた。

 

「……さっきは見苦しい所を見せたな」

「全然」

「お前がいなきゃ、オレは暴走していたと思う。その、ありがとな」

「どういたしまして」

 

 歌が聞こえねー。しかし「ミカエラ、その話後で良い?」とは言えない雰囲気だ。

 

「ハハッ、散々お前に偉そうな面しといて、ディメンター1匹に何もできないって、とんだお笑い草だろ?」

「そんなことないよ。俺も危うかったし」

「だけどなァ――」

 

 結局、ミカエラと話してて組分けは何が何だかわからなかった。気がついたらダンブルドアがいただきますの号令をしていたのだ。

 

 でもまあ、親友の元気が戻ってたから良いか。


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