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隠れるものがない草原の真ん中に立つその建築物に限界ぎりぎりの距離まで近づくと、その全容をようやく確認し
三角の頂点にそれぞれ見張り台のようなものが立ち、見ようによっては三つの見張り台を三枚の壁が繋いでいるとも言えるだろう。ゲザリウスの中にあるピュックラーやマンゴルトの知識にはそのような形の砦は存在していない。
そしてその奇妙な形以上にゲザリウスを警戒させたのは、周囲に配置された様々な物であった。それは
無論というかゲザリウスも警戒した。ヴェルナーが小細工を巧みに使いこなす相手であるという事は十二分に理解している。何を仕込んでいるのかと警戒しながら、それらのさらに外側から大きく砦を囲んだ。砦には旗が翻っているものの、動きはまだ何も起こらない。
ゲザリウスは夜を待った。先に魔道ランプの暴走で痛い目に合ったものの、人間と比べれば夜目が利くのは事実である。小細工があるとしても視認できなければ成功率は低くなるであろう。夜を待ち、砦から逃げ出すことのできないように周囲から一斉に砦に襲い掛かることで、アンハイムの町に逃げ込まれる前に殲滅するつもりであった。
やがて深夜になるまで身を隠していたゲザリウスが、夜空に合図の遠吠えを上げると、それに応じて魔軍は全方位から勢いよく砦に走り出す。砦の側からの反応は何もない。魔軍は一斉に砦に襲い掛かった。ある者は跳躍力を生かして中に跳び込み、またある者は壁の板を力任せに叩き壊す。
跳び込んだ魔物が空中に張り巡らされていた綱を切りながら地表に降りると、綱にぶら下がっていた袋が地面に落ち、その衝撃で袋の中に入れられていた粉が空中に舞い上がった。
力任せに壁を叩いた魔物により、壁そのものが内側に倒れ込んでその粉をさらに空中に浮き上がらせる。それどころか見張り台まで内側に倒れ込み、大量の土埃と粉を巻き上げた。
深夜と言う時間帯に加え舞い上がった粉で視界が奪われ、その粉を吸い込み咽せながら魔族が走り回る。
そのような中で魔軍は攻撃を開始した。動く相手に拳を振るい、噛み付き、爪を立てて相手の皮膚を引き裂く。短いがあちこちから苦痛の声が上がり始めた所で砦全体に響くほどの怒声をゲザリウスが上げた。
『やめよ!』
『あ奴……!』
負傷した人間は一人もいない。初めから第三の砦は無人だったのである。
前回、わざわざ夜襲の中で西へ向かえといった指示や第三の砦へといった目的地を敵の中で声を掛け合っていたこと自体が、魔軍をこの建物に誘導するための罠であった。ヴェルナーたちはここを素通りして既にアンハイムの町に帰還していたのである。
三角形にしてあったのは最初に突入した魔物がすぐに動くものを目撃できるように内側の面積を狭くするための細工であり、周囲のもったいぶった演出にはほとんど意味はなく、臭いで嗅覚を鈍らせ夜間に仲間を認識する能力を低下させる以外の効果はない。
草原の真ん中に構築したため、馬蹄の跡を確認しにくくなっていた事も計画通りであり、砦に旗が翻っていたのも同様で中にヴェルナーがいると思わせる演出である。むしろこのためにヴェルナーは最初の砦の時から旗をアピールし、この砦のような張りぼてを構築するのと同時に、最初から別の旗を掲げさせてあったのだ。
そしてやられっぱなしで怒りを溜めていた、特に戦意に溢れた魔物が最初に砦内部に跳び込むと、軽く舞い上がりやすいだけの粉によって視界を奪われた。それにまた小細工かと怒りを再発させた魔物が無作為に周囲の動くものに襲いかかったのである。
夜襲の中で全方向から一斉に砦に襲撃をかけたことも
茫然としているうちに朝日が差し込んで来て、
【アンハイムでメシ食ってくる】
まるで友人に対する伝言のような内容にゲザリウスは憤怒の表情を浮かべ、周囲の魔物が怯えてひれ伏す程の怒声を上げた。
『どこまで虚仮にすれば気が済むのだあの小僧っ!』
そう怒鳴るとゲザリウスはアンハイムに向けてまっすぐ進むように指示を出す。これにより、魔軍はそのままアンハイムの北側からまっすぐに南下することとなった。
さっさとアンハイムに帰還したヴェルナーは、留守を任せていたベーンケとケステンに最低限の指示を出すと、そのまま領主館の自室に転がり込んで熟睡していたのだ。疲労困憊であったことは事実である。
多少なりとも睡眠欲を満足させて自室から出、礼儀作法も何も考えずに食事をとっていると、まずベーンケとフレンセンが姿を見せた。挨拶の代わりに欠伸が出たことには二人とも苦笑で流す程度の配慮をする。
「あー、眠い」
「さすがに少々汗臭いです」
「後で水浴びしてくるよ」
もう一度欠伸をしながらフレンセンにそう応じる。鎧だけ脱いでそのままベッドに倒れ込んだのだから臭いのはやむを得ないだろうと自覚はしているのだが、精神的にも肉体的にも限界であったのだ。ベッドシーツを汚したなと起きてから反省はしていたが。
「いくつか確認をしておきたい」
「何なりと」
ヴェルナーの指示は、壁を越えられた時の対策である。市街戦となった時には民を避難させなければならない。そのための避難要員、訓練、護衛手配などの指示も行う。大筋を指示し後はベーンケに細部を任せた。
「とにかく民の被害は可能な限り少なく。囲壁を越えられないのが最善だが、越えられた時のことを想定してくれ」
そう指示を出しぬるくなった茶を飲み干すと、用意していたものを差し出しながら声をかける。
「ベーンケ卿、フレンセン」
「はっ」
「それと、卿らにはこれを預けておく」
そう言って二人に
「あの、閣下」
「ああ、深く考えなくていいぞ」
ひらひらと手を振ってヴェルナーは応じた。
「負けるつもりも死ぬつもりもない。代官の義務だと思ってくれ」
もしアンハイムが落ちた時には誰かが報告しなければならないのは確かである。王国宛てとツェアフェルト家当主である父宛の二人分が必要なのでそのため二人に
それでも何かあった時の事を手配しておくのも役目であると思っての行動であった。二人も顔を見合わせてから受け取る。
「それでは、ひとまずお預かりいたします」
「ああ。それと、敵がまだ見えていないならケステン卿を呼んできてくれ」
「かしこまりました」
もう一杯の茶を飲んでようやく一息ついたところでケステンとラフェドの二人が入って来た。簡単な挨拶も飛ばし、まずケステンに声をかける。
「ケステン卿、王都への連絡は」
「既に済んでおります。狼煙があがった直後と、数時間後に二人ずつ、
「わかった、ご苦労」
道中の事故や襲撃はないが、王都付近に移動した直後に魔物に襲撃される危険性はある。
人員配置、武器の保管や道具類の確保なども含め、多くの確認をして承認を行う。
「町内の評判はどうだ?」
「まあ半々ですな」
「とりあえずそれで十分だ」
戦勝軍である以上、ある程度評価は高くなる。一方で当然ながら批判する人間が出て来るのも事実だ。特に魔将が攻めて来る事は想定されており、誓約人会には説明してあるとしても、平民からヴェルナーがトライオット方面に兵を出したから攻めてきたのだ、という批判があるのも避けられない。
その程度の批判は覚悟しているのは確かであるが。
「成功しても妬まれる。失敗したら非難される。実に損な立場ですな」
「悲しくなるから言ってくれるな」
貴族としても将としてもそういう覚悟はあるが、非難されて嬉しいわけでもない。ケステンの発言にヴェルナーは思わず落ち込んだ。疲労が溜まっている事もあるのだろうがあまり人前で見せてよい態度ではないだろう。ラフェドが咳払いした。
「とは言え魔将を手玉に取ったことは町中でも評判になっておりますよ」
「今は人気が頼りだからな」
敵が旧主であるマンゴルトとして現れたら内通者が出る可能性もあり、その牽制としてもヴェルナーの評判が高い方がありがたいのは確かだ。積極的に不平不満を持つ者はケステンが既に捕縛しているが、苦戦が続けばどうあってもそういう動きが出てくる危険性は残る。
「援軍はいつ頃来ますかな」
「さてねえ。そこに魔軍を欺く最大の要素があるんだがな」
砦から砦を経由する形で移動したことにより、魔軍の時間をさらに浪費させることには成功した。後は防衛戦次第である。
「それにしても閣下、臭いですな」
「さっきも言われた」
ラフェドにまで言われてしまい、ヴェルナーもさすがに苦笑するしかない。思わず袖に鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。その様子を見てラフェドが言を継いだ。
「婚約者殿に嫌われますぞ」
「婚約者なんていないよ」
「はて、リリー殿ではございませんので?」
その問いにげふっ、という妙な声を上げてヴェルナーがラフェドを見た。
「なぜそうなる」
「いや、てっきりそうなのだと思っておりましたが。いくらリリー殿が平民出身でもやりようはいくらでもありますし」
「確かにやりようはあるがそういう関係じゃないぞ」
婚約者がいないことは事実である。現状、考えることが多すぎてそれどころではないという理由もないとはいえないだろう。だが意図的にそちらから目をそらしている一面も確かにあった。
「あまり外では言わない方がよいですな」
「解ってる」
ケステンのやや皮肉っぽい表情に苦笑いで応じる。いくら王都の悪い評判が聴こえてきているといっても、伯爵家嫡子であることに変わりはない。家と家の都合によるろくでもない女性と婚約がないだけましであるが、玉の輿を狙う女性がいないわけでもない。
またこの世界、基本的に武勇に優れた男性の人気がある。まだ魔将を傷付けたという事は評判になっていないであろうが、犯罪に苛烈な民政家としてもヴェルナーのアンハイムでの評判は高い。
露骨な言い方をすれば今のヴェルナーはアンハイムに住む野心家の親や肉食系女子から狙われやすい立場である。
あまり変な噂が立つのも困るな、と思いながらヴェルナーは風呂に入るために立ち上がった。現実逃避だったのか他に考えることがあったからなのかは本人にも解らなかったであろう。
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