挿絵表示切替ボタン

配色







行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
145/249

応援、感想、いつもありがとうございますー

今日はかなり長いですごめんなさい(汗)

代官として~統治と軍務~
――143――

 土竜男(ワーモウル)狼男(ワーウルフ)虎男(ワータイガー)牛男(ワーバッファロー)もいる。牛男(ワーバッファロー)はゲームだとミノタウロスの色違いモンスターだったな、とヴェルナーは一瞬だけ考えたが、それ以上は無駄なことだと頭から追い出した。敵の排除が先である。


 「モグラは逃がすな!」


 ヴェルナーが叱咤しそれに応じて歩兵が槍や剣を向ける。明かりと突進してくる人間に驚いた獣化人(ライカンスロープ)たちも積極的に迎撃に出るが、たちまちのうちに乱戦となり、その中で魔物に数本の刃が突き立ち、あるいは切り払われ、足や腕が斬りつけられて戦闘力を失う。一体の虎男(ワータイガー)が兵の喉笛に食らいついたが周囲の兵がその虎男(ワータイガー)を背中から何度も切りつけ骸へと変えた。


 ヴェルナーの重い槍が一体の土竜男(ワーモウル)の足を貫いて動きを止め、そこに複数の兵が切りつけて息の根を止める。他の穴付近ではノイラートやシュンツェルがそれぞれ隊を指揮して同じように獣化人(ライカンスロープ)を一体ずつ葬りだす。

 代官直属の兵は町の警備兵や急造された支援隊と異なり、もともと王国軍の兵として訓練を受けていた上に、賊退治から砦や野戦で魔将相手の戦闘を繰り返してきた兵の中核だ。数か月の間に重ねてきた経験により歴戦の兵揃いとなっている。集団戦の優位性も理解しており、複数の人数で確実に一体ずつ屠りそれが終わるとすぐ隣の隊に支援に向かい更に数の優位性を増していく。


 獣化人(ライカンスロープ)たちも決して弱かったわけではない。むしろ少数の精鋭である。内部から門扉を開くか、最低でも放火して町の中を混乱に落とすのが目的であるが、魔将(ゲザリウス)も決して楽な任務であるとは思っていたわけではなかったのだ。だが機先を制されていたことは間違いない。先手を取られたところにアンハイムの精鋭に突入されたのである。それでも一対一なら兵に負けることはなかったであろうが、まだヴェルナーの指導する集団戦闘には対応しきれていなかった。


 数体の魔物が戦場から逃れようと密かに離れようとした。町中に潜伏し内部から攪乱させることができればそれだけでも十分に有利になるはずであったからだ。だがその途端、今まで沈黙していた囲壁上部が動く。ホルツデッペの率いる兵が逃れようとした魔物に矢を放ち、その動きを封じたのである。


 ホルツデッペは一度は穴の周囲に集まったヴェルナーたちが距離を取ったのを目撃するとその意図を正確に把握していた。そのため、潜入部隊とは別に西側の外部からの侵入を警戒もしながら、眼下で戦友たちが血なまぐさい戦いを展開している中に駆けつけるのではなく、乱戦から離れ町中に潜伏しようとする魔物が逃れようとするのを警戒していたのである。


 一方的に不利な状況であったが、それでも魔軍は激しく抵抗した。ヴェルナーにしてやられ続けていた怒りもあっただろう。だが、また失敗したとわかった時に発せられるゲザリウスの怒りが恐ろしかったというのもあるかもしれない。どのような理由にしろ、町内部に潜入した魔族たちは結局全滅するまで戦い続けたのである。


 「穴を埋めろ、時間ぐらいは稼げるだろう」

 「はっ」


 ヴェルナーの指示で兵士たちがすぐに動く。城内に坑道を掘って攻め込まれた場合、その坑道を使えなくする方法には水を流し込んだり逆に内側から強襲をかけたりするのだが、籠城軍が坑道を埋める際には最も手に入れやすいものを使うこともある。死体である。


 坑道に可能な限り無数の死体を詰めこみ、その後から壺や樽のような容器で穴を塞ぐ。最後に壺や樽の中に砂や水、時に汚物を流し込んでその重量で蓋をする。こうして内側から坑道を塞ぐのだ。

 再び坑道を使おうとする側はまず大量の死体を処分しないとならず、精神的にも肉体的にもこの行動そのものが負担となる。しかも死体を処理した後に樽や壺を破壊するとそこに溜まっていたものが坑道内部に流れ込む。そのため同じ坑道を使っての作戦は極めて困難となる。こうして坑道を無力化するのだ。


 もっともこれは対人戦の事なので、魔族にどこまで効果があるかはわからない。だがやらないよりやる方がいいのは確かであろう。ヴェルナー自身も参加して急ぎ作業を済ませようとする。その直後、微かに咆哮がヴェルナーたちの耳に届いた。


 「ヴェルナー様」

 「……坑道の中にまだ魔物がいたかもしれないな」


 失敗を知ったゲザリウスが何らかの合図を行ったのかもしれない。ヴェルナーもすぐに動いた。残りの作業を半分の人数に任せ、残った人数で北門に向かったのである。超過勤務手当をよこせ、と内心で罵ったのは深夜に町中を走り回っているのでは無理もないかもしれない。


 北門が見えたあたりでヴェルナーも状況の変化に気が付いた。門扉の一角に丸太が突き刺さり貫通しているのを目撃したのである。門扉がついに破壊されたか、と舌打ちしたヴェルナーは同行していた兵士たちに残っている木材を使い、裏から補強するように指示を出す。丸太が設置しておいた投石機(カタパルト)に直撃したので町に被害は出ていないが、恐らく投石機(カタパルト)の方も使えなくなっているだろう。


 同時に、弩砲(バリスタ)を発射した振動が夜の空気を揺らし、まだ門が見えた段階のヴェルナーたちにまで伝わった。急いで階段を上り始めると、城外から無数の投石が飛び込んで来た。石壁の狭間に当たった石が砕け飛び込んだ石が家屋の屋根を突き破るほどの勢いである。魔物の腕力で投げ込まれるとそれだけで破壊力が投石紐(スリング)並みになってしまう。こうなるとこちらも一方的に損害を与えるという訳にもいかない。


 「ついに敵も遠距離戦に入ったか」

 「魔軍がこんな手を使ってくるとは」

 「ほかに手段がなくなったんだろう」


 階段をのぼりながらノイラートやシュンツェルに答えていたが、北西側に設置してあった弩砲(バリスタ)が音を立てて壊れたのを見てさすがに驚く。急いで階段を登りきると、石が飛び交い何人もの兵が倒れている囲壁上部にたどり着いた。すぐに目的の人物を見つけ声をかける。


 「アイクシュテット、どうなった」

 「ご無事でしたか、閣下。あの丸太で門扉に穴が開いた途端、敵が動きを変えました。北門前に残っていたであろう魔軍が壁を乗り越えようという動きを見せたために応戦していたところです」

 「弩砲(バリスタ)は」

 「魔将がもう一本丸太を投げ込もうとしたのを見計らい左右両方から発射。片方の矢が魔将の肩に刺さりましたが反撃を受けて……」

 「あれか」


 丸太が直撃した弩砲(バリスタ)だったものを目撃しながらヴェルナーが渋い顔を浮かべる。弩砲(バリスタ)はまだしも操作していた兵が倒れているのはヴェルナーにも辛い。ふと気が付いたように確認した。


 「片方刺さった?」

 「閣下が魔将の片目を奪ったと聞いております。恐らくですが、左右両方からの同時発射に距離感をつかみ損ねたのだと。ですが」

 「致命傷ではなかったと」

 「申し訳ありません」

 「卿が謝罪する事か」


 もっとも敵を激怒させるだけの結果になってしまったのは事実だろう。壊れた門扉を守るかわりに敵を激怒させたのはプラスマイナスどっちだろうかと考えていると、投石の数が増え始めた。鋸状の狭間壁でもうかつに顔を出すと危険なほどである。


 「これはたまらんな」

 「こちらからも反撃を」


 ノイラートの声にヴェルナーは悩む様子を見せた。ヴェルナー自身は自分のスキルが槍術であることもあり、籠城戦の射撃指揮は得意ではない。光線指示棒(レーザーポインター)をケステンに任せていたのもそれが理由である。だが投石で姿を隠している間に囲壁に取りつかれるわけにもいかない。

 決断しようとしたところで壁を上り無数の兵が駆けつけてきた。ヴェルナーが驚いた顔を浮かべる。


 「卿らはケステン卿の」

 「はい、こちらの支援に回るようにと」

 「熟練兵(ベテラン)の判断は早いな」


 ヴェルナーですらしみじみとそう呟いた。ゲザリウスの咆哮が聴こえた後に、急に敵からの圧力が減ったことを感じたケステンは、王都から同行してきた教官役の人員に北門の援護に行くように指示を出したのだ。敵が北門に戦力を集中させようとしている事に気が付いたが故である。東門守備からは数人到着しただけだが、その数人が他の兵を指揮できる人材となると話が変わる。


 「迎撃戦を始める! こちらからも撃ち返し城門に近づけるな!」


 まだ夜が明ける気配はない中で、魔軍とアンハイム軍は激しい射撃戦を開始した。



 投石に撃たれ頭がはじけ飛ぶ兵がいるかと思うと、兵が囲壁の上からぶちまけた高温の油を頭からかぶり魔物が転がり落ちる。血の臭いと石と石が激突しはじけ飛ぶ奇妙な臭いが鼻を刺激し、騒音と弓弦の音と気合を入れる声に魔物の咆哮が耳朶を乱打する。

 夜半から始まった遠距離戦は薄明の時間帯になっても続いていた。


 投石機(カタパルト)が壊れたことで使う所がなくなったように見えた暴走魔道ケトルをすべて囲壁上に持ち上げて油を熱するために転用させたのはアイクシュテットである。上限温度の指定がなくなっている暴走ケトルは内容物を数百度まで加熱するので、油を入れて加熱し高温になった油を囲壁上からまくと想像以上に魔物に打撃を与えるのだ。


 「ひるむな! こっちだけが苦しいわけじゃない!」


 ヴェルナーが叱咤し、兵もそれに応じる。戦場は貴族の義務とは言えまだ十代の最高指揮官が、最前線で敵の攻撃の中で声を上げているのである。兵士たちもひるんでいるわけにもいかない。

 この時のヴェルナーの忙しさは実際に特筆されるべきであっただろう。負傷兵を可能な限り安全なところに移動させて治療を行い、時に自ら石を投げ落とす。かと思うと物資の足りないところに目を向け石や矢、油などを補充させる。声を出しっぱなしであるが疲労を感じる間もないほど忙しい。


 「くっそ、魔軍の体力はバケモノか」

 「魔物ですからな」


 前世のアニメ台詞を剽窃しても周囲の人間が理解できるはずもない。いたって散文的なノイラートの反応に憮然半分苦笑い半分を浮かべつつ、ヴェルナーは自ら石を投げ落した。


 魔将(ゲザリウス)弩砲(バリスタ)で負傷していたというのはここにきて実は相当に有効だったらしいとヴェルナーは思い始めている。この状況で夜間のように丸太を投げ込まれていたら保たなかったかもしれない。さすがの魔将も片手で連続して丸太は投げ込めないようであり、そのために戦線が維持できている一面がある。ヴェルナーに命中して死なせるとさすがに都合が悪い、というのもあっただろう。


 とは言うものの、魔将が投げてくる石は直撃したら間違いなく人一人の命を奪う。魔物の投げる石でも被害は頻発する。いい加減兵の疲労も大きい。さすがに危険な状況になっている、と思った時、ふいにシュンツェルが敵のさらに奥を指さした。光点の点滅を目にしたためである。

 それが約束の合図であることに一瞬ヴェルナーですら理解ができなかったが、我に返ると了解の合図を送るように指示を出した。


 「南にも合図を。始めるぞ」

 「はっ」


 シュンツェルが光点の方向に光を反射させ、次いで南門の警備兵にも金属板の反射で合図を送る。それからさほど間もなくである。


 魔軍が別の気配を感じて振り向いた。その目に映ったのは、早朝の光を反射させる美しい鎧の列であった。ヴァイン王国騎士団が早朝の光を反射させながら、魔軍後方に突入を開始したのである。魔将(ゲザリウス)が『馬鹿な!』と怒声を上げた。


 事実、王国軍は可能な限りの速度をもって戦場に到着していた。それを支えたのは可能な限り物資を減らすことと、そのための事前準備である。

 アンハイム方面のみならずどの方向も出撃する準備を整えていた騎士団は、アンハイムからの使者が到着したその日に出撃した。他の地域はもちろんであるが、アンハイム方面だけは必ず戦闘があるという事を把握していた事もある。そのため、ある意味では予定通りの緊急出撃を行ったのだ。


 騎士団の補給を担当していたのはフォーグラー伯爵である。伯爵は旧クナープ侯爵領の隣に領地を持っているという地理的要因だけではなく、五〇〇〇人の難民を一月以上飢えさせないで旧クナープ侯爵領から王都まで移動させた経験と実績がある。

 一切の食糧を持たずに王都を出発した騎士団と貴族家軍、傭兵や冒険者隊を飢えさせないためにどこに補給物資を配置すればよいか、そこに輸送する方法などはすべて把握できていた。


 そして余計な荷物を持たぬ王国軍は、あらかじめ予定されていた通り旧クナープ侯爵領のツァーベル男爵が管理している地にあらかじめ大量輸送されていた物資、糧食や矢、馬の代えまでを戦場のすぐ近くで補充してこのアンハイムに駆けつけてきたのである。


 敵中に突入した騎士団の勇戦はすさまじい。戦場がトライオットではなく旧クナープ侯爵領であり、敵がアンハイムに侵攻してきているという魔軍であるという状況は、彼らにとっては祖国防衛戦である。相手が人ではないことも含め、遠慮をする必要性など微塵もない。


 元々彼らは野戦でこそその能力を発揮すると言える。魔軍がわざわざ平地に展開されているという状況は彼らにとって有利な戦場だ。また、敵がトライオットを滅ぼした地域の魔軍であるという事も彼らの戦意を引き上げていたと言えるだろう。王都でトライオットの難民たちをその目で見ていたからこそ、騎士団はこの魔軍たちに対しては純粋な怒りをもって攻撃を行うことができた。


 囲壁上から見ていたヴェルナーですら驚いたのは牽引式弩砲(キャロバリスタ)隊の存在である。走りながらの発射は無理ではないかと思っていたヴェルナーはこの世界のスキルに関する認識がまだ甘かったのかもしれない。

 《御者》スキルで牽引された戦闘馬車(チャリオット)はその巧みな操縦技術により振動がほとんどなく、そこに《射撃》スキルの弓兵を乗せておけば走りながらの精密射撃も可能となる。


 さらに王国の技術者たちも遊んでいたわけではない。彼らは巻き上げ器(クレインクイン)を小型化しただけではなく、魔石による半自動化改良を施していた。矢を放つたびに巻き上げ器(クレインクイン)が勝手に弦を巻き上げるのでそのまま矢を設置すれば次の矢を放つことができるのだ。王太子ヒュベルは自ら先頭に立って指導を続け、弩砲(バリスタ)の高速射撃を可能とする改良を施していたのである。

 王国と言う巨大組織がそのための人材を集中させた結果、牽引式弩砲(キャロバリスタ)隊は文字通りの意味で戦場を疾駆する戦車としての高火力兵器と化したのだ。


 騎士団の馬上槍(ランス)が魔物を貫き、剣が二足歩行の狼や虎の頭に叩きつけられる。牽引式弩砲(キャロバリスタ)の矢は一撃で魔物を貫通し、突き抜けた矢が更に後ろの魔物さえ刺し貫く。走る馬そのものが魔軍の列を突き崩しただの魔物の集団へと変えていく。

 一体や二体が反撃しようとしても複数の戦棍(メイス)戦斧(ウォーハンマー)に寄ってたかって殴りつけられてはどうにもならない。総指揮官シュラム侯爵は騎士団を両翼に広げると、戦いなれた傭兵を先頭に魔軍を寸断していく。魔軍が大混乱に陥った。


 「やれやれ、騎兵隊の到着だぜ」


 ヴェルナーが思わず座り込んだのを批判できるものはいなかったであろう。アンハイムへの攻撃が急停止したのだ。夜半から走り回り声を出し続けていたヴェルナーは、ここにきてようやく一息ついて水を口に運ぶことができたのである。



 予想外の敵の出現に恐懼しアンハイムの南側に逃れようと東西に分かれた魔物たちは、多数の王国軍が喊声と共に向かってきたことに驚き足を止めた。明らかにアンハイムの全兵力を上回る規模の兵力がいつの間にか南側(・・)から向かってきたのである。


 「おりゃあっ!」


 足を止めた魔軍とアンハイムの東門前あたりで接触したツァーベル男爵は斧槍(ハルバード)を振り回しながら敵中に突入し、当たるを幸いと言う感じでなぎ倒す。今まで出番がなかったことを悔しく思っていたこの猛将は、ようやく存分に武器を振るう機会を得てその戦闘力を発揮し始める。主将の勇戦に指揮下の兵と旧トライオットの生き残った騎士や兵士が続いた。


 一方の西門前周辺ではグレルマン子爵の軍がゲッケの傭兵隊を先頭にして魔物を刈り取りながら兵を進めている。グレルマン子爵はヴェリーザ砦撤退戦に参加しており、彼の中核騎士たちはツェアフェルト隊と共にそれ以前の集団戦闘の訓練にも参加していた。いわば王国軍の中では数少ない組織集団戦闘の熟練兵たちである。それだけにグレルマン子爵の指揮は遅滞がない。一体の魔物を複数の兵で包囲し、全体としてもアンハイムの囲壁を利用する形で逃れてきた魔物を包囲するように運動して殲滅していく。


 今まで夜営はしていても戦闘はしていなかった両軍は勢いに任せて魔軍を突き崩しながら徐々に魔軍を騎士団のいる北方に押し返し始めた。


 この時、魔軍は完全に包囲されていた。


 アンハイム攻防戦前、ヴェルナーは第二の砦を撤収する際にわざわざ火をかけた。あれは魔将(ゲザリウス)に撤退を教えるためだけではない。むしろ主目的は巨大な狼煙であり、グレルマン子爵とツァーベル男爵に魔将(ゲザリウス)が挑発に乗って釣れた事を連絡する意図があったのである。

 あらかじめアンハイムに潜入していた斥候(スカウト)たちは、砦が炎上した事を確認するとすぐそれぞれの領に戻り報告し、それを確認したグレルマン子爵とツァーベル男爵は兵を連れて出撃した。挑発に乗った魔軍が自分たちの管理する領に侵入してこないことを確認できていたが故に、可能な限りの兵力を率いてである。

 両軍はそれぞれ旧トライオットの生き残りを先頭にアンハイムからはるかに離れた地で渡河し、旧トライオット領に入り込んだ。そしてトライオット側に兵を伏せ、王国軍の到着を待ち構えることになる。


挿絵(By みてみん)


 一方のヴェルナーは第三の砦を素通りしてアンハイムに戻ると、用意してあった材木を南側の川岸に出すよう指示を出してから眠りについた。組み立てると浮橋となるような加工をした木材をである。軍が素早く川を渡れるような準備を済ませていたのだ。

 さらにその南方封鎖軍の存在が魔将(ゲザリウス)に知られないようにするため、あえて白兵戦戦力としては最強部隊であるはずのゲッケの傭兵隊を遊撃軍としてアンハイム南方に展開し、トライオット方面と魔将(ゲザリウス)の連絡を絶たせていた。


そして騎士団の到着にあわせてグレルマン子爵とツァーベル男爵は対岸のゲッケ隊と協力して浮橋を組み立て一気に渡河、北上して魔軍を南側から追い立て始めたのだ。

 ヴェルナーはゲッケの傭兵隊を最初から防衛戦で使わないことを前提にしていたからこそ、光線指示棒(レーザーポインター)と支援隊という遠距離戦だけでもこなせる戦法を準備して待ち構えていたとも言える。


 これにより、アンハイム北方と言う敵地深くに食い込んだ魔軍は、南方に多数の兵力が密かに展開され、いつでも川を渡れる状態で待っているという事実を知らぬまま、ヴェルナーのいるアンハイムを攻撃し続けていた。

 そして想像よりもはるかに早く到着した騎士団と、自分たちの縄張りであるはずのトライオット方面から攻め込んで来た王国軍に完全に挟み撃ちにされたのである。


挿絵(By みてみん)


 あり得ない兵力の出現に動揺し走り回る魔軍の兵にアンハイムからの矢が飛び、旧トライオットの兵たちが憎悪をむき出しにして武器を振るい、アンハイムの東西囲壁外側に魔物の血と死体が次々と地面を舗装していく。

 北門外側では第一、第二騎士団の精鋭が魔軍を突き倒し突き崩す。弩砲(バリスタ)サイズの矢が一撃で魔物の息の根を止め、傭兵たちが躊躇なく魔物を切り倒した。ほぼ勝敗は決した、と思われたその時である。


 信じがたいほどの咆哮が戦場に轟いた。人間が凍り付いたように足を止め、戦場に慣れているはずの馬ですら怯えたように立ちすくみ、人間のみならず魔軍の魔物でさえ足を止める。

 そして次の瞬間、魔軍が狂ったように騎士団の中に突入した。たちまちのうちに大乱戦となる。その瞬間である。


 ヴェルナーも含む警備兵が一瞬とは言え気を抜いていたアンハイムの門扉に、その巨体が突進し叩きつけられた。アンハイムの北壁全体が音を立てて軋み、石壁の一部が崩れ落ちる。ゲザリウスが全力で門扉に突進したのである。

 補強したはずの門扉が信じがたい勢いで叩き割られた。


 「嘘だろ!」


 ヴェルナーが驚きの声を上げ、残っていた目潰しや石が投げ落とされるがゲザリウスは止まらない。門扉を突き崩すとそこにあった投石機(カタパルト)を力任せに破壊する。囲壁の上からそれを見ていたヴェルナーもさすがに驚いたが、放置もできない。


 「ヴェルナー様、危険です」

 「一度身を隠された方が」


 ノイラートやシュンツェルの声に俺もできればそうしたいよ、と内心でヴェルナーは返した。だがあの様子ではアンハイムの町に入り込んで暴れだせばどれだけ被害がでるかわからない。足止めされている騎士団が到着するまで門扉のあたりで足止めしないと町民に被害が出てしまう。それは自分が許せなかった。


 ヴェルナーは囲壁の階段を駆け下りた。冷静であったかと言われると難しい所であっただろう。だが、もっとも有効な時間稼ぎはヴェルナー自身がゲザリウスの前に出る事であったことは間違いない。

 全身血まみれのゲザリウスが投石機(カタパルト)を叩き壊すと門にその巨体をくぐらせた。恐怖の悲鳴と泣き叫ぶ町民の声があたりに響くが、その声を圧するようにヴェルナーが声を上げる。


 「なんだ魔将、今度はもう片方の目をそっちから持ってきたのかっ!?」

 『そこにいたか、小僧っ!』


 ゲザリウスが奔った。一気に間合いを詰めてヴェルナーを狙う。とっさにヴェルナーが身を躱すと先ほどまで立っていた場所に大きな穴が開いた。ヴェルナーの背中に冷汗が流れる。


 『もう、我慢ならん……貴様だけは殺してやる』

 「おおこわ。怖いから帰ってもいいかい」


 軽口を叩いたが実際はそこまで余裕があるわけでもない。だがどのみちどちらも返答を期待していたわけでないだろう。ゲザリウスは完全に頭に血が上っており、もはや少しも躊躇する気はないようである。ノイラートとシュンツェルも駆けつけてきてヴェルナーの左右で剣を抜いた。


 ゲザリウスはすでにかなりの負傷をしている。しかも肉体の限界を超えるほどの力を発揮して門扉を無理やり突き破ったのだ。一見すればヴェルナーの方が有利のようにさえ見えるが、ヴェルナーの方は既に疲労困憊であり、更に地の戦闘力が違う。時間稼ぎが目的ではあるが、全力で戦っても持ちこたえられるかどうかわからない相手である。


 魔将が一気に距離を詰める。槍の範囲を理解しての事だ。それに対しヴェルナーは振り回された相手の腕を槍の柄で力任せに払いのける。腕が大きくしびれたが新しい槍は魔将の一撃にも耐えた。相手の肩が負傷していたことにも助けられた面はあっただろう。

 そのままヴェルナーは相手の不自由な目の方に体を移動させる。同時に、ノイラートとシュンツェルが同時に左右から斬りかかった。二人の実力とて決して低いわけではない。背中と脇腹の毛皮から血が噴き出した。


 『退けい!』


 もう一度力任せに振り回される腕を二人は避けた。素早く、というよりはやっとの様子ではあるがとにかく二人が直撃を避けた所でゲザリウスは体を崩した。ヴェルナーの槍がその脚を払ったのである。門扉の近くにいた人影がようやく動くようになった足を動かし逃げ出した一方で、逆にヴェルナーたちに近づいて来る影もある。それら周囲の人間の動きなど一切構わずに隻眼の獅子が怒りの視線をヴェルナーに向けた。

 次の瞬間、ゲザリウスがアンハイム攻防戦の最初に向けた咆哮を上げた。もし周囲にガラス窓があれば砕け落ちていただろう。あまりに強烈すぎる声を至近距離で受けたヴェルナーやノイラートたちは立ち眩みさえ覚え、近くにいた兵の中にはその場にはいつくばってしまったほどである。


 「弱体化(デバフ)効果でもあんのかこれ」


 それでもかろうじて距離を取ったヴェルナーであったが、次の相手の行動は想定外だった。いきなりゲザリウスは無傷の方の腕で地面を重機のように抉ると、ヴェルナーたちに投げつけたのである。土の塊が雪崩のように三人の体を襲う。


 「うあっ!?」

 「ヴェルナー様っ!」


 大量の土を全身に受けてさすがに体勢を崩したヴェルナーにゲザリウスの腕が伸びる。躊躇なく頭を叩き割る勢いである。それでもヴェルナーは槍を構えた。受け止められるかどうかは別に無抵抗では済まないと態度で示したのである。


 次の瞬間、ゲザリウスの腕がその場に落ちた。


 ゲザリウスもヴェルナーも、ノイラートやシュンツェルも何が起きたのか理解できなかっただろう。


 魔将の腕を一撃で切り落とした人影がごく自然にヴェルナーの前に立ち、魔将と正面から対峙する。そのまま顔だけ振り返るとどこか自慢げに口を開いた。


 「一つ返したよ。ヴェルナー」

 「……マゼルっ!?」


 “勇者”マゼル・ハルティングが笑顔でそこに立っていた。

一日で一万字ってできるんだなあ…(自己最高記録)


長すぎるので後日編集して二回に分けるかもしれません

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
※感想を書く場合はログインしてください
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ