第2話

 ここから血盟騎士団東海支部までは三十分もない。さほど退屈を覚えるわけではないが、それでもじっとしているのはつまらない。


 瑠奈はタブレット式の携帯端末を取り出し、動画サイトを開いた。旧時代の動画が大量にストックしてあるサイトで、ときどきこうして暇つぶしに見ることがある。


「猫……」


 子猫が人間とじゃれる動画を見て、瑠奈は緊張していた気分が和らぐのを感じた。


 猫は好きだ。愛嬌があって可愛らしく、もふもふしていて手触りがよさそう。


 しかし、もう猫は絶滅した、と言われている。都市内の外部居住区でもほとんど見ることはない。


 必要とされる動物は牛や豚、鶏で、食料生産のためジオフロントで育てられているがそのほとんどは嗜好品であり、一般には出回らない。


 そのとき、携帯が震えた。通信機ではなくこちらにかけてくるということは、作戦には関係のない内容なのだろう。


 同僚からのつまらない電話なら無視するところだが、携帯のディスプレイに『博士』と表示されているのを見て、出ることにした。


「もしもし。神代」


「ああ、瑠奈か。よかったよ、通じて」


 博士――リリア・アーチボルトは、血盟騎士団医務室室長であり、瑠奈の担当医でもある。


「用件は」


「君にいいニュースがある。……いや、去年ことを思えば悪いニュースかも知れんが……」


「どのみち拒否権はないんでしょう。早く言って」


 しばらく沈黙があったが、リリアは話し始めた。


「第七位始祖、『紫電のハンク』の適合者が生まれた。君に続く『パンドラ計画』の被験体だよ。記念すべき三人目だ」


「それで?」


「彼の教育係を頼みたいな、と思ってね」


「彼?」


「ああ、そう。男の子だ」


 別に男嫌いというわけではない。女にも男にも平等に興味がない。


獅童奏真しどうそうまという子で、今年で十七歳になるということだから、君の一つ上だね」


「面倒。ほかのベテランに頼めばいいでしょう」


 吐き捨てると、リリアは唸った。


「それなんだがねえ、支部長がパンドラ計画の被験体のみで最強の特務分遣隊とくむぶんけんたい吸血鬼狩人ヘルシング』を発足するつもりらしくてね」


「ヘルシング?」


「まあ一人は本部直轄だからこっちに来そうはないんだが、どのみち君と組むことになるんだったら、連携を取るためにも早い段階から君と組ませた方がいいんじゃないかと」


 瑠奈は見られているわけでもないのに、無意識でため息をついた。


「そういう面倒事は押し付けないで下さいとあらかじめ言っておいたはずなんだけど」


「連れないこと言うなよ、君。君たちは二人一組ツーマンセルが基本だろう? 一人で活動する君は異例なんだよ」


「それは……」


「だろ? これまで見逃してきてくれた分のツケを払うべきなんじゃないのかな?」


「少し小突かれた程度で死ぬような仲間なんて、いない方がまし」


「そうならないために君が育てるんだよ、彼をね」


「……新人教育なんてガラじゃないわ」


 包み隠さず本心を言った。自分に教え導く立場というものが務まるとは到底思えない。


「けど四年のキャリアを持っていて、おまけに彼と同じ『始祖』の力を継ぐ君だ。教えてあげられることは多いと思うが」


「わかったわ。やればいいんでしょう、やれば。けど手間賃は取らせてもらうわ。ロハじゃ割に合わないもの」


「支部長に掛け合ってみるよ」


 電話が切れた。


 瑠奈はまたため息をついた。


 厄介な仕事を任されたものだ。どうしたものか。新人の教育などしたことない。


 しかし、始祖か。


 ヴァンパイアの中でも異質な存在である始祖は、全部で十三体いるとされる。彼らはヴァンパイアでありながら目は赤くなく、蒼いという特徴を持つらしい。


 実際に見たことは一度もないので伝聞でしか知らないが、噂によればそういうことらしい。


 瑠奈もその始祖のブラッドアームズを引き継ぐ存在だ。


 けれど、まだ自分は始祖の力を発現したことは一度もない。


 始祖のブラッドアームズを受け継ぐ存在には、特別な力があると考えられている。


 ほかのブラッドアームズ適合者――ダンピールにはない力があると。


 装甲車が停車した。恐らく、防壁の前に到着したのだろう。


 しばらくしてまた走り出し、血盟騎士団支部に到着すると再び停まる。


 瑠奈は開いた後部ハッチから降りると、支部内に向かって歩き出した。


 任務のせいで昼食を摂り逃した。腹が減っている。早くなにかを食べたい。


 掃き清められた真っ白な廊下を歩いていると、目の前から資料に目を落とす少年が現れた。


 そして、どん、と肩がぶつかる。


「あ、ごめん」


 少年は素直にそう謝った。黒い直毛の髪をミディアムに伸ばし、後ろ髪を三つ編みに結っている。顔立ちは少女と言っても通りそうなほどであり、衣服がパンツタイプのスーツでなければ瑠奈も判断に困ったかもしれない。


 その瞳は紫をしている。日本人にはありえない目の色だが、瑠奈も他人のことは言えない。


 彼女も頭髪は白く、目は金色という日本人らしからぬ外見をしている。


「これさ、読めって言われたから……」


「よそ見してるからそうなるのよ。部屋に戻ってから目を通しなさい」


「いや、それがさ、この後すぐに任務に出るっていうから……」


「……以後、気をつけなさい」


 少年を視界から外し、瑠奈は颯爽と食堂に向かって歩き出した。


 ちらりと見たとき、背中に銀色の金具で十字架をあしらったマークがあったので、もしかしたら件の新人ダンピールなのかもしれないと思ったが、まあどうでもいい。


 道中、冷ややかな目線が飛んでくるが、無視した。自分が周りからどう思われているかくらい知っている。


 けれどそれについていちいち言及する気はない。自分をそう見たいなら、そう見ればいい。


 どうにでも、好きにしてもらって構わない。


「緊急連絡、緊急連絡。神代瑠奈隊員は速やかに第二駐車場に集合せよ。繰り返す――」


 昼食もまともにとれないのか、と瑠奈はうんざりした。


 だが、上からの命令は絶対だ。逆らえばどんな懲罰を課せられるかわかったものではない。


「まったく……」


 苛立ちを隠そうともせず、瑠奈は踵を返して来た道を戻った。


 新人教育なんて受けるんじゃなかった。

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滅葬のブラッドアームズ — 雷光のブリッツ — 夢咲蕾花 @FoxHunter

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