ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
無理でした。
ポッター失点事変を暴こうとしたのはいいものの、思いの外捜査は難航した。結果、入手した成果はハリーたちが賢者の石について調べていたことぐらいだ。
後から、ハリーたちが罰則として禁じられた森に連行されたと知った時には卒倒しそうになった。何考えてんのダンブルドア。
カリカリと羽根ペンを羊皮紙に走らせる。生徒の誰もが集中している教室は、テスト特有の緊張感で満ちていた。今は期末テストの真っ最中だ。
しかし、全くテストに手がつけられない。思い出したら気になって気になってしょうがなくなった。野次馬根性爆発である。
『魔女狩りにおいて、マグルにわざと捕まり47回火あぶりの刑に処されたのは誰か』
いや知らんわ! テスト前にミカエラ先生から特別講習を受けたものの、魔法史はノータッチだった。ミカエラ曰く『魔法史と開心術だけは教えられねえ。他のは出来るからな! 他のは!』とのことだ。
というか本当に誰だ? こんなにインパクト抜群の人なら覚えているはずだ。俺はひっそりと頭を抱えた。
「ああコイツかァ。ジューダスお前、わかんねえのか?」
試験監督のビンズ先生が寝そうになったら起こすという暇つぶしをしていたミカエラが飛んできた。魔法史は苦手のはずだが、特定の時代だけ異様に詳しかったっけ? 魔女狩りはその最たる年代だった。
俺は机を規則的に叩く。微かに音が鳴った。トン、トトートン、トトトン。我が特技の1つ、モールス信号が炸裂する!
『ヒントダケ教エテ』
ミカエラは思案するようにオレンジの瞳を宙に向ける。数拍後、思い至ったように手を打った。
「もしかしてモールス信号かァ? なんでそんな妙な特技ばっか持ってんだよ」
絵や口笛なんかも一見すると実用的ではないかもしれない。でもこれらは俺の人生を豊かにしてくれるものだと信じている。
『元水兵サンニ習ッタ。ソレヨリヒントダケ教エテ』
「いや解読出来るかァ! 今日日モールス信号使ってるヤツなんて見たことねえぞ!」
『ジーザス!』
モールス信号は受け手にも訓練が必要でした。
結局、変わり者のウェンデリンはテストに書けず終了した。あ、というか今思い出したわ。意味ないんですけど。
しかし学期末テストは全部終わったので嬉しい。調査とテスト勉強の両立は大変だったが、やって良かったと思う。成果は微々たるものでもだ。
ミカエラはテスト終了の宣言と同時にどっかに行ってしまったので、俺は校庭に出た。日向ぼっこする大イカを眺める。南中した日が湖を照らし、水面がキラキラと輝いていた。
……朝からなぜか胸騒ぎがする。嵐の前の静けさのような、虫の知らせのような。
初めてのテストで緊張していたのかと思っていたが、未だにこの感覚は消えてくれない。原因は他にあるのか?
ネビルからのクリスマスプレゼントである思い出し玉を握る。貰った時と同じ様に玉は赤く光った。つまり、俺は常に何か大事なことを忘れているということだ。
ああ、畜生。脳内に靄がかかったかのように思い出せない。日が沈むまで考えてみたが、喉に小骨がつっかえたみたいな気持ち悪さは残ったままだった。
夕食の席。美味しいものを食べれば気分も晴れるかと思ったが、全くそうではなかった。相変わらずハリーたち3人組はよそよそしいし、ミカエラも帰ってこなかったからだ。
無性にダンブルドア先生の達観した顔が見たくなって、教職員テーブルに目を向けた。でも、いなかった。ど真ん中にある先生の指定席は、トレローニーの席のように空いていた。つくづくツイてない。
テーブルの上の豪勢な食事も、喉を通らなかった。俺は言いしれぬ不安から目を背けたくて、カボチャジュースを煽る。
隣に座っていたネビルが数瞬ためらって、口を開いた。
「ジューダスどうしたの? 今日の君、ちょっと変だよ」
「テストで疲れがたまっただけだって。寝れば治るさ」
「だといいけど……」
周りの人に勘付かれる程、わかりやすい反応をしていたのか俺は。反省だ。
こんな時にミカエラと話せば、元気が出ると思うんだけどなあ。本当にどこ行っちゃったんだろ、うちのイマジナリーフレンド。
「ジューダスが辛気臭い顔してるなんて珍しい。いっつもすっごく目キラキラさせてるのに」
顔を上げると、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルに見られていた。この2人は一緒にいるのをよく見かける。親友なのだろう。
俺はいつものキラキラお目々にするために目頭を揉んだ。というかキラキラしてたのか、俺の目。
「そうか? 至って普通だと思うけど」
パーバティが疑わしげに目を細めた。
「絶対おかしい。元気なジューダスならここでとんちんかんなことを言うはず」
「ほら、パーバティも言ってるんだし、やっぱり何かあったんでしょ?」
「僕もそう思うな」
「お前ら俺のことなんだと思ってんだ」
そんなことは俺が一番わかってる。ここにいると、言ってはいけないことを口走ってしまいそうだった。俺は適当な理由をつけて部屋に戻った。
薄暗い自室のベッドの上には『トロールでもわかる錬金術』が放り出されていた。ページには『賢者の石』が鎮座している。ミカエラが読んでいたのだろうか?
俺は寝床に潜り込んだ。月明かりをライト代わりに文字を目で追う。
『賢者の石』は『ホムンクルス』と並び称される錬金術の極致であります。主な機能は2つで、『命の水』と『黄金』の錬成であります。『命の水』を飲んだものはいかなる損害を被っていたとしても、生き永らえることが出来るのであります。「ふあ〜あ」またこれによって得られる命は、『ユニコーンの血』など児戯にも思えるような完璧な生命であります。例え魂が衰弱していても蘇るのであります。新たな身体の創造など容易なのであります。そして『黄金』は――
いつの間にか俺は、頭から本に突っ伏していた。
遂に、遂にこの日がやって来た。深夜の廊下を浮遊しながら、俺は高鳴る心臓をあやしていた。
ここまで長かった。あのバカと老害の目をかいくぐって、ホグワーツにあるはずの賢者の石の在り処を探し回る毎日。場所が『禁じられた部屋』だとわかった後も、教師どもが設置した罠を突破するために牙を研いだ。全てはジュ…………オレが身体を手に入れるために。
そして今日、ダンブルドアが不在になる今日この時。俺は決行を決意した。そのために朝から準備したかったが、一応オレの生徒であるジューダスの結果を見届けない訳にはいかないからなァ。こんな深夜までかかっちまった。
逸る気持ちを抑え、慎重に4階の突き当りまで飛ぶ。壊された蝶番を見て、オレは大きな舌打ちをした。
「畜生、クィレルの野郎に先を越されたか」
こうなりゃァ多少強引でも急いだ方が良いな。オレが扉を開けると、3つの犬鼻に出迎えられた。後ろ手に扉を閉め、ケルベロスと対峙する。怪物じみた牙に躍りかかられる中、オレは手をローブに突っ込んだ。
パチリと目を覚ます。デスクにある時計の針は、随分と進んでいた。どうやら寝落ちしてしまったらしい。俺は硬い枕から身を起こした。しかし、俺の頭を支えていたのは枕ではなかった。
「何が『トロールでもわかる錬金術』だよ。ガチの専門書じゃないか。こんなのよくミカエラ読んでたな」
ミカエラ……そういえばさっき見た夢は変だったな。まるで俺がミカエラになったみたいだった。
俺は無意識に顎に手を当て、もう片方の手で肘を支えていた。
「でも夢にしてはいやに現実味があった。しかもこの夢は……前にも見た?」
欠けたパズルのピースが嵌っていくかのように、俺の中で点と点が繋がっていく。そうか、俺は夢を通してミカエラと感覚を共有していたんだ。ハロウィーンの日もそうだった。俺が忘れているだけで、もっとあったかもしれない。
ミカエラは夢の中でクィレルが賢者の石を狙っていると言っていた。ならハリーたちが賢者の石について調べていたのも、クィレルを止めるためだとしたら辻褄が合う。
「行かなきゃ」
きっと、ミカエラは賢者の石を取りに行ったんだ。命の水で自分の身体を創造するために。ならば親友として、その願いが叶うのを手伝うべきだ。今こそ親友に恩を返す時。俺と離れる程、ミカエラに供給される魔力は弱まる。隣にいるだけでも、助けになると思う。
ベッドから降り、ローブに着替える。ミカエラに作って貰った杖を握ると、親友が側にいるようで心強い気持ちになった。ネビルのベッドには、誰も寝ていない。どうしたのだろうか?
答えは談話室にあった。ネビルが『石化呪文』で金縛りにされて横たわっている。マルフォイにでもいたずらされたのだろうか? 気の毒に思った俺は、杖を振った。
「フィニート 終われ」
呪文を解くと、ネビルは怒涛の勢いで話し始めた。その瞳には涙が光っている。
「ハーマイオニーったら酷いんだよ! ハリーたちがまた夜に出歩こうとしていたから僕、止めようとしたんだ! そしたらいきなり呪文をかけてきて――」
ハリーたちも行っているのか。俺がミカエラを追わなければいけない理由が増えたな。賢者の石を巡って、ひょっとしたらミカエラvsハリーがあるかもしれない。もしそうなったら、俺は多分、どっちにつくか迷わない。
俺が夜間外出しようとしていると知ったら、ネビルは制止してくるだろう。俺は痛む良心を隅に押しやって、ネビルに月桂樹の杖を向けた。心なしか、杖は喜んでいるようだった。
「ジュ、ジューダス? なんで僕に杖を向けてるの……?」
「すまんネビル。恨むなら俺を恨め。ペトリフィカス・トタルス」
『禁じられた部屋』までは誰にも遭遇せずにスムーズに行けた。危惧していたピーブズにも会わなかったのは僥倖だ。
錠前の壊れた扉の前で、首に提げたお守り代わりのロザリオを握る。そして大きく深呼吸をした。冷たい夜の空気が、早鐘を鳴らす心臓や興奮で沸騰しそうな血液を冷却してくれた。少し汗ばんだ手で、金属製の持ち手を引く。
「ヒィッ!」
入った途端に悍ましい6つの目に睨まれる。その顔にあるのは、明確な殺意のみ。足元には、壊れたハープや木でできたリコーダーが転がっていた。
「グガアッ!!」
三つ首の波状攻撃を右に左に回避する。ケルベロスは自分より遥かに小さい俺にやきもきしているようだ。ことごとく牙は俺の体躯を外した。
しかしいつまでもこんなことやっていられない。俺は先を急がなければいけないし、何よりスタミナが保たない。
「考えろ……こいつへの対処法を……」
ミカエラやクィレルはどう処理した? ハリーは? 落ちているハープやリコーダーが、俺に正解を教えてくれる。
「つまり、君の弱点は音楽って訳だ! 俺の口笛に痺れな!」
選曲は『アヴェ・マリア』、聞いてると眠くなる賛美歌だ。俺の予想通り三頭犬は徐々にまぶたをトロンとさせていき、最後には夢の世界へ旅立っていった。
奥の床に設置された仕掛け扉を開放する。底の見えない大穴が姿を現した。風が下に吹き込んでいき、その音が巨人の唸り声を想起させる。
ここで足踏みしている時間はない。俺は意を決して、穴に身を投げた。