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王都にて(2)~過去と現在~
――151――

 「あの噂、将爵が流したのですか」

 「儂ではなく卿の父君じゃよ」


 セイファート将爵の発言にさすがにちょっと驚いた。え、父があの噂の張本人なのか。またなんでとは思うがひとまず考えるのは後回しにして話を聞く側に集中する。並列思考とかできたらよかったのになあ。


 「戦功をあげればそういう輩が出てきてもおかしくないからの」

 「婚約者がいないのは自由ではありますが、それもまた弱みになることもあるという事です」


 ファルケンシュタイン宰相閣下までそんなことを言ってきた。あ、いや、宰相ともあろう人がわざわざここにいるのはそういう事か。しょうがないから乗るとしよう。


 「好き嫌いで婚約者がいないわけではないのですが」

 「いないという事実だけが独り歩きすることもあるという事です。他人を利用したい人間にとっては事実だけが必要な情報でもありますから」


 宰相がそう言うと横にいるマゼルが難しい表情を浮かべて考え込む様子を見せ、将爵がよくできましたと言いたげな視線を向けてきた。人をマゼルの貴族教育研修教材にしないで欲しい。必要な事ではあるんだろうけどさ。


 「マゼル殿にはまだそのようなお話はありませんか」

 「私は幸いにもまだありません」


 そりゃそうだろう。なんせ同行してるのはヴァイン王国第二王女であると同時に教会で聖女と呼ばれるラウラだ。ラウラに匹敵する駒がないと迂闊にマゼルを婿にとか口説くのは難しいはず。

 そう考えるとラウラを同行させた教会はヴァイン王国に対しても貸しを作った格好になるのか。……という事は、だ。そういう事か。非礼の極みだがため息をついてから思わずジト目を将爵に向けてしまった。


 「私が王都に残るのは虫よけが必要になってきたという事ですか」

 「そういう事じゃな。卿は理解が早くて助かる」


 宰相閣下も頷いている横でマゼルが頭の上にクエッションマークを浮かべてやがる。マゼルに聞こえるような形ではあまり言いたくないなあ。しょうがないか。


 「教会がリリーに目を付けたという事ですね」

 「理屈は整っておるよ。女神官として修業をし、治癒の魔法を身につければ兄である勇者殿のお役にも立つでしょう、という事でな」

 「狡い口実で」


 反射的に応じてしまったのは俺が神様を信じていないからだろうか。マゼルを口実に使うなよ。そのマゼルが口を開いた。


 「私が言うのもなんですが、今から修行しても同行は無理ではないかと思うのですが」

 「少し違う。要するにリリーを使ってマゼルを教会側に引き込みたいんだろう」


 聖女・ラウラは王族でもあり、王家と教会のパワーバランスをうまくとっているに違いない。別に教会だってヴァイン王国と喧嘩したいわけでもないだろうからそっちからごり押しもできない。一方で魔王討伐の英雄が王族・貴族サイドなのか教会サイドなのかはむしろ魔王討伐後に重要になる。

 露骨な言い方をすれば、魔王を討伐できたのは神のご加護のある聖戦士とかそういう存在だったからだ、と教会側は主張したいわけだ。ラウラだけだとマゼルを教会側に引っ張り込むには一手足りないからリリーに目を付けたという事だな。


 「すごく不快です」

 「言いたいことは解る」


 マゼルのこういう顔はある意味で珍しい。しかし妙だな。このタイミングでか、と思ったところで別の点に気が付いた。


 「どなたか、大神官様に何かあったのですか」

 「子爵は聡いですね。おっしゃる通り、大神官様のお一人が体調不良を理由に地位を退いたのです」


 宰相殿の返答にやれやれと内心でため息をついてしまう。

 これはこの世界限定の話になるが、この世界の神殿内部は最高司祭一名、その下に大神官が七人いてその下に司祭、神官、神殿衛士、見習いとか言う感じの順になっている、はず。司祭から神殿長になれたはずだが、正直あまり興味がないんで下の方はよくわからん。


 ただ、最高司祭に何かあると、大神官の中から次の最高司祭が選ばれることになっている。そのため、最高司祭様とその最高司祭様に負けた大神官殿との間でしばしば派閥抗争が起きているのは公然の秘密だ。

 実際、過去には最高司祭の地位にあった人物が在位二年で突然辞任して、一度も選ばれなかった大神官殿がその後を継いだという事もあるらしい。裏で何があったやら。


 その背景には派閥がある。特に平民出身で魔法の才能とかの実力で大神官クラスにまで上り詰めた人と、大貴族の一員で教会に入ってそのまま大神官になった人との間はそりゃもうよろしくない。わからんでもないが。

 なまじ一神教で流派がないからこそ内部で影響力を持っているかどうかは大きいんだが、なんかこの辺、不自然って言えば不自然なんだよなあ。


 ひとまず疑問は後回しにしておこう。事実だけを頭の中で追う。辞めた大神官の体調不良が事実かどうかは問題じゃない。空いたポストにどんな考え方の人物が座るのか、出身派閥はどうなのか、更には野心家かどうかとか、条件の違いがややこしい。

 教会最優先ならマゼルを教会派に引っ張り込むだけで満足だろうが、次期最高司祭を狙っている人なら“勇者の義弟”という立場は大きいだろう。この場合、新しくポストに座る人物じゃなくて、今は大神官だが次期最高司祭を狙う人物の可能性とかもある。

 そいつがどんな立場であっても、マゼルを後ろ盾に教会内で勢力を伸ばしたいと考える奴がいて、そう考える奴がいる時に大神官というポストが突然空いたわけだ。偶然かねえこれ。


 とりあえず教会サイドがマゼルに目を付けて、ついでにリリーに目を付けたということは解った。そして相関図を考えてみたら頭痛くなってきた。


 俺がアンハイムに飛ばされたのは俺とラウラの距離感を邪推した奴がいたからで、つまり貴族階級の中にラウラを狙うグループがある。ラウラ狙いの奴からすればマゼルも邪魔だろう。

 だがマゼルの有益性は国家サイドから見れば明白だ。個別の貴族家から見てもマゼルを部下とか婿養子にできれば利益は大きい。ラウラに興味がないならマゼルとはむしろ仲良くしたいわけだ。


 一方、ラウラはもともと教会に近いから、更にマゼルも引き込みたいと考えているのが教会サイドの意向。魔王討伐の功績とかも含め、マゼルが教会関係者になれば、今後ラウラが王家側に寄っても王国に影響力を維持できると考える奴もいるだろう。

 だが教会内部でも敵対派閥にマゼルを取られるぐらいなら、教会と距離を取っておいて欲しいという考え方の人物もいるはず。問題は俺が宗教系に興味がなかったから、誰がどの派閥か全くわからんという点だな。



 簡単にまとめると貴族階級内に敵と敵じゃない勢力がいて、教会内部にも敵と敵じゃない派閥がある。俺の敵がマゼルの敵じゃないこともあるわけで、考えれば考えるほどごちゃごちゃしてきた。

 とりあえず情報不足なんで思考中断。馬鹿な奴が確実にいるという覚悟だけしておく。


 「……で、この混沌としている状況を何とか捌こうと」

 「現状、最優先するべきは魔王討伐じゃ。ごたごたを一括で処理できれば一番じゃが、そううまい方法はない」

 「現状維持をしつつ、機を見て少なくとも半分近くを処理したいとは思っておりましてな。時間稼ぎにツェアフェルトのご協力を願いたい」


 時間稼ぎ、ね。内部は相当微妙なバランスになっているのか。状況は理解したが、どうにも腑に落ちない。このタイミングでこの騒動は“誰か”に都合がよすぎるような気がする。裏があるような気がして仕方がない。

 そして宰相がそういう以上、国の意向として話は通じているはずだ。当然、父は承認済みなんだろう。俺の口から承知いたしました、と言わせたいわけね。


 「承知いたしました。微力を尽くします」


 状況はごちゃごちゃしているが俺のやることは変わらない。マゼルが魔王討伐をするための邪魔をさせない、敵の王都襲撃を撃退する。その二点だ。そのためなら何でもやる。


 国から協力要請があったんだから、その範疇で独自に動くのは構わないよな。

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