ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド   作:束田せんたっき

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クリスマスイブイブイブイブイブイブ

 12月の半ばになると、ホグワーツの一帯は雪によって銀世界に染められていた。窓の外ではコンコンと雪が降りしきり、ここ地下牢では隙間風が四方八方から入ってきた。お陰で魔法薬学はかじかむ手で授業を受ける羽目になっている。

 俺は大鍋の火で暖を取りながら、カサゴの脊椎を計った。吐いた息が、白い霧となって散る。

 

「はぁ~」

「ジューダス、カサゴの脊椎はもっと少ないんじゃねえか?」

 

 俺の気分は日に日に下がる一方だ。原因はわかっている。クリスマスだ。

 ……自分でも何考えてんだこいつとは思うが、実際そうなのだからしょうがない。他の生徒――ハリーやネビル、あのマルフォイでさえ、クリスマスを待ちわびている。だのに、俺は焦りを募らせていた。

 

「おい、ウスノロ。盛りすぎだぞ」

 

 ミカエラへのクリスマスプレゼントが決まらないのだ。恥ずかしながら俺は生まれてこの方、贈り物なるものをしたことがない。それに、贈る相手が初めての友達というのも悩みに拍車をかけていた。

 

「テメェ聞いてんのか!?」

 

 グイッとミカエラに引っ張られる。そこで俺は気付いた。カサゴの脊椎を延々と天秤に積み上げていたことに。そこに運悪くスネイプ先生が通りがかった。

 

「ビショップ、授業中に上の空とはどういう了見だ?」

「すみません先生、大切な人に贈るクリスマスプレゼントを考えてました」

「そ、そうか…… しかし今は授業に集中したまえ。魔法薬の作製とは、繊細な芸術を仕上げるのと同義なのだ」

 

 そう言うとスネイプ先生は、マントを翻してマルフォイのテーブルに歩いていった。隣で大鍋を掻き混ぜていたネビルが小声で言う。

 

「減点されなくて良かったね」

「逆になんでしなかったんだろう? 隙あらば減点してるのに」

「確かに……」

 

 まあ、毎回減点されてるのはハリーとネビルぐらいで、他のグリフィンドール生は3回に1回程度だからな。たまたま今日はスネイプ先生の虫の居所が良い日なのかもしれない。

 

 俺が盛りすぎてしまったカサゴの脊椎をしまっていると、クイクイと袖に抵抗を感じた。俯いたミカエラが俺のローブの端を握っている。

 

「ジューダス」

「何?」

「誰にあげるんだ? プレゼント」

 

 今訊きます? さっきスネイプに集中しろって言われたばかりだから怖いんだけど。それに渡す相手にそれを話すなんてどんな羞恥攻めだ。何よりサプライズじゃないとつまらない。俺は口元に人差し指を当て、片目をつぶった。

 

「ヒ・ミ・ツ」

「は?」

 

 数秒間硬直したミカエラだったが、再起動すると顎に手を当てて腕を組んだ。俺はその姿勢がミカエラが考え込む時の癖だと最近知った。こういう時のミカエラは自分の世界に入ってるので、そっとしておいた方が良いことも。

 

「……最近……が離れる……多かったから……でもこんな短時…………」

 

 ミカエラが垂れ流している独り言をBGMに、魔法薬作りを進めていく。適正分量のカサゴの脊椎を火にかけられた大鍋にぶち込み、時計回りに混ぜる。そして液体の入った小瓶を手に取ると、その手をガッチリと白い手に掴まれた。顔を上げると、オレンジの瞳の中の俺と目が合った。

 

「あのー……何でしょうか?」

「その羊の胆汁はまだ入れねえぞ」

「ああそうだった。ありがとう」

 

 こんな初歩的なミスをするなんて、俺は疲れているのだろう。プレゼントの内容を考えて昨日も一晩中起きていたし、当然か。

 ミカエラは目を合わせたまま、ゆっくりと手を離していった。最後に舌打ちしたのは聞かなかったことにしておこう。ミカエラに嫌われたら禁じられた部屋に飛び込む自信がある。

 

 ミカエラは終始イライラした様子で、授業の終わりを待たずして地下牢から飛んでいってしまった。外の空気を吸ってくるとのことだが、絶対違う。城の出口とは逆方向に向かっていた。

 

 結局、完成した魔法薬はギリ及第点といった出来だった。因みにスネイプ先生基準でグリフィンドール生の及第点とはスリザリン生の落第点と同じである。終わった。

 

 地下牢から大広間までの帰り道、ハグリッドがモミの木を運んでいるのが見えた。通行の邪魔になっているようだが、仕方ない。ハリーやハーマイオニーと共に前を歩いていたロンが口を開いた。

 

「ハグリッド、手伝おうか?」

「いんや大丈夫、これが最後だからな」

 

 クリスマスツリーの準備もそろそろ終わりそうなのか。もう時間がないな。俺は焦燥感から肩を落とした。薄ら笑いを貼り付けたマルフォイがやって来る。

 

「ウィーズリー、もうハグリッドに媚びを売っているのかい?」

「どういう意味だ」

「君にしては良い判断だと思うよ。君たちの家と比べたら、ハグリッドの小屋は宮殿に見えるだろうからね」

 

 可哀想に、マルフォイは構ってほしいのだ。思えば、マルフォイは大体クラッブとゴイルとばかりつるんでいた。クリスマスを祝うのに、新しい友が欲しいと考えるのは想像に難くない。

 

「何だと!!」

 

 ロンは頭に血が上り、真っ赤になってマルフォイを睨みつけた。一触即発だ。これはいけない。マルフォイは仲良くなりたいだけなのだ。ただ、不器用なだけで。このままでは不幸なすれ違いが起きてしまう。

 俺は割って入ろうと一歩踏み出した。しかし、ロンはまさに掴みかかろうとしている。間に合わない。その時、スネイプ先生が階段から上がってきた。

 

「ウィーズリー!!」

 

 即座に2人は距離を取った。スネイプは靴音を鳴らしながら寄っていく。ハグリッドがロンを庇うように前に出た。

 

「マルフォイがちょっかいを出しとったんです」

「しかし暴力は立派な校則違反だハグリッド、グリフィンドール3点減点」

 

 スネイプはそう言うと去っていった。その後に続くマルフォイは、勝ち誇ったようにロンたちに振り返る。俺がその脇を通ると、一部始終を見ていたハリーの声を耳が捉えた。

 

「僕、あの先生大っ嫌いだ」

 

 まあ良い先生とは言えない。あからさまにスリザリンをえこひいきするし。だが、そこで敢えて俺はノーと言おう。スネイプ先生が俺たちに厳しいのは、きっと愛の鞭なのだ。甘やかしているように見えるスリザリン生にも、裏ではしっかりと指導しているはずだ。でなければ、ハロウィーンの日にスネイプは俺を守るためにあそこまで体を張らなかっただろう。

 

 大広間の手前まで来ると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。追いついたのは、少し息を乱したハーマイオニー。

 

「ジューダス、聞きたいことがあるわ」

「ハーマイオニーが俺に質問なんて珍しいね」

「さっきハリーがスネイプ先生の悪口を言ったときに首を傾げてたけど、どうして?」

 

 俺の渾身のボケはハーマイオニーに素気なく無視されてしまった。悲しい。

 

「どうしてって、俺はそんなにスネイプ先生が嫌いじゃないからかなあ?」

「ジューダスって先生と仲良いわよね」

 

 仲が良い? 俺とスネイプが? 確かに他のグリフィンドール生よりは接点があった気がするが、それだけだ。むしろハリーの方が絡まれている分仲が良いと言えるかもしれない。

 

「そうかい? 普通の生徒と先生だと思うけど」

 

 俺がそう答えながら前に進むと、ドンッと誰かとぶつかった。急いで謝って目を上げる。そこに立っていたのは、腕を組み眉を釣り上げたミカエラだった。

 

「ふーん、そうか。まあどうでもいいが。ジューダス、ちょっとこっち来い」

「え?」

 

 万力のような強さでミカエラに腕を引っ張られる。俺はなるべく不自然に見えないように、ハーマイオニーに言った。

 

「ごめんハーマイオニー、急用を思い出しちゃった」

「そ、そう……」

 

 呆気にとられたハーマイオニーを尻目に、俺はミカエラにされるがままだ。見事に装飾を施された大広間を通り過ぎ、エントランスホールを経由して外に出る。冬の張り詰めた空気が肺に流れ込んだ。雪に反射した日光が眩しい。

 

「ちょ、ちょっと! いきなりどうしたんだ!」

「別に? 散歩したくなっただけだ。ジューダスがいねえと碌に魔法使えねえしな」

 

 ミカエラはやっと俺の腕を解放して、湖に向かって飛んでいった。置いていかれないように小走りで追いかける。道中、適当な話を振ったが、曖昧な言葉を返されるだけだった。

 

 湖の畔に腰を降ろす。そばに生えている木の影の下を、心地良い風が通り抜けた。湖は一面に氷が張り、ここで寮合同のフィギュアスケート大会をしたら楽しそうだった。お互いに暫く無言だったが、体が冷えてきた時にミカエラが重く口を開いた。

 

「ジューダスは、オレのことどう思ってるんだ?」

「どうって?」

「うざったく思ってるんじゃねえのか? 口は悪いし、お淑やかとは言えねえし」

「そんなことない!!」

 

 ビクッとミカエラの肩が跳ねる。ごめん、今のは自分でも声が大きかった。俺はミカエラと正面から向き合った。

 

「大事な初めての友達だ! ずっ友だ! どうしてそんなこと言うんだ!?」

 

 その時、一陣の風が吹き抜けた。咄嗟に目を閉じる。俺がもう一度まぶたを開けると、ミカエラの暗い顔は吹き飛ばされていた。陽光に照らされ、笑んだ口角がよく見える。この瞬間を切り取りたい、ふと思った。

 

「なあ、ジューダスは――「グルルゥ!! ワンワン!!」

 

 後半は聞き取れなかった。駆けてきた犬の吠声に掻き消されたのだ。灰色の大型犬は、歯をむき出しにして唸る。

 

「何だァコイツ」

「今にもミカエラに噛みつきそうだけど」

「何でだよ! どの犬もオレの邪魔ばっかりしやがって!」

 

 そう、犬はミカエラに向かって吠えていた。見えないはずなのだが、居ることを確信しているかのようだ。

 どう対応したものかと悩んでいると、のんびりとハグリッドが歩いてきた。

 

「おうジューダス、うちのファングがすまんな」

「これハグリッドの犬だったの?」

 

 ハグリッドはヒョイとファングを抱き上げた。が、なおもファングはミカエラに吠え続けていた。

 

「そうだ。いつもはおとなしいんだが、こんなに興奮しとるのは久しぶりだ」

「へぇー、ファングが吠えるのはどんな時なの?」

「良くねえもんを見つけとる時だな。犬は人間よりも危険に対して敏感だ」

 

 俺はミカエラに振り返った。ミカエラは額から汗を流しながら、ブンブンと首を振る。

 

「このクソ犬はオレに吠えてねえ! デミガイズに吠えてんだ!」

「ハグリッド、デミガイズって何?」

「どうした藪から棒に? まあ勉強熱心なのはええことだ。デミガイズってのはな、平たく言えば透明になれる猿だ。熱帯原産のいたずら好きで、犬が何もない所に吠えとる原因の1つでもある。それで――」

 

 ハグリッドは魔法生物の話になると止まらないタイプらしい。デミガイズの解説が終わると、今度はニフラーの話を始めようとしたので、申し訳ないが俺は話を遮った。

 

「オッケーありがとうハグリッド! 寒くなってきたし俺は戻るよ!」

「気ぃつけてなー」

 

 帰り道に、最初の頃悩んでいたプレゼントの迷いはない。独りでに俺の頬は吊り上がっているようだった。


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