P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
しばらく待っていると魔法省の役人が数名ほど現れてヴォルデモートの死体と私が奪い取った死喰い人たちの杖を回収していった。
ヴォルデモートの死体はヴォルデモートが滅びたことへの決定的な証拠となる。
魔法省としては是が非でも確保したいのだろう。
「さて、大広間へと向かいますか? それとも一度校長室です?」
「いや、まずは七階じゃ」
「七階ですか?」
私が聞き返すと、ダンブルドアは左手で右手を軽く触りながら言った。
「破壊せねばならぬものがある。死喰い人が襲撃に使用したキャビネットじゃ」
そういえばヴォルデモート達はそのキャビネットを通ってホグワーツに侵入したという話だったか。
すぐにということはないだろうが、今回取り逃がした死喰い人がキャビネットを通ってホグワーツを襲撃してくることも考えられる。
早く壊してしまうことに越したことはないだろう。
私とダンブルドアは塔の上から城内へと入ると、先ほどヴォルデモート達と遭遇した場所へと移動する。
そこにはナギニだった灰の山と血溜まりが残されていた。
「って、この辺に部屋なんてありましたっけ?」
私は血溜まりから視線を外し、周囲を見回す。
だが、それらしい部屋はこの周辺にはないようだった。
いや、そんなことはないはずだ。
先ほどここでヴォルデモート達と遭遇した時は、確かにこの場所に扉があった。
「そこに存在しておるのはホグワーツの隠し部屋の一つじゃ」
「隠し部屋? ……なるほど」
私は近くの壁に手を当てて調べるが、それらしき痕跡は発見できない。
ダンブルドアは私の近くまで歩いてくると、血溜まりの横をウロウロと歩き始めた。
その瞬間、突如廊下の壁に重厚な両開きの扉が現れる。
ダンブルドアは扉が無事現れたことに安堵すると、ゆっくりと扉を開いた。
「……おぉ。何というか、凄いですね」
扉の奥には大広間よりも何倍も大きな空間が広がっていた。
天井は見上げるほど高く、高窓からはうっすらと月の光が差し込んでいる。
そしてその広大な空間を埋め尽くすようにあらゆるものが山積みになっていた。
棚や机などの家具から、何万冊もの本、そして羽ペンや手紙などの小物まで。
内部の空間はかなりの広さのはずなのに、置かれている物が多すぎるせいで窮屈さすら感じるほどだ。
「先生、この部屋は?」
「ホグワーツ城が完成してから千年近くもの間、生徒達の秘め事を溜め続けてきたのじゃろう。誰にも見つからない場所を生徒が求めた時、この部屋は現れるようじゃ」
「誰にも見つからないって、現に入れちゃってますけどね」
まあ、一人一つ部屋を用意していては、いくら部屋があっても足りないのは確かだ。
だがこの物の量を見る限り、かなりの生徒がここを利用してきたらしい。
「こっちじゃ」
ダンブルドアは迷路のように入り組んだ部屋の中を迷うことなく進んでいく。
私はその後ろにピッタリと付きながら、時折気になる小物や本を手に取っては鞄の中に放り込んだ。
「その手癖の悪さはこの先どうにかしたほうがいいの」
「持ち主が取りに帰ってくるとは思えませんし、リユースというものです」
ダンブルドアは小さくため息をつくが、それ以上咎めることはしなかった。
その後も数分ほど入り組んだ部屋の中を歩き、ダンブルドアは不意にその足を止める。
「これじゃ」
ダンブルドアが指し示した先には古ぼけたキャビネットが一つ置かれていた。
私はそのキャビネットをまじまじと観察する。
なるほど、確かにこのキャビネットで間違いないだろう。
他の家具や小物にはこれでもかというほど埃が積もっているが、このキャビネットには全くと言っていいほど積もっていない。
「ドラコが直していたという話でしたっけ? 彼は拘束するんです?」
「ドラコの母親とスネイプ先生との間で密約があっての。少々取り調べはあるじゃろうがアズカバン行きは免れるじゃろう」
ダンブルドアはキャビネットの前を譲るように少し後ろに下がる。
私は杖を取り出すと、軽く振りかぶった。
「延焼が怖い。悪霊の火は使うでないぞ?」
「そこまで素人でもないですけどね」
まあ、分霊箱ではないのでそこまでの魔術的な破壊力は要らないだろう。
私はそのまま杖を振り、粉砕呪文をキャビネットへ掛ける。
私の杖から放たれた粉砕呪文は真っ直ぐキャビネットへ飛んでいった。
その瞬間、突如キャビネットの扉の隙間から杖を持った人の手が現れ、私の粉砕呪文を弾き飛ばす。
私は死喰い人かと思い咄嗟にもう一度杖を振りかぶるが、中から出てきたのは意外な人物だった。
「軽率ですよ、ダンブルドア。壊すのはいつでも出来ます。まずは、どこに繋がっているかを確認すべきでしょう?」
キャビネットを開けて出てきたのは、レミリアの従者であり現魔法薬学の教授でもある小悪魔だった。
小悪魔は細く真っ直ぐな黒い杖を一振りし、ローブに付着した埃を消失させる。
「小悪魔先生、何故ここへ? 確かレミリア先生の話では大広間にいたはずでは?」
「スネイプ先生から一通りの事情をお聞きしまして。死喰い人の増援が現れる前に侵入経路の確認と破壊にきたのです」
小悪魔は一瞬キャビネットに視線を向ける。
「結果としては、キャビネットは死喰い人のアジトには繋がっていませんでした。対となっているキャビネットが置かれていたのは、ノクターン横丁にある空き家の一室でした。仮の拠点として使われた形跡もなかったですし、きっとホグワーツ襲撃用に用意された部屋だと思います」
「そうか。ご苦労じゃった。小悪魔先生の他に向こうへ行っている者は?」
「私一人です。なのでもう破壊していいですよ」
「一人で?」
私は咄嗟に小悪魔に聞き返してしまう。
「死喰い人が何人いるかもわからない場所へ一人で突っ込んだんですか?」
「ええ、そうですけど……いけませんでしたか?」
ダメということは……いや、ダメだろう。
敵の本拠地に続いている可能性があるのだ。
本来なら可能な限り戦力を集めてから向かうべきである。
「もしかして、心配してくれてます? 嬉しいですねぇ。お嬢様も美鈴さんも私を気遣ってくれることなんて皆無ですから」
小悪魔は軽く杖を振り上げると、キャビネットに向けて振る。
その瞬間、バキンと大きな音がしてキャビネットが震えた。
私はキャビネットの扉をそっと開く。
キャビネット自体は無傷だが、その先はもうもう一つのキャビネットとは繋がっていなかった。
きっとキャビネットに掛けられた魔法そのものを破壊したのだろう。
「キャビネットが繋がっていた空き家の位置は私から魔法省へ伝達しておきます」
「お願いしよう。わしらは大広間へ向かおうと思うが、小悪魔先生はこの後どちらへ?」
「私も一度大広間へ戻ろうと思います。お嬢様とも合流しないといけませんし」
「あ、そういえばレミリア先生、小悪魔先生のこと探してましたよ」
ダンブルドアの先導のもと、私たち三人は部屋の出入り口へ向けて歩き出す。
「私を探して? ああ、きっと汚れた服を綺麗にしろとか、そんなどうでもいいことでしょうね。体が汚れたのならシャワーを浴びればいいんですよ」
やれやれと小悪魔は肩を竦める。
何というか美鈴もそうだが、レミリアの従者は揃いも揃って主人のことをどこか軽く見ている節があるように思う。
気安い関係と言えば聞こえはいいが、美鈴や小悪魔のそれは気安いを通り越して少し雑だ。
私たちは隠し部屋を出ると、大広間へと続く階段を下る。
ダンブルドアの体は魔法による強化が施されていたのか、魔法が使えた時と比べてかなり衰えているように見えた。
三階の踊り場で一度休憩を挟み、たっぷり時間を掛けながら大広間へと辿り着く。
大広間にはホグワーツの全校生徒が集められており、各寮ごと一塊になっていた。
その周りにはマクゴナガルやフリットウィックなどの教師の姿も見える。
私は軽く生徒の顔を見回すが、皆表情は明るい。
どうやら拡声呪文で大きくしたダンブルドアの声は大広間まで届いていたようだ。
「ダンブルドア先生! よくぞご無事で……」
ダンブルドアの姿を見つけたのか、マクゴナガルが大慌てでこちらへと駆け寄ってくる。
ダンブルドアはマクゴナガルの体をそっと抱き止めると、いつもの優しげな声色で言った。
「生徒たちは皆無事かね」
「……はい! スカーレット先生が時間を稼いでいる間に皆無事に避難出来ました」
マクゴナガルは普段ダンブルドアに向けているものと同じ、尊敬の眼差しでレミリアを見る。
レミリアは少し離れたところで他の教員たちにテキパキと指示を飛ばしているところだった。
他の教員も素直にレミリアの指示に従っているところを見るに、レミリアはホグワーツにおいても一定以上の支持を集めているようだ。
「だから言ったじゃろう? スカーレット嬢をホグワーツに教員として招き入れるべきじゃと」
「初めその話を貴方から聞いた時は正気を疑いましたが、彼女は噂以上の傑物でした。今回も彼女が居なかったらと思うと……」
レミリア以外の全員が大広間の守りを固めるほどだ。
マクゴナガルは死を覚悟していたのかもしれない。
「戦いは終わったとスカーレット先生からはお聞きしています。では、本当にもう例のあの人は──」
「いない。ヴォルデモートは滅びた。今度こそ、完全にじゃ」
マクゴナガルは大きく息を吐くと、へなりと座り込んでしまう。
まあ、それもそうか。
世代的にマクゴナガルは第一次魔法戦争を生き抜いた魔法使いだ。
ヴォルデモートの恐ろしさというのは私たち世代より何倍もよく知っているに違いない。
そんな話をしていると、こちらの存在に気がついたのかレミリアが駆け寄ってくる。
「何で小悪魔がダンブルドアたちと一緒にいるのよ!」
「あ、そういえばお嬢様私をお探しになられていたんでしたっけ。何の用事でした?」
「もう遅いわ! 血まみれの体を綺麗にしてもらおうと思ったの。でもフリットウィックがちょちょっとやってくれたわ」
小悪魔は「ほらね?」と言わんばかりの表情をこちらに向ける。
「死喰い人の侵入経路を調べていたんです。でもあまり大きな成果は得られなかったんですよね」
「私の指示無しに勝手に動くな」
レミリアは鋭い視線を小悪魔に向ける。
だが、小悪魔は肩を竦めるだけで反省している様子はなかった。
「まあいいわ。で、どこに繋がっていたの?」
「ノクターン横丁の空き家です。多分今回のためだけに用意した空き家かと」
「そう」
レミリアは聞きたいことはそれだけだと言わんばかりに小悪魔から視線を外すと、ダンブルドアの方を向く。
「ある程度の指示はしておいたからあとはほっといても何とかなるわよ。私の見立てでは明日には授業も再開できると思う。思うけど……」
レミリアは互いに喜びを分かち合っている生徒たちを見ながら言った。
「校内の清掃と補修という名目で数日親元に帰してもいいんじゃない?」
「わしも同じ考えじゃ。足りない授業時間は夏休暇を少し縮めることで対応しよう」
「じゃあ、そういう方向で話を進めていきましょうか。マクゴナガル、今日のところは生徒は談話室で待機させるわ。監督生に生徒を管理させて、私たち教員は今後について話し合うわよ」
マクゴナガルはレミリアの指示を聞き、各寮の監督生を集めて生徒を移動させ始める。
私もその流れに乗ろうとしたら、レミリアに首根っこを掴まれた。
「あなたはこっちよ。英雄さん」
「え? まだ何かあるんです?」
「まだもなにも一応医務室に向かうわよ。若干生臭いし、海にでも落ちたの?」
海に落ちたと言うよりかは海を泳いだと言うのが正しいが、そんなに臭うだろうか。
私は杖を取り出し、清めの呪文を体に掛ける。
「小悪魔、サクヤを医務室へ連れて行きなさい。それでダンブルドア、他の教員たちを──」
レミリアは小悪魔に指示を出すと、ダンブルドアを引き連れて大広間の奥へと歩いていってしまう。
私と小悪魔は顔を見合わせると、互いに苦笑いを浮かべた。
「すみませんお嬢様全開で」
「いえ。それにしても、レミリアさんは随分他の教員たちの信頼を得ているようで」
私と小悪魔は並んで医務室へと歩き出す。
「いえ、皆さんがお嬢様の我儘に付き合って下さっているだけですよ。お嬢様は基本的に自分の思い通りに行かないと癇癪を起こしますから」
それはまさにレミリア・スカーレットという人物のイメージそのものだが、それだけではあの堅物のマクゴナガルは動かない。
レミリアにダンブルドアと同じようなカリスマ性があるのは確かだろう。
設定や用語解説
ホグワーツの隠し部屋
原作で言うところの必要の部屋だが、ドビーフラグもダンブルドア軍団フラグも踏んでいないサクヤはその存在を知らない。
妖怪や魔族が使う魔法
妖怪や魔族は魔法使いより感覚的に魔力を感じているので魔法を使うのに杖を必要としない。だが、その分繊細な魔法は苦手とされている。
傑物レミリア・スカーレット
普段はただのわがままお嬢様だが、いざという時には凄まじく頼りになる存在。だが、わがままなのは変わらないので、勝手な行動を取ると凄い怒る。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。