ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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拳で妨害する29歳

「良かった、無事だ……ロンにぶっ殺される所だった……」

 

 スキャバーズは苦しげに藻掻いていたが、暫くすると復活した。何かを恐れるように身を竦ませながら、媚びるような視線を俺に送る。

 

「ど、どうしたんだよスキャバーズ?」

 

 ミミズのような尻尾をくねらせると、スキャバーズは駆け出した。10メートル程進んだ所で、立ち止まって振り返る。俺を待っているようだ。

 

「ついて来いってこと?」

 

 スキャバーズに導かれるままに、俺は歩き出す。階段を下がって2階へ行き、慎重に歩を進めた。角を左に曲がろうとすると、2つの足音が聞こえる。俺とスキャバーズは手近な部屋に駆け込んだ。

 

 ここはトロフィー室のようだ。俺は室内の沢山のトロフィーの1つになったつもりで、静かに座り込んだ。棚に背を預ける。足音はドンドン近づいてきた。

 

「……ミネルバ、本当にロックハートに任せて良かったのか?」

 

 ケトルバーン先生だ。俺は息を殺して、耳を澄ます。マクゴナガル先生の声。

 

「あの者には良い薬でしょう。もっとも、恐れをなして逃亡するかもしれませんが」

「違いない。ダンブルドアは何のつもりであのペテン師を雇ったのか、儂にはとんとわからんな」

「きっと深い考えが……」

 

 2人の音は遠ざかっていった。完全に聞こえなくなってから、俺は廊下に顔を出し、右左右と安全を確認する。スキャバーズに向かって親指を立てた。

 

「オールクリアだ」

 

 俺たちは隠密作戦を再開した。幸いにも、最大の脅威であるピーブズにも遭遇せずに、スキャバーズの目的地に辿り着いたかに見えた。俺は入り口を呆然と見る。

 

「ゑ? ここ?」

 

 女子トイレである。スキャバーズは躊躇わずに突入していった。あいつメスだったのか。

 

 兎にも角にも、ここまで来てしまったのだ。俺は頬を叩いて、未知の領域へと足を踏み入れた。

 

 中央の蛇口台の前でスキャバーズは待っていた。なぜかポッカリと大穴が開いている。底が暗くて見えない程に深い。

 

「これに飛び込めって?」

 

 スキャバーズは大きく肯った。地獄への片道切符が発行された瞬間である。

 

「今度は誰? アラ、見ない顔ね」

 

 トイレの奥から半透明の女の子が浮いてきた。近場の便器に座ると、ジロジロと俺を眺め回す。

 

「俺はジューダス・ビショップ。スリザリンの継承者をぶっ飛ばす者だ」

「あなたが変人で有名のジューダスなの!? 見た目は案外マトモね」

 

 俺は全部マトモなのだが……。しかしここで論戦を繰り広げる時間はない。俺は口を開く。

 

「ハリー・ポッター見なかった?」

「見たわよぉ。この目でしっかりと。確か10分ぐらい前だったかしら。勇敢にも飛び降りていったわぁ」

 

 ゴーストは頬に手を当てて、うっとりと言った。俺は空気が大穴に流れ込んでいるのを確認すると、縁に足をかける。

 

「教えてくれてありがとう2人とも。生きて帰ったら何かご馳走するよ」

「いや、あたしはゴーストだから食べれな……」

「そーれバンジー」

 

 俺は鳥のように羽ばたき、重力に従って自由落下を始めた。最後にスキャバーズと目が合った気がした。

 

 

 

 矢庭に衝撃。乾いた音を立てて俺は下に着地した。痛む尻を払い、立ち上がる。何気なく地面を見た。

 

「うわっ」

 

 辺りは小動物やら何やらの骨でびっしりと埋まっていた。趣味の悪いクッションだ。俺はなるべく音を立てないように、忍び足で先へ進んだ。

 

 中は洞窟のように薄暗い。どこかで水滴の落ちる音が、規則正しく響いていた。謎の骨が定期的に俺の心臓を驚かせた。

 

 暗がりから、突如真っ白い大蛇がぬっと現れた。俺は絶叫を飲み込み、飛び上がる。

 

「た、ただの抜け殻か……」

 

 改めて見てもデカイ。スネイプ先生10人分ぐらいはあるのではないだろうか。こいつがスリザリンの怪物なのかもしれない。

 

 俺は抜け殻を跨いで乗り越える。少し進むと、遠くに人影が見えた。追いついたのか?

 

 逸る気持ちを抑え、あくまで静かに駆け寄る。近づくにつれて、人影がハッキリとしていった。よく手入れされたブロンドの髪、目立つローブの後ろ姿。

 

「先生、いたんですね……!」 

 

 ゆっくりとロックハートは振り返った。俺の姿を認めると、爽やかな笑みを浮かべる。

 

「やあ、ミスター・ビショップ。こんな所でどうしたんだい?」

「継承者をぶっ飛ばそうと思いまして……」

 

 俺はロックハートの背後に目を向けた。瓦礫で道が塞がっている。行き止まりだ。

 

「それは危ないなあ。私が代わりにぶっ飛ばしておくから、君はもう戻りなさい」

 

 ロックハートは一歩、俺の方へ足を踏み出した。その手にはテープで補強された折れた杖が握られている。ロンの杖?

 

 俺は口の中が渇いていくのを感じた。何かが妙だ。俺はロックハートに合わせて、後退った。

 

「先生、ハリーとロンは一緒ではないのですか?」

「んー? 知らないねえ。談話室にでもいるんじゃないかい?」

 

 その時、視界の端に赤毛が入った。ロンがうつ伏せで倒れている!

 

「ロン!」

「オブリビエイト!」

 

 俺が叫ぶのとロックハートが杖を振るのは同時だった。緑の閃光を間一髪の所で避ける。ロックハートは上半分が消し飛んだ杖を、忌々しげに睨んだ。

 

「チッ、これだから貧乏人は」

 

 残った柄をロックハートは放り捨てた。軽く右手を振る。逆噴射の衝撃を受けていたようだ。

 

 俺は茫洋と目の前の男を眺めていた。疑問が勝手に口を衝く。

 

「あなたは、誰?」

 

 ロックハートは口の端に嘲笑を浮かべた。この状況がおかしくって堪らないと言わんばかりに。

 

「クックック、面白いことを訊くなあ。私はギルデロイ・ロックハート、勲三等のマーリン勲章を授与され、闇の力に対する防衛術連盟の名誉会員で、週刊魔女のチャーミングスマイル賞を5回連続で受賞した男さ」

 

 また一歩、ロックハートは近づいてきた。俺は一歩分距離を取る。本能はとっくに警鐘を鳴らしていた。逃げろと。

 

「あなたはロックハート先生じゃない」

「ふーむ、やはりナルシストになりきるのは至難の業らしいな。気持ち悪い副作用も出るし……」

 

 この男は何を言っている? この男の目的は何だ? どうすればロンを助けられる? ハリーはどこだ?

 

「ロンとハリーは無事ですか?」

「大丈夫。そこのウィーズリーは失神させただけだ。もっとも、別のウィーズリーとポッターは死ぬだろうけどね」

 

 ロックハートの言動が、ますます俺を混乱させた。男は悦に入るように、目を三日月型に細める。

 

「ああ、他人の不幸は蜜のように甘い。夜が明ければ、ホグワーツは終わりだ」

 

 この男と話しても無駄だ。幸いこっちには杖がある。俺はロックハートに杖を突きつけた。

 

「退いてください。俺はこの先に行かなければならない」

「無駄さ。この瓦礫はどうにもならないよ」

 

 俺は杖を持っていない左手を瓦礫にかざした。意識を手の平に集中させる。黒い渦が集まっていった。そして――

 

「ミカエラパワーッ!」

 

 黒と橙の竜巻が、瓦礫の山を砕き、道を切り開いた。俺はダラリと腕を垂れ下げる。結構疲れるなこれ。

 

 呆気にとられていたロックハートは、手を額に当てた。

 

「奴がいなくても使えるのかい? 興味深いな」

「じゃ、俺はこれで」

 

 何か言っている気もするが、事態は一刻を争っている。俺は極めて自然にロックハートの前を通り抜けようとした。

 

「待つんだ」

 

 ロックハートが立ち塞がる。俺は精一杯の敵意をこめて、睨みつけた。

 

「もう一度言います。退いてください」

「聞き分けの悪い子は嫌いだよ」

 

 ロックハートは拳を握りしめた。俺は危険を感じて飛び退く。遅れて拳の風圧。

 

「おっと、失敬」

「何で邪魔するんですか!?」

 

 ロックハートは顎に手を当てて、言った。

 

「んー、ダンブルドアへの当てつけ、かな? やられたらやり返す的な」

「動機が軽い!」

 

 しかし絶好のチャンスだ。俺は動きを止めているロックハートに、杖を向けた。

 

「インカーセラス! 縛れ!」

 

 縄が畝りながらロックハートへ飛んでいく。ロックハートはため息をつくと、瓦礫の石を拾って、投げつけた。縄が石を縛る。

 

「危ないなあ。こっちは杖持ってないんだからさあ」

 

 ロックハートは踏み込んだかと思えば、一瞬で間合いを詰めて来た。俺は半狂乱になって、滅茶苦茶に杖を振り回す。

 

「な、な来そーッ! インカーセラス!」

 

 縄はロックハートを掠りもしなかった。眼前に迫る、恐ろしい笑み。

 

「どこ狙ってるんだい?」

 

 衝撃。俺は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。腹パンされたと気づいたのは、その後だ。

 

「い、痛い……」

「君は弱い、余りにもね。これで継承者と戦うつもりだったんだから、とんだお笑い草だ」

 

 俺は痛む身体に鞭を打ち、ヨロヨロと立ち上がる。良かった、右手の杖はしっかり持ってる。

 

 ロックハートは勝利を確信しているようだ。愉しむように、ゆっくりと接近してくる。

 

「どうしたんだ? さっき瓦礫を砕いたアレを使えば良いじゃないか。出し惜しみか?」

 

 使わないんじゃなくて使えないんだ、と言いたかった。ミカエラパワーは制御も発動も難しい。ちょっとでも気を抜くと暴走してしまいそうだし、気を張り詰めると出てこないのだ。

 

 弱腰になればやられる。俺は再度、ロックハートに杖を振るった。

 

「ウィンガード・レビオーサ! 爆破!」

 

 易易とロックハートに躱されてしまった。小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、拳を振り絞る。

 

「まるでバカの一つ覚えだね。少しは学習したらどうだ?」

 

 またしても腹パン。執拗に同じ場所を殴ってくる。俺はロックハートの足元に崩れ落ちた。

 

 漆黒の杖が、地面に転がる。ロックハートはヒョイとそれをつまみ上げた。

 

「随分と短い杖だね。知ってる? 20センチよりも短い杖の持ち主は、人格破綻者が多いらしいよ」

「ハァ、ハァ、やめろ……」

 

 俺は必死に手を伸ばす。大切な杖を取り戻すために。ロックハートの皮を被った何者かは、喜色満面に俺の手を踏みにじった。

 

「よし、君の大事な杖で、君のホグワーツでの記憶を刈り取ってあげよう。この身体は忘却呪文だけは得意なようだしね。オブリビ――」

 

 徐々に杖の先に緑の光が集まっていく。絶体絶命のピンチ。しかし俺はそれを前にして、全く別のことを思い出していた。

 

『――月桂樹の杖は主人以外が使おうとすると、こうして雷を落とす性質があるのじゃ――』

 

 漆黒の雷撃がロックハートの脳天を襲った。一面が明るく照らし出され、不規則に影法師が踊る。

 

「アバババババババ――!?」

 

 ドサリと仰向けにロックハートは倒れた。白目を剥き、気を失っている。よろめきながら立った俺は脈を測り、呼吸の有無を確認する。

 

「生きてるならヨシ!」

 

 ロックハートの様子はおかしかった。きっと誰かに錯乱呪文か懐柔呪文でもかけられたのだろう。多分。

 

 俺は杖を拾い、労るようにローブで土埃を拭う。先に広がる闇を見据えた。

 

「ありがとうミカエラ、オリバンダー。この幸運、無駄にするもんか」


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