ジューダス・ビショップと最強のイマジナリーフレンド 作:束田せんたっき
11月に入ると、外は一層冷え込んだ。学校を取り囲む山々は灰色に覆われ、湖ではアイススケートができそうだった。しかし外の景色とは対象的に、ホグワーツは日に日に熱気が増していた。クィディッチの季節が到来したのだ。
土曜日には、因縁のグリフィンドール対スリザリン戦が予定されている。それの前夜ともなれば、グリフィンドール談話室が盛り上がるのは当然だろう。呪文学の宿題を広げる俺の近くでは、ディーン・トーマスとシェーマス・フィネガンが大論争を繰り広げていた。
「だから! スニッチを取ったら150点でゲーム終了なんておかしいだろ! それなら全員シーカーでいいじゃないか!」
「それを言うならマグルのサッカーの方が意味不明だよ! ボールが1個で誰も飛んでいない試合のどこが面白いんだ!?」
因みにクィディッチ派がシェーマスでサッカー派がディーンだ。個人的にはクィディッチのルールが謎なのでディーンの気持ちもわからなくもない。
スポーツは友情を育むと言うし、どっちでも良いからみんなでやってみたいな。スリザリンの連中も誘ってサッカーとか楽しそうだ。マグルのスポーツで汗を流せば、純血主義と親マグル派の確執も水に流せるかもしれない。
マルフォイが背番号10を背負ってマウンドに立っている姿を想像しながら、黙々と浮遊呪文のレポートと格闘する。ウィンガーディアム・レビオーサと爆破の関係を考察したいのだが、これが中々難しい。
誰か同じ宿題をやっている人はいないのか? 談話室を見回してみる。
推しのクィディッチ選手を語りあうラベンダーとパーバティ・パチル。
監督生バッチを丹念に磨いているのはパーシーだ。それをフレッドとジョージが邪魔している。
ネビルは相変わらずトレバーを探して這いずっていた。今日も獅子寮はカオスだ。
そんな中、ハリーとロンがハーマイオニーにアドバイスを貰っているのが目に入った。あの3人はハロウィーン以降仲が縮まった気がする。これがトロール効果か。
呪文学の教科書と羊皮紙を広げているのを見るに、俺と同じく宿題だろう。俺は自分の羊皮紙を纏めて、腰を浮かした。
「ん? どうしたんだ?」
振り返ると、ミカエラが羊皮紙を覗き込んでいた。少し癖のある黒髪が乱れている。外から帰ってきたばかりのようだ。
「呪文学の宿題が難しくてさ。ハーマイオニーにでも質問しようと思ったんだけど」
「あのガリ勉ちゃんにィ? ちょっと見せてみろ」
羊皮紙を渡すと、オレンジの瞳が結構な速度で右から左へと繰り返し動いた。書きかけだが、自分のレポートを目の前で読まれるのはドキドキする。しばらくして、ミカエラは顔を上げた。いつかテレビで見たジャパニーズ能面のような無表情だ。
「そ、それで、どうだった?」
「……お前、シラフでコレ書いたのか? ……書いたんだろうなァ」
俺が首肯すると、ミカエラは手で顔を覆った。天を仰ぐ姿は、なぜか嘆いているようだ。そのままミカエラは口を開いた。
「浮遊呪文を言い間違えると爆発するのはまあいい。オレも見たからな」
バッとミカエラは顔から手を取り払った。瞳孔全開で俺を睨みつける。
「だがなァ! なんでその原因が朋友の絆云々になる!? 母親の腹に頭のネジでも忘れてきたのか!?」
「いやーよく分かんなかったから。朋友の絆って何か起こせそうだし」
「朋友ってカッコつけてんのも腹立つゥ! コレは冒涜だ! テメェは魔法の神秘を踏み躙ってる!」
一頻りミカエラは大騒ぎした後、ゼーゼーと膝に手をついた。やっぱり妖精的に譲れない部分があるのだろうか。ポツリとミカエラの呟きが聞こえた。
「…………やる」
「え?」
「オレが呪文学でもなんでも教えてやる。今夜は寝られると思うなよ」
「お、お手柔らかに……」
俺の後ろでは、いつの間にかシェーマスとディーンが固く男の抱擁を交わしていた。
「欠陥スポーツ呼ばわりしてごめんなシェーマス。確かにクィディッチも駆け引きがあって奥深い」
「僕も玉蹴り遊びとか言ってごめん。サッカーにクィディッチみたいな陣形があるなんて知らなかったんだ」
クィディッチとサッカー、どちらも違ってどちらも良い。彼らのように俺とミカエラの魔法観が一致できるのだろうか。できなければ本当に眠れないだろう。俺はそれだけが不安だった。
翌朝、クィディッチのスタンドは観客で満席だった。ホグワーツ生の熱気が、晩秋の寒さを吹き飛ばしている。ミカエラの深夜授業で寝過ごしたが、俺はなんとか席を確保できた。斜め前にはスネイプ先生、2列後ろにはクィレル先生がいた。
「こんなのの何が面白えんだか。ジューダスのドミノを台無しにする方が遥かに有意義だ」
「あれ本当にやめてよ。俺の人生って何だったのか考え直したくなるから」
今でもちょっとしたトラウマだ。3時間が一瞬で無に帰すのは堪えるものがある。俺があくびを噛みながらミカエラと話している間に、試合の火蓋は切って落とされたようだった。
赤と緑のユニフォームが、スタンドを散り散りになって飛んでいる。クィディッチ初心者の俺からすれば、誰がビーターで誰がチェイサーか区別がつかない。こんな時にロンやシェーマスといったクィディッチに一家言持っている人がいれば解説してくれるのだろう。しかし寝坊した俺はネビルにすら置いていかれていたから、同じく初心者のミカエラとしか見れなかった。流石にネビルよりも遅起きだったのはショックだった。
「アー、あのキョドってるチビがハリー・ポッターじゃねえか?」
「んー? どちらかと言えばキョロキョロしてる感じじゃね? シーカーってそんなもんじゃない?」
「あれがバランスブレイカーのシーカー様か」
バランスブレイカーならミカエラも大概だと思ったが口にはしなかった。ハリーは初陣ということもあって緊張した面持ちでスニッチを探しているようだ。
その後は両チームのシーカーに大きな動きもなく試合は進んでいった。クアッフルがゴールに入るたびに、入れたチームの寮では歓声が上がり、反対に敵の寮ではブーイングの嵐が巻き起こる。
このスポーツが英国紳士の嗜みに入れていいのかは甚だ疑問だった。リー・ジョーダンの実況を聞けば、それは更に強く感じられる。
「おおっと! スリザリンキャプテン、マーカス・フリントの顔面にブラッジャーが直撃だあ! その鼻っ柱が折れれば良いのに!」
「ミスター・ジョーダン!」
「いえ、冗談ですよマクゴナガル先生。……そして我らがオリバー・ウッドがクアッフルを防ぐ! まさに鉄壁の守りぃ! ざまーみろスリザリン!」
「いい加減にしなさい! マイクを取り上げますよ!」
「あ! ちょっと待ってくださいって!」
実況席ではリー・ジョーダンとマクゴナガル先生の熾烈な攻防戦が行われているようだ。彼の実況はクィディッチと同じくらい過激だが、面白いのでもっと聞いてみたい。
フレッドとジョージが見事なコンビネーションでブラッジャーを叩き落とすのを見ながら、ミカエラが言った。
「始まってみると案外見応えあるなコレ。とりあえずブラッジャーとかいう鉄の塊を飛ばすのを考えたヤツは天才だ」
「いや天災の間違いでしょ。下手しなくても死人出るよ」
「ソコが良いんだろ」
何が良いのかわからなかったが、ミカエラ的には気に入ったらしい。一進一退の戦いが続く中で、悲鳴ともつかないどよめきが上がった。近くの女子生徒の呟きが聞こえる。
「あれハリー・ポッターじゃない? 箒にしがみついて危なっかしいけど大丈夫かな?」
箒が上手いと評判のハリー・ポッターが振り落とされそうになっていた。そんな馬鹿な。ハリーが箒から落ちるなんて、フィルチが生徒に罰則を課し忘れるぐらいありえないことだ。
「なーんか闇の魔術かけられてるなァ。クィディッチってそんなこともアリなのか。ますます気に入ったぜ」
「いや駄目でしょ。流石に魔法族もそこまで倫理観壊れてないと思、いたい……」
一時は転落まで秒読みか、とまでなっていたハリーだったが、今はなんとか持ちこたえている。ただ2つの力が拮抗した不安定な感じだけど。ミカエラが顎に手を当てて口を開いた。
「反対呪文かけて打ち消し合ってるっぽいぞ。よっしゃ、オレも参戦するか」
「え? それってどういう……?」
「ほーれ、ラジコン・ポッターだ」
ミカエラが操り人形の糸を繰るように手を動かす。すると、その動きに連動してハリーの箒が縦横無尽に飛行しだした。錐揉み回転しながら落っこちたと思えば、急旋回して上昇するといった具合に。
「いやちょっ、何やってんの!?」
「ポッターを巡って呪い掛け合ってるヤツがいるなら掻き乱してやるのが礼儀だろ?」
「そんな礼儀くそくらえだ! 何でも良いから、やめたげてよお!」
マジで心臓に悪い。今にハリーが落ちないか心配だ。観衆の目も、ラジコン・ポッターに釘付けになっている。そんな中、スタンディングオベーションしていたクィレル先生が誰かに押されたのか、席から転げ落ちた。もうめちゃくちゃだよ。
ヒョイヒョイと人々を掻き分けて、ボサボサの茶髪が俺の前を通った。なんとなく目で追って見ると、茶髪は立ち上がっているスネイプ先生の足元にしゃがみ込む。二言三言何かを唱えると、スネイプのローブの裾が燃え上がった。野郎、テロリストか!
「スネイプ先生! 炎上してますけど大丈夫ですか!?」
「何っ!?」
周囲の人と一緒に消火活動だ。早期発見だったので、大事にはならなくて済んだ。しかし、放火魔を取り逃がしてしまった。
「ちぇっ、闇の魔術とその反対呪文の反応が消えたな。つまんねーの」
ミカエラは飽きたのか、ハリーで遊ぶのをやめたようだ。ハリーの箒の異常も終わり、試合が再開される。
ふと視線を感じて振り返った。ロンの目と俺の目がかち合う。だがロンは見てはいけないものを見てしまったかのように、慌てて目を背けてしまった。好きな子に話しかけられない小学生じゃあるまいし、どうしたんだろう?
「ハリー・ポッターの口から……金のスニッチが出てきたああぁぁぁああ!! 試合終了です! やりました! グリフィンドールがスリザリンを打ち破りましたあああ!!」
生き残った男の子、ハリー・ポッターはクィディッチでも英雄になったようだ。それにしても、口でスニッチを捕えるなど見上げたシーカー根性である。俺からしても、大満足の試合だった。
「次の試合ではラジコン・フリントも愉しそうだなァ」
早速次の獲物を探すのはやめなさい。俺よりもミカエラの方が満喫してる気がしてきた。いや別にいいんだけれど。