P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
スラグホーンが死んでから一ヶ月ほどが経過した四月の初旬。
結局小悪魔は生徒からの熱い支持もあり正式に魔法薬学の教授へと就任した。
まあ、人気が出るのも頷ける話ではある。
幼すぎる見た目のレミリアは置いておくとして、ホグワーツの教員の中ではかなり見た目が若く容姿端麗だ。
それに性格に癖もなく、どんな相手にも丁寧に接する。
それでいて授業自体もキチンとこなし、内容も面白いときた。
占い学ではレミリアの助手をしていただけだったため小悪魔自身の有能さはあまり目立っていなかったが、あのレミリアが助手としてわざわざホグワーツへと連れてくるほどだ。
優秀じゃないはずがない。
それと、流石に隠し通すことは厳しかったのか、ダンブルドアが右腕を負傷したという話はすっかり生徒の間で噂になっていた。
まあそれはそうだろう。
ダンブルドアの杖腕が銀色の義手になっていれば誰でも疑問を持つというものである。
腕の負傷について、ダンブルドアからの説明はない。
秘密にしているわけではなさそうだが、事情を話すつもりもないようだった。
ダンブルドアの考えを尊重して、私もダンブルドアが負傷した経緯については誰にも話していない。
まあ、おいそれと話せるような内容じゃないだけだが。
「サクヤ、ぼーっとしているけど大丈夫? 貴方に限って緊張しているなんてことはないでしょうけど」
イースター休暇前の最後の土曜日。
考え事をしていた私の顔を覗き込みながらハーマイオニーが呟いた。
「緊張ね。してると思う?」
「まあ、そこのキーパーさんよりかはしてないでしょうね」
ハーマイオニーは今度は呆れ顔になって私の横にいるロンに視線を向けた。
ロンは顔を真っ青にしながらスプーンを握りしめ固まっている。
そう、今日はグリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの試合の日だ。
今日の点差によってはグリフィンドールの優勝杯が確定する。
そういう意味では今日の試合はかなり重要だ。
「ロン、貴方チーム入りして二年目でしょう? 初試合ならまだしもいい加減慣れなさいよ」
私はテーブルに盛られたパンを一つ掴むと、ロンの口に押し込む。
ロンは押し込まれたパンを無言でもしゃもしゃ咀嚼し処理すると、かぼちゃジュースで胃袋に流し込んだ。
「さて、私とロンは一足先に競技場へ行くわ。ハーマイオニーはどうする?」
「私はラベンダーたちと一緒に行くわ」
私は追加でロンの口にパンを押し込み、半ば引きずるようにしてロンを連れて大広間を後にする。
ロンはある程度諦めがついたのか、口の中のパンを処理すると自分の足で歩き始めた。
「まあ、サクヤがまた速攻でスニッチをキャッチしてくれたら何の問題もないもんな」
「貴方の目指す選手像はそれでいいの? それにわからないわよ。レイブンクローも前回の試合の結果は見ているわけだし、何かしらの作戦を立てて来ると思うけど」
「作戦って?」
「例えば、徹底的に私の妨害に徹するとか。チョウの使ってる箒ってコメット260でしょ? 速度じゃ絶対ハリーのファイアボルトには敵わないし、何かしらの策を立てているに違いないわ」
チョウがハリーほどのセンスの持ち主ならまだ勝負になったかもしれないが、チョウの箒の腕は所詮学生レベルだ。
箒が逆ならまだしも、現状のままでは相手ではない。
私とロンは城を出ると、校庭の端を歩いて競技場へ向かう。
「それこそ、チョウが私の妨害に徹して、その間に得点差を広げるとかね」
「それ、僕の責任重大じゃないか!」
ロンは顔を真っ青にして立ち止まる。
「何言ってるのよ。それがキーパーの仕事でしょ」
私はロンを男子更衣室に押し込み、自分は女子更衣室へと入る。
まだ結構時間が早いということもあり、女子更衣室には私以外誰もいなかった。
「ケイティあたりは張り切り過ぎて早く来てると思ったのに……」
私は拡大呪文を掛けているポケットの中から鞄を取り出すと、テーブルの上に置いて中を漁り始める。
その瞬間、不意に殺気を感じ取り、私は体を少し後ろに逸らした。
私の目の前を緑色の閃光が通過し、私の横の壁に当たって弾ける。
私は弾けた魔法の残滓を感じ取り、先ほどの緑色の閃光が死の呪いであると判断する。
無言呪文で死の呪いを使うとは、相手は中々の手練れに違いない。
私は咄嗟に取りやすい位置にあったインク瓶を掴むと、閃光の飛んできた方向へ投げた。
攻撃力はさほどないが、ほんの少しだけでも隙は生まれるだろう。
その隙をついて杖を抜いた私は、振り返ったその先にいた人物を見て目を疑った。
「チョウ?」
そこに立っていたのはレイブンクローのシーカーであるチョウ・チャンだった。
怯えと憎しみを孕んだ目を私に向けている彼女は、震える右手に杖を握っている。
「何かの間違いよね?」
「……間違いじゃない。貴方は……いや、お前はセドリックの仇だ!」
チョウの目から怯えが消える。
それと同時にチョウは杖を振り被った。
「アバダ・ケダブラ!」
先ほどの無言呪文とは比較にならない速度の死の呪いがチョウの杖から放たれる。
どうやら、間違いではないようだ。
私は死の呪いを首を軽く捻って回避すると、のんびりとした動作で杖を振る。
「アバダ──」
「エクスペリアームス」
そして、チョウがもう一度死の呪いを放とうとした隙を突いて武装解除の呪文を掛けた。
私の杖から放たれた赤い閃光はチョウの腹部へ直撃すると、そのままチョウを更衣室の外へと吹き飛ばす。
それと同時にチョウの杖腕から弾かれた杖は宙を舞い、私の右手へと収まった。
「無言呪文でアバダ・ケダブラを使った時は少し焦ったけど、大したことなかったわね」
私は動かぬ証拠であるチョウの杖を懐に仕舞い込むと、更衣室の外で伸びているチョウの側にしゃがみ込む。
そして壁の一部を変身術で変化させ、壁に磔にした。
それから五分ほどが経過しただろうか。
意気込みすぎて少々鼻息が荒いケイティ・ベルが更衣室にやってきた。
ケイティは私の姿を見て意気揚々と駆け寄ってくるが、壁に拘束されているチョウを見て足を止める。
「えっと、何かあったの? 試合前に他チームのシーカーと喧嘩っていうのはあんまり──」
「ケイティ、誰でもいいから先生を呼んできて。彼女死喰い人に操られている可能性があるわ」
「死喰──え? マジ?」
ケイティは私とチョウを交互に見ると、大慌てで競技場の外へと走っていく。
私はチョウの意識が戻らないように失神呪文を重ねがけすると、その横に座り込んだ。
「セドリックの仇って言ってたわね」
まさか、さっきのは素か?
チョウはもしかして、本気で恨みを抱いて私に襲いかかってきたのか?
だとしたら、筋違いもいいところである。
セドリックの方から襲ってきたのであって、身を守るためにセドリックを殺した私を恨むなどお門違いだ。
恨むなら、セドリックを操った死喰い人を恨むべき──
「ああ、セドリックを操って私を襲わせたのは私か」
チョウがその真実に辿り着いているとは思えないが、結果としてちゃんと敵討ちにはなっているのか。
なんにしても、操られていないのであれば、退学は免れないだろう。
杖に直前呪文を掛けたら死の呪いを使ったことはバレてしまう。
良くて退学、悪ければアズカバンにて終身刑だ。
「有耶無耶にしてあげたい気もするけど、私の生命を脅かす存在を排除しない理由もないし。チョウには悪いけどアズカバンに入ってもらいましょうか」
私はニコリと微笑み、意識のないチョウの頭を軽く撫でた。
それから三十分もしないうちに息を切らしたケイティとマクゴナガルが更衣室前に現れた。
マクゴナガルは拘束されたチョウとそのそばに座り込む私を見てアワアワと口を震わせる。
そして、何かを諦めたかのような表情で言った。
「……ミス・ホワイト、お怪我は?」
「私の方は特に。チョウはもしかしたら脳震盪を起こしているかもしれませんが」
私は軽くお尻を払って立ち上がる。
マクゴナガルは杖を取り出しチョウに治癒魔法を掛けると、周囲を見回してから彼女の身体検査を始めた。
「杖はこちらに」
私はチョウから奪った杖をマクゴナガルに渡す。
マクゴナガルはチョウの杖をローブのポケットへと仕舞うと、チョウの身体を調べながら私に聞いた。
「一体何があったんです? ケイティ・ベルはチョウ・チャンが死喰い人に操られ、貴方を襲っていると言ってましたが」
「詳しいことは何も。確かなのはチョウに背後から襲われたということだけです」
「なんにしても、チョウ自身に詳しい話を聞くほかないでしょう」
マクゴナガルはチョウの拘束を外すと、浮遊呪文で宙に浮かす。
きっとこのままどこかの空き教室か、校長室へと運んでいくのだろう。
「ミス・ベル。きっと試合は延期……いや中止になる可能性が高いでしょう。グリフィンドールとレイブンクローの選手へそのように説明をお願いします。ホワイト、あなたは私と一緒に来なさい」
マクゴナガルはそう言うと、気絶したまま浮遊しているチョウを引き連れて歩き出す。
私も呆然としているケイティをその場に残してマクゴナガルの後を追った。
マクゴナガルは競技場を出ると、城の裏手へと回り込み、ホグワーツの新入生が入学式の時に使う裏口から城の中へと入る。
そしてそのまま三階まで階段を上がると、ガーゴイル像に合言葉を言い螺旋階段を進んだ。
「ダンブルドア先生、いらっしゃいますか?」
マクゴナガルは扉をノックし、返事を待たずに校長室の中へと入っていく。
校長室の中にはダンブルドアと、魔法大臣のルーファス・スクリムジョールが立っていた。
スクリムジョールの護衛のためか、トンクスとシャックルボルトの姿もある。
マクゴナガルは明らかに失敗したという表情を浮かべると、慌てて扉を閉めようとする。
だが、非常事態への嗅覚が鋭いスクリムジョールがマクゴナガルを呼び止めた。
「待ちたまえ! 何かあったのではないか? 私のことは構わないから急いでダンブルドアへ報告したまえ」
スクリムジョールとしては気を使ったつもりだったのだろう。
だがマクゴナガルとしては事態を把握するまで公にしたくなかったに違いない。
マクゴナガルは渋々といった様子で校長室へと戻ると、宙に浮かせたチョウを校長室の床に寝かせた。
「何があった?」
ダンブルドアの静かな問いに、マクゴナガルは私へと視線を飛ばす。
まあ、事態を正確に把握しているのは私しかいないため、私が説明するほかないだろう。
「クィディッチ競技場の更衣室でチョウに背後から襲われまして……反撃し、無力化し、今に至ります」
「なんだ。生徒同士の喧嘩か……」
スクリムジョールはほっと息を吐く。
だが、ダンブルドアは真っ直ぐ私の目を見ながら再度聞いた。
「ただの喧嘩で、お主が相手を気絶させるほど攻撃するとは思えん。何があった?」
「私の言葉通りです。襲われたので、反撃した。ただ──」
私は気絶しているチョウの顔をチラリと見る。
「チョウが死の呪いを放ってくるとは思いませんでしたが」
「アバダ・ケダブラを?」
死の呪いという言葉にスクリムジョールが鋭く反応する。
「もしかしたら死喰い人に操られていたのかもしれません」
「なんにしても、本人に話を聞くのが早いじゃろう。マクゴナガル先生、チョウの身体検査は済ませてあるかね?」
ダンブルドアの問いにマクゴナガルが頷く。
マクゴナガルはローブからチョウの杖を取り出すと、ダンブルドアへと手渡した。
ダンブルドアはチョウの杖を誰もいない方向へと向け、直前呪文を掛ける。
するとチョウの杖から緑色の閃光が飛び出し、校長室の壁に当たって弾けた。
「間違いない。死の呪いだ。だとしたら、本当にこの少女が……」
スクリムジョールは異様なものを見るような視線をチョウに送る。
ダンブルドアは悲しそうな顔で小さく首を振ると、魔法でチョウの意識を覚醒させた。
意識の覚醒したチョウはゆっくり体を起こし、状況を察したのかニヒルな笑みを浮かべる。
そして諦めたようにため息をついた。
「正直に答えて欲しい。何故サクヤを襲った?」
ダンブルドアがチョウに問う。
チョウは俯いたままクツクツと笑うと、顔を上げずに呟いた。
「そんなの、サクヤがセドリックを殺したからに決まってるじゃありませんか。セドリックの仇は私が討つんです。そして、私もセドリックのところへ……」
「愚かなことを……セドリック・ディゴリー君の件は正当防衛だ。サクヤ君はむしろ被害者で──」
「でも殺したのはこの女だ!!」
スクリムジョールはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「だ、そうだが……どうするダンブルドア。魔法省としては彼女を拘束し、適切な検査の後、裁判に掛けねばならん。服従の呪文で操られている可能性もあるが、服従の呪文で支配されている者に死の呪いが使えるとは思えん」
「こうなってしまっては、それもやむなしじゃろう」
ダンブルドアの返事を聞き、シャックルボルトがチョウを拘束する。
チョウは全てを諦めているかのような様子で、全く抵抗しなかった。
「私は彼女を連れて一度魔法省へと帰ります。トンクス、私が戻るまでホグワーツから出るなよ?」
「何よ。護衛が私一人じゃ不安だっていうの?」
「そうだ」
シャックルボルトはキッパリと言い放つとチョウを連れて校長室を出ていく。
マクゴナガルはシャックルボルトの後ろ姿を見送ると、ダンブルドアに言った。
「私はクィディッチの試合が中止になった旨を各チームに伝えてきます」
「よろしくお願いしよう。それと、職員室に先生方を集めて欲しい。チョウ・チャンの件はわしの口から説明する」
マクゴナガルは一度頷き、早足で校長室を出ていった。
「それにしても、よく無事だったものだ」
人が少なくなった校長室で、スクリムジョールがソファーに腰掛けながら言う。
「襲われたのがサクヤ君じゃなかったら、きっと今頃死者が出ていただろう」
まあ、それはそうだろう。
無言呪文の不意打ちを避けれるようになるにはかなりの訓練を要する。
私もお父……クラウチに相当扱かれてようやく身についた技術だ。
「私も死の呪いが無言呪文で飛んできた時には驚きました。まあ、それを放ってきたのがチョウだったことがわかって更に驚いたんですけど」
「死の呪いを無言呪文で? 彼女がかね」
スクリムジョールが驚くのも無理はない。
アバダ・ケダブラ、死の呪いというのは魔法界に存在する呪文の中でもトップクラスで難しい。
魔力量はもちろんのこと、呪文に習熟しなければ閃光一つ出すことができない。
それを無言呪文で放つにはかなりの訓練が必要なはずだ。
「何者かから訓練を受けたのか。はたまた独学か。なんにしても、計画的な犯行の可能性が高いな」
「まあ、アズカバン行きは免れないでしょうね」
私は小さく肩を竦める。
私としては今回のことは別になんとも思ってはいない。
チョウが無罪放免になろうが終身刑になろうが知ったことじゃないというのが本音だ。
だが、分霊箱探しも佳境に入った今、イレギュラーな存在は出来るだけ排除しておきたい。
ダンブルドアも同じ意見なのか、少し悲しそうな目で呟いた。
「それが妥当な処置じゃろうな。彼女の精神に異常がなければの話じゃが」
まあ、全てが終わった暁には、恩赦としてアズカバンから釈放されるよう働きかけるか。
その後手を取り合えるかは別だが。
「そういえば、ルーファスさんはどうしてホグワーツに?」
「それこそ、クィディッチの試合を見にきたのだが……君のプレイは頭一つ抜けているという噂を耳にしたものでね」
「そんな大層なものでもないですけどね」
果たして、スクリムジョールの言葉は嘘か本当か。
でもまあ、トンクスやシャックルボルトを連れているところを見るに、密談というわけでもないだろう。
「なんにしてもじゃ。サクヤ、お主は一度談話室へと帰りなさい。クィディッチの試合が中止になって皆心配しておるじゃろう」
「チョウの件は──」
「無論、他言無用……と言いたいところじゃが、隠し通せるものでもないのでの」
「まあ、自分から言いふらすようなことはしませんよ。それではルーファス大臣、失礼します」
私はスクリムジョールに一礼すると、校長室を後にする。
ケイティがチョウの件を皆になんて伝えているかはわからない。
だが、しばらくの間は様々な噂がホグワーツの中を駆け巡るだろう。
設定や用語解説
コメット260
コメット社から1985年頃に発売された箒。決して遅い箒ではないが、ファイアボルトと比べると骨董品。
直前呪文
その杖が最後に使った魔法を再現する呪文。杖さえ押さえてしまえば、証拠としては十分だと言える。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。