P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
一九九七年、五月の初め。
今年度まであと三ヶ月を切ったということもあり、生徒たちは期末テストに向けた最後の追い込みの時期に入っていた。
どの授業も山のように課題を出すし、授業の内容自体もかなり複雑なものになっている。
まあ、勿論例外な授業もあるのだが。
小悪魔が担当する魔法薬学はまだ宿題の量が他と比べてマシだ。
まあその分優秀な生徒は授業中にきっちりしごかれるのだが。
ハーマイオニーなど、魔法薬学の授業を受けるたびに毎回涙目にさせられている。
私はというと、パチュリー・ノーレッジの書籍の知識と母親の教科書の知識をフル活用することで何とか授業中に課せられる無理難題をクリアしていた。
明らかに課題がNEWTレベルを逸脱しているが、少なくとも今後の役には立ちそうである。
そしてレミリアが担当する占い学だが、これに関しては完全に宿題が消えた。
レミリア曰く、「他の教科の宿題で精一杯でしょう?」とのことだ。
実際その通りではあるので、生徒たちからしたらありがたいかぎりである。
その分授業内容はかなり実践的なものになってきている。
今までは占い学の実習というのは授業の域を出ないおままごとのようなものだったが、このレベルまでくると他の生徒に客役をやらせ、実際に占い師として客の相談に乗るという段階へと進んでいた。
占い学のNEWTを取るのはすなわち、占いのプロとして店を持てるレベルになるということである。
といっても、クラスの中に本物の占い師と呼べるような実力者はいない。
そもそも魔法界にいる占い師の約九割がエセだ。
本物に未来を予知出来る占い師というのは、魔法界にも数えるほどしかいないのが現状だった。
「イモリまで受けてわかったけど、占い師っていうのは心理カウンセラーみたいなものみたい。占いの手順はあくまで儀式的なもので、客に対し説得力を与えるための小道具というわけね」
大広間のグリフィンドールのテーブルでミートパイを大皿ごと自分の元に引き寄せながら私はハーマイオニーに言う。
「でも、トレローニーは本気で占いが出来ると思い込んでいるみたいだったし、本気で私たちに占いをさせようとしていたわ」
「それはフクロウだからよ。レミリア先生の話では、フクロウの授業では基本的に占いの作法を学ぶだけみたい。それと、本物の占い師を見つけ出すためとも言っていたわ。まあ、殆どの生徒が占いの才能のカケラもないから、フクロウの時点でつまらなくなってやめてしまうらしいけど」
一年しか持たなかったハーマイオニーはまさに典型的なこのパターンだ。
「そして本物の才能を秘めた生徒と、酔狂で残った生徒だけがイモリへと進んで占い師として生きる術を学ぶというわけね」
「何よ。それならそうと授業の初めに言ってくれてたら今でも選択してたのに!」
ハーマイオニーは少しショックを受けた様子だった。
まあでも、そうは出来ない理由というものもちゃんと存在している。
「フクロウのレベルでそんなこと言っちゃったら誰も占い師の言うことを信じなくなるじゃない。だからそういう業界の真実はイモリまで授業を受けた生徒にしか教えないみたいね」
「サクヤ、それ言っちゃっていいの?」
ロンが大きなベーコンの塊を口に押し込みながら苦笑する。
私は大きく肩を竦めると、ミートパイを大きく切り分けた。
「別に秘密にしろと言われているわけでもないし。それに、本当に才能のある占い師がいるのも事実だしね」
私は切り分けたミートパイを口の中に運んでいく。
ハーマイオニーはしばらくショックで項垂れていたが、すぐに立ち直った。
「まあ、アレを使わない限り時間に余裕はないし、占い学のフクロウも取ってないから今更遅いわね」
「アレって?」
「なんでもないわ」
ハーマイオニーは慌てて首を横に振る。
その瞬間、朝でもないのにフクロウが一匹窓から大広間へ入ってくると、私の膝の上に丸められた羊皮紙を落として飛び去っていった。
「ん、何かしら」
私はロンとハーマイオニーに中を読まれないように小さく羊皮紙を広げる。
そこにはダンブルドアの筆跡で小さく内容が書かれていた。
『見つけた。今夜十九時、校長室へ』
私は羊皮紙を握りつぶすと、消失呪文で完全に消し去る。
多くは書かれていないが、十分だ。
どうやら、探していた分霊箱の最後の一つが見つかったらしい。
私はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
今の時間は十八時三十分。
さっさと食べて校長室に向かわないと間に合わないだろう。
私はミートパイの残りをお腹の中に詰め込んだ。
「ちょっとダンブルドア先生から呼び出しを受けたから校長室に行ってくるわ」
「ダンブルドア先生から? 騎士団関係の用事かしら」
「多分そうね。帰りが遅くても心配しないで」
私はナプキンで口元を拭うと、ロンとハーマイオニーに手を振って大広間を後にする。
そして真っ直ぐ校長室を目指した。
校長室に入ると、そこにはダンブルドアとレミリアの姿があった。
今回の分霊箱捜索にはレミリアも同行するのかと思ったが、レミリアは私の姿を確認すると軽く右手を挙げて校長室を出ていく。
私はその後ろ姿を見送ると、改めてダンブルドアと向き合った。
「彼女は同行しないのですか?」
「レミリア嬢にはわしの不在の間ホグワーツの守りを固めてもらう手筈じゃ」
まあ、ダンブルドアもレミリアもいなくなったとなれば、ヴォルデモートに対抗できる戦力がいなくなる。
それに、少し留守にするぐらいで魔法省に要請して闇祓いを派遣してもらうわけにもいかないだろう。
私は勝手に納得すると、鞄の中から外出用のローブを取り出し身に纏った。
「で、見つかったんですよね。スリザリンのロケット」
「正しくは『スリザリンのロケットが隠されている可能性のある場所を見つけた』じゃがのう」
まあ、どちらにしろ同じような意味だ。
「で、場所はどこなんです?」
「君もよく知っておる場所じゃよ。ウール孤児院では年に一度、子供達を連れて遠くの村へ遠足に出かけるそうじゃな」
思いがけない単語が出てきて、私は少し面食らってしまう。
確かに私の暮らしていた孤児院では、年に一度の遠足があった。
「はい。私も小さい頃に何度か。あの海が見える小さな村ですよね?」
「まさにそこじゃ。その海岸にある険しい崖に開いた洞窟に最後の分霊箱が隠されておるとわしとレミリア嬢は結論づけた」
「洞窟? そんなものありましたっけ?」
「崖沿いにしばらく進んだ先じゃよ。マグルでは優れた登山家でもなければ辿り着くことは叶わないような断崖絶壁じゃ」
それならば知らなくて当然だ。
孤児院の遠足では浜辺でパシャパシャと遊ぶだけだ。
院長が年甲斐もなくはしゃぎ過ぎ、セシリアに怒られていたことを思い出す。
「魔法使いならば、断崖絶壁を進む手段はいくらでもある……ということですね」
「そういうことじゃな。では、参ろうかの。止めるのじゃ」
ダンブルドアの指示で、私は時間を停止させる。
そして、ダンブルドアが差し出した左手を軽く握った。
その瞬間、私の両足が校長室の床から離れる。
まるでゴムホースに詰め込まれたかのような感覚が全身を襲った後、両足が地面につくと同時に視界が開けた。
黒々とした海の上に浮かぶ満天の星々。
頭上で輝く満月は、私の足元を昼間のように照らしている。
「……懐かしい匂いです」
私は時間停止を解除すると、潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。
最後にここに来たのは何年前だろう。
少なくともホグワーツに入学するよりも前のはずだ。
「でも、見覚えはない場所ですね」
「孤児院の子供たちが遊ぶのはもう少し手前の浜辺じゃからのう」
私が立っているのは砂ではなく岩の上だ。
背後には巨大な岸壁がそり立っている。
どうやらダンブルドアの言う通り、浜辺から少し進んだ崖の下に姿現わししたようだった。
魔法を使わずにこの場所に来るには、一度浜辺から崖の上へと移動し、その崖を降りてくるか、海を泳いでくるしかない。
「こっちじゃ」
ダンブルドアは月明かりを頼りに今立っている岩を慎重に下っていく。
そして足が波に触れそうなほど下ると、杖明かりを灯し真横にそびえる断崖を照らした。
「見えるかの?」
杖明かりに照らされた断崖には、人が何とか一人通れそうな幅の割れ目がある。
「あの先ですか?」
「左様。高さがない故、泳いでいくしかなさそうじゃの」
ダンブルドアはそう言うが早いか、海へと滑り降り、崖の割れ目に向かって泳いでいく。
「なんと言うか、歳を感じないわね」
私は若者顔負けの平泳ぎを見せるダンブルドアに肩を竦めると、その後を追うように海へと飛び込んだ。
崖の割れ目の中を百メートルほど進んだだろうか。
ダンブルドアが口に咥えている杖明かりだけを頼りに泳ぎ続けていた私たちだったが、ついに私の両足が地面につく。
どうやら崖の割れ目の奥へと辿り着いたらしい。
私は手早く自分とダンブルドアの服を乾かすと、壁を調べているダンブルドアの横へと立った。
「時間を止めますか?」
「いや、まだよい。じゃが、準備はしておくのじゃ」
その瞬間、ダンブルドアの調べていた壁にアーチ型の模様が白く浮かび上がる。
だが、模様はすぐに消え、元の岩肌へと戻ってしまった。
「どうやらこの先のようですね」
「止めるのじゃ」
ダンブルドアの合図で、私は時間を停止させる。
ダンブルドアは模様が浮かび上がった壁に対して、まっすぐ杖を向けると、呪文を放った。
「ボンバーダ」
ダンブルドアの杖から放たれた爆発呪文が壁を粉々に吹き飛ばす。
きっと何重にも防護魔法が掛けられていたのだろうが、時間の止まった空間ではただの岩壁だ。
「さて、参ろうかの」
ダンブルドアは爆発呪文にてできた穴へと体を滑り込ませる。
私もその後を追って穴の中へと入ると、そこには巨大な湖が広がっていた。
洞穴自体も杖明かりでは照らしきれないほどの大きさがある。
そんな暗闇の中に、神秘的な緑色の輝きがあるのが見えた。
「先生──」
「わかっておる」
時間の止まっている中、ダンブルドアは真っ直ぐ光の方へと歩き出す。
そして水面ギリギリで立ち止まると、何かを確認するような視線を送ってきた。
「ああ、大丈夫ですよ。コンクリートの上を歩くようなものです」
「つくづく便利じゃな。お主を味方に引き入れて正解じゃった」
「それはどうも御贔屓に」
ダンブルドアは氷のように固まった水面をまっすぐ光の方へ向けて歩いていく。
私はダンブルドアの後を追いながらふと水面に視線を向けた。
私の足元、水面下には無数の死体が沈んでいる。
ここで死んだ者ではない。
きっとヴォルデモートが分霊箱の護りとして配置したものだだろう。
「今時間停止を解除して湖に落ちたらあの死体に襲われるんでしょうかね」
「そうじゃろうな。絶対に解除するでないぞ」
「自殺衝動はありませんよ」
どのような護り手であろうと、時間が止まった世界では何の役にも立たない。
私とダンブルドアは歩を進め、そのまま何事もなく湖の中央へと辿り着いた。
そこにあったのは小島だった。
大きさは校長室ぐらいだろうか。
決して大きいとは言えない小島の中心に、緑色の光を放つ石の水盆が置かれている。
私とダンブルドアはその水盆に近づき、同時に覗き込む。
水盆は緑色の液体で満たされており、中の液体は淡く発光していた。
「分霊箱はこの水盆の中でしょうか」
ダンブルドアは無造作に義手を水盆の中に突っ込む。
だが、時間が止まっているため液体に触れることはできても、その中に手を入れることはできなかった。
「時間停止を解除しますか?」
「……そうじゃな。一度解除するのじゃ」
私とダンブルドアは油断なく杖を構える。
時間が動き出した瞬間、どのような事態になるかは予想がつかない。
「いきます」
ダンブルドアが頷いたのと同時に、私は時間停止を解除する。
その瞬間、私の耳に飛び込んできたのは水滴の音だけだった。
私は注意深く湖の方を見回すが、沈んでいる死体が襲ってくる様子はない。
ダンブルドアも今すぐに危険はないと判断したのか、改めて水盆に向き直った。
「どう思う?」
「どうって、見るからに怪しいですよね」
私はポケットの中からガリオン金貨を一枚取り出すと、水盆の中に放り投げる。
金貨は放物線を描いて水盆の中へと落ちたが、水面ギリギリでピタリと停止した。
まるで見えないバリアーでも張ってあるかのようだ。
「ふむ。どうやら触れられんようじゃな」
「そのようで」
ダンブルドアは義手で金貨を拾い上げると、そのまま水面の様子を観察する。
バリアーという表現は間違っていなかったようで、ダンブルドアの義手は水面ギリギリで止まっており、液体に触れることは出来ていなかった。
その後もダンブルドアは水盆に対し消失呪文や呼び寄せ呪文を試すが、どれも効果がない。
やはり何とかしてこの液体を除去するしかないようだ。
「なんと、そういうことか」
ダンブルドアは何かに気が付いたのか、杖を振り、虚空からクリスタルのゴブレットを取り出す。
そしてそのゴブレットを無造作に水盆の中に突っ込んだ。
ダンブルドアの予想が正しかったのか、ゴブレットだけは水面で弾かれず、液体の中に入っていく。
そしてそのまま掬い上げると、水盆の中の液体が少しだけゴブレットの中へと入った。
ダンブルドアは水盆の中を注視しながらゴブレットの中身を地面へと捨てる。
液体はそのまま地面へと落下していき、地面に接触するギリギリのところで消えてなくなった。
「元に戻っておる。どうやら、中身を飲み干すしかないようじゃの」
「え、嫌ですよ私はこんな怪しいもの口に入れるの」
「心配せずとも、わしが飲むつもりじゃ」
ダンブルドアはもう一度ゴブレットを水盆の中にいれ、緑色の液体を掬い上げる。
そしてその液体をまじまじと見つめながら言った。
「きっとこの液体にはわしが分霊箱を奪うのを阻止する働きがあるに違いない。何故ここにいるかを忘却させたり、とてつもない苦しみを与えたりじゃ」
「そうですかね? 私なら猛毒にしておきますけど」
「ヴォルデモートは分霊箱を奪いに来たものをすぐには殺さんじゃろう。少なくとも生け捕りにして、どういった経緯で分霊箱のことを知ったのか聞き出そうとするに違いない。それに、どうやっても取り出せないのでは、ヴォルデモート自身も分霊箱を回収できなくなってしまう」
ダンブルドアは恐る恐るゴブレットに口を付ける。
そして、意を決した表情で一気に飲み干した。
その瞬間、ゴブレットを握っていたダンブルドアの右手の義手がポロリと落ちた。
ダンブルドアは信じられないものを見る目で地面に落ちた義手を見る。
いや、銀色の義手は既に形が崩れており、ドロドロに溶けて地面に広がっていた。
「……ダンブルドア先生? 大丈夫ですか?」
ダンブルドアは呆然としたまま動かない。
心なしか、呼吸も早くなっているように感じる。
やはり猛毒だったか。
すぐにでも応急処置をしなければ。
そう思い解毒の準備をしようとしたその時、ダンブルドアが左手を水盆の中に突っ込んだ。
ダンブルドアの左手はそのまま液体の中に入り込み、中から金色のロケットを取り出す。
そして大きく深呼吸を繰り返すと、そのロケットを私へと差し出した。
「すぐに破壊するのじゃ」
「それはいいですけど、大丈夫ですか?」
私はダンブルドアからロケットを受け取り、そのまま宙へと放り投げる。
そして悪霊の火で完全にロケットを焼き尽くした。
黒く焦げたロケットが地面へと落ちる。
私はそれを魔法で冷却すると、分霊箱としての機能が破壊されていることを確かめた。
「これで残るはペットのナギニのみですね。……って、先生? 本当に大丈夫です?」
私はスリザリンのロケットをポケットに仕舞いながらダンブルドアの顔を覗き込む。
ダンブルドアは顔に冷や汗こそ掻いているものの、至って健康そうに見えた。
「……なんということじゃ。このような魔法薬があろうとは」
ダンブルドアは右手を失った時よりも深刻な表情を浮かべると、声を震わせて言った。
「魔法が使えなくなった」
設定や用語解説
時間停止中の世界の法則
時間が止まると、そのものが持っている魔法的特性は消えてなくなる。どれほど魔法で強化しようが、時間を止めてしまえば材質そのものの強度へと戻ってしまう。今回の魔法薬の場合、時間を止めてさえいれば魔法的効果は発揮されず液体そのものに触れることができるが、時間が止まっている世界では水は固体と変わらないのでどちらにしろ手を入れることができない。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。