P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

157 / 168
数日の休みと魔法省地下十一階と私

 ホグワーツの学期末試験は六月の初めに行われる。

 だが、今年はヴォルデモートとの戦いもあり、試験の前に数日の休みが生徒たちに与えられることになった。

 その休みでは一時的に親元に帰ることが許可される。

 あのような大事件がホグワーツであったばかりだ。

 一度実家に帰って気持ちを整理したい生徒も多いだろう。

 

「なあ、本当に一緒に来なくて大丈夫か? 多分ママは僕が帰ってくるよりもサクヤが家に来た方が喜ぶと思うけど」

 

 ホグワーツのエントランスでロンが心配そうな顔をして聞いてくる。

 私はロンの誘いに小さく首を横に振った。

 

「私が一緒だと少なからず気を使わせることになるし。夏休暇には顔を出すから今ぐらいは家族水入らずであるべきよ。ハーマイオニーもね」

 

「でも……」

 

「でもじゃないわ。私も気を使うし。ここ数日は大人しく図書室で勉強でもすることにするわ」

 

 私は二人の背中を押し、半ば無理矢理ホグワーツの外へ送り出す。

 二人は心配そうに振り返ったが、私が笑顔で手を振ると諦めたような笑みを浮かべてホグズミード駅の方へと歩いていった。

 

「さて」

 

 二人を送り出した私は談話室へ戻るために踵を返す。

 玄関ホールを通り抜け、大広間横の階段を上りながらふと思った。

 ロンやハーマイオニーに親がいるように、私にも親はいたのだ。

 ここ数日の休みが親に会いにいくための休みなのだとしたら、私にも親に会いに行く権利ぐらいあるはずである。

 私はローブのポケットの中に小さくした鞄が入っていることを確かめると、階段を駆け降り一階にある女子トイレの個室に入る。

 

「あれだけ魔法界に貢献したんだし、多少のわがままぐらい許されるべきだわ」

 

 そしてローブから杖を引き抜くと、そのままグリモールド・プレイスの自宅へと瞬間移動した。

 

「っと」

 

 自分の部屋に着地した私は軽く部屋を見回し、変化しているところがないかを確認する。

 

「特に変わったところはないわね。でも掃除はしっかりされてる」

 

 屋敷しもべ妖精のクリーチャーには、留守の間に部屋の掃除をすることは許可している。

 まあ、学校に行く際は私物の一切合切を全て鞄の中に詰めていくので、この部屋は空き部屋同然なのだが。

 

「ふう」

 

 私は一先ず今後の段取りを立てるために自室の椅子に腰掛ける。

 そして一息ついてから、重要なことを思い出した。

 クリーチャーはこの部屋がセレネ・ブラックの部屋であったと言っていた。

 つまり、ここは元々私のお母さんの部屋だったのだ。

 

「つまり、この部屋に元々置いてあった家具や魔法薬の調合道具は元々お母さんの持ち物だったのね」

 

 普通の家庭にしてはあまりにも立派な調合設備が置かれていると常々思っていたが、長年の疑問が晴れた。

 私の母であるセレネ・ブラックは魔法薬のスペシャリストだったらしい。

 だとしたら、このような立派な調合設備にも納得がいくというものである。

 

「お母さん……か」

 

 私の母はどのような人物だったのだろうか。

 母の残した教科書を解読することで少しでも母の人なりを感じ取ろうとしたが、やはりそれにも限界がある。

 

「まあ、それも含めてお父さんに聞いてみればいいか」

 

 既にこの世にいない母とは違い、父はまだ生きているのだ。

 私はホグワーツの制服からよそ行きの洋服とローブに着替えると、姿見の前で身なりを整える。

 白を基調としたスラっとしたローブには、ところどころ黒の差し色を入れてある。

 

「さて……それじゃあ行きますか」

 

 私は自室を出て階段を下り、リビングへと移動する。

 そして暖炉に火を灯すと、煙突飛行粉を振りかけて中へと入った。

 

「魔法省」

 

 そう口にした瞬間、私の体は煙に乗って煙突に吸い込まれる。

 さあ、お父さんに会いに行こう。

 

 

 

 

 魔法省に着いた私はほぼ顔パスでゲートを通り抜け、エレベーターへ乗り込む。

 そして魔法法執行部がある地下二階へと移動した。

 

「おやホワイトさん。魔法法執行部に御用事ですかな?」

 

 私と一緒にエレベーターを降りた初老の魔法使いがにこやかに言う。

 

「ダンブルドアからの指示でバーテミウス・クラウチに会いに来ました」

 

「クラウチ・ジュニアに? それはそれは。拘置所の場所はご存知で?」

 

「それを確認しに一度闇祓い局を訪ねたのです」

 

 初老の魔法使いは何度か頷くと、ポンと手を打つ。

 

「なるほど、それで」

 

「何かあったのですか?」

 

「いやね、そのバーテミウス・クラウチ・ジュニアなんだが、ちょうど今日の朝アズカバンから魔法省へ連行されてきましてな。なるほど、尋問のためでしたか」

 

 初老の魔法使いはしきりに頷く。

 なんにしても、これは運がいいかもしれない。

 魔法省内にいるのなら、何かと理由をこじつければ会うことも可能だろう。

 

「今どちらに収容されているかわかりますか?」

 

「きっと一番下ですな」

 

「一番下というと、法廷のある地下十階ですかね?」

 

 私が尋ねると、初老の魔法使いは首を横に振る。

 

「その更に下に隠された地下室があるのですよ。地下十階にある法廷七号、その扉の向かい側が入り口になっておるはず。っと、これは魔法省でも重要な機密事項なので、絶対に他言しないように」

 

 初老の魔法使いは私にウィンクをして近くの部屋へと入っていく。

 私はエレベーターへと戻ると、エレベーターで行ける限界の地下九階へと向かった。

 

 

 

 

 魔法省地下九階、神秘部の入っている階でエレベーターを降りた私は、廊下を進み地下十階へと続く階段を下る。

 地下十階にある法廷は今はもう使われていないらしく、廊下には人の気配はしなかった。

 

「えっと、確か七号法廷よね」

 

 私は重厚な扉に書かれた番号を一つずつ確認しながら廊下を進んでいく。

 そして七号法廷の前へとたどり着くと、その向かいの壁に杖を当て、魔法の痕跡を探した。

 

「……いや、魔法じゃないな」

 

 壁に魔法の痕跡は見つからない。

 私は手の甲で石壁を叩き、音の違う場所を探す。

 そして少し浮いている石を見つけると、ゆっくりと押し込んだ。

 その瞬間、カタンという音が廊下に響く。

 どこかの鍵が開錠されたようだ。

 私は引き続き壁を探り、開きそうな隙間を探す。

 五分ほど壁を探っていると、足元の石壁が少しズレているのを発見した。

 どうやら足元から上へと押し開けるタイプの扉だったようだ。

 私はしゃがみ込むと、石壁に手をついて思いっきり力を掛ける。

 

「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

 

 そしてそのまま力任せに石壁の隠し扉を持ち上げ、その隙間に体を滑り込ませた。

 隠し扉の先は細い通路になっていた。

 私は自分の周辺に光の玉を浮かべると、道なりにまっすぐ進む。

 通路自体はそんなに長くはなく、すぐに下の階層へと向かう階段に突き当たった。

 

「この下だ」

 

 私は小さく深呼吸をし、ゆっくり階段を下りる。

 そして下り切った先にある鉄製の扉のかんぬきを外し、その先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 扉の先は少し広い廊下になっており、壁には等間隔に鉄格子が嵌められている。

 普段は使われない施設なのか、周囲の牢の中には人の姿は見えなかった。

 私は牢の中を一つ一つ確認しながら廊下を歩いていく。

 見回す限り牢の数はそこまで多くはない。

 私はすぐに目的の人物を見つけることができた。

 

「バーテミウス・クラウチ」

 

 私は牢の壁に背中を預け眠っているクラウチに小さく声を掛ける。

 クラウチは小さな声にも関わらずすぐに目を覚ますと、牢の外を……私のいる方向に視線を向けた。

 

「……サクヤ・ホワイト? 今更何の用だ」

 

「貴方に会いに来たんです」

 

 私は牢に近づき、鉄格子に軽く触れる。

 ところどころ錆が目立つ鉄格子は金属特有の冷たさがあった。

 

「俺に用事だ? 笑わせるな。血を裏切った悪魔め。闇の帝王を裏切ったお前に話すことなどない」

 

「でも、私は貴方のために……そう。私は貴方のために闇の帝王を、ヴォルデモートを殺したのよ」

 

 私は鉄格子越しにクラウチに呼びかける。

 クラウチは私の言葉に目を丸くした。

 

「笑えない冗談だ。俺のため? 馬鹿馬鹿しい。闇の帝王を殺すことが俺に何の関係が──」

 

「もう誤魔化さなくてもいいですよ。私は、自分の出生についてこの一年で多くのことを知りました。ヴォルデモートとの親子ごっこはもうとっくの昔にやめたんです。私はただ、実の親が生きていればそれでいい」

 

 私はじっとクラウチを見つめる。

 クラウチは私が言ったことが理解できていないかのように首を横に振った。

 

「ちょっと待て。何を言っている? 実の親が助かればそれでいい? 何の話だ?」

 

「そのままの意味です。私は、自分の実の父親である貴方さえ生きていればそれでいい」

 

 クラウチは私の言葉に目を見開く。

 そして言葉が出てこないと言わんばかりに口を何度か開閉させた。

 

「そんな馬鹿な。ありえない」

 

「あり得なくありません。今年、ホグワーツでこのような教科書をスラグホーンから頂きまして」

 

 私は鞄の中から母の形見である魔法薬学の教科書を取り出す。

 クラウチはその教科書に見覚えがあったのか、もっとよく見ようと弱った体を持ち上げた。

 

「そ、それはセレネの……」

 

「そう。セレネ・ブラックが残した教科書です。私の母親であるセレネ・ブラックが……」

 

 私は鉄格子の隙間からブラックに教科書を手渡す。

 クラウチは教科書を受け取ると、震える手で捲り始めた。

 

「間違いない。あいつの字だ。……そうか。スラグホーンのジジイが持っていたのか」

 

「スラグホーンから聞きました。私はセレネ・ブラックの娘だと。ブラック家本家の最後の生き残りだと」

 

 私は、そっと鉄格子を撫でる。

 そして、目の前にいる父親に向けて言った。

 

「そして、その時にダンブルドアが言ったんです。セレネ・ブラックと仲の良かった魔法使いは一人しかいないって。結婚して子供を作ったのだとしたらきっと父親はあいつだろうって」

 

 クラウチは目を白黒させながらも私の顔を見る。

 私はそんなクラウチに対して微笑みかけた。

 

「貴方が私のお父さんなんですよね? 私、お父さんのために色々頑張ったんです。貴方を釈放してもらえるように。ダンブルドアと取引しました。私がホグワーツを卒業したら、貴方を引き取ってもいいって。お父さん、一緒に暮らしましょう? 自分の父親がこの先一生アズカバンで過ごすなんて耐えられない。イギリスに居づらいならどこか遠くの国へ引っ越すのもよさそうです。私、お父さんと一緒ならどこへでも──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺じゃない」

 

「……は?」

 

「確かにセレネとは親友だったが、俺とセレネはそういう関係にはなかった」

 

 え……は?

 

「それじゃあ一体誰が──」

 

 

 

 

 

 

 

「お前はセレネと、闇の帝王との間に生まれた子供だ」




設定や用語解説

サクヤのローブ
 真っ白のローブに黒色のアクセントが入っている。特注品であり、お気に入りだが、ホグワーツでは白色のローブは目立ちすぎるのであまり着る機会がない。

初老の男性
 経歴は長いけどトップじゃない、どこの職場にも一人はいるタイプのベテラン。

魔法省地下十一階
 一般職員はその存在を知らないほどには存在を忘れられた牢屋。普段は使わないが、どうしても隠しておかなければならないような存在を一時的に留置するために使う。サクヤが裁判の時に入っていた場所とは違う。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。