ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
俺は突然の轟音によって目を覚ました。ズドグギャーンッうぽぽぽう! というような爆発音だ。僅かな間、ベッドが軋みながら揺れる。
何だ何だ!? こんな夜更けに何が起きたんだ!? 俺はベッドの柵に掴まりながら、上半身を起こした。ネビルも顔を引きつらせて、ベッドにしがみついている。
「おはようネビル。いい目覚めだね」
「こんな起こされ方なら、アルジー大叔父さんに乗っかられた方がマシだよ!」
モーニングダイブしてくるなんて、随分とファンキーな大叔父さんだ。ロングボトム家は愉快だな。
とりあえず様子を見に行こうという話になり、俺たちは揃って寝室を出た。途端に隣室のハリーたちと鉢合わせる。ハリーが目を擦りながら言った。
「一体全体何が起こったの?」
「さあ? 俺たちも今起きたところだから」
シェーマスが目を爛々と輝かせている。そういやシェーマスは爆発狂だった。そんでマクゴナガル先生はクディッチ狂だ。
「どデカい爆発を見る千載一遇のチャンスだ! 早く見に行こうよ!」
「で、でも夜の外出は減点されるんじゃ……」
「ネビル! 君はそれでもグリフィンドールか!」
ネビルは必死にシェーマスを諌めるが、当のシェーマスはどこ吹く風だ。ディーンがやれやれと首を振っている。ロンがハリーに言っているのが聞こえた。
「絶対フレッドとジョージの仕業だ。スキャバーズを百匹賭けたって良い」
談話室の外は、グリフィンドール生でごった返していた。点々と、生徒たちの杖明かりが星のように光っている。寝起きの太った婦人が、気を悪くしたように顔をしかめた。
そんな喧騒の中で、俺は段々と不安を募らせていた。嫌な予感がする。さっきまで見ていた夢も、もう忘れてしまったが悪夢だったような気がした。
「ようシェーマス!」
「派手にやったなあ!」
人混みを掻き分けて、フレッドとジョージがやって来た。英雄を称えるように、シェーマスの肩を叩いている。刹那、ロンが叫んだ。
「二人がやったんじゃないの!?」
赤毛の双子は、キョトンと顔を見合わせた。まるで鏡合わせのようだ。
「ヘイ相棒! こんなクールなことをやった覚えはあるか?」
「いいやないね相棒! いつものロニー坊やの勘違いだな!」
今まで黙って聞いていたディーンが、徐ろに口を開いた。
「爆発狂でもない、悪戯狂でもないとすると……」
徐々にみんなの視線が俺に集まっていく。え? 何で?
シェーマスが実ににこやかに言った。
「友情狂以外ありえないよな!」
「やっぱ友達教の噂流してるのシェーマスだろ!」
俺はいつかの決意を胸に、シェーマスにフレンドパンチを見舞おうと飛びかかる。しかしネビルに羽交い締めにされてしまった。
「は! な! せ!」
「でもシェーマスの言っていることも筋は通ってると思うよ!」
「ゑ?」
驚きのあまり、俺の動きが止まる。みんなが口々に言った。
「よくジューダスは爆破呪文を使ってる気がするし……」
「しかもウィンガーディアム・レビオーサの言い間違ったやつ」
「ウィンガード・レビオーサだっけ? シェーマス、使ってみてよ」
「あんな魔力効率最悪の欠陥呪文使うぐらいなら、コンフリンゴとかエクスパルソの方が早いよ」
「才能の無駄遣い」
順にハリー、ネビル、ロン、シェーマス、ディーンの発言だ。まさに言いたい放題。俺は反論を試みる。
「俺だって、好きで使ってる訳じゃないよ! 知ってる呪文の中で一番火力出るのがこれなの!」
一同、疑惑の目。なんでやねん。
ロンが壊れかけた杖にセロハンテープを貼り直しながら、口を開いた。
「グリフィンドール爆発四天王の中には、犯人はいないみたいだ」
何だその不名誉な四天王は。どうせならホグワーツ人望四天王が良かった。
押し合いへし合い、俺はやっと爆心地に辿り着くことができた。生徒がぐるりと大きなクレーターの周りを囲んでいる。廊下の曲がり角がすっかり抉れていた。
……みんなと話している時は紛らわせることができた俺の不安も、今や無視できない程巨大になっていた。といのも、まるで半身を失ったかのような、謎の喪失感に襲われていたからだ。
「ん?」
ひらひらと紙切れが足元に飛んできた。俺は何とはなしに拾い上げる。煤けたただの画用紙だ。
そして俺は裏返して、目を見張った。
「んんーッ!?」
裏面にはオレンジ色の瞳と、黒髪の一部が描かれていた。見間違うはずもない。これは俺が去年、ミカエラにプレゼントした絵の一片だった。
俺はただただ、その紙切れを見つめることしかできない。周囲からは音が消え、光が消えた。
「ジューダス、どうしたの? 体調悪い?」
ある恐ろしい予想が浮かぶ。嘘だ。ミカエラがやられるなんて、ありえない。だってミカエラは俺の無量大数倍強くて、最強で、チートで……。
「静まりなさい! 何の騒ぎですか!」
マクゴナガル先生の一声が、俺を現実に引っ張り戻した。ネビルが心配そうに俺の顔色を覗いている。
「大丈夫? 君、すっごく顔色悪いよ」
「た、だいじょうび、だから」
俺は手振りでネビルの追及を押し留める。今、医務室にぶち込まれるのだけは避けなければ。
マクゴナガル先生は、モーセのように生徒の海を割り、爆心地に歩いてきた。クレーターに目を丸くする。
「何なのですかこれは!?」
生徒たちが互いに見交わす中、パーシーが前に進み出た。水色のパジャマにPのバッチが目立っている。
「先生、まことに残念ですが、これはスリザリンの継承者の仕業です!」
「なんと! 本当なのですかミスター・ウィーズリー?」
「ええ! こちらを見てください!」
パーシーは名探偵のように、悠然と手をかざした。多くの人が、そこを見ようと前のめりになる。
「まだ乾いていない血です!」
「まあ、ではこれを調べれば犯人の正体がわかりますね」
「違います先生!」
微妙な空気が流れる。マクゴナガル先生の推論を一刀両断したパーシーは、意気揚々と推理を続けた。
「一見すると飛び散った血ですが、これは被害者のダイイングメッセージです! これはS! SはスリザリンのSです! そしてH! これはHeir(継承者)のHと読み取れます! つまりこの事件の犯人は、スリザリンの継承者なのです!」
どよめきが上がる。ほとんどコジツケのようなものだが、パーシーの勢いに大半の人が呑まれていた。
対して俺は、推理を冷めた目で見ていた。ミカエラなら、そんなメッセージを残す前に継承者を殴っているはずだ。首を傾げているハーマイオニーと目が合ったので、肩をすくめておく。
フレッドかジョージのどっちかが野次った。
「それで、スリザリンの継承者は誰なんだよ? パース?」
「わからない」
ズコーーーと生徒たちがずっこけた気がした。マクゴナガル先生が頭に手を当てて、ため息をつく。
「今から先生方で調査します。全員ベッドに戻りなさい」
「ええーーー?」
「何ですかフィネガン? 一夜にしてグリフィンドールの点数を無に返しても良いんですよ?」
「すぐに戻らせて頂きます!」
マクゴナガル先生の脅しは、寮杯の欲しいグリフィンドール生には効果覿面だった。ぞろぞろと太った婦人の方へ向かっていく。パーシーは残って調査に加わることを主張したが、ウッドに首根っこを掴まれて引きずられていった。
床にこびり付いた血を俺が眺めていると、ネビルに声をかけられた。
「行こうジューダス。マクゴナガル先生はやると言ったからには、やる先生だよ」
「うん……」
今日中には戻ってきて欲しいものだ。クリスマスプレゼントは、クリスマスに渡さなきゃ意味ないじゃないか。
夜が明けると、ホグワーツの全生徒は大広間に集められた。生徒たちのざわめきが飛び交っている。ラベンダーがパーバティに話しているのが耳に入った。
「ここだけの話なんだけど、パーシーとペネロピーが手を繋いでるのを見たのよ」
「ペネロピーって、レイブンクローのペネロピー・クリアウォーター?」
「そう! あの二人絶対デキてるわ」
こんなことがあっても平常運転とは恐れ入った。恋バナのどこが楽しいかは理解できないが、それが気晴らしになるなら是非とも混ぜてくれないだろうか。ねえねえ、ハグリッドの飼い犬のファングが、最近雌犬と一緒にいるんだけどさー!
ダンブルドア校長が現れると、大広間は時の止まったように静まり返った。
「朝食前に集まってもらい申し訳ない。賢明な諸君なら、空腹を我慢するのは朝飯前じゃと思うがのう」
横でハグリッドがデカい欠伸をした。手で隠しているつもりのようだが、しっかりと公開されている。
「今朝発生した爆発騒ぎじゃが、調査の結果、被害者はゼロじゃとわかった」
主にグリフィンドールのテーブルで、再びざわめきが巻き起こった。それもそうだ。あれだけ大量の血が残されていたのに、誰も犠牲者が出ていないなんて考えられないだろう。俺以外は。
「現場に残されていた血痕についてじゃが、ケトルバーン先生の懸命な貢献により、といっても何の血か不明の状態で舐めるのはやめて頂きたいのじゃが、蛇の血じゃと判明した」
さっと大広間中の視線がハリーに集中した。スリザリンの継承者と言えば蛇、蛇と言えばハリー・ポッター。
「報告は以上じゃ。何か質問のある者は――」
ビシッと一本、手が上がった。誰かと思えばロックハート先生だ。ダンブルドア先生の返事を待たずして、白い歯を光らせながら言った。
「今回の爆撃犯、並びにスリザリンの継承者を私が倒してしまっても構いませんね?」
「もちろん構わぬ。では解散!」
ダンブルドアの投げやりな掛け声とともに、テーブルを朝食が彩った。ロックハートは満足げに座り直す。
クリスマスの朝食は、いつもより豪華だったが、どこか味気なかった。
グリフィンドール寮の寝室。俺は届いたクリスマスプレゼントの開封に精を出していた。何か別のことに熱中すれば、この確信めいた予感から逃れられると思ったのだ。
トレローニー先生から貰ったタロットカードを、ネビルのプレゼント付近に寄せる。入学準備以来、長らく会っていないが元気だろうか。そろそろ実在を疑ってみた方が良いかもしれない。
俺はロックケーキ(昨年比約2倍)をゴリゴリ食べながらフランス語の手紙を開いた。孤児院にはフランス人もよく来たから、自然とフランス語も覚えられた。そういう意味では、孤児院に感謝だ。
差出人はメアリー・スーと書かれている。去年は聖書を送りつけるという、たちの悪い冗談を仕掛けてきたけど、今年はどうだろう。
『
冠省
メリークリスマス。ホグワーツの冬はボーバトンより厳しいようだけど、まあジューダスのことだから元気かどうかは訊かないでおくよ。
この間相談してくれた『親友』君は、キミのプレゼントを喜んでくれたかい? ボクはそれが気になって夜しか眠れないよ。昼寝の時間を確保するために、即刻返事を送って欲しい。
あと、今年はボクの愛読書を贈ることにしたよ。マグルの本だけど、キミも気に入ると思う。暇な時間にでも読んでくれたまえ。聖書? 神様が7日目に休んだ辺りから記憶がないね。
不一
追伸――そうだ、こっちではとってもいいニュースがあったのを書き忘れてた。心して聞いてくれたまえ。なんと、ニーt……居候のRABが就職したんだ。帰省するたびに、ポールアンプロワに行けって言い続けた甲斐があるってものだよ。
』
付属の包装を解いてみると、一冊の本が姿を現した。題名は『ジキル博士とハイド氏』とある。作者はどうやらイギリス人のようだ。これをフランス人に薦められるとは、中々数奇な巡り合わせだ。
オーガスタさんからはハゲタカの羽ペンを貰った。孫の友人にもくれるなんて、優しい人だ。
ヘクターさんの包み紙は、とても細長かった。俺がそれを開けようと悪戦苦闘していると、部屋の外を通りがかったウッドが飛び込んできた。
「ジューダス! それ箒じゃないか!」
「うわ、本当だ」
青色のゴツい箒だ。朝日を浴びて、鈍く光っている。
「ブルーボトルか。初めての箒ならいい選択だ。ファミリー用の箒だから、クディッチをプレイするには物足りないけど、移動手段なら最高だよ。安全で頑丈、おまけに防犯ブザー付きときてる」
ウッドが楽しそうに解説した。流石はグリフィンドール・クディッチチームのキャプテンだ。
「もしもこれに乗ってみて、クディッチに興味が湧いたなら、年に一度の選手選考に参加してみてくれ。ジューダスならトリッキーなプレイで、試合を引っ掻き回してくれそうだ」
「うん、覚えておくよ」
だがウッドの言う展開にはならないだろう。ミカエラがいたら、俺がブルーボトルに跨がる必要はないのだから。