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籠城戦の準備の一つとして、囲壁に沿うように水の入った容器を無数に並べるものがある。日本の場合は壺であったり桶であったりしたし、西洋だと飼葉桶のような長細い箱であることもあるが、考え方としては洋の東西を問わない。
「魔軍相手に使いますかな」
「何をやってくるかわからん。用心には越したことはないだろう」
ホルツデッペの疑問にヴェルナーが答える。これは通常、地面を掘り坑道からの侵入を図ったり、壁の下になる地面に空洞を作る事で壁そのものを崩したりする攻城側に対抗するため設置されるものだ。
その付近の地下で地面を掘り進んでいる場合、その付近の水面が揺れるので地下が揺れていることが判明する。簡易型の振動発見器とでも言う存在だ。
「連中の力で掘られたらあっという間に壁の下までたどり着きそうだしな」
「確かに」
「閣下」
そのヴェルナーとホルツデッペの元にアイクシュテットが駆け寄ってくる。足を止めて待った二人に寄ったアイクシュテットが
「弾の準備は」
「問題ありません。もっと数があればよかったのですが」
「贅沢は言えんよ」
それこそ魔除け薬が大量にあれば城内から投げ落とすだけでも時間稼ぎはできるのである。食料品のような必要な物資ですら不足するのが戦場と言うものだ。矢の数が充実しているだけでも御の字であろう。
「門扉が無事ならまあどうにかなるだろう」
壁を叩きながらヴェルナーは笑ってそう答える。囲壁が崩されるまで援軍が来ないとはあまり考えたくはない。そのあたりは楽観するしかないところだ。
余談だが城の外を守る壁の場合は「城壁」、町の外を守る場合は「囲壁」とされるのが普通で、あまり使われないが城のさらに外側にある城下町まですべてすっぽり囲ってある場合は「街壁」と記されることもある。
「ヴェルナー様」
ノイラートが声を上げた。囲壁の上から合図があったのだ。頷いてアイクシュテットには合図があったら
アンハイムはもともと国境都市だけあって囲壁は広く丈夫な作りで、壁上は広く、落とすための石や
上で迎えたケステンに軽く頷いて鋸状になっている狭間壁から遠くを眺めると、まだかなりの数を維持した魔軍が砂埃を上げながら文字通り押し寄せてくるのが見えた。
「おーお、疾走してきてるな」
「一体何をやらかしたんです?」
「あー、いやまあ、ちょっとな」
前世の記憶で言えばペットボトル程度の短い金属棒を手にした、どこか楽しそうなケステンの問いに直接答えるのは避け、ヴェルナーは周囲の準備状況を確認した。支援隊や警備隊らも囲壁上に上がって来、皆で外をのぞき込んでいる。
アンハイムの町で
門扉の上に当たる部分で疾走してくる魔軍を見ていたヴェルナーであったが、その集団が矢の届かない範囲のあたりで停止したのには少し感心した。突っ込んできてくれれば楽だったとは思ったが、都合良すぎる希望であるという自覚はヴェルナーにもある。
次の瞬間。
『そこにいるか、小僧っ!』
信じがたい大声にさすがのヴェルナーも驚いた。
それでも驚いた程度のヴェルナーやノイラートらはまだよいが、警備隊や支援隊の中には声だけでへたり込んでしまったものもいる。ケステンが今度は呆れたような表情を向けてきた。
「本当に何をやったんですか、閣下」
「……挑発?」
「疑問形で言わんでください」
ヴェルナーにしても他に答えようがなかったのは事実である。また、それどころでないことはケステンも理解しており、肩を竦めるとヴェルナーの傍を離れて自身の担当区域に向かった。激怒はしている様子のゲザリウスではあるが、さすがに集団が散らばっている状況では簡単には近づいてこない。奇妙なにらみ合いの時間が過ぎた。
やがて数がある程度整ったのであろう、魔軍が動いた。敵が動き出したのを確認すると同時にヴェルナーが旗を振り、町内に設置してある
箱から内容物がばらばらと地上に降り注ぐ。石ではない。円筒形の金属がまっすぐ進めば門扉になるだろう辺りに広く散布された。囲壁の上から見ていると金属が光を反射して戦場とは思えないような煌めきである。
魔軍の方は急停止した。さすがにヴェルナーの小細工に懲りたのであろう。その金属に近づかず様子を見ていると、円筒形のそれが爆発し、目の前が白く漂白された。
円筒形のそれは道具としては魔道コンロと同じである。むしろ魔道ケトルとでもいう方が近いだろうか。ただこれも過熱部分を暴走させており、密閉されたまま加熱された事で中に入っていた水が過熱し続けられて爆発して水蒸気となり、視界を遮った。
だがそれだけである。気化したそれは確かに高温であるが、その前で立ち止まっていた魔軍には何の影響もない。白い靄が風に吹かれて流れて行けばどちらもほぼ無傷で、はじけ飛んだ金属が地面の上で煌めいているだけである。
爆発が済んだと見た魔軍が再び疾走を始め、金属の破片が散る付近を通り過ぎて門扉に近づこうとした途端、急に何体も悲鳴を上げて地面にめりこんだ。その中には先頭を切って走り出したゲザリウスまでいる。
別に変わった事をしたわけではなく、杭を大量に埋め込んだ落とし穴の上に柔らかい土をかぶせて塞いでいただけである。
だが、水蒸気爆発のような見たこともない現象を空振りにさせたことで油断した魔軍は、足元に気を付けずに門扉に向かい突進してしまったのだ。ヴェルナーは初めから水蒸気爆発で損害を与えようなどとは考えてもいなかったのである。
杭に足を貫かれた
門扉以外の壁に向かった魔軍も足を取られ始めた。目立つ堀は気にしていても、その手前までは気にしていなかった魔軍は、直径がせいぜい二〇センチ程度の小さな落とし穴に、片足だけがはまり動きを止められたのである。
大きな穴や堀なら魔物の身体能力なら超えることも難しくない。それでいながら大きな穴は隠す手間も大きい。そのためヴェルナーは逆に小さい穴を無数に掘ることで、どこからどこまでが落とし穴の範囲なのかを把握し難くしたのだ。地雷原の発想に近かったであろう。
壁に向かって一斉に向かっていたはずの軍が大きく乱れ、散発的に近寄る者と足を取られたものにより、奇妙な過疎状態が囲壁外に引き起こされる。
「射撃開始!」
ケステンの指示が飛び、囲壁の上にいる兵が攻撃を始めた。
だがゲザリウスが驚いたのはそれだけではない。囲壁に近づいた魔物や門扉付近に近づいた魔物が文字通り針鼠のように集中攻撃を受けてその場に斃れていくのである。各個撃破されていく状況に、ゲザリウスでさえしばらく何が起きているのかわからないという表情で動きを止めていた。
囲壁の上でケステンは内心の畏怖を堪えつつ指示を飛ばしていた。あり得ないことができているのである。だが表面的には冷静さを保ったまま次の標的を探す。
囲壁に向かってくる魔物に手に持った棒を向け、蓋をスライドさせると棒から伸びる赤い光がその魔物を照らし、ケステン麾下の弓兵がその相手に向けて集中的に射撃を行う。魔物がその場に斃れ伏した。戦場を見渡しながら慄然とした表情を内心押し隠す。
棒状の魔道ランプの強い光に薄く加工した宝石を使い、色を付けた光が次に狙うべき相手を指定した。
防衛戦における弓の使い方は、優れた射手に狙撃をさせるか、大量の矢を放つ矢衾を作り敵を近づけさせない事にある。というより、基本それ以外に方法はなかった。防衛戦の欠点の問題だ。簡単に言えば、指揮が弓隊全体に届かないのである。
戦場では喊声と怒声と悲鳴がそこかしこで上がり、鎧の金属音や弦の音、石どころか人が転がり落ちる音まである。弓隊の指揮官が「あの敵を狙え」と命じてもそれはせいぜい周囲の数名にしか届かない。囲壁の高さから地面の上にいる特定の個体を狙って攻撃を集中させる方法は存在していなかった。
ここに最大の問題がある。指揮官が狙うのは敵の戦線を崩すのに最適の相手だ。効率で言えば敵指揮官や敵が戦線を維持しているポイントを攻撃するのが最もよい。だが、弓に優れた兵士がそのポイントを見極められるかと言うとそれは別の技術になる。弓の名手が戦術的に優れているとは限らないのだ。
これが魔法使いになればもっと深刻で、戦場慣れしていない魔術師にはとりあえず立派な鎧を狙えと言った大雑把な指示や、大きな威力の魔法をとにかく打ち込ませるという程度の使い方しかできない。戦術眼と言うものは多くの経験と、一部の人間が持つ才能に影響される代物だからである。
だがヴェルナーの言う、この
戦術眼の優れた指揮官が指定した場所に、長距離から攻撃を集中させる、という発想も方法も今まで存在していなかった、と過去形で語られることになった。
ヴェルナーはこの時、囲壁上という距離と高さで兵の命を守りながら、生命力と防御力に優れた敵を遠距離から各個撃破して斃す最適の手段を確立させたのである。高齢でも戦術眼に優れた指揮者を配置し、半人前の兵でも
この道具と方法はしばらく秘匿され、およそ二十年後に隣国との国境争いに使用された際、籠城軍が敵国の指揮官であった王弟を針鼠にすることで「ツェアフェルトの光点集中射撃」として知られるようになる。
09/04追記
囲壁と城壁の違いを本文に書いてある同じ回で城壁と書いてしまううっかり(凹)
指摘ありがとうございます…
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