P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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わがままとポークリブと私

 チョウ・チャンが私を襲ったという話は瞬く間にホグワーツ中で噂になり、生徒から保護者へ、保護者から魔法界全体へと飛び火するように広がった。

 そうなると食いつくのはマスコミだ。

 日刊予言者新聞は裁判の結果が出る前からチョウ・チャンのことを大々的に記事に取り上げ、半ば決めつけるように悪者へと仕立て上げる。

 きっと今頃チョウ・チャンの実家には新聞の読者からの吠えメールが山のように届いていることだろう。

 結果として、チョウ・チャンは服従の呪文を掛けられていた兆候が見られず、また犯行に死の呪いを用いたという凶悪性と計画性も相まってアズカバンへ収監されることになった。

 無論、ホグワーツは退学だ。

 だが、犯行の動機そのものには同情の余地があることに加え、チョウ・チャン自体がまだ学生であったこともあり懲役自体は十年と短いものになった。

 アズカバンでの態度次第ではもっと早く出てくることが出来るだろう。

 まあその辺は戦争が落ち着いたらダンブルドアあたりが手を回すに違いない。

 

「それにしても意外です。サクヤちゃんならきっと殺しちゃうと思ったのに」

 

「私をなんだと思っているんです?」

 

 私の目の前の席に座る美鈴は三本の箒の名物料理であるポークリブを骨ごと咀嚼しながら大変失礼なことを言う。

 私はまるで粉砕機のような美鈴の食事風景を眺めながら肩を竦めた。

 

 イースター休暇初日。

 私は美鈴と共にホグズミード村へと来ていた。

 その理由は至って単純で、休暇に入ると同時にホグワーツに顔を出した美鈴に村へ遊びに行こうと誘われたからである。

 本来、イースター休暇をホグワーツで過ごす生徒にはホグズミード行きの許可は出ない。

 実家に帰らないのなら、校内からも出るなというのがホグワーツの基本方針なのだが、その辺は見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいの勢いで美鈴が駄々を捏ねたためなんとかなった。

 まあ、私としてもロンとハーマイオニーの二人が実家へと帰ってしまったため暇していたところだ。

 多少美鈴のわがままに付き合うのもよい暇つぶしになるだろう。

 

「というか、どんな印象ですか。流石にそこまで過激な性格していませんって」

 

「ほんとかなぁ。私の見立てでは、サクヤちゃんは結構な戦闘狂だと思うけど」

 

「まあ、確かに決闘は得意な方ではありますけど……進んで人を傷つけるようなことはしませんよ」

 

 私は目の前の大皿に盛られたポークリブを骨ごと口に含むと、ズルリと骨だけを口の外へ引き抜く。

 そしてすでに溢れそうになっているバケツの中へと骨を放り込んだ。

 

「もっとも、手加減をする余裕のない場合はその限りじゃありませんけどね。そういう意味では、今回の事の発端となったセドリック・ディゴリーの事件では全く手加減することができませんでしたが。あの時は本当に生命の危機でしたし」

 

「今回は生命の危機ではなかったの?」

 

「死の呪文なんて当たらなければなんの意味もないですから。美鈴さんは線路を走る汽車を見て恐怖を抱きますか?」

 

「私は汽車で撥ねられたぐらいじゃ死なないから」

 

「そうですか。羨ましい限りですね」

 

 私は最後の一つのポークリブを口の中に押し込むと、魔法で骨だけを口の中で消失させる。

 そして残った肉をバタービールで胃の中に流し込んだ。

 

「ふう。なんだか久々にここのポークリブを食べた気がします」

 

「それにしてもサクヤちゃん、よく食べるよね。リトル・ハングルトンでも机の上が凄いことになってたし」

 

「日に日に食べる量が増えてる気がするんですよね。無尽蔵にお腹が空くといいますか。でも、そう言う美鈴さんも私に負けず劣らずな量食べてるじゃないですか」

 

 私は美鈴の目の前に置かれた大皿を指差す。

 先程までそこには今にも崩れそうなほどのポークリブが盛られていた。

 食べた量は私と同等、いや、美鈴は骨ごと食べているので私よりも食べているはずだ。

 

「私たち妖怪はサクヤちゃんのような人間とは体の仕組みが違いますから。食べたものをグリコーゲンみたいな糖で貯蔵するんじゃなく、魔力や妖力といった力で貯蔵するんですよ」

 

 美鈴は人差し指を立てると、その上に光の玉を出現させる。

 その光の玉は魔法使いが使うような魔法ではなく、純粋な魔力の塊のように見えた。

 

「魔法使いより魔力を感覚的に捉えているので、杖を使わなくても操ることができます。でも、その分魔法使いが使うような複雑な魔法は苦手なんですけどね」

 

「へぇ。面白いですね。それじゃあ、私が食べたものも何かの力として貯蔵されてたりするんでしょうか」

 

「あー、それはないと思いますよ」

 

 美鈴は私の頭に軽く手を乗せる。

 

「サクヤちゃんの魔力は普通の人より少し多い程度です。常人離れしているほどではないですね」

 

「そんなことわかるんですか?」

 

「先ほども言った通り、私たちは魔法使いより感覚的に魔力を捉えていますので。そういう意味では、レミリアお嬢様は凄まじいですよ。ホグワーツにいる魔法使いの魔力を全て一つにまとめたとしても、お嬢様の魔力量には敵いません」

 

 純血に近い吸血鬼は力が強いという話は聞いたことがあるが、それほどまでの魔力を秘めているのか。

 

「それはダンブルドア先生を合わせても、ですか?」

 

「もちろん。ダンブルドアを合わせてもです。純血に近い吸血鬼の体は魔力の塊なんですよ。それこそ、散髪の時に出た少量の髪の毛が杖の芯材に出来てしまう程度には」

 

 私はそれを聞き、ローブの上から真紅の杖を触る。

 この杖は私にはこれっぽっちも忠誠心を持っていないらしいが、不自由なく魔法を行使出来ている。

 美鈴も杖調べの時のことを思い出したのか、クスリと笑った。

 

「まあ、基本的には使い物にならないらしいですけどね。サクヤちゃんはよっぽど気に入られているようで」

 

 吸血鬼に気に入られるなど、素直に喜んでいいかはわからないが、嫌われているよりかはマシだろう。

 

 

 

 

 私と美鈴は三本の箒を出ると、少し閑散としたホグズミードの村の中を歩く。

 普段ホグワーツの生徒で溢れかえっているところしか見たことがないが、これが本来のこの村の雰囲気なのだろう。

 

「いやぁ、今日は一段と閑散としてますね。こんなご時世だからでしょうか」

 

 と、思ったが、美鈴の言葉を聞く限り普段はもう少し人がいるようだ。

 

「まあ、こんなご時世だからだとは思いますよ。ホグワーツにいると感覚が麻痺しますけど、今は戦時中なんですから」

 

「そういえばそうでしたね。私も普段は引きこもっているので忘れていました」

 

 と、美鈴ははにかんで見せる。

 

「引きこもって? 美鈴さんって普段何をされてるんです?」

 

「基本的には館で家事をしていますよ。うちの館、ちょっと特殊な環境なので屋敷しもべ妖精が寄りつかないんですよ」

 

「でもレミリアさんはホグワーツで暮らしていますよね?」

 

「妹様が居られますから」

 

 ああ、そうだった。

 私はレミリアの館に飾られていた自画像を思い出す。

 金色の髪に赤い瞳、フワリとしたドレスを身に纏った少女の背中からは、宝石が散りばめられたおおよそ生物のものとは思えない羽が描かれていた。

 まあ、流石にあの羽は絵画的な表現だろう。

 姉であるレミリアの背中からは蝙蝠のような、吸血鬼と聞いて一番初めに想像するような羽が生えている。

 その妹であるのなら、同じような羽が生えているのだろう。

 

「まあ、お嬢様からの命令で多少は外回りをしますけどね。でも、今のところ当たりは無しです」

 

「そうですか。まあ、ペットのナギニを除いて最後の一つですもんね」

 

 流石にそう易々と見つけられるようなところには隠していないか。

 分霊箱の最後の一つであるサラザール・スリザリンのロケットは、ヴォルデモートの母親の形見という話だ。

 ヴォルデモートとしても特別な思い入れがあるに違いない。

 

「そういえばなんですけど、分霊箱を全て壊し終わったらどうするんです? その辺、レミリアさんから何か聞いていますか?」

 

 ふと思いついた疑問をポロリと美鈴に零す。

 美鈴はその問いに首を傾げながら答えた。

 

「いや、流石にそこまでは……逆にサクヤちゃんはダンブルドア先生から何か聞いてはいないんですか?」

 

 ダンブルドアは、分霊箱を破壊した後の計画を私に話してはいない。

 まだ何も決まっていないのか、ただ私に話していないだけなのかはわからない。

 

「ヴォルデモートを殺すつもり……なのは確かですね」

 

「そりゃまあ、殺すために分霊箱を壊しているわけですからね」

 

 美鈴はカラカラと笑い飛ばす。

 だが、私はどうにも美鈴のそんな笑い声が虚構なものに聞こえた。

 

「サクヤちゃんは、何のためにヴォルデモートを殺すんです?」

 

「……え?」

 

 突然の問いに、私は足を止め美鈴の顔を見上げる。

 

「何のため?」

 

「以前もお聞きしましたね。サクヤちゃんは何のために戦っているのかと。あの時サクヤちゃんは家族のため、友人のため、そして社会のために戦っていると言いました。もう一度お聞きします。サクヤちゃんは何のためにヴォルデモートを殺すのですか?」

 

 何のために?

 私は、私のために戦っている。

 死にたくないから、ヴォルデモートを殺す。

 私の父親を助けるために、ヴォルデモートを殺す。

 

「私は──」

 

「逃げたくなったら、逃げてもいいんですよ?」

 

 適当な綺麗事を言ってお茶を濁そうした私の言葉を美鈴が遮る。

 私は数秒の間ぽかんとしてしまったが、すぐに首を横に振った。

 

「いや、そういうわけには……私にはみんなから託された思いが──」

 

「関係ないない。サクヤちゃんはまだ子供なんだから。逃げたくなったら逃げてもいいんです」

 

「もう成人してますけどね」

 

「ホグワーツに通ってるうちは子供ですよ」

 

 美鈴はやれやれと大きく肩を竦める。

 

「魔法省もダンブルドアも、子供一人に全てを押し付けて何を考えてるんでしょうね。本当に情けない限りですよ」

 

 だからですね、と美鈴はにこやかな笑顔で言った。

 

「逃げたくなったら、逃げてもいいんですよ?」

 

「逃げれるものなら、逃げたいですよ」

 

 ふと、そんな言葉が私の口から溢れる。

 

「一年……いや、二年前ならそれも可能だったかもですけど、今となってはもう何もかも遅いですよ」

 

 私は、きょとんとしている美鈴さんを見る。

 

「逃げ出しても、地の果てまで追いかけられてきっと殺されます。私にはもう、逃げ場などないんです」

 

 ダンブルドアは私を逃す気などサラサラないだろう。

 今のまま逃亡したとしても体のどこかに埋め込まれた魔法具が私の居場所をダンブルドアに教えてしまう。

 

「それに、大丈夫です。戦う理由なら……ありますから」

 

 それにダンブルドアは、私がヴォルデモートを殺した暁には、クラウチ・ジュニアの減罪を考えてもいいと言った。

 裏を返せば、私がもしここで逃げ出したりしたら、ダンブルドアは問答無用でクラウチ・ジュニアを殺すだろう。

 

「そう、私は逃げるわけにはいかないんだ」

 

「サクヤちゃん?」

 

 決意と覚悟を固め直した私は、ポカンとしている美鈴に対しニコリと微笑む。

 そして自分に言い聞かせるように言った。

 

「ご心配ありがとうございます。でも、安心してください。この戦争は、私が終わらせますから」

 

 残る分霊箱は二つ。

 一つの所在ははっきりしているので実質的には残り一つ。

 スリザリンのロケットを残すのみだ。




設定や用語解説

レミリアの魔力量
一般的な魔法使いは体の中に魔力を溜めている。レミリアの場合、魔力で体が出来ている。そのため体を分解して無数のコウモリに変えたり、千切れた首をくっつけたりすることが可能。逆に、魔力そのものを減衰させる様な攻撃には弱い。

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