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※閑話です。時間軸はヴェルナーが罠の砦を建築中ぐらいの頃のお話です。
ツェアフェルト伯爵家への客は多い。最近は特に数が多く、ヴェルナーの母であるクラウディアもさすがに疲労交じりの苦笑いを浮かべているほどだ。
しかも訪ねてきた客の質も高い。先日など、いくら
その結果、もはやツェアフェルトの茶会に招かれるだけでも箔が付くとさえ言われるようになっている。
そしてこの日も茶会ではないが、また大物の客がわざわざ他の伯爵家馬車を借りてまでお忍びで訪ねてきており、館の主のみならず使用人まで緊張感が溢れていた。当の本人は非礼があってもさほど気にしないのだが、周囲はそうは思わない。
「君がリリー嬢じゃな。儂がイェフ・アルティヒ・セイファートじゃ」
「り、リリー・ハルティングです」
さすがに緊張は隠しきれていないものの、それでもリリーはきちんとした礼を返した。セイファートの外見はヴェルナー曰く頑固爺である。武人としての迫力もあり貴族としての地位もはるかに上だ。リリーの反応はむしろ合格点であっただろう。
「そう堅くならぬでもよい。先日、ヴェルナー卿が提出した地図について聞きたいと思っておってな」
「は、はい」
「この図は君が描いたという事で間違いはないかね」
実のところ、この時代でも鳥瞰図そのものがないわけではない。だがそれは高い山の上や塔の上から描いた図か、ある種の想像図である。ヴェルナーの前世にある洛中洛外図屏風も想像による鳥瞰図の類だと言っていいだろう。そのような形で町や名所を描いた図はあるが、このような領域全域を把握するための鳥瞰図など考えたこともなかったのだ。
しかも、発想もだが完成度も高い。領や戦場全体を見渡しているような図である。この世界でも図の上で駒を用いての
王や王太子ですら一見して目を見張り、王都に一度戻ってきたラウラやウーヴェも王宮でそれを目にし驚いている。マゼルはその時ツェアフェルト邸で家族と再会していて、王族たちの会話を聞いていなかったのは運がよかったのか悪かったのかはわからない。
「は、はい。私が描きました」
「ふむ。何やら作って描いたそうじゃが、どのように描いたのか大体で良いので説明してくれぬか」
ヴェルナー自身、図そのものは重視していたとしても、その過程や結果をあまり重要視していなかった結果と言えばそのとおりであろう。また、その直後に自然災害の問題に頭が向いてしまったため、そのあたりの処理がおろそかになってもいた。
その結果、リリーに数日かけて描いてほしいと頼んだ際、フレンセンに立体模型を作成した部屋での掃除は禁止したが入室禁止にはしなかった。他の人間が入室することを特に気にはしていなかったし、“また”ヴェルナーが何かやっていると聞いたインゴと執事のノルベルトがその部屋を確認し、驚愕したこともヴェルナー自身は知る由もなかったのだ。
むしろインゴの方が館の人間全員に固く口留めし、地図提出の際に模型の存在を内密に王へ説明している。
リリーが一瞬困惑したような表情を浮かべた。だがその場に同席していたインゴに頷かれて直接答える。
「まず、多数の方に現地に向かっていただいて……」
複数の人間に多方向から地形を調べさせてそれを立体化し、図にする。口にすれば簡単であるが過程を説明をするのは難しいはずが、要点を捉えての説明が解りやすくしている。その際、セイファートは奇妙な点に気が付いた。
「ふむ。描き方は大体わかった。伯爵、済まぬがリリー君に少々頼みがあるので筆記用具を貸してくれぬか」
「は、少々お待ちを」
インゴがノルベルトに合図をするとすぐに準備させる。困惑したままのリリーをよそに画材が揃えられると、セイファートが口を開いた。
「リリー君、正面から見れば長方形だが上から見た場合六角形になる図を斜めから描いてみてくれぬか。輪郭だけで良い」
「はい」
形としては簡単な六角柱になる。だがさらさらと描かれたそれに歪みがないことにインゴは軽く驚いた。セイファートが続ける。
「では次に……」
何枚かの実験的に指示された図を経て、最後に描かれたそれにインゴも内心で驚嘆していたが、表情に出すことはしなかった。完成した線画を見てセイファートが頷く。
「手数をかけたの。もうよいぞ……ああ、後日仕事を頼むかもしれぬ。伯爵、よいな」
「はっ」
「そうだ、他にヴェルナー卿は地図に関して何か言っておらなんだかね」
「……もうしわけございません。説明は受けましたが、正確には覚えておりませんので、私の口からはご説明できません」
「ほう」
緊張したままそう答えたリリーの反応に対し、セイファートが目元に笑みを浮かべた。が、それ以上は追及しない。
「解った。ではリリー君は下がってくれたまえ」
「はい、失礼いたします」
この辺りの礼儀はすでに身についているようであるが、ほっとした表情を浮かべてしまったのは仕方がなかったであろう。リリーの退出後、インゴがセイファートに向き直り頭を下げた。
「申し訳ございません」
「かまわぬ。話すことがヴェルナー卿に利となるか不利となるか判断できなかったのであろう。口が軽くないのはよいことだ」
「馬車より牛を好むものもいるようです」
インゴが軽く苦笑する。牛に乗って移動することもできるが、歩みも遅いし鞍も置けないので乗り心地もよいとは言えない。この世界で人の好みはさまざま、という意味の言葉で『蓼食う虫も好き好き』に近いだろう。
それに対してセイファートは笑って応じた。
「卿の子息は牛ではなかろうよ」
「恐れ入ります。それにしても驚きました」
「儂も驚いたわ」
セイファートが感心したように絵を眺める。描かせた物自体は貴族が趣味で遊ぶボードゲームの駒である。だが貴族の品なので細工には凝っており、ちょっとした宝石のカットよりもはるかに細かい。それを実物も見ずに口で説明しただけで描ききってしまったのだ。職人でも説明だけでここまでの立体図を描ける人間などそうはいないだろう。
「リリー君はどうやら平面から立体が想像できるようじゃの。しかもそれを絵にすることができる」
「はい」
ヴェルナーが聞いていれば空間認識能力が高いのかと評したかもしれないが、この世界にはまだその言葉はない。だがその能力が有益であることが理解できないはずもなかった。少なくとも画家としての面だけで見ても、貴族家が囲い込みたくなる程度には価値が高い。
「なかなか面白いの。彼女の時間を借りたいが構わぬか」
「問題はございませんが、何を描かせるのかお伺いしてもよろしいでしょうか」
インゴの疑問にセイファートは特に隠す気もないという表情で応じた。
「なに、城下の図を描いてもらいたいのじゃよ」
城下町の正確な図があれば兵の移動に便利になる。元々ヴェルナーが提案した路面改修に王太子ヒュベルが手を入れたことで王都の市街移動面は飛躍的に効率が良くなっている。
今まで城下内部は大雑把に街区でしか分けられていなかった。そのため、以前なら「三番街区から七番街区を通り西門へ」というような指示しか出せなったところが、「三番隊はリーベルマン子爵の銘板通りを使い、四番隊はヒークス男爵の銘板通りから西門へ」というような市街分進移動の指示を出せるようになったのである。セイファートもヴェルナーの指摘した王都襲撃の可能性に関して手をこまねいていたわけではなかった。
だがそれはそれとして、セイファートが多少楽しそうに笑ったのも事実である。
「その次はヒュベルトゥス殿下の肖像画でも描いてもらうかの」
「ご冗談が過ぎます」
おそらく緊張して筆が動かなくなるだろう。想像できるだけにインゴは苦笑するしかなかった。
明日はお休みします、
申し訳ありません
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