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とりあえずこれは確認しておかんと。困惑した表情のマゼルを横目に父に向かって問いかける。
「主催は王室ですか」
「ルーウェン殿下の生誕祭だ。夜に舞踏会が入る」
断れない理由じゃねぇか。頭痛い。口が悪くなったのは許せ。さっそくの一手、しかも“夜会”ときたよ。ずるずるやりたくないという事なんだろうけどなあ。
というかそれって当分の間
「えっと」
「とりあえずだ、マゼル、お前さんが思っているのとは違う」
「え?」
驚いた顔のマゼルに説明。ものすごく荒っぽく例えるなら戦勝式典とかはその日に始まった酒場での宴会だとすると、夜会と通称されるものは大規模なお祭りとかそういう類のものになる。
村祭りだって何日も前から準備するように、夜会にかかる準備期間はまるで違う。高位貴族令嬢の夜会デビューなんかだと、ドレスからじゃなくてドレスを作る布を織らせるところから始まるレベルだ。
後、あまり大きな声では言えないが、体形に問題のあるご婦人や令嬢はその間ダイエットに励むようにという主催側の温かいご配慮であったりもするんだが、その辺はひとまず措いておく。
「参加者の規模にもよるが、ワインだけで数百本準備という規模だ。数日後にやりますとかそういう話じゃない」
酒は特にルールはないが大体参加者三人から四人につき二本ぐらい準備はしておく。そのぐらい用意しておけば足りなくなったことはないらしい。前世のワインと比べるとアルコール分が違うと思うのでこの世界の人が酒に強いのかどうかは何とも言えん。
あと実はめんどくさいのが子供向けのソフトドリンク類。保存もきかないし、うかつに作り置きしておいて毒でも入れられると洒落にならない。という事で夜会の当日は朝から担当班が果物を搾って瓶に詰めてを繰り返すことになる。
リットル換算で百リットル以上の搾りたてジュースを用意する必要があるからこれが結構な重労働で、担当は翌日筋肉痛間違いなし。この世界は果物を搾る魔道具もあるんだが、人手でやるのが作法なんだよなあ。
「席次とか決める必要もあるしな」
舞踏会とかでも席次はある。挨拶前に王に近い所に立てる人とか、申し訳ないけど最初は壁の花になっていてくださいねという所に誘導される人とか、大雑把に見えて意外と複雑だ。序列が近くても仲が悪い人同士を近くに置いておくと余計な騒動が勃発しかねないんで、王の右手と左手に分けて開始までそこで待ってもらうとかの配慮もいる。
そのためまず出欠確認、出席者が確定した後に席次を決めるという政治的なお仕事が待っているわけだ。夜会の招待状と言うのは数か月先にやるので予定開けておいてくださいね、用件があるのでしたらご連絡はお早くお願いします、という確認の意味合いの方が強い。
「そこまでは何とか分かった」
「夜会ってのは表向きの理由のほかに別の目的があったりする。例えば舞踏会で最初に踊るのは家族か婚約者か恋人だ、って言うのがあるんだが」
動けば動くほど逆に目には止まりやすくなるわけで、要するに口実はルーウェン殿下の生誕祭、裏ではラウラを餌に誘って見せたわけだ。かなり性質が悪いなこの一手。
それはともかくまだ困惑している表情のマゼルにぶっちゃける。
「要するにマゼルは夜会に参加してね、その日には王都に戻ってきてね、その程度の理解でいい。魔王討伐の方に注力してくれ」
「それでいいの?」
「ああ」
夜会直前までラウラが王都にいない、どころか普通の騎士でさえおいそれと近づけないようなところで、勇者パーティーとして戦っています、だと疑心暗鬼を生むのは間違いない。王都にいないこと自体が一部貴族にとっては疑いの目を向ける理由になる。多分国の方は意図的に疑えるような情報も流す気だろう。誘うだけじゃなく煽りさえするつもりだ。
魔王討伐も終わってないのに足元でごちゃごちゃするな、とでかい釘をさすだけで済む……といいなあ。はあ。国がそのぐらい動いているという事は、俺が大貴族に首突っ込む必要がないのは救いだけど。
今度はリリーが困惑したように口を開いた。
「あの、それで、どうして私がここに」
「あー、さっきも言ったけど、舞踏会で最初に踊るのは家族って事もある」
けどこれ、勇者の妹とは言え平民の娘が参加の準備をしている、なんてことは普通はあり得ないから、近いうちにマゼルを叙爵させますよという宣伝目的もあるな。マゼルに対してもこういう実績を作って追い込む意図があるのかもしれない。
あるいはルーウェン殿下の生誕祭記念の一環で新しい貴族家を作るとか言うつもりかもしれんけど、事態の方が流動的だから考えるのはやめておこう。
「でも私、ダンスなんか踊れません」
「僕もだけど」
「ルーウェン殿下と婚約者のシュラム侯爵令嬢も年齢が年齢だから、最初の一曲はそれほど難しい曲にはしないはず。基本さえ押さえれば大丈夫」
多分。実のところ俺だってダンスに詳しいわけでもない。
あと、口には出さんけど
リリーは不安そうにしているがまあそれが当然だよなあ。その辺もフォローするしかないのか。あ、そういえばとりあえず父に確認しておく事があった。
「その様子だとツェアフェルトは公的代理人として参加ですか」
「うむ」
典礼大臣とその一族だからな。主催側に近い立場になるのは避けられないか。
舞踏会に父親、母親と娘で参加する予定だったが、父親が急な事情で参加できなくなるようなこともある。その際、一目でわかるような印をつけた代理人がダンスのお相手を務めることになるわけで、それを公的代理人と呼んでいる。公的というより
名称はともかく、代理人と踊る場合はカウントしない。どんな相手とでも浮気とかにならないのが礼儀と言うかしきたり。その分代理人は選別が厳しく行われる。
余談になるが貴族家主催のパーティーの際、代理人は貴族家の執事がやることもあり、執事にダンスが上手いキャラが多い設定ってこの辺が元なのかもしれない。正直その辺はよく知らん。
騎士がやることはあんまりないんだが、秘めた恋を抱いた騎士が代理人としてお嬢様と一度だけのダンスを、なんてのは恋物語のネタとしてならよくある。生臭い現実だと未亡人が女性代理人として上流貴族の当主にお近づきになってお妾さんの地位ゲット、なんてこともあるんだけどさ。
まあとにかく俺は夜会の際にフリーハンドを与えられているという訳だ。つまり俺がラウラと踊る可能性もあるわけで、それはそれで胃が痛い。いや、そういう可能性さえも煽る材料に使う気だろう。
後何があるかな。あの王太子殿下がシナリオ書いてるとすると目的がほかにあってもおかしくない。主目的は馬鹿貴族とか横槍入れてきた教会に対する対策なんだろうが。
ちょっと考え込んでいたら父が口を開いた。
「ヴェルナー。お前はさしあたり、明日の午前は城に出仕し、午後はリリーのドレス手配を行え。予算は伯爵家が出す形で良い」
「え」
アンハイムでの代官業務の残りとかあるんだけどなあ、と思ったら強い視線で父に睨まれた。
「借金で貴族は死なぬ。だが評判で貴族を殺すことはできる。借金から逃げている、などという噂が立たぬように振る舞うことだ」
うぐ、そう言われると反論もできない。自業自得といえばその通りだがその評判が足を引っ張るか。まさかこんなことになるとは思っていなかったんだけどなあ。
あと父上、地味に俺が意図的にその評判立てた事怒ってるだろ。
「ルーウェン殿下の生誕祭という事は百日ちょっと後ですか」
「百十七日後だ」
うわあ。マゼルがこのペースで魔軍との戦いを進めていくと、百日あれば四天王の二人目を倒すところまで進んでいてもおかしくないよな。という事は王都襲撃と夜会、どっちが先になるんだ。しかもその間に調べなきゃいけない事もある。
これ、想像以上にきつい時間制限になるんじゃないのか。
代理人に関してはこの世界限定の設定です。
似たような話はありますが時代とか国とかつまみ食い状態なので。
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