ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
全学生が渇望してやまない、クリスマス休暇がやって来た。ホグワーツに残るのも実家に帰るのも思いがままだ。学問に打ち込むも良し、趣味に没頭するのも良し、惰眠をむさぼるのも乙なものだろう。
果たして無限の時間を得た彼らは、何を思い、何を為すのか……。
ザッザッザッとヤスリで、目の前の木材を削る。透き通るようなクリスマスの朝の空気を吸いながら、俺はミカエラへのプレゼントの最終調整に取り掛かっていた。
ミカエラは昨晩も夜更ししていたらしく、今も空中で爆睡している。俺にとっては好都合だ。
去年は絵画だったから、今年は彫刻に挑戦してみた。肉体を持たないミカエラへの、俺の精一杯の慰めだ。19分の1スケールミカエラ像。気に入ってくれるだろうか。
ヤスリがけが一通り終わったので、あらかじめ用意していた筆と絵の具を取り出す。雪をバケツに詰め、インセンディオで水に変えれば、色を塗る準備は整った。
最初に着色するのは目が相応しいだろう。キラウエア火山の溶岩のようなオレンジ色の瞳は、ミカエラが靄時代からのトレードマークだ。
朝ごはんも忘れて、塗装に熱中する。大体ニ時間程で塗り終わったので、乾くのを待ってニス塗りだ。そんな調子で作業をしていると、お昼前には完成してしまった。
俺は大きく伸びをして、達成の余韻に浸る。
「ふぃー。削んのが一番大変だったし、まあこんなものか」
昼ごはんの前に、日課である鶏のトムとの会話をしよう。俺はそう思い立ち、ハグリッドの小屋へ向かった。
「こ、これは…………」
鶏小屋の中は、大量の血で染められていた。たくさんコケコケしていたはずの鶏が一羽も居ない。俺が思わず後退ると、背中で壁のような物体とぶつかった。
「ハグリッド、な、何があったの?」
「……殺された」
「えっ?」
「雄鶏がみーんな殺されちまった! しかも一晩で! こんなむごいことがあるか!」
ハグリッドが顔を真っ赤にして吠えた。右手で石弓を振り回し、怒り狂っている。俺はそれに当たらないように、注意を払いながら問いかけた。
「トムは!? トムは無事なのか!?」
「あいつは良いやつだった……!」
「おのれヴォルデモート!」
こんなことをするのはヴォルデモート以外考えられない! この世の悪いことは全部ヴォルデモートってやつのせいなんだ!
打って変わってハグリッドが口を閉ざした。巨体に似合わず、何かに怯えるように言った。
「例のあの人のことはちゃんと『例のあの人』って言ってくれねえか?」
「ゆのうふー? ヴォルデモートはヴォルデモートでしょ。何をハグリッドは恐れているの? 去年会ったけど全然怖くなかったよ?」
「ハハハ、面白え冗談だ。とにかく、Vから始まってTで終わる言葉は、金輪際発さないでくれんか。一々ドキッとしてちゃ世話ねえ」
「ハグリッド、それは恋だ」
「別の意味で動悸がしそうだな」
遠い目でハグリッドは言った。哲学的なこと――例えば肉まんとか――を考えていそうなヒゲモジャ顔だ。だんだんハグリッドがソクラテスに見えてきた。
俺は物置小屋からスコップを取り出しながら、口を開いた。
「弔うの手伝うよ」
「良いのか? 飯時に」
「食欲なんて吹き飛んだよ」
俺が血染めの鶏小屋を掃除している間に、ハグリッドが外でキャンプファイヤーを組み、その中に燃料をセットした。そして二人がかりで大量の亡骸を運ぶ。ピンクの傘を一瞥して、ハグリッドが言った。
「ジューダス、お前さん火を点ける呪文は使えるか?」
「うん、出来るけど、ハグリッドが点けないの?」
「あー、俺はホグワーツを退学しちまってよ。魔法を使う訳にはいかねえんだ」
「そういうことなら……インセンディオ 燃えよ」
轟ッ! と火柱が立ち上がる。熱風が冷涼な空気を押し退けた。火炎が煌々とトムたちを照らす。
俺たちは無言で、次々と鶏を煉獄に投げ入れる。出来るだけ丁重に投げているつもりだが、鶏は文句をつけているかもしれない。
肉が焼ける臭いが辺りに満ち、煙が天高く立ち昇った。全ての鶏を投げ入れた俺とハグリッドは、その様子を眺める。
俺は手を組んで祈りを捧げた。
「トム、ヘンゼル、グレーテル、マールヴォロ、アリス、ジャック、リドル、ババール、ゲルダ、カイ…………」
みんなの鳥面が脳裏をよぎっていく。昨日まではあんなに元気だったのに……。自然と涙が零れた。
「ちょっと待て、雄鶏にアリスやゲルダはおかしくねえか?」
「ハグリッドだって性別を間違えることはあるでしょ?」
「そんなことは……いや確かにノーバートはそうだったな……」
ノーバート? おそらくハグリッドが昔飼ってた犬かなんかだろう。去年のドラゴンなんて知ーらない。
火はトムたちを燃やし尽くすと、しばらくして消えてしまった。ハグリッドがしみじみと頷く。
「うん、うん、あいつらも満足しちょるだろうよ……」
それから残った灰をかき集め、鶏小屋の片隅に埋めた。お腹を減らして出てきたファングにも手伝ってもらい、三人がかりだ。終わる頃には太陽が山際に隠れかかっていた。冬の日は短い。
俺はハグリッドとファングに振り返る。ハグリットは夕日を背負っていて、表情は見えない。
「ジューダス、今日は手伝っとくれてありがとう。今年のクリスマスプレゼントは期待してくれていいぞ」
「うん、正座待機しておくよ」
トムたちが死んでしまったのはショックだが、いつまでも引きずるのは彼らも本意ではないだろう。明るく生きていくのが、彼らへの供養になる。俺はそう自分に言い聞かせながら、ホグワーツ城へ歩いていった。
大広間では、既に多くの生徒が食事を取り終わっていた。席についている人はまばらで、役目を終えた食器が魔法によってどこかへ消えている。
俺はグリフィンドールのテーブルに近づいた。二つの赤毛がヒョコヒョコと忙しなく動いている。
「ロン、何してるの?」
「スキャバーズがいないんだ! 二週間も! こんなこと初めてだよ!」
パーシーが背筋をピンと伸ばして、歩いてきた。胸には監督生のPのバッチが光っている。
「僕はロンの管理が悪くて、逃げちゃったと思うんだけど……」
「そんなはずはないよ! ちゃんと朝昼晩、餌はやってたし、たまにお風呂にも入れてた!」
「たまじゃあ駄目だ。僕は毎日ブラッシングもセットでやってたね」
俺は知っている。ロンが苦手な食べ物をスキャバーズに与えていたことを……。
「あれ? でも何でパーシーが探すのを手伝ってるの? 兄だから?」
「スキャバーズは元々僕のペットなんだ。それを譲ったっていうのに、ロンと来たら……」
「これは防ぎようがないよ!」
「だけど、年のはじめに杖も壊してただろ? 流石に二度目は無理があるね。僕は今から、ママの吼えメールが恐ろしいよ」
「グッ……」
「とりあえずスキャバーズを見かけたら、ロンに伝えるよ」
「ありがとうジューダス」
ロンとパーシーはハッフルパフのテーブルの辺りを探しに行った。食いしん坊のスキャバーズなら、食べ物の落ちてる食事終わりに出没するかもな。
俺はロンとスキャバーズの行く末に合掌しつつ、テーブルについた。たちまち金の皿が現れる。そしてその上に載っていたのは……。
「うげえ、フライドチキンか」
「フライドチキンの何が嫌なんだァ?」
いきなり背後からミカエラが話しかけてきた。俺の皿を覗き込んでいる。びっくりするからやめて欲しい。
「な、何でもないよ。それよりミカエラ、遅かったね」
「遅えのはお前もだろ。ア、その杏仁豆腐食わねえなら貰うぞ」
「お構いなく……」
クリスマス・イブとあってか、お互いに遅くなった理由は問わずに食べ終わった。そして談話室でネビルやハーマイオニーと人狼ゲームをした後、俺は床に就いた。
因みに、俺は狂人の役でボロ勝ちした。
チク、タク、チク、タク…………針が時を刻む音以外、何も聞こえない部屋。オレは前かがみで椅子に座っていた。視線は組んだ指に落とされている。
何の前触れもなく、気配が一人増えた。
「ホッホッホッ、奇遇じゃの、ミス・ビショップ」
「オレに苗字はねえよ、プロフェッサー・ダンブルドー」
視線を上げると、予想通りサンタな笑顔が目に入った。クリスマス・イブにはお誂え向きだな。
ダンブルドアはゆったりと部屋を見回す。
「儂らは示し合わせておらなんだが、今年も同じ場所で落ち合った。不思議じゃのう」
「相変わらずとぼけるのが上手いな。そういうことなら、みぞの鏡でも持ってきたら良かったんじゃねえか?」
「あれはもう君には必要なかろう」
オレはハッとしてダンブルドアを見た。アイスブルーの目が半月メガネ越しにこちらを見返している。内心を見透かされているようで、俺は思わず目をそらした。閉心術はあまり得意じゃねえ。
「彼のことじゃが……」
「わかってる」
一番側でジューダスを見ていたのだ。アイツが永くは保たないことも知っている。少なくとも、確実にオレの魔力は、アイツの魂を蝕んでいた。
ダンブルドアは困ったように眉を下げながら、口を開く。
「しかしこのまま彼に黙っておく訳にはいくまいて」
「どの口が言ってる? お前がハリー・ポッターにしているのと何が違うんだ?」
室内に重苦しい沈黙が居座る。それで良い。オレはアイツの命を貪る寄生虫で、駆除されないように不都合なことは隠す臆病者だ。
「……人はみな、大切な存在には幸せになって欲しいと願うものじゃ」
唐突にダンブルドアが語り始めた。教育者モードとか面倒くさいからやめろ。
「ああそうかよ。まァ人外のオレには関係ねえ話だな」
「ホッホッホッ、面白いことを言う」
「何がおかしい?」
「君は人じゃよ。どうしようもなくのう」
「…………バッカじゃねえの?」
「そうじゃの、儂は大馬鹿者じゃ」
ニコニコとダンブルドアは微笑んだ。傍から見ればただの好々爺だ。オレはその真意を測りかねる。
……ダンブルドアは嫌いだ。会話しているだけで、こっちのペースを崩されてしまう。ヴォルなんちゃらが恐れるのも納得だ。
「……真実とは、美しいゆえに残酷じゃ。じゃから取り扱いには十分に注意を払わなければならぬ」
「だからお前もオレも、重要なことは何も教えねえんだろ」
「儂はのう、君に後悔して欲しくないのじゃよ。彼は真実に立ち向かう勇気を持った子じゃ」
「勘違いしてるようだからこの際言っておく。アイツはお前やハリー・ポッターみたいに、逆境を乗り越えられる玉じゃねえ。実際、追い詰められてオブスキュラスなんつー化け物を生み出しやがった」
「それは彼にとって必要なことじゃろう? 儂は思えてならぬ。彼がオブスキュリアルになるのは運命じゃったと」
とうとう耄碌したか。運命だの神だのを言い出す輩に、碌なやつはいねえ。
ダンブルドアは時計をチラリと見て、踵を返した。
「儂はこれから、厨房にホットミルクを頼みに行くが、君もどうじゃ?」
「行くと思うか?」
「連れないのう」
ダンブルドアは少し寂しげにそう言うと、去っていった。最後まで白々しい老人だ。
だがヤツの言うことも一理ある。いずれアイツは知ってしまうのだ。自分の短い生の終点と、その元凶を。
オレはダンブルドアとは逆方向の出口から、部屋を後にした。通いなれたグリフィンドール寮を目指し、宙を漂う。
それまでに手を打たなければならねえ。賢者の石はクソ親父の手に落ちたし、作るのは数年じゃ不可能。新しい方法を探す必要がある。
しかも目下のところ、スリザリンの継承者とスキャバーズという、二つの障害もある。コイツらもそろそろ叩き潰さなきゃならん。
一応ドビーとは緩やかな協力関係を築いている。敵の敵は味方ってヤツだ。だがあまり信用できねえ。スキャバーズの件もあるしなァ。
「考えれば考える程、問題が山積みだなァ。クソが」
太った婦人までもうすぐだ。今年はアイツ、クリスマスプレゼント何くれるんだろうか。
オレは曲がり角を曲がる。その瞬間、血のように紅い瞳と目が合った。
「大丈夫、君はもう何も考えなくて良いよ」