P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
スラグホーンが死んだ次の日。
急遽大広間に全校生徒が集められ、スラグホーンが一身上の都合で退職したことが発表された。
結局のところ、スラグホーンの死は隠蔽したほうがよいと判断されたのだろう。
まあ、それはそうだ。
ホグワーツの教員が私室で爆死したなど、そのまま発表できるわけがない。
「急な発表にみな困惑しておることじゃろう。それと同時に、今後の魔法薬学の授業がどうなるのか不安に思っておる生徒もおるのではないかと思う。そこでじゃ。新しい魔法薬学の先生が見つかるまで、占い学の補佐をしている小悪魔先生が魔法薬学を受け持つことになる」
「スネイプじゃないんだ」
私の横に座っていたハーマイオニーが首を傾げる。
ロンも同意だと言わんばかりに頷いた。
「というか、彼女はスカーレット先生の従者だろう? NEWTを教えられるほど魔法薬学に詳しいのかな?」
「どうなんでしょうね。占い学の授業を見ている限りでは、魔法の腕は確かのようだけど……薬を調合しているところは見たことがないわ」
まあ、それに関しては今日の午後に予定されている魔法薬学の授業で明らかになるだろう。
私とロン、ハーマイオニーの三人は大広間で昼食を取り終わった後、地下にある魔法薬学の教室に来ていた。
教室の内装はスラグホーンの時のままで、教壇に立っている先生だけが小悪魔に代わっている。
小悪魔は慣れた様子で出欠を取り終わると、早速授業に取りかかった。
「さて、それじゃあ授業の方に入っていきましょうか。スラグホーン先生から授業の引継ぎは済ませているので、前回の続きから授業を行います」
小悪魔は魔法薬学の教科書である上級魔法薬をパラパラと捲ると、パタンと閉じて黒板に今日調合する完全消臭薬のレシピを書いていく。
レシピには特に変わったところはなく、教科書に書いてある通りのレシピだった。
「さて、それじゃあ今日は完全消臭薬を調合していきましょう。完全消臭薬について何か少しでも知っている方はいますか?」
小悪魔の問いにハーマイオニーの手がスッと上がる。
小悪魔はにこやかに微笑んでハーマイオニーを指した。
「はい。完全消臭薬はその名前の通りどんな臭いも消し去る魔法薬です。一八七八年にジョナサン・スキンズによって行われた実験ではひと嗅ぎで失神するほどの臭いの消臭に成功しています」
「その通りです。完全消臭薬は清めの魔法や消失呪文とは違い、対象の臭いだけを完全に消し去ることが出来ます。ですが、消え去るのは臭いだけです。その臭いの元となっている成分が消えるわけではありません」
小悪魔は材料棚まで歩いていくと、引き出しを開けて小さなクリスタルの瓶を取り出す。
そしてその小瓶を軽く振ってみせた。
「この小瓶の中には匂いの強い香水が入っています。今日の課題はこの香水の香りを消し去ることです」
小悪魔は壁に掛けられた時計に目を向ける。
「そうですねぇ。とにかく、どんな出来でもいいですから一時間以内に完成させてください」
「い、一時間ですか!?」
私の近くの席に座っていたマルフォイが素っ頓狂な声を上げる。
マルフォイだけではない、多くの生徒が一時間は短すぎるといった顔をしていた。
私は隣に座っているハーマイオニーに囁く。
「ミスなくテキパキ調合したとして、どれぐらいで終わると思う?」
「うーん。私の見立てでは五十分ってところかしら。そもそもレベルの高い魔法薬だし、かなりギリギリだと思うわ」
それに関しては私も同意見だ。
レシピ通り調合すればギリギリ一時間で終わるか終わらないかと言ったところだろう。
だが、疑問があるとすればそこではない。
そもそも魔法薬学の授業時間は二時間あるのだ。
調合時間一時間というのは、あまりにも時間を余らせすぎる。
「さて、では始めてください。一時間経過したところで手を止めてくださいね」
小悪魔は合図と言わんばかりに手をパンと叩く。
生徒たちは慌てて立ち上がると材料棚に群がりはじめた。
私は机の上に調合のための器材を並べると、自分も材料を取りに行く。
そして全ての材料が揃ったところで薬の調合を開始した。
調合を始めて五十分が経過しただろうか。
私は最後の仕上げとしてアクロマンチュラの体液を一滴鍋に加えると、鍋の中身の水色の液体を匙で掬って小瓶に入れる。
その様子を見て、ハーマイオニーも慌てて小瓶を用意し始めた。
「ふふん。お先にー」
「ああ、もう! 絶対勝ったと思ったのに!!」
私は匙を振り回すハーマイオニーを尻目に小悪魔に小瓶を提出する。
小悪魔は小瓶を受け取ると、軽く振ったり明かりに透かしたりして薬の状態を確かめた。
「よく調合できてますね。流石と言わせて頂きましょう」
「ありがとうございます」
私は適当にお礼を言うと、片付けをするために自分の席へと戻ろうとする。
だが、寸前で小悪魔に呼び止められた。
「あ、まだ片付けないでください。鍋の中身はそのままで」
「え? はい。わかりました」
私は小さく首を傾げつつも自分の席に戻る。
その横を小走りでハーマイオニーが駆けていった。
私はハーマイオニーの姿を目で追いながら自分の席へと座ると、鍋の中身を軽く匙で混ぜる。
我ながら調合は完璧だ。
このまま市販することも可能なレベルであると言えるだろう。
ハーマイオニーは小悪魔に小瓶を提出すると、私と同じようにまだ片付けをしないようにと伝えられる。
どうやら、私だけへの指示ではないようだ。
ハーマイオニーが小瓶を提出してから数分もしないうちに、小悪魔はパンパンと手を二回叩く。
「はい、時間です。皆さん自分の鍋の中身を小瓶に少し取って提出してください」
ギリギリまで手を動かしていた生徒たちは文字通り匙を投げ出して薬を小瓶に詰め始める。
そして少し肩を落としながら小悪魔の元に提出しにいった。
小悪魔は小瓶一つ一つに生徒の名前のラベルを貼ると、一度教室裏の小部屋に小瓶を置きに行く。
その隙を見て、ロンが大きなため息を吐いた。
「一時間じゃ到底終わらないよ……あと少しで完成だったのに」
そんなロンの鍋をハーマイオニーが覗き込む。
「あら、あなたの薬を見る限り、調合過程でも絶対ありえない色になってるからどちらにしろ完成はしないわよ?」
「それはどうも、お世話様」
ロンはナイフや秤を机の隅に押し除けると、ぐたりと突っ伏す。
小悪魔は教卓へと戻ってくると、また手を叩いた。
「さて、皆さんの魔法薬の出来は確認しましたので、今から鍋をシャッフルします」
鍋をシャッフル?
クラスの皆が首を傾げていると、小悪魔は杖を取り出して軽く振るう。
すると、教室中の鍋が一人でに浮き上がり、あちこちへ移動を始めた。
私は、自分の鍋を目で追う。
私の鍋は一度教室の中央を経由すると、マルフォイの机の上に着地した。
それと同時に私の机の上に鍋が着地する。
その鍋の中にはドロリとした焦茶色の液体が入っていた。
一体どのような失敗をしたらこんな色になってしまうんだと疑問に思わずにはいられない。
私は隣に座っているハーマイオニーの鍋を見る。
ハーマイオニーの前に着地した鍋も似たり寄ったりで、灰色の泥が鍋にへばりついている。
「──まさか!」
私が顔を上げたと同時に、小悪魔がにこやかな笑顔で言った。
「では、二十分で目の前にある鍋の中身を修正してください。その結果が今日の成績になります」
私は目の前にある焦茶色の魔法薬に目を落とす。
このどうしようもない失敗作を二十分以内に修正することなんてできるのだろうか。
横にいるハーマイオニーも匙で鍋の中身を掬い上げて絶望的な顔をしている。
「なんだかよくわからないけど、さっき自分が調合してた薬より全然いいな」
逆にロンは幸運だと言わんばかりの表情だ。
私は書き込みだらけの教科書を開き、どうにかしてこの魔法薬を修正できないかを考える。
母はそもそも失敗しないことを前提にしたレシピしか残していないため、手掛かりになりそうな書き込みはない。
一から調合し直そうにも、二十分では到底完成しないだろう。
「つまり、何故こうなったのか、どうすれば元の効能を発揮するようになるのか考えないといけないってわけね」
私は杖を取り出し、魔法薬の成分を調べ始める。
どうやら、材料の分量自体は間違ってない。
だが、攪拌の加減を間違えたらしく、魔法薬そのものを焦がしてしまったらしい。
「つまりメイラード反応を起こしているということよね。とりあえずメラノイジンを取り除いてみますか」
私は消失呪文でメラノイジンを消失させる。
その状態で再度魔法薬の成分を確かめ、慎重にかき混ぜながら足りない材料を足していった。
私は机の上に置いた懐中時計の針をチラリと見る。
もうすでに制限時間は五分を切っている。
ああ、こんな時、時間を止めることが出来たらどんなに楽だろうか。
「はい、時間です。私が見て回りますのでそのまま席で待っていて下さいね。マルフォイさん、匙を置いてくださいね。グレンジャーさんも今手に持っているマンドレイクの根を鍋に入れたら減点しますよ」
小悪魔のその言葉に、生徒たちは一斉に匙や材料を机の上に置く。
私も手に持っていた杖をローブに仕舞うと、自分が手直しした魔法薬を見下ろした。
先ほど自分が調合した薬と比べると、かなり色は濃い。
それに、完全消臭薬であるはずなのに、若干ハーブのような香りがした。
小悪魔は教卓から離れると、端の席の生徒の前へ立ち、鍋の中身を覗き込む。
「どのような修正を加えましたか?」
「調合途中のようでしたのでその続きを……」
「なるほど。ハクメイクサの葉の量はもう少し少ない方がいいですね」
小悪魔は生徒の机にあった陽炎石を少し鍋の中に削り入れる。
するとたちまち魔法薬は綺麗な水色へと変わった。
その調子で小悪魔は順番に生徒の鍋を周り、どのような修正を加えたのかを聞いた後、どうすれば良かったのかを説明していく。
驚いたのは、どのような出来の魔法薬であっても小悪魔が少し手を加えるだけで完璧な状態に仕上がることだ。
魔法薬の知識があるというレベルではない。
少なくとも前任のスラグホーンと同じか、それ以上の魔法薬学の腕を持っているようだ。
その様子を見ている間に、小悪魔が私の前へとやってくる。
そして匙で薬を少量掬い上げ、色や臭いを確かめ始めた。
「まあ、及第点ですかね。あの状態からよくここまで修正したと言えるでしょう」
その評価に私は小さく胸を撫で下ろす。
「あと、食人キリギリスの体液を少し混ぜれば完璧でした」
小悪魔が杖を振るうと、材料棚からクリスタルの小瓶が飛んでくる。
小悪魔はその小瓶を空中でキャッチすると、私の鍋の中に一滴その中身を落とした。
その瞬間、微かに漂っていたハーブの香りが消え、色も綺麗な水色へと変わる。
「メイラード反応を起こした成分を取り除こうとしたみたいですけど、それなら消失魔法を使うよりも暴れ柳の活性炭を使った方がいいですよ」
小悪魔はニコリと微笑むと、私の隣のハーマイオニーの鍋に取り掛かり始める。
私は完璧に修正された自分の鍋を覗き込むと、少量小瓶に取り分けてから消失呪文で消し去った。
「小悪魔先生、優しいけど授業のレベルが高すぎるわ」
その日の放課後、大広間のグリフィンドールのテーブルでキドニーパイを切り分けながらハーマイオニーが愚痴を言う。
そんなハーマイオニーの言葉を聞いて、ロンが少し得意げな顔をした。
「そう? ちょうどいいレベルだったと思うけどな」
「それは貴方のところに飛んできた魔法薬がマシだったからでしょ」
結局ハーマイオニーは壊滅的な出来の魔法薬を修正しきることが出来ず、小悪魔からかなりの手直しを貰った。
彼女としてはそれが物凄く気に入らないらしい。
確かに、彼女の授業は不公平なまでに平等だった。
出来ない生徒は徹底的に甘やかし、出来る生徒は徹底的に叩きのめす。
全ての生徒が最終的に同じぐらいの出来の魔法薬を調合できるように調整したのだろう。
「でもあの授業じゃ、出来ない生徒は一生出来ないままだわ。来年にはNEWT試験もあるのに、これじゃ受からないわよ」
ハーマイオニーは膨れっ面でキドニーパイを口の中に押し込む。
私は三つ目のパイの大皿を手元に引き寄せながら考えた。
ハーマイオニーの言う通り、小悪魔の授業のやり方では出来る生徒と出来ない生徒の差は広がるばかりだ。
学校の教育としては褒められたものではない。
「でも、もしかしたらそれが彼女の方針なのかも」
「……どういうことよ」
「彼女は、出来ない生徒は切り捨てて、出来る生徒を徹底的に鍛え上げて魔法薬のスペシャリストを育成しようとしているのかもしれないわ。多くの凡人より、一人の天才を作り出すというのが彼女の方針なのかも」
そもそもNEWTレベルというのは専門課程だ。
誰もが良い成績で合格できるというものでもない。
「それに、現状出来の悪い生徒を切り捨てているわけでもないしね。出来る生徒にとことん厳しいだけで、出来ない生徒にもちゃんと指導を行っているし」
次回以降小悪魔がどのような授業を行うかはわからないが、基本的な方針は変わらないだろう。
今まで以上に魔法薬学に力を入れたほうがいいのは確かだ。
私は三つ目のパイの大皿を平らげると、四つ目を手元に引き寄せた。
設定や用語解説
スラグホーン先生から授業の引き継ぎは済ませている
嘘ではなく、実際に蘇りの石を用いてスラグホーンを呼び出し、授業の引き継ぎを行った。
完全消臭薬
オリジナル魔法薬。原作には登場しない。今後の登場予定もない。
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